Ver2.1
RENTAL BODY

TWO−BIT


 

 うっすらと東の空が白みを帯びてきた頃――
 瞬く無数の星空に向かって、朝靄の中を伸びる光の線が一筋。
 ――かと思いきや、幾本ものサーチライトの光が湖岸にある別荘を中心に辺りを照らす。
「王子が逃げたぞ!」
「莫迦な! まだ、処理途中だぞ! どうして王子が目覚められたんだ!!」
「知るか! そんなことより、早く王子を見つけることの方が先決だろ!」
「このことは女王には――」
「言えるわけないだろ! 今のあのお方には危険すぎる!!」
 そんな叫び声と共に、別荘から出てくる数十人の屈強な警備員達。
「A班B班は街道を、C班D班E班は湖岸を! F班は――」
 別荘付近を捜索しようと、慌てて重い重厚な門を開けてみると、真っ直ぐに街へと進む道の先に、赤いバイクに跨った金髪の少女の後ろ姿が見えた。
 そして、警備員達の前に一枚の紙が舞い落ちてきた。
『俺は俺だ。今は逃げるが、俺は必ず『俺』を取り戻しに舞い戻る!』

 湖上に浮きし一隻のボートの上で、朝靄にヘッドライトの明かりを拡散させながら湖岸沿いを走るバイクを見つめる一人の若いメイドがいた。
「頑張ってお逃げ下さいませ。王子」
 きつく握られた彼女の手が解かれ、小さな部品が湖面に落ちる。
 見る人が見れば、それが、クローン培養された身体の脳に性格性質設定を施すための制御装置の一部だということが分かっただろう――

       1

 ちゅん、ちゅん――
 早朝の人気のない観光街の街道で、ミケ猫相手に地面に横たわるようにしてビデオカメラを構え、その姿を撮っている青年がいた。年は二十歳前後。着ているジーンズやTシャツは何処を駆けずり回ってきたのか、泥や草の葉で汚れている。
 頬に砂が付こうがそんなことおかまいなく、必死に猫の姿をファインダーに収める青年。
 キュィィィィ――――ッ!
 あまりにも猫を撮ることに集中していたのか、自分に向かってくるバイクのモーターの金属音が耳に入っていない。
 もっとも、気付いたところで、歩道にいる自分には何の危害はないと思い、ビデオを撮るのを止めなかっただろう。
 先にバイクがこちらに向かってきていることに気付いたのは、猫の方だった。
 ニャァ、ニャ、ニャァッ!
 鳴き叫ぶ猫に、さしもの青年の集中力も途切れたのか、カメラを構えたまま振り返ると、ファインダーの先にはバイクに跨った少女が突っ込んでくるのが見えた。
 しかも、自動的に被写体の最適なフレーミングを行うために、勝手にズームUPされ、迫力は数倍増す。
「どけ、どけ、どけ!」
 退けと言われて素直に退けるほど、今の青年の体勢には無理がある。猫を撮るために地面に横たわっていたのだ。
 咄嗟に立ち上がっただけでも一般人離れをした反射神経をしていた。だが、それだけだ。避ける間までは無かった。
 ただ、運が良かったのは、バイクと青年を結ぶ線上に立て看板があった事だった。
 ガッシャーン!
 看板に真正面から当たり、軌道がずれたバイクは青年を掠めるように歩道を横切り、その先にあった店に突っ込む。
 看板にぶつかることで速度の落ちていたバイクは、シャッターの降りている店に当たって止まった。
 そして、バイクに乗っていた少女は、看板にぶつかる時に投げ出され、逃げ遅れた青年の上に落ちていた。
「イツッゥ――」
 痛みに顔を顰める青年。首を捻って覆い被さる少女を見ると、彼女は気を失っていた。
 少女を横に退け、立ち上がる青年。
「何なんだ、こいつは?」
 そこで初めて、青年は少女がバスローブ一枚だけどまとってバイクを操っていたことを知った。はだけたローブの下から形の整った右の乳房が出ている。
「…………」
 呆然と惨状を見渡す青年。
 シャッターに施されている対衝撃吸収機能で、バイクがぶつかった店には何の被害もなかった。ただ、バイクの方は半壊し、全壊している看板と共に辺りに破片をばらまいている。
 ニャァ、ニャァ。
 さっきまで雅史がファインダーに収めていた猫が、倒れている少女の顔を心配そうに見つめている。
「ミケ」
 青年が猫の名を呼ぶと、ミケは自分の立場を理解しているかのように、脇にどく。
 ミケの変わりに少女の様子を確かめようとした、その時――
 不意にバイクがぶつかった店のシャッターが開かれた。
「あら、雅史さん。凄い音がしたと思ったら、帰ってきてたのね」
 店――ブティックから現れたのは、ボブカットのおっとりした女性だった。
 外見からして20代半ば――
「あっ、姉さん。ただいま」
 彼女は、青年――雅史の姉、澪であった。
 そして、少女がぶつかった店は、澪が経営するブティックであった。
「それでミケさんのビデオは……あらら、その娘は誰ですの?」
 澪の視線は歩道に横たわるバスローブを羽織った少女に注がれた。
「まさか、ミケさんの一日をビデオで撮るとか言っておいて、その娘と――」
「――って、そんなんじゃない!」
 少し軽蔑したような眼差しを向ける澪に、顔を真っ赤にして反論する雅史。
「今さっき、バイクで突っ込んできたんだよ!」
「あら、言われてみると、バイクが転がっていますわね」
 バイクと店の看板の残骸に初めて気付いた澪。
「この惨状、どうする?」
「看板は新しくするしかなさそうね。
 それより、その娘を中に運んであげて。外で倒れたままにしておくのは可哀想でしょ」
「えぇー、俺が運ぶの?」
「雅史さんは、非力な姉に運べと言うんですの?」
 渋々ながらも倒れた少女を抱きかかえる雅史。ローブの前がはだけておりあらわになる裸体をなるべく見ないようにして……

 店の奥の二人が居住している部分の居間に敷いた布団に寝かしつけられる少女。家庭用の簡易メディカルマシーンの診察の結果では、バイクから投げ出された衝撃で気を失っているだけど出た。
「姉さん。警察の方には連絡するの?」
「しない方がいいと思うわね」
「どうして?」
「バスローブ1枚でバイクに乗っていたなんて、それなりの事情があると思うのよ」
 それもそうか。
 姉の指摘に雅史は頷く。
「それでどうするんだよ?」
「この娘の気が取り戻されてから考えましょ。それより、私はこの娘にちゃんとした服を着せるから、雅史さんは外の残骸を片付けてきて下さいな」
 半ば追い出される形で居間から出る雅史。
 外に出た雅史は、転倒しているバイクをどうしたものかと思案を巡らす。足下では、ミケが転げ回っていた。
「ひとまず、ガレージにでも運ぶかな」
 そう思って、バイクを起こそうとしたその時、彼の目の前に一台の車が止まった。
 中から出てくるは黒いスーツに身を固めたいかつい男。ジロッとバイクを一瞥してから、雅史に顔を向けた。
「おい、貴様」
 何も応えず、目だけを向ける雅史。
「このバイクに乗っていた少女を知らないか?」
「それなら、あっちへ逃げていったよ」
 咄嗟に口をついて出たのは出任せだった。
 何故か雅史には、少女のことを男に告げることに嫌な予感を感じていたのだ。
 雅史の言葉に従って、彼の指さした方へと向かうために車に戻ろうとする男。その背に、雅史は言葉を続けた。
「それより、あんたらの知り合いか? もしそうなら、壊した看板の代金立て替えていってくれよ」
 男は何も答えず車に乗り込み、その場を去っていってしまった。
 やれやれと肩を竦めて、雅史はバイクを何とか裏のガレージへと移動させた。
 散らばっていた看板の残骸も集め、同じようにガレージへと運ぶと、雅史は店の中へと戻った。
 廊下を進み、姉と少女が居る居間の扉を開けようとした時――
「うわぁぁぁぁぁぁぁ――ッ!?」
 姉とも違う女性の悲鳴が扉の向こうから聞こえてきた。多分、少女が目を覚ましたのだろう。
「姉さん、気が付い――」
 開けた扉の向こうの現状に、雅史の言葉が止まる。
 そこには、澪によって投げ飛ばされて床に押しつけられている少女の姿があった。ただ、先程までと違うのは、少女の姿がバスローブから水色のワンピースに変わっていた。
 へぇー。可愛いもんだ。
 些細なことを考えながら、雅史は部屋に入る。
「――で、姉さん。どうしてけが人を投げ飛ばしているわけ?」
「だって、この娘。私が着せてあげた服を脱ぐって言い出して暴れ出すものだから……つい」
 つい――で投げられ、今も手首の関節を決められて立ち上がることができない少女。
 困ったように頭を掻きながら、
「姉さんに歯向かおうなんて危ないことするな、キミも。姉さん、ああ見えても合気道五段に空手三段、長刀二段、その他諸々多種多様な武術を習っている格闘家なんだから……」
 少女の前にしゃがみ込む。
「それで、どうして服を脱ぐなんて言うんだ? まさか露出きょ――」
 バコッ!
 少女の空いていた左手殴られる雅史。関節を決められたままの無理な体勢で殴ったため威力はなく、逆に少女の右手首に痛みが走った。
 あまりにも悲痛の悲鳴を上げるものだから、澪も手首を放してやった。
 解き放たれた手首をさする少女。恨めしそうな視線を澪と雅史に向けている。
「それで、どうして服を脱ぎたいんだ?」
 もう一度雅史が問うと、少女の碧色の瞳が一層鋭くなった。
「こんな女の服、着られるわけないだろ! 俺は男だ――」

〜むにゅ〜



「%@◇※〒↑∞☆♂℃ッ!?」


 いきなり胸の膨らみを澪に掴まれ、声にもならない悲鳴を上げる少女。
「なっ なっ なっ、 何するんだよ!」
「やっぱり女の子だと思うんだけど……」
 自分の手に残る感触を確かめながら、澪は言った。
「当たり前だ。この身体は女性なんだからな。レンタルボディってのを知っているだろ」
「ああ、あのお身体貸しますってヤツね。じゃあ、その身体って……」
「そう言うことだ。それも、好きでこの身体に入れられた訳じゃないんだ。だから、女の格好などしたくない。ましてスカートなど履きたいとは思いたくもない!」
 キッパリと言い切り、服を脱ぎにかかる少女。
「あらぁ。スカートじゃなくてパンツが良かったのね。少し待っててね」
 澪は澪で、少女の着替えように別の服を取りに店の方へと向かった。
 着替えようと襟元を引っ張ってみた少女の手がはたと止まった。
 見る間に頬が赤くなっていく。
「どうも胸が押さえられると思ったら……まさか、下着まで着せられているなんて……」
 服を脱ぐのを忘れて頭を押さえる。
 そこへ服を持った澪が戻ってきた。
「下着を付けるのは当たり前じゃないですか。せっかく綺麗な胸をしているのに形が崩れたらどうするんです。それに、ショーツも履かずにバイクなんて乗るから、股が赤く擦りむいていたじゃないの。女の子なんだから大事にしないと――」
「俺は男だって言ってるだろ!」
 澪の腕から持ってきた着替えの服を引ったくる少女。
 身体の前でそれを広げて、言葉を失った。
「…………」
 それは、今着ているのと何ら変わらない――いや、逆に今着ているワンピース以上に少女趣味な服だった。
 澪の方に顔を向けて、口をパクつかせる。
「ごめんなさいね。あなたに合うサイズのパンツ、品切れでね。変わりに色々とあなたに合いそうなサイズの服を持ってきたんだけど」
 そう言っていくつかの服を差し出す澪。彼女が持ってきたのは、デニム地のきわどいスリットの入ったミニからチャイナドレス、さらには何故か浴衣まで、さすがにブティックを営んでるだけあって種類は多種多様な若者向けの服を持ってきたのだが、その全てがスカートだった。
 わざと自分にスカートを履かせようとしていないかと邪推したくなる気持ちを抑えながら、
「おい、お前」
 澪から矛先を雅史に変える少女。
「お前ってなぁー。俺には藤代雅史って名前があるぞ」
「私は澪って名前がありますよ」
 隣でニコニコと同じように名乗りを上げる姉に、雅史は微かな頭痛を覚えた。
 気を取り直して少女を見据える。
「だいたい、お前こそ何者なんだ? バスローブでバイク乗り回しやがって。しかも、変な奴がお前を捜していたし……」
「何だと!?」
 雅史の言葉に顔を真っ青をにする少女。
「まずいな。強硬派の奴らが既に此処まで来たというのか……」
「一応、何かワケアリだと思って、適当なことを言って追い払ったけどな。何者なんだ、お前? 無理矢理今の身体に入れられたみたいな口振りだし。それに、その強硬派ってのは何だ?」
 思わず呟いてしまった言葉に、少女はしまったと口を押さえるが時すでに遅かった。
「何だよ、言わないのなら警察にでもお前を突き出すぜ?」
「警察は止めてくれ。やつらの手が回っているはずだからな」
「匿って欲しいのなら洗いざらい言うことだな」
 ムスッと頬を膨らますが、折れるしかない少女。
「分かった。言えばいいんだろ」
 神妙な面もちで少女の言葉を待つ雅史。それに澪。
「まず始めに――」
 ゴクッと生唾を飲み込む雅史。
「――っと、その前に、雅史。すまぬがお前の服を貸してくれ」
 いきなりの言葉に、大きく体を崩した雅史だった。

 ジーンズの裾を幾重にも折り曲げ、ウエストをベルトで思いっ切りきつく締める。雅史の服を借りたのはいいがサイズが全然あっておらず、下半身のズボンはダブダブだった。上半身は売り物の中からサイズの合うTシャツを着ている。
 あくまで少女は男のつもりでいるのだが、雅史達にはボーイッシュな女の子にしか見えなかった。
「それで話を続けてくれないか?」
 雅史に促されて、少女は自分のことを語り始めた。
「オケアノスという国を知っているか?」
「いや」
 首を横に振る雅史。
 記憶を探ってみたが、聞いたことがない。
「私、知ってますよ」
 応えたのは澪だった。
「大西洋にある小さな小さな島国ですよね。昔、大学の卒業旅行で行ったことがありますよ」
 卒業旅行で海外に行ったのは知っていたが、オケアノスなる島国に立ち寄ったなど初耳だった雅史。だが、今はそんなことはどうでも良かった。
「その小さな島国がどうかしたのか?」
「確かに、人口200万だから小国と言えるな」
 澪の言葉に少女は微苦笑を浮かべた。
「俺はその国の王子なんだ。名前はユウ=オケアノスと言う。もっとも、家出同然で出奔していたがな」
「「王子様!?」」
 素っ頓狂な声を上げる雅史と澪。
「で、その王子様がどうして女性の身体、しかも裸でバイクなんかに乗っていたんだ?」
「我が国では女王制を敷いておってな。王位に付けるのは女性だけで、男には継承権は存在しないのだ。故に王子である俺は王室にいるのが嫌になって国を出た。あのまま国にいても、外交の一環としての他国への戦略結婚をさせられるぐらいだからな。オケアノスの次期女王は俺の姉が継ぐことも決まっていたしで、俺を探そうなどと考える者はいなかった。
 ――が、事態が急変したんだ。
 俺には姉と二人の妹がいたんだが、今年の始め、その三人が隣国へ訪問中、その国の爆弾テロに巻き込まれて死んだんだ。継承権を持っていた王女が全て亡くなったから、王室は大騒ぎさ。今の女王の血を引いているのは継承権の無い、女王になれない王子であるこの俺だけなんだから。一応、国民や隣国の王室にも我がオケアノス王家の血族の者がいないかと、DNAと霊波動を調べたらしいんだが、いたのはかなり血の薄い男性のみ。唯一真っ当な血筋なのは俺だけなのを証明したにすぎない。
 それで王室が恐ろしいことを考えついたんだ」
 思い出すだけで嫌悪に値する考えに、手で両肩を掴み小さく身体を震わすユウ。
「まさか……」
「雅史の考えているのは分からぬが、たぶん正解だ」
 自虐的に笑うその笑みが、妙にその綺麗な顔に似合っていた。
「ユウの魂を女性の身体に移して女王に仕立てる……」
 雅史の言葉にコクッと小さく頷く。
「奔放した俺は、世界中を気ままに旅をしていた途中、その計画を王室付けの気のおける侍女から聞いた。そして、女になることも王位に就くことも興味のない俺は、慌てて逃げたのだが――アジアの片田舎で捕まり、日本に運ばれて、この様さ」
 軽く肩を竦めてみせる。
 大体の事は分かったが、まだ分からない点がいくつか残っていた。
「強硬派ってのは何だ? 話に出てきていないが。それに、何故裸でバイクに乗っていたんだ?」
「強硬派と言うのは、身体だけには飽きたらず、私の『心』を女王に仕立てようとしている連中ですわ」
「私? ですわ? 今お前、私って言わなかったか?」
「まずいな。この身体には女王としての性格性質が半分施されているからな。時間が経つにつれて、『心』が女性になっていってしまうんだ」
「半分って?」
 澪が小首を傾げる。そんな中途半端な処理、聞いたことがない――と言うよりも、危険すぎる。
 下手したら、魂さえ汚されてしまいかねない。
「ここから1キロほど行ったところに湖があるだろ。湖の向こう岸にあるオケアノス王家が持っている別荘があってな、そこで私――じゃない、俺の魂は女性の身体に入れられたんだが、処理を行っていた者の中に混じっていた強硬派の手によって女王としての性格性質設定が施されかかったんだ。
 そこを俺の息がかかっている侍女の手によって何とか処理途中で目を覚まし、別荘から逃げ出したんだ」
「話は分かったけどさ。何もお前が女にならなくても、お前が子供を作って、その娘に継がせればいいんじゃないか?」
「始めはその考えだったらしいのだが、現女王がやばいらしくてな」
「やばい?」
「寿命なんだよ」
「寿命って、お前の母親だろ? そんなに年寄りなのか?」
「違う、母上は一番下の妹を生んだ時に亡くなっている。今のオケアノス国の女王は俺の祖母だ。それで、医者に言わせると後1年も保たないらしい。
 我がオケアノス国王家に一つの伝説があってな、空位期間が1年以上続くと国に災いが起こるというのがある。おかげで、王室も大慌てで私を女王に仕立てるつもりでいるんですの。
 ――いるんだ」
 言い終えた語尾を思い出したように言い直すユウ。
 どうも設定処理が半分だけとはいえ、無意識下で、その半分だけの設定がユウの意識を女性のものへと侵していっているようだ。
「しかし、そんな伝説なんて迷信、信じているのか?」
「俺は信じていないのだが、国民の八割が信じているだろう。今より6代前の女王が崩御された時、王位継承権争いによって次期女王がなかなか決まらない時があったのだが、その時、国を色々な天災が襲ったのだ。記録もちゃんと残っているからな。国民は皆信じ切っている」
「ふーん」
 曖昧な返事をする雅史。
 伝説なんてよく分からないが、数世代も前の災厄を覚えているとはそれなりの恐怖が受け継がれているんだろう。
「大体のことはこんなところだ。何かまだ聞きたいことはあるか?」
 見渡すと雅史が手を挙げた。
「血の繋がりが大事なら、別の女性の身体に入れるのはまずいんじゃないか? それじゃあ、血の繋がりなどあったものじゃない」
「この身体は俺の元の身体から抽出した体細胞をクローン培養したものだ。その際、性を女性にしている。聞きたいのはそれだけか?」
「いや、もう一つある。
 逃げ出したところで当てがあるのか?」
「当てとは?」
「男に戻るとか……」
「ああ。まだ私の元の身体は別荘に保管されているはずですから。それを取り戻して、魂を移しなおせばいいはずですわ」
「どうでもいいが、女言葉になりかけているぞ」
「あっ」
 短く言葉を洩らすユウ。
「まぁ、そう言うことだ。もっともそれも早くしないと、女王の命が下りデジタル変換されて王家の墓に厳重に封印されてしまうだろう」
「その期限はどれくらいなんだ?」
「2日といったところかな。手伝ってくれとは言わない。ただ、もうしばらく匿ってくれ」
 深々と頭を下げる。
「俺は別にかまわないけど……」
 そんな理由を聞かされては、無碍に断れるほど雅史は冷淡では無かった。
 隣の姉を見る。
「姉さんはどうする?」
「私もかまわないですよ。でもね」
 口元に人差し指を添えて小首を傾げる。
「しかし、そうなるとその姿じゃまずいんじゃないの?」
 何がまずいのか分からないユウ。
「だって、ユウちゃんが女の子になるのを嫌がっているのを知っているんでしょ。だから、男装なんてしていたら一発で見つかると思うのよ。それよりも……」
 小悪魔的な魅惑の笑みを称える澪。店頭から持ってきていた服を手に、ユウに迫る。
「その姿に見合った格好をした方がいいと思うのよね」
「ま、雅史、助けてくれ」
 迫ってくる澪から逃げるように雅史の背後に隠れるユウ。戦って勝てないことは先程証明されている。
「ちょっと、姉さん。それはあまり……下手したらユウの精神が一気に女性化しかねないじゃ――」
 澪の一瞥に雅史は押し黙った。金縛りの如く固まる。雅史の精神には澪に逆らってはならないことが刻み込まれていた。
 頼みの雅史が役に立たないことにユウは部屋から逃げ出そうかと、行動を移した――
 その刹那!
 ユウの身体は弧を描いて宙を舞った。
 澪に投げ飛ばされたのだ。
「さぁ、着替えましょ」
 ニッコリと微笑み澪。
「ちょっと、澪! どうしてそんなに俺を女装させたいんだよ!!」
「だって、ユウちゃんって可愛いじゃない。本当は私、ファッションの話題ができる妹が欲しかったのに……雅史さんなんて、ファッションには興味ないし――ちょっとフラストレーション溜まっているのよね。
 あっ、雅史さんもレンタルボディで少女になってみる?」
 いきなりの姉の提案に血の気が引いていく雅史。そのまま居間から出ようと扉に向かう。
 その背に、
「こらぁっ! 薄情者!!」
 ユウが叫ぶが、雅史は聞く耳を持っていなかった。これ以上この場にいて、自分に姉の矛先が向くのが嫌なのだ。
「あっ、そうだ。ユウちゃん、雅史さんと結婚しちゃいなさいよ」
「なっ!?」
 唐突な言葉に、ユウの目が点になる。雅史も一瞬身体を揺らしたが、すぐさま冷静に扉を開ける。
「俺は男だって言ってるだろ!」
「だって、今のユウちゃんは女の子じゃない。私、あなたみたいな妹が欲しかったのよね」
 ユウに抱きついて頬ずりする澪。
 まずい奴に助けを求めてしまったなと頭を悩ますユウ。不意に澪の頬ずりが止まった。
「――と、冗談は置いといて。さぁ、ユウちゃん♪ 着替えましょうね」
 ニッコリとした姉の微笑みを背後に感じながら、
 姉さんって、何処まで冗談か分からないから恐いんだよな。
 ポリポリと後頭部を掻きながら廊下を歩く雅史。彼の目の前にミケが現れた。
「にゃぁ〜」
「飯の催促か」
 微妙な泣き声の違いにミケの言いたいことを察した雅史。
「そう言えば、俺も朝飯食ってなかったっけ」
 居間から聞こえてくるユウの叫びを無視して、雅史はミケを連れ立ってキッチンに向かった。

       2

「――で、何で俺は此処に居るんだ?」
 オールを握りしめながら憮然と洩らすのは、湖面上の一艘のボートに乗っている雅史だった。
 彼の対面ではボートから身を乗り出しながら双眼鏡を覗く、白いワンピースに同系色のひさしの大きい帽子をかぶった黒髪の美少女がいた。
 これで身を乗り出していなければ深窓の令嬢然りであるなと思う雅史。
「何か言ったか?」
 湖面に反射する陽射しに碧の黒髪を煌めかせながらかぶりを振る少女。
「どうして俺が、ユウの手伝いをしなければならないのか自問していたところだ」
「澪さんが手伝えと言ったからだろ」
 さんざんおもちゃにされたユウだが、その澪の持つ強さにすっかりまいってしまい(単に絶対服従しただけ――雅史談)、澪に敬称まで付けるようになっていた。
「そりゃまぁ、そうだけどさ……」
 別荘の様子を探りに行くというユウに、澪が雅史に手伝えと護衛に付けたのだ。
 湖上から向こう岸の別荘の様子を探るユウ。
 幸い、湖のボートはこの街のデートスポットの一つだったのもあり、カップルを偽装している雅史とユウを不審に思う人物はいなかった。誰の目も気にすることなく諜報活動を続けるユウ。
「もう少し、ボートを西側に回してくれないか」
「お前な〜。真夏の炎天下に俺一人にボート漕がせやがって、しかも、あっち行け、こっち行けってな……。こき使いすぎだぞ」
 叫ぶ声に力がない。
「おれ――か弱い女性の私に漕げと仰られるんですの?」
 カップルを乗せたボートが一艘、すぐ近くに来たものだから慌てて女言葉を使うユウ。
「ったく。
 そう言い張るなら、股ぐらいは閉じて座れよな。今横切っていったカップルが、唖然と見ていたぜ」
「あっ!」
 言われてみれば、自分が股を開くように座っていることに気が付き、ユウは慌ててひざを閉じた。
 深窓の令嬢を思わせる涼しげな声音に外見。ただ、取って繕った言葉遣いに仕草は、雅史に滑稽なコメディ映画を見せられている気分をさせた。
「それで何か分かったのか?」
 首を横に振る。
「さっぱりだ。もう少し近付けば何か分かるかも知れないがな」
「そいつはお薦めできないな」
「何故?」
 肩を竦めて背後に位置する別荘を指さしてみせる雅史。
「ユウが身を乗り出してまで別荘を覗いていたのを不審にでも思ったんだろ、数台のボートが出てきているぜ」
「なっ!?」
 事実、波を立てて迫ってくる数台のボートがあった。
「知っているなら何故、逃げないんだ?」
「今下手に動くのは得策じゃないぜ。自ら不審人物だって証明しているようなものだろ。それに、こんな事も予想しての変装だろ」
 澪の手によって黒く染め上げられた髪を一束掴み摘み上げ、頷くユウ。
 カラーコンタクトで碧眼も黒色の瞳にしている今、一見しただけでユウのその姿は日本人にしか見えない。
「適当に誤魔化すしかなさそうだな」
「できるのか? 奴ら――SS(シークレットサービス)のメンバーは凄腕の集まりだぞ。もし、力尽くにでもなろうものなら――」
 ポンッと帽子越しにユウの頭に軽く手を置く雅史。
「俺を信じろって。それともお前に何か考えでもあるのか?」
 フルフルと横に首を振る。
 そんなユウに対して軽く鼻先で笑い、雅史はそっと右足のすねを撫でた。
 最悪、こいつがあるから何とかなるとは思うけど……何処までユウが耐えられるかが問題だな。
 色々と策を考える雅史。ユウは信じて黙って待つことにした。
 そうこうしている間に、1隻のボートが雅史達のボートに併走するように減速してきた。他の4隻は、まるで周りの手漕ぎボートを牽制するように雅史達を中心に周回航行している。
 気温が28度を超え、焼けるような陽射しが照りつくというのに、黒いスーツで身を固めた男が二人乗っていた。
「貴様ら、何を探っていた」
 威圧感のみを感じさせる抑揚のない声。
「何って、俺達はただデートでここに来ただけだぜ。それより、あんた達こそ何なんだよ。彼女が恐がっているじゃないか」
 そう言ってユウを抱き寄せる雅史。
 きゃぁっ。
 いきなりのことに思わず悲鳴を上げそうになるユウ。辛うじてそれを口の中で押し止めた。
「……少し、震えたフリでもしてくれ」
 男に聞こえないくらいの小声で抱き寄せたユウの耳元で囁く。
 言われるままに雅史の胸に頭を埋めて肩を震わすユウ。か弱い少女を演じているのだが、あっさりとそれを信じるほど黒づくめの男達は甘くはなかった。
 疑いの眼差しを向ける男。
「おい、女。帽子を取って顔を見せろ」
 ビックン!
 大きく一度跳ねるユウ。
 振るえる手で帽子を取って顔を上げる。
「黒目……」
 カラーコンタクトで黒くした双眸の瞳が潤む。本人は意図していなかったのだが、中途半端に施された性格性質処理が、か弱い少女を必死に演じようとしているユウの『心』を少しずつ浸食し、そんな怯えた『女の子の目』をさせた。

「…………」
「…………、…………」


 何やら話し合っているが、異国の言葉は雅史には分からなかった。
 ただ、ユウには分かったのか、小声で雅史に教えた。
「あいつら、俺の事を疑っているみたいだ」
 ユウの言うとおり、男達は携帯用の端末で何かの映像を呼び出していた。遠目で良くは見えないが、その映像がユウの写真だというのは辛うじて分かった。

「…………、…………」
「…………」
「…………、…………」


「何を言ってるんだ?」
「俺の顔が逃げた王子に似ていると言っているんだ。ただ、髪の色と瞳の色の違いで悩んでいるみ――」
 いきなり男がこちらを向いたため、言葉を途中で打ち切るユウ。
「おい、貴様ら。本当にただのデートなのか?」
 見られるだけで萎縮しそうな一瞥に、
「そうだと言ってるだろ」
 雅史は怯むことなく睨み返した。
 しばらくの時をお互いに睨み合う二人。
 不意に雅史の視線から力が抜けた。何事かと身構えるSSの男を後目に、雅史はユウの身体を引き寄せる。突然のことに呆然と見上げるユウの赤い唇に、そっと自分を重ねた。
 あまりの出来事に微塵の反応も示さないユウ。時間の経過と共に頬が少しずつ紅みを帯びていく。
 口を重ねながら、横目で男に訴える雅史。
 男は頬を苦味に歪めながら、
「邪魔して悪かったな」
 もう一人の男に船を出すように言った。
 去っていく船。
 その時、
 バッチィ――ンッ!
 乾いた音が湖上に響いた。
「なっ、なっ、何するんだよ、雅史!」
 顔中を真っ赤にして憤慨するユウ。雅史の頬にはユウの叩いた手形がクッキリと付いていた。
「このユウ=オケアノス! 腐っても男に――」
「あっ、莫迦!」
 慌ててユウの口を押さえるが、時既に遅く、別荘に向かって走り出したボートが再び舞い戻ってきた。
 あれだけ大声で名乗りを上げたのだ、彼らに届かぬはずがなかった。
「せっかく上手くいっていたのに」
 頭を押さえる雅史に、ユウは目に涙を浮かべて何やら喚き散らしている。
 はぁ〜。
 低くため息を吐く雅史。
 感情を高ぶらせれば高ぶるほど、身体に施された性格性質設定が表層に出てくるようだな。
 少女みたいに感情剥き出しに泣き喚くユウに、そんな事を思う雅史。ユウの非難の叫びを聞き流しながら、臑に隠していた短い棒を取り出した。
 先端を持って引っ張るとそれは太刀並みの長さまで伸びた。
「俺を非難するのは勝手だが、正気に戻れ、ユウ」
「何が正気に戻れよ! 雅史が悪いんじゃない! いきなり――」
 完璧に気が動転しているのか、自分が女言葉を使っているのを気付いていないユウ。
 湖面を手でひとすくいしユウの顔にかける。
「男に戻るんだろ。ここで捕まったら、二度と戻れないんだぞ」
『男』の一言に反応し、ユウは正気に戻った。だが、まだ心が落ち着いていないのか、睨んでいる。
 やれやれと一息つく雅史。
「さがってな」
 横に寄せてきたボート。その上のSSから守るようにユウを背後に移動させる雅史。ただ、その行為も、狭いボート内であまり意味がなかった。
「雅史。巻き込んで済まなかった。お前だけでも逃げてくれ」
 自己犠牲の心意気をみせるユウだが、それではあまりにも意味がない。
「姉さんがすっかりお前のことを気に入ってしまったからな。ここで見捨てて帰ったら、俺が半殺しにされてしまうぜ。守ってやるよ、最後まで。
 それに――」
 手を伸ばしてユウを捕まえようとするSSの腕を素早く棒で叩く雅史。
「姉さんの修行にさんざん付き合わされたからな。これくらいなら切り抜けるさ」
 屈強の男達が務めるSSをこれくらいと言い切る雅史。その言葉に偽りがなかったのは、『今』という時が証明した。
「す、凄い……」
 呆然と見つめているその先で、雅史は二人のSSを一瞬にして倒していた。思わずその姿に見とれてしまったユウ。
「澪さんよりも強いんじゃないのか?」
「まさか」
 軽く苦笑する雅史。
「姉さんには勝てないよ」
 事実、剣を持って、さらに絶好調の時で、何の武器も持たず、さらに絶不調の時の澪を相手にして辛うじて互角に持ち込めるぐらいであった。
 ――――ッ!?
 咄嗟にユウの身体を抱えてSSのボートに飛び移る雅史。先程まで雅史が居た場所を一発の弾丸が通り過ぎていった。
「…………」
 いきなり撃ってきたことに唖然とするユウ。雅史に抱えられたままの体勢で首だけを振り返らせると、いつしか残り四隻の船が迫ってきていた。
「銃まで持っているとなると少しやっかいだな」
 先程はほとんど無意識に身体がSSの放つ殺気に反応してかわしたのだが、一発ならまだしも、同時に数発放たれればかわしようがない。
「戦うか」
 逃げるか、それとも戦うか――一瞬で結論を出した雅史。ユウを抱えたまま次々と迫り来る船の上を八艘飛びしながら、船上のSSと戦う。
 脇に抱えられているユウの存在に、必要以上の攻撃ができないSSは、雅史の敵ではなかった。
 あっけなく全てのSSを倒した雅史。自分たちのボートに戻ろうと、ほとんど考え無しに甲板を蹴った。
「雅史! 下!」
 宙を舞う雅史は、ユウに言われて下を見る。
 すると、あるはずの手漕ぎボートはSSのボートが立てた波に流されてしまい、そこには陽光を反射する湖面だけがあった。

 びしょ濡れになりながら湖岸に戻ってきた雅史とユウ。人目を忍んで、二人は少し離れた林にいた。
「どうする? 服が乾かないと、帰るに帰れないし……」
 なるべくユウを見ないようにしながら、着ているTシャツの裾を絞る雅史。
「気にするな。俺は男だ」
 キッパリと言い切るユウだが、
「んなこと言われても、その姿は色っぽすぎるぞ」
 水に濡れて身体にまとわりつく白のワンピースは、身体のラインをクッキリと露にしていた。しかも、生地が透けているため、下着が見える。
 人目の付く所を歩こうものなら、そこに居合わせた全ての人の注目を浴びるところだろう。
「例え、俺が襲わないとしても、その姿で店まで戻る道中、誰に襲われるか分かったもんじゃないぞ」
「雅史が守ってくれるんだろ」
 全幅の信頼を見せるユウに、雅史はポリポリと濡れた髪を掻き上げた。
「そりゃまぁ、ずぶ濡れにしたのは俺のミスだから、俺の目の前で襲う奴がいたら、守ってやるけどさ……」
「それに、キス した」
「?」
キスした」
「??」
「雅史がキスしたって言ってるのよ!」
 顔を真っ赤にして叫ぶユウ。思い出すだけで、ユウは自らの心を少女化させていく。
「あれは誤魔化すため仕方のない行為で……」
「オケアノスの王女が交わすキスは婚姻の証。キスを交わした者は、どのような身分であろうと夫婦にならなければならないのよ」
「…………」
 ユウの言葉にしばし何も言えない雅史。女王となるべくして施された処理が、ユウの『心』のかなりの部分を浸食していた。
「お前……自分が何を言っているのか分かっているのか?」
 諭すように呼びかける。
 一拍間を置き、ユウの顔は青くなった。
 自分が王女だと言ったことに、自己嫌悪を感じている。
「まずい。まずすぎる。『心』の女性化が速まっている」
 複雑に顔を歪めるユウ。
 気付いていないが、進行を早めた直接の原因は、雅史とのキスであった。
「早く元の身体に戻らないと、この身体に心が馴染んでしまう……」
 そうなってしまっては、例え元の男に戻ろうとしても、今の女でいることに違和感を感じているように、男でいることに違和感を感じてしまい、女になろうとしてしまう。
「何とかしてくれ、雅史」
「何とかって言われてもなー」
 全く方法が無いわけでもない。ユウの魂をレンタル屋で借りてきた別の男の身体に移す方法があるのだが、身分を証明するモノを持っていないユウでそれが可能なのか、雅史には分からなかった。まして、例え身分を証明できたとしても、異国の者であるユウが身体を借りるとなると、オケアノスの大使館の方に連絡がいかないとも限らない。
「ひとまず店に帰るか。SSにばれた以上、ここにいても見つかるのも時間の問題だし……少し待っていてくれ。タクシーを呼んでくるから」
 そう言って、雅史はユウを残してタクシーを呼びに向かおうとする。そんな雅史のTシャツの裾を引っ張るユウ。
「何だよ?」
「俺も行く」
「行くってな……その格好だと、やばすぎるぞ」
「行くったら、行くの!」
 じわっと涙を浮かべるユウ。雅史に置いてかれると思ったら、急に心細くなったのだ。
 羞恥心と心細さを秤にかけたら、心細さが勝ったとでもいったところだろう。
 かなり情緒不安になっているユウに、雅史は道理が通じないと考えたのか、同行を許した。
 足下の草の上に置いてあった帽子を取ると、それをユウの胸元に押しつけた。
「それで胸を隠してな。少しはましだろうさ」
 そして雅史は、ユウを連れて林の向こうの車道に向かった。
 幸い、タクシーはすぐに捕まり、それに乗り込む雅史とユウ。
 行き先を運転手に指示すると、雅史は隣のユウを横目で見ていた。
 濡れた服が寒いのか、それとも不安なのか、小刻みに震えるユウ。胸の前でギュッと帽子を押さえつけ、空いている方の手で雅史のシャツの裾を今だ掴んでいた。
 …………。
 そうとう女性化が進んでいるな。
 痛ましいまでに弱々しい仕草にそんなことを考えながら、これからどうするかを思案し始めた雅史。
 一番手っ取り早いのは、別荘に乗り込んでユウの身体を奪い返すことなんだよな……
 しかし、この戦力でそんなことできるのか。
 考えたところで良い案が浮かばない。ユウに何か良い考えでもあるのかと、問おうと隣を見た時――
「あれ? ちょっと、運転手さん。方向が違うんじゃないか?」
 タクシーは雅史の実家と違って別の方角――別荘――の方へと向かっていた。
「あってますよ。ユウ王女様の帰られる場所はこちらですから」
 緊張が走るユウ。そして、雅史。
 だがそれも、次の瞬間には途切れていた。
 雅史がリアクションを起こす前に、前から伸ばされたスプレー缶の噴出をまともに鼻に食らう雅史とユウ。
「催眠……ガ……ス……か……
 がっくりと二人は深い眠りについた。

       3

「――んっ」
 雅史が目覚めたのは薄暗い部屋だった。カーテンの隙間から射し込む陽射しだけが、その部屋を照らしていたのだ。
「ここは……」
 そこは、簡素なベットが一つだけの何もない部屋だった。手を動かそうとして、雅史は自分の手が後ろで縛られていることに気付いた。見れば足も縛られている。
 服の乾き具合から、まだタクシーで捕まってからさほど時間が経過していない。
 せいぜい、30分といったところだろう。
「捕まった……んだよな、俺は」
「はい、そうですわ。藤代様」
 女性の声――
「誰だ?」
 振り返ると、声の主は部屋の片隅の椅子に腰掛けていた。メイド服を着込んだ20代前半の女性だ。
「私はオケアノスの大使館でメイドをしていますアリサと申します」
「メイド? もしかして、ユウの逃亡を手伝ったという」
「はい」
「それで、ユウは? 俺はどうなったんだ?」
「王子は強行派の手によって、深度催眠学習装置にかけられています。途中で中断された女王としての処理を再び施すための。
 藤代様は、その邪魔をしないようにと大使がこちらの部屋に閉じこめたのです」
「閉じこめられた? それじゃあ、あなたは?」
 監禁された部屋に何故侍女が居るのか、疑問に思う雅史。
「私も、王子を逃がしたのがばれて、監禁されているのです」
 よくよく見れば、アリサも縛られていた。いや、単純に縛られているだけの雅史と違って、彼女の場合は椅子に固定されるように縛られていた。
 大体の状況を知った雅史は、ごろんとベットの上に縛られた腕ごと仰向けに向きを変える。
 そして両足を上に上げ、身体を幾度となく揺する――と、尻を超え、足を抜け、縛られた腕が身体の前まで持ってこられた。
 手首を縛られたまま、足首のロープを解く雅史。足が自由になると、立ち上がり、椅子に縛られているアリサのロープを全て解いてやる。
 解き放たれたアリサの手を借りて、残っている手首のロープを解く雅史。
「凄いんですね、藤代様は。よく、縄抜けの仕方を知っていましたね」
 感嘆の声を上げるアリサに、微かな違和感を感じる雅史。だが、その違和感の正体が分からない。
「姉さんに色々と仕込まれたからな……。もっとも実践したのは初めてだけど」
 何か武器にでもなりそうな物はと、部屋の中を物色するが、これといった物は何も見つからない。
「素手で戦うしかないのか……」
 扉に取り付きながら訊ねる雅史。
「処理は何処で施されているんだ?」
「装置は地下室にあります」
 試しにノブを捻ってみるが、想像通り鍵がかかっていた。
 それに、扉の向こうに数人の気配を感じた雅史はドアをこじ開けるのを止め、窓に向かった。
 カーテンを開けて窓を開くと、そこには先程まで自分とユウがいた湖が見えた。
 窓枠に足をかける雅史。
「王子を助けにいかれるのですね」
「ああ。約束したからな。あいつを守ってやると。それに、見捨てて家に帰ったら姉さんに殺されるしさ」
「澪様らしいですわね」
 何気ないアリサの一言。
「!?」
 その一言に、自分の感じていた違和感の正体を知った。
「どうして、姉さんの名前を知っているんだ? それに、俺の名前も……」
「澪様は私のお友達なんですよ。雅史様のことは、澪様から聞いてましたから」
 クスッと悪戯っぽく笑ってみせるアリサ。
 そう言えば、澪がオケアノスに行ったことがあると言っていたのを思い出した。多分、その時にでも知り合ったのだろう。
「……それじゃあ、ユウがウチに舞い込んできたのは偶然じゃないとか?」
「ええ。澪様のお住まいがあそこにあるのを知っていましたから、それとなくユウ様にそちらの方へと逃げるように、バイクのナビゲーションシステムに細工を施しておいたんですの。澪様なら、必ず王子の手助けをしてくれると信じていました」
「…………」
 呆れてもの言えない雅史。
「湖での戦い、カーテンの隙間から見ていましたが、さすがは澪様の弟君ですね」
「そいつはどうも。姉さんの知り合いってことは、アリサさんもそこそこの腕なんでしょ」
 アリサの全てを測るように、雅史は視線を上下に動かす。
 一見して外見は線の細いメイドだが冷静に見据えて見れば、その佇まい、一寸の隙もない。
「澪様に劣りますけど」
 ぽっと恥ずかしそうに頬を赤らめるアリサ。
「まぁいいや。凄腕ってことなら、ユウを助けるのを手伝ってくれるんだろ?」
「はい。元々そのつもりでしたから」
 雅史とアリサは、窓から身を乗り出して隣の部屋のベランダまで一気に飛び移る。
 距離にして2m。体勢が悪いが、飛べない距離でもなかった。
 そして、アリサの案内で地下室を目指す雅史。

 オケアノス王国別荘、地下室――
 部屋の片隅でユウは身体を震わしていた。
「私を、私を元の身体に戻して――」
 ユウは震える声で訴える。『彼女』の視線の先には、二人の男がいた。一人は白衣をまとい、もう一人はスーツに身を固めていた。
「大使。お願いします。私を戻して」
 涙声のユウ。タクシーで捕まった後、処理の続きを施すため地下室に運ばれたのだが、そこで目を覚ました時、雅史の姿が何処にもないことでユウは心を不安一色に染め上げ、急激にその『心』を囚われの少女のモノへと変えてしまった。
「博士、これはどう言うことなんだ?」
「多分、中途半端に施された処理が、逃げ出していた間に得た経験を元に、女性としての足りなかった部分を補ってしまったのでしょう。これなら、もう処理を施す必要もありませんな」
「そうか。
 皮肉なものですな、王子――いや、王女。奇しくも女王の望むようになりましたね」
 地下室に設置されている装置の一つに向かう大使。その先には、円筒形の中に入った少年――ユウの元の身体があった。
「それに、生憎ですけど――」
 一つのスイッチに手をかけた。
「駄目! それを入れないで!」
 スイッチの意味するところが分かったユウ。必死に叫ぶが、無情にもスイッチは入れられた。
 ブゥーン。
 低い起動音。筒の中でユウの身体に緑色のプラズマが伸びる。
 そして、
「これであなた様の古きお身体は王家の墓の方に移されました」
 ユウの身体はそこから消えた。
 呆然と項垂れるユウ。これで元の男に戻る術を無くしたのだ。
 そんなユウの顎をクイッと持ち上げる大使。
 ユウの涙の浮かんだ瞳に映った大使の顔は、端整な渋い中年男性の顔なのだが、何処か下卑たる笑みが浮かんでいた。
「博士。深度催眠装置の準備を」
「何故です? もう処理の必要はありませんが」
 いきなりの命令に疑問を抱く博士。
「これからの処理が本番なんだよ、博士。この新たな王女様が私に惚れるようにと偽りの感情を入れて貰いたい」
 大使の言葉に顔面が真っ青になるユウ。いや、彼女の体中が恐怖に青ざめていた。
「そ、そんなこと――。まさか大使、貴方は王国を乗っ取る気では……」
 その様な指示は、強硬派に組みする博士の元には伝わっていない。誰がどう見たって、大使の暴走がありありと分かった。
「そのまさかだよ。そのためにも、この部屋には私と博士――あなたの二人だけしかいないのだから」
 スーツの内に隠していた銃を取り出して脅す大使。
 そんな狂気を目の当たりにしても、ユウは恐怖に動けなかった。
 渋々ながら装置のセッティングを始める博士。
 ただ、その口は「すいません」とユウに対する謝りの言葉を小さく連発していた。
「さぁ、王女にはこちらの装置に入って貰いますよ」
 ユウの腕を掴み上げ、無理矢理一つの装置に押し込めようとする。
「キャァッ!」
 強く締め上げられた手首に痛みが走り、悲鳴が洩れる。その悲鳴に、慌てて手を弛める大使。
「これはこれは、私の子供を産んで貰う大事なお身体。少し手荒な真似が過ぎましたね」
 子供を産む?
 大使の……
 ユウは必死に大使の手を振り解き、逃げる。ただ、狭い地下室では、それこそ先の脱出の時のように誰かの手引きでもなければ逃げ切ることができない。
 部屋の片隅で嫌々と首を振ってうずくまるユウ。
「逃げないで下さいよ、王女様。
 最悪、子供が産める程度で痛めつけてもかまわないんですよ」
 怯えるユウを捕らえようと手を伸ばす大使。
 その手に掴まれながらも、ユウは叫んだ。
「助けて――――ェッ! 雅史!!」
 叫びは祈りとなり、祈りは想いとなって奇跡を呼び寄せた。
 バンッ!
 大きな音を発てて開け放たれた扉。
 通路から差し込む電灯の明かりをバックに、アリサが現れた。
「アリサ!」
 そしてワンテンポ遅れて、SSの一人を吹き飛ばしながら雅史が部屋に現れた。
「雅史♪」
 歓喜の声が上がる。
「よう。待たせたな」
 不敵な笑みを浮かべる雅史に、ユウの瞳から涙が流れる。先程までの不安の涙じゃない。歓喜の涙だ。
「大使」
 至極冷淡な口調で呼びかけるアリサ。
「貴殿の策略、全て聴かせて貰いましたわ」
 そう言うと、アリサは手近にある装置の一つから小さな黒い固まりを取り出した。
 それが盗聴器であるのは、職業柄大使にはすぐに分かった。
 そして、自分に後がないことも。
「キャァッ」
 掴んでいたユウを前に引っ張り上げ、その細い首筋に銃を突き付ける。
「動くな、二人とも。動けば、王女の命が無いぞ」
「クッ」
 歯噛みするアリサと雅史。
 銃相手に、距離的なものと、色々と設置されている装置のおかげで、飛び込んで押さえるには無理がありすぎた。
 何もできずにいる二人を警戒しながら、ユウを人質に少しずつ移動する大使。
「大使!」
 あさっての方向からの不意の呼びかけに大使が振り向くと、装置の一つのハッチが頭に打ち当たるように開かれた。
 大使を呼んだのは、一人現状から取り残されていた博士だった。
 気を失った大使を見据えながら、
「これで、せめてもの罪滅ぼしになりますかな」
 そう言った博士に、アリサはニッコリと微笑んでみせた。
 ただ、納得できないのは、雅史だった。
「……これじゃあ、俺がいなくても別に良かったんじゃないのか?」
 首を傾げてそう呟く雅史の背を、
「ここからが藤代様の必要なところですわ」
 アリサはそっと押した。
 その先には、大使の戒めから解き放たれたユウがいる。
 とっとっと――
 ユウの前までたどり着く雅史。その胸に飛び込むようにユウが泣きじゃくってきた。
 さしもの雅史も、どうしたものかと困り顔をアリサを振り返ると、
「大使。オケアノス国刑法第4条に基づいて、王族の者の拘束及び人格の改竄の現行犯で、貴殿を逮捕します!」
 彼女は意識のない大使に罪状を述べながら、メイド服の何処からか取り出した手錠で捕縛していた。
 何事かと目で問う雅史に、
「私は、侍女であると同時に、王室警護を担当している国家警察の巡査でもあるんですの」
 小声で言い、彼女はクスっと微笑んだ。
 そして、胸の中で泣きじゃくるユウを見つめながら、心底自分に活躍の場が無かったことを痛感する雅史だった。

 早朝の空港――
 タクシーを降りて現れたのは、雅史と澪の二人だった。
 二人の行く先には、淡い桃色のツーピースを着込んだユウと侍女のアリサ。そして二人を取り囲むようにいる数人のSSがいた。
 そのほとんどが、身体の何処かしらに包帯を巻いていた。
 昨日、地下室に向かう雅史とアリサにやられた傷跡だ。警護を担当しているだけあって、いち早く雅史の顔を見つけた彼らは、顔に苦いものを浮かべていた。
「ユウ」
 雅史の呼び声に、ブロンドの髪を翻しながら振り返るユウ。
 その顔にはうっすらと化粧が施されていた。
「雅史」
「たっはっはっは……。美形だと思っていたが、ここまでの美人だとはな」
 薄い笑みを浮かべ見据えてくる雅史の視線に、気恥ずかしさを感じるユウ。
「すっか――」
 雅史の言葉は、隣で繰り広げられる拳打の音にかき消された。
 横を向けば、澪とアリサが拳を交えている。
 一見してか弱そうな外見に、二人とも笑みを浮かべているため大したように見えないが、彼女たちの力量に周りをガードしているSSの連中の顔色が青くなっていた。
「やれ、やれ。友達だって聞いた時は、ただの親友だと思っていたけど……まさか、強敵(とも)ってやつとはな……」
 二人の見事なまでの闘いに、呆れ果てる雅史。隣を見れば、
「……凄い」
 ぽっかりと開けた口を両手で隠しながらユウは心底驚いていた。
 その仕草が、すっかりと女性のものになったなと思う雅史。
 さすがに空港内でこれ以上騒がれては困ると思ったのか、SSが止めに入るが、
「邪魔です」
「邪魔しないで下さいませ」
 あっけなく返り討ちにあうSS。
 そんな不甲斐ない護衛をみてクスクスと笑うユウ。
「なぁ……」
 雅史の呼びかけに、ユウは小首を傾げるように見上げた。
「本当に女王になるのか? 別に本当の身体が無くても、今の身体から体細胞を抽出して、男として培養すればいいじゃないか」
「それも考えました。でも、私のわがままで国に災害が訪れると困りますからね」
 昨日、ユウを助けた後、すぐにオケアノス本国から現女王が崩御されたことが伝えられた。
 そして、次期女王候補が存在しないことに、国中が災厄が訪れるとパニクっていることも……
「まぁ、お前が言うなら別にいいけどさ……」
 軽く肩を竦めてみせる雅史。
「もっとも、即位はギリギリまで行わず、しばらくは女王としての修行がまっていますけどね」
『心』は女性のものとなったが、ユウはこれから女王としての知識や気品を身に付けなければならなかった。
「がんばれよ」
 何か言いたげな眼差しを向けるユウ。
「あっ……」
 口を開けたそこに、いきなり澪が抱きついてきた。
「ユウちゃん。これでお別れなんて、寂しいわね」
「み、澪さん……」
「もしも、国に帰って、何かあったら連絡してね。どんなに遠くにいても、私が何とかして上げるから」
「澪様、それは私に対する当てつけですの?」
 肩で息を切らしているアリサ。
「別にそんなつもりはありませんよ」
 ケラケラと笑いを隠そうとしない澪。微塵も息を乱していない辺り、澪とアリサの実力の差だろう。
 姉に抱きつかれているユウの頭にポンッと手を置く雅史。
「良かったな。世界最強の姉さんが何とかしてくれるって言うんだ。女王だろうと独裁者だろうと、何だってやれるさ」
 全くの偽りのない雅史の言葉。
 そして、その言葉を言った本人が痛感するのはもう少し後のことだった。
「ユウ王女。フライトの時刻です」
 息を整えながら、出立を告げるアリサ。
「雅史。また、会えますか?」
「たった一日とは言え、これだけ突飛な経験をした仲だ。それなりの縁がありそうだからな、また会えるだろうよ」
 そう言って、雅史はユウを見送った。

       4

 あれから1年が過ぎようとしたある日、都心でバイトをしながら自由気ままな一人暮らしをしていた雅史の元に、大至急帰ってくるようにと澪から連絡が入った。
 いまだに姉には逆らえない雅史は、渋々ながら帰郷することに――
 木漏れ日の下、澪の店を目指して煉瓦道を歩く雅史。そんな彼とすれ違うように、一人の女性が向こうから歩いてくる。
 金髪碧眼の女性の外見は、都会では何処にでも見られるが、避暑地である田舎では珍しい。
 そんな異国の女性に、雅史は、都会暮らしが長かったのと、暑さのためか、全く気にも止めずに通り過ぎていく。
 立ち止まり振り返る女性。
「あっ……」
 声をかける間もなく、雅史の姿は陽炎に消えた。
 呆然と佇む女性。その隣りの車道に滑り込んできたリムジン。そっと扉が開く。
 黙って乗り込む女性。ただ、その顔は少し怒りにむくれていた。

「ただい――ムグッ!」
 店の扉を開けて入ってきた雅史。その顔面にいきなりクッションが飛んできた。
「何するんだよ、ねえ――」
 クッションを退けて叫ぶ雅史だが、腰に手を当てて睨み付ける澪に睨み付けられ、言葉が詰まる。
「雅史さん。ここに座りなさい!」
 有無を言わせぬ口調で、雅史は床に正座させられた。
「いいこと、雅史さん。男子たるもの、女の子を泣かしたらいけませんよ!」
 腕を組んで雅史を怒る澪。
 何が何だから分からない雅史は、ただただ、黙って姉の小言を聞くのみであった。
「澪様。もう、それくらいにしたらどうですか? 雅史様も反省しているようですし」
「ア、アリサさん!?」
 奥から出てきたアリサに驚きの声を上げる雅史。
「お久しぶりです、雅史様」
 優雅に頭を下げるアリサ。彼女の後ろには一人の若い女性が碧眼の瞳に涙を浮かべてこちらを睨んでいた。
「ね、姉さん」
「何?」
「姉さんが言っていた女の子って、もしかして……あの女性のこと?」
「そうですよ。
 せっかく1年ぶりに会いに来たって言うのに、何でも雅史さん、気付かずに通り過ぎたそうじゃないですか」
「1年ぶり――って……」
 アリサさんもいるわけだし……もしかして、ユウ?
 全く気付かなかった雅史。
「ユウなのかい?」
 コクッと小さく頷く。
「お久しゅうございます、雅史様」
 涼しげな声音、やんわりとした優雅な仕草でスカートの裾を持ち頭を下げる。
 あまりにも見事なその姿に、ぼぉーっと見とれる雅史。
「見違えたよ。すっかりとお姫様じゃないか」
 その言葉に、浮かんでいた涙が消え、ユウの顔が笑顔に変わった。
「――で、俺に何のようなんだ? まさか、ただ単純に会いに来ただけではないだろ」
「さぁ、ユウちゃん」
 澪に促されるように、口を開くユウ。
「式に、式に一緒に出ては貰えませんか?」
 即位式……か。
「俺が?」
「はい」
 静かに頷くユウ。どうしたものかと姉の澪を見れば、不遜な笑顔を浮かべていた。
「駄目でしょうか?」
 少し曇った顔。捨てられた子猫のような真っ直ぐな瞳で見つめられ、さすがに嫌とは断れなかった。
「乗りかかった船だしな。付き合ってやるよ」
「本当にユウ様の式に出ていただけるんですね」
「ああ」
 隣からのアリサの言葉に頷く。
「雅史さん。付き合う以上は、ちゃんと最後まで付き合うんですよ。その心構えはちゃんとあるんでしょうね」
 アリサに続いて念を押してくる澪。
 おかしな聞き方をするなと思いながらも、雅史は承諾を口にした。
「ああ、ちゃんとだ。最後まで付き合ってやるよ」
 その言葉の意味することを知らずに。

 そ・し・ て……

「――で、何で俺はここにいるんだ?」
 一緒に入国した澪は、アリサと共に参列者の片隅いる。
 今彼が居る場所は、雅史――そして、ユウの二人だけだった。
「もしかして、これって澪姉さんの入れ知恵とか?」
 白のタキシードを着せられた雅史は、隣のユウに小声で呼びかけた。
 少しでも大きい声で話すと、周りのマスコミの集音マイクに音声が拾われるからだ。
 即位式に参加するつもりでオケアノスにやってきた雅史。
 ただ、
 式は式でも、それは結婚式だった。
「よく分かりましたね、雅史様」
 純白のウェディングドレスを着込んだユウが、上目遣いで見上げてくる。
「でも、最後まで付き合っていただけると仰られた以上、最後まで付き合っていただきますわ」
「最後までって?」
 聞かなくても分かるが、ただ何となく聞いてみたかった。
「最後と言うのは、私が退位するまでと言う意味ですが」
 それが澪の入れ知恵だった。
「嫌なんですの?」
 少し悲しげな顔をするユウ。
 華やいでいたユウの笑顔がくぐもっただけで、周りのカメラが一斉に二人の方を向いた。
 そんな周りのことなど知ったことかと、じわっと涙を浮かべ始めるユウ。
「キスしたのに……私を捨てられになれるんですか?」
「う゛っ」
 一年前の湖で、恋人を演じるためにキスしたことを思い出した。そして、その時、ユウが口走っていたことも。
『オケアノスの王女が交わすキスは婚姻の証。キスを交わした者は、どのような身分であろうと夫婦にならなければならないのよ』
「キスしたのに……私を捨てられるのですね」
 再度言うその言葉。
 浮かんだ涙が頬を伝う。
 あまりにも自然に女性の武器を使うユウに、雅史は周りをぐるりと一度見渡し、観念したかのようにまだ言いたげのユウの口をそっと塞いだ。

 End♪







『 あとがき 〜ネタ明かし及び反省〜 』

 元々このレンタルボディは、TWO−BITが4年ほど前に造ろうと画策していたゲームが元になっています。なにぶん、暇がない上、自分一人で造ろうと考えたのが間違っていたため、シナリオ段階で挫折。ハードの奥底にお蔵入りしていたものです。暇を見付けては、ゲームは無理でも小説ぐらいなら――と考えながら、今まで暖めていた設定の一部分(男→女の部分)のみに着眼点を置いてこの作品を書き上げました。

『1』は、劇などの描写でTWO−BITにはあまり縁の無い世界故に、思ったほどのリアリティを出せなかったことが少し悔やまれます。

『1』と違って『2』は、設定に引っ張られ過ぎた気がし、さらに、ユウがあまりにも特殊な生い立ちのキャラクター故、TWO−BIT自身、少し持て余していました。

『2.1』は『2』のキャラクターの性質を少し変えた上に、『2』で描ききれなかった部分を追加してみたモノです。ただ、『2』の中で気に入っていた部分をヴァージョンUPの際に、取り去ってしまったのが悔やまれます。
『2』+『2.1』が書ければベストなんですけど、今のTWO−BITではまとめて書く実力が無かったということです。

 何はともあれ、キャラクターの心情を描ききるのがまだまだ未熟なのを痛感しました。
 後、今回の作品では、オンラインノベルの表現の可能性を実験させていただいております(若干、お見苦しい点があったかもしれないことをお許し下さい)
 次回は長編だ!(※真に受けないで下さい/長編なんて、書く暇無いもので……)

 追記 少年少女文庫では未発表の『2』(一時期TWO−BITの持つ頁で暫定公開はしていたヤツ)ですが、もし読んだことのない方で、読んでみたいと仰られる方がいらっしゃいましたら、メールを下さい。データを返送します。





 
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