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ねこのえさ

作:石積ナラ





////////////ねこのえさ////////////


 オレがリビングでテレビを見ながら笑っていたときだ。
千里(せんり)、ラベルのない缶詰、知らないか?」
 父親が帰ってくるなりただいまも言わずに玄関から半ばあわてた様子でキッチンに駆け込み、そう叫ぶ。よほど腹でも減っていたんだろう。
「それがどしたの?」
「ああ。ちょっと必要でな」
「……悪い、オヤジ。学校から帰ってきて食っちまった。腹ペコだったんでさ」
「ああ、だから見当たらないのか。………… ……なにぃっ!?」
 そう叫んだ途端、父親はオレのところに駆け込み、足をつかむなり逆さづりにして、揺さぶるなり腹を殴るなり、まるで人をサンドバッグみたいに扱いやがった。
「いでっ! げほっ! てめ、オヤジ! 自分の飯のおかずが先に食われたからってそれはねぇんじゃねーの!?」
「何を言っている、千里! あれは実験用の猫の餌だ!」
「は!?」
 オレをやっと開放してくれた父親は俺の顔を見て、なお叫ぶ。
「あれはな、特殊な餌なんだ。ステロイドホルモン分泌障害に悩む人への新薬のサンプルを混ぜてある。それが、最後のサンプルだったのに、ああぁ、1から作り直しかよ……」
「わっ、悪かった、オヤジ! 俺にできることならなんでもする。実験に付き合えというなら喜んで。飯を作ったり肩をもんだりするのなんて問題ないぜ! だから許してくれよぉ」
「……まあ、過ぎたことだ、仕方がない。明日から残業になるから、家のことはよろしく頼む。しかし、猫を実験媒介に使うために少量しか混ぜていなかった。たぶん人体に影響はないと思うのだが……」


 だが、その一週間後。
「胸が…… ち○○が……!」


 さらに一ヶ月後。
 俺のクラスはざわついていた。
「えー、ずっと入院していた千里くんですがー、今日から女の子として復帰することになりました。じゃあ、千里くん改め千秋(ちあき)ちゃん、ここらで自己紹介、ぱっぱと済ませちゃいなさい?」
「うるさーいっ! 俺は、せ、ん、り、だぁぁぁぁぁぁあああっ!」




 以上、改訂版でした。




////////////それはきんし!////////////


 俺がリビングで勉強をしていたときだ。
「千秋、カウンターの上に出しておいた味噌、知らないか?」
 父親がテーブルにキュウリを山積にした皿を置き、俺に言う。その赤味噌をつけて食う予定だったのだろうか。あ、ちなみに「俺」なんて一人称を使っているけど、半年前、父親の会社が開発していた新薬のプロトタイプを食って女になってしまった。
「それがどしたの?」
「ああ。ちょっと必要でな」
「……悪い、オヤジ。さっき食った晩メシの味噌汁に使った」
「ああ、だから見当たらないのか。………… ……って、またなのかぁっ!?」
 そう叫んだ途端、父親は俺のそばに駆け寄り、またしても足をつかむなり逆さ吊りにして、ゆさゆさとものすごい勢いで揺さぶった。母親に買ってもらった(無理やり押し付けられた)スカートはめくれ、とってもかわいらしいショーツが父親の目の前に晒されている(はず)。
「あうあうあうあうあうあうあうあう! てめ、オヤジ! どこの弩スケベ野郎だ、そんなに女のパンツ見たければお袋のにしやがれ!」
「何を言っている、千秋! あれは酵素培養に用いていた廃棄処分直前だった味噌だ!」
「は!?」
 オレをやっと開放してくれた父親は俺の顔を見て、なお叫ぶ。
「今回の研究目的はな、食文化の発展はもちろん医療にも使えないかという実験にもちいる特殊な酵素を培養することなんだ。培養機が故障したので、仕方なく我が家(うち)で自然培養することにした」
「またしても最後のサンプルとか言わないよな……?」
「言わないが、タイプCが失われてしまった。ほかにも米、麦、とうもろこし、ジャガイモ、そして味噌の原料である大豆でも培養中だが」
「じゃあこのキュウリは何なんだ。味噌をつけて食おうとしていたんじゃないのか!?」
「これは糠漬けだ。いい具合に漬かっているからお前と食おうと思って」
 紛らわしいんだよ……


 そして、その日の晩。
 俺は下痢を、父親は嘔吐を繰り返したことで、便所は臭くなりバケツ1つに異様なものが溜まっていた。


 さらに翌日。
「おはよっ、パパ。いい朝ね♪」
「ああ、千秋。今日は遅刻するんじゃないぞ」
 俺、もとい、あたしはすっかり男が抜け、オヤj、もといパパはとても若々しくなった。




 以上、2つ目のネタでした。




////////////毒見と言うけど毒なんて見られません////////////


 ある日、親戚のお兄ちゃんが遊びに来た。
「よぉ、千里! すっかり可愛くなっちまって!」
「もう、今のあたしは千里じゃなくて千秋だって言ってるじゃない。……でも、ありがと、叶おにいちゃん」
 お兄ちゃんの名前を、(かない)。彼女をとっかえひっかえしては金欠に悩む、遊び人。
「まぁ、パパが帰ってくるまで時間があるからご飯食べちゃいましょ。冷蔵庫に明太子があるから、それをおかずにしよっか」
「いいな。俺、辛いもん大好きなんだ!」
 そう言って、あたしと叶お兄ちゃんはご飯1膳に、明太子、ありあわせの材料で作った野菜炒めで夕飯を済ませた。ちょうどそこに、パパが帰ってきた。
「ただいまー。おぉ、叶くん、来てたのか」
「お邪魔してます、おじさん。この明太子、うまいっすね。アンキモよりも深い味わいがたまんないっす!」
「ほう、それはよかった…… って、よくなーい!」
 そう言ってパパは、あたしと叶お兄ちゃんのそれぞれ右足と左足を引っつかんでリビングで振り回した。遠心力のせいで胃の中のものがどんどん上へ上へと押し戻される。
「あうあぅぅおああえいあえぁいあえ! 何するのよパパ! またスカートがめくれあがっちゃうじゃない、エッチ!」
「バカ言うんじゃないよ…… あれは」
「もしかして、また何かの酵素の培養媒介とか言うの!?」
「いや、あれは珍獣チーギスベンナという魚の肝臓だ、明太子などではない。フォアグラに取って代わると言われている珍味の候補として取り上げられているんだ。それを、それを食いやがって……!」
「パパの仕事ってどんなの!?」
「まあ『すごい仕事』とだけ言っておく。今回ばかりは八つ当たりせずにはいられるか、お前らよくも無断で食ったなぁぁぁぁああ!」
「パパの分も残ってるから怒らないでよ!」
「うぐぅ…… ちっ、ちくしょぉ。しょうがないなぁ、それで我慢してやるぅ……」


 だが、その日の晩。
 あたしはなんとも無かったけど、パパと叶お兄ちゃんがすごい腹痛に襲われ、あたしが呼んだ救急車で病院に運ばれることになった。


 その3週間後。
「ただいま、千秋。今日からパパじゃなくてママになっちゃったけど、よろしくね? はぁ、マジかよ……」
「千秋、千秋、どうしよう。俺、女と遊んでも女になる気なんかねぇよー!」
 女性になってしまったパパ、もといママはそれから女性らしく振舞うために上司に女性生活修行を頼み込み、叶お兄ちゃ、もといお姉ちゃんは…… 壊れた。




 以上、新しいネタでした。




////////////錬金術冷蔵庫////////////


 ひとり暮らしをしているオレは、久しぶりに実家に帰ってきた。
 一年前、この家を出たときは本当にごく普通の家庭だったはずだ。だが、今となっては近所でも評判の一家になっているらしい。
「ただいまー」
「あら、お帰りなさい、和一(かずと)
 そう言って出迎えたのは、オシャレな女の人。
 だが、半年前までは父親だった。……はず。
 ――なんだってそんなに女らしくなってんのさ。
 ――しかもエプロンはフリルにネコ柄……


 リビングに行く。
「あ、おかえり、かずにーちゃん!」
 今、ちょこんとテレビの前のソファに腰掛けてアニメを見ているのは、妹の千秋。コイツも、半年前までは弟の千里だった。
 何でも、加工食品会社に勤める父さんが作った薬品のせいで、こうなってしまったんだとか。
「ただいま。おい、せん…… 千秋。家の中なんだから帽子脱げよな?」
 千秋は、黒いふわふわのキャスケットをかぶっている。鍔にはハトメが通され、ピアスみたいに銀色の輪が通され、帽子の左脇にはいろんなバッジが飾られていた。
 ――帽子にバッジか。RPGの能力付加アイテムみたいでいいなぁ。
 ――今度、オレのカバンにも試してみるか。
「あ、忘れてたー! あたし最近、帽子が必需品なんだよね。だってさー」
 その帽子を脱ぐと、これがすごいことに。
「ネコミミ飛び出ちゃうからー♪」
 よく見ると、スカートからも黒いシッポが飛び出している。
 ――ネコミミ万歳!
 ――……って待て! これも父さんの発明した薬品のせいか!?


 思い出した。
 そういえばいとこの叶のやつも、父さんの会社が作った薬品のせいで女になって、今じゃ男を引っ掛けてばかりなんだよなぁ。


 家族4人そろっての食事。
 今日のご飯は、今じゃ「ふたり目の母親」な父さんと、ホンモノの母親である母さんの、両方が作った。
 父さんが魚の煮つけ、母さんがチャーハン。……うん、イメージ的には逆の料理を作ったほうがぴったりだと思うんだけど。
 母さんは、ロックバンドのサポートメンバーをやっている。だから髪をセットしたり化粧で顔を整えたりするよりも、「カッコカワイイ」系の服を選ぶために鏡の前で格闘していることが多い。しかも言動も男っぽい。
「久しぶりじゃーん、かず。フリーターやりながら夢追いかけるのもいいけど、彼女のひとりでもできたのぉ?」
「それが、これだっていう子、いないんだよねぇ」
「いいじゃん、職場のかわいい子連れ込んで手料理振舞えば。そのために、小学生の頃から炒め物とか煮物とか味噌汁とか、教えてあげたんだから」
「あ、そりゃありがと……」
 それは、ひとり暮らしのスキルとして充分役立っております。
 ……ん?
「なぁ、母さん。このチャーハン、いつもと味、違わね?」
 母さんがいつも作る五目チャーハンにしては、甘すぎると言うか、なんと言うか。
「そぉ? あたしは結構好きだけどな、ママのチャーハン。もちろん、パパのオムライスも大好きだよ♪」
「千秋、そういうことを言いたいんじゃない」
 ちなみに千秋は、父さんのことを「パパ」、母さんのことを「ママ」と呼ぶようになった。たまに父さんは、電話でオレに愚痴を言ってくる、「ママと呼んでほしいのに、妻にその呼び名を取られた」と。おい、父親の自覚持てよ(つか手放すなよ)。
 もうひと口食べてみる。
 うん、やっぱり甘いよ、この味付け。
「そう? いつもどおりなんだけどなぁ、手順。……しいて言うなら、気になったのが」
 ――原因あるんかい!
「千秋が昼間、遊びに来てた友達に肉野菜炒めをご馳走しちゃって、今夜使おうと思っていたお肉がなくなったから、奥にあったヤツを引っ張り出して。それがスーパーのトレーじゃなくて皿に乗っけられてラップかぶせられたのが気になっ」
 そこまで言うと、言葉が完成しないうちに、父さんがテーブルの上のチャーハンをすべてひっくり返し、台無しにした。更に、スカートがめくれるのも構わず、母さんの両足を持ち上げて逆さ釣りにし、ゆさゆさと揺さぶり始めた。
「なっ、何すんの!」
「何するのはこっちの台詞よ! あのお肉、次の薬剤を作るための実験用だったんだから! フィルムに『使用禁止・食用にあらず』って書いてなかった? みんな、今すぐ吐き出しなさい、食べちゃいけませんっ!」
「えー!? ……そう言えば、何か書かれていたような、マジックで」
 その後、父さんは「研究が振り出しじゃない……」と言って嘆いていた。


 その日の晩。
 同じご飯を食べたはずなのに、オレだけが猛烈な吐き気に苛まれ、一晩中トイレにこもっていた。何度コックをひねったことか。


 更に、一週間後。
 オレはまた実家に帰ってきていた。
 しかも母さんにギターを持たされ、パンクロリータのドレスを着せられていた。
「うん、どこに出しても恥ずかしくないロックガールの完成だねっ!」
「え……? これが、オレなのか……」
「はい、『オレ』って言うごとにペナルティ追加、あと3点で罰ゲームね、(なごみ)?」
「なごみじゃねぇ、オレは和一だぁぁぁぁぁぁあああっ!」
「はいペナルティーね?


 一方、千秋の方は。
「ねぇねぇ、かずにー…… かずねーちゃん。わたし、夜でもよく目が見えるようになったんだ。これで夜のおしっこも怖くない!」
 お前、まだ幽霊とか怖がってたの!?
 そんな千秋の目は、日本人らしい黒に、ネコっぽい金色を帯びるようになり、瞳は縦に切れ長、夜であってもラグビーボールのような形をするようになってしまった。
 ……何なんだよマジで、この女所帯。




 以上、いろいろヤバいネタでした。




////////////ぱにゃにゃんだー!////////////


(それは、まだ千秋にネコミミと尻尾が生える直前、そう、本当に直前のお話)


 最近、あたしの家の近くのスーパーでは、米が高い。
 その代わり、豆乳が安い。
 ええい、買い物カゴに、豆乳を投入だ♪


 日曜日の朝、学校もパパのお仕事も休み。
 ママは、ロックバンド『Hase(ハーゼ)』のサポートメンバー(ちなみにベースだ)として、ツアーに行っている。
「おっはよー、千秋…… ごめんね、昨日は朝ごはんの食材、何も買ってなくて」
「大丈夫だよ、パパ。あたしがさっき、買ってきたから。お昼はあたしが作るから、朝はこれにしよ?」
 テーブルの上には、さっき買ってきた豆乳。更に、シリアルフード。
 250ミリは入る大き目のマグカップに、シリアルを入れ、そしてその上から豆乳をかける。それを、小牛のエンブレムがついた「銀のさじ」でざくざくとかき混ぜ、シリアルがやわらかくなったところでついばむ。
「ん〜っ、うんま〜い♪」
「ズボラ主婦みたい、千秋。それはそうと…… このシリアル、なんか味、変じゃない?」
「そう? とってもおいしいけどな」
 安かったから適当に選んできたけど、こんなにおいしいとは思わなかった。でも、パパの味覚には合わなかったみたい。
 あ、言い忘れてたけど、パパも今では、もうママだ。我が家にはもうひとり、本当のママがいるから、パパのことをママとは呼べないけど。
「やっぱり変よ、この味。どこのメーカー? って、え!?」
 その途端、パパは口に左手を当て、「うおえっ!」と今にも吐き出しそうな声を上げる。もう、食事中に下品だなぁ。
 そう思っていると、パパはシリアルフードのパッケージを指し、あたしに怒鳴った。
「これ、これ見なさいよ! これキャットフードじゃない!」
「あ…… ………… ………… ……ごめん、パパ」
 でもおいしいんだもん。
 ぱくっ、とスプーンに乗ったシリアル、もといキャットフードを口にし、噛み砕いて、飲み込んで、答えた。
「だって、ネコのイラストが可愛かったんだもん。お値段も安いし」


 その日の晩。
 やっぱり普通のキャットフードだったので、パパには何ともなかった。
 ただし、あたしは高熱にうなされ、一睡もできなかった。
 高熱といっても風邪や肺炎とかの症状ではなく、ただ、その、えーと…… 何ていうか、切ない気持ちが胸の奥にくすぶって、何か幸せを求める感情がぐるぐるしていたというか。
 そして、その高ぶりが最高潮に達して気を失う前に気付いた。
 あたしの頭とお尻から、ふわふわ、ふさふさした、耳とシッポが生えていることが。


 その翌日。多分、放課後だと思う。
 あたしが男だった頃からの親友の、百樹(ももき)くんがお見舞いに来てくれた。
「や、やぁ、千里くん。じゃなくて、今は千秋ちゃん、だったっけ……?」
 長い黒髪、黒渕のメガネ、かわいらしい顔立ち。いつもおどおどした雰囲気のあたしの弟分、今じゃもう頼れるボーイフレンド。
「百樹くん……」
「学校休んだから心配しちゃったよ。風邪、大丈夫?」
「う、うん。たぶん風邪じゃないから、明日になったら多分大丈夫だよ……」
 でも、どうしよう!
 ふわっと香ってくる、百樹くんの香り!
 今朝から、ううん、昨日の夜からあたしを悩ませているこの気持ちが、ここにきて一気に爆発して、鼓動を高鳴らせちゃった!
 耳ピコピコ、シッポフリフリ!
 もう、千秋ちゃん、ぱにゃにゃーん!


 で、結局。


 その日の晩。
 百樹くんは真っ白に風化していた。それに引き換え、あたしは、いろいろと幸せな気持ちになりながらも、ちょっぴり後悔していた。
「あた…… おれ、もともとは男の子だったのに、その、百樹くんと……」
 あたしは幸せだった。
 でも、百樹くん、あたしを気持ち悪く思ったり、嫌ったり、そんなことしないよね……?




 以上、ちょっとにゃんにゃんなネタでした。


注:「ぱにゃにゃん」とは、ラオス語で「がんばる」という意味らしい。




////////////ビター・ジャンクフード////////////


「兄さん、コーヒー買ってきたよー」
 わたしの兄貴=波立悠希(はりゅう ゆうき)(高校2年生)は、大のコーヒー好き。その消費率は、1週間で100グラムのコーヒー瓶がすっからかんになってしまうほど。だから、妹であるわたし=波立夢有(むう)(中学1年生)が、毎週日曜日の食材調達と一緒にコーヒーを買ってくるのだ。
 わたしのプロフィール? ……はい、体重とスリーサイズは秘密だけど、痩せても太ってもいない、髪も染めていない、いたってノーマルな女の子、とだけ言っておきます。まあ、兄貴の影響もあってか、部屋にはそこいら辺の男の子が思い描くような、『女の子女の子した』ような可愛らしいもんじゃないけど。
「おー、お帰り」
 レンガ造りのマンションが、わたしたち4人家族の住まいである。部屋数は和室1部屋、洋室1部屋に、リビングとダイニング・キッチンが一体化したような、本当に狭い(父さんに失礼か)マンションだが、何不自由なくすごせている。けどまあ、わたしもいい加減に兄貴とは別の部屋を用意してほしいという叶わぬ願望を掲げる年齢でもあるけどね。  ちなみに、こんなご時世だから両親は共稼ぎ。夕飯の支度はわたしたち2人の仕事だ。
「遅かったな、む〜。何にするか迷った?」
 ちなみに、「む〜」とはわたしのことだ。
「迷うだけの食材がないよ。タイムサービスに間に合わなくて、みんな持っていかれたからねェ」
「どれどれ? ……なんでふりかけとコーヒーしかないの?」
「だから、みんな持っていかれたの。焼き魚とか味噌汁も考えたけど、昨日より10円もアップしているってどうよ。今日の安売りは諦めちゃったわ」
「スパゲティの麺があるだろ。今日はスパゲティかと思ってたのに」
「ソース缶がバカみたいに高かったのよ」
「しょーがねぇ」
 兄貴はそう言うと、それまで見ていたニュース番組の音量を下げ(根っからのアニメ好きなのだが、見たい番組がやっていないそうだ)、冷蔵庫から納豆3パックを取り出してどんぶりの中で混ぜ、そこにあろうことか、スプーン3杯分ものコーヒー豆を混ぜてしまったのだ!
「ちょっと、兄さん!?」
「納豆もこう5日連続で食わされちゃたまらないさ。野菜も物価高騰の影響で高くなってるし、初音○クも泣いている。だから、ちょっぴりビターに味付けしてみたくもなるじゃん」
「まずそーっ!」
 つか、ミ○関係ないし!
「まずかねーよ、コーヒーなんだから。……今日も納豆。どうせ親父は社長に付き合わされるんだろうし、お袋はコンビニで何か買ってくるだろ。オレたちはこれで済まそうぜ」
「ううっ、最悪のジャンクフードの完成だ……」
 その日の晩御飯は、真空パック味噌汁(具なんてない、文字通りの『汁』だった)とジャンク納豆だった。兄貴は満足そうに食べていたが、わたしには世界で最悪にまずい味だった。
 取り敢えず、このカオスな後味を流すべく、歯磨きをしたあとにお夜食を軽くつまんで寝るとしますか。二度とあんなもの食いたくないよ、わたしゃ。


 さて、翌朝。
 いつもどおり、わたしは女子バスケットボール部の練習のために朝早くから起きて、朝食の準備をする。と言っても、昨日があの有様なので、今朝もまともなご飯にありつけるはずもない。だから、お湯を沸かしてインスタント味噌汁、そして難を逃れたノーマルな納豆で済ませたのだった。ああ、オクラがほしい。やっぱ納豆にはオクラでしょう。ネギなんて言っているの、どこの初○ミクかしら。
 で、午前6時半。この時間にテレビをつけると、『よみテレ』局でイケメンアナウンサーと美人アナウンサー、そして鳥のマスコットがそろって、日本中の朝を元気付けるオープニングを飾る。それを合図に、わたしは両親と兄貴を起こすのだが。
「……兄さんを起こすか」
 家族の中で一番寝起きの悪い兄貴を起こすべく、兄貴と兼用している部屋に行く。本当に兄貴は寝起きが悪いから困る。1度起こしても生返事を返すだけだし、一度まぶたを起きても二度寝三度寝をするため、数回に分けて起こさなきゃ起きないんだから。その次に母さんが寝起き悪いんだけど、兄貴の寝起きの悪さは母さん譲りかもね。
「ほら、起きろー。起きないと遅刻しちゃう、ぞ……!?」
 いつものとおり、乱暴に毛布を引っぺがす。そこには、いつもならボタンも留めていないパジャマをはだけて大の字になっている兄貴がいるはずなんだけど。
 ……はず、なんだけど?
 そこには、うずくまって震えている、わたしよりも少し年上の女の人がいたのだった!


 その日は、朝食もなしに緊急家族会議となった。
「信じてくれよ! 夢の中に『コーヒーの神様カフワ・アラビーヤ』ってのが出てきて、オレを女に変えたんだよ! 昨日、納豆にコーヒーを混ぜてジャンクフードにした天罰とか言いやがってさ!」
「ほう。悠希、お前そんなことをしたのか。コーヒーを納豆に混ぜた味とは、想像するのも恐ろしいな……」
「って言うか、コーヒーに神様がいたのねぇ。無信者のあたしだけど、こうして神様の天罰を息子が受けたんじゃ、信じないわけにはねぇ」
 違うでしょ、父さん、母さん。
「あのさー! 兄さんが女の子になっちゃった、それは由々しき事態なんじゃないの!? 学校は、友達は、これからの生活は、どうするのよ!」
「そうだなぁ/よねぇ」
 父さんも母さんも、兄貴が性転換してしまったこの事実を特に重大なものとして受け止めてないんじゃないの? 兄貴はただ青くなっているだけだし、わたし1人が空回りしているだけだと思うのは、気のせいかなぁ。
「とっ、とにかくさぁ、む〜。……その、落ち着きたいからコーヒーもらってもいい?」
「うん。……父さん、母さん。今日はわたしたち、風邪を引いたことにして学校を休むよ。兄さんの面倒はわたしが見るから、2人は仕事に行ってきていいよ?」
 そう言い、わたしは4人分のお湯を電気ポットで沸かし、4つのマグカップにコーヒーを淹れる。父さんはお茶、母さんはアップルティー派だけど、今は急いでるし、面倒だし、いいよね?
 父さんはスーツに着替え、母さんは化粧を済ませる。そしてその間にテーブルにコーヒーを並べ、そのうちの1つを兄貴が先に取る。は〜あ、誰なんだろうなぁ、コーヒーの神様、カフワ・アラビーヤって。そんなことを考えていると、わたしの隣で兄貴が絶叫した。
「にっ、げぇーっ! おい、む〜! なんだよこのコーヒー、メッチャ苦ぇぞ!」
「はい? わたしはいつもどおりに淹れたけど? ……うん、いい香り、いつもどおりの味。これのどこが、叫ぶほど苦いのよ」
「知らねぇよ。けど、苦すぎるんだよ。よくこんなものを平気で飲めるよな」
「昨日コーヒーを納豆に混ぜたあんたに言われたくないわ」


 すると。
「――ふっ、波立悠紀を女にするのと同時に、その味覚も極端に変えてくれたわ」


 突然、わたしたち家族4人の誰のものでもない不思議な女性の声が、この食卓に響き渡る。それにはさすがにのんきな両親も驚いたようで、母さんに至っては口紅で頬にラインを描いていた。
「えっ!? ……まさか、カフワ様!?」
 わたしは周囲を見回しながら、声の持ち主と思われる者の名を呼ぶ。その途端、キッチンには黄金の光が現れ、それはやがて人の形をなしてゆく。両親も駆けつけてきて、わたしたち4人は、その光を見る。もう、目も開けていられないくらいまぶしくて、わたしは反射的に片腕を掲げてしまう。
 そして、黄金の光はやみ、そこから1人の女性が現れた。穢れのない純白の衣に身を包み、褐色の肌を持つ、アラビア風味の女性だが、その整った顔つき、凛とした目からは、圧倒されるほどの神々しさを持つ。
「いかにも、童がカフワ・アラビーヤである」
 そして流暢な日本語をしゃべれている神様を疑ったら負けだろう。 なんつーか今度は、兄貴の右腕にロケットパンチでもつけてくれそうだ。
 だが兄貴は、神様を疑うどころか、信じるのを通り越して食って掛かった。まあ、こいつは夢の中で会っているしね。
「おい! ……いいえ失礼しましたカフワ様。どうしてオレを女になんかしたんですか!?」
「昨晩の己の行為は、コーヒーに対する許されざる冒涜。それはコーヒーだけにあらず、己ら日本人が誇り、納豆や白米に対する冒涜なり。新グルメを追及する名目ではなく食事に退屈したからといって、どう考えてもミスマッチとしか言いようのないものを組み合わせて、それがうまいはずなかろうが。己、コーヒーに対する愛はその程度、いや、微塵もないということか?」
「そんなバカなことがありますか! オレはコーヒーが大好きです、特にブラックが! そりゃあ、確かにミスマッチでしたよ。けど、オレがやらかしたことだから、せめてうまいって言いながら全部食ってやるのが礼儀だと思ったんだよ、それを誤解なんかしやがっ…… してくださって!」
 おいおい、言葉が壊滅してるぞ兄貴。
 しかしまぁ、味覚バカだったのではなく、自分がやらかしたことに責任を持とうとしたその姿勢は立派だよ。そうじゃなきゃ、あの地獄のようなジャンクフードを食って1人カオスを見たわたしの居場所がないし。
 兄貴が言うと、その言い分を聞いてくれたのか、カフワ様は「ふむ」とひとつうなずき、そして右手を腰に添えて言うのだった。
「成る程、己は決してコーヒーを冒涜したつもりはなく、責任を全うするべく自分が作ったジャンクフードをすべて平らげたのか。よかろう、己には極端な好き嫌いまで与えてやろうとも思ったのだが、その食べ物に対する精神を汲んで、そこまではしないこととする」
 おーいカフワ様、そこまでしようと思ったんですか。コーヒーとはいえ飲食物の1つを司る神様が、好き嫌いを与えるってどういうことですか。世間一般のお母さんは、子どもが幼稚園の頃からそれをなくそうと必死になっているって言うのに。
「……ただし、コーヒーをジャンクフードにした、バカを通り越したその考えなしの行為は許しがたきこと。故に罰を与える方針は変えぬ。最低でも1年間、味覚が男とは多少違う女として暮らし、己の行いをじっくり反省することだ。
 コーヒーに限ったことではない、食事は神々が与えし、命のかけら。それに退屈するなど笑止千万。毎日の糧に感謝し、家庭における美味を追及し続けよ」
 そう言い、カフワ様は兄貴のコーヒーを淹れたマグカップを手に取り、それをすすり始めた。ずずーと酷い音をたてて飲むわけではなく、立っていながらもとても上品な飲み方あった。
 わたしはそんなカフワ様に、1つ質問をぶつけた。兄貴のことだが、それは当人も両親も思っていることかもしれない。
「どうして、兄さんは女性になる必要があったんですか? 味覚を変えるだけでもよかったと思うんですけど」
「うむ。よいところに気付いたな。ジャンクフードを作るという行動もそうだが、食事における上品さも身につけてもらおうと思ってな。食事における、教育の一環と思ってもらって構わぬ。……それはそうと」
 カフワ様はわたしから目をそらし、両親を見た。父さんは着替えを終えているからいいとしても、母さんは右頬にずれた口紅がついたままだぞ。
「親御さんたち。仕事はよいのか?」
 その途端、うちの親どもは何かに追われ逃げ惑うように、大慌てで出勤の準備をした。もう限界ギリギリの時間だぞー。


 その後、のんきないつもの生活態度からは考えられないほど慌てふためいていた両親、そして兄貴になおきつくお灸をすえたカフワ様がいなくなったこの波立家の食卓にて、わたしと、女の子になっちゃった兄貴は向かい合っている。
「これからどーすんのよ。カフワ様にいろいろ言われたからわたしはもう何も言わないけどさ、さすがに女の子になったとなると、これからの生活がねー」
「まっ、まずはさ、む〜。いろいろ教えてくれよ。ふっ、服の買い方とか、その、トイレの済ませ方とか…… あと、カフワ様が言っていた食事における上品さってなんなんだよ、お前もあまり変わらないだろうが」
「いいわ、わたしにできることなら教えてあげる。……それにしても、課題は山積みね。しかも、なかなかの美人になったじゃない。今度、渋谷にでも繰り出してみる?」
「冗談抜かせ。……いい加減腹減ったから、そうだな、コンビニかファストフードにでも行こうぜ。毎日の糧に感謝せよとか言われても、久しぶりに納豆以外の飯が食いてぇよ」
「同感。じゃ、わたしの服を貸してあげるから、まずはそこから教えるね。ふふふ、覚悟しなさいわたしの子猫ちゃん。とことん着飾ってあげるからね……っ」
「なんなんだよ、子猫ちゃんって?」


 まあ、そんなこんなで兄貴の女の子ライフが始まったわけだけど。
 兄貴がこれから先、食事態度を中心とした生活がどんな風に変わるのか、それは別の機会にお話させていただくこととしよう。


 皆さんも、1日1日の食事には感謝するように。食べ物を粗末にしたり冒涜したりすると、きっとカフワ様が現れて、天罰を受けるかもしれないよ?










 =^_^= =^_^= =^_^= ねこのえさ =^_^= =^_^= =^_^= 










////////////まぜるな危険////////////


「千秋ちゃーん、大丈夫ぅ〜っ?」
 そう声をかけてくれたのは、お見舞いに来ている、百樹くん。
 あたしはひとり、ベッドで『ひえクマ』をおでこに貼って、毛布と羽毛布団をかけている。はい、風邪を引いています。
「あぁ、百樹くん…… ダメだよぉ、風邪移っちゃうよぉ……」
「大丈夫。そんなの怖がってちゃお見舞いなんて来られないよ。はい、これ」
 そう言って百樹くんが差し出してくれたのは、栄養ドリンクとミネラルウォーターと、総合風邪薬。ちなみに風邪薬は、パパかママがテーブルの上に用意していてくれたものだった。かわいいイラスト(女性化したパパ:筆)が描かれている。
「だけど、千里く…… 千秋ちゃん。ここ何年も風邪なんて引かなかったのに、珍しいね。やっぱり、女の子になって体が弱くなったとか、そんな感じ?」
「ううん、多分そうじゃない。女の子になってずいぶん経つから、それはないと思う。心当たりがあるとすると、あれかなぁ」
 そう、あれしかない。
「あれって?」
「ネコ化してから、服着てるの落ち着かなくて、裸でウロウロしてたら、そのまま床の上で丸くなって寝ちゃって……」
「……せめてパンツは履いてたよね?」


 その頃、千秋の父の会社では。


「何だー、これしきのレポートもまともに書けないのか? この部署の連中はたるんどる。前の部長は何をしていたというのだ」
 デップリ太った男が、部長のデスクで背もたれに体を預け、右手でバシンと薄めのレポートを叩きつけるように放り投げていた。その態度に、私はもちろん、同じ部署の仲間もいい気分はしない。
「前の部長はよかったよねー。フレンドリーで人当たりよくて、きびしいところはちゃんとメリハリがあって、がんばれたのに」
「あのブタオヤヂと来たら、エロい目であたしたちを見てくるし、うちの彼氏(同じ部署)には無給残業させるし」
 OLは湯沸し室で愚痴を垂れ、男たちはそんな愚痴を言う暇もなく仕事にいそしんでいる。私は男だったころから研究とレポート作成に明け暮れていたので、後者の仲間だ。
 すると、私の後輩(男)が、窓際にあったプラスチックケースを見て、言う。
「すんませーん。ここで育ててたカイワレ大根、誰が持ってったんですかぁ?」
 2リットルペットボトルの底を切り抜いたプラスチックケースに、脱脂綿、そしてその上にあるカイワレ大根の根っこ。見事に、根っこから上が刈り取られていた。
 誰もが首をかしげる中、新しい部長が言った。
「ああ、俺がチャーハンにして食ったぞ」
 その言葉に、誰もがギョッとなる。
「家内が入院しててな。おかげで食事がカップラーメンや立ち食いそばばかりだったんだ。で、いい加減そればかりなのも飽きたんで、『らあめん五宝堂』のカップラーメンに刻みネギとカイワレを入れたら、これがまたおいしいのなんのって!」
 次の瞬間、部署内は水を打ったように静かになった。
 そして響く、「あ〜あ」と言う落胆のため息。


 翌日。
 部長は会社を休み、副部長たる私が取り敢えずの指揮を執った。


 さらに半月後。
「パパぁー! お弁当持ってきたよぉ! もう、大事な会議も分かるけど、そそっかしい、ん、だか、ら……?」
 娘の千秋が、弁当を届けにきてくれたみたいだ。
 そこまではいい、そこまでは。
 娘は部署のドアを開けるなり、絶句した。
「ええと、タケコ・デラックスさんが、テレビの取材ですか……?」
 言いたい気持ちは、分かるよ。
 でも部長、女の人『になった』から。




 以上、新しいネタでした。




お(い)し ま い ♪






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