この物語はフィクションです。
登場する人物、場所、組織、商品などは、実在のそれとは無関係です。
「困りものだな」
会うたびに明らかになる、新たな力。その対応ができていない。
「おそらく、まだ知り得ない力があるはず」
「あの時、決着をつけていれば…………」
自分がとどめを刺すまでもない、そう判断したことが、今になって大きな痛手を生んでいた。デオンは自らの判断ミスを、悔やんでいた。
「今更後悔しても仕方ないわ。 できることからやる」
「きょ〜うのおやつは?」
「チョコレートパフェらしい」
シリアスな雰囲気をぶちこわしにする言葉を交わしながら、クリーヴァとプロヴィが入ってくる。
「遅かったな」
「聞きたいことがあってな。 考えをまとめていた」
以前、デオンから手渡されたもの。それをテーブルの上へ出す。
「これの素性を教えろ」
口調が荒いのは、クリーヴァの不信感を示していた。横に立つプロヴィもまた、同じ事を思っていた。
何しろ、自身が消えてしまいそうな力を、矢面に立って受けさせられたのだ。不信感を抱いても、無理はなかった。
「時々、わ〜しの意思を離れる時がある。 な〜ぜだ」
過日、海岸で『ヴィスティア』と相対していた時。確かに圧倒はできたが、そこには自身のものではない力が働いているように思えた。
ミスティはその様子を、黙って見ていた。どういう動きに出るかは、彼女にも興味のあるものであった。
「…………いいだろう。 教えておく」
『クローツェ』。『エクセリュート』に対抗すべく、デオンが自身の力で生み出したアイテム。形が似ているのは偶然という。そしてそれは、世に巣くう『黒の力』を源としていた。
「どんなに否定しようが、生きていく以上負の感情は生まれる。 たとえそれが、『ヴィスティア』であろうとな」
まあ、やつらに作用させる気はない。あくまで例えだと付け加え、デオンは説明を続けた。
「力に翻弄される理由があるとすれば…………『黒の力』が、我々の予想以上に膨大だということだろう」
「なるほど…………」
「危険と感じるなら直接使うのではなく、先日のように『ディヴァンシィ』に作用させればいい。 それならたとえ制御できなくとも、困るのは『ヴィスティア』だからな」
(…………意外ね。 それとも…………)
ヴィスティア (chapter 11)
作:ほたる
前田家。テレビの音が、網戸から外へと漏れる。
「のぞみさん」
「ん?」
寝転がってそれを見ていたのぞみに、スフレが問いかける。
「見ていて、楽しいですか?」
馬鹿を笑う番組。ローカル局の野球中継に放送枠を取られたことから、この時間の放送となっていた。笑うのぞみを、スフレは不思議そうに見ていた。
「馬鹿を笑うな、とはいうけれど」
「だったらなおさら…………」
「世の中で”馬鹿”と呼ばれる人には、いくつかタイプがあると思う」
曰く、”馬鹿を装う人”、”ありのままの馬鹿をさらす人”、そして”馬鹿なことを隠そうとする人”の3タイプ。
「最初の人は、笑ってあげればいい。 真ん中の人は、程々にしてあげればいい。 でも、最後の人は…………」
口調が変わったのを感じ、スフレは次の言葉を待った。
「気づかせてあげなきゃ、と思う」
「ちょっと聞きたいんですが、最後のってどんな人です?」
「たとえが難しいけど…………あ、いいサンプルがあった」
いいサンプル。のぞみの口からは思いもよらない二人が。
「一人はプロヴィ」
「…………なんか納得」
「もう一人は…………失礼だけど梓ちゃん」
「ミルフィが?」
どういう意味で、馬鹿なのか。スフレは続きを待った。
馬鹿真面目で、馬鹿正直。のぞみが梓を”馬鹿”だと思う理由であった。
「ミルフィもあなたに対する責任を感じてるんです。 そのぐらいのことは察してあげてください」
「察してるよ。 でも…………」
梓はまだ、一人で物事を解決しようとする癖がある。一人の力も重要だけど、現状は”ともに立ち向かう”力の方が重要。のぞみはそう感じていた。
「あたしたちがいるから、一人で悩まなくていい。 以前も直接言ったんだけど、まだ足りない気がする」
「…………ちなみに、プロヴィには?」
「あそこまでのマッスルボディは欲してないと、気づいてほしい」
「ぶぇっくしょぉぃ!」
「…………年中そんな格好しているからだ」
盛大にくしゃみをしたプロヴィを見て、デオンは呆れたようにつぶやいた。
…………………………
「浄化、か」
のぞみが『さくら』から繰り出した技が、ディヴァンシィの様子を変化させたという。志穂は梓からその一件を聞き、考えていた。
(前田君がうまく立ち回れば、全面対決は多くの部分で避けられる)
それは志穂としても、望ましいこと。避けられる闘いなど、しない方が良いに決まっている。
(向こうがその事実に気づいてくれるか……話をするのは難しいから、その方法が課題か)
そもそも、聞いてくれるかどうかさえ怪しい。誰を架け橋にすべきかしばし考え、志穂はその結論に至った。十五分後、『マーブル』に学生服姿の少年が現れた。
「で、オレに何の用ですか」
アイスコーヒーに口を付けた後に、用件を聞く。先日までとは、明らかに異なる口調。それは、目の前にいる存在が敵か否かという理由。
「先日の前田君の一件、感じ取れてる?」
少年……良太はその言葉を聞き、思い返した。
デオンたちが持ち、自身も手渡された、黒い物体。その力が作用した存在をのぞみが相手すると、その全てが力を失っていた。
「オレとしても…………あいつらはなんとか救ってやりたいんですよ」
あいつらも”被害者”だ。オレもそうなっていたかもしれないが…………と言い、良太は志穂の提案を聞いた。
「とはいえ、今のオレの話をまともに聞いてくれるとは、思わないんですが」
「…………でしょうね。 それでも梓や前田君よりは、接点が大きいはずだから、そこを踏まえてほしい」
敵は少ない方がいい。救える存在は救いたい。志穂もその思いは、良太と同じように持っていた。
…………………………
「ちょっと質問」
「ふみ?」
夕食後のプリン。スプーンを口にくわえたまま、のぞみは母親の問いかけに反応した。
「週末、何か用事ある?」
「フードフェスティバルの予定」
中央公園で毎年秋に開催される、一大イベントである。県の内外から様々な名産品がこの場所に集まり、美味しい料理として振る舞われる。
「ランチに行こうかって思ってたけど……その様子じゃ余計だったね」
「はるかと行ってきたら? あたしは気にしなくていいから」
あの日以来、あたしにばかりかまってるから、たまにははるかと二人きりになったら。のぞみの言葉に、ひかりは昔と変わらない優しさを感じていた。
フードフェスティバルの話題は、高校でも。
「岩本、行ってみるか?」
「土曜日か……」
ケータイをいじりながら、良太はその日の予定を再確認していた。
「日曜なら行けるんだがな」
「日曜、雨らしいぜ」
(ったく、間の悪い奴だな……オレって)
暇なので出かけようと思っていた日に限って、この天気か。自分の間の悪さを天に呪う良太であった。
「そもそも、雨でイベントやれるのか?」
「雨天決行って聞くけど」
中央公園の地面は芝生の部分が多いが、フードフェスティバルにおいてはその領域だけでは足らず、土の部分も使う。客減りそうだな……と商売の心配をした。
フードフェスティバルで出されるのは、料理だけではない。スイーツも含まれるため、女子の間でも話題となっていた。もはや普通に女子扱いになっていたのぞみも、その輪の中に入っていた。
「それじゃ、土曜日の昼前に集合。 何かあったらケータイへ」
一緒に行く旨の話が終わろうとしたとき。後ろを通りかかった梓を、聡美がぐいと引いた。
「何する気よ」
「フードフェスティバル。 梓も行かない?」
「パスさせてもらうわ」
即答だった。
「ちょ、どういうこと? あの日オフじゃなかった?」
梓のスケジュールを関係者以外でもっともよく知っていたのぞみは、その回答を不思議がった。
「オフでもそういう気分じゃない」
「まったく、相変わらずね。 だから春にレクチャーしてあげると言ったのに」
梓の感性は、異質。のぞみも含め、輪の中にいた女子の共通認識であった。
「不要。 私は私のやり方で過ごす」
あくまで否定する梓。無愛想さにいらついたのぞみは、意地悪をしてみることにした。
「梓ちゃん、男の子と変わらないよね」
「あんたに言われたくないわ」
のぞみの事情は、周りの誰もが知っている。口に出すことはなかったが、周りも同じ事を思っていた。
「これじゃ、あたしが女の子で梓ちゃんが男の子の方が、良かったかも」
「あはは、それ言えてるっ」
「こんな奴の意見に乗ってくるんじゃないわよ!」
「…………しっかりショック受けてるじゃない」
聡美の冷静な突っ込みに、梓は二の句を継げなかった。無視すれば良かったと思いはしたが、後の祭りである。
「……そろそろ、面談の時間だわ」
元々この時期は、保護者も含めた三者面談の時期でもある。それは将来の進路……早い話が文系クラスか理系クラスか……についてなど、様々な会話のなされる場である。
梓の後ろ姿を見ながら、のぞみは複雑な気持ちになった。
「なんか、悪いことしちゃったかな……」
「そう深刻にならないこと」
その時のぞみは、下腹部からぞわりとする感触を覚えた。尿意や便意とは、また違うもの。
(だとすると…………)
仮に尿意や便意であったとしても、自分の思う通りそれとは違うものであっても、行き着く場所は同じ。
「ごめん、ちょっと…………」
のぞみは迷うことなく、女子トイレへと入っていった。洋式の個室はトイレットペーパーのストックが少なかったため、和式へと入り直す。
そして、”それ”はのぞみの予想通り、起きてしまった。
「こ、これが……」
とりあえず、トイレットペーパーで”処理”をする。幸いなことに、量はそれほど多くなく、衣服を汚すこともなかった。
「……誰に相談したらいいんだろ」
しかし、余計な心配はかけられないので、適当な理由を付けて帰った後、ひかりに相談することにした。放課後だったのが幸いであった。
…………………………
のぞみがトイレで悪戦苦闘(?)していた頃、梓は志穂とともに、応接室にいた。
「文系、ですか。 まあ、梓さんならどちらへ行ったとしても、大丈夫だとは思いますけどね」
二人の目の前に座るのは、担任である優香。一人一人とそれなりに時間をとる事が、相互理解につながる。よって全員との面談を終えるのには、一月近くかかる。
「確か前田君は、理系とか言ってましたけど」
「数学めちゃくちゃなのに?」
「数学だけが理系じゃないですよ」
梓とのぞみの関係は、親しい友人として認識していた優香。本来それはプライベートに関わる話題なので、この場では言わないのが正しいのであろうが、優香はあえてそれを口にした。
「で、栗原さんはどういう方向へ?」
「……法学」
自身の拳で物事を解決している梓だが、目指す進路はその真逆であった。
(今のような解決は……非常時だと思う)
高校から下る坂。秋の夕焼けが、二人の影を長く映していた。
「ということは、二年からは別のクラスか……」
「理系文系混在かもね」
きれいにクラス分けできるよう、理系文系が分かれる保証はない。当然、そんな事態にもなりうる。
「配慮してくれなくてもいいのに」
そのころには、翼は本来の姿に戻っているのだから。そう言う梓の横で、志穂は首をひねっていた。
「何か、気になることでもあるの」
「……ううん、別に」
否定はしたが、志穂の心の中には引っかかりが残っていた。
…………………………
家に帰ったのぞみは、ひかりに先ほどの出来事を相談した。
「あら……来ちゃったのね。 はるか、お赤飯買ってきて」
「…………あ、はぁい」
ひかりの言葉に込められた意味を、はるかはわずかな時間で理解し、そのまま玄関から外へと出て行った。徒歩四分の所にあるスーパー……ひかりがパートで働いている場所でもある……へ行くのだろう。
「……普通、パニックになるはずなんだけど」
「うん…………でもいつか来ると分かってたから」
似たような境遇の子は、最初に”この時”が来ると、パニックに陥ることが多い。生粋の女子でもその傾向は見られるのだから、なおさらだろう。しかしのぞみは、あらかじめその事を理解していたが故か、意外なほど落ち着いていた。
「最初のうちは多いから、夜用を使うこと。 こんなところでけちっちゃだめよ」
前田家は、単身赴任先から戻ってこない……もとい、戻ってこられない父親を除けば、全員が女性である。故にこの辺りの準備というのは万全である。のぞみは見事に、その恩恵にあずかることができた。
赤飯自体は食べ慣れているとはいわないまでも、過去に何度か食べたことはある。しかし今日のは、なんとなく複雑な味がした。
「これ、普通はお祝いなんだよね」
「そうよ」
「あたし、お祝いされる立場なのかな」
むろん二人は、のぞみの本来の姿を知っている。本来の姿であれば、こういう意味で赤飯を食べることはなかったはずだ。
「本当に元に戻ってほしいと、思ってるの?」
はるかはその問いに、微妙と返した。いじり甲斐のある相手がいなくなるのは寂しいという理由でであった。
「あなたが一人っ子だったら、もう少しそのままでいてほしいと思うけど…………私としては男の子も女の子もいてほしいの」
翼とのぞみ、両方がいるといいんだけど。無理とはわかっていて、ひかりはそれを口にした。
「周りが勝手に変えられるようだったらもっといい」
確実に遊ばれている。ドアの陰から様子を見ていたスフレには、のぞみがそう見えて仕方がなかった。
土曜日の能良市中央公園。普段は市民の憩いの場となっているここが、この週末はにぎわいの場となっていた。
「色気より食い気……?」
「否定はしないけど」
のぞみに質問してきたのは、陽。女子会での集まりを前に、集合場所までは一緒に来るという約束をしていたのだが、のぞみは一昨日の一件でどうするか悩んだ。
(こんなこと、言えないよね……)
梓にさえ隠している事態だ。とても横の男子……彼の場合は特殊な”事情”があるのだが……に、言えるはずもない。彼の実家でもある道場での稽古が、最初から休みの予定であったことは、幸いであった。
余計な心配は、かけたくない。ゆえにのぞみは、これまで未体験の違和感を感じながらも、何事もなかったかのように会場近くまでやってきていた。
「栗原さんは?」
「…………来ないと思う」
結局、梓から『来る』という明示的な回答は、聞けなかった。何をしているかは知らないが、そこまで突っ込むべきことでもない。のぞみと陽は開場を待って、入ることとした。
「よくもまぁ、男女二人で歩いてぇ、問題にならないこと」
「……ま、みんな知ってるし」
コロネの不安を、のぞみは一言で振り払った。
同級生の女子と二人でいるのを目撃された場合、普通はなんらかの噂になる。しかし、のぞみに限ってはその素性が知られているがため、そういう浮ついた話になることはなく、陽も安心して行動することができた。
本来、女子で集まって回る予定であったが、パンフレットを事前に確認したのぞみは、その集合時間では味わえなさそうなものが多数存在することを確認した。
とはいえ、胃袋の容量には限界がある。のぞみはそれを確認した上で、めぼしいところを先に埋めていくことにした。
「さて、まずは」
収穫したばかりの新米。調理には様々な方法があるが、のぞみが選んだのは普通の白米。
「もっと凝ったのにするかと思った」
「素の状態が、一番味が引き立つんだよ」
米という食べ物自体、スフレの世界にはない。こちらへ来て半年ほど経ち、米を食べる機会も何度となくあったものの、こういう場で食べるのは初めてであった。
スフレは”見えてほしいと願う”相手以外には、姿を見せないようにすることができる。この場においてもそれは、好都合なことであった。のぞみがよそってもらった白米を、持参したマイ箸で食べる。スフレもまた、この祭りを楽しんでいた。
「コロネは食べないのか?」
「ダイエット中ぅ」
彼女にとって、体型はコンプレックスであった。それが理由で、スフレのように長時間飛べないという、実害も発生していた。
「食べないのではなく、食べてきちんと運動する方が正解」
代謝を高める必要がある。自分たちとは異質な存在ではあるが、とりあえず自分たちにおける常識にあてはめ、陽はコロネのダイエットをサポートすることにした。
「さて、お次は」
隣接市内にあるリゾートホテル。そこのレストランが出していたショップでは、スイーツが振る舞われていた。
「飛ばしすぎじゃないか?」
「食べられるときに食べる」
チャンスは逃したくないからとのぞみは言い、ブラウニーを二人分買ってきた。スフレとコロネを合わせても一人分は食べられないはずなので、それぞれのぞみと陽の物を分けてもらうことにする。
「これも今日明日それぞれ数量限定。 昨年の傾向だと1時間で売り切れるみたいだから……」
「どんだけ準備がいいんですか」
「準備しておくにこしたことはないよ」
あいつらは、準備できないうちに来るけど。そう付け加えようとしたが、”噂をすればなんとやら”を避けたいので、口には出さないことにした。しかし。
「あんたらは気楽でいいわね」
四人には予定外の、冷たい言葉がかかってきた。
「会っていきなりそれはないだろ、栗原…………」
その一言に反応したのは、陽。振り返ると、普段の休日と変わらない、地味な服装の梓がいた。
「気楽と言うより、現実逃避と言い換えても良いわね」
騒がしい会場。その言葉が人の耳に留まることは、なかった。
「現実逃避? してもいいじゃない」
「人の気も知らないで…………」
逃げたくても逃げられない、辞めたくても辞められない、そういう事情を抱えている。梓は自分を評し、そんな心情で”楽しむ”ことができるのか、二人にその答えを聞いた。
二人は少しの間考え……先にのぞみが口を開いた。
「そんな事情があるから、楽しまなきゃならない。 あたしはそう思うけど」
「どうやってよ」
「一生このままかもしれないあたしが楽しめてるんだから、梓ちゃんにできないはずがないよ」
「本気か?」
「だって、戻れる確実な方法なんて、未だわかってないんだし」
心配げな表情を浮かべる陽であったが、とりあえず次の一言を待つことにした。
「現実は見る必要があるし、正しく把握していなければならない。それでもそれだけでは、気が滅入る一方でしょ」
相変わらずだね、とのぞみは言い、話を一方的に打ち切った。
「さ、次はあそこの牛串」
「みんなで集まるまで、待った方がいいんじゃないか?」
「こっちも数量限定だからなくなっちゃうよ」
牛串の実演販売の列へと並ぶのぞみ。追いかける陽、梓はその様子を、じっと見ていた。
(……翼はこの何ヶ月かで、大きく変わっている)
良い悪いは、とりあえず抜きにして。
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【コマーシャル】 託されたもの。それは、絆があるゆえ。 「いろんな想い、乗せてるんだから!」 前に進むしかない。そうすることでしか、光は見えない。 「一閃! 『ブルーソニック』!」 マジカルブレード『サザンクロス』。発売中。 |
「お待たせっ」
待っていたクラスメート……聡美、知世、靖子の姿を目にして、のぞみは駆け寄った。時計を見ると、集合時間まで後一分。
「遅刻よ」
「いや、遅刻じゃない。 電波時計は正直よ」
聡美の持っていた電波時計は、のぞみの言うとおりの時刻を指していた。
「どこ行ってたのよ」
「先にいろいろ食べてた」
「なんでよ」
「この時間じゃ品切れそうだったし」
開場一時間後が集合時間。夜更かしを考えてこの時間にしていた。一人を除いては、その時間で十分だったからだ。
「あんた、胃袋は大丈夫?」
「どうにかなるでしょ」
「それじゃ、どっから行く?」
「海鮮焼き!」
夏前に旅した街で、食べた一品。パンフレットを見たのぞみはもちろんチェックしていたが、ここはあえてスルーしていた。一緒に回る人が人なだけに、誰からか食べたいという要望が出てもおかしくなかったからだ。実際、食べたいと言い出したのは靖子であった。
「…………お昼にはちょうどいいかもな」
海鮮焼きの屋台にも、順番待ちができていた。全員を並ばせても迷惑なので、運べる最小限の人数だけを並ばせ、残りはテーブル席を取っておくことにした。海鮮焼きという食べ物の性格上、テーブルが欲しかったからだ。
「のぞみさん…………そんなに食べて大丈夫なんですか?」
「食べておかなきゃ」
予期せず発生した、大量の出血。それをカバーするには、ちゃんと食べないといけない。起こっている事態は誰にも言えないことであるが、その認識だけは持っていた。
「梓ちゃん、海鮮焼きって食べた事ある?」
「食べたことはない。 知っているだけ」
一度ぐらいはあるかなと思っていたのぞみであったが、答えはその予想を裏切ってくれた。家が自営業だと、休日の外出も難しいのかな。小学生の頃を思い出しながら、のぞみは梓のことを心配していた。
外部との接触が少ない。接触しても、常に冷めている。昔からその気はあったが、この半年で見るとさらに極端になっている。本来持っている可能性を、自分で狭めているのではないか。のぞみは梓の将来が、少しだけ不安になっていた。
「…………のぞみさぁん」
「あ、ごめん」
「気分悪いのか?」
「いや、そうじゃなくって…………」
別の理由で、気分はあまりよろしくない。でもそれは言えないので、とりあえず否定だけはしておいた。
「お待たせしました」
後ろから、声をかけられる。聞いたことのある声。振り向こうとしてのぞみは、少し思い直す。
(聞いたことのある声だけど…………)
(どちらかといったら、聞きたくない声だった)
のぞみとスフレの間で、思いがシンクロした後に、振り返る。
「…………ミスティ!」
そう言うとともに、これから起こる事象に周囲を巻き込まないよう、即座に『エクセリュート』で世界を隔離した。さらには陽が、一瞬で瑠美の姿に変わっていた。
「あんたは呼んでない!」
「今日は少ないわね」
ミスティ一人でやってきたことを、梓は皮肉を交えて指摘した。
「現状、クリーヴァとプロヴィを、あなたたちの前に出させるわけにはいかないので」
おそらくそれは、先日の一件を危惧しているがため。のぞみや瑠美にも、その理由は想像が付いた。
「一人でやれると思う?」
「知らないとは、幸せ者ですね」
指を鳴らすとともに、公園いっぱいに並んでいた屋台が、その姿を変えていく。過去に『ディヴァンシィ』が一度に現れた総数は、球場でプロヴィが呼び込んだ二十数体が最多であったが、今はそれを遙かに超える数が、三人を取り巻いた。
「相手、できますか?」
圧倒的な数的有利をバックに、余裕の表情を見せるミスティ。だが、ここで逃げるわけにはいかない。
「だったら、ぶっ潰してやるわ!」
『エクセリュート』を構える梓。のぞみと瑠美も、同じようにして構える。なんか不機嫌と、のぞみは思いながら。
「「「『ヴィスティア・エクセリューション』!」」」
姿を変える三人。しかしその直後、のぞみは鈍い痛みを感じた。表情が、少しゆがむ。
「来てほしくなさそうな顔ですね。 ですが、あなたたちの事情に合わせる必要など、わたしにはないです!」
襲いかかるディヴァンシィ。梓と瑠美は飛んで避けたが、のぞみはその大群から逃げることができなかった。
「翼っ!」
(これじゃ、うかつに動けない。 どうすれば……)
相変わらず、痛みは引かない。普段なら『ヴィスティア』として、激しく動き回らざるを得ない状況だが、身体の事情はそれを許してはくれなかった。
襲いかかる相手を一体また一体と、ステッキからの魔法で何とか振り払う。しかし、数が多すぎた。
(まったく、こんな日じゃなかったら……!)
「お仲間が苦戦してますよ。 助けには行かないんですか?」
「それなら、狙うまで」
瑠美はそう言うと、右手の長刀をミスティに向けて振り下ろした。
「『ブルーソニック』!」
青い衝撃が地を這い、一直線に狙う。
「避けられないとでもお思いで?」
「はっ!」
二の矢を継ぐは、梓。高速で繰り出した拳から放たれる衝撃波が、ミスティを襲う。最初からこの展開を、予想していた。
「くっ!」
魔力のシールドを張り、直撃を避ける。しかし耐えきれず、距離を離される。
(悠長なことは、してられないわね)
「瑠美、あんたはミスティの様子を確認してて!」
ミスティとの間合いが離れたことを確認した梓は、のぞみを取り囲むディヴァンシィの大群に向け、右手を突き出す。小手に組み込まれた弓が、彼女の意志をくみ取り展開される。
「ちょ、そんなことしたらのぞみちゃんが!」
「あいつがこの程度でくたばらないわ!」
光の粒が右手に集まり、形作られる。
「翼、自分だけ守って!」
声が聞こえた。のぞみはスフレの助けを借り、自分の周りにシールドを張った。
「『ワルキューレ・シュート』!」
のぞみを狙い、光の矢が放たれる。そしてそれは…………のぞみに傷を与えることなく貫通し、周囲のディヴァンシィを吹き飛ばした。
「くっ!」
間合いを詰めたミスティは、ディヴァンシィの数が半分以下になっていることに気づいた。
「この時間で、何を!」
「知りたかったら聞き出してみなさい!」
のぞみは無事であった。梓はそこへ駆け寄り、事情を聞く。
いつもより、動きが鈍い。梓はのぞみの様子を不思議がった。
「翼! あんたどうしたの!?」
「…………………………」
「ちゃんと話して!」
呼びかける梓の背後から、吹き飛ばされなかったディヴァンシィが飛びかかってくる。梓はのぞみごとそれを避け、遠くへ着地する。
「…………やっぱ駄目!」
「何がよ! 正直に話しなさいよ!」
それでもやはり、のぞみにそれを口にすることは、できなかった。それはやはり、”恥ずかしさ”ゆえであった。
「『スーパーラビット』!」
公園のすぐ横にあった建設中のホテル、その頂上へと立つ。少し時間がとれたことを確認し、のぞみは梓に打ち明ける。
「言ってもいい……?」
「早く、言いなさいよ!」
「…………昨日から始まっちゃったの」
「なにが…………って!?」
自身にも経験のある……まあ、当たり前だが……この様子、そして言い出しにくさ。”始まっちゃった”がキーワードとなり、梓はのぞみに起きていることを理解した。
「そんな状況で、変身なんかしない!」
「せずに済んだらそうしたい!」
そうこうしているうちに、追いかけてくる。周囲に逃げる場所はない。どうするかを考えた、その時。
「『スピアシュート』!」
「うぉっ!」
一筋の紅が、ディヴァンシィを虚空へと吹き飛ばした。
「瑠美ちゃん!」
「のぞみ、あんた無理しないのっ!」
どうやら、どこからか聞かれていたらしい。のぞみは顔を真っ赤にした。
「今日は梓とわたしに任せてっ!」
「…………そうね。 自分だけ守って」
「ぐぉぉっっ!」
隣のホテルから強烈な脚力で飛び上がり、三人に襲いかかるディヴァンシィ。しかしのぞみは、その軌跡が示す事実に気づいた。
「梓ちゃん、みんなを抱えて降りて!」
「なによ!」
「たぶん”飛べない”!」
そういうことなら。梓はのぞみと瑠美を抱え、鉄骨から飛び降りた。二十階建て、100メートル近くはあろうかという高さではあったが、今の梓にとっては別にどうという事はなかった。
「二人でやるわ! 自分だけ守って……!」
「こんなことで退けない!」
「あんた、それがどれだけ重要なことか……」
梓はそこまで言ってから、のぞみの本心に気づいた。
本来、起きるはずのない事象。それを理由に、弱音は吐けない。重く固い決意が、伝わってきた。
「できるだけ、動かない。 そうするしかないわ」
下手なことをすると、尾を引く。すでに何度となく経験のあった梓のアドバイスは、確かなものであった。
顔を狙ってきた拳、その腕を取り、振り回す。襲いかかってきた数体にヒットし、手薄になる。
「そっちに投げるわ!」
「え!?」
瑠美が反応するとほぼ同時に、後ろにいたディヴァンシィ数匹がなぎ倒される。
「さんきゅ!」
瑠美が振り向いたことで、死角に隠れていたディヴァンシィの存在が露わになった。
「よっ、と!」
最小限の動きで攻撃をかわし、腕をからめ取る。そのまま、投げへと移行する。続けざまに襲いかかる相手に対し、瑠美は両手に力を込めた。
「『トゥィンクルスラッシュ!』」
すれ違いざまに放った斬撃が、ディヴァンシィを地に伏した。
「…………そこっ!」
瑠美の手から投げ込まれた長刀が、梓の背後から襲いかかろうとしたディヴァンシィの背中に、突き立てられる。
「感謝ぐらいしなさいよ!」
「後で」
一カ所にとどまり、集中する。周囲の気配の変化を、逃さないようにする。梓と瑠美が動き回り、ディヴァンシィを片っ端から片づけていく。
「動けない理由があるようですね」
「…………」
無言は肯定とみなしたミスティが、のぞみに襲いかかる。しかし次の瞬間、ミスティは左右から強い衝撃を受け、姿勢を崩す。見ると、ディヴァンシィ最後の二体が、梓と瑠美によって投げつけられていた。
「言っておくけど、今日のわたしたちは機嫌悪いからね!」
(それって、あたしのために……)
代わりに怒ってくれている。のぞみは二人の気持ちが、痛いほど理解できた。
梓が胸ぐらを掴み、そのまま投げ落とすと共に、肘を腹に入れる。放り投げたところを瑠美が掴み、そのまま回転を加えて頭から叩きつける。
(何が…………そこまで!)
以前どころか、三人揃ってからこちらとも違う様子に、ミスティは”恐怖”を感じた。
「とっとと、消えなさいっ!」
「その、程度でっ!」
振り払うかのように間合いを取り、巨大な魔法を放ってくるミスティ。梓と瑠美が真っ正面から向かい、拳と剣で爆散させる。
「決めるわ!」
バックジャンプして間合いを取り、のぞみの元へと戻る。
(痛いけど……ここでやらなきゃ!)
のぞみが両の掌をかざしたのを見て、梓と瑠美も同じポーズを取る。
「希望と!」
「勇気と!」
「真実と!」
赤青緑の光が、掌に集まる。
「「「夢幸導くエモーション、止められるものなら止めてみなさい!」」」
頭上に掲げた掌を、振り下ろす。
「「「『ヴィスティア・シャイニングウェーブ』!」」」
三色の光が混ざり合い、純白に変わる。後ずさりするほどの反動を与えながら、ミスティへ襲いかかる。
「こんな、ものっ!」
両の掌で受け止めるミスティ。しかし、受け止めた彼女の脳裏に、悲痛な声が響いた。
(やめて! こんな形で……シフォンと相まみえたくない!)
「黙り……なさいっ!」
頭を振り、その声を振り払う。次の瞬間、身体が大きく後ろへ持っていかれることを感じたミスティは……その場から姿を消した。
手応えがなくなり、三人は掌を下ろす。
「…………っ!」
「のぞみ!」
その場に座り込んでしまうのぞみ。瑠美が不安げに、その顔を覗く。
「…………瑠美ちゃんにも、そのうち起きること。 覚悟してないのなら……覚悟した方がいい」
瑠美ちゃんの場合、たぶんあたしよりも早く来てしまう。自分と瑠美の姿を見比べながら、のぞみはそう告げた。
「バカ! そんな状況で無理しないの!」
「どのタイミングで言えばいいのよっ!」
本来、男子と女子の関係である。だがそんな二人が、仲の良い女子として言い争っているのは、瑠美には滑稽に思えた。
「ありえない。 ありえないはずだけど……警戒しなきゃ」
一月一回、かなり痛いらしい。瑠美の頭には、その程度の知識しかなかった。……まあ、瑠美の事情を考えれば、それが当たり前なのだろうが。
「お待たせ」
今度はミスティではなく、聡美が海鮮焼きを持ってきていた。一人が二つ、合計六つ。テーブル……別次元ではお約束通り壊された……にそれを置き、全員で食べる。
(スフレ、食べるなら気づかれないように)
(わかってます)
こっそりと食べるスフレの様子を見ながら、のぞみは笑う。
(翼…………あんたどこまでやせ我慢すればいいのよ。 初めてだとしたら、相当痛いんでしょう?)
初めての時は、梓の場合四年前。個人差はあるとはいえ、その時のことを思い出すと、のぞみが何に耐え、そしてそれを何事もないように装っているか、梓には痛いほど理解できた。
(ここまでしてくれる人…………誰もいなかった)
自分を助け、支えてくれる存在。二親はむろんのことそうしてくれていたが、それ以外の存在では初めてであった。
失いたくない。彼女に勧められた海鮮焼きを食べながら、梓はその思いを強くしていた。
…………………………
同じ頃。
「もはや、我々ではかなわぬ相手なのか……」
ミスティから敗北を聞かされたクリーヴァは、『ヴィスティア』の力が想像以上に高まっていることに、危機感を感じていた。
「ど〜するのだ、ミスティ」
「こうなっては…………”根元”から絶つしかないわ」
『エクセリュート』の力の根元、それがどこにあるか、ミスティは認識していた。しかし、そこに手を出すことによるリスクは、未知。
「それでも…………やる気か?」
「やらなければ、こちらが消される。 やるしかないわ」
あの声も、完全に振り払わなければならない。誰にも聞こえない声で、ミスティはそう付け加えた。
(To be continued)
ほたるです。『ヴィスティア』chapter11、お楽しみいただけましたでしょうか。
ついにのぞみに『あの日』が来てしまいました。そんな日でもお構いなしに現れるミスティでしたが……返り討ちにあっても仕方ないでしょう。
梓の小手、瑠美の刀の能力も次第に分かり、事態はさらに激しさを増していきます。
そして……ミスティの脳裏に響いた、もう一つの声。相対することを望まない存在は、はたして。
今回もお読みいただき、ありがとうございました。