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 朝、目がさめて最初に頭に浮かんだのは、やっぱり自分の身体のことだった。
 あきらめの中に、ほんのわずかの期待をこめて、布団の中でパジャマの上から胸元にそっと手を当ててみる。

「うっ」

 手のひらを押し返す柔らかな丸い膨らみに、ベッドの中で天井を見上げたまま、ため息をつく。
 同時に下腹部へと空いた手を差し伸べ、今まで慣れ親しんでいたものがなくなっていることを、改めて認識する。

「はあぁ――」

 身を起こし、寝乱れた髪に顔をしかめ、首を振ってうざったげにそれを払うと、のろのろとベッドから出て立ち上がる。

「…………」

 そばにある姿見に映ったのは、ゆったりしたオレンジ色のパジャマを着た、小柄な少女の姿。
 きめの細かい肌、ぱっちりした目、さくらんぼのようなくちびる、すっきりした顎のライン。
 パジャマは丸襟でボタンが大きく、袖や裾に折り返しなんかがある、シンプルだけど可愛らしいデザインのもの。母親はネグリジェを用意してくれたのだが、さすがに恥ずかしいのでかたくなに抵抗し、今はこれで妥協(?)してもらっている。
 でも似合っている……今の自分には似合い過ぎているほど似合っている、のだが――

「なんで、こんなことに……」

 あの日以来、こうして何度同じセリフをつぶやいただろう。
 鏡の中の美少女は、その顔に似合わない引きつった表情を浮かべてこっちを見返してきた。




― アンデスメロンは、アンデス原産じゃない。の続き 赤の章 ―

フレンチトーストは、

フレンチ(フランス料理)じゃない。

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−1−

 夏休みの登校日。真夏の太陽があたりに容赦なく照りつけ、アスファルトの輻射熱で体感温度がさらに上昇する。
 陽炎が立ちのぼるそんな通学路を、三人の高校生が暑さに文句垂れながら、だらだらと歩いていた。

「……ったく、いつまで続くのよ? このクソ暑いの……」

 菅野由奈(かんの・ゆな)はそうつぶやくと、カバンを持ち替え、空いた右手でぱたぱたと顔をあおいだ。
 髪をポニーテールにした活発な印象の女の子なのだが、勝気そうなその顔も猛暑にすっかりだれきっている。
「んじゃさ、こないだ駅前ビルにできたアクアリゾートに遊びに行かないか? ちょうど親父の得意先から無料券三枚もらってんだ」
「へぇ、いいわねぇ。……ねえ、彼方(かなた)も一緒に行こうよ?」
 並んで歩いていた背の高い少年――濱澤亮介(はまざわ・りょうすけ)の提案に相好を崩すと、由奈はうしろにいたもうひとりに問いかけた。
「あ、ああ……そ、そうだね、次の日曜日にでも――」
 「彼方」と呼ばれたその男子生徒は、一瞬しどろもどろになり、眼鏡の奥の目を細めてぎこちない笑みを浮かべた。
 いかにもスポーツマンタイプな亮介と違って、優しげな顔立ちの “癒し系” な少年である。
「決まりねっ。……いやぁ、今年の夏休みは部活と補習ばっかで、海とか行ってなかったからね〜」
「んなこと胸はってエラそうに言うなよ由奈っ。普段からちゃんと勉強してりゃ、夏休みの半分まるまる補習で潰さなくて済んだんだ」
「なによぉっ。亮介だって七月は授業中、ずっと居眠ってたくせにっ」
「あはは、そうだっけ?」
「もうっ。彼方もなんか言ってやってよっ、こいつに」
「……え? あ……ま、まあ、暑くてちゃんと寝れてないのは、みんな一緒だし――」
 適当にそう答えて、彼方は無意識に視線を外した。
 呉内(くれない)彼方、菅野由奈、濱澤亮介の三人は、小、中、高校と同じ学校に通う、いわゆる「腐れ縁の幼なじみ」である。
 家も近所だし、親同士の仲もよく、いつも三人一緒にいることが当たり前だった。
 余計なひと言もあるけど、活発で即時即断、クラスでも牽引役の由奈。ちょっとお調子者だがスポーツ万能で、それ以外もそつなくこなす亮介。
 そして、毎回突っ走り気味になるふたりのストッパー役を自認する彼方。
 互いに互いの欠点を補い合い、三人は今までずっと仲良く、うまくやってきた。
 だけど――
「…………」
 前を歩く由奈と亮介の背中を見つめながら、彼方は少し悲しげな、居心地の悪そうな表情を浮かべた。
 今年の春に同じ高校へ進学して喜び合ったのに、今は時々ふたりから取り残されたような気持ちになることがある。
 いつからだろう? 由奈と亮介が付き合っているという噂が、クラスの中で流れだした頃からかもしれない。クラスの人気者である由奈と、自分より男らしくて頼りがいのある亮介……確かにお似合いだろう。
「もうっ、彼方ってば最近ノリ悪過ぎっ」
「そ――そうか、な?」
「お〜い由奈っ、暑いからって彼方に当たるなよ〜」
「う〜っ」
 自分は「お邪魔虫」なのかも……流れる汗にワイシャツの襟元を引っぱりながら、彼方はふたりから目をそらし、ふと空を見上げた。
 そして、驚きに目を見開いた。
「……!?」
 遠くの空から、赤い光の球が自分たちに向かって、音も立てずに一直線に飛んで…………いや、落ちてくる!?
 こっちを向いている由奈と亮介は、そのことに気がついていない。

 ――何? えっ? 隕石? ミサイル? UFO? ……いや、そうじゃなくて…………っ!! 「危ないっ!!」

 叫んだ瞬間、身体が動いていた。
「きゃっ!!」 「なっ……何すんだいきな――かっ、彼方あああっ!?」

 突きとばされた由奈と亮介が顔を上げて見たのは、赤く輝く光球に直撃され、その閃光の中に包み込まれていく彼方の姿だった……



 ……………………………………………………………………………………
 …………………………………………
 ……………………
 …………
 ……目を開けると、何処かで見たような天井だった。
「あっ、気がついた」
「彼方っ、大丈夫っ!?」
 顔を覗き込んできた由奈と、白衣姿の女性に、ここが学校の保健室だと気付く。
「あ……僕、いったい――」
 ベッドに寝かされていた彼方はあわてて身を起こそうとしたが、女性――保健医の野崎(のざき)先生にやんわりと押し止められた。
「まだ寝てなさい呉内くん。菅野さんと濱澤くんは『立ちくらみ』だって言ってたけど、熱射病かもしれないわ。安静第一よ」
 有無を言わせぬその口調に、肩の力を抜いて再びベッドに横たわる。
 どうやら気絶した自分を、由奈と亮介が学校へ連れ帰り、ここへ運んでくれたらしい。
 ……と、そこで彼方はあることに気付いた。立ちくらみ? いや、そ、そんなんじゃなくて――

「そんなんじゃなくて……どうしたんだ? 彼方っ」

 無意識に口に出していたらしい。保健室の入り口から聞こえてきた声に振り返ると、カバンを手に入ってきた亮介と視線が合った。
「道に置きっぱなしだったから拾ってきた。……お〜、やっぱ保健室はエアコン効いてて涼しいね〜っ」
 そう言いながらベッドの脇にカバンを置くと、亮介は身をかがめて彼方の耳元へ口を近づけた。「……空から落ちてきた赤い球にぶつかった、なんて誰が信じる? ここは話合わせとけ」
「け、けど……」
 確かに彼方の知る限り、そんな目にあった人物といえばCSで見た古い特撮ものの某隊員くらいだが(笑)。
「あとでパパに頼んで、ちゃんと身体調べてもらうから。だから落ち着いて」
 ベッドを挟んで反対側にしゃがみこんだ由奈が、小声でそう耳打ちした。彼女の父親は大学病院に勤めている医師だ。
「それと……ありがとね、彼方」
「…………」
 彼方は一瞬照れたような表情を浮かべ、肩の力を抜くと、顔を天井に向けた。
 そして思う。なんだったのだろう? あの赤い光の球は……
(あとで聞かされるのだが、彼方がその光に包まれていたのはほんの十数秒ほどで、光球はすぐに跡形もなく消失してしまったそうだ)
 身体は少しだるいが、何処かケガしているというわけでもなく、頭痛なんかもない。
 あの時、由奈と亮介をあわてて突きとばし……次の瞬間、目の前が真っ赤になって――
「……?」
 ふと、胸に違和感をおぼえた。「……痛っ!」
 反射的に胸へ手をやり、そこから伝わる鋭い痛みに、彼方は思わず声を上げて跳ね起きた。
「どうしたのっ? 彼方っ」
「ふむ? しこりがあるわ。……呉内くん、あなたまさか女性ホルモンとか飲んでないでしょうね?」
「……!?」
 胸を触診した野崎先生に、一瞬「何それ?」といった表情を浮かべ、顔を赤らめてぶんぶんと首を振る。
「そうよね……一介の高校生がそう気軽に手に入れられるわけでもないし」
「当たり前ですっ。何処ぞのWeb小説じゃないん、だ……し…………」
 憮然とした口調でそう言いかけ、突然ぞくりっ――とした悪寒をおぼえて、彼方は両肩をかきいだいた。
 そして、次の瞬間、

 ぼんっ――!! 「……ぅうわっ!?」「なっ、なんだっ!?」「か、彼方ぁっ!?」「こ――これは……?」

 彼方の胸が、まるで息を一気に吹き込んだ風船のように、丸く膨れ上がった。
 膨らんだ胸に弾きとばされたように両腕を広げ、驚きの視線がそこに集中する。
「か、彼方……」「そ、それって、まさか――」
「むっ、胸がっ!? 僕の胸――っ……ぐあああっ!?」
 ワイシャツの胸元を押し上げる膨らみに仰天する間もなく、今度は下腹の内側――身体の中をぐるぐるとかき混ぜられるような感覚をおぼえ、彼方はベッドの上で身体をくの字に曲げた。
 全身の毛穴から脂汗が一気に吹き出し、顔を歪める。
「ぐっ……ぎゃああああああああっ!!」
「「彼方っ!!」」「呉内くんっ!!」
 さらに全身の骨がぎしぎしと歪められるような、身体全体をねじられるような強烈な痛みが襲いかかり、身体をのけぞらせてのたうち回る。
「かっ――菅野さんっ、濱澤くんっ、身体押さえてっ!」
「はっ、はいっ!!」
……があああっ!! ……ぁぐああああああっ!!」
「彼方っ、落ち着けっ! 暴れるなっ! しっかりしろっ! ……彼方ぁっ!!」
 由奈と亮介に両腕を押さえつけられ、脚をばたばたさせて苦しげに首を振る彼方の口に、野崎先生がガーゼを押し込んだ。


−2−

 連絡を受けて駆けつけた母親(彼方の家は母子家庭)に付き添われ、彼方は大学病院に搬送された。
 救急車から下ろされ、ストレッチャーでICU(集中治療室)に運び込まれる。鎮痛剤を打たれ、検査機器に寝かされて……その間も彼方の身体は、刻々と変化していった。
 ぎしぎし、みしみしと音を立てるかのように骨格が歪み、体型が、顔付きが変わっていく。
 苦しげに身体をねじるたびに、手足が細く、しなやかになっていく。
 体毛がぱらぱらと抜け落ちると同時に、皮膚が……いや、肌がきめ細かくなっていく。
 時々苦しげにうめく声も、か細く、甲高くなっていく。
 そして――

「そ……そんな馬鹿なっ。ありえないっ」

 CTスキャンのモニターを凝視していた由奈の父親――菅野医師が驚愕に目を見開き、絞り出すようにつぶやいた。
「どうしたのパパっ!? 彼方にいったい何が起きてるのっ!?」
 その口調にただならぬものを感じ、由奈は父親に問いかけた。
「…………」
 菅野医師は首を振ると、目頭を押さえて大きく息を吐いた。
 目の前で進行するあまりにも非常識な現象に、理性と常識がそれを言葉として説明するのを押しとどめているかのようだった。
「か――彼方……」
 彼方の母親――晴香(はるか)は真っ青な顔をして、検査台に横たわった息子をガラス越しに見つめている。
 視線の先で、刻々と変化していくその身体。短く刈り込んでいた髪が傍目にも分かるほど伸び、身じろぐたびに身体つきが変わっていく。
 検査服の下でウェストがくびれ、腰回りやお尻、ふとももにむっちりと肉がつき、身体全体が丸みを帯びて――
「……信じられないことだが、彼方くんのおなかの中に、子宮が形成され始めている」
 沈黙に耐えきれなくなったのか、菅野医師が重い口を開いた。「それと同時に男性器の萎縮と消失が急速に進行している。骨格、内臓の位置、筋肉や脂肪のつき方、それら全てが……女性のそれに、次々と置き換わっていってる……」
 父親のその言葉に、由奈は惚けたように「嘘……」とつぶやいた。
 変化の原因は全く不明――いや、由奈と亮介の話に出てきた「赤い光球」というのがその原因なのだろうが……
「それと、血液検査の際に細胞中の遺伝子も調べるよう言っておいたんだが、今の彼方くんの性染色体はXX。Y染色体は影も形もなかった……これほどまでの急激な変化、それも遺伝子マトリクス(配列)から変わってしまうなんて、医学的――いや、生物学的にもありえない現象だ……」
 信じられない。信じられないが……では、今、目の前で起こっているのはなんだ?
 堰を斬ったようにそう説明すると、菅野医師は天井を見上げた。
「これはもはや……オカルトの領域かもしれん」
 医者の言うことじゃないな、と思いつつ、そうとしか言いようがない。
「そ、それじゃあ彼方は……うちの息子は……」
「彼方はいったいどうなっちゃうのよっ!? パパっ」
 くちびるをわななかせ、晴香が菅野医師に問いかけた。由奈の悲鳴染みた叫び声が、それに重なる。
「…………」
 沈黙が再び、あたりを支配した。
 皆、答えは既に分かっている。だが最後に残った良識のかけらが、それを理解するのをためらわせていた。
「先生、晴香さん、由奈……彼方の奴、落ち着いたみたい、です――」
 病院に来てからずっと黙り込んでいた亮介が、そこで初めて口を開いた。晴香と由奈、菅野医師はあわててガラス窓に駆け寄った。
 検査機器に横たわる彼方――いや、“だった” 少女は皆の見ている中、静かに寝息を立てていた。



 夏休みも後半に入り、生徒たちがそろそろ退屈を囲い出す、そんな頃――
「よっ、元気そうだな、彼方」
「亮介……」
 大学病院での検査を終えて自宅に戻った彼方の元を、亮介が見舞いに訪れた。
 手にはコンビニで買ってきた飲み物とお菓子。
 部屋のベッドの端に腰掛けてこちらを見つめてくる親友の姿を見て、かすかに笑みを浮かべる。
「結構似合ってるじゃないか、それ」
「あ、いや、これは、その……今日、検査だった、から……」
 そう言って、顔を赤らめ身をすくめる彼方。くせのない柔らかな黒髪が、薄い水色のワンピースと相まって、とても愛らしい。
 普段は男の頃の服――サイズが合わなくなった綿シャツとかジーンズとかを無理して着ているのだが、外出する時はさすがにそんなだぶついた格好ではまずい……ということで、母親が用意した女物の服をしぶしぶ身に着けている。
 ちなみに下着は早い段階で女物になった(された)。こればかりは、意地張って男物を着け続けるわけにもいかなかった。
 肩を越えて伸びた髪は「長くてうっとうしい」とゴネて、美容師をやっている母親にカットしてもらったのだが、妙に可愛らしくされてしまっている。
「まあまあ……えっと、これでいいか?」
「あ、ありがと……」
 彼方は差し出された紅茶のペットボトルを受け取った。亮介も袋の中から自分の分を取り出し、袋を足元に置くと、彼方の隣に腰を下ろした。
 彼――彼女のふっくらした胸元に視線がいってしまい、顔を赤らめ、目をそらす。
 一方、彼方の方はまだまだ「異性」としての自覚がないのか、そんな亮介の様子にきょとんとした表情を浮かべ……同じように顔を赤くした。
「あっ、えっ……と、と――ところで由奈は?」
「き、今日も補習。……よ、よろしく言っといてくれって、さ」
「うん……」
 つぶやくその声も、鈴のようにころころと響く少女の声。今の彼方に、元の……男だった頃の面影は、わずかにしか残っていない。
 長い睫毛に覆われたつぶらな瞳、実際より幼く見える優しげな丸顔、華奢な肩からすらりと伸びた、細い腕――
「…………」
 彼方の横顔をちらちらとうかがっていた亮介は、あわてて我に返ると、照れ隠しにペットボトルを口に運んだ。「……ま、まあ、そういう格好が少しでもできるようになったってことはさ、それだけ気持ちが落ち着いたってこと、だよなっ」
「そう……なのかな……?」
 小首をかしげる彼方。
 思い返す。自分が自分でなくなってしまった――性別が変わってしまった時のことを。
 胸の膨らみに驚き、男性器の消失に奇声を上げてわめきちらし、顔を映した手鏡を「これは僕じゃないっ!」と叫んで壁に叩きつけ、ずっと泣き続けたかと思うと突然暴れ出したり、そうかと思えばただただベッドの上で無表情にぼーっとし続けたり、急に自傷行為を繰り返したり……自分の乳房を引きちぎろうとして果物ナイフを振り回し、はがい締めにされて泣き叫んだ時は、あやうく母親にケガをさせてしまうところだった。
「けど、いつまでもそうやって逃げてても、もう元には戻らないって言われたし……少しずつ、今の自分を受け入れなきゃって――」
 彼方はそういうと、ペットボトルに口をつけた。「……それに亮介や由奈、母さんにこれ以上心配かけたくなかったから」
「晴香さんは喜んでたみたいだったけど……」
 苦笑とともに、ぼそりとつぶやく亮介。彼方の母親は、結局「原因不明、男性に戻る兆候なし」と診断されて退院してきた元息子をそのままデパートに連れていき、早速着せ替え人形にしていた――由奈と一緒に付き合わされたのだから間違いない。
「…………」
 「母さん娘が欲しかったのよ〜♪」などとはしゃぎながら、試着室に服を取っ替え引っかえ持ってきた時の笑顔を、彼方はふと思い出した。

☆ ワンピース姿の彼方くん♪ ☆
「あ、いや、これは、その……今日、検査だった、から……」 …………………………………………

「えっと、むっ、無理して明るく振る舞ってくれてたんだ……多分、僕がこれ以上落ち込まないように、わざとそうしてるんだよ」
「…………」
 軽くため息をつく亮介。
 いいや、あれは「娘」ができて心底喜んでいたように見えたぞ――とも思ったが、ここは口には出さないでおく。
「でもさ、今でも朝、目が覚めたら思うんだ。胸がへこんでアレが生えてきて……元に戻ってんじゃないかな、って」
「彼方……」
 細い指先で頬を掻きながら苦笑する少女に、亮介は目を瞬かせた。
「……強いな、お前」
「強い?」
「ああ、もし俺が彼方の立場だったら、たぶん耐えられないか、早々にあきらめちまってるかと思う――」
 そう答えると、亮介はわざとらしく自分の肩を抱いて震える素振りをした。「ははは……やべっ、あのとき彼方に突き飛ばしてもらってなきゃ、マジでそーなってたかもしれんっ」
「…………」
 おどけたようにそう言って、笑みを浮かべる亮介。彼方もそれにつられるように眼鏡の奥の目を細め、顔をほころばせた。
「じゃあ、その時は僕が支えてあげるよ、亮介を」
「なら今は俺に支えさせろよ、彼方。……無理なんかすんな」

「亮介……」

 彼方は瞳を潤ませ、目の裏側で涙をこらえた。
 ううっ、女の子になって涙腺が緩くなったみたいだ……照れ隠しに、ペットボトルの中身を一気に飲み干す。
 でも、こいつは男の時と変わらずに、ずっと友だちでいてくれる……
 だけど亮介は、突然真剣な表情を浮かべて彼方に向き直り、その顔をじっと見つめてきた。
 そして――

「彼方……俺、お前のこと――女の子としてのお前が好きになった」
「え……?」

 いきなりの告白に、彼方の思考がフリーズした。
 沈黙に支配された部屋に、つけっぱなしのテレビから高校野球の歓声が聞こえてきた。
 画面の中では長い髪をポニーテールにしたチアガールが、溌剌とした表情を浮かべて選手たちを応援している――
「俺、あの日、病院で女の子に変わっていくお前を見ていて、どきどきしてしまったんだ……」
「え、あ、あのっ」
「へ、変なのは……分かってる。けど、あの日から、寝てもさめてもお前のことしか考えられなくなってしまったんだ、彼方……」
「ちょっ、おいっ、亮介っ、おまっ――」
 思わず腰を浮かせてあとずさる彼方。それとは逆に、亮介はじりじりとにじり寄ってくる。
「俺はお前のそばにいたい。そばにいて、ずっと……ずっとお前を守っていきたい」
「まままま待て待て亮介っ、ぼほぼっ、僕は男――」
「でも今は女だろ? 二学期が始まるまでに戸籍変更するって」
「それとこれとは関係ないっ。だいたい由奈はどうするんだよっ? 付き合ってるんだろっ!?」
「由奈? なんで俺とあいつが?」
 一転、きょとんとする亮介。「……あいつには、他に好きなヤツがいるみたいだせ」
「は……?」
 彼方の目も点になった。ころころと変わる表情が可愛らしい。
 ふっと肩の力を抜き、亮介はベッドから立ち上がった。「わりい……急(せ)き過ぎたみたいだ」
「亮介……」
「けどな……お前のこと、ずっと守りたいって気持ちは本気なんだ」
 そして、照れくさそうに頭に手をやった。「今は自分のことでいっぱいいっぱいかもしれないけど、俺がお前のこと、そう思ってることだけは知っておいて……ほしい」
「ずるいよ……亮介。そんな言い方――」
 こちらも照れくさそうに、笑みを浮かべる彼方。亮介はいつもの呑気そうな表情に戻り、肩をすくめた。
「そうか? ほんとにずるかったら、今ここで彼方のこと押し倒してヤッちゃってると思うけど――」
「な……っ!?」
「ほら、TSっ娘(こ)はエッチしたら完全に女性化して、身体を許した男なしでは生きていけなくなるとかなんとかぐべっ!!」
「……何処のWeb小説だっ!? 何処のっ!?」
 彼方は顔を真っ赤にして、亮介の顔にカラッポのペットボトルを投げつけた。


−3−

 夏休みもあとわずかとなった、ある日――
 彼方、亮介、由奈の三人は、彼方の「入院」で伸び伸びになっていたアクアリゾートに遊びに来ていた。
「わあっ♪ カナってば、ビキニにしたんだぁ」
「あ、そっ、それは、その……か、母さんが『これの方が着るの楽』って強引に……っていうかなんで他人のバッグの中見てるんだよっ!?」
「まあまあ気にしない気にしない。さ〜あ脱ぎ脱ぎしましょうね〜っ、カナちゃん♪」
「ちょっと由奈っ!? ひとりで着替えられるってっ! それに『カナちゃん』はやめろっ。つーかそれは服脱がす手つきじゃないっ!」
「ふっふっふ〜っ、女子更衣室には女子更衣室のしきたりってのがあるのよ〜っ」
「なんだよそのしきたりって……うわっ、やめっ、そ……そんなとこ触らないで〜っ! あ――あっああんっ!!」
 ロッカーに背中を押しつけられ、彼方は由奈にからかわれ……いや、弄ばれていた(笑)。
「もうっ、いい加減にしろよっ、由奈っ」
「へっへっへっ、ごめんごめん。でもとっても可愛らしいんだもん、今のカナって♪」
 ちろっと舌を出し、身を放す由奈。まわりに人がいなかったのが、彼方にとって幸いだったのか不幸だったのか。
「…………」
 ため息つきつつ、ワニ目でにらむ彼方。
 由奈は女の子になった彼方のことを、「カナ」「カナちゃん」と呼ぶようになった。(不本意ながら)女物の衣服や下着を揃えたときも、店まで一緒についてきて、彼方は散々オモチャ?にされている。
「可愛らしい、って言われても――」
 恥ずかしいだけなんだけどな……すねたようにそうつぶやくと、彼方はブラウスの襟元に手をかけた。
 正直いって、大勢の中で水着姿になる(それも女の子として)のは遠慮したい。だけど亮介と由奈に、「家に引き籠もってても仕方ないだろ」「気分転換も必要でしょ」と引っぱり出されたのだ。
 そして、気をつかってくれている二人の気持ちが痛いほど分かるから、無下に断れないし。

 ――はああ、なんか自分でハードル上げてる気分……

 心中で盛大にため息をつきながら、彼方はスカート(早く慣れるようにと、これも母親に無理矢理履かされた)とブラウスを脱ぎ、水着に着替えようとした。
「あ、あれ? あれれっ? えっと、これ、どうすんだ……?」
「ほ〜ら、やっぱひとりじゃ着られないじゃないっ。後ろ向いてっ」
 ビキニのトップスとじたばた格闘する彼方に微苦笑?を浮かべ、由奈はその背中に手を伸ばした。



「…………」
「そっ、そんな顔して見るなよ、亮介……」
 屋内プールエリアで合流した三人。
 顔を赤らめながらも陶然とした表情で自分を見つめてくる亮介に、オレンジ色のビキニを着た彼方は身を縮こませ、同じように顔を赤くした。
 ううっ……やっぱこんなの着るんじゃなかった、と激しく後悔する。
 まあ、亮介の視線を意識し過ぎたために、周囲にいる他の男性たちの視線を気にしなくて済んだ――眼鏡をはずしているので、まわりがよく見えないというのもある――のは、彼方にとってよかったのかもしれないが。
「……もうっ、ふたりして何見つめ合ってんのよっ。ほらっ、さっさと歩くっ!」
 いつまでも動かない彼方と亮介にじれたのか、由奈はふたりの間に割って入ると、彼方の手をつかみ、大股で歩きだした。
「ち、ちょっと、由奈ぁ……ひゃうっ!?」
 いきなり腕を引っ張られ、バランスを崩す。
 弾んで揺れる自分の胸の膨らみに、彼方は情けない声を上げ、空いた手でそれを押さえた。



 ウオータースライダー、流れるプール、波のあるプール……と連れ回されているうちに、いつの間にか亮介とはぐれてしまっていた。
「ま、待ってよ由奈っ、亮介が――」
「…………」
 競泳用プールの真ん中で立ち止まった彼方の手を、由奈はそっと離した。
 そのまま無言で背を向けたまま、しばし立ち尽くし――
「カナ、あんた亮介と……何かあった?」

……!」

 反射的に胸を押さえ、一瞬身を固くする彼方。
 亮介の笑顔が脳裏に浮かび、あわてて首を振る。「べっ、べ、別に……か、身体は女の子だけど、ぼ、僕はまだ、男のつもり、だし――」
 言わずもがななことを、ついぽろっと口にしてしまう。
「……そう」
 だけど由奈はそれに気がつかないのか、彼方に背を向けたままぼそりとつぶやくと、後ろ手を組んだ。
「ねえ、カナ――彼方……ちっちゃい頃、海水浴行ったときのこと、おぼえてる?」
「え?」
 いきなりそう問いかけられて、彼方は目を瞬かせた。「お……おぼえて、るけど――」
 あれは小学生低学年の頃、家族同士で海に遊びに行った時の出来事だった。
 浮輪に毛が生えたようなフロートで海水浴場近くの岩場へ行こうとした由奈と、彼女に無理矢理付き合わされた彼方は、潮の流れ(離岸流)に巻き込まれて沖の方へと流されてしまったのだ。
 幸い、浜に残っていた亮介が大人を呼んできてくれたので、大事にはならなかったのだが、その時は、心細さにふたりで大泣きしていた……
「でもあの時、彼方、泣きながらだったけど、ずっとあたしをはげましてくれてたよね」
「そう、だった……かな?」
 もちろんちゃんとおぼえている。だけど彼方は、照れくささをおぼえて言葉を濁した。
 由奈は彼方に向き直ると、その目をじっと見つめた。

「あたし、あの時からずっと彼方を見てた……」
「え……?」

 胸にとび込んできた由奈を抱き止め、彼方は顔を赤らめながらも目を見開いた。
 ふたりの胸の膨らみが互いに柔らかくぶつかり合い、そこからくすぐったい感覚が伝わってくる。
「最初はすっぱりあきらめようと思った……だから晴香さんにくっついて彼方の服とか下着とか買いに行くたびにフリルとかリボンとかいっぱい付いた下着無理矢理履かせようとしたり、甘ロリな服を選んで強引に押しつけたり、わざと着替えの最中に試着室のカーテンに首突っ込んで『きゃあ♪』とか言わせたり…………そりゃ確かに少しは楽しんだりもしてたんだけど…………だって、彼方……もう女の子になっちゃったから――」
「ゆゆゆ由奈っ、ち、ちょっと、そのっ――」
 周囲から「何あれ?」「レズ?」といった声が聞こえてきて、彼方はさらに顔を赤らめ、恥ずかしげに身じろぎした。
「でも、だからって……女の子だからって彼方のこと好きでいちゃいけないの? 彼方が女の子になっちゃったらあたしの気持ちも消えちゃうの? ……そんなわけないじゃないっ!!」
 だけど由奈は目に涙を浮かべながら声を震わせ、なおもぎゅううっと身体を密着させてくる……

☆ ビキニ姿の彼方くん♪ ☆
「ううっ……やっぱこんなの着るんじゃなかった」「好きだよ、彼方…………ずっと……誰よりも――」
「……あっ」

 頭の中が真っ白になる――というのは、こういうのを指すのだろうか。
 由奈に抱きつかれた彼方は棒立ちになったまま、まばたきを忘れたかのように目を見開いた。
「女の子同士で、好き――だなんて……変かもしれない……けど…………彼方は、彼方だから……だから――」
「ゆ、ゆっ由奈――さん……っ??」

「ちょぉっと待ったああぁっ!!」

 聞き慣れた声が、何も言えずに戸惑う彼方の耳朶を打った。
「女同士は不毛だぞっ、彼方っ!」
「……何すんのよ亮介っ!? 男同士の方こそ気色悪いじゃないっ!! 変態よっ!!」
 ざばざばと水を掻き分けて近寄ってきた亮介が二人を引き剥がし、由奈が眉根を吊り上げて怒鳴り返した。
「彼方は女だっ。男と女で何処が『変態』だっ!?」
「気持ちの問題よ気持ちのっ!! あんたも彼方がついこないだまで男だったってこと、忘れたわけじゃないでしょがっ!?」
 早口でそうまくしたてると、由奈は彼方の手を取り、自分の方へと引っぱり返した。
「つーか、お前こそ女同士で何しようってんだっ、由奈っ!?」
 空いた方の手をつかみ、すかさず引き戻す亮介。
「ナニって何よっ!? ったく、すぐそういう発想が出るなんて……さいてーっ」
「そっちこそっ、そーいう風に結びつけて考えてるだろがっ」
「とにかくあたしは、引き下がるつもりはないからねっ!」
「それはこっちのセリフだっ! 彼方は誰にも渡さないっ!」

「あ……あの……ちょっと……ふ、ふたりとも――」

 プールの真ん中で他人の目も気にせず、彼方を引っぱり合いながら言い合いを続ける亮介と由奈。
 そんなふたりにおずおずと声をかけた彼方だったが、同時に振り向かれてワニ目でにらまれて、思わずたじろいでしまう。
「彼方、お前はどーなんだっ?」
「そーよ彼方っ、あたしと亮介、どっちがいいのっ!?」
「え……っ?」
 亮介に左腕を、由奈に右腕をぎゅっとつかまれて握りしめられ……彼方は二人の顔を交互に見比べた。

 いつも三人一緒にいることが当たり前だった。
 互いに互いの欠点を補い合い、三人は今までずっと仲良く、うまくやってきた。
 だけど――

「……彼方っ」
「……彼方ぁっ」
「あ……あ……あ、あ、あ、あは、あは、あはははは……」
 彼方は無意識の内に口元を引きつらせ、乾いた笑い声を上げた。
 言葉にならない思いが頭の中をぐるぐると駆け回り、とめどもなく流れ出ていく。

 ボクは男……でも女の子。女の子のボクに、亮介は好きだと言ってくれた――
 ボクは女の子……でも男。由奈は、ボクが男の時から好きだと言ってくれた――
 ボクは亮介と由奈、どっちか選ばなきゃだめなの? ええっと……え〜っと…………そんなこと急に言われてもっ――
 …… …… ………… …………………… …………………………………………

「ぼ……ボク、は――」
 無意識の内に視線を落とす。彼方の目にとび込んできたのは、ビキニの水着に覆われた、柔らかな丸みを帯びた華奢な身体。
 まだ自分のものという実感が持ちきれない……でも、まごうことなき自分の――女の子の身体。
 じわりっ……と、視界が歪んだ。
「…………」
 なんで――なんでこんなことになっちゃったんだよ? ……なんでふたりが、ケンカしなきゃなんないんだよ?
 ボクが女の子になったから……? じゃあなんでボク、女の子になっちゃったんだよっ? …………責任者、いるなら出てこいっ!!

 どっぱあああああああ〜ん――っ!! 「……!」「……!?」「……!?!?」

 次の瞬間、凄まじい音とともに、プールの真ん中に巨大な水柱が立った。
 うねるような大波が起こり、彼方を、由奈を、亮介を、そしてまわりにいた人たちを一気に押し流した。
「ぷ……ぷはぁっ! かはっ、な、何が―― ……!?」
 至近距離から波を被ってひっくり返り、えづきながら立ち上がって顔を上げた彼方の目にとび込んできたものは――

「見ぃつけたのであああ〜るっ、少女化少年よおおおおぉぉぉぉっ!!」

 丸太のような四肢――
 八つに割れた腹筋――
 鎧の如き胸筋――
 盛り上がった肩の肉に埋没した首――
 エラの張ったバタ臭い顔、味付け海苔みたいな眉毛、落ちくぼんだ三白眼――

「ふんぬっ!! ふんぬはんぬっ!! ・・・だあありゃっしゃあああああっ!!」

 ……無駄に威圧感を振りまく、迷彩柄ふんどし姿(笑)の巨大な人影だった。


−4−

「見ぃつけたのであああ〜るっ、少女化少年よおおおおぉぉぉぉっ!!」

「…………」
 何の脈絡なく出現した白塁学園高校元祖ロボTRY部終身名誉部長、女美川武尊――人呼んで「筋肉ダルマ」。
 そのバカでかい胴間声と得体の知れないぷれっしゃあに飲み込まれたのか、彼方は逃げることも忘れ、思わず自分の顔を指差した。
「かっ、彼方っ!」
「大丈夫っ!? 彼方っ」
 あわてて駆け寄った由奈と亮介が、彼方を抱き寄せ、かばおうとする。
 だが、筋肉ダルマはそんな彼らを完全にシカトし、彼方だけをじっと見つめた。
「…………(汗)」

 宿敵・女子ロボTRY部との最終決戦を前にして闘志を燃やしていた元祖ロボTRY部の面々の元に突如現れた白い服の少女、真城華代。
 それはセールスレディを名乗り、男を女へと変える、絶対不可侵で正体不明で我田引水――アンデットでアンノウンでイマジンな妖怪娘?だった。
 隊員(部員)たちを護るため、力の限りを尽くして彼女と死闘を繰り広げた筋肉ダルマは、放たれた最大パワーを裂帛(れっぱく)の気合で弾き返したのだが、その際に四方へ飛び散ったその力で無関係な四人の少年たちが少女に変わっていく光景を幻視してしまい、彼らを捜し出して男に戻すべく、果てしなき流離(さすらい)の旅を続けていたのであああ〜るっ!!

 以上、前作のあらすじ(あくまで筋肉ダルマ主観)。

「…………」
 まっちょの一念、岩をも通す。
 流浪の果て?にめぐり会った一人目の少女化少年――彼方の顔をにらみ続けていた筋肉ダルマは、突然、ついっと視線を落とした。
 苦渋に耐えるかように唇を噛みしめ、くっと声を詰まらせて鼻を鳴らすと、

「こんなことに巻き込んでっ、本当にすまないと思っているっ」

 そう思ってんならちょっとは自重しろジャック・〇ウアーっ!!(違)

「だがまかせろぉっ! このわたしが男に戻してやるのであああ〜るっ!!」
……!!」
 いきなりなその一言に、彼方は由奈と亮介を押し退けるようにして、思わず身を乗りだした。「ほ、本当に……本当に元に戻れるんですか?」
 まさに、藁をもつかむ思い。
「……ど、どうやって?」
「…………」
 しかし、目の前の巨漢は彼方のさらなる問いかけに、顔にビルダー笑いを貼りつかせたまま硬直した。
「…………」
「…………」
「…………」

 もちろん……具体的なことなどな〜んも考えてなかったっ!!(爆)

「と……」
「と?」
「と――」
「…………」

 ぎゅぽ〜ん――っ!! 「とりあえずっ、わたしの筋肉を見て男魂(おとこん)を燃やすがいい〜っ、であああ〜るっ!!」

「…………」
 誇らしげにダブルバイセップス(両腕をあげて握り拳を作り、上腕二頭筋を盛り上げる定番のまっするポーズ)をきめる筋肉ダルマに、彼方はげんなりとした表情を浮かべて肩を落とした。
 突然湧いて出た謎のまっちょまんに、ちょっとでも期待したボクがおバカさんでした――その顔にはそう書いてあった。
「ふははははははははっ、見よっ! 燃え上がった熱き男魂がほとばしるこの肉体をををををっ! ……であああ〜るっ!!」
 だが、筋肉ダルマはそんな彼方の白っちゃけた視線など一切気に留めず、続いてラットスプレッド(脇腹に両の拳を当て、背中を広げるポーズ)へと移行しようとして――

「・・・!!」

 いきなり驚愕?に目を見開き口を開け、股間を両手で押さえて内股になった。
「……!?」
 驚く彼方たちが見つめる中、軍艦カットにしたその髪の毛が先端をカールさせながらうねうねと波うち、伸びていく。
「な……こいつ?」
「ま、まさか、彼方と同じ……?」

 全身に強烈な圧力が襲いかかり、骨という骨がぎしぎし、みしみしと音を立てて少しずつ変形していく。
 押さえた手のひらの中で「おいなりさん」が縮んでいき、男の「珍宝」がずぶずぶと身体の中へめり込んでいく……

 筋肉ダルマは 「・・・ぼぎゅるぅっ!! ・・・あわびゅぅぅっ!!」 と、秘孔を突かれた雑魚キャラみたいな悲鳴を上げ、巨体をぐねぐねとよじった。
 ドン引きした周囲の人間と驚きに固まる彼方たちを尻目に、立ったまま悶え苦しむその腰から、迷彩柄のふんどしが外れて水面に浮かんだ(笑)。
 筋肉ダルマは股間から右手を離し、まるで目の前にある何かをつかもうとするかのように、わなわなと腕を伸ばした。

「……ぬゅぅぉおおっ!! まっ……まだっ、まだ他のポージングをしていないのであああ〜るっ!!」
「…………」

 なんだかんだ言って、すでに目的を九割方忘れ去っていたりする筋肉ダルマだった(……笑)。



「やっと見つけましたお客さまっ。……さあ、いまこそお悩み解決の時ですっ」

 なんとかと煙とスーパーヒーローは、高いところに登る(笑)。
 眼下に “悩める依頼人” の姿を見下ろすと、白い服の少女――華代ちゃんは、頭上に掲げた両腕を大きく振り下ろした。
 一拍置いて、手のひらに強烈な反動が返ってくる。
「……!!」
 どうやら前回、“力” を暴走させてしまった時の後遺症がまだ残っているようだ。縮み始めていた筋肉ダルマの身体が、圧縮袋から出した布団のように、元へ戻ろうとしている。
 だが、(一応)常人に過ぎない筋肉ダルマに、超常の存在である彼女の “力” をはねのけることなどできない。
 華代ちゃんは大きく息を吐き出し、気勢を整えると、身体の奥底に残ったエナジーを練り上げて、再び頭上へと両腕を振り上げた。
 決してあきらめないっ!! 立ち止まらないっ!! ひるまないっ!!
 女子限定の競技会に出たい(前作参照)のならば、女の子になればいい……そうっ!! それがっ!! それがっ――!!
 それが真城華代なのだアアアアアアアアアッ!!

「みんなあぁ〜っ、オr――(以下、諸般の事情で略)

 華代ちゃんのその呼びかけ?に、世界中から……えっと、その…………ま、まあ、なんやかんやといろいろなモノが集まってきたっ。
 彼女はそれを自身の “力” へと変換し、練り上げていた “力” にさらに上乗せし、お決まりのセリフとともに筋肉ダルマへと叩きつけようとした。

……いきますっ!!
 『華代ちゃんシリーズ』と『華代ちゃんシリーズ番外編』の詳細についてはっ、公式ページ(http://www7.plala.or.jp/mashiroyou/kayo_chan00.htmlhttp://www7.plala.or.jp/mashiroyou/kayo_chan02.htm)を参照してくださ――」

 どんっ――!! 「たいちょおおおおおおおっ!! 男魂ドリンクでありまああああああああ〜すっ!!」

 次の瞬間、「きゃああああ〜っ!」 ……と、ドップラー効果を伴いながら消えていく悲鳴を聞き流し、何の脈絡も伏線もなくいきなり現れた白塁学園高校元祖ロボTRY部副部長(副長)が、手にしたドリンク瓶――毎度おなじみ?女美川印の高濃度濃縮プロテイン飲料――をオーバースローでプールへと投げ込んだ。
……!!」
 己が肉体の変化に悶絶していた筋肉ダルマは、自分に向かって飛んできたそれを、がしっと力強く受け取った。

「ぬおおおおお〜っ!! これさえあれば百人力っ、であああ〜るっ!!」(←知る人ぞ知る某国民的時代劇アニメ版のキャラの決めゼリフ)

 引きちぎるようにキャップを開けると、空いた手を腰に当てて一気に飲み干す。
 そして――

 ちゃらららっちゃちゃっ♪ ちゃらららっちゃちゃっ♪
 ちゃららちゃららちゃららっ♪ ちゃらららっちゃちゃ〜っ♪
(←「POPEYE THE SAILORMAN」……古いな)

「・・・るがああああああああああああああああぁ〜っ!!」

 絶叫とともに、再び水柱が天高く吹き上がった。
 その中心で筋肉ダルマは両の拳を高々と頭上に突き上げ、「えいどりあ〜んっ」なポーズで仁王立ちになった。
 背中まで伸びていた髪の毛が爆発するように弾け飛び、一瞬でスキンヘッドと化す。
 消えかかっていた筋肉のモールドがくっきりしっかり復活し、さらにひとまわり膨れ上がって盛り上がって真っ赤に怒張するっ。

 筋肉ダルマこと白塁学園高校元祖ロボTRY部終身名誉部長女美川武尊は、元の肉体を取り戻し……
 否っ! さらにまっする度を高めて雄々しくよみがえったっ!!
 人、それを「リバウンド」と呼ぶっ!!

「ふーっ、ふーっ、ふーっ・・・・・・」

 力が――漢(おとこ)の力が地下からあふれる熱い溶岩の如く、身体の奥底から無尽蔵に吹き上げてくる。
 それは尾てい骨から螺旋を描いて背筋を駆け上がり、四肢の隅々まで満ちあふれ、頭のてっぺんに突き抜けて爆発した。
 快感と恍惚、そして圧倒的な全能感が全身を支配し、肉体のリミッターをあっさりと解き放つ。

 ……そうっ、もはや道頓堀の「かに」さえも彼の敵ではないっ!!(笑)

 すごいぞ男魂ドリンク、怪し過ぎるぞ男魂ドリンクっ。
 今回、三箱お買い上げの方々に、もれなく筋肉ダルマのまっするストラップをお付けするのであああ〜るっ!!(違)
 ちなみにさっきは「高濃度濃縮プロテイン」と紹介したが、実際のところは正体不明―― 一説には女美川重工製の某生体重機の分泌物だと言われていたりする(……)が、真相は闇の中だ。
 筋肉ダルマは全身に力を込め、「だあああああっ!!」と雄叫びを上げて高々とジャンプ。一気にプールサイドへとび上がると――

「・・・ト〇ンザムであああ〜るっ!!」

 理性もなんもかんも吹っとばし、その顔にいっちゃった表情を浮かべ、すっぽんぽんのまま両腕を真横やや斜め後ろにピンと伸ばすと、いきなり全速力で走り出し、そのまま野次馬たちを手当たり次第に弾きとばして隣の流れるプールにとび込み、高笑いを上げながら流れと反対方向へ波飛沫とともにバタフライで泳ぎ去っていく。

「うわははははははははははははははは〜っ!!」

 その雄姿(笑)はあっという間に視界から消え、遠くの方から悲鳴と怒号、爆発音と倒壊音が風に乗って聞こえてきた……

「……な、なんだったのよ? アレ」
「安永〇一郎のマンガか、あいつは……」
「…………」
 そして、あとには唖然とした表情を浮かべる由奈と亮介、真っ正面からいろいろなものを見せられて半分気絶しかけた彼方の三人と――

「お……おにょれ、筋肉ダルマぁぁ…………」

 高とび込み台から突き落とされて顔面から&腹這いでプールに叩きつけられ、トラックに轢き潰されたカエルみたいな格好でうつ伏せになって水面を漂う華代ちゃんが残されたのだった。


(つづく……のか?)




 MONDOです。

 いかがだったでしょうか? 筋肉ダルマVS華代ちゃん、第2ラウンド(爆)。最初は普通?のTSっ娘小説――のふりをして(笑)淡々と書き綴っていたのですが、あの二人が出てくると同時にフォントはでかくなるわ地の文はおバカになるわ……
 まあ、今回はそこいらへんの「落差」を狙ってたのですからしょうがないです。犬に噛まれたと思ってあきらめてください。(^^)

 筋肉ダルマが間一髪、元に戻った?のは、もちろん女美川印の男魂ドリンク(笑)のおかげではなく、単に華代ちゃんがとび込み台から突き落とされ(副長も知っててそんなことしたわけじゃなく、たぶんぶつかったことにも気付いてない)て、その集中が途切れたためです。
 なお、あのあと救護室に運び込まれた華代ちゃんは、息を吹き返すと再び筋肉ダルマを追いかけていってしまったので、彼方たちとはエンカウントしていません。

 ……と、いうことにしておいてください(汗)。
 華代ちゃんが彼方たちの「お悩み」に首を突っ込んできたら、さらにお話が明後日の方へと飛んでいってしまいますので。(^^;

 今回のメインヒロイン?である彼方ですが、「空から落ちてきた光にぶつかって女の子化」「三角関係」というキーワードからお気づきになられた通り、あのコミック(アニメ)の主人公がモチーフ(元ネタ)です。もっともあのキャラほど、女の子になった自分に淡白?じゃありませんけど。
 次回はまた違ったタイプのTSっ娘で、お目にかかりたいと思います。

 残る光球はあと三つ。はたしてどんなお話になるのやら……そもそも書けるのやら。(^^;
 あ、いや、次の題名?だけは一応決まっているんですけどね。

 というわけで、次回(あるのか?)「青の章 オクラホマミキサーは、プロレスの技じゃない。(仮題)でお会いしましょう。

2009.4.4 映画「ヤッターマン」、深キョンの胸元ガン見してる自分が微妙に嫌っぽい……(^^) MONDO































 二学期の始業式――
 その日の朝、彼方は保健室のスツールに座り、野崎先生と向かい合っていた。
「そっか……戸籍の変更、認められたんだ」
「はい」
 姿勢を正し、短く、しかしはっきりと答える。
 あのあと狙いすましたかのように生理が始まり、その診断結果と菅野医師の尽力で、彼方の戸籍は無事(?)「女性」へと書き直された。一応表向きは、「出生時に肥大化した外陰核から男性と誤認され、その後、女性であると判明し、性別再判定処置を受けた」ということにされている。
「……でも呉内くん、これからが大変よ」
「…………」
 人の口に戸はたたず……彼方の女性化も、プールでの騒動も、すでに生徒たちの知るところとなっている。学校中からの好奇の視線にさらされるのは覚悟しなければならないだろう。
 「転校」という選択肢もあったのだが、それでも彼方はこの学校に残ることを選んだ。

 ――本当に厄介なのは、クラスの子たちよりも、あたしたち教職員の方かもね……

 心中でそうつぶやきながら、野崎先生は彼方を――女子の制服を身につけたその姿をじっと見つめた。
 真新しい丸い襟のブラウス、緋色のプリーツスカートとベスト、胸元のスクールリボン……彼方は「男子の制服のままで」と申し入れたのだが、学校側は「女子が男子の格好をすれば風紀を乱すおそれがある」と答えて譲らなかったのだ。
 いくら身体は女性でも、元は男子……これだとかえって生徒たちが色眼鏡で見てしまうのではなかろうか?
☆ 制服姿の彼方くん ☆
「強くなろう。男でも女でもボクはボクだから」
「大丈夫です……それでもここには、あのふたりがいるから――」

 そう言うと、彼方は照れくさそうに微笑んだ。
 あのあと、筋肉ダルマと華代ちゃんが乱入したせいで毒気?を抜かれてしまった由奈と亮介は、彼方の気持ちも考えずに先走ってしまったことを謝り、彼方は泣き笑いの表情でそんなふたりの手を改めて握り直した。
「…………」
 でも……いつか、片方の手を離さなければならない時がくる。
 いや、もしかしたらどちらの気持ちにも答えられず、両方を離してしまうことになるかもしれない――

 ――だけど、その時が来ても後悔しないために、ボクは…………

「……やっぱり強いよ、呉内くんは」
「え……そ、そんなことないです、よ――」
 まるで心を読んだかのような野崎先生の一言に、身を縮めて顔を赤らめる。
 予鈴が鳴り響き、彼方はスツールから立ち上がると一礼した。
「じゃあ……行きます」
「何かあったらいつでもここにおいで。……あたしも呉内くんの味方のつもりだから、ねっ」
「はいっ」
 彼方はドアの前でもう一度頭を下げると、保健室をあとにした。
 そして廊下に出ると、両の拳を握りしめて大きくうなずいた。

「……よしっ!」

 強くなろう、今以上に。男でも女でもボクはボクだから。

 彼方は自分自身にそう言いきかせると、スカートをひるがえし、廊下の向こうでずっと待っていてくれたふたりに向かって、力強く駆け出した。



(おしまい)

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