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The day before

 その日は、朝から雨が降り続いていた。
 昼だというのに、曇天模様の空は暗く重い。
 雨音と共に聞こえてくる崖下からの波の音は荒れ狂い、辺り一帯の気候の乱れを物語っていた。
「チッ」
 舌打ちし、ガスの切れたライターをズボンのポケットにねじ込む。
 くわえたタバコを箱に戻そうかと思ったが、女はそのままくわえていることにした。
 21世紀初頭のタバコと違い有害性の無いそれだったが、ただモノを口にくわえると言う行為にも多少の依存性はあり、手持ちぶさたにタバコに手を伸ばす人も少なからずおり、女もまたその一人だった。
『運が無い』今日は酷くそう思わされた。
 昨夜の天気予報では快晴だったそれは、いざ夜が明けてみれば大雨だった。乗っていた車は土砂降りの雨に掻き消されていたゴミを踏んでパンク。突然のパンクによる更なる事故こそは無かったが、タイヤを二つも破裂させてしまえばスペアタイヤの意味もなく、連絡を入れた修理屋が訪れるまで足止めする羽目になった。
 ただ、車で待つのも嫌で、車内に起きっぱなしだった傘を広げ、海を見ようと外に出た。
「?」
 視界の片隅を過ぎった影に自然と視線を向ければ、自分よりも4、5才若い二十歳前後の女性が崖に向かって歩いていた。
「自殺?」
 最悪の思考が浮かぶが、黒一色の服装と片手に提げた花束に女の想像は霧散する。海で亡くなった死者への追悼なのが解った。
 興味が失せたのか、踵を返す女だったが、
「きゃぁ!」
 崖から聞こえる悲鳴に振り返る。
「チッ」
 傘とくわえたタバコを捨て、崖へと駆け出す。崖際には、不自然な足取りで崖へと進んでいる女性が居た。
「地縛霊!」
 駆け寄る女の瞳は妖しく光り、本来見えるはずのないそれを看破する。
 無数の亡者共の悪意によって今まさに崖から引きずり落とされようとする女性の腕を、女は紙一重で掴んだ。
「大丈夫!?」
 問い掛ければ、突然の出来事に身体を震わせつつも女性は何とか頷いてみせた。
 不思議と女が睨んでみせれば、地縛霊達は女性から離れていく。軽くなった体を動かし崖に手を掛け、女性は女の手を借りながらなんとか崖の上に戻れた。
「ここは危険だから離れるわよ」
 女は崖から離れるように女性の手を引き、車道まで戻る。女性のモノだと言う赤い車に乗り込み、一息つく二人。
「危なかったわね。亡者に引きずり込まれるとこだったわ」
「亡者……」
 ハッとしてスカートの下の足を見る女性。そこには無数の手形が付いていた。
「ここまで来れば、ひとまずは大丈夫よ」
 不安がる女性に対して、何ともないかのように言い切る女。
「霊媒師の方ですか?」
「違うわ。ただ職業柄、霊魂とかに詳しいだけよ」
 科学的に霊魂の証明がされて早数十年。心霊を研究、活用している人は多く、女性もそんな一人だった。
「あ、あの……、私を引っ張ろうとした幽霊の姿は見えたんですか?」
「生者にあそこまで強烈な障りを起こそうとしたんだから、それなりに見えたわよ」
「そ、その中に、海斗さん――この男性は混じっていませんでしたか?」
 胸元からロケットを取りだし、中の写真を見せる。そこには、女性と一緒に写る若い男性の姿があった。
「この人は?」
「1ヶ月ほど前に、あの海で亡くなった私の婚約者なんです」
「ふーん」
 持っていた花束の理由を察しつつも、記憶に残っている悪霊と写真の男性――海斗の顔を比べる。
「居ないわね」
「そう……ですか」
 安堵――そして何処か落胆の色をみせる返事。
「だから、バカなことを考えるのはおよしなさい」
 そんな女性に対して、女はきつめの言葉を発した。そして、その意味が解るからこそ、女性は何も応えられなかった。
 もし、
 もしも、自分を殺そうとした中に恋人の姿あれば、死ぬのも良いかなと思ってさえいたのだ。
 自分の心情を見透かすような女の視線に、小さく項垂れる。
「海斗さんだっけ? 彼もあなたが死ぬのを快く思ってないはずよ」
「え?」
 顔を上げる。
「多分だけど……私があそこに訪れたのは、あなたが亡者共に殺されないように助けとして呼ばれたのよ」
 一度言葉を切り、
「その海斗さんに」
 静かに告げた。
 はっとして息を飲む女性。
「……海斗さん」
 ハンドルに頭を埋め涙した。
 話すこともやることも無くなった女はポケットから取りだしたタバコの箱から一本す抜き、口にくわえる。
 雨はまだ、やみそうになかった。





「雨も小振りになってきたし、私は行くわね」
 落ち着いたのを見計らって、そう口にする。
 完全にやんだとは言えないが、持っていた傘を投げ捨ててきた状況じゃ、小康状態の今の内に自分の車に戻りたい。
 ドアを開け外に出ると、女は思いだしたように車内の女性に向かって振り返る。
「私の名前はさいり。もし何かあったら、そこに連絡しなさい」
 そう言って取りだした自分の名刺を、ダッシュボードの上に置く。
「あっ、私は蒼月、蒼月桜です」
「桜さんね」
 崖の方を一瞥し、
「私が離れたら、早くここから立ち去った方がいいわ。海から離れているとはいっても、私が離れたら、また桜さんを呼ぼうとする霊が出て来るとも限らないから」
 一方的に忠告し、さいりはじゃあねっと手を振って桜の車とは逆方向にある自分の車に向かって歩いていった。
 背後に車が走り去っていくのを感じながら、崖へと目を向ける。そこには一人の男性が立っていた。半透明で揺らいだ姿の男性の顔は、先ほど見せて貰った写真のソレだ。
「……私も人が良いわね」
 小さく零し、崖へと再び足を向ける。
「ねぇ、あなたが私をここに呼んだのよね?」
 語尾こそ訊ねているが、それはまるで確定事項のような言い方だ。
『桜を、彼女を助けてくれて、ありがとうございます』
 ペコリと頭を下げる幽霊――海斗。
「ふーん、自我はちゃんと残ってるんだ」
 ちゃんとしたお礼が返ってきたことに、少しだけ感心する。
「それはそうと、呼ぶのは良いけど、もう少し穏便な手で呼んで欲しかったわね」
『すいません。時間が無かったんです』
 海斗の霊は恐縮そうに謝った。
「それなら、桜さんの方の足でも止めれば良かったでしょ」
 言葉の内に多分な棘を見せるが、それはパンク代だと思って貰おうと考え、隠そうともしない。
『すいません。僕が活動できる範囲は限られていて、しかも桜の側には近づけないんです』
「地縛されてるわけね」
 すいっと瞳を細める。
「ねぇ、海斗さん」
『何です?』
「あなた、桜さんともう一度生身で会って会話できるとしたら、どうする?」
 それは、あまりにも頓狂な誘いだった。






































                          RENTAL BODY Ver9
縁 -enisi-





































 扉の脇のスイッチを入れれば、天井に仕組まれた明かりが灯る。
 使われることのない机やら機材やらが置かれたその部屋からは人の気配は感じられず、どこか寂しい雰囲気が漂う。
 部屋に入ると、さいりはポケットから取りだしたペン状の装置を左右に引っ張り開けた。
 すると、ぷしゅーっとした空気の抜ける音と共に、
『いきなり何す――ここは!?』
 幽霊の海斗が出現した。
 ペン状のそれは、心霊工学の理論を応用して作られた霊子捕縛装置だった。海斗の縛りを無理矢理千切るために用いたのだ。
「数年前に私が経営していた会社のオフィス兼研究室よ。私の持ちビルだから、使わなくなった今もそのまま放置してあったの」
 海斗を余所に、置かれた機材を確かめるさいり。
『大丈夫なんですか?』
「一時的にとは言え、死者を生き返らせるといった非合法なことをするから、こういう所の方がいいのよ」
 慣れた手付きで次々と機材を起動させていく。
『どうして僕にこんなことをしてくれるんですか?』
「気紛れってのが正解かな」
 それは思いがけない返事だった。
「納得する答えが欲しいなら、一時的にとは言え、死んだ人が生き返るのを見てみたい――実験と思ってくれればいいわ」
 涼しげに言い放つ。その微笑みの下に微かな翳りが見えたが、幽霊である海斗には気付くだけの繊細さは無かった。
「じゃあ、そこに寝るように浮いてみて」
 指さしたのは、本来幽体離脱を行う装置だ。
 言われるままに寝転がる海斗。さいりは淀みない手付きで装置をセッティングしていく。
「あ、そうそう」
『何です?』
「悪いんだけど、キミを入れるRBはここに残ってるデータのを使わせて貰うわ」
 生き返れるなら贅沢も言ってられないと、海斗はあっさりと承諾してみせた。
「じゃぁ、行ってきなさい」
 装置の起動音がしたと思うと同時に、海斗の意識は光の奔流に消えた。



































The day

「う……」
 うっすらと瞼を開ければ、眩いばかりの光に目が眩む。
「あら? 気が付いたようね」
 珈琲カップを傾けながら本を読んでいたさいりは、机の上に置かれた時計へと目を向ける。
「予想よりも30分の遅れね。幽霊がRBを使うんだから、生者とは違うってことかしら……あっ、これ着替えよ」
 ぽすっと身体の上に着替えが放り投げられた。
 それを摘み上げてみる海斗。どこか焦点の定まらない思考だったが、物に触れられるという事実が覚醒へと導いた。
「生き返ったんだ」
 呟いた声には違和感は感じるが、空気を震わせて発せられるソレに、生きてる実感を感じさせられた。
 違和感は身体の違いだと考え、着替えようと上半身を起こせば、腹の上に載っていた着替えが落ちる。
「あっ」
 慌ててそれを拾い上げようとして感じる違和感。そして何より、
「ブラジャー!?」
 拾い上げた女性用の下着に目を白黒する。
「な、な、な――なんで、女なんだよ!?」
 先ほどからの違和感。それは高すぎた声。そして、プルンとした形良い胸だった。
 部屋を襲った突然の叫び声にさいりは顔をしかめた。
「言ったでしょ」
 うざったげに髪の毛を掻きむしる。
「ここに残ってるデータのを使うって」
「だ、だけど……女性の身体なんて考えてもいませんでしたよ。男の身体ならどんなのでもいいから、別のって無いんですか?」
「無いわ」
 あっさり切り捨て、早く着替えるように促す。
 渋々ながらもブラジャーの紐に腕を通す海斗。どこかおっかなびっくりだ。
 そんな着替えを遠巻きに見ながら、さいりは淡々と説明を始めた。
「ここはね、RBを使って一人の正義の味方の――少女を作り上げるために組織された会社なの。その身体は、そんな正義の味方の為に用意されたプロトタイプデータを元に構築しているわ」
 話を聞きつつも海斗は着替えを進める。下着を身に着け、ノースリーブの白のブラウスを着込みプリント柄のフレアスカートを履く。
 薄い生地のサラリとした感触がかなり心許ない。
「能力自体は一般人と何ら変わらないけど、外見に関しては一流のRBデザイナーによるデザインされたしろものだから、かなりの美人よ」
 豪語するだけあってか、姿見に映る姿は確かに美人だった――が、本来とは全然違う自分の姿に、力無く項垂れる。
「そんなに男性体が欲しいなら、用意できないこともないわよ」
「本当ですか!?」
 がばっと顔を上げる。
「ここのシステムは、その正義の味方を作ることのみに特化して組んであるから、用意するなら別の所のを借りることになるから、すぐには無理ね」
「すぐじゃないとすると、どれくらいですか?」
「借りる場所次第ね。それでも最短で丸一日は掛かるけど……RBを使うことであなたの霊力の消費率を考えると、男性体になっても1日いられるかどうかってとこよ?」
「1日経つとどうなるんです?」
「RBに魂を留まらせることも出来なくなって、離脱。その後は、現世に残るほどの霊力もないだろうから、仏教で言うところの成仏かしら?」
「成仏……」
 生きている時はなんとも思わなかった言葉も、いざ死んでみた後ではその先にある何かに恐怖を抱き、重くのしかかる。
「あっ、男性体になりたいなら早く決めることね」
「え?」
 壁際に置かれたホワイトボードへと足を向けるさいり。ボードに書かれていた『カクテルポニーテール計画』の文字を見ては苦笑し、消し去る。
 真っ白になったボードに人の形を模した絵とその中に『20日』の文字を書き込む。
「20日?」
「これが、そのRBで居られる最長の予想時間よ。もっとも、こんな実験データはほとんどないから、シミュレーション結果も気休め程度の憶測でしかないわ。外的要因が起これば、簡単に外れるわね」
「その外的要因が起こったら、どうなるんです?」
「短くなることはあっても、長くはならないわ」
 心の中にその日数を刻み込む海斗。
「そして、男性体になったら1日が限界と言ったわね」
『20日』の人型から矢印を描き、女性の形を模した絵を隣に描き、その中には『1日』と入れる。そして、矢印の上には『5日』の文字が。
「5日?」
 訝しげにその日数を口にする。
「その身体で5日以内なら、別の身体に移動できるってこと。逆に5日過ぎてからじゃ、霊力が保たず次のRBに宿ることは不可能。下手に移そうとすると、移ってる過程で魂が消えるわね」
「男性体に戻ることを考えると、最長で一週間も居られないってことなんですか?」
「そうね。一応、それなりに伸ばすようにはしてみるけど……一度死ぬと現世との縁が極端に薄くなるのよね」
「縁?」
 問われ、さいりは新たに『縁』の一文字をボードに書き加えた。
「心霊工学では、魂がRB体に宿っていられるのは、霊力以外にも現世との縁が関わるんじゃないかと言う説があるの。今のところ、定説ね」
「縁が関わる?」
「RBシステムを使うにはある一定量の霊力が必要なのは知ってるわね?」
「はい」
 RBサービスが浸透している今、それは普通に知られている知識だ。
「生来の身体でもない存在に魂を入れるって行為は、底に穴の空いているコップに水を入れるようなもので、霊力はだだ漏れ状態なの。本来、そんな状態でRBを使えば一気に霊力を消費し、数日で死に至るわ」
 底に穴の空いたコップと昇天した絵を描く。
「でも、現実にはそんなことは起きない。それは、本来の肉体を通して繋がっている現世との縁が穴を塞いでいてくれるからなの。でも、RBに居る時間が長くなればなるほど、本来の肉体との縁は薄れていき、霊力の消耗度を激しくしていくわ」
「そ、それなら、僕は20日なんて長い間は居られないんでは?」
 既に死んでいる自分には、仮初めとは言え生きていられるだけの縁は無いと考える。
「そう。さっき言った男性体での1日ってのが、幽霊であるあなたがRBを使って活動できる限界なの。タイヤをパンクさせるほどの霊力をもった幽霊をしても、それが限界」
「じゃあ何故、この身体だと20日も?」
「そのプロタイプRBはね、そんな現世との縁が切れた人用に作った特別仕様のRBなの。可能な限り霊力の消費を押さえるように作ってあるわ。もっとも、それを使ってもあなたを20日程しか現世に留まらせるのが限界の失敗作よ」
 何処か自虐的に呟くさいり。眼差しは閑散とした部屋の中を見つめていた。そこには無い何かを懐かしむ様な、儚くも脆い視線だ。
「あ、あの……」
「あっ、そうそう」
 掛けられた声で、目つきが戻る。
「キミの本来の身体のDNAパターンから作られたRBなら少しぐらいの縁があるはずだから、2日ぐらいは保つわね」
「え?」
「少しでも長く男としていたいなら、髪の毛の一本も見つけてきなさい」
 言ってニヤリと微笑むさいりだった。


「あそこがあなたの家?」
 車を停め、窓から少し先に見えるマンションを窺う。助手席では海斗が慣れないスカートにドギマギしていた。
「あっ、はい。僕が死んだことで解約されていなければ――ですけど」
「ふーん。行方不明になって1ヶ月やそこらじゃ、家賃さえ払っていればすぐには解約はされないと思うけど……」
 見た感じ、空き部屋がちらほらと見えるそこは、すぐに次の人のために――とは考えられない。
「鍵とかは――持ってるわけないか」
「桜なら合い鍵を持ってるんですけど」
「桜さんか……」
 どうしたものかと頭を悩ますさいりだったが、ルームミラーに映った影に、慌てて横を見る。
 追い抜く形で一台の赤い車が、マンションの前に止まった。
「噂をすればってヤツね」
「!?」
 つられるように視線を向けては、海斗の手は膝の上で強く握りしめられた。全身は冷や水を浴びたが如く冷え切り、目は恐れと恐怖と歓喜と羨望の混ざり合った寂しげな色をみせる。
 そんな隣人の様子など気にも止めずに、さいりは車から出てきた人影に向かって窓を開けて呼び掛けた。
「桜さん」
「え?」
 黒一色の服に身を包んだ桜が振り返る。
「あっ、さいりさん。昨日はありがとうございました」
「あれから無事に帰れたようね」
「おかげさまで――」
 応えつつも、助手席の女性の存在に気付く桜。
「この娘は、私の助手みたいなものよ。名前は西野カリンさんよ」
「そうなんですか。私は蒼月桜です」
「は、は、は、じめ、はじめました」
 顔面真っ赤にしてしどろもどろに怪しげな言葉を発する海斗こと西野カリン。
「ごめんなさい。人見知りの激しい娘なの――ほら、ちゃんと挨拶しなさい、カリンさん」
 肘で突っつく先は、カリンのたわわに実った胸だった。
 胸を動かされることで、自分が桜の知っている海斗じゃないことを強く思い知らしめられるカリン。
「えぇっと、西野……カリンです。よろしくおねがいします」
 なんとかそれだけ言い切ってみせた。
「今日はどうかしたんですか?」
「あなたの死んだ彼氏――海斗さんのことで少し調べたいことがあってね」
「え?」
 恋人の名前に戸惑いをみせる
「昨日は桜さんを助けるために動いていたようだけど、あのまま現世に居たりすると悪霊になる可能性が高いからね。成仏させるためにも未練の理由を探しに来たの。でも、どうやって彼の部屋に入るかどうかで悩んでいたところよ」
「成仏……ですか。で、でも……せっかくあそこに居るんだから……」
 幽霊とは言え、愛した男がいたんだ。それを消し去ると言うさいりの言葉に、頭はついてきても感情はついてこない。
「ダメよ、桜さん。あなたには悪いかも知れないけど、あのままあそこにいたりしたら直に他の悪霊共に染められて、自分も悪霊になるのは時間の問題よ」
「さいりさん……」
 小声で呼び掛けてくるカリンだが、さいりは敢えて無視して話を進める。
「悪霊になって人を殺す前に成仏させた方がいいでしょ?」
「そうですよね。成仏させた方が良いんですよね」
 納得は出来ないまでもなんとか頷いてみせる桜に、さいりは満足げに微笑む。
「そう言うことで、宜しければ私達も彼の部屋に上げてくれないかしら?」

 さいりの押しに押され、桜は海斗の部屋へと二人を上げる。1ヶ月以上主不在というのに、部屋は片づき、空気は澱んだ様子もなかった。
 桜は部屋に入ると持ち込んできた段ボール箱を組み立て始めた。聞けば、海斗の田舎の両親との話で、遺品――桜自身、認める気はなかったが、昨日の出来事でそれを認めるだけの心の落ち着きは得ていた――を整理し、部屋を解約することになったと教えてくれた。
「手伝うよ」
 ぼそっと素っ気なく呟くと、カリンは空いた段ボール箱に荷物を入れ始める。桜は気が付かなかったが、カリンの端正な顔は翳っていた。
「そう言えば、どうして海斗さんは亡くなったの?」
 棚に置かれた写真立てへと手を伸ばすさいり。そこには海斗と桜が海をバックに並んで写っていた。
「海斗さんは絵描きなんです。1ヶ月ほど前にあの海に一人で絵を描きに出掛け、そして突然襲ってきた津波にさらわれたんです」
「津波……そんなものもあったわね」
 少し前に南米の方で大きめな地震が起こったのを思いだす。その地震で起こった津波は日本にまで迫り、各地で被害を出していた。
 桜の話に、さいりは海斗の死因が津波だけではなく、桜を引っ張ろうとした悪霊も関わってると考えていた。
「それで捜索隊は出たんですが……いまだ何も…………見つからず…………うぅ」
 言葉は途切れ、途切れ、やがて口元を押さえて嗚咽する。ポタポタと垂れた涙が、段ボール箱を濡らしていく。
「大丈夫。大丈夫だから、大丈夫」
「え?」
 突然の温もりに顔を上げれば、優しく諭すようにカリンが抱いていた。
「苦しければ泣けば良いんだよ。涙を堪えていても、誰も喜ばないんだからさ」
「う、うぅ…………海斗さん……」
 カリンの腕の中で嗚咽する桜だった。
 遠巻きにしていたさいりはそっとリビングを出ていく。





「桜さん」
 落ち着いたのを見計らって、さいりがリビングに戻ってきた。
「はい、なんですか?」
 泣くだけ泣いたのか、目こそ赤いがいくぶんか落ち着いた様に見受けられる。ただし、胸を貸していたカリンの服はぐちゅぐちゅの凄いことになっているが……
「急な用事が出来てね。カリンさんは置いていくから、荷物の片付けの手伝いにでも使って良いわよ」
「さいりさん!?」
 慌てて駆け寄ってくるカリンの首に手を回し、
「あなたも、彼女ともっと話していたいでしょ」
 耳元で囁く。
「あっ、正体だけはばらさないようにしなさい」
「どうしてです? 僕が海斗だって話せば桜の気持ちも――」
「ダメね。それじゃ立ち直れるものも立ち直れなくなるわ」
 ううんと首を横に振る。
「今話せば、間違いなく彼女はあなたに依存する。そんな状況で別れたら、彼女の心はどこかおかしくなるわね。理想は、RB体が出来るまでの間に彼女の気持ちを整理させ、別れを告げても大丈夫な状況になって初めて、海斗として会うことを許可できるわ」
 表面上落ち着いているが、桜の精神状態はかなり危ういと踏んでいる。だからこそ、安易に正体をばらすことにさいりは同意できなかった。
「じゃあ、そう言うことだから、私は行くわ――桜さん、お先に失礼するわね」
 カリンから離れ、桜に挨拶するとさいりは部屋から出ていった。
 リビングに取り残されたカリンはどうしたものかと悩む中、桜が先に動いた。
「カリンさん、お茶を煎れますが、何が良いですか?」
「じゃぁ、珈琲を」
「珈琲ですね」
 キッチンへと消えていく桜。カリンは、へたれるようにソファーに座り込んだ。
 切ないほどに会いたくて、狂おしいほどに募っていた想いだが、女として会うなら話は別だ。桜のためにも、さいりに言われたように正体をばらさないように演じなければならない。
 愛しい彼女に、これ以上の苦しみを残させないためにも。
「お砂糖、どうします?」
「あっ、砂糖はいい」
 努めて冷静に受け応えるが、ふっくらとした形の良い胸の下では心臓がドキドキと高鳴っていた。
 逸る心臓を押さえるようにそっと手を添えては気付く。べとべとに濡れて胸にへばり付いている服の存在に。
 それは桜の涙を受けて濡らした跡だ。
 かなりの量を流したためか、ブラウスの下のブラジャーが透けて見えていた。
 テーブルの上のティッシュを手に取っては拭ってみるが、浸透しきっているためあまり意味がない。
 自然に乾くまで気にしないようにするかと考えてると、トレイに珈琲を載せた桜が戻ってきた。
「珈琲煎れてき――あっ! 着替え、今、用意しますね」
 ティッシュで拭っている姿に、自分の痴態を思いだしては慌てる桜。珈琲をテーブルの上に置くと、パタパタと着替えを取りに隣の部屋へと駆け出した。
「えぇっと……」
 再度取り残されて、手持ちぶさたに陥るカリン。目の前でトレイの上に載ったまま湯気を立ててる珈琲へと手を伸ばしては、
「にがっ」
 思わぬ苦さに、鼻の上に皺が寄った。
 飲み慣れたはずの珈琲は酷く苦く、久々の味覚にはきつかった。
「砂糖がいるか」
 よろよろと立ち上がると、慣れた足取りでキッチンへと向かい食器棚の引き出しから砂糖を取り出す。ついでに、別の場所にあった珈琲用のミルクも一つ持ってくる。
 それらを入れることでマイルドになった珈琲へと口を付けた。
 半分近く飲んだ頃、一着の服を抱えた桜が戻ってきた。
「あら? 砂糖にミルク?」
 珈琲カップの隣に置かれた砂糖の包みを見つけては、桜の眉が怪訝につり上がった。
「あっ、ごめん。苦味が強くて勝手に貰ったんだ」
「いいですよ。ちょっと濃く煎れすぎたようですね」
 さして気にも止めてないのか、話題はそこで終わった。
「はい、着替えです。洗濯しますので、それに着替えてください」
 差し出された薄桜色のワンピースに、カリンの身体が強張る。それは、一年ほど前に海斗が桜にプレゼントした服だった。
「どうかしました?」
「ほ、他には? これは……その…………」
 想い出の服だけ合って戸惑いが隠せない。
「お気に召しませんか? 着替えを探していたら、カリンさんにはコレしかないって思ったんですけど」
「え、でも……これって、大事な物じゃ?」
「ええ。海斗さん――亡くなった彼が私にプレゼントしてくれた服です」
「それなら、なおさら――」
「何故か解らないんです。でも、カリンさんにはどうしてもコレを着て貰いたいんです」
 そう言い切られては、渋々ながらも着替えるしかなかった。
 桜がカーテンを閉めるのを横目に、ニットの裾に手を掛ける。服を脱ぎ、スカートを下ろす。恋人の前と言うこともあってか、カリンの心臓は爆発寸前だ。
「うわぁ、似合いますね」
「そ、そうかな?」
 頬が熱くなるのを感じ、そっぽを向く。
「その服、海斗さんが私に勧める時に、もし、自分が女だったら、一度着てみたかったって言ったんですよ」
 クスッと微笑むその言葉の内容に、プレゼントした時の状況を思い出す。
 冗談で言った覚えはあるが、まさか自分が本当に着ることになるとは思ってもいなかった。
「あっ、服の方は洗濯してきますね」
 脱いだ服を手にリビングを出ていく桜。カリンは着込んだワンピースにどぎまぎしながらも、そんな気持ちを誤魔化すように、部屋の物を段ボール箱にしまい始めた。


 カチャ――
 扉の開く音に、さいりは目だけを向けた。
「おかえりなさい」
「あっ、ただいま」
 掛けられるとは思わなかった挨拶に、カリンも慌てて返す。
「どう? 桜さんには正体はばれなかった?」
「はい。何とか」
 疲れたとばかりに、空いていた椅子に腰を下ろす。
「その服は?」
「桜に着させられたんです。さいりさんに借りた服はあいつの涙で濡れましたから」
「ふーん、桜さんの服ね」
 眺め眇めていたさいりだが、カリンの雰囲気の変化に顔を上げた。
「どうかしたの?」
「ちょっと……」
 一瞬口ごもるが、自分の部屋であった出来事を語る。
「桜のヤツ、異様なまでに僕にこの服を勧めたんです。どうしても着て貰いたいと」
「それがどうかしたの?」
「あっ、いえ。この服は僕が彼女にプレゼントした服なんです。そんな想い出の服を、僕に勧めるのが不思議で……」
「あの部屋には、他に桜さんの服はあったの?」
「はい。半同棲的な生活をしていましたから、あいつの服はそれなりに置いてあったはずです」
 動物のマーキングの如く、海斗の領域に自分の匂いを付けるように桜の私物は増えていた。
「普通の服がありながらも、想い出の服を勧めてきたってことね」
 ふむっと考え込む。
「もしかしたら彼女、魂の部分であなたが海斗さんだって気が付いているのかもね」
「え!?」
 予想外の指摘に固まる。
「それだけ、あなた達の絆は強力だってこと――愛されてるのね」
 面と向かって恥ずかしい言葉を言われて、真っ赤に照れるカリン。そんな彼女を細めた眼差しで見据えながら、
「でも、もう少し強力なら、縁を再構築できたかも知れないわね…………何かないの」
 さいりは小声で呟いた。
「え? 何か言いました?」
「別に何も言ってないわよ」
 しれっと答え、さいりはコンソールへと止めていた指を走らせる。
「それは?」
「洗面台から拾ってきた髪の毛からDNAを抽出して、そのデータを元にコンピュータの中で復元シミュレーションして最中よ」
「復元シミュレーション?」
「いきなりRBを作っても、拾ってきた髪の毛が別人のだった困るでしょ。RB自体は知り合いの研究所で作れるように手配してあるから、シミュレーションの検分さえ終わればすぐに頼めるわ――っと、終わったみたいね」
 ディスプレイには、髪の毛のDNAを元に復元された自分の顔が表示される。
「私の見る限りでは、見せて貰った写真とほぼ一致するけど――カリンさん、これが海斗さんでいいわけ?」
「はい。僕の身体で合ってます」
 ディスプレイには懐かしい顔があった。
「それなら、このデータは送るわね。早ければ、明日の夜には出来るはずよ」
 確認を終えると、データを送るための準備へと入るさいり。思いだしたように、背後のカリンに呼び掛けた。
「そうそう、あなたはもう寝なさい。隣の部屋にベットと着替えも用意しておいたから」
「え? まだ8時前ですよ?」
 窓の外こそ暗いが、いい大人が寝る時間には早すぎる。
「霊力の温存のためにも、寝たほうが良いの――はい、コレ」
 机の引き出しを漁って、一つの薬瓶を取りだした。
「なんです?」
「睡眠薬よ。さすがにこんな時間じゃ寝付きにくいだろうし……下手に高ぶられても困るからね」
「高ぶる?」
 何が言いたいのか解らず、言葉を返す。
「自慰行為よ。海斗さんも男だから、女の身体には興味があるでしょ? RB利用者にはそう言う目的の人も多いらしいからね」
「なっ!?」
 まったく隠すそぶりもなく言い切る内容に、カリンは体中を真っ赤に染め上げた。
 あたふたと慌てふためくカリンを後目に、さいりは澄まして話を続ける。
「だから、そんなんされたりして、霊力が消費したりしたら困るでしょ。男女が交わるならまだしもその手の行為は、霊力を消耗したりするのよ。少しでも長く『海斗』として居たかったら、霊力は可能な限り温存しておくことね」
 クルリと視線をディスプレイに戻し、囁くような小声で続けた。



































「あなたは、もう――死んでいるんだから」



































The second day

 早朝の一室には、忌々しげにコンソールに手を叩き付けるさいりの姿があった。
「クッ、この方法でもダメか」
 目の下には隈が浮かび、片隅の灰皿にはタバコの灰殻が山積みになっている。
「ユウ女王の時は生きていたからこそ出来たし、藤代雅史の事例はある種の転生みたいなものだし……完全に死んだ霊魂をRBに固定化させるなんて、やっぱり無理なのかしら……霊力自体は生身の人間と大差はないはずだから、縁さえあれば可能なはずなのに……そうすれば、桃太郎だって」
 ブツブツと呟いては、苛立たしそうに新たなタバコをくわえる。
「桃太郎がどうかしたんです?」
「うわぁ!?」
 背後から掛けられた声に、飛び上がるさいり。
「起きてきたのなら、いきなり声を掛けないでよね」
 呼吸を整えながら振り返れば、赤いニットに黒のタイトスカートをまとった海斗――カリンがいた。
「一応、部屋に入った時に声は掛けたんですけど……」
「それは、悪かったわね。作業に集中していて気付かなかったわ」
 素直に謝る。
「そうそう、朝食は今から用意するわね。トーストでもかまわないわね?」
「はい。それより、桃太郎ってのは?」
「気にしなくて良いわ。こっちのことだから」
 説明する気がないのか、あっさりと煙に巻く。
 トーストとベーコンエッグといった簡単なモノを摂りながら、今日の予定を話し合う。
「私は知り合いの研究所にRB制作に行くけど、カリンさんはどうするの?」
「どうしたらいいと思います?」
 桜は今日も海斗の部屋には行くと聞いているので会いに行くのは簡単だけど、正体がばれたらと考えると及び腰になる。
「どうするも何も、桜さんに会わなくて良いの?」
 ベーコンエッグの端をくわえながら言う。
「今日の夜か明日には海斗さんのRBは用意できる。でもね、必ずしもそのRBが使えるとは限らないのよ? 死んだ人の魂を今のRBに入れてるだけでも奇跡なのに、そこからまた別のRBに宿すなんて失敗する可能性だって普通にあるわ」
 うっと、唸るように息を飲むカリン。あまりに当たり前に活動できるから忘れがちだったが、完全に死んだ自分が、こうして食事を取れているのはまさに奇跡だった。
「最長で20日はいられると言ったけど、何かの拍子でそれが早まるかなんて解らないの。あなただって霊力の消費を感じてるでしょ? だから、会える時は会っておきなさい」
「……はい」
 昨日は、RBに宿ったばかりの上に桜との再開で気付く余裕もなかったが、一晩寝て確かに感じていた。身体の奥から来る己の希薄さを。
「そう言うことだから、会いに行ってきなさい」
「だけど、会いに行く理由が――」
 鼻先で奥の机の上を見るように指すさいり。そこには、桜から借りた想い出の服があった。
「夜中の内にクリーニングに出しておいたから、それを返しに来たって理由で十分でしょ。その後は、気晴らしとか何とか言って、街にでも繰り出せば? デート――」
 ちらりと、対面のカリンの胸の膨らみへと視線を向け、
「――にはならないけど、女同士のショッピングでも楽しんできたら?」
 悪戯っぽく笑ってみせた。


 昼前の裏路地に一台の車が停まった。エンジンを制止させ、降りてくるのは桜だ。通い慣れた足取りで、マンションの入り口へと向かう彼女だったが、不意に現れた人影に進路を塞がれた。
「え?」
「おはよう、桜――さん」
「あっ、カリンさん。おはようございます」
 現れた影の正体に気付き、緊張を解く。
「今日はどうしたんですか?」
「昨日、借りた服を返しに――」
 ぶっきらぼうに持っていた紙袋を押し付ける。
「わざわざすいません」
「いや、こっちも助かったから」
 直視できないのか、カリンは横を向く。
「それより、今日も片付けに?」
「はい。今の私にはコレしかすることがないから……」
 伏し目がちな桜の顔に愁いが帯びた。その姿を視界に入れては、カリンは意を決し彼女の手を取った。
「カリンさん?」
「買い物に行くから、ちょっと付き合ってくれないかな?」





 桜の車に乗り込み、街道を走る。
「あっさりと付き合ってくれるんだね」
 強引に誘ってはみたものの、簡単に付き合ってくれるとは思ってもいなかった。
「カリンさんとは何故か一緒にいたいって思えるんですよね。私、レズの気は無いはずなんだけど……カリンさんとはいいお友達になれそうだからかな?」
 桜はハンドルを握ったまま小首を傾げ、自分の感情を冷静に考えてみ、最後にコケティッシュにはにかんだ。
 市街地を走っていた車は、駅前のステーションビルの駐車場へと入っていく。
 空いてる場所に停め、降りる二人。そのまま通路を進み隣の百貨店へと訪れた。
「買い物って何か買うんですか?」
「えーっと」
 言葉に詰まる。さいりに買い物にでも楽しめとは言われたが、その後の展開を考えていなかった。
「まぁ、てきとうに……ね」
 曖昧に先へと足を進める。そんなカリンにきょとんとしながらも付き合う桜。
 初めの内は近場にあった電化製品や家具売り場などを見ていたが、
「その服って、さいりさんが選んだんですか」
「あ、うん。まぁ……あんまり服の流行りとか解らないし」
 エレベーターで売り場を移る間にファッションの話題になり、着ている服がさいりから借りたモノだと零したカリン。
「ふむ」
 桜は口元に手を添え何やら考え込み始める。やがて、エレベーターの中でカリンの周りをクルクルと回りだした。
「な、なにかな?」
「カリンさんって、すっごくスタイルがいいのね。スカートで分かり難いけど、腰の高さからして足は長そうだし、胸も形は良いし、顔も綺麗……まるで、RBみたいね」
「え!?」
 真実を突かれ、頬を引きつらせるが、幸い桜には気付かれなかった。
「ねぇ、色々と服を見に行きましょ」
 扉が開くと、桜はカリンの手を取ってエレベーターから降りた。そこは、女性物の衣類を売っている階だ。
 エレベーターの一番近くにあったブティックから覗いてみることにした桜。カリンは女性ばかりの売り場に抵抗を感じるが、なるべく表には出さないようにして桜についていく。
「カリンさんぐらいのスタイルだと、ボディーラインを見せるような服が似合いそうね」
 幾つかの服を手に取ると、それをカリンに渡してきた。
「え? なに?」
「はい、着替えてみて」
 クルリとカリンを反転させ、試着室へと押していく。
「ちょ、ちょっと、ぼ――私は試着する気なんて――」
「いいからいいから、着替えてみてください。似合うと思いますよ」
 反意は虚しく空振り、狭い試着室に押し込められた。
 渋々ながらも渡された服の一着を広げてみれば、それは明らかに1サイズは小さいと思える様なTシャツだった。そんなのを着込んだら、ボディラインはもちろん、丈の短さからしてへそは丸出しだ。
「他のは何だ?」
 一緒に渡された服を広げるが他も似たり寄ったりで、背中の部分が剥き出しのものやら、胸元が大きく開かれたものといった、魅せるための服ばかりがそこにはあった。
 中には、形状素子が埋め込まれた服まである。それを着込めば、ブラジャーなどの矯正が無くとも、胸の形が際立つといった代物で、最近の流行のファッションの一つだ。
 一応、男性用のもあるが、もっぱら、格闘家やボディービルダーなどが己の筋肉を誇示するのに着込むぐらいで、一般人のカリン――海斗には縁の無い服だった。
 さすがにそれらを着込むことに抵抗があり、カーテンの隙間から外を覗けば、桜が新しい服を物色しながらもこちらを窺っている。
 その、あまりにも楽しそうな笑顔に、カリンには逃げ出すという選択肢が浮かばなかった。
 覚悟を決め、着ていた服を脱ぎ下着姿になる。
 大きな鏡に姿が映し出されるが、見ないように背を向けた。
 最初に手に取ったのは形状素子入りのハイネックのタンクトップだった。何も考えずにそのまま首を通してみれば、ブラジャーの形をトレースしたかの様にラインがクッキリと表に出た。
「げっ」
 さすがに不味いと考え、一度それを脱ぐとブラジャーを外した。
 弾力も貼りもある胸だが、完全に重力には逆らいきれず少しだけ下に引っ張られる。それでも完全なプロポーションに設定されたRBだけあって、鏡に映る姿には違和感は微塵もなかった。
 それでも、形状素子を売りにしているだけあってか、タンクトップをまとってみれば、それは完璧にカリンの胸を包み込み、その形を誇張する。
 乳首を薄目のパットで押さえてなければ、それすらも形取っていただろう。
 胸の形を確かめては心の中で涙しつつも、一緒に渡されたスカートへと手を伸ばす。膝までしかないプリーツスカートは、すらりとした脚線美を惜しげもなくさらけ出してくれた。
「桜さん」
 カーテンから顔だけを出して、桜を呼ぶ。
「服はどうで――うわぁ♪」
 カーテンを開け、その向こうに見えるカリンの姿に、桜は感嘆の声を上げた。
「すっごく綺麗ですよ」
「あ、ありがと――」
 複雑な笑みを浮かべつつも褒められたこと自体は嬉しくもあった。
「じゃあ、次の服、試してみてくださいね。私も、じゃんじゃん持ってきますから」
 足取り軽やかに走り去っていく桜の背中を黙って見送るしかなかった。
 その後も数件のブティックをはしごしては、カリンを着せ替え人形にして楽しむ桜。
「桜さんも試着してみれば?」
 一度そう言ってはみたが、
「私はいいですよ」
 あっさりと断られた。
 そう言えば、桜のヤツ、ファッションデザイナーに憧れていたって言っていたな。
 昔聞いた子供の頃の夢の話が脳裏を過ぎった。そして、夢半ばで挫折こそしたが、今はスタイリストとして活躍しているのも思いだす。
「楽しそうだね」
「ええ。カリンさんってスタイルも顔もいいから、コーディネートするのが楽しくて――あっ、疲れましたか?」
「まぁ、少しは」
 小さく苦笑し、
「でも、桜さんが楽しいならまだまだ付き合うよ」
「じゃあ、次――!?」
 ぐるりと見渡す桜の視線が一点で止まり、その横顔が哀しげに歪む。彼女の双眸が見つめる先にあったのは、ドレスを扱った店だった。
 カクテルドレスにイブニングドレス――そして、ウェディングドレス。
 それらを見つめたまま身体を小さく震わす桜。そんな彼女の腕を取り、
「桜さん、昼食にしよう」
 強引にその場を立ち去る。

 飲食店の詰めるフロアに場所を移ると、適当に目に付いた洒落たイタリア料理の店に入る。
「ぼ――私の奢りだから、好きなモノを頼むと良いよ」
「はい……」
 口数少なく答え、ウエイトレスにパスタを頼む桜。カリンもどう声を掛けるべきか解らず、流されるままに同じモノを頼んだ。
 出されたパスタを黙々と食べていく二人。
「カリンさん……」
 食事を終えた桜が不意に口を開いた。
「私、実は来月に結婚するはずだったんです」
 空になった皿をコツコツとフォークで突っつく。
「ウェディングドレスも作っていたの……キャンセルしたけどね」
 どよ〜んとした空気が辺りを覆う。
「さく――」
「あのバ海斗ッ!」
 カリンの声を掻き消すように突如上げられた怒声。店内の視線を一身に浴びるが、気にすることもなく桜は続ける。
「こんないい女を置いて一人逝っちゃって!!」
「さ、桜――」
 フッフッフと怪しげな笑い声と共に、ゆっくりと上げられた桜の目つきは完全に据わっていた。
「食べるわよ、カリンさん!」
「え?」
「自棄食いよ、自棄食い! ウエイトレスさん、メニューのここからここまで持ってきて」
「あっ、はい!」
 鬼気迫る桜の雰囲気に飲み込まれたウエイトレスは慌てて厨房へと駆け戻る。そんな彼女の目尻には何故か涙が浮かんでいた。





「うぷ、胃がもたれる……」
 駐車場の車に戻ると、運転席に座っては苦しそうに唸る桜。注文したイタリア料理を全て平らげると、次はデザートだと言って近くの甘味処に立ち寄りもしていた。
「食べ過ぎだよ……桜」
「だって、美味しかったんだから……カリンさんだって、餡蜜二杯も食べていたじゃない」
「そりゃ、餡蜜が美味しかったのは認めるけど……」
 女性体のRBだけあってか、カリンは甘いモノが生きていた時以上に美味く感じられた。
 あれだけ美味しく味わえるのなら、甘いモノは別腹と言う女性の言い分も分かる気がした。
「さいりさんにどう言おうかな……」
 隣に聞こえないような小声で呟くカリン。奢ると言った手前、代金の全てを支払ったのだが、そのお金は、朝出てくる時にさいりから渡されていたモノだ。
 まさか、昼飯だけで大半を使い切るとは思ってもおらず、後でさいりにどう報告するか悩み所だ。
「うっ!」
 突然、口元を押さえる桜。車のドアを開け外に出る。
「トイレ――」
 言葉短めに放ち、駐車場の片隅にあるトイレへと駆け出す。
「ちょっと、桜!」
 慌てて助手席のドアを開けて後を追うが――
 ドサッ!
 カリンの目の前で、桜が崩れるように倒れた。
「桜!? おい、桜! 大丈夫か!!」
 慌てて駆け寄れば、口元には嘔吐した泡を浮かべ、顔面真っ白で気を失っていた。
 携帯を取り出すと慌てて電話を掛ける。
『はい、さいりだけど――』
「さ、さいりさん!? さ、さ、桜が! 桜が倒れたんです!!」


 さいりの手引で、桜が運び込まれたのは近くの大学病院だった。併設して存在する大学の研究所には、海斗のRBを秘密裏で作ってるとカリンは教えられたが、説明は右の耳から入り左の耳へと流れ出ていた。
 そんな気が動転しているカリンは診察の邪魔とばかりに廊下に残され、気を失った桜はメディカルシステムにで診察されていた。
 ガチャ――
 ドアの開く音で頭を上げれば、診察に付き添っていたはずのさいりがメディカルルームから出て来た。
「さいりさん! 桜は!?」
「彼女なら、ただの食べ過ぎよ。あと、今までの疲れがでたみたいね」
 馬鹿らしいとばかりに肩を竦めて言い放てば、カリンの張り詰めていた緊張が一気に解ける。
「胃薬を投薬して今は寝てるから、安心して良いわよ」
「良かった……」
 自然と溜め息が出た。
「良かった……ね。まぁ、良かったと言えば良かったけど」
 さいりの不思議な物言いに顔を向ける。
「良い話が一つあるけど、聞く?」
「良い話……ですか?」
「そっ」
 さいりの真意が解らず、首を傾げる。
「まぁ、良い話ではあるけど、あなたには悪い話でもあるわね」
「良い話であって、悪い話でもある?」
 ますます解らない。
「彼女……妊娠していたわ」
「え?」
 その一言が、カリンの中の海斗の魂に浸透するまでにどれだけの時間が掛かったのか――
「何だって!?」
 狭い部屋に叫び声が響く。
「に、に、に、妊娠って、だ、だ、誰の子なんです!?」
「誰の子って、あなたの――海斗さんの子でしょ? 妊娠2ヶ月。あなたが亡くなる前にやることはやっていたんでしょ?」
 頭の中で、最後の行為をしたのを逆算する。婚前行為ってこともあり避妊は徹底していたはずが、たまたま安全日と言う桜の言葉を鵜呑みし、避妊をしなかった日の行為を思いだした。
「あの時の子か――」
「思い当たるモノはあったみたいね」
 やれやれと嘆息してみせる。
「研究施設の方の休憩室にあなた用の部屋を用意して貰ったから、そこでじっくり考えなさい。明日のこと、これからのこと、そして子供のことを――ね」



































Midnight of the second day

「病院?」
 桜が目を覚ますと、そこは白い壁をした簡素な病室だった。カーテンに閉ざされた窓の外は暗く、夜が耽っているのが解った。
「あ、そうか。私、倒れたんだっけ」
 眠る前の経緯を思い出しては、そっと下腹部へと手を載せる。
「子供……できたんだ」
 誰に聞かせる出もなく呟く。診察中に気を取り戻した桜は、食い過ぎによる胃もたれと疲れを指摘された後、医師から妊娠を告げられた。
 その時は、突然の内容な上に既に投薬されていた点滴の中に混ぜられていた睡眠誘発剤ですぐに眠ってしまた。
「海斗さん……あなたと私の子ですよ」
 腹を撫でては、熱いモノが目から零れ出た。
 30分ほど、何を考えるでもなく自分の腹を撫で続けた桜。ゆっくりと身を起こせば、枕元に置かれた水の入ったポットと薬の袋、そして一枚のメモが目に入る。
 枕元の電灯を点けメモへと目を走らせば、目が覚めたのなら胃薬を飲むようにとあった。
 メモの指示に従って粉薬を口に含めば、顔を歪めるほどに感じる苦味に慌てて用意されていた水を流し込む。
「?」
 コップを戻すと、もう一枚のメモを見つけた。
「何かしら?」
 手に取って見てみれば、
『桜さんへ
 もし夜が明ける前にこのメモを見つけたのなら、下の場所に来て さいり』
 そう書かれていた。
「さいりさんからのメモ?」
 何のことか解らないままもメモの下に描かれていた地図を見る。それには、今居る病室から病院の隣にある研究施設のある部屋までの行き方が記されていた。
「何かしら?」
 そう思いながらも、ベットから降り病室を出る。
 明かりこそ灯っているが、病院の廊下は何処か現実離れで、静まり返っていた。
 なるべく足音を発てないように廊下を進む。途中、宿直の医師や看護士に見つからないように、地図に書かれていた指示通りにナースステーションの前で屈んで通ったりもした。
「こんな所に来いだなんて、さいりさんは何の用なのかしら?
 研究施設の方に移ると、隠れる必要もないのか夜の廊下をキョロキョロと見渡しながら進む桜。地図にあった目的地の部屋の前にたどり着くと、ドアを開け一歩足を踏み入れる。
 色んな機材や端末の置かれたその部屋は、如何にも何かを研究してますといった雰囲気がある。そんな研究室の中、一角に設置された円筒形の装置を見ては、桜の思考が一瞬真っ白になる。
「な、何なんですか、これは!?」
 絶叫にも似た叫び声が深夜の研究室に響き渡る。
「桜さん?」
 作業に没頭していたさいりが手を止めた。
「こんばんは、思ったよりも遅かったわね」
 クルリと椅子の向きを回転させては向き合う。その顔は待っていましたとばかりに冷たい笑みが浮かんでいる。
「余程深い眠りに入っていたみたいね。胸焼けの調子はどうかしら?」
「そんなことより、この海斗さんは何なんですか!?」
 指さす先には、円筒形の培養槽の中に浮かぶ海斗の身体があった。
「何なんですか――か」
 問い掛けてきた桜の言葉を、面白そうに反芻するさいり。
「本能の部分――ううん、魂の部分で違いに気付いてるみたいね」
 眉をひそめてブツブツ呟く。
「さいりさん?」
「ん? あぁ、これは、海斗さんの部屋で拾ってきた髪の毛から抽出したDNAで作ったRBよ」
「レンタル……ボディ」
 培養漕の中にいるRBを見つめる。傷一つない綺麗な身体は、RBの異質さを醸し出していた。
「こんなのを作ってどうするんですか? こんな魂も無い人形を私に見せつけるために、ここに来るように言ったんですか!」
「あら、魂ならあるじゃない」
「え?」
 きょとんと振り返る。
「てっきり気付いていると思ったけど、まだ気付いてなかったの?」
 何処か試すような物言いに、桜の頭の中には一人の人物が浮かんだ。出会って間もないのに、何故か気が許せた女性――
「カリンさん」
 ぽつりとその名を言う。
「クスッ、解ったようね」
 さいりは椅子から立ち上がると、壁際に置かれていたポットから珈琲を2つのカップに注ぎ、一つを差し出してきた。
 黙ってそれを受け取ると、桜は近くにあった机の上に置く。渡されたのは良いが、話を聞くまでは飲む気にはなれない。そんな桜にさいりは肩を竦め、自分の分の珈琲を一口含み、口を湿らす。
「あなたに紹介した西野カリンさんってのはね、あの崖に括られていた海斗さんの地縛霊を連れてきて、私が用意したRBに入れた存在よ」
 さいりは事の真相を手短に語りだした。
「あのままじゃ悪霊化するのが解っていたし、彼にもう一度あなたと話す手段があるなら試すかと訊ねたら、頼むと言われてね。まぁ、女性体のRBだったのは私がすぐに用意できるのがあれだけだったからよ。でも、海斗さんはあなたと話すなら男の方が良かったらしくてね、新しく用意することになったんだけど……どうせ男性体のRBを用意するならってことで、海斗さんのDNAを元に用意してみたの」
「そんなことが……」
 唖然とRBを見つめる桜。
「それだけ愛されてるってことね、あなたは」
 クスッと笑うと、さいりは温くなった珈琲を一気に飲み干し、二杯目を注ぐ。
「朝には、海斗さんはこのRBに宿る手はずになってるから、たったの2日だけになるけど、逢瀬を楽しむといいわね」
「2日って?」
「海斗さんがそのRBで現世に居られるタイムリミットよ。カリンさんのままなら二週間ほどは居られるけど、彼としては男としてあなたと会いたいから、二週間よりも2日を取ったわね」
「そうなんですか……」
 それっきり、RBを見上げては黙り込む桜だったが、やがて思い詰めたような顔でさいりに声を掛けた。
「さいりさん」
「ん?」
「この子が産まれてくる時まで、海斗さんをこの世に留めておくことはできませんか? 一目で良いから、彼にもこの子の誕生を見て貰いたいですし……」
 そっと下腹部をさすり、訊ねる。
「無理よ。RBを使った場合、今のカリンさんのままで居ても二週間ちょいが最長。RBを使わない場合――魂を一時的に留める装置があるんだけど、それを使っても、海斗さんの霊力だと3ヶ月ほど保てばいい方かしら。それ以上は現世から消失するか、理性を無くして悪霊化するわね」
「……そうですか」
 顔を伏せ、沈む。儚くも脆い桜の雰囲気に、さいりは一度目を閉じ、深々と息を吐いた。
「一つだけ――方法がなくもないわ」



































The third day

「さいりさん、おはようございます」
 目の下に隈を作ったカリンが、研究施設の娯楽室でコンビニのおにぎりを食べていたさいりの元にやってきた。
「おはよう、カリンさん。その様子じゃ全然寝ていないようね」
「あんなことを告げられて、満足に眠るなんてできませんよ」
 自分が居なくなった後のことを一晩考え続けたが、何の答えも得られなかったカリン。病院のある方向を見ては、
「桜のヤツは、まだ病室で寝てるんですか?」
 訊ねた。
「寝てると言えば寝てるけど……カリンさん、朝食は――って、要らないか。どうせその身体で摂っても、次の身体に移れば意味無いんだから」
 最後の一個を咀嚼し、お茶を飲み干す。空になったペットボトルをゴミ箱へと放り投げた。
 ガッコンと入る音だけを聞き、立ち上がる。
「準備はすでに終わってるから、さっそくだけどキミの魂を次の身体に移すわ」
「え? 今すぐですか?」
 早い内に行われるとは考えていたカリンだが、まさか早朝すぐとは思ってもおらず、心の準備ができていない。
「徹夜なんてしたから霊力が予定よりも減ってるのよ。悪いけど、これ以上消費させる前に移したいの」
 そう言われれば、承諾するしかなかった。





「う……」
 ゆっくりと瞼を開ければ、眩い光と共に見慣れた人影が飛び込んでくる。
「へぇー、海斗さんの身体って、こんな感じなんだ」
「…………僕?」
 目の前で勝手に動いてる自分の身体に呆然とする海斗。今の身体は――っと、恐る恐る視線を落とせば、二つの膨らみが見えた。ここ数日見慣れたモノと比べれば若干見劣りするそれは、カリンとは違う女性の身体だ。
「はい、鏡よ」
 さいりが差し出した鏡を引ったくって覗き込めば、そこに写ってるのは、
「桜!?」
 恋人の桜だった。
「どう言うことなんですか、これは!?」
「私が望んだことよ」
 自分の姿で発せられる女言葉に、頬が引きつる。
「も、もしかして……桜なのか?」
「もしかしなくても、私しかいないでしょ」
 むっと口を尖らせて拗ねてみせる桜だが、それを自分の姿でやられた海斗にはたまったものではなく、心底嫌そうにげんなりとした表情を桜の身体に浮かべてみせた。
「前に言ったわね。縁が必要だって」
 二人の様子を端で見ていたさいりが、苦笑混じりに言葉を挟んでくる。
「単純に桜さんの身体に海斗さんの魂を入れただけじゃ、多生の縁はあるから半年ぐらいはもつけど、それでお終い。海斗さんのRBに桜さんの魂を入れた場合も同じくらいね。桜さんの魂に併せたRBじゃないから霊力の消耗度が激しすぎて保たないわ」
「じゃあ、なぜこんなことを?」
 訝しげに眉尻を釣り上げ、説明の続きを促す。
「桜さんの中に子供が宿っていたおかげで、子供と海斗さんの魂の間に縁が出来上がったのよ」
海斗――桜の身体のお腹へと指を指す。
「無論、海斗さんのRBに宿った桜さんの魂にも子供との間に縁が合って、子供抜きの場合と比べると格段と長く生きていられるのよ」
「格段って、どれくらいなんです?」
「1年ってとこかしら」
「なっ!?」
 その期限に唖然とする海斗。格段と言うから十年単位ぐらいで考えていたが、それはあまりに短すぎる。
「1年だなんて、何考えてるんですか! この身体を早く桜に戻してください! 産まれてくる子供のためにも、桜は残るべきだ!!」
「はいはい、慌てない、慌てない」
 憤る海斗の鼻先に手を差しのべて押し黙らせる。
「確かに1年ぐらいの寿命だけど、それは子供が1人だけの場合よ」
「1人だけの場合だって?」
 思わず視線を下腹部へと落とす。妊娠したとは言われても、まだまだそれが解るほどには大きくなっていない。
「まさか、双子!?」
「プッ」
 思わず吹き出すさいり。
「そうじゃなくて、子供を妊娠したことで二人の縁は強まった。でも、天寿を全うするには余りにも弱すぎる。でも、出産後、二人の命が尽きる前にまた妊娠すれば、二人の縁はお腹の二人目の子供を通して更に強くなり、お互いの身体の定着率も増すわ。試算してみた結果だけど、連続して三人も子供を作れば、天寿こそ約束はできないけど……病気や事故でも無い限り30年は保証できる試算ね」
「え?」
「まぁ、今の技術での30年だから、その間にも心霊工学は発展するだろうから、伸びることはあっても減ることはないわね」
 全てが終わったとばかりに、くぅーっと背伸びするさいり。
「ハッピーエンドってヤツかしら――あ、そうそう」
 思いだしたように、未だ状況が把握できない海斗の方を向く。
「男の精神で三度も妊娠出産を体験するんじゃ心がもたないだろうから、海斗さん」
「なんです?」
 桜の身体の海斗が答える。
「さっさと、桜さんの身体に――女の心に染まりなさい。それがあなたの為にも、そして生まれてくる子供の為にもなるから」
 言うだけ言うと、休憩してくると部屋を出ていくさいり。
 後に残るは、恋人の身体を真っ赤に染め上げて固まる海斗と、そんなかつての自分の身体を見てどう言葉を掛けようかと悩んでいる桜の二人だった。



































In eight months



































「「こんにちは、赤ちゃん」」



































「私たちが」「僕たちが」



































「「あなたのパパとママよ」」



































 −END−


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