戻る

――萌え燃えっ! 白塁学園高校女子ロボTRY部 episode 3――
生理中は美少女っ
           
CREATED BY MONDO      





「…………ねえ、“代行者” の延べ変身時間、算出できて?」
「ちょっと待ってください。…………………………………………あ、でました。これです」
「ふーん。…………じゃあそろそろ始まる頃――よね、あの子も……」
「あっ、あの……何か問題でも? マム」
「ううん、たいしたことじゃないわ。…………でも、ちゃんと対応できるかしら……?」



〈PHASE:1〉
「ぬををををををををっ!!
「とお――――――――っ!!
 ツクリくさい掛け声が交差し、いくつものライトに照らされたその真ん中で、二体のメガパペット(競技用有線遠隔操作式人型有脚マニピュレーター)が、ガキッ! と互いの右腕の装甲を叩き合わせた。
 しばしその体勢で力比べを続けていたその二体は、次の瞬間 「せーのーで」 のタイミングで、ばっ――と後方にとびずさり、それぞれプレイヤー(操縦者)の横で大袈裟なファイティングポーズをとった。
 ロボット重機メーカー最大手、女美川重工の本社にある地下秘密試験場。……しかし今、そこはこのふたりの貸し切り状態にあった。
「……ふっ、そ〜んなオ〜モチャみたいな機体でな〜にができるっ。
 あ〜の特攻娘を倒すのはっ “元祖” ロボTRY部部長にして階級は大佐っ、コールサインはバスター10っ、認識番号G−4649であるこ〜の兄な〜のだっ弟よおおおおっ!」
 相変わらずなクドさと暑苦しさを発揮しながらそう叫んでいるのは、「白塁学園高校の歩く熱帯夜」 「筋肉のバイオハザード」 と称される軍隊バカ一直線野郎、女美川武尊(別名・筋肉ダルマ)である。
 胸元に 「T・MEMIGAWA」 とネームの入った緑色の野戦服に身をつつみ、頭には真っ赤なベレー帽。顔面には何故か迷彩メイクがこれでもかとほどこされており、そのいかがわしさをさらに倍増させていた。
「なっ、何を言ってるんだ兄様っ。……そうっ、あの悪の美少女に倒された兄様の仇はっ、この……このボクが必ずとってみせるっ。
 ……だから、だから兄様は安心して草葉の陰から(おいおいっ)このボクを見守っていてくれっ」
 トリガー(メガパペット操縦器)をビシッと横に振り、空いた方の手で拳を握りしめてそう言い返したのは、筋肉ダルマの弟とは思えない一見美少年――でも中身は兄貴とどっこいどっこいのスーパーヒーローなりきり野郎、女美川ヤマトであった。
 もちろん今日も、白いマフラー& “光って唸る” バックルというコーディネイト(?)でばっちりキメている。
「バ〜カ者おおおっ! 自らの機体を放〜棄し敵前と〜ぼ〜した貴〜様にっ、戦う資格などなああ〜いのだ弟よおおおおっ!」
「だ…………駄目だ兄様っ。兄様のその機体じゃむざむざ倒されにいくだけだっ! ……そうっ、ここはボクと、このバンガイオーにまかせてくれっ!」
「分〜からん奴だなっ。あの特攻娘を倒すのはっ、我々 “元祖” ロボTRY部の最優先ミ〜ッションな〜のだっ!」
「違うっ。あの悪の美少女を倒すのはっ、そうっ、このボクの宿命なんだっ兄様っ!」
 微妙にずれた会話を続ける女美川兄弟。その端々に出てくる “特攻娘” “悪の美少女” というのは、もちろん白塁学園高校女子ロボTRY部の番外部員文月沙織のこと(episode1&2参照)だ。
 しかし彼女の正体が、未知のナノマシンの力で女の子に変身した男子高校生飯綱甲介だと知ったら、このふたりはいったいなんと思うだろうか……。
 ――ふっふっふっ、女〜子マネだ〜っ。……従軍看護婦姿の女〜子マネだ〜ああああっ!!
 ――うおおおおっ、正義の炎が燃えてるぜっ! そうっ、悪の洗脳美少女はお約束うううっ!!

 ……………………いや、たぶん死んでも気付かないだろう。この兄弟は。

「…………ぬううっ。や〜はり戦いは避〜けられぬかっ弟よおおっ」
 しばしのトリップのあと、くわっと目を見開き、芝居がかった仕種でトリガーを構える兄。「――や〜むをえんっ! 《パワーエリート・改》っ、ごおあへええええっどっ!!
 その絶叫に応じたかのように、横で待機していた武骨極まりないデザインのメガパペットが駆動音と足音を響かせて一直線にダッシュした。
 ごつい胸部装甲。ぶっとい腕部。手榴弾(ダミー)のぶら下がった腰。ジャングル迷彩の下半身。
 女美川重工次世代メガパペット試作機 《パワーエリート01・改》。何処が “改” なのかというと、機体頭部にあったV字型のツノがなくなり、そのかわりにヒトの口元に当たる部分から三日月状の 『ヒゲ』 がピンと上向いて生えている点…………なのだそうだ。

 某インダストリアルデザインの巨匠が見たら、泣くぞ。

「……そうかっ。でも、でも兄様っ、兄様の犠牲は決して無駄にしないっ!」
 こちらもトリップのあと、訳の分からない納得(?)をして機体とトリガーを結ぶケーブルをしならせる弟。「――いっけえええっ《グレートバンガイオーRぶいすりゃあっ》っ! カイザーマグナムナックウウウウウルっ!!
 語尾をすくい上げるようなその大声に呼応して、伸ばした右腕を肘の部分から切り離しロケットモーターで打ち出す赤青黄色のいかにもなデザインのメガパペット。
 ヒトを模した顔面。ブロック状の肩部。箱積みな脚部。背中のバカでかい翼と股間のドリル。……こちらは以前とたいして変わっていないように見えるが、ふくらはぎの部分にキャタピラが新たに装備され、戦車形態にも変形できるようになったとか。
 ワンオフの非常識可変メガパペット、《グレートバンガイオーRV3》。持ち主は相変わらず 『ぶいすりゃあ』 に何やら変なこだわりがあるようだ。

 ……だ〜から、「ぶいすりゃあ」 はやめろと言うにっ。

 一直線にブッ飛んでいったその右腕は、同じく一直線に突っ込んできた 《パワーエリート・改》 の、“ニセモノだからここら辺がちょっと違う” 的な顔面に真っ正面からヒット。バカ正直に一撃くらったその機体はもんどりうって後ろに吹っとばされるが、そこは頑丈が取り柄の女美川重工製、すかさずむっくりと上半身を起こしてくる。
「ふっ、いいパンチだっ。……だ〜がしかああしっ、こ〜のわったしに挑もうなどと、百億万年は〜やいのだ弟よおおおおおっ!!
 立ち上がり、再び 「ぬををををををををっ!!」 と突っ込んでいく 《パワーエリート・改》。
「さすがは兄様っ。……でも、このボクの正義の炎はっ、そんな攻撃なんかで消せるものかああっ!!
 プレイヤー共々ヒーロー立ちになり、「シュツルムウイングブウウッメッランっ!」 と、背中の翼を取りはずして投げつける 《グレートバンガイオーRV3》。
 再度大きな音がして仰向けにぶっ倒れる 《パワーエリート・改》 だが、またもむっくりと起き上がり、
「ふっ、いい攻撃だっ……(以下略)」
 頭のてっぺんに、投げつけられたでっかい翼が突き刺さったままになっているのがちょっと間抜けであった。
「さすがは兄様っ……(以下略)」
 その後、雄叫びを上げながら一直線に突っ込んでくる兄貴の機体に、弟の機体がフリスビーやらダーツやらトゲつき鉄球やらを次から次へと投げつける――といった行為が延々と繰り返された。
「ぬええいっ、ヒーローごっこのお〜子ちゃまは引〜っ込んでおれっ弟よおおおおっ!!」
「……脳味噌筋肉の兄様こそっ、そうっ、このボクの戦いを邪魔をしないでくれえええっ!!」
「ふっ……小学校のこ〜ろっ、隣の席の子が下痢で漏〜らしたときにっ、机抱えて真〜っ先に教室の隅に逃げたチキン野郎のく〜せに大きな口を叩くな弟よおおおおっ!」
「兄様こそ学校でっ、そうっ、我慢できずにアサガオ(小用便器)に “大きいの” したことがあるはずだっ!」
「あれは緊急避難であああああ〜るっ!」
 ついには子ども時代の、お下品な恥部の暴露合戦に至る兄弟であった。
 …………どうでもいいけどこのふたり、「兄様」 「弟よおおっ」 と呼び合っているわりに、仲は結構悪いらしい。
「えええ〜いっとどめだっ。太・陽・剣っサンシャインすぅおおおおおどおっ!!」
 《グレートバンガイオーRV3》 の胸部飾り装甲が長剣に変形して、その右手に納まった。
 前回思いっきり折れてしまってケチがついたので、名前を変更したのである。
「たいよおおお〜っ、えねるっ、ぎ――――――――っ!!」
 と、叫んでその剣を大上段に構えさせるヤマト。おいおい、ここ地下だぞ……。
「貴〜様だけが分子振動ぶれ〜どを持〜っていると思うな弟よおおおおっ!!」
 腰の後ろに手をまわし、スケールアップされたコンバットナイフを抜き放つ 《パワーエリート・改》。峰の部分にギザギザのついた大振りの、いわゆる “ランボーナイフ” というやつであった。
 しかしそれを構える当の機体の方は、何やらあちこちに色々と突き刺さっていたりする。……どうやら先程までの攻撃を全部まともにくらっていたらしい。
 それでも動いているのだから、このメガパペットも相当非常識だ。
「ひいいっさああああっつ! スっペクトラム十文字斬りいいいっ!!」 「ぬうおおお――――――――っ!!」
 ふたりの叫び声にあと押しされるかのように、どだだだだっ! と一気に間をつめた 《パワーエリート・改》 と 《グレートバンガイオーRV3》は、手に持った得物を大きく振りかぶり、渾身の力をこめて相手のそれに叩きつけ、

 ……次の瞬間、甲高い金属音があたり一面に響きわたった。


 妙に静かになったことをいぶかしんだ社員たちが、振動ブレード同士を合わせたことによって生じた高周波の直撃を受けて悶絶している女美川兄弟を発見したのは、それから十分後のことであった。


〈PHASE:2〉
 定期テストの最終日――。お昼ごはんを学食で手早くすませ、甲介は急いで家へと帰ってきた。
 甲介の家の一階はご存知の通り、彼の母親が経営するティーンズ向けのブティック&ランジェリーショップになっている。店の外観はピンクとアイボリーを基調にした、いかにも 「女の子のためのお店」 といったおもむきがあり、入口横のウィンドウにも、リボンやフリルがどっさりついたふりふり系のブラウスやらスカートやら(甲介曰く、「母さんの趣味」)が、可愛らしくディスプレイされている。
 したがって男の甲介としては、表の店の方から我が家の中に入ることは、勇気とガッツで補ったとしても非常に困難……もとい、恥ずかしいものがあった。……だから彼は、いつも裏にある勝手口からコソコソと家に入るのだ。
 ちなみに彼のメガパペット、TX−44《マシンノート》 もこっち側に置いてある。
「あら。お帰り、こうちゃん」
 キッチンの方から母親が声をかけてきた。「――お昼どうする? 学校で食べてきたの?」
「あ、あ〜っと、も、もうすませてきた。ごめんっ」
「……すぐにほのかちゃんたちのところに行くんでしょ。…………早く着替えてらっしゃい♪」

 ぎくっ。

 ニコニコ笑みを浮かべる母親に嫌な予感をおぼえつつ、甲介はカバンを肩に二階へとかけ上がった。
 今日は昼から女子ロボTRY(ロボット・トライアスロン)部の活動がある。あの女美川兄弟が、何故かそろって何日も欠席しているため、白塁学園高校ではここしばらく平穏な日々が続いていた。
 ことあるごとに難癖つけてくる “元祖” 側が鳴りをひそめている今こそ、学内外に女子ロボTRY部の存在をアピールする絶好のチャンスなのである。
 もちろん、そこいらあたりの事情がよく分かっているからこそ、あわてて帰ってきたのだ。
 そう、もうひとりの自分……女子ロボTRY部番外部員、文月沙織に変身するために。
 しかし……
 ――げっ、…………や、やっぱりいいいっ!
 自分の部屋のベッドの上にきっちり置かれた女の子の服――パステルピンクのブラウスと黒の肩吊りスカート(裾がフレア気味になっている)に、くらっ……となる甲介。「…………は、はははっ……あはははは…………っ」
 笑うしかない。
 他にもレースのリボンやフリルの付いたニーソックス、ライムグリーンの可愛らしいランジェリーが、「これ着なさいっ」 といった感じで用意されている。
 たぶんデジカメ片手に、わくわくしながら下で待ち構えているんだろな〜、母さん……と、ため息をつく。
 それでも開き直って(どのみち一度変身すると、最低六時間は元に戻れない)、彼は窓のブラインドを閉め、制服を脱いでTシャツとトランクス姿になり、右腕を前に伸ばして手首に意識を集中した…………。


 甲介――もとい、沙織が自分のメガパペット 《スカーレットプリンセス》 と一緒に帰ってきたのは、その日の夕暮れ近くであった。
 家の裏にその人型機械を誘導し終えた彼女は、まわりに誰もいないことを確認し、トリガーにコマンドを打ち込みケーブルを切断する。
 頭部の羽根飾りと腰部のカウリングがボディに収納され、機体の色が赤から浅黄色へと変化していく。そしてモーターの駆動音が静まっていき、《スカーレットプリンセス》 ――いや、《マシンノート》 は全機能を停止し、その場に直立状態で駐機した。
「……ふうっ」
 おなかを押さえながら膝関節のロックを確認する沙織。……昼過ぎからどうもいまひとつ体調がすぐれない。
 頭痛がするし、まるで下腹部になにか溜まっているかのような鈍い痛みが続いている。歩くのもおっくうな感じがしたので、いつもなら学校に置きっぱなしにしてくる(そして次の日に理由をつけて甲介が持って帰るのだ)機体にのっかって帰ってきたのである。
 ――う〜ん、……ミニスカートで冷えちゃったのか……な?
 謎の少女に銀色の腕輪を託されて、すでにふた月。“女の子としての自分” にもそこそこ順応してきたつもりであるが、裾の広がるこの手のスカートだけは、なんともはや。
「た……ただいまあ……」 「お帰り。…………あら、どうしたの? 青い顔して……」
「う……うん、ちょっとおなか痛くって…………」
 心配そうに声をかけてくる母親に、ふらふらとリビングを横切りながら沙織(甲介)は顔をしかめて返事をした。
「ちゃんとおトイレしてるの? 沙織ちゃん。……女の子はこまめに行かないとダメなのよ」
「わ、分かってる…………わよ」
 そういったものとはおそらく違うように思えたが、沙織は母親に言われるまま素直にトイレに入った。はじめのうちは面食らっていた女の子のオシッコも、何度か経験するうちに意識せずできるようになってきている。
 しかし、“それ” は尿意でも腹痛でもなかった。
「…………………………………………………………………………え!? …………な、ななっ、なっ…………
……………………んぎゃあああああああっっ!!
「どっ、……どうしたのっ沙織ちゃんっっ
 甲高い悲鳴(絶叫?)をききつけて、あわててとんでくる母親。……しかし、それでも我が子を 『息子』 でなく 『娘』 としてあつかうのだから、結構いい性格している。
 間髪入れずにトイレのドアを開けて彼女が見たものは、便器に座したまま両の手で自分の肩をかき抱き、おびえきった目つきでがたがた震えている沙織の姿であった。
「さっ……」 と、そのただならぬ様子に思わず言葉を詰まらせた母親は、そのとき便器の溜まりの水が赤く染まっているのに気付いた。
 やがて、その顔に納得の色が浮かぶ。「そう…………。そうだったの……………………」
 目に涙をうかべながらいやいやをするように首を振る沙織。母はその顔を優しく胸に抱きしめると、静かに彼女の耳元へこうささやきかけた。
「…………おめでとう。沙織ちゃん」


「……………………でね、初めてのうちは多いから、昼間でも夜用を使うのよ。それからこれは吸湿性のいいタイプだけど、気がついたらできるだけ替えて…………って、聞いてる? 沙織ちゃん」
 なおもパニックに陥る沙織(甲介)を裸にしてバスルームに放り込み、シャワーを浴びさせ着替えさせ、その間ばたばたと――『娘』 の初経(初潮)に母も舞い上がっている――あれやこれやを用意して……そして彼女はいまだうつろな目つきのままの沙織に、生理用品の使い方をレクチャーし始めたのだが、
「……………………」
 聞いちゃいない。
「……もおっ、さ・お・り・ちゃんっ!」
 おもむろに両手を伸ばし、全く反応のない沙織の鼻先でいきなりぱんっ、と手を打つ母親。
「へ!? あ……母さん?」 と、一瞬正気に戻る沙織(甲介)であったが、「…………あ〜っ!! そそそそうだっトイレできゅきゅきゅ急にいっぱい血が出てきて痔かなと思ったら前の方がぬるっとして見たら真っ赤になっててこっこれがいわゆるでもなんでこんなに痛いんだけど横もれストッパーがあって多い日も安心ってわああああっオレはいったい何を言ってるんだああああっ!!
「落ち着きなさいっ沙織ちゃんっ! …………あのね、びっくりしてパニくるのも分かるけど、生理は女の子にとって、すごくつらいけどとっても大事な――大切なものなのっ。……むやみに怖がったり、汚いものだなんて思ったりしちゃ駄目っ。
 ……あなたのその身体が、新しい生命(いのち)を宿して育むことができる、そのあかしなのよ」
 いつになく真剣な表情の母親。その気迫に呑まれて(?)沙織のパニックがとりあえずおさまった。が、
「い…………い、いや、そ……そうじゃなくて……その、…………オレ、本当はお、男……」
「もうっ……またそんな言葉づかいして。……生理が始まったっていうのに、ちっとも女の子らしくならないのね」
 赤面しながらしどろもどろに反論する沙織(甲介)を、あくまでも “娘” としてあつかう母親であった。
「なるかあああっ!!」
 下腹部からせり上がってくる鈍痛にイラつき、思わず金切り声を上げてしまう沙織だったが、「…………あ、そうだ。……元に…………男に戻ればいいんだ」
 そうすれば当然女性器は消失し、痛みも出血も関係なくなる。
 な〜んでこんな簡単なことに気付かなかったんだろ……と思いながら痛みをこらえて椅子から立つと、沙織は右手を伸ばして手首に意識を集中しようとする。
 すでに時刻は七時前。昼過ぎに 『沙織』 になったのだから、きっちり六時間経過しているはず。
「ち、ちょっと沙織ちゃんっ、その格好のまま元に戻るつもりなの?」 「あ……」
 母親の指摘に思わず固まってしまう沙織。いつもだったら絶対男物に着替えてからでないと、甲介の姿には戻らない――男の身体の時にスカートやブラを身に着ける趣味はない――のであるが。
「…………あぐぐっ」
 襲いかかってくる痛みに耐えきれず、再度手首に意識を集中。……今回は非常時と割り切った(?)らしい。
 意識を集中、意識を集中…………意識を集中…………………………………………あれ?
 ……………………………………………………………………………………
 いつもと違って、腕輪が手首にくい込まない。――痛さに集中しきれていないのか?
 呼吸を切り換えて鈍痛を無理矢理押さえ込み、三たび意識を手首に集中させる沙織(甲介)。
 ……………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………
 やっぱり何も起こらない。…………沙織の顔から血の気がすーっ、と引いた……。
「ど……どうしたのっ? 沙織……ちゃ、ん」
 そのただならぬ雰囲気に、さすがの母親も息を詰めてその顔をのぞき込む。
「…………も……元に――」 と、震える両手を見つめ、そして母親を見返す沙織(甲介)。「……………………お、男に…………甲介の姿に戻らないっ!!??」
「えええっ!?」 驚く母親。「さっ、沙織ちゃんっ。……あ、あなた……」
「あ、あ、……ああああああああどどどどどうなって……………………っ」
 手首の腕輪と壁の時計を交互に見比べる。だが、針は無情にもジャスト七時を指した。
「…………そうだ。きっと生理が始まったから……沙織ちゃん、あなた正真正銘の女の子になったのよ」

 …………なったのよ……、なったのよ……、なったのよ……………………

 母親のその一言が、エコーかかって聞こえるのは何故だろう。……だがその瞬間、沙織(甲介)の意識ははるか十万光年の彼方(?)へとブッとんでいってしまった…………。


 ……………………………………………………………………………………
 ……レースのカーテン越しにさし込んだ朝の光に、ゆっくりと目を開ける。
 ベッドの上でむくりと上半身を起こし、しばし自分が何処にいるのか分からずに、ぼーっと辺りを見回す。
 ――そっか…………部屋、模様替えしたんだっけ……。
 枕元に並べた動物のぬいぐるみと小物、木目調のクローゼットと鏡台。それは雑然としていた以前の部屋とは違って、小綺麗に、かつ可愛らしく整頓されていた。
 机の上においてある、メガパペットのトリガーだけは変わらない。
 裾のぞろっとしたネグリジェ風のパジャマのまま、ベッドの端に腰掛ける。壁のハンガーかけには、二、三度しか袖を通していないエンジ色のセーラー服がかかっている。
 今日から通う、女子校の制服だ。
 弾みをつけてベッドから立ち上がる。クローゼットを開き、内側にある鏡に映った自分に声をかける。
「おはよう、…………あたし」
 そうつぶやいて、朝一番の笑顔を作る。いつからだろう、それが自然にできるようになったのは……。
「……おはよう、ママっ」
 真新しい制服の微妙な丈のスカートをひるがえし、キッチンに顔を出す。髪型はもちろんお気に入りのアップテール。
「おはよう、沙織ちゃん」
 母親が振り向き、その姿を見てまぶしそうに微笑みかける。
「……朝ごはん、手伝うわねっ」
 そう言って、置いてあったエプロンを着ける。「…………今朝ね、なんか久しぶりに昔の夢、見ちゃった」
「…………沙織ちゃん……」
 柔らかなハミングでリズムをとりながら包丁を使う娘の横顔を見つめ、しばし逡巡する母親。「ねえ…………いいの? これで……」
「うんっ。……もう男の子には戻れないし」
 ほんの少し淋しげな微笑みを浮かべつつも、彼女ははっきりとそう言った。
 力を失った銀色の腕輪に視線を落とし、「――そりゃ最初はショックが大きくて、何も考えられなくて一日中布団被ってたりもしたけど……でも、沙織としてのあたしを待ってくれているヒトがいっぱいいたから、女の子としてやっていこうって思えるようになったの」
 そして、沙織――飯綱沙織はくるっと母親の方を向き、「……ねえ、あたしは女の子? それともまだ男の子っぽいかな?」
「ううん、…………沙織ちゃんはママの娘……とってもすてきな女の子よ」
「あはっ♪」
 母親のその一言に、心からとびっきりの笑顔を自然に――本当に自然に浮かべる沙織。
「おめでとう、沙織ちゃん」
 祝福。新しい存在に――。「あ、ありがとう……ママっ」
「……おめでとう、沙織ちゃん」
 いつの間にか後ろにいたほのかが、沙織に微笑みかける。
 拍手。かつての幼なじみに――。「ありがとう、……ほのか、お姉さん」
「おめでとう、さおりん」 「おめでとう」 「さおりん、おめでとうですう」
 女子ロボTRY部の三人娘が、口々にそう言って拍手を重ねる。
「うむっ、お〜めでとうであああああるっ!」 「そうっ、おめでとうだっ!」
 何故か女美川兄弟も出現し、沙織に拍手を送る。
「……ありがとう。……みんな、本当に、ありがとう…………
 ……………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………
 ……………………………………………………………………………………って、

 …………なんぢゃそりゃあああああああああああっ!!」

 頭抱えて絶叫する沙織(甲介)。そしてリビングの壁に両手をつき、血走った目つきでぜーぜーと肩で息をつく。
 だが、自分で暴走させた妄想に自分で悲鳴(?)上げてりゃ世話はない……。
 ――ううっ、こ……このハラの痛いのがいけないんだっ…………この得体の知れん気持ち悪さが変な想像させるんだっ。
 ま、まてよ……。そっ、そうだっ、この痛みがなくなれば元に戻れるっ。きっと……きっとそうだっ。間違いないっ。
「…………ほんとにそう思う?」 「ううっ……」
 どうやら無意識に口にしていたらしい。だが、そうとでも思わないと沙織の中の甲介の理性がもたないだろう。
 しかし、何故そこまで我が子を追い詰める? 母よ。
「――まあ、どのみちなるようにしかならないわよ沙織ちゃん。……それよりこっち来て、ほらっ、お赤飯食べなさい」
「お…………お赤飯……………………だあああああっ、こっ、これでいいのか? いいのんかっ!!??」
 ひたすらお気楽な母親に手まねきされ、それでも痛みをこらえて食卓につく沙織であった。

 その夜食べた赤飯は、何やら複雑な味がした……。


 …………さて、本来生理(月経)というのは、卵巣から送り出された卵子を受け入れるためにぶ厚くなった子宮の “壁” が、約一カ月目に崩れて血液と一緒に体外へ排出されることをいう。
 沙織の場合、変身の際のホルモンバランスの急激な変化に身体を強引に対応させているので、その時の子宮の状態が男に戻っても細胞レベルで記憶され、変身を繰り返すたびにそれが更新されていく。
 そのため、延べ変身時間が一定以上過ぎると、このように生理と同様の現象が起こるのである。


〈PHASE:3〉
 二日目――

「…………ありがとうございましたあっ」
 お客の背中にそう声をかけると、沙織は 「ふうっ」 と息をつき、店の椅子に腰掛けてテーブルに肘をついた。
 あれから何度も元に……男に戻ろうと右手首に意識を集中した沙織(甲介)であったが、腕輪はまるでセーフティでもかかったかの如く、ウンともスンともいわない。
 結局、学校には家の都合でしばらく欠席すると届けて、様子を見ることにしたのだけれど……事態が好転する要素も保証も全くない。
 生理痛も重なり、正直いって何もしたくないというのが沙織(甲介)の今の偽らざる心境なのであるが、「家でごろごろしてても仕方ないでしょ」 といった母親の一言で、彼女はこうして店の手伝いをすることになってしまったのだ。
 店内には、最近巷で人気のでてきた女性アイドルデュオの曲が流れている。
「あ……」
 肘を付いている手首の袖口が目について、あらためて自分の今の格好を恥ずかしそうに見回す沙織。
 マヌカンも兼ねて(?)いるので、フリルとリボンのいっぱい付いた可愛らしいブラウスとベスト、裾のふわりとしたペチコート、そしてゆったりしたスカートを着せられている。ちょっとルーズに着こなしているのが、髪のリボンとあいまって可愛らしさを倍増していた。
 しかし、こうして店の中であれこれ動き回っていると、少なくとも下腹部の痛みだけはまぎらわせることができる。
 股の間に当てられたナプキンの違和感だけは、どうしようもないが。
 母親は、「女の子として生きていくことも、真剣に考えておいた方がいいと思うわよ〜」 と、いつもの調子で言ってるのだが、もちろんそんな気は毛頭ない。
 だけど、このまま元に戻らなかったらその覚悟も必要になってくるかも……などという思いが一瞬脳裏をよぎり、沙織(甲介)はあわてて頭をぶるぶると振った。
「じっ……冗談じゃねーぞ……っ」
 わざと伝法な口調でそうつぶやく。沙織はゆっくりと立ち上がると、スカートの裾を軽く払った。
 慣れてきたとはいえ、おなかの中に破裂寸前の水風船を抱えているような感覚はいまだに続いている。そのため知らず知らずに動作が控えめな、おとなしいものになってしまう。
 ――でも…………考えてみたら、沙織になってこの店の中に入るのって、初めてだよな……。
 ぐるりとまわりを見渡してみる。女の子の可愛らしい洋服やランジェリー、アクセサリーや小物が、いやが上にも目にとび込んでくる。
 『甲介』 のときだと、ただただ恥ずかしさと疎外感をおぼえるそんな店の雰囲気も、今の 『沙織』 の目を通して見ると、それが何故か好ましく思え、自然に居心地よくそこに溶け込むことができた。
 手近なハンガーにかかっていた、バストコンシャスのジャンパースカートを手に取る沙織。
 確かほのかもこんなの持ってたよな……と思いながら、姿見の前でそれを自分の胸元に当ててみる。

 ……そんなことするから 「密かに今の状況を楽しんでるように見える」 などと言われるのだ(笑)。

 その時、沙織の背後でドアチャイムの音がした。あわてて振り返り――
「いらっしゃ…………げっ!!」

 店の中へ入ってきた人影に、ざああああっと顔色を変え、……続く言葉を強引に飲み込む沙織(甲介)。
「…………あらあらお師匠さまっ、どうもお久しぶりです……」
「ふむ。……ご母堂も息災(そくさい)で何よりぢゃ」
 店の奥からぱたぱたと出てきて頭を下げる母親に、「お師匠さま」 と呼ばれたその人影――初老の偉丈夫は、美髭をたくわえた口元に柔らかな笑みを浮かべ、軽くうなずき返した。
 作務衣(さむえ)に似た藍染めの道着をゆったりと着こなし、足元は下駄。
 白い総髪を背中に流し、首筋のあたりで束ねている。
 無駄なく鍛え上げられたその全身から発散される鋭い威圧感は、ファンシーなブティックにはおよそ似つかわしくないが、それを気にする様子もない。
 ……そう、この人物こそかの 『お師匠』 ――すなわち、甲介が出入りしている道場の主である。
 本名は、作者も知らない(……)。
「お師匠さまにはいつもうちの息子がお世話になりまして……。ところで今日は?」
「ふむ……、しばらく留守にしておったので、久方ぶりに甲介の顔を見に来たのぢゃが……」
 そう答えつつお師匠は、バックステップでさりげな〜くその場を離れようとする沙織をじろっと見つめ、
「……この娘御は?」
 沙織(甲介)の背中から、どっと汗が吹き出た。
「あ……え、えーと、この娘(こ)は――」 と答えながら、母親がちらっと目を向けてくる。沙織はあわてて人差し指を口に当て、続けて胸の前で両腕をクロスさせた。
「…………そう、沙織――文月沙織っていって、あたしの身内で…………その、娘みたいなものです。
 ……で、沙織ちゃん、こちらはこうちゃんが世話になってるお師匠さまよっ」
 しれっと互いを紹介し、ひきまくっている沙織(甲介)の背中を軽く叩いて挨拶を促す母親。
「えっ。……え〜、あ〜、そ、その……さささっ沙織ですうっ。……は、はは初め……ましてえ…………」
「ふむ……」
 短くつぶやき、お師匠はじーっ……と沙織の顔を見つめる。沙織はその視線を受けて無理矢理笑顔を作るが、口元がひくひくと動き、頬をひとしずくの汗がつうう〜っと落ちていくのを感じた。
 次の瞬間、特殊な歩法ですっ――と間を詰めてきたお師匠が、「破あっ!」 と叫んで左の拳を放った。
 反射的に身体をずらし、右腕でそれをブロックする沙織であったが、同時に下腹部から鈍痛がせり上がり、思わずおなかを抱えて 「くううっ……」 とその場にうずくまってしまう。
 ――フェイント……っ!?
 そして、はっと顔を上げると、お師匠と目がきっちり合ってしまう……。
「……さて。いかなる理由でその姿となったのか、説明してもらおうか……………………のう、甲介……」
 げげっ!! ……な、ななななんでそんなあっさりと……っ!?
 しゃがんだ姿勢のまま手足を使って仰向けにあとずさる女の子姿の弟子に、お師匠は嘆息しつつ、
「ふっ……姿形や声、性別が変わろうとも、弟子の気配くらい読めぬワシではないわっ! この未熟者めがっ」
 他の客がいなかったのは幸いであった。
「…………」
 引きつり笑いを浮かべて固まってしまう沙織と、それを腕を組んで見下ろすお師匠。母親はそんなふたりを交互に見比べ、そしてこのあとの展開に何やら妙な期待を膨らませるのであった……。


「……………………なるほど。体内に注入された微小機械によって女体に変じ、そして “月のもの” が始まり元に戻れなくなった、と――」
「い、いえ、も……元に戻れないかどうかは…………その、ま……まだ分からないんですけど……っ」
 店の入口に 『休憩中』 の札をかけ、奥にあるテーブルについて、沙織(甲介)、母親、そしてお師匠はお茶しながら話を続けていた。
 お茶うけは、お師匠が土産にと持ってきた大阪名物 『みたらし団子』 だったりする。
「……ぢゃがしかし、ワシはおぬしが女として生きていくからといって、今までの扱いを変える気など全くないぞ。
 たとえそのような可愛らしい姿になろうと……おぬしはワシの弟子ぢゃ」
 そう言いながら、お師匠は沙織を上から下まで眺めつくし、何やら意味深に頷く。
「だ……だから生理がっ、その、おさまったら、元の甲介に戻れる…………って――」
「あらあらよかったわね沙織ちゃん。……お師匠さま、これからもこの不肖の娘を末永くご指導くださいませ」
「うむっ。……しかしこの歳でおなごの弟子にめぐり合うとは…………ふっ、少しばかり照れるのう……」
「まあまあお師匠さまったら……」
 ……などとお茶をすすりながら和気あいあいと微笑み合うお師匠と母親に、沙織の中の甲介がぷっつんいきそうにになる。
「かっ……勝手に納得して話まとめんじゃないっ!」
 生理痛をこらえて立ち上がり、テーブルにだんっ! と両手を叩きつける沙織であったが、このふたりがそんな程度で動じるわけがない。
「……やれやれ、とんだお転婆さんぢゃのう」 「ほんとに……せめてもう少し女の子としての自覚が……」
「あ・ん・た・ら・なああああっ!」
 “元に戻れない” 前提で話を進めるふたりに、沙織(甲介)は怒りを通りこして、ほとんど脱力しかかる。
 そのとき、お師匠が突然静かに立ち上がり、そしてその手を沙織の頭にぽんっと置いた。「し……師匠?」
 思った以上に大きいその手のぬくもりに、沙織の顔が無意識にぽっ――と赤くなる。
「うむうむ。……可愛いのう」 そう言いながら、愛弟子(笑)の頭をなでなでするお師匠。「……長年生きてきて数多くの修羅場をくぐり、そして数々のせんすおぶわんだあに遭遇してきたワシぢゃが、……まさか弟子が美少女になるとは…………ふふ、何やらこの身に新たな力が湧いてくるようぢゃっ」
「あ、あの、……し、師匠……っ」
 恥ずかしさにつっかえながらも、上目づかいに見上げる沙織。さっき、扱いを変える気など全くない――って言ってたのはどうなったんだっ、おいっ。
 しかし、お師匠は手を離すと、くるっと背中を向け、「……………………甲介っ、…………いや沙織よっ……」
 そして、ぐぐぐっ……と右の拳を握りしめ、やにわに振り返ると、
「……これからは…………否っ、本日ただ今この瞬間よりっ、
 …………このワシを『おじいさま』 と呼ぶのじゃああああああっっ!!

 ……………………………………………………………………………………もしも〜し。
 お師匠の秘めたる(?)一面の発露に、目が点になる沙織。
「ふっ……ふっふっふっ、……萌える…………萌えおるっ…………………萌えおるわあああっっ!!
「…………………………………………ああ…………し、師匠がこわれてく……」

 ……で、結局、美少女姿の弟子をめでながら夕飯までよばれていくお師匠であった。


 三日目――

 母屋に隣接したさほど広くない道場の真ん中で、沙織は背筋を伸ばして目を閉じ、静かに正座していた。
 今日の彼女は、白の道着に紅色の袴姿。長い髪の毛はいつもと違って頭の後ろでポニーテールに結わえており、根元を細い紐で縛っている。
 いつもと違って、凜とした雰囲気があった。
 しかし、見た目は武道家の弟子というより、むしろ神社の巫女さんを思わせる。……念のために言っておくが、そのいでたちの下にはスポーツブラとショーツをちゃんと身に着けている。変な想像しないように(笑)。
「!!」
 気配を感じ、ふっ――と目を開ける沙織。
「む……っ。気(け)取られてしもうたわ…………」 「し、師匠……」
 思わず背後を振り返る。しかし、お師匠はそんな沙織(甲介)の顔をきっ! とにらみつけ、
「……『お・じ・い・さ・ま』 ぢゃっ!」
「……………………………………………………………………………………は、はい……」
 いわゆる “彼氏彼女のキョリ” にまで顔をずいっ――と近づけられ、沙織は顔を赤らめながらも引きつった声で、つっかえながら 「お、おじい……さ、ま」 と言い直す。
 もちろんこめかみには、汗がひとしずく。
 下腹部の痛みは今もしこりのように残っており、相変わらず甲介の姿には戻れない。
 さすがに三日目ともなると、生理痛がおさまれば絶対男に戻れるっ……などと言っていたその自信がだんだんとぐらついてきている。
 そうすると、あれやこれやと変な想像が頭の中にうずまいてくる。
 イライラする気持ち――それが初経のときの女の子によくあるものだとは気付いていない――を落ち着かせるために、久方ぶりに開いたお師匠の道場に来た沙織(甲介)だったが、待ちかまえていたのは笑みを浮かべたそのお師匠と、用意されたこの衣装……であったわけだ。
 当然、母親が裏で暗躍していることは言うまでもない(……)。
 さて、このお師匠、「素手でメガパペットを粉砕する」 「大戦中にB29を気合で撃墜したことがある」 「短時間なら空が飛べる」 「美味いものを食べると脈絡なく巨大化し、目や口から光線を発射する」 「実は旧陸軍が終戦間際に開発した強化兵士の生き残り」 などという怪しい逸話が山ほどあり、また、時々ふらっとひと月ほどいなくなったり、またいつの間にか帰ってきてたりするので、近所では 『謎の武闘家(笑)』 として通っていたりする。
 甲介以外の弟子もいないのに、どうやって道場を維持しているのかも不思議であった。
 看板も上げていなければ、門下生の募集もやっていない。……甲介自身、謝礼に相当するものを納めた記憶が全くない。
 そもそも甲介がこの道場に出入りするようになったのは、発勁(はっけい)の動きをメガパペットの格闘戦オペレーティング(操縦)に応用できないかと考えてのことで、自分が弟子入りすることなど全く頭になかった。
 だが、お師匠の方はこの風変わりなロボトラ小僧の何処が気に入ったのか、いつしかなし崩し的に師弟関係を成立させ、今日(こんにち)に至っているのである。
 ちなみにここでいう 『勁(けい)』 とは、あくまでも 「重心移動と足の踏ん張りから生じる反作用力を効率よく生かして相手にダメージを与える」 技術……というか 『概念』 であって、けっして超能力的なアレではない。
 もっとも、このお師匠の場合、そういったたぐいの芸当も軽くこなしそうなところがあるのだが。
「…………ふむ……で、身体の具合は、どうぢゃ? 沙織よ」
「は……はあ、まだ少し動くのがおっくうで……」
 生理中の乙女に、んなこときくなっ――と思いながらも、律儀に答える沙織であったが、お師匠はそんな彼女に人差し指を立ててチェック(?)を入れた。
「違うっ。……そうゆう時は、『もうっ、女の子にそんなこときかないで、おじいさまっ』 と言うのが正しいのぢゃっ」
 ……おいおいっ。
 正座のまま床につんのめる沙織。器用な奴だ。
「――しかし、まあ、なんぢゃ。こればかりは一朝一夕にはいかぬようぢゃな……うむ」
 腕を組み、うむうむと何やらうなずくお師匠に、な……何をオレにさせたいんだいったい――と、沙織(甲介)は引きつった笑みに特大の汗を張りつかせる。「あ、あのですね、ししょ…………い、いえ何でもないです、お、おじいさま……」
 太い眉をはね上げて睨んでくるお師匠に、気圧されてしまうへなちょこな沙織(甲介)であった。
「沙織よ」 「……は、はい」
 目の前に腰を下ろして問いかけてくるお師匠に、彼女も改めて背筋を伸ばす。
「気付いておるか? おぬし、男の時よりカンが鋭うなっておるぞ」
「え……?」
「昨日からうすうす感じておったのぢゃが……今のおぬしは肉体的な筋力、耐久力、打たれ強さといったものが男であったときより大きく減じておろう」
「…………」
 お師匠に指摘されるまでもなく、『沙織』 の時の自分は、甲介の時に片手で持てた重たいものが両手でやっとの状態だし、細くなった手足に男の時ほどのスタミナやウエイトがあるとは到底思えない。
「――しかしその代わりに、反射神経や動体視力、瞬発力といったものが強くなっているとワシは見た。……違うか?」
 そのことについても思い当たる点がいくつもある。……だが、それをそうだと言ってしまうと、何やら 『甲介』 より 『沙織』 の方が、メガパペット・プレイヤーとしての能力が高い――と暗に認めてしまうみたいで、甲介自身としてはいささかおもしろくない。
「…………よく、分からないですけど……」
「ふっ……まあよい――」 と、お師匠がつぶやきかけたそのとき、玄関の呼び鈴が鳴った。
 目配せされ、沙織はしぶしぶ立ち上がり、縁側から庭を通って玄関の方へと向かった。「は、は〜い、……どなた?」
「……あ、あれ? 沙織ちゃん?」
「ほっ、ほのかっ…………さん?」
 玄関から道場の中をのぞき込んでいたのは、甲介の幼なじみでクラスメートの藤原ほのか(白塁学園高校女子ロボTRY部部長)であった。
「ど……ど〜して沙織ちゃんがここにいるわけ? それにその格好?」 「え、え〜っと……」
 目をまん丸にして見つめてくるほのかに、沙織は顔を赤らめ、言葉に詰まる。
「おおっ、藤原の――ほのかちゃんではないか。久しいのお」
「あっ……甲介のお師匠さま。こんにちは」
 沙織の後ろから顔を出したお師匠に、制服姿のほのかがぺこりとおじぎする。「――久しぶりに道場が開いてたから、きっと戻ってらっしゃると思って……」
「ま、まあ玄関先で立ち話もなんぢゃ。上がっていきなさい。……のう、沙織よ」 「は、はい、おじいさ……ま」
「おじいさま?」
 いぶかるほのかと一緒にお師匠のあとについて、沙織は再び道場の中へ。
 縁側の近くに座布団を敷き、車座になって腰を下ろす。「これっ、お茶の用意をせぬか、沙織」
「あっ、おかまいなく」 「う……ううん、ち……ちょっと待ってて」
 なんでオレがっ――という言葉をかろうじて飲み込み、沙織(甲介)はほのかを制して立ち上がった。
「あ、あの、お師匠さま?」 「ふむ、なんぢゃな」
 沙織が姿を消した台所の方を見やって、ほのかは先刻からの疑問を口にした。「あの〜っ、沙織ちゃんとお師匠さまって、いったい……」
「……む。見ての通り、あれはワシの孫娘ぢゃ」
「ええっ? だ、だってあの子、甲介の親戚……」 「うむ、つまりワシと甲介も親戚ということになるわの……」
 いけしゃあしゃあと言うお師匠。ほとんど某少年名探偵の後見人やってる博士のような設定である(笑)。
「でも沙織ちゃん、そんなこと一言も――」 「気をつかったんぢゃろ。ワシが言うのもなんぢゃが、内気な娘ぢゃからの……」
 そう断言されると、ほのかとしても何も言えない。やがて沙織がお盆にお茶とお茶うけをのせて戻ってきた。
 今日のお菓子は芋羊羹。酒をたしなまないお師匠は甘党なのだ。
「お、おまたせ。……ど、どうぞ、ほのかさん」
「あ……ありがと、沙織ちゃん」
 いつもと違う楚々とした感じの沙織に、何やら調子の狂うほのか。
「お、おじいさま…………はい」 「うむっ」
 ほのかが目の前にいるので女の子らしく振る舞おうとする沙織の顔を見つめ、お師匠は目を細めて満足そうに微笑む。
 だが、沙織の中の甲介が 「そのもみあげ引っ張ってやろうかこの萌えぢぢいがっ」 ……なんて心の中で毒づいていることなど、とうにお見通しである。
「でも驚いたあ、沙織ちゃんがお師匠さまの孫だったなんて……」
「あ……え〜っと、あの……その……」 「ま、直接のつながりはないのぢゃがの……」
 しどろもどろになる沙織。愛用の湯飲みで茶をすすりながら、お師匠がフォローする。
 あっという間に、甲介とお師匠の共通の親戚で小さい頃から孫娘として可愛がられていた――という話ができあがった。
「ふうん、なるほど。……ところで沙織ちゃん、その甲介の奴がいつ帰ってくるか、おばさまからきいてない?」
「えっ? う……ううん、あ、あたしは何も……」
 母親の名代(みょうだい)で、文月の実家に行ってることになっているのだ。
「……ほほっ、やはり気になるのかの……。さすがは甲介のがあるふれんどぢゃの」
「そ…………そそそんなんじゃないですっ。ね、ねえ沙織ちゃんっ」
「へっ!? あ、あ、あの……」
 ――い、いやその……お、オレに同意を求め……られても……その…………。
 内心の動揺が顔に出て真っ赤になる沙織(甲介)の姿に、お師匠の 『萌えゲージ』 がまたひとつ上昇した。
「ふっふっふっ、かわゆいのう、沙織は……」
 目を細めて孫娘(?)の頭をなでなでするお師匠。
「……………………もうっ、やだっ、おじいさまったらっ!」
 ごすっ。

 照れながらも笑みを浮かべ、沙織(甲介)はお師匠の右脇腹に肘を打ち込む。……本気の一撃であった。
「こ……っ、これ、やめんか。……ほんにお転婆さ・ん・ぢゃ・の・うっ」
 ぐりぐりぐり。

 こちらも笑みを浮かべながら、げんこつで沙織の頭を押さえつけるお師匠。もちろん手加減なしだ。
 そんなふたりを見ながら、ほ、ほんとに仲がいいのかしら? と、思わず疑問にとらわれてしまうほのかであった。


「あ〜っ、肩こったああ……っ」
 ほのかが帰ったあと、緊張感の解けた沙織は足をだらしなく伸ばして床に座り込んだ。
「これこれ、若いおなごがそのようなはしたない格好するものではないっ」
 間髪入れずにお師匠のチェックがとぶ。「――全く、これから女子として生きていかねばならぬというに、隙が多過ぎるぞ沙織よっ」
「だっ、だから生理期間が終わったら元に戻れるって…………」
「……やれやれ、一人前のれでぃになって欲しいという、この祖父の気持ちが分からぬのかのう」
 沙織(甲介)の言葉をわざと無視する(?)お師匠。

 う〜む。東方〇敗でなくヒギ〇ズ教授だったか……。

「あ……あのね…………」 「まあ、そのことは置いておいて……ちとやってもらいたいことがあるのぢゃ、沙織よ」
 突然真顔になったお師匠に、沙織はあわてて姿勢を正した。「な……何か?」
「……うむっ、それはな…………」
 のぞき込むように顔を近づけてくるお師匠。
 ふたりの間に流れる緊張感が、ぐっと高まる。そして、お師匠はふところに右手を突っ込むと、中から細長いものを取り出し沙織の鼻先に突きつけた。
「……………………………………………………………………………………へ!?
 目が点になる沙織。先っぽに綿毛のついたそれは――
「…………ひざ枕で耳掃除ぢゃっ!」
 どっぱあああああああああんっ!! ……と、ギャグマンガなら脈絡なく大爆発するところであった。

「しっ…………しししししししし師匠おおおおおおおおおっっ!」
「ええ〜いっ 『おじいさま』 と呼ばんかこのぶわか弟子があああああっ! 老い先短い年寄りの願い、笑ってきき届けることもできぬのかあああああっ!!
 ずううううんっ、と立ち上がり、両腕をすばやく振って構えをとるお師匠。
「どっ……、何処が 『老い先短い年寄り』 だあああっ!」
 沙織(甲介)も負けじと立ち上がり、構えをとろうとしたが…………急な動作に下腹部からまたまた鈍痛がせり上がり、その場に 「くううっ」 と膝を折ってしまう。
「おおっ……無理をすると元気なやや(赤ちゃん)が生めなくなるぞ、沙織よ」
 一転して優しげな口調に戻り、姿勢を崩した沙織を支えるお師匠。
 ……………………だあああもう好きにしてくれ……。
 その際にさりげなく握らされた竹製の耳掻きと綿棒に、もはや観念(?)するしかない沙織であった。


〈PHASE:4〉
 四日目――

 ちゅいいいいいんっ……とアクチュエータ(人工筋肉)の音をさせて二体のメガパペットが立ち上がり、ゆっくりと互いに円を描くように動いた。
 白塁学園高校グラウンド――今日は女子ロボTRY部の定例活動日だ。
 一方の機体はTX−44《キャロット》。部長であるほのかが個人所有するメガパペットだが、今トリガーを握っているのは彼女ではなく、女子ロボTRY部三人娘のひとり古堂(こどう)かなめであった。
 対するもう一体は、先頃格安でレンタルしてきた旧型のMAV−27。こちらは同じく部員の新山舞香(にいやま・まいか)と加納祥子(かのう・しょうこ)がふたりがかりで操っている。
 ちなみにこのMAV−27、三人娘には 《まりおん》 と呼ばれている。旧型ゆえに四肢の動力伝達パイプが外付けになっており、それがマリオネットの操り糸を連想させるのだそうだ。
「……具合はどう? 沙織ちゃん」
 手近なベンチに座ってぼーっとその様子を見ていた沙織に、ほのかが近寄って声をかけた。そしてそのまま隣に腰を下ろす。
「……う、うん、だいぶ楽になった……よ」
 そう言いながら笑みを浮かべる沙織であったが、内心は不安ではち切れそうだった。
 今日の彼女の格好は、腕の部分がストライプになった長袖のトレーナーに、ゆったりしたワークパンツ。
 ゆるめのサスペンダーと、ソールの厚いバッシュがちょっとボーイッシュ。しかし今の沙織(甲介)には、そんな感慨にひたる余裕は全くなかった。
 ――ううっ、今日も甲介に戻らない…………っ。
 生理痛はおさまりかけている。だが、相変わらず銀色の腕輪はなんの反応も見せない。
 おまけに今朝、無意識にナプキンを取り替えている自分に気付き、自己嫌悪。……でもって、どんどん考えが袋小路へと迷走していく。
 ま……まぢで男に戻れないのか……? 本当に女の子として生きていかないといけないのかっ? あううっ……。
「沙織ちゃん、やっぱり顔色よくないよ……」
 心配そうにほのかがのぞき込んできた。
「……ううん、だ、大丈夫だから」
 そう、彼女にだけは心配かけたくない。だけど、これからもし女として――『沙織』 として生きていくならば、ほのかにだけは嫌われても正直に本当のことを告白するか……それとも一生しらばっくれて、『甲介』 は行方不明になってしまうか……。
「ね、ねえ、…………つらかったら我慢しなくていいんだよ……」
 ほのかのその一言に、思っていることを見透かされたのかと沙織(甲介)は一瞬どきっ、とする。……だが、
「――へへっ。実はね、……あたしも昨日から始まっちゃった」
 耳元に口を寄せてくるほのかに、なんだ、そのことか……と思って沙織は次の瞬間、真っ赤になった。
 グラウンドでは、三人娘の操る二体のメガパペットが、ふらふらしながらも取っ組み合っている。
「みんなには内緒だよ。よけいな心配させたくないし……」 「う、うん」
 人差し指を口元に当ててウインクするほのかに、沙織は何度もうなずいた。
 特に甲介には絶対に……と、念を押すほのか。「――いいわね、沙織ちゃんっ」
「はっ……はいっ」
 真剣なまなざしでじーっと見つめてくるほのかに、正体明かしたら、こりゃ半殺しだな……と思う沙織の中の甲介。
 そのとき、どーんと大きな音がして、ふたりの目の前に二体のメガパペットが倒れ込んできた。
「あ〜んっ、ほのかお姉様あ〜っ」
 思わず顔を見合わせ、くすっと笑う沙織とほのか。「――ほらっ、落ち着いてゆっくり立ち上がらせるのよ」
 そう言いながらベンチから立ち上がり、悪戦苦闘する三人娘のところへ歩いていく。
 だが、突然のむこうの方が何やら騒がしくなり、女子ロボTRY部の面々はみな、そちらへと視線を向けた。
「な…………何あれっ!?
 最初に気付いたかなめが、驚愕の声を上げた。

 ぐがががががずごごごごごごごごおおおおおおっ!!

 轟音とともに、これでもかと重装甲された巨大なカーキ色のトレーラーが地響きを立てて、一直線にこっちへと向かってくる。グラウンドにいた生徒たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ、何人かがあやうく轢かれそうになり……
 そしてそれは、沙織たちの目前で側面を見せるようにして土煙とともに急停止した。
「きゃああっ!」「わわっ……、ぷっ!」
 思わず目を閉じ、顔の前で腕を交差させるほのかと沙織。
 ひっくり返ったメガパペットをそのままにして、三人娘があわててかけ寄ってくる。
 トレーラーの横っ腹にはアルファベットのMと歯車を組み合わせたエンブレム(社章)が、そんな彼女たちを威圧するかのごとく、でかでかと描かれている。そして、
「……そこっ! あ〜たたちがっ、女子ロボTRY部とかいうのざますわねっ!」
 いきなりヒステリックな金切り声が、沙織たちの耳にとび込んできた。見ると運転席ステップの横に、どピンク色したよそ行きのスーツ――小学校のPTAに成金趣味な母親が着てくるような――に身を押し込めた固太りな中年女性が、黄色い安全ヘルメットを被った白衣姿の男性数人を後ろに従えて仁王立ちしていた。
 とんがったフレームのインテリ眼鏡と、厚化粧でも隠せぬ口元の小じわがいかにもであった。
「……耳がないざ〜ますかあ〜たたちっ! ……それとも目上の人間に対する返事の仕方も知らないのざ〜ますかっ
 腰に手を当ててふんぞりかえり、上から見下ろすような目線でそう怒鳴りつけてくる。しかし、いきなりトレーラーで突っ込んできて、「ざ〜ます」言葉でまくしたてられたら、誰だって普通ひいてしまう。
 おまけにどこから見ても “女美川” 関係である。女子ロボTRY部――いや、白塁学園高校の生徒としては、できれば……否、まずかかわり合いにはなりたくない。
 現に他の生徒は、遠巻きにして様子をうかがっているか、ゆっくりとあとずさるようにその場を離れていくかのどちらかであった。
「…………あ〜たたちの中にいるっ、文月沙織というのはだ〜れざますかっ!?」
 そう言いながら、ねめつけるように女子ロボTRY部の面々を見回す。反射的に顔を向けてくるほのかたちに、沙織もまた、思わず自分を指さしてしまう。
「ふっ、まだネンネの小便臭い小娘ざますわね……っ」
 見ず知らずの人間に、そんなこと言われる筋合いはない。沙織の眉がぴくっ、とはね上がった。
「…………そっちからだとみんなそう見えるんじゃなくて? お・ば・さんっ」
 そのつぶやきに、こめかみにみちっ――と青筋をたてて眼鏡に手をやる 『おばさん』。
「く〜ちのきき方に気をつけるざますあ〜たたちっ。あったくしはここ(白塁学園高校)の理事も務めているっ、
 …………女美川の母ざ〜ますっ!!

「やっぱり……」 と、つぶやくほのか。後ろで三人娘が腕を組んでうんうんとうなずく。
 ツクリくさい口調、芝居がかったオーバーな仕種、そして高飛車で傍若無人なその態度は、完璧にあの女美川兄弟と共通している。
 唯一違う点は、彼女の後ろにいる連中が、嫌そうというか恥ずかしそうというか、「どうして自分はここにいるのだろう」 的な表情を浮かべて立っているところくらいか。
 だからといって……否、だからこそこれ以上この 『おばさん』 の相手をしたいとは思わない。
「…………………………………………じゃ、そーゆーことで」
 しゅたっ! と片手を上げ、まわれ右する沙織たち。当然その後ろから女美川の母の金切り声がとんでくる。
「あ〜たたちっ、まだ話は終わってないざ〜ますっ!!」
 そして、どすどすどすっ――と前に回り込んできて、再び仁王立ちになる。
 ぶっとい人差し指を沙織にびしっと突きつけ、「あ〜たの、ああたのせいで……っ、
 うちの武尊ちゃんとヤマトちゃんはっ、恋わずらいでベッドにふせっているざますうううっ!!

 ……………………………………………………………………………………は?

 “ちゃん” 付けされている人物が一瞬誰のことか分からず、思わず目が点。
 そして次の瞬間、沙織たち(と、周囲の野次馬)はその台詞の意味するところを認識し、全員金縛り状態になってしまう。

 一同、SAN値(正気度)3ポイント減少。

「…………まあ、うちの子たちとお付き合いして、玉の輿を狙う気持ちも分からないではないざ〜ますっ」
「おいっ」
「……しかしっ、兄弟フタマタかけるのはよくないざ〜ますっ」
「こらっ」
「……それ以前に、女美川家の嫁にふさわしいかどうかはっ、このわ〜たくしが決めるざますっっ!!
「ちょっと待てええええっ!!」
 勝手な思い込みで話を展開していく女美川の母に、沙織(甲介)は肩をいからせ怒鳴りつけた。「……だっ、だ〜れ〜がっいつ筋肉ダルマやヒーローバカの嫁になるっつったっ!
 ん・な・こ・と言いに、わざわざこんなもんで突っ込んで来るなあああああっ!!」
「さ……沙織ちゃん、お、落ち着いてっ」
 噛みつきそうな勢いで前に出ようとする沙織を押しとどめるほのか。そういうほのか自身も、今日ばかりは無茶するわけにはいかない。
 だが女美川の母には、そんな彼女たちはもちろん目に入っていない。「……そうっ! 女美川家の御曹司にして、あったくしの息子である武尊ちゃんとヤマトちゃんを好きにならない女性はいないざ〜ますっっ!!」
 他人の話を全く聞かないところや、自分の言ってることに脈絡がないところも、女美川家共通の特徴のようだ。
「親バカってレベルじゃないわね……」 と、かなめ。
「……それ以前に、原因と目的が完全に逆転してるんじゃない?」 と、祥子。
 なお、念のために言っておくが、女美川兄弟が床(とこ)にふせっているのは、お脳に高周波の直撃を受けて人事不省になっているからである。
 間違っても 『恋わずらい』 なんかではない。たぶん。
「さっ、さおりんがあんなののお嫁さんになるもんかっ。……べええ〜だっ!」
 舞香のその言動に、めきめきっ――と、さらに青筋を浮かび上がらせる女美川の母。
 自分に向けられた悪口だけはしっかり聞こえるようだ。
「…………女美川家家訓ひとおおおっつ! 『口で行っても分からぬものはっ、身体でおぼえ込ませるべし』っ!
 我が家の嫁になるのならばっ、このあったくしを倒してからにするざますっ!!」
「だから誰が嫁になるっつったあああっ!!」
 ほのかに羽交いじめにされたまま、脚をバタつかせる沙織(甲介)。
 しかし、女美川の母はそれを完全に無視すると、背中越しに有無を言わさぬ口調で指示をとばした。「さっさと用意をするざ〜ますっあ〜たたちっ!」
 白衣ヘルメット姿のスタッフたちが、互いの顔を見合わせ、それでもあたふたと動き出した。
 トレーラーのアンカーが大きな音をたてて地面に固定され、沙織たちはあわててその場をとび離れる。
「……さあ、いくざ〜ますっ! 作業用生体重機試作一号、《デカプリオン》 くんんっっ!!」
 その絶叫に答えるかの如く、装甲されたカーゴの外壁が車体中央線でまっぷたつに割れて左右に展開する。ドライアイスのような白煙がもうもうとたちこめ、その中にうずくまっていた全長四、五メートルほどの影が、身じろぎしながらゆっくりと動き出した。
「な……ななな何あれっ!?
 逃げる体勢になっていたほのかが目を見開き、沙織たちもその場に足が止まってしまう。
 遠巻きにしている野次馬たちからも、悲鳴と驚愕が入り混じった声が上がった。
 そして “それ” は、バッタとザリガニを足して二で割ったような怪異な姿をあらわにし、八本の細長い脚をがちゃがちゃと動かしてトレーラーからグラウンドに降りたった。
 しゃぎゃあああああああああああっっ――!!

 そう、これこそ女美川重工バイオメック開発部が生みだした生物機械、《デカプリオンくん初号機》 である。
 パワー、耐久力は従来のロボット重機と比べても全く遜色なく、環境適応力はそれ以上。軽度の損傷は自然に “治癒” することができ、さらには置かれた状況や蓄積した経験に応じて自身を “成長” させることもできるという謌い文句とともに、バイオテクノロジーの粋を集めて生みだされた代物だ。
 ただ、取り扱いに際して色々と問題があるため、製品化のめどはたっていない。
「…………ど、何処が作業用だ……何処がっ」
 体色が白っぽいので、かの亀型大怪獣と闘ったシリコン生命体の親玉を彷彿とさせてしまう。
 その頭部(?)に並んだ三対の感覚器(眼)が、青みがかった色を浮かべてギロッ……と沙織たちの方を向いた。
 三人娘が互いに抱き合い、すくみ上がる。
「――!!」
 思わず沙織の腕をつかむほのか。幼稚園の頃、悪ガキにでっかいザリガニを頭の上にのっけられて以来、ほのかはこの手の節足動物が大の苦手なのである。
 ……でも、伊勢エビは食える(おいおい)。
「さあ〜ああっ、くうぉいいいいっざ〜ますっっ!」
 いつの間にやらトリガーを握りしめ、女美川の母が金切り声を上げた。トリガーから伸びたケーブルは大きく弧を描き、《デカプリオンくん初号機》 の背中に埋め込まれた端子に接続されている。
 ちなみにこの女美川の母、こう見えても遺伝子工学の博士号を持っている……とか。
 だが……
 しっ――しぎゃあああっ!! しゃぎゃあああっ!! しゃぎゃああああっっ――!!

「どっ……どうしたざますっ! 《デカプリオン》 くんんっっ!!」
 突然大きく身をもだえさせ、八本の脚を狂ったように打ち鳴らしだす 《デカプリオンくん初号機》。女美川の母はあわてて静止のコマンドを送るが、生物機械は身をのけぞらせていきなり後脚立ちになり、そのはずみでトリガーから伸びたケーブルがあっさり引きちぎられてしまう。
 大きく開けた口(?)の端から唾液をしたたらせ、さらに何度も甲高い雄叫びを上げる。
 そしてその眼の色が、鮮やかな青から血走った赤へと変化していく。
「――まっ、まさかっ……ざますっ」
 白衣ヘルメット( 《デカプリオンくん》 開発スタッフ、だそうだ)のひとりに耳打ちされて、ぐわっと眼鏡の奥の目を見開き、大袈裟に驚愕する女美川の母。
「あ、あ、あ、あ〜ったたちっ! ……メンスざ〜ますわねっっ!!
「「……そんなこと大声で言うなああああっ!!」」

 メンスmenstruation] 略語。ドイツ語で月経(生理)のこと。

 人差し指を突きつけてくる女美川の母に、沙織とほのかは顔を赤らめ怒鳴り返す。しかし女美川の母は、手にしたトリガーをわざとらしく地面に落とし、芝居がかった仕種で頭を抱えて天を仰いだ。
「……あああなああ〜んてことざましょっ! 《デカプリオン》 くんは……、《デカプリオン》 くんは…………っ、
 …………生理中の若い娘のにおいを嗅ぐとっ、制御不能になるざますうううっ!!」
 ……………………………………………………………………………………
「「んな物騒なもの持ってくるなああああっ!!」」

 間髪入れずにツッこみ返す沙織たちであったが、その時、《デカプリオンくん初号機》 の三対の眼がそんなふたりの姿をとらえた。「
…………あ、……え、え〜っと……」 「…………そ、その……」
 しっ・・・・・・・・・・・・しゃぎゃあああああああああああっっ――!!

 咆哮とともにずががががっ……と地面をたがやしながら、腰の引けた彼女たちに襲いかかる
《デカプリオンくん初号機》
 前脚を振り上げ、猛然とつかみかかってくる。“初号機” の名にふさわしい、天晴れな(?)暴走ぶりであった。
「うわわわきっ来たあああ
ああああああっ!!」
「いっ、いやあああああああああ〜っ!!」
 全速力で逃げ出す沙織とほのか。三人娘と野次馬たちの一部も、その必死の形相につられて思わず走りだす。
 だが、《デカプリオンくん初号機》 はそんな彼らには全く眼もくれず、生理中のふたりだけをこれまた全速力で追いかけていく。
「やだやだやだやだっなんとかして沙織ちゃああああんっっ!!
「おおおおあああたしにどどどどうしろとおおおおおっっ!?
 顔面総涙目状態。生理痛で腹が重たいだのなんだのと言っている場合ではない。
 しゃぎゃあああっ!! しゃぎゃあああああああああああっっ――!!

 ドップラー効果をともなって、ふたりの悲鳴と 《デカプリオンくん初号機》 の雄叫びがグラウンドにこだました。
「だあああなんでこ〜なるんだあああああっ
!!」 「ああああたしにきかないでええええっっ!!
 グラウンドじゅうを必死に逃げまわる少女ふたり。それを追いかけ回す生物機械。
 土煙とともに右へ左へと遁走する。とことんシュールな光景であった。
 そして、どどどどどっ……と、トレーラーの真横を駆け抜けていく。
「あああああ…………。わ…………わわわ…………(ぷちっ)
 …………………………………………わ…………ワタシ、知ラナイ。ヨク、ワカラナイ……」
 その予想外の展開に頭を抱えてその場に座り込み、片言口調できっちり現実逃避する女美川の母。「……知ラナイ、知ラナイ。何モ、ワカラナイッ。……アアアッ、ワタシ、知ラナイ。ヨク、ワカラナイ…………」
 耳を塞いで何も聞こえないフリ(?)をする。
 だが……部下たちの方にはまだほんの少し責任感があったようだ。
「いっ、いかんっ! 初号機を止めなければっ! 麻酔銃だっ、ネット砲だっ!」
「らっ、ラジャーっ!」
 指示をとばすバイオメック開発部部長。巨大トレーラーからあわてて装備を下ろし、《デカプリオンくん初号機》 捕獲の用意を始める白衣ヘルメットたち。
 しかし、
「うわわわわわっ、麻酔銃で足の甲打っ……ちゃっ……ぐうう…………」
「で〜っ! 電磁ネットが腕に……絡んじゃって…………しびびびびいいいっ!!」
 ……とことん使えないやつらであった。
「さっ、沙織ちゃん…………も、もうだめ……」
 さしものほのかも、生理中の全力疾走はかなりこたえるようだ。
「とっ、止まっちゃだめっ……………………ほのかっ!」
 足をもつれさせてしゃがんでしまったほのか。彼女をかばって、沙織(甲介)は両手を広げ、突っ込んでくる異形の生物機械を敢然と睨みつけた。
「…………………………………………だあああああっやっぱ怖いいいっっ!!」
 のしかかるように迫ってくる
《デカプリオンくん初号機》 に、思わずほのかにしがみつき目を閉じる。それでもほのかの身体を覆い隠すようにかばうところは、さすが中身は男の子。
 その時
――
 ……………………ずがああああああああんっ!!

 突然巻き起こった颶風(ぐふう)とともに青い影がその場にとび込み…………次の瞬間、《デカプリオンくん初号機》 は砂塵を巻き上げ仰向けに弾きとばされた。
 
しっ――しゃぎゃっ!! しゃぎゃあああああああああああっっ――!!

 八本の脚をじたばた動かし起き上がろうとする暴走生物機械。そして、顔を上げた沙織(甲介)が見たものは、その目前で腰をかがめて背中を丸め、握りしめた両の拳と腕を顔の前で立てた――いわゆる 『アグル降臨』 のポーズをきめてたたずむ作務衣姿の老偉丈夫の姿であった。
 言わずと知れた、お師匠だったりする。


「…………ふっ、大事ないか? 沙織よ」 「しっ……じゃなくて、お、おじいさまあっ!」
 全長四メートルの 《デカプリオンくん初号機》 を一撃でひっくり返すぢぢいに絶句する白衣ヘルメットたちを尻目に、ほのかたちのいる手前 「おじいさま」 と呼びかけてくる沙織に莞爾(かんじ)と笑みを浮かべ……お師匠はゆっくりと立ち上がった。「ふんっ。かいじゅーの分際で、ワシの大事な孫娘を手込めにしようとは言語道断ぢゃっ」
「…………」
 手塩にかけた生物機械を 『怪獣』 呼ばわりされて、目が点になっていた白衣ヘルメットたちが、露骨に嫌な顔をする。
 グラウンドにいた生徒たちが逃げまどうのをやめ、よろめくほのかをささえながら沙織が後ろに下がった。
 そして、仰向けにひっくり返された 《デカプリオンくん初号機》 が、ようやく身を起こすことに成功した。だが、そのまま脚をたわめて身をかがめ、唸り声をあげてお師匠を威嚇する。生物としての本能が、眼前の老人を “驚異” として認識したようだ。
 野次馬たちの中にいる、お師匠の顔を知る者たちが固唾(かたず)をのんでなりゆきを見守る……。
「ほう……」
 ゆっくりと構えをとりながら立ち位置を変えていくお師匠の動きに合わせて、《デカプリオンくん初号機》 も八本脚を巧みに使って横へ移動する。「――背後が自分の死角だと分かっておるのか。……本能だけの怪獣ではないようぢゃな」
「怪獣じゃないのにいいい……っ」
 ぽつりとつぶやく白衣ヘルメットのひとりに、かなめたちは思わずぷっ、と吹き出した。
 それが合図になったわけではないが、次の瞬間、《デカプリオンくん初号機》 がいきなりお師匠に襲いかかった。
 一気に間を詰め、のけぞるように上半身を持ち上げる。同時に四本の前脚のとがった先端を、時間差をつけて振り下ろした。
「きゃああああっ!!」
 周囲にいた女生徒たちが、串刺しにされたお師匠の姿を思い描いて悲鳴を上げた。しかし、お師匠は前脚の攻撃をすべて見切りでかわし、大きく前へと踏み込むと、がら空きになったその腹部に掌底(しょうてい)の一撃を放ち、流れるような動きで同じ場所に肘打ちをみまう。
 しっ・・・・・・しゃぎゃあああああああああああっっ――!!

 自身よりも小さな生身の人間の一撃に、大きくよろめく異形の生物機械。しかし、お師匠は攻撃の手をゆるめず、間合いをとると、「破あああっ!」と叫んで跳躍する。
 ごずっ!!

 頭部に鋭い後ろ回し蹴り――いわゆる 『旋風脚』 をくらった 《デカプリオンくん初号機》 は、ジャイロ器官が一時的に麻痺し、唾液をまき散らしながら横倒しになる。……が、さっきの一撃で “学習” したのか、そのまま横に数回転して体勢を立て直した。
 『いもむしご〜ろごろ』 する生物機械。美しくない光景である。
「ほおっ、なかなか…………むっ!」
 余裕の笑みを浮かべかけたお師匠。だが、《デカプリオンくん初号機》 はいきなり両側面からツノのような突起物を伸長させた。
 その付け根の部分が、しゅううううっとかすかな音を立てて周囲の空気を吸い込み始める。
 いや、空気ではない。空気中に含まれる水蒸気――水分をである。
 そして次の瞬間、その口から細長い何かが撃ちだされた。
「!!」
 素早く後方にとびずさるお師匠。それは、ばしっ! と音を立てて地面に穴をうがつ。
 超高圧水流……ウオーターカッターであった。
「な……ななななんで作業用のバイオメックにあんな武器がついてるんですかっ!」
 あわてて逃げまどう野次馬たち。比較的後ろの方にいた祥子が、白衣ヘルメットたちにくってかかった。
「い、いやその……つまり、遺伝子操作の副産物……というか、身を守るために獲得した…………ほらっ、その、カメムシのおならみたいなもの……だよ。ははははは……」
「説明になってないわよ……」 かなめがつぶやく。
 空気中の水分を体内で瞬時に凝結させ、次々とブロウガン(吹き矢)のように射出する 《デカプリオンくん初号機》。思わぬ飛び道具の連続攻撃に、さしものお師匠の攻めあぐねている……ように見えた。
 ――よ、……よおしっ。
 沙織(甲介)は意を決し、顔面がメルトダウンしそうなくらいの恥ずかしさを強引に押さえつけて一歩前に出た。
 両手を胸の前で握りしめ、大きく息を吸い込んで……顔を真っ赤に染めながら大声で叫ぶ。
「お…………おじいさまっ、……まっ、負けないでっ!!」

 「がんばって」 でなく、「負けないで♪」 というところがミソであった……。

 回避に専念していたお師匠がその言葉に一転、《デカプリオンくん初号機》 に向かって矢のようにダッシュした。
 《デカプリオンくん初号機》 は八本の脚を踏ん張り、口蓋から必殺の一撃を放つ。
 軌跡が交差し、お師匠の左肩が浅くえぐられる。
「!!」 沙織は思わず口を両手で覆った。
 だが、お師匠はひるむことなく化鳥のごとく宙に舞い上がると、《デカプリオンくん初号機》 の頭を踏みつけさらに高く跳躍する。
「おおっ!!」
 野次馬たちが思わずどよめいた。お師匠は空中で気勢を整え、暴走生物機械の背中に右の掌底を叩き込む。
「――吩っ!」
 狙いはむき出しになったコントロール用接続端子。同時に放たれた “気” がそこから全身を駆けめぐり、《デカプリオンくん初号機》 は身体を一瞬びくっ、と震わせ…………そして沈黙した。
「…………瀞っ!」
 鮮やかにバク宙をきめ、お師匠は大胆にも 《デカプリオンくん初号機》 の眼前に着地する。そして無造作に一歩踏み出すと、異形の生物機械はその眼を赤くさせたまま、おびえたようにあとずさった。
 ――な……っ、何がどうなったんだ……?
 息を詰めて見つめる沙織、ほのか、そしてまわりにいる者たち。お師匠は 《デカプリオンくん初号機》 にゆっくりと右手を伸ばすと、その鼻先でてのひらを上に向けた。
「…………お手っ」

 その場にいた全員が……………………コケた。
 そして、《デカプリオンくん初号機》 がその前脚の先をおずおずとお師匠の手にのせ……それに再度ずっこける。
「…………お座りっ」
 後脚を折り曲げてお尻を地面につける 《デカプリオンくん初号機》。
「……伏せっ」
 さらに前脚を伸ばして腹這いになる。さきほど放たれた超絶の一撃で、お師匠に対する強迫観念に近いトラウマが生体電子脳にきっちり植えつけられたらしい。
「…………ふっ」
 静かに息をつくと、お師匠はくるりときびすを返して沙織たちのところへ戻ってきた。「さて、……帰るぞ、沙織」
「あ……あの、し…………お、おじいさま?」
「ん? ……ああ、心配せずともよい。ただのかすり傷ぢゃ」
 出血の止まった左肩をぽんぽんと叩き、お師匠は笑みを浮かべる。「……それより沙織よ。せめて、『素敵ですわっ、おじいさま』 くらい言えんのかの」
 三たびずっこけるほのかたち。沙織(甲介)だけはこめかみを指でおさえて頭痛に耐える。
「い…………いえ、あ、あの、その……」 「…………なんぢゃ、あれのことか」
 少し憮然となるお師匠。「――ま、あれも一応生き物らしいからの。殺さずに済めばそれに越したことはないぢゃろ……」
「は、はあ……」
 すごいんだかお間抜けなんだかよく分からない結末に呆然とする沙織たち。そんな彼女たちをうながしつつも、お師匠はおとなしくなった(?) 《デカプリオンくん初号機》 に一瞥をくれた。……その背後には、口をあんぐりと開けたまま硬直している白衣ヘルメットたちと、そしていまだに耳を塞いでぶつぶつと現実逃避している女美川の母の姿があった。
 ――ふっ。それにしても、常軌を逸した機械人形だけでなく、あんな代物まで生みだすとは。
 …………女美川重工、やはりただの会社ではないようぢゃの……。


 ……で、結局沙織が 『甲介』 の姿に戻れたのは、この騒動から二日後のことであった。
 しかしそのまた数日後――
「…………………………………………だあああああっ!! また男にっ、……甲介の姿に戻らないっ!!」
「あらあらあら、またなの?
 …………そうそう、そ〜いえば沙織ちゃん、あなた最近 “お通じ” がないって言ってなかった?」
「べっ、便秘でも元に戻れなくなるんかっ!? おいっ」
「…………そうだっ、もしかしたら今度こそ正真正銘の女の子に――」
「や・め・て・く・れえええええええええっっ!!」


〈APPENDIX〉
 女美川重工本社ビル、地下秘密試験場のそのまた下――最深部には、会長と一部の役員、そして選ばれたスタッフだけしか入ることを許されない区画がある。
 『開かずの間』 と、お約束通りの名前で呼ばれるその中央には、柱のようなバカでかい透明のシリンダーが一本、ゆかから天井までぶちぬきで設置されている。
 他には、なにもない。
 そしてその中には、一体の人型機械の残骸がまるで標本のように納められていた。
 メガパペット…………ではない。頭部と胸部、そして右腕だけしかないその状態で、すでにメガパペットと同じ高さがある。しかも、各部の比率はほとんど人間のそれと変わらない。
 全身が存在すれば、多分十メートル以上のものになるだろう。
 まるで、金属部品で作り上げられた巨大な人体模型。しかし、それは間接照明で照らされたシリンダーに満たされた液体の中で、残された右腕をピクリとも動かすこともなく、何に反応することもなく静かに漂っている……。
 今は。



                                                    episode3 END


 どうも、MONDOですっ。
 『ロボTRY美少女っ』 シリーズ三作目(EX入れたら四作目)、いかがでしたでしょうか。
 生理のつらさや大変さはこんなもんぢゃないっ……などと、女性の方からお叱りが来そうです。
 おまけに何やらお師匠と
《デカプリオンくん》 ばかりやたらと目立ってしまいました。
 今回はイラストに力(りき)入れてます。けど、
《スカーレットプリンセス》 は毎回微妙に形が変わってくるし、《デカプリオンくん》 はレギ〇ンというよりは、どっちかっつーと某宇宙細菌(古いな……)に似てるし。
 そいでもって、ふと振り返ってみると、なんと『ロボトラ』の売り(?)であるメガパペットバトルのシーンがないっ。
 ……と、いうことで、episode
では、ちゃんとしたロボットアクションを展開してみたいと思います。
 ただでさえ影の薄い主人公(?)、甲介にもキバってもらいましょう。それでは、また。

                   1999.8.1 でも、気が変わって 『EX2』 を書くかもしれない……の、
MONDO


〈NEXT EPISODE 〉
「驚いたか飯綱甲介。今のはほんの名刺代わりの挨拶代わりだがこの程度の攻撃で倒れるような弱い奴はオレは嫌いだだからひとおもいと思ったがさすがは飯綱甲介……それでこそ倒しがいがあるっ」
「だから何が言いたいんだ、お前?」


「……あの娘(こ)は誰だ?」
「さおりんのこと? 文月沙織ちゃんだよ」
「……………………沙織…………(ぽっ)」


「いったいこのオレのどこが嫌だというのだっ、沙織っ!」
「呼び捨てにするなあああっ!」
「じっ……じゃあ、さおりんっ!」
「よっ、よけい嫌じゃあああああっ!!」


「バカヤローっ!! 俺が女美川の会長だっ文句あっかあああっ!!
 バカヤローっ!! 逆らう奴は業界から追放してやるっ文句あっかあああっ!!」
「…………
あ、あのね……」
 次回、「好敵手は美少女っ(仮)」 に、LADY ,GO !!

「いくぞ飯綱甲介っ。今日のオレは本気と書いてマジだあああああああっ!!」
「……らしいな」



           巻末特別大付録 『沙織ちゃんドレスアップの図 〜少年少女文庫宴会より〜』


戻る


□ 感想はこちらに □