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もう一つの場所から
作:KCA



※このSSは、MOTOさんの「もうひとつの場所」を補完しようという意図
のもとに、私が後日譚的エピソードを一部付加したものです。そのため、
テキスト全体の7割程度を「もうひとつの場所」から引用しています。
(KCA)


時間、環境、経験……その他様々な要因で、人は誰もが変わっていく。
それは、ときに「成長」であり、「老化」「退行」であり、あるいは一概に
どちらとは言えぬ「変貌」だったりするんだろうけど……。

でも、僕の身に起こったような「変化」を体験したことがある人は、実際
そうそうはいないんじゃないか、と思ってる。
僕の名前は飯田夏樹。これから、僕が14歳−中学2年のときに経験した、
奇妙な体験をお話しようと思う。

事の起こりは些細な行き違いからだった。
合唱コンクールのためにクラスで歌の練習をしたあと、音楽の先生に
僕たちは呼び止められたのだ。
「伊藤さんと飯田くんはちょっと残ってね」
ピアノの前で、何回か歌わされたあと、先生は
「うん、分かった。伊藤さんも飯田くんも、今のままじゃ声出しにく
いでしょ」
と、聞いてきた。
「はあ」
「伊藤さんは男声やらない?そっちの方が大きな声も出せると思うし、
何よりのど痛めないし」
「えっ、ええ…」
 嬉しそうにしゃべる先生と対称的に伊藤さんは複雑な表情をしている。
「で、飯田くんは女声の方がまだちょうどいいみたいね。うん、今度
の練習の時からそういう事でやってね」
 え〜じゃあ音楽の時間は…。
「あのう…女子と一緒に練習するんですか」
「うん、男女別に練習する時はそうしてね」
「でも…」
 なんか、女子の中で練習するのも、なんかな…。
「クラス全体で合唱するのだから、気にしなくてもいいわよ。それに、
音楽の授業の一貫なんだから、みんなに気持ちよく大きな声を出して
ほしいし。今度の授業の時に、みんなと一緒に大きな声で歌って見な
さい、ねっ」
「はぁ…」
音楽の先生の立場からすれば、それはしごく当然の理屈で……僕ら
は、なんだか勢いに押されたようになって、そういうことに決まって
しまった。
教室まえで、友人たちから、
「飯田、女子のパートやるのか」
「さっきの声、女みたいだったよなぁ」
「お前だけ女子に囲まれて練習するのか、なんでお前なんだ」
などと冷やかされたけど、そのときはそれだけで、ちょっと恥ずかしい
かも、ぐらいにしか思っていなかったんだ。

そして、つぎの音楽の時間。
「それでは、今日は女声パートの方から先にやります。女子と飯田く
ん、ピアノの周りに来てください」
 友人たちのニヤニヤ笑いに見送られるようにして立ち上がってピアノ
の周りに集まる。周りは全部女子ばっかり。なんだか落ち着かない。
 先生の伴奏が始まる。そして女子がみんな歌い始める。正直言って
こっちのパートの方が声が出しやすい。周りの女子の声に引っ張られ
るようにびっくりするほど高い声を出すことができた。いちばんキー
が高くなるところでも大丈夫だった。つい、気持ちよくいつもよりも
大きな声を出しそうになったくらいだ。

さらにつぎの音楽の時間。今日は男子の練習のほうが先だった。
「では、今度は女子、集まって」
 やっぱり女子の中で声を出すのはすこし恥ずかしい気がする。男声パ
ートと比べると、声は出るんだけど、なんだか歌い方に違和感がある。
「飯田くん、やっぱり女性パートは歌いにくい?」
練習が終わったとき先生が声をかけてきた。
「はあ、やっぱり声が変だから…」
「そんなことないよ」
 その声に振り向くと小田さんと近藤さんが立っていた。
「飯田くんの声はいいよ。とてもきれいだよ」
「そうね、声じゃなくて歌い方なのよ。ほらここのところ」
 先生がピアノで高音が引っ張るところを引いて説明を始める、
「ここのところで大きく声を出したらずっときれいな、合奏になるわよ」
「そっか、そこのところ練習しなきゃいけないのね」
 石川さんの声がしたので横を向くと、そこには女子のほとんどが残っ
ていた。
「そうね、みんなしっかり声が出せるようにがんばってね」
 先生がピアノを閉じながらそう言った。
みんなで音楽室を出ていく。歩きながら先生が言ったパートのところを
見ていると、小田さんと近藤さんが、
「ほら、ここのところちょっと歌いにくいのよね」
「うん、息継ぎができないからね」
 といって話しかけてきた。
「うん、そしたらよけい変な声になりそうでさ」
 と言うと、近藤さんが
「そんな、飯田くんの声ってちっとも変じゃないよ」
「そうよ、この前も真代ちゃんと、飯田くんの声って可愛いって言って
たんだから。うらやましいくらいよ」
「そ、そうかな」
「そうよ、だからさ、練習してがんばろうよ」
近藤さんがつづける。
 そうだな、とにかく、しっかり声が出せるようにはなりたいな。結構
気持ちよく歌えたし。
いつのまにか僕はそんな風に考えるようになっていたんだ。

それから何度か女子に混じって練習するうちに、引込み思案な僕も
だんだん周りの女の子たちと親しく話せるようになっていった。
「飯田くん、だんだん声でるようになったじゃない」
「う、うん。そうかな」
「私、今日は高い声でないから、あたしよりもきれいな歌い方かもし
れないわよ」
「あれ、幸子ちゃんどうしたの」
「だって、今日私英語当たる日だもん。遅くまで訳やってたの」
「あ、じゃあ、あとでノート見せてよ。判らないとこあるんだ」
「うん、いいけど」
「あ、先生だ」
 先生が入って来てみんなのおしゃべりが止まった。そして、またみ
んなで何回か練習を繰り返す。
 先生は女子の練習は終わりと言って、男子の練習を見に音楽室を出
ていった。すると、石川さんが
「じゃあ、みんな今日放課後の練習忘れないでね」
と声をかける。
「OK」
「ねえ、早く教室帰っちゃおうよ」
「うん、英語の予習もしたいもん」
「うん、帰っちゃお」
「飯田くんは予習したの」
「うん、一応してあるよ」
「じゃあ、一カ所判らないとこあるから見せてよ」
「うん、いいよ」
いつしかそんな風に、ごく自然な会話もできるようになっていた。

「ねえ、早く練習を始めようよ」
「あ、飯田くんだったの。びっくりした」
「え、どうして」
「だって、なんだか声が可愛かったから」
「そうなのよ。飯田くんって普段の声も結構可愛いと思わない」
「うん、絶対そう思う」
「そ、そんな事ないさ」
 なんだか恥ずかしくなって声を低くする。
「あ、だめぇ、元に戻しちゃ。もったいないよ」
「飯田くんってわざと声低くしてたんじゃないの? 高い声の方がきれ
いだよ」
 なんだか複雑な気分。でも誉められたこと自体はちょっと嬉しかった。
 30分ほど練習してすこし休憩にしようと言うことになって。ピアノの前
でおしゃべりが始まる。
「飯田くんって、最初は取っつきにくい感じだったけど、いい人ね」
「え?そんなに取っつきにくかった?」
「う〜〜ん、あのさ、ときどき顔しかめることあるでしょ。あれやめた方
がいいよ。せっかく声きれいなんだから」
「え、そんなことしてる?」
「してるよぉ。声もわざと枯らしてたんでしょ」
「え〜、そんな事してたの」
「そんなことしちゃだめぇ」
 まわりの女子から一斉に声があがった。
「でも、なんだか変じゃない?」
「ぜったいそんなことないよ。今のしゃべり方の方がきれいだよ」
「ぜったい元に戻しちゃだめだよ。それに、顔しかめるのもやめなさいよ」
「う、うん」
 そんなに変かな。鎌田さんがポケットから鏡を出して来た。
「ほら、この方がいいじゃない」
 確かに、鏡の中から気持ちのいい笑顔がこちらを見返している。
そうか。じゃあ、気をつけて直そうかな。
 もう一度練習をしてから、鎌田さん、近藤さん、小田さんと一緒に
楽しく会話しながら、僕は学校から帰った。

その後、いろいろな少女マンガを読ませてもらったり、理科や美術の時
間、小田さんたちと一緒のテーブルに座るようになったりと、僕は急速に
女子のグループと仲良くなり、逆にそれまでの男子の友人たちとはあまり
つき合わなくなっていった。
中2になっても背が150センチと低めで、あまり積極的なほうでない僕
はクラスの他の男子に密かにコンプレックスを持っていたので、今の状態
が正直悪い気はしなかったのも確かだ。
そういえば、伊藤さんも、最近は男子グループと一緒にいるのを見かけ
ることが多くなったなぁ。

そんな状態のなかで第2のキッカケは起こった。

「あ、あのさ、さっき道井くんがお兄さんの制服抱えていたけど、あれ、
伊藤さんに着せるんだって」
「わ〜、いいな」
「今日の体育の時間の準備体操係もかっこよかったもんね」
「そうなのよ」
「声が渋いのよね」
「あ〜ぁ、残って由香ちゃんの制服姿、見てみたかったな」
 なんか、みんなむちゃくちゃ言ってるな。
「どうせ本番でも見れるじゃん」
「じゃ、今日だけじゃなく本番も着るの?」
「うん、道井くんはそう言っていた」
「そうだ。ねえ、由香ちゃんが男子の制服着るんだったら、飯田くん、女子
の制服着たらいいじゃない」
 えぇぇぇ!
「あ、それいい」
「賛成」
 ちょ、ちょっとちょっと。
「私のお姉ちゃんもう卒業したから、制服よぶん有るの。明日の練習で
持ってくるよ」
「やだよぉ、女子の制服なんて」
「いいじゃない。絶対飯田くん似合うって」
 そ、そんな問題じゃなくって…
「でも、そんなのって……」
「あ、真代ちゃん、サイズはどうなの」
「うん、たぶん大丈夫だと思う」
「靴下とかはこのままでいいかな」
「いっそのこと、本格的にするとか」
「じゃあ、アクセサリーとかは」
「でも、先生が派手なのだめって言うじゃない」
「そうよ、絶対校則通りの格好でないと」
「そうだ、それだったら先生もOKっていうかも」
「…で、でも」
「うん、それで決まりね。明日は何時集合だっけ」
「7時に集合、絶対時間厳守」
「え〜、あたし起きられないよぉ」
 僕、いやだって言うのに、勝手にどんどん決められてしまった。

翌朝。学校について教室に入ると、7時前なのに女子が10人以上来ていた。
「あ、来た来た」
「はい、飯田くん」
 女子の制服に入ったビニール袋を渡される。やっぱり着るの?
「ねえ、どこで着替えてもらう」
「やっぱり女子更衣室よね」
「じゃあ、他のクラスの子とか入ってこないようにしなきゃ」
「じゃあ、私と幸子ちゃんと真代ちゃんで入ってこないように番するわ」
「うん、そうしよ。じゃあ飯田くん行こう」
 やっぱりいやだなぁ。
「何してるの早くしなきゃ練習時間短くなっちゃうじゃない」
 鎌田さんたちに引っぱり出される。
「ねえ、どうしてもやるの?」
「当たり前じゃないの」
「由香ちゃんだって男子の制服着てるんだもの。由香ちゃん一人だったら
かわいそうじゃない」
「う、うん…」
「さあ、着替えましょ」
「着方とか判からなかったら呼んでね」
 女子更衣室に入るなんて初めてで、なんだか恥ずかしい。うちの中学の
制服は白いブラウスとエンジのリボンタイ、グレーのジャンパースカートと
いうごくありふれた組み合わせ。スカート丈もそんなに短くはないんだけど、
いざ自分が着ると足元が妙にスースーする感じがしてしまう。
「出来た?」
「う、うん」
 近藤さんたちが入ってくる。
「きゃー似合ってる」
「可愛い」
 音楽室まで引っぱって行かれた。
「似合ってる似合ってる」
「きゃー可愛い。飯田くん美少女だぁ」
「本当の女の子みたい」
 みんな勝手なこと言っている。
 だけど、練習が始まって、みんなで合唱が始まると、練習に没頭してし
まった。そして、みんなと同じ声を出していると、なんだか違和感が薄く
なってしまったみたいだ。
「あ、もうそろそろ練習終わらなきゃ」
「あ、じゃあ着替えるよ」
「え〜もったいない。いっそのことそのまま授業受けたら」
「そんなわけに行かないじゃん。そんなこと言ってると宿題貸したげ
ないよ」
「あ、ごめんなさいませ」
 みんながどっと笑い出す。なんだかなぁ。

多分、今にして思えば、これが決定的な「変化」の契機だったんだと思う。
その少し前から「変化」の兆しは見られたのかもしれないけど、この事件が
なければ、「変化」はもっと緩やかだったはずだ……と思う。

そのとき、結局伊藤さんは男子の制服は着てなかったらしい。でも、
僕が女子の制服を着たことが知れると、なし崩し的に飯田さんも詰襟を
着ることになってしまい、当然、僕も今後合唱のときは女子の制服を着る
のを断れない雰囲気ができてしまった。

 木曜日の音楽の時間の授業。まず、男子の音楽室で練習するので、女子は
教室でおしゃべりをしてる。横の近藤さんと鎌田さんが話しかけてきた。
「今日は飯田くん男子の制服ね」
「あぁ、残念だわぁ」
「だって、そんな訳にはいかないじゃないか。伊藤さんも着てないし」
「そういえば、由香ちゃん、なんだか男の子っぽくなってない」
「そうそう、なんだか、かっこいいもの」
「それに、最近木田くんや矢田くんと仲いいのよね」
「なんだか、本当に男の子になっちゃったみたい」
うーん、確かに声だけ聞いてたら、まるっきり男だもんな。詰襟着れば、
外見もそうだし……。
昨日、伊藤さんの詰襟姿を見たんだけど、矢田や木田たちといっしょで、
ふつうの男子と全くかわらなかった。

 その日の放課後、土曜日に女子だけで秘密練習をすることが決まった。
同じクラスの男子も知らない。僕以外は。なんだかスゴい秘密を握って
いるようで、ちょっとだけドキドキした。

体育の時間。
最近は、柔軟体操やキャッチボールのとき、僕と組んでくれる男子が
いない。いつも余ってしまって手持ち無沙汰だからつまらないな。
それに、なんか不審げに見られてるようで居づらい気がするし。
体育館の反対側を見ると、女子が楽しそうにバレーのトスをしていた。
いいなぁ。鎌田さんや近藤さんたちなら、きっと僕も仲間にいれてくれ
るのに……。そう思って見ていると、やっぱりあぶれたのか、伊藤さんが
退屈そうな顔でこっちを眺めていた。伊藤さんと僕の今いる場所が逆だっ
たら、こんな疎外感は感じないだろうと考えると、ちょっとヘンな気分だ。

 土曜日、学校に練習に行く。学校への道を歩いていると後ろから鎌田
さんが「おはよ」と声をかけてくる。
 学校の中にはいると何人かの女子が校舎へ歩いていってた。教室には
もうほとんどの女子が集まっていた。何人かで集まり、おしゃべりをして
いる。なんだか、いつもの教室と雰囲気が違う。
 そうか男子がいないから。みんな女子ばっかりだからだ。おかげで、
なんだか僕は落ち着かない。
「じゃあ、飯田くん、早く着替えなさいよ」
「う、うん」
 女子更衣室まで近藤さんと鎌田さんが付き添ってくれて、その中で着替
えた。近藤さんが持ってきた制服を着て、スカートとブラウスを見てると
「入るわよ」と声がして鎌田さんたちが入ってきた。そして、ブラシを取
り出し、僕の髪の毛をとき始めた。肩にかかるぐらいに伸びた僕の髪を巧
みに内側のカールさせる。それだけで、鏡のなかの僕はビックリするほど
女の子っぽい雰囲気になっていた。
「うん、やっぱりその方が落ち着くわ」
「そうね、なんだか男子の制服着ているとへんな感じがするものね」
 近藤さんと鎌田さんは口をそろえてそう言った。
 教室に戻ると、みんな僕の方を見て、歓声をあげた。
「よかった、やっぱりそっちの方がいいよ」
「ほんとよね。こうでなくっちゃ」
「さっきまでは、男子が一人いた感じだもんね」
「そうそう、これで全員女子ばっかりになったもんね。ね、飯田さん」
 滝本さんが言った言葉にみんな大笑いする。
「そうよね。『飯田くん』じゃなくって『飯田さん』よね」
「だって、こんなに可愛いんだもの。ねえ飯田さん」
 その声にみんな笑い声をだす。
「さあ、練習をはじめましょ」
 鳥居さんの言葉でみんなで音楽室へ移動する。学校の中は人気がない。
いるのは僕たちだけだ。なんだか女子中にいるみたいだ。
 今日は練習時間を気にしなくてもいいので何回も何回も練習を繰り返す。
練習を繰り返すとだんだん声が揃ってくる気がする。そして、学校に来た
とき有った違和感をすこしづつ感じなくなってくる。

「ちょっと休憩しようよ」
「うん、あたしトイレ行きたい」
 そういう声があがる。いすに座っていると、近藤さんが一緒に行こ、と
いってトイレまで引っ張ってこられた。え〜っと思う間もなく、女子トイレ
まで引きずり込まれる。
 中に久川さんと石川さんがいたけど、きゃはと笑うだけで、出ていってと
も言われない。
 それどころか、
「飯田さんはトイレ使わないの」
なんて言ってくる。

 後半の練習が終わった頃にはもう11時過ぎ。みんなで、お弁当を食べる。
「この、ポテチ食べる?」
「あ、食べる」
 お菓子を出して、みんなでがやがやおしゃべりになる。最近は、小田
さんや鎌田さんから少女マンガを借りているのでみんなの話にもついて
いけるようになった。だから、おしゃべりをしていても楽しくなった。
いままで学校じゃそんな話できなかったもんな。
 そんなわけで、おしゃべりに夢中になっているともう1時近くになって
しまった。
「ねえ、そろそろ着替えるよ」
「えぇ〜」
「着替えちゃだめ〜」
 みんなから一斉に声があがった。
「でも、もう着替えないと」
「せっかく、いっしょになったのに」
「男子にもどっちゃだめ」
「そうよそうよ、もう、飯田さんは女子よ」
「……そんなこと言っても」
「でも、飯田さんもそう思ってない?」
「そうよ、体育の時でもなんだか一人っきりで寂しそうだしさ」
「そうそう」
 たしかにちらっと、そんなことを考えたりもしたけど……。
「でも、学校から帰るんだから…」
「そのままで、帰ったらいいじゃない」
「そうだ、飯田さんのお母さんにもお願いして、コンクール当日は朝から
制服着て登校する事にしようよ」
 えええ! そんなのありィ?
「賛成賛成」
「わ〜〜楽しみだ〜」
 みんな完全に盛り上がってしまった。

 結局、女子の制服で、鎌田さん近藤さんといっしょに学校を出ることに
なってしまった。
「ごめん、『リセエンヌ』買っていきたいからちょっと本屋に寄らせて」
 近藤さんがマンガ雑誌を買うので本屋に立ち寄った。だけど、雑誌を買う
だけなのにぐずぐずしてなかなか決まらない。仕方ないので鎌田さんとコバ
ルト文庫のコーナーで時間をつぶす。
 やっと雑誌を買った近藤さんといっしょにうちに帰ると小田さんや石川さ
ん達が家の前で待っていた。
「あ、帰ってきた。」
「ちゃんと、当日のことお願いしておいたからね。じゃあね。」
 そういい残して、みんなは帰っていった。母さんは笑っているけど、いい
のかな…。
「いいじゃない。それに母さん、本当は娘が欲しかったのよねー」
はあ…そういう問題なのかなぁ。

日曜の午後。母さんはなんだかウキウキしながら買い物に行って、
上機嫌で帰ってきた。なんだか嫌な予感がするけど……。
「夏樹ぃ〜、ちょっとこっち来なさぁい」
呆れたことに、母さんはキャミソールとブラジャー、ショーツなどの
女の子用の下着を2、3とおり買ってきていた。ご丁寧にブラウス、ス
カート、ハイソックスといった衣類までひととおり揃えてある。
「どうせ女の子の制服着るんなら、ここまでしなきゃあね」
「……」
僕は何も言わずに部屋に戻った。

月曜の音楽の時間。
 今日は男女別の練習は一度だけ。そして、あとは男女いっしょの練習だ。
なんだか、久しぶりに男子達といっしょに歌う気がする。でも、僕も本当
は男子なんだけどな。周りには女子だけ。でも、その状況に違和感を感じ
なくなっている。
 音楽の時間が終わって、学級委員長が男子に練習の日程を伝達している
のを聞きながら教室に向かう。女子はたっぷり練習ができたので、最後の
女子の練習を男女いっしょにやったらと土曜日に決めたのだ。
 そっか、こんどは伊藤さんも男子の制服着て並ぶんだな…。

 給食が終わってお昼休みになったとき、小田さんや近藤さんや石川さん
たちとその話をする。
「そうそう、楽しみだわ」
「そうそう」
「じゃあ、給食が終わって着替えるのかな」
「そうだ、4時間目体育だからそのときに着替えちゃったら?」
「あ、その方が飯田さんもラクじゃない」
「じゃあ、教室で着替えるわけ?」
「う〜んそれじゃ、飯田さんかわいそうよね」
「じゃぁさ…」
「何してるの?」
 みんなびっくりして、いっせいにその声の方を振り向くと、伊藤さん
だった。
「えっ、えっと、明日の練習の話なんです」
 滝本さん、敬語になってるよ。
「うん、そうなの」
「明日、四時間目が体育ですよね。だから、飯田さんと伊藤さんは、体育
の後に着替えれば、ちょうどいいんじゃないかなって」
「え、ちょっと、つまり給食時間も」
「そうです」
「あ、それいいねぇ」
 学級委員長が向こうから叫ぶ。
「昼休みはあんまり時間がないから、そっちがいい。じゃそういうことで
よろしくね」
「…で、でも先生が…」
「先生、変でなきゃいいって言ったでしょ? 前もって見せておいた方が
いいよ」
「そうだよね。でさぁ、飯田さん、体育もいっしょにしたいよねぇ」
 ええっ…、まあ……。みんなといっしょにいれたらうれしいけど。
「でも先生が…」
「今度、体育の先生にお願いしてみる」
「お願いします。体育の時、一人でつまんないんです」
 あ…つい、本当のこと言っちゃった。
「でね、これ、土曜日に言ってたマンガ」
「わーい」
 『ようこそさくら組へ』のマンガを見せてもらってマンガの話になった。
マンガを見ながらふと横を見ると、さっきまでいた伊藤さんが木田たちと
しゃべっている。僕、最近木田や矢田といっしょにいることがなくなった
なぁ…。


 火曜日の体育の時間。
「それじゃあ、体育の時間終わったら、女子更衣室の方に来てね。制服
は私が持っていって、置いておくから」
「はいっ!」
なんだか僕、ちょっと声が弾んでないか? 気のせいだよな。
「で、伊藤さんの今着てる制服は、私が持って帰ってきますから、男子
に男子トイレに入れてもらって着替えてください」
「…はい」
対照的に伊藤さんは渋く落ち着いた返事。うーん、女子がカッコいい
っていうのもわかる気がする。
「じゃ、飯田さん、また後でね」
 手を振って石川さんと近藤さんが伊藤さんと一緒に教室を出ていった。

 教室でそそくさ着替える。女子が出ていった後、なんだか一人取り残
されたような気持ちになってしまう。
 やっぱり、体育も近藤さんや鎌田さん達と一緒の方が楽しいだろうなぁ。

 体育が終わって、みんな道具を片づけて教室に戻っていく。僕は一人
別れて女子更衣室に向かう。ノックをすると、近藤さんがドアから顔を
のぞかせた。
「なんだ、飯田さんじゃない。早く早く」
 躊躇している僕を近藤さんが更衣室へ引っぱりこんだ。みんな着替えて
るけども、僕が入ってきてもぜんぜんいやがらない。
「はい、持ってきてあげたよ」
 そして僕も近藤さんの持ってきてくれたキャミソールと制服に着替える。
 着替え終わった僕を近藤さんや鎌田さんや小田さんが取り囲む。教室に
はいると、着替えを終えた男子がこっちを見て、おぉぉ、と声をあげた。
「おぉ、美少女美少女」
「飯田、すげえいいじゃん」
「おめえ、本当はついてねえんじゃないか」
 その声になぜか恥ずかしくなって俯いてしまう。
「ちょっと、へんなこといわないでよ。それより伊藤さんは」
「ああ、今トイレで着替えてるよ」
「そっか…」
 僕の前を守るようにして近藤さんが藤原としゃべっている。
 そうしているうちに伊藤さんが入ってきた。
「あ、それを見ると久しぶりにほっとする」
 矢田が一言そう言った。
「ほんとにそうよね」
 僕の横にいた滝本さんもそうつぶやいた。
「おーい何してる、早く給食の準備をしろ」
 先生が入ってきて、みんな給食の準備を始める。でも、僕にも伊藤さん
にも気がつかない。給食が始まっても気がつかない。とうとうしびれを
切らして、菊池が先生に言う。
「これ、伊藤さんです。」
「…ん? ああ、確かにそうだな、ハンサムハンサム」
「むこうが飯田くん」
「…ふむ、確かに校則通りだな。石川、お前スカート短すぎ。飯田くらい
にしろ」
 …それだけ? それでいいの、本当に。

 給食の後、音楽室に行く。みんなと一緒にピアノの左側に行く。伊藤
さんは右側に。
「これで、制服そろったよね」
 鎌田さんがぼそっと言った。そうだよね。これの方がふつうだよね。
男子の制服を着た人同士、女子の制服を着た同士。この前まで僕はあっち
の方にいたんだよな。だけど、今はこっちにいる。女子の制服を着て、
女子と一緒に練習をしている。
 合唱が始まる。僕は高い女子のパートを歌う。伊藤さんは低いパートを
歌っている。僕は低いパートなんか歌うことができない。自然に女子と
いっしょになって、女子の制服を着て、女子のパートを歌っている。
だれも、それを当然のことと思っている。
たぶん、僕自身も。

 練習が終わって、掃除の時間の合間に更衣室に行って着替える。更衣室
の前で待っていてくれた小田さん、近藤さんたちが変な顔をしている。
「なんだか、男子の制服着ていると…飯田さんって…」
「うん、ちょっとね…」
 そ、そんなこと言ったって。
 そこに、廊下の向こうから鳥居さんが走ってきた。
「ねえねえ、伊藤さんと飯田さんのこと一緒に先生に頼んでもいいって」
「あ、本当に、じゃあうまくいったら、飯田さん体育も一緒にできるね」
「う、うん」
 やっぱり、女子と一緒にいる方が自然なのかな、僕。

 いよいよコンクール当日
 パジャマから女子の制服に着替える。家で着替えるのは初めてだ。
下着は、ちょっと迷ったけど枕元に母さんが置いておいた、スポーツ
ブラとショーツ、キャミソールを着ける。これでいいんだよね。
「いってきます」
 ニコニコと嬉しそうな母さんに見送られて家を出る。いつも通っている
通学路だけど、女子の制服を着て通るのは初めてだ。室内と違って、風に
スカートの裾がゆれる感覚が頼りない。だいじょうぶかな…。
「あ、飯田さん。おはよう」
 鳥居さんが声をかけてきた。
「あ、おはよう」
「きょう、がんばろうね」
「う、うん」
 ゆっくり歩いているとちょうど横の道から伊藤さんが出てきた。
「おはようございます」
 僕たちがかるく頭をおじぎすると、伊藤さんも、おはようと声をかけ
てきて、そのまま颯爽と前を歩いていく。今日は伊藤さんも朝から男子
の制服を着ている。凛々しいという言葉が似合いそうな雰囲気だ。
「ちょっと、伊藤さん怒っているのかな」
「どうだろう。そういや、伊藤さんのこと怖いって言ってなかった」
「う、うん。でも、かっこいいもの、私のことかばってくれたし」
「ふーん」
「おはよう。何はなしてんの?」
 鎌田さんがやってきた。
「あ、おはよう。鳥居さんが伊藤さんってかっこいいねって」
「うんうん、もう完璧に男子してるってかんじだもんね。声も渋いし」
「うん」
 やっぱり、伊藤さんも男子といっしょにいる方が楽しいのかな。
僕は…? 鳥居さんや鎌田さんと一緒の方が楽しい…?
うん、たぶんそうだね。

 そして、いよいよ合唱コンクール。みんな教室からでて、体育館に入っ
ていく。横の男子の列には伊藤さんが、そして女子の列には僕が並んで
いる。緊張している僕の手を近藤さんが握ってきた。
「いっしょにがんばろうね」
 そうだよね、みんなで一生懸命練習したもんね。みんなで、いっしょに
がんばろうよね。
 僕たちの番になった。鳥居さんの伴奏が始まる。そして、自然と声が
出ていく。僕も周りのみんなと同じ高い声だ。
 合唱が終わって、女子と一緒に舞台を降りながらふと考えた。来年の
合唱コンクールも女声やるのかな。そういえば、去年は合唱コンクール
なかったから、男声やったことないんだ。来年も鎌田さんや近藤さんたち
といっしょに女声やったら、男子としてじゃなく、女子として合唱コンク
ール経験して卒業しちゃうんだよね。木田や矢田とは違うんだよね。
 コンクールの結果は優勝だった。
「やったぁぁ」
「秘密練習したかいあったぁ」
 鎌田さんや近藤さんと抱き合って喜んでいると、ふと、来年も女子と
してコンクールに参加したいと思ってしまう。

「そうだ、五時間目と六時間目授業だ」
「どうしよう着替え持ってないよ」
「そのままでいいじゃないの」
「う、うん」
 今日も女子の制服着たまんま、給食をたべる。そして掃除。
「ねえ、ちょっと」
「なに?」
「お手洗い行こ」
 近藤さんと小田さんといっしょに女子トイレにつれて行かれる。そして、
僕も女子トイレで用を足した。

 そして五時間目の理科の時間。
掃除を終えた鎌田さんと近藤さんと小田さんといっしょに席に着く。
女子の制服のまんま。でも先生は何も言わなかった。

 そして放課後も鎌田さん、小田さんといっしょに帰る。
「じゃあ、制服明日返すね」
「ええ、何でぇ」
「明日も着てきなさいよ、男子の制服他の先生に見られたら困るじゃない」
「でも、合唱コンクール終わったし、近藤さんのお姉さんの制服だし」
「いいじゃない。もう真代ちゃんもいらないと思うし、これ飯田さんの
制服だもん」
「え〜、でも…」

 翌日の朝、男子の制服を着て登校したらたいへんな不評だった。
「え〜なんでそっち着てきたの」
「だって、これって近藤さんから借りた物だし…」
「じゃあ、近藤さんに頼んであげるよ」
「…う、うん。でも…」
「あ、近藤さんだ、おはよう」
「あ、おはよう。あれ、飯田さん男子の制服なの?
「そうなのよ、近藤さんに返さなくちゃっていってさぁ」
「なんだ、そんなこと気にしてたの。これもう飯田さんの制服だよ」
「でも、なんか言われたら…」
「じゃあ、あたし達で男子達に言ってあげるよ」
「そうそう、先生にも体育の件しっかりお願いしといたからさ」
「う、うん…」
 教室に入っても、男子の制服着た僕に、男子は話しかけてこなかった。
同じように女子の制服着てきた伊藤さんには、「頼むから、男子の方を
着てきてくれ」なんて言っている。
僕もやっぱり女子の制服を着た方がいいのかな。

 昼休み、体育の先生から呼び出された。伊藤さんといっしょに、みんな
がぞろぞろついて来た。
「こないだ言ってた件、明日の体育の授業から認めます。体育がつまらない、
なんてのは良くないからね。合唱コンクールでも二人ともまじめにやってた
ようだし。でも飯田くんの着替えは、他のクラスの子もいるから、気をつけ
るように」
 みんな大喜び、小田さんも、鎌田さんも、近藤さんも、鳥居さんも。
僕もみんなといっしょに体育ができるのがうれしいと思ってしまう。
「よかったね、飯田さん」
「う、うん」
「伊藤さんも」
「…うん、まあね」
「飯田さん、明日から女子の制服着てきてね」
「うん…」

 翌日、女子の制服を着ていった。誰も何にも言わない。鎌田さんや小田
さんや近藤さんがおはよう、って挨拶にくる。伊藤さんも男子の制服なの
よ、って鳥居さんがうれしそうにしゃべっている。
 体育の時間になると、鎌田さんが、行こって言って、いっしょに女子
更衣室へ向かう。更衣室で、近藤さんが、はいっと巾着を渡してくれた。
「真代ちゃんの体操服。高校のとは違うから、これも余ってたの」
上は白い半袖のポロシャツ。男子とデザインは一緒だけど、襟の部分と
袖先が、紺色の男子と違ってエンジ色−リボンタイと同じ色だ。そして下
は、同じくエンジ色のブルマー。着替えてみると、ちょっと恥ずかしい。
でも、その恥ずかしさが、女子の体操服を着ること自体に対してなのか、
それともそんな風に太腿をまる出しにすることに対してのものなのかは、
もう自分でもよくわからなかった。
そして、女子といっしょに体育館でバレーボールをする。そして、終わ
るとおしゃべりをしながらいっしょに着替える。
今日も、母さんの買ってきたキャミソールとショーツをつけていたのだ
けど、かわいいデザインねって小田さんに誉められちゃった。
 家庭科の時間。近藤さんがお菓子づくりの話をする。鎌田さんや小田
さんといっしょにお菓子の話をする。どれもこれも、みんな当たり前の
ように過ぎていく。なぜなら、違和感がないから。居心地がいいから。
 伊藤さんがこっちをちらっと見てノートを書いている、かっこいい
けど、なんだか目つきが怖い。
それは伊藤さんが男子の側だから? 僕が女子の側だから?

 家に帰ってタンスの中に入っていた男子の制服を見てみた。この前まで、
この制服を着て、あの伊藤さんの場所に立っていたんだな。
 想像してみたけど、ひどく現実感がない。だって、僕、男子が何をしゃ
べって、何をしているのかもうわからないから。そして、女子が何をしゃ
べっているのかは知っている。
だって、僕のいる場所は女子の場所だから。
 夜に、鎌田さんから電話がかかってきた。
「ねえ、もうすぐ修学旅行でしょ。修学旅行に持っていく物とか服とか
見に行かない?」
「…う、うん」

日曜日、駅前で鎌田さん達と待ち合わせてショッピングに出かける。
さすがに今日は制服というわけにはいかないけど、鎌田さんたちと一緒
に回るのに、男の子のかっこをしていくわけにもいかないだろう。
悩んだ挙げ句、この間母さんが買ってきた服の中から、白い長袖の
ブラウスと薄いピンクのカーディガン、デニム地のミニスカートに黒の
オーバーニーソックスという服装を選んだ。そのまま街中へ出ても、
もう恥ずかしいという感覚は全くない。こういう女の子の服装のほうが
落ち着く気がするぐらいだ。
4人でデパートを巡る。ちょっと日用品を買った以外は、ほとんど
ウインドウショッピングだったけど、おしゃべりしたり途中喫茶店で
パフェを食べたりしながら過ごす一日は、いままで知らなかった満足感
を僕に与えてくれた。
鎌田さんたちと別れて家に帰る。家の中でも服を着替えなかったけど、
両親は別に何も言わなかった。

そう、後になって気づいたが、これは随分奇妙なことだった。
経緯を知ってる母さんはともかく、2ヶ月ぶりに出張から帰って来た
父さんすら、当然のような顔をして「女の子のかっこをしている僕」を受
け入れたのだから。
たぶん、「変化」の影響がここまで及び始めていたんだと思う。

 月曜日の六時間目の道徳の時間。
「えー、修学旅行が近づいてきたので、とりあえずこの時間は班分けを
して、修学旅行当日までにやるべきことを説明する。そんなに時間があ
る訳ではないので、各班が各自時間を見つけて、決めたり調べたりして
おくように」
 鎌田さんと近藤さんと小田さんがすぐに来た。
「4人じゃ足りないからあと2〜3人は一緒じゃないと。」
「じゃあ、私たちといっしょにしようよ」
 そういって滝本さんたちが話しかけてきた。
「それよりねえ、きのう飯田さんといっしょに修学旅行に持ってく物見に
行ったんだ。すっごくかわいいワンピースあったよ」
「あ、私も行きたかった」
「あたしも、新しい服見たい」
「じゃあ、今週の土曜日みんなでいっしょに行こうよ」
「うん、もう一回みんなと行きたいね」
 ボクは、うれしそうにそう答えていた。
うれしそう−ううん、本当にうれしかったのだ。

もう、クラスはおろか、学校、そして家族までもが、ボクが女の子と
して毎日を送ることに何ら疑問を抱かなくなっていた。
ボク自身、自分が女の子の位置にいて、女の子と一緒に、女の子と同
じように行動することに、徐々に慣れつつあった。

そんななかで、第三の「変化」が始まっていたのだ。

月曜の夜、替えの下着−もちろん女物−を用意してからおフロに入った
ボクは、体を洗いながら、あそこがなんだか小さくなってるように見える
ことに気がついた。そういえば、胸のあたりも何となく張っているような
感覚がある。
とはいえ、その時はさほど気にとめることもなく、フロから出ると、
パジャマに着替えて、ボクはそのまま寝てしまったんだけど。
でも、「変化」は急速だった。
そのとき以来、日に日にボクの肉体の異変は進行し、金曜の朝にはいま
まで意味のなかったAカップのスポーツブラが、はっきり役にたつような
体型に変わっていた。下腹部の異変も相当進んで、もう男子トイレでは用
を足せない状態にまでなっていた。幸い、随分前から女子トイレに入る習
慣がついていたので、そのこと自体にとまどうことはなかったけど。
両親や保健の先生にそれとなく相談しようとはした。でも、誰もが
「何を言ってるのかわからない」といった目つきでボクのことを見るのだ。
どうやら彼らの中では、ボクはれっきとした女の子で、年頃の女の子の
胸が膨らんだり、いろいろ体つきが女らしくなっていくのは当然……と
いう意識があるらしい。

一概にそれはみんなの思い込みだけとは言えなかった。保健の先生に
相談に行ったとき、ボクは見てしまったのだ。
健康診断カルテに、「飯田なつき」という名前とともに、性別の項目に
はっきり「女子」と記されていることに……。

この謎の現象に頭を悩ませていたおかげで、修学旅行用の2度めの
ショッピングは、前回ほど楽しめず、どこか上の空だった。
「ナッちゃん、元気ないね」
「何か悩みごと?」
「え、そ、そうかな?」
「あ、わかった。あの日でしょ?」
「う、ううん。そんなんじゃないけど…」
みんなも冗談抜きで僕を女の子だと思ってるんだよな。
僕はショーウインドウのガラスに映った自分の姿を見てみた。
裾の長い、袖なしの白いワンピースの上から水色のサマーセーターを
羽織っている。髪型はセミロングのおかっぱ、って感じで空色のカチ
ューシャがアクセント。足元は、素足に踵でストラップをとめるタイプ
のサンダル。肩からは小さな赤いポシェットまで下げていた。
ゆったりした服装なので、あまり体の線ははっきり出ないけど、それ
でも、膨らみ始めた胸が年齢相応に慎ましく存在を主張していることぐ
らいは見てわかった。
そう、だよね。どこから見ても、中学生の女の子にしか見えないよね。
心の中でそのことをあたりまえのように受け止めている自分に、僕は
気がついた。そうしたら、何となく悩むのが馬鹿らしくなってしまった。
「みんな、ゴメンね。ボク、もう大丈夫だから」
「ふーん……ちょっと元気出てきたみたいね」
「それじゃあ、こないだの喫茶店にケーキ食べに行こっか?」
「うん!」

翌週の月曜。ボクらの学年は修学旅行へと出発した。
班行動のときは鎌田さんたちと一緒。自由行動の時間になっても、仲良
しのグループごとに固まって行動しているので、周りの顔ぶれはほとんど
変りはない。

フロの時間も班単位で分けられていた。ボクはもちろん、小田さん達と
いっしょに女フロのほうへ向かった。いまでは、裸になったときでさえ、
ボクは女子に混じっていても違和感のない体つきになっている。
それでもそのときはまだ、ボクのあそこには親指の先ほどのものが付い
ていた。でも、誰もそんなこと気にしていない。女の子のあそこがどんな
風なのか、見たことがなかったので、フロ場でこっそり観察してみた。
ふーん、あんなふうになってるんだ。
そのうち、あそこまであんなふうになるのかな? なるんだろうな。
根拠はないけど、ボク自身たぶんそうなることはまちがいない事実として、
予感していた。

やがて、就寝時間。でも、就学旅行の夜に大人しく寝てなんかいられ
ないのは、女子も男子と変りない。
マンガやアニメの話題。テレビドラマやアイドルの批評。そして、お
約束の恋愛関連へと話は進んでいく。
「ええーっ、じゃあ、ナッちゃん、男の子好きになったことないの?」
「う、うん」
あたりまえだよ、ついこの間まで男だったんだから。
「じゃあさ、うちのクラスの男子で、ちょっといいなって思う人は?」
「そうそう、白状しなよ」
そ、そんなの聞かれたって……。
「えーと…伊藤さん、かな?」
反射的に思い浮かんだ名前を答える。
「えー、ズルい。あたしも、伊藤くんに目をつけてたのに」
「そうだよね。ちょっとかっこいいよね」
みんなでワイワイ騒ぎながら、夜は更けていった。

そして3日後。楽しい修学旅行が終わって家に帰ったボクは、自分の
部屋が、旅行に行く前までとは一変していることに驚いた。
淡いピンクと白のチェックの壁紙。かわいいウサギの模様がプリント
されたベッドカバー。本棚には、少女マンガとコバルト文庫がぎっしり
と並んでいる。ふたつの白いタンスを開けると、ボクぐらいの年の女の子
がいかにも着そうな服や下着ばかりがキチンと整理して入っていた。
そういえば、カーペットや机も何となく女の子っぽいデザインのものに
変わっている。
「お母さん、ボクの部屋の模様替えした?」
「え? してないわよ、そんなこと。掃除ぐらいはしといたけど」
「……そう」
これも「変化」のひとつなのかな? こうやってボクの周囲の環境もボク
自身の身体も、いつか完全に女の子になっていくのかな?
それはたぶんそう遠い先ではない気がした。そして、ボク自身、早く
そうなることを望んでいることに気がついた。

× × ×

それから1年半が過ぎた。結局、自分でも気づかないうちにボクは
女子のなかに完全に溶け込んで、いまでは自分が元は男の子だったこ
とさえ、ほとんど意識しないようになっていた。

明日は卒業式。といってもクラスの大半がすぐ上の高等部に進むから
大した変化があるわけじゃない。でも、高等部の制服は、中等部に比べ
て格段にかわいいのでちょっとうれしい。ブラウスにエンジのネクタイ、
白いニットのベストとグレーのブレザー、ちょっとミニ気味のチェック
のプリーツスカートという組み合わせで、ストッキングも黒か白なら認
められている。
そういえば、「クラスの大半」と言ったけど、伊藤さん−伊藤くんは
県立高校を受験して受かったらしい。春からは別の学校だ。
昨日の放課後、近藤さんたちにたきつけられて告白めいたことをして
しまった。思い出しただけで頬が熱くなる。
「その…別の学校に行っても、ずっとお友達でいてくれる?」
「うん、もちろん」
この1年のあいだに5センチ近く背丈が伸び、体格もぐっと男らしく
なった伊藤由樹くん。思いきってその胸のなかに飛び込むと、伊藤くんは
ぎこちなくキスをしてくれた。
ボクらの間にあるのは、ただの恋愛感情だけじゃない。今となっては、
ふたりの立場が入れ替わったことを知るのは、当の本人であるボクたち
だけになってしまったのだ。ふたりだけの秘密。共犯意識、というのに
近いかもしれない。
もちろん、ボクが「かっこいい男の子としての伊藤くん」を好きなのも
事実だし、伊藤くんも「女の子としてのボク」に好意を持ってるからこそ、
キスしてくれたんだと思う。 そして、そのことを純粋に嬉しいと思う
自分がいる。

伊藤くん、卒業しても、おつき合い続けていこうね……。

中学生最後の夜、そんなことを考えながら「私」は眠りについたのでした。

<終わり>


最初に書いたとおり、これは MOTOさんのお話の「少年少女文庫的補完」
を目指したものです。「もうひとつの場所」自体が「あの場所」という小説の
裏ストーリーなので、三次創作ということになるのでしょうか?
この後、こういう展開になると(自分も含めた)このHPの読者が萌えるか
なぁ〜と、想定してあえて書いてみたんですが、蛇足でしたかね? MO
TOさんの作品自体、私的には結構ツボを突いてますから……。
まあ、妄想超人の戯言と笑って許してやってください。

「変化」の発想自体は、某名作ゲーム「ONE」から思いつきました。あの
ゲームでは主人公の現実世界における「存在」が希薄になり、周囲の人々
や家族、恋人にまで「忘却」されて、ついには永遠の世界への「消失」にい
たるわけですが、それを「完全なる入れ替わり」に置き換えたものだと思
っていただければ結構です(周囲の思い込み→家族へも波及→肉体的変化)。

ここのところご無沙汰してますが、そろそろ(文章書く)エンジンがかかって
きたので、以前某Hコミック誌のマンガ原作として応募したシリーズ作品の
焼き直しを投稿しようかと思ってます。一応ファンタジー系でタイトルは
「カースアイテムストーリーズ」です。



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