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浪漫館の魔女

後編


作:BOXER 6

 

とある夜ふけ、満月の光が差し込む浪漫館の中庭に杏奈と真琴がいた。

「それでは、今日からほうきに乗って空を飛ぶ魔法の練習を行う。」

「はいっ。」

「昨日までの練習でほうき単体を空中に浮かべることができたんだから要領は同じだ。ただし自分が空中に上がると恐怖心が沸いてくるから、それに流されて精神の集中を切らさないようにするんだよ。一旦制御を失うと立て直すのは難しいからね。」

「うん、わかった! でも…だいたい何でスカートなんだよ。ほうきにまたがるならパンツルックの方がいいよ。」

「スカートがはためくと回りを取り巻いている風の流れがよくわかるんだよ。つべこべいわずにやるんだ。空飛びたいんだろ。」

「はぁい。」

真琴は庭のまん中に進むとおもむろにほうきにまたがり、静かに目を閉じて自らが空中に浮き上がるように念じ始めた。

「風よ。その大いなる力で我を星降る夜空へ羽ばたかせよ。」

「なんだい、その仰々しいセリフは?」

「だってこう言わないと雰囲気が出ないじゃないか。横からチャチャを入れないでよ。」

口を尖らせ杏奈に文句をいうと再びほうきを強く握り締める。

「では、改めて。」

「風よ。その大いなる力で我を星降る夜空へ羽ばたかせよ。」

真琴の胸に下げられた魔石のペンダントが輝き始める。それと同時に真琴を中心に風が回り始め、大きく広がったスカートがゆっくりと持ち上がってゆく。

(そのまま、そのまま一気に浮き上がれ。)

ほうきごと真琴の体は持ち上がり、そして完全に重力から解き放たれて空へと舞い上がった。

足から接地感が無くなったので目を開けると真下にこちらを見上げている杏奈の姿が目に入った。

(すごいすごい。ほんとに飛んでる!僕って天才だぁ!)

そしてゆっくりと屋根の一番上の高さまで上った真琴は一旦静止をし、それからじわじわと横に動いて屋根のてっぺんに足を降ろした。

「おーい杏奈ー。ちゃんと飛べたよ。どう?すごいでしょう。」

「ああ、よくやった。」

「でしょでしょ。やっぱ僕って魔法の才能があるんだ。」

杏奈は真琴の能天気な態度を見て溜息をついた。

「それじゃ今度はそこから降りてくるんだ。下に降りる方が難しいから気を付けるんだよ。揚力を減らしすぎると墜落するからね。」

「はーい。」

真琴は再びほうきにまたがるとふわふわと空中を進み始めたが、やってみると確かに降りる方が難しい。懸命にバランスを取りながらガクッガクッと少しずつ高度を下げていたところへ上空から強い風が吹き込んできた。

「わっ。」

真琴はバランスを崩し、前のめりになった。その瞬間パニックを起こして揚力を制御できなくなり、まっさかさまに落下した。そして今まさに地面に激突するというところで真琴の体が空中で止まった。

真琴が何が起こったのか判らぬまま顔を上げると、腕を組んで見下ろしている杏奈の右手の人指し指の先がボンヤリ光っている。

「杏奈が助けてくれたの。」

真琴は安堵の表情を浮かべながら訊ねた。

「お前に死なれたら困るんだよ。何度も言わせるんじゃない。」

「どうもありがとう。」

「でも気を付けるんだね。私が助け船を出せるのにも限界がある。」

恐怖心を持ってしまった真琴に今夜これ以上飛行魔法を使わせるのは酷だと思った杏奈は練習を切り上げることにした。杏奈は落ちていたほうきを拾い上げ、縮小魔法をかけて手のひらサイズにしてから真琴に手渡した。

「これから先、お前のパートナーになるほうきなんだ。使わない時も離さずに持っているんだよ。大切にしてやると、ほうきもきっとお前の思いに応えてくれるだろうよ。」

「うん…、わかった。」

「明日の夜も飛行魔法の練習をするからね。それじゃ今夜はこれで終わるから、もうお休み。」

「…はい。」

あまり成果の上がらなかった今日の練習にちょっとがっかりした真琴だったが、また明日ということで気持ちを切り換えて、杏奈を追いかけ浪漫館の中へ入っていった。

 

金曜日の夜、真琴が浪漫館の店番をしていると電話が鳴った。

「毎度ありがとうございます。骨董品の浪漫館でございます。」

「あ、如月…真琴さんですか?」

「はい、そうですが。」

「あの僕、同じクラスの村上貴之です。」

(なんだ貴之じゃないか。いったいどうしたんだ、随分とかしこまって?)

「如月さん、…僕、あなたのことが好きです。」

「へ?」

「入学式で出会ってからずっと好きでした。だから思いを伝えるために電話しました。」

(ええっ、こ、これっていわゆる告白ってやつだよね。た、貴之に告白さ、されちゃった!)

「好きです。大好きです。」

(わっわっ。そ、そんなこと、いきなり言われても!)

「とにかく一度会ってください。如月さんとゆっくり話がしたいんです。」

(あ、会ってといわれても、ま、毎日、学校で顔を合わせているじゃないかー。)

「…あさっての日曜日、10時に駅前の噴水のところに来てください…。」

(ち、ちょっと待て、勝手にデートのセッティングをするなー。)

「僕は如月さんが現れるまで、ずっと待っていますから。」

「あ、あのっ。」

そして電話は「お願いします」の言葉とともに切れた。真琴は頭の中が真っ白になり、ツーツーと鳴り続ける受話器を握り締めたまま固まっている。ところが冷静になるにつれ貴之の一方的な態度に腹が立ってきた。

(こっちの話も聞かずになんて失礼な奴だ。だいたい、何なんだよその入学式以来ってのは!如月真琴が現れたのは三週間前だろうが!)

真琴が貴之に対して悪態をついていると、さっきの電話の音を聞きつけ杏奈が店にやって来た。

「どうした。誰からの電話だったんだい?」

「えっ、あっ、な、なんでもない。あ、あのっ、間違い電話、間違い電話だってば。」

慌てふためき、いかにも取り繕うような答えを返すのをいぶかしんだ杏奈は真琴に近づき右手をスッと頬にあてた。

「さあ私の目をよーく見て。また気持ちいい世界に入っていけるよ。」

「あっ、ちょっと…。」

「ほうら、とろけるような気分になってきた。もうお前の心と体は私の言うがままだ。そして私の質問にはまったく抵抗できずに何でも答えてしまうんだよ。」

「はい…。」

「さあ教えておくれ。電話をかけてきたのは誰なんだ。」

「貴…之。村上…貴之。」

「貴之はどんな用件で電話を?」

「それは…。」

「さあ、もっと素直になって、心を大きく開いて。お前は私に何でも話してくれるんだろう。」

「あの…、好きだと告白されて…。」

「ふーん、それから。」

「今度の日曜に会いたいと言われました…。」

「なるほどね…。」

パチンと指を鳴らし真琴の意識を戻すと杏奈は言った。

「決まりだ。あさってはその貴之とデートしてこい。」

杏奈にそう言われてようやく状況が飲み込めた真琴は大声で怒鳴った。

「ああっ! さっきの電話の内容を僕から勝手に聞き出したな。プライバシー侵害だ!」

「お前が一人前の魔法使いになるためならこの程度なら許容範囲だ。」

真琴が怒っていてもまったく意に介せずといった感じで杏奈は平然と言い返す。

「やだ。僕は行かないからね。」

「せっかくのチャンスなのに何を言ってるんだ。最初に説明しただろう、愛情を注いでくれる男を見つける事が魔力のアップにつながるって。」

「何で僕が貴之とデートしなきゃいけないんだ。」

「いいかげん今の自分が女という事を受け入れたらどうなんだい。まったく男らしくないねえ。」

「杏奈、言ってることが矛盾してるよ…。」

結局、「お前のせいで門が閉ざされたんだから再び門を開けるために最大限の努力をするべきだ。」という杏奈の主張に押し切られ、真琴はデートの誘いに応じる事を渋々承諾した。

 

貴之とのデートの日の朝がきた。上はクリーム色のブラウスにボレロの組み合わせ、下は淡いピンクのスカート、そしてポシェットを肩から下げ、頭にはリボン付きのカチューシャと、もう気合入りまくりのお出かけデートルックに身を包んでいた真琴は納得しきれない様子で杏奈に向かって文句を言った。

「何でこんなにまでしなきゃ、いけないんだよぉ。」

「馬鹿者、記念すべき初デートだ。その格好でいって、ちょうどいいくらいだ。」

「でも…。」

「今すぐ出ても待ち合わせの時間にぎりぎりだろ。ほら、さっさと行ってこい。」

「…はぁい。」

真琴は不満たらたらといった表情で浪漫館を後にした。駅に向かう道を歩きながら真琴は杏奈に服を用意してもらった事を後悔していた。

(これじゃまるで僕の方が今日会うことが楽しみで仕方がないといった感じに見えるじゃないか! 杏奈の奴、僕のことを目一杯おもちゃにして。)

杏奈のことをプンプン怒りながら大股で歩いて行くと思ったよりも早く駅に着いてしまった。物陰から覗くと約束の10時にはまだ5分くらいあるが貴之はすでに噴水前に立っていた。真琴は両手で髪を軽く整えてから、そっと貴之に近づくと恐る恐る声をかけた。

「おはよう村上君。待った?」

めかし込んで現れた真琴を見て貴之は目を丸くした。

「あ、あのっ。如月さん来てくれてありがとう。でも本当に来てくれるなんて。」

「来いと言ったのは村上君なんだけど。」

「た、確かにそうだ。ごめん、如月さんの都合も聞かずに。」

「いいよ、別に気にしてないから。」

「けど、そんなふうにおしゃれしてきてもらえると嬉しいよ。如月さんの服とっても可愛いね。あ、いや別に服だけが可愛いんじゃなくて あの、その中身も含めてとっても可愛い…。」

どぎまぎしながら一人でボケとツッコミをする貴之を見て真琴は吹き出しそうになった。

(女の子を喜ばせようと勇気を絞り出して言った精一杯の言葉だったんだろうな。それが完全にスベったもんだから貴之の奴、大慌てしてやんの。ま、その勇気に免じて、今日は可愛い女の子を演じてやるか。初めてのデートの相手の中身が男と知ったら貴之がグレてしまうかもしれないしな。)

真琴の方もデートをするのは生まれて初めてなのに、そのことはなぜか頭の中からすっぽ抜けており、まるで他人事のように貴之の初デートを成功させてやろうと心に決めた。そして二人は健全な中学生カップルのデートコースしては定番中の定番と言える市内の動物園に行くこととなった。

元々、貴之とは小学生の時に少年サッカーチームで出会って以来、一番といっていいくらいの仲の良い友達だったので、当然のことながら話題も合うし会話も弾む。真琴になって三週間余り、学校での女の子同士の会話もそれなりに楽しいものであったが、どこか乗り切れない思いがあった真琴にとって、久しぶりに貴之と二人で話すことは時間を忘れてしまいそうなくらいに本当に楽しいことだった。

すっかり打ち解けて楽しい時間を動物園で過ごした二人はこのまま別れて家に帰るのは名残り惜しくなったので動物園のすぐ近くから出ているロープウェイで月見山の頂上に上ることにした。山頂には街を見下ろせる小さな公園があるだけなので、ロープウェイの利用客は減りすっかりさびれている。開業当時から何十年もずっと使われ続けているポンコツは廃止されずに今でも運行されているのが不思議なくらいである。ただ、市営である月見山ロープウェイは市内に住んでいる中学生以下は無料なので遊ぶ資金に乏しいこの13歳のカップルにとっては何とも有り難かった。

大体、地元の観光地なんてものはそこに住んでいる人々にとって足が遠のく場所である。真琴が月見山の頂上に来たのは幼稚園の時以来だったが、久しぶりに見る山頂からの眺めは結構新鮮なものだった。結局二人は山頂公園のベンチで街を見下ろしながら他愛のないおしゃべりを興じることとなった。

元々閑古鳥の鳴いている山頂公園というところにもってきて、二人は日が暮れかかるまで粘っていたのでロープウェイで下りる時には乗客は真琴と貴之の二人だけだった。真琴はこれから山麓駅に着くまでゴンドラが貴之と二人だけの密室になってしまうことに少なからず抵抗を感じたが嫌がって乗車拒否をするわけにもいかないのでそのまま乗り込んだ。

(うわっなんかドキドキしてきた。貴之と二人っきりなのを意識しちゃうのは僕の心が女に変わりつつあるのかな。それってやっぱまずいよなぁ。)

真琴は心の中で妙に冷静な分析をしながら、早く山麓駅に着かないものかとソワソワしていた。すると突然、ガクンという衝撃とともにゴンドラの動きが止まった。

「えっ、何?」

「いったいどうしたんだ?」

どうやら故障で止まってしまったようだ。室内灯はついているので停電が原因ではなさそうだ。

「やれやれ、これだからオンボロは困るな。おとなしく待つしかないか。」

「そうだね。」

二人はしょうがないので再び動き出すのを待ったが、一向に動く気配がない。そのうちに谷を吹き抜ける強風に大きくあおられて、ゴンドラは揺れを増してきた。

「ちょっと揺れが大きくなってきたな…。」

「まさかこのまま動かないってことは…ないよね。」

「そのうち動くよ。大丈夫、僕がついているから。」

いったい何が大丈夫なのかよくわからないが、貴之がそう言ってくれて真琴は嬉しくなった。だがゴンドラは動かないままで打ちつける風は増すばかりである。どこかに強い力がかかっているようでギシギシと鈍い金属音がゴンドラの中に響いてくる。そしてついに、少し斜め下で同じように止まっていた反対線の無人のゴンドラがメインロープから外れ谷底に落下した。

「嘘だろう…。」

自分達の置かれている状況を信じたくないといった感じで貴之は声を発する。大音響をたてて山腹に激突したゴンドラは原型をとどめないくらいにグチャグチャになった。

(落ちたら助からない。)

二人はあえて避けていた最悪の結果を認識せざるをえなくなった。反対線のゴンドラが落ちたということは、同じ構造になっているこのゴンドラも落下の危険が迫っているということである。打つ手のない二人は死を覚悟するしかなかった。いや、ただ一つ残された可能性について真琴は必死に考えていた。

(杏奈に今教わってる飛行魔法を使えば…。だけど、一人でもロクに飛べないのに、二人いっしょになんて。もっと魔力が高くないとそんなの無理だよ。もっと高い魔力を…。)

突然、真琴の頭の中に以前杏奈が話してくれた言葉が蘇る。

(でも、それって…。)

風の向きが変わったのか一時ほどの揺れではなくなったが、金属が変形するような嫌な音が絶え間なく聞こえてくる。もう躊躇している時間は無い。今すぐにメインロープが弾け飛ぶかもしれないのだ。この状況で助かる可能性があるのは真琴の頭の中に浮かんだ方法だけだった。真琴は意を決して貴之の両手をギュッと握り締めると叫んだ。

「村上君、私のこと好きだって言ってくれたよね。だったら…私にキスして!」

「へっ?」

「説明している時間はないの。はやくお願い。」

貴之は真琴が死を覚悟して自暴自棄になったがためにキスの申し出をしてきたのだと思った。それでも逃げ場の無い絶体絶命のこの状況にあっては目の前の美しい少女の望みを叶えてやるべきだと考え、真琴の体を引き寄せそして優しく抱きしめた。強風に煽られ大きく揺れ動くゴンドラの中、二人はゆっくりと唇を重ねた。

(うぅ、僕のファーストキスがこんなムードも何もない状況でしかも相手が男なんてぇ。)

柔らかくて暖かい貴之の唇の感触に戸惑いながら、真琴は静かに目を閉じると体の力が自然に抜けていった。

どれほど時間がたったのだろう。貴之が唇を離しても頬を赤らめて呆然としていた真琴だったが、意識が現実に戻るにつれ次第に引き締まった表情になり、おもむろに立ち上がった。

(これで、これで魔力がアップするはずだよね? 二人で飛べるだけの魔力が手に入ったよね。)

真琴は自分に言い聞かせるように心の中で呟く。そしてポシェットに忍ばせていた杏奈の縮小魔法がかかったほうきを取り出し、元の大きさに戻るよう念じた。ミニチュアサイズだったほうきは一瞬強い光に包まれるといっきに元の大きさを取り戻した。

「まさかこれを使うことになるとは…。」

真琴は手にしたほうきを見つめながらポツリと呟いた後、窓ガラスをほうきの柄で突き破り、外側からドアの取っ手を回して大きく開け放った。風がゴンドラに吹き込み真琴のスカートを激しくはためかせる。

「いったい何を…。」

貴之が驚いて声を上げる。

「ここから飛ぶの!」

「えっ?」

「きっと二人とも助かる。だから私を信じて!」

真琴は貴之に抱きつき、目を閉じると呪文を詠唱し始める。

「風よ、大地を吹き抜ける猛けき風よ。我の衣となりて、天空へいざなえ。」

真琴の一世一代とも言える強力な念のこもった呪文は言霊としての力の持つまでになり、胸に下げられたペンダントの魔石を通じて二人の周りに大きな力を形成していく。

「私をしっかりつかまえていて。」

貴之は訳もわからずに大きく頷く。

「行こう!」

真琴はほうきを握り締め貴之と強く抱き合ったままゴンドラから身を躍らせた。

「飛んで、お願い!」

真琴は必死な思いで叫ぶ。落下により顔を打ちつける強烈な風圧で呼吸ができない。真琴が気を失いそうになったその時、二人の周りが空気ごと止まった。そして一瞬の静寂のあと大きな揚力が沸き起こり二人は空高く舞い上がった。

「やった! 飛べた、飛べたよ!」

「な、なんだ?どうなってるんだ。」

真琴は素早くほうきにまたがり体勢を立て直すと、空を舞う二人の高度と速度が安定した。真琴の腰に手を回し必死にしがみついている貴之は今、自分達に起こっている事態が信じられない。

「あはは、飛んでる。ちゃんと飛んでる。」

真琴は少し瞳を潤ませながら大喜びしている。そして振り向くとさっきまで二人が乗っていたゴンドラは鈍い金属音を響かせつつメインロープから外れ、大音響とともに地面に激突してぐちゃぐちゃになった。

「間一髪だったね…。」

笑顔で真琴が話かけると貴之は呆気に取られたままでうなづいた。

そしてほうきに乗った二人は山肌の木々をかすめて優雅に弧を描きつつ、人気のない麓の公園に舞い降りた。貴之は抱きついていた真琴の体から離れると腰が抜けたようにその場に座り込んだ。

「いったい何なんだ、これはいったい。」

「えっ、あのっ、こ、これは、ほう…き。」

真琴はあさっての方角に視線を向け、頭をかきながら、どうしようもないボケをかます。

「ほうきはわかるさ。問題はなぜ空を飛べたかだよ。」

「あっ、えっと、その…。」

「如月さん、君はいったい…。」

「ごめんなさい!」

真琴は深々と頭を下げた。そして顔を上げるやいなや貴之の後頭部をゲンコツでおもいっきりぶん殴った。

「グエッ。」

ヒキガエルのような声を上げて前向けに倒れ込んだ貴之はそれっきり動かなくなった。

「ごめん、ごめんね、貴之。でも知らなくていいことが世の中にはあるんだから。」

「あ、あの、先に帰るから貴之はゆっくりしていってね。」

真琴は地面に顔から突っ込みノビている貴之を放ったまま逃げるように公園を出て行った。

浪漫館への帰り道、真琴は冷静になるにつれ、事の重大さに気付き真っ青になっていた。

(わぁどーしよう、どーしよう。貴之に魔法を見せちゃったよぉ。これからどうすればいいんだー。大体あのポンコツロープウェイが悪いんだ。僕が魔法を使えなきゃ2人とも死んでいたところだぞ。)

 

頭を抱えながら浪漫館に帰り着いた真琴はがっくりとうなだれて入口の扉を開けた。

「ただいま…。」

「あぁおかえり。どうだった、楽しかったかい?」

「最っ…悪。」

げんなりとした表情で真琴は答える。

「あれまぁ。それで、夜ごはんはどうするの。もう二人で食べてきたのかい。」

「…今日はいらない。」

部屋に戻りベッドに突っ伏した真琴は今日の出来事を思い返して自己嫌悪に陥った。

(僕は今日一日何をやっていたんだ? おしゃれして、ノコノコと待ち合わせ場所に出かけていき、女の子としてデートをし、男相手にファーストキスまでしちゃって、挙句の果てに魔法を使うところまで見られちゃったんだぞ。明日、貴之にあったら何て説明したらいいんだよぉ。)

夜遅くまで今回の件の後始末について、あれこれ考えてみたものの妙案が出るはずも無く、結局杏奈に相談することにした。真琴は寝室に押しかけていって話を聞いてくれるよう頼むと杏奈は優しい笑顔を浮かべ快く応じてくれた。

寝室に招き入れられベッドの端に腰を下ろした真琴は事の顛末を話し始めた。当然ながらキスについては黙っていたものの、あっという間に矛盾を指摘され、やむなく貴之とキスをして魔力を高めたことを白状した。

「あっはっは、それはお気の毒だったね。ムードゼロのファーストキスで。」

「笑うな。こっちは助かるために必死だったんだ。」

「でも、お前の赤ん坊同然の飛行魔法がタンデムで飛ぶことまで出来たんだ。貴之の思いは本物だよ。うらやましいねぇ、女冥利に尽きるってもんだ。」

「女冥利と言われても、ぜんぜん嬉しくない…。」

「でも貴之を私達の秘密を知る人間として迎え入れるのは得策じゃないね。しかたがない今日の出来事は忘れてもらう事としよう。本人にとって残念なことだろうけど。」

「別に残念なこととも思えないけど…。」

「それじゃ明日の朝までに準備をやっておいてあげるから、お前はもう寝なさい。」

「はぁい。よろしくお願いしまぁす。」

面白くて仕方がないといったニコニコ顔の杏奈に送られて真琴は自分の部屋に戻っていった。

 

明けて月曜日の朝、真琴は学校にいっても貴之を避け、目すら合わさないようにしていたが、2時間目の休み時間に意を決して声をかけた。

「村上君…。ちょっと屋上にきて。」

声をかけてきた真琴の思い詰めたような雰囲気を察した貴之は何も言わずに屋上に上がった。

授業間の短い休み時間の屋上には幸いにして他に誰もいなくて真琴にとっては好都合だった。扉を閉じ中央あたりまで並んで歩いてくるとやっと二人は向き合ったが、なかなか話を切り出せずに気まずい沈黙に包まれていた。最初に口を開いたのは真琴だった。

「昨日は殴っちゃってごめんなさい。痛かったでしょう。」

「如月さん…。あの、昨日の事は…。」

「昨日の事はいつか時がきたら全て話すから。それからこれは私達が今まで通りのお友達でいられるおまじないなの。」

真琴はそう言うと杏奈から渡された魔石を貴之の額にそっと押し当てた。魔石が輝き出し、中に封じ込まれていた杏奈の記憶操作の魔法が貴之の昨日の記憶を消去してゆく。そして石がゆっくりと光を失うと、貴之は気を失い前のめりに倒れてきた。あわてて真琴は抱きとめる。

「お、重い。ちょっと気絶しないで。こらっ、起きて。」

貴之にのしかかられて、あたふたとしている真琴の背中の方から男子生徒の大きな声がした。

「いいぞー、お二人さん。」

驚いた真琴が声が聞こえた階段の方を振り向くと、男女7、8人のクラスメートがこちらを見ている。

「学校の休み時間に熱き抱擁かぁ。うらやましいねぇ。」

「イケてるぞ村上ぃ。」

「やーん。まこちゃんたら大胆ー。」

「すてきー。」

大喜びのクラスメート達は口々にひやかしの言葉を投げつけてくる。

「こ、これは違う。違うったら!」

耳の先まで真っ赤になりしどろもどろの弁明をする真琴だったが、もちろん誰も聞き入れてくれる訳もなかった。

そして真琴の思いとは裏腹に、この事件から二人はクラスメート公認のカップルという事になってしまったのである。

 


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