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第十三話:少女の宝物


 赤、黄色、青、橙。いろいろな色に彩られた光の筋が浮かんでは消えている。ボン、という大きな爆発音の後に現れる光の芸術は、見る人の心を魅了していた。河川敷に立って空を見上げている中に、やや年齢の開いたカップルがいた。
「綺麗だね」
「うん!」
 英嗣は亜季の顔の方を向いた。暗がりに浮かぶ亜季の顔に、照準が合ってしまい視線がずっとそちらを向いてしまう。オレンジ色の浴衣を来た亜季の肩に英嗣はさりげなく左手をまわした。
 また一つの花火が空から消えた。亜季は左肩の上に何か乗っているのを感じた。ふっと横を見るとそれは英嗣の腕だ。亜季はゆっくりと英嗣に体を密着させていった。それにつれて英嗣も亜季の頭を自分の胸に寄せた。
「おうおう見せ付けてくれるぜ」
 いさみが頭の後ろに両手を当ててちらりと亜季たちのほうを見た。いさみもピンクの浴衣を着て、真琴も水色の浴衣を着ていた。
「人がたくさんいるのに気にならないのかしら?」
「ああなると周りが気にならなくなるんだよ」
 くすくす、と真琴が笑った。
「だから白昼堂々と抱き合えるわけね」
 いさみの顔がすぐに赤くなった。
「そういうお前こそどうなんだ?誰か気になる相手はいないのか?」
 真琴は目をぱちくりさせた。右手を口で押さえてくすくすと笑う。
「そうね、たとえば、いさみちゃん、とか」
「はあ?」
 ついいさみは一歩引いてしまった。
「あれ、ダメなの?」
 真琴がいさみに一歩一歩近づいてくる。いさみは一抹の不安を覚えて下がろうとするが、人ごみの多い中自由はそれほど利かない。真琴の両手がいさみの首の後ろに来た。真琴の右手がいさみの頭の後ろを捉えると、二人の唇がゆっくりと接近していった。いさみの方は金縛りにかかったように何ら抵抗をしようとしない。どうじに、心臓のビートはどんどん上がっていく。
 真琴がふっと手を離していさみから一歩離れた。
「なんてね、冗談よ」
 人差し指を手に当ててそう言う。いさみの心臓はまだドキドキ言っていた。
「どうしたの、いさみちゃん、顔、赤いわよ」
「うるさい」
 言葉とは裏腹に、一線を超えずにすんだことにいさみはほっと胸をなでおろした。
 同じ頃、河原崎と忠義は真行寺のラボに集まっていた。いさみが戦意を取り戻した今、やるべきことは一つ。敵の本拠地を探し叩くこと。敵バイオアーマーの調整が完了する前に一気に叩けば、鬼沢のたくらみは阻止できる。
「敵の本拠地はまだ見つからんのか?」
 河原崎は焦っていた。時間が後どの程度あるのか全く分からない。ある日突然、大量のバイオアーマー装着者がいずこの国かを占拠したら、日本はもう後戻りは出来ない。
「八方手を尽くしているんだが、手掛かりすらありません」
 真行寺がふっ、と顔を上げた。
「手掛かりならあるよ」
 河原崎と忠義は真行寺の顔を見た。
「それは何かね?」
「数千人規模の調整だったら、途方もない電力と、水が必要だからね。水は海のそばならいくらでもあるけど、電力が供給できる場所は限られるじゃないか」
「それはどうなんだ?例のブラックボックスがあれば、エネルギー問題は一挙解決じゃないのか?」
「それがそうでもないんだな」
 ブラックボックスとはノーマの敵バイオアーマーが背負っていた銀色のボックス、のことである。真行寺とは別系統の遺跡文明の所産だが、なぜ鬼沢がそれを手に入れられたのかは分からない。鬼沢が遺跡からどんなテクノロジーを入手したのかは分からないが、真行寺のスタッフから入手した情報を元に、まがりなりにも実用兵器として使えるバイオアーマーを開発したことは驚異だろう。
「あれはエネルギーパックというものであって、ジェネレーターじゃないんだ」
「ってことは、発電設備が必要、ってことか」
「そのとおり、で日本で大量に電気を供給できる場所というと、そんなにないんだよ」
「そういえば、高速増殖炉の運転に成功、とか言ってたな」
 忠義はいつかの朝刊の記事を思い出していた。
「遺跡文明の力を持ってすれば、簡単なことだろうね」
「ってことは…」
「日本のF県の海岸付近のどこか、だろうね」
「海野君」
「はい」
「エージェントの手配をしてくれ」
 忠義はこくり、とうなずいた。
 花火大会が終わって、真琴達はホームで電車を待っていた。アナウンスがなり、電車が通過する旨のアナウンスが流れた時だった。
「え?」
 英嗣がホームから落ちた。数秒後、無情にも電車は亜紀たちの目の前を通り過ぎていく。通過した後、亜紀の顔は真っ青になっていた。
「亜紀!」
「亜紀ちゃん!」
 いさみと真琴は同時に声をかけた。亜紀はぴくりとも反応しない。いや、声と同時にぺたり、と座り込んだ。
「うそ、だよね…」
 わんわんと泣き出したので、ぽっかりとそこだけスペースが開いて周りに人だかりが出来る。真琴といさみは対処に困っていた。気が付いてレールの上を見ていると、あるべきはずの肉片がない。血痕すら見当たらない。しばらくして、ホームの隅っこに手がかかった。人間の上半身がひょこっ、と現れる。無傷の英嗣の姿がそこにあった。
「英嗣さん」
 亜紀は泣きながら英嗣に抱きついた。周囲で見ていたものたちはほっと胸をなでおろした。
「誰かに肩を押されたような気がしてバランスを崩してホームから落ちて、電車が見えたので慌ててホームの下にある点検用の避難場所に逃げ込んだんです」
 いさみたち三人と、英嗣はマンションまで戻ってきていた。本当は花火大会の後、勝手に散会、のはずだったのだが、事件があったので英嗣にはご足労願ったわけだ。
「ホントか?勝手に落ちたんじゃないのか?」
「ホントだって。でなきゃ、好き好んでホームから落ちたりはしないよ」
「まさか、奴らか?」
 四人は静まり返った。あまりにも、ありそうで、だからこそ背筋が寒くなる結論だった。
「じゃ、アパートまで送っていくわ。亜紀ちゃんもいらっしゃい」
「は〜い」
 結局、亜紀が護衛のために、英嗣のアパートに泊まりこむことになった。電車で帰るとまた危険が及ぶかもしれないので、車で直接送ることにした。
 真琴の運転するセダンが、英嗣のアパートの横に滑り込んだ。真琴はドアのロックを解除する。亜紀がドアを10センチほど開けると、あたりを見回した。
「大丈夫みたいだよ」
 ちょこん、と車から降りた。後ろからゆっくり英嗣も降りた。
「真琴ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして。二人っきりでいるからって、ほどほどにするのよ」
 真琴がくすりと口元に笑みを浮かべると、亜紀達はお互いに顔を見合わせた。
 部屋に入るなり、亜紀は英嗣に抱きついた。
「あ、こら」
「だってえ、夏休みに入って二人っきりでいること少なかったんだもん」
「仕方がないなあ」
 頭を抱き寄せて、亜紀の頭を撫でた。
「ねえ、明日二人きりでどっか遊びに行こうよ」
「え?」
「大丈夫だよ、まだノーマの仕業だと決まったわけじゃないじゃない」
「そうかなあ」
「大丈夫。あたしが一緒についてるんだから、いざって時は絶対守る!」
「仕方がないなあ」
 はしゃぐ亜紀を、英嗣は止められなかった。
「何考えてるんだよ、お前ら!」
 マンションの室内ではいさみの怒鳴り声が聞こえていた。お茶を出そうとした美優が、つい手を離して耳を押さえそうになるボリュームだ。
 目の前には頭に包帯を巻いた英嗣の痛々しい姿があった。
「まあまあいさみちゃん、そのくらいにして」
「これが黙っていられるか!」
 いさみが怒るのも無理はなかった。英嗣が狙われているのは予想をしていたことだ。しかし、亜紀と英嗣はそのまま出かけてしまったのだ。今度はノーマの戦闘員が二人を襲った。英嗣は階段で突き落とされ、地上三階から地下一階までゴロゴロと転がる破目になったのだ。戦闘員たちは亜紀たちを放ってそのままいずこかへ消えてしまったらしい。
「とにかく、だ」
 いさみはギロッと二人を睨んだ。
「二人とももう出歩くな。いいな」
「はい」
 英嗣もじっと黙るしかなかった。英嗣たちは亜紀の部屋に引きこもってしまった。ドアがばたん、と閉まってから、真琴はいさみの前に紅茶を差し出した。
「ああ、サンキュ」
 どこか遠くを見るような目でいさみはカップを受け取った。真琴はお盆を手にしていさみに声をかける。
「あそこまできつく言わなくても良かったんじゃないの?二人とも反省してたんだし」
「そういう問題じゃないんだ。あいつら、分かってない」
 いさみは視線をどこか遠くに向けながら、カップに口付けをした。
 英嗣は亜紀の部屋でベッドの上に座っていた。いさみや真琴の部屋は大変シンプルだが、亜紀の部屋はぬいぐるみがたくさん飾られている。しかし引出しの中は打って変わって、アーミーナイフやエアガンが大量に収納されている。
「あそこまで怒らなくてもいいのにねえ」
「いさみちゃんだって、それなりに心配しているんだよ」
「そうかなあ?」
 亜紀はちょこん、と英嗣の部屋に座った。英嗣は亜紀の両手を掴むと、素早くベッドに押さえつけた。
「きゃうっ」
 英嗣は亜紀の体に覆い被さると、唇も押さえつけた。両手から力が抜けたので、亜紀のスカートの中に手を伸ばす。
「んっ」
 英嗣の手の動きが止まった。亜紀にも精神的な余裕が出来る。
「もお、いきなり押し倒すなんてひどいよ」
「やめた方がいいのか?」
 亜紀は頬を赤くした。
「やだ」
「聞こえないなあ」
「もお、いじわるしないでよお」
 目を潤ませて英嗣に訴えかけたところで、邪魔が入った。
「亜紀ちゃん、ちょっといい?入るわよ」
 亜紀たちは慌てた。急いで服を直して、ベッドに並んで座る。
「お楽しみのところごめんなさいね」
 こともなげにそういうのは、真琴はいさみや亜紀と感覚を共有しているからだ。彼らが付き合いだしてしばらくはダイレクトに亜紀の感覚が流れ込んできたので大変だったが、今となっては他人の感覚として認識できるようになったから、比較的冷静に対応できる様になった。
「あの、お父様からお電話よ」
 亜紀の顔が不機嫌になった。
「わかった」
 しぶしぶ、受話器を受け取った。
 英嗣は、豪奢な門の前で緊張していた。
「昔は何度もくぐってたのに、今更何か気になるの?」
「君と違ってね。僕はあまり能天気じゃないんだ」
「今更何の用事かな?しかも二人で来いだなんて」
 亜紀はインターフォンを鳴らした。執事のうれしそうな声とは対照的に、亜紀の気分はどす黒かった。
 亜紀が破壊した居間は綺麗に改修されていたが、新しいところと古いところの継ぎ目が目立っていて、亜紀が英嗣と再び会った日のことを思い起こしてしまう。
「どうしたんだ?急に笑い出したりして」
「なんでもないっ」
 亜紀は英嗣の右腕に抱きついた。英嗣はやれやれと亜紀を引きずるようにドアにを開けた。先客がいた。初老の男が、ギロリと二人の顔を見た。
「鬼沢様。二人をお連れしました」
 どうやら亜紀たち二人に比べて格上らしい。うやうやしく二人の方に手を差し伸べると紹介を始めた。
「こちらが、亜紀お嬢様。こちらが婚約者の、冴木英嗣様です」
 鬼沢と呼ばれた男は表情を強ばらせたまま立ち上がった。
「鬼沢だ。よろしく」
 そう言って少し頭を下げると、すぐ椅子に座った。
「お嬢様。鬼沢様がお嬢様にお話があるそうです。旦那様も一度はお断りされたのですが、どうしてもおっしゃるので」
 亜紀は執事をじっと見た。ふうっ、と溜息をついてソファに座る。鬼沢が執事に目配せした。執事は丁寧にお辞儀をすると、部屋から去った。
「で、あたしになんの用なの?おじさん」
 鬼沢は亜紀の目をじっと見た。亜紀はその視線にどこか恐ろしいものを感じた。
「戦いから手を引いてもらいたい」
 亜紀の目が大きく見開いた。そう言うと同時に、コンコンとドアがノックされた。
「お茶をお持ちしました」
 外から女の人の声が聞こえた。
「いいよ。持ってきて」
 亜紀が返事をしたら、がちゃり、とドアが開いた。亜紀も鬼沢も大きく目を見開いた。トレーを持ちメイド服に身が包まれたポニーテールの少女に見覚えがあったからだ。三人とも優雅に二人の前にティーカップを置く彼女の姿をまじまじと見ていた。
「えっと、あなたは初めて見る顔だよね」
「ええ?何か気になる点でもございましたか?」
「ちょっとこっちに来て」
「はい!」
 にこにこと愛想よく笑う少女は亜紀のそばまで近づいた。
「いっちゃん、こんなところで何してるの」
 鬼沢に聞こえないように、いさみに囁く。
「別に、ただ様子を見に来ただけ」
 あくまでエレガントに微笑みながら、いさみは耳元で囁いた。亜紀の表情があからさまに不機嫌そうに変わる。
「あのおっちゃん、俺たちの敵だ。でも、ま、悪い奴じゃないぜ」
 再びいさみは直立した姿勢を取ると、鬼沢に対して深々とお辞儀をして、部屋から出た。
「どうかなされたかな?」
 あっけに取られている亜紀に鬼沢は尋ねた。
「いえ、友人から電話があったらしいんですけど、お断りするように申し付けました」
「そうか」
「ところで父とはどういうご関係で?」
 亜紀は逆に尋ねた。
「私が誰だか知らないと?」
「はい!」
 元気良く返事をする亜紀に、英嗣は冷や汗が出た。
「鬼沢官房長官、でいらっしゃいますよね?」
 英嗣が鬼沢に尋ねた。彼は当然鬼沢のことを知っている。現職は官房長官。河原崎総理と共に、政界の大物として知られる人物で、河原崎、更科両氏の友人でもある。そして、さっきのいさみのことばから察するに、おそらくは彼がノーマの首領なのだろう。納得できる人物ではある。
 その頃、いさみは真琴に連絡を取っていた。真琴はマンションのリビングでノートパソコンを出していた。彼女は彼女で、いろいろやることがあるのだ。
「何があったの?」
 真琴から返事が返ってくる。
「鬼沢が亜紀に会いに来ている」
「!」
「非常事態だろ。亜紀の聴覚と視覚をつないでおけ」
 いさみに言われて真琴は落ち着きを取り戻した。彼女はいさみと亜紀と感覚を共有することが出来る。過去においては、すべての感覚が流れ込んできて、大変なことになっていたが、現在ではよほど強い感情でなければ影響されることはない。
「そ、そうね」
 真琴はテレパスを使っていさみに返答した。
 いさみは真琴から意識を切り離した。通信が切れてすぐ、いさみは自分の体に変調を感じた。はじめは少しおかしい、と感じた程度だったが、いさみは全身をピン、と反らせた。
「!」
 いさみは自分の体に電流が走ったような感覚を味わった。体中が熱く敏感になったような気がする。そしてこの焦燥感は覚えがある。
「んっ」
 自然と胸に手が伸びる。
「なんで、こんな…」
 人に見られるとまずいことになる。彼女はトイレに逃げ込んだ。
「で、河原崎のおじさまとお父さんのお友達が、あたしに何の御用ですか?」
 無邪気に、を通り越して能天気に、亜紀は尋ねた。さすがの鬼沢も亜紀の態度には呆れてしまう。亜紀を通じてその場面を見ている真琴もずっこけそうになる。
「そちらの青年は私の正体に大体気づいているようだが」
「あなたが、ノーマの親玉なんですか?」
「そうだ」
 威厳のある声で鬼沢が答えた。英嗣と鬼沢の間に緊張が走る。しかし、亜紀はやっぱり能天気だ。
「ノーマってなんでしたっけ?」
 亜紀の答えにさすがの鬼沢も表情に怒りが見えてきた。こいつのために何人もの部下が死んだというのに、なんでした、はないだろう。
「亜紀ちゃん、怪人を殺しておいてその言い方はないだろう」
「殺せって言ったから殺しただけで、あたしにとってはどうでもいいことだもん」
 こんな台詞をカラカラと笑いながら言われて、さすがの鬼沢も頭の線が切れた。
「人を殺しておいてその言い分は何だ!」
 一歩足を踏み込み、亜紀の喉元を締め上げる。
「どうして人を殺してはいけないの?」
 鬼沢は絶句した。
「どうして人を殺してはいけないの?誰が決めたの?それにあたしは殺せといわれたから殺したんだよ?あたしの何が悪いの?」
 鬼沢の力が緩んだ。
「お前は、何の良心の呵責も感じていないのか?」
「当然じゃない。今の生活を守るためなら、私、なんでもするよ。英嗣さんと一緒にいられるなら、なんだってする。もし、あなたがあたしの邪魔をするというなら、この場で──」
 そこまで聞いて、英嗣の額から冷や汗が流れた。
「あなたを殺すよ」
 冷たく浮かんだ亜紀の笑みに、鬼沢は背中がぞっとした。喜怒哀楽を表に出してぶつかってきたいさみと違い、この少女はある程度の覚悟が出来ている。自分の利益のためならば、人を殺すことなど厭わないだろう。欲しいものが得らないまま、長い年月が経つと、こうなる、ということか。
「亜紀ちゃん、もうやめてくれ」
 英嗣が、下を向いたまま声を絞り出した。
「僕はもう君が人殺しになる姿は見たくない」
「そんなこと、言うの?」
「もういいだろう?人を傷つけて手に入れる幸せなんて、偽物だよ」
「英嗣さん、あたしのこと、嫌い?」
 英嗣は立ち上がった。
「好きだよ!だからやって欲しくないことがあるんだよ」
 鬼沢は拍手を打った。英嗣と亜紀はお互いに目を見合わせる。
「ラブシーンは結構だ。私もあまり時間があるわけではない。単刀直入に用件だけ述べよう」
「なんですか?」
 亜紀を制止して、英嗣が前に出た。
「二人で海外に出て行ってもらいたい。そして、我々の戦いにもう関わらないでほしい。その代わり、二人の生活と安全は保証しよう」
「断ったらどうなるんですか?」
「もう一度君の体に尋ねるだけだよ。冴木英嗣君。これ以上生傷を増やしたいのかね?」
「もしかして、英嗣さんをずっと襲ったのはあなたなの?」
「そうだ」
「人のことを散々叱っておいて、自分は人を傷つけるんだ。許せない」
「そんなことを言ってもいいのかな?君は自分の身は自分で守れるだろうが、そこの彼はそうはいかないだろう?」
「いいもん。あたしたちの幸せを奪う人は誰だって許さない!」
 英嗣は心を決めた。
「もうよせっ!」
 大声で叫んだ。亜紀は、何のことか分からないのか、ぽかんと口を開けている。
「本当に生活と安全を保証してくれるんですね?」
「私は嘘は嫌いだ」
「わかりました。その話、お受けします」
「英嗣さん?」
「もう君が人を傷つける姿なんて見たくない」
 このままでは、自分が本当に殺された時、亜紀は何をするか分からない。そんな彼女は想像したくない。彼なりの、彼女への愛情だった。
 玄関で、亜紀と英嗣は鬼沢を見送っていた。
「日時は追って連絡をしよう。お父さんには、私から話しておいた方がいいかな?」
 亜紀は首を振った。
「分かった。ちゃんと別れをすませてくれよ。更科に一生恨まれたくはないからな」
 背中が寂しそうだった。友人への不義理が、どこかで許せないのだろう。
 その夜、英嗣と亜紀は、更科家で一夜を過ごした。
 マンションで、真琴といさみ、そして真行寺は難しい顔をしていた。亜紀はおそらく、もう二度と戻っては来ないだろう。
「あの優男、やる時にはやるもんだな」
 なるべく明るく、いさみはつぶやいた。
「僕が目をかけてやったというのに、恩知らずな奴だ」
「お前に目をかけてもらっても不幸なだけだよ」
 呆れ顔でいさみは言った。
「そして出発の日は分かったのか?」
 真琴は首を振った。
「あの子からはもう何も感じ取れないの。以前のあなたと同じね。心を閉ざしているわ」
「どうするんだ?やっぱり殺すのか?俺の時と同じように」
「簡単に言わないでよ!」
 真琴が叫んだ。
「私がどんな思いで決断を下しているか、あなたは分かってるの?私だって、人間よ!機械じゃないっ!」
 目には涙が浮かんでいた。
「すまん、悪かった」
「そうよね。そんな風に思われても仕方がないわね」
「らしくないなあ」
 真行寺が口を出した。
「なんだと?」
「らしくない。いつも冷静に感情を露わにしない君たちが、一体何を悩んでるんだい?」
 にこにこと微笑むその風貌の下に、鬼の姿を垣間見たような気がした。初めて、この男を見て、背中に冷たいものを感じた。これは、恐怖だ。
「ま、遅いし、僕はもう帰るよ。君たちは明日はここで待機。連絡を待つように」
 真行寺は立ち上がった。
「返事は?」
「了解!」
 二人は声を出すと共に、真行寺に敬礼した。
「ん、いい返事だ。じゃあね。おやすみ」
 真行寺は去って行った。
 玄関から出た後、真行寺はジーンズの後ろのポケットに手を突っ込み、携帯電話を手にもった。電話帳の一覧から目的の人物の名前を画面に表示させると、通話ボタンを押す十数回のコールの後に、相手は出た。
「はい、海野です」 「もしもし真行寺だけど」
「なんだお前か」
 電話の相手は、不快感を露わにしていた。真行寺が電話をすると、いつもそうだ。
「亜紀ちゃんの出発の日は分かったかい?」
「急だぞ。明後日らしい」
「鬼沢の親父もなかなかやるねえ」
「能天気なことを言ってる場合か。何としてでも引き止めろ!彼女が抜けたら大幅に戦力ダウンだ!」
「引き止められなかった場合は?」
「死体で引き取っていただければ結構だ。冴木君もろとも炭にでもなってもらえ」
 ここに来て、彼らも本来のお題目よりも、本音を口にするようになった。大の虫を生かすには、小の虫を殺すのも仕方がない、ということか。 「僕の最高傑作に何てこと言うんだよ。ま、いいや。で、場所は?」
「厄介だ。米軍Y飛行場。そこから特別チャーター便が飛ぶ」
「それは厄介だねえ。総理のご意向は?」
「出来ることなら、バイオアーマーのことは米軍には知られたくないと」
「ま、なるべくやってみるよ」
 真行寺は電話を切った。
 真行寺が部屋を出て、いさみはすぐにベッドに入った。昼間から、体の調子がおかしい。ストレートに言えば、男が欲しかった。よくよく考えれば、マンションを出てからこの方、毎夜男と交渉を持っていた。男とそういう行為に及んでいないのは、戻ってきてからの数日間だけだ。昼間亜紀の実家のトイレで、なんと彼女は自慰行為に及んでいた。
 亜紀の家からこっちに戻って来る時、いさみは明らかに男を見る眼が変わっていた。マイクロミニのスカートにサマーニットという姿で彼女は外出していた。スカートから伸びた足と、上半身に現れた彼女の体のラインに、道行く男の視線を感じていた。中には彼女に声をかけた者もいたが、その度に彼女は「自分を抱いてくれ」と言いそうになる自分と葛藤していた。
 ベッドの中で、再び自分の胸と足の付け根の部分に手が伸びた。彼女の手の動きから、胸の形が大きく変わる。
 ──これじゃいけない。
 手を動かしながら、彼女はそう思った。でも、体がいうことをきかない。真行寺がしかけたセイフティ。いや、古代文明が生体兵器にしかけたセイフティ。真行寺はその技術を受け継ぎ、そのまま彼女たちに、そのセイフティを仕掛けただけ。力なき存在が、力ある存在を制御するために仕掛けた、罠。
 三十分ほどベッドの上で時間が過ぎた。放心状態でいさみは自分のベッドの上で横たわっていた。しかし、その行為は更なる欲求を生み出しただけだった。もう、彼女は自分を押さえられなかった。いさみは、夜の街に出て行くためにベッドから降りて身支度を始めた。身支度をしながら心の中に期待感があふれていくことにもはや何の注意も払っていなかった。
 八月六日は、日本にとって、重要な日である。世界にとっても、重要な日であるかもしれない。H県H市、世界で唯一核兵器が投下された場所で、次にN県N市で核兵器が投下された。その記念すべき日が、亜紀たちの新たなる旅立ちの日に割り当てられていた。
 玄関先で、亜紀は深々と父親に頭を下げていた。若干の陰が彼女の顔に見えることに、父親も不安を隠そうとはしなかった。
「後悔はしないのか?」
 更科は一人娘の両肩に自分の手を置いた。
「はい。お父さん、ごめんなさい」
 亜紀は首を下のほうに傾けた。更科はそういう亜紀が痛々しく見えた。 「冴木君」
「はいっ!」
 英嗣は直立する。
「不出来な娘で迷惑をかけると思うが、私のかわいい一人娘だ。よろしく頼む」
「幸せに、なります!」
 亜紀には、父親が一気に老けたように見えた。玄関前には、鬼沢の政府専用車が止まっていた。比較的軽装で、二人は車の前に立った。鬼沢は亜紀に尋ねた。
「荷物は、それだけでいいのかな?」
「向こうで買えばいいし、英嗣さんがいればそれでいいから」
「なるほどな、では乗りたまえ」
 鬼沢は促した。亜紀が乗り込もうとしたときに、女の子の大声が聞こえてきた。 「ちょっと待ったあ!」
 声のほうを向けば、アーマーを纏ったいさみの姿があった。亜紀は車の扉に手をかけたまま、控えめな声で言った。
「いっちゃん、引き止めても無駄だよ」
「力づくでも連れて帰、何?」
大 きなエンジン音がいさみの耳に飛び込んできて、大きな影がいさみたちのたっているところに出来た。上を見上げれば、全身をウェットスーツで身を包み、銀色のボックスを背負った男が三人ヘリからロープを伝って降りてくる。緊張しながら、その光景をいさみは見ていた。すとっ、と着地して後、リーダー格と思しき男が言った。
「またあったな、小娘。守る相手があいつではあまり気乗りしないが」
 亜紀の方をここで一瞥した。亜紀も、目を伏せる。
「まあこれも仕事だ。お前の思うようにはさせん。装着!」 「こんなところで、なんてことする!」  三人に向かって突風が吹いた。周囲にいた全員が、持ち物を飛ばされないように身構える。風が収まり、三人が立っていたところをもう一度見ると、黒い甲冑に覆われた人型の物体が三体、そこにたっていた。 「ここは住宅地だ。あまり周りに被害を出すなよ」
「分かってますよ」
 車の後部に三人が揃って立ち、左腕に大きく開いた穴からいさみに砲撃を浴びせようとした。いさみは三人の砲撃を避けようとしたが、真琴から通信が飛び込んできた。
「いさみちゃん、避けちゃダメ!」
 とっさにシールドを張って防ぐが、さすがのいさみも無傷というわけには行かない。そうこうしているうちに、亜紀達は車に乗り込み、走り去ってしまった。
「くそ!逃したか」
 そう思っていると、再び大きなエンジン音がいさみの耳に飛び込んできた。黒い三体のバイオアーマーはアーマーを解除し、ヘリに乗り込んだ。
 亜紀は米軍のジープの上から、自分がこれから搭乗する旅客機を見ていた。数十人クラスの小さな旅客機だが、自分と英嗣が海外に逃亡するだけなら十分すぎるほどのスペックだ。滑走路を走りながら、ふっと真琴たちのことを思い出した。
「ごめんね、真琴ちゃん」
 初めて会った日から、姉妹のように二人は暮らしていた。彼女に何も言わずに、別れるのはやはりつらい──
 同じ頃、真琴たちは真行寺の地下研究室に集合していた。米軍基地に入る前に取り押さえられなかった以上、これ以上踏み込むわけにはいかない。あえて真琴たちには、亜紀の行き先を教えられていなかった。
「あんた知ってるんだろ?亜紀が今どこにいるのか?」  真行寺は言った。 「知らないよ」 「お前の知らない、は当てにならん」 「いさみちゃんにそんな風に思われていたなんて、残念だなあ」 「二人とも、素直じゃないんだから」  呆れ顔で、真琴は目の前のマグカップに口をつけた。その瞬間、電撃が走ったような感覚を得て、眼前に一瞬風景がフラッシュバックした。写真で何度か見たことがある場所だ。「ねえ、いさみちゃん」
「なんだ?」
「亜紀ちゃんの居場所が分かったわ」
 真琴の声が震えていた。
「米軍Y飛行場」
 いさみの表情が凍りついた。  いさみの故郷であるN市の近くにもS基地が存在する。反対運動もさかんで、在日米軍は、いさみにとってそれほど遠い存在ではなかった。なるほど、日本にある滑走路は、民間空港だけではない。しかし、在日米軍基地は最悪の場所だ。そこで戦闘行為をすることは、日本に軍事力が存在することを、米国に知らせてしまうことになる。
「行くぞ、真琴」
 真琴は躊躇った。
「行ったら、どういうことになるかあなた分かってるの?総理だってただじゃすまないわ」
「そんなこと知るかよ。俺は亜紀を連れ戻す」
 真琴はいさみの気配に気圧された。
「また後悔することになってもいいの?」
「自分で決めたことだ。もう俺は後ろは振り返らない」
 いさみは、強い口調で言い切った。鋭い視線が真琴の両目に突き刺さる。もう逃げてはならない。どういう結果になっても、その結果を受け入られる。
 ──強くなったわね
「分かったわ」
 真琴も、立ち上がった。
 真行寺のラボは生智学園の地下にある。いさみと真琴は学園の横に止めてあった車に乗り込もうとした。
「そんなもので移動すると時間がかかるぞ」
 低い男の声がした。
 真琴と、いさみの心のアラームが警告音を発している。
 この声は、危険だ。
「誰!?」
 真琴は背後を翻った。まるでそこから突風が吹いてくるかのような威圧感がする。黒光りする装甲を身に付けた存在が、そこにいた。
「あなたは、あのときの!」
 囮の結婚式の時に見た、謎のバイオアーマー。
「生成!」
 叫んだ真琴をいさみが制止した。
「いや、違う」
 いさみが真琴を
「でも!」
「こっちは、敵じゃない」
 いさみは深々と頭を下げた。
「あの時は世話になった。まだ礼を言ってなかった。有難う」
「礼を言われるほどのことはしていない。私こそもう一歩早ければ、彼をあんな目に遭わせることはなかった。面目ない」
 2メートル近い巨体が前にかがんだ。
「そんなことより、時間がない。君たちをY飛行場まで運ぶ」
「どうやって?」
「ぐずぐずしている暇はないっ!二人とも早くアーマーを装着しろ!」
 真琴といさみは二人で顔を見合わせた。彼女たちの直感は、彼が味方であることを告げている。彼は、信頼に足る人物だ。理由は分からないが、彼女たちは確信していた。
「生成!バイオアーマー」
 二人の体が甲冑で覆われる。
「二人ともこっちにこい。赤い方は私の右手を、青い方は私の左手を持つのだ」
 いさみたちは言うとおりにした。いさみが彼の右手を触ると、アーマー同士が共鳴して手が赤く光った。真琴もそれを見て彼の左手を触った。真琴の両手と、彼の左手が青く輝く。
「跳躍!」
 いさみの眼前の風景がぐにゃりと歪み、彼女の意識が一瞬ブラックアウトした。
「いさみちゃん、いさみちゃんっ!」
 アーマーをつけた状態で、いさみは真琴に揺り動かされていた。
「こ、ここは?」
「見て分からない?」
 1000メートルほど向こうに旅客機が止まっており、周りを米兵が取り囲んでいた。
「どうやらあれがターゲットみたいね」
「どうする?」
「ここまで来たら、やるしかないでしょう?」
 真琴が笑った。
「とりあえず、挨拶してあげて」
「了解」
 にやりと笑ったいさみの左手の上には、サッカーボール大の光る球が浮いていた。
 滑走路には、F-15やF-16が並ぶ中で、ぽつんと小型ジェット機が滑走路上にとどまっていた。そのすぐ下にはジープが一台止まっていて、制服を着た米兵の中に、スーツを来た日本人二人と、ワンピースを着たまだ幼さの残る少女が立っていた。元気がないのか、彼女だけ、下を向いていた。
「さあ、上って」
 鬼沢は好々爺然とにこにこと笑いながら亜紀を促した。亜紀は上を見上げた。乗降口から階段が自分のところまで伸びている。亜紀はタラップに足をかけようとして、躊躇った。
 そういう亜紀の姿を見て、英嗣がさきに二段ほど昇り、後ろを振り返った。
「お嬢様、さあお手をどうぞ」
英嗣の左手が亜紀の方に差し出された。
 ──本当にこれでいいの?
 ──後悔しない?
 何か、何か大きなものをこの日本に置いていくような気が亜紀はしていた。
「さあ、早く手を取って!」
 英嗣の叱咤の声が聞こえてくる。やむなく差し出された左手に、右手をゆっくりと近づけていく。ようやく手がつながる、というところで、すぐ横で爆音が聞こえた。亜紀はすぐ横を見た。彼女の体が硬直した。ガソリンの燃える匂いと、真っ赤な炎が彼女の眼前にあった。米兵が消火作業に入っている。
「何だ?」
 鬼沢が米兵たちに尋ねた。
「お前が立っている場所はそこじゃない。こっちだ」
 亜紀には聞き覚えがある声だった。
 米兵の一人がサブマシンガンをいさみに向かって撃った。しかし、いさみの目の前の見えない壁に阻まれて、弾は一発も届かない。将校らしい男が、鬼沢に食って掛かっていた。いさみはその会話に聞き耳を立てた。当然、英語だが、彼女は大抵の外国語は聞き取れる。
『あんな化け物だとは聞いてない』
『事実を伝えるのは難しいのだよ。大丈夫、もうすぐ味方が来る』
 そんな会話が聞こえてきた。
 なんのことだ、とさらにいさみは立ち止まって聞き耳を立てたが、敵は考えられない方向から現れた。ほぼ垂直に、いさみのすぐ左側をレーザー照射がかすめたのである。
「何!」
 いくら彼女でも、直撃ではただではすまない。すぐにいさみは小刻みに移動を開始した。光速で移動するレーザー光といえど、撃つのは人間だ。照準を合わせてからトリガーを引くまでにはタイムラグがある。だから、敵が照準を合わせ、トリガーを引くまでによければいい。彼女たちにとてもギリギリのところだが、なんとか避けつづけていた。
 彼女は上空を見た。200mほどの高さのところに、太陽光に反射する何かがあった。よくよく見れば、それは銀色の翼を背負った敵バイオアーマーの三体だった。
 空からの攻撃に、真琴といさみは苦戦していた。というよりも、一方的に攻撃されるだけで、反撃することは出来なかった。敵は上空から彼女たちにレーザー照射で攻撃を加えるものの、彼女たちから空中にいる敵に対しては有効な攻撃が出来ないからだ。
 いさみが何度か光球を空中に向かって撃ってみたものの、空を切りはるか遠くまで飛んでいくばかりである。
「長距離射撃が出来ても、当たんなきゃ意味がないなあ」
「亜紀ちゃんのありがたみが身に染みるわね」
 逃げ回りながら、彼女たちは反撃の機会をうかがっている。  上空の敵も、あまり悠長なことを言ってはいられなかった。
「くそっ、完璧に打つタイミングを覚えていやがる」
 彼らとて動きながらレーザー照射をするのは難しい。だからレーザー照射の瞬間、一瞬止まる。上空で静止し目標を捕捉してから、トリガーを引くまでには幾分かのタイムラグがある。冷静にトリガーを引いている時間さえ見誤らなければ、そうそう当たるものではない。どうも下方にいる二体のアーマーは自分たちの動きを冷静に観察し、トリガーを引く一瞬の隙を狙って避けているらしい。こちらも射撃にはなれておらず、背中の飛行ユニットの制御にもまだまだ慣れていない。彼女たちの熟達した動きに、追随することは不可能だ。
「勝負をかけるか」
 彼は残りの二人に発光信号を送った。降下の合図である。
 上空において、様々な外的要因があるため、音声は届かない。インカムなどを通じて通信を行おうにも、現在のテクノロジーでは十分な耐久性を持つものは製作できないのである。肉弾戦を行った途端に、通信システムは破壊されてしまう。苦肉の策が発行信号である。有効な無線通信手段が存在しない以上、このようなローテクに頼るしかないのだ。
二人から発光信号が帰ってきた。合図を受け取った、という信号である。
 彼は体を斜めに向け、一気に高度を下げた。
 異変に気が付いたのは、いさみの方だった。一体、視界の外にいる。
「真琴、なんかヤバいぞ」
「どうしたの?」
「一体だけ、どこかに消えた!」
 背後に気配がした。
 振り返ると、二百メートルほど先のところに、幅三メートルぐらいの銀色の翼がいさみに向かって突っ込んできていた。左腕を突き出し、いさみに向かって一直線にその腕が伸びていた。
「やられる!」
 彼女が避けようと横に飛ぼうとしたときに、急に敵の飛行ユニットが火を噴いた。バランスを崩し、そのまま滑走路に叩きつけられる。
「もらったあ」
 いさみの特大の光球が、彼にぶつけられた。彼の全身が火を噴いて、爆発した。
 いさみは、そのまま視線を上げてみた。淡い光につつまれた白い甲冑を纏った亜紀が空中に浮かんでいた。亜紀はゆっくりと降下して、英嗣のそばに立った。
「ごめんなさい。やっぱり、真琴ちゃんといさみちゃんとを置いて、あたし、行けない」
 ぺこり、と頭を下げた。英嗣は厳しい表情で立っていた。
「で、お前はどうしてくれるんだ?」
 いつのまにか、いさみが亜紀の横に立っていた。
「苦戦してるんでしょ?あたしの助けが必要なんじゃないの?」
 亜紀はいさみに微笑んだ。にかっ、といさみは笑った。
「頼むぜ、相棒!」
 再びいさみは走り出した。亜紀は、全身を発光させながらゆっくりと上昇を続ける。
 亜紀が敵と同じ高度まで上昇すると、三人は反撃を開始した。
「上空に敵二体確認」
「了解!」
 原理はよく分からないが、彼女たちは思念波による通信を確立している。連携という点において、技術面では優位に立っているのだ。亜紀は空中でホバリングしていた。一体にターゲットを定め、後方から追う。最高速度はあまり変わらないようだが、亜紀はなるべく移動距離が少なくなるように追従し、徐々に後ろを詰めていった。急に敵が反転した。亜紀から『砲撃』を受けたからだ。徐々に亜紀の『砲撃』の精度がましていく。敵も焦ったらしい。不意に方向を変えたが、そこを亜紀に狙われた。
 飛行ユニットに命中、敵バイオアーマーは突如姿勢制御能力を失った。
「すげえな、俺は一発も当てられないのに」
「相手の動きを予測しているのよ」
 敵飛行ユニットは、翼の揚力と背中の飛行ユニットが発生する推力で空中移動を可能にしている。ということは、移動に大きな制限があるのだ。亜紀は当たらないと踏んで砲撃を繰り返していた。時折他のアーマーにも砲撃を加えることで敵を牽制していた。もともと移動に制限のある敵飛行ユニットで、亜紀の砲撃をかわせば次に行く地点は推測できる。亜紀は、そこを狙ったのだ。
「そんなことがあいつに出来たのか?」
 いさみは亜紀の物理の成績を思い返していた。彼女の力学の成績は、惨憺たるものである。
「もちろん、分かってやってるわけじゃないわよ。長年のカン、って奴ね」
 いつも一対他でサバイバルゲームをしていた亜紀ならではの能力である。一発外しても、それが次に繋がる一発でなければ意味がない。どこをどう狙っていけば、敵が追い詰められていくのか、亜紀は経験を積んでいたのだ。
 最後に残った一体が下方にに方向を変えた。急加速し、落下する仲間を拾いに行く。落下時に得た加速を殺さず、方向を変え見事に上昇へと転化させる。
「うまいっ!」
 すでに見学者モードとなっていさみは見物していた。
「どうする、追う?」
 上空の亜紀が返事を求めてきた。
「いいえ、あなたは早く英嗣さんを連れて、逃げなさい」
 こうなってしまった以上、不法侵入者扱いのはずだ。力づくで脱出しなければ、英嗣の身が危ない。いさみと真琴は、力づくで脱出することにした。亜紀は一端着地すると、英嗣を抱きしめて、ゆっくりと上昇した。
「なんか、逆だね」
 抱きかかえながら、亜紀は笑った。
「あのさ」
「何?」
「人を殺しても何も感じないって、ホントか?」
「ホントだよ」
「正直に言ってくれ」
「ホントはあまり気分のいいものじゃない。女の子にしてもらったからって割り切ってるだけだよ。じゃなかったら、英嗣さんとまた会うこともなかったわけだしね」
「そっか」
「そんなあたし、嫌い?」
「無理してないか?」
「無理してるよ。今気づいた。あたし、ずっと無理してたんだ」
 亜紀の目から、光るものが流れた。
 今まで自分が無理をしているなんて、思ってもなかった。そんな気持ちと向き合うのが怖かっただけだ。でも、今は、自分の意志で人を殺した。でもそれは、その重みを自分なりに受け止めている、ということだ。いさみが逃げ出した理由も、今なら分かる。
「僕たちの未来のために、一番ためになることをしたらいいよ。何があっても、僕は君のそばにいるから」
「ありがと」
 亜紀は、自分が選んだ相手が間違いでなかったと確信した。
 新約聖書に放蕩息子の逸話がある。金持ちに二人の息子がいた。弟が、父親に財産分けを持ちかけた。父親も、自分ももういい年だから、と財産を分け、息子たちは父親の事業を継いだ。
 弟は家を出てしまったが、兄は地道に働き始めた。弟は町で豪遊を始めたが、たちまち財産を使い果たしてしまった。窮乏に耐えかねた弟は実家に帰る事を決意し、実家に帰ってから父親に言った。
「私はあなたに対して罪を犯しました。どうかここで働かせてください」
父親は弟をもてなした。父親は弟の過去については何も尋ねなかった。信じる、信じない、ではない。信頼される、信頼されないでもない。
 英嗣も、放蕩息子の父親のように、亜紀に何も求めず、ただそばにいて欲しいと思った。
 数日ぶりに亜紀はマンションのキッチンに立っていた。
「いっちゃん、フライパンの位置がちがううっ」
「わりいわりい、でも、文句言うなら出て行くなよ」
「そんなこという?」
 亜紀は膨れた。いさみの家出、亜紀の海外脱出、と夏休みに入ってからイベントが盛りだくさんだったが、ひさびさにマンションの中に笑いが戻っていた。
「お兄ちゃん、さびしそうにしてたくせに」
 美優が茶々を入れた。
「そんなことはないぞ。ああ、これから毎日おれが飯作るのか、とため息はついたりしてたけどな」
「ほんといさみちゃんは、いいお嫁さんになりそうだねえ」
 真行寺が茶々を入れた。
「花婿は寝込んでるけどな」
 いさみは不機嫌そうに返答した。まだ吹っ切れたとは言い難いようだ。
「あ、そうだ。病院から一応連絡があった。足立の奴、回復の兆しが見えてきたらしい」
「なにっ!」
 いさみは真行寺のところまでかけていった。
「それ、本当か?」
 思わず真行寺の首を締めてしまう。
「はやく返事しろっ」
「お兄ちゃん、それじゃ真行寺さん、死んじゃう」
 力いっぱい真行寺の喉元を締め上げていることにいさみは気づいて赤くなった。ごほっ、ごほっ、と真行寺がわざとらしく咳をする。
「絶対安静には違いないが、傷口は塞がっていってるそうだ。医者がこう言ってたよ。よっぽどこの人、死にたくないんでしょうね、だってさ」
「よかった」
 いさみがその場で安堵した。
 しかし、何気なくつけていたテレビが彼女たちに不幸を告げた。
「臨時ニュースです。今朝午前十時半ごろ、東京都に米軍基地の一つ、Y飛行場でジープが爆発するという事故がありました。その後、謎の人型兵器同士が戦闘状態に入りました。米国ジャックス大統領がこの件に関して日本政府に説明を求めており、日本政府の対応が待たれております。あ、ただいま、速報が入ってきました。なんと、この人型兵器は、日本政府が開発した新兵器だそうです!さらに速報が入ってきました。これらの新兵器は、機械ではなく、人体改造の結果だそうです。鬼沢官房長官が現在記者会見を開いております」
 スクリーンに鬼沢の顔が現れた。苦悩に満ちた、政治家の顔である。
「新兵器を開発していたとは、本当ですか?」
「本当です」
「人体実験をしていたという噂は」
「それも事実です」
 鬼沢は涙ながらに訴えた。
「あの子達は悪くない、あの子達は、総理に脅されていただけなんです。私は総理を止めようとしたんですが、総理は海外侵略を譲らなくて」
 隣には、防衛庁長官烏丸の姿もあった。
「烏丸長官、この件について、あなたはご存知でしたか?」
「はい。政府予算で、生体兵器──我々は人体改造により、新しい能力を付加された人類をこう呼んでいます──の開発が行われて、実用段階にあることは存じていました。なぜ生体兵器同士が、米軍基地内で交戦状態に入ったのかは全くもって不明ですが、この件については総理が直々に計画を進めていらっしゃったので、詳細は何も存じません」
「河原崎総理はどこにいるんですか?」
「今朝から連絡がつきません」
 力を込めて、鬼沢は言い切った。
 ピンポーン──。
 マンションのインターフォンがなった。真琴といさみの両方に、緊張が走った。
「私が出るわ」
 真琴がインターフォンの受話器を握った。
「私だ、入れてくれ」
 河原崎の声だった。

次回予告


「嵌められたよ」
 力なく肩を落とす河原崎。どうやら、敵にとって時は満ちたようだ。次々に非難を浴びる日本政府の新兵器開発の事実。そしてクーデターの準備に余念がない鬼沢。敵の情報操作になすすべもなく、試験体として真琴たち三人が選ばれたことまで報道されてしまう。
 全てに逆風が吹く中、真行寺はいずこへかと行方をくらませてしまった。
 次回、生命戦隊トランスギャルズ第14話。

「発掘戦艦、浮上せよ!」

真行寺:道がなければ作ればいいんだよ。作れば、ね。

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