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ライト・ライト・ストーリー外伝3
黒い塔の騎士
作:KEBO



<プロローグ>

「フフフフ・・・今度こそ屈辱の歴史を変えてやる」
 男は、黒く透き通った石のネックレスを握りしめて窓の外を見た。
「見ておれドリエ。今に己の愚かさを嘆かせてくれる」
 窓の外、遙か向こうに見える城と市街を見下ろす男。その右手の石が、鈍い光を放っていた。


<第一章:月下の恋>

「もう!グラッドさん、いい加減にしたらどうだい」
「うるさい!酒、酒だ!」
「もう・・・困ったねえ」
 グラッド、と呼ばれた若い男は相当荒れているようだ。さっきからこの調子で周り中に当たり散らしている。
「見ていて気持ちのいいものではありませんなあ」しみじみと言うラミレス。
「ええ、店の者も困っているようだし・・・少し覚ましてやったらどう」タニヤの指示に従ってラミレスが席を立つ。
「お若いの、どうなさった」男の肩に手を掛けるラミレス。
「うるせえ!おまえに俺の気持ちが分かってたまるか!」
「そりゃあそうだ。聞かねえ事にはわかんねえな」
「・・・・ううう!」
 男はラミレスにもたれて泣き出した。


 アルゴニアの西北部に位置するドリエ公国。かつてアルゴニアの大将軍であった初代ドリエ公ル・ドリエがその巨大な功績によってアルゴニア皇帝から与えられた自治領である。
 アルゴニアへの朝貢及び戦時の派兵以外は、完全な自治が認められており、ドリエ公の居城であるルザイユ城とその城下に拡がる街は、質実剛健を良しとするアルゴニア地方においては珍しく戦時の備えよりも景観を重視して形作られている。
 タニヤこと出奔したエストリアの王姉リトニアとその一行は、ラーガが感じ取った暗黒の波動に従ってそのルザイユに来ていた。
「ほほう、困ったものだ。主君に恋してしまうとは」タニヤが少し呆れた顔で呟く。
「ち、違う!」
「違わないではないか」
「俺は、俺は物心ついたときから姫の護衛として父と共に仕え、父の死後は護衛隊長として姫をお守りしてきた。しかしよりによってドリエ公閣下は・・・」
「これこれ、主君の悪口を叩くでない」たしなめるようにタニヤが言う。
 話を聞けば、男の名はグラッド。ドリエ公の息女であるフランソワ姫の護衛隊長である。
 現ドリエ公レ・ドリエ二世は高齢にも関わらず世継ぎがいなかった。ドリエ公は、考えたあげく次代のドリエ公を空白にした上で息女のフランソワに婿を取らせ、男子が生まれればその子をもって次代のドリエ公とする旨を決めたのだ。空白の期間はフランソワがドリエ公代理として公国を治める旨も同時に発表されている。
 問題はその婿の決め方であった。
 開放的な考えのドリエ公は、世界中に広くその候補を募ることにした。各国の王族や大貴族、はたまた豪傑や商人らまでが名乗りを上げ、その者達が二日後の舞踏会で一堂に会するのだ。事実上、一対多数の見合いと言っていい。ドリエ公は、その舞踏会の後でフランソワに相手を選ばせる考えのようだ。
 グラッドは、自分でも分からないが何か気に入らないのだ。
「俺ももう少し早く知ってればよ、名乗りを上げたのにな」とガイ。
「黙れ!貴様のような・・・身の程を」
 タニヤは例によって出奔した貴族の娘で、旅の途中ということにしてある。そしてもちろんラミレスとガイはその供だ。
「で、あんた、立候補しなかったのかい?」さらに続けるガイ。
「当然だ。俺の務めは姫をお守りすることだ」
「だからさ、一生守ってやれば」
「これガイ、あまり人を困らすな・・・しかしガイの言うとおり、何故おぬしは」たしなめるもののラミレスもガイに同感のようであった。
「そんな身の程知らずな。私の家は代々公家をお守りしてきたのだ。姫をお守りこそすれそんな・・・恐れ多いことだ」
「しかし姫の方はどう思っているか分からぬではないか」タニヤもやはりガイたちに同感のようだ。
「ではなにか、見たところあなたはその者達の主人のようだが。その二人のどちらかに、そういう気を持っているのか」
「それは・・・・」あいや、という顔をして口ごもるタニヤ。
「それに・・・」
「それに何だ」ラミレスはグラッドが口を滑らせたのを聞き逃さなかった。
「いや、その・・・俺は今まで、ろくに女というものと口を利いたことがないのだ」
 一瞬の沈黙。
「あっはっはっはっは」次の瞬間、三人は噴き出した。
「何がおかしい!俺は今まで姫をお守りすることに命を懸けて・・・」
「つまりは、自信がないのであろう?」お返しとばかりに反撃するタニヤ。
「それは・・・しかし・・・」しどろもどろになるグラッド。
「正直に申せ。姫をどう思っているのだ」
「・・・・お慕いしている・・・俺の全てを駆けて・・・姫のためなら、この命も決して惜しくはない」
 苦笑するタニヤ。
「そなたのそれだけの想いがあれば、姫とて一人の女性、心を開かぬ訳があるまい」
「しかしもし俺がそのようなことをして、回りの者達が・・・」結局、彼が気にしているのはそういうことなのだ。
「それもそうだ。しかしおぬし、自分が他の者より有利な位置にいるのは解っておろう」
 ラミレスの鋭い指摘。
「どういうことだ?」グラッドは、本当に何も分かっていないのだ。
「ほほう、解っておらぬと見える。男と女の秘め事などというものは、何も大勢の前で堂々とする必要など無いと言うことだ」
「?」
「簡単ではないか。おぬし護衛隊長であろう。二人きりになるチャンスなどいくらでもあろう、いや、作れよう。素直に、自分の気持ちをぶつけてみれば良いのだ」
「な、なんと・・・」
「残念だが選ぶのは姫だ。しかし、逆に姫がそなたを選んだとしたら何も問題はないではないか」
「しかし俺は・・・」躊躇するグラッド。
「何と言っていいのか分からぬと言うのなら心配はいらないわ」タニヤがラミレスの方を見る。
 噴き出すガイ。
「これは・・・タニヤ様もお人が悪い」ラミレスもタニヤの意図を察したようだ。
「分かってくれたようね。ラミレス、頼んだわよ。彼のためにとっておきの口説き文句考えて上げて」
「しかしタニヤ様、町娘ならともかく、公家の姫のような高貴な女性に」
「あら知ってるわよ、一時期どこぞの伯爵夫人と男爵夫人と、あと何人かとっかえひっかえしてたじゃないの」
「タニヤ様・・・・まったく、ご自分も胸に手を当ててよく考えれば人のことなど・・・」
 ラミレスの意外な言葉に目をぱちくりしているグラッド。どうにも彼にはついていけない世界なのだ。
「はいはい、かしこまりました。ではグラッド殿、チャンスは一度だけだ。明日の夕刻、またこの店で会おう。それから、城へ」
 グラッドは頷くと帰っていった。
「お客さん、すいませんね。このところずっとあんな調子で」店の女将が謝りに来る。グラッドはこの店の常連なのだ。
「いやいや、人間誰しもそういう時はある」悟ったように答えるラミレス。
「では、我々も休みましょう」タニヤが立ち上がる。ガイも部屋へ戻っていった。
「タニヤ様・・・」ラミレスがタニヤを呼び止める。
「何?」
「まったく。タニヤ様とはいえ、承知しませんぞ」笑うラミレス。
「ええ。もうあの頃には戻れないわ」一瞬懐かしい風な眼差しを向けるタニヤ。かつてラミレスと女遊びをして歩いたエスタシオの夜はもう戻ってこない。
「これは・・・・お許しを、御無礼しました。心中お察し申し上げます」
「いいのよ。それより頼むわ、グラッドのこと。悪い男ではないし、あの男ならエストリアのためにも悪くはないでしょう」
「タニヤ様・・・・」
「お休みなさい、ラミレス」


 深夜・・・・
 人知れず、寝静まった町を歩くラーガ。微かなサイレンの波動を手繰っているのだ。
「ん・・・」不意に顔を上げる。その視線のはるか先に、一つの館があった。
「あそこか・・・・」
 その館は、ルザイユのはずれの小高い丘の上に建っていた。
 昼間町で聞いた話によれば、その館の主はドリエ公に次ぐ大貴族、ベルデ候であるはずだ。
「これは少々やっかいなことになるかもしれんな・・・・」


 翌晩・・・・
「ほほう、本当に参ったな」
「あ、ああ」
 グラッドは、騎士の正装を整え、ラミレスを訪ねた。
「して、姫は」
「明日の舞踏会に備えて、お部屋で休んでおられる」
「そうか。で」
「ん?」
「ん、ではない。忍び込む段取りはできているのか」
「え、ああ。姫のお部屋の窓の下までは、誰にも見つからず行く事ができる」
「なんと。おぬしそのような好条件をこれまで放って置いたのか」
「無礼な!俺は姫をお守りする騎士であって・・・」
「分かった分かった、参ろう」グラッドを従え城に向かうラミレス。
「ラミレス、頼んだわよ」見送るタニヤ。
「ったく、俺も見物に行きたいもんだぜ」興味津々な顔のガイ。
「まあ、祝杯の準備でもしておきましょう」


 ルザイユ城の一室。窓が開け放たれてベランダに立つ人影がある。
 ドリエ公息女、フランソワの姿であった。
(明日には、私の夫となるべき男を決めねばならない・・・・)
(仕方がないわ、国のためですもの)
(公女の務めは、すべてを領民のために捧げること)
(一人の女としての生き方など・・・・許されない)
 舞踏会を控えたフランソワは、複雑な気持ちであった。
 明晩の舞踏会で、彼女は将来の夫を選ばねばならない。舞踏会には大勢の男たちが訪れる。しかし彼女にとって、見知らぬ男たちの中から一人を選ぶなど、苦痛以外の何者でもなかった。彼女はやはり、若い女の常として恋を夢見る一人の女でもあったのだ
 彼女はドリエ公の一人娘として、姫でありながら政治や外交、そして一応は馬術や剣術までも学んでいる。全ては将来自分がこの公国を守っていくためではあったが、同時にそれは彼女の生来持った自由を愛する気質故、興味を持ったことを何一つ厭うことなく学んできたということでもある。けっして無理強いされて学んだ訳ではない。
 彼女は公女ではあるがそれと同時に何よりも自由を愛する一人のうら若き女性でもあった。
 しかし今回ドリエ公が彼女に与えた運命は、その自由を愛する彼女を失望させるに十分なものである。
(私には一人の女として恋をすることなど許されない・・・)
(私はフランソワ・・・・ドリエ公女・・・)
 彼女は、月に向かって自分の運命を嘆いていたのだ。さすがにそこは公女、自分の欲望を抑えて国のために尽くさんというところはわきまえている。そしてまたそれが何よりも嘆かわしいのだ。
 サワサワサワ・・・・風が流れる。
「風よ・・・おまえたちは何て自由なの・・・・私には恋をすることすら許されないというのに・・・」
 その時であった。彼女は人の気配を感じた。
「何者!」
 そのベランダの下、フランソワからは見えない場所に、二人の男の影があった。
「よし、今だ」かくかくしかじかとグラッドに耳打ちするラミレス。
「あ、お、おお、うるわしのひ、ひめよ」声を震わせながら言うグラッド。
「もっと大きな声で・・・もっと堂々と」ヒソヒソとラミレスが言う。
「誰!誰なの」フランソワは聞こえてきた思わぬ言葉に戸惑っているようだ。
「あ・・・え・・・」詰まるグラッド。
「ええい!黙っていろ」ラミレスは、グラッドを制すると喋り始めた。
「ああ我が麗しの姫よ、月の光に照らされたあなたは、まさに女神の如く美しい。いや、どのような美の女神であろうと、あなたのその美しさには敵わないでしょう」
「まあ」呆然と聞き入っているフランソワ。
「あなたのその美しき姿の前には、月の光さえも霞んで見えるというもの」
「一体、何方ですの・・・」
 次の瞬間、ラミレスはグラッドを突き飛ばした。
「あ!」ベランダの上と下、向き合ってしまうグラッドとフランソワ。
「グラッド・・・・」
「姫・・・・」
「しかしグラッド、声が・・・」
「姫の前でき、緊張のあまり・・・」すかさずラミレス。わざと緊張したふうに見せかけるのも抜かりない。
「グラッド・・・あなたは・・・・」
 その次の瞬間、グラッドはラミレスさえも想像しなかった行動に出た。
「姫、お願いでございます。これがどのように身の程知らず、許されざる想いかはこのグラッド、良く存じ上げておりまする。しかしながら姫、このグラッドの想いに偽りはございません。私は姫を・・・」
 グラッドは地面に土下座していた。
「やった・・・・」ラミレスはそっと、その場を後にする。ここから先はもう彼の出番はないはずだ。
「おお・・・グラッド・・・」フランソワは感銘した声を上げる。しかしその時、
「姫様、姫様」不意に他の女の声がした。
「大変、人が参ります。早くここから・・・」
「姫!」
「早く!あなたの立場が危うくなります!」
「されば御免!」さっと立ち去るグラッド。
「姫様、明日を控えた大事なお体、お風邪でも召されましたら大変でございます」
 侍女たちに連れ戻されるフランソワ。窓がぴたりと閉じられる。
「姫・・・・」グラッドはしんみりと城を後にした。


「ほほう、なかなかの上首尾ではないか」微笑むタニヤ。
「しかし、俺は・・・・」まだ何が何だか分からないといった風のグラッド。
「良いではないか、いずれ分かることだ。自分の一生をかけたのだ、悔いはあるまい」ラミレスは、グラッドを誉めていた。
「それはそうだが、姫は・・・・」
「悪く考えるな。きっといいようになるさ」
「ホント、俺も見たかったぜ」とガイ。
「そうね。きっといいようになるわよ。それがラミレス流」
「タニヤ様」
「ありがとう・・・皆さん」突然ふっと立ち上がるグラッド。
「どうした、もう帰るのか」
「ああ。少し落ち着いた。やることはやった。あとは自分の務めを果たすさ」
 凛とした堂々たる姿勢で、グラッドは店を出ていった。
「どうやら、一回り大きくなったようですな」ラミレスが言う。
「ええ。でも公女も幸せね、あんないい若者に愛されて」
「さようでございますなあ」


<第二章:舞踏会の悪夢>

 ルザイユ城の大広間。音楽が演奏され、多くの男女が踊っている。しかし今日の主役はフランソワ姫であり、他の娘たちはその花婿候補を接待するべく集められているにすぎない。しかし、彼女たちは彼女たちなりに、姫の「おこぼれ」に預かろうと密かに思っている者も少なくなかったので、舞踏会は大変な盛況になっていた。なにしろ各国の貴族から富豪からいろいろな男たちが集まるのだ。女たちの興味を引かないわけがない。
「ドリエ公御息女、フランソワ様!」
 先触れが呼び上げる。
(うわぁぁぁ・・・・)上がる静かな歓声。それはもちろん、フランソワに向けられたものである。
 赤と白のドレスに身を包んだフランソワは、ゆっくりと、広間の中央へ進んでいった。
(姫・・・・)そんなフランソワを広間の片隅で見つめているのはグラッドだ。
 彼はいつもと同じように姫の護衛として舞踏会の警備に当たっているのだ。
「続けて頂戴」
 音楽が再開され、再び舞踏会は回り始めた。すでに数人の男が、ダンスを申し込むタイミングを計ってフランソワの周りに集まっている。
 グラッドの視線を知ってか知らずか、厳しい顔のフランソワ。
(フフフフ・・・)その広間の別の片隅で、そんなフランソワを見つめるもう一人の男がいた。
 黒ずくめの騎士の格好をした男は、右手にしっかりと石を握りしめている。
「もうすぐたんと楽しませてやる。待っていろ、フランソワ」


「・・・・何!?」
 波動が消えている。舞踏会の夜ならばあまり注目が集まらぬであろうと踏んだラーガは、ベルデ候の屋敷に踏み込もうとしていたのだ。しかし、屋敷の中から伝わっていた波動がぷっつり途切れている。
「まさか・・・私としたことが・・・急がねば」
 ラーガは町へ取って返した。


「ドリエ公、レ・ドリエ二世閣下!」
 再び中断する音楽。ドリエ公が広間に現れた。
「続けよ」
 音楽が再開する。再び踊りの輪が回り始めた。しかし、フランソワは厳しい顔のまま広間の一角に佇んでいる。彼女はいまだに誰ともダンスをしていないのだ。
「これこれフランソワよ、気に入った男がおらぬと見えるな。しかしのう、フランソワ」
 ドリエ公は笑顔ながらも厳しい視線をフランソワに向ける。
「国を守るということはこういうことだ」
「わかっております父上。そのことにつき父上にお話が」
「何だ、申して見よ」
「私、決めましてございます」
「ほほう、おまえの目にかなったのはどの男じゃ、申して見よ」
「それは・・・」フランソワの顔がグラッドの方に向く。
 フランソワが口を開こうとしたその時、
「ハハハハハハ」響き渡る笑い声。一瞬の沈黙の後、黒ずくめの軍服の男が中央へ進み出た。
「姫、一曲お相手願えませんか」
「あなたは、ベルデ候」
「その通り。顔を覚えていて頂いて光栄の極みです」
 ベルデ候は、顔にいやらしい笑みを浮かべながらフランソワの前に跪いた。
 躊躇するフランソワ。
「さあ姫」強引にその腕を取るベルデ候。
 ピシャ!フランソワはベルデ候の手を払いのけた。しかし・・・
「無礼者!う・・・」フランソワを無視して、ベルデ候は彼女の腕を力ずくで引き寄せる。
「ハハハハハ・・・」
「な、何をする」驚くドリエ公。
 駆けつけるグラッド。
「おのれベルデ候!血迷ったか!」
「放して!」手をふりほどこうとするフランソワ。しかし彼女は逆にベルデ候に抱き留められてしまった。
「イヤ!」
「ベルデ候!姫をはなせ!」
「ハハハハハ!ドリエ公並びにお集まりの皆様方、申し上げよう、フランソワ姫はこのベルデ候バーミンが頂く」
「な、なに・・・・」
「姫の婿としてこのルザイユの領地を治めるのは、このバーミンこそ相応しい」
「何を言うか・・・貴様だけには娘はやらん!放さんか!」怒るドリエ公。しかし、ベルデ候がフランソワをしっかりと抱えているため手が出せない。
「おのれ・・・・」ついに、グラッドが剣を抜いた。
「出合え!曲者をここから出すな!」グラッドの一声で騎士たちがベルデ候を取り囲む。
 騒然とする大広間。
「ハハハ、思い知るがよい。積年の恨み辛み、このベルデ候家の耐えてきた屈辱を。この領地は元々誰のものだ?この地を切り開き豊かな大地にしたのは我らベルデ候家だ。代々我らが治めていたこの領地を、アルゴニア皇帝の意向とはいえあのル・ドリエめがかすめ取り、我がベルデ候家はただの貴族に成り下がった。しかしその屈辱もこれで終わる。ルザイユの領地は我ベルデ候家の元に帰するのだ」
「おのれバーミン!許さんぞ!」ドリエ公はますます怒り狂うが、手出しができない。
「ドリエ公、あなたにも我らが屈辱、味あわせてくれよう」
 右手を前に出すバーミン。その手からは、黒く透き通った石の付いたネックレスが下がっている。
「どういうつもりだ・・・」
「黒き珠よ、汝と我との契約に基づき命ずる。このルザイユ城を朽ち果てし廃墟へと成さしめよ」
 ピカ!
「うううう!」光を放つ黒い石に、誰もが手をかざし、顔を背けた。
 ゴゴゴゴ・・・・ゴゴゴゴ・・・・
「ハハハハハハハハ・・・・・」響くバーミンの笑い声と共に、地響きのような音が響いてくる。
「これは・・・どういう・・・」
 ゴゴゴ・・・恐ろしい音と共にルザイユ城は、何と言うべきか、急速に年を取り始めた。装飾品は腐り落ち、壁や柱にも亀裂が入り、またあるところは風化していく。城の老化は恐ろしい速度で進んで行った。
「キャアアア・・・」パニックになる大広間。人々は右往左往しながら逃げ出していく。各国から集まった花婿候補や騎士たちも例外ではなかった。しかしそんな中、グラッドだけは剣を構えたままバーミンの前から動かない。
「貴様・・・逃がさんぞ」
「ほほう、面白い」バーミンは再び黒い珠を構えた。
「黒き珠よ、汝と我との契約に基づき命ずる。ここより我が館への閉ざされた回廊を開かれん」
 次の瞬間、空間が歪み、バーミンの背後に円形の通路が開いた。
「グラッド・・・助けて・・・」バーミンに押さえられたままのフランソワがはじめて口を開く。
「姫!」グラッドは、剣を捨てるとバーミンに飛びかかった。しかし!
「うわあああ!」見えない壁に跳ね飛ばされるグラッド。
「無駄だ。黒い珠の結界には入れぬ」
「グラッド・・・グラッド!」フランソワの声が叫びに変わっていく。
「糞!イヤアアア!」バーミンの言葉を無視して再び飛びかかるグラッド。しかし何度飛びかかっても見えない壁に跳ね返されるだけだった。
「おのれ、姫は・・・姫は渡さん」何度跳ね返され、傷だらけになろうともグラッドは諦めずにバーミンに飛びかかっていく。
「ハハハ、無駄だというのに・・・」嘲笑うバーミン。グラッドは、そのバーミンに炎のような視線を投げつけると言い放った。
「おのれベルデ候・・・貴様のようなゲス野郎に、姫を渡すわけにはいかん。たとえこの身が砕けようとも俺は姫をお守りする。姫は、姫は俺の命だ!」
「グラッド・・・」フランソワの叫びが泣き声に変わっていく。
「グラッド、まさかそなた」おろおろするばかりのドリエ公もグラッドの鬼気迫る姿に何かを感じた。
「ほほう、姫は命とな。貴様のような者が姫にそのような想いを抱くことなど許されることではない。少し思い知らせてやらねばなるまいな」
 バーミンはグラッドに向けて黒い珠を構えた。
「や、やめて!お願い!」叫ぶフランソワ。
「たとえ未来の妻とはいえ聞ける願いと聞けぬ願いがある。この男、二度とそのような想いを抱けぬようにしてくれる」
「なに・・・・」立ち上がろうとしながらも片膝を付くグラッド。
「自らの過ちを思い知れ。おまえには、この姿が似つかわしい」
 グラッドに向けて、バーミンは再び黒い珠に命じた。
「黒き珠よ、汝と我との契約に基づき命ずる。この男を力無きか弱い娘へと生まれ変わらせ賜え」
「イヤァァァァ!」フランソワの悲鳴が響く。
「うわああああああ!」黒い珠から妖しい光が伸び、グラッドを吹き飛ばす。痛みのあまりのたうつグラッドの身体に、紫色の稲妻が走り回る。
「グラッド!グラッド!」ほとんど自失状態で叫び続けるフランソワ。
「う・・・・ううう・・・」苦しむグラッド。その姿が、グラッドでなくなっていく。
「・・・・・!」フランソワの悲鳴が声にならない。
 苦痛にのたうつグラッドは、ついに意識を失ったのか、うずくまったまま動かなくなった。
「グラッド、大丈夫か・・・ああああ!」
 倒れたグラッドを助け起こしたドリエ公が驚きの声を上げる。細くなったグラッドの姿は、どう見ても若い娘の姿にしか見えなかった。
「ハハハハハ!ではさらばだ、ドリエ公。追って婚礼の案内をしよう」
「おのれ・・・・」怒りと絶望を噛みしめるドリエ公。
「ハハハハハ・・・」高笑いを残しながら、ベルデ候はフランソワもろとも「回廊」の中に消えた。
「・・・・ひ、姫」意識が戻ったのか、高く細くなった声で、悔しさを噛みしめるグラッド。
「おおグラッド、大丈夫か」
 客人どころか貴族や騎士までがことごとく逃げ去り、完全に廃墟となったルザイユ城の大広間で、ドリエ公は途方に暮れつつもう一人残ったグラッドを抱き起こした。
「閣下・・・申しわけ、ございません・・・あ・・・」
 グラッドは、自分の身に起きた出来事をゆっくりと理解した。
「何を言うグラッド・・・儂の不徳の至りだ。娘どころか、おまえにまでこのような・・・」
 グラッドは、ゆっくりと自らの身体を見回した。
 がっしりと鍛え抜かれていた身体は、か細く、今にも折れてしまいそうな貧弱な物になっていた。腕や脚は半分ほどに細くなり、胸には、剣を振るうのに邪魔になりそうな脂肪の塊が盛り上がっている。
「バーミンが、あのような力を持っているとは・・・以前から奴が若い娘をさらって何か儀式めいたことをしているのは知っていた。しかし、儂にもあの男への遠慮があったのだ。もっと早くにあの男を追放しておれば・・・グラッド!?」
 驚くドリエ公。グラッドはしっかりと立ち上がった。
「どうやら大きな怪我はないようです。閣下、私はこれより、ベルデ候の屋敷に参ります」
「何を申す!傷だけでなく身体まで・・・身体までそのようなか弱い娘のものに変えられてしまったというのに」
「たとえ・・・たとえ女の身体になったとはいえ、姫の護衛隊長であることにはかわりありません・・・・かのエストリア王などは、呪いで女の身にされながらもその呪いを打ち破り、国を取り戻したというではありませんか」
「しかし・・・・・」
「こうしている間にも姫の身に危機が迫っているのです」
「グラッド、こんな時に何だが・・・・おまえは、フランソワのことを・・・」
「どんなに許されざる想いかはよく存じております。しかし、たとえこの身がどのようになろうとも、グラッドの、姫様を想う心に嘘偽りはございません」
「グラッド・・・・」
「では」
 グラッドは、一礼すると片足を引きずりながら広間を出ていった。


「こ、これは・・・・ベルデ候、一体これは何!」
「黒き珠に与える生贄だ」
「生贄、ですって・・・・」
 ベルデ候の館、フランソワは、半ば連行されながらバーミンに付き従っていた。
「その通り。黒き珠は俺に力を与え、俺はその見返りに生贄を与える。それが俺とこの黒き珠との契約だ」
「そんな・・・狂ってる・・・」
 フランソワの目の前で、若い女が足から逆さ吊りに吊されている。その伸びきった青白い指先からは、ポタリ、ポタリと真っ赤な血が流れ落ちていた。
「仕方がないことだ。生贄に一番良いのは処女の生き血だからな。安心しろ、おまえは生贄にしたりはせん。俺の子供を産んで貰わねばならぬからな」
 フランソワは辺りを見回した。数人の衛兵が、淡々と作業を続けている。
「あなた達は、何とも思わないの!こんな狂ったこと、いくら主人の命令だからって!」
「無駄なことだ。こいつらの魂はとっくにこの珠にくれてやった」
「なん、ですって・・・」
「こいつらはもうただの生き人形にすぎん。いずれ俺の子供を産んだら、おまえの魂もこの珠にくれてやる」
 恐怖に顔をひきつらせるフランソワ。
「そんなこと・・・生き人形にされるぐらいなら、舌を噛んで死にます」
「それも無駄なことだ。俺との婚礼までおまえには大人しくしていて貰う」
 言うなりバーミンはもう一つの黒い石の付いたネックレスを取り出した。
「婚約指輪代わりだ。おまえにもきっとよく似合うだろう」
「い、イヤ!」
 しかし衛兵に押さえられたフランソワが抵抗できるはずもなく、バーミンは彼女の首にネックレスを着けた。
「ハハハハ。黒き珠よ」
「お願い・・・イヤ・・・」
「汝と我との契約に基づき命ずる。この娘の肉体と魂をしばし封印し参らせよ」
「アアア・・・」一瞬、黒い珠から光が拡がる。と同時に、フランソワはぴくりとも動かなくなった。
「ハハハ、連れて行け」
 魂を奪われた衛兵たちは、瞬き一つしないフランソワを担いで行った。
「さて、我が治世を始めよう。黒き珠よ、汝と我との契約に基づき命ずる。この館を何人をも寄せ付けぬ難攻不落の城へと変貌させ賜え」
 再び光る黒い珠。
 ゴゴゴゴ・・・・ゴゴゴゴ・・・・
 不気味な音と共に、ベルデ候の館が変貌していく。やがてそれは、天高くそびえ立ち、遙かにルザイユの町を見下ろす巨大な城塞になっていった。
「ハハハハハ・・・・ハハハハハハ・・・・・」
 ベルデ候バーミンの笑い声が響き渡る。


 夜の町を歩く女が一人。
 彼女はちぐはぐながら騎士の装備に身を固め、重い愛用の剣を握って、足を引きずりながら歩いていく。その女に、声を掛ける影があった。
「あの城に一人で乗り込もうというのか」
「ああ、そうだ。止めるな」きっぱりと言い放つ女。
「止めはせんが、見たところ傷を負っているではないか」
「止めるなと言っている!時間がないのだ」
「そう慌てても、その状態では無理だ。しばし、寄り道して行かぬか」
「何だと・・・」
「決して悪いようにはせぬ」
「・・・・」あり合わせの装備に身を固めたグラッドは、少し立ち止まって考えると影に従った。


 バタ・・・
 ドアが開く。
 女が一人、足を引きずりながら店に入ってくる。
「ん!」女に注目するラミレス、ガイ、そしてタニヤ。
「・・・・ラミレス殿」
「何故俺の名を・・・・」
 顔を上げる女。ラミレスは、その顔をすぐに思い出した。
「まさかおぬし・・・舞踏会は?」
「ベルデ候の陰謀により、姫は奪われました。そして、私もこのような姿に・・・情けない限りです。姫のお心どころか、守ることすら・・・・」
「え、この娘が・・・・!?」驚きの声を上げるガイ。
「おそらく。その、ベルデ候とやら、妖術使いなのでしょう」タニヤが込み上げる怒りを抑えながら呟く。
「では、ラーガの言っていた闇の波動とは・・・」
「そのとおり。どうやら手遅れだったようだ。外を見てみるがよろしかろう」
 振り向く三人。ラーガが、入り口に立っていた。
「外を見ろと?」
 三人は慌てて外に出る。そして、その光景に驚いた。
 町の中央部にあったはずのルザイユ城が、まるで何百年も前に滅んだ城のように崩壊している。それとは対照的に、町はずれの小高い丘が、町を見下ろす巨大な城塞と化していた。
「邪悪なエネルギーが満ちています。ここに来たときは何とかたぐれる程度の物でしたが、今となっては・・・・闇のエネルギーは桁違いに大きくなっています」
「で、ラーガ、どうしてグラッドさんを」タニヤが訪ねる。
「大した勇気です。無謀といった方がいいのでしょうね。その格好で、一人で城に乗り込もうと」
「うるさい!おれは姫を」
「勝算はあるの?」タニヤが冷たく言う。
「・・・・それは・・・」詰まるグラッド。
「頭を冷やせグラッド殿。今自分にはどうすることが必要か考えろ」とラミレス。
「まったく・・・また化け物退治か」ガイがつぶやく。
「とりあえず、今のあなたにその鎧は重すぎるわ。それに、その剣もね。ラーガ」
「私の術は、本来こういうことには・・・・」
「つべこべ言わないの。彼女がまだこの格好ということは呪い自体を解く事はできないんでしょ。それに戦力は一人でも多い方がいいわ」
「あなたは何でもお見通しだ。仕方ありませんね」手を組み印を刻むラーガ。
「ついでに、彼女の足もね」
「はいはい、かしこまりました」
 印を刻んだラーガの手から、光が拡がる。
「あ・・・・」呆気にとられているグラッド。彼女の目の前で、傷だらけの、不揃いの装備がぴかぴかの、彼女の身体にぴったりの大きさの武具に変わっていく。そして彼女の足の傷も、瞬く間に治っていった。
「驚くには足らん。鎧を素材に分解し再構成したまでのこと。足の方も細胞を活性化させて治癒時間を短縮させたに過ぎぬ」
「あ・・・え・・・・」意味が理解できず呆気にとられるグラッド。
 それを見守るタニヤたちには、もう慣れた光景だった。
 空気中から水を取り出したり、その辺の草や木を他の食物に変えるのは、ラーガの日常生活の一部分に過ぎない。
 グラッドの前に、ぴかぴかの騎士の装備一式と、「余った素材で作った」細身の剣が姿を現した。しかし、彼女の愛用の剣はそのままである。
「女の身にはその細身の剣の方が良かろう。しかし、自身が愛用する剣にはその者の気が宿っているゆえ・・・持って行かれるが良い。きっと役に立つはずだ」
「なんと・・・お礼を言っていいものやら」
「礼ならタニヤ殿に申すのだな」
「タニヤさん・・・」
「時間がないのでしょう?早速参りましょう」
「え!?」
「タニヤ様の言うとおり。我らも加勢いたす」立ち上がるラミレス。
「ちぇ、仕方ねえな。俺も行くぜ」ガイもまた立ち上がった。
「ラミレス殿・・・・ガイ殿・・・・」
「しんみりとしている時間はなくってよ。姫をあなたの手に取り戻しましょう」
「おれの手に!?・・・・・しかしおれ、私は・・・・」
「身体で感じる前に、心で感じてご覧なさい。自分が誰なのか、そして自分の一番大事なものは何なのか。あなたを駆り立てる力は何?自分一人では決して敵わない的に立ち向かおうとあなたを駆り立てるものは・・・・男だろうと女だろうと、人を愛する気持ちに変わりはないわ。まさか護衛隊長の義務感だけでここへ来たわけではないでしょう?」
「それは・・・・」
「わかっているはずよ。自分の求めているもは何なのか。そして・・・・」
「そして?」
「愛は、勝ち取るもの。それは一夜の愛でも永遠の愛でも変わることはない」
「タニヤ様、それくらいにして。参りましょう」
「ええ。その、何とか言う妖術使い。奴に、己が間違っていたことを思い知らせてやるのよ」


<第三章:魔の城塞>

「お、おい!本当にここに乗り込むのか・・・・」
「ああ。降りるなら今のうちだぞ」
 狼狽えるガイに、ラミレスが返す。
「ったく・・・あんたらと一緒にいたら命が幾つあっても足りゃあしねえ」
「よく言う。自分から着いていくと言い出したのではなかったか」
 ラミレスはすでにガイの減らず口の流し方を心得ていた。彼は時々ガイが口から生まれてきたのではないかと思うときがある。もっとも、それがなければガイは今まで生き延びてくることはできなかったであろう事は想像に難くなかったが・・・・
「しかし・・・・」タニヤも思わず立ち止まるほど、その城、いや城塞は不気味な姿を湛えている。
 ゴゴゴゴ・・・・ゴゴゴゴ・・・・彼らの前で、それはいまだに「成長」を続けていた。
「最短距離で参りましょう。ではいきますよ」
 ラーガの言葉に肯くタニヤ。グラッドは目を閉じたまま何か呟いている。
「何ぶつぶつ言ってんだ?」不思議そうな顔をするガイ。
「アルゴ神に御加護を祈っている」
「そんなお祈りがあるのか?俺もアルゴニアは長かったけど・・・・」
「外から入ってきたものはあまり知らぬ。おれの家は代々アルゴニアの家系だからな」
「そうか。でもなんかアンタ、その姿でおれ、って言っても全然おかしくないな」
「あたりまえだ。おれはおれ以外の何者でもない」
 ラーガが何か呪文を唱える。
 ギギギ・・・・
 ゆっくりと無人の城門が開いた。
「さあ、行こう!」
 彼らは一塊りに城塞の中に侵入していった。


「しかしタニヤ様、こう言っては何ですが、見張りや歩哨の類が全く居らぬと言うのも妙な話ですな・・・・」
 侵入してかなりになる。しかし彼らは未だに動くものに遭遇していなかった。もっとも、城塞は未だに巨大化し続けており、彼らは一向に奥へと進めていないのだが。
「元々の人数が少ない上、城が必要以上に巨大化してしまったのでしょう。しかし・・・」
 ラーガが何か言いかけたときだった。
「うわぁ!」突如飛びすさるガイ。
「何事だ!おおお・・・・」ラミレスは、その仕掛けを見て納得した。
 壁から何本かの槍が飛び出し、反対側の壁に突き刺さっている。ガイは危うく串刺しになるところだったのだ。
「油断はなりません。奴の、ベルデ候の好きそうな事です」グラッドが落ち着き払って言う。
「ホント・・・死ぬかと思った」肩で息をするガイ。しかしそれでも口数は減らない。
「とにかく、他にも罠があるかもしれないわ。気を付けていきましょう」
 しかし、彼らを襲ったのは罠だけではなかった。
「タニヤ殿、注意して下さい。何かが来ます」ラーガが何かを感じ取ったようだ。一行に緊張が走る。
 ガチャリ・・・・ガチャリ・・・・
「何かって?」やはり口にするのはガイだった。が、その問いに答えるように音が迫ってくる。
「おいでなすったようだな」剣を構えるラミレス。
「気を付けて下さい。どうもこの世のものではないようです」ラーガが言う。
「この城に、この世のものがいるとは思えねえけどな」ガイの悪態。槍に塞がれた通路の反対側に、それが現れた。
 ガチャリ・・・ガチャリ・・・
「ほほう、完全装備とはな。行くぞガイ!」
「おう!」
 現れた鎧姿の騎士に向かって行くラミレス、ガイ。グラッドも剣を抜いたが、タニヤが押さえる。
「私たちは、先へ」
 タニヤがラーガに合図すると、ラーガは通路を塞いだ槍を切り開く。タニヤはグラッドを伴い先へと進んだ。一方、
「おう!」
「たぁ!」
 ガチャンガラン・・・・ラミレスとガイの前に簡単にバラバラになる鎧騎士。
「おうおう、中身は空っぽだぜ」
「妖術のなせる技だな」
 二人は身を翻してタニヤたちを追おうとした。が!
 ガチャガチャガチャ・・・
「ん・・・・ガイ!危ない!」
「え!うわ!」
 ブオン!
 紙一重で剣をかわすガイ。鎧騎士たちは一瞬にして再生し、執拗な攻撃を開始した。
 ラミレスが気付いて振り返らなければ今頃ガイは真っ二つである。
「何と・・・」
「嘘だろ!」
 ラミレスは必死に防戦しながら通路を進んだ。倒しても倒しても、鎧騎士はすぐに復活する。そして、空を切るその剣は、壁や通路に当たりそれらを少しづつ崩していく。
「こりゃあ、ラーガの分野だぜ」
「同感だ。ガイ、いいか?」
「ああ」
「行くぞ!」
 オリャァァァ!二人が雄叫びを上げて鎧騎士に襲いかかる。
 ガラガラガラ・・・・再びバラバラになる鎧騎士。
「今だ!」
 二人は、脇目もふらず一目散にタニヤたちを追いかけた。


「フフフ・・・ネズミが・・・・」
 空中に現れたタニヤたちの映像を見て嘲笑するバーミン。その後ろで、やはり魂を奪われた侍女たちが、黒い珠に封印され瞬き一つしないフランソワを、まるで人形を扱うように着せ替えている。新たに彼女が着せられているのは、血の色のような赤を基調としたドレスであった。そしてその胸には、バーミンによって着けられたネックレスの黒い石が妖しい輝きを放っている。
 バーミンは振り返り、その様子を眺めた。
「見るほどに美しい。このままそこに飾って置いても惜しくはないな」
 もちろんフランソワは反応しない。まるで剥製のような彼女の姿を、バーミンは狂気じみた表情でじっくりと見つめた。


「やれやれ・・・・」
 ラーガの手から、青白い光が走る。鎧騎士がバラバラになり、そのまま燃え上がっていく。
「情けない限りだ。ラーガ殿の力を借りねば逃げ回ることしかできぬとは」珍しく悪態を付くラミレス。常に自らの剣で道を切り開いてきた彼にとって、倒しても倒しても復活する鎧騎士は相当にイヤな敵だったようだ。
「まったく。この先ずっとこんな奴が相手なんて考えたくねえもんだな」ガイも同調する。
「恐るべき事です。短時間の間にこれだけ闇の力を増殖させるとは・・・・」
 ラーガも少し驚いていた。
「とにかく、早くその姫を助け出さなくては」
「どうやら人間らしい気配は一つだけです。方向は掴めるのですが、こう入り組んでいる上に変化し続けられては・・・」タニヤに答えるラーガ。
「ラーガの力で壁ぶっ壊して真っ直ぐ進めばいいんじゃねえか」苛立つガイ。
「馬鹿を言えガイ。いくらラーガとはいえ」
 その時、今までずっと黙っていたグラッドが口を開いた。
「ラーガ殿、人間らしい気配が一つだけというのは・・・・まさか姫は」
「はやまってはいけません。おそらく、何か気配を遮断する結界か何かに閉じこめられているのでしょう。ベルデ候がフランソワ姫を殺すためわざわざ手間を掛けてさらうとは思えません」
「でもラーガ、このままでは埒があかないわ」
 タニヤの言うとおりであった。実際少しもその「気配」に近付いてはいないのだ。
「タニヤ様」ラミレスが何か思いついたように言う。
「なに」
「一度、外へ出ては如何でしょう」
「外へ?」
「なるほど・・・・」ガイもラミレスの意見を理解した。
「外へ出て、城壁や建物を乗り越えながら行こうと?」
「そうです。とりあえず建物の中は迷路です。それにこの様子では外に出ても大勢の兵に囲まれるということはありますまい」
「ラミレス殿の言うとおりかもしれません。一度外へ出ましょう」ラーガも賛成した。


 ロープをよじ登るタニヤたち。
「・・・ただ女の身体にされただけではなく、体力も相当落とされてしまったようです」
グラッドが肩で息をしながら言う。実際、グラッドは同じ高さをラミレスやガイの倍ぐらいかけてよじ登っていた。
「そうね。まだ自分の能力を把握できていないでしょうね。でも慣れればなんてことないわ、きっと」タニヤが少し目を伏せながら言った。そう言うタニヤは、むしろ身軽さを生かしてラミレスやガイよりも速く登っていく。
「どうやらあの塔のようです。あそこから人間の気配が」ラーガが右手に見える塔を指した。
「しかし姫の居場所は・・・」息を荒げながら、グラッドが声を漏らす。
「おそらくフランソワ姫はベルデ候と一緒でしょう。彼の次の目的はフランソワ姫との婚礼です。そのベルデ候が、自分の見える範囲から姫を出すとは考えにくいですね」
「ということは、あの塔の壁をよじ登る?」恐る恐る訊くガイ。実は彼も、結構ロープをよじ登るのは苦手なのだ。というより高いところが怖いらしい。
「いいえ、あの塔とわかったからにはあの中を上がればいいわ。とりあえず塔の入り口を見つけましょう」
 タニヤの指示に従って狭い石垣の上や壁と壁の間の通路をすり抜けていくグラッドたち。一方ラーガの方はそれにはお構いなく例によって空中を浮遊しながら彼らをフォローしていた。高いところにロープを結ぶのも彼の仕事である。
 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ・・・・
 グラッドの苦しげな息遣い。時折ゴゴゴ・・・という城が動く音の他は、その呼吸音だけが響いていた。
「グラッドさん、大丈夫?」グラッドを気遣うタニヤ。
「・・・・ええい、本来の身体ならば、これくらい大したことは」
「グラッドさん、今までの、男としての自分で考えては駄目。今の自分の力を把握して、その力を引き出すのよ」
 少し落ち着くグラッド。タニヤの言うとおり、今の身体で今まで通りに動こうとするのは無理に決まっているのだ。
「タニヤさん、あなたは・・・・」適切な助言に感心するグラッド。
「それより早く、あの塔へ」
 タニヤ、グラッド、ラミレス、ガイ、そしてラーガの五人は月明かりの下を駆け抜けていく。


「黒き珠よ、汝と我との契約に基づき命ずる。この塔に無敵の番人を呼び寄せよ」
 鈍く光る黒い珠。下の方から、何か響くような音が聞こえてくる。
「フフフ・・・ここで死ぬがよい。・・・・衛兵隊!」
 ザッザッザ・・・魂を奪われ操り人形と化した衛兵隊がバーミンの前に整列する。
「侵入者を捕らえて参れ。男は殺してもかまわん」
「ハッ」衛兵隊は、無機質な声で答えると塔の螺旋階段を駆け下りていった。
「フランソワよ、我らの婚礼に相応しい引き出物を彼らにくれてやろう」
 バーミンは人形遊びをするように全く反応しないフランソワの髪を撫でた。


 ラーガが印を刻む。手から光が走り、壁面に人間大の穴が開く。
「さあ、行くぞ!」ラミレスが先頭になって飛び込んでいく。しかし、
「うわ!」
 ドォォォォォォォォ!
 ラミレスが飛びすさって飛び出してくると同時に壁の穴が倍ほどに大きくなっていた。
「ラミレス!大丈夫!」駆け寄るタニヤ。
「う、うわぁ!なんだありゃあ」大声で後ずさるガイ。大きく開いた穴の中に何かがいた。
 それは、通常の人間の三倍ほどある巨大な、そして真っ黒な鎧騎士だった。その手には、鎖に繋がったやはり大きな、たくさんの角が付いた鉄球が提げられており、穴の向こうでその鉄球をぶらぶらと振り回しながらタニヤたちを威嚇していた。
「どうやら塔の内部は螺旋状の階段が上に続いているようです。しかしその登り口のホールには奴が陣取っています。私ももう少しであの鉄球に潰されるところでした」ラミレスが状況報告をする。ただ逃げてきただけではないのだ。
「でもあいつ、眺めてるだけで攻めてこないぜ」ガイも少し落ち着きを取り戻したようだ。
「おそらく、ただ塔を守るようにだけ呼び出された魔人でしょう」ラーガが言う。
「では、あれを突破しないことには・・・・」焦るグラッド。
 その時だった。
「タニヤ様・・・・・」ラミレスが、周りを見回す。
「罠にはまったようね」
 彼らの周りに、いつの間にか衛兵隊が現れ、じりじりと間合いを詰めてこようとしていた。
「こうなったら仕方ありません。ラミレス殿、ガイ殿、ここをお任せする」
 ラーガが力強く言った。
「良かろう。タニヤ様とグラッドのこと、頼んだぞ」
「え!まさか塔に飛び込むって言うんじゃ」驚くガイ。
「私の力でできる限りの結界を張り、グラッド殿とタニヤ殿を階段まで」
「そういうことね。ラミレス!」
「ハッ!」
「必ず後でいらっしゃい」
「御意!」
「何だよ、俺には一言も無しかよ」
「あなたは殺しても死なないでしょ、ガイ。信じてるわ」
「ちぇ!」
「ラミレス殿、ガイ殿・・・・」グラッドが、二人を見る。
 肯く二人。
「さあ、行くわよ!ラーガ!」
「行きますよ!」珍しく気合い掛かった声を出すラーガ。普段とは違う腕の組み方をして彼は呪文を唱えた。
「********・・・・・・ハァァー!」
 ラーガを先頭に、塔の中に駆け込むタニヤたち。
 ザザザザー!それを見た衛兵たちが一気に襲いかかってくる。
「ここから先は通さん!」剣を構えて立ちはだかるラミレスとガイ。瞬く間に塔の侵入口は斬り合いになった。


 ガチャン!ガチャン!
 タニヤたちの動きを追う魔人。ラーガの張った結界の力で鉄球の第二撃までは何とか跳ね返したものの、ラーガは苦悶の表情を浮かべていた。
「ラーガさん!」立ち止まるグラッド。
「構うな!早く上へ!」
「グラッドさん、早く!」グラッドの手を引くタニヤ。その二人めがけて再び鉄球が飛んでくる。
「キャァァ!」思わず甲高い悲鳴を上げるグラッド。タニヤも息を呑んだがその瞬間!
「ウウウウァァァァァ!」
「ラーガ!」
 ラーガは常人には信じられない速度で移動し、その鉄球を全身で受け止めていた。
「さ・・・・早く・・・・」
 魔人が引っ張り戻そうとするのをラーガは光術の力を振り絞って押さえている。
 タニヤは咄嗟に腰から柄だけの剣を抜いた。
「太陽の剣よ!我に力を!」
 光の刃が伸びる。タニヤは思い切って鉄球の鎖を切断した。
 ドォォォォォォォォ!後ろに吹っ飛ぶ魔人。壁に大きな凹みができ、塔全体が揺れた。
「かたじけない、タニヤ殿・・・・」
「さあ、急ぎましょう」ようやく階段にたどり着くタニヤたち。
 しかし・・・・・
「そんな・・・・」驚くグラッド。あれだけ派手に壁に激突したにもかかわらず、魔人は今度は背中に背負った斧を持って再び立ち上がろうとしている。
「見とれている暇はありません。早くこの闇の力の源を絶たねば」ようやく立ち上がるラーガ。
 肯くタニヤ、そしてグラッド。彼らは階段を駆け登った。


「こいつら・・・・!」
「ガイ!熱くなるな!」
「でもよう!」
 ガイが苛つくのは当然であった。衛兵たちは決して強くはなかった。いやむしろ剣術はラミレスやガイの足元にも及ばないと言った方が正しいだろう。しかしその衛兵たちは、傷を負おうが腕を切り落とされようが、平気な顔をして襲いかかってくる。彼らは魂を吸い取られているため痛みや苦しみを全く感じず、命令だけを忠実に実行しようとしているのだ。
「これじゃあ、キリがないぜ」
「では、あの怪物とサシで勝負するか!」
「それも御免だ!」
 ガイは、悪態をつきながら必死に目の前の衛兵に剣を振るった。


 ・・・・・ガチャン・・・・ガチャン・・・・
 下の方から、不気味な足音が迫ってくる。タニヤとグラッドは、必死で階段を駆け登っていた。さすがのラーガもかなり消耗したようで、浮遊せずにタニヤたちの後を追って階段を上がっていく。
 三人はやがて、階段の終点にたどり着いた。しかし・・・・
「そんな・・・・」辺りを見回すグラッド。そこは、柱だけが林立する空間だった。
「慌てないで下さい。ここはまだ最上階ではありません」
「どういうこと?」訪ねるタニヤ。
「このすぐ真上に奴はいます。おそらくどこかに隠し階段か何かが」
 言いかけたときだった。
 ガチャリ!
「早く!その入口を捜さないと!」
 ラーガが叫ぶ。しかし同時に彼は、魔人の振り下ろした巨大な斧を避けて逃げ回らねばならなかった。
「グラッド殿は入り口の捜索を!タニヤ殿、頼みがあります!」
 斧を避けながら叫ぶラーガ。
「なに!」
「時間を稼いでいただきたい。魔人はここで倒します。そのかわり・・・」
「そのかわり?」
「ベルデ候の方をよろしく願います」
「ラーガ!」
 言うなりラーガは座り込み、何か呪文を唱え始めた。
「わかったわ。グラッドさん、急いで!」
 肯くグラッド。タニヤは魔人の目をラーガから逸らさんと走った。
 ブン!空を切る斧。
「さあ、こっちよ!」逃げ回るタニヤ。
 柱を崩しながらタニヤを追う魔人。いくら太陽の剣を持っているとはいえ、巨大な魔人を相手にタニヤは逃げ回る以外なにもできなかった。
「*****************************」
 長い長い呪文を唱え続けるラーガ。そのラーガの身体が光を帯びていく。


「おい!」一瞬動きを止め、空を見上げるガイ。
 ガチーン!そのガイに襲いかかった衛兵を斬り捨てるラミレス。
「ボケッとするな、ガイ。ガイ?」
 ラミレスも空を見上げた。
 塔のてっぺんの方に、どこから湧いて出たのか光の粒が集まっていく。
「まさか・・・・」
「ラーガが何か・・・・」
 肯きあう二人。目の前の衛兵に一撃を与えると、二人は塔の中に駆け込んだ。


「****************!タニヤ殿!グラッド殿!私より後ろへ!」
 ラーガの全身が光に満ちている。慌ててラーガの後ろに走るタニヤ。
「あった!隠し階段です!」叫ぶグラッド。
「グラッド殿!早く!」ラーガが叫ぶ。グラッドもせっかく見つけた隠し階段から離れ、ラーガの後ろに下がった。
 ガチャン!ガチャン!斧を振りかざしラーガに迫る魔人。
「魔人よ、闇へと帰るがよい!」両手を重ねて突き出すラーガ。
 ピカ!
 ドドォォォォォォォォ!
 ラーガの手が一瞬眩い輝きを放ち、次の瞬間その手のひらから凄まじい光の流れが迸った。
(ウォォォォォォ!)鎧のきしむ音とも悲鳴ともつかぬ音を響かせる魔人。
 ドゥアァァァン!
 光の流れの直撃を受けた魔人は、そのまま分解して消滅した。そして、その光流は行く手にある柱を粉砕し、壁をも破壊し巨大な穴を開けた。
 バタン!膝を着き、そして両手をつくラーガ。
「ラーガ!」「ラーガ殿!」
 タニヤとグラッドが駆け寄りラーガを助け起こす。
「・・・・だ、大丈夫・・・・少し自分の容量を超えた力を借りたので・・・・」
「ラーガ殿・・・・」
「私は・・・・大丈夫です・・・少し・・・回復するのに時間が掛かりますが・・・・タニヤ殿・・・グラッド殿・・・早くフランソワ姫を・・・」
「わかったわ、ここで待っていて」
 立ち上がるタニヤ。グラッドが、泣いていた。壁に開いた大穴から夜風が吹き込んでいる。
「どうして・・・?どうしてあなた達はここまで・・・・我が国の貴族や騎士たちは彼の力を見るや城から逃げ出していったというのに・・・あなた達はどうしてここまで・・・」
「ラーガは、闇と戦う使命を持って生まれた人なの。そして私は・・・・」答えるタニヤ。
「私はその闇の力を自分の欲望のために弄ぶ人間が許せないだけ」
「タニヤさん・・・」
「さあ、行きましょう」
 肯くグラッド。二人は、グラッドの見つけた隠し階段を上がった。


<第四章:暁の決闘>

「フフフ、待っていたぞ・・・・」
「バーミン!姫はどこだ!」
 塔の最上層。グラッドとタニヤはバーミンと対峙した。
「ほう、良かろう。所詮もう男として姫を愛することなどできぬのだ。見せてやろう、我が花嫁フランソワの姿を」
 部屋の一角のカーテンが開かれる。その向こうに、血の色のドレスを着たフランソワが立っていた。
「姫!」叫ぶグラッド。
 しかし、フランソワは全く反応を示さない。
「フフフフフ・・・・」
「おのれバーミン!姫に何をした!」
「おまえになど教える必要はない。もう良いだろう、おまえたちには我らが婚礼の生贄になって貰う」
「何!」
「黒き珠におまえたち娘の血とフランソワの純潔を与え、我はより大きな力を得るのだ」
「フフフ・・・」笑ったのはタニヤだった。
「何がおかしい!」
「おかしいわ。モテない男の冴えない茶番ね」
「何だと!」
「娘の純潔が欲しければ、男の実力で手に入れなさい。そんな闇の力を借りるなんて、邪道どころか男として失格よ」
「ええい!黙れ黙れ!黒き珠よ!汝と我との契約に基づきこの女を闇の結界へと閉じこめ賜え!」
「太陽の剣よ!我に力を!」
 黒い珠が光り、タニヤの周りが歪む。一瞬、見えない壁がタニヤを閉じこめたかに見えたがタニヤはその壁を太陽の剣で切り裂いた。
「何!」
「グラッドさん!早く姫を!」
 走るグラッド。タニヤは、バーミンの注目を自分に集めようとしているのだ。
「おのれ!」
「姫!、姫!」無反応のフランソワの肩を揺するグラッド。しかし彼女は全く反応しない。
「ええい!黒き珠よ、汝と我との契約に基づき」
「甘いわ!」
 スパ!バーミンの握った鎖が切断され、黒い珠が床に落ちる。
「何と!」
「ヤァ!」「ウアァ!」
 しかし、太陽の剣で黒い珠を突き刺そうとした瞬間、タニヤの腹にバーミンの蹴りが入った。
「ウゥ・・・」腹を押さえるタニヤ。当たり所が悪かったようだ。
「女だと思って甘く見ていたようだ。このアマ・・・」膝を着くタニヤの横で、バーミンはゆっくりと黒い珠を拾った。そしてもう二発ほどタニヤに蹴りを入れる。体を折るタニヤ。
「ハハハ・・・所詮は女、力はこちらが上だ」バーミンは、倒れたまま苦しむタニヤを放ってグラッドに近付いていった。
 グラッドの方を見るタニヤ。その目に、フランソワの首に掛かった黒い珠のネックレスが入る。
「・・・・・グラッド・・・その黒い珠を・・・それは・・呪い玉よ」
 はっとして、振り返るグラッド。バーミンが近付いてくる。
「フフフフ・・・無駄だというに・・・」
「無駄かどうか、試してやる!」
 言い放つなりグラッドは、フランソワの首に掛かった黒い珠のネックレスを引きちぎった!
「う!なんということを!」
 フランソワの身体が一瞬光ったように見えた。
「う・・・うう・・・」
「姫・・・・」
「・・・あなたは・・・もしかして」
「おのれ、やってくれる」怒るバーミンは剣を抜いた。
「グラッド!」完全に意識を取り戻したフランソワが叫ぶ。その声に反応してグラッドはフランソワを抱えたまま身をかわし、逆に引きちぎった黒い珠をバーミンに投げつけた。
「ウワァ!」顔を押さえて膝を着くバーミン。どうやら顔に命中したらしい。
「さあ、姫、早く!」
 グラッドはフランソワを連れて逃げ出した。
「お、おのれ・・・許さんぞ・・・」
 バーミンは、もう一つの黒い珠を拾い、ゆっくりと二人を追いかけた。


 カツン・・・カツン・・・
 迫るバーミンの足音。
 ハア・・・ハア・・・ハア・・・
 必死に逃げるグラッドとフランソワ。下に降りる階段はバーミンの側にあったため、彼らは屋上へと向かう階段を上がるしかなかった。そしてやがて、階段も壁も天井も無くなり、二人は文字通り塔のてっぺんに行き着いた。
「グラッド・・・・・」
「姫・・・・」
 ヒュウウウウ・・・・冷たい風が、二人の頬を撫でる。
 カツン・・・カツン・・・
 やがて、そこにバーミンが姿を現した。
「ハハハ・・・どうやらそこまでのようだな」嘲笑うバーミン。
 フランソワの肩をしっかりと抱いたまま、細身の剣を構え後ずさるグラッド。フランソワもしっかりとグラッドにしがみついている。
「所詮おまえは女だ。どんな事があっても思いを遂げることはできぬと言うのに・・・・」
 後ずさる二人。ついに後がなくなった。
「そこから落ちて死ぬも良かろう。しかし姫はそういうわけには行かぬ」
 バーミンは黒い珠を提げて手を突き出した。その時、
「ベルデ候、わかりました。そんなに私が欲しいのなら・・・・でも条件があります。グラッドの命を」
「姫、いけません・・・」
「いいえグラッド。あなたに謝らなければいけないことが・・・・」
「姫・・・・・」
「その女の命など取引の材料にならん。姫の身柄は力ずくで貰おう。黒き珠よ」
「あなたの気持ちを打ち明けられたとき、私は婿選びの重圧から逃れたいがためにあなたを選ぶことにしました。あなたのことなら他の得体の知れない男たちよりもよく知っているし、一生私のために尽くしてくれると思ったからです。私は・・・あなたを利用しようとしたのだわ」
「姫・・・・」
「汝と我との契約に基づき命ずる」
「しかし私は間違っていました。いえ、本当の自分の気持ちに気付いていなかったのです。私は・・・私はあなたを愛しています、グラッド」
「フランソワ・・・・」
「この女どもを」
「私を、許して・・・グラッド」
「もうよしましょう、フランソワ。それに私は、たとえあなたがドリエ公の御息女でなくても、心からあなたを・・・」
「ああ、グラッド・・・・たとえあなたがどんな姿になろうとも、私はあなたのもの・・・・決して、他の人のものにはなりません」
「我が闇の結界に閉じこめ賜え!」
 バーミンが言い放った瞬間、フランソワはグラッドに唇を重ねた。
 ガガガ・・・ガガガ・・・
 黒い珠が鈍い光を放つ。しかしバーミンの命令は実行されず、黒い珠が震えだす。そして・・・
「な、なに!」狼狽えるバーミン。
 ガチ!バチーン!
 黒い珠は、ただの石となって砕け散った。
「な、なんということだ・・・・・」頭を抱えるバーミン。
 ゆっくりと、お互いの存在を確かめ合うように唇を離す二人。
「グラッド・・・・」
「フランソワ、ん・・・」
 自分の身体を見回すグラッド。
「呪いが、解けた!?」
 グラッドは、元の、男の姿に戻っていた。
 彼は、元に戻った自分の姿を確認すると、フランソワに向かってしっかりと言った。
「フランソワ、私にはやらねばならぬ事が」
 ゆっくりと、背中に背負っていた愛用の剣を抜くグラッド。
 肯くフランソワ。
「ベルデ候、覚悟!」
 グラッドは両手でしっかりと剣を構えた。
「ええい!望むところだ。このまま地獄に落としてくれる!」ベルデ候も怒りと衝撃に任せて剣を抜く。
「イヤァァ!」「ウアア!」
 ガチーン!
 剣と剣とがぶつかる。男の姿に戻ったグラッドは、さすがにフランソワの護衛隊長である。バーミンに後れをとるようなことはなかった。
「タァ!」
「ウウ・・・」
 徐々に追いつめられていくバーミン。しかし、黒い珠を失った衝撃から回復したのか、しばらくするとバーミンは反撃し、逆にグラッドを押しかえす。
 塔の端に追いつめられ、突きつけられた剣を何とか受けとめているグラッド。
「グラッド!」フランソワの声が響く。
「ウウウウウ!」
「ウワァァ!」
 グラッドが突きつけられた剣を押し返す。彼は反撃に転じ、その鋭い剣先がバーミンを次第に圧倒していった。そして・・・・
 ブオン!空を切るグラッドの剣。辛うじてかわすバーミン。しかし、彼が足を降ろしたのは空中だった。
「ウ!」自分の運命を悟ったバーミン。その顔に恐怖が走る。
「ウアァァァーーーーーーー」
 バーミンは、恐怖に目を見開いたまま遙か彼方の地面へと落下していった。
 地平線の彼方に、太陽がその姿を現そうとしていた。


「グラッド・・・・」
「フランソワ・・・・」
 抱きしめあう二人。
「どうやら・・・・ラミレス、ガイ、邪魔しちゃ駄目よ」
 肩を支えられ、ようやく屋上にたどり着いたタニヤが見たものは、朝日の中で強く抱きしめあう二人の姿だった。
「結局、闇の力を増幅するのも人の心なら、うち破るのも人の心なのでしょう」
 ガイに肩を支えられたラーガが言う。彼の言うとおり、闇の力を己の野望のために使おうとした者は滅び、また若き恋人たちは、その愛の力で闇をうち破ったのだ。
「ところでラーガ、このお城どうするの」
「処理しなくてはなりませんが・・・・もう少し待って下さい。少し力が回復しなくては・・・」
「ということは、この塔を歩いて降りなければいけない、ということね」
「残念ながら・・・・」
「ちぇ!この階段、また降りるのかよ」
「イヤならずっとここにいてもいいんだぞ。眺めもまた格別のようだしな」
 タニヤ、ラミレス、ガイ、そしてラーガの四人はそれぞれ顔を見合わせて笑った。


<エピローグ>

「汝、フランソワ、ここにあるグラッドを夫とし、汝は妻たらんとすること、全て汝の意志であることに誤りはないな」
「はい」
 静粛なアルゴ神殿にはっきりと響くフランソワの声。
「ここに二人は夫婦であることをアルゴ神の御名において宣言する」
「フランソワ姫、万歳!」
「グラッド公、万歳!」
 真っ白なウェディングドレスを着たフランソワと、騎士の正装をしたグラッドが、熱い口づけをかわす。
 ゴーン・・・・ゴーン・・・・
 万歳の声と共に打ち鳴らされる鐘の音。ドリエ公国に新しい時代が来たことを告げる鐘の音は、公国中に響き渡った。


「今頃、結婚式が行われているのでしょうな」遙かな鐘の音を聞きつぶやくラミレス。
「どうしたの、ラミレスも嫁が欲しくなった?」
「また・・・本当にお人が悪い」
 町はずれ、タニヤたちは旅立ちの準備をしていた。
「お待たせしました」ラーガが現れる。
「どうだった?」
「見ての通りです」
 丘にあった城塞は跡形もなく消え去り、そこには新しく小綺麗な離宮のような館が出現していた。
「私からあのお二人へのささやかな贈り物です」
「あら、珍しいわね」
「はい。あの二人には、私もいろいろと教えられました」
「何言ってやがる、アンタがいなかったらあの二人だって」
「珍しいなガイ、いつもラーガを変人やバケモノ扱いするくせに」ラミレスが突っ込む。
「うるせーや。でもラーガ、アンタがあの、すんごい術使ったの見て見直したぜ。あんたもやっぱり戦士なんだなって」
「これはこれは」微笑むラーガ。
「ではそろそろ参りましょう」ラミレスの声で、動き出す四人。しかし、四人はすぐに呼び止められた。
「しばし待たれよ」
 それは、一人の老人だった。
 振り返る四人。
「そなたは、確か・・・・・」
 老人はラミレスの顔をじっと見つめた。
「もしや・・・・・ドリエ公閣下?」
 驚くラミレス。その老人はドリエ公その人だったのだ。
「やはりな。そなたエストリアの騎士であろう。名前は、なんと言ったか・・・」
「ラミレスにございます」馬を降りて礼をするラミレス。
「そうじゃ、ラミレスといったな。あの次男坊の側近で、勇敢な騎士じゃ」
「恐れ入ります」
「ということは、そちらはブリトニー王子か」
「お久しゅうございます。前の戦争以来ですね」やはり馬を降りて一礼するリトニア。
「さよう。儂も年を取った」前のアルゴニア−エストリア戦役では、ドリエ公の軍勢と初陣のブリトニーの騎士団は相対峙したのだ。
「愛娘の結婚式を放り出して、恨まれますぞ」微笑むラミレス。
「ふむ、娘の花嫁姿など、どうせまともには見ておれぬよって・・・」ドリエ公は少し寂しそうな顔をした。
「しかし、何じゃの。かつての敵に助けられるとは。儂はもう隠居する故、これからもよしなに願いたいものじゃ」
「お互い様ですわ、ドリエ公」
「ほほう、呪いで女にされたと噂には聞いていたが・・・魔術や呪いというものは、やはり本当に存在するのだな。儂もあのバーミンめを見るまでは信じられなんだ」
「闇の力は、誰の心の中にも存在します。そして、それをうち破る力も」リトニアが答えた。
「心の中に、か」
「ではドリエ公、我らはそろそろ参ります」
「忍びであろう故何もせぬが、道中、気を付けて行かれよ」
「これは恐れ入ります。では」
 見送るドリエ公。こうして、タニヤたち一行はルザイユを後にした。


「ラーガ」タニヤが問いかける。
「はい。さらに東、そして北に、少し強い闇の力を感じます」
「サイレン?」
「いえ・・・そこまでははっきりしていませんが・・・」
 タニヤは深呼吸をすると馬に跨った。
「東へ・・・・・」
 東へ向けて進むタニヤたち。その行く手には、何が待ち受けているのだろうか?

<黒い塔の騎士:おわり>


<あとがき>
 てなわけで、王子様とお姫さまは幸せに暮らしましたとさ、なんちゃって・・・いやあ、またまた調子に乗って書いてしまいました。リトニアさん冒険シリーズ第三弾です。
 とはいいつつ、結構ヅカチックなお話にしてあるのが今回の特徴でしょうか。今回ばかりはタニヤさん、主役じゃありません。主役はあの方です。(ラーガかって?違うよ)
 今回またもや少し(かなり?)ベルばら入ってます。これでグラッドさんが「ああ、見果てぬ夢よ」なんていっちまった日にゃあ、はっきり言ってそのまんまですね。フランソワ姫様はあの愛しのオスカル様からミドルネーム?を頂いちゃいました。まあ、それっぽいので良しとしましょう。まあもっともここはフランスではありませんが。
 というわけで、リトニアさん冒険シリーズも三作目になりました。ここらで、何か新しいシリーズ名を考えてはいるのですが、いいのが思い浮かびません。そろそろ「外伝」っていうのもなあ・・・・と思っていたりします。(このまま行ったら外伝の方が長くなりそうだし・・・・巷ではリトニアさん漫遊記といわれているようだし・・・)
 ちなみに塔というと皆さんは何を思い出されますか?私はやっぱりダームの塔とダルク・ファクトです。けっこうハマってたんだよなあ、イース。デカキャラ倒すの結構億劫だし。
 もしかしたら次ぐらいに、いよいよサイレンさんとお会いできるかもしれません。今回は気がついたらサイレンのサの字もなかったですね。
 まあともかく、今回も最後までおつきあいいただきありがとうございました。
 またこのお話でお会いしましょう。
 では

 KEBO



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