戻る

緋 色 の 風

作:石積ナラ





『3/3』




////////////エピソード8 帰らない日々、還らない人////////////


 レッドヴィル州陸軍、敷地内墓地。
 そこには新たなる墓が設けられていた。
 掘り返された地面には、棺がゆっくりと埋められてゆく。ガラスの向こうに見えるのは、たくさんの花に囲まれた、穏やかに眠るビリーの顔。
 事務的に葬儀の指揮を執る大佐と、黙って立ち尽くす軍人たち。だが、ジェーンは背中を丸め、焦点の遭わない目で、うつろな顔をしていた。
「……最後の別れを」
「………… ………… ……はい」
 地面の上から、地中の埋められたビリーの顔を見る。
 すると、ジェーンの表情に感情が戻ってきた。
 目にいっぱいの涙を浮かべると、周囲に盛られた土に腕と頭をうずめ、大声で泣き叫んだ。何度も、何度も、愛する人の名を呼びながら。


 棺の中に伏せたまま起き上がらないジェーンを残し、
 軍人たちは、ビリーの死を悼んだ。


 陸軍庁舎、食堂。
 泥を落としたジェーンの前には、久しぶりに見るカレーがあった。
 栄養は満点、味は微妙。そんなカレーに、ジェーンは懐かしさを覚えることもなかった。
 最初は熱々の湯気を立ちのぼらせていたが、いつの間にかすっかり冷め、カレーの表面には薄い膜ができていた。
 そんなジェーンの前に、長テーブルを挟むようにして、ひとりの軍人が座った。
「お久しぶりです、軍曹。……いえ、少尉」
「……え?」
 ジェーンの前に座ったのは、髪を短く刈り込んだ、爽やかな表情の青年。明らかにジェーンよりも年上なのに、彼女に恭しくお辞儀をする。
「ああ、レオン。今じゃきみが軍曹だっけ?」
「はい。ええと、その、ジェーン…… 少尉に、鍛えられたおかげです」
 レオンは、まだ、かつての上官であったジョニーを、今の姿であるジェーンと呼ぶのに、抵抗があるようだ。
「それは、よかったね……」
 久しぶりに会った者同士。
 だが、ジェーンに喜ぶ余裕はなかった。
「カレー、食わないんですか?」
「うん、食欲ない」
「……あなたのそんな顔、初めて見ました」
「そうだったかな……」
 それ以上の会話は、続かなかった。
 ジェーンのかつての部下、レオンは、熱々のカレーを口にし、はふはふ、と湯気を口から噴き出している。元気という言葉をそのまま人の形にしたような青年だった。
 会話のない食事。一方は食事に目もくれず呆然とし、一方はハイテンションであっという間にカレーを半分食い尽くす。そしてそのうち、レオンは食事のペースを落とし、口の中にカレーを溜め込んで、ふぅ、とため息をつく。
「ダメだ、この人」
 レオンはカレーを飲み込むと、ジェーンに言った。
「どうしたんですか。以前のあなたなら、仲間の死をも乗り越えて、次の作戦のために最善をつくしていたじゃないですか。あの時は、ボクらの同士が何十、何百と戦争の中で死んだ。家族のようなものでした。でも、ボクらに泣いてる暇なんてなかった。泣いたら、戦死したみんなに申し訳が立たなかった!」
「…………」
「あなたはもう、本当に軍人としての誇りを失ってしまったんですか? 僕の尊敬するジョニー・デツェンバーは、死んでしまったんですか?」
「…………」
「いい加減に顔を上げろ、このアマが!」
 初めて聞く、元部下からの乱暴な言葉。
 それも、酷いののしり方だ。
「え……?」
「こんなところで腐ってるような人が、ボクの尊敬する人と同じなわけがない。ボクを鍛えてくれた人と、同一人物のはずがない! あんた何なんだよ! そんなところで女々しく泣いている暇があったら、かつてのようにがむしゃらに体を動かして、乗り越えてみろよ! あんたは本当に、心まで普通の女になっちまったのかよ!」
「レオン……」
「……もういい!」
 レオンは、残り半分のカレーをすべて食い尽くすと、おかわりしてまた戻ってきた。
「軍そ…… 少尉。あなたは1度の食事にカレー2杯は食ってましたよね。味付けはあなたの好みじゃなかったみたいですけど、ボクは好きですよ。この辛さがたまらないんですよ、体の中で燃えているみたいな感覚が、心を燃やして、体のエネルギーになっていって。あなたもこのカレー食って、15歳って若さで、去年、今のボクと同じ軍曹になれたんじゃないですか」
「そう言えば、そうだったなぁ……」
 ジェーンは、かつて自分が食べていた、懐かしいカレーに、焦点を合わす。
「カレーはね、僕の母さんの得意料理だったんだ。母さんの料理は、カレーだけじゃなくて、何だっておいしかった。残念だよ、ここのシェフ、母さんの料理を再現しきれてないんだもん。まぁ、悪くはなかったけど……」
 ジェーンは少しだけ、感情を取り戻した。唇にそっと微笑を浮かべる程度だった。
 その様子に、レオンも少し、安心する。
「そうだったんですか、お母様の…… ボクも、お母様手作りのカレー、また食べたくなりました。1度しか、食べたことがなかったので」
「無理だよ。もう、ビリーと同じところにいるもん。そのうち、僕も行くと思っていた」
 ジェーンはようやっと、カレーにスプーンをつけた。
「僕が死ぬときは、男として、軍人として、戦場で死ぬと思っていた。あるいはサバイバル訓練のとき、下手して毒キノコを調理してぽんぺ起こして死ぬとかさ。僕、どうやって死ぬんだろ。このまま年老いて、おばあちゃんになって、縁側で日向ぼっこしながら、大往生するとか。そしたらさ、父さんも母さんもビリーも若いのに、僕だけしわしわ、よぼよぼだよ。話にならない」
「体は持っていけません。会うのは、魂だけです」
「会うのは、魂だけ……」
「本当にヒコックのこと、好きなんですね、少尉」
「うん。大切な家族だよ」
 ジェーンのカレーを食べるペースが、少しずつ上がる。
 すっかり冷えて固まってしまったカレーとご飯粒だが、ジェーンは食べた。
 できたてカレーよりもとても熱い涙を、ボロボロとこぼしながら。


 ジェーンとレオン、そろってカレーを食べつくした。
 ご馳走様、とカウンターにトレーごと戻すと、ジェーンは食堂を出ようとする。
「少尉、これからどちらへ?」
「大佐ンとこ。ちょっとお願いがあるんだ。……今の僕に決着をつけて、ちゃんと明日(みらい)を迎えるために。家族の(わかれ)をきちんと乗り越え、僕が僕のまま、死ねるように」
「死ぬことだけが少尉の未来ではありません。先に死んだ人の分も精一杯生き、遠い未来に胸を張って家族に『会いに逝ける』ことこそ、あなたの存在意義です」
「ありがと、レオン。きみのおかげだ」
 ガラスの扉を開き、ジェーンは食堂を出た。


 事務室。
「大佐、失礼します」
 山のように積まれた書類に向かって いる大佐が、ジェーンの言葉に反応した。
「やぁ、ジョニー。いや失礼、ジェーン。何かね?」
「折り入ってお願いがあります。僕に、軍人として、いや、軍の協力者として、ウッド・ジェームズの逮捕の命令をいただけますでしょうか」
「……復讐か?」
「僕個人として、ウッドに復讐したい気持ちももちろんあります。でも、それ以上に、ビリーの敵討ちと、それからレッドヴィル州のこれからの穏やかな未来のために。レッドヴィルの町には、ビリーの想い出が残っています。お友達もいますし、そのお友達が経営する酒場はとても素敵です。その酒場も、ウッドに乗っ取られようとしていました。僕は、あの素敵なレッドヴィルの町が、酒場が、あんな冷酷非常なヤツに踏みにじられるのが嫌なんです」
「そうか。……うん、よく言った。それでこそ、アレクサンドル中将(戦死して昇格した)と、最強の剣士レイニーの娘だ。きみなら、鍛えた力を、きみの正義のために使ってくれると信じている」
 すると大佐は、メモのような小さな紙片にすらすらとペンで何かを書いた。そしてその上に、ポケットにしまっていたはんこを取り出すと、朱をつけ、ぽんと押した。
「これを格納庫の番をしているエリオットに渡せ。あとは、わしがすべての責任を持とう」
「ありがとうございます、大佐。……ではジェーン・ヒコック、レオンと共に作戦を開始します」


 自身の復讐、
 亡き夫の敵討ちを兼ね、
 親しんだ町の平和を守るため、ジェーンよ銃を取れ。



////////////エピソード9 夫人の脅威////////////


 豪邸、レッドアイ。
 奥のオフィスでは、ウッドが部下を集めていた。
「軍に目をつけられた。この町での活動を一時休止する」
 そして、机の上に紙束を乱暴にたたきつけるように置く。
「これに目を通しておけ。隣のチャップマン州で、現地のギャングと手を組んで新たなる麻薬流通を始める。そしてうまいこと軌道に乗ったら、向こうを制圧して、ここでの活動も再開する。さあ、お前ら。荷物をまとめて引越しの準備にかかれ。大きな荷物や趣味のものは置いていけ、邪魔になる」
「ボス、奥にいる女たちはどうします?」
「明日にでも人買いのところに売りにいけばいいさ」
「そうですかい。……ところでボス、ウォー○マンやiP○dとかは持って行ってもいいんですかい?」
「小さいものならまぁいいだろうが、どうしてこうも時代違いの物ばかりしょっ引いてくる……?」
「じゃあ、ねんどろ」
「好きにしろ、このオタクが!」
 こうして、ギャングのレッドアイ一味の活動は、一度凍結することとなった。


 引っ越し準備開始。
 部下たちが、ありとあらゆる小物をボストンバッグなどに詰め込んでゆく。
 そんな中、ウッドはハットを深くかぶり、葉巻たばこに火をつけ、横目でちらりと、壁と一体化している壁を見やる。その向こうには、麻薬におぼれ、考えることも感じることも放棄した女性たちがいる。
 そんな、やがて人買いに売り飛ばされるであろう彼女たちの過去を振り返り、ウッドは思う。
「……そう、誰も」
 深く付いたため息。
 煙が、もくもくと吐き出される。
「誰も、『あいつ』の代わりにはならなかった……」


 一方、ジェーンは。
 レオンと共に彼の部隊を率い、レッドヴィルの町を目指し、荒野を駆けていた。
「軍そ…… あ、いえ少尉、これからどうするおつもりですか? しかも、そんな格好までして?」
 レオンはジェーンに訪ねる。
 現在のジェーンの姿は、赤く輝く絹の布地にフリルをふんだんにあしらった、華麗なドレスとケープ(マントよりもはるかに短い、肩にかける衣類)に、丸い鍔のハットといった姿。靴も、ハイヒールとまでは行かないが、足先がとがったレディースで、ハット、ドレス、靴のどれも、ピンクと真紅のバラのボタンを飾っている。
「まだ違和感がある? じゃあ僕のことは、そうだね、先輩とでも呼んでくれる? それに、もう退役した身だしさ」
 鍔の下からのぞくのは、抑え目に化粧を施し、ピンク色のルージュを引いたジェーンの顔。大して化粧をしていないはずなのに、麗しい美少女に変身してしまっていた。
「分かりました、ええと、先輩」
「頼んだよ、レオン」


 ジェーンはまず、あのギルドに訪れていた。
「ほう、あの時の軍人のお嬢さんかい。どうした、今度は踊り子の仕事でも探しているのか?」
「いいえ。今日は聞き込みに来ました。ウッド・ジェームズという男、ご存知ですか?」
「ああ、知っているとも。流通系の商売をしていると聞いたが、それがどうした?」
「彼を探しています。もっと詳しいことを知っていたら教えてください。あるいは、ジェームズのことについて知っている人がいたら、紹介してほしいんですが」


 ジェーンと軍は、ウッドに関する情報の収集から開始した。
 そしてその日の夕方、散り散りになった人員が集合し、ホテルで会議を開く。
 レオンが報告の全てをまとめ、新たな紙に、確認内容を書き記してゆく。
「ウッド・ジェームズ。旧名ウッド・スミス。現在37歳。過去、鉄道専門の強盗犯として、バウンティーハンターのジュード・ヒコックに逮捕されている。服役して今は刑期を終え、オフィスアイテム流通系の企業『レッドアイ』を開いて今に至る。で、その一方でよからぬ噂もあり、女性たちの誘拐、人身売買、麻薬密売、そして殺人まである。だが、いずれも彼がやったという証拠はなく、指名手配には至っていない様子。そして、現在の彼の住まいは、流通企業レッドアイ所在地でもある、レッドヴィル西端のあたり。……ここまでが、今日1日で、ボクたちが集めた、彼の情報だ」
「ほう、この町の西端か」
 大柄で筋肉自慢の軍人が、あごひげを撫でながら言う。
「しかしどうする、軍曹さんよ。いきなり俺たちが押し入ったって、何の容疑でウッドを逮捕する? それらの噂に対する証拠はねぇ、手配もできねぇんだろ?」
 別の青年軍人も言う。
「表向きは流通企業ですし、ほかのクライアントも出入りするような屋敷です。どうやって麻薬の流通までしているっていう、逮捕令状をつきつけられるだけの理由を……」
 そう言う部下たちに、レオンは答えた。
「何も麻薬のことについてだけ考えなくてもいいじゃん。ここに、旦那を目の前で殺されたっていう、れっきとした証人がいるだろ。まずは殺人容疑で逮捕。そこから、ほんの少しのでっち上げで強引な家宅捜索。ウッドの体から麻薬反応が出たと言えば、会社マルマル調べることができる。そこから、麻薬の仕入先と販売先を特定すれば、麻薬の流通を根こそぎ駆ることができる。一石二鳥、いや、鳥何羽でも狩れるはずだ」
 ほうほう、と誰もがうなずく。
 しかし、でっち上げとはまたすごいことをやりますね、と軍人のひとりがレオンに言う。
「悪の根を絶つためだ。多少のいかさまくらい、神様仏様閻魔様も、許してくれるんじゃねーの?」
 そう笑顔で答えるレオンに、ジェーンは少し呆れたような口調で言った。
「あはは。レオンってば、相変わらず信心深いねぇ」
「えぇ〜? そうですかね、先輩?」


 この日は、ホテルに泊まって一夜を過ごすことにした。
 ジェーンも、せっかくの化粧を落とし、ある人から預かった化粧セットをテーブルの上に置いて、この日はゆっくり休むことにした。




 さて。
 これは先日のこと。
 武器を大量にそろえ、完全なる装備をバギーに積み終えたジェーン。
 彼女はレオンと共に、少数部隊を結成して、敵陣に乗り込むつもりでいた。
 そこに、大佐の奥さんのレオンハート夫人がやってきた。
「ちょっとよろしい?」
 その言葉に、装備を確認しているジェーンは、夫人の方に向き直った。
「はい? ……こ、これは、大佐の奥さん! お久しぶりです、元、レッドヴィル陸軍所属、ジョニー・デツェンバー軍曹改め、ジェーン・ヒコック少尉であります!」
 姿勢を正し、敬礼をするジェーン。
 そんなジェーンに、夫人は彼女の頭のてっぺんから靴の先まで見渡し、言った。
「ええ、旦那から聞いているわ。TS病にかかってしまったんですってね。あらあらあら、それにしても、あれからずいぶん大きくなって、ええと、その、可愛らしく、なっちゃっ、て…… うん、その、とても……」
 レオンハート夫人は、かつてのジョニーと今のジェーンを比べて、いろいろと困惑している様子。だが、共にいた大佐が夫人に言う。
「まぁまぁ、本人もいろいろ困っているんだし、そっとしておきたまえ。……ところでジェーン。きみに折り入って、話があるんだが」
「はっ」
 ジェーンは直立し、大佐に向き直る。
「今回のジュード・ヒコックの敵討ちを兼ねた任務が完了したら、きみをわが家族に迎え入れようと思うのだが、どうだろう?」
「は、はい……?」
 ジェーンはマヌケな声を返した。
 そんなジェーンに、大佐は言う。
「ジェーン、きみも知っているだろう。私の息子はふたりとも、きみの父、アレクサンドル中将…… 先の大佐と共に、隣の州との戦争で戦死した。いや、あれは凄まじい戦いだった。生きて帰ってきた者がいただけでも奇跡的な戦いだったね」
「そ、そうでしたね」
「それで、わがレオンハート家には、もう子どもが残されていないんだ。きみさえよかったら、私たちの娘になってほしいのだが?」
「え…… ………… ………… ……僕が?」
 大佐は、うむ、とうなずく。
「大佐と、奥さんの?」
 夫人も、にこやかな笑顔を返す。
「え、ええと、あの、その……」
「作戦前に混乱させてしまってすまないが、私たちは本気だ。家族を失ったばかりで辛いのは察するが、だからと言ってきみに同情しているわけではない。長年、きみと共に築いてきたその信頼関係を、今度は家族として、またはぐくみたいと思っているのだよ。きみからしてみれば、突然軍を追放されてそんな気持ちではないかもしれないが」
「…………」
 ジェーンは押し黙る。
 軍追放云々はいいとして、今から命がけの戦いになるかもしれない作戦に臨もうというのに、そういう話はないんじゃないか。ジェーンは、うつむいたまま返す言葉を探せないでいた。
 そして、静かに口を開き、ジェーンはポツリと、つぶやいた。
「ご好意は、ありがたいのですが……」
「うん」
「今は、決められません。ビリーの敵討ちも終わっていない。それなのに、別の人の家族になるなんて…… 僕、今はまだ、このままでいたいです」
「そうか。それもいいだろう」
 大佐はしっかりと、ジェーンの言葉にうなずいた。
 だが、夫人はそう簡単に引き下がるような人ではなかった。
「じゃあ、ジョニーく…… ええと、じゃなくてジェーンちゃん。最後に、あたしからのお願い、聞いてもらえないかな?」
「はい、それならば」
「じゃあ、こっちに来て。あまり時間は取らせないから」


 嘘ばっかりだ。
 時間は取らせないと言いながら、時計の長針が何度回ったか数えられないくらい、ある部屋に閉じ込められていた。
「じゃあ、次、こっちを着てみて!」
「次、これ!」
「あ、こっちも似合いそうよね?」
「あ〜んも〜、ジェーンちゃんったら何着ても似合うわ!」
 レオンハート夫人がジェーンにしたお願い。
「僕、あとどれだけ着ればいいんですか……?」
「あたしが満足するまで!」
 たくさんの衣服やドレスを着てもらうこと。
 カラフルだったりシンプルだったり豪華で芸術的だったり幻想的で花びらのようだったりと多種多様なドレスが、クローゼットには山と用意してあった。ほかには、ハンガーラックにはレディースのスーツ、燕尾服、タキシードなど公の場用や潜入任務に使いそうなものが用意してある。
 まだ許せる範囲だ。だが、どう考えてもおかしいことが。
 ――あまりにフィットしすぎてる、この服。
 ――まるで、僕のためにあつらえられたような服ばかりだ……!
 偶然であることを、心の底から祈るジェーンだった。


 そして、翌日。
 作戦実行当日の朝。
 まるで何かに洗脳されたように、ジェーンは自ら、夫人にこう申し出た。
「すみません、昨日のドレスを着て、今日の任務に臨みたいと思います。だから、あれ着させてください」
「あら、大歓迎よ! ついでに、お化粧もしちゃったりしてもいい?」
 それを見て、大佐は酷く恐怖したという。
 妻に、ジェーンをあれほどまで変えてしまう力があったなんて。
 大佐が震えながら見守る中、ジェーンは少し前までのジョニーの姿からは想像もつかないほど、壮絶な美少女に変身していた。
「え、ちょっと待ってください、これが僕ですか……?」
 鏡の前に立ち、自分の姿にうっとりするジェーン。
 そんなジェーンの両肩に手を置き、夫人は言った。
「あら、自分に惚れちゃった?」
「はい…… こんな姿、ビリーに見せてあげたかったなー……」
 その日、大佐は1日中、使い物にならなかった。
 そして四六時中つぶやいていた。妻は怖いと。




 ホテル。
 ジェーンは、自分に割り当てられた部屋で、目を覚ます。
 ボケーッとしたその表情は、何かを探し求めるようにうろうろと視線を動かしてばかり。そして、やはりボケーッとした顔で、小さくつぶやく。
「……そっか、ビリーは死んだんだ」
 静かな空気が、部屋を包む。
 途端、ジェーンの目に涙がたまる。
 目の前でビリーが死んで、彼の葬儀が終わって、たくさん流したはずの涙。
 だが、ジェーンの涙が枯れることはなかった。
 彼への想いが、大きすぎた。
「ビリー、ビリー……」
 布団を抱きしめ、胸の奥で爆発しそうな感情を押し殺そうとする。
 だが、心は解き放たれることを求める。
「ビリー…… あぅっ、僕、きみのことが…… はうん! 忘れられない…… 僕、苦しいよ、切ないよ。体の芯が、心の奥が、ずっと、ずっと奥が…… んっ!」
 爪が布団を引き裂き、熱い吐息が枕にかかり、少女の甘い香りが部屋に満ちる。
「はうぅぅぅぅぅぅ! ビリー、ビリー、僕のところに帰ってきてよ! きみがいなきゃ、僕……っ!」


 そんな彼女の声を。
 ドア越しに、レオンがうずくまって聞いていた。
「先輩…… もう、ヒコックは帰ってこないのに……」
 苦しいのは、ジェーンだけではない。



////////////エピソード10 エロく、ケバく、Let's Playin' パンクロック!////////////


 日が高く昇る頃。
 すっかり化粧も手馴れたジェーンは、レオンと、彼が率いる軍の仲間と共に、レッドアイの屋敷が見渡せる林の中にいた。ちなみに、ジェーンはドレスを汚さないため、また存在を隠すためにも、カーキ色のコートをまとい、頭にもフードをかぶる。
「作戦はこれでいこう」
 ジェーンが言う。
「いきなり、殺人の容疑で逮捕するといっても、敵は相当のワル。それに、ビリーや僕たちと争いを起こしたばかりだ、いきなり逮捕礼状を突きつけたら、何をされるか分からない。だから、僕のこの格好が役に立つってワケさ」
「どんな意味があるんです、先輩?」
「僕、ギターが趣味なの覚えてるっしょ?」
「ええ。軍のクリスマスパーティーでは、マリアッチみたいなこと、してましたね」
「女の子がひとり、芸を披露しにやってきたってことにすれば、相手もすんなり門を開けてくれるんじゃないかな? で、相手が油断している隙に、はい逮捕礼状バシッ! 御用だ御用だ、お縄をちょうだいしろ〜! 抵抗するものは、容赦なくお尻ペンペン!」
「成る程! 先輩、てっきり大佐夫人に毒されたものとばっかり思ってましたけど、そのドレスは、この作戦のためだったんですね!?」
「え、う、うん、まぁ……」
 ジェーンの言葉はにごっていた。
 キラキラと目を輝かせてうなずくレオンに、本音は言えない。
 ――言えるわけナイナイじゃないか。
 ――僕が僕自身に、あのドレスの姿の僕に、ドキドキしちゃったとかさ!
 夫人は、ジェーンのナルシストのスイッチを押してしまったようだ。あるいは、ジェーンの中にまだ男のアイデンティティが若干残っているからだろうか。


 レッドアイ屋敷前。
 鉄格子のような門の前には、護衛の男がふたりいる。ジェーンは彼らに声をかけた。
「すみません。僕、旅のギター弾きです。音楽を披露して回っているのですが、よろしければ演奏を聞いていただけませんか?」
 男たちは顔を見合わせる。
「分かった、社長に話をつけてくる。1週間だけ待て」
「はい!? そんなに待てませんよ! 至高や究極の料理とかでもてなしてくれなくていいので、光の巨人がいなくなるまでの時間でお願いします!」
「さすがに冗談だ。分かったからおとなしくしていろ」
 赤いテーラードジャケットに砂除けマフラーといういでたちの派手な男が、ライフルを持って奥の建物の中に入ってゆく。そして待つこと本当に3分、あの男が帰ってきた。
「入れ。社長もたいそう興味を持たれている」
 錠を開き、鋼鉄の門が左右に開く。
「ありがとうございます。それと、申し訳ないのですが、その社長さんたちをこの庭に呼んでいただけますか? 僕、屋外で演奏する方が得意なので」
「分かった。たまには空の下で女の子の演奏ってのもいいだろう」
 話はすんなり通った。
 ジェーンが鉄の門をうまく潜り抜けたことを、遠くでレオンが確認し、屋敷を囲う白壁にびっしりと張り付いて出撃を待つ軍人に、親指を立ててサインを送る。息を殺して待機する軍人たちは、こくっと首を縦に振る。


 屋敷の広い庭。
 ジェーンはその中央から壁際のあたりに立ち、旅荷物に偽装して適当なものを詰め込んだボストンバッグと、黒い革が張られたギターのハードケースを、足元にそろえる。
 建物の前にはずらりとレッドアイの社員たちが並び、中央には折りたたみ式の椅子に腰掛けてうちわを仰ぐウッドの姿がある。うつむき加減のジェーンは、ハットの鍔の縁越しに、ウッドを見やる。今すぐ捕まえたい気持ちをこらえ、ギターを揺さぶって、ポジションを整える。
「ようこそお越しくださった、旅のギター弾きさん。では早速、その演奏を見せていただこう」
「よろしくお願いします」
 ジェーンはそう短く答えると、左手をネックに、右手を絵柄つきピックガードに囲われたサウンドホールの近いところに添えて、静かに弾き出した。
 左手の指はそんなに激しく動かない。だが、右手の指はそれぞれが意思を持っているかのように複雑に動き回り、多種多様な音色が、6本の絃から響き渡る。演奏は次第に大音量、更に複雑になってゆき、ジェーンの足はリズムを刻み始める。
 そしてジェーンは乾いた砂を踏み鳴らし、ドレスのスカートをなびかせながら、くるくると大きく緩やかな動作で舞い始める。きれいな素足がのぞき、男たちは興奮する。ウッドもそんなジェーンの演奏に聞き入り、ジェーンを見つめていた。
「ほう……? あの女、なかなかいい演奏をする」
 この旅のマリアッチがジェーンであるとは、気付いていない様子だ。


 演奏は短くも長くもなく、男たちの手拍子がマックスになったところで、強いアクセント、単調なリズムになり、そしてフィナーレとして複雑で派手できらびやかな音色を奏でると、ドレスを翻しての舞と共に、演奏は終わった。
 じゃじゃん。すべての弦を弾いて演奏を終えると、男たちはジェーンに、盛大なる拍手を惜しみなく贈る。
「いいぞーいいぞー! ナイス、旅のギター弾き!」
「よかったぜー、演奏!」
 大好評をもらったジェーン。ギターをケースにしまうと、帽子をかぶったまま、深々とお辞儀する。
「どうだい、お嬢さん。もう1曲聞かせてくれよ! な!」
「アンコール! もう1回頼むぜ、いいだろ!?」
 演奏をリクエストする社員たち。そしてウッドも言う。
「なぁ、お嬢さんよ。こうして社員も言っていることだし、わたしからも頼もうじゃないか。もう1度聞かせてくれないか。たまには、こういうところで酒を飲んでみたいんだ」
「分かりました。では、曲の代わりに、僕の名前だけ覚えてください」
 そう言って、ジェーンは帽子の鍔に手をかけ、きらびやかな金髪を、ふわっと風に揺らす。


「旅のギター弾き。名前を、ジェーン・ヒコックと申します」


 途端。
 開け放たれたままの鋼鉄の門から、レオンたちが一気に突入してきた。
 驚きを隠せないウッドたち一同。軍人たちは屋敷の白壁に沿ってずらりと並び、ジェーンの脇に靴で砂を噛むようにして立ち止まったレオンが、陸軍のバッジをウッドに向ける。
「ウッド・ジェームズ。お前を、殺人の容疑で逮捕する」
「なっ……!? お、お前ら、やつらを全員!」
 ウッドが社員たちに銃を抜くように指示しようとすると、ジェーンがハットを放り投げ、ウッドの右手の人差し指をかすめる。
「つっ!?」
「軍人を含む公人に銃を向けたら、その時点で犯罪だ。また、僕らに殺害指示をしようとしたことも罪に問われるけど、いいよね別に?」
「くっ…… まさか、ジェーン。ワイルド・ビルの敵討ちに……? あんなヤツのために……ッ!?」
「ビリーの敵討ちでもあるし、僕が好きな人を殺したあんたを僕はどうしても許せない。それに、これ以上お前に好き勝手させない。死んだビリーの想い出と共に、レッドヴィルの町の平和も、僕が守って見せる!」
「貴様…… ………… ……まぁ、いいだろう。お前たちにはおとなしく捕まっといてやる。すぐに保釈金を支払って、また戻ってくればいいだけだ」
 ウッドは小さく息をつき、大人しくレオンの前に歩み寄ってくる。まぶたは伏せ、諦めと素直さ、というより開き直ったような表情を浮かべている。保釈金さえ払えばまたこれまでと同じ生活に戻れる、その確信があるからだろう。
 だが、ウッドはレオンの手前で立ち止まると、横目でジェーンを見つめた。
「だが、俺様は…… あの時、俺様が愛する女を奪いやがったワイルド・ビルを許さない。知ってるか、ジェーン? 俺様が以前列車強盗で捕まったとき、ワイルド・ビルは俺の女を撃ちやがった。……いや、その恋人は、俺様に向けられた銃弾を体に受けて、俺様の代わりに死んだんだ。だが、ワイルド・ビルが撃った弾であいつが死んだことに変わりはない」
「…………」
「刑期を終え、いろんな女と出会ったよ。だが、あの時ほど燃えるような愛は感じなかった。やはり、俺様にはあいつが必要だった。だが、1週間と少しくらい前かなぁ、あいつの面影を強く持つ、ジェーン、お前と出会ったのは。しかし、お前は俺様の愛を拒んだ。それどころか、俺様にとって憎きワイルド・ビルを、愛していやがった」
「…………」
「ふっ、ジェーン・ヒコックだとな……」
「……で?」
「ジェーン。俺様はお前を…… あのワイルド・ビルのためにそうまでして、俺様に刃向かうお前を……!」
 途端。
 ウッドは腰から銃を抜き、ジェーンに向けようとした。
「やべ、先輩!」
「お前を、殺す!」
 ジェーンの額に銃口が突きつけられ、引き金が引かれる。
 だがジェーンは、左手で内側から外側に払いのけ、銃弾の軌道はジェーンから外れる。今度は逆にジェーンがウッドに銃を向けた。
「そいつは!」
 ジェーンの銃を、ウッドは同様に左手で払った。互いに、腕を左右に開いてしまった状況下、ジェーンが更なる反撃に出た。
「逆恨みだ!」
 左足で地面を蹴って前進し、その勢いに乗じて右足のかかとを繰り出す。それがウッドのみぞおちに決まり、ウッドの呼吸が一瞬狂う。
 ジェーンはその隙に再び銃を向けるが、ウッドは苦しみをこらえて右足でジェーンの銃を蹴り上げる。銃はジェーンの手から離れ、またウッドに隙を与えてしまう。
「たぁ!」
 ウッドの反撃。リボルバーの銃口がジェーンを捉えるが、同様にジェーンも、回転脚でウッドの銃を彼の腕ごと蹴飛ばす。赤いドレスのすそが花びらのようにふわりと広がる。ウッドの銃も吹っ飛んでいってしまった。
「お前も、あいつも!」
 ウッドは得物を失う。それでも、ジェーンにつかみかかろうと右腕を伸ばす。
「憎いんだよ!」
 姿勢を正そうとジェーンは両足を地面につけるが、ケープをウッドにつかまれ、そのまま引き寄せられてしまう。ウッドはジェーンの顔面を、左肘で殴ろうとしているようだ。
 だが、ジェーンは深く身を沈めることでケープを脱ぎ、ウッドの肘からの攻撃を免れた。ケープの下から現れたのは、三角形に胸を被うドレスのトップ部分と、胸元でストラップとトップ部分を結ぶリボン。胸元が強調され、細い肩と二の腕もあらわになる。
 ジェーンは低く身をかがめた姿勢のまま、すばやく後退、手元から離れた銃を拾う。そしてウッドも、右手をジャケットの内側に添える。
 ウッドが懐から取り出したのは、4発式のナイフガン。ジェーンが銃を構えるより先に、ウッドはナイフガンの切っ先を彼女に向けていた。
「死ね!」
 グリップに内蔵されたボタンを押すと、鍔の辺りにある銃口から、小さな弾丸が鋭く飛び出す。
 だが、その弾丸がジェーンに当たることはなかった。
 低くかがんで銃弾をやり過ごしたジェーンは、かがみながらウッドに向けた銃の引き金を、ためらうことなく引いた。


 途端。
 屋敷の庭に、鮮血が飛び散る。
 普通なら、潰れて広がりながら体内組織をえぐり、人体のどこかでストップする弾丸だが、ウッドのみぞおちに突き刺さった弾丸は体内にとどまるどころか、爆発して背中を貫いていた。
 ジェーンが放った弾丸。
 それは、ターゲットに着弾すると同時に内部火薬に引火し爆発を起す、さしずめ『炸裂弾』といったものだった。
 体の内側から、内臓を根こそぎえぐられたウッド。
 もう、彼の死は免れない。


 地面に伏せたウッド。
 背中を空に向け、耳や鼻から血を流しながら、ウッドはポツリと、かすれた声でつぶやいた。
「お、俺さ、まは…… 貴様、と…… ワイルド・ビル…… 憎…… たま、な……」
 ばん。
 更に放たれる銃弾が、今度はウッドの頭を、跡形もなく消し去った。


 2発放った、ジェーンの目には。
「分かって、ないねぇ……」
 大粒の涙が、浮かんでいた。
「憎しみは更なる連鎖を生んで、自分のところに帰って来るんだよ……?」



////////////エピローグ////////////


 レッドヴィル州陸軍、事務室。
 大佐は、レオンからの報告を受けていた。
「先日、逮捕・射殺したウッド・ジェームズの屋敷を家宅捜索したところ、麻薬の流通ルートに関する書類が発見されました。つきましてはわが軍で、麻薬を売買している組織や個人を逮捕する、専門のチームを作りたいのですが」
 資料に目を通す大佐。
 そして、直立するレオンを一瞥して、首を縦に振った。
「いいだろう。よろしく頼む、レオン」
「はっ、ありがとうございます!」


 ワイルドターキー。
 この店には、四人組のミュージシャンが定期的に店に演奏に訪れる。背の高いスーツの女性がピアノを引き、渋い男ふたりがギターを弾き、そのメロディーにあわせ、純白のドレスの少女が愛らしい歌を披露する。
 そんな演奏と歌を聴きながら、キールもカウンターに立ち、アルバイトの子が洗った食器をタオルで拭いて棚に片付けてゆく。キールの傍らでは、ワイオミングが、アルバイトの子に料理を盛った皿を渡して、届け先を言う。
 料理をひと通り作り終わると、次はお酒をグラスやマグカップに注いでゆく。これもまたカウンターに置いて届けるように言うと、エプロンのすそをパサッと払い、食器棚にもたれかかる。
「……このお店も、さびしくなりましたね、店長」
 ワイオミングのその言葉に、キールはグラスを拭くその手を一瞬止めて、答えた。
「ああ。ジェーン目当ての客も来なくなったし、ほかにも来客は減った。だが、ジェーンとビリーのおかげで、この店が、ウッドとかいうギャングに乗っ取られずに済んだんだ。ふたりには、とても感謝している」
 チラッと、ワイオミングはカウンター席を見やる。
 そこには、このワイルドなアメリカの酒場にはかなり珍しい酒瓶がある。
 アジア街で見かけるような東洋の雰囲気が感じられる…… おそらく日本だろう、アジア街のジャパンロードでよく見られる文字が掘り込まれてある。そんな、土器の酒瓶が飾られている。その酒瓶には、ビリーの名前が刻まれた木のタグが、皮ひもで提げられていた。
「ビリーさんも…… もう、お店に来てくださらないんですね」
「いいや、ワイオミング」
 キールはそう言うと、首を左右に振って答えた。
「あいつは、いつまでもこの店の常連さ」


 ギルド。
 店の奥、そこには、ビリーがいつも使っていた座席でもあった。今、そこには誰も座っていない。
 ギルドの様子は、いつもと変わらない。眼光の鋭いハンターたちが、仕事リストや指名手配所をにらみつけるようにあさりながら、次の食い扶持にありつこうとしている。
 だが、その様子は、見ようによってはビリーの死から目をそらしているようにも思える。そんな中、ビリーを慕う若いハンターが、空席のテーブルを見つめながら、小声で会話している。
「まさか、ヒコックの旦那が死んじまうなんてな…… オレ、旦那が目標だったし、生きがいだったのに……」
「あぁ。オレも遣る瀬ねぇよ。ヒコックさんには、いつもよくしてもらっていたしなぁ」
 そんな若いハンターの頭を、背後から平手で叩く老練のハンターがいる。ひげを生やし、鋭い目をしている。左手には、かなりの量の仕事リストが握られていた。
「いつまでもウジウジしてんじゃねぇよ」
「おやっさん……」
「賞金稼ぎとはそういうもんだ。凶悪犯罪と立ち向かうこともあれば、その戦いの中で命を落とすこともある。そういう覚悟がなきゃ、この仕事はやってけねぇんだよ」
「へぇ、おっしゃるとおりです、おやっさん」
 若いハンターにおやっさんと言われたハンターは、仕事リストを丸めて筒にし、ベルトとズボンの間に挟んで言う。
「まぁでも、いつどこで死ぬか分かんねぇこの仕事だが……」
 おやっさんもまた、ビリーがかつて座っていた席を、今は誰も座っていないその席を、見つめながら言う。
「残された女は悲しかろうと、ビリーは幸せに死ねたと思うぜ」


 アパート、フランジア。
 その201号室のベッドで、ジェーンは惰眠をむさぼっていた。
 何をするわけでもなく、毛布を抱いて、呆然としていた。
「ビリー…… きみがいなくなって、この部屋がすごく、広く感じる」
 部屋の中には、ビリーの遺品がまだ残っている。
 彼の服、彼の下着、彼のコート、彼の…… 刀。
 ジェーンは何を思ったか、毛布をはいで起き上がり、ビリーの刀を手に取ってみる。
 刀の鞘を腰に吊るためのベルト。それを片手で持ち上げてみただけで、その重さがずっしりと伝わってくる。
「うっ……!?」
 ――重い……
 ――ビリー、いつもこんな重いものを扱ってたんだ。
 ――さすがに、僕じゃ無理だ。銃なら今でも、思い通りに操れるのにな。
 ビリーの刀を壁に立てかけ、またジェーンは、ベッドの上に伏せる。
「あ〜あ……」
 ――僕、ひとりぼっちになっちゃった。
 ――でも、いいんだ。
 ――きっとこの先、ビリー以外の男の人を好きになること、きっとナイナイだし。


 失ったものは、もう何も戻らない。
 それは分かっている。
 だから、それを乗り越えて、止まったままの時間を、また進めなければいけない。


 窓を開く。
 すがすがしい風が、ジェーンの髪を、頬を、心を撫でる。
 そして、空を見上げる。
 ……あの日、ビリーがウッドの差し向けたギャングと敵対し、全身に銃弾を受けながらも敵を殲滅したとき、血を流し続ける体で、ビリーはジェーンを抱き寄せ、彼女の耳元で言った言葉がある。それがふと、ジェーンの心に、よみがえってきた。
 ビリーに呼ばれたような。そう思い、ジェーンはアパートの窓の枠に手をかけ、空に向かって叫んだ。
「ビリー!」
 いくら忘れようとしても、何度悲しみを乗り越えようとしても。
 ジェーンの涙は、ビリーに対する想いは、枯れることを知らない。
「僕は、ずっとずっと、きみがいたことを忘れない!」
 心が感じ続ける、痛みとうずきと、悲しみと。
 そして、愛と。
 ずっと付き合っていかなければならない。
「僕の名前に…… ジェーン・ヒコックの名前にかけて!」


 その時。
 ジェーンの心に、爽やかな風が流れた。
 それは言葉となり、ジェーンの心を満たしてゆく。


 ――ジェーン、俺を愛してくれて、ありがとう。
 ――俺も、お前を愛してる。



////////////アフターデイズ////////////


 そのあと。


 ヘレンは、ビリーを解雇した翌日、確かに、新型TSウイルスに対抗する薬を完成させ、レポートと共に医療機関、『ヘルメス機関』に提出することができた。
 そしてその数日後、先日まで雇っていたビリーが亡くなったという知らせをジェーンから受け、彼女は悲しみにくれた。短い間ではあったが、気の合うもの同士として楽しく仕事ができた相手だったビリーの死は、ヘレンにもショックだった。
 だが、自分の悲しみはジェーンよりもまだマシだ。そう自分に言い聞かせ、ウッドに復讐するための銃や銃弾、ダイナマイトを、レッドヴィル州陸軍に提供するという形で処分し、次なる研究、TS病患者を元に戻すという研究に取り組み始めた。
 そして、第2の研究と並行して進めていたのが、新型TS患者のほとんどが起こす発作を抑えるための薬の開発。ヘレン自身もそれに苛まれていたため、自分のためにも、ほかの患者のためにも、早く完成させる必要があった。そしてそれは、第2の研究よりも早く完成するに至った。
 ところでこれは、少し未来の話になるが、第2の研究の結末は意外にも、原住TSウイルスの培養、更に投与という、原始的な形で迎えた。しかし動物実験で、すでにTS病を患った動物を元に戻そうとしたら、抗体ができたためか、効果がなかったため、原住TSウィルスをTS病患者に投与するという方法は諦めざるを得なくなることとなる。
 こうして、若き医療錬金術師ヘレンの活躍によって、アメリカではTSウイルスによる男女バランスの崩壊は緩やかになり、均衡を取り戻し始めていた。また、そこからワクチンも開発され、TS病にかかる人は、次第に減少していった。
 もっとも、海を渡る交通機関が発達したことにより、TS病は世界中に広まってゆくことになるには、なるのだが……


 その一方で。
 日本、東京。
 年号は明治と改められて数年が経ち、刀を腰に差して歩く武士や侍、腕試しの放浪の剣客などの姿は消えてゆく。自警団などの公的機関に属する人間は、黒いジャケットに黒いロングパンツと、西洋の服装を取り入れつつある。
 そんな、まだまだ外国に貿易の扉を開いたばかりの東京の街に、ふらっと訪れる者がいた。
「へぇ? ここがうわさに聞いた、明治横丁か〜……」
 その人物のいでたちは、赤茶色の衣に、雲の色の袴、白い足袋に、おろしたばかりの草履。腰には、洋風に飾り付けられた重量のある刀と、純白の装甲と装飾が施された銃を提げている。そして流れる砂金のような金色の髪は、青いリボンで括っている。
「レッドヴィルのアジア街のジャパンロードにそっくりだ。でも、ここが本物の日本の街なんだよな〜〜〜〜〜っ!」
 それは、少女。
 ジェーン・ヒコックだった。
 そして、彼女のふくよかな胸元には、木綿の帯に巻かれた、赤子の姿がある。今はすやすや眠っているようだ。
「はぁぁぁぁぁぁ…… すっごいなー、ちっちゃい頃に1回来たきりの、日本だよ。日本にまで来ちゃったよ、僕…… って、観光してばかりじゃない、住まいと仕事を探さないと、バウンティーハンターでも軍人でもないんだから、誰にも頼れないんだからっ!」
 ペンペン、と自分の頬を叩くジェーン。
 そして、食事処、着物屋、八百屋、鍛冶屋などがひしめき合う横丁に足を踏み入れ、ジェーンは新しい住まいと食い扶持を、探し始めた。
「さて、ジュード?」
 ジェーンは、胸元の赤子の名前を呼んだ。
 赤子の名は、ジュード・ヒコック。
 ジェーンが「ビリー」と呼んでいた、かつての自分の夫と、同じ名前の男の子である。
「故郷を捨てて日本まで来ちゃった、わがままなお母さんだけど、きみだけが生きる希望だから…… だから、いつまでも元気で、ここで暮らそっ?」


 両親は戦争で失った。
 軍の同胞もたくさん死んだ。
 愛する夫も目の前で殺された。
 自身も、軍人として多くの、賞金稼ぎとしてひとつの、命を奪った。


 たくさんの家族を失ったジェーンだが。
 今、すぐそばに、もう2度と失わないと誓った、唯一の家族がいる。




  - B l o o d y   W i n d -
   T h e    E n d !






////////////補足 〜当時のアメリカと日本の年表〜////////////


1620、信仰の自由を求め、イギリスからピルグリム・ファーザーズが渡米。使用した船は、ワイン輸送船メイフラワー号。船という孤立空間は病気との闘いの場でもあった。コロンブスがもたらした天然痘と共に、彼らが持ち込んだ病気が多くの先住民を脅かした。同様に、アメリカ先住病原体も移民たちを苦しめたであろうが、それはこの作品においてTS病と設定している。
1837、ジュード・ヒコック誕生。(モデルとなったジェームズ・バトラー・ヒコック同様)
1848、カリフォルニア州でゴールドラッシュ発生。日本からも採掘者が出る。が、採掘者よりも、金脈付近で商売をしていた人のほうが成功したと言われている。ジーンズの祖、リーバイスも、そのうちのひとつの企業。金脈の地主ジョン・サッターが、金塊の一部の譲渡と、土地を荒らされた賠償を、採掘者に要求。
1856、ジョニー・デツェンバー誕生。(モデルとなったマーサ・ジェーン・カナリー同様)
1861、ヨハン・ヴィリップ・ライスが、ライス電話機を発表。
1865、その頃、西部開拓時代が幕を開ける。
1868、日本では年号が明治と改められ、明治時代が始まる。ジョニーが初来日したのは「小さい頃」なので、当時は幕末であったと推測される。
1871、ジョニー、陸軍にて軍曹昇格、ならびに戦技教官補佐(コーチ)に就任。レオンなど部下の戦術教授およびサバイバル訓練などを任される。
1871、アントニオ・メウッチが、『サウンドテレグラフ』なる題の特許をを申請。しかし74年、特許保護延長の料金が支払えず失効。
1872、ジョニー、軍縮。ジェーンと名を変え賞金稼ぎに転職。ビリーと結婚。式は挙げず。ビリー、銃撃戦にて死亡。
1873、ジェーン、日本に渡る。その時点で、ジュード二代目を出産。
1876、ビリーのモデルとなったヒコック死亡。死因は、ポーカーをしていた際の背後からの射殺。死に際に彼が持っていた手札は、『死者の手札』という不吉なものとなった。
1876、日本では廃刀令が布かれる。日本に渡ったばかりのジェーンは、ビリーの刀を所持していたが、その時点で法律違反扱いではない。
1877、かの発明王たるトーマス・アルバ・エジソンが、炭素式マイクロフォンを完成。ジェーンたちが劇中で使っていた通信機は、エジソン製ではないことが分かる。
1890、この頃、フロンティア消滅に伴い西部開拓時代が終わりを告げる。
1903、ジェーンのモデルとなったカナリー死亡。子どもがいる。ジェーンのように日本に渡らず、アメリカにて、ヒコックの隣に墓を立てられる。死因は肺炎。



////////////あとがかない!////////////


 おばんでございます(←!?)。
 はじめまして、あるいはお久しぶりです。絶賛迷走中の、石積ナラです。


 さて、『緋色の風』、いかがでしたでしょうか。
 この作品は、僕の過去の作品『デュアルワールド』のスピンオフ作品の、第2作目として製作しました。しかし、デュアルワールドの無印、リライト、共にまったく関係ありません。
 スピンオフ作品の第1作目の主人公は、虹の翼の魔法少女フリューゲル。彼女は、夢の力を魔法に変える魔法少女という位置づけになっております。実はこちらも、ハーゼという少年とユニゾン(融合・精神同居)すると言う、ハーゼにとってのTS物語になるはずでしたが、データ消失に伴い大幅リライト、完全なる魔法少女ストーリーとなり、よみがえりました。
 そして今回の第2作目。実在したふたりのガンマン、疫病神ジェーンと、ワイルド・ビル・ヒコックの恋愛物語をモチーフに、デュアルでは主人公を務めたジェーン=ジョニーと、今作オリジナルのビリーの、大活劇を描いてみました。オールドアメリカに現代日本の小道具をちりばめた世界観崩壊気味のギャグが多いですが、ほかのスピンオフ作品では、このようなギャグはありませんので。
 なので、「……うん、面白かったんじゃないかな?」と言っていただければ、うれしく思います。


 話は軽めに脱線しますが。
 僕の過去作品の中では、『デュアルワールド・リライト』が、かなり思い入れの強い作品です。
 無印の方ではほとんどの展開が破綻していました(もちろんその失敗から勉強になったこともかなりありました)が、怪盗クリシュナ編の展開が、とても僕の中ではまとまっていると思っている、しかも好きなパートだったりします。
 そういうこともあり、デュアルリライトでは、怪盗クリシュナ編をベースにストーリーを再構築し、、デュアル全章の敵味方におけるメインキャラを総動員し、各キャラの見せ場をぎゅっと詰め込んだてんこ盛りにし、再構築しました。
 それと同じ(似た)ことをまたやりたい、と思ったのが、今回の企画です。今一度、デュアルのキャラクターから数人選び(ジェーンはもちろん)、彼女たちをメインヒロインとした新しい物語を作りたいと思い立ち、ウォーリアー・ガールに終わりが見えてきたとともに、プロット作りを開始しました。
 そして生まれた作品が今回の『緋色の風』、そして前述の『虹色の翼』です。
 また、怪盗・満月の夜ことクリシュナを主人公としたストーリー、『満月の夜』、更にこちらでクリシュナの敵役として登場する探偵少女エルメスの物語『紺碧の瞳』も、それぞれ、現在製作中、製作予定。満月は近々完成させ、こちらもなろう様で公開する予定です。紺碧はTS物になる予定なので、文庫様に投稿させていただくかもしれません。


 では最後に!
 本当に最後に!
 次回予告だけさせてください!
 ツイッターのやり取りから、あの軽音楽&青春物語『シャウト!』の続編が生まれました!
 主人公は、青島柳&新穂翔から、新キャラ・玄藤悠介=はるかへ。舞台は神奈川県桜原市(ウォーリアー・ガールと共通)から、くろす・あこーどの舞台にもなった詩ノ月町へ。
 XAの序盤(おもちばこさん作。その節はありがとうございました)は桜舞い散るうららかな春でしたが、こちらは文化祭でにぎわう秋のはじまり。ベーシスト・メガネ少女主人公、玄藤はるかの、青春の舞台が幕を開けます。
 こちらも別所にて先行公開。しかし、終盤の描写を大幅にリライト(大筋は変わっておりません)。夢にきらめく青春のロックが、文化祭のステージにて炸裂します! そして、日本に、また世界にその名を馳せた、伝説的なアニメの『あの主題歌』も、吹奏楽部に演奏してもらっちゃいました!


 というわけで。
 緋色の風を読んでいただきまして、ありがとうございました。
 あとがかないあとがきまで読んでいただきまして、こちらもありがとうございました。
 それでは、よろしければ、『シャウト! −Stargazers−』にて、お会いいたしまShout!




戻る

□ 感想はこちらに □