[ RENTAL BODY Ver2.01 ]


      1

 ちゅん、ちゅん――
 早朝の人気のない神社の境内にすずめが戯れている。
 そんなすずめ相手に、地面に横たわるようにしてカメラを構え、シャッターを切る者がいた。
 歳の頃は二十歳前後。ジーンズにTシャツは、泥や草の葉で汚れている。
 顔に玉砂利が付こうがお構いなく、必死にすずめの姿をファインダーに収める青年。
 不意にすずめが空へと舞い上がった。
 そして、覗いているファインダーが一段暗くなった。
 いや、正確に言えば、ファインダーに茶色のハーフ丈のブーツで一杯になったのだ。
 被写体が無くなったことに青年は写真を撮ることを諦め、ファインダーから目を離し上を見上げると、そこには自分を見下げている一人の少女がいた。
 興味げに碧の瞳を輝かせる金髪の少女。白い肌に白いワンピース、幅の広い白い帽子は、見る者に楚々たる感じをもたせる。歳は目算で16、7才ってとこだ。
「のう、そなた。この建物は何だ?」
「そなた……!?」
 清楚な外見とは違い、不思議な雰囲気を感じさせる言葉遣いに、青年は一瞬、間の抜けた表情を浮かべた。
「この私が此処は何だと聞いておるんだ、答えぬか」
 再度問われ、青年は仕方なさそうに口を開けた。
「神社だよ」
「神社? 教会みたいなものか?」
 キョロキョロと興味深げに社を見渡す少女。
「そんなところだな」
 そう答え、御神木を捉えようと再びカメラを構える青年。それを邪魔するように少女が横から覗き込んできた。
「何だ、それは?」
 構えを解き、素っ気なく言う。
「カメラだよ、一眼レフカメラ」
「一眼レフカメラ? カメラと言うわりには、無骨な格好をしておるな」
 黒塗りのボディに長細いレンズ、頂部に付けられたストロボは、今のカメラ規格から見れば武器を連想させるぐらい大きかった。
「ひと時代の前のヤツだからな」
「今さっき撮っていた写真を見せてはくれぬか?」
「無理だ。言っただろ、ひと時代の前のヤツだと。こいつはフィルムってのを現像して印画紙に焼き付けないと写真はできない。今のヤツみたいに空中投影することはできないんだ」
 右腕に巻いていたストライプを外して首にカメラをかける。
 少女の存在に興味がないのか、クルリと背を向けてその場から立ち去ろうとする青年。
 だが、少女は青年に興味を持ったのか、その後をついていく。
 しばらく誰もいない境内を彷徨うが、やがて足を止め、困ったように振り返る。
「何で付いて来るんだよ」
「私が何処にいようと、別によかろう。それとも何か? この国では法に触れることのない個人の行動を勝手に抑圧することができるのか?」
「そりゃまぁ、そうだが……」
 はぁーっとため息を吐き、それ以上は何も言わない青年。
 仕方なく、少女を無視するようにしてカメラを構える。
 ターゲットは、目の前に舞い降りた二羽の鳩――
「のわっ!」
 鳩に向けているレンズ越しに少女に覗き込まれ、思わず身が退ける青年。
「何だよ、いきなり! だいたい、個人の行動を尊重するなら、俺の邪魔をしないでくれよな!」
 青年の言葉など聞く耳持たないのか、些細なことに気にも止めず、少女は口を開く。
「のう、そなた。それがカメラというなら、私の姿を――」
「撮らないぜ」
 青年は少女の言葉が終わる前に先んじて制した。
「何故だ?」
「俺は、自然なモノしか撮らないことにしているんだ」
「この私が自然じゃないと言うのか?」
 何かを訴えるような響きのある言葉。
 だが、青年はそんな少女の心の叫びを一笑に伏した。
「自然だって? 何処が。俺が気付かないと思っているのか? その身体、本当のお前のモノじゃないだろ」
「う゛っ」
 図星を突かれ、視線を逸らすように俯く少女。
「レンタルボディってヤツだな」
「何故分かったんだ?」
 僅かに顔を上げ上目遣いで見つめる。
「そこまで整えられた『美』を持つ身体が自然とは思えなかったんだよ。たとえその身体が造られたモノじゃなかったとしても、その身体と内面から出ているお前の雰囲気に違和感を感じるんだよ」
『何か』と問われれば言葉に窮すが、それは、『自然』なものを追いかけ続けている青年だからこそ感じられた微妙な違和感だった。
「そうか、違和感を感じるか」
 今までの恐縮そうな雰囲気が一転して、少女の顔には嬉々とした笑顔が浮かんだ。
 突然の変化に、訝る青年。
「決めたぞ」
「何を決めたって言うんだ?」
 嫌な予感を感じながらも、訊ねずにはおられない青年。
「私の中の違和感が無くなるまで、そなたに付きまとうことにした」
「はぁ〜ん?」
 勝手なことを言い出す少女に、青年は呆然と目が点になった。
「この違和感が無くなれば、写真を撮っては貰えるんだろ? 私はそなたの撮った写真が見てみたい」
「そりゃ、まぁ……その『美』を完全に自分のものとしたのなら、一枚ぐらいは撮ってやってもいいが」
 うざったく答える。そう言っておかないと、一生付きまとわれそうな気がしたからだ。
 変なヤツに出会ったな……
 今日は厄日かと思いながら、ふと一つの考えが脳裏を過ぎった。
 レンタルで偽りの身体を借りてる相手なら、なおさら確認を取らなければならない考えだ。
「お前、男――それも、そこそこ身分のある奴だろ」
「何故だ? 何故そうもそなたは言い当てることができるんだ? そうか、この言葉遣いか!」
「普通使わないぜ、そなた何て言葉」
「そうか」
 口元に手を添え、考える少女。
「だが、私はそな――貴方の名前を知らない。何と呼べばいいのだ?」
「名前を訊ねるなら、自分から――ってのが普通だが、まぁいい。俺は藤代雅史」
「私は……ユウ。霧嶋ユウだ。ユウと呼ぶがよい」
「霧嶋だって!? お前……日本人なのか?」
 金髪碧眼の外見とは異なり、少女の口から出た日本人そのもの名前に微かな困惑を感じた雅史。
 どう考えても、神社を知らないような奴が日本人とは思いにくい。
 帰国子女か何かか……
 そんなことを考えている雅史に、訂正するようにユウは言う。
「少し違う。父が日本人で、私はハーフだ」
「ハーフ? そう言うことか」
 納得いった。
 それでも疑問は一つ残った。
「それで、ユウは何者なんだ? その身体の外見レベルからして、かなりレンタル料も高いだろ? もしそれが自然な少女のモノのなら、心が惹かれたかもしれない程に整っている」
「そうか。心が惹かれるか」
 何やら嬉しそうにほくそ笑むユウ。
 その笑みの意味するところが分からず、怪訝に眉を顰める雅史だった。
 そんな雅史に、ユウは思い直したようにつり上げていた頬を戻した。いや、それ以上に表情に微かな憂いが帯びていた。
「レンタル料などは知らない。だいたい私は、好んでこの身体になったわけじゃないからな」
「好んで……なったわけじゃない?」
「それに、雅史に私が何者かだなんてどうでもいいことだろ。雅史にとっての私は、この姿のユウでしかないのだから」
 キッパリと言い切られた言葉に、それ以上は何も問いただすことはできなかった。

       2

「何で、俺はここにいるんだ?」
 オールを握りながら憮然と洩らすのは、湖面のボートの上の雅史だった。
 彼の前では、ボートから身を乗り出すように湖を覗き込んでいるユウがいた。
「お忘れですの、雅史様。貴方が湖上から魚の写真を撮ると仰られたからじゃないですか」
 覗き込むのを止め、向き合うユウ。
 二人の足下には、雅史のカメラバックが置いてある。
「それは覚えているけど……
 ――で、何で俺一人がボートを漕がなければならないんだ?」
「か弱い女性の私に漕げと仰られるんですの?
 それに、ボートというものは殿方が漕ぐものだと存じ上げておりますが」
「ったく。
 そう言い張るなら、股ぐらいは閉じて座れよな。一応今は女の子なんだろ」
「あっ!」
 言われてみれば、自分が股を開くように座っていることに気が付き、ユウは慌ててひざを閉じた。
 深窓の令嬢を思わせる涼しげな声音に外見。ただ、取って繕った言葉遣いに仕草に、雅史は滑稽なコメディ映画を見ている気がした。
 オールを漕ぐのを止め、項垂れたように力無い瞳を向ける。
「ユウ。頼むからその言葉遣いを止めてくれ」
「何故ですの?」
 痛くなる頭を押さえる雅史。
「合っていないんだよ、その言葉遣い! 昨日今日女になった奴じゃ、不自然すぎるんだよ」
「では訊くが、どれくらいなら自然になると思うんだ?」
 自分から戻れと言っておきながらいきなり素に戻され、一瞬思考が止まりかけた雅史。
「まぁ、せいぜい3年ぐらいはその身体で生活していれば、少しぐらいはましになるかもしれないけどな」
 少し間をおいて答えた。
 止めていた手を動かし、ボートを進める。
「何だ? もう岸に戻るのか」
「まぁな。何か、写真撮る気無くしたんだよ」
 言葉無く湖面を滑るボート。岸までもう少しかかる。
 湖面に指を伸ばし、その冷たさを感じるユウ。湖面に反射する陽光に輝いて見えるその優雅な仕草に、思わず己の見識を忘れて見とれてしまう雅史だった。
「どうかしたのか?」
 視線を感じたのか、顔を上げるユウ。
「あっ、いや、別に」
 内心どぎまぎしながらも冷静さをつとめる雅史。それでも誤魔化しきれないと思ったのか、話題をふるが、
「――しかし」
 その声は僅かにうわずっていた。
「いつの間にあんな言葉遣いを覚えたんだ? 最初から知っていたのなら、俺と出会った時から使っているだろうし……」
「侍女の言葉遣いを思い出して真似てみただけだ」
 少し間を置き――
「似合いませんでしたか?」
 口元に人差し指をあてがい、小首を傾げる。
 多分、その仕草も侍女の真似なんだろう。
「ものまねの女らしさじゃ、俺は籠絡できないぜ」
 素っ気なく言われ、侍女の真似を止めるユウ。ただ、最後に見せた舌先だけのアカンベーは雅史の目を持ってしも、物まねなのかユウそのものの仕草なのかは分からなかった。

「雅史、次は何を撮りに行くのだ?」
 興味深げに周りを見渡しているユウを後目に、雅史はベンチに腰掛けていた。
「少しぐらい休ませろよな。一人で漕ぎ続けてばてたんだ」
 そう言って、雅史は財布から500円硬貨を一枚取り出した。
 それで缶ジュースを買ってきてくれと言う。
「缶ジュースとは何だ?」
 力無く、向こうにある自販機を指さす雅史。簡単な使い方を説明すると、
「そのじはんきとやらにこのコインを入れて、適当にスイッチを入れればいいんだな」
「ああ、ちゃんとお釣りも持ってきてくれよ」
「コインを入れて、お釣りとやらを持ってくればよいのだな」
 ユウは不思議そうな面もちで自販機に向かった。
「あいつ……
 違和感以前に、一般常識を得る方が先じゃないのか?」
 雅史の視界の片隅では、自販機から缶ジュースが出てきたことに驚くユウがいた。
 その滑稽な行動に、
「んっ?」
 カメラを構えファインダーを覗く。
 そして――

 空を見上げていた雅史に、影が落ちた。
 目を少しだけ動かせば、缶ジュースを持ったユウ覗き込んでいるのが見えた。影は彼女の被っている白い帽子のひさしがつくったものだ。
「買ってきたぞ、雅史よ」
「ああ、サンキュー」
 何も考えずに差し出された缶ジュースを受け取――
「あっちぃ!」
 叫び、そして、落とす。
 足下に転がっているそれには、お汁粉の三文字がでかでかと記されていた。
「……冷たいのは無いのか?」
 お汁粉の缶を拾い上げ、ベンチの脇に置きながら問うと、別の缶が差し出された。銘柄からして炭酸飲料だ。
 受け取った雅史は、少し嫌な予感を感じ、飲み口を誰もいない方角に向け、プルトップを開けた。
 プシュゥッ――ッ!
 勢い良く吹き出すジュース。
 予感通り、それはかなり振られていた。
 文句の一つを言ってやろうかとユウを見ると、自分がやってみたのと同じように虚空に飲み口を向けてプルトップを開けているユウがいた。
 ただ違うのは、それが煎茶の缶で、中身が吹き出さないことぐらいだ。
 中身が出ないことに不思議がっているユウを見ながら、雅史は残り3分の2となった缶ジュースに口を付けた。
 それから思い出したように隣で同じように煎茶を飲んでいるユウに手を伸ばす。
「何だ?」
「お釣り」
 ユウは持っていたお釣りを雅史の手のひらに載せた。
 10円硬貨が二枚……
 少し考え、ユウの向こうを覗き込むと、未開封の缶ジュースがまだ一本そこに転がっていた。
 自分の脇にあるお汁粉と、飲んでいる2本を併せて計4本。一本120円だから、500円硬貨で確かにお釣りは20円。
 買えるだけ買ってきたのか……
 力無く空を見上げる雅史。受け取った20円を無造作にポケットに突っ込み、そして視線だけを横に落とす。
「……しかし、何だって真夏にお汁粉が売ってるんだ?」
 そんな疑問を浮かべていると、隣から缶が落ちる音が聞こえた。
「おい、おい、缶の投げ捨ては――」
 言葉を飲み込む雅史。見れば、自分たちを取り囲むように数人の男達がいた。
 異様な雰囲気に立ち上がる雅史。隣ではユウも同じように立っている。
「クッ! もう嗅ぎ付けられたか」
 取り囲む男達を見渡し、忌々しげに言葉を吐き捨てるユウ。
 黒いスーツに黒い帽子。これでサングラスでも付けていれば全身黒ずくめだっただろう。
 ユウと同じ碧眼の瞳で自分を見据えながら何やら叫んでいる。ただ、雅史には聞いたことのない言語だった。
「何だよ、こいつらは」
「私を拘束しようとしている者たちだ」
「敵……か?」
 少し考え、雅史は首にかけているカメラのストロボに触れる。幸い、立ち上がる時に無意識にカメラに手をかけていたから、自分の動作が男達には気取られてはいなかった。
「俺が合図したら目をつぶれ。そして、何も考えずに前へ走るんだ」
 小声でユウの耳元で囁く。
「何をする気――」
「今だ!」
 雅史に叫びに、慌てて目を閉じるユウ。
 ――――ッ!!
 瞼越しに白い閃光が見えた。
「オワッ!」
 突然焚かれたフラッシュに目を押さえる真正面の男。それを見計らったように雅史はユウの手を引いて駆け出す。その際、フラッシュの影響圏内にいなかった男がユウを捕らえようと手を伸ばしてきたため、雅史は持っていたカメラで思いっ切りそれを叩いた。
 そこそこの重量をほこる旧式の機械式カメラで叩かれた男はたまったものじゃない。伸ばした手を引っ込めてしまった。
 その隙にユウを連れて逃げ出す雅史。

 ビルの影で足を止め、息を整える二人。雅史に土地勘がある分だけ、何とかここまで逃げおおせれた。
「何なんだ、あいつらは?」
「奴らは我が国の強行派の連中だ」
「強行派? 我が国?」
 単語を反芻するように聞き返す雅史に、
「巻き込んでしまった以上は説明するしかなさそうだな」
 ユウは苦そうに頬の隅を歪めた。
「オケアノスという国を知っているか?」
「いや」
 首を横に振る雅史。
 記憶を探ってみたが、聞いたことがない。
「無理もないか。人口200万の小国だからな」
 微苦笑を浮かべた。
「私はその国の王子なんだ。
 名前も、本当は、ユウ=霧嶋=オケアノス」
 それなりの身分なのは分かっていたが……まさか王子だとは。
 黙って説明を待つ雅史。
「我が国では女王制を敷いておってな。
 王位に付けるのは女性だけで、男の私に継承権は存在しないのだが……二年前に継承権を持つ姉と妹が隣国へ訪問中、その国の爆弾テロに巻き込まれて亡くなったんだ。それで唯一現女王の血族で生きているのは私だけとなった。継承権の無く、女王になれない王子であるこの私だけがな」
 ポリポリと気まずそうに頬を掻き、口を開く。
「こう言っては悪いが、その現女王に頑張って新しい子供を作って貰えばいいじゃないか」
「それが無理なんだ。女王は私の祖母で、今年で97才の高齢。しかも、今は生命維持装置に頼っておって、いつ死んでもおかしくない身体なのだ」
「祖母って、ユウの母親は?」
「妹を生んだ後、死んだんだ。当時は母が女王をしていたが、その死で本来なら一番上の姉が継ぐはずだったのだが、5歳だった姉にはまだ無理と言うことで、祖母が女王に復位した。そして、姉が18歳になった時に王位は譲られるはずだったんだが――
 姉妹達がテロで死に、それから二年間。我が国の国民はおろか、近隣の王家に連なる者全てのDNAと霊波動を調べ、王家の者を探した。なのに、いたの数人の男子のみ。
 祖母になんともなければ、私が婚姻し、子供を作り、その娘に継がせればよかった。だが、その計画も祖母の容態の急変により、水泡に帰した。
 それで、政府は王家の血を一番色濃く引き継ぐ私の魂を女性の身体に移して、女王に仕立てることへと決めたのだ」
「ちょっと待て。それだと、血族の意味がないのでは? たとえ、魂はお前でも、身体が違うんじゃ……」
「そう言えば言ってはいなかったが、この身体――」
 胸に手をあて、
「私の元の身体の細胞をクローン培養したものだ。性を女性にしただけで後は何の手も加えていない。つまり、雅史の言う造られた『美』ではなく、私が女性だったとしたら得ていた『躰』だ。もっとも、雅史の考えからすれば、『自然』ではないかもしれないがな」
 クスッと小さくほくそ笑んだ。
 本人にはそのつもりは無いのだろうけど、自分に向けられた視線に艶っぽさを感じる雅史。
 少しづつ――身体に魂が馴染んできているな……
 どうしてもユウの視線を真っ直ぐに返すことのできない雅史は、握っているカメラに視線を落とした。
 頬が微かに熱くなるのを感じながら、言葉を絞り出す。
「――でも、何もユウが女性にならなくても、その祖母の魂を若い身体に移せば……」
「無理なのだ。雅史も知っておるだろ、幽体離脱には膨大な霊力が必要なのを。今の祖母には、幽体離脱システムにかかるだけの霊力が無かったのだ。
 まさか天寿を全うした瞬間、魂を捕らえるわけにもいかないしな。それで私が選ばれたのだ。
 女王という人形を造るのに一番最適な材料として、私をな」
 自虐的に笑ってみせるユウ。
「ユウが女性にならなければならない経緯は分かったが、さっき言っていた強行派ってのは何だ?」
「強行派と言うのは、私のここに女王としての必要な全てを焼き付けようとした連中のことだ」
 そう言って、頭を指さした。
「私は国のために女性になることは認めた。だが、心まで変換させるつもりはない。ゆっくりと自分の中の『女』を育むつもりでいたんだ」
 胸の前で両手を併せるユウ。まるでそこに『女心』があるかのようだ。
「幽体離脱システムにかけられる前に強行派の存在を知った私は、信頼の置ける侍女のアリサに『心』の設定を施される前に目覚めるようにシステムに細工を施すように頼んでおいたのだ。
『女性』として目覚めた私は、侍女の手引きで強行派の一瞬の隙を突き、屋敷から逃げ出した。後は、雅史、お前と出会って今に至る。
 雅史は一目見ただけで私の違和感を感じ取った。だから、雅史に付きまとっていれば『女』が育みやすいかと思ったのだ」
 一呼つき、
「巻き込んでしまってすまなかったな。これでお別れだ」
 クルリと髪を翻し、背を向けて雅史の前から立ち去ろうとするユウ。
 彼女の腕を思わず掴んでしまった雅史。そんな自分の行動に一番驚いているのは雅史自身だった。
「これ以上、私にかまうと、命まで危ういぞ」
 ユウが諭すように言うが、手を離さない。
「いつまで逃げ続ければユウは安全になるんだ? まさか一生逃げ続けるわけでもあるまい」
「今日中を逃げ切れば大丈夫だ」
 その期限には確信があった。
 長期間レンタルボディを利用する場合、一つ注意しなければならない点があった。
 魂が身体に宿った後に、深度催眠などによる脳への直接知識や仮想の性格、性質を植え込む処理を行った場合、危険期間が存在する。それは、魂が宿ってから24時間後から約一週間である。
 その間に、もし処理を行った場合、魂が身体に引きずられ、記憶障害――下手すれば、『自己』を消しかねない危険があった。
「王女となった今、私にもそれなりの権限が与えられる。一週間もあれば、強行派を押さえ込むこともできよう」
「一日か……」
 そっと掴んでいたユウの腕を放す。
「……袖摺りあうも何とやらか」
 虚空を見上げ、ポリポリと髪の毛を掻きながら洩らした言葉に、キョトンとするユウ。
「お前が俺の前に現れたのも何かの縁だ。逃げるあてもないんだろ。守ってやるよ、その強行派からな」
「か、かたじけない。私が王位に就いたあかつきには、この恩を――」
 ぽんっ!
 乾いた音が響く。額に雅史が軽く手刀を決めたのだ。
 じーんとした衝撃を額に感じながら、ユウはパチパチと雅史を見つめながら瞬きをした。
「俺がお前を助けるのは、お前が王族だからなんて打算的なものじゃない。『心』を自然と育もうと考えたお前が気に入ったから手を貸すだけだ。何の、見返りも望んでいないからそんなことを言うな」
 ユウの碧眼の瞳から、自然と涙が洩れた。
 肩を震わして泣くユウに、ひどく狼狽する雅史。
「お、おい。軽く叩いただけだろ。そんなに痛みなんて――」
「嬉しいのだ。今まで、優しくされたことなどなかったからな」
 女王制を敷いている国に生まれたユウは、次期女王としての即位の可能性があった姉や妹と違い、優しくする者もいなければ、媚びへつらう者もいない、冷や飯食いの忌み子であった。それでも、見捨てられることなく育てられたのは、外交の一環としての他国への戦略結婚の為だった。
 トンッ――
 静かに泣くユウの身体を咄嗟に押す雅史。
 何事か分からず見上げたユウは、雅史の肩越しにこちらへ駆けてくる強硬派の男の姿を見た。
「逃げろ! ユウ!!」
 叫び、男達をユウに近づけないようにビル間の狭い空間を手を広げて塞ぐ雅史。
 だがそれも、
「王子がいるぞ!!」
 集まってきた男達の前では無力だった。さっきみたいにストロボを使うといった奇策も通じるわけなく、雅史は男達に取り押さえられる。
 地面に押さえ込まれた雅史。
「――雅史!」
 雅史の元へと戻ってこようとしているユウ。
「何やってるんだよ! 逃げるんだ、ゆ――」
 バチィッ!
 一瞬、青白い輝きが首筋で光った。
 体が小さく一度跳ね、そして、雅史の意識は混濁した。
 ただ、完全に気を失う寸前、視界の片隅に強硬派に拘束されようとしているユウの姿が見えた。

       3

「――んっ」
 雅史が目覚めたのは薄暗い部屋だった。カーテンの隙間から射し込む陽射しだけが、その部屋を照らしていたのだ。
 微かに残る首筋の痛みを和らげるように手でさする。
「ここは……」
 そこは、簡素なベットが一つだけの何もない部屋だった。
「何処なんだ?」
「オケアノスの大使館ですわ、藤代様」
 女性の声――
「誰だ?」
 振り返ると、声の主は部屋の片隅の椅子に腰掛けていた。メイド服を着込んだ20代前半の女性だ。
「私はユウ様の元でメイドをしている者で、アリサと申します」
「アリサ? ああ、ユウの逃亡を手伝ったという」
「はい」
「それで、ユウは? 俺はどうなったんだ?」
「王子は強行派の手によって、深度催眠学習装置にかけられています」
 腕時計を見れば、雅史がユウと出会ってから5時間が経とうとしていた。ユウがいつあの身体に魂を移したのかは知らないが、処理を施すには十分の時間がある。
「藤代様はこちらの部屋にて監禁されております」
「監禁?」
「はい。藤代様が、王子の最終処理を邪魔しないようにと、大使が閉じこめたのです」
「大使?」
「強硬派の一人です。王子に、女王としての処理を施す――」
「それより、あんたはユウを助けないのか?」
 確か、彼女の手助けでユウは一度逃げ出していた。
「私は……これですから」
 視線で、下を見るように言う。
 そこには、椅子の足に両足を固定され、さらには椅子の背もたれの後ろで手が縛られていた。
「王子を逃がしたのがばれ、私も監禁されているのです」
 雅史は、立ち上がるとアリサの元に歩み寄り、その縛られている手と足を解いてやる。
「どうして、あんたは俺の名前を知っているんだ?」
「ここに藤代様が運ばれた時には、王子も一緒でしたので」
 何とか縄を解こうとしたのか、戒めから解かれた彼女の手首には赤くすり切れていた。
「王子はこう貴方様に伝えてくれと仰られておりました」
 言葉を待つ雅史。
「『ありがとう』と――」
「そうか」
 薄暗い部屋では、雅史がどんな表情を浮かべているのかはアリサには分からなかった。
 ただ、身体が小刻みに震えているように見えた。
「俺の荷物はあるか?」
「あちらに」
 ベットの脇に置いてあるカメラバックを指さした。
 カメラバックを漁りながら訊ねる。
「処理は何処で施されているんだ?」
「装置は地下にあります」
 一通り、カメラ道具が一式揃っているのを確かめると、雅史はすっくと立ち上がった。
「王子を助けにいかれるのですね」
「ああ。約束したからな。あいつを守ってやると。まともな武器も無い状況でどこまでやれるかは知らないが、助けを求めて飛び込んできた奴を見過ごすのは性に合わないんだよ」
 ノブに手をかけるが、鍵が掛かっているため開かない。
 いきなり出鼻を挫かれ、どうしたものかと悩む雅史に、自分が開けるとアリサがやってきた。
「できるのか?」
「電子ロックの部屋じゃないのは幸いでした。この手の鍵なら手元のものだけでも開けれます」
 ヘアピンを取り出し、鍵穴に突っ込む。
 二度三度とピンを動かしながら、黙ってその様を見つめる雅史に話しかけた。
「王子――ユウ様に惚れましたか?」
 ぶっ!
 いきなりの内容に、思わず転けかける雅史。
「何で俺が男に惚れるんだよ」
「今の王子は女性ですわ」
 キッパリと言い切られ、困ったように頬を掻く。
「正直言って分からないんだよ。男の姿のあいつを知らないからな。俺にとってのユウは、あの姿のあいつだけだし」
 たった半日の付き合いで、ユウに対して抱いた感情は何なのか、本当に分からなかった。いや、それ以前に、自分がユウに何らかの感情を抱いているのかさえも分からない。ただ言えるのは、時折見せた自然なまでのユウの多岐に渡った表情を、偽りに隠すことだけは我慢ならなかった。
「そう言うあんたはどうなんだ? 好きなんだろ、ユウが。そんな愛しの王子様が女性になって、一番悲しいのはあんたじゃないのか?」
 少し意地悪いかな――っと思いながらもそう口にする雅史だった。
「はい。私はユウ様を好きです。でもそれは、主従の関係に基づく愛おしさです。たとえ、ユウ様のお姿がどのように変わられようと、この感情は何ら変わりません」
「そうかい」
 アリサの言葉に、何故かホッとした雅史だった。
「開きましたわ」
 静かに扉を開けて廊下の様子を探ると、幸いにして誰もそこにはいなかった。
 さらには、強硬派以外の屋敷の者には、アリサが捕らわれていたことも伝わっていないのか、アリサと出会ってもあいさつだけで通される。時折、アリサの後ろをついて歩く雅史を不審に思った人物もいたが、彼がカメラマンで、王女となったユウの姿を撮りに来たと告げると、みな納得した。
 注意しなければならないのは、強硬派の者たちだけだったのだが、その強硬派もほとんどが地下に集まっているのか、雅史達は誰とも会わず地下へと続く階段までたどり着けた。
 あまりにも順調にいくものだから、いささか拍子抜けした雅史だった。
 だが、それもそこまでだ。
 これから行くのは地下は強硬派しかいない。
「どうします、藤代様」
 カバンからデジタルカメラを取りだし、レンズ部分を分離させる。
 彼のカバンには旧式のカメラだけではなく、普通のカメラも揃っていた。
 レンズ部分を影から下に向けて覗かせ、液晶に下の様子を出した。
 一部死角になっているため、正確な人数は掴めないが、警備員が数人いた。
「地下の電源を落とすことはできないか?」
「室内は別電源を使っていますから無理ですが、廊下の電灯だけでしたら」
 そう言ってアリサが指さしたのは、壁に設置されている配電盤だった。
「そうなると、こいつが使えそうだな」
 雅史はカバンからいくつかの小型のストロボを取り出した。
「それは何ですの?」
「こいつは補助光用のストロボだ。光センサーが内蔵されていて、他のストロボ光に反応して光るんだよ」
 光量をMAXにセットする雅史。そのウチの一つだけにタイマーセットを施す。
 そして、それをアリサが電灯を消したと同時に階段の下へとばらまいた。
 ――――ッ!
 ――――ッ! ――――ッ!!
 投げ込んだストロボの数だけ眩いばかりの閃光が地下を照らした。
 最大値まで上げた光量は、警備員の視界をホワイトアウトさせた。
 目を押さえて苦しむ警備員達を三脚で殴りつけていく雅史。ただ、アルミでできているそれはあまりにも軽量で、思ったほど威力がない。
 打ち所が良かったのだろう一人は何とか倒せた。だが、他の警備員は気を失うことなく、当たりつけて手や足をふるう為、近づけずにいる。そうこうしているうちに視界も戻ってきたのか、一斉に雅史を襲いかかってきた。
 絶体絶命の危機を救ったのは、数発の銃弾だった。
 弾が当たり、倒れる警備員達。
「銃?」
 警備員の所持していたのを奪ったのだろう。雅史が振り返ると、銃を構えたアリサが立っていた。
「アリサ!?」
「藤代様、早くユウ様を」
 詳しく追求する時間はなかった。
 ユウのいる部屋の前へと向かうと、アリサが警備員の一人からキーカードを抜き取り、それを素早く電子ロックのスリットに滑らせた。
 そのあまりの手際の良さに唖然と見守る中、扉は開かれた。

 そして、部屋の中では――

 扉が開け放たれたのと同じタイミングで、今まさに深度催眠学習装置から出てこようとしているユウの姿があった。
「なっ!?」
「遅かったの!!」
 二人の声に最初に気付いたのは、大使だった。
 茫然自失と装置から出てくるユウを見つめるアリサを一瞥し、
「遅かったな、アリサよ。全ては今終わったぞ。我らが新しき女王様のご誕生だ」
 大使の言葉など、アリサの耳には届いていなかった。
 がっくりと膝を突くアリサ。その隣では、ユウを真っ直ぐに見つめる雅史がいた。
 静かに開かれるユウの碧眼の瞳。そして、寂しいまでに澄んだ瞳。
 精気のない瞳だ。
 そう思う雅史。
 これが、ユウの国の者達が望んだ女王なのか……
 まるで、人形の目じゃないか。
『私が選ばれたのだ。女王という人形を造るのに一番最適な材料として、私をな』
 ユウが言っていた言葉が甦った。
 必要なのは、自分が存在しない――マリオネットなのかも知れない。
 その何の色もない瞳が雅史を見据えた。
「何だ、そなた達は?」
 王者の風格を持った声が響く。
 性格や性質以外にも、記憶まで書き換えられたのだろう。今のユウの心には、雅史とアリサの存在は無かった。
 寂しい奴だ。
 国のために身体を変えられ、そして、心まで無くすなんて……
 そう思うと、雅史の中で何かが弾けた。
 立っているだけで何者にも侵しがたい王者のプレッシャーに耐えながら、雅史は間を詰めた。
 そして、その華奢な両肩を掴み叫ぶ。
「何だ、そなたは!? わらわをオケアノス国王女と知っての狼藉か!」
「ユウ!! 本当のお前はそんなんじゃないんだろ!」
「無駄なことを」
 施した処理に自信があるのか、止めようともしない大使。そして、他の強硬派のメンバーもまた、ただ、ただ、笑って見ているだけだった。
「目を覚ませよ、ユウ!」
 涙は流さない。言葉のみで慟哭する雅史。
「俺だ、雅史だよ! 俺の写真、見たいんだろ!! だったら笑えよな!!」
 心からの叫びは、直接魂に響いた。
 奇跡は起こったのだ。
「ま……さ……し……」
 呟きと共に、ユウの瞳に精気が戻る。そして、ニコッとした微笑みと共に、雅史の腕の中で崩れ倒れる。
 慌ててそれを支える雅史。
「おい、大丈夫かよ!」
 そんな二人を信じられないといった風に、黙って見ている強硬派。
「大丈夫ですわ藤代様。魂に刻まれている記憶が脳にフィードバックしたため、一時的に脳の機能が停止しただけです。
 それよりも――」
 アリサは鋭い視線を大使達に向けた。
「大使。オケアノス国刑法第4条に基づいて、王族の者の拘束及び人格の改竄の現行犯で、あなた方を逮捕します!」
 罪状を述べるアリサだが、強硬派達には既に逆らう意志は存在していなかった。まさかユウの『自己』が戻るとは思ってもいなかった。
 ただ、口々に
「そんな莫迦な……」
 と呟くのみだった。
 雅史の自分を見つめる視線に気付き、
「私、王室警護を担当している国家警察の巡査長なんですの」
 アリサはクスっと微笑んだ。
 どうりで手際が良いはずだ。
 腕の中で静かな寝息をたてているユウに、雅史は全てが無事に終わったことを実感した。

 早朝の大使館に、雅史はやってきた。
 思っていたよりも魂と身体に多大な負担をかけていたユウを、自国で養生させるために旅立つと言われたからだ。
「さえない顔してるな」
 車椅子に座っているユウの顔は、蒼白だった。
「すまなかったな。雅史には世話になりっぱなしだった」
「別にいいって事だ。一生に一度ぐらいは、変わった出来事も面白いもんさ」
「そう言って貰えると、私も心が楽だ」
 笑ったかと思うと、不意にその顔が曇った。
「結局、写真、撮ってもらえなかったな」
 雅史の首にぶら下がっているカメラを見て、残念そうに言うユウ。
 そんな彼女に、雅史は鼻先で笑い、
「写真なら撮ったさ」
 カバンから一枚の写真を取り出す。
 それは、自販機相手に驚いているユウの姿だった。
「私の中の違和感が無くなるまで、撮らないんじゃなかったのか?」
「時折見せたお前の表情は自然だったからな。無意識にシャッターを押していたんだよ」
 そう、あの時、ファインダーで覗いていた雅史は、自然と彼女の姿を収めていた。
 しばらくの間、写真に見入るユウ。
「やるよ、それ。お姫様になった記念にな」
「いや、雅史に持っていて欲しい」
 写真を返そうとするユウの手を止める。
「フィルムがあるからな。見たくなったら、もう一枚焼くさ」
「そうか」
 大事そうに写真を受け取るユウ。
「王女。そろそろ出発なさいませんと」
 アリサの言葉に分かったと短く答え、
「雅史……」
 雅史に向けた瞳に、じんわりと涙が浮かぶ。
「な、何だよ」
 ユウの頬に伝う涙に、狼狽する雅史。
「分からない。ただ、雅史と別れると思うと、ひどく心が苦しいのだ」
「精神状態が少しアンバランスになっているだけだ。じきに治まるさ」
 心が痛むのは何もユウだけではなかった。雅史もまた、別れに心が砕けそうになる。
 惚れた……かな。
 そう思いながらも、
「俺は嘘なんて言わないぜ。黙って信じておけ。それがお互いの為だ」
 そう。
 それがお互いの為だった。
 指先で涙を拭ってやる。
「がんばれよ。俺はいつだってお前の味方だ」
 ユウの乗る車椅子を押し、車に乗せてやった。
 閉ざされた車の扉。それが、二人を隔たる壁だった。
「また会えるかな?」
「さぁな。ユウが自然な自分を見失わなければ、一度ぐらいは会えるかも」
 自分の気持ちを隠すような素っ気ない言葉。
 そんな言葉に満足したかどうかは知らないが、ユウを乗せた車は空港目指してゆっくりと走り出した。
 角を曲がって車が見えなくなるまでそこにいた雅史は、肩を竦めて反対方向へと歩き出した。

       4

 あれから三年の月日が流れた。
 写真を趣味にしていた藤代雅史は、あの慌ただしい一日を境にカメラを止めた。
 写真仲間が、何故止めたのかと問うと、雅史は決まって同じことを口にした。
「一生に一度のシャッターチャンスに最高の写真を撮ってしまったからな。もう、カメラを構える気にはなれないんだよ」
 仲間がその写真を見せてくれと頼んでも、誰にもそれを見せることは無かった。
 思い出は心にあればそれでいい。
 写真はユウに渡したあの一枚だけで、雅史はそれ以上焼き回しをすることはしなかった。
 大学を卒業した雅史は、カメラに変わるなにか別のやりたいことを探しながらの気ままなフリーター生活をしていた。
 つい最近、出版社のバイトでオケアノスのことを調べることがあり、ユウの祖母が崩御したことを知った。そして、近々ユウが女王に即位するとも。祖母の容態が持ち直したのと、ユウの女王としての教育期間として、今まで即位が伸びていたのだ。
 即位式の一部が一般公開されるとあり、久しく押入にしまっていたままのカメラを引っぱり出し、写真でも撮りに行こうかとも考えたが、公開されているユウの映像の寂しげな――心を隠した――作り笑いに、その気は失せた。
 ――せっかく心を取り戻したんだ、自然に生きろよな。お前はお前なんだから――
 三年前に見せた笑顔の気持ちを少しでも取り戻せばと、オケアノス国の王宮にそんな手紙を送った。

 手紙を送ってから一週間も過ぎると、雑多なまでに忙しい生活に、雅史はユウに手紙を出したことも、彼女の即位式がもうじき行われるのも忘れていた。
 そんなある日――
「藤代雅史だな」
 いきなりの背後からの言葉に、何らかの反応を見せる前に雅史は拘束された。左右から挟み込むように腕を掴まれたのだ。
 振り解こうにも解けない力の差がそこにはあった。
 顔だけを振り返らせて見れば、黒いスーツに包まれた男が数人いた。
 万力みたいに頑強なまでの締め付けに身体は屈しながらも、雅史の瞳の色は消えてはいなかった。
「何だよ、お前達は!」
「貴様にお会いしたがっておられるお方がいらっしゃられるんだ。我らに付いてきて貰おう」
「ちょ、ちょっと待てよ――」
 有無を言わさず、雅史は引きずられるように黒塗りのリムジンに詰め込まれた。
 リムジンには既に運転手と一人の女性が乗っていた。
「お久しぶりですね、藤代様」
「あんたは……アリサ!?」
 その顔には見覚えあった。
「――ってことは、俺に会いたいって言うのは、やはりあいつなのか?」
「はい」
 涼しげな笑みをたたえ、答えるアリサ。
 そして、リムジンは静かに発進した。

 雅史が連れてこられたのは、ホテルの最上階だった。
 スウィートルームの扉を前に、どうしたものかと困る雅史。
 そこにはアリサ達の姿は無い。それだけ自分という存在を信頼しているのだろう
 意を決したようにドアをノックする。
 コン、コン――
 しばらくして、
「はい」
 水晶の鈴を連想させる澄んだ声音が返ってきた。
 カチャ――
 開けた扉の向こうには、一人の女性がスカートの裾を持ち、頭を下げて立っていた。
 金髪碧眼に色白の肌――面影はあるが、三年の月日がすっかりとユウを一人の女性へと成長させてしまった。
「……ユウ?」
「雅史様。ユウは、貴方様にお逢いしとうございました」
 たおやかなる微笑みと共に頭を上げるユウ。そのあまりにも自然で優雅な仕草に、雅史は立ち竦む。
「あ、あのな、その雅史様ってのは止めてくれないか――」
 それを絞り出すのがやっとだった。
「自然じゃありませんか?」
 微笑みを崩さずに問う。
「雅史様が仰られたとおり、あの時から3年が過ぎましたが」
 あの日、湖上で侍女のアリサの言葉遣いを真似た時に、雅史が言った期間だった。
 そして、雅史は自分の予想が正しかったことを、三年ぶりの再開で実感する事となった。
 自然だったのだ。ユウの言葉遣いにその仕草は、あまりにも淀みなく、清楚な女性そのものだった。
 映像で見たあの作り笑顔が嘘のようだ。
「――で、俺に何のようだ? 手紙の返答が言いたいのなら、手紙か電話でもかまわないと思うが……」
「電話と仰られるんですね、雅史様は。ご自分のお住まいを私に教えても下さらなかったのに」
「あっ」
 微笑みの奥に隠された、自分を咎めるようなユウの視線に気付き、思わず小さく言葉を洩らした。
 雅史は、ユウに自分の連絡先を教えていない上に、大学を卒業してからは、フリーターの気楽さからか、一カ所に定住はしていなかった。
 今住んでいるところも、来週一杯でバイトの雇用期間が終わり、別の土地へと引っ越すつもりでいた。
 それでも雅史を探し続けたユウなのだが、その所在は一向に掴めず、たまたま雅史が出した一通の手紙によってやっと見つけだしたのだ。
 もっとも、その手紙とて、差出人の雅史の名前だけで住所も電話番号も書かれていない。一月以上、一カ所での定住をしない雅史は、ついつい連絡先を記すだけ無駄だと思って書かなかったのだ。
 ユウは、国の諜報部を使って、切手に付いた消印から雅史を探しだしたのだ。
「悪かった、悪かった。俺も色々あって忙しかったんだ。それよりも、今日は何のようなんだ?」
「式に、一緒に出ては貰えませんか?」
 即位式……か。
「俺が?」
「はい。雅史様は、私に自然であれと仰りました。私が私として一番自然でいられるのは、貴方様の前でのこと。願わくば共に式に出ては貰えないでしょうか?」
 真っ直ぐな瞳に見つめられ、さすがに嫌とは断れなかった雅史。
「乗りかかった船だしな。付き合ってやるよ」
「本当にですの?」
「ああ、本当だ」
「ちゃんと最後まで付き合ってもらえますの?」
「ああ、ちゃんとだ。最後まで付き合ってやるよ」
 おかしな聞き方をするなと思いながらも、雅史は承諾を口にした。
 その言葉の意味することに気付かずに。

 そ・し・て……

「――で、何で俺はここにいるんだ?」
 白のタキシードを着せられた雅史は、隣のユウに小声で呼びかけた。
 少しでも大きい声で話すと、周りのマスコミの集音マイクに音声が拾われるからだ。
 即位式に参加するつもりでオケアノスにやってきた雅史。
 ただ、
 式は式でも、それは結婚式だった。
 純白のウェディングドレスを着込んだユウが、上目遣いで見上げてくる。
「最後まで付き合っていただけると仰られたではありませんか。最後と言うのは、私が退位するまで――と言う意味合いではなかったのですか?」
 少し悲しげな顔をするユウ。
 華やいでいたユウの笑顔がくぐもっただけで、周りのカメラが一斉に二人の方を向いた。
 カメラをやっていただけあって、カメラ越しの視線を強く感じる雅史。
 そんな周りのことなど知ったことかと、じわっと涙を浮かべ始めるユウ。
「元が男性なのがお嫌ですか?」
 あまりにも自然に女性の武器を使うユウに、雅史は力無く一息ため息を吐き、
 ――俺にとってのユウは、お前だけだろ――
 囁くと、まだ何か言いたげなその口をそっと塞いだ。

 
イメージCG
Kiss♪





■Back■

□ 感想はこちらに □