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 春、上旬。
 晴れ渡った空が広がる、日曜日の朝。
 この日、フェルゲンハウアー邸は大忙しだった。普段はすべての支度を颯やメイドたちにやってもらっているモニカも、この日は颯の指示に従って、メイドたちと共にいろんなものを庭へと運んでいた。
 その忙しく動き回る人々の中に、隠神刑部と玉藻前もいた。2人とも動きやすいよう、隠神は赤いふんどし一丁、玉藻は浴衣という格好。業者を除けば女だらけの働き手の中で、隠神は心強い働き手となっていた。
 庭に運ばれたものは、台車付のバーベキュー・ピットが3台、家庭用グリルが5台、焼きそばがなど焼ける鉄板が3枚、ガスボンベ仕様のストーブとフライパンが1セット、木製のベンチが8個32席分、そのほか調理器具と食材多数。モニカ、そしてフェルゲンハウアー邸に勤務するすべての使用人たちではさすがに食べきれない量の食材が、用意されている。
 豪快なグリル&鉄板料理は颯の得意料理であることは既にこのフェルゲンハウアー邸にいるものにとっては既知のこと。だが、それにとどまらず颯はバーベキュー・ピットを特注するほどのこだわりまで持っていた。これが到着した時にはモニカとメイドたちに呆れられもしたが、年に数回、どれかが役に立っている。こうして全てのピットが持ち出されることはかつてなかったので、颯は特に張り切っているようだ。
 1時間ほどあわただしい時間が続いたが、ようやく落ち着いたようで、コーヒーをひと口飲むと、颯はモニカと隠神、玉藻、そしてその他のメイドたちに言った。
「皆さん、お疲れ様でした。お嬢様もよくがんばってくれました。あとは招待客の皆さんが到着するまで、ぜひくつろいでください」
 汗にまみれたモニカとメイドたちは、庭に颯と料理長の稠を残し、屋敷にもどっていった。一度着替えなければ、着心地が悪すぎる。だがこれから一日中忙しくなる颯は、執事服ではなくジーンズにダークグレーのシャツという服装だった。
 ピットの煙突からは、運び出す前から薄い煙が立ち昇っている。どうやら昨晩から火をつけているらしい。そんな煙突を見上げている颯に、コック服の稠は言った。
「今日の主役は、間に合いそうかい?」
 颯は声をかけてきた稠を一瞥すると、静かに笑って、答える。
「どうでしょう。力尽くでは倒せない相手と、格闘しているわけですからね。……けど、きっと大丈夫ですよ」






ウ ォ ー リ ア ー ・ ガ ー ル

作:石積ナラ







 そんな中、東京のとあるオフィスビルの展望台、屋上。
 裃に身を包んだ1人の老人が、決戦の地となった東京ウラノスを見上げていた。何をする様子でもなく、ただ屋上に座り、憂いを込めたまなざしで、見上げているだけだった。
 ただ時間を無意味に過ごしてゆく老人。そんな彼の傍らに、誰かが降り立った。少女のようだ。
「私なら、行かんぞ」
「…………」
「ガンコジジイと呼びたければ構わん。が、そういう気分ではないのだ。かつて力自慢として名を馳せ、のちに魔王と呼ばれた、この山ン本五郎左衛門が、今ではすっかり戦う力も気力もなくし、こうして毎日をだらだら過ごすただの老人。今更、何をしたいというものなどない」
 老人、山ン本五郎左衛門は、大きな溜め息をつく。その山ン本の様子に、少女もまた小さくうつむく。
「朝倉百夜。あやつは、わしとの決着もまだ付けぬうちに……」


 あの、日本全土が豪雨や豪雪に見舞われ、ライフラインのすべてが止められてしまった日。
 山ン本五郎左衛門率いる世界中の妖怪と、ぬらりひょんこと朝倉百夜が頂点に立つオラクル・ネットワークとその協力者の衝突が起こった。百夜は山ン本と、アイゼンは山ン本の付き人である鬼族の皆無と戦った。
 アイゼンは葉助と共に果敢に攻め、皆無に大ダメージを与え、更に鬼の誇りである角を奪い去るまでにいたった。しかし、戦意を失うどころかアイゼンに報復するべく怒りに狂った皆無は、それまで忠誠を誓っていたはずの山ン本の力の食らうべく、誰もが予想し得なかった恐るべき行動に出た。
 山ン本の脇腹に左手を突き刺し、肺を奪い去り、それをむさぼりつくしたことで、皆無は恐ろしい異形の鬼へと変身してしまう。黒く頑丈な皮膚、鋭く禍々しい角、鮮血の色に染まった2つの眼、見上げるほどの巨体。そして、万全の状態の百夜や山ン本とは比較にならない、圧倒的な霊力。戦いは、絶望を極めた。
 しかし、百夜は諦めなかった。最後の希望としてアイゼンを選び、共に戦場へと向かった。その際、アイゼンは山ン本より、新たなる力を授けられた。それは、山ン本の武器、魔王の木槌。それはアイゼンに託されると共に、銀色の籠手へと姿を変える。それを、アイゼンはアガートラームと名付けた。
 新たなる力を手に、異形の黒鬼と化した虚空に立ち向かう、アイゼン、葉助、百夜。圧倒的な力の差を見せ付けられてなお、3人は諦めずに戦い続ける。共に、守るべきものを守るために、全力で戦う。悪を裁くために、その力を振るう。そしてその戦いのさなか、アイゼンは更なる力に、目覚めるのだった……


「……しかし、その戦いがあだとなって」
 山ン本は再び、溜め息をつく。
「仕方の、ないことです」
 少女が答える。どうやら、鬼族の中でも清く強靭な心を持つ一族、ナモミハギのモモのようだ。その姿は、相変わらず桜をイメージした魔法少女のものだった。今の季節には、それもありなのかもしれない。そしてモモの背中には、アメリカンショートヘアのネコであり彼女の使い魔、デンがちょこんと乗っていた。
「百夜さんは、自分の正義を貫き通しました。それでも、報われない時だってあります。今のあなたも、そうです」
「…………」
「けど、挫けたらそこで終わりじゃないんです。また準備を整えて、戦いに臨めばいい。心が折れないうちは、終わっちゃダメなんですよ」
「お前は、私がまだ終わっていないと、言いたいのか?」
「いいえ。まだ、始まってもいませんよ」
「どういうことだ?」
「あなたはそこで腐っている暇なんかない、ということです。そんなことをしているくらいなら、がむしゃらに行動してみればいい。何かできることがあるはず。それを見つけようともしないあなたは、本当に縁側で日和を眺めているだけの老人ですよ」
「…………」
「まずは、招待されたならきちんと返事を出すべきです。それにお暇なら、皆さんとの交流のためにも焼肉くらい食べに来ればいいじゃないですか。執事の颯さん、野外食のプロなんですよ♪」
「……そうだな、ここ何日か食っておらんし、ただ飯が食えるならそれもいいだろう」
「ちゃんと招待状見てください。参加費1500円です」
「そんなもの、虚空に払わせておけ。それに、現在の通貨など知らん」


 その頃、静かな教室で。
「う〜ん……」
 ひとりの少女が、うめいていた。


 また同時刻、フェルゲンハウアー邸。
 レイヴンがすでに開いている門をくぐると、肉を焼くいい香りが漂ってくることに気付く。
「早速やってるみてーだな」
 広い庭では、颯と稠がいろいろと下ごしらえを進め、シャワーを浴びパーティー用ドレスに着替えているモニカと、既に来ていたセイレンジャーの面々はジュースやコーヒーなどを飲んでいる。コンビニやスーパーで買ってきたものではなく注文したものらしいが、いつも世話になっている業者に頼めばそれ以外で買うよりも安くつく。みんながジュースを飲んでいるところ、ティーダは皿にミルクを注いでもらい、それを舐めている。
「おーい、レイヴン! お前おっせーぞ!」
「お前らが早いんだろうが。約束の時間までまだ40分もあるぜ」
 そんなやり取りをしている2人に、ツバサが聞こえないように「どっちもどっちだ」とつぶやく。そこに、ちせがレイヴンに尋ねる。
「レイヴンさんこそ早いですが、電車が速くついちゃいました?」
「オレは鴉だから、そんな長距離じゃなきゃ電車は使わねぇよ。資料をまとめるのが、少し早く終わっただけだ」
「へぇ〜。相変わらず仕事熱心ですね、バンドもやってるのに」
「まぁな。どっかの誰かさんと違って、遊び半分で仕事なんかしてねーよ」
 レイヴンは思いっきりシュナを見るのだが、当のシュナは「それって誰?」という風な表情で彼を見返す。この男、相当なバカなのか自覚という言葉を知らないのか。
「で、肝心要の主人公は今、どこに?」
 話を切り替えるため、レイヴンはドレスの肩紐をいじっているモニカにたずねる。
「うん。ちょっとね。春休み大変だったじゃない。だから……」
「成る程。学生は大変だな。ま、オレは通信制だし関係ないけど」
「え? レイヴン、高校生だったの?」
「今更!?」


 そこにやってくる、新たなる客。
「おじゃましま〜す」
 それは、クラスメイトにして、トイレの花子さんでもある少女、一ノ瀬丈。学校で会うことの多い彼女には少ない私服での来訪だ。現在の彼女の服装は、春向けのテーラードジャケットに、七分丈ジーンズという、ボーイッシュだがかわいらしいものだ。
「ようこそ、ジョウ! わ〜お、かわいいねぇ!」
「えへへ…… ねーさんにコーディネートしてもらったんだ。」
「うん、オシャレだと思うよ。そうだ、こっちに来てよ。桜の木の前で写真、撮ってあげるからさ!」
 モニカに手を取られ、桜の前に連れてこられる。丈は一瞬足をもつれさせてしまうが、何とかすぐに持ち直すことができた。そして桜の木のそばに来ると、丈は感激し、声を漏らしながらピンク色のカーテンに、心を奪われていた。
「うわぁ…… ………… ……すごく、きれい……!」
 桜を見上げ、感激に浸るる丈。そんな丈の姿を、カメラを持ったモニカが、何枚か撮影する。そんなモニカに気付いた丈は、はしゃいでいたことを照れて、頭を人差し指でかく。
「あ、あははははは…… その、あまりにきれいでさ。」
「うん、分かるよ。ジョウ、とても楽しそうだったし、わたしもうれしいよ。」
 カメラを持ったまま、モニカも、丈と並んで桜を見上げる。
 春風が、桜の花びらと、モニカと丈の髪を、やさしく凪ぐ。桜吹雪が彼女たちを包み、ピンク色に彩る。


 そしてまた、客はやってきた。
 遠くからとんでもないボリュームのエンジン音が迫ってきたと思ったら、門から10台を超える改造バイクが、屋敷の中に押し寄せてきたのだ。そしてそれにまたがる人もまた、特攻服や黒スーツやらデコレーションヘルメットやらに身を包んでいる。そのうち、先頭を走ってやってきた人物だけが、赤い花柄の衣だった。その人物が駆るバイクの後部座席には、また雰囲気の違った人物が座っていた。
「よぉ、招待されたんで来てやったぜ。すき焼きはあるか!?」
「途中で会ったから、乗せてもらったんだ」
 それぞれ、暴走族ワイルドバンチのリーダーを担う少女、河上サツキと、付喪神の獣医、七原優奈だ。。
「サツキさん、七原先生! 待ってたよ。さ、お花見が始まるまでまだ時間あるから、ジュースでも飲んでようよ!」
 そう言ってジュースを紙コップに注ぎはじめるモニカだが、ワイルドバンチのトップ4のうちの1人である岡田八雲が、彼女に言う。
「オレらなんか呼んで、お前の家の評判落ちねぇ?」
「ちょっと不安だけど、あんたたちが暴れなければ心配なし」
「お前らには恩義があるんだ、暴れるかよ。……それにしても、こんなに広いところで花見ってのも、悪くねぇな。去年はスペースを探しては奪い合いだったからな」
「野蛮だなぁ。ま、今年くらいはゆったりと楽しもうじゃない」
 既に、やはりトップ4の1人であり、雰囲気が男の子っぽい少女、中村双葉は、イチゴジュースを1杯飲み干し、メイドに2杯目を注いでもらっている。既に溶け込んでしまっているようだ。
「……何か手伝うことはないか? 招待されてばかりなのも悪い」
 そう言って颯と稠に声をかけるのは、トップ4において最強を誇る大男、田中烈士だった。颯は普通の表情をしているが、稠は少しおびえている様子。以前一度会ってはいるが、上からの視線で見下ろされてはひるむものだ。
「特にないけど…… じゃあ、たまねぎの皮を剥いて切ってもらえたら、きみのリーダーが大好きなすき焼きが早くできる」
「了解だ。ならば早速」
 他のワイルドバンチの面々も、モニカやメイドたちからジュースを受け取り、そのうちの何人かはメイドにセクハラまがいのことをしてサツキと双葉から殺人的制裁を受けている。こんなやり取りも、モニカは楽しく思える。丈も優奈も、女性としてメイドには同情するが、それ以外は特に気にしていない。暴走族という集団がそばにいては、普通は気が気ではないだろうが、彼らは違う。共に、山ン本一派の手ごわい妖怪たちと戦った、今では大切な仲間なのだから。
 ひとしきり騒いだあと、サツキはモニカに言う。
「そんで、あいつは?」
「あいつ?」
「うん。アイゼン」
 すると、モニカの表情は少し引きつる。当たり前だ。サツキが暴走族、もといバイク愛好会のリーダーであることを差し引いても、彼女はすき焼きと同じくらいアイゼンに会うことを楽しみにしているのだから。それを分かっているモニカは、とりあえず胸倉をつかまれることを覚悟して、答える。
「その……」
「ん?」
「できなかった春休みの課題の、補習……」
「…………」
「……つまり、学校からまだ帰ってきてないの」
「で、アイゼンはどこ?」
「……だから、学校に」
「アイゼンは?」
「学校」
「アイゼ」
「学校だって!」




 アイゼンと葉助の精神は極限まで同調し、鮮やかな赤に輝く『調律の使者』となって、かつてない力を振り絞って皆無を葬った。
 ついに勝利を収めた2人。だが、アイゼンには喜ぶことはできなかった。
「おじいちゃん!」
 皆無との戦いで致命的なダメージを負った百夜は、ついに踏み荒らされた雪の中に倒れこんでしまった。
「おじいちゃん、しっかりして! ……早よ、七原先生に診てもらわな!」
 少女の細腕で百夜を抱き上げようとするアイゼン。だが、疲弊しているアイゼンには、百夜はなかなか持ち上がらない。どれほどがんばっても、今のアイゼンには百夜の上体を起こすまでがやっとだった。
「………… ……アイ、ゼン。……わしは、もう、ダメじゃ……」
「おじいちゃん、弱音はダメや! 見たやろ、あんな状態の山ン本さんを治療した、凄腕の獣医の優奈さん。あの人のところに行けば、おじいちゃんは助かるんや!」
「……いや。助からん」
「しっかりしてよ! 弱気になったらあかんよ!」
 泣き叫びながら、アイゼンはなおも百夜を起こそうとする。自分の力では持ち上がらないと分かっていても、それしかできなかった。
「……今、この肉体を維持しているのも、残されたわずかな占事略訣の力で無理をさせているに過ぎん。もうこの体は、長くはないのじゃよ」
「何百年も生きた神様が何を言うんや! 神様がこんなところで死んでええわけない! 諦めたらあかん言ぅたんは、おじいちゃんやろ? それやのに、ここでおじいちゃんが生きることを諦めるん!?」
「バカを、言うんじゃない。神は死なぬ。体が、朽ちるだけじゃ。……だから、アイゼン。わしが再びお前のもとに戻るまでの間、お前に、託したいものがある……」
「嫌や嫌や! そんなもんも言葉も、うちはいらん! ほしくなんてない!」
 もはや絶え絶えの息。いつそれが止まってしまってもおかしくない。それでも百夜は、まるで泣いている小さな子どもを諭すように、続ける。
「朝倉神社の神主としての役目、そしてオラクル・ネットワークの責任者としての役目。……お前に、任せたい」
「え……? うちが、神社と、オラクルの?」
「そして、わしの、力を……」
 すると、百夜は自分の肩をつかむアイゼンの右手に、自らの右手を添える。その途端、暖かい何かが、百夜が触れるアイゼンの手の甲、そして腕、肩を通り、そして全身に広がってゆく。最後に、脳の奥深くに、何かがやってきた。
「えっ、あ、あ……!?」
 脳の内外で、いろんなものが駆け巡る。全身の神経に電気が走る。手足の指先、束ねた髪の毛の先、目や鼻や舌や耳、そして皮膚全体の感覚が一瞬鋭くなり、心臓が飛び跳ねる。肺が爆発するほどの過呼吸を起こす。
「あ…… ………… ………… ……っ!」
 自分の体が分解されたような感覚に陥ったアイゼン。だが、その手はしっかりとまだ百夜を抱え、支えている。そして遠くの世界にトリップしたような感覚から、再び意識を取り戻した。
「今、の……!?」
 アイゼンは『理解した』。
 これは、百夜だけに持つことを許された、特別な力だ。そして今は、アイゼンにしか使うことができない。百夜は、自分が持つ力の全てを、アイゼンに託したのだ。
 アイゼンが動揺していると、百夜はアイゼンの右手を自らの右手で強く握り、そして言う。
「よいな、アイゼン……?」
「えっ!? む、無理や! おじいちゃん、うちにおじいちゃんの代わりなんて勤まるわけないよ! うちはまだ16歳なんよ! うちなんかに、そんなん、できるわけ……!」
「いいや。信じるのだ」
 百夜の視界が、薄れてゆく。もう、アイゼンを見ることもできない。百夜の焦点は合わなくなり、視線がアイゼンからそれてゆく。まぶたが、ゆっくり閉じようとしている。もう、限界だ。
「……お前には、支えてくれる者がたくさんおる。少しずつ、少しずつ一人前になっていけばいい。誰もお前を、見捨てはしない。わしも、ずっとお前と共にある。……だから、信じて進むのじゃ。わしが見込んだ孫じゃ、きっとやってくれる」
「無理や、そんな…… せやから、死なないでよ……! おじいちゃんがおらな、うちは、何もできひん……!」
「アイゼン……」
 最後に、百夜は触れた感覚だけでアイゼンを探り、アイゼンの頬に触れ、耳に、長い黒髪に、触れてゆく。そしてゆっくりと頭を包むと、自分の胸にアイゼンを抱いた。
「ただ強く、前を向くのじゃ……」
 そんな、アイゼンに強く語りかけるメッセージ。
 百夜の遺言だった。

 百夜の手が、雪の中に落ちる。
 泣き崩れるアイゼンを残して。




 ――おじいちゃんは言ぅた。ただ強く前を向けと。
 ――そんなん、できるわけない。うちは強くなんてない。
 ――本当(ほんま)ちっぽけで、たまにみんなが羨ましい。


 アイゼンの慟哭は、空に響き渡る。
 その悲しみを包んでくれるかのように、雪は静かに降り続ける。


 ――せやけど。
 ――うちは、おじいちゃんが期待してくれるなら、がんばるよ。
 ――おじいちゃんがおらんようになっても、おじいちゃんの想いは忘れへん。


 誰も抱きしめてくれない。その寒さは体の奥底にまで染み渡っているはずなのに、心は、不思議と温かかった。
 何故なら、
 弱気なアイゼンの背中を支えてくれる人がいることを、知っているからだ。


 ――本当の家族のようにうちに接してくれたことも、
 ――戦う力をくれたことも、
 ――諦めずに戦うことを教えてくれたことも、
 ――みんなみんな、忘れへん。


 そしてアイゼンは、雪が降り止まない灰色の空の下で、
 いつまでも、いつまでも、泣き続けていた。


 ――ずっと、見とってな。
 ――うちらは諦めんと、続いてく。未来に向かって、迷うことなく。




 そして、日和見を続けていた山ン本は。
 杖を突き、ゆっくりと立ち上がった。
「モモ。虚空を迎えに行くぞ、付き合え。大きな都には、若い女の案内役が必要だろう」
「まったく、魔法少女はコンパニオンじゃないんですよ。まぁ、行く決意が固まったのなら行きましょう。下に大事な人を待たせているんですから」
 モモは多少文句を口にしながらも、階段を下りはじめた百夜のあとを追いかけてゆくのだった。
「あ、あとクレープくらいご馳走しましょうか。おいしい店知ってますよ〜♪」
「甘いものは要らん。……いや、ぜんざい味はあるか?」


 花見が始まる10分前。時刻、午前9時50分。
「遅ぇ」
 誰よりも先にすき焼きを皿に盛って豪快に掻きこんだサツキが、モニカをにらみながら言う。
「そ、そんなこと言われても……」
「お前の財力で何とかなんねーのか? ボロボロになったウラノスを修復した、ケサランパサランって妖怪の力でどうにかなんねーのか!?」
「あの、ケサランパサランはいません。ちなみに、西邊先生はお金で買収できるようなやわな先生じゃありません」
「そうか。なら、力尽くで引っ張ってきてやる」
「やめて……」
 すき焼きの皿と箸を置き、サツキは腰に提げている巾着からバイクのキーを取り出すなり、乱雑に置かれているバイクの群れに向かった。そんな彼女を、モニカは涙目で見送る。連れてきてくれるのはうれしいが、もう少し穏便な方法でやってもらいたいものだ。
 そこに、玉藻が言う。
「あたしたちも行くよ。どうもあの子、血の気が多くて危なっかしいからね」
「あ、ありがとうございます」
「うん。じゃあ隠神、バイクにでも化けな」
「え!?」
 ……そしてサツキと玉藻は、それぞれのバイクにまたがり、アイゼンのいる場所へと向かった。その際レイヴンは、「あれぞまさに、尻に敷く女房と敷かれる亭主って感じだよな」と言い、全員をうなずかせた。


 アイゼンがいる場所……
 桜原高等学校、2年D組の教室。
 日曜日の朝から学校を使っている生徒がいるとしたら、吹奏楽部、および体育会系の部活くらいだろう、しかし、そういう部活は外のグラウンドや専用の部屋や教室を使うもの。通常の授業に使う教室を使う部活は、せいぜいパート別の練習をする軽音楽部や吹奏楽部くらいだろう。
 だが、1人の生徒が数枚のプリントと向き合っている。その生徒を、女性の教師がしっかりと監視している。それも、自分と生徒、2人分のマグカップとコーヒーメイカーを用意しながら。
「あと7枚ですよ、朝日向さん。このままのペースだと、お昼を過ぎてしまいます」
「うぅ……!」
 その生徒こそ、朝日向アイゼンだった。
 相変わらずの白いセーラー服、右手にベルト型アクセサリー、左手にスポーツ用デジアナ腕時計。ブーツの代わりに、ベルトをアクセントとして飾られたブーツカバーを両足に巻いている。長い黒髪は、さわやかな青いリボンでくくっている。
「コーヒーはいかが? 気分がすっきりしますよ」
「飲みすぎると苦いだけなんで、今はただの水がほしいです」
「……いいでしょう。では、お待ちなさい」
 女性教師の名を、西邊佳子(にしべ よしこ)。校則をはじめ何かにつけて厳しく、多くの生徒から恐れられている。また、成績以外では生徒に対して甘いところがある教師たちにも、煙たがられているようだ。しかし一方的に厳しいばかりではなく、こうして真面目に取り組む生徒には細かい気配りも忘れない。
 アイゼンを悩ませているのは、今手元にあるものも含め残り7枚もある、国語(古文)、数学、理科(化学)、社会(日本史)、そして英語の問題集だった。アイゼンの成績は決していいとは言えず、むしろ中の下でこれ以上落ちないようにキープしている状態。それができるのも、学年でトップの成績を誇るモニカが、アイゼンの空いている時間に勉強を教えているからでもある。
 そうしてずっとアイゼンが悩んでいると、腕時計の時刻が、10時を表示した。
「あ〜あ、もう間に合わへん…… みんな、お花見楽しんどるやろな。……はぁぁぁ、颯さんのバーベキュー料理、食べたかったなぁ〜」
 ここまで諦めずにがんばってきたアイゼン。しかし、もう間に合わない。根性でどうにかなる問題ではない。
「しゃあない。気楽に構えるか」
 アイゼンの気持ちが切り替わる。どうせ間に合わないなら、自分のペースで問題を片付けていこう。そう思ったときだった。
「うりゃ〜〜〜〜〜〜っ!」
 誰かが、叫びながら廊下を走っている。女子生徒だろうか。まったく迷惑な話である。そう思っていたら、今しがた西邊先生が出て行った教室のドアが、音を立てて乱暴に開いた。
「ひゃっ!?」
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
 アイゼンは驚き、シャーペンを投げ出してしまう。そして何とか開いたドアのほうを見ると、何と、そこにはサツキがいたのだ。そして、その両脇には大工のような格好の隠神と浴衣姿の玉藻がいる。
「オッス!」「迎えに来た」「お勉強中、失礼♪」
「さ、サツキさん……! それに、隠神さんに玉藻さんまで!?」
 3人の名前を呼び、なお動揺するアイゼン。そんなアイゼンに、サツキは右手のひらを上にして右手を差し出す。
「アイゼン、ここにきてお座り、お手、おかわり」
「いや、冗談かましている場合ですか!?」
「だったら早く来い。バーベキュー始まるぜ」
「……はい。せやけど、まだ問題残っとるし」
「バカ。そんなプリントならまたあとで解きに来ればいい。花見は今日しかできない。分かるよな?」
 そんなことを言われても、今ここを出て行ったらあとで西邊先生にどんなお仕置きをされるか、その恐怖は計り知れない。プリント100枚では済まされないだろう。
 アイゼンがおろおろしていると、背後からサツキに声をかけるものがいた。
「誰ですか、あなたたちは!? ……補修の邪魔です、帰りなさい」
「あ? あんた誰? 女○の教室のマヤ先生のモノマネだったら、結構似てんじゃね?」
「何をわけの分からないことを」
「あたしは、アイゼンを連れ去りに来た。オッケー?」
 連れ去るって、それじゃあ悪役の台詞になりますよ。アイゼンは更に困惑するが、そんな混乱状態を収拾したのは、葉助だった。
「《心配ござらん、サツキ殿》」
「アイゼン? いや、その口調は」
 葉助、と言いかけてその口をつむいだ。マヤもとい西邊先生は、葉助については認知していないはず。余計な混乱を招きたくない。
「《こうなっては仕方ない。百夜様からいただいた『占事略訣』、使って乗り切るしかなさそうでござる》」
 そう言って、葉助はアイゼンのシャーペンを拾い、それを右手に持ち直す。そして体はアイゼンが取り戻し、そして大きく息を吸い、心の奥底に封印している、百夜から受け継いだ陰陽道の奥義、占事略訣を紐解くのだった。
 本来、占事略訣は、陰陽師などが民間人を災厄から守ったり、福を呼び込んだり、悪を祓ったり、目に見えないことを解き明かしたりするための、『占事』の文字通り、儀式や占いに使うもの。それを、いかさまに使おうというのだ。
「まあええ。おじいちゃんかて人ん家に勝手に上がりこんでお茶を飲んだり茶菓子失敬したりしとったくらいや。うちもやったる。職権乱用、ここで一丁やらいでかぁぁぁぁぁぁあああっ!」
「いきなし江戸弁!? お前キャラおかしくなった!?」
 そこにツッコミを入れるサツキと、何がなんだかよく分からないでいる西邊先生、そして隠神と玉藻を置き去りにして、アイゼンは次々と問題を片付け、そしてわずか3分で、すべてのプリントを教卓に叩きつけてしまうのだった。


 その頃、フェルゲンハウアー邸。
「遅いね、アイゼンたち……」
 家庭用グリルで焼きあがった焼肉をついばみながら、モニカはつぶやく。その右側には丈が、左側には双葉が座り、それぞれ焼きそばと牛カルビを皿に盛っている。
「それにしても西邊先生、相変わらず課題忘れた生徒に厳しいねぇ」
 そうつぶやくように言う丈に、モニカが答えた。
「ま、夏休みと冬休みにあんだけしごかれたら、みんなそうなるよ。わたしだって春休みが始まってすぐに、こうなりたくないからすぐに片付けたし」
「不安だなぁ。朝日向さん、特に最近は勉強不足だから」
 丈がそううつむきながら焼きそばをついばんでいると、丈とそんな彼女と共にアイゼンを心配するモニカを、颯がやさしく励ます。
「大丈夫。アイゼンくんは、多少遅れても来ますよ」
「颯……」「颯さん……?」
 そう言う颯は、鉄板の上にいくつかある、大量のサラダ油で焼いている白く平たいものを、金属のへらでひっくり返す。中国のお焼きで、名前を『焼餅(シャーピン)』という。餃子のようなひき肉や野菜を混ぜた具を、水で溶いた小麦粉に包んで鉄板の上で焼くというものだ。それを次々に返してゆきながら、自信満々の笑顔で言う。
「なんてったって、アイゼンくんはどんな逆境をも跳ね除けて絶対に帰ってくる、強い子ですからね。アイゼンくんの友達であるお嬢様たちが信じなくて、誰が信じるのですか?」
「………… ……うん、そうだね、颯。じゃあ、食べるペースを落としてもう少し待ちますか」
 稠の判断で、颯が担当しているすべてのシャーピンは中華柄の大きな皿に重ねられた。そして颯がスペースを空けて行くそこに、稠が新たなシャーピン生地を放り込んでゆく。
「さあみんな、次々に食べていってくれ。今からピットを開く、ここからがバーベキューの本番だ!」
 とうとう、颯がバーベキュー・ピットを開く時が来た。その瞬間を心待ちにしていた一同は、盛大な拍手、口笛、叫びで祝う。
「颯。ピットの中では何を焼いてるの?」
「はい。ピット1台ずつ、豚肉の塊が数個、七面鳥が2羽分、北京ダックとなるアヒルが1羽分です」
「うわ〜、颯ってば大奮発! 北京ダックなんて、わたしでもあまり食べたことないのに」
 この他に焼餅や焼きそば、サツキの大好物であるすき焼きなども用意してあるのだ。それだけの量を、オラクル・ネットワークのメンバー、モニカをはじめとする民間協力者、ワイルドバンチの面々、そしてフェルゲンハウアー邸の使用人、この人数で食べようというのだ。食べ尽くせるかどうかは分からないが、残ったら後日、フェルゲンハウアー邸の全員で食すつもりでいる。今日中に食べきれるだろうか。そうモニカは不安に思う。
「さあ、開けるぞ。どうなって、いるのか、な……ッ!?」
 颯がピットのハンドルに手をかけようとした、その時だった。


「え?」


 なぜかピットのハッチがひとりでに上へと開き、そしてハンドルは颯の額に直撃、そのまま、颯は吹っ飛ばされる。と同時に、
「ふわああああっ!」「あんだってぇー!」「待てぇ――――っ!」「どゆことぉぉぉぉおお!?」
 そのまま、アイゼン、サツキ、隠神、最後に玉藻が、ピットの中から飛び出してきたのだ。そして支えの棒などないハッチは、4人が飛び出すと共に重力に従って乱暴に閉じてしまう。
 そして、アイゼンとサツキは颯の両脇に沿うように転がり、その彼らの足元で隠神は敷物のように這い蹲り、そんな隠神の背中に誰よりも上手に玉藻が着地した。しかも、アヒル座りで。
「きゅ〜〜〜〜……」「はわわわわ〜……」
 アイゼンとサツキは、仲良く目を回していた。それも、アイゼンのスカートはめくれ上がって、またしてもかわいらしい『ねこパンツ』がお披露目される。更に今回はサツキの衣まではだけて、強烈な破壊力を持つものがのぞいて見える。アイゼンとおそろいの、『ねこブラ』だった。
「アイゼン、皆さん!?」
 駆け寄ったモニカと丈は、すぐさまアイゼンと颯とサツキを介抱し、優奈が持参の救急セットで颯の額を手当てする。レイヴンとツバサは、駆け寄っては来たもののただ眺めるだけで、隠神の背中にまたがる玉藻をどかそうともしない。そのほか、ワイルドバンチのメンバーがぞろぞろとよってきては、アイゼンたちの心配をする。
「お、重い……」
 ぽけーっとしている玉藻の下から、そんな隠神の声がする。大工姿だった変化は解け、大柄な人型タヌキの姿に戻っている。
「………… ……この、失敬な」
 玉藻も変身を解くと同時に、持参のお手玉をハリセンに変化させ、それで頭を10発ほど容赦なく叩く。このやり取りは、レイヴンたちオラクル・ネットワークの面々は見慣れているため、「またツンデレDVが始まった」くらいにしか思わない。


 何とかその場の収拾がつくと、アイゼンは何故こんな登場のし方をしたのかを説明した。
「おじいちゃんが『扉』の力を使えるんは、みんな知っとるやろ? それを使(つこ)てみたんやけど、慌てとったもんで、行き先指定するのすっかり忘れて、しばらくみんなそろって闇の中をダイビングしとったんや。そこでようやく、モニカん()のほうに座標を合わせたら、この潜水艦みたいなかまどにつながった、っちゅうわけ」
 理解のしやすさは、そこそこだ。全員が縦に首を振るが、その犠牲となった颯は額に湿布を貼り付けて、北京ダックをそいでいる。
「えっ、ええと、颯さん。ほんますみません。悪気はなかったんです、うちのミスなんです。慌てなかったらこんなことにはならなかったんです。叱ってください」
「言い訳しながら叱ってくれって言うのもどうかと思うけど…… まあ、大丈夫。額は切れてないし、僕は怒ってないから。ハンドルがゴム製で本当に助かったよ」
「ほんますみません……」
 アイゼンが小さくなっているところに、そろそろこの気まずい空気を払拭しようと、モニカがベンチを立ち、手を叩こうとした。すると、こんな時になって新たなる客がやってきた。
「おー、みんなそろってるね!?」
 そう能天気な声を張り上げて登場したのは、魔法少女のコスチュームのままの、モモだった。その傍らに、相変わらず裃姿の山ン本五郎左衛門と、赤くかわいらしい振袖に身を包んだ少女がいた。
「あ、モモさん、山ン本さん! と、その子は誰……?」
 アイゼンとレイヴンが駆け寄ってくる。モモと山ン本がいるのはいいとしても、この少女は知らない。長くつややかな黒髪を持ち、毛先はきちんと切りそろえられ、珊瑚の髪飾りまでしている。アイゼンのように、山ン本に孫がいるとは聞いていないが。
「……儂じゃ、虚空じゃ! この現代文化かぶれのナモミハギの奇々怪々な術で、このような人間の女子(おなご)にされてしまったのじゃ!」
「こ、……虚空って、あの?」
 アイゼンも2度対峙した、あの汚らしい作務衣に身を包んだ堕邪鬼、虚空。それが、アイゼンをはじめ虚空を知る者の強い印象。それが、こんなにかわいらしい姿になってしまったなんて。そんな虚空に、モモは「せめて魔法って言ってよ……」と軽くぼやいていた。
「ふん。笑いたければ笑え、小娘!」
 頬を膨らませ、本当の少女のようにふてくされる虚空。そんな彼、もとい彼女に、アイゼンは頬を赤く染めて、思わず素直な感想を口走ってしまう。
「うわぁ、綺麗…… まるで雛人形のお雛さまみたいやわ……」
「へっ……? 儂が雛人形? ……止せ、照れるではないか。好きでこんな姿になったわけではない」
 そうアイゼンの感想を跳ね返す少女・虚空だが、そのそっぽ向いた表情からは、まんざらでもなさそうな雰囲気が伺える。
 そうしていると、モモは踵を返しながら、アイゼンに言う。
「もーひとりお客さんがいるよ。アイゼンに」
「へ? うちにお客さん? これ以上誰かおったかな?」
 そう言って、モモは一度門の外に出て、その人物の腕を引っ張ってきた。
 その人物は、グレーのスーツに黒い革靴という服装で、左腕にそれなりに上等な腕時計を左手首に巻き、左手には営業用のカバンのほかに、上半身を覆い隠してしまうほど大きなテディベアを抱えている。顔は、うかがい知れない。が、人間の親しい知り合いだったらここにいるメンバーのほかにいないはず。アイゼンは怪訝に思う。
「わたしが持ってましょうか? それじゃあ顔も合わせられませんよ」
 モモが言うと、その男性は「そうだね」とだけ言い、少しかがんでモモにテディベアを渡す。そしてようやく、素顔を見ることができた。
 その素顔に、
 アイゼンは心から驚かされた。


「やあ、アイゼン」


 身長は、170ほどだろうか。オールバックにした髪には白髪が濃く目立ち、黒縁メガネのレンズは厚い。顔には年齢から来るしわが刻まれ、特に口元のほうれい線が深い。やさしい雰囲気のある目つきは、どこかしらアイゼンに似ている。
 そして、人形のほうに印象が向いたため、彼の右手に気付かなかった。スーツの右袖に腕は通されておらず、ふわふわと風に揺らめくだけだった。そして右身ごろが持ち上げられた瞬間にだけのぞいて見える、人の肌の質感とは程遠い義手が装着されていた。
 その人物が誰なのかを理解したアイゼンの目に、涙が浮かんだ。
 そう、
「………… ………… ……お父、さん……?」
 アイゼンの父。
 彼の名前を、朝日向藍之助(あいのすけ)という。
「済まない、遅くなった」
「……ううん、ええんよ」
 その途端、アイゼンは走り出した。そしてぶつかるように、体いっぱいに藍之助に抱きついた。
「うわっ!?」
 勢いに負け、庭に倒れこむ藍之助とアイゼン。青々とした草が舞い、葉の香りが春風とともにふたりの鼻腔をくすぐる。仰向けに倒れた藍之助の目には、青い空に舞い踊るアイゼンの黒い髪が映る。そして実感する。娘の体温を。
「あははは。僕が覚えているアイゼンは、簡単に受け止められたのに…… アイゼン。大きくなったね。僕の知らないうちに、とても成長した」
「……ううん。うちは、まだまだや。みんながおって、みんなに支えて(もろ)て、何とか立っていられる、ちっぽけな子ぉや。でも、でも……!」
「ああ」
 藍之助はアイゼンを起こし、自分も何とか上半身だけを起こすと、アイゼンの目をしっかりと見つめた。
「僕も、これからは支えてあげよう。アイゼンがいつか、お母さん…… 悠然のような、立派な女性になるまで。だから、今までの分、いっぱいいっぱい甘えていいんだよ、アイゼン」


 モニカが、手を叩く。
 その傍らで、丈と山ン本が続く。
 その波紋は、レイヴン、ちせ、シュナ、ツバサへ。
 やがて、颯、稠、優奈へ。
 サツキ、八雲、双葉、烈士へ。
 隠神、玉藻、モモ、虚空へ。
 ワイルドバンチのみんなへ。メイドのみんなへ。
 そっと離れてきた葉助へ。舞い降りた悠然へ。そっと見守る百夜へ。
 使い魔と精霊である、電波ネコとティーダも。
 大勢の拍手に、アイゼンは祝福された。




 かつて孤独を選ぼうとした少女は、
 もう、孤独ではない。













『第七章 We’ll carry on! 〜さあ、続いてゆこう!〜 急』














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