『 VIRTUAL BODY 感覚 -sense-


 何も見えない、何も聞こえない――そんな何も感じることのない空間に俺はいた。
 いたと言う表現は正しくないかも。今の俺は、空間そのもののように感じられた。
 たゆたう意識。まるで、原始の海と同化している気分だ。
 考えることを止めてしまえば、何処まででも意識が拡散していく。
 そんな、おぼろげに消えていきそうになる俺を留めるように、
『気分はどうだい?』
 虚空の向こうから、俺の意識に直接声が届いてきた。
 ――海と同化しているみたいだ――
 率直に感じたままのことを答えた――否、正確に言えば少し違う。今の俺には、自分の考えを言葉にする手段はない。言ってみれば、『外』側でモニターしている連中に伝わるように強く思ったのだ。
 それで多分、外の連中には通じるはずだ。
 その証拠に――
『《自己》を認識する為の五感が無いから、意識が希薄になるのは仕方ないよ。今、キミの状態に合わせて《身体》の最終調整をしているから、少し待っていてくれ』
 外の連中からの返答が届いてきた。
 今の俺は電脳空間にいる。
 世に言う、サイバーな世界に俺の意識は投影されていた。
 脳波をトレースし、《自己》を電脳空間に投影する。そして、電脳空間から得た情報を、擬似的に作り出した脳波のフラッシュバック効果により、脳に認識させる実験を、俺が籍を置いていた研究所で行っていた。いくつか分かれている研究チームの中、俺が所属しているチームでは、五感のウチの触覚を再現することを研究していた。
 不意に、自分の意識がとある型枠に注がれるのを感じた。
 人型――見ることも聞くことも、嗅ぐことも味わうこともできない、実験項目である触覚だけが存在するもう一つの俺の《身体》
 感覚を確かめるように手を握って拡げる。
 ――生身と比べると違和感を感じるが……――
 無意識に口を動かして喋っている自分を自覚し、滑稽さに口元をつり上げた。どうせ声を出そうと意識したところで、声帯のないこの《身体》から声などでようはずもない。
『若干の違和感は仕方ないよ』
 それでも、思考が届いたのか、外の連中から言葉が返ってきた。
『どんな違和感を感じるんだい?』
 ――少し軽いかな――
『待ってくれ。今、重力の設定を少し強めてみる』
 その言葉と同時に、俺の《身体》は下方向に重力がかかった。
『これくらいでどうだい?』
 ――ああ。いい感じだ――
 丁度生身を動かす時に感じているのと同じくらいの感覚だ。
 いかにも身体があるって感じがする。
 散漫としていきそうになる意識が、何とかこれで留めることができた。
『それじゃ、実験を始めるよ。前方にデータを置いたから、手に触れてみてくれないか』
 言われるままに手を伸ばすと、指先が何かに触れた。
 堅い何かだ。
 形を確かめるようにその表面に指を滑らす。覚えのある形――
 ――椅子か、こいつは?――
『正解だね。研究室のパイプ椅子の形状をデータ化したモノだよ』
 ――目が見えないのは不便だな。知っているモノでも、手探りだけだと不思議な感じがする――
 俺は目の前にある椅子に腰掛けた。
 ――!?――
『どうかしたの? 脳波に乱れが見られたんだけど……』
 ――椅子に腰掛けてみたんだけど……冷たかったんだ――
 そう、冷たかった。
《身体》はモノに触れた時の圧迫感以外に、温度差まで感じていたのだ。
 ここまで同調できるとは……
 椅子に腰掛けたまま、頬を掻く。ちゃんと、掻いている方の指先と、掻かれている方の頬の両方に抵抗と体温が感じられた。
『上手く熱感知ができているみたいだね』
 外の連中の言葉に、やにわに左腕を顔の前にかざし――もっとも、視覚がないから、腕は見ないのだが――右手で思いっ切りつねってみた。
 ――――ッ!?
 痛みと痺れが腕に走る。
 どうやら無事に痛みを感じることもできるようだ。この仮想の身体には触覚以外にも冷覚、温覚、痛覚をも備えている。
 じんわりとした痺れが残る腕をさすりながら……
 ――なぁ?――
『なんだい?』
 ――もしかして、俺って裸なのか?――
 物に触れていない身体には微塵の圧迫感も感じない。
『衣装データを加えると、処理速度が落ちるからね。それに、誰に見られるわけでもないから、必要ないだろ』
 ――それは確かに、実験には必要ないが……――
 気恥ずかしさがある。
 ――どうにかならないのか? まるで、街中を目隠しして裸で歩いているような気分なんだよ――
『どうせ誰にも見られていないから必要ないと思うけど……まぁ、いいか。今用意するから待っていてくれ。確か今のキミの身体の合いそうな装飾品のデータは……』
 外の連中が服のデータを用意するまで、俺は何もない空間でぼぉ〜っとしながら何気なしに頭を掻いた――って!?
 装飾品のデータを加えるのを嫌がっていながら、どうして髪の毛まで表現するんだ?
 今まで気にもしていなかったことが気になってきた。
 軽く引っ張ってみる髪の毛。毛根に若干の痛みが走る。
 痛点が髪の毛一本一本ずつに用意されている、それはいい――けど、何で腰まで届く程のロングヘアーにする必要があるんだ?
 さっきまでは、裸でいることが気になって気にもしていなかった。
 何か意味あるのかな……
 そんな些細な事を考えていた俺の《身体》に、不意に圧迫感が感じられた。
 衣装データが加えられたのだろう……
 けど、
 ――なぁ、この服。どうして胸に圧迫感があるんだ?――
 締め付けられるような圧迫感を気にしながら触れた胸に、俺の思考は一瞬停止した。
 …………。
 顎を引いて下を向く――が、視覚は存在しないから、何も見えない。
 むにぃ〜
 丁度手のひらで包み込めるような半球系の柔らかい二つの物体。
 それが自分の胸であることを認識するのに、俺はしばしの時間を費やす必要があった。
 胸以外にも色々と手で触れて調べてみる。
 両手で抱え込むように掴んだ肩幅は圧倒的に狭く、細い腕には筋肉よりも脂肪の方が付いている。
 スカート――御丁寧に今の俺の《身体》の着けられた服は、腰のくびれや胸の形まで分かる身体にフィットしているニットのセーターらしきモノにスカートだった。別に上はいい。ただ、下が膝上のミニだと言うことが気になる――のひだ越しに触れた尻は、丸味を帯びている感じがする。
 そして俺の手は、スカートの上から股間を触れてみたが……予想通りだった。
 ――おい!――
 外の連中に呼びかける。
 ――どうして俺は女の身体でいるんだ!?――
 触覚以外の外的情報が無いが、今の自分が女性であるのは分かった。
『どうしてと言われても……スポンサーからの依頼なんだよ。性感帯の方もちゃんと付けてくれって』
 ――はぁん?――
『だから、こういうのって、結局一番金になるのが悦楽を求めることだろ。それで、仮想SEXに快感を感じられるかどうかを調べる必要があったんだよ』
 言わんとしていることは分かった。
 だが、まだ釈然としない。
 ――仮想SEXなのは分かったが、どうして俺が女性なんだ?――
『女性の方が男性よりも性感帯は発達しているだろ、だからさ。男の方はその応用でどうにでもなるし……。それに、男性が女性の快感に何処まで耐えられるかも調べる必要があるからね』
 ――…………――
 呆れてものが言えない。
 思わず、眉を顰めて額を押さえた。頭が痛い。まぁ、頭痛など気のせいでしかないのだろうけど……そう言えばこの《身体》、眉はもちろん睫毛まで存在していたっけ。
 ――ひゃはぁ〜°――
 いきになり胸を揉まれて、思考が踊った。
 ――なっ、なっ、なっ、何するんだよ!?――
 胸を両腕で押さえて、後方へと飛び退く。
 気のせいか体温が上昇していくのを感じた。
 後ずさる俺は、膝から下のなま足――足には一応スニーカーらしき物を履いているようだが、靴下の類の物は何も身に付けていない――に抵抗を感じ、膝を曲げて後ろに倒れていく。
 咄嗟に腕を後ろに伸ばすが、支えきれなかった。指先に冷たい布地の感触を感じたまま、後ろにあった物体の上に背中から落ちた。
 …………。
 体重がかかり少しへこむそれは、どうもベットのようだ――って!
 ――ちょっと待て、俺を犯す気か!?――
 俺の呼びかけに、何の応えも返ってはこなかった。
 その代わり、俺は強い力でベットに押さえつけられた。
 ――なっ、何だよ!?――
 起きあがろうとするが、思うように力が入らない。ただ、シーツを握る手が強ばるだけだ。
 そして、肌で感じることしかできない相手の手に、服やスカートをまくり上げられ、下着の上から《身体》の至る所をまさぐられていき、
 ――ッ!?――
 身体を駆け巡る強烈な感覚の奔流に、俺の意志は真っ白になった……

☆★☆★☆★☆★

 プシュー。
 脳波トレース用のメットを外すと、俺の閉ざされていた視覚と聴覚が甦ってきた。
 少し白く見える視界の中、目の前に手をかざした。そこには少し灼けた筋肉質の俺の腕がある。若干、仮想の身体で体験した出来事を引きずっているのか、身体が火照っている気がした。
 そして、現実世界を確かめるように、部屋を見渡した。
 すると、遠巻きに俺を見ている連中――研究チームの仲間――を見つけた。
「やぁ、気分はどうだい?」
 仲間の1人の浮かべている澄ました笑みに対し、俺は知らず知らずこめかみがひきつってきていくのを知った。
「お前らなぁ!」
 俺は手近にいた仲間の1人の頭をどつきながら叫んだ。
「暗闇の中で、女の身体でレイプされて正常でいられるわけないだろうが!」
 扉に向かって足早に研究室を出ていく。
「あっ、何処に行くんだい?」
「シャワーでも浴びて、頭をスッキリさせてくるんだよ!」
 生身の身体で体験したわけでもないのだが、肌には電脳空間でなぶられた感覚が残っている。
「2時間後に実験を再開するから、送れないでくれよ」
 背後からの声に、ゆっくりと振り返る。
「どうしても嫌なら、別のヤツにやらせるけど……」
 ポリポリと頬を掻きながら少し研究室内に視線を泳がし――
 やおらに、
「次からは優しくしてくれよ」
 俺は研究室を後にした。

-END-







■あとがき■

 冬眠しながら小説の表現の可能性を考えていたらこう言うのが浮かび、試しに書いてみました。

 RENTALシリーズでは描けなかった感覚の虚を使ったSSです(RBでは生身故に、感覚は実ですから)
 人間が感覚の虚――視覚で言えば騙し絵みたいなモノかな――を実として捉えるには、他の感覚の存在は邪魔だと思うんです。
 簡単に言えば、鏡に映った自分の鏡像が、視覚しか存在しない世界では虚像であるかどうか見破る術は無い。他の感覚――例えば触覚でもあれば、本当に目の前の姿が自分のモノであるか、自分の身体の輪郭を指先で触れてみれば分かるはずです。聴覚を持っていれば、別の誰かに鏡の中の自分が、自分と同じなのか訊ねればいい。
 詰まるところ、別の感覚を封じてしまえば、唯一残された感覚で感じるモノは、虚ではなく実でしかないと言うことです。
 今回の話では、触覚で感じ取った《自分の身体》は実である。そして、その身体が本来の自分の物とはかけ離れたモノだったら……

 あっ、今回の作品に対する科学考証はしないで下さい(苦笑)
 元々、RENTALシリーズでは描けなかった感覚の虚と実を使い、認識された現実のズレを描いてみたかった作品ですから。

 ちなみに、科学考証――SFであることを除けば、下のおまけの様な感じになります(その代わり、別の細工が施してあります)





『 おまけ 』

 暗闇に貴方はいた。
 目の前にかざした手すら認識できない、無明の闇。
 何も見ることのできない小さな空間の中、貴方は独り佇む。
 トクン、トクン、トクン――
 内から聞こえる心音以外、貴方の周りには音と言う音の全て存在しない。
 その場に佇む限り、『貴方』をあなたと認識するだけの要素は何もない。
 心が虚無に飲み込まれそうになるのに耐えながら、自分が何処にいるかを探ろうと動く。
 それは正しいことでもあります。
 光も音も無い世界ですが、幸いにして貴方の触覚は感じられたのですから。
 闇の中へと伸ばした貴方の手。その指先は何に触れのだろうか……
 それは机かも知れないし、椅子かも知れない。
 触れた形や質感から、何であるかが解るモノ――
 形も質感も特徴のない、何であるかが解らないモノ――
 何を思ったから、貴方はその手を自分の顔の前にかざした。
 軽く、弱い力でそっと撫でる頬。指先にはうぶげが感じ取れた。
 少しずつ顔のラインに沿って動かす指。気のせいか、いつもと違ってシャープな感じがする顎のライン。柔らかい頬。滑らかな肌。
 そっと唇の形をなぞる指先を掠めた吐息に優しさを感じた貴方。
 パサァ――
 振った頭から流れる髪の毛……
 トクン、
 小さく感じられる肩幅……
 トクン、
 くびれた腰……
 トクン、
 丸味を帯びているお尻……
 トクン、
 胸に押しつけた手のひらには、高鳴る心音と共に



……………………



貴方は小さな膨らみを感じていたのだった。


















 `
 












-END-







■あとがき2■

 別の細工――二人称ですが、かなり難しい。
 漠然と始めは語りかけの口調で書いていたんですが、単なる語り手の一人称(それも、催眠術でもかけてるような……)になってしまい、慌てて少し手を加えたんですけど、何処まで表現できたことやら……

 さぁ、これでマジに冬眠します。おやすみなさい(爆)


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