女神仮面 ミーミル
By KEBO

<第十七話:憎しみの太陽 >

「母さん・・・親父の仇は俺が必ず取る」
 病院の一室。男は、今しがた息を引き取った母の前で固く復讐を誓った。


 パラパラパラ・・・
 女の前に数枚の写真が落とされた。
「紅子さん、わかってるわね。この子たちをあなたの毒牙にかけて、ここに連れてくるのよ」
「かしこまりました。私めの新たな力、存分に発揮して見せますわ。しかし、毒牙とは少々人聞きがよろしくありませんわね」
 ふふふふ・・・そこに居合わせた女たちが笑う。
「そうですとも。諜報部が命がけであの毒牙の得意なフェムニスから手に入れた情報を素に組成したその薬、まさにあなたのためにあるようなものだわ」
 香奈は、紅子と呼ばれた女に向かってそう言った。
「にしても今更フェムニスから仕入れた情報が役立つとはね・・・」麗奈はすこしあきれ顔だ。彼女たちは様々なウィルスや薬剤の実験を行ったが、A計画にはともかくB計画の目的達成にはほど遠いものばかりな事がはっきりしつつあった。それに対して、フェムニスの科学力(?)はその一面においては悪魔的なほどに完璧であり、結果、これを利用出来るかどうかの実験も行うことにしたのだ。
「それと、例の連中には充分気をつける事ね」綾奈が少し不機嫌そうな顔をして言う。前回の失敗は、彼女の人生において初めての敗北だったのだ。
「心得ております、綾奈お嬢様。あの使い魔の出来損ないと、私ども一族の違い、あの連中にもきっと思い知らせてやりましょう。ま、もっとも連中に思い知ったあとがあるかどうかわかりませんが」
「紅子さん、そのくらいにして、そろそろお出かけになったら如何」麗奈がたしなめる。
「かしこまりました。では、しばし御機嫌よう」


「ねえねえ」丸茂が雑誌片手に峰と薫にすり寄る。
「丸茂ちゃん・・・」
「また?」
 峰と薫は半ば点になりかけた目を丸茂の方に向けた。こういうときに丸茂が言うことは決まっている。
「あのね、このお店」
「何だ、食い放題か?」
「それとも、最近人気のナイトスポット?」
 丸茂が言うより先に、二人は先制攻撃を掛けた。
「もう!先に言わないでよ!」
「だっていつも言うこと決まってるし」
「ホント。丸茂ちゃん、友達いないの?」
「え・・・・」止まる丸茂。どうやら峰は言ってはいけないことを言ったらしい。丸茂の目に、見る見るうちに透明な液体が溜まっていく。
「あーあ、知いらない」薫が口を「あーあ」の形にして峰の方をみながら首を振る。
「ま、丸茂ちゃん・・・・」慌てる峰。
「いいわよお。どうせあたしなんかただのお局様ですう・・・」
 確かに彼女はこのオフィスの女子社員の中では最年長ではないものの彼女より年上となると今度は四十代の管理職になってしまうのだ。
 それに彼女の同期や一期下も皆退職してしまっており、彼女の年代の女子社員は他にはいない。逆にそれなりにオフィスでの信頼度も高かったが・・・。
 ついでに言えば、そんな彼女にとって嘘泣きぐらい朝飯前でもあるのだ。


 というわけで、三人は例によって夜の町をほろ酔い気分で歩くことになった。
 駅に向かう近道になっている公園のちょうど半ばくらいまで来たときである。
 峰が急に立ち止まった。
「峰さん、どうしたんですか?」
「俺、酔っぱらってんのかな」目をこする峰。
「なによなによなによ」丸茂が峰と薫をのぞき込む。
 峰が前方を指さして言った。
「あの妙にフェロモン全開な姉ちゃん、なんかおかしいような気がすんだけど・・・光の具合かな」
前方を注視する三人。彼らの視線の先を、峰の言うとおり見るからに男の、いや男だけでなく、女性でさえも思わず振り返るであろう魅惑的、と言うにふさわしい女がゆっくりと歩いていく。薫も一瞬目を疑った。
「二人ともどうしたのよ!きれいな人がいるとすぐに見とれて!」
「丸茂さん、よおく見てごらん」
丸茂も女を見た。照明に照らされるたびに一瞬、違うシルエットが現れる。その最大の違いは、頭部だった。
 照明に照らされるたびに、今のロングヘアとは似ても似つかぬ小さな、三角形のシルエットが浮かぶのだ。
「?」丸茂も目を擦った。
 思わず立ち止まっている三人の前を歩く女の後を、若い男が一人ロボットのようについていく。連れにしては見るからに不自然だった。
(まさか・・・奴ら!?)薫は焦った。こんなところではもちろん変身できない。
「やっぱり酔っぱらってんのかな」つぶやく峰。その時、女が振り向いた。
「見たわね!」女がそう言うなり、その目が赤く光る。
「きゃああああ!」悲鳴を上げる丸茂。しかし、まともに赤い光を見た丸茂と峰は、そのまま固まったように止まってしまった。
 薫は何とか自分を保ったが、体がものすごく重く、自由に動くことができない。
「うう、何者」何とか口を開く薫。
「そんなこと、あなたに教えてあげる義務はないわ。さあ、あなたも大人しく固まってしまいなさい」
 女が迫る。何とか目をそらす薫の頭を、女の手が捉え顔の正面に向かせる。必死に目を閉じる薫。
「無駄よ。瞼ぐらいで私の蛇視を防げると思っているの?あまり無理すると本当に石になってしまうわよ」
女の目の光はより強くなっていく。薫は体が重さを通り越して麻痺していくのを感じた。その時!
「ハッハッハッハッハ」響き渡る嘲笑。
「何奴!」慌てて振り向く女。薫はそのまま倒れた。体の感覚が少しづつ戻っていく。
「辰巳の手先め!俺が成敗してくれる」
カツン・・・カツン・・・
堅い足音とともに現れたその姿を、薫は見た。
 鱗状の甲冑、竜頭の仮面、背中にたなびくマント。
 そして何より、それらはすべて、黄金色に輝いている。
「何奴!」
「俺はドラド、太陽の騎士!」
(太陽の、騎士!?)驚く薫。
「ドラドだと・・・おのれ、邪魔だてするとは!おまえも石にしてやる!」女の目が今度はドラドと名乗った男に向かって光る。
「無駄だ。太陽剣!」ドラドが突き出した右手に、これまた黄金色に輝く剣が現れた。彼はその剣を女の視線を遮るように構える。
「ギャアアア!」女が吹っ飛ぶ。蛇視を反射させられたのだ。
「辰巳の手先め、そろそろ正体を現したらどうだ。その、醜い蛇の姿を」
「おのれ・・・・」立ち上がりながら、女はその正体を現した。
 豊かな黒髪はすべて鱗に変わり、頭はさっきのシルエットのように三角の、攻撃的なシルエットに変化していく。そしてやがて現れたのは、頭が蛇、上半身が人間、そして下半身も蛇という姿をした怪物だった。
「せめて頭が人間なら、まだ見れるものをな」ドラドが不敵に言い放つ。
「ええい、この紅子を怒らせるとどうなるか、思い知らせてくれる!」
 紅子は、その毒牙を立てると驚くほど俊敏にドラドに襲いかかった。飛びかかってくる蛇女の頭部を巧みにかわしつつドラドは剣を振るう。
 しかし紅子も譲らない。紅子の俊敏な動きに、太陽剣は空を切り続けた。それがしばらく続いた後、紅子は不意にすっ、と引きドラドとの間合いを取る。ドラドもそれに応じて体勢を立て直そうとしたが、その隙を狙って紅子は、尾を一振りして何かを飛ばした。
 シュッシュッシュッシュッシュッ!
カンカンカンカンカン!
 紅子が飛ばしたのは手裏剣のような形をした鱗のようだった。ドラドは落ち着いてそれを太陽剣でなぎ払う。そして次の瞬間、一気にジャンプすると再び紅子に襲いかかった。
「おのれ!」防戦一方になる紅子。紅子は埒があかないと見たのかまたもや一旦引く。
「待て!」ドラドは追ったがその間に、紅子はうつろな目をしたまま立ちつくしている、彼女に付き従っていた男に巻き付いた。一瞬立ち止まるドラド。
「フフフ・・・それ以上近づけば、この男の命はないわよ」紅子は男の首筋に牙を突き立てる素振りをした。
「ほほう、それで取引をしているつもりか」ドラドは平然としたまま一歩一歩紅子に迫っていく。
「なに!」
「俺はそんな奴には興味はない。それに辰巳がその男を利用しようというのなら、一緒に消すまでよ」
さらに近づくドラド。
「や、め、ろ・・・」掠れたような声に、ドラドが振り向く。声の主は薫だった。
「・・・日野神」ドラドは一瞬、動きを止めて薫を見つめた。
 薫も一瞬、耳を疑った。ドラドは薫のことを知っているのだ。ドラドを驚きの目で見つめかえす薫。
「邪魔はしないで貰おう。俺の目的は、辰巳を潰すことだ。手段は選ばぬ」
 ドラドは、向き直ると再び一歩一歩紅子に向かって前進していく。
「お、おのれ・・・ならば」紅子は、男の首筋にその毒牙を滑り込ませた。
「うう、なんてことを・・・」薫は、いくらか回復したとはいえまだ重い両腕を必死にクロスさせた。
「光、力、将来!」
 ピカァァァン!ブレスレットが輝く。薫はアポロンに変身すると紅子に向かって、完全には自由の利かない体を跳ばした。紅子がそれをかわして逃げに入る。
「日野神、おまえがアポロンだったとはな。まあいい、逃がすか!」
ドラドが紅子を追う。アポロンは崩れ落ちる男を抱き留めた。
 幸い、男は息がある。が、安堵するのも束の間、男はアポロンに抱きかかえられたまま急速に女性化していった。
「畜生・・・」両膝を着いて悔しがるアポロン。そのアポロンの後ろから、冷たい声が突き刺さった。
「さあ、その子を渡してちょうだい」
「何!」
振り向くアポロン。いつの間にか、彼は数人の蛇、いやトカゲ人間の集団に囲まれていた。
 そのリーダーとおぼしきローブ姿の女、辰巳 香奈が、まるで死神のようなカマを構えて言った。
「大人しく渡さないのなら、力ずくで貰い受ける。やれ!」
 香奈の一声で、トカゲ人間たちが奇声を上げて迫ってくる。アポロンはトカゲ人間をまだ変化を続ける男に近づけないように身構えた。


「どうやら、そこまでのようだな」一方のドラドは紅子を追いつめていた。
「おのれ・・・こうなったら」紅子は自分の尾に腕を突き刺した。血のような液体が飛び散る。
「どういうつもりだ」
「ウ・・ウグググ」
 紅子が腕を抜き出す。その腕には、冷たい光をたたえる剣が握られていた。さらに、その剣は二つに分かれ、紅子は両腕に剣を構える格好になった。
「ほほう、そうくるか・・・」ドラドは、挑戦的な口調で言い放つ。
 人気のない路地の奥で、ドラドと紅子は対峙した。両者ともに、先に動いた方が負けと言わんばかりに剣を構えたまま相手の隙をうかがっている。
「イヤァァァ!」先に動いたのは紅子だった。
「見切った!」ドラドはそう叫ぶと、剣を下から振り上げる。
 キャイィィィン!弾け跳ぶ二本の剣。そして次の瞬間、ドラドは、振り上げた剣を返して振り下ろした。
「ア、ア、アァァァ」紅子の断末魔の声。目と口を大きく開いたままの頭がドサリと落ちる。そして、命令するものの無くなった胴体が、続けて崩れ落ちた。


「ホホホ、この子は貰い受けたわ」香奈の嘲笑。
 ついにトカゲ人間の一人が、男を抱え上げた。
「おのれ!」アポロンは辛うじて追いすがるが、まだ力の戻らない体にトカゲ人間数人の相手は厳しかった。たちまち他のトカゲ人間たちが攻撃してくる。
 その時だった。男を抱え上げていたトカゲ人間が、真っ二つになった。
「何!」香奈が振り返る。その目に、まばゆい輝きが飛び込んできた。
「ウッ!」思わず手をかざす香奈。
「トウ!」それに乗じて、アポロンも反撃を開始した。次々に倒されていくトカゲ人間たち。
「おのれ・・・退け!」香奈は旗色悪しと見て、カマを一振りすると逃げていった。


 ドラドは、真っ直ぐアポロンに近づくと、その傍らで苦しみながらもうほとんど女の姿となって気を失っている男の首に剣を突きつけた。
「何をする・・・」驚くアポロン。
「勘違いして貰っては困る。俺はおまえを助けたわけではない。辰巳の企みを邪魔しただけだ」
「ならばなぜだ?その人には何の罪もないはずだ」
「解っていないようだな、アポロン、いや日野神。そいつは辰巳に選ばれたんだ。それに、運悪く女性化までされちまってる。奴らはまたそいつを狙うぞ。そして、そいつは奴らに連れ去られ、辰巳の子供を産む道具にされるんだ。辰巳の企みを阻止するため、いやそいつ自身のためにも死んだ方がましなのさ」
「なんという・・・」
「残念だがそれが現実だ」ドラドは、剣を振りかぶった。
「やめろ!」アポロンがドラドの前に立ちはだかる。
「人の犠牲を厭わぬと言うのなら、貴様も辰巳やフェムニスと変わらん。戦うまでだ」
 視線と視線がぶつかる。
「・・・・・そうか、おまえらしいな」ドラドは剣を納めると、何かの小瓶を投げた。
「蛇女の内蔵から取り出したものだ。効くかわからんがもしかしたら解毒作用があるかもしれん」
「ドラド・・・」
「さらばだ、アポロン。辰巳の敵は俺の友、また逢おう」
 ドラドは、去っていった。変身を解いた薫は、呆然とその姿を見送った。


「ドラド、と言ったか」
「はい」
「間違いないのだな」
 八蔵が、香奈の報告を受けていた。その顔には、驚きの表情が浮かんでいる。
「間違い、ありません」香奈は、悔しさを滲ませた表情で、父親の前に跪いていた。
「馬鹿な・・・ドラドは我ら一族の血を引く者のはずだ」
「なんですって」三姉妹も、驚きの声を上げた。
「ドラドとは翼ある龍神ケツァルコアトルの流れを汲む者。その力は我ら一族の血を引いておらねば受け継ぐことはできぬ・・・ならば、その者は我の跡を継ぎ、巳族を束ねるに相応しい者かもしれぬ」
「父上!」
「ドラドを探せ。そして我が元へ連れてくるのだ。そしてその血筋が確認されたならば何としてでも我方に引き入れねばならぬ」
 三姉妹は、不服な表情をして引き下がった。


「で結局なんだったんだ?」峰が「?」な顔をしていた。
「あの女の人が、痴漢かと思って振り向いて大声出したら、二人とも気絶しちゃったんじゃないですか」はっきり言って、かなり苦しい内容の話だったが、どうやら二人は信用したらしい。
 何だかんだ言いつつ、二人とも案外酒癖が悪いので、記憶が無いことも少なくなかったのだ。
「ひでえなぁ」
「そうよ、峰さんはともかく私まで痴漢扱いして」丸茂は憮然としていった。
「でもよかったですね、二人とも無事で。これで財布でもとられたひにゃあ」
「・・・・」峰と丸茂は、聞こえないふりをしてデスクに向かった。


 病院の一室。
一人の女が、ベッドで点滴を打たれて眠っていた。
「俺としたことが・・・人一人守れぬとは・・・」
 薫はあの晩、帝都大学でトップ十人の中に入る秀才、羽田 誠こと麻子を「道端に倒れていた」ことにしてこの病院に運んだのだ。
 アポロンの目の前で女性化された彼女は、ドラドのくれた薬のおかげで何とか自我だけはとりとめた。あの薬がなければ正気を失い、精神を支配されて自ら辰巳家の門を叩いていたかもしれない。しかし、彼女の肉体はもちろん精神は女性として定着させられてしまっており、二度と元の姿に戻ることはなかった。
 病院のロビーで本度 恭一郎が待っていた。薬の分析も、彼が秘密裏に手を回してくれていた。
「彼女にはガードをつける。安心しろ」
「でも辰巳って奴はいったい何なんだ!」薫の拳が、壁を叩いた。
「さあな。でも俺にはこれが精一杯だ。上からもストップがかかっている。負けるなよ、太陽仮面」
 本度は、薫の肩をポン、と叩くと立ち去ってった。
 薫は、俯いたまま怒りを新たにしていた。

<つづく>



<次回予告>

「おい!赤信号赤信号」
「結婚するんだ。こんな訳で少し予定が遅れてはいるがな」
「君は一体・・・」
「少し、向こう向いていてくださる?」
「捜したわよ!人魚さん」
「日野神、愛子、これが俺の今の姿だ。行くぞ!」
「あなたは・・・巳族と光族の双方の力を受け継ぐ者」
 次回「人魚の涙」お楽しみに

*このお話はフィクションであり、ここに登場するすべての人物、団体等は実在の物とは全く関係ありません。

ご意見、ご感想等をお寄せ下さい
<女神仮面ミーミル END>


<作者のたわごと>
 徐々に流れが加速してきたような気がします。
 ドラドさんも、実は結構昔にお生まれになった方で、本編登場の機会を長いこと窺っていました。今回ようやくその野望を果たされたようで・・・
 ところでドラドさん必殺の太陽剣の決め技、今回はあえて書きませんでした。はっきり言って「オーロラプ*ズマ返し!」と書きたいのを抑えるのが精一杯だったんですはい。
え、なんでアポロンの必殺技じゃないの!って?だって薫君、剣術がなってないんだもん。そのうち特訓しましょうかねえ。
 ちなみにドラドさんの正体は、すごい(例によってヅカファンの方ごめんなさいな)名前です。そのうち彼の最大のライバルであるあの方も登場するでしょう。(おいおいまたかよ・・・)
 では。


KEBO。


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