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華代ちゃんシリーズ
「短縮」

作:原田聖也
(原案者:真城 悠)

*「華代ちゃん」シリーズの詳細については

http://ts.novels.jp/novel/kayo_chan/kayo_chan.html を参照して下さい。


 こんにちは。初めまして。私は真城華代と申します。

 最近は本当に心の寂しい人ばかり。そんな皆さんのために私は活動しています。まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、お悩みなどございましたら是非ともお申しつけ下さい。私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。どうぞお気軽にお申しつけ下さいませ。

 報酬ですか?いえ、お金は頂いておりません。お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

さて、今回のお客様は……






「ちっ!」
 男は舌打ちした。その顔には焦りの色が浮かんでいる。
「最悪だ!時間が無い!」
 男は洗面所に立ち、鏡を見ながら顔面にシェービングフォームを適当に塗ったくる。それが終わるとシェーバーを手にとり、それで顔をなでる。かなり乱雑な手つきだ。
(よりによって、大事な会議があるときに寝坊してしまうとは!!)
 ここはアパートの一室。一人暮らしをしている男は朝寝坊をしてしまった。原因は目覚し時計の電池切れ。会社に間に合うか否かというきわどい時間にかろうじて目覚めた彼は、慌てて支度に取りかかった。
 朝食は抜けば良い。だが、朝の支度で、ヒゲ剃りと髪のセットと着替えを外すわけにはいかない。その中で一番厄介なのはヒゲ剃りだ。ヒゲの濃い彼は毎朝のヒゲ剃りを欠かせない。もし、ヒゲ剃りを怠って出勤しようものなら――
(――女子社員……いや、同僚全員に嫌な目で見られるからな。それに、中途半端な不精ヒゲほど見苦しいものはないしな)
 彼は可能な限り急いで、シェーバーを持った手を働かせる。だが、作業は一向に、はかどらない。このあとには髪のセットと着替えが待っているのに。
(ヒゲが無ければ、もう少し支度が楽になるんだが……)
 彼は自分のヒゲを忌々しく思った

「おにーちゃんっ!!おっはよーっ!!」

「うわあぁっ!?」
 他に誰もいないはずの洗面所で、突然に男は背後から大声をかけられた。
 彼は驚き振り向く。
 その時、最悪の事態が彼を襲った!!
「うっ!!」
 彼が顔にあてていたシェーバーが、頬を横滑りしたのだ。
 横滑りは非常事態だ。彼の一生に関わる危機だ。
 彼は慌てて、シェーバーが横滑りの際に辿ったであろう頬の部分を、指で確認する。
「……切れてない。良かった」
 男は安堵の溜息を吐く。そして、自分の愛用していたシェーバーが安全な構造で良かったと、つくづく感じた。
「おにーちゃんっ!!おっはよーっ!!」
 シェーバーの仕組みに感心している男に、再び大声をかける者がいる。いやになるほど、すがすがしい大声だ。朝の子供情報バラエティ番組で是非とも採用して欲しいぐらいだ。
 男は視線を声のあった下方に向ける。そこには、彼の全く面識の無い小学校低学年程度のかわいらしい少女が、ちょこんと立っていた。
「何だ、じょうちゃん。“他人の家に勝手にあがっちゃいけない”って親や学校から教えてもらわなかったのかい?」
 男は怒気のこもった声で言い放つ。遅刻寸前であることと、子供に驚かされて横滑りの恐怖を味あわされたことが彼をいら立たせていたのだ。
 だが、少女は男のそんな態度は意に介さず、
「はい、これ」
 と、かわいらしい仕種でポシェットから取り出した小さな四角い紙切れを、屈託の無い笑顔で男に差し出す。彼はそれを泡まみれの手で受け取り、確認する。
 その紙切れには、

 ――ココロとカラダの悩み、お受けいたします。
                  真城華代――

 と書いてあった。
 紙切れを渡した少女は、
「セールスレディでございます」
 とペコリとお辞儀をし、ニッコリと微笑みかけてくる。どうやら、この紙切れは名刺らしい。
 男は苦笑する。
「あのな、じょうちゃん。悪いけど俺には子供の遊びにつき合っている暇は無いんだ。他をあたってくれ」
「“じょうちゃん”じゃないわよ。あたしの名前は“華代”」
「ああ、華代ちゃん。どーでも良いから、早く出てってくれ」
 男は少女に“あっちへ行け”のジェスチャーをしてから、ヒゲ剃りの続きを始める。少女のせいで余計な時間を費やしてしまった。
「おにーちゃん、困っていることがあるんでしょう?」
 少女は男の冷たい態度を受けても引き下がらない。
「あたしに話してよぉ」
 甘えるような口調で食い下がってくる。男は少女の言葉を無視してヒゲ剃りを続ける。
「……ねぇ、力になってあげるからぁ」
 少女は男のズボンを引っ張ってくる。男はしつこい少女にうんざりした。
 だが、さすがに幼い少女を怒鳴りつけるわけにはいかない。こんなところで子供に泣き叫ばれた日には、近所で悪い評判が立ってしまう。
(適当にあしらうしかないな……)
「分かったよ。確かに俺は困ってるよ」
 男は手を一旦休め、かがんで少女と向き合う。
「うんうん。やっぱりね」
 少女は表情をキラキラと輝かせて、男の話に耳を傾けてきた。
「今、俺は遅刻をするかしないかの瀬戸際なんだ。この面倒なヒゲ剃りを早いところ済ませて、急いで残りの支度をしなきゃならない。分かるかい?」
(……だから、邪魔なオマエに早いところ出ていって欲しいんだ)
 男は遠回しな言い方で“消えろ”と少女を促す。それを聞いた少女は、
「うん、分かった。それならお安い御用よ。まかせてちょーだい!」
 と、自らの胸を小さな手でポンと叩いて、とびっきりの笑顔を見せてくる。
 男は、それを見て『意外と上手くいったな』とほくそえみ、立ち上がって再び鏡に向かう。そして、
「それじゃあ、頼んだよ」
(……早く、いなくなってくれ)
 とヒゲ剃りを再開する。
「はーい!」
 少女は、今時の子供には珍しく、とても気持ちの良い返事をした。その直後、

(な、何だ!?)
 男の見ている前で、鏡に写った彼自身の顔に異変が起こる。
 まず、顔の彫りが緩やかになり、あごが細くなる。続いて、眼はパッチリとした二重になり、鼻は綺麗に整った形を成し、唇は小ぶりで柔らかそうなつやのある膨らみになる。そして、肌はきめが細かく美しい白色のものに変わっていく。剃りかけだったヒゲは、彼の顔から消滅していた。
(こ、これは――)
 女の顔だ。彼の顔は、あっという間に女のそれに変わっていた。――いや、顔だけではない。髪は長くつややかな黒髪に変わり、体格は一回りほど小さくなっていった。
 男は慌てて自分の身体を見回す。色白で繊細な手、細い腕、シャツ越しに見える胸の膨らみ……彼の視界に入ってきたのは、全て女の身体だ。
「……ど、どうなっているんだ?」
 やっとのことで彼が喉から絞り出した声も、女の高く澄んだ声だった。
 鏡の前で愕然としている“男だった女”のそばで、少女は言う。
「えーと、次は身支度ね。一番、手っ取り早いのは――」



「――うんうん。これで支度はカンペキね。おにーちゃん、今すぐ出れば、充分間に合うよ。それじゃ!」
 少女は満足げな笑顔で言うと、“男だった女”の部屋を軽快な足取りで出て行く。
 部屋に残されたのは、呆然と突っ立った一人の女。
 その姿は誰がどう見ても“制服を着た女子社員”だった。






 はい!今日もバッチリ!依頼人の悩みを見事に解決することができました。
 女になってしまえば、面倒なヒゲ剃りの手間が省けて、毎日の身支度にかかる時間も短縮できるってわけです。うーん、我ながら素晴らしいアイデア。これで遅刻の心配も解消!!
 でも、今回の依頼人、翌日から会社に遅刻しまくっているそうです。何故でしょう?
 まあ、いっか。えへっ。

 何か困ったことがありましたら、何なりとお申しつけ下さい。今度はあなたの街にお邪魔するかも知れません。

 それではまた。





あとがき 『華代ちゃんがいっぱい』

 どうも、“華代ちゃんワールド”の拡大に感激のあまり涙している原田です。
 今回からタイトルの『拾遺』を封印させていただきました。
 前回の『固茹』があまりに冗長な内容でしたので、今回は予告通り短くストレート(私の場合はナチュラルにカーブしていたりして)な不条理にチャレンジしました。それで『短縮』です。元のタイトルは『髭剃』(笑)。
 本当は「誰かが必ずやるに違いない」と思っていたネタなのですが、誰も使う気配が無かったので、書いてしまいました。早いもの勝ちです。
 ところで、今回の華代ちゃんの性格が妙に子供っぽいような気がしますが、「こんな華代ちゃんもありかな」ってことで、どうか気にしないでやってください。
 これからも精進して、本家こと真城悠さんや世界60億人(?)の華代ちゃんファンが納得してくださるような作品を書けるように心がけるしだいであります。

 それではまた。

 あ、また依頼人に名前をつけてない(汗)。


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