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通り雨
作:矢治浩平



 桐生雅と早川隆一も高校三年生になった。二人とも高校受験を考えなければならない年だ。もっとも、二人とも進路も目的も決まっている。
「後は、日ごろの努力を続けるだけのことだよ。いつもどおりに」
 受験で大変だねという周囲の人々に、雅はそう言って笑っていた。女の子らしく、という状況から雅の状況は程遠いが、彼女も女の子になって一年半。かなり『女の子』であることになれてきた。クリスマスの一件以来、男女とも友達が増えた。今の自分にふっきれたということもあるだろう。ぶっきらぼうだった彼女は、本来の自分を取り戻しつつあった。
 麻生優は文学部を志望するということで、雅とはクラスは離れてしまった。でも、嵯峨野智和といっしょのクラスになれて、満更でもないようだ。それでも、お昼休みや放課後に優は雅に会いに来る。もっとも、参考書が片手であることが多い。まあ出会いが出会いだけに仕方がないだろう。
 時が過ぎて、3月にあれほど咲き誇った桜の花も散り、桜の木は花びらではなく、緑で埋め尽くされるようになる。そして五月も終わり、もう春ではなく、夏への予感を感じるころ。
 ・・・・中間テストがある。
 
「ああ〜っ、わかんねえったらわかんねえっ」
 隆一は問題の前に頭を抱えていた。
 雅、隆一、優、智和の四人は、雅の家のレッスン室の待合室に集まっていた。
「物理も化学も数学も大っキライだぁ〜〜〜」
 笑顔をかかえながら、雅は隆一に言った。
「そんなんだったら、素直に文系を取りゃいいんだよ。英語と国語の成績はいいんだから」
 雅は呆れ返っていた。
 横から優が茶々を入れた。
「あんたなら、好きな子とずっといっしょにいたい男心、わからないわけじゃないでしょ」
 ちょっと困ったような顔をして、雅は言った。
「それはそうなんだけど・・・でもね、僕なら苦手なことをやって、留年するかしないかぐらいの計算はするよ。このままじゃ、隆一、数学と理科の単位が足らなくて、卒業できないよ。大学受験の騒ぎどころじゃないじゃん。それに理系を選んだところで、僕と同じクラスになるかどうかわからないじゃん。リスクが大きすぎるよ。さて、」
 意を決したように隆一の方を向いて、雅はしゃべりだした。
 何をするつもりだろうという不安は、最悪の形で迎える事になった。
「んじゃもう一回説明するよ。この関数の極限を求めることは直接はできない。でも、どんな数値を代入してもこの関数よりも常に大きな値を示す関数と、常に小さな値を示す関数が存在して、その極限が同じ値を示すなら、その間にあるはずのこの関数も同じ極限を持つはずだよね?」
 青ざめた表情で隆一は言った。
「お願いだから、日本語でしゃべってくれ」
「ひどいっ。私の説明に不満があるの? こんなかわいい女の子が一生懸命説明しているのに、ひどぉ〜いっ」
 いきなり、雅は泣きそうな表情を作った。
「突然『女の子』するなあっ」
 パニックに陥った隆一は雅に叫んだ。演技と分かりきっているとはいえ、今にも泣きだしそうな顔の女の子を見るのはつらい。もちろん、雅はわざとだ。智和と優は大笑いしていた。
 
 5月の最後の土曜日。
 ブルーの半袖のワンピースとサンダルという姿で、朝から雅は隆一の家に来ていた。胸元はやや開いていて、スカート丈はかなり短く、ひざと太股が眩しい。こころなしか、顔が赤い。
 その姿を見て、驚いたのは隆一の方だった。
「どうしたんだ。その格好? 良く似合っているけど」
 もともと男の子だった雅は、あんまり女の子らしい格好をするのは好きではない。男の子がどういう視線で自分を見ているかが骨身にしみて分かるからだ。気持ちが悪いを通り越して、嫌悪感すら感じる、といつも言っていた。自発的に雅がこういう格好をすることはありえない。
 いや、一度あったのだが、もしそうなら、それはそれで、非常事態である。
「心境の変化、とか言ったら多分隆一は喜ぶんだろーけどー」
 と言ってから一瞬の間があった。
「母さんにはめられたっ!」
 ふるふると右手を握り締め、雅は叫んだ。
「やっぱりな。災難だったねえ。み・や・び」
 隆一は怒る雅を前にして、笑い転げていた。
 
 雅が朝起きて、ポロシャツにジーンズ、スニーカーといういつもの服装で出て行こうとしたが、一本もジーンズがない。外を見ると、すべて干されている。
「やられた!」
 雅は母親のところへ行き、一応母親に聞いてみた。
「あのさ、僕は今日何着て行けばいいの? みんな外に干しちゃってるけど」
 待っていたかのように、にんまりと笑って母親は答えた。
「これ以外は却下よ」
 と渡されたのが、さっきの服装だ。
「年頃の女の子が、好きな男の子に会いに行くときぐらい、それなりの服を来て行きなさいっ!」
「いいもん。今日は家にいるから」
 雅は言った。
「ふーん。それで、隆一君が赤点だったら、あんた後悔してもしきれないわよ」
「ぐっ」
 選択肢はなかった。
 
 時は5月末。気温は結構暑い。
 暑いときに、勉強をしようなどと狂気の沙汰に近いと思うのだが、隆一の家の食堂で、試験勉強をはじめた。というより・・・雅による隆一への個人教授だ。
「キルヒホッフの第一法則と、第二法則ぐらい簡単じゃん。どこ悩むかなあ」
 いたずらっぽい。雅は隆一に言った。
「お願いだから日本語をしゃべってくれ〜」
「せっかく、せっかくボクが隆一のために一生懸命になっているのに・・」
 うるうると目を潤ませ。上目遣いに隆一の方を見る雅。
 出た恐怖の『女の子』モード。とくに今日はワンピースだから、威力倍増である。
「分かってくれないの?」
「やめてくれ〜〜〜」こころのなかでそう思いながら、隆一は泣きそうになっていた。
「冗談はこれくらいにして、もう一回説明するよ」
 コロっと表情を変えて淡々と問題解説を開始する雅。元男と言っても、やはり女はおそろしい、のかもしれない。
 問題の解説を、長長と説明した後、
「んじゃこの問題やってみてよ」
 と言った後、雅は問題集を取り出して、それを解き始めた。
 隆一は問題を見た。
「えっと、交流回路ではコイルもコンデンサーも位相が90度ずれるんだよなあ・・」
「で、ずれる方向が逆・・、と。だから、この回路ではインピーダンスがこうなって・・・」
 必死に考える隆一。
「あっ」
 いきなり隆一は叫んだ。シャープペンシルを落としてしまった。
「ん? どうした?」
 雅がおどろいて、隆一の方を向いた。
「いや、なんでもない」
 隆一の返答に
「あ、そう」
 と空ろな返事をした後、再び問題集に熱中していた。
 落としたシャープペンシルを拾おうと、テーブルの下に手を伸ばした隆一の視線に飛び込んできたのは、ミニスカートから伸びた白い足と、問題集に熱中しているせいか、無防備なスカートの中の白い下着・・見てはいけないと思いつつも、つい目がそっちへいってしまう。
「いかん、こんなことでは・・・」
 何より一生懸命時間を割いて教えてくれている雅に申し訳ない。意を決して問題を解こうとして、雅の方をちらりと見ると、前かがみになっている姿勢のせいで、胸元から下着が覗いている・・・
 こうなると勉強どころではない。邪念を払うのに必死になっるが先ほどの光景が、隆一の脳裏によみがえる。隆一にとって、問題を解くどころの騒ぎではない。
 一人百面相をしている隆一に雅は気づいた。
「あ、ごめん。熱中していて気が付かなかった。解き終わってたんだね。それじゃ見せてよ」
 急に隆一の側に来た。いすを隆一のすぐ側において、隆一の前に身を乗り出す雅。
「あ、ここまでは分かったんだ。ふんふん」
 あっけにとられていた隆一にも、隆一と雅がかなり接近していることに気が付いた。隆一の目の前に、雅の長い髪がゆれている。
 急に雅の顔が振り返った。
「わあっ・・・」
 隆一はいきなり雅の顔が自分の目の前に接近してきたので驚いた。
「どうしたんだよ。さっきから変だぞ」
 当たり前だ。
「じゃ、ここからもう一度説明するよ」
 シャープペンを走らせつつ、再び解説する雅。だが、この体勢だとボールペンより、女の子の胸元に目が行く。見ては行けないと思いつつも、ブラジャーが覗く胸元につい目が言ってしまう。
 このあたりで、ようやく雅も彼の視線がどこを向いているのか、理解し、彼が様子が変なわけも理解した。
「いったいどこみてんだよ。人がせっかく説明してやってるのに」
 雅の顔は恥ずかしさと怒りで真っ赤である。自分が相手の男から見て一体どういう格好なのかにようやく気づいたらしい。
 さんざん雅のきわどい姿勢に当てられつづけた続けた隆一も反撃した。
「しかたねえだろ。男なんだから。だったらそんなカッコしてくるなよ」
「したくてしてんじゃないって言ってるだろ!」
 雅も完全に頭に血が上り大喧嘩が始まった。
 
 言いたいことをお互いに言い尽くした後、
「気分悪い。僕もう帰る!」
 と雅は叫んだ。
「ああ、分かったよ、帰れ帰れ」
 じゃけんに取り扱う隆一に、雅の右手が飛んだ。
「隆一のバカ! 試験がもうどうなっても知らないからな。一人で補習でも受けてろ!」
 自分の荷物を慌ただしくカバンにつめこみ、雅は家に帰って行ってしまった。
 家に帰ってきた母親を雅を出迎えた
「おかえりなさい。早かったわね」
 母親を見た雅は一言、
「母さんのせいだからな!」
 と一言叫んだ後、自分の部屋に引きこもってしまった。
 
「ねえ、あなた」
 雅の母親は雅の父親に言った。
「雅が隆一君の家から帰ってきてから、口も聞いてくれないの。わけを聞こうとしたら、なんか泣きながら『母さんのせい』って取りつくしまもないし、隆一君の家で何かあったのかしら?」
 そんな時に、電話のベルが鳴った。雅の母親は電話を取った。
「はいもしもし桐生です。あ、隆一君?」
 雅の母親は隆一に聞いた。
「雅、帰ってます? 雅に話があるんですけど・・・・あやまりたいことがあって」
「ふ〜ん。あの子と喧嘩でもしたの?」
「ええ、まあそんなところです」
「あの子、『私のせい』って言ってたんだけど、私とあなたたちの喧嘩と何か関係あるの?」
「え? いや、そんなことないですよ。とにかく雅だしてもらえませんか?」
「あなた」
 雅の母親は父親に言う。
「ごめんなさい。あなたが行ってくれない? 私じゃ相手してくれないの」
 コードレスフォンの子機を持って、雅の父親は娘の部屋へ歩いて行った。ドアをノックする。
「入っていいよ」
 雅は答えた。
 ドア越しに父親は言った。
「私だ。隆一君から電話だぞ」
「出たくない」
 だろうな、と思いつつ、恭一郎は隆一と電話で話し始めた。
「お姫様は出てきたくないそうだ」
 という返事に隆一は、
「そうですか・・・・」
 と元気のない声。
「隆一君、わけは明日ゆっくり聞かせてくれないか? 電話で? いや、香奈子にも関係があるらしいし、明日どこかで直接会おう。場所は、ん? 分かった。じゃ、明日」
 
「桐生先生。すみません。心配かけてしまって」
「いや、あの気まぐれなお姫様の相手をして君も大変だな。で、あのおてんばお嬢様は一体何にご立腹なのかな?」
 隆一は恭一郎にわけを話した。
「わはははははははあああーーーーーー」
 恭一郎は大笑いだ。
「なんだそんなことかあ」
 まだ笑ってる。ここでいきなり真顔になった。
「だったら、問題ない」
 恭一郎は自身ありげだ。
「そうなんですか?」
 怪訝そうな顔で、隆一は尋ねた。
「あいつを女の子だと思うからそう思うんだよ。あ、そうか。君は女の子の雅しか見てないもんな。こっちは普段着の雅章も知ってるんだ。今日の君みたいな出来事は、高校一年生の雅章にもあったに決まってるだろ」
 納得したという顔で隆一は恭一郎の顔を見た。
「そう言われればそうですね」
「まあ、大船に乗ったつもりで安心してくれたまえ。わはははは。あ、明日から試験だろう。悪かったね。時間をとらせてしまって。しかし、わはははは」
 笑いが止まらないらしい。
 人事だと思って、と思いながら、隆一はコーヒーをすすった。
 
「雅、入るぞ」
 恭一郎はドアを開けて入ってきた。
「いきなり入ってくるなよ」
 雅は今日も機嫌が悪い。
 恭一郎の顔はどこかしらにやけている。
 その表情に雅は一抹の不安を感じた。
「ふ〜ん、今まであまりじっくり見なかったけれど、確かに体つきは女の子らしくなったなあ。隆一君が視線を奪われるのも分かる」
 ベッドの上のTシャツにスパッツという姿の雅をじろじろ見る父親。
 雅は恥ずかしくなって、シーツをかぶる。
「実の娘に、欲情するか、おい。このすけべ親父」
「それが男だ!」
 恭一郎は断言した。
「それがわからんお前じゃあるまい。なあ、雅章」
「お前の今の姿を見てみろ、そういう魅力的な女の子がお前の目の前にいたとしてなあ、2年前のお前ならどうしていたか、よく思い出してみろ」
 きょとんとする雅に、恭一郎はベッドの上の雅の横に座り、追い討ちをかけるように耳打ちをした。
「女になって興味がなくなったとか言ってこそこそ隠れて捨てていたが、俺はお前がエロ本を山ほど隠し持っていた事を知っているぞ」
 雅の顔が一瞬青ざめた。バレてたのか・・・
「そのお前に隆一君を責める資格があるのかな?」
 ふっふっふっと笑いながら立ち上がり、、雅を指差し、勝ち誇ったように叫ぶ父親。
 雅はしばらく考え込んだ。かなりまじめな顔だ。そして激しい声で父親にこう言い放った。
「でも、隆一だからゆるせない!」
 雅は男がそういうものであることは、理解していた。でも、あの時烈火のごとく怒ったのは、自分だけは特別であって欲しかったのだ。そして、男の子だったとき、恋にそういう幻想を抱いていたことが彼女の気持ちに拍車をかけた。そう。好きだから、好きだからこそ、自分は他の女の子とは違う存在でいて欲しいのだ。そして、恋人とはそういうもんだ、と勝手に決め込んでいた。
 
 次の日、雅の顔を見た隆一は、声をかけた。
「おはよう。あのさあ、おとといのことだけど」
 あやまりたくってという言葉を発しようとした瞬間、
 雅がキツイ声が飛んできた。
「僕になんか用? 君と違って、こっちは成績がかかってんだ。じゃね」
 あぜんとしつつも、隆一はここで切れた。
「折角人があやまりにきてんのに、なんだよその態度は!」
「うるさいなあ。しばらく顔も見たくない」
 ますます態度を硬化させる雅に対し、隆一の怒りも再燃した。
「もういい。勝手にしろ!」
 でもクラスが同じである以上、毎日顔を合わせる。
 しかし二人は毎朝会っても、顔を背けるだけだった。
 
 試験の最終日。優が帰り道を歩いている雅に後ろから声をかけた。
 6月ともなると、昼間の日差しはもう結構厳しい。
「試験、やっと終わったね。出来もまあまあだったし、いい感じ。あ、雅は?って聞く必要ないね」
 優はここで、いきなり核心に迫った。
「で、隆一との喧嘩の理由って何?」
 雅の歩調が早くなった。そして、いきなり駆け出した。
「甘い!」
 ズデーン。優が雅の足を引っかけたのだ。
「何すんだよ!」
 優が雅を起こしながら、にっこりと笑った。
「ここじゃなんだから、あそこでお茶でも飲みながらね」
「い、痛いんだけど」
 手首を思いっきり握り締める優に、雅はそうもらした。
「男なんだから、我慢しなさい」
 優は、無理矢理手を引っ張って行く。雅は従うほかなかった。
 
「え、なんだ、そんな理由なんだ」
 優は言った。
「雅でもそんな理由で怒るのね」
 不思議そうに、雅の顔を見詰める優。
「あんただって、どうせ昔は似たようなことしてたんでしょ。いいじゃない。知らない中じゃないんだし」
 雅が雅章だったときの事は知らないが、雅がかつて雅章だった事は知っている。
「いいじゃん。お互い好きなんだし」
「私も嵯峨野君だったら見せてもいいけどな」
 と優が言ったときに、雅は口を開いた。
「隆一だから許せないの」
 ぼそっと雅は声を出した。
「え、何? 聞こえないわよ」
「隆一だから許せないの!!!」
 突然の雅の声に周囲の視線が彼女たちに突き刺さった。
 
「今日ほど彼女が『女の子』に見えた事はないわ」
 優の顔はちょっと呆れ顔だった。
「ま、放っておくしかないでしょ」
 優はそう言いながら紅茶にミルクを注いでいた。
「そんなもんかねえ・・・」
 心配そうな智和の声を聞くと、優はカップをテーブルの上に置いた。
「お互いが好きだからこそ起こってしまった大喧嘩よ。私たちにはどうにもできないって。ほとぼりがさめたころに、仲直りさせるしかないわね」
「どうせなんかのきっかけで、雅が我慢できなくなって、隆一にあやまりにいくわよ。それまで傍観しておくしかないわね。でも・・・」
 ここで、優は話題を変えた。
「好きな人なんだから、『特別』っていうのは分かるんだけどねえ・・」
 ちょっと首をかしげる優。
「女はよくわけが分からない事を言うよね。自分と歩いているときぐらい、他の女に目移りするなとか、群衆の中で自分を発見しろとか、叫んだらどんな場所にいても気づけとか、マンガじゃないんだから、無理に決まっているじゃないか」
 智和は頭の後ろに腕を組み、背もたれにもたれかかった。
「しかし、そういう訳の分からない事をあの雅君が言い出すとは、なんか不思議だな」
 優は両手を組み、ひじをテーブルに置いた。
「結局ね、雅も『女』という鎖から自由になりきれていないということよね。桐生雅章が持っていた、『女』というイメージに乗っ取って、彼女は恋をしているのよ。恋する乙女を演じる事は、雅も男のときには経験していないもの。その部分を作り上げるときに、無意識のうちに『恋する乙女はこうあるべき、恋する男はこうあるべき』という規範をあてはめちゃってるのよね。彼女、自分の意に反してどんどん『女らしく』なっていくのかもしれないわね」
「つまりはこういうことか、これから作り上げられる彼女の人格は、彼女の『自分が女である。』という意識と『お前は女である』という社会からの圧力によって、彼女の思いとは別に『女らしく』なっていく、と」
「でもそれは仕方がないんじゃないの? それに、雅は『彼女らしく』生きたいんであって、『女らしく』生きたくないわけじゃないのよ。ここで彼女が『これ女らしい行動だからやめよう』とかやりだすとすると、『自分らしく生きる』ことを否定する事になるわ」
 優はもうすっかりぬるくなった紅茶を一口すすって、一息ついた。そして思い出したように、優は笑みを浮かべた。
「何がおかしいんだい?」
 不思議そうな顔をした智和が聞いた。
「あの子が女の子に見えるのは、隆一がからんでいるときだけよ。これは十分雅らしいんじゃないの?」
「違いない」
 二人は笑っていた。
 
 それからも、雅と隆一の冷戦状態は続行中だった。そして、テストが終わって10日も経ったころ・・
 雅の奏でるピアノの音を目をつぶって、恭一郎は静かに聞いていたが、意を決して彼女の方へ顔を向けた。
「今日はやめとけ、音がとんがってるぞ」
 雅は父親の方を振り向いた。
「今日はどうやっても、気に入った音が出ないんだ。くそっ、まただ」
 恭一郎は険しい表情を見せた。
「今のお前に、そんなことができるわけがないじゃないか。音はナーバスなものだよ。お前が素直にならんかぎりは、絶対にお前が求めている音は出ないよ」
 
 ギャン。
 不協和音がとびだす。
 
「やっぱり気分が乗らない。今日はもうやめる!」
 いきなり鍵盤を両手で押さえた雅は、
 と、言って自分の部屋に引きこもってしまった。
 勉強しても、気分が乗らない。
 何をやっても、集中できない。
 雅だって、ずっとこのままではいけない事は分かっていた。
「隆一だから、ゆるせない!」
 雅は父親にも、優にもそう言ったことを思い出した。
 許せないのは、相手が隆一だから。
 それは、隆一が自分にとってかけがいのない人だから。
 だったら、意地を張るのは損だな。
「あしたは仲直りしよう。隆一と」
 ちょっと気持ちが楽になった。
 
 


 後書きです。
 
 次回作は現在構想中です。
 この話、本当は後編があるはずだったのですが、きれいにまとまってしまったのでこれで終わりとします。
 

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