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FULL MOON NIGHT

文:BACKBONE





 その夜、僕は布団に潜り込み打ち拉がれていた。
朝、約束どおりに10時に駅前で待ち合わせていた。しかし、彼女は現れなかった。
その時、時計は午後4時を指していた。 夕方、彼女の家に電話する。
出てきた彼女の言葉は僕に衝撃を与えた。
「もう、あなたとは付き合えないの。」
「なぜ・・」
「あなたについていけないの・・。ごめんなさい・・。」
「ち、ちょっとまっ・・・」
ガチャ、ツーツーツー・・。 電話はすでに切れていた。
なぜ・・どうして・・・。僕はどうしてもわからなかった。そりゃあ、わがままな行動も
あっただろう。いやな思いもさせただろう。 しかし、その分彼女のわがままも聞いた
つもりだし、ぼくのいやな思いも我慢した。したと思う・・。
 
 高校卒業の時に告白してから1年間。1年しか経ってないんだ。それとも、1年も、か。その間にも彼女は僕のことを嫌いになっていったということなのか。
本気だったんだ。結婚だって考えていた。
 しかし。
 ふられた・・・。 この事実だけが僕を精神的に責めたてる。
もう、あんな彼女とはめぐりあえないだろう。
僕は、おもむろに布団から出る。窓からは満月が煌々と僕を照らしている。
僕は、無意識のうちに窓越しの月に語りかけていた。
「僕はこれからどうしたらいいんだろう。もう、男としての自信が失せてしまったよ。」

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「じゃ、女になっちゃう?」
「!?」
僕は首を左右に振る。女の声がした、確かに。でも周りには誰もいない。
当たり前だ。今日振られたばっかりだぞ。 もしかして彼女が帰ってきてくれたのか?
玄関を開ける。しかし、静寂な通路しかない。人気もない。
 ははは、とうとう僕は壊れてしまったのか。自嘲の笑いを浮かべて玄関を閉めて振り返ると、
「何やってんのよ、あんた。」
誰もいなかったはずの、しかも布団の上に女が立っている。月明かりが後ろから照らされて、後光が差してるようだった。
 ああ、本当に僕は壊れたらしい。明日病院へ行ってカウンセリングしてもらおう。
そう思ったとき、その女はぼくの頭に手をかける。
「あなたの想い、かなえてあげます。」
そう言ったかと思うと、女は手に力を加えた。
「えい!」
「うっ!!」
一瞬、頭がズンと重くなって目眩いがしたが、ほどなく復帰する。
顔に手を当て頭を左右に振ったが、なんとか気を保つと女に食って掛かった。
「おまえ!なにをしやが・・・。」
僕ははっとする。声が・・違う。 自分自身で聞く声と他人が聞く実際の声は違うと言うが、そんなレベルじゃない。自分自身でさえ、違和感があった。
 高いのだ、声が。頭の中にいやな予感が走った。
「これから、一年間その姿で生活しなさい。そのためのとりあえずの準備もしてあげたから。一年後の満月の夜また来るわ。」
「あんた、一体・・・」
「ふふふ。私は”月の精 ”よ。」
そう言うと、さーっと姿が消えていった。
しばらく僕はぼーっとしていた、と思っていたが気絶していたようだ。

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 気づいた時、朝になっていた。しかも、ちゃんと布団に入っていた。
 夢か・・。 夢見が悪いと気分も悪い。昨日ぐじぐじ考えすぎたからかな。人生これだけじゃないんだ!今日から頑張って生きていこう!
そう思って、がばっと起き上がる、はずだったのだが・・。
勢いをつけて上半身を起こした瞬間、胸に異様な重みを感じる。
 なんだあ・・?
胸に手をあてた時、昨日の夢をすべて思い出す。
「お、お、お、・・乳?」
素っ頓狂な声も、甲高く女らしいかわいい声。喉をごくっと鳴らす。頬に汗が滴れてくるのがわかる。 僕はあわてて着ている服を全て脱ぐ。そしてユニットバスまで駆けると、洗面台に手をかけて鏡に自分の顔を映す。
 そこにあるのは、間違いなく自分の顔。なれ親しんだ造りの顔だ。でもなんとなく雰囲気が違う。
 ふっくらとした感じで肌が白く艶やかだ。そのせいなのか唇が自分でもどきっとするくらい紅い。まさしく、女の顔だった。
その目線は、そのまま下へ向ける。眼下には自分の胸には見慣れない二つの盛り上がりがある。それがじゃましてその下が見えない。その盛り上がりを両手で掴む。
「柔らかい・・」
思わず呟く。指にあたった乳首は男のそれとは全く違った感覚があった。これまたまさしく女のモノ。そして、掴んでいた手を見る。 指が細くかわいい手だ。男のごつさを感じない手だ。 僕は、はっと思って股間に手をやる。股間はそのなめらかな曲線をヒップのほうまで続かせていた。
 しばらく、その事実に言葉を失っていたが、「押し入れに全身を映す鏡があったはずだ」と気づいて、押し入れにダッシュすると即座に掻き回す。
「あった・・」
180センチはあろう鏡を壁に立てかけると、自分の全身を映してみた。
洗面所で見て感じた体は、美しかった。
 セミロングな髪。胸はアンダーとトップがはっきりとわかる大きさと谷間。そこから流れるボディラインはウエストへ向かって収縮しようとする。しかし、そこからヒップへはパン!と張り出し、脚へと続いた。太ももは僕ごのみの中肉な感じ。それが、足首の細さを際だたせる。
 僕はその姿にしばし見とれる。 理想の女が現れた。 僕にそう思わせるに十分な姿立ちだった。そして、鏡に一歩踏み出したとき、その姿が自分自身だと改めて気づかせる。
両手を腰に当ててため息を一つ吐いた。
 あれは夢ではなかったんだ。と、いうことは僕はこれから一年間女として過ごさねばならないのか・・。友人にはどう説明すればいい?近所づきあいってものもあるし、第一大学にはどう言えばいい? 急に現実が僕を襲う。
「と、とにかく服を・・」
さすがに夏でもないのに裸で長時間は冷たい。引き出しから下着やTシャツを出そうと開ける。しかし、そこにあるのは・・。
「ブラジャー?パンティー?しかも、いろんな色がある。トランクスは?Tシャツは?」
まさか・・。洋服ダンスを開ける。その中には見慣れないブラウス、スカートがたくさんあった。
「ワンピースにツーピース。げ、ミニスカートまである。Gパンは・・あ、あった。げげ、これレディスじゃないか・・。」
昨日の夜の”月の精 ”の言葉を再び思い出す。
(そのためのとりあえずの準備もしてあげたから。)
このことなのか・・?僕はその場にへたり込むと、おもむろに部屋を見回す。部屋の雰囲気は以前の様相ではなかった。窓にはピンクを基調にしたカーテン。家具の配置は変わってないが、その色はシックな黒から、ライトな木目調になっていた。さらに見たことのない家具まで。
「鏡台・・?」
鏡台の引き出しを開けると、その中にはいろいろなメイク道具がそろっていた。
「どうやら、本当に女として生きなければいけないらしいや・・。」
僕は重い腰をあげると、白のブラジャーとパンティを選び付ける。パンティはフィット感があり、心地いい。ブラジャーは以前彼女(今となっては元彼女か・・。)が着ていたのを見ていて、そのままやってみた。さすが、準備していてくれたこともあって、ぴったりだったが、初めての感覚に軽い苦しさもあった。
「服はどうしよう・・」
さすがにスカートという気持ちはなく、ジーンズにブラウスという格好にした。
メイクはできないだろう。やり方も知らないし・・。と思ったが、鏡台の引き出しに淡いピンクのリップがあったのを思い出し、鏡台の前に座りリップを取り出す。そして、唇に沿って塗ってみた。 その姿を鏡で見たとき、はっとなる。 かわいい・・。 頬が、ぽう・・・と紅くなる。それがかわいさを余計に引き出した。 また、しばらくその姿に見入る。 しばらくして、我に返る。 と、とにかく外へ出よう。 僕は机の上に置いてあった免許証を取る。ところが、その免許証を見てみると名前が変わっている!?
「女の名前になってるじゃないか!」
隣に置いてあったダイレクトメールの宛て名に目をやる。そこにも免許証と同じ名前が書いてあった。 まさか・・。 僕は最初の外出先を市役所にした。
 市役所で戸籍謄本を請求する。もちろん名前は免許証で書かれてあるとおりに、だ。
しばらく待たされた後、呼ばれて取りに行く。イスに座って心を落ち着かせて戸籍謄本を見てみると、そこには免許証と同じ名前が・・。しかも性別は・・女・・になっていた。
 この世の中では、僕は女。完全な女としての人生なんだ・・。
それに気づかされたとき、僕は一つの決心をした。
 どうせ、一年間の期間限定なんだ。思いっきり女を楽しんでやる!!

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 そう、あれから、一年が経った。
今日の夜には”月の精 ”がまたここへやって来る。その時には、絶対言わなければいけないんだ。後悔したくないから。
 陽が暮れ、自炊して夕食をとる。テレビで映画を一本見終えると、シャワーを浴びようとバスに向かった。服を脱ぎ、下着をはずし、シャワーのコックをひねる。頃合いのお湯が全身を覆った。ボディソープで体を隅無く洗う。今日は特に念入りに。首、腕、手、胸、腰、背中、腿、ふくらはぎ、足、そして・・・。自分のすべてを確かめるようにしっかりと洗う。その後、腰の上あたりまで伸びた髪をもむ様に洗う。もちろん、一度じゃなく二度ほど。自分でも驚くぐらい優しい気持ちと手ざわりでシャンプーを馴染ませていく。 シャワーですべてを洗い流すと、艶やかな肌が舞い戻ってきた。その肌は、水を弾き下へ流れていく。シャワーを止めると体にバスタオルを巻きつけ、頭にもタオルを巻いた。鏡台へ静々と歩き、前に座ると、髪に巻きつけたタオルを取り、また、優しくもむように水分を取っていく。ドライヤーで髪を乾かしたあと、立ち上がって体に巻いたバスタオルを取り去り、隣に置いてあった全身鏡の前に立った。
 一年前。 初めてこの前に立ったときを思い出す。あれから、変わったんだろうか。鏡に映った自分をじっくり見た。
 顔は、男をひきつけるには十分な、愛らしさがあった。
 バストは3センチ大きくなったが、ウエストは変わってはいない。しかしヒップは5センチも大きくなった。そのためなのか、太ももは少し肉づきがよくなった。でも、全体のバランスは保ちつづけている。今でも魅力的なボディだ。 でも、一番変わったのは醸し出す雰囲気だろう。 一年間、女として振る舞い生きた。だからだろうか、アダルトな感じもあるような、プリティな感じもあるような。 少なくとも一年前とは違う「女」を感じさせる雰囲気になっていた。
「ずいぶん奇麗になったわね・・。」
後ろから声が聞こえる。はっとして振り返ると、そこには一年前と同じ姿形をした”月の精 ”が立っていた。”月の精 ”は目をじっと見て言う。
「約束の一年よ。あなたの想いは叶えたわ。それじゃ・・」
「待って!」 ”月の精 ”に叫ぶように言う。
「お願い。あたしをこのままで居させて。本当にお願いだから・・・」
「・・・どうして?」
あたしは、鏡台の椅子に座って話しだす。
「確かに、いきなり女にされて戸惑ったわ。あなたを恨んだりもした。でもね。でも、一年間女として生きてきて、わかったのよ。なぜ、一年前彼女に振られたのかわかったのよ。・・・あたしってバカよね。女になって初めてこんなことに気づくなんて・・。だけど、気づいたらなんか未練がなくなってすっきりしたわ。そうしたら、今度は女でいることが楽しくなっちゃったのよ。」
”月の精 ”は、あたしの話をだまって聞いていた。あたしは、さらに続ける。
「化粧覚えて、おしゃれして。いろんなお友達と遊んで楽しんでいる。そんな自分に気づいちゃったのよ。そして、決めたの。あたし、一生女として暮らしていこうって。きっと、どんなことでも、女として絶対生きていけるって。・・だからお願い!このまま、あたしを、あたしをあたしで居させて。お願いよぉ・・。」
あたしの瞳から、うっすらと涙がこぼれた。
”月の精 ”はそんなあたしの様子をだまって見ていた。程なくふっと溜め息をつく。
「・・・本当に後悔しない?もう二度と男には戻れないわよ。女だって・・女だから苦しいこと、悔しいことだってあるわ。あなた、それに耐えられるかしら?。」
あたしは、こくっと力強くうなづいた。
「・・・わかったわ。あなたがそこまでの決心をしてるのなら、何も言わない。あなたの人生、楽しく生きてちょうだい。」
「ありがとう。」
あたしは、”月の精 ”に抱きついた。
「そうそう、あなたにひとつプレゼントしてあげる」
「え?」 と見上げるや否や、全身が暖かなものであたしを包み込んだ。
”月の精 ”はあたしに微笑む。
「なにを・・」
「あなたが幸せになるようにおまじないを掛けたのよ。それがなにかは、お楽しみにしていなさい。」
「え、あ、ありがとう」 あたしは少しきょとんとしながらも、お礼を言った。
「あたし、絶対に幸せになるからね。あたしを見守ってて。」
あたしの言葉に”月の精 ”は静かに微笑み、あたしの頬をなでた。
そして、間もなく”月の精 ”はその姿を静かに消していった。

 あたしは、窓へ駆け寄り満月を湛える夜空に呟く。
「あたしは、あなたのおかげで自分に気づいたのよ。だから絶対に後悔はしないわ。女として生きていけるんだから・・。」
豊満な胸をつぶすくらい、自分自身を抱き寄せ微笑んだ。

[END]

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あとがきに代えて

 これを読んで、もしかしたら怒る方もいらっしゃるかもしれません。
「あの、一年間の間になにがあったんだ!」とか、「なぜ彼女に振られたんだ」とか。
でもね。
この僕ってひとはね、あなた、なんですよ。
だから、一年の間に何が起きたのか。彼女になぜ振られたのか。
なんて、私にはわかりません。 私がわかるのは、あなたが「女」として生きていく決心
をしたことだけ。それだけなんです。それを書き留めただけ。

あなたは、その一年間に何をしてたんでしょう?彼氏を作りましたか?OLとして、バリバリ仕事してるんでしょうか?それとも「女」としてすばらしいことに出会ったんでしょうか?
 そんなあなたの「BACKBONE」になりたいな、とは思います。

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