女神仮面 ミーミル
By KEBO

<第八話:黒い薔薇VS赤い薔薇>

 ゴーン・・・ゴーン・・・
 鐘の音とともにショータイムの盛り上がりは最高潮に達した。
 スポットライトを浴びて、ステージの中央に真っ赤なドレスを着た女が現れる。
 満場の拍手。
 このところタウン情報誌のナイトスポットのページを占領し続けているこの店最大の看板が彼女である。
「いやあ、写真と本物じゃ全然違うな」
「どう違うのよ」
「本物の方が全然凄い」
「凄いって?」
「なんていうか、その、凄いんだよ」
 薫と、峰をはじめとした同僚達は、丸茂の機関銃のような「いっぺん行ってみよう!」攻撃に降伏してみんなでこの店にやってきていた。
 ステージの中央に立つ女、鈴風 真夜は他の女達を従え、激しいラテン系のダンスを踊っている。
 演出なのか、踊る女達には皆体のどこかに薔薇の花の刺青があり、必ずその部分を露出させるように衣装を着けている。そんな女達が身をくねらせて踊る姿は、妖しい雰囲気を湛えて客達を魅了していた。
 真夜が、唇にくわえた薔薇の花を手に持ち替える。満場の客達が注目した。
 ショータイムが終われば、彼女はこの薔薇を投げた先のテーブルに付くのだ。
 自分が気に入った客にしかサービスしないのが彼女のもう一つの評判の元であった。
「こっちに投げないかな」丸茂が子供のように目を輝かせている。
 真夜が薔薇を放った。
 うわあ!あがる歓声。
 薔薇は向こうの方の席にいる若い男が受け取った。
「あーあ」丸茂ががっかりした声を出す。
「ははは、そりゃあ向こうだって女の人だろ。若い男の方がいいに決まってるじゃねえか」と峰。
「どのみち、他の子もべっぴん揃いだし。こりゃあ確かに客も入るわ」
 情報誌によれば、この手の店の中では、料金も安い方とのことである。もっとも、彼らはあまり行かないので本当かどうかは定かではないのだが。
 音楽が終わり、真夜が中央に立って挨拶して、ショータイムは終わりを告げた。
 退場する女達。その中の一人に、薫はふと目を留めた。どこかで見たような、誰かに似ているような気がしたのだ。
 その視線に気付いたのか、彼女も薫の方を向く。
 視線と視線が交わる。彼女の顔に、明らかに動揺が現れる。どうやら彼女は薫のことを知っているようだ。
 しかし薫はどうしても誰だか思い出せなかった。
 続いてパブタイムとなり、さっきの踊り子達が今度はホステスとなって各テーブルに付きサービスを始めた。
「こんばんわ、ユリです」薫達のテーブルに現れたのは、その彼女だった。
 彼女はさっきの事がなかったかのように笑顔でサービスを始める。
(何かの勘違いかな・・・)薫が思い始めたとき、彼女が水割りのグラスとともに一枚のメモ書きをよこした。
 メモ書きには『明日、十二時半に、NSで』とある。
 慌てて彼女に振り返る薫。彼女は一瞬思い詰めたような視線を彼に向けたが、すぐに何事もなかったように笑顔に戻っていた。
(・・・・・?)薫は混乱していた。「NS」とは学生の頃、仲間達とよく集合場所に使っていたとあるショールーム前の略で、彼らの仲間以外にはその略号は知らないはずである。
「ねえ、何ボケッとしてんの!日野神さんも、さ、飲も!」丸茂の声が、薫を現実に引き戻した。
 薫はまだ納得がいかなかったが、ユリと名乗った女は薫達が帰るまで何も語らなかった。

 一方、真夜が薔薇を投げたテーブル。
「ほ、本当に」薔薇を受け取った男、菅田 智は、夢のような気分であった。
   彼の耳が確かなら、彼女は彼を誘っているのだ。
「ええ。店が終わるまで待っていてくれるのなら」
「ま、待ってるとも。待ってますって」
「ふふふ。ありがとう」
 智は真夜の作った水割りを飲み干した。


「さあ、どうぞ」
 真夜は、自分の寝室に智を招き入れようとしていた。
 屋敷と呼ぶにふさわしい大邸宅に、智は驚きおののいている。
「ふふふ。こんな家ぐらい、店が成功すればすぐに手に入るのよ。さあ、怖がらないでどうぞ」
 智が、恐る恐るといった感じで部屋に一歩づつ踏み込んでいく。
 部屋の中に立ちこめる、むせ返るような何とも言えない甘美な香りが智を包む。彼はその香りに刺激されたのか徐々に欲望を押さえられなくなっていった。
「さあ、私を抱きなさい」
 真夜が、一枚づつ智の服を脱がせていく。
「ああ、真夜さん・・・」智は、ついに興奮を抑えられなくなったのか真夜に抱きついた。
「ふふふ、慌てないで。この辺りがいいかしら」
 真夜は、いつの間にか薔薇の花をしっかりと握っていた。その花を、智の左肩のあたりに擦り込むようにする。
「う、あああ」肩から沸き起こる快感に、声をあげる智。
「ふふふ・・・そのまま本能に身を任せるのよ。そうすれば、あなたもすぐに美しく生まれ変われる」
 薔薇の花が、智の体の中にツタのような物を伸ばしていた。やがて、智の引き締まった体型が変化し始める。
「あ・あ・あ・あ・あ・・・」
 智は、完全に陶酔感に飲み込まれていた。
「余計なことは考えないで・・・あなたはもう私の虜。何も心配ないの。すぐに脳の中にもツタが入り込んで、あなたのすべてを男から女に作り替えてくれるわ。抵抗をやめて本能のままツタに身を任せなさい。そして新しいあなたを、身も心も女に生まれ変わるあなたを自分自身で受け容れるのよ」
 真夜が妖しい笑みを浮かべて見守るその前で、智は細く丸みを帯びた美しい女に変身していった。
「ふふふ、私が睨んだ通り。あなたなら、すぐに売れっ子になれるわ」
「ハ・ハ・ハ・・・」数分後、ベッドの上には左肩に薔薇の刺青をした美しい女が肩で息をしながら横たわっていた。
「気分はどう、さとし君、いや、トモちゃん」
「・・・真夜さま」
 完全に女に変身した智は真夜に哀願するような顔を向けた。
「ふふふ。安心しなさい、たっぷりと可愛がってあげるわよ」
 真夜は、寝室のドアを閉めた。


「君は、いったい誰だ」
 十二時半きっかり。すでに彼女はショールームの前に現れていた。
「ここでは何だから。一緒に来て」
 数分後、二人はショールームの入ったそのビルの屋上にいた。
 ユリが口を開く。
「おぼえている?、ここで彼女を争って喧嘩したときのことを」
 薫は驚いた。薫の記憶にある限り、そのことを知っているのはただ一人だ。
「裕輝が、そのことを言ったのか」裕輝とは、その喧嘩の相手である。
「いいえ。そんなこと、誰にも言わないわ」
「それじゃ何故・・・・まさか!?」
 薫は理解した。どこかで見たことのある顔、それは裕輝の顔そのものに違いなかった。
「そうよ。薫、格好良くなったわね」
「裕輝、なぜなんだ、何があった」
「ばかねえ。今時性転換する子なんて幾らでもいるわ」
「嘘いえ。お前がそうする訳がない。彼女はどうしたんだ」
「元気にしてるはずよ」
「一体どうしたんだ!何があった」
 ユリが目をふせる。一瞬の沈黙の後、彼女が口を開いた。
「薫・・・私、どうしたらいいかわからないの」
「どういうことなんだ?」
 ユリは、太股の部分に入った薔薇の刺青を薫に見せた。
「私たちは、あの方の玩具なのよ」
「玩具!?」
「あの店であの方に出会って、誘われるまま部屋に着いていって、その後気が付いたら女になってた。体だけじゃないわ、心まであの方の思い通りの女に。ただおぼえているのは凄く、全く理性を失うほどの陶酔感を感じたことだけ。その後は、何もかもあの方の思いのまま。そう、まるで人形のように・・・あの方は、悪魔よ。気に入った男を、あの恐ろしい力で自分好みの女に仕立て上げて、弄ぶ。そしてやがて壊していくの」
「裕輝・・・」
「あの方の微笑みには、抵抗できない。逃げようとしても、あの方に見つめられたらもう駄目。体も心も言うことを聞かなくなってあの方のなすがまま。私もいずれは他の人達みたいに心が壊れて、あの方に操られるだけの人形になるんだわ」
 薫は、何も言ってやることができなかった。
「ごめんなさい。こんな事言っても薫にはどうにもできないって解ってる。でも、誰かに聞いて欲しかったの。薫、あの方には二度と近付かないで。あなたは、私と同じ道を辿ってはいけないわ。聞いてくれてありがとう」
「お、おい待て」顔を押さえたまま走り去ろうとしたユリを薫が制止しようとしたその時、
「あっ!」ユリが不意に止まった。その顔には、恐怖の表情が浮かんでいる。
 彼女の視線の先に、少々派手目のスーツに帽子をかぶった一人の女が立っていた。
「ユリちゃん、えらいわ。お客様をしっかり掴んだわね」鈴風 真夜は、妖しい微笑みを浮かべたまま、薫に向かって薔薇を放った。
 飛んできた真っ赤な薔薇を受け止める薫。
「今宵、お待ちしておりますことよ。私の屋敷へ直接いらして」
 薫は動じなかった。受け止めた薔薇を胸に刺すと懐から黒い薔薇のカードを一枚、真夜に放つ。
 今度は真夜が、カードを受け止めた。
「ハハハ、普段の格好も美しい方だ。今夜の誘い、喜んで受けよう。そのカードは予約代わりだ」
「薫、駄目!」ユリが消えそうな声を絞り出す。
「フフフ、素敵な方。ではまた後ほど」真夜は顔をひきつらせたままのユリを連れて、エレベーターホールの方に去っていった。


 深夜・・・
 真夜の屋敷はすぐにわかった。立派な門構えの古い洋館である。
 塀一面に薔薇のツタが絡んでいる。近所では「薔薇館」とよばれているらしい。
 門は勝手に開いた。薫はタキシード姿のまま鍵のかかっていない玄関の扉を開き、屋敷の中に堂々と進入していった。
 応接間らしい部屋で、真夜は待っていた。傍らに、侍女のようにユリが控えている。
「待っていたよ。お前のような男に会うのは初めてだ」
 真夜は、男装の麗人といったいでたちで、ルイ王朝時代のフランスの軍服を身にまとい応接イスに腰掛けている。
「ほほう、近衛連隊の制服か。薔薇そのもののようなあなたにはふさわしいかもしれぬ」薫は、この手の服装には詳しい。
「よくご存じのようだ。私のコレクションでね」
 真夜は立ち上がると、薫の方に歩み寄った。ユリが顔をふせている。
「私を抱くがいい」真夜は、薫を真っ直ぐ見つめて挑戦的に言い放った。
 欲望を刺激する香りが、部屋中に立ちこめる。
「ハハハハハ、そのセリフは俺には利かないぞ」薫は、落ち着き払っていた。
「何・・・・」
「確かにお前は美しい。だがな、美しい薔薇には棘があるのも俺は知っている。俺のカードを見たはずだ」
「黒い、薔薇・・・・」
「悪魔の薔薇が赤いなら、正義の薔薇は黒いのさ」薫は勝ち誇って言い放った。
 屈辱に顔を歪ませる真夜。
「おのれ、私に恥をかかせるとは・・・どうやらこの格好でいたのは正しかったようだな」真夜は、きびすを返して壁の方に歩いていくと、壁に掛かったサーベルを一本、薫の方に投げた。
 床に突き刺さるサーベル。
「剣を取れ日野神 薫、いやアポロン」
「俺の正体も知っているようだな」
「女に恥をかかせた罪を、身をもってあがなうがよい。行くぞ!」
 真夜はサーベルを振るって薫に襲いかかってきた。薫も床からサーベルを引き抜き応戦するが、剣をふるった経験がないだけに剣さばきがしっかりしない。
 カンカン!刃と刃がぶつかる。真夜の攻撃には隙がない。薫は真夜のスピードに防戦一方となった。
「どうした!私の相手は少し無理だったか」真夜の表情が、次第に余裕を持ってくる。
「・・・チャンバラが初めてにしては上出来だろうが」薫は悪態を付いた。
 チャリーン!ついに薫の剣がはじき飛ばされた。薫の首に、真夜のサーベルが突き付けられる。
「勝負あったな。さあ、大人しく私の虜になれ」真夜が勝ち誇って左手に持った薔薇に口づけをする。しかし・・・
 グサ!
 それ以上真夜は動けなかった。真夜の表情が驚きの表情に変わっていく。
「なぜ・・・裏切ったか、ユリ・・・」
 真夜の背中に、ナイフが突き刺さっていた。その後ろで、ユリが、放心したように座り込んでいる。
「あぁぁぁぁ!」真夜は、痛みを堪えるように膝を突いて叫んだ。叫びとともに、真夜は、その本当の姿を現した。
 軍服が、花びらを散らすように弾ける。中から、全身花とイバラに包まれた薔薇女が現れた。
「正体を現したか、フェムニス。ではこちらも行くぞ。光力招来!」
「薫・・・」
 ユリは、正気を取り戻していた。
 光に包まれ、変身する薫。
「闇を切り裂く正義の光!太陽仮面アポロン!」
「フフフ、フェムニスの紅薔薇公爵婦人、フィムローゼズとは私の事よ」
 薔薇女も、立ち上がっていた。
「行くぞ!」
「ホホホホホ、ユリちゃん」
 薔薇女がユリを見つめる。ユリが太股を押さえて苦しみ始めた。
「あぁぁぁ・・・」
「おのれ、彼女に何をした!」
「さあ」
 薔薇女の命令とともにユリが立ち上がった。視線が宙をさまよっている。
「裕輝、やめろ!」ユリが振り回すナイフをかわすアポロン。
「ホホホ、お遊びはこれまで。行くわよ!」フィムローゼズが両手を伸ばした。薔薇女の両腕は太いツタになって伸びるとアポロンの体に巻き付いていく。
「ううう!」アポロンは、完全に動きを止められた。
「さあユリちゃん、今度こそとどめを刺しておやり」勝ち誇る薔薇女。
 ユリが一歩一歩近付いてくる。
「裕輝・・・やめるんだ」アポロンは、薫は、まっすぐにユリの目を見つめた。
 ナイフを振り上げるユリ。
「えぇぇぇい!」叫びとともにナイフが振り下ろされた。
「裕輝!」アポロンの叫びが響く。
 流れ落ちる鮮血。
 ナイフは、アポロンではなくユリの太股、薔薇の刺青に突き刺さっていた。
「なんてことを」うろたえる薔薇女。
 崩れ落ちるユリの太股から、真っ赤な血とともに薔薇の刺青が実体化して抜け落ちる。
「うあああああ!」
 アポロンの雄叫び。怒りが、彼の体を拘束した薔薇のツタを引き裂いた。
「ギャアアア」両腕を引き裂かれて苦悶の表情を浮かべる薔薇女。
 アポロンの右腕が、かつてないほどの光に満ちていた。
「怒りの鉄拳を受けて見ろ!」
 凄まじい炎が、アポロンの右腕で燃え上がる。
「アポロン・コロナパンチ!」
 燃え上がる鉄拳が太陽のコロナのように弧を描き、フィムローゼズの胴体を貫く。
「うぅぅぅぅ・・・・フェムニス、万歳・・・・」
 薔薇女は、身体中の花びらを散らせると真っ赤な炎を上げて消滅した。


「これからどうするんだ」薫は、ユリこと裕輝と、あの屋上にいた。
 建物を照らす太陽の光が眩しい。
 彼女を支配していた薔薇は彼女の意志によって打ち破られ消滅したが、結局裕輝が元に、男としての裕輝に戻ることはなかった。
「そうね・・・このまま女として生きていくしかないみたい」
 ユリの顔に、くもりはない。彼女はやっと悪魔の呪縛から解放され自由になったのだ。
「明日のことは、明日考えるわ」
「“風とともに去りぬ”か」
「そうよ。よく知ってるわね」
「ははは。俺がファンなのを知っているくせに」
 二人は顔を見合わせて笑った。
「じゃあ、元気でね。正義のヒーローさん」
「ああ。元気でな」
 ユリは、一人の女として、人間社会に戻っていった。


「マドモアゼル・マヨが・・・・」
「うろたえるでない。公爵婦人がなくとも、計画には支障あるまい」
「しかし・・・」
「どちらにしろ、矢は放たれたのじゃ。計画通り、事を進めよ」
「かしこまりました、マダム」
 報告に来た侍女が下がった後、「マダム」と呼ばれたサングラスの女は立ち上がり、真っ赤な薔薇の花をプールに投げ捨てた。
「マヨ・・・・・おのれ、見ておるがよい」
 フェムニスの最終作戦が、今始まろうとしている。

<つづく>



<次回予告>

「不適合」
「あああああ!」
「そんな・・・日曜日は」
 キキキキー!
「救急車!」
「邪魔者は、消すまでよ」
「あれが、噂の・・・」
「ミミー・グングニル!」
 次回「決戦は日曜日」お楽しみに

*このお話はフィクションであり、ここに登場するすべての人物、団体等は実在の物とは全く関係ありません。

ご意見、ご感想等をお寄せ下さい
<女神仮面ミーミル END>


<作者のたわごと>
「女神仮面ミーミル」第八話「黒い薔薇VS赤い薔薇」をお届けします。
 宝塚と言えばやっぱり「ベルばら」と「風」でしょう。え、何のことか解らないって?そうですね、最近は「エリザ」もこの中に入りますかねえ・・・でもあくまでもオリジナル作品という意味では上の二作(**編で分ければたくさんになりますが)でしょう。(ぜんぜん説明になってない・・・トホホ)
 とはいえ最近私も大劇場から足が遠のいてます。嫁がハマっていない場合家庭ができると男性のヅカ見はちとしんどい物があるのです。最近は専らBSが頼り。でもいかんせんビデオではパレードの後放心できないのですよ・・・早くウチの娘大きくならないかなあ。
 というわけで今回はアポロン編でした。ヅカファンの方、御気分悪くなったらごめんなさい。でもね、私も宝塚とっても大好きですのよ。誰のファンかって?それはタイトル等を見れば一目瞭然でしょう。
 次回からいよいよフェムニスの「大」作戦が始まります。どんな作戦かは見てのお楽しみ。まあ所詮悪の組織の作戦なのであまり期待されませんように。
 では。
 今回はあとがきになってないなあ・・・


 KEBO。


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