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−華代ちゃんシリーズ−

「ある昼下がりの少年」

作:神川綾乃


※ 「華代ちゃん」シリーズの詳細については、以下の公式ページを参照にしてください。

http://www7.plala.or.jp/mashiroyou/kayo_chan00.html




「あと、もう少ししか生きられないなんて………」
 中学生になったばかりの裕之は、個室病棟の一室、ブルーと白のストライプのパジャマをという姿で、ソファーに座っていた。
 そして、その視線の先には、真新しい学生服が掛けられている。
 本当なら、神奈川県内で最難関といわれて有名な私立男子中学に、この春から通学するはずだった。しかし、進学先もきまり、あとは小学校の卒業を残すだけとなった2月の中旬のある朝、彼は起きることが出来なくなっていた。

 若年性の進行癌と診断されたのは、それからまもなくの事である。
 若年性の進行癌は、成長期と重なるため、成人のそれよりも遙かに進行が早い。

 4月の下旬を過ぎ、まもなくカレンダーは新しく捲られようとしていた頃。

 もうそろそろ、一人で歩くことも出来そうになくなることを、彼は悟っていた。体を駆けめぐる痛みは、徐々にその周期を短くして訪れるようになってくることも、解っている。その度に注射されるモルヒネの為に、両腕の肘の部分は注射痕で傷が絶えなくなっていた。

 彼は、ふと思った。
 売店に出かける時に時々見かけることもある、同じ年頃の子供。平日なら、どこかの学校の制服を着ている姿を見かける。
 そして、決意する。
「僕も………一度くらいは………。」
 彼は、壁に掛けかけてあった新品の制服を手に取った。寸法の確認の為に、できあがってから一度しか袖を通していない制服からは、新しい服が持つ、独特な臭いがしていた。
 それからまもなくして、彼の姿は病院の近くを流れる川に整備された公園にあった。

 春の日差しを浴びて伸びる新緑の芝生の上は、心地よかった。彼にとって、それは随分と久しぶりに感じられた事だった。
「太陽って、あんなに眩しかったんだ………それに、芝生もやわらかくて気持ちいい………」
 小学校の高学年に入って、着ている制服の中学校に入学するために、勉強に励んでいた。スポーツも好きだったのに、それからは学校・塾・家で勉強という日々。そして、それから病院に入院。
 こうして、なんとなく外で過ごす時間が、少なすぎたのかも知れない。

 そして、何時の間にか、彼は春の日差しの心地よさからか、眠ってしまっていた。
 どのくらいの時間が経った頃だろうか。芝生の上で眠っている彼の顔を不思議そうにのぞき見する、一人の少女の姿があった。
「………ねぇねぇ、お兄さん?」
「………ん?」
「あ、やっと気がついたね、お兄さん?」
 優しいその瞳で見つめる少女の顔に、一瞬心のどこかが高鳴るような気がした。
「お兄さん、学校の制服着てるみたいだけど、こんなところで何をしているの?」
「はぁ?き、君こそどうしたのさ?」
 少女はどう見ても年下、小学校中学年くらいだろうか?
「私?私はね………」
 そう言うと、彼女は肩にかけた可愛らしいピンク色のポシェットから、何かを取り出した。
「はい、これ………お兄さんに。」
「え?」
 何かのカードのような紙を、彼女から手渡される。
「え………?”ココロとカラダの相談、お受けします。しんしろ………”ねえ、この最後の君の名前???」
『真城華代』という名前は、彼には少し難しかったのかも知れない。彼は、名刺にむけられた視線を少女に向ける。しかし、そこには誰もいない。
「あれ………あ………」
 その時だった。急に、彼の視界が暗くなる。病院を抜け出し、点滴もされなくなった彼は、貧血症状を起こしたようだった。



「先生、見つけましたーっ!!」
 芝生に横たわる少女のそばに膝をつき、彼女の容態を確認しながら、看護婦が病院に携帯で電話をする姿があったのは、それから1時間も経っていない、もうすこしで午後3時になろうとしていた頃だった。



「あ、あれ……………ここは?」
「裕美、いったいどうしてあんなところにいたの………」
 心配そうに、彼女の顔を見つめて話しかけたのは、彼女の母親だった。
「ここ………病院?」
「そうよ、病院よ。」
彼女の母親が、愛娘の髪を優しく撫で分ける。
「あ、えっ?」
 ”彼”は、今までにない感覚が体にあるのが解った。顔、耳、首筋ににかかる髪の毛、胸に何かを付けている感覚。
「裕美、どうしたの?頭を打ったようだって話しだから………?」
「えっ、えっ?母さん、いま僕のことなんて呼んだの?」
「裕美って呼んだわよ?当たり前じゃない?」
「えーーーっ、僕は裕之だよ!?」
「何を言ってるの?女の子が自分のことを僕なんて呼ぶものでは無いでしょ?やっぱり頭を打ったから、少し混乱でもしてるのかしら?先生?」
 母親と反対側に、医者が立っていた。が、いつもの医者とは違っていた。
「そうですねー、頭をぶつけたような後がありましたからね。たんこぶに成っているから問題では無いでしょうけど、一応調べておきますか?」
「お願いします。」
「はい、じゃ、検査の用意、しておきます。退院の方は、このままで。」
 そういうと、医者は個室病棟から出て行ってしまった。
「それにしても、駄目よ!もう、制服着て飛び出すなんて。今週には退院して、来週には学校行けるの解っていて、なんでこんなことしたの!?」
「………は………………」
「は………じゃないでしょう?新品の制服、汚したりしたら大変でしょう?スカートだって、皺になったら………全く………。」
 ”彼”は混乱していた。そして、その混乱した瞳で制服を掛けていた壁の方を見ると、そこには濃紺のセーラー服、胸には何かのエンブレムがついたものが掛けられていた。
「制服だって、高かったんだから………大切にしなさい?」
「は、はい………。」


 それから2週間後、山の手にある学校の校舎。
 なぜか、女の子になってしまっていたのである。
 彼が目指していた学校と違うところは、そこが県内最難関で有名な女子校であったこと、そして学校の校舎の前に、長い階段の通学路があることだった。
「永泉さん、この問題、黒板で解いてくださいね。」
 数学の授業、教師に指名されて、黒板の前に元気に立つその姿は、まぎれもなく彼女の姿であった。



「彼の病気は、男性独特の部位の癌だった訳で、だから女性にしてしまえば大丈夫って事。ま、初登校の日に足をくじらせちゃって入院したって事にしちゃえばいいわけだしー。」彼女の通う校庭で、一人少女の姿があった。

 その名は、真城華代−

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