戻る

――萌え燃えっ! 白塁学園高校女子ロボTRY部 EX3――

助っ人美少女棒球騒動っ

                      CREATED BY MONDO


「ち、ちょっと待ってくださいっ! いきなりそんなこと言われても――」
「これは決定事項ざますっ。本日只今をもってあ〜たがた女子ソフトボール部は廃部ざますっ」
「納得いきませんっ! ちゃんとした理由を説明してくださいっ」
「そんな必要ないざますっ。あったくしが『廃部』と言ったら廃部ざますっ!
 だいたい部員が六人ではチームとして成立しないざますっ。だから廃部になっても文句はないはずざますっ」
「それは卒業生が抜けたからですっ! それに新入部員の勧誘も始まったばかり……」
「お黙りざますっ! 言い訳なんか聞きたくないざますっ!! 女子ソフト部は廃部っ!
 ……今後の活動はいっさい認めないざますっ!!」
「いい加減にしてくださいっ! そんな一方的なこと――」
「話はこれで終わりざますっ!! ……さっさと帰って部室の整理でもするざますっ!」
「…………」

「ふーん。筋肉ダルマが卒業してからますます見さかいなしになってきたわね、あの肉ダンゴ……」
 昼休みの学食でサンドイッチをぱくつきながら、藤原ほのかは憮然とした表情で相槌を打った。
「で、何かあれに目をつけられるようなことでもあったの? なっちん」
 自分のところ、すなわち女子ロボTRY部が “そう” だから、ついそんな風に尋ねてしまう。
「ううん。自分がひいきにしている野球部にグラウンド独占させたくて、いきなりそんなこと言い出したのよ」
 「なっちん」と呼ばれた女生徒――飯田(いいだ)なつみはそう腹立たしげに答えると、手にしたクリームパンにかぶりついた。
 彼女はほのかのクラスメイトで、昨日突然廃部を申し渡された女子ソフトボール部の副部長である。
 ポジションはファースト。ショートカットの溌剌(はつらつ)とした印象のある女子だが、その表情にはいらだちがくっきりと浮かび上がっていた。
「何よそれっ。完璧に公私混同じゃないっ」
 呆れ返った口調でつぶやくほのか。
 白塁学園高校の理事を勤める肉ダンゴ――もとい、女美川の母の傍若無人な身勝手ぶりは、不本意ながらよく知っているが、今回のこの『廃部勧告』はいくらなんでも唐突、強引、理不尽……そして無茶苦茶である。
 おまけにその理由がなつみの言ったとおりだとしたら、はっきり言って開いた口が塞がらない。
「急に『目指せ甲子園っ!』とか言い出してさっ。ついこないだまで高校野球の『こ』の字も出さなかったくせに」
「どうせCSかなんかで、『ド〇ベン』か『〇ッチ』の再放送でも見たんでしょ」
「…………かもね」
 顔を見合わせ、同時にげんなりした表情を浮かべる。
「――でも石川(いしかわ)キャプテンが最後まで突っぱねて、『女美川重工の女子ソフトボール部と試合して、勝てたら廃部を白紙に戻す』って約束を取り付けたのよ」
「女美川重工の……って、社会人チームと?」
 親子そろっておんなじ思考パターンよね――などと声に出さずつぶやくほのか。
 しかし彼女が部長をつとめる女子ロボTRY部も、以前に(今もだが……)元祖ロボTRY部の筋肉ダルマこと女美川部長――現・名誉顧問(笑)――にあれこれと難癖をつけられ、最終的にメガパペットの格闘戦でその決着をつけたこと(episode1参照)もある。
 だからこの話、ちょっと他人(ひと)事だとは思えない。
 会社のチームに勝てたら廃部を撤回する――ちなみに女美川重工の女子ソフトボール部《女美川エンジェルス》といえば、社会人チームの中でも十指に入る強豪だ。
「……あの口調で『なんなら六人で試合してみるざ〜ますかっ』なんて言われてさ。
 どうせゴリ押しで無理矢理廃部にされるんなら、いちかばちかやってみようってことになって……」
「――で、あたしに助っ人に来て欲しいってわけか」
 万にひとつの勝ち目もないかもしれない。だからこそ頭数をそろえて、何がなんでも――というわけだ。
 だが、この学園の生徒(いや、教職員さえも)なら、誰もあの女美川の母に目をつけられようなどとは思わない。

 ――だったら、はなっからにらまれている人間に話を持っていった方が、“確実” ってわけね。

 肩をすくめてため息をつきつつ、「……今度の日曜日って言ったわよね」
「駄目、かな?」
 上目づかいでほのかの顔をうかがうなつみ。
「……いいわ。うちのしょーこも世話になっていることだし」
 ふっ、と笑みを浮かべて答えるほのか。
 女子ロボTRY部のメンバー、眼鏡っ娘(こ)の加納祥子は女子ソフト部のマネージャーをかけ持ちしている。
「ありがとほのかっち! やっぱ持つべきものは友だちよね〜っ。
 ……でね、実はもうひとつだけ、お願いがあるんだけどっ」
「はいはい。あたしの他にも誰かさがしてきてくれ、……でしょ?」
 祥子を数に入れて七人。つまり最低でもあとふたり必要なわけだ。
「ぴんぽーんっ! さっすがほのかっち、話が早いわっ」
「おい……」

 しかし――と言うか、もちろんほのかの頭の中では、誰に声をかけるのかすでに決まっていたりする。
 女美川の母ににらまれても平気な人間は…………そうそういない(笑)。



 同時刻――
「るがあああああっ!! 許せないざますっ!!
 ピンク色の春物スーツに身を押し込めた肉の固まりが、どすどすと地響きを立てて部屋中を歩き回っていた。
 窓ガラスが震動し、耐震設計の床がぎしぎしと音を立てる。
「まつのべえええっ! 今すぐ人事部に指示して、あの女どもを即っ刻リストラするざますっ!!」
 デスクに手のひらを叩きつけ、噛みつくように唾をとばしていきりたつ。
「そ、そんな無茶な……」
 「まつのべ」と呼ばれた若い男性社員のか細い抗弁に、女美川の母は眼鏡の奥の目をぎろっと動かした。
 女美川重工バイオメック(生物機械)開発局、局長室――。
 不幸なことに、そこには彼以外の社員の姿はなかった。
「何が無茶ざ〜ますかっ! 役に立たない者をクビにするのはあたり前ざますっ。
 ……せっかくこのあたくしが、わざわざ試合をお膳立てしてやったというのにっ!!」
「で、ですから《女美川エンジェルス》は、広報部の管轄で――」
「お・だ・ま・りっざますっ! 女美川の社員なら、女美川の姓を持つあたくしの言葉は絶対ざますっ!!
 上意下達平身低頭っ! 粉骨砕身滅私奉公っ! それが女美川イズムざますっ!!」
 拳を振り回してわめきちらす女美川の母に、秘書である松野部俊孝(まつのべ・としたか)はあわてて口を閉じ、背筋を伸ばして恭順の意を示した。
 もっともその心の中では、盛大にため息をついていたりするのだが。

 ――やれやれ……もういい加減にしてくれっ。

 バイオメック開発局に回されて半年。局長秘書とは名ばかり、体(てい)のいい雑用係――いや、『後始末係』である。
 しかし直接の管理職でもない女美川の母に、突然「今度の日曜日に試合をするざますっ!」などと居丈高(いたけだか)に宣言された女子ソフトチームの選手たちの方が、よっぽど “やれやれ” だ。
 もっとも彼女たちが、社主の身内とはいえ部外者に過ぎない女美川の母の、それも極めて個人的な事情……というか、単なるワガママに付き合ういわれなど、はっきり言ってこれっぽちもない。

 いったい何が悲しゅうて、高校のソフトボール部潰す手伝いなんぞしなきゃならないというのだ……。

「……と、そうざますっ。あんな身勝手な連中のことなど、あとまわしざますっ。
 まつのべえええっ! このバイオメック開発局から、ソフトボール経験者を何人か見繕うざますっ!
 ……女子で足りなかったら、この際男でもかまわないざますっ!!」
 いったいどっちが身勝手なんだ――と思いつつ、松野部は引きつった愛想笑いを浮かべた。
 どうやら彼の上司は、会社のチームに「袖にされた」代わりに手近なところでメンバーを集めるつもりらしい。
「え〜いさっさと行動に移すざますまつのべっ! 少しはあたくしの意を酌んで動くことができないざますかっ!!」
 先刻言ったことと思いっきり矛盾しているが、毎度のことである。
「わっ分かりましたっ。さ……早速に手配を――」
 一秒でもその場にいたくないとばかりに、あたふたと部屋を出ていく松野部。
 逆らってはいけない。前任者は彼女の勘気をこうむって、あの悪名高き試作バイオメックの『エサ係』に左遷されているのだ。
 その背中を一瞥(いちべつ)し、女美川の母は、分厚い口元をぬたりっ――と歪めた。
「そうざますっ。何がなんでも勝つざますっ!
 ……たとえどんな手段を使っても、勝たなければならないのざますっ!
 女美川家家訓ひとおおおおお〜つっ! いかなる戦い、いかなる手段をもってしても勝つべしざあますっ!!」

 例によって、目的と手段が逆転している女美川の母であった。



 そしてその夜――

「……はい、もしもし…………あ、ほのかちゃん? ……久しぶりね〜っ、元気してた〜っ? ……うん、……はいはい、…………え? 沙織ちゃん?」

 ぴくっ――!

 電話を受けた母親の言葉に、リビングでテレビを見ながらトリガー(メガパペット操縦器)の調整をしていた甲介の肩が、かすかに震えた。
 夕食後の飯綱家に一瞬、緊迫した空気(笑)が流れる。
 飯綱甲介、一七歳。私立白塁学園高校の二年に在籍する、非凡なる男子高校生。
 その体内にインプラントされたナノマシンの力で、美少女(!)の姿になった時の名は文月沙織。
 変身の秘密を知るのは母親と、かの『お師匠』のふたりだけである。
「はいはい、……それで…………そう、……分かったわ。
 ……沙織ちゃんなら今ちょうどうちに来てるから、すぐ呼んであげるわねっ――」

 ちゅどおおおお〜んっ――!!

 嬉しそうな母親の声に、甲介は爆発音(?)とともにリビングの床に突っ伏してしまう。
「――えっ、今の音? ……ああなんでもないわよっ。気にしない気にしないっ。……はいはい…………あ、でも今お風呂上がって着替えてる途中だから、ちょっと待っててねっ」
「…………」
 受話器を保留にして振り返り、勝ち誇ったような笑みを浮かべてサムアップする母親。

 ――ううっ、今回はひと言も台詞がない……っ。

 甲介は目でうながされてしぶしぶ立ち上がると、背筋を伸ばして右腕を前に伸ばし、目を閉じた…………

 ……………………………………………………………………………………

「あ〜っ、あ〜っ、う〜っ、あ……あた、あたし――っと、もしもしお電話代わりました〜っ、沙織ですうっ」
 オーバーサイズになった男物の服を着たまま、“彼女” は足元にじゃれついてきた飼い猫を片手に抱きかかえ、空いた方の手で受話器を取った。
 唇からこぼれるその声は鈴の音のように涼しげで、そして愛らしい少女のもの。
 そう、甲介の身体は遺伝子と細胞配列を組み換えられ、完全に “沙織” と化している。
 長い黒髪、胸の膨らみ、肩や腰のライン、外性器は内性器に……と、全てが女性体に変わっているのだ。
『あ、沙織ちゃん? ごめんね〜こんな時間に電話して』
 受話器の向こうから、ほのかの声が聞こえてくる。
 甲介にとってはガールフレンド(?)だが、沙織にとって彼女は『お姉さん』である。
「う……うあ、あ、い、いや別に何してたってわけじゃないけど――」
『ふふっ。でもほんとよかった甲介の家にいててくれて。だって沙織ちゃん、なかなか連絡つかないんだもん』
「えっ!? あ……ご、ごめん――」
 こんな時のために “沙織用” の携帯電話を持たされてはいるが、めったに電源を入れたことがない。
『あっ、いいのいいのそんなこと。
 ……ところで沙織ちゃん、沙織ちゃんってソフトボールの経験、ある?』
「へ? え……え〜っと、や、やったことは、あるけど…………」
 唐突なほのかの問いかけに、沙織は目をぱちくりさせる。
 いきなり床に落とされて、猫が「みゃおっ」と抗議の鳴き声を上げた。
『う〜ん…………ま、いいか。……あのね、実は沙織ちゃんに頼みたいことがあるのよ』
「頼みたい、こと?」
『うん、今度の日曜日にさ…………』



「……あなたが文月沙織ちゃんね。噂はいろいろと聞いているわよ」
「ど……どうも」「…………」

 翌日の放課後――再び沙織に変身した甲介は、ほのかと一緒に白塁学園高校女子ソフト部の部室にいた。

「ごめんなさいね、いきなりこんなこと頼んじゃって。……でもよろしくお願いね、沙織ちゃん、藤原さん」
「は――はい、こ、こちらこそ、よろしく……」
 キャプテンの石川梨華子(いしかわ・りかこ)が、微笑みながら右手を差し伸べてくる。
 長身できりっとした印象の彼女に見つめられ、沙織はどぎまぎしながらその手を握り返した。
 ……そう、結局ほのかに押し切られ、ふたりして今度の試合の助っ人を引き受けることになったのである。
 報酬(笑)は学生食堂の券二千円分、プラス某アイドルデュオの最新CD。

 ――う〜っ。それにしてもまさかこの姿でソフトボールするなんて、思ってもみなかったな……。

 などと思いつつ、美人のキャプテンにちょっぴり胸踊らせる沙織(甲介)であった。
「ち――ちょっと沙織ちゃんっ。……あたしと沙織ちゃんは、あくまでも臨時の助っ人なのよっ」
 割り込むように口をはさむほのか。女子ロボTRY部の舞香とかなめは試合の当日に私用があり、結局助っ人はこのふたりだけなのだ。
「……で、でもまあこれで九人そろったことだし、あとは日曜日の試合に向かって練習あるのみ、よねっ」
 あわててその場をまとめるなつみ。そして、まわりにいる部員たちを順に紹介していく。
「よろしくね、沙織ちゃんっ」「しっかりたのむわよっ、ほのかっ」
「ふうん。……遠目で見るより背低いんだ、さおりんちゃんって」
「ほんと。でも胸はそこそこあるんだね……」
「…………」

 ――こういうのって、……やっぱり慣れないよなあ。

 ユニフォーム姿の部員たちに値踏みされるようにじろじろ見られて、沙織の中の甲介は少しばかり居心地の悪さを感じた。
「でも、ほのかお姉さまとさおりんが来てくれたから、今度の試合は楽勝よねっ」
「どうして?」
 先輩のその問いかけに、唯一の中等部部員である祥子は、立てた人差し指をちっちっちっと振った。
「……だってふたりとも、対女美川戦で負けなしだものっ」
 おおっ!! 「な、なるほど――」「か……勝てるかもしれないっ」「うんうん、なんかそんな気がしてきたっ」
「「…………」」
 説得力あるんだかないんだか(笑)。
 思わずその気になってる部員たちに、「おいおいっ」といった表情を浮かべる沙織とほのか。
「『勝てるかもしれない』なんてのんきなこと言ってんじゃないのっ。あとがないのよあたしたちにはっ!」
「「は、はいっ!」」
 檄(げき)をとばされ、あわてて背筋を伸ばす部員たち。
 腰に手を当ててそんな彼女らの顔をぐるりと見わたし、石川キャプテンはその顔に再び笑みを浮かべた。
「それじゃ、早速練習開始よっ。……誰か沙織ちゃんと藤原さんに、予備のユニフォーム用意してあげてっ」

 ……………………………………………………………………………………



「それじゃあ今日の練習はここまでっ。……みんな、お疲れさま」
「「お疲れさまでしたあっ!!」」

 ――ううっ、つ……疲れた…………。

 グラウンドの整備をする部員たちに混じって、沙織はボールを入れたかごを手にため息をついた。
 練習が終わり、あたりはそろそろ暮れかけている。
 柔軟体操とキャッチボールから始めて、走り込み、バッティング、そして守備の練習。
 他の女子と比べて体力的にはなんら遜色(そんしょく)ないはずなのだが、いかんせん一回り小さくなった身体では、やはり何かと勝手が違う。
 特に手のひらが小さくなっているため、投球捕球の感覚が微妙に変わっているのだ。
「……しっかしこんなので助っ人の役に立つのかな、オレって」
「どーしたのっ、さおりんっ」
 バットを三本束ねて抱えた祥子が、沙織の顔を覗き込んでくる。
 臨時とはいえ、自分と同じ学年(……ということになっている)の子が入ってきてくれたことが嬉しいらしい。
「そのユニフォーム、サイズ合ってないの?」「え? あ、え〜っと……う、ううん、そうじゃなくて…………」
 そう返事しながら、視線を落として自分の格好を見直す沙織。

 合わせ目や袖口がピンク色の、女子ソフト部のユニフォーム――。

「…………」
 キュロットからすらりと伸びた自分の両脚に、沙織(甲介)は思わず顔を赤らめてしまう。

 ――あううっ、な……何着てるんだオレはあああああっ。

 いまさら何を言うのやら。

「へへっ、照れてる照れてる。かっわいい〜っ」
「ち……ちょっと、しっ、しょーこっ」
 背中から覆いかぶさるようにじゃれついてくる祥子。
 両手が塞がっている沙織は、反射的に身をよじらせた。
「さおりんってば何着せても似合うし、それに運動神経もいいし……
 あ〜もう可愛いから、ほっぺたすりすりしちゃおっ♪」
「へっ? ……ひっ、ひゃあああっ!?」
 いきなりの『すりすり攻撃』に、黄色い悲鳴(?)を上げる。

 ちょっとクセになるかも……しれない(笑)。

「……もおっ」
 顔を真っ赤にして、沙織は涙目でにらみ返した。
「えへっ、ごめんごめんっ」
 片目をつむって顔の前で手を合わせる祥子。
 まわりにいた部員たちから、くすくすと笑い声がもれた。
「ごめんごめんじゃないっ…………わよっ」
「……でもさ、初めてにしてはいい動きしてる――って石川キャプテンも言ってたわよ、さおりんのこと」
「ほんと?」
「うんっ。あとは送球のコントロールと、高めのボール球を大振りしないことだって」
「…………」
 男の時の身体感覚は、さすがにどうこうできるものではない。
 残りのわずかな練習期間で、小柄な “沙織” の身体とのギャップを少しでも縮めていくしか他に手はないだろう。
「沙織ちゃ〜んっ、そのボールかご、向こうの体育倉庫の方に入れておくんだってっ」
「あ、は――はいっ」
 部室の方から駆け寄ってきたほのかのユニフォーム姿にもどぎまぎしてしまい、沙織はあわててきびすを返した。



「え……?」

 グラウンドの端にある体育倉庫から戻ってきた沙織(甲介)は、がらんとした部室の中を見わたし呆然となった。
「…………」

 ――な……なんでっ? なんで誰もいないんだっ? どうして誰も着替えていないんだっ?
 胸は? お尻は? ナマ足はっ?
 ……バストの大きさの比べっこは?
 ……可愛らしい下着の見せ合いっこは?
 ……女の子同士の萌え萌え〜な会話はどこいった?
 ……
 …………
 ……………………
 ……ふっ。…………虚しい。

 こらこらっ、結局それが目当てかいっ。

 「女子の生着替えを間近で堂々と見られる、千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンス」を逸して悔しがる沙織の中の甲介。
「ま、いいか。……明日もあるし」
 言っておくが、運動系クラブの女子はさっさと着替えるものだ(笑)。
 後ろ手ドアを閉め、沙織は自分に割り当てられたロッカーの前でユニフォームを脱ぎ始めた。
 ちょっとその気になって(?)、鼻唄なんか歌っちゃったりする……。
「――わ〜んでい、わんないわんも〜めん、まいどり〜むくっび〜とぅ、ま、ろうっ♪ ……おっ!?」
 アンダーウェアの下から、スポーツブラに覆われた胸がまろび出る。

 ――う〜ん、いまさらだけど…………まぢで女の子の胸なんだよなあ。

 ブラの胸元を人差し指でくいっと引っぱり、ついしげしげと見つめてしまう。
「……ふふっ。ご苦労さま、沙織ちゃんっ」
「わっ!」
 突然ぽんっ――と肩を叩かれて、沙織は手にしたトップスで反射的に胸元を隠した。
「…………ぶ、部長さん……」
 何処にいたのだろう。石川キャプテンがいたずらっぽい笑みを浮かべて立っていた。
「お疲れさま。
 ごめんね、助っ人のあなたたちにまで後片付け手伝わせちゃって」
「い――いえ、そんな……」
 思わず口ごもる沙織。「あ、あの……他の部員のヒトたちは?」
「えっ? ああ……みんな沙織ちゃんと藤原さんの歓迎会するために、お店(ファミレス)の席とりに行ったわよ」
「あ……」
 背中越しにそっと抱きしめられ、沙織は反射的に身を固くした。
 何故だか、下腹の奥がじわっと熱くなった。
「ねえ沙織ちゃん、……沙織ちゃんって来年、受験だよね。
 …………志望校は、やっぱりうちの学校?」
 顔を赤らめもじもじする沙織の耳元に唇を寄せ、ささやくように問いかけてくる。
「え――あ、ま、まあ……」
「そう……。でも残念だわ。沙織ちゃんが入学してくる頃には、あたし卒業しちゃってるし……」
「あ、あの、ぶ……部長さん――」
「そうだっ。ねえ、今回だけじゃなくて、これからもあたしたちと一緒にやっていかない?
 ……実は以前から沙織ちゃんのこと、ちょっといいなって思ってたの」
 背中に感じる彼女の胸の先。耳元にかかる吐息……。
 沙織の手から、Tシャツがぱさりと床に落ちた。
「……突然こんなこと言い出してびっくりしたでしょ。
 けどね、ほんとに沙織ちゃんに、うちのソフト部に入って欲しいんだ」
「えっ、で……でも――」
 首筋が知らず知らずの内に火照ってくる。胸元にやっていた手を、背後からやんわりと握りしめられる。
「……ううん、別にロボTRYをやめちゃいなさいって言ってるわけじゃないのよ。
 だから一度考えてみて。藤原さんにはあたしから、ちゃんと話をつけておくから――」
 彼女の右手が、沙織の胸の下にするりと入りこむ。
「そ、そんな……」
 スポーツブラ越しに胸の膨らみを優しくなでられ、沙織は「んっ……」と声を詰まらせた。

 ――ううっ、か……身体の力が…………

 こういう展開は全く想定しておらず(……あたりまえだ)、あせりまくる沙織の中の甲介。
 だが、救いの手(笑)は部室のドアが開く音とともに、唐突に差し伸べられた。
「……ベンチのカギ、言われた通り職員室に返してきたわよ…………っと、どうしたの沙織ちゃんっ? そんなところに座り込んじゃって」
「あ……!? あ、い、いやその、な……なんでもない――わ、よ、あはははは……っ」
 誰何(すいか)するほのかに動揺を悟られまいと、沙織はあわてて顔の前で両手を振る。
「…………」
 何かあったな――と、素知らぬ顔で背を向け着替えている石川キャプテンを半眼でにらみつけるほのか。
 その視線をさらりと受け流し、彼女はふたりの方に向き直って小首をかしげた。



「…………さっきの話、ちゃんと考えといてね沙織ちゃんっ」
「……」
 再び耳元ですばやくささやかれ、沙織はびくっと背中を震わせた。



 そして、あっという間に試合の当日――

「ほ〜っほほほほほほほっ!! まさか約束通り来ているとは思ってもみなかったから、す〜っかり遅れてしまったざ〜ますっ。
 臆面もなくあったくしの前に出てきた、その図太さだけは誉めてあげるざますわお〜っほほほほほほほっ!!」
「…………あんたの面(つら)の皮の厚さほどじゃない……」
 一時間以上遅刻してきたくせに、「さも当然」といった調子で高笑いする女美川の母を半眼で見やり、沙織(甲介)は小声でそう毒づいた。
 相手を待たせることが、“偉い” 人間のステイタスか何かだと思い込んでいるのだろう。
「そこっ! 小娘ええっ!! ……なんか言ったざ〜ますかっ!?」
 すばやく聞きとがめる女美川の母。沙織は素知らぬ顔であさっての方を向く。
 グラウンドの周囲――バックネットの裏側とベンチのまわりには、例によってヒマな生徒たちが集まっている。
「……いっせーのーでっ」「「さっおりいいいいい〜んっ!!」」
 ずぞぞぞぞっ・・・・・・!! ――え〜いさおりんさおりんって、気安く呼ぶなあああああああっ!

 両手をメガホンにして野太い声で呼びかけてくる男子生徒たちを、眉間にシワ寄せてにらみつける沙織。
 男に歓声上げられても、気色悪いだけだ。
 けど――
「…………」
 口をへの字に結んだまま、沙織は石川キャプテンの方に視線を移した。
 あれからほのかが練習中にずっと目を光らせて(笑)いたためか、彼女があれ以上言い寄って(?)くることはなかったのだが……。
「さおりん、どうかしたの?」「あ、う……うん、いや、別に――」

 ――でも、もしも……もしもオレがはじめっから “女の子” だったら、あのキャプテンのアプローチにどう答えていたんだろう?

 身体は少女。しかし、精神(心)はあくまでも “男” 。……だからその答えは、おそらく永遠に分からないだろう。

「ねえ、あれって――」「そうよね……」
「やっぱり……」
 部員たちがひそひそとささやき合う声が、沙織の意識を現実に引き戻す。
 ホームプレートをはさんで向かい合う、いまいち盛り上がりに欠けるジャージ姿のOLたち。
 結局女美川の母は、自分の部下をかき集めて作った即席のチームを引き連れてきたのである。
 なお、彼らに休日出勤手当はついていない(……)。
「と〜ぜんざますっ! 会社のために昼夜休日を問わず戦うのは、社員の義務ざますっ!
 女美川重工日常勤務、月月火〜水木金金ざますっ!!
 ぐぐっ――と胸をふんぞりかえらせる女美川の母。
 その肥体を《女美川エンジェルス》のユニフォーム(特注)に押し込め、みずから試合に出るつもりらしい。
「あのバイオメック連れてこなかっただけでも、マシだよな……」
「そうね……」
 沙織のつぶやきに、ほのかがぽつりと答えた。
「『女子ソフトボールチーム』とか言ってたわりには、男の方もいるんですね」
 石川キャプテンが、揶揄(やゆ)するように問いかける。
「ふんっ! 男女同権ジェンダーフリーのご時世に、何せせこましいことほざいてるざ〜ますかっ!
 ……全く嘆かわしいざますっ。今どきそんな時代錯誤な偏見にコリ固まっているなんて、先が思いやられるざますっ」
 芝居がかった仕種で天を仰ぎ、女美川の母は大仰に嘆息してみせる。
「そうですか……。じゃあこの試合に負けても、《女美川エンジェルス》と戦ったわけじゃないから約束は無効――なんてココロのせまいこと、おっしゃらないですわねっ」
「ぐ……っ。も…………もちろんざますっ」
 したたかなキャプテンの一言に、女美川の母は口元を露骨に歪めながら答えた。



 先攻は、女美川チームからであった。

「ほ〜っほほほほ先手必勝ざまああすっ!!」
 金属バットを片手でぶんぶん振り回しながらバッターボックスに立つ肥体に、キャッチャーの加護亜衣子(かご・あいこ)はマスクの奥でその顔をしかめた。
 化粧品の匂いが、きつ過ぎる……。ちなみにその女美川の母が一番打者なのに、深い理由はない。
 単になんでもかんでも『一番』が好きなだけだったりする(笑)。
「さ〜あ、くぅおいざますっ!」
 見得を切るようにバットを構える女美川の母。
「プレイっ!」
 アンパイアである野球部顧問の声が響く。
 マウンド上の石川キャプテンが、豪快なウインドミル投法で一球目を投げ込んだ。
「……ストライクっ」
 続いて第二球、内角寄り。
「ストライク、ツーっ!」
「……?」
 バットを振るそぶりすら見せない女美川の母に、怪訝(けげん)なものを感じるバッテリー。
 外角低めに球をはずす。

 がすっ――!

 力強いモーションから放たれた速球を、女美川の母は強引に引っかけた。
 打球はサードを守るほのかの右を、勢いよく抜けていく。
「……ファウルっ!」
 レフトの祥子がもたつきながら、ボールをピッチャーに戻した。
「…………」
 なんでわざわざあんな球を……と、一瞬首をかしげ、亜衣子は再びミットを構え直す。
 彼女の意図を汲んだ石川キャプテンが、再び外角低めに投球する。
「お〜っほほほほほほほ打ちごろざますうううっ!!」
 腕をぐいっと伸ばし、泳ぐようにスイングする女美川の母。……典型的な『悪球打ち』である。
 それでもバットはボールの下を叩き、ボールはライト方向へ高く舞い上がった。
「沙織ちゃんっ!」
「よっしゃあああっ!!」
 バックステップしながら、ライトの沙織は左腕を頭上に上げた。
 しかしボールは無情にも、グラブの先をかすめて後ろに抜けてしまう……。
「……! しまっ――」
 やはり身体のギャップを完全に埋めきることはできなかったようだ。
「お〜ほほほほヒットざまあああ〜すっ!」
 バットを放り投げ、どすどす地響きを立てて走る女美川の母。
 センターの辻本希美(つじもと・のぞみ)がボールをキャッチして、すかさず一塁に送球する。
 だが……
「セーフっ!」
「なんだとおおおっ!?」
 女美川の母の、体型に似合わぬ素早さに度肝を抜かれる沙織たち。
「ほ〜っほっほっほっほっほっ、守備の間隙をつくナイスな攻撃ざますっ!!
 ……次! さっさと打席に立つざますっ! ライトの小娘が “穴” ざますから、そこを集中攻撃ざますっ!!」
 自画自賛し、一塁上から指示をとばす女美川の母。
 しかし、即席チームに「狙って打つ」などといった器用な真似ができるわけがない。
 二番打者は内野フライに討ち取られ、続く三番もファウルを連発してカウントを追い込まれていく。
「ええ〜い打てないのならバントざますバントっ!!
 ……そうざますっ! 女美川精神は自己を滅する犠牲バントの精神にあるざますっ!!」
 某プロ野球球団のOBみたいなことを言う。
 だが、バントはあっさり失敗。
 ボールは放物線を描いて、セカンドの矢口真理子(やぐち・まりこ)が前進守備で構えていたグラブの中へ。
「げっ! ……まずいざますっ!」
 とび出していた女美川の母は、あっさりはさまれる。
 あわてて逆走するが、ソフトボールでは一度塁から離れると、必ず次に進塁しなければならない。
 ……でもってスリーアウト、チェンジ。
「そんなルールあたくしは知らないざますうううううっ!!!!」

 ゴネた女美川の母を説得するのに、アンパイアは三十分以上の時間を費やした。



 一回裏、白塁学園高校女子ソフト部の攻撃――。

「ほ〜っほほほほほほほほっ、やっぱりあったくしには華のあるポジションが似合うざますっ!」
 ふんぞりかえって高笑いする女美川の母に、なんであんたがピッチャーなんだ……という視線が集中した。
 もちろん、当人はそんなもの全く気にもとめない。いや、そもそも気付いてもいないだろう。
「おいちょっと待てっ! なんでそんなとこから投げるんだっ!?」
 投球練習を始めた女美川の母に向かって、一番打者の沙織が怒鳴り声を上げた。
「何を言うざますっ、年長者は一歩前から投球するのが、こういった試合のお約束ざますっ!
 逆走なしリードなしのルールを認めてやったのざますから、こちらも認めてもらうざますっ!!」
「……おいっ」
 しかしゴネさせたらまた試合が中断する……。沙織はしぶしぶバッターボックスに立った。
 ちなみに沙織が一番に起用されたのは、足(逃げ足……?)の速さを買われたからだ。
「勝負ざます小娘えええええっ!!」
 女美川の母が肥体を強引にしならせ、右腕を扇風機のように回して投球モーションに入った。
 一球目。ど真ん中のストレート。
「ストライクっ!」
 続いて第二球。これもど真ん中。
「ストライク、ツーっ!」
「……ちっ」
 手前から力まかせに投げてくるので、打つタイミングがつかみにくい
 沙織は一度打席をはずし、バットを短く持ち直す。
「無駄なことを……ざますっ!」
 三球目。コンパクトに振り抜いた沙織のバットが、ボールを捉えた。
 だが……
「ファウルっ!」
 キャッチャーの松野部がマスクをはね上げて振り返った時には、ボールは既にバックネットに当たり、地面にはね返っていた。
「沙織ちゃんっ! タイミング合ってきたよっ!」
 ネクストサークルに立つほのかが声援を送る。
「いい気になるなざますっ! ……まつのべええっ! 後ろにそらしたら減俸ざますっ!!」
 ぐぐっとボールを握りしめ、女美川の母は大きく振りかぶった。
「くらえざますっ! 女美川ハイパーマッスルっ、コングロマリットスペキュレイティブ投法ざますうううっ!!」

 どっごおおおおおおお〜んっ――!!「どわわわわっ!!」

 鼻先をかすめて通り過ぎていった速球に、沙織バットを放り出してのけぞった。
「ぼっ、……ボールっ!」「何さらすっ!!
 尻餅をついたまま、思わず声を荒らげる沙織。あわてて駆け寄るほのか。
 見物人の間からブーイングが上がる。どう見たって『危険球』である。
「え〜いおだまりざますっ! このくらいメジャーなら日常チャハン事ざますっ!
 ……細かいことでいつまでも騒ぎ立てる、それは単なるワガママざますうううっ!!」

 『日常茶飯事』は「にちじょうさはんじ」と読む……。

 怒鳴り声を上げる女美川の母に、あちこちから「おまえが言うな。おまえがっ」といった視線が集中する。
 もちろん、当人はそんなもの全く気にもとめなかった。
「ほ〜ほほほほっあったくしの球はっ、軽く150km/hを越えるざますうううっ!!」
 さらに二球、立て続けに沙織の鼻先へと投げる。
 そして彼女が引き気味になったところで、外角低めに速球をきめる。
 あわててバットを出す沙織。
「ストライク、バッターアウトっ!!」
 空振り三振。沙織はバットの先を地面に叩きつけてくやしがる。
「沙織ちゃん落ち着いてっ。……まだ始まったばかりだよっ!」
 しかしそんなほのかもまた、内角攻めにあって三振に討ち取られた。

 ……………………………………………………………………………………



 かくして、試合は投手戦(?)の様相を呈してきた。
 石川キャプテンは幾度かランナーを背負うものの、守備陣の援護もあって後続を断ち切り、安定した投球で相手を二塁から先に進ませなかった。
 一方女美川の母は、危険球じみたボールで打者をびひらせてからストライクを取るという戦法で、瞬く間に三振の山を築いていった。
 近距離からえげつない勢いで投げつけられるボールに、女子ソフト部の打線は完全に沈黙。
 そして、スコアボードにゼロが延々と並び続けた……。



 七回表、女美川チームの攻撃――。

「まあ〜つのべええええっ! 今すぐこ・れ・を飲むざますっ!!」
 突然ベンチに呼び戻された松野部は、その鼻先に褐色の液体が入ったミニペットボトルを突きつけられた。
「あ……あの、これは――」
「女美川製薬で開発した、濃縮プロテイン入り人体強化ドリンクざますっ。
 不本意ざますけど、はっきり言ってあとがないざますっ。……ですからあ〜たにはこれ飲んで、一発長打を打ってもらうざますっ!!」
 口元を引きつらせる松野部。
 先頭打者、二番手ともに凡退し、すでにツーアウト。
 確かに、自分がもしかすると最後の打者になるかもしれない。
「で、でもこれって、ど、ドーピングなんじゃ……」
「問題ないざますっ。ジャ〇ア〇ツの選手がオ〇ナ〇ン飲んでるようなものざますっ!!」
「し……しかし――」
 すがりつくような目でまわりを見渡すが、もちろん誰も目を合わそうとはしない。
「…………」
「ど〜しても飲めないざますか? ……でしたら明日から《デカプリオンくん》のエサ係――」
「飲みますっ!!
 あわててペットボトルを奪い取り、中身を一気に飲みほす松野部。
 そう。“あれ” の世話をするくらいなら、得体の知れない薬飲まされる方がまだマシである。
 ぬったりとした、なんとも言えない味が口中一杯に広がっていく……
「…………うっ!」
 突如身体の奥底から燃えるような感覚が沸き上がり、松野部は弾かれたように背筋を伸ばした。
 女美川の母の無茶苦茶な球を受け止め続けて、打ち身でボロボロになった身体に力がみなぎってくる。
「こ、これは…………この力はっ!」
「さ〜あいくざますっ! あ〜たが勝利の鍵ざますっ!!」
 その声にあと押しされるように、いつしか松野部は大股でバッターボックスへと向かっていた。
 何処からか、映画『メジャーリーグ』の主題歌が流れてくる(笑)。
 いける。いけるかもしれない――。異様な興奮とともに、バットを構える。
 前の打席とはあきらかに違うその雰囲気に、一瞬眉をひそめる石川キャプテン。
 一球目。やや外角寄り。

 カンッ――!

 今までとはうって変わった力強いスイングが、そのボールを左方向へと運んだ。
「ファウルっ!」
「……」
 違う。さっきまでとは確実に違う。
 外野の三人が長打を警戒して、ゆっくりと後ろに下がっていく。
 二球目。外角低めの速球。
「……ファウルっ!」
 ボールは再び弧を描いて、レフトのはるか左側へ。

 ――いける。いけるいけるいけるいけるいけるぞおおおおおおおおおおおおおお…………っ!!

 松野部の意識が、高まる興奮に飲み込まれていく。
 そして、それは石川キャプテンが三球目の投球モーションに入った時に起こった。

 
どぐんっ――!

 打席に立ちバットを構える松野部の身体が、突如膨れ上がった。
 その姿がみるみる太く、分厚く、マッシブに変化していく。
 二の腕とふとももが倍以上の太さになり、肩の肉が盛り上がって首筋を埋没させる。
 目がくぼみ、あごとエラがいかつく張り出し、髪の毛が逆立った。
 そして着ていたユニフォームが音をたてて千切れとび、分厚い胸筋と発達した腹筋があらわになる。
 ……パンツだけがその身体にかろうじてくっついているのは、『超人ハ〇ク』からのお約束なのだろうか(笑)。

女美川むきむき女美川むきむき女美川むきむき女美川むきむき…………

 ほのかがあんぐりと口を開け、ショートの後藤真希子(ごとう・まきこ)が思わず目を覆う。
「ひっ……!」
 そして石川キャプテンの口から、声にならない悲鳴が漏れる。
 バッターが全裸のマッチョマンに変化していくさまを直視してしまった彼女の手から、ボールがすっぽ抜けた。

 ……カキイイイインッ――!!

 次の瞬間、フルスイングしたバットに打ち返されたボールは大空高く吸い込まれていった。
 瞬間、あっけにとられる女子ソフト部の面々。
「お〜っほほほほほほホームランざますううっ!!」
 女美川の母の胴間声が、静まりかえったグラウンドに響き渡った。
 と、その時……
「うわはははははははははははははははははははははははははははっ!!
 バットを振り切った姿勢で固まっていた松野部が、突然 “いっちゃった” 表情を浮かべて笑い出す。
「うわはははははははははははははははははははははははははははっ!!
 ……そのまま高笑いとともにグラウンドをとび出すと、あさっての方向へと全速力で走り去っていった。

「…………」「…………」「……………………」

 遠くの方から怒号と悲鳴、そして理性をすっとばした笑い声が風にのって聞こえてくる。
 バット片手に高笑いしながら走る全裸のマッチョマン。……はっきり言って悪夢以外の何者でもない。
 あまりの突拍子のなさに、その場にいた全員の思考がフリーズした。
「な――なんだったのいったい……?」
 ようやく誰かがぽつりとつぶやく。しかし、答えは何処からも返ってこなかった。
「……まあいいざます。とにかくホームランだから一点先取ざますっ!」
「「おいっ!」」



 そして、七回裏――。

「ほ〜ほほほほほほほっ完封勝利は目前ざますうううっ!!」
 ピッチャーマウンドの “手前” で腕を振り回し、女美川の母はすでに勝った気になっていた。
 もちろんさっきのホームランは、強引に認めさせている。
 そして女子ソフト部最後の攻撃。打順は一番に戻り、沙織がバッターボックスに立つ。

 ――絶対、塁に出てやるっ。……このまま終わらせてたまるかっ!

 目の前の肥体をにらみつける。
 危険球を恐れる女子ソフト部にあって、沙織だけは果敢にボールにくらいついているのだ。
 もっとも大振りするばかりなので、ちっともヒットに結びついていないのだが。
 でも、そろそろタイミングが合ってきてもいい頃だ。
「……ふんっ、なんざますその目つきはっ。敗者は敗者らしく神妙にしてるざますっ!!」
 口元を歪め、女美川の母は投球モーションに入る。
 行方不明になった(笑)松野部に代わってキャッチャーマスクをかぶった男性社員が、がたがたふるえながらもミットを前に出した。
「三球三振ざますうううっ!」
 一球目は内角ぎりぎりのストレート。二球目は高めにつられて空振りしてしまう。
「……ストライク、ツーっ!」
「お〜っほほほほほほほほほっこれで決まりざますうううっ!!」
 嬉々として三球目のモーションに入る女美川の母。沙織はとっさに腰をかがめて、バントの構えをとった。
「なっ……ざますっ!?」
 一瞬の躊躇(ちゅうちょ)が命取りになった。
 中途半端にリリースされたボールを、沙織はすかさずバットを持ち直し打ち返す。
「やったっ!」

 バスター[buster] 「バントの構えから強打する」という意味は、日本でしか通じないのであしからず(笑)。

 打球は女美川の母の脇を抜け、三遊間へ。
 センターがボールをつかんだその時すでに、沙織は悠々一塁に達していた。
「おのれざますっ! よくも完封の夢を踏みにじってくれたわねざます……っ!!」
 眼鏡の奥の瞳が、紅蓮の炎に包まれる。
 この時点で女美川の母は、当初の目的を完全に忘れ去っていた。
 二番手のほのかが打席に立つ。
「まあいいざます。少しは花を持たせてやるざますっ。…………と言いつつ牽制ざますっ!!」
 ぐいっと腰をねじり、一塁に向かってボールを投げる女美川の母。
「沙織ちゃん! よけてっ!!」
「え!?」

 がすっ――!!

 あわてて首を引っ込めたので、飛んできたボールはヘルメットだけを弾きとばした。
「…………」「大丈夫っ!? 沙織ちゃんっ」
 さすがの沙織も、涙目になって思わずその場にへたり込む。
「ちっ! ……運のいい小娘ざますっ!」
 回り込んだライトから戻ってきたボールを受け取り、舌打ちをする女美川の母。
「……!!」
 ほのかの眉根がつり上がった。

 ――よくも……よくも沙織ちゃんにっ!!

 手にしたバットを投げつけかけるが、すんでのところで思い直す。
「…………」
 そして大きく息を吸うと、バットを左手に持ち直し、その先をセンターのはるか彼方に向けた。
「く……っ! ホームラン予告とは、しゃらくさいざますっ!!」
 吐き捨てるようにつぶやくと、女美川の母は “扇風機投法” のモーションに入った。

 びゅっ――!!

 胸元をかすめる危険球を、すんでのところでかわすほのか。
「――ひいいいいっ!!」
 キャッチャー補逸。その間に沙織は二塁へと進んだ。
「ヒキョーざますっ! アンパイアっ! アウトにするざますっ!!」
「で……できませんっ!」
 悲鳴に近い声を上げるアンパイア。
「できない? できないと言うざますかっ!
 ……白塁学園高校の理事を勤める、このあったくしの言うことがきけないと言うのざますねっ!」
 唾をとばしてすごむ女美川の母。
「ででで、ですが今は試合中――」
「ふんっ。……でもまあ今はいいざます。
 まずはこの小娘を血祭りに上げてから、あとでゆ〜っくり言い訳聞かせてもらうざますっ!」
「…………ううっ」
 ぎろり――と目を動かし、女美川の母は二球目のモーションに入った。
 外角高め。出しかけたバットをすんでのところで止めるほのか。
「う……あ、すっ、ストライクっ」
 微妙なところだが、女美川の母のプレッシャーに負けて思わず言ってしまう。
「ほ〜ほほほほほほほそうざますっ。それでいいざますっ。
 ……あ〜たっ、《デカプリオンくん》のお散歩係にしてあげるざますわお〜ほほほほほほほっ!!」
「気色の悪い声上げてないで、さっさと来なさいよっ。……この暴投オバンっ!」
「…………!!」
 女美川の母のこめかみに青筋が立った。
 ほのかが手にしたバットの先を、再び空へと向ける。

 一触即発。沈黙がその場を支配した……。

「小娘えええっ勝負ざますっ! ……このあったくしを怒らせたことを、地獄で後悔するざますうううううっ!!」
 丸太のような腕をブン回し、わしづかみにしたボールを雄叫びとともに投げつける女美川の母。
 身の危険を感じたキャッチャーとアンパイアが、泡くって逃げる。
 そして、ボールはほのかの頭めがけて飛んできた。
「……ほのかっ!!」
 しかし彼女はバットを頭の上に構えると、叩きつけるようにして打ち返す!!
「なっ……ざますっ!?」
 打球は女美川の足元で大きくバウンドし、ショートの脇を抜けていく。
 伊達にロボTRYをやっているわけではない。……そう、自分に向かって飛んできたボールを叩き落とすくらい、やってやれないことはない。

 ……というか、『悪球打ち』は女美川の母だけではなかったようだ。

「走って! ふたりともっ!!」
 キャプテンの声に、しびれる腕を振りながら一塁に走るほのか。
「バックフォームざますっ! 早くするざますっ!」
 前に走り出たレフトが捕球。女美川の母の金切り声が飛ぶ。
 その間に三塁を回る沙織。
「ええ〜いっお寄越しざますっ!!」
 セカンドに戻ってきたボールを奪い取り、女美川の母は本塁へ走る沙織に向かって突っ込んでいく。
「ほ〜ほほほほほほタッチアウトざますうううううっ!!」
「うわあああああっ!!」
 闘牛のウシの如く自分に向かって飛び込んでくる巨体に、沙織(甲介)はマジで生命の危機を感じた。
 だが……
「うわはははははははははははははははははははははははははははっ!!

 ……………………………………………………………………………………



 土煙が晴れたそこには、踏み砕かれて悶絶した女美川の母が横たわっていた。



「えー、二対一で、白塁学園高校女子ソフト部の勝ち。…………おつかれさまでした」
「「…………」」
 ご町内を一周し帰巣本能(?)の命じるまま戻ってきた松野部に衝突され踏みつけられ、全身打撲の重傷を負った女美川の母が病院に運ばれた時点で、女美川チームは試合を放棄した。
 ちなみに松野部本人はというと、人体強化ドリンクの効き目が切れて元に戻った(もちろん「うわははは……」とやってた時の記憶は全くない)のはいいが、副作用の全身筋肉痛で七転八倒しており、ベンチの奥からは断続的にうめき声が聞こえてくる。
「勝ったけど…………なんかいまいちうれしくない……」「妙に疲れたわね……精神的に」
「一応これで、うちの部は安泰なんだけど……」
「正直言って、なかったことにしたい…………」
 口々につぶやく、女子ソフト部の面々。
 一方女美川チーム側は、ワガママな上司が病院送りになったので、皆一応ほっとしている。
 しかし彼女が戻ってきた時のことを考えると、手放しでは喜べない。
 ……まあ、いまさら戦々恐々としたって、どうなるものでもないのだが。
「ところで沙織ちゃん、この前の話だけど……」
「あ〜、その――あははははは、し、しばらくソフトボールは…………結構です……」

 隣から小声で尋ねてくる石川キャプテンに、沙織は少々引きつった笑みを浮かべてそう答えた。



 一週間後――。

「ち、ちょっと待ってくださいっ! いきなりそんなこと言われても――」
「これは決定事項ざますっ。本日只今をもってあ〜たがたバトミントン部は廃部ざますっ」
「納得いきませんっ! ちゃんとした理由を説明してくださいっ」
「そんな必要ないざますっ。あったくしが『廃部』と言ったら廃部ざますっ!
 バトミントンは地味ざますっ。地味なクラブは廃部になっても文句はないはずざますっ」
「そんな無茶苦茶な理由で部の存続決めるなんておかしいですっ!」
「お黙りざますっ! 言い訳なんか聞きたくないざますっ!! 本日只今をもってバトミントン部は廃部っ!
 ……今後の活動はいっさい認めないざますっ!!」
「いい加減にしてくださいっ! そうまでしてバスケット部に体育館独占させたいんですか――」
「話はこれで終わりざますっ!! ……さっさと帰って部室の整理でもするざますっ!」
「…………」



 どうやら病室で、『ス〇ムダンク』の再放送を見ていたらしい……。

おしまい。


 MONDOです。
 今回の『ロボトラ』、いかがでしたか?
 沙織とほのかがソフトボールで大活躍する話だったはずなのですが、女美川の母を相手に試合をするあたりから展開がねじれてしまい、こんな結末に終わってしまいました。
 う〜ん、“あの” 母にしては「ぬるかった」でしょうか?
 実は元々第一稿では、女美川の母は完全なノーコンピッチャーで、アンパイアを脅かして自分の投げる球を全部『ストライク』にさせる……という予定でした。
 さすがにそれだと試合にならないので、多少は「おとなしく」なりましたが……まあこんなもんですね。
 最後にオチつけてくれましたし。

 ……さて、ここでクイズをひとつ。

 問題 「ソフトボール部の部室で着替える時に、沙織が歌っていた曲はなんでしょう?」

 ヒントは三つ。

 1.洋楽である。
 2.女性ボーカリストの曲である。
 3.某CMにも使われている(2001年7月現在)。

 曲の題名、もしくは歌手名&使われているCMでお答えください。


 そうそう、先日『ロボフェスタ関西2001』に行ってきました。
 本田技研の『ASIMO』、日本科学未来館の『PINO』、三菱の『MARS』、ソニーの『AIBO』にバンダイの『BN−1』、はてはあの『くいだおれ太郎』まで展示されており、なかなか壮観なものがありました。
 テムザック社の『TMSUK04(『鉄腕DASH』に出てくる “鉄子”)』のデモンストレーションで、「操縦してみたい人いませんか〜」なんて言われて、思わず子どもに混じって手を上げてしまいました(笑)。
 しかし、ロボットテクノロジーの急速な進歩には驚くものがあります。
 メガパペットも、あながち夢物語ではないかもしれません。
 問題は…………価格だよな。


 ……てなわけで次回の『ロボTRY・EX』は、ヤマトくん主役でいきたいと思っています。

2001.8.4 MONDO

 

 

 

巻末特別大付録 『可変美少女さおりんっ!』



戻る

□ 感想はこちらに □