かわいい君が悪いのさ

 桜の木が等間隔に植えられているメインストリート。桜の花はもうほとんど散ってしまって、タイルの上は花びらが茶色に変色し、桜の木にはもう青い若葉が生えて来ていた。その桜並木の下を学生服を着て薄いカバンを小脇に抱た少年がひとり駆け抜けている。背はあまり高くない。しかし、小さいことが、その敏捷さを示しているのか、白いスニーカーは軽快に歩道に敷き詰められたタイルを蹴って行く。 その学生服がなかったら、ボーイッシュな女の子として彼を見るものも多いことだろう。
 彼は一見すると女の子に見えるが、れっきとした男の子だ。まあ十代の男の子の中には、そういう人間も中には混じっている。この前など、黄色いパーカーに、ジーンズという格好で歩いていると、「ねえ彼女、どこに行くの?」と彼の行く手を遮る男が現れた。しかし彼はそんなことでは動じない、すばやく右拳を相手の男の腹に食らわせたのだ。彼はその外見に反して、喧嘩っ早いのである。次の瞬間、男は路上に寝転がっることになってしまい、怒った啓の後ろ姿を見ることになった。男には何が起こったか分からなかったことだろう。愛らしい容姿に隠した牙。小此木啓とはそんな少年だった。
 校門をくぐりぬけ、自分の教室まで駆け上がる。教室のドアを開けて、自分の席に辿り着くと、座りこんで息を整えていた。そうしていると、一人の女性とが机の上ではいつくばっている彼を見下ろしていた。
「小此木くん、おはよう。何とか間に合ったみたいね。来ないのかと思ってたわよ」
机に上半身を預けたまま、視線を上に切り替えてクラスメートを見上げる。
「委員長、疲れてるんだから話し掛けるなよ」
そう言うと啓は再び机にうずくまる。
「委員長って言わないでよ。ちゃんと城崎真美って名前があるんだから」
この二人に割り込む男の声がある。 「啓、おはよう。なんとか無事に間に合ったようだね」 低い男の声が聞えてきた。啓は目を開けて頭だけやや上に上げる。
「わあっ」
視界に男の顔がどアップで現れたので、啓は思わずそのままのけぞってしまった。
「別にそのままで良かったのに」
鷹上一樹が、啓の机の前に置いてある椅子に反対向きに腰掛け、両手を背もたれに置いてそのまま体重を預けていた。啓は落ち着きを取り戻し、そのまま一樹に言った。
「お前な。あせるじゃないか」
その言葉に何も反応せず、一樹は啓に笑顔を見せている。 「どうしたんだ?」 微動だにせず啓を見つめる一樹に背筋が凍るものを感じたが、一応聞いてみた。 「いや今日も啓はかわいいなあ、と思って」 「俺はそういう冗談が一番嫌いだ」 ぷい、と啓は横を向いた。 「怒っているところも、かわいいよ」
一樹がそう言った瞬間、啓は立ち上がった。
「かわいい、かわいいっていうな!」
怒鳴られながらも、優しい微笑を浮かべて、一樹は啓の方をじっと見る。
「やめた、その顔を見ていると怒りも萎える」
「それは良かった」
 鷹上一樹と小此木啓はもう中学生のときからの付き合いだ。一樹は長身で眼鏡をかけている。成績も良く、人当たりもいいので、ファンも多い。しかし、啓は知っている。そのにこやかな微笑の下で、彼は何を考えているのかよく分からない。啓もひどい目に何度か遭っている。しかし、なぜか、憎めないのだ。こいつの笑顔にはそういう魔力がある。
 実際、かわいいと言って啓をからかう以外は非常に役に立つ友人なのだ。頭も切れるし、運動神経も悪くない。背も高いから女の子から人気もある。啓も何度か助けてもらったこともあるし、本当に啓をからかう以外はいい奴なのである。だからこそ、啓も一樹のことを信用はしていた。
 かったるい授業が終わり、昼休みになった。お弁当を出すために、机の上のものを机の中に片づようとした矢先、横から一樹が声をかけてきた。
「啓、ちょっと頼みがあるんだけど?」
「ん、なんだ?」
啓は一樹の方を向くことなく、そう答えた。彼の注意は、机の上のノートと教科書の方に向いている。
「僕の恋人のふりをしてくれないかな?」
啓の手の動きが止まった。机の上で、ふるふると震えている。バンと机の上を叩いたかと思うと、啓の左手は一樹の胸座をつかんでいた。右手は一樹の顎のあたりで拳を握りしめる。
「オレがそういう冗談嫌いなこと分かってていってんだろうなあ?」
「まあまあ最後まで話を聞けよ」
 一樹は胸元から一通の手紙を取り出した。
「まあ、読んでみろ」
啓は一樹から手を放し、出された手紙を読んでみた。啓は一読すると、奇麗に折りたたんで、一樹に返す。
「ラブレターじゃないか。こういうものは他の男に見せねえの。出した子がかわいそうじゃねえか」
一樹は乱れた制服を直しながら啓に言った。
「この子には一度断ったんだよ。いくら言っても聞かないから、つい言っちゃったんだ。付き合っている子がいるから、って。そしたら会わせろって」
もはや呆れて怒る気力もなく、啓は自分の席に座り込んだ。
「オレに女装でもしろってか?ふざけんな。俺に頼まずにその辺の親切な女の子にでも頼むんだな」
一樹も椅子に座って、両腕を啓の机の上に置く。
「それも考えたんだけどさ、女の子に頼んで、その女の子がまた同じことを言ってきたらどうする?今度は逃げられないぞ」
一理ある。しかし、それとこれとは話は別だ。
「だからと言って、オレが女装するのは別だろ。まるっきり変態じゃねえか」
「誰が女装しろと言った。レンタルボディってあるだろ。あれで女の子の体に入って欲しいんだよ」
啓はまだ渋い顔をしている。
「お前しかこんなこと頼める奴はいないんだよ。頼むよ」
十秒、二十秒。しばらく黙ったまま考える。
「分かった」
啓はそう答えてしまった。

 次の土曜日、啓は自分の部屋で一樹が来るのを待っていた。啓は啓の両親とは一緒に住んでいない。父親が転勤することが決まったときに、啓は一人暮らしを始めてここに残るか、両親について行くかを選択することになった。啓は、残って通いなれた学校に通うことにしたのである。長年住み慣れた家ではあったが、一人では広すぎるので、アパートを借りてそこから通うことにした。一人で住むときはそのぐらいの方がいい。
 今は完全週休二日だから学校は休みである。いつもなら、まだ眠っているのだが、今日は一樹と出かけることになっているのだ。彼の頼みを受けることにしたものの、やっぱり気が進まない。だがしかし。一度言ってしまったことを覆すのは啓の流儀に反する。覚悟を決めて、ひたすら待つ。
 窓の外にエンジンの音が響いた。
「来たか」
啓は自分の部屋を出た。
 一樹は広い幹線道路の上にバイクを走らせる。啓はリアシートに乗り、騒音が大きすぎて会話にならない。しかしもう十分以上走っている。レンタルボディの店はこのあたりに何件かあるのに、どこまで行くつもりなのだろうか? 赤信号に捕まり、一樹がバイクを止めたときに、聞いてみた。
「どこまで行くんだ?」
「ああ、言ってなかったな。僕の叔父さんがレンタルボディのショップをやっているんだ。技術力のないショップが、個人の体のデータを消失させてしまう事件が相次いでいるだろ。親友のお前をそんな目に遭わせるわけには行かないからね」
信号が変わったので、それだけ言って、一樹はバイクを再び走らせた。
 着いたのはレンタルボディのショップではなかった。
「鷹上産業株式会社霊魂研究所」
つまり、レンタルボディの研究をしている研究所だ。だだっ広い敷地に、薄緑の建物が怪しく浮かんでいる。正門の側の守衛室をノックし、守衛に一樹は声をかけた。
「叔父さん、いる?」
「所長なら応接室でもう待ってるよ。早く行ってご覧」
どうやら何度もここに来ているらしく、顔なじみのようだ。
「じゃ、バイク置いてくるから玄関まで歩いて待っていてくれよ」
そう言われたので、啓はバイクから降りててくてくと玄関まで歩いていった。

 「いらっしゃいませ、あ、一樹くんいらっしゃい。かわいい方を連れているわね。もしかして彼女?」
受付の女性が一樹に挨拶した。彼女の言葉に反応して、つかつかと、啓はカウンターのそばまで近づいて行く。
「俺は男だ!」
啓はカウンターを叩いた。しかし、怒っている姿も、その女性にはかわいらしく映ったようだ。
「あ、あら、かわいらしいからてっきり。ごめんなさいね」
あっけらかんとからからと笑う。
「啓、そんなに大きな声を出すなよ。すみません、織江さん」
「いいのよ、気にしなくても。ところで、一樹くん」
織江は一樹に手招きをする。首を傾げている啓をよそに、一樹は織江のそばまできた。
「ちょっと耳かしてくれない」
一樹の耳にそっとささやいた。
「ところで、例の子ってこの子?」
一樹は、にまっ、と笑った。二人の雰囲気に、啓はちょっと不安になる。その啓の様子に気づいたのか、織江は啓の気を逸らすために、カウンターの中から啓達の方へ出てきた。
「じゃ、案内するわ。ついて来て」
そう言って織江は歩き出した。
 応接室、と書かれたドアをノックしする。
「所長、一樹さんがいらっしゃいました」
ドアを開けてから大きな声で織江は部屋の中の主に言った。言ってから、啓の方に微笑み返す。美人に笑みを浮かべられて、啓はどぎまぎする。
「どうぞ、入って」
そう言われて、一樹と啓は、応接室に入っていった。中に入ると、スーツの上に白衣を着た四十代ぐらいの男性がソファの上に座っていた。やや小太りで眼鏡をかけている。彼は啓の姿を見ると、目を見開いたが、すぐに立ち上がった。
「鷹上理です。一樹がお世話になっているそうだね。こんな奴のために無理を聞いてくれたそうで、礼を言うよ。まあ、かけてくれ」
啓と一樹はソファに座った。
「えっと、これが契約書だ。一応事故が遭ったときなどの保障事項が書いてある。じっくり読んで良く考えて判を押してくれ」
 しかし、その厚さは上質紙で五センチメートルはある。啓はくらくらとなっていた。勇気を出して一ページ目を見る。「甲を鷹上株式会社、乙を小此木啓とする」と始まり、延々と条文は続く。啓は読む気がかなり失せていた。
「じゃ、ちょっと私は用事があるから、ゆっくり契約書に目を通してくれ。一樹、お前もちょっと来い」
分厚い契約書を前に呆然となっている啓を放っておいて、二人は応接室から出ていった。
 カプセルの中に満たされる培養液。その中に、少女の裸体が浮かんでいる。身長、体重は啓とほぼ同じ。顔は当然、啓にそっくりだ。その少女の裸体を見上げているのは、一樹と理の二人である。
「へええ、よく出来てますね」
「当然だ。彼のDNAデータを元に、じっくりと熟成させ、最近の発育データを元にして調整に調整を重ねたからな。私の最高傑作だよ」
そう言うと、理は一樹の方を向いた。
「しかし、こんなことして大丈夫なのか。これは犯罪スレスレだぞ」
「もう遅いですよ。叔父さん」
少女の体の方を向いたまま、一樹はつぶやいた。

 「一時間経ちましたね。行きましょう」
理と一樹がいろいろと話をしているうちに時間が過ぎてしまったようだ。理と一樹は部屋の出口に向かって歩いていった。
 応接室のドアを開けると、啓はテーブルの上にうつ伏せになって眠っている。そのかわいらしい寝顔に一樹ははっとなる。 「確かにこうしていると、男の子には見えないな。お前の気持ちもわからんでもない」  ふと見れば、啓の右手には契約書が握られている。彼が起きないように注意深く契約書を彼の手を奪う。見てみると、一番最後のページにはちゃんと赤い朱肉で判がついてあった。
 ちゃんと読んだのだろうか?しかしそんなことは関係ない。契約書に判を押すときは、たとえ読まずに判をついても、読まなかった責任を問われるのだ。それが問われないのは、そもそもそういう契約を行うこと自体が、法律で禁止されているときだけである。
「ではおじさん、よろしくお願いします」
「いいのか?起こさなくて」
「契約書に判が押されている以上、もうまな板の鯉です。なんとでもなります」
「わかった」
理は応接のテーブルの上においてある電話機に手をかけた。
「私だ、担架を持って来てくれ。ああ、例の件だ」
そう言うと、受話器を置いた。
「やれやれ、災難だな、この子も」
眼下ですやすやと眠る少年をじっと見つめていた。

 体がゆすられている。しかし、啓はまだ目覚めない。もっと寝ていたい。その生理的な欲求が彼の目覚めを妨げているのだ。上半身が重力に引っ張られている感覚を覚えて、ようやく彼の判断能力は動き出した。
 視界に飛び込んできたのは、だんだん斜めになっていく白い壁だった。斜めになっているのが部屋ではなくて、自分であることに気づき、啓は姿勢を正した。思わず転びそうになっていたらしい。お陰で啓は完全に目覚めることが出来た。
 ひざに布がかかっている感覚がするが、なんだか下半身がスースーする。視線を下方にずらすと紺色の布地から、かわいらしいひざがはみ出ている。
「目が覚めたみたいだな、啓」
聞きなれた声が後ろからした。
「気持ちよく寝ていたんで、その間に処置をさせてもらったぞ」
紺色の布はワンピースの裾だった。啓は紺色のワンピースを着せられていたのだ。自分に何が起こったのかが良く理解できていない啓に、一樹はもう少し解説を加えた。
「ほら、レンタルボディで女の子になってもらう、って言っただろ」
 そうだ、そんなことを頼まれていた。で、俺はレンタルボディの研究所まできて、あまりの分厚い契約書を読む気にもなれず、判だけ押してそのまま居眠りを始めたんだった。
「そこに鏡があるから、よく見てみろよ」
一樹は左手を啓の肩に置き、右手で壁の方向を指差した。正面の壁は前面が鏡になっており、一樹と啓の姿を映し出している。啓は一樹の前に映っている女の子の姿を見て驚いた。髪の毛が肩ぐらいまである以外はいつもの自分が女装しているようにしか見えない。試しに髪の毛を引っ張ってみたが、間違いなく地毛である。しかし、よく似合うもんだ、と感心したが、ハッと思い直した。
「おい!本当に女の子の体に俺の霊魂を移し替えたのか?」
「疑い深い奴だな」
一樹はいきなり、啓の胸を揉み始めた。
 もみもみ。
 もみもみ。
 もみもみ。
 なんだか啓は妙な気分になってくる。
「あんっ」
それが自分から出た声だと分かるまでにしばらく時間がかかった。なぜか声が漏れる。しかし気が附く。何で俺がこいつに胸をもまれなきゃならないんだ?そう思うと怒りが体の中からあふれて来た。
「やめんかあっ!」
 なんとかからだから沸き上がる妙な感覚を制して立ち上がって振り返ると、座っていた椅子を蹴飛ばし、背後の人物に右手の拳を食らわせた。思わず息が荒くなっているのは、怒りのせいか、胸をもまれたせいか、啓にもよく分からない。
「ちょっとこの部屋から出て行け」
啓は部屋の出口まで一樹の背中を押していった。しかし、意外に抵抗がない。ドアのノブがガチャリという音を立てたときに、啓は一樹に尋ねた。
「隠しカメラとか、仕掛けてないよな」
一樹がドアを引く速度が速くなった。
「甘い」
啓が一樹の足を引っかける。
「何をするんだよ。痛いじゃないか」
「怒らせるようなことをするからだ。もういい、そこで立ってろ」
一樹の方を指差して、怒鳴る啓。もう見られることはあきらめて、部屋の隅に行ってみる。一樹に背を向けて、おそるおそる胸を揉む。ないはずの胸の膨らみを手は感じ取り、感じるはずのない感触を胸から感じている。一樹の方をちらちらと見ながら、スカートの裾をそっと上げて、下着の隙間に、ゆっくりと指を差しいれてみる。
「な、女の子だろ?」
そのときに、ポン、と背後から肩を叩かれ、そのまま前のめりになって一樹が啓の様子を覗きこんでいた。スカートの裾を上げているそばで、いつのまにか一樹が立っていたのだ。真っ赤になって、啓は再び一樹に拳を食らわせた。尻餅をついた一樹に、腰に手を当てて啓がどなる。
「バカヤロー。いきなりやってくるんじゃねえっ」
「いや、心配になって」
にこやかに笑って一樹は言った。
「恥ずかしいじゃないか!バカ」
プィと膨れて背中を一樹に向けた。一樹はお尻についた埃を払いながら、啓の方を見る。
「かわいいヤツ」
部屋の隅で小さくなっている啓を見て、一樹は心の中でつぶやいた。

 再び啓は研究所の応接室に通された。にこにことしながら、鷹上理が待っていた。足を広げてソファに座っている。
「やあ、目が覚めたようだね。気分はどうかな?啓くん」
「なんか、体全体が重いんですけど。頭もなんだかずきずきするし」
「霊魂の分離は霊力の消耗が伴うからね。大丈夫、一晩寝たら回復するよ。ところで啓くん。一言言いたいのだが」
こほん、と理は咳払いをした。
「スカートの中身、見えてるよ」
 指摘されてすぐに、啓は足を閉じた。
座った瞬間は気を付けて足を閉じていたのだが、だんだん時間が経つに連れ、足が開いてきたようだ。足を閉じておく動作というのは、意外に体力を使う。気を抜くと、足が開いていることに気づかないものだ。
「じゃ、悪いけど今日明日はその姿でいてやってくれ。君も妙な友人を持って災難だね」
啓は理の微笑が不気味に見えた。
「ではおじさん、今日はこれで失礼します」
深々とお辞儀をした後に、一樹と啓は応接室を出た。

 正門の守衛室のそばで、啓は立っていた。。守衛のじろじろとした視線が啓に突き刺さるが、啓はそれに耐えながらひたすらに一樹を待った。
「やあ、お待たせ」
守衛室のそばにバイクを止めると、一樹はフェイスカバーを上げた。租の中にはいつもの笑顔。思わず啓はドキッとする。なぜか真っ赤になって、うつむいてしまった。
 一樹はそういう啓の変化にそれほど動じてなかった。ただ一言声をかける。 「乗りなよ」
しかし、啓は躊躇した。さすがにスカートだと来るときのように、リアシートにまたがるわけにはいかない。
「ど、どうやって?」
「ベンチに座るみたいに横向きに座るんだよ。ゆっくり走るから大丈夫だと思うよ」
そう言われてリアシートに横向きに座った。バランスが悪いので、啓は思いっきり一樹に抱きついた。抱き着かれた一樹の方はといえば、背中の感触に顔がにやけていた。膨らんだ胸が、背中に感じられる。しばらくその感触を楽しんでいると、啓の方から苦情が出た。
「乗ったぞ、速く出ろ!」
一樹は足を地面から離し、右手に力を入れた。

 休日のファミリーレストランは結構混んでいる。ここの客層は若い人間が多く、啓と一樹の周りには似たような年齢の男女が熱心に会話を楽しんでいた。ここで、啓と一樹は昼食を取っている。もちろん、一樹のおごりだ。
「お前にふられる幸せな女の子にはいつ会ったらいいんだ?」
「明日だよ。市立公園で待ち合わせをしているんだ」
啓はタダだとばかりに前傾姿勢で必死になってスパゲッティを頬張る。そばには、きれいに平らげられたお皿がテーブル一面に散らかされていた。
 ふと啓が顔を上げてみれば、一樹はすでに自分の食事を食べ終えて、じっと啓を見つめている。そういう一樹を、啓も口の中のものを噛みながら一樹をじっと見ていた。フォークを口元に当てて首を傾げる動作は、なんとなく愛らしい。まずは口の中身のものを飲み込むと、一樹に尋ねた。
「俺の顔になんかついてるか?」
「いや、かわいいな、と思ってさ」
涼しい微笑を浮かべながらそう言われると、啓もドキっとするが、冗談だと思って受け流す。しかし、つい意識してしまうのか、頬はやや赤みをさしていた。
「じょ、冗談言うなよ」
照れながら啓は再びスパゲティをむさぼり始めた。こころなしか、食べるペースが速くなる。
 スパゲティを食べて啓の胃袋はようやく満足したらしく、ナプキンで口元を拭き、口の周りについたソースを落とす。
「うーん、満足満足」
お腹が膨れて啓は上機嫌のようだ。
「無理を言ったんだ。これぐらいしないとな」
一樹もそんなけ位を見て上機嫌だったが、なにやらその笑みに不気味さを感じていた。
 二人が食べ終わったのを確認して、ウェイトレスがコーヒーを持ってきた。いつものように、啓はブラックのまま口に含んだ。次の瞬間、思わずグラスに注ぎ足されたお冷やを飲んでいた。顔をしかめる、啓。
「コーヒーってこんなに苦かったっけ?」
「さあ、人に味覚が違うって言うからね。体が女の子だし、甘党に設定されてるんじゃないの?」
こちらは涼しい顔でブラックのコーヒーを飲んでいる。ウェイトレスが通り過ぎるのに乗じて、一樹はオーダーを取った。
「チョコレートパフェ一つ」
「はい、かしこまりました」
手もとの端末を操作すると、深々とお辞儀をしてウェイトレスは去っていく。その様子を不思議そうに啓は見ていた。
「お前が食べるのか?」
「いや、味覚が変わってるから多分こっちの方がいいんじゃないかと思ってさ。嫌だったら食べなくていいよ」
「いや、折角注文してくれたんだから食べるよ。このコーヒーもね」
そういいつつ、啓は。コーヒーに砂糖とミルクを山と注ぐ。コーヒーカップを掲げてムキになって口をつけた。
「おいしい?」
一樹は尋ねた。
「よく分からない。コーヒー好ききだったんだけどな」
視線を逸らしてちょっとさびしい顔をする啓に、一樹はかすかな罪悪感を抱いた。
 ほどなくして、チョコレートパフェが運ばれて来た。おそるおそる、乗っかっているアイスクリームをスプーンで削り取り、そのまま口に運ぶ。運んだ瞬間、しっかりと目を閉じる。そう、啓は辛党なのだ。
 しばらくすると、しっかりと目を見開いた。
「うまい」
スプーンを口につけたまま淡々と啓は言う。しかし、驚きは隠せないようだ。
「アイスクリームがこんなにうまいと思ったのは始めてだ」
「それは良かった。ゆっくり召し上がれ、お嬢さん」
「ああ」
啓はパフェにぱくつきはじめた。

 ファミリーレストランを出て、部屋の前まで啓は送ってもらった。帰ってくると、再び猛烈な眠気が襲ってきた。驚きの連続で目が覚めていたが、幽体離脱による魂への負担は啓の想像を超えていたようだ。ドアを開けて、靴を脱いだ瞬間、そのまま玄関先に倒れこみ、そのまま玄関先で寝入ってしまった。
 トントントントン。
 薄らとした意識の中で、まな板と包丁がリズミカルに音を立てているのが聞えてくる。ああ、誰かが晩御飯を作っているんだな、と思ったとき、重要なことを思い出した。自分は一人暮らしなのだ。誰かが料理の準備をしているということはありえない。がばっと起きると、ベッドの上で布団をかぶっていた。着ていたワンピースは脱がされて、パジャマを着ていた。
「誰だ?」
台所に立っている人影を見に行く。女性が一人、鼻歌を歌いながら、コンロの前に立っている。啓には気づいていないようだ。女性が振り返った。その顔を見て啓は声を漏らした。
「母さん」
女性の姿は啓の母親、聡美の姿だった。
「あ、啓ちゃん、目が覚めたのね!もともとかわいかったけど、こんなにかわいくなっちゃってママうれしいっ」
啓を抱きしめて頬擦りする母親。じたばたするが、思いのほか抱きしめる力が強くて、その両腕から逃げることが出来ない。ふっと視界に入ったものを見て、啓は脱出の方法を思いついた。
「母さん、鍋っ、鍋拭いてるっ」
「あらあらあら」
聡美は抱きしめてる腕を離すと、再びコンロの前に立った。
 話を聞くと、一樹から昨日連絡を受けたらしい。こういう理由で女の子になってもらうんだけど、大変なことになっているかもしれないから、戻って来てやってくれ、と頼まれたそうなのだ。案の定戻ってきたら女の子の格好のまま玄関先で倒れていた。聡美は啓の服を着替えさせ、ベッドに寝かせたのだった。
 「さあっ!召し上がれ」
テーブルの上にはところ狭しと料理が並べられていた。ウキウキした母親の姿に啓は妙な違和感を感じる。
「母さん、なんかいいことあったの?」
久しぶりに味わう母親の夕食を食べながら、啓は尋ねた。
「え、そんな風に見える?」
呆れたように啓は答えた。
「見える見える」
「えっとねえ、実はねえ、あ、これは言っちゃいけないんだった」
そのまま口を押さえる。よっぽどうれしいことがあったと見えて、母親の気持ちの悪い笑い顔は止まらない
「父さんは?いつもは一緒に来るのに」
「大事なお仕事があるんですって」
母親は表情を変えずに笑いながら言った。そこに啓は不自然さを感じる。いつもなら、父親が来ないときは、ぶつくさと文句を言う母親が、文句の一つも言わずに笑い顔を浮かべている。
 啓の父親はコンピューター関係の会社に勤めている。優秀なシステムエンジニアで、ソフトウェアの開発からシステム管理までなんでもこなす。この前など、落ちたシステムのソースにバグを発見し、デバッグまでやってしまった。三十五歳定年説など何のその、未だに現場の一線で働くスーパーマンである。
 しかい啓はこの父親のことが苦手なのだ。昔はかわいいかわいいとかわいがられることはうれしかったが、十八になった今でも「こんなにかわいく育ってパパはうれしいぞ」といって抱きしめるのだ。正常な十八才の男子ならば、父親にかわいいと抱きしめられても嫌悪感を覚えるだけだろう。
「ねえ、啓」
味噌汁を吸ったまま、上目遣いに母親の方を見る。
「一生そのままでいる気はない?」
ピタッと、啓の箸の動きが止まった。味噌汁を吸うのを止め、お椀とお箸をテーブルの上に置きしばし無言になる。
「い、や、だ」
「いいじゃない、そんなこと言わなくても」
「嫌なものは嫌なの」
啓はそれから黙々と食事を食べ続けた。

 啓が住む永見市の中央には、大きな公園がある。散歩道や市民の憩いの場としてよく用いられている。芝生の中に円形の花壇があちこちに点在し、通路にはベンチが置かれている。花壇には季節の花が植えられており、安価なデートコースとして、学生には有り難い場所だった。おつきあいを断る場所としては打ってつけかもしれない。それなりに雰囲気はあるが、お金はかかっていない。
 この公園は啓の部屋からそれほど離れていない。一樹はまず啓のアパートの前にバイクを止め、啓と歩いていくことにした。てくてくと二人で歩道を歩く。確かに恋人同士に見えないこともない。しかし、それには「喧嘩をしている」という修飾語句をつけた方がよりしっくり来る。啓は一樹から1m程度離れて歩いていた。
「もうちょっとひっついてくれないかな。これじゃ恋人同士に見えないじゃないか」
「大丈夫だ。その奇特な女の子に会ったら、とことんまで付き合ってやる」
「なら、まず予行演習と行こうか」
一樹は油断している啓の左腕をつかみ、上に引っ張った。身長差があるから、啓は一樹のそばに寄せられてしまいバランスを崩す。啓の体を器用に左手で支えた。啓の体重が、一樹の左手にかかる。啓がバランスを取り戻した隙を狙って、一樹は自分の方に啓の体を押し寄せた。二人の体が密着する。
 右手で啓の顎をつかむと、一樹は自分の顔を啓の顔に接近させた。一樹の真剣な表情に思わず見とれる。
 しかし、それが命取りだった。気を抜いていると、一樹はさらに左手の力を強めもう啓は逃げ出すことが出来なかった。彼に出来たのは、声を出すことだけだった。
「や、やめ」
しかし、すべての言葉を発する前に、啓の唇は一樹の唇に押さえつけられてしまう。啓の目が大きく開かれた。そのまま二人は動かず数秒。ようやく一樹が唇を離した後も啓は呆然としていた。
 しばらくして、啓はようやく強がる余裕が出来た。一樹の方はにやにやと笑いながら啓を見ている。
「こんなことするなんて聞いてないぞ!この変態」
「いいじゃないか、恋人同士なんだし、今の啓はかなりかわいい女の子なんだから。予行演習はこれで終わり。本番もよろしく頼むよ」
「よりによって初めてのキスが男なんて!」
しかし、言葉とは裏腹に胸がドキドキする。さっき見せた一樹の表情、いつもとは違う。いつも見せるのは、自分を誤魔化した笑顔。でも、さっきの顔は一樹の本心のように見えた。

 公園の内部には噴水もあり、よく待ち合わせのスポットとして使われている。そこで城崎真美は鷹上一樹が来るのを待っていた。待つこと十分、果たして一樹はやってきた。約束通り女の子を連れて、一樹はベージュのジャケットを羽織っていたが、そばの女の子はチェックのプリーツ付きのスカートに、黄色いパーカーを着ていた。
 二人が目の前に来たとき、真美は驚いた。連れてきた女の子が、小此木啓にそっくりだったからだ。見れば見るほどそっくり。真美は一樹の胸座をつかんで問いただした。
「あんたどういうつもりよ!小此木くんに女装なんかさせて!そこまでして小此木くんと付き合いたいの?」
話がなんだか見えない。
「別にあんたと結婚しようなんて思わないけどね、おじさま達の手前、男の子が好きだなんてたわごとをあんたに言わせるわけにはいかないの」
「啓に女装なんてさせてないよ。この子はれっきとした女の子だもん。なんなら触わったっていいぞ。ねえ?」
頼まれた以上一樹に合せるしかあるまい。一樹のいうままにこくりと肯く。しかし、話がややずれているような気がする。
「見れば見るほどそっくりねえ。あなた、本当に女の子?」
啓の周りをぐるぐる回りながら真美はじろじろとあらゆる方向から啓を見る。最後には、啓の両肩を掴んで、啓の顔をじっと見詰めている。恥ずかしくなって啓は目をそらせた。
「しつこいね。疑うんならどこ触わったってもいいよ」
一樹が横から言った。仮にも自分の恋人にあんまりな言い方であろう。
「そうです」
目をそらせたまま啓は答えた。
「こいつと本当につきあっているの?」
「はい」
「ホントにホント?」
「本当に本当です」
良心の呵責に耐えながらプイッと横を向いているしぐさは、なかなかの美少女ぶりだ。女の子が拗ねているようにしか見えない。それを見て、なぜか真美の顔がほころんだ。
「よかった。こんな奴だけど、大事にしてやってね。これで安心して私も小此木くんと付き合えるわ」
「ちょっと待てーーーーーーーっ!」
スキップして一樹と啓から離れていく真美の後ろ姿ををしばらく呆然と見ていたが、姿が視界から完全に消える前に啓は絶叫を上げた。真美は驚いて振り返る。
「待てっ!委員長っ、詳しくわけを話せっ!」
「いいんちょうって、あなた実は小此木くん?」
拳を握り締めて叫び続ける啓。
「他人の空似なんかじゃなくて小此木啓当人だっ。こいつに頼まれてレンタルボディで今日だけ女になってやったんだっ!」
真美はにっこりと笑いながらゆっくりと歩いてきた。しかし顔は笑っているが、体全体は怒りを表している。再び真美は一樹に詰め寄った。
「どういうことかしら?この子、自分のことを小此木啓だと言い張っているじゃない」
「さあ、どういうことかなあ。僕にはなんのことやら」
この後に及んでシラを切る一樹。今度は、真美を押しのけて、今度は啓が一樹の胸座を掴む。
「お前確か付きまとわれている女の子を追い払うためだとか言ってたよな?話が違うじゃねえかっ!」
「まあまあ、二人とも押さえて押さえて」
両手を開いて前に出す一樹。
「正直に全部話すから、な、どこかでお茶でも飲もうじゃないか」
そう言われて二人はやや落ち着きを取り戻し、その発案に従うことにした。

 4人がけのテーブルに、片側に女の子が二人、二人とも目が釣りあがっている。その二人に謎の微笑を浮かべる男の子が一人。その微笑がなお二人の怒りを誘う。
「お前ら一体どういう関係なんだよ?ただのクラスメートってわけじゃなさそうだな」
「あんまり言いたくないんだけどね」
両手を組んで下を向きながらつぶやく真美。
「こいつとあたし、許婚なのよ。一応」
「いいなずけって、今の時代にそんなもんがあったのか?」
そんなものは、はるか昔に死滅していたもんだと思ってた。
「あたしだって、こんな奴と結婚したかないわよ。でもこいつが結婚しない理由を見過ごすわけにもいかなかったの」
真美は啓の方を見た。
「僕は小此木啓のことが好きだから、あたしとはつきあえない、っていうのよ」
啓は目が点になった。
「あたしも正直に言うわよ。ずっと小此木くんのことが好きだったの。結構前からね。そんなことないと思うけど、もしもそんな関係になったらイヤだし」
真美の頬にちょっと赤味が差した。
「乗りかかった船だしね、一樹が女の子と付き合うようにいろいろと画策したんだけど、なしのつぶて。そうしたらね。ちゃんと女の子と付き合うことにしたから、って昨日言われてわざわざやってきたわけ」
肘をついて頭を押さえる啓。
「そんな変態野郎と俺は付き合ってたのか」
思わずつぶやく。
「だって啓はこんなにかわいいんだぞ。男だろうが女だろうがかわいかったら関係ないもの。だったら啓を女の子にすれば」
そこまでしゃべったときに一樹の謎の微笑が崩れた。
「ちょっと待てよ、俺がこの姿でいるのは後何時間かのはずだろ」
口笛を吹きながら横を向く一樹。そういう一樹に啓は立ち上がって一樹の来ているシャツを掴み、上半身をゆする。
「うん、そうだよ。そう、だから女の子になってもらってデートの思い出ぐらい作らせてもらってもいいじゃないか」
「おい一樹、まさか俺をこのカッコのまま放っておくつもりだったんじゃないだろうな?」
「まさか、大事な親友に万が一のことがあったらって、叔父さんに頼んだんじゃないか。もうお前のことはあきらめるよ」
啓の両手の力が弱くなった。
「隣に座っている男の子に好きだなんて言えるかい?思い出だけ作って今日限りで啓への思いは断ちきろうと思ったんじゃないか」
「じゃあ、今から小此木くんは男の子に戻してくれるのね?」
爛爛と目を輝かせる真美。
「当然だろ」
啓は立ち上がってテーブルのそばに立った。
「もう茶番は終わりだ。今日のことは俺の心のうちに納めといてやるから、とっとと俺を元の体に戻せ」
啓は二人に背を向けたままそう言った。
「どこに行くの?」
そのままテーブルから離れていこうとする啓を真美は呼び止めた。
「タクシー呼んでくる」
そのまま啓は歩いていった。
「いい友達持ったわね。分かってる?あんたあんないい友達をなくすとこだったのよ」
「わかってるよ」
ちょっと怒った口調で一樹は答えた。

 タクシーの中で、右側から啓、真美、一樹の順で並んでいる。啓はぼんやりと外を眺めており、そういう啓を真美は心配そうに見つめていた。。もの憂げに車の窓に手を添えている姿は可憐でもある。
「どうしたの?」
ずっと黙りこくっている啓を疑問に思ったのだろうか?真美は啓の肩を叩く。
「ん、あ、いや何でもないって」
窓の外を向いたまま啓はそう答える。
「もしかして、男の子に戻るのが嫌だとか」
「そんなはずあるわけないだろ」
後ろを振り返って、啓は言った。
「あのさあ」
「なに?」
笑顔で真美は返答する。
「俺のどこが気に入ったんだ?」
思いもよらない質問に、真美は赤くなって下を向いた。
「口も悪いし、乱暴者だけど〜」
啓の顔をまともに見ることが出来ずに、指をもじもじとさせる。
「こ〜〜〜〜んなにかわいいんだもんっ!」
言うが早いか、啓の顔を自分の胸に押し付けて、啓の頭を頬ずりする。女の子の胸の感触に、啓も赤くなる。
「い、いいんちょ、やめてくれ、むぐっ」
「女の子同士でなにやってるんだよっ」
一樹が真美の方を思いっきり引っ張って、真美と一樹と引き離す。その間に啓は二人に背を向けた。
「本当は男の子なんだもん。いいじゃない。でも、女の子の小此木くんもかわいいわね。食べちゃいたいくらい」
めげずに啓の背中にに抱き着く真美。
「俺の周りにいる奴は、こんなのばっかりかよ」
啓から、ため息が漏れた。

 応接室に通された三人は理が来るのを待っていた。理が部屋に入ってきたとき、彼が息を切らしているのが分かった。かなり急いで来たらしい。
「すまないっ」
はあはあと肩で息をしながら、理はテーブルのそばで頭を下げる。
「啓くんを元に戻せなくなった」
「元の体に戻せない?一体それはどういうことですか?」
啓は立ち上がって、理に詰め寄った。
「本当にすまない、まさかこんなことになるとは。うちのセキュリティは万全のはずなのに」
「叔父さん、何があったんですか?」
わざとらしく一樹は尋ねた。
「うちのシステムが破られて、啓くんの体のデータが木っ端微塵に吹き飛ばされてしまったんだよ。小此木恭平が作ったシステムがそう簡単に破られるはずはないんだが」
「と、父さんの?」
啓は理に聞き返した。
「そうだよ。君のお父さんがここのコンピューターシステムの設計をしたんだ。特に君の体を保管するときは、一番セキュリティがかかっている部分に保存したんだが、そこだけが破壊されてね。だから、研究所としてはあまり損害はないんだけど」
わなわなわなと、啓と真美の両拳が震えている。
「ちょっと。叔父さん!なんとか元に戻せないの?」
「いくらなんでも、ゼロになったものを戻すなんて不可能なんだ。申し訳ないが、契約に乗っ取った償いをさせてもらうよ。一樹、分かってるな?」
「ええ、今後一切の生活補償は僕の方でさせて頂きます」
うなだれて一樹は答えた。
「どういうことだ?」
キョトンと一樹の方を見る啓。
「もし、そういう事故があった場合は、一生僕が生活の面倒を見させてもらう。そして啓はその援助を断ってはならない、っていう契約条項が書いてあったと思うんだけど、読んでない?」
両手を下げて、脱力する啓。
「それって、一生お前の面倒を見てもらわなきゃならんということか?」
「ま、しょうがないね、契約だし。大丈夫、ちゃんと幸せにするから」
一樹は啓の両手をしっかと握り締める。啓はもはや何も考えられず、目の焦点が定まっていない。
「ちょっと待ってよ、あたしはどうなんのよ、あたしは」
真美が啓と一樹の間に割り込んだ。およ、と啓の目が見開く。
「小此木くんが女の子になっちゃったら、あたしがあきらめなきゃなんないじゃないの。そんなの嫌よっ」
「啓くんもてもてだね」
理がボソッとつぶやいた。
「もとはと言えば、僕のせいだけど、なってしまったもんは仕方がないじゃないか。まさかこんなことになるとは思ってなかったし」
ポンっ、と一樹は真美の肩を叩いた。
「ショックだと思うけど、あきらめてくれたまえ」
もうしわけなさそうな表情で一樹は言った。
「もういい」
真美は言った。
「もういいわ」
下を向いたまま再びそう言う。顔をあげて、啓の方をじっと見る。すると、おもむろに啓に抱きついた。それを見て一樹は大きな声で笑い始める。
「こ〜〜〜〜〜〜〜んなにかわいいんだもん。もう男だろうが女だろうがどうだっていいわ!」
抱きつかれたショックで啓の意識が戻る。
「あのなあ、お前一樹のことさんざん文句言ってたじゃないかあ。やってるレベルがかわらねえぞっ」
「いいのっ。小此木くんだって、男の子よりも女の子の方がいいでしょ?」
「そらまあそうだけどっ、ってそういう問題じゃないっ!」
絶叫する啓。今度は一樹が二人を引き離す。
「まあまあ、啓だって突然のことでびっくりしているんだ。そういう話は落ち着いてからにしようよ」
この言葉に、ブチっと啓は切れた。
「もともとはきさまが悪いんだろうがああああああっ」
啓の体から力強いアッパーカットが繰り出された。見事一樹の顔に命中し、そのまま一樹はのびてしまった。
 一樹が倒れたことを確認すると、啓は応接室の出口へと歩いていった。
「小此木くん、どこへ行くの?」
「帰るんだよ」
そのまま啓はドアを開けて、廊下へと消えた。

 部屋のドアのノブをガチャリと回した。今日は散々な一日だった。そして、この体。明日からどうやって自分は生活すればいいんだろう。啓は惨澹たる気持ちで自分の部屋に入った。
「啓、啓なのかっ」
野太い声が部屋に響く。ミニスカート姿の啓を見て、喜んでいるのがありありと分かる。
「ホントに女の子になったんだな」
再び背中から抱きしめられ、頬擦りされる啓。
「と、父さん。いつ帰って来てたんだよ」
「女の子になったお前を一目見たいと思って急いで帰ってきたんだ」
どさくさに紛れて胸を触わられる
「ほんとにここは女の子だ、こっちはどうかな?」
啓のパンティのなかに指を差しいれられる。
「あんっ」
思わず声が漏れる。
「どこ触わってんだよっこの変態親父っ」
啓は父親を床に叩き付けた。顔を真っ赤にして、腰に手を当てて父親を見下ろす。
「いや、本当に女の子になったのかちゃんと確かめようと」
「確かめなくていいっ」
とそこまで言ってはたと気がついた。
「そういや父さん」
「なんだ?」
もう既に父親は立ち上がり、服装を整えている。
「どうして、俺が女の子のままだって知ってたんだ」
しばしの沈黙の後に、啓の父親はくるっと振り替えった。
「待てっ!ごまかすなっ。父さんがっ、父さんがやったんだなっ」
「やったって何を?」
黙々と食卓につく
「鷹上の研究所で俺の体のデータだけ壊れてたっていうんだぞ。父さんが作ったシステムだそうじゃないか!」
「何か証拠でもあるのか?」
「ログを見たら一発だろう!」
「そんなはずはない。奇麗サッパリ俺が消したからな」
はっと口を押さえた。語るに落ちるとはこのことだ。
「やっぱりあんたかぁ〜〜〜〜〜」
恭平のスーツの胸のあたりを掴んで、ゆすり続ける啓。それを母親が制止した。
「いいじゃないの。一樹くん、ちゃんと啓ちゃんのことお嫁さんにしてくれるって言ってたし。ねえ、お父さん」
「ああ。娘は欲しかったけど、無理矢理啓を女にして嫁の行き手がなかったらかえって不幸だからな。でも、一樹くんなら安心だし」
どうやら、以前から夫婦でこういう計画を練ってたらしい。
「いくら女になったからって、あんな変態と結婚する気なんかないっ」
近所迷惑も顧みず、啓は絶叫した。

後書き

:あ〜あ。またこんな話を書いてる。しょうがないなあ。もう。あ、みなさんこんにちは、桐生雅です。なんか、この作品のナレーターをさせられることになってしまいました。よろしくお願いします。
作者:君が言っちゃ駄目だってば。君が言っちゃ。
:普通の男の子だった僕を無理矢理女の子にしてお話を創ったのはあんたでしょうが
作者:正直に答えろよ
:何?
作者:女の子になんてなりたくなかった?
:ずるいっ!そんな質問答えられるわけないじゃないか!
作者:わははは
:もうっ。ま答えてあげようかな。悪くはないよ。
作者:正直でよろしい
:で、この娘どうなるの?
作者:今までとは違ったキャラだからね。実はあまり考えてない。僕の創ったキャラの中では主人公以外ほとんど壊れてるし。やっぱこういうのもないとね。
:ホモの親友に、女の子になった主人公に告白する学級委員長ねえ。主人公も前途多難だわ。
作者:この手の主人公だったら、「ここはグリーンウッド」の渡辺くんとか、「っポイ」の平くんだよね。どっちにも主人公にドキドキする脇役がちゃんといるし。ちゃんと女装シーンもあるし。前者なんか男同士の××なことを匂わせるシーンも出てくるし。
:そんな作品まで読んでいたのか
作者:少女マンガではホモと倒錯は基本だ。体は女なだけ、僕の方がまだマシだって
:勝手に言ってろ


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