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山賊と三つの小瓶
作:427



 王都から程々離れた開拓地のお話。林を切り倒して作られたその土地に、レンガで組み立てられた家々が並んでいます。ここは人口が千余人と小規模ながらも、市場は活気を見せており、これからも続く開拓に向けて人々は明るい未来を夢見ておりました。
 そんなある日の夜のことです。
 突然街の端で火の気が上がりました。寝静まっていた街の人達は慌てて飛び起きます。家から出て様子を見るや否や、馬に跨がり火を放ち、鈍器を振り回して自由奔放に破壊活動を行う山賊達の姿が。
 彼らは過去にも何度か街を荒らし、食べ物や金目の物、女を奪っていくもので、街の人々は非常に苦心していました。
 街のまわりは夜だと特に薄暗い林に包まれていて、山賊がどこから来るかも見当がつかず、対策の練りようがなかったのです。
 今日もその例に漏れず、数十人程の山賊達が突然現れ暴れ出します。
 幸いにも山賊達は殺戮に興味はなく、強奪だけしていくものなので、街から慌てて出て林に隠れてしまえば街の人達の命は無事なのです。
 その逃げ出した人の中に、比較的最近この街に越してきた錬金術師がいました。
 その錬金術師は大事な資料と、持ち運び出来る程の実験器具、そしてまだ名も無き三つの貴重な新薬を抱えて街を飛び出し、他の街の人に倣って林の奥に隠れました。
 しかしそれが運のつき、林の奥まで進みすぎた錬金術師は、中がぽっかり空いている洞穴が山賊のアジトと知らず、一休みしようと中に入ろうとします。そのとき、ゴツンと固い音。崩れる錬金術師の背後には、鈍器を携えたひょろ長いやや不健康な下っ端山賊。山賊は錬金術師が気絶したのを確認すると、金になりそうな器材を奪い、……そして錬金術師が大事そうに抱えていた三つの小瓶を自分のポケットに隠し、残りを錬金術師諸とも適当に林の中に捨てました。
 この下っ端はまだ街を襲わせてもらえずにアジトの見張りだけで、手柄なんて取ったことがありません。今回の幸運で、彼はもっといい待遇を得られる。そう、しめしめと内心でほくそ笑んでいました。



 さてさてしばらくしてから、山賊のアジトでは一方的な勝利を祝して酒宴が繰り広げられております。
 幹部も長も、下っ端も。互いに自由に酒を酌み交わし、肉を平らげ大騒ぎ。端では裸で格闘技をしている者もいるようです。
 街を襲うたびこうして宴をするのがこの山賊達の決まりで、馬鹿騒ぎを端に大量の収穫を長が眺めるのが長の最大の快楽でした。
 働かずに騒ぎ、食う。これをポリシーにしている長は、自身の配下がそれぞれ街から奪ったものを全て分別し、その成果によって役職を与えたりするのでした。
 長は力だけしかない配下と違い、賢い自負があります。こういう歩合制にすれば、自分が馬に跨がり街に出て合図をするだけで、他に行くところの無い馬鹿共は勝手にやる気を出してあらゆる仕事をする。長は自分で作り上げたこの組織像に誇りを持っています。
 しかもあの街は開拓地で、何も知らないしょっぱい成金が群れを成してやって来ます。何度襲えど何度襲えど金品は尽きることを知りません。これ以上無い餌は無い、長はそう思っています。
 今回の収穫も上々、これだけあれば二ヶ月は余裕で何もせずに暮らせるだろう。長は杯を片手に一人ニヤリと笑みを浮かべていると、背の高い筋肉質な男が長の前に現れました。
 男が妙な金属機器を広げながら、これがオイラの収穫ですと頭を垂らすのを見つつ、長はその面影を探しますが果たしてこの男が何者かが解りません。
 着ている衣服はピチピチで、やや窮屈そうにしている男は頭を上げると、筋骨な顔には不恰好な笑みを浮かべて長の言葉を待っています。その男が誰か、分からず終いの長は、ついに口を開きました。
「お前は、誰だ?」
 男ははっ、と一瞬驚いた顔をしましたが、いやいやいや、と小さく漏らしながら首を横に振ります。体躯にせせこましい似合わぬ素振りに違和感を覚えた長に、男は告げます。
「オイラですよ、アジトの見張りをしていた。アジトの傍まで逃げてきた変なジジイから、この銀の道具などを奪ってきたので、長に献上してるんですよ」
 長は眉を潜めました。確かに、見張りを頼んだ男と髪型や髭が同じですし、目の離れ具合やせせこましい素振りが似通っています。しかし長の知る彼はむしろ筋肉をどこかに忘れ物でもしたのではないかというくらい細いのに、無駄に背があってひょろ長い印象の男でした。
 たった数時間会っていないだけでこんなに筋骨隆々になる筈がない。必死に思案する長は、ふと男の胸ポケットに目が行きます。
「それはなんだ」
 不可思議に膨らんでいるそれに長は勘づき問い詰めれば、男の顔色が青に塗り替えられて見えるように慌てふためきます。
 やはり何かある。確信した長は、男にトドメの一言を言い放ちます。
「俺達は『家族』だろう? 言えない事でもあるのか?」
「め、滅相ねぇです!」
 男は泣きそうな顔になりながら、胸ポケットから三つの小瓶を取り出します。
 小瓶はそれぞれ黒、水色、赤の三色。観念した男は、それらを長に差し出しました。
「さっき言ったジジイから奪ったものでして、試しに黒色の小瓶の中にあった変な液体を全部飲んだら、突然こうなりやして」
「成る程、筋力を増加させる薬か……。面白いものを見付けたな。格上げだ、貴様も晴れて明日からは幹部候補の一員だ」
「ほ、ほんとですか! ありがとうごぜぇやす」
「下がっていいぞ。服もちゃんとしたものを探せ」
 男は地に頭を付けて深く礼をすると、小踊りで宴の会場へ戻って行きました。
 長は男が既に飲み干している黒色の小瓶は捨て、赤と水色の小瓶をそっとしまいました。長は知性に恵まれましたが、筋力にはやや劣っていたのです。明日飲もう、そう思って長も宴に戻って行きました。



 翌日の昼頃。前日の馬鹿騒ぎが祟って山賊達はアジトで寝転がっていました。すると突然激しい大きな音が聞こえ、皆が皆臨戦体勢に切り替わります。街の人々が仕返しに来たのでした。
 山賊達は予想しなかった事に慌てふためき、応戦して行きましたが、昨夜の深酒のせいでよろよろです。そもそもこのアジトの居場所がバレるだなんて思ってもいなかったため、不意打ちに為す術もありませんでした。
 実は錬金術師が逃げた際、たくさんの道具を抱えていたため道中ポロポロといろんなものを落としていきました。街の人々はそれを辿って偶々アジトを見つけ、総攻撃に至ったわけです。
 壊滅的な被害を受けた山賊達はもはや散り散り。先にアジト深部に控えていた長も、剣を携え今にも戦える用意をしていました。
 そんなとき、長は昨日の小瓶を思い出します。アレを飲めば力が強くなる。そう思った長は迷うことなく赤の小瓶を取り出し中の液体を一気に飲み干します。
 やはり、長の体に変化が起きました。
 肩幅が狭まり、腕や脚が細くなり、浅黒い肌が産まれたての子供のように、綺麗な白に染まり出す。
 さすがに異変に気付いた長でしたが、変化は止まりません。
 短く刈り上げていた髪がみるみる伸びて、肩を通り越して腰に至り、胸に二つの大きな膨らみを形成していきます。股間の誇らしげにあったそれも、地中に埋まるように姿を消えて行きました。
 訳が分からぬ長は、絹のような美しい髪を振り乱しながら辺りを見渡し、思い付いたように剣に反射する自身の姿を見ます。
 そこには狡猾な山賊の長はおらず、かつて見たことの無い程の絶世の美女が写っています。カランと、剣を落とした長は、両の手の平を呆然としながら見つめています。
 しかしそんな暇はなく長の元にいくつもの足音が。このままでは危ない、危機に瀕した長は、もう一つの小瓶の存在を思い出し、水色の小瓶をまたしても一気に飲み干しました。
 再び変化。わなわなと震えた長の体は風船が萎むように縮み出し、長の視界がどんどんどんどん低くなります。
 変化の最中に確信しました、これは背が低くなる薬、否、子供になる薬だと。
 四歳児と変わらぬ背になった長は、自らの破滅を予感し、意に反して涙が出ました。ダボダボになった服に埋もれながら涙を抑えようとしても、てんでダメなようで、むしろ止まりません。とうとう声を荒げて泣き叫ぶ長の元に、頬に傷のある体格のいい一人の中年の男が現れました。無論、街の人です。
 長は斬られる、そう思って泣き声を強めたとき、その男が言いました。
「こんなところに小さな女の子が……。大丈夫か、怖かったろう、今助けるからな」
 両手を広げて近付いて来る男から逃げ出そうとした長ですが、ぶかぶかの服が足を妨げ身動き出来ません。そうしているうちに男に抱き抱えられました。
 長は何故だか優しげな男の胸元で安心感を覚え、泣き疲れたためにじわりじわりと瞼が降りて行きます……。



 錬金術師は開拓地での作業を効率よく進めるために三つの新薬を用意していました。
 一つは筋力増加薬。力仕事を円滑に進めるためです。もう一つは性転換薬。使い途は一つに限りませんが、女を男にして力仕事をさせたりなどと何れも開発に役立つものになるはずでした。最後は年齢後退薬。歳を取った者を若返らせ、仕事に勤しめる薬でした。
 しかし錬金術師はかつてひょろ長かった山賊に襲われた時に果て、薬の製造方法が載っていた冊子は知らず知らずに山賊が火にくべていました。
 もちろん長はそれを知る由もなく……、薬は闇へと消えました。
 翌日、山賊を壊滅させたことに湧く開拓地の街では、大々的にカーニバルが開かれていました。山賊は皆殺されるか、捕らえられました。ただ山賊の長が見当たりませんでしたが、山賊の長の物だと思われる衣類や剣のみが取り残されていたので消えたと考えられ、街の人々は勝利を謳歌しています。
 ですが、長はまだ。しかも街の中にいます。頬に傷のある男に肩車をされ。
 長は。いや、元・長は結果幼い女の子になった我が身を怨むものの、自らの命がまだあることに微かに喜んでいました。
 やがてその男に育てられ成長し、麗しき美女となった彼女は国中で話題になり、金持ちの男と結ばれて玉の輿に乗った彼女は山賊時代よりも幸せな日々を暮らしています。



 もっとも、複雑な思いを抱えて。



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