戻る
タイトルへ戻る



−         −



 どうも、石積ナラです!
 とうとうこの時がやってまいりました、最終決戦!
 がしゃどくろのストーリー同様、長くなっちゃった今回のラストバトルパート。序・破・急の3段階に分けてつづられるこの物語は、山ン本側と百夜側、二大勢力の決着であると同時に、アイゼンの弱い自分との戦いの決着でもあります。
 アイゼンが取る漆黒の調律銃、シュティンムガーベル。それは単なる戦いのための武器ではなく、戦いを通じて仲間との絆を深め、想いを束ね、未来を切り拓くための力となり、原初の音色となるものでした。
 帰る場所がある。守りたいものがある。信じてくれる人がいる。未来を託してくれる人がいる。……だから戦う。決して楽ではないし、とても辛くて痛くて押し潰されそうになる、それでも今を生きる。がむしゃらに戦い続けてきたアイゼンは、結んできた絆の分、強くなれたと信じています。


 ウォーリアー・ガール、本編最後のあとがきでは、この物語、ウォーリアー・ガールができるまでを紹介したいと思います。
 ……はじまりは2009年1月初め。
 よし、次は学園+妖怪バトルものを作ろう! と思い立ちました(結果、学園から飛び出してしまいましたが)。このころ、デュアルワールドが納得できるように行かず、苦戦していた時期でもありました。「デュアルに萌えがない! ほかにも問題ありすぎだ! どうしたらいい!?」ともがき苦しんだ果てに、このような結論に至ったわけです。「やっぱり今できることを書こう。TSらしさは第4楽章とAG(アナザージャンル)に持っていけ、それまでバトル尽くしでいいや♪」……なんだかウォーリアーでも同じ徹を踏んでいるくさいぞ!?
 そして並行執筆しはじめた、ウォーリアー・ガール。この頃、リレー小説『くろす・あこーど』の世界観固めの作業もあり、トリプル並行って感じでしたでしょうか。
 そしてウォーリアー・ガールの最後は、日本おいて最強の妖怪をラストボスに置こうと思い立ち、ウォーリアーの構想メモを書き始めたとき、真っ先に流離太さんに相談したのです。
 ――『ウォーリアー・ガール』ってタイトルで妖怪バトルものを書きたいのですが、流離太さんの知る中で、最強の妖怪を紹介していただけないでしょうか?
 そのときに流離太さんに紹介していただいた妖怪こそ、魔王・山ン本五郎左衛門です。エピソード5のあとがきでも触れたとおり、山ン本は神ン野とともに魔王の座をかけて人々を驚かせるバトルを繰り広げていた人物です。そして、驚かせることができなかった稲生平太郎に魔王の小槌を明け渡し、さらに彼への助力も誓いました。
 このウォーリアー・ガールで、力比べ好きの筋肉バカと位置づけたのは、僕自身が絶対的な悪人を書きにくいこと(デュアルワールドのイロウルには、参考になった版権キャラがいたので楽だった)と、稲生物語の人物像のことから山ン本を完全なる悪者にしたくないという思いがあったからです。そこから、本当のラストボスに、山ン本とは異なるキャラを置いたわけです。……そう、あの皆無です。
 このほかにも、ウォーリアー・ガールを作る上で流離太さんにはいろいろ相談させていただきました。流離太さんがいなければ、これはきっとまったく別の物語になっていた(それも破綻気味)か、あるいは企画倒れとなっていたことでしょう。


 それでは次に、今回の物語ウォーリアー・ガールの背骨となった、山ン本五郎左衛門以外のもうひとつの要素を、ご紹介します。
 アメリカのロックバンド、『My Chemical Romance(マイ・ケミカル・ロマンス)』様の楽曲、『Welcome to the Black Parade(ウェルカム・トゥ・ザ・ブラック・パレード)』という曲があります。この曲は、大切な人の死を描きながら、その向こう側で力強く、そして前を向いて歩き続ける力を与えられるような、そんな詩がつむがれています。
 静かに始まるピアノメロディーからなるプレリュードが終わった途端に轟くパンクな爆音、そしてそれとともにつむがれる悲しくありながら魂を揺さぶる歌詞、キーチェンジ後の最後のブリッジパート、行進曲のような曲調が織り交ぜられたメロディー…… 最後の壮大な大合唱は息を呑むほどの凄まじさです。歌詞を見なければ単純に「ノレる」、ウォーリアー・ガール執筆作業用BGMになっていたりもします。
 ブラック・パレードの歌からは、僕の中でウォーリアー・ガールの物語を形作る「イメージ」となる部分を拝借しています。なので、ぜひこのブラック・パレードをBGMに乗せて、これまでの戦い、そしてここからの最終戦を読んでいただくというのも、いかがでしょうか。


 残る章、破と急。
 これにて、ウォーリアー・ガールは、いったんおしまいです。
 しかし、この世に人々を脅かす、悪意や悪霊がいる限り、アイゼンの戦いに終わりはありません。山ン本事件が片付いたに過ぎないのです。
 本編があと2本、あとがきはこれで終了ということで、最後は感謝とお別れの言葉で締めくくりたいと思います。
 今回の物語、ウォーリアー・ガールを書くに当たって協力してくださいました流離太様。
 アイゼンの大阪弁を監修してくださった担当様。
 そして、ウォーリアー・ガール全七章&番外編をここまで読んでくださいました皆様。
 本当にありがとうございます。夜空より深く、心から感謝しています。


 最後にっ!
 ウォーリアー・ガールが終わっても、アイゼン、モニカ、颯、葉助や、愉快で個性的過ぎる仲間たちと、これからも仲良ぉしたってやーっ♪




ウ ォ ー リ ア ー ・ ガ ー ル

作:石積ナラ





『第七章 − We’ll carry on! 〜さあ、続いてゆこう!〜 破』



 山ン本の脇腹から緋色の物体を狂ったように笑いながら引きずり出す皆無。信じられないものを見ているかのように震え上がる百夜。そして内容物をすべて出し尽くしてなお胃液を嘔吐するアイゼン。
 百夜との戦いで疲弊した山ン本五郎左衛門は、忠実なるしもべと信じていた皆無によって、心臓を食らうべく脇腹をえぐられていた。
「はーっはっはっはっは! これを食せば、山ン本様の力はこの我のもの! ……ん?」
 やっと意味のある語を口にしたかと思えば、皆無は左手に持ったそれを凝視する。すると、酷く表情を歪ませ、悪態をつく。
「何だ、これは。肺ではないか。まあよい、肺だけでも充分の力を持っている。心臓は、あとからいただくとしよう」
 そこからは、まるでこの世のものとは思えない光景だった。
 ……『食っていた』。
 肉食動物が荒野で獲物を食いちぎるかのように、皆無は山ン本の肺をむさぼっていた。これがとどめとなり、アイゼンはとうとう痙攣を起こしながら床に倒れ、気絶してしまう。
 そんなアイゼンの前に立った百夜は、皆無に問う。
「どういうつもりじゃ、皆無! 五郎は貴様の主ではないのか!?」
「然様、我が山ン本様の忠実なしもべであることに変わりはない。山ン本様の思想を受け継ぐこともこれまで通りだ。しかし、その山ン本様がこのようなガラクタでは意味がない。ゆえに、我は山ン本様の思想、力、地位、そのすべてを受け継ぎ、第二の山ン本五郎左衛門として日本の頂点に君臨してやるのだ。
 しかしそればかりだと思うなよ、ぬらりひょん。貴様の孫はその光の矢で、我の角を折りよった。我が誇りたる角を負った報いは、必ずくれてやる。魔王と呼ばれし山ン本五郎左衛門様の力で、貴様らには絶望という二文字をくれてやるのだ、ありがたく思うがいい!」
「……バカめ、何が山ン本様の意思を次ぐ、だ!? 忠実な部下でありながら、五郎のことを何も分かっていない! 貴様はただの、愚か者じゃ……!」


 一方で、外ではレイヴンたちがピンチに陥っていた。山ン本側の妖怪に囲まれ、逃げようにも逃げられない。ティーダが道を開くために敵を蹴散らした途端、残った敵はいっせいに攻撃を仕掛けてくるだろう。そうなったら、戦力を持たないレイヴン、お気楽なシュナ、銃弾切れを起こしたツバサでは、勝ち目はない。
「畜生! このザマは何なんだ!」
 レイヴンが自棄になって叫ぶと、ツバサが冷静な口調で彼を諭す。
「ここは降参するしかねぇって、レイヴン。敵も命まで取りはしないだろ。それに、オレたちの当初の目的は果たせたんだ。あとは、百夜さん(うえ)に任せようじゃんか」
「保障はどこにある? 降参してもすぐに殺されるかもしれない」
「どうせじっとしてたって凍えるだけだ」
 意見を分裂させてしまうレイヴンとツバサ。だがそこに、シュナが相変わらずのんきな口調で口を挟む。
「どっちもしなきゃいーんだよ」
「は?」「え?」
「こう言えばいい。『俺たちはあんたたちに敵いません。武器は向けないので、あなたたちも武装を解いてください』。どうよ?」
 どう考えても、それは降参だ。
 正義のレンジャーにあるまじき、それは降参だ!
 一瞬でもシュナに期待した自分がバカだった。ふたりはがっくりと首を落とすッ!
シュナ(あのバカ)を連中の中に放り投げて、その隙にティーダに乗って逃げるっていう案、どうよ」
「悪くねぇ。ティーダは責任を持ってこのツバサ様が飼ってやるぜ」
 半分冗談、しかし半分本気だった。


 すると。
「……いーや、諦めるにはまだ早いみたいだね?」
 遠くから聞こえてくる、謎の爆音。空気と地面を伝わり、胸の中に直接振動が伝わってくる、低い音が連続して鳴り響いている感じ。
 これは、バイクのエンジン音だ。それも、1台や2台ではない、10台以上もの大群となって、そのエンジン音は押し寄せてくる。
「……こりゃ、まさか!?」「ああ! あの時の暴走族どもだ!」
 そして、次にクラクションが鳴り響いた。ぱーっ、ぱーっ、ぱぁぁーっ、と何度も繰り返して。すると、レイヴンたちを取り囲んでいた妖怪たちは一斉に周囲をその音が鳴る方を向いたかと思うと、そちらからどんどんあわてながら散っていってしまう。中には、タイヤや前に突き出たヘッドライトに吹っ飛ばされる妖怪もいる。
「うらうら、そこんとこ退()きやがれ! この河上サツキ率いるバイク愛好会、ワイルドバンチの、御通りだぁぁぁぁああっ!」
 改造バイクに乗って現れた集団、暴走族もとい、バイク愛好会ワイルドバンチ。そのリーダーである河上サツキが、右手でハンドルを持ち左肩に旗を担いで、爆音を轟かせながら先頭を走る。そこに岡田八雲、田中烈士、中村双葉が続き、更に黒ヘルメットに黒特攻服というワイルドバンチのメンバーが続く。
 しかも旗を掲げている旗棒は、あの、がしゃどくろを封印していた『封印の金剛槍』。どうやら、修復して再び旗棒として使っているようだ。さすが、自他認めるアンティーク大好き少女だ。
 サツキたちトップ4は、レイヴンたちのそばにバイクを止め、ヘルメットのシールドをずらす。驚きを隠せないレイヴンたち。だが、ティーダだけはゆっくりとサツキに向き直り、その場に座った。
「よぉ。ちせっていうあの北海道の精霊に呼ばれて来てみりゃ、とんでもねーお祭り騒ぎじゃねぇか。参加させてもらうぜ?」
「何がお祭りだ! この状況を見てみろ。山ン本側の連中にこれからいたぶり殺されようとしていたんだぞ!? しかも、お前までその中に飛び込んできてどうすんだ!」
 レイヴンは怒鳴るが、そんな彼にサツキは「ちっちっち♪」と指を振って舌を鳴らす。見てみれば、ワイルドバンチの下っ端メンバーは妖怪たちが持つ刀や槍よりももっと物騒な武器(あえて言わない)を手に敵を威嚇しながら、細いながらもレイヴンたちが通るための道を作っている。
「助けてもらっといてずいぶんな挨拶じゃない、八咫烏さん。他にも、オラクル・ネットワークとやらの応援はいるんだ、早く乗りなよ!」
「……ったく、命知らずが」
 レイヴンは使えなくなったギターがしまわれたケースを揺さぶり、ツバサは構えていたウィンチェスターを背負う。シュナはどうやらティーダに乗って脱出するらしく、ティーダの体を縮めてその背中にまたがる。だが、そんな彼らを逃がすまいと、山ン本側の妖怪たちはいっせいに武器を掲げ、更にワイルドバンチにまで襲い掛かろうとしていた。
「んでさー、サツキぃー」
 そこに、双葉が言う。
「ん?」
「あいつら全員、ぶっ殺していい?」
「んー…… ………… ………… ……あんたの好きにしていいヮ」
 サツキは涼しい顔で答えるが、双葉のその残酷な言葉に、八雲、レイヴン、ツバサ、シュナは震え上がり、烈士はため息をついた。


 一方、隠神と玉藻は。
 ライカンスロープと猫又との戦いに苦戦していた。ライカンスロープはまるで人間のようにクレイモアを振るうため、うかつに近づけば爪よりも鋭い切り傷を負ってしまう。猫又はその実力が玉藻に匹敵するため彼女らの幻は通用しない。しかも、俊敏性だけなら2匹(ふたり)とも、隠神と玉藻以上だ。
 そしてすでに、隠神は剣による切り傷だらけ、玉藻は爪による引っかき傷だらけだった。ふたりとも、体や衣服に血がにじみ、痛みと寒さで目がかすんできた。
「わしも老いたかな…… 畜生、それでもこんなところで負けておれん!」
「そうよ、あの若い子たちだってがんばっているってのに、あたしたちがここで倒れるなんてできますか!」
 闘志だけは失わない。しかし、隠神と玉藻は、満足に動けない状態でライカンスロープと猫又に挟み込まれてしまっていた。
 ……逃げ道、なし。どうする。
「ええい、こうなったら最後の手段じゃ」
「隠神、何かいい策でも?」
「おう! ……変化の術!」
 なぜか隠神は懐から新たなるミカンを取り出し、それを目の前に掲げる。するとどうだろう、隠神の体全体から爆発するように煙が現れ、彼の体全体を包み込んだ。
 一瞬ひるむライカンスロープと猫又。そして煙に包まれた隠神を見つめる玉藻。何が起こったのだろう。玉藻たちが凝視する中、その晴れてゆく煙から現れたのは。
「『必殺・イロジカケ』。どう? あたし、き・れ・い?」
 それは、浴衣を着崩して色気のあるポーズを決める美女の姿。しかも、金髪碧眼。
 そう、美女に化けた、隠神の姿だ。まぁ何とも、なまめかしいことで……
 玉藻はその有様に、頭を抱えてうずくまった。
「………… ……この、ドスケベバカ野郎」
 だが落ち込むのは玉藻だけであり、美女に変身した隠神に興奮したのかライカンスロープは力いっぱい雄叫びを上げる。しかもクレイモアを持たない左手で、何故か「ビシィッ!」とサムズアップを掲げながら。
「さあ、この色気に惚れこんだならおとなしく跪いて俺の足でも舐めるがよ、いぃぃ!?」
 ところが、ライカンスロープは跪くどころか剣を放り出して身ひとつで隠神に襲い掛かった。その目は敵意ではなく、オスの卑しさに満ちていた。自分で仕掛けておきながら、敵のその形相に恐怖する隠神。すかさずミカンを取り出して斬馬刀へと変化させ、それを叩きつけてくれようと、大きく振りかぶった。
「この愚か者めがぁぁ!」
 ……隠神、人のことは言えない。
 すると、そんな隠神の脇を通り過ぎる、銀色の光があった。それはあまりに鋭く、反射する光は細い一本の絹糸のように美しく輝く。その軌跡は、まさに隠神に襲いかかろうとしていたライカンスロープの体の中を、瞬時に通り過ぎていった。
「術式終了!」
 女性の声と共に、スニーカーが地面をこする音が響く。そして同時に、銀色の軌跡も途切れる。ライカンスロープの向こう側にいたのは、なんと切れ味のよさそうなナイフらしきものを持った、ひとりの人間らしき女性だった。
「間一髪、間に合いましたね。大御所様方?」
 どさり、と雪の中に埋もれるライカンスロープ。その向こうにたたずむ女性は、この寒さから身を守るコートではなく、医療従事者の制服である、白衣をまとっていた。
「な……!?」「あなた、人間じゃないわね……?」
 ぱちん、とグリップの中に刃を納めた白衣の女性は、驚きに満ちた隠神と玉藻の問いに答えた。
「はい。わたしは、付喪神の七原優奈というものです。獣医であり、朝日向アイゼンちゃんの紹介で最近オラクル・ネットワーク直属医師となりました。以後、お見知り置きを」
「お、おぉ……」「よろしくねー?」
 あまりの出来事に、彼らは呆然とした。
 突然現れ、ライカンスロープを一瞬にして雪に沈めた優奈。そんな彼女に、玉藻が尋ねた。
「ところであんた、その短刀で一体何をしたのさ?」
「はい。これは短刀ではなく、ゾウの体も簡単に切れるメスです。意地汚いオオカミさんには、しばらく動けないように手足の筋肉に軽く傷をつけておきました」
 あの一瞬でそんな細かいことをやってのけるとは、獣医というより熟練した剣豪のようだ。そう、隠神も玉藻も思ったそうだ。
 すると猫又は、何を思ったか唐突に隠神たちがいる場所とは別の方向に向かって走り出した。そこは、なんと公衆女子トイレ。何故、ネコがそんな場所に用があるのだろう? 次から次へと起こる奇妙な出来事に、化かすはずの狸と狐は逆に化かされたように錯覚していた。
 そこに駆け寄ってくる、小さな影。それは、黒いセミロングヘアと色白の肌を持つ、童顔の少女だった。
「七原先生、あいつはトイレに閉じ込めておきました!」
「ありがとう。……あ、紹介します。アイゼンちゃんを通じで知り合った、あの子のクラスメイトの一ノ瀬丈ちゃんです。一応、トイレの花子さんとしての力も持っているみたいです」
 付喪神の獣医にトイレの花子さん…… このトンデモ展開に、ふたりは確信した。化かされた気がするのではなく、間違いなく化かされたと。
「よ……」「よろしくねー?」


 そのころ、虚空は。
「よし、決めた! おれ、政治家になるよ」
「へっ?」
 大学生の一大決心を聞かされていた。しかも、まだ山ン本のことを凄腕の政治家だと思っているらしい。
「きみみたいに小さい子がすごい職につけるなんてすごいと思ってさ、おれも負けていられないと思ったんだ。きみが秘書を務めている山ン本なんたらって人には敵わないかもしれないけど、おれもきっと立派な政治家になって、この日本を、そして世界をもっと平和な世の中にしてみせる。争いのない、誰も理不尽に悲しまない、そんな世の中になったらいいなって、みんな思うじゃんか?」
「は、はぁ……」
「そして!」
 なぜか事務所の机に足を乗せ、仰々しく拳を振り上げて叫んだ。
「きみみたいな可愛い子を秘書に雇う! そして結婚する! そう、きみみたいにねッ!」
「待てぃ! 儂は山ン本様と結婚したとは言っておらん、と言うかかの方と結婚など恐れ多い! 何じゃその勝手な妄想は!? ……いや、できるのであれば光栄じゃが、って儂は何を考えておる!?」


 東京ウラノス、展望台。
 山ン本の肺のひとつを食い尽くしたことで、皆無の体に循環する力は、戦う前の百夜と山ン本をはるかに凌駕していた。その循環に、皆無自身が制御することもままならないが、あふれ出る力の渦によって高圧力の霊力の波動が吹き荒れ、百夜も攻撃を仕掛けるどころではなかった。
「ははは、なんということだ! 肺たったひとつだけで、すさまじい力が我の中を駆け巡っている。体が破裂しそうだ。山ン本五郎左衛門様の真の力は、それほどまでにすさまじいというのか!?」
 すると、皆無の体に亀裂が走る。まさか、体が霊力に耐え切れずに爆発でもするのだろうか?
 事態を恐れた百夜は、懐から8枚の札を取り出し、それをアイゼンの体の周囲に投げつけた。その札には、すべて複雑で不思議な模様が描かれていた。
「いでよ、我が式!」
 すると、8枚の札は煙を上げて小さく爆発し、まるでアイゼンを3頭身の人形にしたような式神が現れた。
「式よ、鉄の(かご)(エレベーターのこと)までアイゼンを運べ。わしも五郎を連れて、すぐに行く!」
 式神たちは「いえっさ」と元気よく答え、そして痙攣しながら気絶している重症のアイゼンをエレベーターへと運び始めた。そして百夜も血の海に沈んでいる山ン本を背負い、着物が血に染まろうと、構わずエレベーターへと向かった。
 一方、あふれそうな力を必死に制御している、まったく動くことのできない皆無が、百夜を止めようと手を伸ばす。だがその手は百夜に届かず、宙をつかむだけに終わってしまった。
「畜生、待て! 心臓が、心臓がまだ……!」
 ボロボロと砕けてゆく、皆無の体の表面。こんな状態でまだ強欲に力を求める皆無は、もはや力の亡者としか言いようがない。そんな、力に飲まれてしまった有様の皆無をよそに、百夜、山ン本、アイゼンの3人は、エレベーターのドアの向こうに消えていってしまった。


 山ン本がウラノスに施した結界が破れたため、エレベーターは一切降下せず、エレベーターの扉を閉じてすぐに開くと、1階のフロアへとつながっていた。そこでは、衣装こそボロボロだが、すべての山ン本側の妖怪を倒し山のように積み上げ、柱や壁に寄りかかっていた颯とモモの姿があった。
 エレベーターのドアが、何の前触れもなく開く。そんな出来事に、颯もモモも驚くが、それよりも驚いたのはその中から出てきたふたりの人物。それは、傷だらけの百夜と、左脇腹を大きくえぐられた老人だった。
「百夜さん!」「どうしたんですか!?」
「話はあとじゃ。モモと颯は、アイゼンと山ン本を頼む。わしは他の者たちをすぐに避難させなければならん。早く!」
 彼らはようやく、この老人が山ン本五郎左衛門であることと、そして足元にいつの間にか小さなアイゼンのような姿をした式神に運び込まれていたアイゼンの存在を知った。すると式神は、力尽きたようにバタバタと倒れてゆき、小さな煙となって消えてしまった。
「了解しました、アイゼンくんは僕がお連れいたします!」「この人が、山ン本五郎左衛門…… それにしても、これって……」
 さすがのノーテンキ魔法少女モモも、山ン本の酷い有様には眉をひそめずにはいられなかった。


 ウラノスの外に出ると、そこにはレイヴンたちのほか、百夜の知らない暴走族たち、そしてウラノスを取り囲むようにして立ちふさがる妖怪たちの群れがあった。
 すると、ツバサが百夜の存在に気付いた。そして彼女は、コートを翻しながら百夜の元へと駆け寄る。
「じっちゃん! よかった、もう決着はついたのか!?」
 そう笑顔で言うツバサ。だが、そんな彼女に百夜は険しい表情を向ける。途端に、ツバサの表情が徐々に凍りついてゆく。もはや、返事は必要なかった。
 そして百夜は、簡単に一言、その場にいる全員に告げる。
 そう、全員。オラクルメンバーだろうと山ン本一派だろうと関係なく。
「危険じゃ、逃げろ」


 ウラノスから程遠くない、大きな公園。
 そこに、百夜をはじめとするオラクル・ネットワークの面々や彼らの協力者、山ン本の配下の妖怪、そして暴走族ワイルドバンチのメンバーが集まっていた。その中にはモニカとちせの姿はなく、携帯電話のテレビ電話機能を使って会話している。
 重体である山ン本は、この極寒の中で展開された医療用テントの中で優奈の治療を受け、手術のために開けた胸と皆無によって貫かれたわき腹も、きれいに縫合された。現在は、牛鬼に預けられている。
「皆の者、よく聞け。オラクル・ネットワークの局員たちも、五郎一派の者も、全員じゃ」
 百夜は、言葉を続ける。
「もはや、わしらが争ったところで何の解決にもならん。今なすべきは、五郎の力をいたずらに手にした鬼、皆無に制裁を下すことだけじゃ」
 無論、山ン本がこの有様では戦いなど続けていられるわけがないだろう。
 百夜の言うとおり、戦いとは将棋と同じ、王将のコマさえ打てば、勝負は決したも同然。しかし、今回はそういうものではない。敵軍の王将、山ン本が信頼する部下によってこんな有様にされたのだ。
「しかし、今のわしひとりでは、あの皆無には敵わん。当然、皆が束になってかかろうとも無駄であろう。……そこで」
 そう言うと、ちょうど優奈に手当てをしてもらい終えたアイゼンのほうを見た。
 ふたりの視線が、合う。
「アイゼン。全てを、お前に託そう」
「………… ………… ……ほぇ?」
 突然言われた言葉、全てを託す。
 アイゼンはただ、呆然としていた。そしてその場に居合わせた妖怪、精霊、一同がざわめく。
「人間の子どもであるお前に無理難題を押し付けることは、重々承知しておる。だが、この場で今、誰よりも勇んで戦えるものはお前しかおらん。いや、お前にしかない、希望と可能性があるのじゃ」
「うちにしかあらへん、希望と、可能性やって……?」
 唐突にそんなことを言われたのでは、アイゼンも戸惑う。こんなにたくさんの妖怪たちがいる中で、なぜ自分が選ばれたのだろう? 自分にしかない可能性って、一体何なのだろう?
 だが、アイゼンが疑問に思う時間を、百夜は与えなかった。
「アイゼンにしかできぬことなのじゃよ。その調律銃は、いかなるときもお前を勝利へと導いてきた。それは、お前自身の力でもあり、そして今支えてくれている人々の力でもあるのだ。
 並みの妖怪同士など、誰も支え合いはしない。妖怪とはそれぞれが孤高の存在なのじゃ。ゆえに、自分よりも強い者の前には余りに非力。しかし、人間は妖怪にはない、手と手を携え、心を絆で結ぶ特別な力を持っておる。その絆はやがて大きな力となり、いかなる強敵さえ討ち果たすものとなるだろう。
 思い返してみるがよい。アイゼン、お前はいつもひとりで戦ってきたわけではなかろう。支えてくれる者がいて、その者のために力を振るってきたはずであろう。そして、今もそうするのじゃ。守りたいもののために戦え。自分が信じるもののために力を振るえ。それが、わしがお前に託した力であり、お前が望んだ力じゃ」
「おじいちゃん……」
「できるな、アイゼン?」
 アイゼンはしばし呆然とし、そして右手で銃を取る。吸い込まれるほど深い漆黒のパーツでできている、調律の銃。アイゼンはそれに、調律の道具である道具、すなわち『音叉(シュティンムガーベル)』と名付けた。
 シュティンムガーベルは、まるでアイゼンの体の一部であるかのように、常にアイゼンの右手の延長にあった。そして、その銃こそが絆をつないだ。戦いを通じて、たくさんの友達が増えた。守りたいものが、たくさん増えた。いつもその右手で響かせてきた、銃声という名の単調な音は、アイゼンの絆をつなぐ、原初の音だった。
 果たして、アイゼンはしっかりとした視線を、百夜に向けた。
「……戦うよ」
「よし! それでこそわしの孫じゃ!」
 百夜の目つきは未だ険しい。しかしその口元には、満足そうな微笑を浮かべていた。一方のアイゼンは、緊張気味だった。
「ならば、行こうか」
「……ううん、ちょっと待って」
 百夜がウラノスに足を向けようとしたとき、アイゼンは牛鬼のそばにやってきた。その両目が見据える先は、牛鬼が両手に抱きかかえる、山ン本五郎左衛門だった。
「アイゼン?」
「ごめん、牛鬼さん。ちょっと背ぇ高いから、しゃがんでな」
「……かしこまった」
 牛鬼はとんでもなく大きな図体をしている。アイゼンの前にひざまずいてようやく、牛鬼の腕に横たわっている山ン本が、アイゼンの顔の下に来る。山ン本は今、フリースの布を何重にもかぶせられ、体温を保たれている。
「山ン本五郎左衛門さん。ひとつ聞きたいんや。その前に、うちも言いたいことがあんねん」
「…………」
 優奈の緊急手術を受け、霊力も自分の眷属から分けてもらったとはいえ、山ン本はまだ動くことはできない。両手を自分の腹の上で組み、視線だけをアイゼンに向ける。
「うちら、オラクル・ネットワークは、人々の、もちろん妖怪たちも合わせた、みんなの平穏な生活を守るために戦っとる。仕事はえらいキツイし、死にかけたこともあった。せやけど、うちはこの仕事に誇りを持っとる。そして、自分なりの正義を掲げて戦っとる。
 ……うちの正義は、大切なもんを守ることや。友達、家族、お世話になった人、そんなみんなとの絆。みんな大切なもんや」
 山ン本はまぶたをわずかに動かし、うなずく。
「………… ……葉助も、言ぅてくれました。葉助の正義は、うちを守ってくれること。うちと一緒に、うちが大切に思う友達を守ってくれること。戦うのは、誰かを力でねじ伏せるためにあらず、逆に、そのような者から守るために、力を振るう。戦うからには、絶対に後悔してはならぬ。そう、葉助は言ぅてます」
 そして一呼吸置き、アイゼンは山ン本に訪ねる。
「山ン本さん。あなたの正義って、なんですか?」
「………… ……そうだな。自分の手に、余る力に、溺れ…… 曇り、きった、眼を…… 覚ますこと、だろうな…… ……そう、かつてのように、手前勝手に、わしの大切なものを、奪った、人間どもに、したように……」
 しゃがれた声で、答える。
「そうですか。ありがとうございます。
 ケンカって、どっちも正しいと思わな、できんことなんです。うちらが戦ったのも、どっちも自分こそが正しいと思ぅとるから。けど、ケンカが終わったら案外気持ちはスッキリするもんで、そしたら相手の考え方を聞いて、こっちの考え方を言ぅて、仲良ぉなるんです。何が間違ぅとるとか、そんなんは多分、ない」
「間違いは、ない……?」
「だって、両方とも正しいんですから」
「…………」
「せやけど、人を傷つけ、人の心を恐怖で支配するんは、ほんまもんの正しさとちゃう、独裁や。人を力と恐怖で押さえ込む独裁は、あってええはずがない。うちはそう思います。でもって、相手に対して心を閉ざしたまま、自分の言い分だけを押し通そうとするのもあかん。それやとずっとすれ違い続け、解決なんてせぇへん。
 山ン本さん。あなたの正義、『曇りきった眼ぇを覚ます』、それをやってきます! 力に溺れたアホな子ぉを、ふるぼっこにしてきます。ハリセン100発お見舞いしてきます。あなたの痛みを、思い知らせてきます。せやから!」
「……私は、お前に…… してやれことは、少ない。悔しい、が……」
「充分です。ただ、待っててください。みんなと一緒に」
 アイゼンは、微笑みかけた。畏れ多くも、300年以上も前にその名を馳せた魔王に対して、あどけない笑顔を向ける。そんな彼女に、山ン本は「ふん」と軽く鼻を鳴らし、視線をそらしてしまう。
「……若き、調律師よ。………… ……私の、右手。その左手で、取れ……」
「右手を? あ、はい……」
 アイゼンは言われたとおり、自分の左手で山ン本の右手に触れた。この極寒にさらされ、あまりに冷たかった。しかし、さすが魔王と呼ばれた山ン本、このような有様になっても、握り返す力はアイゼンが顔をしかめるほどに強かった。
「私の力を、託す……」
「え!?」
 アイゼンが聞き返す暇もなく、バリッ! という鋭い音を響かせ、まるで高圧の電気が左手から全身に駆け巡るような衝撃と痛みが駆け巡った。それに一歩、二歩と後ずさりし、雪の中にスカートからしりもちをつくアイゼン。何が起こったのか、まったく把握できていない。
「いたたたた…… なんや? 何が起こった、ん……!?」
 アイゼンの、左手。
 そこには、銀色に輝く鋼鉄と頑丈な革でできている、まるで籠手(こて)のようなものが、装着されていたのである。一見すると重そうな籠手だが、アイゼンが軽々と左腕に振るっていることから、実際はそれほど重くないのだろう。
「これは……?」
 そのアイゼンの問いに、しゃがれた声で、山ン本が答えた。
「……私が、『魔王』と呼ばれる、ゆえんになった、特別な力だ。……私のときは、巨大な、(つい)だったが、お前には、その形を、成したようだ……」
「持ち主に合った形になる、っちゅうわけやね。決めた!」
 アイゼンは雪を払いのけ、そして左腕を灰色の雲が被い尽くす空に掲げる。
「これの名前、『アガートラーム』!」
 調律銃に『シュティンムガーベル』と名付けたように、自分に与えられた新たなる力にも、名前を付けた。それが、白銀の左腕、アガートラーム。
「私にできることは、それだけだ。……あとは、お前が望むように、ここで待っていよう……」
「はい!」


 魔王の力をアイゼンに託した、山ン本五郎左衛門。
 最後に笑顔を浮かべ、アイゼンに皆無の打倒を願い、そして意識を手放した。
「山ン本さん!」
 アイゼンは叫ぶが、牛鬼はかすかに微笑んで首を横に振る。
「案ずるな、アイゼン。山ン本五郎左衛門は、ただ安息の中にいるだけだ。……肺をひとつ奪われた山ン本に、あまり無理をさせてはいけない」
「そう。よかった……」
 アガートラームを左手に、シュティンムガーベルを右手に。これから強敵に立ち向かうことになるアイゼンは、優しい笑顔で山ン本の寝顔を見つめる。だが、そんな山ン本を牛鬼は片方の腕で覆い、できるだけ体温を逃がさないようにすると、再び立ち上がった。
 もう、これ以上誰も傷つけさせない。そのために、自分が戦わなければならない。
 初めは、葉助しか頼れる人がいなかった。だが、今では多くの人が支えてくれている。モニカも、丈も、ワイルドバンチのみんなも、レンジャーも、優奈も、モモも、そして大勢のオラクル・ネットワークのメンバーも…… そんなみんなを守る役目を、自分は百夜に選ばれた。ならば、やるしかない。自分がその心に抱く誇りと、正義を、戦うための力に変えて。


 アイゼンと百夜は、走り出した。
 あとのことは、携帯電話越しでモニカが仕切る。
「皆さん、まずは避難してください。山ン本さんが特に危ないですから、わたしの家に来てください。ちせちゃんが今から『扉』を繋ぐので、その公園の北にある、石積ビルまで急いでください。ワイルドバンチの皆さんは、バイクのまま突っ込んできて構いません。高さにだけ注意してください」
 その電話には、レイヴンが答えた。
「分かった。山ン本を優先させて、負傷の多いヤツから先に運ぶ。自力で帰れるヤツはそのまま返す、お前の負担が大きくなるだろ」
 そして、次にサツキが電話を代わった。
「がしゃどくろの時といい、今回といい、またあんたに世話になるな。アイゼンが帰ってくるときのために、準備して待ってような?」
「……はい。では!」
 そして双方、通話を切る。
 サツキはその携帯電話を、持ち主である優奈に返そうとして、それを一瞥する。この混沌とした携帯電話は、見ているだけで引いてしまう。ゴチャゴチャ提げられたキャラクター物のストラップに、やはりキャラクター物のドット絵。この獣医はどんな趣味をしているのかと、じとっとした目つきで優奈を見つめてしまう。
「……返す」
「どうも。それにしても、あなたみたいな可愛い子が暴走族のリーダーなんて、すごいわね。一晩中愛でてあげたい♪」
 優奈、例の発作を起こしたようだ。息が荒い。
「遠慮する」


 東京ウラノスとは大通り一本隔てた、『あおぞら広場』。
 色とりどりのレンガやコンクリートブロックが敷き詰められた上に、今は真っ白な雪が覆いかぶさっている。ベンチがいくつかとオブジェがひとつあるだけだが、かなりの広さがあり、敷地の外側には黒いフェンスと植木が並んでいる。
 ウラノスの展望台には大きな穴が開き、そこから黒い大きな人影が、トラス構造の白い柱を伝い、地上に降り立った。
 その黒い影の体格は、ただでさえ大柄な牛鬼をも上回る。筋肉ははちきれんばかりに盛り上がり、頭には角が復活し1本の禍々しく長い刃物のようになっている。両の目は鮮血のように赤く染まり、口からは白く鋭い牙がむき出しになっている。両手には意味のある文字や図形が赤い輝きを放ち、それは手の先から肩の方にかけて、徐々に侵食していっている。その身にまとうものは、巨大な鳥の妖怪から羽根を引ん剥いて作り上げた腰布のみ。
 ……そう。
 その人物こそ、皆無だった。
 現在の皆無の姿はあまりに禍々しく、かつ恐ろしいものだった。
「なんと、おぞましき姿よ……!」
 刀を抜いて黒い巨体を見上げる百夜。そして皆無の視線が、百夜を向く。
「ぬらりひょんか。己の孫とともに、山ン本様の力を得たこの我に立ち向かおうとでも言うのか? ならば寝言は寝て言うものだ。もっとも、今から永遠に眠らせてやるがな」
「ふん。いたずらに力を得たものは妙に口が達者じゃ。よかろう、それができるものならばそうして見せよ。そう簡単にくたばるぬらりひょんと、その孫ではないわ!」
 赤く光る描写の侵食は、二の腕の辺りで止まる。そして、それをアイゼンも百夜も知っている。あれは。
〈経文。それも、闇の側に特化した経文や。山ン本さんの力を、あれで制御しとるんやな。それとも、あれこそが山ン本さんの本来の力…… まあええ、どっちでも。今すべきはただひとつだけや!〉
 アイゼンの目が青く輝き、その先を葉助が継いだ。
《応! 皆無を倒す、それのみでござる!》
 先手を打ったのは、皆無だった。両腕を振り上げ、そのままアイゼンと百夜めがけて叩きつける。だが、ともにそれを回避する。アイゼンの体を支配した葉助は、カートリッジ2発分を消費して光の刃を出現させた。
「《アイゼン殿。……そなたの皆を守りたいというその御意思、真に見事なものでござる。ならば》」
 荒れ狂う皆無。彼の目は血走り、両腕に力を集中させる。アイゼンと百夜を、まとめて薙ぎ払うつもりのようだ。
「《拙者はアイゼン殿を、武士の誇りをかけてお守り致す!》」


 戦いは、激化する。
 雪を溶かすほどに、過熱する。
 圧倒的な力の前に苦戦するアイゼンたち。それでも、諦めない。諦めるわけにはいかない。立ち向かわなければならない。


 ――そうや。


 戦いのさなか、アイゼンは思っていた。


 ――諦めたらあかん。戦わな、何も守れへん。うちらがここで倒れたら、みんなのうなってまう。
 ――うちらは選ばれた。妖怪ぬらりひょんにして、朝倉百夜という神様である、おじいちゃんに。それは名誉なことやけど、特別なこととちゃう。うちは、ただの人間、みんなと比べたらえらい小さく、非力な存在。みんなに支えて(もろ)て、立っとるのもやっとの子どもや。


 力でねじ伏せようとする皆無。だからこそ、隙は大きい。一撃による破壊力とその余波は、先ほどまでの皆無の実力との比ではない。近付くことさえ容易ではない。しかしそれさえくぐれば、圧倒的な力に溺れた心が生み出す防御の隙間に、狙いを定めることができる。その時こそ、攻撃のチャンス。
 皆無は、百夜めがけて禍々しい豪腕を振り下ろす。だが、百夜をかばうようにアイゼンが立ちふさがり、彼の前に立って左手を掲げる。すると、鋼鉄の甲冑アガートラームが放つ不可視のバリアが、皆無の拳を阻む。そしてその衝撃はそのまま跳ね返り、皆無の右腕をきしませた。
 ひるむ皆無。その隙にアイゼンと百夜は左右に分かれ、皆無をはさむように立つと、それぞれの得物を向けた。百夜は式神を操り無数の自分たちの分身を発言させて敵を翻弄し、本物のアイゼンと葉助が多方面から銃撃と剣術で皆無にダメージを与えてゆく。
 そしてそのアイゼンと葉助の攻撃も、碧水晶に宿された占事略訣によって格段に上がっており、それ以上に闇の力を中和、消滅させる働きを持っていることもあって、着実に皆無の力を殺いでいっている。


 ――アイゼン殿はもちろん、拙者も諦めるつもりはござらん。山ン本殿は申された。自分の手に余る力に溺れ曇りきった眼を覚ますと。そして我等は誓った。山ン本殿の代わりに、我等がこの曇りすぎて何も見えてない目を、覚ましてみせると!


 皆無の方がアイゼンと百夜の力を凌駕しているはずだ。それなのに、いつしか皆無は窮地に立たされていた。  1発の銃弾によるダメージは小さく、葉助の光の刃、百夜の刀さえ致命傷どころか深い傷を負わせることさえ出来ない。だが、小さいダメージが徐々に蓄積し、皆無の動きは次第に鈍くなってゆく。
 誰もが、傷は酷い。特に深刻なのは百夜で、左腕と右わき腹に深い傷を負っていた。皆無の手から放たれた雷の弾の攻撃にさらされ、左手の刀で受け流そうとしたが刀は折られ、皆無の雷の弾は腕を貫きわき腹を突き抜け、負傷してしまったのだ。
 血がとめどなく流れ、白い雪を緋色に染め上げる。しかし、百夜の身を案じるアイゼンも葉助も、それでも攻撃の手を休めることはなく、皆無の防御のほころびを見つけて容赦なく攻撃する。


 ――さあ、皆無よ。やってみせよ!
 ――お前(じぶん)なんかに、うちは倒されへん。その代わり、自分のその曇った目ぇで、よぉ見とき。
 ――アイゼン殿がつむいできた、幾多の絆を束ねて力に変え、そしてその力を以って、貴様を倒す、その瞬間を!
 ――うちを支えてくれとる、みんなの想いの全てを、この一撃に!


 両手で、銃を握る。
 そう、あのがしゃどくろとの戦いのように……
 葉助との同調が進み完全に金髪碧眼と化したアイゼンは、これまでにない速度で皆無の攻撃をかいくぐり、そして皆無の大きな腕を足場に空中へと飛び、空中でひねり回転を決め、その勢いで皆無の胴に、その刃を向ける。
「なっ……!?」
「《うおおおああああああ!》」
 葉助による、とてつもなく重く鋭い一閃。それは、度重なる攻撃と闇の力の中和で脆くなった皆無の体に、大きな亀裂を生んだ。更に、アイゼンは銃をキーリセット、カートリッジリロードし、連続してトリガーを連続で引き、6発を全て消費、莫大な霊力をすべて開放する。
「ぐはっ! ………… ……こんな、こんな人間の小娘にぃっ!」
 黒々とした血を吐き、よろめく皆無。何とか体制を整え、再び拳を振るおうとしたとき、すでにアイゼンは銃形態のシュティンムガーベルを構えていた。
 しかしそのアイゼンの姿は、通常の黒髪でもなければ、葉助が支配していたときの金髪碧眼でもない。
「その姿は……!?」
 これまでのアイゼンの姿とは、まったくかけ離れているものだった。
「貴様…… ………… ……貴様、何者だ!?」
 皆無のその問いに、『彼女』は、答えた。
「拙者か? ……拙者は、朝日向アイゼンであり、鳴神葉助でもあり、されどその一方(どちら)でもない。ただ貴様を倒すためだけに存在()る、調律の使者だ」
 その色は、赤。
 髪は宝石のルビーのような鮮やかさと透き通るような輝きを帯び、瞳は夕焼けの太陽のように鮮やかさとほの暗さを併せ持つ。そして目つきも、若干葉助のものに近いが、そのまなざしには少女の愛らしさも歴戦の武士の殺気も感じられない。
 まさに、『まったくの別人』。
 そしてその調律の使者は、そのみずみずしい唇に微笑を浮かべ、そして最後の言葉をつむぐ。




「さらばだ、欲深き者よ」




 恐怖する皆無の心臓めがけ、
 引き金は、引かれた。




  - W a r r i o r   G i r l -
   T o   b e   c o n t i n u e d !




戻る
タイトルへ戻る

□ 感想はこちらに □