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総理大臣は女子高生
作:Y.O.



   気が付くと白い天井が目に入った。
 「先生、古沢長官がお気付きになられました。」
  聞き覚えのある声が響き渡る。第一秘書たる木村の声だ。
 「啓子、啓子、よかった。」
  この声は記憶にない。それに啓子って誰のことだ。
  ゆっくり視線を声がした方に向ける。
  みたこともない中年夫婦がいる。
 「啓子、ママよ、しっかりして」
  この女、何が言いたいんだ。
  反対側に顔を向けると秘書の木村や弟の雄二といった見
知った顔が心配そうに、こちらを見ていた。
 「おい、木村。自分はどうしたんだ。」
  さっそく木村に状況説明を促した。
  うん!!!かわいらしいソプラノが病室に響いた。自分の
声ならば重々しいバリトンのはずなのに。
 「おい、自分に何をしたんだ。説明しろ!」
  そう叫んで周りを見回した。個室の病室。ベットの隅にネー
ムプレート。そこには古沢一郎&小沢真美とあった。
  決定的だったのは足の方にある鏡だった。そこにはパジャ
マを着た可憐な美少女が映っていた。
 「なんで自分は女になっているんだ。」
  混乱しつつそう叫んだ自分が居た。 
 「先生、早く、鎮静剤を。」
  周りの者達に押さえ付けられ、鎮静剤を打たれた自分は
  あっと言う間に深い眠りに落ちていった。
  自分の名前は古沢一郎、51歳、衆院議員である。26歳
 で初当選、政権党である自民党に所属している。自民党内
 ではクリーンな存在である。派閥に属さず絶えず正論を主張
 する当たりが他の議員の反発を呼んでいるのか、党内では、
 少数派に位置している。ただ国民の間では人気が高い。
  今回、前任の杉浦長官の愛人スキャンダルで空いた防衛
 庁長官のポストを自分が急にすることになってしまった。
  そもそもの原因はそこにあったのかも知れない。
  長官就任から3ヶ月が過ぎ新しいポストにも慣れ始め頃、
 またも大きなスキャンダルが政権を襲った。軍用機事件であ
 る。3年前の新機種選定の時に欧州の某メーカーから数百万
 ユーロが自民党の有力代議士に支払われたという事実をCN
 Nがすっぱ抜き、汚職事件として連日連夜、マスコミを賑わ
 せた。
  今日も防衛庁の最高責任者として各局の報道番組に出演し
 ていた。自分自身の率直な意見は視聴者からの評判も良くて
 各局は殆ど毎日、古沢を呼んだ。
 「三好君、疲れただろう。運転は他の者に任せて休憩したら
  ?」
 自分の専属運転手である三好誠にそう告げた。
 「いや、大丈夫です。先生が番組に出演している時、車の中
  で仮眠してますから。」 
  三好はそう言ってアクセルを踏んだ。
  その時、前の交差点にトラックが信号を無視して突っ込ん
 で来た。スピードが出ていたこともあり急に停車することも
 できない、三好は急ハンドルを切った。
  ガッシャン バリバリ
 「三好、大丈夫か、おい!」
  意識が朦朧とする中で叫ぶ。然し返事がない。
  三好の方を見ると首が完全に曲がっているのが分かった。
 「三好、すまない。」
  自分はそう心の中で叫んだ後、意識を失った。
  事故で重傷を負った古沢は東京大学付属病院に運ばれた。
 そして直ぐに第一集中治療室に送られることになった。
 「先生、長官は大丈夫でしょうか。」
  事故の報告を聞いて駆けつけた第一秘書の木村やたった一
 人の身内である弟の古沢雄二が担当医に詰め寄った。
 「残念ですが、内臓その他の器官の損傷が激しく、、」
  担当医は重々しくそう告げた。
  その時、第二集中治療室に急患が担ぎ込まれた。
 「先生、啓子は、うちの娘は大丈夫でしょうか。」
  中年女性の悲痛な叫びがこだまする。
 「最善を尽くします。然しながら娘さんは脳に損傷を負って
  いて助かる確率はかなり、、、、」
  まだ若い担当医はそう言葉を濁すだけだった。
  地下一階に悲壮感が漂っている時に7・8人のグループがエ
 レベーターから出て来た。
  全員がその方向を見ると一人の背が高い白人が目に付い
  た。
 「You are Dr.Peter Schneider
  、aren’you?」
  木村は白人に声を掛けた。
 (シュナイダー医学博士は移植医療の専門だったはず)
  シュナイダーと古沢一郎は国連の平和維持活動での仲間
  だったので藁をも掴む気持ちで助けを求めるのだった。
  同じく小沢夫妻も木村から紹介されてシュナイダーにす
  がった。
 「O.K.Just a moment.I have 
   to see them.」
  シュナイダーはそう言って治療室に入っていった。
  研究員はシュナイダーが日本に入る理由を説明する。
 「移植学会が彼を日本での移植医療をスムーズに行う為にド
  イツから呼んだそうです。」
  シュナイダーが治療室から古沢一郎・小沢啓子の担当医達
 と一緒に出て来た。年長の医者が代表して話し始める。
 「二人ともかなり難しい状況です。とりあえずここでは話せ
  ませんのでそこの部屋の方に移って下さい。」 
  患者の身内とその関係者全員が席に着くと先程、部屋に移
 るように指図した医者が説明を始める。
 「これは移植医療の権威であるシュナイダー博士の意見で
   す。」
  最初にそう断ってそして続ける。
 「ご存知のように古沢一郎長官は内臓破損、手足の複雑骨折
  で治療の見込みがありません。回復が見込めるのは頭部ぐ
  らいでしょう。それから小沢啓子さんは頭部、即ち脳に大
  きなダメージを負っていて治療不可能な状況なんです。こ 
 のままでは二人とも御亡くなりになります。然しながらこ
  こに助かる可能性もあるにはあるのです。」
  全員が注視する中で雄二が問うた。
 「それはどういう方法ですか。」
 「古沢長官の脳を小沢啓子さんの体に移植するのです。幸い
  なことに二人ともA型のRhプラス、移植に関してのハー
  ドルはかなり低いと思われます。この手術が成功すれば古
  沢長官と小沢啓子さん二人の命が救われることになりま  
 す。」
  医者の説明に啓子の父親である小沢俊介と古沢雄二は同時
 に
 「ちょ、ちょっと待って下さい。」
  と叫んだ。
  10分ほど議論した後、全員がこの手術を受け入れた。
  なんといっても過去に二度シュナイダーがドイツにて脳移
 植を実施したことが大きな理由だった。2件とも双生児の間
 で行われたのが一抹の不安ではあったが。
  手術が成功してから患者も交えて条件を整えて行くことも
 この時合意された。
  そしてそれから6時間後、手術は大成功に終わったのであ
 る。
  誰もいない病室。頭がガンガンする。何か金縛りに遇った
 みたいな感じがした。起き上がれない。まるで自分の体じゃ
 ないような。長い髪が鬱陶しい。
  ぱっと蛍光燈が灯った。白人の医師と数人の日本の医師。
  白人の医師には見覚えがあった。ぺーター・シュナイダー
 だったな確か。後に続くのは第一秘書の木村栄治と第二秘書
 の遠藤修作、それに弟の雄二、田村良一首相までいる、あと
 見知らぬ中年夫婦、中学生ぐらいの女の子。        
 何があったんだ一体。
 「Mr.Furusawa.Are you waking up?」
  聞き覚えのあるバス・バリトン。
 「Oh、Yes.」
  そう答えた。澄んだリリック・ソプラノ!!!
  この病院の医者(おそらく自分の担当医)が続ける。
 「古沢長官、貴方は10日前の自動車事故で瀕死の重傷を負
  われました。同日、その体の持ち主である小沢啓子さんは
  飛び降り自殺をして脳に著しい損傷を負いました。最善の
  策として我々は貴方の頭脳を啓子さんの体に移植しまし  
 た。」
  田村首相が続けた。
 「これは前代未聞のケースだと言える。取り敢えずここにい
  る全員で話し合った結果、公人としては古沢一郎、私人と
  しては小沢啓子として振る舞うのが一番だと思う。君に異
  存がなければ退院次第そうして欲しいのだが。それとマス
  コミにも発表する必要があるし。」
 「啓子ちゃん、いや古沢さん、お願いです。この提案を呑ん
  で下さい。」
  啓子の母親である小沢弘美が自分の手を取ってそう言っ
  た。
 「一人にさせてもらえませんか。10分程で結構ですから。
  あと部屋から出ていく前に体を起こして下さい。」
  看護婦が自分を起こしてくれた。部屋の中に居た人全てが
 一旦外へと出て行く。
  前の方に大きな鏡があった。映っているのは髪の長い少
  女。
  年の頃は17前後であろうか。大きな瞳、整った顔立ち。
  ふと自分の胸元をみる。膨らんでいた。ピンクのパジャマ
 の上から触ってみる。柔らかい感触。変な気持ちになってき
 た。
 「こんな体では一人で生きていく訳にも行かないか。」
  こう決断した時から自分の第二の人生が始まった。
   
             続く


   総理大臣は女子高生ー2
             by Y.O.
 明日は退院の日と同時に記者会見の日でもある。
一番の問題点はおそらく史上初であろう脳移植に対
するマスコミの反応であろう。吉と出るか凶と出るか。
既に根回しの方は万全とのことだが。
 この体に移植されてから1ヶ月が経つ。流石に違和
感にも慣れて普通に暮らしていけるようになった。まだ
風呂に入ったりトイレに行ったりするのに少しばかりの
抵抗を感じてはいるけど。やはり50年以上男としてや
ってきた訳だから急に女性らしくしろと言ってもできる
もんではない。為るようになるさ。そう思うしかなかっ
た。この体では何もできないのだから。

 記者会見が始まった。驚いたのはこの会見にシュナイ
ダー博士と東大医学部の執刀医二人意外に法律家、田村
総理が同席していたことだ。まあ、これならマスコミの
質問にも答えられるだろう。ちょっとほっとする。
 シュナイダー博士が英語で説明を始める。それを通訳
の女性が一字一句日本語に訳していく。
 (世界的な移植外科の権威であるシュナイダー博士に
  説明させるなんて発想がいい。日本人は権威とかに
  すこぶる弱い民族だから博士の起用で会見の70%
  は成功したといえるだろう。誰がこれを意図したか
  知る必要があるな。後日の楽しみとして。)
 そんな想像をしながら会見を見ている自分がいる。
 説明が終了し質疑応答が始まる。
 「ええ、朝日の吉田です。日本で初めての心臓移植の
  時、執刀医は殺人罪に問われた訳ですが今回の場合
  そのような可能性をお考えになられましたか。」
  法律家の片桐圭一がその考えを否定した。
 「あの時、心臓提供者に対して死亡診断書が発行され
  ました。今回、古沢一郎長官と小沢啓子さんのどち
  らも死亡していないという前提に立っています。こ
  れは今から、シュナイダー博士にドイツでの先例を
  報告して頂きますので。」
  小一時間程博士の説明が続いた。
 「すいません。TBSの前川ですが具体的にそちらに
  居られますお嬢さんですね。その方はどういった存
  在と認識すれば良いのでしょうか。」
  これに対してもシュナイダー博士が答えた。その答
  えを日本人医師が補完する。
 「公人としては古沢一郎長官として、私人としては小
  沢啓子君として認識して頂ければ良いと思います。
  要するに政治家としての行動はこれ即ち古沢一郎長
  官としての行動であり、その他の行動は小沢啓子君
  としての行動であると理解して下さい。」
  最後に田村良一総理大臣が総括した。
 「シュナイダー博士の説明した通り、こちらのお嬢さ
  んを古沢一郎君&小沢啓子君として扱う事とする。
  マスコミの方々には誠実な報道をお願いしたい。」
  そして無事に記者会見は終わった。

 ここは世田谷区の小沢家である。私人としては小沢
 啓子として振る舞わねばならない自分はおじさん、お
 ばさん(自分より年下の夫婦を両親とは呼べない)と
 今後について話し合った。
 「とにかくできるだけ女らしく振る舞って下さい。」
 「おかあさんの言う通り。あなたは私の娘として生き
  るのだから小沢啓子として生きて欲しい。」
 「あなた方のおっしゃることは理解できます。愛娘の
  中にあなた方より年上の人間の意識が入っているの
  ですから。然し、私は今まで男性として生きてきま
  した。すぐに女性らしく振る舞えと言われても簡単
  には参りません。少し時間を下さい。それなりに満
  足できる様に善処するつもりです。」
  結局、その夜は簡単な事柄を合意するだけになった。

  寝室に戻ってからすぐに気持ちを切り替えて古沢一
 郎に戻る。取り敢えず秘書の木村に連絡を取らねばな
 るまい。あと、あの会見を誰に頼んだかも。
 「はい、木村です。」
  澄んだアルト、木村夫人の声だ。
 「ああ、古沢だが木村君は在宅ですか。」
  しまった。そう思った。自分の声はリリック・ソプ
 ラノ。夫人は不思議に思うに違いない。
 「あのー、もしかしたら小沢啓子さんですか。」
  木村夫人は狐に包まれたような声でそう言った。
 「ええ、この声の持ち主はそうです。意識は古沢一郎
  なんですけどね。」
 「ちょ、ちょっと待って下さい。直ぐに主人を呼んで
  きます。あなた先生からのお電話が。」
  こちらにまで慌てふためいているのが分かる。
 「はい、木村です。今、替わりました。」
直ぐに聞き覚えのある第一秘書の声。
 「少しばかり尋ねたいことがあってね。」
  少しトーンを押さえて周囲に声が聞こえないように
 気を配る自分。盗聴の可能性は低いと思うのだが。
 「はい、何でしょう。」
 「今日の会見なんだが、誰に仕切らせたのかを教えて
  欲しいんだが。」
 「あれのことですか。昔、何度か選挙のテレビ番組を
  担当したデレクターですよ。特別番組の演出でもか
  なり定評のある吉崎健です。長官とも面識があると
  思いますが。」
 「彼か。才能は認めるが、、、」
 「彼の常識に囚われない行動力は必要だと思うのです
  が。特に長官の存在自体が破天荒なんですから。」
  この木村の一言で全ては決まった。
 「よし、吉崎健に連絡を取れ。トップに立つぞ。」
 「では自民党を離党されますか。」
 「うむ。内閣不信任案を通して衆議院解散へと持って
  行く。若手の議員を数十人こっちの陣営に招きよさ
  なければならない。あと立候補者の一般公募も必要
  だろう。」
 「新党結成ですね。党の目的はどうされます。」
 「首相公選制にしようと思う。この娘には気の毒だが
  なってしまったのはしょうがない。最大限利用させ
  てもらう。」
 「分かりました。それでは直ぐに手配します。」
 「明朝7時に日時場所その他を指定することにする。」
 「お電話、お待ちしています。」
  一通りの手配を木村に指示して一息つく。この経済
 状態を打開するには強力なリーダーシップが必要だ。
 今のような議会制民主主義よりも直接民主主義の方が
 より多くの改革が可能だ。それにしても啓子さん、貴
 女には本当にすまないと思っている。17歳といえば
 まだまだこのような大人の汚い世界とは無縁のはずな
 のに巻き込んでしまって、、。取り敢えず政治の世界
 以外では可能な限り小沢啓子として振る舞おう。
  そういうふうに心に誓った。
  ちょうどその時、ドアがノックされておばさんが心
 配そうに部屋の中に入って来た。
 「明日から学校の方に戻ってもらいます。小沢啓子と
  して生きて頂戴ね。」
  彼女はそう言葉を掛けて一階に降りていった。
  明日から女子高生としての一日が始まる。政治家と
 しての一日も。不安な要素もあるにはあるがそれを心
 から楽しんでいる自分自身がそこにあった。
   続く 

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