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続・コンチェルトをもう一度
作:矢治浩平



 ここはとある高校の講堂。ゆっくりと流れるバイオリンの音、折り重なるように連なるピアノの音。その奏でる調和は、天使のごとく。
 
 ギュン!
 
 天使のごとく・・・・
 
「なんだよ、いきなり止めんなよ」
 ピアノを弾いていた少女は、バイオリンを弾いていた早川隆一に向かって叫んだ。
「だ〜か〜ら〜、そこは違うって」
 隆一が雅に言う。
「フォルテはフォルテでも、そんなに強く弾いちゃ、調和が崩れるだろ、雅(みやび)!」
 負けずに雅は言い返す。
「うるさいな、まだ強いって言うのか。ホントに注文が多いんだから」
 雅といわれた少女は、ジーンズと白いセーターを着ていた。
「昔のおまえさんなら、ちゃんとこれぐらいの注文聞いてくれたはずだぞ。ブランクがあって、腕が落ちたか?」
「うるさい。だいたい、僕は工学部に進学するんだ。相手してやるだけでもありがたく思え」
 たまらず雅は言い返す。
 隆一がバイオリンの『音』を取り戻して早一ヶ月。彼らはクリスマスのコンサートに向けて練習を重ねていた。文化祭にもコンサートがあるが、この学校にはクリスマスイブにもコンサートがある。そのコンサートに彼らは出場することにした。隆一はもう一年以上バイオリンを握っていないといっていたが、今の隆一が奏でる音は、それを微塵も感じさせない。負けず嫌いの二人のこと、それぞれの教師の指導の下、腕を上げて行った。
「あ、もうこんな時間だ。雅、一回通して行くぞ!」
「了解、じゃ始めるよ」
 さっきまでの喧嘩がうそのように、二人の演奏は調和が取れていた。それはお互いがお互いの力量を信じ、また、お互いがお互いの努力を無にしないためのお互いの気持ちの現われだった。もっともそれだけではなかったが、その気持ちに二人ともまだ気が付いてなかった。
 
 二人の通しげいこが終わったとき、音楽の富野先生と、麻生優はすでにそこに立っていた。
「すみません。講堂ずっとお借りして」隆一は言った。
「大恩ある皆川先生のお願いとあっちゃね。でもそれぐらいの価値は十分にある。この学校だけのコンサートにするのはもったいないぐらいだ」
「ホント、雅も隆一もこんないい音出すのに、なんで続けてなかったの。もったいない」
 とたんに雅と隆一の顔が曇った。
「ご、ごめん、そんなつもりじゃなかったんだ。き、気にしないでね」
 
 冬至も近い11月半ば。下校時刻を過ぎるころには、外はもう真っ暗だ。優と隆一と雅の三人は、学校から最寄り駅までの道をてくてくと歩いていた。優は上り電車だが、隆一と雅は下りの電車だ。寒さを紛わせるために、雅はミルクティーを買った。駅のホームでミルクティーを飲む。
「そうしていると、普通の女の子なんだけどね・・・」
 制服の上に白のコートをはおい、両手で缶を持ってミルクティーを飲む雅を見て、そう言った。
「隆一は、普通の女の子の方が好き?」
「そりゃね。おまえみたいな男女よりは、普通の女の子の方がね」
「じゃ、僕が普通の女の子みたいにしてたら・・」
 いつになくしおらしい雅。
「おまえちょっと今日変だぞ」
 怒ったように隆一は言った。
「うん、そうだね。ちょっと変なのかもしれない」
 電車が来た。電車の中で気まずい雰囲気が続き、二人とも黙ったままだった。周囲の目には喧嘩したカップルに見えたかもしれない。
 
 次の日の昼休み、お弁当を食べながら、優が聞いた。
「ねえねえ、隆一のことどう思ってるの?」
 いきなりの質問に雅はせき込んだ。
「何聞くんだよ。まったく」
 実は今隆一のことを考えていたのだ。あいつの食べ物の好みは何だろうとか、好きな女の子はいるのかな、とか。そして、自分を女と見てくれているんだろうか・・とか。
 最後の疑問にたどり着いたとき、自分自身に驚いていた。
 なんで僕は隆一に自分を「女」として見て欲しいんだろう?
 そんなときに、優が余計な質問をするもんだから、雅は過剰に反応してしまった。
「なんか、あれ以来二人とも雰囲気いいしさ、隆一はずっと弾いてなかったバイオリン弾き出すし」
「隆一、競争率高いんだから、欲しいんだったらちゃんと握っとかなきゃダメだぞ!」
「だからそんなんじゃないって」
 そこでいきなり真剣な表情になって優は言った。
「でもそうなら、その言葉づかいとか服装とか仕草とかやめたほうがいいね。雅、かわいいのに、男の子みたいなんだもん」
「どうせ、『女がやるのはおかしいっ』とか言って料理の一つもできないんでしょ」
「そんなんじゃ、お嫁にいけないよぉ。くやしいけど、男の子は大抵そんな女の子がすきなんだもん。女って損だよね。女って言うだけで、本当は女がしなくていいことまでさせられるんだから。でも男だってそれは同じだよ。威張りたい人ばっかりじゃないはずだよ」
 いつも優をかわいらしいだけの女の子だと思っていただけに意外な発言だった。
「私に勉強を教えながら雅、私にいったよね。君は本当は成績を上げたいなんて思っていないだろうって。かわいい女を演じるために、力をセーブしてるって」
「たしかにね。あたしは『女』を演じてるよ。でも仕方がないじゃん。理解のある男なんて待ってたら、おばあちゃんになっちゃうよ」
 確かにそうなのだ。雅もかつては男の方に立って、男を演じていた。今自分が女性になることで、自分らしさを一生懸命演じているのだが、男はやっぱり「かわいい」女の子が好きなのだ。そして、ある男性に気に入られようと思えば、普通の女の子はその日から女の子を演じ始める。
 それは、本当はこの社会にしくまれた巧妙な罠だ。でももし僕が男の子を好きになったら・・・
「やっぱり、その罠にすすんではまっていくんだろうか?」
 雅はそんなことを考えていた。
「それでも、何があっても僕は僕らしく生きよう」
 雅はそう結論づけた。
 
「何の話をしているんだ?」
 隆一が不意に現れた。
「うわあ」
 雅はいきなりの声に驚いた。
「うわさをすれば影だね。私お邪魔みたいだから、どっかいくね。じゃね」
 くすくすといたずらっぽい微笑を浮かべながら消えていった。さんざん煽られたお陰で、雅の顔は真っ赤である。
「んもう、あんなこというから、めちゃくちゃ意識しちゃうじゃないか」
 心の中で雅はそう思った。
「ん、どうしたんだ。顔真っ赤だぞ」
「なんでもない」顔を背けて本を取り出しながら、雅はそう言った。
「悪いんだけど、今日の練習はとりやめてもらいたいんだ。皆川先生からお呼びがかかってさ」
 隆一は用件を告げた。
「あ、そうなの。じゃしょうがないね」
 雅は言った。その口調にどこか暗い感じを感じ取った隆一は茶化すように言った。
「なんだ。俺に会えないのが、そんなに残念か?」
 さっきからの優の誘導尋問で敏感になっていた雅は叫んだ。
「自信過剰もいいかげんにしろ。でてってくれ!」
 隆一は不思議そうな顔をして出ていった。いつもは、適当にあしらうのに、雅らしくない。いったいどうしたというのだろう。
 
「やあ、いきなり呼び出して悪いね」
 皆川は隆一に向かって言った。
「単刀直入に言おうか。君は、うちの学校へ来る気はないかい?」
 怪訝な顔をして隆一は言った。
「僕がプロのバイオリニストになれると思いますか?」
「今の君なら十分可能性があると思うよ。こんな若い時期に自分の音に疑問を持ったのがその現われだと僕は確信する」
「お母さんに聞いたよ。君はバイオリンを弾いていないといいながら、家ではずっとバイオリンを弾いていたとね。バンドの件だって、音を取り戻すための一つの手段だろう?」
 紅茶を一口すすって、皆川は続けた。
「雅ちゃんも、今頃は佐々木から、同じ誘いを受けているはずだ。何せ君に君の本来の『音』を思い出させた張本人だからね。その資格は十分にある」
「もっとも、あっちの方が落としやすいだろうな」
 そのせりふを聞いて、隆一は少し怒りをこめて言った。
「それはどういう意味ですか」
「音楽家になる夢を持って結局かなえられない人の方が多い。桐生のようにね。でも、彼女は女の子だからね。たとえ大成しなくても、それでも・・・」
 わずかな怒りは隆一のこころにまたたくまに燃え広がり、大きな怒りとなって爆発した。
「僕は男だから、失敗したら生活に関わるし責任に関わる、でもあいつは女だから、失敗しても誰かに寄りかかればいい。あなたはそうおっしゃるわけですか?」
「彼女の過去を知っていて、よくそんなことが言えますね。彼女はかつて男だったんですよ。あいつがそんな生き方を望むと思いますか?」
 皆川は驚いて何も言えなかった。
「お話については後でお返事いたします。今は冷静に話はできないと思いますので、これで失礼します」
 バタンと扉を閉めた後、皆川はつぶやいた。
「やれやれ、雅ちゃんのこととなると、まるで自分のことのように怒るんだな」
 
 そうそうに帰宅した雅の家に、佐々木教授が来ていた。
「雅ちゃん、まってたんだ」
 佐々木が笑っていった。雅の父親はむすっとした顔をしていた。
「こいつがな、お前をピアニストとして育てたいって言うんだ」
「今でもお前がレッスンをしてやっているんだろう? 演奏者としてのお前の技量はともかく、指導者としての腕は信頼しているぞ」
 佐々木が桐生に言った。
「確かにな。おかげでお前のところのできそこないが、よくうちへ来る」
 父の顔は相変わらず厳しい。
「だが残念ながら、雅が機械屋になりたいという以上、おれは当人を止める気はない。昔からこいつは言い出したら聞かん。それに、努力はきちんとしてるし、結果も出ている。俺は雅の気持ちを尊重する。それに、所詮はピアノは余芸だ。大成はせんだろう」
 雅がソファに座ると、佐々木は雅に言った。
「雅ちゃんの志望は東大だったね。でも雅ちゃん。社会はまだ男社会だよ。雅章君だったときの君ならともかく、雅として生きている今、いろんな困難が待ってるよ」
 佐々木は言った。
「まだ早いかもしれないけど、結婚のことはどう考えているの? 高学歴の女性の結婚が存外に難しいのは知っているだろう?」
 佐々木は続けた。
「高学歴の女性は結婚相手として敬遠される。これは、しばらく続くだろう。君にとってそういう道をすすむのは・・・・」
 雅は黙って部屋を出た。そして、部屋で泣いていた。
「女だから、女だから、女だから?」
「俺は女になんかなりたくなかった。なのに、周りは女だからと俺にいろいろと言う。女がなんだってんだ」
「ああ、なんか疲れたなあ。女の子は女の子らしくしているのがやっぱり幸せなのかなあ。いろんなこと考えなくていいし、責任は回避できるし。ああ、もうなんか疲れた」
 
 桐生雅の異変は次の日から起こった。
 いつになく雅は早起きだった。見れば、本を片手に朝食と自分のお弁当なんて作っている。
 制服にエプロン姿の愛娘を見ながら父親は呆然としていた。
「おはよう、お父さん」
 父親はまだ呆然としている。母親もびっくりしている。
「おかあさんもどうしたの?」
 いつもの雅ではない。口調がまるで女の子だ。両親はともに混乱していた。確かに「もっと女の子らしくなって欲しい」とはいつも言っていたけれども。
「はじめて作るんだから味は期待しないでね」
「あ、だしは結構きちんと取ってるわね。味もまあまあよ。でも、私の味じゃないわね」
 母親が言った。
「改良の余地はたくさんあるわよ」
「それはおいおい、ね。じゃ、行ってくるわね」
 いつもは長い髪を適当に分けているだけなのに、きょうは丹念に櫛を入れ、カチューシャなんてしている。制服もいつもは皺だらけなのに、今日はきちんときれいにしている。なによりも仕草が一つ一つかわいい。
 
「優、おはようっ!」
 雅のあまりの変貌ぶりに、優も驚いた。確かに雅は美少女である。でも、自分をかわいく見せようという努力にかけてた。いや、自分をかわいくなく見せよう、という努力をしていたといっていい。
「どうしたの? 優。わたしの顔になんかついてる?」
「あのさ、雅。なんか悪いもんでも食べた?」
「どうして?」
 物憂げに首をかしげる仕草が妙にかわいい。同性の優ですらどぎまぎする。
「いや、いつもと違ってなんか女の子女の子してるしさ。なんかあったのかな、って」
「心境の変化ってヤツよ。今日からは女の子らしくしようって決めたの」
「まあ、確かにその方がいいよ。今までの言葉づかいじゃ、まるで男の子みたいだもんね」
 しかし、それからの雅といったら、すべてにわたって、変だった。
 実力テストでは、いきなり順位を100番以上落とした。授業態度もなんだか上の空だ。授業中の質問も減り、当てられても適当な返答を返すのもしばしば。しかし、それにつれて、「かわいい女の子」としての雅の評価は男子生徒の間で急上昇だった。
 
「あ〜疲れるっ!」
 講堂での合同練習を始める前に、雅は叫んだ。
「そんなに疲れるのなら、やめればいいのに」
 隆一は笑いながら言った。
「いいの、男に二言はないの。らしくない僕をわざわざ演じるの」
 それでも隆一の前では、桐生雅章に戻ってしまう。緊張の糸が切れるのだろう。彼の前では本来の自分になってしまう。どんなに演技しようとしても、彼の前では無理なのだ。
 親友の優の前ですら、偽りの自分を演じきれるのに・・・しかし・・・どうもそうではないかもしれない。
「あ、誰か来た」
「え? どこかしら?」
「うそだよ〜ん」
「あ、こいつ!」
 真っ赤になって隆一を追いかける雅を見る隆一の目は、どこか陰が会った。
 
 
「なんか最近おまえやる気ある?」
 練習が終わった後、雅に隆一は言った。
「俺達の持ち味はさ、お互いがお互いを高めあおうとする緊張感だぞ。でも、今のお前には俺を持ち上げようという気合は見られるけど、俺に持ち上げられようとする気合が見られない。みんなの前で手抜きするのはかまわない。でも、俺の前で手抜きするな」
 雅は暗い顔で言った。「ごめん」
 外見上は本来の自分を雅は隆一に見せている。でも、こころの奥底では、自分の本来の力を隠したがっているかのようだ。
 
「桐生、あのさ」
 同級の男子生徒から声をかけられたのは、そんな日のことだった。
「嵯峨野君、どうしたの?」
 雅はにっこりと笑って答えた。
「僕と付き合ってくれないか?」
「え?」
「だから、僕と付き合ってくれないかな。校門そばの喫茶店で僕、待ってるから」
 嵯峨野は恥ずかしそうにかけていった。横で見ていた優が、言った。
「み〜ちゃったみちゃった」
 雅からは反応がない。いつもの雅の反応とは違う。
「本当に愛の告白、されちゃったね」
「うん」
 心なしか、雅は浮かない顔をしていた。
「女の子らしくしてるのは、何のためなの。さあさあいくんでしょ」
「うん」
 雅は上の空だった。
 自分はこんなことのために女の子らしくなったんだろうか?
 なんか違う気がする。
 
「ごめんなさい」
 喫茶店で雅は嵯峨野に頭を下げた。要するに、断ったのだ。
「あやまんなくてもいいよ。僕も君に迷惑かけてごめんね」
 嵯峨野の返答はあっけなかった。まるで予期していたみたいに。
「それに、君は他の女の子とはちょっと違うみたいだしね」
 嵯峨野は意味ありげに言った。
「君が君でないのは、一体どうして?」
 唐突な問いを嵯峨野は投げかけた。僕が僕でない? 確かにそのとおりだ。でも、まさか気が付く男がいるなんて。それに、こいつ、さっきから何かいいたげだ。
「世の中の男がね、みんな男に都合のいい女を求めているとは限らないんだよ」
「君がそうであるようにね。桐生雅章君」
 驚いて、雅は聞き返した。
「どうしてそれを?」
 嵯峨野は平然と言い返した。
「そういう秘密は、自分からバラすもんじゃないよ。桐生雅さん。そういうときは、知らんぷりをするもんだよ。ね?」
 その微笑の裏になんか彼は隠している。
「まあいいや、君に言いたいことがあってね。君と付き合って欲しいというのは、実は嘘。もっとも、君とそういう仲になれたらと、願っているっていうのは本当だけど」
 彼は淡々とした口調で続けた。
「じゃあ、どうして『君と付き合って欲しいというのは、実は嘘』なわけ? 言っていることが矛盾してるよ」
 雅は不思議そうに尋ねた。
 嵯峨野は、左手で頭を抱えて言った。
「あのね。君が男の子だったときのことを考えてみてよ。好きな女の子に、君が好きなんだけど君に好きとは言えない、って言うとしたら、どういうとき?」
 雅はじっと考えていた。そしそうだったら、普通は。え・・・
 震えながら、雅は返答した。
「その女の子に好きな人がいるとき。または、自分と親しい別の誰かが女の子を好きなとき」
 やや険しい顔をして、嵯峨野は言った。
「じゃあ、分かるね。君は誰かに恋している。そして、僕の親友が君に恋している。普通ならほうっておくんだけどね。それは本当は当事者の問題だから。状況が状況だから、ちょっとちょっかいを出したのさ。なぜなら、君は自分が女の子であるということが、どういうことか分かっていないからだよ」
 いつのまにか雅はうつむき。両手の拳を震わせていた。雅の目から、一筋の液体が流れていることに気が付いて、伝票をひったくって、嵯峨野は席を立った。
「君が女の子であるということは、君の外見や仕草がどうあるべきかということじゃない。隣の男の子に、当たり前に恋ができるということだよ。彼に答えを聞いてご覧。それからどうするか、君が考えることだ」
 
 嵯峨野が喫茶店をでると、優が嵯峨野を待っていた。嵯峨野はそれに気づかず通り過ぎようとした。雅を待っていると思ったのだ。
「嵯峨野君っていい人ね」
 優は微笑んだ。
 その言葉で、嵯峨野は優が雅ではなく、自分を待っていたことに気づき、返答した。
「いい人過ぎてこまっちゃうんだよ」
 自虐を込めた笑いをこめて、嵯峨野は言った。二人は駅までの道を歩き出した。
「は〜、でもあの雅が男の子だったなんてね」
「立ち聞きとは趣味が悪いなあ。でも大しておどろかないんだね」
 優は言った。
「あのね、女の直感をなめないでよ。あの子が普通の女の子じゃないことぐらいすぐ分かるわよ。あの子、なんか、女の子と普通に接したことがないような感じだったの。普通の女の子だったら知っているようなこと知らないし、普通の女の子だったら知らないようなことをたくさん知ってる。あんなに奥手なのに、男の子の心理にはむちゃくちゃ詳しいの。そりゃ詳しいはずだわ」
 一気に優はしゃべったあと、笑い出した。その後思い付いたように、不意に怪訝な表情をして、優は嵯峨野に尋ねた。
「強引に、あの子をかっさらおうとは思わなかったの? 本気だったんでしょ? 雅があの状態なら、強引に押したら多分、寄りかかってくるよ」
「そんなのことしたら、雅ちゃんがいなくなってしまうよ」
 嵯峨野は言った。
「彼女は、自分探しの途中だったんだよ。突然女の子になって、『女』としていきることにずっと反発していた。でも、突然現れた恋心に、自分がどうしたらいいのかわからなくなった。かなりこころの奥底でね。女の子らしく、男の子らしく、っていうのはそれほど強固な鎖なんだよ。むしろ彼女は元々が男の子だからね。女の子らしく、っていう縛りは強力に効いたみたいだね。そんな不安定なときに、強引にかっさらったりなんかしたら、彼女の精神が崩壊しかねない。それは僕の本意じゃない。救うべき人間が、救うべきさ。僕は僕の役割さえ果たせばいい」
 そう言っている間。嵯峨野の表情はさみしそうだった。その横顔は、本当は自分が彼女を救いたかったんだと言っているようだった。優もそれにつられてか、さみしそうな表情をしていた。
 
 不意ににっこり笑って、嵯峨野は優に言った。
「ところで、傷心の少年を救うと思って、僕とお茶ぐらい飲んでくれないかな。彼女の秘密を立ち聞きしたんだ。それぐらいしてくれても罰は当たらないと思うけど」
 優はとびっきりの笑顔で言った。
「いい、いい、私がおごる。でも、今度またおごってね」
 
 その夜。
 雅は空ろな表情で家に帰ってきた。食事の間中、一言もしゃべらず、父も母も心配そうに彼女を見つめていた。
「一年前まで男の子だったんだよなあ」
 雅が席を立った後、雅の父親はふと漏らした。
「あらあら、なんだか花嫁の父親みたいな口ぶりですね」
 雅の母親は言った。
「お前は気づいていたのか?」
 父親は自分の妻に聞いた。
「あんなに嫌だ嫌だと言っていたあの子が、女の子らしくしようとするとしたら、人を好きになるぐらいしかないでしょ。好きな人に気に入られるためなら、何だってできるのは男も女も共通よ。あなたが、私に気に入られようと、キライなモーツァルトを練習したみたいにね」
「でも、ここであの子が何をするべきかを教えるのは、私じゃなくてあなたよ。私にプロポーズしたときに言った言葉をあの子にも言って頂戴な」
 父親は困ったような表情で言った。
「『娘』を持って一年の男に無茶を言うなよ。まったく。しかし一年で良かったかもしれんな。こんなのが17年だったら、俺の神経がいくらあっても足りん」
 それを聞いて二人は大笑いを始めた。
 
 
「君が女の子であるということは、君の外見や仕草がどうあるべきかということじゃない。隣の男の子に、当たり前に恋ができるということだよ。彼に答えを聞いてご覧。それからどうするか、君が考えることだ」
 昼間の嵯峨野の言葉を雅は思い出していた。
 自分はどうしたらいいんだろう、そして、どうしたいんだろう?
 コンコン。
 雅の部屋のドアが鳴った。
「あいてるわよ」
 雅は答えた。
「あいてるわよ、か」
 父親は困ったような表情で言った。
「もう無理しなくてもいいぞ。雅章」
 ドアを開けて入ってきた父親は、そう言った。
 『雅』ではなく、『雅章』と言われて、父の真意に雅は気が付いた。
「気が付いていたんだ。無理してたこと」
 残念そうに雅は行った。
「アカデミー賞ものの演技だったがな。お前にそんな演技をさせるほど魅力的なんだろうな。隆一君は」
 ベッドに腰掛けて、父親は続けた。
「父さんもね、お前と同じことを悩んだことがある」
 雅の表情がすこし変わった。
「父さんも?」
「父さんもお前と同じように、当時の音大教授に見初められてね、ピアノの道を志した。でも・・・」
 一区切りつけて、父は続けた。
「音楽は女子供がやるもんだ、そんなことをやるなんて、男らしくない、ってね、家族の反対にあったんだ」
 父は淡々と語った。
「もし大成できなくて、食えなかったらどうするんだ。男は一家を背負わなきゃならないんだぞ。そんなことも言われた。でも、父さんは、音大に進んで、結局、夢やぶれた。最後の頼みの綱だった、コンクールに落ちたんだ」
 
「恭一郎さん」
 大学のベンチで一人しょんぼりとしていた雅の父親−桐生恭一郎に、飯塚香奈子−後の桐生香奈子、つまり雅の母親が声をかけた。
「ごめん香奈子。今日はコンクールに受かって、君にプロポーズするはずだったのに」
 香奈子が厳しい顔つきで言った。
「あなた何か勘違いしてない?」
 香奈子が怒りに打ち震えていた。
「私はあなたが好きなの。あなたがそばにいればいいの。男が一家を背負う? そんなこと誰が決めたのよ。これからのことなんかどうにでもなるわ。一緒に歩いていけばいいじゃない? いっしょに苦労すればいいじゃない。どうして、こんな僕だけど、一緒に歩けるかいっ、ていってくれないの?」
 それを聞いて恭一郎は、ベンチから立ち上がり、香奈子の手を取っていった。
「そうだね。じゃ、言うよ。僕には何もない。夢ももう破れた。でも、この僕を好きと言ってくれたその言葉を信じる。僕と結婚してくれ。僕たちの幸せは、僕たちで決めよう」
 
「そうして、ピアノ教師を俺は始めた。佐々木がよこした出来損ないがコンクールに入選したお陰で評判は上がり、なんとかお前を育てることができている。でも、そんなことよりも、お前と母さん、愛するもの達と平凡な毎日を送ることができて、俺は今幸せだ。お前みたいな、妙な娘を持ったこともな」
 雅の父親はベッドから立ち上がり、ドアのノブを持った。
「お前の幸せはお前が考えて決めるもんだ。悩んだ分だけ、人は幸福になれる」
 雅の父親が、ドアを開けて出て行こうとした次の瞬間雅はとんでもない行動に出た。
「ありがとう、お父さんっ」
 雅は父親に後ろから抱き付いた。
「やめろ、おい、ひっつくな。こら。人がシリアスに話をしているときにこいつは」
 母親だけがこの騒ぎを耳にしながら、台所でお茶を飲んでいた。
「恋に恋するのは、血かしらねえ。ま、いいわ。隆一君が もらってくれるんなら、あの子はあのままがあの子らしくて」
 
 学校での雅の態度は相変わらずで、隆一の前での態度も相変わらずで、でも、隆一は雅の奏でるピアノの音が、いつもの、あの『音』に戻っているのに気が付いた。いや、かつて彼女が奏でた音を上回っているかもしれない。むしろ、彼は自分が押されていることに気が付いた。ただ、相手の努力に敬意を表しているだけじゃない。別の、もっと別の感情がはっきりと加わっている。
 そのピアノの音を聞きながら、嵯峨野は言った。
「これを聞けるだけでも、彼女にふられたかいはあったね」
 優がふくれっつらで言った。
「その足で私を口説いたのは、どこの誰? 今でも雅の方がいいの?」
「う〜ん。隆一君が、依然鈍感だからねえ。どうしたもんかと。彼にも自分の本当の気持ちに気づいてもらわないとね。大体、いまの二人じゃ、雅くんの方が明らかに格上だ」
 優がいつもの悪魔の笑みを浮かべて言った。
「今度は私の番かな?」
「女は恐いや」
 手のひらを上に向けてやれやれといった感じで嵯峨野は言った。
 
「というわけなの」
 優は自分のクラスの女性陣と隆一のクラスの女性陣にあらましを説明した。もちろん、雅がかつて男の子だったことなどは話していない。雅は自分の気持ちに気づいて、今度は隆一に自分の気持ちに正直にさせるべきだ、とけしかけたのだ。
「でね、ちょっと作るのに手伝って欲しいものがあるんだ・・・」
 恋に恋する乙女達は、他人の恋でも一生懸命だ。
 
 コンサート当日。
 ブラスバンドや合唱部などクラシック系メインのコンサートだったにもかかわらず『あの』桐生雅がおめかしして出演するというので、講堂は超満員だった。そして、表側ではクリスマスの華やげな雰囲気の中、その楽屋裏では隆一と雅が災難に遭っていた。
 
「えーっ、着てくれないのぉ!」
 優が涙ながらに雅に訴えた。優だけじゃない。クラスの女の子がみんな涙顔で雅に詰め寄る。
 優たちが作ったのは、白いドレス。それは、まるで・・・そうウェディングドレスのように・・・
「これ、何に見える?」
 念のために雅は聞いた。
「ウェディングドレスよ。そういう風に作ったんだもん。あ、でも演奏用だから動きやすいようにいろいろ工夫してあるんだ」
 淡々と語る優に向かって、雅は叫んだ。
「だから、どうして僕がそんなもん着なきゃなんないんだ」
「好きなんでしょ。隆一のこと」
「な!」
 突然の優の言葉に、雅は真っ赤になっていた。
「これ着てさ、隆一君に自分の気持ち伝えなよ。正直になってさ」
 
「まさか、着ないなんていわないよな」
 もう片方の部屋では隆一が災難に遭っていた。彼に示された服装は白のタキシード。こっちは、雅の隠れファン。そう。文化祭の喫茶店で雅の微笑に魅了されたバカ者たちだ。「いつも無愛想な女の子が笑う笑顔はたまらなくいい」のだそうだ。しかし、嵯峨野も優もよく探し出したものだ。彼らは一体何者だ?
「雅ちゃんが泣くから、お前には手をださねえ。が、俺達の我慢にも限度ってものがあるぞ」
 柔道部の隠れ雅ファンの一人が凄みをかけて叫ぶ。たまらなくなって、隆一は叫んだ。
「あ〜っ、うるせえっ。確かに俺は雅のことが好きだよ。一人の女の子としてな。でも、そんなこといったって、あいつは迷惑なだけだよ。理由はお前らにはいえねえけどな」
 パチパチパチパチ。
 手を叩く音が聞こえた。
 嵯峨野である。
「それだけ聞けば十分だ。さ、彼女が待ってる。純白のドレスを着てね。彼女がそんなものを着る理由は、君なら分かるだろう? さっさと観念して上がるんだね」
 ぽか〜んと隆一はしていた。
「さっさといけ、女の子に恥かかす気か?」
 嵯峨野がすごんだ。
 あきらめた隆一が舞台袖に走って向かうのを見届けた後、隠れファンの一人が嵯峨野に言った。
「お前って、とことんいい奴だよな」
「僕も、たまにそう思う」
 タイミング悪く、優が嵯峨野のところへ走ってきた。
「ねえねえ、そっちは旨くいった?」
 後ろの修羅の群れがいっせいに叫んだ。
「前・言・撤・回・」
 その後の展開は、あえて言うまい。
 
 二人が舞台袖に上がって顔を合わせてから、気まずい雰囲気が続いていた。
「あの」
 二人同時に声を出したが、彼らは次の言葉が出てこなかった。
「あのね。隆一君にいいたいことがあるの」
 雅が先に口を開いた。緊張のせいか口調が女の子だ。頬が上気している。
 次の瞬間、雅の心臓は飛び上がりそうになった。いきなり隆一が雅にキスしたのだ。
「こっから先は俺のせりふだ。愛しているよ、雅」
「お前はお前だ。おれはお前らしいお前が好きなんだ。俺の前で、別の誰かを作ろうとするな! いいな!」
「ありがとう・・・」
 一歩はなれて、雅は手を差し出した。
「今度は僕が言う番だね。礼を言っているんだ。握手ぐらいしてくれてもいいだろう?」
 それを聞いて、隆二は言った。
「でもおれのせりふは違うな。今度またいっしょにコンチェルトを弾こう、じゃない、これから、ずっとコンチェルトを弾いていこう。人生って言うコンチェルトをね」
 二人が硬い握手を交わしているときに、声がした。
「はいはい、ラブシーンはそこまで。お二人さん」
 にたにたと笑って、優がそこに立っていた。
 
 ピアノから音が聞こえてきた。
 タタタターン。タタタターン。タタタタンタタタタン・・・・
 メンデルスゾーンの結婚行進曲だ。弾いているのは、なんと。
 桐生恭一郎。雅の父親だった。
「オールスター勢揃いってね。桐生のおじさん、乗り気だったよ。さあボーゼンとしてないで、二人とも歩く歩く」
 手をつないだまま真っ赤になりながら、スポットライトの照らす中、舞台袖からピアノへ向かって歩く。それを見ながら、客席から歓声が沸く。
「おやじのバカ」
 そういうふくれっつらの雅の横顔を見ながら、隆二はにっこりと微笑んだ。
 雅が父親が座っていた椅子に座った瞬間、あれほど騒がしかった聴衆が静まった。
 
 演奏が始まった。
 3年前に彼らが行った奇跡が、お互いの技量と努力に対する敬意から生じたとするならば、今回のこの奇跡は、お互いの技量と努力に対するいとおしさから生まれたものだった。お互いの奏でる音を惜しむように、さらに高次の音を紡ぎ出していく。その生まれた更なる高みをいとおしむかのように、お互いがお互いを引き立てる。
 若干高校二年生のアマチュアの二人は、お互いの愛情から、信じられないような音を出した。それはお互いの技量を信頼し、お互いがお互いをいとおしむことがなければ、決して出せないだろう。
 
「どういう気分だ桐生?」
 佐々木教授も当然来ていた。
「なんか複雑な気分だ」
 桐生恭一郎はむすっとしていった。
 皆川教授も言った。
「今のこのコンビにまさる弾き手は世界中どこを探してもいないかもしれんぞ。それが聞けるだけでも感謝するんだな。愛娘を奪われた恨みはこの際いいっこなしだ」
 そこへ、嵯峨野が割り込んできた。
「そりゃそうですよ。バイオリンとピアノで愛の告白をされちゃ、どんな名演奏も霞んで聞こえますよ。先生」
 馴れ馴れしく、皆川に向かって嵯峨野は言った。
「あ、お前、一年近くも、いったいどこで何を遊んでいた!」
 佐々木が叫んだ。
「まあまあ、理由は今から説明しますから。この演奏が今聞けるのは半分僕のお陰なんですから、それでチャラにしてください」
 
 バイオリンとピアノでののろけを聞かされた聴衆は、賞賛と祝福の拍手を彼らに浴びせた。
 その拍手はしばらく鳴り止むことはなかった。
 
 
 エピローグ
 
「僕もあのミニコンサートに出てたんですよ。で、僕よりうまい奴が二人もいたんで、桐生雅章と早川隆一の名前は当然よく覚えていたんです」
 嵯峨野は言った。
「僕は早川を追っかけて、同じ高校へ行ったんですが、こいつ、スランプに陥って、ギターなんかひきだすでしょ。こいつもうダメだな、とか思ってたら、文化祭でとんでもないピアノを弾く女の子がでるわ、いきなりこの二人が、クリスマスにコンチェルト、でしょ。曲も3年前と同じだし、なんかあるな、と思って、皆川先生と桐生先生に事実を確認したんです」
 佐々木がギロっと、昔の同窓生の方を見た。
「皆川〜、桐生、なんで黙ってた?」
「あ、いや、ばらしたら、雅のこと学校中にふれまわるっていうから」
 桐生、皆川の両名は顔をそむけた。
「後は、雅さんと隆一君が知っての通り。優ちゃんを味方に取り込めたのは不幸中の幸いでしたね。僕も役得だったし」
「こいつ、恩師を一年も放っておいて、いけしゃあしゃあと」
「明日から鍛え直してやる」
 佐々木はふるふると震えながらそう言った。が、その言葉を遮るように桐生恭一郎は言った。
「いや、その役目俺にやらせてくれ」
 目に怒りを宿して言った。
「愛娘を一年で失った恨み、思い知らせてやる」
 
 その記念すべきクリスマス・イブから一年とちょっと。卒業式の日。
 雅は希望どおり東大理科一類の進学を決めた。嵯峨野と隆一の両名はそれぞれ、佐々木らのいる音大へと進学した。彼らは、プロの音楽家としての道を進むことになる。
 で、優はといえば雅の特訓のかいあって、国立大学の文学部社会学科へ進学。ジェンダー論を研究したいそうだ。
「雅を見ててずーっと思ってたの。男の子らしさ、女の子らしさって何って。大学出るまでの4年間で、それをじっくり見極めたいなあって」
 
 彼女が女性論の権威として自立していくのは、また後の話。
 
 
 後書
 
 手抜きがあちこちに散見されるのが分かると思います。見苦しくてごめんなさい。このあたりは、僕の勉強不足で、ま、初めて書いた小説ということで、我慢してください。
「女性に変わる」ところは、故意に「原因不明」っていうことで、さらっと流しました。描きたかったのは、女性に変わった後の、「既定の女性観と当人の希望との板挟み」なわけで、性転換の部分はどうでもいいわけです。だから、考えるのが面倒だった、という話もあります。
 そういうこだわりというか、思いが、皆様に届きましたでしょうか?
 「元男であるがゆえに、男性心理は良く分かる」とか「わずか一年で花嫁の父」とかいう設定は、書いているうちに思い付きました。これはまた使おうと思っています。
 でも、こういう、「書いているうちに思い付いた展開」で勢いで最後まで行ってしまいました。おかげで、描写不足があっちこっちでみられます。
 特に、「コンチェルトをもう一度」はひどいですねえ。おおまかな設定を中身を書いているうちに思い付いたという。書き直せという声が飛んできそうな・・いや、僕も書き直したいんですよ。実は。
 でも、いままで小説なんて書いたことがなかったので、とりあえず与えられたテーマで最後まで書こう、と決めました。今まで小説を書いてはつぶし、書いてはつぶしで、一作品としてまとめることなんてなかったんで。
 不完全ながらもなんとか最後まで書ききったところで、皆様の批評を受けようと思った次第です。どっかで妥協しないと、




作品解説&裏話



書いちゃったよ、おい。
他にネタあんのか>自分
ないなあ・・・

というわけで作品解説&裏話をしましょう。

「コンチェルトをもう一度」のもともとのコンセプトは、「少年少女文庫」に記載されている作品群が、「社会学的性」であるジェンダーと、「生物学的性」であるセックスを混同しているんじゃないかなあ、と思ったところが、始まりです。あ、だからといってそれがいかんとか、無意味とか言ってるんじゃないですよ。

簡単に言うと、「このストーリーで、なんで、わざわざ性転換させるの?」
っていう結構攻撃的な意見があったりします。
「ストーリーを書く上で、「男であった過去」をばっさり切ってしまうならまたは、それが微塵も出てこないなら、わざわざ性転換させなくても、いいじゃん。」
なんていうひねくれた感覚を持ってしまうのです。
もちろん、作品として優れている事と、作者がどういう思想を持っているかは別の事なんで、気に触わった方はごめんんさい。

で、そういうところを、僕は「男らしく女らしく自分らしく」に求めました。

あんまりにも僕たちは、「男が男らしく女が女らしく」しているのを当たり前に思っていて、あんまり疑問に思っていませんよね。「男らしく」も「女らしく」もその人らしくの一部のはずなのに、どうも一人歩きしているような気がします。
僕は、体が男であろうが、女であろうが、「自分らしく」するべきだと思うのです。という意味合いで、体が男でもいわゆる「女らしい」人がいてもいいと思うし、その逆もありでいいはずです。

というところにこだわるのは、僕がそういう社会問題に興味がある、っていうのが一つ。つまり、「女らしくはおかしい」と抗議しているグループの存在ですね。「女らしく」は社会が生物学的に女性である人への要請で起こるっていう主張をしている人たちがいて、僕もそう思っています。
もう一つは、僕自身が泣き虫で、子供のころ、「女の子みたい」「女々しい」とか言われ続けた事と、髪が長くて、よく女の子に間違えられた事。特に「かわいい」という言葉には、結構トラウマがあります。
運動なんかもできないし、ピアノなんか弾いてるし、いつも教室のすみっこで本なんか読んでいる人間だったわけで。男の子なのに、男の子らしくできない。小学生のころなんか、髪の毛なんかサラサラで、「女の子だったらいいのにね。」とか何度言われた事か。
でもどんなに泣いてもわめいても、僕は男の子だったわけで、その中で「自分らしく」を何とか作ろうとしてたわけですが、でも、やっぱり自分が世の「男らしく」に引っ張られていったのが今なら良く分かります。

さて、「コンチェルトをもう一度」の方が難産でした。というのは、そうやって意気込んで書き始めたものの、キャラクターの性格設定、つまり、「女の子に変わってしまった男の子が高い目標を持つ女の子として生きる」っていう基本方針は決まっていたのですが、さあどう話を持って行こう。

矢治君はピアノ弾きなので、じゃ、こいつもピアノ弾きにしようかな。自分は下手だから、こいつはめちゃくちゃうまくしよう。とまあ、いたずら心に決めまして、ふと歩きながら、「この音はかつて聞いた」というフレーズを思い付いたのです。

音の個性というのは、音楽家ならわかるはずのもんで、それが印象的なものであればあるほど、よく分かります。ということで、ピアノ弾きの矢治君は「この音をかつて聞いた」のはいつにしようかと思いました。ということで、コンチェルトの片割れのバイオリン弾きということにしまして、かつての半身を取り戻す、という設定にしたのです。

しかし、矢治君はバイオリン一個とピアノ一台でかつ、同時に音が鳴るようなコンチェルトがあるのかどうかまで知りません。実はこのあたりで、「コンチェルトをもう一度」の設定には無理があります。曲名が出てこないのは、そういうわけなんですねえ。ま、シロートさんはだまされるだろうということで、そのあたり、いいかげんにしてあります。ああ、そうだ。佐々木教授や皆川教授のオリジナルということにすればよかったんですね。あははは。

そうと決まれば、かつて聞いた音を便りに隆一君の雅章君さがしに話が移るのは当然の展開。適当な誘導尋問が思い付かなかったので、雰囲気で雅ちゃんが流される展開にしました。できないことは、仕様を変更する、というのは、プログラムのソースを書くのも、小説書くのも、人間やること同じですねえ。あはは。

あの時の約束をもう一度、っていうのはお約束の展開。なぜかバイオリンの音を失った隆一君は自分の音を取り戻しました。この、どうして隆一君がバイオリンの音を失ったかは、書きたかったのですが、僕が面倒になってやめました。思い付かなかったのです。書き直しのときは、きちんと付け加えようと思っています。終わったら前後編あわせて50KBですが、いやはや、時間かかりますねえ・・まる二日ですもんねえ。

まあとにかく、「コンチェルトをもう一度」を七転八倒して書き上げた結果、「続」を書く方は大して苦労しませんでした。「コンチェルトをもう一度」で書き残した、「ジェンダーと自分らしさのはざま」をがんばって書くだけです。このトリガーを「恋愛」にするのは、はじめから決まっていました。女の子ですもん。生物学的に言って男の子にひかれるのは当たり前。本能に理性は勝てません。そして、それが強力に理性に影響するのは、間違いなかろう、と考えたわけです。

「でも、やっぱり女の子は女の子らしくするしかないのかなあ」というあきらめから、「自発的に女の子らしくする」んだけど、好きな人の前では「表面上本当の自分を見せ」ながらも、「深層では力をセーブしている」という複雑な雅ちゃんの心情を書きたかったんですが、イメージどおりにはなかなかいっていません。女心を描くのは本当にむずかしいっす。

嵯峨野君はその女心を揺らしにかかるワンシーンに使おうと思ったんですが、かれにはいい人になってもらいました。だって、これ以上やるとぐちゃぐちゃになりそうだったんだもん。処女作ゆえの力量不足ってやつです。そのなかで、
「女の子であるっていうことは、隣に座っている男の子を好きになれること」
というせりふをひねり出せたのは、なかなか幸運でした。でも、キャラクター設定から言うと、雅ちゃんが泣いちゃったのは、失敗かな?でも矢治君も結構なみだもろいところがあるので、まあ、いいかな、と。

らすとの、「まるで結婚式のような」コンサートのシーンは、もうお約束っていう奴ですね。こういう展開はありがちなので、「読者はありがちと取るだろうな」という計算を入れてのお約束シーンです。隆一君のせりふまでお約束ですね。

後日談は、雅ちゃんの選択をどうしても書きたかったんで付け加えました。彼女はエンジニアへの道を進むわけです。進路の面でも、あくまで「自分らしく」。そして雅ちゃんという格好の研究材料をそろえた優ちゃんは社会学、つまりジェンダー論ですね。そっちの方向へ進むことになります。さすがに東大文科3類は難しかったようで・・
「雅を見ててずーっと思ってたの。男の子らしさ、女の子らしさって何って。大学出るまでの4年間で、それをじっくり見極めたいなあって」
っていう言葉は、男女を問わず、今の若人に考えてもらいたい言葉です。

ホモやレズやトランスセクシャルな人には怒られそうですが、男女の違いは
「女の子であるっていうことは、隣に座っている男の子を好きになれること」
「男の子であるっていうことは、隣に座っている女の子を好きになれること」
だと思うのです。それ以上の差異を、小説の中とはいえ、求めたくはないな、と矢治君は思います。とはいえ、次はどうしましょうかねえ・・・

とりあえず、同じプロットで今書き直しています。ストーリー的には同じですが、もう少しわかりやすくするつもりです。読み直すと、話がいきなり飛んでいて、良く分からないところがありますので。ストーリー自体は気に入っているので、もう少し、熟成させたいと思います。

それから予告編

時が経って23歳の雅ちゃん。僕のイメージでは、「すっかり女性らしくなっている雅」です。こいつも大きなテーマを抱えているんで、とっとと着工したいと思っています。

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