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女神仮面 ミーミル
By KEBO

<第十八話:人魚の涙>


 ピチャピチャ・・・・
 ピチャピチャピチャ・・・・
 深夜、埠頭に着いた貨物船のタラップを何かが降りていく。しかし、誰が見てもたぶんそれには気づかないに違いない。
 一見、滴り落ちる水のように、その不定形の「何か」は上陸を果たした。
 そのままコンテナの立ち並ぶ奥へ移動したそれは、誰も見ていないその場所で、形を変化させていった。やがて、その姿は人間のような形になっていく。
 そこに、一人の、ローブ姿の男が現れた。
「フォッフォッフォ、よく来たのう」
「オウオウ・・・ヒサシイデスネ」
 そう言いながら、「何か」は変化し続け、やがてごく普通の紳士然とした男の姿に定着した。
「相変わらずじゃな。おのれの力、存分に振るうがよいぞ」ローブ姿の男が口を開いた。
「私の力を振るうほどの敵がいるというのですか、このちっぽけな星に」完全に人間の姿になった男?は、冷たく嘲笑するように答えた。
「小賢しいのが幾つか居る。まあ互いにいがみ合って居る故おのれの出る幕も少ないとは思うがのう」
「いいでしょう。とりあえずは様子を見に参りましょうかねえ」
 妙な組み合わせの二人は、夜の闇に消えた。


「らんらんらん!」
「ご機嫌だね」
「うん!」
「もう、二人だけでいちゃいちゃしないでよ」
「まったく。今時の若いもんは・・うわ!あぶねえじゃねえか」
 優が急ハンドルを切る。
「きゃあああ!」文香はすかさず優にしがみついた。
 日野神兄弟プラス紗希&文香は、紗希の「バーベキューに行こう!」の一言で近郊の海浜公園に出かけたのだ。
「でもいいわね。兄弟とか親戚同士仲がよくて。私一人っ子だからずっとお兄ちゃんとか妹とか欲しいなって思ってたんだ」文香がつぶやく。
「え、文香さんもじき私の親戚になるんでしょ」すかさず紗希が言った。
「え・・・・」顔を真っ赤にして固まる文香と優。
「おい!赤信号赤信号」
 キキキー!急ブレーキとともに車は停止した。


「ほら、火、火、火」
「どれどれ」
「隙あり!肉取りぃ」
「あ、この!」
「でも文香さん、この、優のどこがいいの」
「えーそんなこと言われても・・・」
「薫お兄ちゃん!自分が彼女いないからってそんなこと言わないの」
「そうだよ。まったく」
 海岸沿いの公園に四人の談笑する声が響く。空が抜けるように青い。
 そんな姿を、海から誰かが見つめていた。


「よう!、日野神じゃないか。これは偶然だ」
 不意に掛けられた声に振り向く薫。
「剣、剣じゃないか」
 そこにいたのは、剣 幸一郎だった。彼は薫の大学の同期で、成績優秀かつ剣道部の主将を務めていた男である。薫にとっては成績なら何とか対抗できるがいわゆる課外活動の面では遠く及ばない相手だ。しかし剣は誰とでも気さくに語り合い、酒を酌み交わす男でもあった。しかし、薫は何か以前より暗い印象を感じていた。
「久しぶりだな」
「帰ってきてたのか」
「ああ。母親が死んでな」
 彼は大学卒業後、考古学研究のために中米へ渡っていたのだ。
「そうか・・・お母さんが」
「仕方ない。俺が学生の頃からずっと悪かったからな」
 彼には父親がいない。母親は、女手一つで彼を育て、大学まで行かせていた。その母を失った剣の胸中を思うと薫は、暗い印象の訳を理解できた気がした。
「まあ、飲めよ」
「ああ。おい」
 剣の後ろから、小柄な女が姿を現す。
「確か、小玉さん、だったよね」薫はうろ覚えだったが。剣と彼女の中は学内では有名だった。
「こんにちは」
「結婚するんだ。こんな訳で少し予定が遅れてはいるがな」剣がそう紹介した。
「そうか。それはよかった。お節介じゃなければ一緒にどうぞ」
「すいません」
 二人が加わり、六人がコンロを囲むことになった。


 腹もいっぱいになったらしく、各々が昼寝をしたり、散歩をしたりしている。
 不意に優は、視線を感じて振り向いた。
「・・・?」振り向いた先に、女の首が浮いている。この季節、泳ぐには早い。彼は目を擦ったがどうやら間違いではないようだ。
 よく見ると、彼女は水の中から顔だけ出して、なにやら訴えかけるような視線を優に送っている。と、突然彼女は身を翻して泳ぎ始めた。
(何なんだ、一体・・・まさか)
 文香と紗希は、なにやら海辺ではしゃいでいる。優は思い切って彼女を追いかけた。海岸のはずれの岩場で彼女に追いつく。
 彼女が水から上がる。驚いたことに水からあがった彼女は、どう見ても水着姿ではなかった。そして、人間の姿そのままでもない。優の目には、どう見ても首から下、特に下半身と両腕にびっしり鱗のような物が生えているように見えた。
「君は一体・・・」
「少し、向こう向いていてくださる?」
 優は大人しく向こうを向いた。彼の目に間違いがなければそこには彼女の衣類が隠すように置いてあったのだ。
「いいわ」しばらくして、優が振り返ると、そこには白いワンピースに白い帽子という姿の、線の細い女が座っていた。さっきの鱗のような物など影すらない。
 女が先に口を開いた。
「驚いたでしょう。私は、人魚」
「人魚だって、僕をからかうつも・・・」
「あなたにはわかるはずよ。力を持つあなたには」
(罠!?)優は警戒を怠らなかった。
「未曾有の災厄が、迫っているの」女は、優の意志を無視して話し始めた。
「一体君は」
「聞いていればわかるわ。夕べ、この国のある港に、ある船が着いた。その船自体は何でもないわ。でも、それに乗って、奴がやってきた」
「奴って?」優は、話に引き込まれ始めていた。
「魔王、ユグトス」
「ユグトス?」
「大昔、記録もないほど大昔、この地球上には今よりも高度な文明が栄えていたの。それを滅ぼしたのが、奴ら」
「ユグトスって奴か」
「いいえ。奴の復活は前兆にすぎないわ。しかし奴が現れたということは、もっと巨大な物の復活を行おうとしているということ」
「君は何故」
「私の祖母は、その破滅に立ち会った。そのとき、すんでの所で奴らを封印したのが、あなた達の先祖。光の種族たちなの」
「光の種族?」
 女の話は続いた。


「お願い、彼を止めて」
「一体・・・・」
 昼寝をしている剣をよそに、小玉 愛子は薫にそう言った。
「彼は、何か恐ろしいことを考えているみたいなの。復讐だ、なんて」
「復讐!?」
「向こうから帰ってきてから、あの人は変わった。まるで何かに取り憑かれているみたいに。お願い、彼を止めて」
 突然、むくっと剣が起きあがった。
「愛子、やめないか。日野神、どうやら出番のようだ。行くぞ」
「どういうことだ」
「付いてくればわかる」
 そう言うと、剣はすたすたと歩き始めた。
「おい、待てよ!」
 薫と愛子は、その後を追った。


「私はもう数百年生きてきたの。おそらく、数千年は生きる。なぜだかわかる?私は、私たちはその文明の実験動物だったのよ。私も最初はそんな人類なんて滅びた方がよかったと思った。でも違うのよ。祖母はこう言った。人を愛しなさい、未来を信じなさいって。私は今の人類を信じたい。だから、だから光の種族であるあなたを捜していたの。そして、ついにあなたを見つけた」
「僕に、どうしろと」
「地球を、救って欲しいの。今ならまだ間に合う。あれが復活する前に、ユグトスや、ナイだけのうちに奴らを」
 その時、不意に優の体が変化し始めた。
「・・・・・!」あっという間に女性の姿になる優。そして、別の声が優の耳に突き刺さる。
「捜したわよ!人魚さん」水の中から、ぬうっと長い首が現れた。
「何だ!」叫ぶ優。
「肩苦しいことは言わないから、あなたのその血液、少し分けてくださらない」蛇の首の先に人間の頭がついたその女は、長い髪から水を滴らせてそう言った。
「まだそんなことを言っているの!自分たちが、奴らに利用されているだけだと何故気づかない!」人魚が答える。
「問答無用!ならば力ずくで連れ帰ってやる!」
 ウミヘビ女、海女子は鱗の生えた人間の体から首だけを伸ばして彼女に迫った。
「待て!」ようやく優は体勢を立て直した。海女子の動きが一瞬止まる。
「何者だ、貴様」
「それは見てのお楽しみ。女神転生!」
 光に包まれてミーミルに変身する優。
「おのれ!邪魔だてするとは!」
 海女子が長い首を元に戻して、岩場とは思えないスピードで攻撃してくる。優はその鋭い爪をかわしながら反撃の機会を窺っていたが、海女子には隙がない。
 不意に、ぐらつく足下に躓くミーミル。
「ホホホ、その程度か」海女子が迫る。その時!
「辰巳の手先め!俺が相手だ」
「何!」海女子が振り返った。
 現れる剣。後ろから追いつく薫たち。
「つ、剣・・・・」
「幸一郎・・・・」
「日野神、愛子、これが俺の今の姿だ。行くぞ!」
 剣は両手を広げて叫んだ。
「エル・ド・ラーッド!」
 ヒューーーーー!クィーーーーン!
 風か光か、凄まじいエネルギーが渦を巻き剣の体に殺到する。そして彼の姿は、頭からあのドラドに変身していった。
「おまえが、ドラド・・・」つぶやく薫。
「幸一郎!やめて、こんなこと」
「止めるな愛子。行くぞ!」
 ドラドは高くジャンプすると海女子の前に太陽剣を構えて立ちはだかった。
「愛子さん、ここを動かないで」放心する愛子を落ち着かせると、薫も両手をクロスした。
「光力招来!」
「ホホホ、何人束になろうと同じ事」海女子は、今度は胴体を伸ばして三人に襲いかかってきた。
 カチーン!太陽剣と海女子の爪が火花を散らすなか、アポロンのキックが海女子の腹を捉える。
「小癪な!」一瞬振り返る海女子。その隙に、ドラドの太陽剣が海女子の目を掠めた。
「ううう」海女子は不利と見て逃走に入る。海に飛び込む海女子。
「逃がすか!」追おうとするドラド。しかし、アポロンがそれを制して叫んだ。
「優!」
「了解!」ミーミルは両手を差し上げた。
「ミミー・ミョルニル!」
 巨大なハンマーからほとばしる稲妻。岩場周辺の海面が白く弾けた。
「ギャアアアアアア!」
 ドゥオォォォォォォン!
 後には、何もなかったように泡だけが弾ける海面が残った。


「私の血液には、人間を同化する作用があるのです」
「つまり、あなたの血を飲んだ人間も人魚になる」
「その通り。そして我々には雌しかいません。人魚になるということは、雌になることでもあるのです」
「奴らのねらいはそれだったのか」
 優、薫は英 マリと名乗る人魚の話を理解していた。
「彼らはたぶん、それを改良しようと企んだのでしょう。一万年以上立っても彼らは全く変わらない」
「え!?」
「私たち種族を作り出したのは、彼ら巳の一族なのです。彼らの先祖はかつて、科学の力で地球を支配しようと企てました。しかし、その企てはさらに強力な闇の力の前に成功することはなかったのです」
「それじゃあ」
「彼らもまた、闇の復活を感じ取っています。それ故彼らの企みを急ぎ始めたのでしょう。彼らの救いがたいところはそれなのです。彼らは自分たちの科学による支配こそが地球を救うと考えている。しかしそれは不可能、いやさらに危険なことなのです。人の心を無視した彼らのやり方は、人の心に闇の力を増殖させる。その闇の力こそが奴ら、闇の神々たちの力の源なのです。奴らはそれをわかっていて巳の一族を放っている」
「なんということだ」
「お願いです、地球を救ってください。私には残念ながらこのようなことしかできません。あなた達に危機を伝えることしか・・・」
「ハッハッハ、これで辰巳を潰す事が正しいとわかっただろう」
 剣だった。泣き崩れる愛子をよそに剣の目は一段と、妖しい炎を湛えていた。しかし、その目はマリの一言で凍り付いた。
「あなたは・・・巳族と光族の双方の力を受け継ぐ者」
「巳族の、力・・・」
「ドラドよ、復讐などという闇の感情はお捨てなさい。そのエネルギーは奴らを呼び寄せ、奴らの力となっていくのです」
「俺には関係ない。俺は、父の敵をとるだけだ」
「剣!」薫も怒鳴った。
「誰にも止めさせん。日野神、おまえなら解ってくれると思ったがな。もし邪魔をするなら、おまえも俺の敵だ。あばよ」
「剣!」
「ドラド・・・」
 剣はきびすを返して立ち去っていった。
「幸一郎・・・・」愛子が追っていく。


「あれぇ、剣さんたちは?」
「帰った」
「どうしたの、二人とも真剣な顔して」
「さあ、俺たちも帰るぞ」
「えー!」
 バーベキューをしていた場所に戻った優と薫は、まだはしゃぎ足りない紗希と文香をよそに、片づけを始めた。
(あれが復活する前に・・・)
 二人の耳には、マリの切なる願いのみが繰り返し響いていた。


 深夜。
 ピチャピチャ・・・・
 ピチャピチャピチャ・・・・
「なんですかな・・・さては雨漏り」
 葉山は、代々続く辰巳家の執事である。辰巳家のすべてを知り尽くした彼は、八蔵や娘たちの信頼も篤い辰巳家の重臣だった。
 彼は屋敷の奥から聞こえてくる妙な物音を確かめるために、わざわざ部屋から出てきたのだ。その彼の行く手に、何かをこぼしたかのようなシミが現れた。
「おうおう、何としたことだ」
 すでに夜更けである。他の使用人を起こすのもと思い、彼は自分で片づけることにした。しかし、そうしようと振り向いた瞬間、突然シミが動いた。
「う、これは!」
 粘液質のものが、彼の体を包んでいく。彼は悲鳴すら上げるまもなくその中に取り込まれた。
「・・・・・・!」
 苦悶に満ちた表情。やがてその動きが完全に止まると、彼の体を包んでいた粘液質のものが、あらゆる穴から彼の体の中に進入していき、やがて「シミ」は完全に彼の体内に消えた。
 突然、葉山が起きあがった。
「ふふふ、思ったよりも頑丈で、賢い人間だったんですね」
 口から出た声は、葉山とは似ても似つかない軽薄な声だった。
「ま、存分に使わせて貰いましょうか」
 葉山、いや葉山の体を奪った何者かは、部屋に戻っていった。

<つづく>



<次回予告>

「こちらへお通しして頂戴」
「これは失礼。あなたには何も隠せないわね」
「あら。麗お姉さまらしからぬ弱気なお言葉ね」
「え、あ、な、どう」
「キャー!痴漢!」
「・・・んじゃあ、貧乏人の食い意地って事で」
「ほほほ、どう、私の作った芸術品は」
次回「固い?女にご用心」お楽しみに

*このお話はフィクションであり、ここに登場するすべての人物、団体等は実在の物とは全く関係ありません。

ご意見、ご感想等をお寄せ下さい
<女神仮面ミーミル END>


<作者のたわごと>
 突然ですが、剣は「つるぎ」と読みます。これで小玉さんの名前が選挙で出なかった訳が分かったでしょう(何のことか解らないって・・・)。
 ともあれ、久々の人魚さんです。また出るかはわかりませんが、私、この人魚さんたち大好きなので思わず出してしまいました。
 最近シリーズ説明編が多いなあ。そろそろ単発ものが出るといいのに。
 では。


KEBO。


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