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 七月のとある日。

 全ての授業が終わり放課後になる。
 オレは慎重に辺りを見回してから男子トイレを出た。
 よし。誰もいないな。

 壁を背にしてオレは玄関まで移動する。
 なんで高校生活でこんな苦労をしないといけない…全部この体質がわるいんだ。

 なんとかして玄関にたどり着く。だがオレは下駄箱には行かず、カバンとは別の袋から靴を出す。
 それを下におくと上履きから履き替える。
 下駄箱から靴を出す。その際に「背中」はがら空きだからな。
 背後に注意しつつ履き替え完了。よし。
「新(あらた)。今から帰り?」
 目の前に夏服のセーラー服の女が現れた。半袖だが赤い色なのでなんだか暑そうだ。
 にもかかわらず目の前の女は背中までのロングヘアを縛りもしない。
「姉貴?」
 そう。目の前のこの長身の三年生はオレの姉貴。姫栗暦。
「ああ。オレも帰る所。今日はなんとか…」
 その瞬間、オレの背中を強烈な痛みが襲う。
「いってぇーっ」
 その声を出したのはオレであってオレでない。

 それはオレの目の前の男。オレの肉体。
 だがオレはその背中を見ていた。

 そう。オレは自分の背中を叩いた「女」と入れ替わっていた。


カレンダーガール

作:城弾

「やったわね。広美」
 姉貴がオレの体の方に話しかける。広美?
 もしかして、また?
 オレはスカートを翻して鏡の所に行く。
 のぞきこむとそこにはポニーテールのセーラー服の女がいた。
「あーっ。またやりやがったな。岡崎」
「へっへー。借りるねー。アラタちゃん」
 オレの顔の「岡崎広美」は女の表情で笑う。
「センパイ。協力に感謝します」
「いいわよ。お礼はいつもどおりで」
「ええ。それじゃ」
 言うだけ言うとオレの体の岡崎は校庭へと走り出す。
「待ちやがれ」
「ムダでしょ。夜にならないと戻れないんでしょ」
 クッ。そうだった。仕方ない。
 まぁコイツなら五度目だ。まだましか。

「ただいま」
 姉貴と帰宅するとオフクロが出迎えてくれた。
 オフクロが驚くかと思うだろうがそれはない。いや。別な意味で驚くか。
「あらあらまあまあ。また入れ替わっちゃったの?」
 そう。「また」なのだ。
「姉貴がグルになってるなんて汚ねえよ」
 オレはふてくされて言う。
「いいじゃない。おかげで本人公認で女の子の裸がみられるんだし」
「オレの体も見られ放題だよ。おまけに明日の筋肉痛は約束されたようなもんだ」
「あんたの体。意外にスペック高いからね。野球部の助っ人にはいいみたいよ」

 そうなのだ。
 さっきの女。岡崎広美は野球部のマネージャー。
 もともと野球が好きで、自分でやりたかったものの女と言うことでダメ。
 だからマネージャーとして接していた。
 あの日までは。

 去年の春だった。
 まだ入学してさほど日が経ってなく、お互いのこともそんなにわかってないころだった。
 なのにあの女ときたらやたらなれなれしい。
 これはオレ相手だけじゃない。誰彼構わずアプローチをかける。
 それも結構過激に。

 ある日のこと。寝ぼけながらオレは登校していた。
「オーッス。姫栗ちゃん」
 そう言いながらあの女はオレの背中をぶっ叩きやがった。
 後で訊いたら「挨拶」だったらしい。

「え?」「なに?」
 あの時のことは忘れない。
 なにしろ眼前にオレの背中があったのだから。
 手の平に叩いた衝撃が残っている。

「なになになに??? なんなのよーっ?」
 オレの声でそんな口調になるな。
 おかげでオレの方は逆にパニックにならなかった。
「どうしたの? 広美」
「あいつに何かされたの?」
 心配して女子が「オレの方に」よってくる。
「ば、バカ。オレは岡崎じゃない」
「あたしだって姫栗じゃないよー」
 心からの叫びだったらしく、その場の面々が一発で「入れ替わり」を理解した。

 そのまま授業に出るからとんでもない話だ。
 まぁ教師が信じなかったからだが。
 ある意味で幸いなことに、全てぶちまけていたのでお互いに「相手の振り」をしないですんでいた。

 そうなると逆に女の方が度胸はある。
 あっさりとオレの肉体に順応しやがった。
 それはいいんだが
「どうだった? 広美」
 トイレから帰ってきた岡崎(オレの体)に女子が尋ねる。
「面白いね。立ってしたのは初めて」
 そりゃそうだろうさ。男は座って用を足すのもあるが、逆は女には難しいだろうし。
「これがあたしの中に入ってくるんだなと思うと不思議」
 オレ(岡崎の体)は飲んでたフルーツ牛乳を盛大にふき出した。
 ちなみに普段ならこんな甘い物飲めないのに、この体だと平気だったりする。

 挙句の果てには
「そうだ。この体なら試合に出られるじゃない」
 とか言い出して、野球部の練習試合にオレの肉体で出やがった。

 当然オレはやめさせようと食い下がった。
 しかし意外にオレの体は動けるらしく。追いつけなくなっていた。
 岡崎の体も動けるほうだったが、そうは言っても女子では良いと言う程度。男の肉体にはかなわない。
 このスカートなんていう脚にまとわりついて歩きにくい衣類のせいもあるが。

 どこでやっているかわからず、途方にくれていたらちょうど姉貴が。
 幸いにしてこの騒動は知れ渡っていたので岡崎の姿のオレを弟と認識してくれた。ただ
「二村司の姉の名前は?」
「二村幸」
「ゴッドファーザー乙女。イニシャルC・Cのキャラは?」
「近田千鶴」
「やれやれ。本物のようね。そんなくだらないことを知っているのは」
 姉貴はジョジョラーだった。
「つまんねーこときくなよ」
 こっちはちょっと女子落語風味。
「ごめんごめん」
 こ、このアマ。わかってておちょくってたな。
「しかし…本当に入れ替わってんのね。どこかでチャリオッツ・レクイエムが暴走しているのかしら?」
「JOJOネタはもういいから」
「新。5部に関しては『JOJO』ではなく、イタリア語を使う関係で『GIOGIO』よ」
「それもどうでもいいから」

 ここで待っていても仕方ないので一度帰った。
 まさかあっちはそのまま帰宅できないだろう。
 オレも姉貴がいなかったら途方に暮れていた。
 その姉貴がオレ…というか岡崎の体のそばで鼻をひくつかせている。
「汗かいているわね。新。お風呂入ってらっしゃい」
「この体でか!?」
 ただでさえ高い女の声が、さらにひっくり返る。
「そうよ。女の子は清潔にしないといけないのよ」
「い、いやそりゃわかるけどよ。オレが洗うのか?」
「何よ。高校生にもなってお姉ちゃんに洗ってほしいの?」
 それもかなり危ない。
 オレはあわてて風呂場に逃げ込んだ。

 それはいいが…見るわけにはいかないし、どうやって脱いだら。
 とりあえず鏡は見ないようにして。
 …………セーラー服。これ、どうやって脱ぐんだ?
 結局オレは姉貴に聞いた。
 そしてそのまま二人で風呂に入る羽目に。

「新。女の子の肌はタオルでごしごしやっちゃだめよ」
「え? それじゃどうやって洗うんだよ」
「せっけんで汚れを浮かせて、それを洗い流す感じ。とにかく優しくよ」
「めんどくせえなぁ」
 とはいえど人の体だ。確かに乱暴には扱えない。
 それに…やたらに敏感だ。うかつなところを触れない。
 自分の肉体が女になったのならともかく、預かっているのだ。
 無傷で返さないと…どうやったら返せるんだ?
 そして元に戻れるのか?
 このまま一生、岡崎の体で過ごすのか?
 そう思うと暗澹たる気分なってきた。

 なのにこの馬鹿姉は、こともあろうに人を着せ替え人形にしてきた。
「新。ちょっとこれ着てみてよ」
「………なんだよ。このお姫様みたいなピンクの服は?」
 ピンクをベースに白いリボンやフリルがあちこちについている。
「うん。可愛いなと思って買ったのはいいけど、ほら私って顔立ちきつめじゃない?」
 自分の身内に対してなんだが、姉貴は美人だ。ただし可愛いという感じではない。言うことは分かる。
「似合わないのよね。でもこの娘だといい感じな気が。ちょっと背が高めだけど、それはそれでアンバランスな可愛さがあるわ」
 今までに見たことのないようないい笑顔で色々と説明している。
「………何でオレがそんなことしなくちゃならないんだよ?
「いいじゃない。せっかく女の子になったのよ。飾ってみたくない?」
「…そりゃあ…美人が嫌いな男はいないけどよ」
「でっしょー。じゃけってーい」
 口で女に勝てるはずがない。
 腕力も今は女で同等。
 勝ち目ゼロなので素直に従った。

 夕食が済んだ午後八時。
 オレは姉貴の部屋でモデルをやらされていた。
「おおおおーっ。これは想像以上に可愛い感じに」
 興奮気味の姉貴をオレは醒めた眼で見ていた。
 人をおもちゃにしやがって。化粧までするなんて。
 口紅ってこんな感じなのか。これで飯食ったら口紅の味か?
「じゃこれ。次はこれを着てみよう」
「あのなぁ…」
 げんなりして言った瞬間だ。
 オレは眠りに落ちていた。

 頭に軽い痛みを感じてオレは眠りから覚めた。
「…う…」
 ぼんやりする眼であたりを見渡す。
 どこだここ? カラオケボックス?
「なぁに寝てんだよ!? 姫栗。いや。岡崎か?」
 坊主頭の奴が上から言う。
「誰だ。お前?」
「何言ってんだ。一緒に練習試合に行っといて」
「練習試合? オレは家で姉貴の着せ替え人形に…元に戻ってる?」
 やっと気が付いた。本来の体に戻っている。
 オレはあわてて自宅へと電話した。

 やっぱりというか岡崎もオレの家で元に戻った。
 余談だが可愛らしすぎる服で赤面していたらしい。

 野球部の奴らに聞いたところ、岡崎はスタメン出場を果たして、打って守って走っての大活躍だったらしい。
 そのままラーメン屋で晩飯食って、そしてカラオケになだれ込んでたら疲れと満腹でうつらうつら。
 寝て起きたら入れ替わっていたらしい。

 元に戻れて安堵した。

 戻れるとわかったら岡崎は、気軽にオレの体を借りたいと言い出してきた。
 オレとしてはごめんなんでことわったら、二度ほど不意打ちで背中をたたかれて勝手に体を持っていかれた。
 今日が五回目というわけ。

 しかも姉貴が言いふらしているらしい。
 報酬が金じゃなくて…ああっ。頭いてえ。

 そして五度目の入れ替わり。
 また寝るまで女のままか。
 もう岡崎の裸も見慣れちまった。

 風呂から上がると新しくはなさそうだがきれいな状態の下着の上下が。
 ちゃっかり着替えまで用意してるというわけだ。
 が…これだけじゃない。

「はぁい。新。それじゃ始めるわよ」
 姉貴は見たことのないワンピースを手にしていた。
 これも岡崎が用意していたもの。
 どうも姉貴が「マネジメント」してオレの体を貸しているらしい。
 その「報酬」がこの「着せ替え人形」。
 とにかく「かわいい」か「きれい」な服を用意して撮影されまくり。
「あのさァ姉貴。これってオレに何の得があるの?」
 実際に働いているのはオレの体なのだ。
 そしてオレの心は女装させられて泣いている。
「いいじゃない。合法的に女装できるわよ。それもかわいい服ばかり」
「オレにそんな趣味はない!」
「それに可愛い女の子の体を見放題。触り放題」
「おっさんかよ!?」
 た、確かにそっちは魅力的にも思うけど、肝心のオレ自身が女になってちゃなぁ。

 その服のまま夕食も。
「あらあら。今日もかわいいわねぇ」
 オフクロがそんな感想を笑顔で言う。男としては『可愛い』は褒め言葉じゃねーよ。
「くっそー。さっさと寝付きやがれ」
 そして元に戻してくれ。
「最近じゃあちらのご両親も理解して、平気でそのまま家に帰っているらしいわね」
 なんでもあちらの親父が男の子がほしくて、その夢がかなったと喜んでいたとか。
 一度なんか元に戻ったら酔っぱらっていた。
 勝手に酒をつきあわせていたらしい。

 こっちは慎重に扱っているのに、未成年に酒を飲ますなよな…

 結局元に戻れたのは朝だった。
 厳密には寝入った瞬間に戻っていたと思うが、そのまま寝ていたので。

 これだけならいいのだが、オレのこの体質。
 実は岡崎だけじゃなく、ほとんどの女が入れ替わり可能なのだ。
 姉貴とも可能ではあると思うのだが、姉貴は男になりたいという思いはないらしく一度も試してない。
 むしろ入れ替わってしまわないように警戒している。
 男相手には試したことはないが、男同志で入れ替わる意味もないしな。

 戻る場合はオレのこの体が眠ればいいらしい。
 けど女の体のオレが寝ても戻れないらしい。
 だから相手任せ。
 向こうが眠ればすぐに戻るが。

 ちなみに入れ替わって女の肉体になったオレが「姫栗 新」の背中をたたいてもだめだった。
 ここまでがこの入れ替わりに関する「ルール」だ。

 学ランの裏を改良して背中まで衝撃が届かないようにするのももちろん考えたが、かなり重たくなるのでつらい。
 結局は自重だのみだけど、かなり期待が薄い。

 七月下旬。
 またやられた。
 テストが終わって気を抜いたところで食らった。
 トイレから出た直後というのも油断につながった。
 今のオレの目の前に「本来のオレ」の背中が見える。
 どうでもいいけど内股で痛みをこらえるのはやめろ。
 オレが女々しく見えるだろうが。
 そのまさに女々しい表情。具体的に言うと涙目で「オレ」は振り返った。
「あ…あの…ごめんなさい。とても痛かったんですね」
「ああ。自分で分かったろ」
 たたいた瞬間に入れ替わっている。
 だから痛みはたたいた本人が感じることに。
 今はオレがしゃべっているからぶっきらぼうだが、今回入れ替わった女の声はかなりか細い。
 美術科のある高校に通うおどおどした普通科少女というか、下ネタ女ばかりの中で純情な柔道少女というか。
「こ、この体。お借りしますっ」
 いうなり駆け出していく。と、思ったらこけた。
 こらぁぁぁ。人の体なんだから大事に扱え。

 オレは追う気にもなれなかった。
 というのも最初に目にした腕を見て、大体の体格が想像できた。追いつけそうにない。
 そして鏡で確認すると想像通りの小柄な女子。
 もう何度も入っている女子トイレ。その都度違う女の体ではあるが大体鏡の高さはイメージできている。
 それから察するにこの女は身長は150の前半というところか。
 かなり幼い顔立ちだ。
 切りそろえられたまっすぐな髪。長さはそんなでもない。肩にかかるかどうかというところ。
 全身で「ロリータ」な印象を醸し出している。
 オレは現在着ている女子制服のスカートのポケットをまさぐる。
 あった。生徒手帳。
 名前は有田明穂。一年か。
 道理で敬語だったし、幼いはずだ。

 かばんはそのままなんで携帯電話を取り出す。
 以前は制服に入れていたが、そのまま女に持っていかれて困ったことが山ほどあったのでかばんに入れている。
 姉貴のところに電話する。
「もしもし? 姉貴」
『あっらー。可愛い声。入れ替わったみたいね』
「みたいね…じゃねーよ。また裏で手を引いてんだろ」
『あはは。わかってんじゃん。新。さっそく帰るわよ』
「へいへい」
 なんだかんだ言って姉貴に頼らざるを得ない。
 こいつが証言してくれないと家にも入れない。

 帰ってから例によってまずは風呂に。
「うわ。なんだこりゃ? 発育不良もいいところだ」
 ブラをはずして驚いた。パッドが二枚重ねで入っていた。
 いや。このブラAカップ用なんだが…。
 鏡にこの「有田明穂」の胸を写すが見事にフラット。
「実は男なんじゃねーの?」とか思うほどつるぺた。
 オレは思わず胸を触ってしまった。
「うわっ」
 思わず手を放す。な、なんだ今の? 体に電流が…。
 もう一度触るとまた。しかもこれ、気持ちいいぞ。
 い、いかん。ロリータな体と裏腹に感度がとんでもなくいいぞ。
 やばい。止まらない。他人の体なのに。







 結局は最後まで「イってしまった」……罪悪感バリバリ。




 バスローブ姿で姉貴の部屋に行くと、にやにやして姉貴が「お楽しみだったみたいね」と言ってきた。
 ちなみにバスローブなのは、どうせここでまた着替えるからととりあえずの移動用で姉貴が買ったもの。
 それくらい頻繁に入れ替わっている。それも違う女が色々と。
「な、なんでそれをっ!?」
 口走ってからオレは思わず両手を口に当てた。
「やっぱりね。お風呂が長すぎたのよね」
 くそぉ。やはり誘導尋問だったか。引っかかるとは。
 それならむしろぶちまけてしまおう。
「オレ…なんというか申し訳なくて…」
「いいんじゃない? 体貸しているんだし。ちょっとくらいは」
「そ、そうかな?」
「うん。何しろこれからね」
「え?」
 姉貴は今回の「報酬」を見せる。
 黒いワンピース…ドレスという方が正解か。
 そこに白いフリルがあちこちに。
「こ、これって?」
「ロリ娘にゴスロリ。黄金のコーディネートよね」
 こ。こんなのを着るのか。黒じゃなくて白とかピンクだったらお姫様かなんかだぜ。
 なるほど。こんな恥ずかしいのを着るなら、多少の「オイタ」は勘弁してもらえそうだな。

 しかし真相は全く違っていた。

 朝。見知らぬ部屋で目を覚ます。
 どうやら有田の家。その明穂の部屋らしい。
 最近は意図して入れ替わる上に、そのまま女子が自宅にオレの体を「持ち帰る」ケースが多く。
 事前に本人と姉貴が根回しをしているから、家屋侵入とかに問われはしないだろうが。
 あまり他人の部屋を観察するのはいい趣味ではないな。
 それでも目につくのが漫画と小説。
 表紙から察するにいわゆるBLもの。
 いや…そりゃ個人の趣味だから勝手だが…なんかものすごく嫌な予感が。
 悪いと思うがちょっと机の上を。

 オレはフリーズした。
 それはまんが原稿。
 その中では「全裸で首輪。それを鎖でつながれ、四つん這いになって男のものをくわえているオレ」が描かれていたのだ。
 なるほど。これをやられるんなら「マスタ○ベ○ション」くらいは許されるというわけか。

 後で本人と合流。
 怒鳴りかけたら姉貴が「知っているのよ」という表情をした。
 くっ。そうだった。風呂場のあれを見抜かれていた弱みが。
 ぐっとおさえて穏やかに説得開始。
 さすがにボーイズラブのモデルというのはたまらん。しかも同意なし。
 ところが有田。穏やかにしているのにもかかわらず泣き出した。
 当人の親の前である。気まずいことこの上ない。

 向こうもこちらの「すっぽんぽん」を勝手に描いた手前もあり強気ではないが、娘の趣味を認めてほしいと。
 押し切られて結局は顔を変えることで合意。
 一応クリアだが、あれが出回ったらオレの裸体が知れ渡ることに…
 原稿がデジタルじゃなくてアナログだったのは、メカが苦手だったと思いたい。
 そうでないとネットに上げられていた危険性を考えないといけないが…

 夏休みも油断できない。
 夏期講習でやられた。

 冷房の効いた教室を出て、外気の暑さにギャップを感じてめまいを起こしたら入れ替わっていた。
 どうやらそのタイミングを狙われたらしい。
 いつものようにオレの目の前に背中を丸めて痛みに耐えている「オレ」がいる。
 どいつもこいつも自分が女で非力。相手は男で頑丈と思い込んで思い切りぶっ叩く。
 しかし女子の手は平手打ちだとしなるせいか男のより効く感じ。
 結果として自分で自分が痛い思いをしているのである。
 だから大概は涙目でこちらを見るのだが、今回入れ替わった相手は平然としていた。
「…これが男の体なのね。ふぅん。確かに力は強そうね。これなら女の子一人は抱きかかえられそうだわ」
 むしろ確認に夢中である。
「おい。どうせまた姉貴が勝手に貸したんだろうけど、オレは体をいいように使われて迷惑しているんだぜ」
 あたりを他の受講生が囲んで野次馬になっているが構わない。
 いつもいつもいいように使われるんだ。このくらい言わせてもらうぜ。
「それはお気の毒。でも今回はいい思いをさせてあげるわ。洋服もプレゼントしてあげる。もちろんお姉さんにはすでに約束の品を届けてあるわ」
「いや。だから」
「この体。明日まで借りるわね」
 いうと駆け出していった。
「まったくよ…」
 オレはとりあえず生徒手帳を探した。
 あったあった。写真を見る。ン? これってよその高校じゃないか? 制服が違う。
 どういうことだ? なんでよそにまで知られているんだ?
 名前は…立川百合香。
 な、なんかお嬢様風でもあるが、ひどく嫌な予感も。

 例によって姉貴に電話。
 オレのケータイでかけるから女の声でも信じてくれるらしい。
『新!? すぐ帰ってきて。すごいのよ』
 いきなり興奮気味だ。何があったんだ?
 とにかくオレは帰宅した。

 興奮するはずだ。
 届けられた『お礼』は豪華な振袖だったのだ。
 それも届けに来たのは「じいや」さんとか。
 この立川。相当なお嬢様だな。
「そのブレザー。蒼空学園のじゃない?」
「あれ? 姉貴はこの体の主と知り合いじゃないかよ」
「依頼自体はうちの生徒よ。二年の藤井さん。けど実際に借りるのはその体の持ち主ね」
 なんだそりゃ?
 自分で使わないのに勝手に人の体を持っていくのかよ?
 わけがわかんねぇ。

 風呂に入るとわかったが、立川はかなり引き締まった体をしていた。
 オレが女の姿で入浴するのに慣れたのを差っ引いても今回は「恥ずかしくない」のは、この引き締まり方が女というより男をイメージさせるからかも。

 そしてこの細身の体に和服がよく合う。
 切りそろえられた長い黒髪が和風のお姫様イメージで。
 姉貴のテンションの上がり方も半端ない。

 夜になり着物を脱いで寝ることに。
 たいていの相手にサイズが合うよう、パジャマでなくてネグリジェが用意されている。
 それに着替えて眠った。

 戻った時は全裸だった。
 しかもやたらに腕が圧迫されると思ったら、腕を枕に女が寝ていた。
 ちょ…ちょっと待て!?
 オレは滝の汗を流す。
 オレはいつの間にやっちゃってたんだ???

 よく見ると部屋もどこかのホテルみたいだ。
 いつの間にしけこんで…あ。できるわけねぇ。
 昨夜はオレ、女じゃねーか。

 目が覚めて頭が動き出して来たら色々と分かってきたぞ。つまり
「う、うーん」
 オレがもぞもぞ動いたからか、腕枕の女も目を覚ましたようだ。
「……おはよう……百合香。昨夜は楽しかったね」
 ものすごく可愛らしいいい笑顔で「いとしい相手」に微笑む女。
 あれ? こいつ別のクラスの藤井美根子じゃねーか?
 つまりこいつが姉貴に頼んでオレの体を。
 そして立川がオレの体で…
「残念だがオレは立川じゃねーぞ」
「えっ……元に戻っちゃったの?」
 オレはうなずいた。
 途端に藤井は毛布を引き上げて胸元を隠した。
 赤くなる。
「待てこら? 昨夜はオレの体で何してた」
 いや。聞く必要もない。状況証拠どころかオレの「息子」に感触が残っている。つーか、これ。ゴムか?
「ごめんなさい。どうしても百合香を中に入れたくて、あなたの体を借りてもらったの」
「やはりそうか。なんてことしやがる」
「えっ。なんで怒るの? 男の子なんだからと女の子とベッドに入れてうれしいでしょ」
「あくまで合意ならな。勝手にもっていかれた上でじゃたまらん。しかもオレ、初めてだったんだぞ!
 記念すべき童貞卒業を、勝手に他者にやられたあげく、記憶にも残らない男の気持ちを考えろ。

 さすがにこれは効いたらしく、平謝りだった。
 けど謝られたってオレの初めてはかえってこねぇよ。
 幸いちゃんと避妊はしていたので、数か月後に息子か娘とご対面ということにはならないようだが。

 勝手に童貞卒業させられた夏休みも過ぎて、二学期の初日。
 下駄箱を出て校門に向かう途中。
「姫栗の弟というのお前か?」
 また変なのが来た。
 うちの制服ではある。リボンの色から察するに三年か。
 ド派手なメイクに盛りヘア。爪にはネイルアート。ピアスもでかいのがいくつか。
 典型的なギャルだ。
 身長はそんなに高くないが、なんか態度がでかい。
「体貸しな」
「なっ!?」
 こうまで真正面から来た奴も珍しい。
「そんなことできるわけが…はぶっ」
 言いかけていきなり横っ面を張られた。
 もんどりうって倒れたら背中に一撃。
 借りるというより強奪だよ。
 オレの体になった「ギャル」は体の動きを確認している。
 自分が男の体になったのを確かめると「マサヤ」と叫ぶ。
 校門で伺っていたらしい男が勝手に入ってきた。
「……見てても信じられねぇな。おめーがさやかだなんて」
 さやか!? このギャルでそんな清純派の名前。
「これであたしも連れてってくれるだろ。ケンジ。男の体だよ」
 頼むからオレの体で男相手に色目使わないでください。
 そんなだからBL本のモデルにされるんだよ。
「わかったぜ。兵隊は多いほどいい。ついてこい」
「はいよ」
 話がまとまるとあっという間に消えていった。

「げ! 山場」
 姉貴が硬直している。この「さやか」を知っているのか?
 そういや同じ学年だし、あの女も「姫栗の弟か」と姉貴を知っているかのそぶり。
「姉貴…もしかして知り合い?」
 事情を察してくれたらしい。
「あー。やられのね」
 オレが入れ替わったと悟ったようだ。
「それじゃしょうがないわね。帰ってくるまでいつものように」
「うん。でもこんな姿で帰ったらオフクロ驚くぞ」
「いまさらどんな姿で帰っても平気と思うけど。それより山場と入れ替わったんならあたしも楽しみだわ」
「?」

 その意味は風呂場でメイクを落として理解した。
 メイクを落として髪も下ろしたらものすごい幼顔。
 姉貴も腹抱えて笑う。
 人の体ながらオレを指さして笑われると気分は悪い。
「そんなに笑うことはないだろ」
 つい擁護するような発言を。
「ごめんごめん。実をいうと山場のすっぴんって入学以来見たことなくて」
 二年半もか?
「それで素顔を見てみたくて引き受けたと」
「引き受けちゃいないわよ。危なそうだったし」
 あー。やはり勝手に持ってったのか。
 ここでまたオレの…と、いうか山場さやかの顔を見て笑う。
「だーかーら、なんでそんな笑うのさ」
「ごめんごめん。だいたい素顔は想像ついてたつもりだったけど、あまりに幼いからおかしくて」
 分る気はするが。
 山場という女もなめられまいとこんな化粧に走ったのか。

 素顔が分かったせいもありオレはもうビビッてない。
 戻ったら思い切り文句を言ってやる。

 そしてそれは唐突に訪れた。

「さやか。さやかっ。しっかりしろっ」
 ほほをぴしゃぴしゃとたたかれている。
 オレは寝ていた…いや。気絶か?
 何しろ路上だ。
「さやか…じゃねーよ」
 オレは半身を起こす。
 あたりを見回すと死屍累々。
 どうやら暴走族同士のけんかだったようだ。
 その助っ人でオレの体を借りたのかよ。
 怪我したらどうする。
 オレは憤慨して立ち上がろうとした。
 しかしそれは右足に激痛を感じてできなかった。
「いったぁーいっ。これはまさか…」
「だからしっかりしろと言ったろ。たぶん骨折している」

 オレは救急車で運ばれ、そのまま入院と相成った。
 新学期始まったばかりなのに。

 幸いにしてそんなにひどい骨折ではなかったらしい。
 とはいえどしばらくは入院の必要があった。
 やばいな。出席日数が。
 女たちに体持ってかれないことより、サボれるというよりも、それがネガティブファクターとしてのしかかる。

 午後になると姉貴。そして岡崎が見舞いに来た。
「ごめん。新ちゃん。あたしらも調子に乗りすぎてこんなことに」
「もうちょっと考えてくれると助かる。最低でもオレの同意を得てから借りてくれよな」
「反省してます。それでお詫びを兼ねた提案なんだけど」
「?」

 それから十日後。
 オレは教室で着席していた。
 現在は出席をとっているところ。
「根岸」「はい」「野村」「はい」「橋本」「はい」「姫栗」
 オレの名が呼ばれた。
 オレは「はい」と可愛らしい声で答えた。
「あー。今日はお前が姫栗か。本当の持ち主は?」
「1年の有田明穂です」

 岡崎…というよりオレが体を貸していた女たちからの提案。
 それは交代でオレに体を貸すということだ。
 女たちは少しずつですむから出席日数もそんなに響かない。
 ちなみにオレの体を持って行ったのは他校生の立川を除いても、20人じゃ効かない。
 それが毎日交代でだから、尚更微々たるものだ。
 オレのほうは出席日数を確保できる。
 断るという選択肢はなかった。

 かくしてオレは、入院中の平日は毎日違う少女の姿で教室に現れていた。
 日付で違う女になる…カレンダーガールと呼ばれていた。


おしまい


あとがき

 この作品は「週刊少年マガジン」の「山田くんと7人の魔女」にインスパイアされてできました。
 あちらではキスで入れ替わるのですがそれは同意という形。
 しかしそれが一方的だとどうかと思ったのが発端です。
 だから背中をたたくという他者からはやりやすい方法に。

 当初のおちは入院中に看護士が体をふく際に、誤って背中をたたいて入れ替わってしまったというものでした。
 しかし毎日違う少女に代わるほうが「カレンダーガール」というタイトルに合うと思って変更しました。
 文庫さん向けとおちを分岐しようかと思ったのですが、このおちが気に入りこちらを採用と。

 また最初は妹もいて、小柄な娘の衣類提供担当にと思ってたのですが、当人が持ち込む形にしたので妹はなくなりました。

 タイトルの「カレンダーガール」は新井素子先生の著作のタイトルから拝借しました。

 ネーミング。
 姫栗は言うまでもなく「日めくり」から。
 新は「新に」という意味で。暦はそのまま。
 岡崎広美は野球部関係ということで巨人のOB二人から。
 有田明穂はコミケの会場であるビッグサイトのある「有明」から。
 後に関してはお察しください」(笑)

 お読みいただきまして、ありがとうございます。

城弾

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