第二話「運命のいたずら」

河原崎俊人。彼の名前はそれだが彼は今一人の「河原崎」ではない。彼自身はそれを歯がゆく思っていたし、いつからそうなってしまったのか、彼自身思い悩んでいた。彼の今の名前は「内閣総理大臣」であって、河原崎俊人ではない。
誰も彼のことを河原崎、とは呼ばない。総理、である。彼は今総理と呼ばれることに著しく嫌悪感を感じていた。自分自身の名前ではなく、肩書きで呼ばれるほど、人間として悲しいことはない、と彼自身は思う。
でも今は、彼の意思に反して、河原崎俊人ではなく内閣総理大臣として一人の男を待っていた。その男の名は真行寺正志。河原崎は立場や肩書ではなく、それ以外のもので価値を放つ真行寺という男にある意味嫉妬していた。河原崎は今自分が内閣総理大臣という肩書きを持っていさえすれば、誰でもいい。しかし、真行寺正志は、彼でなければならないのだ。真行寺のの持つ能力は彼以外にしか持ち得ない。しかし、もし自分がいなくなっても、代わりの内閣総理大臣を立てればいいだけのことだ。それが彼には悔しかった。

真行寺正志が入ってきたとき、河原崎は自分のデスクに座っていた。彼が自分の目の前に立っていることには気がついていたが、あえて気づかないふりをした。精一杯の虚勢というところだろうか。このみすぼらしい男に日本の未来を託さなければならないことに、いささか不機嫌であったが、背に腹は代えられない。彼の力は必要だ。そして、敵が気づく前に彼を押さえておかなければならない。
「真行寺正志、ご要望により出頭いたしました。内閣総理大臣ともあろうお方が、私ごときに何の御用ですかね。」
こいつも、自分のことを内閣総理大臣という記号で呼ぶのか・・・
不快感の正体を悟られないようにしながら、河原崎はある資料を真行寺に提示した。
「このプランを実行してもらいたい。予算や、スタッフは出来る限り便宜を図る。ただし、この件は一切公表してはならん。」
真行寺は大封筒な中身を開き、一枚一枚丹念に見ていった。見かけによらず、結構まじめな性格なのかもしれないと、河原崎は思った。一枚、また一枚と目を通す書類の数が増えていくに連れ、真行寺正志の顔が曇っていくのが河原崎にはよくわかった。
「お断りします。」
「なぜかね?この計画の技術的な面については、君自身が可能だと立証したはずだ。」
「言いはしましたが、やるとは言っていません。兵器を作るのはごめんです。」
河原崎は大きくため息をついた。、ひじを机につけ、両手を組んだ。しばらく、考え事をしたあと、机の引き出しからもう一つ大封筒を出した。
「できれば、これは見せたくなかったのだが、これを見たまえ。」
真行寺は大封筒な中身を開き、一枚一枚丹念に見ていった。その様子を見るにつけ、河原崎ははさっきの自分の判断はやはり間違っていたのではないかと思い直した。一枚、また一枚と目を通す書類の数が増えていくに連れ、真行寺正志の顔がだらしなく、にやけていくのが河原崎にはよくわかった。
「こ、これを許可してくれるのですか!」
歓喜の叫び声を真行寺はあげた。
「そうだ。ただし、その計画書はセットだ。どちらか片方のみの実行は許可しない。一つ目の実験を実行してくれるなら、その実験もおまけでやってもかまわない。」
真行寺正志の心は決まっていた。マッドサイエンティストにモラルという文字はない。彼らは自分がやりたいことができるなら、悪魔にだって魂を売るだろう。
「やりますっ。やらせていただきます。必ずや成功させてご覧に入れます。」
「成功しなければ困る。スタッフの人選は君に任せよう。被験者はさっきの書類の通りだ。」
半ば呆れ返りながら、河原崎は真行寺を送り出した。

師走も近づくと外はかなり寒い。スーツに身を固めた男が喫茶店でコーヒーを飲んでいた。男の視線はドアにずっと注がれている。誰かを待っているのだろう。
ドアが開き、目的の人物が入ってきたのを見届けると、彼は大きく手を振った。
「誠、こっちこっち。」
少年の名前は海野誠、18才。スーツの男は海野忠義。誠の兄で、河原崎の腹心の部下である。忙しい兄はすでに家を出て、一人で生活をしている。誠と会うのは1月ぶりぐらいのことになる。
「兄さん、お久しぶりです。」
深々と誠は頭を下げた。
「お前は相変わらずだなあ。その堅物ぶり。まあ、すわれ」
「兄さんもお忙しそうで。お体にお変わりはありませんか?」
「あ、ああ。お前も元気そうでなによりだ。」
コーヒーを飲みながら兄は少しそわそわしていた。俺が頼めばこいつは多分引き受けてくれるだろうが、俺はこの一言をこいつに言ってもいいのだろうか?心の中で彼には葛藤があった。沈黙を続ける兄に対し、弟のほうが先に口を開いた。
「久しぶりに呼び出すからには、僕に何か頼みごとがあるのでしょう?僕で良かったら力になりますよ。昔から迷惑をかけてばかりですから。」
涼しい顔をして言う弟に兄は、自分の考えを見透かされているのを見て、観念した。
「お前、女になってくれないか?」
「はあ?」
無理難題は覚悟していたが、弟のほうとしても、その申し出はかなり意外であった。

とあるところにある高級住宅街。道は広く、区画も広い。さぞかし、一般人の羨望と妬みを受けていることであろう。しかし、筆者自身は高級住宅地というところに、あまり魅力を感じない。なぜか高級住宅地というところは商店が一軒もないのだ。筆者自身は一階がコンビニでその上がマンションという場所に非常にあこがれる。目の前が銀行であるともう言うことはない。傘を差さずに生活が出来るではないか。
しかし、「高級」住宅地というところは、そういう都会の喧騒を嫌う人たちが高いお金を払ってその喧騒を排除している街である。それがステータスとなりそのステータスが住宅価格を引き上げているというよく分からない住宅地である。そして今、そういう価値観とは縁のなさそうな場違いな黒服の男達がこの街に現れていた
「さらしな、さらしな、とあった。ここだ。」住所表示で住所を確認し、男が震える手でベルを鳴らす。男達はドアが開くまで緊張に包まれていた。しかし、そう身構えることもなかった。
「は〜い。」出てきたのは、少女だった。。フリルのワンピースを着た少女である。一瞬男達は彼に見とれたが、全員かぶりを振った。男の一人がこう問い掛ける。
「更科晶彦さんですね。」
「そうですけれども。」
「あなた、本物の女の子になりたくないですか?」
晶彦は目を丸くした。
以下は調査資料からの抜粋である。
更科晶彦15才。姓別は男。
趣味 お菓子作り、料理、サバイバルゲーム、女装
特記事項:一見女性と見まごう外見であるが、サバイバルゲームにおける生存率は高く特に射撃における命中率・敏捷能力は高く買える。女性化願望が非常に高いため、計画に賛同する可能性は高いと思われる。

男達は晶彦によって応接間に通された。いいところのおぼっちゃんなのだろう。応接間は結構広い。部屋にはいろいろな調度が置かれている。実は晶彦の父親と河原崎とは友人である。晶彦を被験者に決定した段階で、晶彦の父、更科俊彦に、河原崎みずからがこの件について打診してあった。
「当人がいいというなら、私はかまわない。」
と俊彦は快諾してくれた。
「今更、あいつに『男』になれ、と言っても無理だろうからな。もともと女だった、ということにしてもらったほうが、まだ世間体がいい。」
自由放任を自認する俊彦にとっても、頭痛の種であったことには違いない。
男達が応接間で待っていると、晶彦は紅茶とクッキーを持って現れた。
「どうぞ。」
そうやってクッキーとお茶を勧める晶彦の姿はかわいらしい女の子以外の何者でもない。しかし、彼はまごうことなき、「男」なのである。
「あ、どうも」
なぜかどきどきしながら、クッキーを食べる。
「う、うまい」
クッキーを一口かじって絶賛の声を上げる男達に、
「そ、そうですか?」
と、晶彦が素っ頓狂な声を上げた。
「私が焼いたんです。」
男達は思った。彼は本来生まれる姓別を間違えたのだと。この少年は女性に生まれ変わるべきなのだ。一人はどうせ女になるのだから、という開き直ったのかもしれない。彼は晶彦の手を取り、言ったのだ。
「我々があなたを女性に生まれ変わらせてあげます。異存はありますか。」
完全に二人の世界に入ってしまった二人を見て、周囲の者には背筋が凍った者もいるようだが、二人には一向に気にする気配はなかった。

晶彦達が真行寺博士のラボに着いたとき、すでに誠の「調整」作業は工程の50%以上を完了していた。全身のDNA書き換え作業をナノマシンとウィルスを駆使して行う。すこしでもウィルス制御を間違えると、誠は帰らぬ人になってしまう。そうなれば、このプロジェクト自体も中止になるだろう。真行寺達スタッフは細心の注意を払って、調整作業を続行していた。
全裸になってカプセルに入っている誠を見て、晶彦は驚愕の声を上げた。誠の体は少々奇妙だった。体全体はやや丸みを帯びており、胸のあたりはややもりあがり、女性的な雰囲気を醸し出しているのに、股間には、小さくはなっているものの厳然と男性である証拠がまだ残っていた。
呆然と晶彦が誠の姿を見ていると、背後から声がした。
「怖いですか?フロイライン・アキ?」
真行寺は冗談めかして言った。
「でも、私は、私は本当に女の子になれるんですよね?」
「それは、嘘じゃない。でも、君は人間じゃなくなる。それでもいいかい?」
真行寺は女性になるということが、全体のほんの一部であることを説明した。完全無欠の生体兵器。生命体が持つ各種の機能は無敵の兵器を作り出す土壌となる。機械の兵器は弾が切れたら終わりだ。壊れればそれまでだ。メンテナンスにも非常にコストがかかる。使い捨てた方が安上がりなぐらいだ。しかし、地球上においては生命体そのものを兵器にできれば、メンテナンス・フリーの極めて軍事的に有利なものに出来あがる。彼は女性として生まれ変わると同時に、超兵器としても生まれ変わるのだ。
「かまいませんよ。僕の居場所を作ってくれるのなら。」
この言葉の意味を真行寺は深く考えなかった。彼に必要なのは、承諾であってその理由ではない。一人称が男性のそれに変わっていることにすら真行寺は気づかなかった。ただ承諾したという理由だけで、彼は培養槽に入るよう晶彦に薦めたのだった。
晶彦の調整作業は、誠の調整作業が完了してから、ということになった。誠の実験データを流用したほうが成功の確率は高くなる。また、スタッフを二方に割くのはあまり得策ではない。晶彦が調整槽に入るのは、もう二週間ほど待たされることになった。
時が過ぎ、誠の調整作業がほぼ完了に近づくころ、スタッフ達は異常な興奮に包まれていた。彼らが総理から受けた依頼は、無敵の生体兵器を作ること。そして総理はその交換条件として、「性転換の実験」をやってもいい、という条件を提示した。真行寺はそれをのんだのだ。マッド・サイエンティストにモラルという文字を期待してはいけない。彼らの価値観は、自分の望むことが出来るかどうか、ということにある。

誠はベッドの上で目が覚めた。体が非常に重い。まぶたを開いた瞬間、兄・忠義の心配そうな顔と、真行寺のうれしそうな顔が見えた。真行寺の顔はどちらかというと、新しいプラモを作り上げたときのそれに近い。真行寺には一般的な人間の感情が、いくつか欠けているような気がする。
「気分はどうかな?誠君」
真行寺の問いかけに対して、
「ちょっとまだ気分が悪いです。」
と、誠は答えた。普通の「気分が悪い」とはやや異なる。吐き気がするとか、痛みがあるとかいうのではない。なんというのだろうか?自分が自分でないような違和感を感じるのだ。
胸の前で腕を組むと腕がなにかにあたった。それまではそこには物体はなかったはずだが、自分の胸に隆起があることに誠は気がついた。上半身だけ起き上がって、まじまじと自分の体を見てみる。細くなった指。長くなった髪。
「あの、鏡を見せてもらえませんか?」
もともと女顔だった顔は、骨格が女性らしくなったせいか、かなりの美少女という印象を受ける。かわいいとか、そういう印象とはまた違う。「美しい」という形容詞のほうがよく似合う。
自分は女なんだ。
そう認識した彼はベッドの上で、ぽつりと独り言を言った。
「ま、あるがままを受け入れるしかないわね。」
言葉づかいを自然と女性のそれに変えていた。

地下訓練場はで誠は全裸で立っていた。高さ100m。4辺を500mほどで囲まれた地下訓練場は核の直撃にも耐える。むろん、内部からの衝撃もかなりの程度で耐える。ここは彼らが戦闘訓練を行うための場所なのだ。すでに女性であることをかなり強く意識していた彼が全裸でいることは、かなり恥ずかしかったが、それを緊張感が上回った。目の前にいるのは、どこから調達したのかT−72戦車が5台。無人のリモートコントロール装置がとりつけられている。もちろん、彼女以外の犠牲を出さないためだ。彼女の戦闘能力がどの程度のものか、推し量るためのテストだ。テストといえど、彼女が全力で戦わなければ、死ぬ。
「よし、それでは、バイオアーマーの生成試験だ。」
書き換えられた彼女のDNAがハードウェアであるなら、彼女の脳に刻み付けられた各種の記憶はファームウェアに相当する。あるキーワードを彼女が発すると、無意識下に刻み付けられたプログラムがそれを察知し、全細胞に指令を下す。指令を下された細胞は、細胞分裂を開始し、彼女の周囲に生きた甲冑を作り出す、はずであった。
「真琴君、では始めてくれ」
真行寺の声は震えていた。生成プロセスが成功するか、または失敗して彼女が醜い細胞の塊に変わるのか?それは神のみぞ知るところである。うまく行ってくれという彼の祈るような想いがその語気から取れる。彼でも緊張することはあるのだ。
「生成!バトルアーマー」
ややアルトの誠の声が訓練場全体に響いた。次の瞬間、青い細胞の塊がいくつか、彼女の皮膚の表面にへばりついているように見えた。その細胞は全身を多いつくし、誠の美しい体は青いスライム状の醜い物体と変化した。
しかしその青いスライムは瞬く間に形作り、彼女の体を覆う甲冑と変貌した。
「せ、成功だ。」
真行寺は安堵の声を上げた。しかし、その声の調子が単なる安堵を表し、誠が女性になったときのような喜びが感じられないのは気のせいではあるまい。
「よし、次は戦闘能力テストだ。誠君、ゆくぞ。」
T−72のライフル砲がすべて誠におそいかかる。長い砲塔により回転を加えられた弾丸は、一直線に誠に向う。しかし、一発も誠の体まで到達しなかった。真琴のからだから1mぐらいのところに、光の膜が生じ、そこですべて爆発した。
「バ、バリアか・・・」
戦闘生物となった誠の本能が為し得た技だろうか?瞬時にバリアを張り、直撃を免れた。機銃掃射をくりかえしながら、T−72は誠に突進していった。しかし、彼女の甲冑は機銃掃射などものともせず、何事もないように立っている。T−72戦車は彼女を押しつぶしにかかった。四方を囲まれT−72が突進する。彼女に肉薄し砲塔がうなった。しかし、彼女は飛び上がり、4台のT−72は相打ちとなった。
「とぉっ!」
彼女が叫んだ瞬間、残り1台となったT−72戦車は真っ二つに切断された。彼女の右手には、光る剣が輝いていた。
「す、すごい。通常兵器じゃまるで歯が立たん。」
真行寺は自分が作り出した怪物に満足げであった。マッド・サイエンティストはやはり業が深い。

「忠義さん!」
女性が手を振っていた。年の頃は24,5というところか。海野忠義のフィアンセ、木島奈緒である。河原崎の選挙のアルバイトに奈緒が来たのがなれそめだ。その時に必死に忠義が口説き落としたのだ。
「そちらは?」
ずいぶんと年の離れた少女が横に立っていた。年齢は忠義からかなり離れているようである。17、8ぐらいだろうか?まさか、こんな幼い子に手を出したのかしら?奈緒は自分のフィアンセを一瞬疑ったがその考えを次の瞬間打ち消した。忠義さんに限ってそんなことはあるはずがない。彼女はそう自分に言い聞かせた。
「そちらは?」
しかしいぶかしげに奈緒は忠義に尋ねた。
「妹だよ。」
忠義は苦笑いした。
「ご無沙汰しています。奈緒さん」
ぺこりとお辞儀をする。
妹?妹なんていたかしら?
「ええっ、とお会いしたことがありましたっけ?」
「まあ長話はなんだから、そこに入ろう」
3人はそばにあった喫茶店に入った。

「え?この子があの誠君?」
説明を聞き終えた後、奈緒はそう聞き返した。
「そうです。信じられないかもしれませんが?」
紅茶のカップを置くその仕草は、まぎれもなく少女のそれだった。
「で、お願いって言うのは?」
「真琴を奈緒のところでしばらく預かってもらえないかな?これから女の子として生活するわけなんだけれども、女性としての生き方を君にレクチャーしてほしいんだ。無粋な話だけど必要なお金は国から補助が出る。服とか、ね。」
「どうして私に?」
奈緒は忠義に向かって問いかけた?
「こんなことを頼めるのは君しかいないからね。いろんな意味で」
顔を赤らめた忠義に、奈緒は満足した。
「それはどういう意味かしら?」
ちょっと勝ち誇ったように奈緒は忠義を追求した。
「これ以上僕をいじめないでくれよ。わかっているくせに。」
「いいわよ。えっと真琴ちゃん。あなたはそれでいいの?」
真琴は微笑を浮かべながら答えた。
「もちろんです。今日からよろしくお願いします。」
奈緒は快く承諾した。海野誠は今日から海野真琴として生活することになる。戦いが始まるまでにはまだもう少し時間があるはずだ。しばし、女性としての生き方を楽しませてやってもいいじゃないか。
忠義は自分にそう言い聞かせた。しばしの休息。その間に、することはたくさんある。

真琴の調整データを元に、晶彦の調整実験の準備が進められていた。接近戦を意識して設計された真琴のDNAパターンとはやや趣が異なる。晶彦は遠距離攻撃用。彼の射撃センスを生かすために、遠距離攻撃による能力を付与している。
ミーティングが繰り返され、晶彦のDNAパターンの設計の詰めが行われ、DNA変更用のナノマシンとウィルスの準備が進められていた。スタッフの意気込みは異常なボルテージの高まりを見せていた。目は血走り、この計画だけは絶対に成功させるのだ、という意識で満ち溢れている。あの真行寺博士が一番冷静なぐらいだ。しかし、理由は別のところにあった。

「みっなさーん、さしいれでえ〜っす。」
女装した晶彦がスタッフルームに現れた。ピンクのミニスカートに白いセーター。頭にはピンクのカチューシャをアクセントに添えている。手に持つバスケットの中見はスタッフへの差し入れのサンドイッチである。スタッフいわく、「絶品」、らしい。
晶彦の声を聞くやいなや、スタッフたちは作業を中断し、晶彦のバスケットにむらがる。
「ううっ。何度食べてもこのサンドイッチはうまいなあ。」
「ああ、あれで男だって言うんだから、神様は絶対勘違いしているぞ。」
「だからこそ、頑張ってかわいい女の子に変えてやるんだっ。ゲル状のスライムになんか変えてなるものか。」
サンドイッチにむさぼりつきながら、スタッフ達はそんなことを話している。
「がんばってくださいねっ。」
そこへ晶彦がやってきて、にっこりと笑った。少し表情が曇った。スタッフ達は慌てる。
「あ、ボタン取れてますね。その白衣、ちょっと貸してください。」
晶彦が椅子に座ってボタンを縫い始めた。
「いい子だよなあ。」
「かわいいよなあ。」
針と糸を器用に操る晶彦を横目に、彼らはまだこういう話を続けている。
「はい、できました。」
にっこりと笑いながら、晶彦が白衣を差し出した。
「きっと君を立派な女の子に変えてあげるからね。」
スタッフは差し出した晶彦の手をそのまま握りしめた。
「こら、抜け駆けするんじゃないっ!」
別のスタッフが彼を後ろから殴った。いつのまにか彼の周囲には人だかりが出来ている。かように、晶彦が来るとスタッフルームではてんやわんやの大騒ぎである。しかし、このお陰でスタッフたちの作業効率は著しく上がっている。人間というものは、自らの欲求のみ忠実なときが、もっとも能力を発揮するものである。
すべての作業を完了し、彼が調整槽に入ったとき、スタッフ達の興奮はようやく収まった。
興味がなくなったわけではない。
余計なことをして、失敗したら元の木阿弥だからだ。

晶彦の調整カプセルを開ける瞬間に立ち会おうと、スタッフ達は全員集まっていた。
「亜紀ちゃん、今日目が覚めるんだよな」
「ううっ、無事にやっとここまで来たぞ。」
感激に泣きむせぶスタッフもいる。調整槽の中で特別な「スープ」の中に浮かぶ晶彦の姿はただただ美しかった。「スープ」が調整槽から抜かれ、調整槽の蓋が開いた。ゆっくりと晶彦の目が開いた。
「自分の姿を良く見て!」
誰かがそれとなく、晶彦に向かって叫んだ。晶彦は自分の腕や手や胸、そして、あの部分をしばらく見ていた。
「ホントに女の子になったんだ。」 
感慨深げに彼女がいった瞬間、スタッフの歓声が調整室に響いた。
「亜紀ちゃん、おめでとう!」
やんややんやの大騒ぎである。
「みんな、みんな、本当にありがとうね。」
感激で亜紀は泣いていた。ひたすら泣いていた。

数日後、真行寺の個室に亜紀と真琴は呼び出された。
「はじめまして、更科亜紀です。」
「はじめまして、海野真琴です」
二人はお互いに挨拶した。
「亜紀ちゃん、かわいらしいわね。」
「真琴さんも、すごくおきれいで。」
と言った瞬間。二人は笑い出した。
「なんか、そういう台詞を自分が言われるなんて思わなかったわ。」
真琴はまだ笑っていた。
「そうですね。私も。昔から変態とかおかまとか言われてきましたけれども。今ならDNAレベルで本物の女の子ですもんね。」
研究室に美少女が二人。このまま会話に花が咲くと思われたが、真行寺博士の次の一言が二人の会話を打ち切った。
「おしゃべりはそこまでにしてくれないかな?二人ともこれからは一緒に住むんだし、その時でもいいだろ?」
どこにも無粋な奴はいるものだ。
「改めて自己紹介するよ。僕の名前は真行寺正志。トランス・プロジェクトの主任だ。そして、一応君たちトランス・チームの上官になる。」
「名前の由来はなんなのですか?」
真琴が聞き返した。
「僕の趣味だ。」
亜紀と真琴はその言葉を軽く受け直すことが出来ず、このプリントのトレーナーの上に白衣を着ている青年に相当な不信感を持った。
「君たちのからだの調子はどうだい?」
「きわめて健康です。」
真琴が言う。
「調子は抜群ですよ。」
亜紀も続けた。
「そうだろう、そうだろう、なんたって僕の傑作だもんなあ。」
まるで出来のいいフィギュアを眺めるような目で、亜紀と真琴を見つめる。
「なにするんですかっ!」
思わず真琴の頭に頬をすりすりしてしまった真行寺に真琴の平手が真行寺に飛んだ。
「博士、へんたい〜っ」
亜紀が一歩、後ろにあとずさる。
「すまん、ついかわいかったもんで」
かわいかったら誰でも抱きつくのか?
「人をフィギュアかガレキみたいに言わないでくださいっ!」
真琴の怒りは尋常ではない。しかし、真行寺にしてみれば、真琴や亜紀は等身大フィギュアのようなものだ。彼の気持ちは分からないでもないが、当人達にしてみればとんだ災難だ。
「ま、まさか、博士がこの計画を推進している理由って、もしかして」
聞いてはいけないことを真琴は聞いてしまった。
「かわいい女の子を作れるから乗ったんじゃないか。萌えるぜっ」
その台詞を聞いて呆然となっているのは、真琴である。
「そ、そんな理由で僕は女の子に・・・超兵器になるのはいいとしてもそんな理由で・・」
「ま、真琴さんっ。気をしっかり持って!ね、ね。」
隣で亜紀が両腕で真琴の体をゆするが、あっちの世界に行ってしまった真琴はブツブツと訳の分からないことをいい続けるばかりである。
「何はともあれ、トランス・チーム、始動だっ!」
真行寺博士が一人で萌えていた。


次回予告

真行寺僕の名前は真行寺正志。トランスチームの生みの親さ。もっとも、彼女たちを女に改造したのは、僕のただの趣味なんだけどね。
真琴ホント、災難だ。受けるんじゃなかった。ブツブツ。
亜紀終わったことはぶつぶつ言わないの。ところでさ、ねえねえ、トランスチームって真琴ちゃんと私だけなの?
真琴私は兄さんからもう一人いるってきいたんだけどな。
真行寺そのとおりっ!でもなかなか首を縦に振ってくれなくてこまってるんだ。
トランスチーム最後の一人、座間勇一の説得工作(=捕獲)は困難を極めていた。亜紀、真琴の訓練もかねて、壮大な捕獲工作に乗り出してもらうことにした。次回第三話
ファーストミッション
真行寺燃える展開、萌えるキャラっ。
僕のハートも萌えてるぞっ

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