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後夜祭には何か起こりやすい

By:ことぶきひかる&NDCセキュリティサービス


夕焼けが夕闇に変わり、学園祭は、終わりを迎えようとしていた。
いや、厳密に言えば、もう学園祭は、終わっている。
これから始まろうとしているのは、学園祭の・・・後夜祭だ。
とはいえ、あくまでも、高校の後夜祭だけに、その内容は、自然と制限される。
消防署などへの手続きがあるため、キャンプファイアーこそできないものの、グランドでは、照明がつけられ、その中央では、フォークダンスの準備が進められていた。
一方、そのグランドの隅・・・照明の真下では、小さなライブが、始まっていた。
祭りの後・・・という表現があるが、今、学生達は、年に一度の彼らの祭りの最後の余韻を楽しんでいた。


「ご苦労様でした。委員長。」
実行委員の待機所兼休憩室に割り当てられた教室で、1人の女子生徒が、すぐそばに座っている男子生徒にねぎらいの声をかけた。
「ふう・・・どうにか、終わったな。」
目を覆うようにして手を当てた男子生徒は、いかにも疲れ切ったといわんばかりの声で呟く。
まあ、無理もない。
学園祭の実行委員長となれば、忙しいし、責任もまた重大だ。
過去、他校の生徒とのトラブルなどが起こっていることもあり、イヤでも、神経を使うことになる。
学園祭そのものは終わったとはいえ、まだ実行委員会には、経理などの事後報告処理もまた残っているものの、とにかく、最大の山場・・・本番は乗り越えた。
後は、事務的な処理・・・来年への引継くらいだと想えば、まだ気も楽になる。
「けど、これで、肩の荷が下りたな。典香。」
「そだね。裕行。」
典香と呼ばれた少女は、髪を掻き上げながら応えた。
その仕草を、裕行と呼ばれた少年は、心地よさげに見つめる。
肩より少し下まで伸びた髪をヘアバンドでまとめ、フレームなしの丸眼鏡を常用しているその容姿は、どこか幼く、今でも1年に間違われることがあった。
私服の時には、小学生扱いされたこともあるとかないとか。
委員長の裕行、副委員長の典香。
2人は、学園祭の実行委員であると同時に、実質的な恋人同士だった。
就職進学に忙しくなる3年生のことを考慮して、各委員長は、そのほとんどを、2年生が受け持つことになっている。
特に、秋という受験への追い込み時期にもっとも忙しくなる学園祭となれば、中途半端な時期に引継を行うより、始めから2年が責任者となっていた方がトラブルが少ない。
各委員の委員長と副委員長は、一応、生徒会長から任命されると言うことになっているが、実際には、各委員の担当をしている教師が、推薦し、それを生徒会が認可するというのが実際のところだ。
裕行と典香がそれぞれ指名されたのは、ともに、1年の時、クラスの委員をやっていたからに他ならない。
1年の時から、クラスこそ違えど、同じ委員会に所属していたことで、互いに認識はあった。
それが、委員長と副委員長を務めることになったことで、一緒に同じ時間を過ごすことになったことから、2人の感情に一挙に火がついた。
互いに、相手が自分の好みの範疇に収まっていたこともあるし、なにより、この年代は、誰かを好きになるということそのものに夢中になってしまうものだ。
裕行が、典香に告白し、彼女が受け入れるまで、さほど時間はかからず、それは、今日まで続いている。
「さて、それじゃ祝杯でもあげるとしますか。」
立ち上がった裕行は、教壇の下に手をやった。
引っぱり出されてきたのは、発泡スチロ−ルの箱・・・
蓋を開け、裕行が取り出してみせたのは、金属光を放つ缶ビールだった。
「あ、いいの。こんなもの持ち込んで・・・」
「大丈夫、もう、ここには、誰もきやしないって・・・それに、飲めるんだろ?」
「え、そりゃ、まあ・・・」
普通とはいわないが、高校生になれば、たいてい、どこかで酒の味は覚える。
ウィスキーやブランデーはまだ早いだろうが、ビールくらいならもはや問題ない範囲だ。(って、おい、いいのか。)
受け取った缶ビールのプルトップに指がかけられると、ぷしゅっという、泡が小さく吹き出る勢いのある音が、部屋の中に響いた。
「ふう・・・美味しい・・・」
僅かに缶を傾け、一口すすってから、缶から口をはなした典香の普段は幼い表情が、不意に艶めかしいものを帯び、裕行は、どきりとさせられた。
夏休み中、体育館やステージなどの施設使用の配分を決めるため、学校に集まった際、2人っきりになったとき、そのまま、ファーストキスに雪崩れ込んでしまった。
もっとも、その後、学園祭が近づき、本当に忙しくなってしまったため、それ以上には及んでいないのだが。
普段は、幼い顔立ちのせいで、どこか、守ってやりたいという父性本能がやたら刺激される典香に、ここまで、女を感じたのは、初めてのことだったかも知れない。
「どしたの?全然、呑んでないみたいだけど。」
裕行の顔を覗き込む典香。
「あ、べ、別にそんなことないよ。」
自分の照れた顔を見られまいとして、裕行は、ビールを、ぐっと煽った。
いつのまにか、机の上には、4本の空き缶が並んでいた。
おまけに、そばには、おつまみの袋やらも散乱している。
「けど・・・もう終わりなんだね・・・」
缶を片手で弄びながら、典香が呟く。
「うん、終わりだな・・・」
オウム返しの様に応える裕行。
学園祭は、無事終了した。
しかし、学園祭の終わりは、そのまま、この年の終わりを実感させずにはおかない。
後、4ヶ月ほどで、自分たちは3年生だ。
就職にしろ進学にしろ、もはや、2年の時と同じではいられない。
来年の学園祭は、今年の学園祭と同じように楽しめることはできないだろう。
そして、再来年は・・・自分たちは、どうなっているのだろう・・・
そんなことを考えていると、裕行は、軽いめまいを覚えた。
(呑みすぎたかな・・・)
そう想ったとき、裕行は自分の視界の中央で、典香が、額に手を当てながら、体勢を傾けていることに気づいた。
(典香!)
そう叫ぼうとした瞬間、裕行の意識は、流れ落ちるように、奈落の底へと落ち込んでいった。


意識は、暗闇からいきなり太陽の下に引っぱり出されたかのように不意に戻った。
片手を机につき、辛うじて立っている自分に気づく。
(な、なんだったんだ・・・今の・・・)
確かに酔っていたとはいえ、あそこまで・・・意識が暗闇に引きずり込まれるような感触は初めてだった。
「ふう・・・」
軽く息を吐きながら、頭を振って、目眩を振り払おうとする裕行。
不意に、なにかが、自分の頬や首筋、肩を叩いた。
(え?)
なにが絡みついたのかと想い、頭に手を当てる裕行。
指先に、なにか細いものが、幾本も絡みつく。
(なに?)
慌てて、それを引っ張られると、頭に軽い痛みが走った。
まるで、髪の毛を引っ張られているかのような・・・
(え、それじゃ、これって・・・)
オレの髪?
そう想った裕行は、続いて、下半身の異変に気づいた。
膝から下が、まるで、何もはいていないかのようにスースーするし、そこから上も、なにか、吹き込んでくるような感触がある。
(な、なんだって?)
髪の毛のことも忘れて、視界を下に向ける裕行。
そこには、先ほどまではいていたスラックスは存在しなかった。
ブレザーと同色のプリーツスカート。
膝から下のふくらはぎは全くの素足で、くるぶしにはルーズソックス、脚には、小さな学校指定の内履き。
(なな、なんでオレ、スカートなんて・・・)
と同時に、自分の視界を遮ろうとする何かに裕行は気づいた。
一瞬、それが何なのか、何故、そこに存在しているのか、裕行は分からなかった。
数秒後・・・
裕行は、ようやくそれを理解した。
自分の胸・・・のあたり、ブレザーが大きく盛り上がっていて、それが、裕行の視線を遮っていたのだ。
「な、なんで、オレの胸、こんなに・・・」
無意識のうちに手が胸へと伸びる。
信じられない想像が、裕行の頭の中に生まれていた。
本来なら、そんなことありえるはずがなかった。
男である自分に・・・
両手の指先がブレザー越しに胸にあてられた。
指先から伝わってくる感触・・・それは紛れもなく、そこに、なにか膨らみが・・・それも左右に1つずつ存在していることを、裕行に告げていた。
そして、自分の柔らかな胸が揉まれているというこれまで味わったことのない感触も・・・
胸を揉まれているという感触・・・
それは、なんともいえない・・・痒いところを爪の先だけを使って、軽く引っ掻くのにも似た心地よい感覚・・・なににどこか切なくて、けど、手を離しやめてしまうことに未練がましさを残してしまう不思議な感触・・・
つい、胸の膨らみに触れる指先に力が入ってしまう・・・
「ってちがうー!」
叫び声をあげながら、裕行は両手を胸から離した。
触ると気持ちいい胸の膨らみが、左右に1つずつついているなんて、男である裕行にあってはならないことだった。
しかし、先ほどの指先の感触は、紛れもなく、それが物的証拠に備わった事実であることを告げていた。
「な・・・なな・・・なんで、おれの胸が・・・おっぱいに・・・」
考え込みそうになった裕行は、別に異変に気づいた。
鼻の頭と、耳たぶにかかる圧迫感。
なにか、細く小さなものが乗っかっているような・・・
両手を耳たぶのあたりへとまわすと、そこには金属の感触。
自分の視界をよく確認してみれば、どうも、自分の顔にメガネがかかっているらしい・・・
「おれがメガネ?なんでだ?」
自慢じゃないが、裕行の視力は左右とも1.5。
メガネのお世話になる必要は全くない。
そのままメガネを外そうとすると、不意に視界がぼやけた。
「をわ?」
まるで、曇りガラス越しに風景を見ているかのような視界の変化に、慌ててメガネをかけ直すと、視界は再びクリアなものとなる。
不意に目の前・・・
目の前の床に、誰かが倒れていることに、裕行は気づいた、
え?と想うと同時に、その人物が、体を起こした。
「な、なんだったの・・・今の・・・」
そうアンニュイな呟きを漏らしながら、体を起こしたその人物の顔を見て、裕行の表情は凍り付いた。
なぜなら、その人物は、裕行にそっくり・・・いやそのものといっていい顔を持っていたからだ。
いや顔だけではない。
その体つきも、裕行自身がよ〜く知っている自分に瓜二つだった。
目の前にいるもう1人の自分の目が瞬いた。
それに続いて、もう1人の自分の発した言葉が、裕行を更に困惑させた。
「な・・・なんで、あたしがいるのお?!」
声こそ自分のものであったが、その言葉遣いも口調も、とても自分のものとは・・・それ以前に男のものとは想えなかった。
まるで、女のコのような・・・それだけに、なにか自分がオカマにでもなった気分に陥ってしまう。
しかし、その言葉遣いと口調に、裕行は覚えがあった。
と同時に、今度は別の意味で、信じられない想像が浮かびあがる。
胸が膨らみ、髪が伸び、メガネをかけてスカートをはいている自分・・・そして、今、目の前にいて、自分の姿を見て、「あたし」なんていう言葉遣いをする自分のそっくりさん。
それらを統合して導き出される答えは・・・
裕行は、ハッと、外を・・・外の方・・・そこにある窓ガラスへと視線を向けた。
既に外は暗闇同然であり、窓ガラスは、ほとんど鏡と同じ役割を果たせるようになっていた。
少なくとも、人の顔を見るには充分だ。
最後の望みを託して、裕行は、窓ガラスを見た。
次の瞬間、裕行は、唖然とするしかなかった。
鏡と化した窓ガラスに映し出されていたのは、あまりにも見慣れすぎた自分の姿ではなかった。
長い髪にヘアバンド、幼い顔立ちに、丸いメガネをかけ、紺と青の中間の色合いのブレザーと同色のプリーツスカート、そして2年の学年章を兼ねたボルドーのネクタイ・・・
それは、別の意味で、見慣れている人物の姿だった。
窓ガラスに映っていたのは、紛うことなく、典香の姿だった。


「え、それじゃ、あたしと裕行の身体が入れ替わったって言うの?」
裕行の説明に、典香は信じられない・・・自分の身体に起こったことがなにがなんだか分からないと言う口振りと表情で、応えた。
もっとも、それも数秒のこと、窓ガラスに映る今の自分の姿を見れば、その説明を納得するしかない。
「けど、なんで、こんなことに・・・」
「確かにそうだよな。階段から落ちたわけでもないし、雷が落ちた様子もないし、一体、なんで・・・」
「もしかして・・・さっきのビールが・・・」
「まさか、ビールぐらいで入れ替われるようなもんなら、今頃ドイツ人は、みんな入れ替わり体験済みだよ。」
「・・・それじゃ、一体、何が原因なの?」
「そんなの分かるわけないよ・・・」
どこか、突き放すような裕行の説明に、典香の表情が、今にも泣きだしそうになる。
もっとも、今の典香の姿は、裕行のものだ。
泣きべそになりかけた自分の顔が、じっと自分を見つめているという様は、裕行にとってかなりキツいことだったが、とはいえ、顔を逸らすわけにも行かない。
「と、とにかくさ、も少し、様子を見てみようよ。案外、すぐに元に戻れるかも知れないし・・・」
「うん・・・」
確証など何もないその場限りの言葉だったが、典香は、とりあえず納得してくれたようだ。
とはいえ、裕行自身、自分のその言葉が、現実になってくれることを祈らずにはいられなかった。


「あーっ!こんなとこにいたんですか?!2人とも!!」
いきなり、部屋の戸が開いたかとおもうと、1人の女子生徒が駆け込んできた。
少しルーズにしめられたネクタイの色から1年生と分かる。
もっとも、裕行と典香には、ネクタイの色を確かめる必要はなかった。
彼女は、学園祭の委員の1人だったから。
「もーもー、フォークダンス始まってるんですよ。2人がこないと盛り上がらないじゃないですか。」
少し拗ねたような口調で、その少女は、2人へと視線を向けた。
「さ、さ、みんな、待ってますよ。」
少女は、早速、典香・・・典香の姿になっている裕行の手を引いた。
彼女は、かなり強引な行動力の持ち主で、その後先考えない行動は、学園祭の準備中、幾度となくトラブルを起こしてくれた。
もっとも、学園祭の実行委員となれば、それくらいの行動力がなくては困るのだが。
「ちょっとまって。靴、はきかえてこないと。」
身体が、入れ替わっている今の状態で、人前に出たら、このことがばれないまでも、とんでもない失敗をやらかしかねない。
もっとも、その程度で納得するようなら、行動力があるとはいえない。
「かまいませんかまいません。後で、洗えばいいし、みんな内履きですよ。」
そういうと、彼女は、典香になっている裕行の手を引いた。
典香になっている裕行が引っ張られていく以上、裕行になっている典香が、ついていかないわけにはいかない。
体育館から、グラウンドにおりると、ちょうど、曲が終わるところだった。
うち1人が目聡く、彼らの姿に気づく。
「あ、いいちょーに、ふくいいんちょー!」
本日の主賓の登場に、参加者はどっと沸いた。
「さ、入って入って。」
早速、2人分のスペースが空けられてしまい、2人は、ダンスに参加するしかなくなってしまった。
「あ、2人とも、場所が逆だって。」
横からの指摘に、裕行は典香は、慌てて、位置を入れ換えた。
考えてみれば、身体が入れ替わっている以上、性別もまた逆になっているのだ。
当然、ダンスで並ぶ位置も逆になっている。
「あ、ごめんごめん。」
「気が抜けて、ボケてんじゃないの〜。2人とも。」
「まあまあ、無事大役果たしたんだから、大目に見ようや。」
無責任な発言が飛び交うなから、ラジカセから、曲が流れ始め、ダンスが再開された。
慣れないスカートに、女子の位置でのステップと、裕行の動きはどうにもぎこちないものになってしまう。
ステップが慣れないのは、典香も同じことだが、まだスラックスの分、マシというものだ。
しかし、女子の位置で踊っていると、必要以上に、身体をすり寄せてきたり、妙にがっちりと手を握ってきたりするヤローがいることに気づいた。
(ちきしょー、典香は、オレの彼女なんだぞ!)
そう想ってはみても、口にするわけにも行かない。
まあ、童顔小柄であると言うことは、別の意味、可愛らしいととれることでもあり、男子での典香の人気は、それほど低いものではないのだ。
一方、裕行になった典香は、このフォークダンスを、そこそこ楽しんでいるようだった。
まあ、女性というのは、たいてい、ダンス好きの歌好きと相場が決まっている。
しかも、本意ではないとはいえ、男子の立場で、女子を相手に踊れるというのは、ある意味、貴重かつ新鮮な体験といえるのだろう。
もはや、そのステップも、すっかり堂に入ったものになっていた。
(・・・典香のヤツ・・・そんな楽しんでる場合じゃないだろうに・・・)
裕行は、心の中で舌打ちをしていた。


時刻は、まもなく8時になろうとしていた。
もう、そろそろお開きにしなくてはならない。
「それじゃ、ラスト1曲いきまーす!」
この場を仕切っていた男子生徒の声に、軽いブーイング起こったのものの、皆、それを受け入れるしかないことは分かっている。
ラジカセから、オクラハマミキサーが流れ始めた。
(しかし、女のコとしてフォークダンス踊ることになるとは想ってもみなかったな。)
ここにきて、ようやく、ステップ(とスカートと状況)に慣れてきたお陰で、多少、裕行も、考える余裕が出てきていた。
そうこうしているうちに、最後の1曲は、遂に終わりの時を迎えてしまった。
「それじゃ、お疲れさまでしたー。」
「暗いから、気を付けて、帰ってなー。」
この雰囲気を名残惜しむような言葉を交わしながら、皆が帰り路につこうとし始める。
「ちょっと、ひ・・・じゃなくて典香。」
いきなり、裕行の姿の典香が、裕行の手を取った。
「え?」
「ちょっと・・・来て・・・くれよ。」
どこか、たどたどしい男の言葉遣いでそう言うと、典香は、裕行の手を引っ張り走り出した。
もっとも、他人から見れば、裕行が典香の手を引いているようにしか見えないが。
「ど、どこに連れてく気だよ・・・」
もとより、逆らうつもりはないとはいえ、男の身体を相手に、今の典香の身体では抵抗しようもない。
引っ張られるに任せて、裕行は、典香に問いかけた。
「ちょっと、待って。もうすぐつくから・・・」
典香が、裕行を連れていった先は、校舎と体育館をつなぐ通路の裏側・・・
滅多に人が行くこともない、僅かな隙間だった。
「どうしたんだよ。いきなり、こんなトコロにつれてきて・・・そんなことより、これから先のこと考えなきゃいけないだろ。」
裕行の問いかけに、典香は、ちょっと躊躇った後、口を開いた。
「あのね、去年、高瀬さんに聞いたんだけど・・・」
確か、高瀬という昨年の実行委員で副委員長を務めていた・・・確か、女子だったはずだ・・・
「後夜祭で、この場所で、キスした同士は、ずっと一緒にいられるんだって・・・」
はにかむようにして、典香が、説明した。
もっとも、自分のはにかむ姿を見ることになった裕行は、別の意味で、複雑な心境だったが・・・
「ちょ、ちょっと待てよ。そのお呪いがもし本当だとしても、今の俺達は入れ替わってるんだぜ。もし本当だとしたら、このまま、元に戻れず・・・てことに・・・」
「けど、あたしは・・・いやじゃないよ・・・」
「え・・・」
「この後、一生、このまま戻れなかったりしたら、確かに困ることもあると想うけど、あたし・・・裕行なら、イヤじゃないよ・・・裕行の身体は、きらいなんかじゃないよ・・・もちろん、男の子の身体って、ちょっと慣れないところもあるけど・・・」
照れる中に、小さな・・・驚きの混じったような悦びの表情を見せながら、典香は、自分の想いを説明した。
「裕行・・・あたしの身体のままっての。いや?」
不意に、眼差しと共に問いかけてくる典香。
「確かに、あたし、美人じゃないし、ナイスバディでもないから、色々、不満もあると想うんだけど・・・安心して、最悪、あたしがお嫁にもらってあげるから・・・」
典香の問いかけに、裕行は、返答に窮した。
確かに、折角、女のコになったのなら、やってみたいことが、あれこれといくらでもあるし・・・
もっとも、そんなことは口には出せないが。
「・・・おれも、そんなにいやじゃないよ・・・典香の身体なら・・・でも・・・」
「え・・・」
でも、という言葉に、典香の表情が曇る。
「・・・けど、不安なんだ・・・そして、怖いんだ・・・だって、典香の・・・女のコの身体になってしまったら、もう、典香のこと、抱きしめてやること出来なくなるんじゃないかって・・・もう、典香のこと、護ってやることできなくなるんじゃないかって・・・」
裕行の説明に、典香の瞳が、かすかに潤んだように見えた。
「大丈夫だって。裕行・・・
今度は、裕行のこと、あたしが抱きしめてあげるから。あたしが護ってあげるから・・・」
性別が逆転しているとはいえ、典香に、抱きしめてあげるとか、護ってあげるかと言われるのは、裕行にとって、かなり複雑な心境だったが、その言葉は、決して不快なものではなかった。
「・・・本当に、抱きしめてくれるかい?途中で、捨てたりしたら、やだよ。」
「安心してよ。本当の自分の身体なんだから。」
自分の言った言葉への照れ隠しのように、笑みを浮かべながら、応える典香。
その眼差しが、再び、裕行を正面から捉えた。
「ね、キスしようよ・・・」
「え、キス・・・」
いきなりのその言葉に、裕行は、怯んだかのように見えた。
「ちょっと待ってくれよ・・・それって、本当の自分とキスするってことになるんじゃ・・・」
「裕行・・・いや?」
「いやというか・・・その・・・お前、いやじゃないのか?」
「自分の顔を正面から見るのって、ちょっと嫌な感じが歩けど・・・もしかして、元に戻れるなら、その前に、一度ぐらい、自分とキスしてみるのも面白い体験かも知れないし・・・それに・・・」
「それに・・・」
「あたしも、一度、キスされるんじゃなくてキスしてみたいし・・・抱きしめられるんじゃなくて、抱きしめてみたいし・・・」
「その・・・本当にいやじゃないのか?」
やはり、自分のキスされると言うことには、どこか躊躇いがある。
「裕行・・・いやなら、無理にとはいわないけど・・・」
「いや・・・そのな・・・」
躊躇いや嫌悪感は確かにある。
しかし、このまま元に戻れないとしたら、典香として、女性として一生を過ごさねばならないのだ。
男性相手のキスぐらいに怯んでいるわけにもいかない。
「その・・・いいよ・・・けど、あんまし、乱暴にしないでくれよ・・・」
男性としてなら、幾度も重ねてきた唇。
しかし、女性という立場に立たされたためか、その行為に対し、小さいとはいえない不安と恐れが、確かにあった。
ふっと、典香が、自分との距離を狭めてくる。
本当の自分の腕が、今の自分の小さな背中へと回された・・・
自分の両脇を通り過ぎていく2本の腕の感触に、裕行は、無意識のうちに身を固くしていた。
自分の華奢な腕が、典香の腕の中にすっぽりと収まり、どこか、束縛されるような・・・そして、護られているかのような感触・・・
裕行のことを抱きしめたまま、典香は、そっと顔を近づけてくる、
無意識のうちに、瞼が閉じられた。
視覚が失われた分、聴覚に意識が集中したためだろうか・・・
不意に、相手の吐息が、まるで騒音のように大きく感じられる。
それは同時に、その吐息の音で、相手と自分との距離を測れることを意味していた。
(キスするんじゃなくてキスされるっていうの・・・なにか、落ち着かない・・・変な感じ・・・)
典香に主導権を握られているせいだろうか。
不安にも似たこの気持ちを抑えることが辛い。
鼻の頭に当たる吐息の感触に、典香が、今にも、唇を重ねられる距離まできていることが分かる。
不意に吐息の音が止まった。
自分の経験から、今まさに、典香が、自分に唇を重ねようとしていることが分かった。
想わず、裕行の息も止まる。
果てしなく永い0.5秒・・・
永劫の果て、遂に、唇に、なにかが重ねられる独特の感触・・・
唇が触れた瞬間、その相手が自分だという事実に、一瞬、嫌悪感が浮かぶ。
しかし、それも一瞬こと。
次の瞬間には、嫌悪感は、微塵すら残さず吹き飛んでいってしまった。
なんと表現したらよいのだろう・・・
男性として、女性に唇を重ねていたときとは、全く違う・・・
唇を重ねられるというのは、こんな感触、こんな想いの伴うモノなのか・・・
それだけではない。
自分が、男性の腕、そして胸の、身を委ねることにより、不思議な安心感というか安堵感いうかを味わっていた。
(女のコって・・・もしかしたら、男の子に抱きしめられるだけで、気持ちいいものなのかなあ・・・)
確かに、本来の身体に比べ、今の典香の身体はかなり頼りないものであるにしろ、このような想いを自分が抱いたことに、裕行は驚きを隠しきれない。
(いくら、相手が・・・中身が典香だからって、男に抱きしめられて気持ちいいと想うなんて、やっぱり身体が女のコだからなのかな・・・)
本来の身体で、典香と唇を重ねた時に体験した、自分にとって掛け替えのない存在が自分の腕の中に収まっているという心を満たす感触を、今の典香は味わっているのだろうか・・・
どれだけ、唇を重ねていただろう・・・
校舎に灯っていた灯りの大半が消えた頃、ようやく2人の唇は離れた。
典香の抱擁が僅かに緩み、そこから開放され、顔を上げた裕行の表情には、それを名残惜しむような・・・どこか恍惚としたものが浮かび上がっていた。
「どうだった?」
どこか、意地悪な表情を浮かべながら、裕行に問いかける典香。
「その・・・なんか気持ちよかった。女のコって・・・抱きしめられるって・・・こんな感じ、味わってたんだ・・・」
「へえ、裕行、なんだかんだいって、けっこう、その気になってたんだ。」
典香の言葉に、裕行は、真っ赤になった。
「な、なに言うんだよ。そういう典香だって、キスするまで、ノリノリだったじゃないか!」
自分の味わっていた感触、そしてそれに呑み込まれそうになっていた自分を誤魔化すように言い返す裕行。
「・・・けど、これなら、このまま上手くやっていけるかなあ・・・」
不意に、典香の表情と口調が寂しげなものに変わる。
その典香を見ていると、裕行の心は、痛みを覚えずにはいられなかった。
先ほど、自分で、このままでもかまわないと言ったとはいえ、それは、自分の肉体の喪失、自分のアイディンティの喪失に他ならないのだ。
いくら、女性の方が現実的とはいえ、これほどまでに過酷な現実に、典香が、悲しみを覚えずにいられるはずがない。
「典香、大丈夫だよ、きっと元に戻れる。すぐに元に戻れる。」
例え、それがウソだと、自分自身で分かっていても、裕行は、そう言わずにはいられなかった。
「そうだよね。うん、きっと、元に戻れるよ・・・戻れるよね・・・戻れる・・・よね・・・」
そう呟くことがかえって、抑えていた想いを解き放つことになってしまったのか、遂に、典香の・・・裕行の姿となった典香の両の眼から、沸き立つように涙が溢れ出した。
今にも崩れ落ちそうになった典香の・・・裕行の身体の典香を、裕行は、慌てて典香の身体で抱きとめる。
小柄の典香の身体には、裕行の身体は、かなり重く苦しいものがあったが、裕行は、必死に力を込め、その身体を受け止めようとする。
しかし、それはやはり重い・・・必死に堪える中、次第に、苦しみのためか、意識が遠のくような感覚が押し寄せてくる。
(う・・・も、もうダメだ・・・)
遂に意識が、暗闇へと落ち込んでいく・・・



と、いきなり、身体にのしかかってくる重さがなくなった。
むしろ、誰かに身体を任せているような・・・
あれ?
裕行は、うっすらと目を開けた。
目の前に、必死に自分を抱き留めようとしている人物があった。
長い髪にヘアバンド、メガネ、そしてスカート・・・
それは、つい先ほどまで自分だった典香の姿だった。
「おい、典香・・・」
裕行の呼びかけに、典香は、ゆっくりと頭を上げた。
「・・・あれ・・・裕行?裕行だよね?」
「ああ、裕行だよ。おれ、裕行だって。」
「て、ことは元に戻れたの?」
「そうみたいだな。」
「ほんと?ほんとに?」
「いっただろ。すぐに元に戻れるって。」
「良かった・・・本当に良かった・・・」
安堵の余り、床に崩れ落ちる典香。
まあ、無理もない。
裕行自身、この瞬間にも膝の力が抜けてしまいそうだった。
「さあ、立って立って・・・夜も更ける前に帰らないとな・・・」
典香に手をさしのべる裕行。
「そだね。」
裕行の手を借りながら立ち上がる典香。
「家まで送ってくよ。」
「・・・ありがと・・・」
典香の家までの帰り道の最中、裕行は、不意に、その言葉を典香に投げかけた。
「さっき・・・このまま、元に戻れなくても、抱きしめてくれる護ってくれるっていったよな・・・」
「え・・・うん・・・」
身体の入れ替わっているという特殊すぎる状況下で、想わず吐いてしまった言葉とはいえ、今更、誤魔化すわけにもいかず、小さく頷く典香。
「・・・嬉しかったよ・・・もし、あのまま、元に戻れなくても、典香がそうしてくれるなら・・・」
「え・・・」
数秒後、裕行のいわんとする意味に気づき、典香の顔が桜色に染まる。
「そ、それって・・・」
「おっと、言葉にしないでくれよ。いくら心が典香だからって、自分の身体相手に抱き合ってキスしたなんて、ナルシー入ってるみたいで、自分でもい恥ずかしいんだからな。」
既に闇は深く、裕行の顔の色は確かめようがなかったが、今の典香にとって、それを無理に確かめる必要はなかった。
そして、典香は、確信した。
ちょっと、過程が変なことになってしまったけど、あのお呪いによって、自分の想いは、確かにかなったのだと。

後夜祭には何か起こりやすい 終


あとがき
ちょっと、遅くなってしまいましたが、久しぶりの時節ネタです。
体育祭にしろ学園祭にしろ、日常とはちょっと違う、こんなイベント、そしてその雰囲気が、人の想いに、なにかを遂げさせるきっかけを与えるということを主軸に書いてみました。
実は、構想自体は、かなり前からあったのですが、元よりの遅筆に加え、他の作品に浮気していたこともあり、すっかりUPが遅れてしまいました。
プロ志望のものとしては、もう少し、スケジュール的なことも考慮できるようにならないとと反省する次第です。

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