スキャンダル

作:矢治浩平
(原案者:真城 悠)



*「華代ちゃん」シリーズの詳細については

http://www.yasuragi.or.jp/~issay/novel/kayo_chan/kayo_chan.htmlを参照して下さい



 こんにちは。初めまして。私は真城華代と申します。

 最近は本当に心の寂しい人ばかり。そんな皆さんの為に私は活動しています。まだまだ未熟ですけれども、たまたま私が通りかかりましたとき、お悩みなどございましたら是非ともお申しつけ下さい。私に出来る範囲で依頼人の方のお悩みを露散させてご覧に入れましょう。どうぞお気軽にお申しつけ下さいませ。

 報酬ですか?いえ。お金は頂いておりません。お客様が満足頂ければ、それが何よりの報酬でございます。

 さて、今回のお客様は――
 夜になっても街の明かりは消えることを知らない。もう、誰もが寝静まっている時間であるというのに、マンションの一室のドアが開いた。出てきたのは男。そして、ドアから顔を出していた女性。そして、丁度二人の顔が出てきたところで、フラッシュが炊かれた。
 出てきた男の名前は黒川夏樹という。中から顔を出したのは、中里あずさ。職業はともに俳優。いわゆる芸能人という奴だ。ドラマの収録が終わり、打ち上げをした後、夏樹はあずさを彼女のマンションまで送ってきたのだ。酔っ払っていたあずさを放っておくことは出来なかった。
 タクシーで送り届けた後、夏樹はそのままタクシーに乗って帰ってしまうつもりだったが、あずさの誘いに乗ってしまったのが間違いだった。暗視カメラによりあずさのマンションに入るところは、すでに写真に撮られていた。
 そして今、夏樹がマンションに入ってから数時間が過ぎた証拠写真を、撮られたのである。初めは彼には何が怒ったのか理解出来なかったが、ほどなくして、自分の俳優生命を危うくする危機が訪れていることを悟った。
 事務所のソファで、一冊の雑誌を夏樹は突きつけられていた。
「なんなのよ、これは!」
マネージャーの激しい声が夏樹に飛んだ。
「熱愛?!二人の深夜デート」
そういうタイトルで、いきなりフラッシュを炊かれて唖然としている二人の写真がそこには掲載されていた。
「これは本当なの?」
事実ではないが、一面の真実を突いていることは確かである。それまで、ただの共演者としての意識しかなかったが、あずさのことを魅力的な女性だと思っていたはし、酔っていた弾みもあったが、ふらふらと彼女の誘いに乗ったことも事実だ。あさはかだっと言われればそうだというしかない。
 無言で黙り込んでいる黒川を見て、マネージャーはさらに苛立ちを増し加えさせていた。
「何とか言ったらどうなのよ」
なおも夏樹は無言だった。
「とにかく、事態はとても悪くなってるの!分かる?実は熱愛じゃなくて、ただ行きずりで関係を持っただけじゃないか、っていう観測すら現れているのよ!こっちとしたら、傷口は最小限に押さえたいの!わかる?」
しかし、その声は夏樹には聞こえていなかった。彼はすでに腹を括っていた。もう自分は駄目だ。芸能界は自分には分不相応すぎたのだ。マネージャーには悪いが、ここが引き際というものだろう。
 まだ黙秘を続ける夏樹に、マネージャーは夏樹に対する怒りも消え失せた。
「もういいわ。こっちで適当に言いつくろっておくから、あなたは黙ってなさい。ピンチをチャンスに変えるのが、マネージャーの腕の見せ所よ!」
彼女はほとんどやぶれかぶれで、夏樹を置いて出ていった。
 夏樹はまだ事務所のソファに座ったままじっとしていた。ちょうど今日はオフの日で、ゆっくり体を休めようと思っていたのだが、スキャンダル騒ぎでそうもいかない。緊急記者会見が開かれることは間違いないだろうし、そこでマスコミは自分をよってたかって叩くのだろう。
 ようやく人気も出てきて軌道に乗って来たというのに、とんだ災難だった。長い下積み生活からようやく脱出できるかと信じていたのに。
「お困りのようですね」
声が聞こえてきた。きょろきょろと見渡すが、声の主は見当たらない。
「あ、こっちです、こっち」
ふっと見ると、小学生ぐらいの少女が、自分の顔を見上げていた。まさか子供だとは思わなかったので、澪としていたのだ。
「ああ、俺ももう終わりだ。せっかくここまで這い上がってきたのに」
「よかったら、詳しい話を私にして頂けませんか?」
夏樹はあからさまに難色を示した。スキャンダル騒ぎで、疑心暗鬼になっている彼に、正直にありのままを話せと言っても無理があるだろう。
「あ、そうそう、自己紹介がまだでしたね。わたしこういうものなんです」
彼女は名刺入れから、名刺を取り出した。
――ココロとカラダの悩み、お受け致します。<
               真城 華代――
ウチのプロダクションの、新手の子役かなんかか?
疑惑の目を夏樹は華代に向けた。可愛らしい顔をしているが、実はゴシップ誌の作戦かもしれない。よりセンセーショナルな情報を俺から仕入れようと思っているのかも。
「そんなことしませんよー、秘密厳守がご希望のようなので、お客様についてはちゃんと秘密はお守りしますよ!」
華代は夏樹の手を取って、そう言った。その屈託のない笑顔に、邪気の無さを感じ取ったのか、夏樹は正直に、事の次第を話した。ただし、相手はお子様なので、話の内容は適当にぼかしてある。
「なんだ、そんなことですか」
何と華代は安堵の声を漏らした。
「だったら解決策はありますよ。私にまかせていただけませんか?」
「君に?」
「要するに、今後も俳優を続けられたらいいんでしょう?」
「まあ、そうだけど」
「ちょっと目をつぶっていただけますか?」
妙なことを華代は言った。
「こうかい?」
目をつぶったまま、夏樹は尋ねた。
「結構です。では目を開けて下さい」
確かにそう聞こえてから目を開けたのに、華代の姿はもうなかった。
 そうすると、マネージャーは夏樹の前に現れた。
「ぼうっとしてないで、早く支度なさい!緊急の記者会見を開くわよ!あなたは何聞かれても黙ってるのよ。あんたの女優生命がかかってるんだからね!」
夏樹はコンパクトをハンドバッグから取り出し、化粧を直し始めた。

 人気女優、黒川夏樹の記者会見が行われたのは、太陽がそろそろ沈もうか、という時刻だった。会見席にはゴシップを追う多くの記者が詰め掛けており、騒然としていた。そして会場の隅っこの方には、不安そうな顔をした場違いな少女が一人。
「以前から、同性愛の関係がささやかれていましたが、肯定なさるわけですか?」
ある記者がストレートに尋ねた。
「そのような事実はありません」
マネージャーが、毅然とした態度で答えた。
「でも、黒川さんにはいろいろな噂が流れていますよねえ。収録中にも、女性に熱い視線を送っていたですとか、女性の体を触っていたりした、などという証言もありますが?」
「今回の件は、酔いつぶれた中里さんの具合が思ったよりつらそうだったので、介抱に時間がかかっただけです」
不敵な笑いが記者席にこだまする。
「介抱に何時間もかかるもんんですかねえ。別のことをしていたんじゃないですか?」
夏樹は両手で顔を覆ったが、マネージャーは夏樹の方をジロっとみた。
──あんたがいつもちゃんとしてないから、こんなことになるんでしょうが
そう訴えかけているようである。 「マネージャーさんも、実は関係を持ったことがあるんじゃないですか?」
「なっ!」
赤くなったマネージャーに対し、記者席からドッと笑い声が聞こえてきた。

 なんだかよく分からないうちに俺の同性愛騒ぎは芸能界特有の一過性の事件で終わってしまい、俺は無事に俳優を続けることが出来た。気がつけば、滅法美人の女優になっていたのだが、ま、男優だろうが女優だろうが芝居ができることには変わりない。むしろ、男性から見た女性像を意識できる分、ウケはいいようだ。あの少女に感謝しなければならないかもしれない。
「あ、夏樹ちゃん」
プロデューサーが俺に話し掛けてきた。ここは、商売。笑って笑って…
「なんですか?」
愛想笑いも慣れてきた。
「今度のカラミのシーン、大丈夫?」
「は?」
俺の営業スマイルは凍り付いた。
「は?じゃないでしょ。台本に書いてあったでしょうが」
「あの、もしかしてキスしたりとか、抱き合ったりとか、体を触られたりとかするんですか?」
「当たり前じゃないの。今更何いってんの?相手はあの滝川順二。いきなり大物と共演なんて、夏樹ちゃんも運がいいよね」
──あんのエロジジィ…
 これから自分の身に起こる災難に、不安を募らせていた。


 今回はあんまりお役に立てませんでしたね。
 女に変えちゃえば、そういう関係には見られないと思ったんですけど、芸能界って怖いですね。でも、すぐにこの噂、消えちゃったみたいで、夏樹さんの女優生命、なんともなかったみたいなんです。よかったよかった。
 今度はちゃんとお仕事しますから、悩み事がありましたら、私に打ち明けて下さいね。では、失礼いたしま〜す。

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