ライト・ライト・ストーリー外伝
風の哀歌
作:KEBO



<プロローグ>
 ヒュウウウ・・・・
 吹きすさぶ嵐。
「お頭!もう駄目だ!」
「バカヤロウ!なんとかしやがれ!」
「でも」
 ゴーン!強い衝撃が船を襲う。よろける船員達。
「お頭!」
「どうやら浅瀬に乗り上げたみたいだな」
 船の動きは止まった。衝撃から考えてかなり強烈に突っ込んだようだ。
「野郎ども!もう少し我慢しろ。嵐が収まるのを待って陸に上がるぞ!」


<第一章>
「おうおう、本当にあんたは飲み込みが早いねえ。この分じゃ、このメリル婆さんも早いこと引退できるかもしれないさ」
「まあ、おかみさんたら。まだまだ私なんて、おかみさんの足元にも及びません事よ」
 タニヤがこの店にやってきて、もう三月になる。彼女が来てからというもの、この「かもめの食卓亭」は、客足が増え大変繁盛していた。
 三月前、「故郷を捨てて出てきた」という一人の娘が、店にやってきた。ちょうど今まで店を手伝っていた近所の娘が親の病気で辞めたばかりだったので、行く宛のないその娘を、メリルとその息子ルアンは、もしよければと雇い入れたのである。
 メリルとルアンは、その選択が正しかったことをすぐに思い知らされた。
 タニヤ、と名乗るその娘は非常に気だてもよく、また賢く要領もよかったので仕事の覚えも早く、メリルの負担は大分軽減された。
 またただでさえ評判だったメリル婆さんの料理に、美人のタニヤが加わったことで店は毎日、テーブルの埋まらない日はないほど繁盛するようになったのである。
 いまやメリルとしては、密かに彼女をルアンの嫁に、と思っているほどである。
 当人達もまんざらではないようで、この頃内緒で二人が出かけていくのをメリルはよく知っていた。
(このまま丸く収まってくれればよいがのう)
 メリルは思う。過日のエスタシオ戦役に、ルアンは現国王側の義勇兵として参加した。
 たまたま後方にいたため直接戦闘には参加せずに済んだのだが、最前線では相当の死者や負傷者が出たという話である。
(しばらく戦争など無く平和にゆっくりと暮らせればのう・・・)
 メリルにしてみれば、父亡き後ずっと一筋に店を手伝い、楽しむこと一つしてこなかった息子を少しは幸せにしてやりたい。
 そんな思いを知ってか知らずか、今日も店には明るいタニヤの声が響いている。


 「かもめの食卓亭」は、エストリアの西端部、エトナ山脈の裾野に広がる大森林地帯が海と交わるあたりにあるアタリと呼ばれる小さな漁村にある。
 大都市ムールからは馬で一日半ほどの距離にあり、村の男達は大半が漁師である。採れた魚を、ムールから定期的に来る商人に売って生活必需品を買う。この村の生計はこうして成り立っている。
 店の客は、ほとんどがこの漁師達か、商人達であった。
「おかみ、酒」
「はいはい」
「魚の壷煮」
「はーい、只今」
 いつもと同じように見える店の雰囲気がその日は少し違った。
 その二人組は、店の端の方に陣取り、黙々と酒を飲み続けていた。
「見かけない顔だな」ルアンが少し気にしはじめたときである。突然、常連客の一人が吹っ飛んだ。
「てめえ、なんか文句あんのか!」二人組の一人が立ち上がっていた。
「はいはい、喧嘩なら外でしておくれ」メリルの落ち着き払った声が告げる。しかし、いつもならその一言で収まる喧嘩が、その日は収まらなかった。
「この野郎!」立ち上がった男は、さらにその常連客を痛めつける。
「おいやめろ!」たまらずルアンと、他の客達が止めに入る。すると、もう一人の男も立ち上がった。
「お前ら!俺達に喧嘩売ろうってのか!」
「何だと!」
 店内は騒然となった。テーブルがひっくり返り、酒の瓶が割れる。乱闘騒ぎは収拾がつかないかと思われた。しかしその時、
 バシャーン!
 一瞬にして店内が静まり返る。たまりかねたタニヤがバケツにいっぱいの水をぶちまけたのだ。
 タニヤはしっかりとした声で、一言だけ言った。
  「出てって」
「はいはい、今日はもう終わり。また明日来ておくれ」メリルも少々声を荒げる。客達はすごすごと店を出ていった。最後に、騒ぎの元となった二人組が店を出る。
「フッ」二人の男は、出て行きざまにタニヤの顔を射るような目で見た。そして、ぞっとするようないやらしい笑いを顔に浮かべると、店を後にしていった。


「ごめんなさい。勝手なことして」
 タニヤが小さくなっている。メリルはルアンの傷を手当しながら言った。
「なにを言うんだい、あたしゃたまげたよ。このだらしないせがれに比べたら、あんたの方がよほど頼りになるってわかったよ。ほら、動かない」
「いてぇ・・・」ルアンが声を上げる。
「こんなかすり傷ぐらいでいちいち・・・タニヤ、今日はもうお休み」
「でも、片づけが」タニヤは滅茶苦茶になった店内を見回した。
「そんなこと、ルアンにさせておき。まったく、情けないったらありゃしない」
「でも・・・」
「いいんだよ。本当に今日はお疲れだったねえ」
「は、はい。ではお先に休ませて頂きます」
「おやすみ」
「おやすみなさい、おかみさん」
 タニヤは部屋に下がっていった。
「で、どうなんだい、お前、あの娘を気に入っているのかい」
「え!?」
 ルアンは突然の質問に目を白黒させた。
「まったく情けないねえ。こんなことじゃ、あの娘の旦那は務まらないよ」
「それは、その・・・」
「さ、手当は終わりだ。さっさと店を片付けて。明日はまた早いよ」


 一方のタニヤの方である。
 部屋に下がったはいいものの、彼女はなかなか寝付けなかった。
(あの、いやらしい目・・・・)
 彼女の目には、あの男達のいやらしい目つきが焼き付いていた。
 それが、彼女におぞましい恐怖を与えていたのだ。
(あの目は確かに私に向けられていた)
(あの目は、人を何とも思っていない、野獣の目)
(このまま何もなければいいけど・・・)
 彼女は、悪い予感にとりつかれたまま、ベッドに潜った。


 翌朝・・・
 ルアンの努力によって、店は何事もなかったかのように片付いており、またいつもの一日が始まろうとしていた。
「もう発ちますので?」
「ああ、大きな商談がまとまったんだ。急いでムールにとって返して、手配をしなくては」  いつもムールからやってくる商人のラウが、珍しく早朝から店に訪れていた。
「はいおまちどう」
「ああおかみさん、いつも済まないねえ」
「どういたしまして。ラウさんがいなけりゃ、うちもこうして商売などしてられねえんだ。遠慮なく召し上がっておくれ」
 メリルは、ラウにはいつも多めの朝食をサービスしている。彼女にとって、ムールからスパイスやその他の食材を届けてくれるラウは、無くてはならない存在なのだ。
「いつもながらおかみさんの料理は美味しいねえ」ラウも、この一言を忘れない。
「ありがとうよ。じゃあ、気をつけて」
「ああ。ごちそうさま」
 ラウは馬に跨ると、ムールに向かって行った。
「でも大きな商談て、何なんでしょう」タニヤが、つぶやいた。
 このアタリのような小さな村で、そんな大きな商談があるのだろうかというのは、タニヤにとって、当然の疑問であった。
「さあね。人の事は詮索しないこった。ラウさんが儲かって、ウチにきっちりと品物を届けてさえくれれば、それだけでありがたいってもんだ」メリルは言い切る。
 タニヤは、詮索をやめた。メリルの言うとおりかもしれない。
「さ、仕込みにはいるよ」
「はい!」


「ハッ、代金ねえ」
「はい、先日のお話ではここでと」
「お前、本当にめでたい奴だな。誰に向かって口聞いてると思ってるんだ」
「何ですと・・・う、なにを」
 ラウはおののいた。男が突然サーベルを抜いたのだ。
「そんなに欲しい代金なら、くれてやるよ。ハッハッハ!」
「や、やめてくれ!ギャアアアアア!」
 次の瞬間、鮮血に染まったラウの胴体は、首から切り離されていた。
「こいつを始末しろ。野郎ども、さっさと仕事にかかれ!」
「ようそろ!」


 数日が過ぎていった。
「ラウさん、来ませんねえ」タニヤはつぶやいた。普通なら四日に一度はやってくるラウが、もう七日以上も姿を見せない。
「ああ、忙しいんだろうよ。一応まだ何日分かの蓄えはあるし、無くなったら臨時休業すればいい」
「おかみさん」
「母さんの言うとおりだ。ラウさんがこなけりゃみんなだってウチの店に来るほど余裕はないよ」ルアンも落ち着いている。前にも同じようなことはあったようだ。
「ところでタニヤ・・・」
「はい」
「あたしが言うのもなんだけど、あんた、このままウチへ来る気はないかい」
「え?」
「せがれは情けなくて、よういわんようだからいうけど、ウチのせがれの所に嫁に来てくれる気はないかの」
「母さん!何言ってるんだ!」ルアンが驚いて言う。
「もう、本当に情けないねえ。お前がはっきり言わないもんだから、あたしが言ってるんだ。ウチのせがれにもったいないのはわかってるけど、あんたさえよければ・・・」
「母さん!」ルアンが叫ぶ。
 タニヤは、思わず外へ走り出た。メリルの言うのはもっともだ。彼女にとってはこの上なく有り難い事であったし、ルアンの彼女に対する気持ちもよくわかっている。しかし、それ以前にあまりに突然のことで驚いてしまったのだ。
 ふう、と彼女は深呼吸をした。潮風が胸に染みわたる。
 確かにルアンは優しく働き者であり、相手としては申し分ない。かつて彼女に群がった男達、すなわち彼女の肉体を求めて群がってきた者たちとは違って、真面目で堅実な男である。
(これが、運命かもしれない)
 少し落ち着いたのか、今度は喜びが溢れてきた。
 ようやく店に戻ろうとしたその時、彼女はそれに気が付いた。
(・・・・あれは!?)
 それは、沖合から向かってくる少し大きな船であった。
 このアタリでは滅多に見かけない大きさの船である。その姿が、見る見るうちに大きくなってくる。
「た、大変だ!」
 彼女だけではない。何人もの村人が、港に集まってくる。
 船の舳先には・・・・
「か、海賊だ・・・・」
「海賊が来た・・・・」
 船の舳先には、一目でそうとわかる髑髏の彫刻がついている。
 海賊船は、呆然とする村人達をよそに、港に着岸した。


<第二章>
「どうする・・・」
「どうするったって・・・」
 その夜、村の男達は集会所に集まって対策を話し合っていた。
 海賊はまず、村長を呼び出すと、彼らの要求を伝えた。
「食料と水、それと若い娘を差し出せ。なにも手荒なことをしようって言うんじゃねえ。こっちが欲しい物をよこせば、なにもしねえ。ただ、イヤだというんなら実力で奪い取るだけの事よ」
 海賊が告げた期限は明日の昼までだった。
「食料と水は何とかなるが・・・」
「馬鹿を言え、奴らの要求を飲んでもその後無事済む保証は無いぞ」
「しかし、奴らに村を滅茶苦茶にされたら」
「味をしめたら、奴らはまた来るに違いない」
 議論は、まとまりそうにない。
「村長、村長の考えはどうなんだ」
「村長!」
 それまで黙っていた村長が顔を上げる。
「どちらにしろ、大勢の命には代えられぬ。大人しく彼らの要求を飲もう」
「村長!」
「村のためじゃ。誰か娘を差し出してくれる者はおらぬか」
 男達は、互いに顔を見回した。いくら村長の頼みとは言っても自分の妻や娘を差し出す者はいない。
 しかしその時、誰かが言った。
「おい、あの、メリル婆の店の・・・」
「そうだ、あの娘ならば・・・もともと村の者でねえし」
 ルアンは立ち上がった。
「何を言ってるんだ!」
 しかし、村人達は皆自分が大事である。ついに村長がルアンに申し渡した。
「ルアンよ、済まぬがそういうことじゃ。ワシは一人で済むように彼らの頭領に話してみるゆえよろしく頼んだぞ」
 結局、他の村人全員に押し切られるような形でルアンは承諾せざるを得なかった。


「まったく馬鹿だねえ、お前って奴は!」
 メリルの怒りは収まらない。
「だいたい他の男達もなんて情けないんだい。タニヤ一人を生け贄にして、自分たちは安穏に暮らそうってのかい・・・まったく、見損なったね」
「母さん・・・」
「タニヤ、そういうことだ。今のうちに荷物をまとめて、この村からお逃げ」
「おかみさん、私・・・」
「さあ、早く」
「私、ルアンさんの言うとおりにします」
 タニヤは、小さな声でだが、はっきりと言った。
 唖然とするメリル。
「朝の返事、まだしてませんでした。私、おかみさんにああ言ってもらえてとても嬉しかった。だから、もう何があろうとルアンさんの言うとおりにします」
「タニヤ・・・」
 メリルはタニヤをしっかりと抱きしめると、大声を上げて泣き出した。
「あんたは何ていい子なんだろうね。せがれにゃ、いやあたしにだってもったいない。ああ神様、でもなんて残酷な運命なんだろう・・・」
 その横でルアンは、そっと店から出ていった。


 翌日・・・
 タニヤは、水や食料などと一緒に港へ連れて行かれた。
 ルアンは夕べからどこかへ行ったきりである。
 村長が前へ進み出た。
「ボラン殿、要求通り、水と食料、それに女じゃ。約束通り、これを収めて出ていってはくれぬかのう」
 海賊の頭領ボランは、船の舳先に立って村長と、その貢ぎ物を見比べた。
「女は、一人か!」
「一人で勘弁してはもらえぬか」
「ハッハッハ、村長、誰に向かって物言ってるつもりだ?」
「な、何と・・・」
「俺はな、これでも大海賊ジルバの片腕と言われたボランだぞ。この俺を相手に女を一人とはな」
「それは・・・」
「野郎ども、聞いたか!」
 ハッハッハッハッハ、海賊達の、ぞっとするような残酷さを帯びた笑いが響く。
「この村にどれだけ女がいるのか、徹底的に調べ上げてやれ!」
 オォォォ!
 ボランの合図と共に、海賊達が船から飛び降りてくる。
「キャァァァ!」
「やめろぉ!」
「助けてくれ!」
 村は、たちまち略奪の場と化した。
「逃げろ!」響く悲鳴。
 海賊達は、容赦なく略奪を繰り広げた。サーベルが瞬き、血飛沫が上がる。野獣と化した海賊達は、村人達を文字通り踏みにじり、その生活を破壊し、ささやかな財産を奪い取り、女達の衣服を剥ぎ取り、欲望を爆発させ、しまいには、その命を奪っていった。
「酷い・・・なんてことを・・・」
「ハッハッハ、なかなかの上玉じゃねえか、え」
 タニヤが振り返ると目の前に、欲望に満ちたボランの顔があった。
「やめて!」
 抵抗する間もなく、タニヤはボランのその太い腕にがっちりと押さえられてしまった。
「ハッハッハ・・・そう嫌がるな、すぐに気持ちよくしてやる。そのうちお前も俺なしでいられないようになるさ、ハッハッハ」
「ケダモノ!」
「おうおう、そう威勢がいいのも今のうちだぜ」
「きゃ!」
 ボランは軽々と、タニヤを担ぎ上げる。そしてボランが船に戻ろうと振り返ったその時、
「待てぇ!」
「なにぃ!」
 ブォン!空を切る剣。
「ルアン!」
 ルアンであった。彼は義勇兵に参加したときの装備を身につけ、ただ一人海賊に立ち向かおうとしているのだ。
「海賊め!その娘を放せ!」
 真っ向から剣を構えるルアン。しかし心なしかその剣の先が震えている。
「ハッハッハ、こいつは面白い」
 ボランも、タニヤを担いだままサーベルを抜いた。
「ヤァー!」
 がむしゃらに剣を振り回すルアン。
 しかし・・・
「ほれ、どうしたさっきの威勢は」
 ルアンの剣はことごとくボランのサーベルによって阻まれる。
 やがて・・・
「ハッハッハ、そろそろ終わりにしてやる」
「きゃ!」
 ボランは、タニヤを投げ下ろすと攻勢に転じた。
「うわああ!」
 ルアンの悲鳴。
 カチーン!あっと言う間に、ルアンの剣が跳ね飛ばされる。
 しりもちをつき、後ずさるルアン。
「ハッハッハ、面白い見物だったな。だがここまでだ、死ねぃ!」
 サーベルを振りかぶるボラン。
 ルアンは目を閉じた。しかし、彼の命はまだ終わらなかった。
「なにぃ!」ボランの驚きの声。
 恐る恐る目を開けるルアン。その目に映ったのは、信じられない光景だった。
 女が、剣を振るっている。それも、町娘の格好のままで。
 さらにもっと信じられないことには、その剣さばきはボランと互角どころかむしろ押しているような感じさえ受けた。
「ヤァ!」目の前に飛んできたルアンの剣を拾ったタニヤは、必死で剣を振るっていた。
「ルアン、さあ早く!」
 タニヤは、ルアンをボランから守るように剣を振るっているのだ。
「タニヤ!」
「おのれぇ!」怒り狂うボランの隙を、タニヤは見逃さなかった。
「ヤァァァ!」剣を突き出すタニヤ。
「ウオォォォ!」ボランは辛うじて剣をかわしたが、バランスを崩して倒れ込んだ。
「今よ!さあ早く!」
 転倒したボランを残して、彼らは脱出することにした。
 タニヤの剣さばきが、血路を開く。
 村の奥に向かって逃げる二人。その耳に、懐かしい声が飛び込んできた。
「やめておくれ!」
「あの声は・・・」
 見れば「かもめの食卓亭」にも賊が入り込んでいる。
「おかみさん!」
「母さん!」
 タニヤが風のように店の中に飛び込む。店の中を略奪し尽くした賊は、今まさにメリルを手に掛けようとしていたのだ!
「イヤァ!」
 タニヤの剣が風を切る。次の瞬間、メリルに馬乗りになった賊の首が吹っ飛んでいた。
「おかみさん、大丈夫」
「ああ・・・でも店が・・・」
「母さん、そんなこと言ってる場合じゃないよ!早く逃げるんだ!」
「ルアン」タニヤがルアンの顔を見る。
 ルアンは頷くと、メリルをおぶって店を走り出た。
「ルアン、場所はわかってるね」メリルの問いかけに、ルアンは頷いた。
 三人は、海賊達の追跡をかわして森林地帯に姿を消した。


<第三章>
「野郎ども!わかってんだろうな。絶対に逃がすんじゃねえ!あの女だけは、絶対に生かしちゃおかねえ」
 海賊が占拠した村の集会所。
 怒り狂ったボランが、子分達に徹底していた。
「他の野郎は皆殺しだ。いいな、女はどうしようとテメエらの勝手にしろ。だがな、あの女だけは絶対に許さねえ!とっ捕まえてひっ剥がして、なぶってブチ込んで・・・」
「お頭・・・」
 さすがに頭に血が上りすぎのボランを、子分達が何とかなだめる。
「とにかくそういうわけだ。わかったらさっさと行きやがれ!」
「オゥ!」
 子分達は、三々五々散っていった。


「タニヤ・・・あんたって娘は・・・」
 村から森へしばらく行った先、少し山岳地帯に入ろうかというところに、その洞窟はあった。
 村に何かあった場合、村人達はここに集まるように決められているのだ。
 ここまで逃げ延びてきたのは三人だけではなかった。
 村人のうち、およそ三分の二程が既に逃げ込んでいた。
「あたしゃ神様に感謝してるよ。本当に何て娘だろう。息子や私に束の間の幸せだけじゃない、命まで助けてもらえるとはね・・・本当にあんたは神様の遣いさね」
 メリルの感嘆は尽きない。
「それよりタニヤ、どこであんな剣さばきを・・・」ルアンは少なからずショックを受けたようだ。
「昔、私がいた家の主人が・・・」言いかけたとき、村長が村人に呼びかけた。
「皆の者、今度はワシの不明のために、こんな事になって・・・」
「そうともさ」メリルが大声で言った。
「おかみさん」タニヤが止める。
「村長!俺の娘と嫁は、今頃きっと奴らの慰み物になってるにちげえねえ!どうしたらいいんだ!」
「村長!」
 返答に困る村長の代わりに、メリルが怒鳴った。
「何を言ってるんだい!お前達はウチの娘を奴らの慰み物にして、自分たちだけ助かろうとしたんじゃないのかい。それを今更・・・そんな恨み言を言う暇があるのなら、さっさと奴らを追っ払う方法でも考えたらいいじゃないかい」
「でもメリル婆さん、言うのは簡単だけどどうやってあいつらを追っ払うんだ?」
「そうだそうだ」
「いっそのこと、奴らがいなくなるまで、ここに隠れてたほうがいいんでねえか」
「そんな・・・ウチの娘が」
 メリルがまたも怒鳴る。
「情けないねえ、男が雁首揃えて」
「だが実際、奴らと戦う武器もねえ。それに、あいつら人殺しを何とも思っちゃいねえんだ」
 その時だった。
「武器ならあります。それに、みんなが力を合わせれば、必ず彼らを打ち破ることが出来る」
 力強い女の声に誰もが振り向いた。
 声の主は、タニヤであった。


「ルアン、遅くなったけど、本当にありがとう」
「いや、助けて貰ったのは・・・」
 結局・・・
 タニヤが彼女の案を説明すると、村人は言葉を追うごとに真剣に聞いた。
 そして、明日から海賊を追い払うための準備に取りかかるということでまとまったのである。
 村人達が寝静まった後・・・
 タニヤは首を振った。
「あなたが騎士の姿で現れたとき、私は夢かと思った。確かに私は剣を振って戦ったかもしれない。でも、それはたまたま剣術を少し知っていただけ。私に剣を振るう勇気をくれたのはあなたよ」
「タニヤ・・・」
「あなたがいる限り、私はもう何も怖くない。お願い、ずっと一緒にいさせて」
「俺の方こそ・・・今までずっと言えなかったけど、君にそばにいて欲しい。そして、少し情けないかもしれないけど、君をずっと守っていたい」
「ルアン・・・嬉しい」
 タニヤはルアンに預けた。
 ルアンの太く、ごつい腕が、タニヤの背中を包む。
「情けなくなんかないわ。あなたは、私の王子様・・・」
 彼の胸に、顔を埋める彼女。
 夜は、更けていく・・・・・。


 翌日。
 村人達は、早速作業を開始した。
 老若男女問わず、自分たちの村を踏みにじった海賊達を追い払うため、彼らは一致団結したのだ。
 その一方で、タニヤは、別の手も打った。村長の名でエスタシオへ、海賊退治の陳情書を届けさせることにしたのだ。
「しかし、国王陛下がわざわざこんな小さな村のことを聞いてくださるかの」村長は、半信半疑だ。
 タニヤはきっぱりと答える。
「ブライス陛下なら、きっと聞いてくれる。それに書かないよりは、書いた方が、ね」
 村で一番足の速い、カインという男が、使者に選ばれた。
「いきなり王宮に行ってもたぶん駄目でしょうから、まず護民将軍メルニス様の所へ行って下さい」
「随分と詳しいんだね、タニヤさん」
「ええ。私、エスタシオ育ちですから」
 カインはすぐにエスタシオに向かっていった。
「さあ、みんな、昼飯だよ!」
 メリルの元気な声が響く。彼女も朝から張り切って少ない食材で村人全員分の食事を用意しているのだ。
「ああ、やっぱりメリル婆さんの飯はうめえや!」
 村人達は口々に言う。村の女達も、この時ばかりは旦那に文句を付けない。メリルの料理はそのぐらい、村の誰もが認める物だったのだ。
「そうかいそうかい。うれしいねえ、でもあと何年かすりゃあ、メリル婆のじゃなくって、メリル婆の所の若おかみの、って言うようになるさね、きっと」
 メリルは、そういいながら、既に夕食の準備にかかっている。
 さすがにこれだけは村長の手柄であった。かつて大きな戦争を何度も経験した村長の知恵が、洞窟に村人全員が数日間暮らせるだけの食料の蓄えをさせたのだ。
 タニヤの指示に従って、村人達は、次々と武器をこしらえていく。
 もともと海の男達である。剣や盾というわけではなく、銛を作る要領で槍を作るのは、そう難しいことではなかった。
 夕方までに、木製だが、立派な槍や、草を繋いで作った網が、大量に出来上がった。
「まず、奴らの姿を見かけたら、間違いなくここに報告すること。それから、戦うときは、決して一人で戦わず、敵の人数の二倍から三倍以上の大人数で戦うこと。常に、ここから見える場所に引き込んで戦うこと」
 タニヤは、村人達に徹底した。村人も、だんだん本気で海賊と戦う気になっていく。
 彼女は、この危険さに、まだ気付いていなかった。
「大変だ!奴らが来る!」
 もう日が沈もうかという頃、村人の一人が駆けてきた。
「さあ、いよいよだわ。奴らに一泡吹かせてやりましょう!」
 村人達は、各人の持ち場に向かっていった。


「でかしたぞ。こんどこそ皆殺しだ!」
 ボランの目が、半ば狂気を湛えて輝いている。子分の一人が、山の方で上がる飯炊きの煙に気付いたのだ。
 ボランは早速子分達とその煙の元へ向かった。
 見れば確かに、煙が上がっている。
「ようし!女は殺すな。野郎は皆殺しだ。行けぇ!」
 ウォォォォ!雄叫びを上げて、海賊達が、森の中を駆けていく。
 その時だった。
 バサァ!
「なんだこりゃ!」
 次々と転ぶ海賊達。
「うわぁぁぁ!」鬨の声を上げて、木の槍を持った村人が整然と、それもかなりの至近距離から突進してくる。
「うわ!お頭!」
「何だってんだ!」
「うぉぉぉ!」
「ぎゃああああ!」
 村人達は、投げられた網に掛かった海賊達をメッタ刺しにする。
 それだけではない。別の方向からも、木の槍を持った村人達がボラン達の方に突撃してくるのだ。
「ど、どうなってんだ!」
 こんなささやかな反撃など予想だにしなかったボラン達は、たちまちパニックに陥った。
「に、逃げろ!」
「うわぁぁぁ!」
「追っては駄目!」
 逃げる海賊達をさらに追い討ちしようとする村人達を、タニヤの冷静な声が制した。
 海賊達は、ほうほうの体で逃げていく。
「けが人はない?」
 ルアンが見回す。
「ああ、全員無事だ」
「やった!海賊に勝ったぞ!」
「やったやった!」
 完勝だった。
 いくら一人一人の力が上とはいえ、タニヤによって組織化された村人達の奇襲に、陸に上がった海賊達は為すすべもなかったのだ。
 村人は、口々に、興奮さめやらぬといった感じでタニヤを讃えた。
「すごいぜ、タニヤさん!」
「本当だ!」
「この勢いで、さあ、村から奴らを追っ払おうぜ」
「そうだそうだ!」
 この時始めて、タニヤは過ちに気付いた。
「みんな、慌てては駄目。まだ勝ったわけではないのよ」
「何を言うんだタニヤさん、あんたがいれば大丈夫。さあ、村に残ったみんなを助けに行こう!」
「おう!」
 一度勝利の興奮、それも限りなく完璧に近い勝利の興奮と戦いの高揚感を味わってしまった村人達を、彼女はもう止めることが出来なかった。


「ちっくしょう!小癪な!」
 ボランの怒りは頂点に達した。
「野郎ども、わかってんだろうな!」
「ヘイ!」
「奴ら全員、切り刻んで鮫の餌だ。女子供達を連れてこい!」
「ようそろ」
「思い知らせてくれるわ」


「ルアン・・・」
「タニヤ、凄いじゃないか」
「いいえ。そうではないのよ。みんなを止めなきゃ」
「何でだい?俺達、力を合わせれば奴らに勝てるじゃないか」
「違うのよ・・・」
「違うって、何が」
「みんなはまだ本当の戦いがどういうことかわかってはいない」
「本当の戦いって・・・君はそれを知っているっていうのかい」
「それは・・・」
「とにかく、明日村へ戻ることは決まったんだ。今日は疲れただろう、早く休もう」
「ルアン・・・」
 タニヤは、自分の犯した過ちの大きさに、愕然とした。


<第四章>
 結局・・・
 翌日の夜明けと共に、村人達は動き出した。
 目指すはアタリの解放である。
「みんな行こう!海賊どもをブチのめせ」
「おう!」
 意気揚々な彼らをよそに、タニヤは不安でいっぱいだった。
 村人達は、そんなタニヤを残したまま出発していく。
「勝手なもんだねえ。タニヤのお陰で何とか奴らを追い払ったというのに、それを忘れて大騒ぎかい」
「おかみさん・・・」
 今となってはメリルただ一人がタニヤの理解者なのかもしれなかった。
「いいんだよタニヤ。あんたは本当に、酷い仕打ちにも関わらず村のみんなのために精一杯やってくれたんだ。その恩を忘れて自分勝手な事をするような連中は放っておおき」
「でも・・・私は、ルアンを放ってはおけません。」
「タニヤ」
 タニヤは、メリルの止めるのも聞かずに彼らの後を追った。


 熱に浮かれるかのように・・・
 村人達は、あっという間に村に侵入した。
 しかし、村人の予想に反して、村には人の気配がない。
「おい!誰もいないぞ」
「海賊どもめ、恐れをなして逃げていったんじゃないのか」
 港にも海賊船の姿はない。
「どうやら本当にそのようだな」
「誰か、村長に知らせてやれ」
 しかし大半が港まで進出したとき、彼らは恐ろしいことに気づいた。
 桟橋の真ん中で、ボランが、仁王立ちになって彼らを睨んでいる。
「お、おい」
「ああ」
「ハッハッハッハッハ!アホな村の衆達よよーく聞きやがれ」
 ボランの声と共に、海賊どもは隠れ場所から姿を現した。彼らは、村人達が港に集まるのを待っていたのだ。
 港に集まった村人達は、あっさり退路を断たれてしまった。
 姿を消したかと思われた海賊船も、岬の向こうからゆっくりと姿を現してくる。
 呆然とする村人達を前にボランは続けた。
「お前達の実力なんざ、所詮こんなもんよ。その実力に敬意を表して、選ばせてやる。あれを見ろ」
 ボランは指さす方には、海賊船があった。その帆柱に、捕らわれた女達が一人づつ、裸のまま縛られて吊されている。
「これからあの女達を吊している綱を、一本づつブッタ切ってやる。それがどういうことかは、わかるな。だが・・・」
 明白であった。彼女たちは縛られたまま海に落ちるのだ。
「お前達が大人しく俺達のなすがまま死ぬってえなら、あの女達の命だけは助けてやる。俺達の慰み者としてな。だがここで俺達と戦うってえなら、お前達が生き残ってる間、一人づつ海へまっ逆さま、みんな一緒に御陀仏ってわけだ。まあどちらにしてもお前達が死ぬことにゃあ変わらんがな。女達の方は運がよけりゃあ長生きできるってもんだ。さあ、どうする」
 村人達はどうしてよいものやら、ただおろおろするばかりであった。しかしその時、はっきりとした女の声が、ボランの耳に突き刺さった。
「待ちなさい!村人をそそのかして戦うように仕向けたのは私よ。改めて挑戦するわ、ボラン。私と一対一で戦って、勝ったなら好きにするがいい。もちろん私の身体も含めてね。 しかし私が勝ったなら、村人達を解放なさい」
 村人も海賊も、全員が声の方に注目した。
「タニヤ・・・」つぶやくルアン。
 タニヤは、港を見下ろす倉庫の上からボランを見下ろしていた。
 彼女は例によって町娘の服装のまま右手にしっかりと剣を提げている。
「ハッハッハ、おめえは今どういう状態かわかってねえみたいだな。悪いが俺の方には人質がたくさんいる。指図するのはおめえじゃねえ。俺の方だ」
 ボランは勝ち誇って言った。しかしタニヤは動じなかった。
「それはどうかしら。海賊ボランは頭のくせに人質なしでは女一人とも戦えないっていうの」
「何だと!」
 一種の賭けであった。タニヤは、ボランの自尊心と子分達の忠誠心を挑発によって揺さぶる作戦に出たのだ。
「たかが村人達に反撃されてほうほうの体で逃げ出したばかりか今度は私に負けることを恐れているのね。頭だったら子分達の前で見せてやりなさいよ!自分が頭であるっていうその実力を」
 ボランは見る見るうちに頭に血を上らせていった。
「このクソアマぁ!おもしれえじゃねえか。俺様に挑戦しようなんざ十年、いや百年早いことを思い知らしてやる。かかってきやがれ!」
「その前に、彼女たちを安全な場所に下ろしなさい。あれじゃ切らなくてもそのうち落ちるわ。私に勝つつもりなら、一緒でしょ」
「・・・いいだろう。大した度胸じゃねえか。俺が勝っても殺しやしねえ。必ず屈服させてやる」
 ボランはニヤリ、と笑い船に合図した。どうやらボランの自尊心をうまくくすぐったようだ。
 女達が甲板の上に下ろされた。
「フフフ、それはさぞ楽しみでしょうね。なら、行くわよ!」
 タニヤは軽やかにジャンプすると細い桟橋の奥に、海を背にして着地した。
「ほう、自ら海を背にするとはな。野郎ども、手ぇ出すんじゃねえぞ。このアマは俺が片付ける!」
 ボランは振り返ると、サーベルを抜いてタニヤに襲いかかった。
 幅の狭い桟橋が揺れる。
「オラァ!」サーベルを振り回し、タニヤに迫るボラン。タニヤはその攻撃をかわしながら機会を伺う。
「どうした!許して下さいと謝るなら今のうちだぞ!」
「馬鹿ね。そういうことは自分の腕前を解っている人が言うものよ」
「なに!」
 タニヤは、ボランの突進をかわすとひょい、と足を掛けた。
「うぅ!」
 ドッボーン!バランスを崩して海に落ちるボラン。
「このアマァ!」ボランはもの凄い勢いで桟橋に這い上がると、再びサーベルを振り回して突進する。
(埒があかないわね・・・)タニヤは密かに思い始めていた。
 ボランの攻撃は確かに雑だったが、そのパワーは半端ではない。おそらくその攻撃が掠っただけでも彼女にとっては致命的な一撃になるに違いなかった。
「おら、どうした!逃げてばかりか!」
「さあね」
 タニヤは、さっと身をかわすと剣を振るって、反撃に出た。
「うお!」今度はボランが防戦する。彼はタニヤの攻撃を、すべて剣で受けていた。
 それでもタニヤは押し気味に戦い、ついにボランを桟橋から陸へ追い上げた。しかし、それは彼女にとっては失敗だった。
「ヘヘヘ、ヤルじゃねえか。でもそうはいかねえぞ!」
「あッ!」
 ボランはさらに強烈にサーベルを振るった。今までは足元がしっかりしなかったので押さえていたのだ。
 凄まじいばかりのパワーでサーベルを振るうボラン。
「オラオラオラ!」
「きゃっ!」
 ガチーン!
 かわしきれずに攻撃を受けた剣が、あっさり跳ね飛ばされる。
 尻餅をつくタニヤ。剣を持っていた右手が、強烈な衝撃に痺れていた。
「ハッハッハ!どうだ、俺様の本当の力がわかったか」
「うう・・・」
 ボランが満足そうに、タニヤの首筋にサーベルを突き付ける。
「ヘッヘッヘ、見れば見るほど別嬪じゃねえか、おめえ」
 サーベルの先がいやらしく動き、タニヤの胸元を開いていく。タニヤは顔を背けてせめてもの抵抗をした。が、しかし、その頬をサーベルが叩き、再び彼女の顔は、ボランの顔を正面から見るようになった。
「そんなに嫌がるな。すぐにお前も俺様が好いようになるさ」
 ボランの満足そうな笑みが、いやらしい笑みに変わっていく。しかし、その笑みは長く続かなかった。
「畜生!やめろ!」叫んだのはルアンだった。
「うわあああ!」
 いままでただ戦いを眺めていた村人達が、突然ボランに向かって動き始めた。
「へっ、野郎ども、やっちまえ」
 たちまち港は大混乱になった。海賊達が村人達に襲いかかる。しかし、村人もただやられてはいなかった。
 彼らはその手にしたささやかな武器で、力の限り海賊と戦いを繰り広げる。
「この野郎!」ボランのサーベルが鮮血を孕む。その隙に、ルアンがタニヤの元に駆けつけた。
「大丈夫か」
「私は平気。あなたこそ」
「すまん、俺・・・」
「いいのよ。そんなことより」
 タニヤは剣を拾うと立ち上がった。
「船を出せ!」誰かが叫ぶ。すぐに桟橋に走った数人が、自分たちの船を沖に出していく。
「な、なにを!」うろたえるボラン。
 彼らは女達が海に落とされても助け出すつもりなのだ。
「ええい、野郎ども!一人残らず皆殺しにしろ!」
 ボランが叫ぶ。激しい戦いが繰り広げられてはいたが、所詮訓練されたわけでもない普通の人間である村人達は、徐々に傷つき、そして広場の隅に追いつめられていく。
 沖合に出した船も、海賊船を取り巻くだけで何もできないでいるようだ。
 やがて、タニヤを始め村人達は、完全に広場の一角に追いつめられてしまった。
「ハッハッハ、楽しませてくれるじゃねえか。だがもう終わりだ、覚悟しやがれ!」
 海賊達がじりじりと間合いを詰めてくる。その時だった。
 キラリ!ボランの目の前で何かが光った。
 見れば足元にナイフが突き刺さっている。
「ようボラン!えらい威勢じゃねえか」
 ボランが振り返る。タニヤは、その声に聞き覚えがあった。
「こ、この野郎!生きてやがったのか!」ボランの目が恐怖と驚きに見開かれた。
「ああ、生きてるぜ。聞いて驚くな、今となってはエストリアの海軍提督だ」
 ボランは、凍り付いたようにその場を動けずにいる。
「お前達の船はとっくに押さえたぞ。大人しく降伏するんだな」
「ゾ、ゾロン・・・・てめえ」
「忘れちゃあいねえだろうな、弟分の分際でお前が俺にしたことを。本来ならきちっと落とし前をつけにゃあなんねえが、今は俺も宮仕えだ。百歩譲って選ばせてやる。さあどうする、戦って死ぬか、大人しく捕まるか、二つに一つだ」
「畜生!野郎ども、しゃあねえ、行くぞ!」
 ボランと海賊達は、サーベルを振るってエストリアの騎士達に挑んでいく。
 タニヤも、村人達を庇うように剣を振るっていた。
 そんな中、血路を開こうとするボランの前に、ゾロンが立ちはだかった。
「この野郎・・・」
 それは、奇妙な光景であった。
 巨漢のボランが、小男のゾロンを前にして動けずにいるのだ。
「どうした、かかってきやがれ」ゾロンはボランを挑発した。
「うおおおお!」ボランは、雄叫びを上げてゾロンに向かっていく。ゾロンもサーベルを構えて応戦した。
 ブウン!空を切る二本のサーベル。ボランの攻撃をかわしながら、ゾロンは巧みにサーベルを振るう。
 やがて、そのゾロンのサーベルが、ボランの左腕を捉えた。
「ギャアアア!」ボランは、切り落とされた自分の腕を見て悲鳴を上げた。
「残念だったなボラン。おめえが俺に勝とうなんざ十年早いぜ」
「ウウウ・・・」ボランはうなり声を上げて這いつくばった。その視界に、タニヤが入る。
「お前の・・・お前のせいで・・・」ボランはむくっと立ち上がると彼女に向かってサーベルを振り上げて突進した。
「ウォォォォ!」
 タニヤもそれにようやく気づいたが、彼女にはかわす余裕がない。
 恐怖に目を見開くタニヤ。その時、彼女の視界は横から現れた何かに塞がれた。
「ウアアアア・・・・」真っ暗になった視界の外から、ボランの断末魔の悲鳴が耳に突き刺さって来る。
 不意に、視界が開けた。
 とても長かったその一瞬の後、彼女が見たのは、とても懐かしいその男の顔と、胴体から上下真っ二つになったボランの死体だった。
「殿下、ご無事で・・・」
「ラミレス・・・」
 ラミレスは、血を拭って剣を収めると、タニヤの前に跪いた。
「お久しゅうございます。遅参つかまつり申し訳ございません」
「そんなことはよい。しかし、なぜこの事を・・・まだ陳情書はエスタシオにやっと届いたぐらいであろうに」
 ボランの死によって、他の海賊達は抵抗をやめ、完全に戦いは終息した。
 騎士達が、海賊達を次々と武装解除していく。
「殿下って・・・一体どうなってるんだ」ルアンが驚きの声を上げた。
 ラミレスは、それに構わず続けた。
「ご無礼ながら、それがし人を遣わし殿下の所在のみは確認いたしておりました。その者たちの報告にてボランらのアタリ襲撃を知り、勝手ながら手勢を率いて参上いたしました次第でございます」
「ラミレス・・・そうだったのか。何と礼を言ったらよいのか。そなたがいなければ、私は村人達を巻き添えに命を落とすところであった」
「殿下、礼には及びません。それがしの剣はただ一人、殿下に捧げし物にございます」
「それに、俺の昔の弟分が暴れてるって聞いたもんで。落とし前をつけてやろうと思ったんですがね」ゾロンが付け加える。
「ラミレス・・・ゾロン・・・」
「おい、一体なんだってんだ」ルアンがタニヤの顔を見つめる。それに答えるように、彼女の目は、悲みを浮かべていた。
 ラミレスは、思い切って言い放った。
「村の衆、このお方は、王姉殿下リトニア様だ」
 呆気にとられる村人達。
「リトニア、殿下・・・」ルアンも呆然としていた。
「リトニア殿下!あの、魔術師の呪いで女に変えられたブリトニー王子!どうりで・・・」
 村人の一人が驚いて声を上げた。
「さあ村の衆、海賊はもういない。安心して元の暮らしに戻るがいい」
 ラミレスの声が響く。村に、平和が戻ってきた。


<エピローグ>
「リトニア様・・・お許しを。リトニア様とはつゆ知らず、身の程知らずの無礼の数々・・・」
「やめてルアン・・・」
 めちゃめちゃになったままの「かもめの食卓亭」に戻ったリトニアの前に、ルアンとメリルが平伏していた。
「まったくもってせがれのいうとおりだ。仮にも王姉殿下たるお方に、ウチの嫁になってくれなんて・・・なんて恐れ多いことを。どうか、どうかお許し下せえ」
「おかみさんまで・・・」
 彼女がリトニアだとわかった途端、ルアンとメリルは仰天してこの調子である。
 さらにルアンは、彼女がかつて男だったことにさらにショックを受けているようだった。
「リトニア様、そばにいて欲しいって言ったことは取り消します。俺なんか、リトニア様の近くにいても、足手まといになるだけだし・・・調子のいい物言いだが、忘れて下さい」
「ルアン・・・」
 メリルとルアンは、平伏した顔の前に水滴が落ちるのを見た。恐る恐る顔を上げるメリル。
 メリルは、リトニアが目から大粒の涙を流しているのを見て言った。
「リトニア様、メリル婆の言うことを聞いて下せえ。本当のことを言えば、今でもあたしはそこまでウチの事を思ってくれるリトニア様の気持ちが本当に、本当に嬉しいです。でも、やっぱりいけませんよ。リトニア様とあたしらじゃ、棲む世界が違うんです。確かにリトニア様はご自分の世界がイヤで飛び出されたのかもしれねえ。でもあたしらみたいなもんは、自分の世界がイヤでも、飛び出していける世界などありませんのですわ」
「おかみさん・・・」
 リトニアにもわかっていることであった。彼女の存在がある限り、将来的に、どんなことに巻き込んでしまうか、彼女にももう自信がなかったのだ。
「さあ、ほんの少しですけども」言うとメリルは、小さな包みを出した。
「お好きな煮魚の擂り身饅頭と若菜のお浸し、それに干し魚です。干し魚は、早いうちに召し上がって下せえ」
「おかみさん・・・」リトニアは、メリルをの手を取って引き寄せるとしっかり抱きしめた。
「タニヤ・・・」
 腕を放すと、リトニアはしっかりと言った。
「短い間だったけど、お世話になりました」
「ああ。あたしの料理が食べたくなったら、またいつでも来ておくれ。おいルアン、お前も何とか言わないかい!」
 ルアンは、リトニアを真っ直ぐ見つめると、一言だけ言った。
「元気で・・・」
 頷くリトニア。彼女には、それで充分だった。


「決心はつきましたかい?」
 エストリア海軍の軍艦、「ブルガン一世」号が着岸している桟橋の入り口で待っていたゾロンが、少し恥ずかしそうに言う。ブライスにはともかくリトニアのような王族の女性に接するのは慣れていないのだ。
「ええ。でも、エスタシオには帰らない」
「そう思いましたぜ。あっちの馬鹿なんかもう・・・すっかりその気になってやがる」
 見ればラミレスが、騎士の正装ではなく、旅の傭兵のような格好で控えている。
「ラミレス、どういうこと」
「見ての通り、旅支度は調えてあります。実はこの度、陛下にはお暇をお願いして参りました」
「ラミレス!」
「昨日も申し上げましたとおり、それがしの剣はただ一人殿下に捧げし物にございます。お許しいただけるならば殿下にご同道させて頂きたく、お願い申しあげます」
 ラミレスは、リトニアの前に平伏した。
「ラミレス・・・でも私は、お前に何も与えることができないわ」
「殿下のご無事こそが、それがしの最上の幸せにございます」
「ラミレス・・・・・」
「殿下、連れてってやんなよ。こっちが見てて恥ずかしくなるぜ」ゾロンも言った。
「わかりました。行こう、ラミレス」
「は!有り難き幸せ!」
「ゾロン、ブライスにはよろしく伝えといてちょうだい。それと、国民を大事に、ってね」
「かしこ、まりました」ゾロンは、精一杯恭しく礼をして見せた。


 こうして、リトニアは、ラミレスと共に再び旅立っていった。
「殿下、とりあえずどちらへ参りましょう」
「そうね、西へでも行こうかしら。世界は広いわ。それとラミレス、その、殿下、って言うのやめてくれない」
「かしこまりました。では、何と」
「なんにしようかしらね」
 二人は、顔を見合わせて吹き出した。

<風の哀歌:終わり>

あとがき
 RLS外伝、「風の哀歌」です。今回は結構それっぽいタイトルでしょう?なーんて、実は結構適当ですので気にしないように。
 しばらく「あとがき」なんてものを書いていない(最近書いてたのは「たわごと」なのよん)ので、なに書こうか迷ってまいますね。
 とりあえずはこのお話についてですかね。ごらんの通り、「リトニアさん冒険シリーズ」になりました。私、この人好きです。自分が好き勝手やる一方で結局呪縛を打ち破れない人。こんな人、好きです。
 でもこの内容から考えると、結構リトニアさん冒険シリーズって続き物でいけるかもしれませんねえ。書く前はまったく考えてなかったけど、終わってみたらリトニアさんとラミレス君の行方を追ってみたいような気になりました。
 というわけで、今回も、最後までおつきあいいただきありがとうございました。
 ではまた。

KEBO


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