女神仮面 ミーミル
By KEBO

<第五話:ロッカールームは危険な香り>

「やだあ、日野神さんいまあの女の人見てたでしょ」
「み、見てないよ」
 スポーツクラブ、ではなく市民プールのプールサイド。優は文香に引っ張られて泳ぎに来させられていた。
 そこでたまたま他の女性に見とれたのを文香に見咎められたのだ。
「あやしい。私とどっちがきれい」
「そりゃあ、君だよ」
「ほら、やっぱり見てたんじゃない!」
「いいじゃないか。べつにちょっかい出してたわけじゃないし」
 ぷ、文香が急に吹き出した。
「そんなにムキにならなくてもいいじゃない。でもいいわ、許してあげる」
「はいはい」
 二人は、もうひと泳ぎすることにした。


 パタパタパタ・・・パタパタパタ・・・
 ロッカールームの一角。
 女は振り返った。さっきからどうも妙な音が聞こえる。
 なにか鳥の羽音のような・・・しかし普通は建物の中に鳥はいない。
 女はさっき優が見とれていた女であった。健康的で、生気溢れるといった感じである。
 彼女は水泳の時間を終えて引き上げてきたのだ。
 パタパタパタ・・・パタパタパタ・・・
 どうも気のせいではないようだが、あまり時間がない。彼女は帰る準備をするためにロッカーを開いた。しかし、
「キャー!」
 彼女は気を失った。
「オッホッホッホッホ・・・・」
 奇妙な女の低い笑い声だけが残った。


「そろそろ帰ろうか?」
 優は文香に言った。正直に言って彼は泳ぐのはあまり得意ではない。
「そうね。じゃあロビーで待ってて」
「わかった」
 文香が女子更衣室の方へ向かう。
 ふう、と思わずため息をつく優。彼も男子更衣室に向かおうとしたその時、プールを見下ろす通路を、さっきの女が歩いていった。
(・・・?)
 そんな姿を見られたらまたもや文香にいじめられたかもしれないが、優はさっきとは別の意味で女に見とれた。
(水着と普段着じゃ全然雰囲気違うな)
 女は、プールの中にいた時は生命感に満ち溢れていてとても好感が持てたのだが、今上を歩いている彼女はさっきとは違って全く生気が感じられず、氷のような冷たさに包まれているようだった。
(いやあ、女はやっぱりいろんな顔があるからな)優はそう思って、シャワーの方に向かった。


「らんらんらん・・・」
 ごきげんの文香はたっぷりとシャワーを浴びた後、ロッカールームに戻った。
 スポーツクラブ等と違ってここの市民プールにはサウナなどがないので、泳いだ後余計な寄り道をせずに出られるのだ。
 パタパタパタ・・・パタパタパタ・・・
「ん?」
 文香が振り返る。しかしそこには誰もいない。
「気のせいかな・・・」
 文香は自分の荷物を入れたロッカーを探した。さっさと髪を拭かないと風邪を引くのだ。
 パタパタパタ・・・パタパタパタ・・・
「もう、何だか知らないけどうるさいわね」
 などと言いながら目指すロッカーを見つけた文香は、鍵を差し込んだ。しかし、
「ん?」
 回る方向に鍵を回すと、逆に鍵が閉まってしまった。
「え、もしかして・・・」
(げげ、鍵かけ忘れたかも!財布とか盗られてたらどうしよう!)
 焦った文香は慌てて鍵を逆に回し、思いっきりドアを開いた。
「・・・・・?」
 一瞬文香は何が起こったのか理解に苦しんだ。ロッカーの中に、見慣れない物がある。それはロッカーから飛び出すと一瞬にして文香を羽交い締めにした。
 ロッカーの中にいたのは裸の女だった。
「何よ何よ何よ!?」
 羽交い締めにされた文香がロッカーとは反対側に向かされる。
「オッホッホッホッホ・・・・」
「キャー!」
 目の前に現れた物を見て、文香は初めて悲鳴を上げた。
 そこには、人間大の蛾か蝶のような虫、いや蛾人間が低い声で笑いながら立っていた。
「健康そうな娘だわ。喜びなさい、あなたも生産階級に推薦してあげる」
「な、何をするの・・・・」
 蛾女の触角が文香の頭の両側に触れる。文香は急に眠くなった。
「ぁぁぁぁ」
 崩れ落ちる文香。蛾女はしばらく文香の頭に両側から触角を接触させていた。そして、一段落したのか彼女から離れると、口から糸のような物を吹きかけた。
 数秒後、文香は完全に繭の中に捕らえられていた。
「さあ、お前の出番よ」
 ロッカーの中から現れた裸の女が蛾女フィムメタモスの前に進み出る。
「オッホッホ・・・」
 パタパタパタ・・・
 女の上に浮き上がった蛾女は、その羽から落ちる粉を女に振りかけた。
 女の顔や体が、微妙に変化していく。やがて女の姿は、いまそこで繭に閉じこめられた文香の姿に瓜二つになった。
「仕上げるわよ」
 蛾女は文香そっくりになった女の頭の両側にしばらくの間触角を触れさせた。
「さあ、お前の名前は」蛾女は、女から離れると尋ねた。
「白木 文香」
「よろしくてよ。文香ちゃん、あなたの任務はわかってるわね」
「はい」
「では、準備ができたら行きなさい」
「はい」
 数分後、文香の服を着て文香の化粧をした文香のニセモノは、本物の文香が入った繭をロッカーの中にしまうと女子更衣室を出ていった。


「そろそろ来るかな」
 優は、さっき約束したとおりロビーで文香を待っていた。
 とはいうものの、すでにプールサイドで別れてから四十分ほどが経つ。
 文香に限らず女の子というものは着替えや化粧、そしてトイレ等にものすごく時間がかかるらしい、というのが優がここしばらく文香とつきあって理解した現実である。
(まあ、いいけどね)
 すでに優は文香に待たされるのには慣れていた。というか、父が家族で出かけるとき、いつも母の準備を急かせていた意味をようやく理解したと言うべきか。
 とその時、
「お待たせしました」
 文香がいつもと違って静かに現れた。
「どうしたの、急にあらたまって」優は思わず口に出した。
「いえ、別に」
「もしかして、さっきのこと怒ってる?」
「いいえ。行きましょ」
「あ、ああ」
 妙に大人しくさっさと歩き始める文香にしっくりしないものを感じながら、優は文香と一緒に市民プールを出た。


「どうしたの、元気ないよ」
「なんでもないわ」
 時計はすでに八時近かった。思ったより長いこと泳いでいたらしい。
(もしかして腹が空いてるのかな)優は思った。
「何か食べに行かない?」
「いいですよ」
(・・・?)
 優はかなり違和感を感じていた。普段の文香なら食べるという単語を聞いた瞬間に、待ってましたと言わんばかりに優が聞いたこともないような食べ物やレストランの名前を連発して、優を困惑させるはずだ。
 そして彼女の挙げるものは、大抵値段が高いので、優は笑って別の店(安い)に連れていくか、バイトに励むハメになるのである。
 が、しかし、今日の文香はおかしすぎる。
「文香」
 優は立ち止まった。そして、文香の顔をまじまじとのぞき込んだ。
(・・・・・!?)
 彼は驚いた。文香の顔が、今までに見たこともないような表情、いや全くの無表情な顔になっている。
「どうした、調子でも悪いか?」
 顔だけではない。よくよく見れば身体中から生気が抜けているようだ。
 文香の冷たい目が優を凝視している。その瞬間、彼は思い当たった。
(さっきの女の人・・・)
 さっきプールにいた女も、プールから上がった後で見たらこんな感じだった。
「どうしたの日野神さん?何か食べに行きましょう」
 文香らしくない抑揚のない声が優に突き刺さった。
「いったいどうしたんだ!本当に文香か!」
 優は文香の肩を揺さぶった。しかし彼女は表情一つ変えない。
「どうしたの日野神さん。私よ、文香じゃないの」
 氷のような言葉がまたもや優に突き刺さる。
 優は意を決して言葉を投げた。
「お前、文香じゃないな!」
「文香じゃなかったら誰だって言うの」
「それを聞いているんだ!」
 優は思わず文香の腕を引っ張った。すると文香はものすごい力で腕をふりほどく。驚いた優は思わず身構えた。
 文香、いや文香と瓜二つの女が、鞄から何かを取り出した。よく見ると刃物のようだ。
 文香ならそんな物は持っていない。
「畜生!文香をどこにやった!」
 女は答える代わりに無表情でナイフを突き出してきた。
 辛うじて交わす優。彼はそのままナイフをもった女の腕をつかむとグイっと引き寄せ首の後ろにチョップを食らわせた。
「うぅぅぅぅ」
 倒れる女。女はそのまま苦しみ始めた。
「うぅぅぅあぁぁぁ」
「どうしたんだ!」
 優は焦った。そんなに強力なチョップを食らわせた気はない。
「おぉぉぉぉ」
 女の声が、だんだん太くなっていく。やがて声だけでなく、その姿までもが変化していく。
「え!?」
「あ、あああ」
 立ち上がったのは、女ではなく男だった。
「こ、ここは・・・?」
 文香の服を着たままの男は、目を白黒させていた。
「まさか・・・フェムニスの仕業か」
 文香が危ない。
「とりあえず、その女装やめたら」
「あのう・・・いったい・・・」
 優は、状況を理解できないでいる男の服を問答無用で剥ぎ取っていった。
 しかし・・・
「あーあ・・・まあいいや、下着ぐらい着ときな」
 男が身につけた下着など文香に着けさせたくない優は、女性下着姿の男を残して市民プールの方へと走った。


「とりあえず一緒にいなかったのは・・・女子更衣室だ」
 優は女子更衣室に向かって階段を駆け上がった。
 すでにプール開放の時間は終わりつつある。が、ここで優は思い当たった。
(この格好で女子更衣室に行ったら、ただの変態だな)
 スローダウンする優。彼の足は女子更衣室まであと数メートルのところで止まった。
 しかしその時、あの感覚がやってきた。
「なんだかなあ。有り難いんだか忌まわしいんだか」
 優はまたもや女に変身していた。
「よっし!いくぞぉ!」優は細く高くなった声で気合いを入れる。そして抵抗なくすんなり女子更衣室のドアを開いた。
 パタパタパタ・・・パタパタパタ・・・
 妙な音が聞こえる。
 文香!と叫ぼうとして優は思いとどまった。
(この姿がばれちまうでないかい)
「出てこいフェムニス!」かわりに女になった優の美しい声が響く。
「オッホッホッホッホ・・・・出てこいなんて。なんて乱暴な言葉遣い。最近の若い女の子は言葉が乱れていてよくないわ。せめて出てらして、ぐらい言えないのかしら」
 俺は男だ!とまたもや反射的に叫びそうになってしまう優。
 ロッカーの上から声の主が姿を現した。
「出たなフェムニス!女の子たちをどこにやった!」文香をどこにやった!と言うのは何とか押さえた。
「オッホッホ。すぐに教えてあげる。ほかの娘たちと同じようにね」
 シュー!蛾女は口から糸のようなものを吐いた。
「うわ!」優に絡みつく糸。しかし優は辛うじて左手を上にあげた。
「女神転生!」
 ピカーン!知恵の瞳が光り輝く。
「う!」今度は蛾女の方が悲鳴を上げる。
 糸が光に満たされて消滅すると、そこに彼女が立っていた。
「女神仮面ミーミル!」
「ええい、こうなったらいくわよ」蛾女は床に舞い降りると羽から粉を飛ばした。
「オッホッホ!夢でも見るがいいわ」
 しかしミーミルは動じなかった。
「フン!もうその手は食わないわよ」
 ミーミルが、さっきの男から剥ぎ取った文香の服で粉を扇ぎかえす。
「オッホッ、ゴホ!ゴホ!なんてはしたない」自分の粉を受けてむせる蛾女。
「はしたないもへったくれもあるもんか!ミミー・グングニル!」
 右手を挙げて叫ぶミーミル。右手の先に、光り輝く槍が現れる。ミーミルは、それをしっかりと握ると蛾女の方に向かって放った。
 ヒュイィィィン!蛾女に向かってまっすぐに飛ぶ槍。
「オホオォォォォ!」
 光の槍が、蛾女の胴体を貫く。フィムメタモスは、そこから燃え上がりあっと言う間に消滅した。


「文香!文香!」
「うぅ、日野神さん・・・」
「もうだいじょうぶだよ」
 しっかりと優に抱きつく文香。しかし突然文香の目が見開かれる。
「ちょっと日野神さん!ここ女子更衣室じゃないの!それに、どうして私の服散らかってるの!ひどおい!日野神さん、私の下着見たでしょ!」
「お、おい、せっかく助けに来たのにそりゃあ」
「いいから早く出てってよ!」
「はいはい」慌てて退散しようとする優。しかしその背中に、文香の言葉が飛んできた。
「優さん、着替えたら美味しいもの食べに行こう!先に帰っちゃイヤよ」
 優が振り向いてにっこり笑うと、おなかがグウと鳴った。
 二人は顔を見合わせて吹き出した。

<つづく>



<次回予告>

“さあおいで  素晴らしい世界
 夢の国  乙女の花園へ“
 深夜の屋上に美しい歌声を響かせる女。
 歌声に導かれ、町をさまよい歩く少年たち
「ようこそ乙女の花園へ」
“闇に紛れてくる悪が  俺の正義を呼び覚ます
 光の力が集まって  今がその時  光力招来!“
「ヴァルキューレ!」
 次回「天使の歌声、仮面の裏声」お楽しみに

*このお話はフィクションであり、ここに登場するすべての人物、団体等は実在の物とは全く関係ありません。

ご意見、ご感想等をお寄せ下さい
<女神仮面ミーミル END>


<作者のたわごと>
 というわけで、「女神仮面ミーミル」第五話です。
 なんだか優君も、少しづつ戦う気を出してくれてきたみたいで作者としては嬉しい限りです。アポロンを書いてるときは結構地で行けるんですが、どうも悩める優君を書くときは難しいです。
 でも優君までヒーローフリークになってしまったら、日野神家は破滅するかもしれませんね。なんせ御当家唯一のまともな人ですから。
 次回はミーミルとアポロンのタッグの予定です。
 ではまた。


 KEBO。


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