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ウ ォ ー リ ア ー ・ ガ ー ル
− ラ ジ オ 版 −




作:石積ナラ





『第八の学園七不思議 −真実の扉−』



 ウォーリアー・ガール・ラジオ版、『第八の学園七不思議 −真実の扉−』。はじまり、はじまり。


 こんばんは、皆さん。
 わたしは、モニカ・フェルゲンハウアー。桜原高校に通う、高校一年の女子生徒です。
 今日お話しするのは、わたしが通っているその高校に昔から伝わる、学園七不思議に関することです。高校に七不思議というのもおかしな話ですが、わたしの友達に、心霊的な出来事や、その七不思議と係わり合いのある人がいるので、あまりバカにできなかったりします。
 それではお話しましょう。これは、よくある七不思議ではない、8つ目の七不思議という矛盾する存在、かつ、世にも恐ろしい出来事です。


 それは、寒さが強くなってきた、2学期の終わりの頃でした。
 わたしは、クラスメイトであり無二の親友でもある、朝日向アイゼンと、一ノ瀬丈と一緒に、部活を終えて下校していたときのことです。
 わたしは軽音楽部に属し、アコーディオンで和音担当として部内バンドのサポートメンバーとして参加し、またソロでも活動しています。丈は桜原高校に伝わる七不思議のひとつ、花子さんの呪縛にとらわれ、気弱な男の子から笑顔の可愛い女の子となって帰ってきて、それからはコンピューターミュージック部でいろんな曲を作っているみたいです。
 一方、アイゼンは、『オラクル・ネットワーク』という、心霊現象を解決したり、悪霊と戦ったり、民俗学、考古学のような伝承解明をしたりする、古くからある組織に属しているため、部活はやっていません。そのため、授業が終わるとすぐに下校したり、あるいは早退したりもします。
 そして、その日はアイゼンの緊急出撃要請もなく、わたしたちは3人そろって、近くのハンバーガー屋さんで、思い思いのハンバーガーやドリンクを口にしながら、おしゃべりを楽しんでいました。


 おしゃべりの内容は、本当に他愛もないもの。
 クラスメイトから貰った噂話、授業の面倒くささに対する愚痴、恋に関するお話など。アイゼンはいつもそういうことから縁遠そう。だからわたしは、自分からコイバナは持ちかけることは、あまりしませんね。
 すると、唐突に丈は、その日に耳にしたお話を、わたしたちにしてきたのです。
「ねぇ、朝日向さん、フェルゲンハウアーさん。うちの学校ってさ、高校なのに、小学校とかにありがちな七不思議があるじゃない。」
 わたしとアイゼンは、そうね、せやなぁ、と、相槌を打ちます。
「確かにねぇ。わたしもアイゼンに出会うまでは、心霊現象も悪霊も、ただの地方生まれの伝承だとか、昔話のネタぐらいにしか思ってなかったけど、今は結構信じてるよ。」
「僕も、花子さんの呪いにかかるまでは、フェルゲンハウアーさんと同じだったかも。でね、花子さんの呪い以外にも、やっぱりあったんだよ、学園七不思議。」
 確かに、ちょっと考えれば、その可能性はあったはず。わたしも、丈が花子さんの呪いにかかったと聞かされたときは驚きましたが、それを受け入れたら、ほかの呪いや伝承などもあるのでは、と、いぶかしんだくらいです。
「で、ほかにはこんなのがあるんだってさ。」
 丈がクラスメイトから聞いたのは、次のような内容でした。


 まず、トイレの花子さん。定番中の定番ですが、アイゼンに言わせれば「根も葉もないうわさも、たくさんの人の思いが蓄積すると実体化する」らしく、事実花子さんの呪いは、当時気弱でいじめられっ子だった丈に降りかかり、丈を花子さんにしてしまい、今に至ります。
 ふたつ目。ひとりでに動く、人体模型と骨格標本。お察しの通り、やはり定番の怪談のうちのひとつで、夜中に勝手に動き回るのだとか。それは不気味としか言いようがありませんが、定番過ぎてイマイチ怖さがたりません。
 三つ目。人気のないプールでの水音。警備員が、ある日校内を巡回していると、プールから水音が聞こえたのだとか。鍵を空けてみてみると誰もおらず、しばらくそこにいると誰かに背中を押され、プールに突き落とされたということです。
 四つ目。音楽室の方からピアノの音が聞こえるというもの。そしてその曲を3回聞いた人は、人柄がガラッと変わってしまうらしいです。こういうのは大抵死ぬのが定番だけれど、死なないだけまだマシ…… なのでしょうか?
 五つ目。桜原高校に幾つかある桜の木の中に、一本だけ、不可思議な紋様が幹に刻まれた木があり、夕暮れを過ぎてその気に近付くと、無数の亡霊を見るとのこと。目撃情報が数多くあるらしく、これはただのウワサにしては真実味があります。
 六つ目。桜原高校B棟の三階の家庭科室には大きな姿身があるのですが、7時16分にその鏡を見ると、鏡に吸い込まれ、二度と戻って来れなくなるのだそう。それはいくら何でも恐ろしいものです。
 七つ目。魔法のしおりというもので、学校の図書室に保管されている無数の本のどれかに挟まれているらしく、そのしおりが挟まれている本を開いた人は、その本の世界に吸い込まれ、物語、たとえばマンガや小説であれば、その登場人物になってしまうのだとか。
 その話を丈がすると、アイゼンはこう答えました。確か、そう、こんな感じだと思うのですが。
「そもそも七不思議、言うんは、その学校にいた生徒が独自に考え、根も葉もないことをあたかも事実のように言いふらし、怖いものが大好きな人々によって語り継がれ、真実味を帯びて語り継がれてきたもんなんや。学校の怪談は、今では全国規模になっとるけど、『学校限定の民俗学』を出ることはあらへん。
 せやけど、一ノ瀬さんに襲い掛かった花子さんのように実体化、あるいは具現化してまうものもある。具現化は大抵、その七不思議に対して多くの人が興味を寄せ、人々の思念の塊となって、独り歩きしてまう。
 そんな七不思議を具現化させない方法はひとつ。前にも言ぅたと思うけど、それについて考えない、しゃべらない、ウワサしない。完璧に無視することや。」
 確かに、そうかもしれません。
 丈に降りかかった花子さんの呪いが、わたしたち桜原高校の生徒があれこれウワサしているうちに、花子さんに対する『想い』、たとえば恐怖や興味や自分で考えた設定やらが寄せ集まって具現化してしまったのでしたら、花子さんのことなど忘れ、話を広めないようにするしかありません。そうすべきだったのです。


 そして、二学期の期末テストが終わって、すぐの頃でしょうか。
 あのファストフード店で、アイゼンがメモ帳を取り出し、言いました。
 それは、あの七不思議に関することでした。そしてアイゼンのレポートによれば、七不思議はやはり、本当に些細な出来事から派生したことが、よく分かりました。
 まぁ、丈の花子さんのことは、定番過ぎるため置いといて。
 まず、ひとりでに動き出す骨格標本と人体模型について。アイゼンが理科室を片っ端からひっくり返していると、人骨スーツ、内臓と筋肉のスーツという、グロテスクでマニアックなスーツが発見されたということで、これは生徒による悪ふざけということで決着がつきました。
 7時16分の怪事件については、とある生徒が部活終わりに忘れ物を取りにでも帰ったのか、懐中時計を家庭科室の近くで落としてしまい、そのショックで時計の機構が壊れてしまったようです。しかも、その生徒の家族がそろってインフルエンザに倒れ、連絡が取れなかったために、心霊現象としてのうわさが広まってしまったようでした。
 残る七不思議についてはまだ調査中ということですが、音楽室から聞こえる曲についての調査は、意外な事実が判明しました。こういうときは大抵、ベートーヴェンの『エリーゼのために』が定番らしいですが、この桜原高校では、スッペの『軽騎兵』が流れてくるとのこと。
 そしてその曲を3回聞いた生徒は、いじめっ子のような横柄な生徒も、かつての丈のような気弱ないじめられっ子でも、正義と勇気にあふれた心の持ち主に変貌してしまうらしいです。呪い殺されないだけまだマシですが、好戦的になってしまうのが微妙に厄介…… みたいですね。
 桜の木に刻まれていた鳥居のような紋様ですが、アイゼンに言わせれば問題ないとのこと。大抵そういうのは黄泉の国に向かう霊魂の通り道らしく、冥界に向かうばかりの彼らは、人間に対してイヤガラセをするようなことはないそうです。
 プールと魔法のしおりに関しては調査中だということですが、アイゼンに言わせれば、「あまり過敏にならなくてもええと思うで」とのこと。
 そして、アイゼンはこうも付け足します。「根も葉もないウワサも、そのうち一ノ瀬さんに襲い掛かった花子さんの呪いのように実体化する可能性があるから、何もしゃべらん、考えへん方が、すべての予防策や」、と。
 確かにそうです。七不思議などの心霊現象が力を持つのが、わたしたち人間が興味を寄せてしまうからなのであれば、わたしたちがそういうことを極度に怖がったり興味を持ったりしなければいい、それだけの話ですね。
 成る程、それならわたしにもできます。心霊現象についてはあまり考えないようにし、もし起こったとしてもオラクル・ネットワークや、身近にいるその局員であるアイゼンに、解決してもらえると。もちろん、そうならないことを祈りますし、そうなった場合はアイゼンの精神的、擁護的サポートになることがわたしの役目だと、そう自負しています。
 しかしここに来て、丈はこんなことを言い出しました。
「それがね、8つ目の七不思議があるってことを、最近聞いたんだぁ。」
 その言葉に、わたしもアイゼンも、驚きのあまりに繰り返してしまった。
「8つ目の……」「……七不思議やて!?」
 丈の説明は、こうでした。
「桜原高校の七不思議にはね、8つ目の七不思議があるんだって。しかも、その8つ目の七不思議の真相を確かめてしまった人には、死ぬよりも恐ろしい恐怖に襲われるんだとか。それなのにさ、うちのクラスの女子、どうせうわさだよって言って、調べ始めてるんだ。怖いことにならなければいいんだけど……」
 それを聞いたわたしは、クラスメイトのみんながこれ以上その『8つ目の七不思議』に首を突っ込まないことを祈りました。「どうせうわさだ」と思っているなら、もうその時点でやめてほしいと、心底思います。
 しかし。
「……8つ目の七不思議、かぁ……」
 アイゼンは、そうではありませんでした。
 怖いもの見たさに盛り上がる女子生徒としてではない、そういった心霊現象や悪霊に立ち向かう調律師として、アイゼンはその8つ目の七不思議の話に、真剣に耳を傾けていました。


 その日の夜は、わたしの家、フェルゲンハウアー家に、アイゼンと丈を招待しました。
 わたしの執事である颯は、フェルゲンハウアー家の執務、フェルゲンハウアー楽器株式会社のどうやら会計らしい事務のふたつをこなし、わたしたちが帰ってくる頃にはガレージのそばで中国拳法、『八極拳』というものですが、それの練習をしていました。
「お帰りなさいませ、お嬢様。久しぶりかな、アイゼンくん、丈くん。」
「ただいま、颯!」「お邪魔します……」「はい、お久しぶりです。」  相変わらずアイゼンは、悪霊と戦うとき以外は腰が低いです。わたしたちは友達なのですし、もう少し背筋を伸ばしてくれたっていいのに。まぁ、それがアイゼンなのですから、仕方ありません。
 我がフェルゲンハウアー家の歴代のコックの中でも、とても腕のいい女性コック、李稠旺さんの料理は、どれも絶品。それもそのはず、稠さんは中国本土で一流の料理を習得し、この日本にやってきて、店を出していました。しかしある日、心霊的トラブルに見舞われ、今はここで働いています。
 そんな稠さんの料理を、荷物を置いたわたしたちと、シャワーで汗を流した颯の4人で、ご馳走になります。その日の料理は、かに玉、シーザーサラダ、スープ、杏仁豆腐でした。
 そのご飯の中、わたしはアイゼンに言いました。
「さっきの話、8つ目を知ると恐怖に襲われるっていう七不思議、わたしたちで解明してみない?」
 その言葉に、アイゼンは「ふぇっ?」とマヌケな声を上げ、丈と颯も驚いていました。
「フェルゲンハウアーさん、そこまでしなくたって。」
「またお嬢様は、よからぬことに首を突っ込もうとしているみたいですね?」
 颯のその台詞は聞き飽きました。確かに、わたしは自分から危なっかしいことに首を突っ込むほど好奇心と探究心が人より強いみたいですが、逆に颯はわたしをお人形や宝石のように大事に扱いすぎです。もう少し自由にさせてほしいと、よく思います。
「でも、高々噂話ごとき似合い全が真剣に首をひねっていたんだよ?」
「それを言うなら頭を、です。首ひねったら死にます。」
「揚げ足取らなくてよーい、どん!」
 そこに、アイゼンが言います。いえ、その口調からして、アイゼンではありません。
「《確かに今回の件は、モニカ殿は関わらない方が良いでござろう。》」
 アイゼンの中にいる、もうひとりの人。江戸後期から幕末にかけてその名を轟かせていた、武士、鳴神葉助。金髪碧眼という人並み外れた容姿と、凄まじい剣術を以って悪人を斬っていたことから、『鬼の子』の異名を得ていたそうです。葉助さんは、アイゼンを守るため、アイゼンと一心同体となって悪霊と戦っています。
 わたしはそんな葉助さんに聞き返しました。
「どうしてですか、葉助さん!? これまでだってわたしは、アイゼンのサポートを、」
 しかし葉助さんは、わたしの言葉をさえぎるように、返しました。
「《学園七不思議の特性はご存知でござろう。たとえ単なるうわさ話とて、それに対する興味や畏怖などが集まれば力を増し、実体化してしまう。モニカ殿のその探究心の強さが、8つ目の七不思議とやらに力を与えてしまうようではならぬでござる。》」
 その言葉に、わたしはぐうの音も出ません。なら、チョキかパーなら出るかといえば、またそうでもなく。とまぁ、くだらない冗談はさておき、本当に反論できませんでした。
「《そのようなものは早々に忘れてしまうに限る。然れど拙者らが出向くのは、興味ゆえにあらず、調律師としての真相解明にござる。興味本位ではないことを、ご理解いただきとうござる。》」
 そこまで言われては、今度こそ何も言えません。
 それに、わたしが興味をいだくことで、8つ目の七不思議が力を得てしまっては、アイゼンの迷惑になります。わたしはその話題を忘れることにし、丈にまったく関係ない話を振りました。その話のほとんどが、最近は女子として慣れてきたかということだった気がします。


 しかし、翌日からとんでもないことが起こり始めました。
 あの日の翌朝、わたしが登校すると、ボロボロのセーラー服を着たアイゼンが、グッタリと机に突っ伏していました。
 話を聞くと、朝っぱらからホームレスに、しかも小さな鬼の群れに襲い掛かられ、軽く足払いしたあと、調律師として本局に連絡、彼らの働き口を紹介するという、とても面倒くさいことに巻き込まれていたらしいです。
 その日の体育の授業では、サッカーボールが顔面に激突。アイゼンの肉体が脳震盪を起こしたため、アイゼンの意識も葉助さんの意識も、出てくることがありませんでした。
 夕方からは雨が降っていました。わたしは颯のお見送りがありましたが、アイゼンはわたしと一緒には乗らず、呼んだタクシーでオラクル関連の仕事に向かいました。しかし、そのタクシーの運転手が昼間から酒を飲んでいたこともあり、飲酒運転、事故に次ぎ、アイゼンも助手席のシートに頭をぶつけ、鼻血を流しながら警察に連絡、事情聴取後、オラクルの仕事に向かったということです。
 更にその翌日からも酷いものでした。
 犬のフンを踏んでは電柱に頭をぶつけ、図書室では掃除中の生徒がぶちまけたゴミをかぶり、階段ではピクシー(外国からやってきた小悪魔)の悪戯によって踏み外して頭を打ち、昨日から降り続いている雨でできた水溜りを踏んだ車によって水溜りの水をかけられ…… と、考えられない不幸ばかりが続きました。
 そんなことが3日も続けば、いくら鈍感な人でもこの答えにたどり着きます。
 あの、8つ目の七不思議を調べ始めたあたりから、アイゼンに災厄が降り注いでいると。
 当人であるアイゼンは、「もうイヤや〜!」と叫び弱音を吐きながらも、一度やり始めた仕事を投げ出すことなく、不幸に見舞われながらも、図書室や市立図書館、国立図書館、オラクル関連の資料庫などに入り浸っていました。


 ある日、アイゼンに聞いてみました。
「アイゼン、最近酷い目にあってばかりだけど大丈夫?」
「どう見ても大丈夫やないと思うんやけど……」
 確かに。
 ここ数日でアイゼンは数え切れない怪我をしていました。
 左頬に絆創膏、額にぐるぐる巻きの包帯、左腕にアームサスペンダー(骨折などのときに腕を吊るすための帯のこと)、湿布のにおいが漂う右足、かさぶたができている左太腿(ふともも)、ボロボロのアイゼンお気に入りセーラー服。
 どう見ても大丈夫ではないことは分かっています。それでも、心配するとこういう無個性な台詞しか出てこないみたいです……
 もちろん丈も、アイゼンを心配します。
「少し休んだ方がいいよ。関わるのをやめたほうが、その不幸も収まると思う。」
「そうやね、少し休んでみる。でも、せっかく資料借りてきたから、休むのは明日からね。」


 でも、その翌日、アイゼンは学校に来ませんでした。
 先生に聞いてみても、連絡は受け取っていないため、休んでいる原因は不明。病気なのか、オラクルの仕事なのか、事故に巻き込まれたのか。アイゼンのことです、ずる休みなんてことは、決してありえません。
 わたしは、叫びました。
「すみません、先生。アイゼンが心配なので、今日は早退します!」
 そして丈も。
「ぼっ、僕も早退します、すみませんッ!」
 先生は一瞬戸惑いの表情を浮かべましたが、すぐに険しい表情になり、力強くうなずいてくれました。朝日向のことを頼むぞ、と。
 学校の図書室や七不思議スポット、アイゼンのアパート鳥附荘、オラクル関連の連絡先、図書館や資料庫、捜せるところはすべて探しました。ひょっとしたら調べ物の合間にご飯を食べているのかもしれないと思い、わたしたちがよく使っているファストフード店にも足を運びましたが、そこにもアイゼンはいませんでした。
 颯にも、アイゼンを探すのを手伝ってもらいました。颯は事務室にある電話で、オラクル関連の連絡先や病院などに片っ端から電話をかけましたが、オラクル側からの返事は分からないという答えばかりで、どこの病院やクリニック、診療所にも、アイゼンが運び込まれたという連絡はありませんでした。
 アイゼンを見つけ出せず、その日は帰りました。そしてその翌日、学校に行っても、アイゼンは登校していませんでした。やはりその日も、わたしと丈は早退し、アイゼンが行きそうなところをすべて見て回りましたが、やはりアイゼンは見つかりませんでした。


 アイゼンが失踪して、3日後のことです。
 わたしと丈は、鳥附荘に訪れていました。201号室であるアイゼンの部屋は、三日間、様子が変わっていませんでした。まるで、時間が止まったかのように。
 アイゼンには悪いと思いましたが、この部屋を勝手にあさらせてもらうことにしました。アイゼンの行方の手がかりになるものが、もし、この部屋のどこかにあるとしたら。そのかすかな希望に、賭けてみることにしたのです。
 丈は言います。
「いいのかなぁ。友達の部屋って言ったって、勝手に物色するのって。」
「うん。アイゼンにはあとで謝るよ。でも、アイゼンがいなくなったんだよ。緊急事態なんだし、これはしょうがないことだよ。」
 そうですよね。いくら友達の部屋とは言え、勝手に入って、物色して、何かを持ち出すのは、よくないことです。それでも、すべてはアイゼンを見つけるため。アイゼンが何かに巻き込まれているのであれば、そうも言っていられません。
 しかし、アイゼンの部屋からは、今回の七不思議に関する資料は、何も見つかりませんでした。机の上は勉強道具が散らかり、クローゼットにはアイゼンが大好きなブランドのセーラー服など衣類しかなく、本棚にも教科書やノート、オラクル関連の資料、そして銃に使うカートリッジなど、いつも見慣れているものしかありませんでした。
 わたしたちは肩を落とします。わたしと丈、どちらからともなく、ため息を漏らしてしまいます。これだけ探しても、これだけアイゼンに申し訳ないことをしても、アイゼンの行方を示す手がかりは、まったく手に入らなかったのです。
 わたしは諦めて、アイゼンの部屋を出ようとしました。しかしちょうどその時、わたしの携帯電話に、着信が入りました。
 ポケットから、スマートフォンを取り出し、画面に映し出された表示を見ます。着信は、岬朔夜さん。わたしたちのクラスメイトのひとりで、北海道からやってきた精霊パウチカムイです。わたしは、緑色のアイコンに触れ、スマートフォンを耳に押し当てました。
「もしもし、サクヤ!? モニカだよ。何かあったの?」
「ええ。貧乳朝日向さんについてよ。今、お時間あるかしら?」
 くだらないところをつついてきました。アイゼンのブレストについては触れないであげてほしかったです、本人もコンプレックスに感じているようですし。わたしも、皮肉たっぷりに答えてあげました。
「で? メロンおっぱいの道産子版サキュバスのあなたが、アイゼンの何を知ってるの?」
 しかし、朔夜には通じませんでした。
「ええ。今日、掃除の時間に男子がふざけていて、朝日向さんの机をひっくり返したのよ。そうしたら出てきたの、近頃話題になっている、8つ目の七不思議の真相に迫る、朝日向さんのレポートが。」
 その言葉を聞き、わたしはいても立ってもいられず、朔夜に短くお礼を言うと通話を切り、丈を連れて学校へと向かいました。アイゼンの行方は、きっと8つ目の七不思議とつながっている。きっとアイゼンにも会える、その思いが、わたしを走らせました。


 学校に戻ると、朔夜がとんでもない格好で待っていました。
 ゴシックワンピースという、ちょっと西洋のお嬢様風のいでたちの彼女ですが、胸の辺りからスカートのすそまで一直線に引き裂かれ、なんとも危なげな姿で、保健室のベッドに腰掛けていました。
「サクヤ! どうしたの、その格好!?」
 そして丈も。
「もしかして、男子に乱暴されたの!?」
 わたしと丈の質問に、朔夜は首を横に振って否定しました。
「生徒会の人が長机を運んでいてね。その足がわたしのワンピースに引っかかって、引き裂いちゃったのよ。高かったのに、どうしてくれるのかしら、生徒会の人は。」
「あ〜あ、そういうことか。」
「何よ、フェルゲンハウアーさん。人事だと思って……」
 メロンおっぱいが露出する胸元を抑え、わたしをにらんでくる朔夜に、わたしは説明しました。8つ目の七不思議に関わると不幸に襲われるという、アイゼンに降りかかった災厄が、まさに朔夜にも降りかかっていたようです。
 それを説明すると、朔夜は言いました。
「あぁ、台湾で人気の『せんぷーかんけ』の主人公みたいなものね。」


 わけが分かりません。


 ちなみに、しばらくして丈はこう言いました。岬さん、とても色っぽかったなぁ、と。確かにその時の朔夜は、いろんな意味できわどい姿もあってわたしもドキドキしてしまいましたが、丈には釘を刺しておきます。朔夜は、見た目こそお姫様みたいだけど頭の中はエロオヤジだから、と。


 場所を、わたしの家に移します。
 朔夜からアイゼンがまとめた資料を預かり、オラクルに連絡を取り、戦闘、術式要員に集まってもらいました。颯にも、できるだけ早く仕事を終わらせるようにも頼みました。
 大勢の人が一度に食事を楽しめる、赤い絨毯のホールには、わたし、丈、颯、オラクル・ネットワークの考古学担当レイヴン、戦闘要員シュナ、ツバサちゃん、ちせちゃん、守護獣ティーダ、そしてメイドの皆さんと料理長の稠さんがいました。
 メイドさんたちは、稠さんの料理を運ぶだけの仕事で、あとは解散しましたが、稠さんは料理の注文を受けてくれるために、ホールに残ってくれています。
「みんな、集まってくれてありがとね。多分、見当はついてると思うけど。」
 わたしがそう言うと、レイヴンが返しました。
「ああ、おおよそな。お前らからアイゼン失踪の連絡を貰って、オレたちの方でもアイゼンを探してたんだ。けど、そこにアイゼンの手がかりがあるんだろ?」
 レイヴンは察しがよくて、とても助かります。
 わたしの前には、稠さんが運んでくれた中国の蒸しパン『花巻(ホワチュアン)』と、中国スープ『(タン)』、そしてアイゼンがまとめていた8つ目の七不思議に関する資料がありました。わたしは返します。
「うん。アイゼンはこの、8つ目の七不思議の真相を追っているうちに、度重なる不幸に遭い、4日前に行方不明になったの。
 でも、今ここに、アイゼンが追っていた8つ目の七不思議の真相に迫る資料がある。これをおっていけば、きっとアイゼンにも会える。
 ……でも、わたしには調律師としての力なんて、これっぽっちもない。みんなだけが頼りなの、お願い、力を貸してくれないかな。」
 わたしは膝の上に手を置いて、できる限り丁寧に、慎ましやかに、頭を下げました。そしてわたしの隣でも、丈と颯が。そんなわたしたちに、ツバサちゃんが言います。
「おいおい、そんなみっともねぇ真似すんなって。アイゼンは、オレたちの仲間でもあるんだ。こっちから頼むぜ。」
 ツバサちゃんは男の子っぽい口調ですが、かわいい声の持ち主です。わたしはその声を聞いて、とてもうれしくなりました。そしてツバサちゃんは続けます。
「それとありがとな、アイゼンの行方の手がかりも見つけてくれて。んじゃ早いとこ、アイゼンを連れ戻して、ついでに8つ目の七不思議ってやつの真相も解明しようじゃんか!」
 そこに、シュナが合いの手を打ちます。シュナは、ツバサちゃんとちせちゃんを巻き込んでローカル闇鍋戦隊『調律戦隊セイレンジャー』を組織し、そのリーダーを名乗っているお調子者です。わたしも何度、シュナの言動に呆れ果てたことか分かりません。
「おー! その時は俺たち、セイレンジャーに任せてくれ。どんな悪霊(マジムン)も、俺らにかかれば朝飯前さぁー!」
「まーた調子に乗ってる(おだってる)よ、シュナってば……」
 ちせちゃんが、北海道弁を交えて呆れ果てます。その気持ちにはわたしも同情します。
 ですが、そう簡単にはいきません。わたしは反論します。
「ううん、七不思議に関わっちゃダメだよ。これを見て。」
 わたしは、アイゼンの資料を開きます。そこには、8つ目の七不思議に関する言い伝えのような、古文書のような、古めかしい不思議な一文がつづられていました。わたしは読み上げます。




 七つの謎を解き明かし、八つ目の謎に挑まんとする者に告ぐ。
 七人の防人(さきもり)により守られし封印の扉は、暗黒の道の果てにある。されど、その扉を開けることなかれ。その扉の奥、そなたの死よりも恐るべき惨劇がそなたを待ち構えていよう。
 それでもその封印を破らんと試みる愚か者は、その命と、戻らぬ時を代価に、暗黒の道に訪れるがよい。


 陰陽師・明智巡明(あけち じゅんめい)




 つまり、こういうことです。
「みんな、アイゼンを助け出したら、この一件に関わっちゃダメ。おそらく8つ目の七不思議はすでに呪いとしての力を得ていて、かつてこの明智という陰陽師さんが厳重に封印したんだよ。もし、封印の扉ってやつを開いたら、死んじゃうんだよ?」
 そう言うわたしに、レイヴンがひとり言のような口調で答えます。
「マジかよ! じゃあ、じゃあもし、アイゼンがその扉を開いちまってたら、どうするんだよ……?」
「そ、それは……! やっぱり、確かめるために扉を開くしかないのかなぁ?」
 そこに来て、颯が口を挟んできました。
「待ってください、お嬢様。もし、その封印の扉とやらが開かれていたら、アイゼンくんは今頃、その扉の奥でしょう。しかし、もし開かれていなかったら、アイゼンくんはその扉をくぐっていません、つまり死んでいないということになります。開くか開かないかは、今決めるべきではありません。」
 誰もが颯のほうに向き直ります。この時点でアイゼンが、扉を開けているかいないか、つまり死んでいるかまだ生きているか、それは分かりません。それでも、生きている可能性が消えたわけではありません。
 そこまで聞けば、わたしたちは行動するだけです。
「そうだね、颯。……でも今は、封印の扉に続く、暗黒の道とやらに挑もう!」
 こうして、わたしたちはすぐさま、準備を整え、夜の学校に踏み込みました。


 夜にもなれば、空にはコウモリが飛び交い、木々のざわめきも不気味に感じるものです。消防ランプだと分かっている赤い光さえ、心霊現象や悪霊に数多く関わってきたわたしには、亡霊にでもにらみつけられているような錯覚すら覚えます。
 わたしたちは警備員さんの巡回の隙をついて、フェンスを乗り越えて学校に侵入しました。そして行く先は、プール。これもまた高いフェンスが阻んでおり、乗り越えるのはひと苦労と思われました。
 そこに、ちせちゃんがイクパスイと神酒を手に、鍵をかけられたゲートの前に立ちます。イクパスイとは、アイヌの民族が持つ儀式のアイテムで、先端に三角形の『舌』を持つ、細長い木の棒です。これで、アイヌの神々と酒を飲み交わすことができるのだとか。
万物(よろず)を司りし神々よ、我が声を聞き届けたまえ。我らは調律の志、我らは災いに抗う者。我らは神々の御許に集いしそなたらの遣いたるべく契りをたてし者なり。」
 ちせちゃんは、お猪口にお神酒を注ぎ、それにイクパスイの舌を浸します。神々にお酒を捧げているのでしょう。
「神々よ、今一度我が願いを聞き届けたまえ。我らの行く先を阻む強固なる扉を開き、我らをいざないたまえ。」
 すると、どうでしょう。
 鍵がないのに、白い網でできたスウィングドアをつないでいる南京錠が、カチャリと音を立てて機構をはずし、コンクリートの地面に落ちたのです。そして白い網のドアは向こう側へとゆっくり開き、わたしたちが通るべき道を、開いてくれたのです。
 完全に開いたドアの前で、ちせちゃんが言います。
「さぁ、急ぎましょう、アイゼンさんが待っています!」


 いよいよ、プールに踏み込みます。
 わたしは、ちせちゃんががしゃどくろとの戦いで使っていた白いチョークを右手に、アイゼンが残したほかの資料を左手に、プールを歩き回ります。
 そんなわたしに、丈は言いました。
「ねぇ、フェルゲンハウアーさん。このプールって、七不思議のひとつの、夜中に水音がするプールだよね?」
「うん。で、その様子を見に来た警備員さんは誰かに突き落とされたけど、這い上がったときには誰もいなかったっていう、謎のプールだね。」
 わたしはそう答え、プールサイドにいくつかの呪文を書いていきます。その呪文は、アイゼンが残してくれたレポートにメモされていたのですが、なにぶん、アイゼンの字は壊滅的に汚いので、読み解くのに苦労しました。
 そしてわたしは、時間を待ちます。
 その時刻、9時20分過ぎ。まだまだ、実行を移すには早いようです。そこに、レイヴンが聞いてきます。
「おい、どうしたんだよ。何、突っ立ってんだ?」
 わたしは答えました。
「8時88分を待ってるんだよ。」
「はぁ? そんな時刻、あるわけねぇだろ。それにもう、9時を回って…… まさか!」
 レイヴンはとても頭がいいみたいです。さすが考古学研究員。
 そう、88分なんて分刻はありません。しかし、8時88分は存在します。
「その時刻は、午後8時から88分経過した時刻、つまり9時28分。もう少し待たないと、暗黒の道にはたどり着けないの。」
「じゃあ、今からその封印の扉を開こうとしているってわけじゃ、ねぇんだな?」
 その通り。アイゼンのレポートが正しければ、まだここは封印の扉のすぐ前ではありません。それを信じて、時を待つだけです。


 そして、いよいよその時がやってきました。
「ちせちゃん、警備員対策の『認識阻害術』はオッケーだよね?」
 わたしの問いに、ちせちゃんは万全だと答えました。
 そうと決まれば、あとは恐れずに行動を起こすのみ。あるいは、封印の扉に続く一本道である暗黒の道に踏み出そうとするわたしたちを、アイゼンが止めに来てくれるかも知れない。だけど、アイゼンが現れる様子はありませんでした。やはり、こちらから出向くしか、ないようです。
 わたしは言いました。
「みんな、8番目の飛び込み台に並んで。時間と共に、みんなそろってここから飛び込むよ。絶対に、飛び込み台に足をつけて、そこから前に踏み出すこと!」
 わたしは時計を見ます。その時刻、9時27分40秒。あと少しで、28分になります。
 わたしの後ろに、みんなが一列に並びます。わたしはその間も、ずっと時計を見ていました。
 あと20秒。あと10秒。あと5秒。
「4…… 3…… 2…… 1……!」
 そしてわたしは、足に力を入れます。
「8時88分! みんな、行こう!」
 そして、走り出しました。わたしの後からも、みんなが続いてくる足音が聞こえます。
 飛び込み台に足を乗せ、そのままわたしは、静かに揺れるプールの水面の上に体を躍らせました。きれいな弧を描き、わたしはそのまま、水しぶきを立ててプールの中に飛び込んでいきました。


 水が体を打つ衝撃と共に目をつぶり、生暖かい感触がわたしを包み込みます。そしてゆっくりと目を開き、視界がハッキリしてくると、わたしは、何もないダークブルーの無重力空間に浮いていることが分かりました。ほかのみんなも、ひとり残らず、この空間に浮いています。
「ここが…… 封印の扉に続く道……?」
 わたしは信じられませんでした。道があるわけではないというそんなことよりも、まるで深い海の底にいるかのように、ほの暗い空間に、ただ浮かんでいるのですから。
 しかも、水の中にいるという感覚はなく、服も乾いており、普通に息もできます。シュナはマヌケなことに、ずっと息を止めているみたいですが、ツバサちゃんが彼のおなかを殴って、息をさせました。
 すると、あることに気付きました。
「颯、丈、みんな! あれを見て!」
 わたしが指差した方向には、鳥居があります。そして何もない空間の中、その鳥居の向こうには、石畳の道が、ずっと続いています。しかもその石畳の道は、上り坂、下り坂、右に曲がり、左に曲がり、まるで龍の背中のように、うねうねと波打っているのです。
「あれがそうだよ。行こう、あの向こうに、8つ目の七不思議の封印の扉がある!」


 鳥居をくぐり、石畳の道に降り立ってからは、浮くことなく、普通に歩くことができます。飛び跳ねても浮かぶことなく、重力に引かれてまた石畳の道に戻ってきます。
 では、石畳の道から踏み外すとどうなるのだろうと、わざと右足を踏み出してみると、石畳の道の脇には何もない、虚無空間があるだけです。これは落ちるわけには行きません。
 わたしたちは、そんな虚無空間に囲まれた石畳の道を、慎重に歩いてゆきます。途中、体力のない丈とちせちゃんが音をあげたので、少し休んで、また歩き出しました。すると、颯が何かに気付いたようです。
「お嬢様、時計をお改めください。とんでもないことになっています。」
 颯は自分の、スケルトン式懐中時計を、わたしに見せる。ガラス製の風防の向こうにあるたくさんのギアが、信じられない速度で回っているのです。それなのに、それに連動して動くはずの3本の時針は、まったく動いていません。
 そしてわたしのデジタル式の腕時計では、時刻を表す文字が、めまぐるしい速さでランダムに点滅、暴走しているのです。これでは正確な時刻など分かるはずもありません。
「どういうこと、これ……? もしかしてここは、現実の世界とは時間の流れがおかしいんじゃないかな。早いのか、遅いのか、それとも完全に止まっているのか……」
 そこにレイヴンが言います。
「成る程、代償はすでに払っているってことか。」
 わたしがどういうことかと訪ねると、レイヴンは答えます。
 思い返してください。封印の扉を開けるために代価として支払うのは、戻らない時間と、自分たちの命。そのうちもう、時間を代価に支払っているのではないかという仮説に、レイヴンはたどり着いたようです。
 それでは、わたしたちはあと、命を引き換えに、扉をあけるしかないということでしょうか? もう、現実の世界には返れないのでしょうか。わたしのその考えに、レイヴンは答えました。
「さあな。仮に戻ることが出来たとしても、浦島太郎になっていたりしてな。遥かなる未来か、それとも過去に飛ばされるか。それに、命以外の何かを代価に支払い、時間を取り戻すってこともできたりするんじゃないか?」
 そういう手段があればいいのですが、アイゼンの資料には、それは載っていませんでした。……仕方がありませんし、考えたって分かりません。わたしは、考えるよりもまず、行動することにしました。
「まずは急ごう、封印の扉の前に!」


 竜の背中のようにうねる石畳の道を行くと、またしても鳥居が見えてきました。
 わたしたちはその鳥居をくぐります。するとその鳥居の向こうは、虚無空間などではない、しっかりとした、岩に囲まれた巨大な洞窟がありました。
「うわぁ……!」
 わたしたちは、誰からともなく、感嘆の声を漏らします。わたしとちせちゃんの声が、一番大きかったのではないでしょうか。
 そこは、先ほどまでダークブルーだった空間とは違い、いくつもの巨大な松明によって照らされており、幾分かは明るい場所でした。また、そのうち8つの松明は、円を描くように並び、小石を地面に埋め込むようにして、巨大な円と八芒星(オクトグラム)を描き出していました。
 わたしたちが通ってきた石畳の道は、そのオクトグラムのサークルをも横切り、ある建物に続きます。その建物は、まるっきり神社の拝殿。賽銭箱もあれば、鈴もあり、すぐにお金を賽銭箱に投げ入れてお参りができそうな気さえします。
「この、どこかに、封印の扉が……? もしかしてあの神社の中に、その扉があるのかな?」
 わたしのその読みは、当たっているのか外れているのか。オラクルに属する誰も、答えてはくれません。唯一、レイヴンだけが重苦しい口調で、答えてくれました。
「さぁな。だが、このどこかにあるのか、それともとっくに開けてしまったか……」
「もう開けた!? それって勘弁だよ。もう、わたしたちは死よりも恐ろしい恐怖の中にいるってこと?」
「そうかもな、考えようによっては。」
「やっ、やめてよね、そんな笑えない冗談……」
「だよな。本当に笑えない冗談だったら、いいんだけどな……」
 本気で、レイヴンには前言撤回の上で、冗談でしたと笑ってほしかったです。でも、レイヴンの険しい表情に、わたしは何も言い返せませんでした。
 しかし、次の瞬間、惨劇は起こったのです。


 わたしが石畳の道を歩き、小石で描かれたオクトグラムのサークルに一歩踏み入れたときのことです。わたしの背後から、一発の銃声が聞こえてきました。その銃声は、洞窟の中で反響し、何度も何度も、わたしたちの鼓膜を叩きました。
「えっ!?」
 わたしたちは振り返ります。しかし、わたしたちがまず目にしたのは、無残な光景でした。
「ぐは……っ!」
 何ということでしょう。シュナが、胸の中央に穴をあけられ、白いエイサー衣装を赤く染め上げ、膝をつき、そのままどさりと倒れてしまったのです。それまでシュナの肩に乗っかっていたティーダは、高い叫び声を上げ、地面に転がります。
「しゅ……」
 シュナの名を叫ぼうとしましたが、それはできませんでした。わたしの息は、大きく乱れていたのです。
 心臓を撃ちぬかれ、シュナは即死しました。一体、どうして、何がどうなって、こんなことが起こったというのでしょう。そして、シュナを殺した人は、誰だったのでしょう。
 そして、わたしが見たものは、信じられない、いいえ、信じたくないものでした。
「まさか、そんな! アイゼンくん!」
 颯は叫びました。
 そう、そこにいたのは、漆黒の調律銃シュティンムガーベルを構えた、アイゼンだったのです。銃口からは、爆発した霊力の残りカスが硝煙のようにして立ちのぼっていました。撃ったのはそのシュティンムガーベルに、間違いありません。
 しかし、どうしてでしょう。どうして、アイゼンが仲間であるはずのシュナを、撃ち殺したというのでしょうか。
「アイゼン、どうして……?  ねぇ、アイゼン! 探したんだよ! それなのに、それなのに…… こんな再会のし方ってないよ。一体どうしたの、アイゼン!?」
 アイゼンは何もしゃべらず、わたしを見据えます。アイゼンの目に、そして表情に、感情は感じられず、まるで人を殺すことをなんとも思っていないかのようでした。
 そんなアイゼンに真っ先につかみかかったのは、ツバサちゃんでした。
「テメェ、アイゼン……! オレの仲間に、何てことしやがるんだ!」
 ウェスタンコートを翻し、ツバサちゃんはウィンチェスターを取り出し、レバーを一度起こし、カートリッジをロードします。しかし、そのひと手間がアダとなり、構えるより先に、アイゼンに額を打ち抜かれてしまいました。
 わたしは、まさかと思いました。アイゼンは、シュナに続いて、ツバサちゃんまで、何のためらいもなく撃ってしまったのです。わたしの親友が、一番の友達が、いとも簡単に人を殺すなんて、いくら何でも信じられませんでした。
 そこから先は、地獄よりも酷い有様でした。
 アイゼンは銃をキーチェンジし、金髪碧眼、葉助さんの意識が前に出た姿になると、ちせちゃん、レイヴン、丈、ティーダを次々とその霊力の刃で切り刻み、洞窟を赤く染めていったのです。
 そしてその時、わたしは気付きました。いつも霊力の刃が放つ色は、金色のはず。しかしその刃は、真っ黒く染まっていたのです。アイゼンの表情だけではない、アイゼンが振るう力そのものも、いつものアイゼンとは大きくかけ離れていました。
 姿かたちは、いつものアイゼンのもの。葉助さんが前に出てきたときのように、金色に輝く髪も青く輝く両目もいつもどおり。それなのに、アイゼンが振るう力は邪悪に染まったようで、人を殺すことに対して何のためらいも感じられませんでした。
「どうしたの、アイゼン…… どうして、どうしてそんなことするの……? 答えてよ。ねぇ、答えてよ。いつものアイゼンはどうしたの!?」
 そんなわたしに、アイゼンは襲い掛かろうとしてきました。そんなアイゼンを止めたのは、颯でした。アイゼンがわたしに向かって銃を振り抜こうとした右手を、右の手刀で払い落とし、突進によってアイゼンを跳ね除けたのです。
 アイゼンはかなりの距離を吹っ飛ばされ、尻餅をつき、背中からごろごろと転がっていきました。しかしアイゼンは、うめき声ひとつ上げず、表情を歪ませることもありませんでした。まるで、痛みなど感じないかのように。
 しかし颯は違います。どうやらアイゼンが持つシュティンムガーベルの刃が頬にかすったようで、右頬からは血が流れ、頬を、そしてあごを伝って、地面に雫となってこぼれ落ちます。
 颯の名を、わたしは叫びます。しかし颯は、八極拳の構えを取り、アイゼンと対峙しました。
「アイゼンくん。きみに一体何が起こったのかは分からないが…… お嬢様を傷つけるおつもりなら、お嬢様のご友人とて、容赦はしない。覚悟してもらおう!」
 しかしアイゼンは、葉助に一言も返すことなく、立ち上がるや否や、颯につかみかかってきました。
 そこからは、颯とアイゼンの壮絶なるバトルが続きました。アイゼンはキーチェンジしたシュティンムガーベルを振り回し、颯は得意の八極拳でアイゼンを突き崩してゆきます。
 そして、決定的な一撃が、颯から繰り出されます。相手の防御を突き崩し、その上で絶大なる威力を誇る一手を放つ、八極拳の一撃を真正面から食らえば、誰であってもひとたまりありません。たとえそれが、歴戦の調律師たるアイゼンや葉助さんであっても、わたしと同じ、高々16歳の少女の体となれば。
 やはり、アイゼンは口から血を吐き出し、吹っ飛ばされました。鳥居のすぐ脇の岩壁に背中から叩きつけられるように衝突し、更に肺が潰れたのか、たくさんの血を吐き出して、地面に伏せてしまったのです。
 颯の表情は、複雑なものでした。いくらわたしを守るためとは言え、わたしの友達であり、わたしと同じくらい(じぶん)を慕ってくれているアイゼンを、その手にかけてしまったのですから。
 アイゼンが死んだかどうかは、さすがに分かりません。しかし、血を吐くほどのダメージを食らわしたことは事実でした。
「アイゼンくん、どうして……ッ!」
 颯の表情は、苦痛にゆがんでいました。その苦痛は、アイゼンに銃撃を受けたからではなく、八極拳の一撃による反動に襲われたからでもなく。そう、きっと、心が痛かったのです。アイゼンに銃を向けられたことや、わたしの友達を殴り飛ばしたことに対して。
 しかし、悪夢はまだ続きました。
 アイゼンは、颯の一撃を受け、しかも岩壁に叩きつけられ、大量に血を吐いたというのに、苦しそうな表情ひとつせず、それどころか何事もなかったかのように立ち上がったのです。そしてキーチェンジした銃をキーリセットすると、銃口を颯に向け、そしてためらうことなく引き金を引いたのです。
 颯はとっさにその銃撃を回避し、アイゼンにすばやく駆け寄り銃を奪おうとしました。しかし、アイゼンは自分の射程内に飛び込んできた颯を、再び撃ちます。そして今度こそ、颯はアイゼンの凶弾に倒れ、アイゼンの足元に、土煙を上げて伏せてしまいました。
「颯ぇぇぇぇええっ!」
 わたしは叫びます。しかし、颯は起き上がりません。苦しそうな息も、とうとう聞こえなくなりました。
 丈、レイヴン、レンジャーの誰もが殺され、そしてとうとう颯までが殺されてしまいました。わたしは、目の前の出来事が受け入れられませんでした。どうして、わたしの無二の親友であるアイゼンが、こんな酷いことを、やってのけるのでしょう。
 わたしは、ひとりになってしまいました。そして、わたしは説得を試みました。まるで心を捨て去ったかのようなアイゼンに、通用するかどうかなんて、考えもせずに。
「ねぇ、アイゼン…… どうして、こんなことをするの……?」
 しかし、アイゼンは答えてくれませんでした。
「ねぇ、アイゼンは誰かに操られているだけなんでしょ? その人は誰? 一緒に止めてあげるよ。だから正気に戻って。お願いだから、今からでも正気に戻って……!」
 操られているだけ、そう思いたかったです。アイゼンは悪くない、悪いのはアイゼンを操っている人。その人がアイゼンに人殺しをさせ、友達を、颯を、アイゼンの仲間の命を奪った、きっとそうに違いありません。アイゼンはこんな凶悪なことを、平然とやってのけるような友達ではありませんから。
 しかし、アイゼンは何も答えてくれません。もう、わたしは何を信じたらいいか、まったく分からなくなりました。
 そしてとうとう、アイゼンはわたしのそばに歩み寄り、シュティンムガーベルの銃口を向けます。その距離、わずか30センチ。熟練した腕前のアイゼンが、この距離からはずすなどということは、まずありえません。
 わたしは震えました。親友に殺されるのだと。死にたくない、もっとアイゼンと一緒にいたい。颯や、丈や、ほかの友達と、もっともっと、楽しいことがしたい。それなのに、こんな形で死ぬのはイヤだと。
 しかし、そんなわたしの気持ちも知らず、アイゼンはとうとう、ためらうことなく引き金を引くのでした。


「ひっ!」
 思わず目をつぶります。そんなことをしたって、仕方がないのに。
 ……しかし、わたしはどこにも、痛みを感じませんでした。殺されることへの恐怖に体がこわばっている感覚は感じます。しかし、銃で撃たれたという感覚は、ありませんでした。もしかして、わたしはまだ死んでいないのではないかと思い、つむった目を、ゆっくり、ゆっくり、開きました。
 そしてわたしが見たものは、驚くべきものでした。
「えっ……?」
 そこにいたのは、アイゼンではありませんでした。
 それどころか、わたしが出会った中で、飛び切り美しい女性だったのです。
「あなたは……?」
 わたしの問いに、水干(すいかん)というとても古い日本装束をまとったその女性は、やわらかな笑顔で答えました。
「明智巡明。陰陽師です」
 まさか、アイゼンの資料にあった、あの明智巡明だったとは。しかも巡明…… さんが、女性だったとは。
「あっ、ええと、はじめまして! わたしは、モニカ・フェルゲンハウアー。高校生です。」
「はじめまして、モニカさん。ごめんなさい、すごく嫌な悪夢を見せてしまって。でも、ご覧ください、皆さんは無事ですよ?」
 そう巡明さんに言われ、わたしは周囲を見回しました。アイゼンに殺されたはずのみんなは、頭を抱えながらむくむくと起き上がりはじめました。傷跡は見当たらず、流したはずの血の痕も、まったく認められませんでした。
「そんな、どういうこと……?」
 わたしが漏らしたその問いに、巡明さんは答えてくれました。
「あなたのご友人、朝日向アイゼンさんは、最初からここにはいません。あなたが見たアイゼンさんは、すべて、私が見せた幻です。そしてアイゼンさんは、あなたたちよりもひと足先に、この封印の聖域までたどり着いていたのです。」
 その言葉を聞き、わたしは巡明さんに尋ねました。
「そうです、アイゼンはどうなったのですか? 封印の扉を開いて、恐ろしいものを見て死んでしまったんですか!?」
「いいえ、アイゼンさんは生きています。」
「アイゼンが、生きている!?」
 そのわたしの言葉に、起き上がった颯たちは、わたしのそばに駆け寄ってきました。
「それで、それで巡明さん! アイゼンは、今、どこにいるんですか?」
「大丈夫、すぐに会えますよ。……それより、アイゼンさんも訪れた、真実の扉の向こう側まで、皆さんをご案内いたしましょう。さあ、おいでください。」
 そう言うと、巡明さんは小石を並べてできたオクトグラムのサークルの中に入り、そこで立ち止まりました。巡明さんに倣い、わたしたちも、そのサークルの中に足を踏み入れます。
 そして全員が入ったことを確認すると、巡明さんは一枚の札を右手で掲げ、呪文を唱えます。
「我、明智巡明が命ずる。封印の扉よ、今一度封印を解き放ち、我らを神界(しんかい)へと導きたまえ。」
 するとどうでしょう。サークルを描いていた小石たちが一斉に輝きだし、まばゆい光を放ち始めました。わたしたちはまぶしさのあまり目を開けていられず、思わず目をつぶってしまいました。


 そして目を明けて目の当たりにしたものは、黄金の世界。
 足元には金色の草が生えており、空の色も明るいビビッドトーンのイエロー。太陽はなく、世界そのものが光を放っている、そんな感じでした。見渡す先に水平線も地平線も、山も谷も、何もありません。あるいは、輝きのあまり見えないだけでしょうか。
 しかし、巡明さんの傍らには、ひとつだけ、何かがあります。それは、細い木の柱によって支えられている、巡明さんの背丈よりも低い、神社を小さくしたようなものです。
「皆さん。これが、私が祭られている神殿です。真実の扉の向こうにあるのは、絶望ではなく、これなのです。」
「って、言うことは……」
 レイヴンがつぶやきます。
「オレたちが入ったあの円陣が、真実の扉だったんですか?」
 そのレイヴンの問いに、巡明さんは「ご名答です」と答えました。
「それだけではありません。桜原高校に伝わる学園七不思議に、8つ目の七不思議を追加したのも、私です。わたしはその七不思議を流すことで、皆さんと知恵と勇気を試していました。ただの怖いもの見たさで終わるか、大切な人のために戦う勇気を振り絞れるか。」
 まさかと思いました。学園七不思議の恐るべき8つ目を流していたのが、この美しい陰陽師だったなんて。そして巡明さんは続けます。
「まず、8つ目の七不思議にたどり着いたひとりを行方不明にします。そのひとりのために、残された人はどれだけの覚悟をたずさえて、その人を助けに来るのか。それとも、命と時を引き換えにするのを恐れ、そのまま助けることを放棄するのか。
 どちらの答えを出しても、私はその人を非難するつもりはありません。当たり前です、命を懸けるということは、相当な覚悟が要ることですから。しかしあなたたちは、迷うことなく封印の扉に挑むことを決意しました。それだけ、アイゼンさんのことを想っているのだと、私にはよく分かりました。
 そして、封印の扉をくぐり、ここまでたどり着いたあなたたちには、私から栄光と祝福を授けたいと思います。代表として、モニカさん。私の右手に、手を。」
 言われるがまま、わたしは「はい!」と答え、差し出された巡明さんの右手の上に、わたしの右手をそっと乗せました。するとどうでしょう。それまで何もなかった、わたしと巡明さんの手の間に、何かがあるような感触を覚えました。
「これは……」
 わたしはそれをつかみ、手を返します。すると、紫色のお守りが、わたしの手にありました。そしてそのお守りには、こう刺繍されていたのです。
 『絆守(きずなのまもり) 明智神社』、と。
 そして巡明さんは言います。
「あなたたちの友情が、永久(とわ)に続くことを。」
 その言葉に、わたしは、そしてわたしたちは。
 元気よく、「はい!」と、答えたのでした。


 封印の扉をもう一度くぐり、あのオクトグラムのサークルに戻ってきました。そして見上げた、大きな神社。おそらくこの神社の名前は、あのお守りに刺繍されていた、明智神社なのでしょう。
 そして巡明さんは言います。
「それでは、あのドアをくぐり、お帰りください。あなたたちの世界が待っています」
 巡明さんが指差した場所は、わたしたちがこの洞窟に入ってきた、石畳の道が続く鳥居。しかし、鳥居はコンクリートに半分埋まってしまっており、そのコンクリート壁には一枚のドアがありました。どうやら、そこから帰ることができるようです。
 わたしは巡明さんに向き直り、お礼を言いました。
「ありがとうございます、巡明さん。すごくすごく怖かったけど、来てよかったって思います。」
「そうですか、それはうれしいです。」
 巡明さんはにっこり笑って、そう言ってくれました。
 そしてわたしは、ひとつ、お願いしてみます。
「……また、ここに来てもいいですか?」
「構いませんが、そのたびにあなたは、今日のような恐怖と戦うことになりますよ? それが、真実の扉を開けるための条件ですから。」
 巡明さんはそう言いましたが、わたしが望むのはそれではありません。祝福がほしいわけじゃない、わたしはそれよりもほしいものがあります。
「いえ、そうじゃないです。また、巡明さんに会いたいなって。巡明さんとも、お友達でいたいから。」
「そうですか…… それは、とてもうれしい申し出ですね。」
 巡明さんにそう言ってもらえて、わたしはうれしくなりました。
 これで、巡明さんとも、わたしはお友達です。
 そして、おそらくは葉助さんよりももっともっと遥かなる昔から生きている…… と言ったら微妙に語弊があるかもしれませんが、そんな、人生の大先輩としても、是非頼らせてほしいとも思いました。
 そんなわたしに、シュナが声をかけてくれました。
「おーい、行くぞ、モニカ!」
 その言葉に、わたしは待ってと返し、また巡明さんのほうを向きます。
「……さようなら、また会いましょう。」
 わたしのその言葉に、巡明さんは言葉ではなく、笑顔で返してくれました。


 扉の向こうの世界は、意外な場所でした。
 真っ暗闇かといえばそうでもなく、夜空には半分欠けた月が、星たちと共に輝いています。そしてその星たちの輝きに照らされているこの場所は、わたしたちが暗黒の道に踏み出した場所でもありました。
 そう、プールです。プールの、女子更衣室の扉の前だったのです。……成る程、あの洞窟に似つかわしくないコンクリートの壁は、ここにつながっていたのですか。
「どうして、こんなところに出ちゃったんだろ……?」
 わたしはそうつぶやきますが、誰にも答えられるわけもありません。当たり前です、現実世界と異空間とをつなぐ地図など、どこにもありはしないのですから。
 呆然と立ち尽くすわたしたち。そこに、わたしたちの中の誰でもない、だけど、一番聞きたかった声が、聞こえてきました。


「おかえり、みんな。」


 ちせちゃんが開けた、あのプールの入り口。
 そこに、ずっと探していた、アイゼンがいたのです。
「アイゼン!」
 わたしはいても立ってもいられず、アイゼンの名前を叫びました。
「……堪忍な、心配かけてもうて」
 少しだけ困った感じの、アイゼンの笑顔。それはいつもの、アイゼンの笑顔でした。
 巡明さんがわたしたちに見せた、非道な性格の幻のアイゼンではない、本物のアイゼンでした。それでもわたしは、こんなことを口走ってしまいます。
「アイゼンだよね……? わたしの親友の、アイゼンだよねぇ……!?」
 そんなわたしの酷い質問にも、アイゼンはにっこり笑って、答えてくれました。
「そうや。うちの名前は朝日向アイゼン。モニカのお友達や。そして、」
 そう言うと、アイゼンの髪と目がそれぞれ、金色と青に、輝きます。そして言いました。
「《鳴神葉助。アイゼン殿と共にあり、アイゼン殿をお守りする侍であり、皆とも共にある、調律の同士にござる。》」


 警備員に気付かれないように、わたしたちはそっと、学校を抜け出しました。
 オラクル・ネットワークの皆さんとは解散し、その日の夜、アイゼンと丈はわたしの家に泊まっていくことになりました。
 アイゼンは三日ぶりのお風呂で汚れも疲れも洗い流し、リラックスした様子でしたが、葉助さんと丈は、かなりのぼせていたようでした。確かに、丈はついこの前まで男の子だったのに、わたしやメイド長のスズカさんにお風呂に連れて行かれては、たまらなかったでしょうね…… でも葉助さんはいい加減慣れてもらわないと、またアイゼンが鼻血を噴出しています。
 そして最大の疑問。失踪していた間、アイゼンはどうしていたのでしょう。わたしはそれを、パジャマ姿でわたしのベッドに腰掛けるアイゼンに聞いてみました。
 アイゼンの話によると、わたしたちも訪れた、あの明智神社にたどり着き、わたしたちと同じように、絶望的な恐怖を見せられたようです。それについては話してくれませんでしたが、たとえ巡明さんに見せられた幻惑だったとしても、いやな記憶を聞き出すのは、やはりいけないことです。
 そのあとアイゼンは、巡明さんに戦いの稽古をつけられたと言います。巡明さんの陰陽師としての力は相当なもので、葉助さんの力を借りても、彼女にかすり傷ひとつ与えられなかったということでした。
 それでもアイゼンはその時の経験を、いい戦闘訓練になったと前向きに捉えているようでした。ちょっと前までのアイゼンだったら、「きっとうちはダメな子ぉや」「オラクルの戦闘要員として失格や」とか言って、相当卑屈になっていたかもしれません。ひょっとしたら、葉助さんのある程度の励ましもあったかもしれませんが。
 そしてアイゼンは、巡明さんとの稽古の後、わたしたちが明智神社にたどり着くまでの三日間、時の流れがあやふやな異空間で、わたしたちが無事に真実の扉を開けるまで、待ち続けていたということでした。


 すべての話を聞き、わたしは、アラームをかけて、アイゼンと丈と一緒に眠ることにしました。
 いろいろあった一週間近くでしたし、今日は特に最悪な夢を見ました。その日の晩に見た夢を、わたしはもう覚えていませんが、決して悪い夢ではなかったと思います。なぜならその日は、わたしと、アイゼンと、みんなとの強い友情そして絆を、再確認できた日でしたから。
 翌日登校してみると、その日は何と、アイゼンが8つ目の七不思議を調べ始めた、ちょうどその日でした。
 あれから時間は止まっていたのか、それとも時間をさかのぼったのか。アイゼンが不幸に見舞われたことも、失踪してわたしたちクラスメイトが心配していたことも、すべてなかったことになっていました。
 あの出来事のことを知っているのは、わたしと、丈と、颯、そしてオラクルのみんなだけでした。わたしにアイゼンの机の中にあった資料を渡してくれた朔夜さえ、8つ目の七不思議がどうかしたの、そんなの聞いたことないわ、とただ首を傾げるだけでした。
 一週間もの時間をさかのぼり、そして何事もなかったように淡々と時間が流れる、そんな出来事を前に、わたしはただ混乱するだけでした。それでも、アイゼンと一緒にいられる日常が帰ってきたのです。
 一緒にいること。それは、普通に見れば当たり前。しかし、だからこそ感じにくい、かけがえのない幸せ。わたしは、恐ろしい悪夢を見せ付けた8つ目の七不思議を経験したことで、アイゼンと、そして親しい人たちと一緒にいられることが、どれほど幸せであるか、思い知らされたみたいです。


 わたしは、願いました。
 そこにあるのが当たり前だと思っているかけがえのない幸せは、時として見失うことがあることを実感しました。でも、たまにはそれを思い出して、それまで以上に絆を強く培って、いつか『わたしの時間が終わる』その時まで、絆を強く育ててゆこうと。


 さて、これにて、わたしたちの母校、桜原高等学校に伝わる、8つ目の七不思議のお話は、お終いとなります。
 ご清聴、ありがとうございました。今回は、ラジオのコーナーとしてお時間を頂きましたが、またいつか、どこかで、わたしの身の回りで起こった怪事件や、それと戦うアイゼンたちの活躍を、お話できたらうれしく思います。


 ……それでは、皆さんとまたお会いできる日を、楽しみにしています。




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