お兄ちゃんと呼ばせて(2)

第二話:新たな場所、新たな決意

ということで、俺の夏は衝撃と波乱で幕を閉じた。まあ、こういう経験も一生に一度ぐらいはあってもいいとは思う。まあ、女になった弟がかなりかわいいのが救いだ。筋骨隆々で女になられたらかなわない。幸い外見は美少女といっていいので、一緒に歩くときはちょっと自慢できるぞ。
さて、なぜか手際よく準備された転校先の校長室に俺は今いる。いきなり始業式から出たところで、初めてこの学校へ来た俺には少し無理がある。俺はクラスメートの顔も担任の顔も知らないのだ。整列して並ぶことが出来ない。ということで、校長室で挨拶がてら、待たせてもらっているのだ。父親は今日は有給を取った。しかし、こういうワガママが会社にきくということは、親父もかなり立派な身分のようだ。ちょっと親父のことを見直した気がする。
「いやあ、すみませんね。坂上先生、無理言っちゃって。」
親父はへらへらとこの学校の校長に挨拶する。どうも、久々に会った恩師と言う感じじゃねえなあ。親父の表情に尊敬の念は見られねえぞ。
「恩師に久々に電話をかけてくると思ったら、まさかわしの学校に転校させろとはな。大変だったんだぞ。本当に。」
「すみません。急いでいたんですよ。事情は話した通りなんで、大目に見てやってください。ま、出来の悪い息子ですが、よろしく頼みますわ。」
「なんてったってお前の息子だからなあ・・」
ため息をつく校長に俺は親父の過去を垣間見たような気がした。しかし、親父はどんな生徒だったんだろう?一応成績優秀で、今はそれなりの会社に勤めているというのに、こうも昔の恩師が嘆くっていうことは、よっぽどの問題児だったようだ。でもまあ、こうやって骨折らせることが出来ると言うあたりは、むしろ好かれていた、ということだろう。ま、晴樹を引き取ったことといい、昔から変な奴だったとは思っていたので、今更と言う気はするけれども。
「失礼します。」
親父達が雑談しているところへ、一人教師が入ってきた。
「おお、来たか。」
どうやら担任が来たらしい。俺は立ち上がって、一礼した。
「こいつが内藤の息子だ。よろしく頼む。」
校長が俺の方に手をかけ、
「おお、英司かあ。いや、懐かしいなあ」
親父はその教師のそばに寄っていった。
「お前、本当に教師になっていたんだなあ。いや、人は分からんものだ。」
「俺にしてみたら貴様がまっとうにサラリーマンをしていることの方が不思議だ。」
だんだん不安になってきた。一体親父はどういう高校生だったのだろう。
どうやらここは親父の母校らしい。校長が親父の恩師で、担任が親父の同級生というのはどうも偶然じゃなさそうだ。さて、昔話に呆然としている俺にようやく彼らは気がついたようだ。
「僕は榊英司。これから半年ほど君の面倒をみることになる。期待はしていないけれども、くれぐれも面倒は起こさないでくれよ。」
期待はしていないけれども、とはどういう意味だ?親父の息子というだけで、一波乱起こすと思っているのだろうか?そう思わせるに足る親父の学生時代に俺は戦慄を覚え始めていた。何はともあれ、俺の新たな学校生活は幕を開けたのだ。

「内藤雪也君だ。今日から君たちのクラスメートになる。よろしく頼む」
担任の榊先生の紹介の後、俺は一礼した。
「内藤雪也といいます。趣味、特技は特になし。つまんない奴ですけれどもよろしくお願いします。」
俺はぶっきらぼうにそう言った。これからクラスメートになる人間達も、特に俺に関心を払ってはいないようだ。まあ、そんなもんだろう。今度の学校こそ、おとなしくしていよう。
親父がどういう生徒だったのかは知らないが、俺が問題児だったのは本当だ。晴樹の一件といい、どうも俺は厄介ごとを引き受ける星の下に生まれているらしい。晴樹をいじめっこたちの手から守っているうちに、厄介なことになってしまったのだ。いじめっこたちは、地域の不良へと進化していったのだ。というわけで、弟の件がなくても俺につっかかってくるになってしまったのだ。しかたがなく、俺はいつも暴力事件のさなかにいるはめになった。まあ降りかかる火の粉を振り払っているだけなのだが、それはことを大きくする。
ま、もっとも社会的な火の粉の方は「正当防衛」を振りかざして俺は大人達を説得した。俺は別に殴りたくて殴っているわけじゃない。やつらが勝手に殴ってきて、俺は殴り返さないと、死ぬ危険性があったのだ。
そして、俺は一撃で倒すすべを身につけた。
「一発殴っただけなんですよ。」
過剰防衛の罪に問われないためだ。何にせよ、身に降りかかる火の粉はいかなる手段を講じてでも払わねばならない。それは拳であろうと、社会的制裁であろうと同じだ。勉強もそれなりに頑張った。とりあえず、お勉強ができる優等生づらをしておけば、大人のチェックは甘くなる。とにかく、俺は弟を助けるということを過去にやったばかりに、余計な厄介ごとを引き受けることになったのだ。
しかし、平穏無事な生活はここでも待っていなかった。別にことの起こりは、学校から帰るときに、廊下でただそいつにぶつかっただけのことだ。
「どこ見てんだっ!」
そいつはいきなり殴り掛かってきた。しかし、俺は難なくかわし、つい反射的にこともあろうに左の拳を相手のボディに食らわせてしまった。しまった、と思ったときはもう遅かった。そいつは一撃で倒れてしまった。相手を選ばず、だれかれと殴り掛かるバカがいるために、俺には再び不幸が舞い下りてしまった。

「だから、正当防衛だっていってるじゃないですか。」
俺はいつものように、転入生を迎えた初日に厄介ごとを抱え込んだその不幸な男に、必死の弁明を続けていた。
「向こうが先に殴り掛かってきたんですよ。そうしたらつい、体が勝手に動いてしまったんです。」
これだったら、一発ぐらいもらっておくんだったかな、と俺は後悔した。生徒相談室で転校初日に尋問を受けるぐらいなら、その方がましだったかもしれない。しかし、相手の一撃が意外にダメージが大きくて、立ち上がれなくなったらそれ以降何をされるか分からない。俺は身に降りかかる火の粉を払う以外のことを絶対にしないが、相手がそうであるという可能性はゼロに近い。
「しかしだなあ、相手は気絶、君は実際に一発も殴られていない。正当防衛だといっても厳しいものがあるぞ。」
「彼の言うことは間違っていませんよ。」
制服をきた一見優男の生徒がドアの側に立っていた。
「樋口、何の用だ。」
「彼の弁護をしに来たんです。」
そいつは微笑を浮かべながら俺のそばへ歩いて来た。と、その瞬間そいつはいきなり俺の顔面に拳を打ち込んできたのだ。俺はとっさに椅子から体を入れ替えて、その右手をつかんで、奴を投げようとした。手首をつかむことには成功したが、投げられなかった。相手の方が一枚上手だったのだ。
「とまあ、彼は無意識のうちに動いてしまうわけですよ。」
ほっといてくれ。
「なるほど、命が惜しくなかったら、内藤には近づかないように一応警告しておこう。今後は見て見ぬふりをしてやる。」
「物分かりがよろしくて感謝いたします。」
こいつ、教師に対する尊敬の念などは微塵も感じられんな。ともあれ、樋口とかいうその男子生徒は先生に一礼した後、俺の方を向いた。
「ところで、すこし時間を頂けないかな。」
「馬鹿丁寧な奴ほど頭の中で何考えているかわからん。お断りするね。」
俺はそいつを振り払って出て行こうとした。なおも制止しようとする樋口に一言こういった。
「それに、早く帰らないと妹がうるさいんだ。」
樋口はあっけに取られていたが、俺は気にせず出ていった。またあいつを怒らせて泣かれたらかなわん。俺はこいつらにかまっている暇はないんだ。俺にとってはあんな胡散臭い奴とつきあうよりはよっぽど大事なことだ。てくてくと校門に向かって歩いていくと、制服姿の女子中学生が待っていた。
「おっそ〜い。」
「お前いつからそこにいた?」
「へへへ、実は今さっき。」
こいつ、女の子になって性格かわったんんじゃないか?
「お兄ちゃん。早く帰ろ。私おなかぺこぺこ」
「はいはい。お嬢様、参りましょうか」
俺達は帰途に就いた。

夏休みが終わって初めての日曜日。かねてからの約束の通り、俺は晴香を映画につれていくことにした。ま、二人で連れ立ってどこかに行くことは今までもあったことだが、今朝はいつもと様子が違う。
「おい、まだなのか?」
俺が家を出ようとしているというのに、晴香はまだ部屋から出て来ない。いつもなら、二人とも適当に服を選んで、とっとと出ていってしまうのに、今日は晴香がなかなか部屋から出てこようとしないのだ。
「しょうがない奴だなあ。」
何も考えずに俺は晴香の部屋のドアを開けた。
「きゃあ!いきなり入ってこないでよ。」
晴香が下着姿で部屋の中にいた。俺は一瞬思考が停止し、そのまま数秒間固まったままだった。
「何してんのよ。早く出ていって!!」
ようやく我に返った俺は部屋から出た。そうだ。女の子だったんだ。分かっているつもりなんだけど、つい昔の癖が出る。ミニスカート姿のあいつもインパクトがあったが、女の子の下着を着けているあいつもかなり衝撃的だ。
「もう、次から気を付けてよ。」
しばらくして晴香が部屋から出てきた。まだ顔が赤い。しかし、さして気にはしていないようだ。少し俺はホッとした。どうも泣き虫の少年、というよりもわがままなお嬢様を相手にしているような気がする。こいつ、こんな奴だったっけ?
ようやくのところで、家を出た。最寄りの駅まで向かう道すがら俺は晴香に尋ねた。
「お前、ずっと朝はこの調子なのか?」
「え?どういう意味?」
「着替えだよ。着替え。出て行くたびにこれだけ待たされるのではかなわん」
「女の子の着替えが長いのはお約束でしょ。それに今日は私がつれてってくれって頼んだ訳じゃないもん」
ホント、兄に連れられて喜ぶ年じゃなかろうに、このはしゃぎようはいったいなんなんだ、こいつ。血がつながってないとはいえ兄と一緒に連れ立ってそんなにうれしいもんかなね?

映画を見た後、俺達は手近な喫茶店に入った。ウェイトレスが水を運んでくる。9月の初めはまだ夏と言っていい。俺達はかなり汗をかいていた。何時のまにやら晴香はコンパクトを出して、髪や服装を直している。
「いつ買ったんだ?」
別に俺はさして驚いていなかったが、なんとなくそう聞いた。
「え、何?」
「そのコンパクトだよ。いつ買ったんだ?」
「お母さんが向こうで買ってくれたの。」
向こうとは母親の生まれ故郷のことだ。晴香は夏休みの間ずっと母親の田舎で生活をしていた。そこで、何が起こったのか、何があったのか、俺には分からないが、何かがあったことは違いない。たまに俺はこの目の前にいる少女が晴樹なのではなくて、別の誰かが俺をだましているような気になる。
「お兄ちゃん。」
「お兄ちゃんって、ばあ」
「え、ああ」
「オーダー取りに来てるよ。もうっ、何ボーッとしてるのよ。」
「あ、ごめん。アイスコーヒーを。」
晴香は首をかしげていた。
「お兄ちゃん、なんか悩みでもあるの?もしかして僕のこと?」
「お前はいつも『私』、と言っているわけじゃないんだな。」
晴香は驚いたように口を押さえた。
「いっけない、つい昔のクセがでちゃった。」
少し晴香はあわてたようだ。
「しかし、ちょっとここまで来るのは大変だな。とはいっても、近くの方がもっと時間がかかるもんな」
俺は話題を変えた。俺達が住んでいる街は典型的なベッドタウンである。ビジネス街は電車で30分ほどのところに密集しており、デパートや商店街など主な遊興設備はそっちにある。映画館やショッピングセンターも地元にないわけではないのだけれども、どちらかと言うと自動車に便利な場所に存在するので、俺達のように頼れる交通手段が鉄道とバスしかなければ、思い切って30分ぐらい電車に乗ってしまった方が、手っ取り早かったりするのだ。
「そうよね。同級生の男の子達は自転車で走りまわっているみたいだけど。」
地元に適当な施設がないわけではないが、徒歩で歩き回れるような場所にもない、となると、適当な足が欲しい。今までは住んでいた場所が住んでいた場所だから、あまり不便を感じていなかったが、こうもショッピングセンターや娯楽施設が離れたところに点在していると、不便でしょうがない。
俺はある決意を胸に抱いて、帰りの電車に揺られていた。

「アルバイト?」
俺の突然の申し出に、親父は聞き返した。
「なんでまた。お前らしくない。」
かなり意外だったようだ。小遣いをせびることはあっても、自分から稼ぐと言い出すとは思ってもみなかったのだろう。
「このあたりなんか移動手段がないと不便じゃん。バイクの免許を取ろうと思って。後、バイクを買うお金もいるし。もうバイト先も見つけてきたんだ。」
「どこだ?」
「すぐそこのレンタル屋。店長がいい人でさ。」
本当はいろいろあったんだけれども、今はあえて語るまい。
「分かった。ただし、条件がある」
俺は転校していきなり二週間ほど学校を欠席することになった。バイト先には事情を話して謝りに行った。親父が出した条件とは、合宿免許でなるべく早く取ってこいというものだったのだ。俺はバイクの免許を取るためにいきなり僻地へ飛ぶことになったのだ。
「金は貸すだけだからな。バイクも俺が買っておいてやる。でも、バイト代で毎月きちんと返してもらうぞ。」
出て行くときに親父はそう言った。あいかわらずムチャクチャな奴だ。学校には、「突然旅に出た」と連絡を入れてしまった。

「内藤!転校早々長期欠席とはいい度胸だ。」
榊先生は朝俺が登校しているのを見て、放課後俺を呼び出した。
「そんなことを言われても父親の命令は絶対ですんで。」
俺は悪びれずにそう言った。仕方がない、普通の高校生なら親が意気揚々と学校をサボらせて、合宿免許へ送り込むとは普通思わないだろう。面食らっているのはむしろ俺の方なのだ。
「理由は言えんのか?」
「だから、親が勝手に家から追い出したんですよ。」
嘘はついていない。晴樹といい親父といい、どうして俺の周りには俺を平穏無事に暮らさせない輩が多いのだろう?そうまでして波風を立てて楽しいのだろうか?
「とにかく、保護者の命令である以上、学校が干渉するのは親権の侵害に相当すると思います。用があるので失礼します。」
「おい、内藤、待て!!」
これだから教師は嫌いだ。

「よう、不良少年。ようやく帰ってきたか。」
俺が今日からアルバイトをするレンタルショップ”ラプラス”の店長は俺の顔を見るなり声をかけた。
「戦利品は?」
俺はクレジットカード大のカードを見せた。
「ちゃんと取ってきた訳だな。感心感心。」
「予定が狂っちゃいましたけれど、これからはよろしくお願いします。」
「こっちこそよろしく頼むよ。」
レジに立つのは初めてだ。店長がそばについて俺にいろいろと指示を出す。
「いらっしゃいませ。」
「ありがとうございました。」
だんだんこの言葉にもなれてきた。俺に接客業が向いているかどうか非常に心配だったが、そうでもないみたいだ。ま、晴樹みたいな手のかかるガキの相手をずっとしてきたのだから、実は人の世話をするのは好きなのかもしれん。あ、客が来たぞ。仕事仕事。
「いらっしゃいませ。商品の方お預かりしま・・・、なんだ、お前か」
俺は目の前の女の子にそう言った。
「なんだ、お前かはないでしょ。」
晴香はぷいと横を向いた。
「こら、大事なお客様に何てこと言うんだ。」
店長が俺の頭を叩いた。
「しかし、お前にこんなかわいいガールフレンドがいるとはなあ。やるじゃないか!少年」
「何言ってるんですか。こいつは俺のおと、じゃなくて妹ですよ。い・も・う・と」
「ふ〜ん、そうなの?ちょっと残念」 馬鹿なことを言いながらも、店長は慣れた手つきで晴香が持ってきたCDをバーコードリーダーに通した。
「以上3点になります。」
店長はCDをケースにつめ、晴香に手渡した。
「返却は一週間後になります。またいらっしゃいね。」
にやにやと店長は言う。
「お兄ちゃんのアルバイト先ってここだったんですね。ご迷惑をかけるでしょうけれども、よろしくお願いします。」
ぺこりと晴香は礼をした。
「かわいい妹さんじゃないか。いや、お前は幸せだなあ」
「そうでもないっすよ。」
そっけなく俺はそう言った。
「またまたあ」
10年前から「かわいい妹」だったのなら、俺も幸せだったのかもしれんが、つい一月ほど前まではかわいい「弟」だったのだ。幸せだろうと言われても、妹を持って一ヶ月の兄にそういう事を聞かれても困る。
「こら、お客様が来てるぞ!」
店長からの声が飛んだ。
「いらっしゃいませ。」
俺はにっこりと微笑んだ。

<次回予告>

さやか「もしかして、内藤雪也君じゃない?こんなところで何してるの?」
バイト先で出会った幼なじみ、倉園さやか。
さやか「雪也君の兄弟って弟じゃなかった?」
次回第三話、波乱へのプレリュード
さやか「実はね、あのときね・・・」

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