戻る

−セバスチャン への一番−

「二代目は女子高生っ!?」 CREATED BY MONDO

※『二代目は○○』シリーズの詳細については、以下の公式ページを参照してください。
http://minafumi.aki.gs/kikaku/secondgeneration_rule.html



 春四月。新生活の幕開けの季節――

 安アパートの薄汚れた窓から差し込んできた朝の日差しに、瀬川智彦(せがわ・ともひこ)は唸り声を上げながら未練がましく寝返りをうつと、両手を布団につき、その身を起こした。
 けたたましく鳴り続ける目覚まし時計を止め、万年床の中からのろのろと這い出す。
「…………」
 光の中にうっすらと舞う埃を見つめ、ため息ひとつ。
 部屋の中を見回す。そこにあるのは見慣れたいつもの光景。
 ポスターの剥がし跡が残る壁、日に焼けたマットレス、そこに脱ぎ捨てられたランニングシャツとネクタイ。
 本と雑誌が無造作に詰め込まれた、安っぽい色のカラーボックス。
 折り畳み式の小さな丸テーブルには、コンビニ弁当のトレーと割り箸が置きっぱなし。
「はああ……」
 今日もまた一日が始まる。昨日と何ら変わらない、エンドレスで続く平凡で退屈なただの日常が。
 ふとそんな思いにとらわれて、智彦はベッドの上で思わず顔をしかめた。

 ……いい年して、どこの中二病罹患者だ。

 しかし、今の仕事(生活)にマンネリを感じているのは紛れもない事実である。
 入社したての頃の勢いも情熱も今はなく、ただただ惰性でノルマをこなしているだけの日々。
 付き合っている女性もいない。趣味といえばネットゲームか、彼女いない歴=年齢な同僚たちと居酒屋でクダを巻くことくらい。
「…………」
 ゆうべはいささか飲み過ぎたかもしれない。
 かすかにぼーっとする頭を振り振り立ち上がると、パジャマを脱ぎ捨て、着替えようとクローゼットを開き――

「な……」

 智彦はそこで、固まってしまった。




父から子へ――
世代を越えて引き継がれていくものがある。
それは物であり、技であり、知恵であり、想いである。
だが、その責務を嫌い、束縛を厭(いと)うものもいるだろう。
それでも、継承は続く。先代たちが託した願いとともに。





 クローゼットの中には一張羅のスーツと洗い替え用のワイシャツが三枚、それと私服のカジュアルシャツやジーンズ、スラックスがいくつか雑然と入っている……はずだった。
 少なくと昨日までは。
「…………」
 だが智彦の目の前には、からっぽになったクローゼットの中と、そこにただひとつ吊り下げられていた、見おぼえのない服が一着。
 それは白い丸襟のブラウス、赤いスクールリボン、チェックのプリーツスカート、薄いベージュのブレザー。
 何処からどう見ても、女子高生が着る制服以外の何物でもなかった。
「なんで、こんなものが……?」
 トランクス一丁で固まったまま、智彦は呆然とした口調でつぶやいた。
 夜中に泥棒に入られて、クローゼットの中の服を一切合切持っていかれたというのならまだ分かる……が、なんでわざわざ代わりに女子高生の制服をぶら下げておく――なんてわけのわからないことをしていくんだ?

 あえてもう一度言おう。それは見おぼえのない服であると。

 そんなものを買って愛でたり、匂い嗅いだりオカズにしたり、ましてや身につけたりするような趣味も余裕(主に金銭的な)も、あいにく智彦は持ち合わせてはいない。
「…………」
 唾を飲みこみ、おそるおそる……しかしその中にいくばくかの興味を秘めつつ、それにそっと手を伸ばす。
 指先がスカートの生地に触れた、その時――

「それは、貴方さまの亡きお父上が残されたものです」
「うぉわぁっ!!」

 後ろからいきなり声をかけられ、智彦は驚いてその場で大きく身体を捻りながらとび上がった。
 服泥棒っ……と叫びかけて次の瞬間、その目が点になった。
「だ……」
 それはどう見ても「泥棒」なんかではなく、それどころか、薄給にあえぐ三十路過ぎの独身男が住むアパートの部屋にいること自体、何かたちの悪い冗談にしか見えないような人物であった。
「……誰?」
 いつ、何処から現れたのだろう?
 振り向いたその先――智彦の背後には、糊のきいた染みひとつない白いドレスシャツに濃紺の蝶ネクタイ、ぴしっと折り目のついたグレーのスラックスと仕立てのよい黒のモーニングをりゅうと着こなし、両手に白手袋をはめ、ロマンスグレーの髪をオールバックになでつけ、鼻の下に豊かな口髭をたくわえた背の高い老人……いや老紳士が背筋を伸ばして悠然と立っていた。
 部屋の主――智彦の驚愕と誰何の視線を柳に風と受け流し、その口元に柔らかな笑みをたたえている。
「その制服は、貴方さまの亡きお父上が残されたものなのです」
「は……?」
 深みのある落ち着いた声が、智彦の耳朶を打つ。ただしその内容は全く意味不明だった。
「これまでひた隠しにしておりましたが……実は貴方さまの今は亡きお父上は、その制服をその身に纏って、『プロの女子高生』として活躍なさっておられたのです」
「……はいっ?」
 半ば反射的に、某特命係の警部さんみたいなイントネーションで聞き返す智彦。
 亡きお父上? プロの女子高生? いきなり何のこと――?
「貴方さまの今は亡きお父上は、プロの女子高生だったのです」
「……あ、あの」
 もしかして認知症の人……?
 失礼にもそう思ってしまったが、しかしその洗練された物腰と瞳に宿る知性と信念の眼差しは、決してボケ老人のそれではなかった。
「……ですが志半ばで力尽き、いつの日にか貴方さまが遺志を継いでくださると願いながら、帰らぬ人となられたのです」
「え? あ、いや、その――」
 混乱する智彦を尻目に、老紳士はモーニングの胸ポケットから取り出したシルクのハンカチーフを目尻に当てて、涙ぐんだ。
「その日から数えて幾年月――私めもこの日が来ることを心からお待ちしておりました。……さあ、今こそ亡きお父上のご遺志を継ぎ、貴方さまが二代目プロの女子高生になるのです」
「ち、ちょっと……ちょっと待てっ、ちょっとっ!! いきなり部屋に入ってきて、何わけの分からないこと言ってるんだあんたっ!?」
 滔々と意味不明な話を語る老紳士に、智彦はようやく我に返り、声を荒らげて一気にまくし立てた。「……だいたい何だよその『プロの女子高生』って!? っていうか、うちの親父は実家でまだぴんぴんしとるわっ!!」
 もちろんそんな、得体の知れない “仕事” なんかしていない。
 当初の驚愕と混乱が、不条理に対する怒りへと置き換わる――プロだかなんだか知らないが、三十幾つの男をつかまえて「女子高生になれ」って、人をおちょくっとんのかこのジジイっ!!
 だが老紳士はその怒鳴り声を完全にシカトし、胸に手を当てて優雅に一礼した。
「申し遅れました。わたくしめは、先代――貴方さまの亡きお父上にお仕えしておりました者です」
 そして顔を上げると、智彦の目をひたと見据えた。「……どうぞ、セバスチャンとお呼びください」
「…………」
 あくまで慇懃(いんぎん)、なれどマイペース。
 ちなみに日本のフィクション・サブカルチャーに登場する執事(鉄腕老人の長瀬某氏から、あくまで黒のあの人にいたるまで)の名前または愛称に「セバスチャン」が使われるのは、TVアニメ『アルプスの少女ハイジ』(1974年)に登場するゼーゼマン家の執事(劇中では「召使い」)であるセバスチャン氏が由来とされる。もっともギャリソン時田や西城秀治(ヒデじぃ)のような例もあるので、その呼称がキャラ立てに必須というわけではない。
 だが、ひとたび「セバスチャン」と名乗った以上、彼はそれ以外の何者でもなかった。
 そして絶句した智彦に、老紳士――セバスチャンは流れるような所作で、すっと歩み寄り……

「では、お召し替えを」
「……!!」

 まるで手品のように、履いていたトランクスがはぎ取られる。
 間髪入れずに下を見た智彦の目にとび込んできたのは、女物の下着――フリルで飾られた白いショーツに覆われた自分の股間だった。
 しかも、サイドにリボン付き。「な……な…………なっ――!?」

「乙女たるもの、下着は清楚で可憐でなければなりません」

 驚愕と当惑、そして倒錯めいた羞恥心をおぼえる間もなく、次の瞬間、智彦の骨盤がぐきぐきと音?を立てて横に広がった。
「……ひぎいぃっ!!」
 膝が勝手に内側を向き、ヒップが丸く張り出していく。
 よろめきながら前かがみになり、反射的に前を押さえた手のひらの中で、股間にぶら下がっていた「もの」が小さくなり、ずぶずぶと身体の中に沈み込んで……消えていく!?
「あ、な……な…………ぅぐう……っ!?」
 ぐるぐると下腹部の中をかき混ぜられ、その中心で何かが形作られていく。智彦はそのままその場に崩れおちるように座り込んだ。
 股関節の接合が緩くなり、横に向いた両足の間にお尻を落とす。それはいわゆる「女の子座り」。
 身体中が不可視の手で捏ねくり回されているような感覚をおぼえる。手足の関節に力が入らない……

「さらに乙女たるもの、胸の膨らみを慈しまねばなりません。ノーブラなどもっての外」

 背中――肩甲骨の下あたりでホックを留める音がして、背筋をぞくっとしたものが駆け上がる。
 それと同時にウエストがくびれ、胸に着けられたブラジャーのカップの中で、むくむくとふたつの膨らみ――おっぱいが寄せて上げられ大きくなっていく。
「あ……あああ……」
 あえぐような声を上げ、かすかに身をよじる。
 頭からキャミソールを被せられると、両の肩幅がぎしぎしとせばまっていく。
 金縛りにも似た状態――意識があるのに身体の自由が効かず、智彦はセバスチャンのなすがままにされる。
「昔のことを思い出します……貴方のお父上も、かつては左前のボタンに戸惑っておられました」
 遠い目をしながら、セバスチャンはハンガーにかかっていた制服を手に取った。
 ブラウスを身に着けさせられる。前のボタンを留められるたびに背が縮み、上半身が「服に合わせた」ものに変わっていく。
 丸みを帯びた肩、ブラウスの胸元を持ち上げる膨らんだ胸。
 袖口から出た手は小さく細く、そこから続く腕も細く華奢なものになる。
「あ……あ……あ…………」
 思わず気が遠くなりかける智彦。
 だが、変化する身体のあちこちから伝わってくる刺激に、気絶することさえできない。
「ぅあう……っ、……ひぁっ!?」
 スクールリボンを首に巻かれると、喉仏をグイッと押し込まれたような圧迫感をおぼえ、声が裏返って甲高くなった。
「膝上丈のスカートはわたくしめの趣味ではないのですが……これも時代の流れというもの」
 ひとまわり小さくなった身体をひょい、と一瞬持ち上げられたかと思ったら、制服のプリーツスカートを腰へと引き上げられ……ホックをぱちりと留められる。
「――っ!!」
 ひらひらしたプリーツの裾にくすぐられ、智彦は無意識の内に太ももを閉じてしまう。
 そこから伸びた両脚も、細く、すらりとしたものになっていた。もちろんスネ毛など一本もない。
 下腹部に鈍い衝撃がはしり、身体の中に新しい器官――男性には存在しない器官が完成された。
「ひぃ……っ!!」
 そのままベッドに座らされて脚を上げさせられ、黒のハイソックスをするするするっと膝下までたくし上げられる。
 足首がきゅっと締まり、足先も小さくなった。

「そしてこの長い黒髪こそ乙女の命。いたずらに短くしたり、脱色したり染めたりは許しませんぞ……」

 ヘアブラシを手に背後へと回ったセバスチャンが、知らないうちに背中まで伸びた智彦の髪をとかし始めた。
 手際よく髪型を整えられ、頭の後ろにリボンが結わえられる。
「今回は『初めて』ですのでお手伝いさせていただきましたが……次からは自分でもできるようになってくださいませ」
 セバスチャンは締めくくりにそう言うと、智彦の手を取り、ベッドから立たせた。「……わたくしめも、いつまでも年頃のレディのお着替えに付き添うわけにはまいりません」
「…………」
 身体の自由が戻ってきた。しかし、智彦はその顔に呆然とした表情を浮かべて立ち尽くす。
 視線の先――クローゼットの扉の裏側にある鏡に映った自分は、くたびれたサラリーマンの男ではなく、溌剌とした若さを纏ったブレザー姿の美少女だった。

「こ、……これが、俺……?」

 黒くしなやかな長い髪。
 ぱっちりとした、大きく丸い瞳。
 弓のような形のよい眉。長い睫毛。
 柔らかくカーブを描く頬の曲線。きめこまやかなすべすべの肌。細い顎と桜色の小さなくちびる。
 そしてスカートの奥――ショーツに覆われた股間には慣れ親しんだ「もの」はなく、代わりにその体内では、新しい命を育む器官――女性にしかあり得ない器官が息づいている……
 元の智彦の面影は、これっぽっちもなかった。
「そ……そんな――」
「ああ、まさに亡きお父上を見るようです……」
 どんな父親だっ、とツッコむ人間はあいにくここにはいなかった。
 そしてセバスチャンは「女子高生」と化した智彦の前に立つと、優雅な仕種で一礼して、莞爾(かんじ)と微笑んだ。

「では参りましょう……お嬢さま」
「…………」

 今度こそ……本当に今度こそ、智彦は意識を手放し、その場に卒倒した。





「転入生の、瀬川智子(ともこ)さんです。……みんな、仲良くしてあげてねっ」
「は……っ?」

 唐突に我に返って、智彦はきょろきょろとあたりを見回した。「……あ、こ、ここ……どこ?」
 そして教室の黒板の前で、学生カバンを手に立っている自分に気付く。
「瀬川さん大丈夫? ずいぶん緊張しているのね」
 春物のレディススーツを着た女性――このクラスの担任教師が、横からそう言って顔を覗き込んできた。
「あ……え、あ……」

 思い出す。今朝、自分の身にふりかかった不条理極まりない出来事を。

 からっぽになったクローゼットに吊るされていた、女子高生の制服。
 突然現れた「セバスチャン」を名乗る正体不明の老紳士は、「それは、貴方さまの亡きお父上が残されたものです」と告げるやいなや、いきなりそれを智彦に着せ始めた。
 女物の下着を履かされ着けさせられ、身だしなみを整えさせられていく中で、身体の内外が謎の力?でつくり変えられていき……その結果、智彦はアラサーの男性サラリーマンから16歳の少女へと変貌し、そして「プロの女子高生」としてこの学校に連れてこられ、「瀬川智子」として転入手続きを済まされてしまったのである。

「恥ずかしがり屋で内気であがり症なお嬢さまに代わって、わたくしめからお願いいたします……どうか、お嬢さまと仲良くしてくださいませ」
「……!!」
 恥ずかしがり屋で内気であがり症って、どんだけ?
 背後にいた諸悪の根源?であるセバスチャンが、未だ呆然としている智彦――智子の肩に手を置き、次いで生徒たちにうやうやしく頭を下げた。
 そして彼――彼女の背を押して、担任教師が指示した席へと座らせる。
「それではお嬢さま、またのちほど」
「あ、おいっ、ちょっと――」
 教室中の視線が集中する中、セバスチャンは再度一礼すると、ドアの向こうへと消えた。
 次の瞬間、智子の周囲に生徒たちが一気に殺到した。

「ねえねえ今の誰?」「あれ、あなたのじいやさん?」「あれって執事ってやつか?」「ナマ執事はじめて見た……」「ホントにいるんだ、あーゆーの」「あ〜ん写メ撮っときゃよかった」「ポールだよポールっ。ポールでございますですだよっ」「フィリップじゃねーのか?」「ば〜か、アルフレッドに決まってんだろ?」「マジしんじられねー」「お嬢さまキタ――――っ!!」「一目惚れしましたっ。付き合ってくださいっ!」「執事連れて学校来んのかよ」「どんだけ箱入り〜?」 ……………………

「あ、あ、あ……あの……」
 遠慮会釈もない怒濤の質問責めに、当惑したままの智子は目を白黒させた。
 しかも、ポールとかフィリップとかアルフレッドとか、あえて「定番」をはずしてきているのがみえみえだった(笑)。
 思わず担任教師の方へ目を向けるが、彼女はにこにことこちらを見守るだけで、止めようなんてこれっぽっちも思っていないようだ。

「ちょっと! 大勢で転入生をもみくちゃにしないっ! それにHRの途中でしょっ!?」

 隣の席の女子生徒が、代わって皆に一喝した。長い髪をツインテールにした、勝気そうな顔をした少女だ。
 人波が引いていき、智子は椅子に深く座り直すと、ぐったりとしてうつむき、ため息をついた。
 脚をだらしなく広げてしまい、あわててスカートの上から両手で押さえて閉じる。
 隣の少女はその様子に、くすくすと微笑んだ。「あたし宮守絵里奈(みやもり・えりな)。よろしくねっ」
「は……はい――」
 女装?していることで生じる倒錯感と羞恥心、姿も中身も別人の女の子の身体になっているという驚愕と戦慄、そこから伝わってくる男とは全く違う感覚と快感?に頭の中がまだ混沌としている智子(智彦)は、おびえたように肩を震わせ、かすれた声で短く返事した。
 絵里奈は好奇心いっぱいの表情を浮かべ、がたがたと机をくっつけ、身を寄せてくると、
「……あたしのことは『絵里奈』って呼んでねっ。あたしも『智子』って呼ぶからっ。教科書ないでしょ見せたげるっ。次の休み時間に学校案内してあげるわねっ。ねえねえ前の学校ってどんなとこ? 女子校? 『姉妹の契り』ってあった? クラブ何処にする? 彼氏いる? 好きな男の子のタイプは? うわぁ髪の毛サラサラ……シャンプー何使ってるの? 朝、玄関にあった車、あなたを送ってきたやつでしょ? すごいよねー。お嬢さまだからお屋敷に住んでるの? カップヌードルとかうまい棒って見たことある? ペットはやっぱりチワワ? あ、でもちょっち小市民っぽいからゴールデンレトリバー? ダルメシアン? それとも番犬兼用のドーベルマン? まさかトラとかライオンとか飼ってたりしてない? メイドさんとか黒服のSPなんかもいるの? スイスに別荘とかある? あの執事さんかっこいいよねっ。やっぱり家では『セバスチャン』って呼んでるの? …………」
「…………」
 こちらは直球ど真ん中だった……
 いきなり始まったマシンガントーク(違)に、智子は口元をせーだいに引きつらせた。


 場面は早朝へと遡る――

「プロの女子高生……それは退屈な高校生活に、夢と刺激を与えて活性化させることが使命なのです」

 安アパートの前に違和感をばりばりに放ちながら路上駐車していた、黒のベントレー・ステートリムジン。
 その後部座席に押し込められたブレザー女子高生姿の智彦は、半分惚けた頭で、運転席に座るセバスチャンの説明を聞いていた。
「例えば新体操部やチアリーディング部、テニス部や演劇部などで活躍して男女問わずに羨望の眼差しを浴び、全校生徒から『学園のアイドル』『我が校のヒロイン』もしくは『お姉さま』『エルダー』『プリンセス』などと称され慕われるとか――」
 ステアリングをたくみに操りながら、淡々と言葉を紡ぐセバスチャン。
 どう見てもリムジンなんか通れそうにない曲がり角にもかかわらず、車は止まることもバックすることもなく悠然と走っていく。
 もっともシートに埋もれるように座ってぼーっと虚空を見つめている智彦は、そんなこと全く気付いていないが。
「……あるいは仲間を集めて同好会を立ち上げ、学校内外の行事その他に片っ端からかかわり合い、エキセントリックなキャラクターとして耳目を集めるのもよろしいかと。仮装――今は『コスプレ』とか申すのでしたな――をしたりさせたりさせられたり、おバカで強引な映画を撮ったり、軽音楽部のコンサートにとび入りしたりするのも最近のトレンドとうかがっております」
「…………」
 何処のセカイ系傍若無人ヒロインだ?
「ひと昔前ですと、始業直前に食パンを口にくわえ『遅刻、遅刻ぅ〜』と言いながら、性格は穏やかなれどいまいち地味で平均的な男子、もしくは間逆の王子さま系美少年と通学路の曲がり角でぶつかり、その後口喧嘩を繰り返しながらもなんとなくいい雰囲気になり、いつしかクラス中の祝福を受けて理想的カップルとして認められる――というのもありましたが、いささか手垢のついた代物ですな…………」


「…………」
 一時間目のチャイムが鳴り、今朝の出来事を脳裏でリプレイしていた智子の意識を引き戻した。
 どうやら少しずつ、頭の回転が戻ってきたようだ。

 …………で、こんなとこでいったい何やってるんだ? 俺。

 自分がこんなに流されやすかったとは、思ってもいなかった。
 ……いやいやそういう問題じゃない。いきなりこんな不条理な目にあって、理性を保って判断しろという方が無理だ。
「どうしたの智子? いきなり変な顔して?」
 怪訝な表情を浮かべて顔を覗き込んでくる絵里奈を無視して、智子は膝の上で両の拳をぎゅっと握りしめ、机の一点をじっと見つめた。
「…………」
 確かに、かわりばえのしない日常に不満があった。
 身のまわりで何か刺激的なことが起こらないかと、かすかに思ったこともある。
 だからって女の子にされてもう一度高校生からやり直し――なんて事態は想定外も想定外。驚天動地にして青天の霹靂(へきれき)……なんて言葉では言い表せないほどの、まるで足元の地面が消失し無限に続くブラックホールな暗闇に足から落下していく失墜感というか……非現実感しかない。
「どうすりゃいいんだ……」
「……?」
 口からこぼれたそのつぶやきに、隣の絵里奈が首をかしげる。
 こんなわけのわからない状況の当事者になるつもりなんか、これっぽっちもなかった……いや、今もない。
 しかしその一方で、智子(智彦)の心の片隅には「これからいったいどうなるんだろう?」という、期待感にも似た感情がかすかにあった。
 このまま(元の)仕事も両親も、今までの人間関係も何もかも全て捨て去って、「あれ」の言うまま女子高生するのも選択のひとつか? この姿で「俺は瀬川智彦だ」と主張しても、誰も信じてはくれないだろう。だったら……
「…………」
 ふとそんな考えが脳裏をよぎり、智子は自分の二の腕をつかんで、ぶるっと震えた。
 三十路過ぎで女子高生――まるで、某漫画に出てくる潜入捜査官だ。


火星人刑事【かせいじん−でか】
 漫画家・安永航一郎氏の作品(漫画)のひとつ。
 主人公は一見普通の女子高生だが、実は警官?で御年三十歳。同僚の婦警たちが皆ゴールインして焦りまくってはいるが、ひとたび事件が起きると「巾着!」という掛け声とともに防弾スカートを裏返しにして上半身を防御し(ついでに正体も隠し)、頑丈な(だけの)肉体と、「火星人殺法」と呼ばれる足技を駆使して戦うのだ。……って話だったよな?



 とりあえず、軽く現実逃避(笑)。
 で、どうする? 今し方出ていった、「あれ」を追いかけるか?
 自分を元に戻すことが……少なくともこの状況をどうにかできるのは、あのセバスチャンとか名乗る謎の老人だけだろう。
 智子はあわてて席から腰を浮かしかけるが、

「やあみんな、おはようっ」

 爽やかな挨拶とともに一時間目の担当教師が教室に入ってきて、タイミングを逸してしまう。
 同時に、周囲の空気がピンク色に染まった――ような気がした。
 智子は居心地の悪さを感じて思わず身をすくめ、周囲を見回した。
「はぁ〜相変わらずかっこいいよね〜大野木(おおのき)先生。ねっ、智子もそう思うでしょ?」
「…………」
 女子たちのハートマークな視線が飛び交う中、教壇に立ったのは、二十歳過ぎの背の高い男性教師だった。
 髪を襟元まで伸ばし、目元涼しく、すっきり整った顔に穏やかな笑みを浮かべ、男性モデルのような細身の身体をワイシャツとスラックスに包んでいる。
 そして彼――大野木はゆっくりと智子に近づき、その目をじっと見つめた。
「君が転入生の瀬川さんだね……よろしく。君みたいな可愛い女の子は大歓迎さ」
 冗談めかした口調でそう言うと、ウインクひとつ。
 周囲から羨望と嫉妬の眼差し(主に女子)が智子に、殺意に満ちた視線(主に男子)が大野木に浴びせられる。
 もちろん智子は――

 ……敵だっ(きっぱり)。

 そう。智子――智彦の、彼女いない歴=年齢な男の意識としては、女の子にモテモテ(死語)なイケメンなど敵以外の何者でもない。
 自分の置かれた状況を横において、智子(智彦)は間髪入れずにそう思った。
 そんな彼女の視線を真っ正面から受けた大野木は、次の瞬間その顔から表情を消し、次いでニヤリ……と口の端を歪めた。
「ふっ……プロの女子高生に、色仕掛けは通じないか――」
「は?」

 周囲の喧騒がかき消えた。

「な……何だぁ!?」
 唐突に人の気配がなくなり、まわりを見回した智子はすっとんきょうな声を上げて席から立ち上がった。
 さっきまで教室いた生徒たちが、全員一瞬でいなくなっていた。
 いや、それだけではなかった。教室の前後――前の黒板と後ろの掲示板があった壁が消失し、机と椅子が無限の彼方までずらっと並べられていた。

 これって……某閉鎖空間?

「こ……今度はいったい何なんだよっ!?」
 今朝の出来事で耐性が付いていたのか、智子はしばしのパニックから回復すると、甲高い声で叫んだ。
 がさりっ、と音がして顔を上に向けると、手脚の関節を変な方向に曲げた大野木が、天井にクモのようにへばりつき、こちらをじっと見下ろしていた。
「……げっ!!」
「くくくっ、一瞬でボクを“敵”だと判断する……新人とはいえ、さすがはプロの女子高生」

 お前もかっ!?

 と、脳内でツッこみながらたじろぐ智子に、大野木は首を人形のように、かくん――と動かした。「……君が転入生としてこの学校に来るのは情報で知っていた。だから気づかれる前に誑(たぶら)かしてこちら側に引き込もうとしたのだが……まあいい。君さえいなくなれば、ここの生徒を安心してエサにできる」
 大野木はそう言うと、カギ爪の生えた手で顔を押さえ、頬を……いや、顔全体を剥ぎ取った。
 同時に着ていた服と、全身の「皮膚」が弾けとぶ。
「……げげっ!!」
 大野木……いや、大野木の皮を被っていたのは、一体の等身大人形だった。
 人形のように――ではなく、マジで人形だった。
 左半身には一面に筋肉が描かれ、右側はのっぺりとした顔と、薄橙色を均一に塗られた手足。
 そして胴体には大きな空洞があり、そこに心臓や肺、胃や肝臓、腸や腎臓などの内臓模型がパズルのように押し込まれていた。
「じ……人体模型!?」
「そう、ボクは人体模型の怪器物(かいきぶつ)。学園ものなら定番だよ……プロの女子高生ともあろう者が知らないのかい?」
 まばたきしない虚ろな目――人形なんだから当然か――で智子をねめつけ、その人体模型はくくく……と喉?の奥で嗤った。


 怪器物――かつては「付喪神」と呼ばれた、年月を経た古い器物の物の怪。
 だが、学校のような同年代の人間が大勢集い続ける場所に生じたモノは、いつしか偏った感情の影響を受けて歪み……人を「食らう」。


 がだだんっ、と背後で大きな音がした。
 振り返った智子の視界にとび込んできたのは、机と椅子を倒して腰を抜かしていた絵里奈の姿だった。
「おや? この結界の中にまだ残っているとは……丁度いい、次の擬態の皮は君から剥ぎ取ることにしましょう、宮守さん――」
 そう言うや否や、人体模型は天井を蹴り、智子に襲いかかった。
 両手を振りかぶり、瞬殺の貫き手を繰り出す。
「……っ!!」
 背後でおびえる絵里奈に一瞬気を取られていた智子は、向き直るだけで精一杯。
 しかしその時、いきなり教室のドアが開き、とび込んできた黒い人影が智子の身体を抱えて人体模型の一撃をかわし、回し蹴りでその背中を蹴りとばして彼女の危機を救った。
「お怪我はございませんか? お嬢さま」
「あ……」
 目を丸くした智子に微笑むと、黒い人影――セバスチャンはお姫さま抱っこしていた彼女の身体をゆっくりと床に下ろし、そして深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。閉鎖空間を破るのに、いささか時間がかかってしまいました」
「…………」
 事もなげな口調でそう言うと、彼は足元に置いていた大ぶりな木の箱を両手で捧げ持ち、智子の目の前に差し出した。
「どうやら今回は、荒事がメインのお仕事……今こそ先代――お父上が残されたもうひとつの物をお渡ししなければならないようです」
 ぱちりっ、と留め金がはずれて、蓋が開いた。
 中に入っていたのは、クロムの鈍い輝きを放つ二丁の拳銃。
 ベースはベレッタM92。銃口の下やグリップの底部に打撃用の突起がある、独特の形状をしている。
「ま、まさかこれって…………クラリックガン――?」


ガン=カタ【GUN KATA】
 映画『リベリオン』(2002年アメリカ 原題『Equilibrium(均衡)』)の劇中に登場する架空のCQC(近接戦闘術)。
 「クラリックガン(聖職者の銃)」と呼ばれる特殊拳銃を両手に持ち、常に敵の死角に回りその銃弾を回避しつつ、至近距離〜近距離において銃撃戦や格闘戦をおこない、多数の敵を短時間で無力化する。ガン=カタ使いは敵の銃口がどの方向に向いているかを一瞬で判断し、その銃弾が通過する軌道上を避けたり、銃弾が自分に当たらない方向に敵の銃口を捌いたり(いわゆる「銃を使ったチャンバラ」)することもできる。熟練者はクラリックガンによる直接的な打撃のみで、アサルトライフルを装備した兵士6人を倒してしまうことも可能だとされている。



「はい。生徒たちを異界の悪しき存在から守るのも、プロの女子高生の使命なので――」

 ……ずしゅっ!!

 皆まで言えなかった。
 次の瞬間、セバスチャンは口から血を吐き、手にした木箱を取り落とした。
 ドレスシャツの胸元が、みるみる真っ赤に染まっていく。
「せ――」
「くくくっ、よくもやってくれたな……」
 セバスチャンに蹴りとばされた人体模型が、バネ仕掛けのように跳ね起き、背後から彼の胸を貫き手で刺し貫いたのだ。

「……セバスチャンっ!!」

 顔を強張らせ目を見開き、絶叫する智子。
 しかしセバスチャンは、膝も付かずに仁王立ちのまま、自分の胸元から突き出た人体模型の腕をがしっとつかんで押さえ込んだ。
「なっ……は、離せっ! 離せこのジジイっ!!」
「やっと――やっと、わたくしめの名前を呼んでくださいましたな……お嬢さま」
 背中でじたばた暴れる人体模型を無視して、セバスチャンは血まみれの顔に慈愛の笑みを浮かべた。
「今はそこのお友だちをお守りすることだけをお考えください。それができるのは、お嬢さま……あなただけなのです……」
「あ……あ……」
「わたくしめは、お嬢さまをいつまでも見守って……おり……ます、ぞ……」
 とぎれとぎれにそう言うと、セバスチャンは「ふんっ!」と気合を込めて腕と胸元に力を入れ、同時に身体を捩じり、押さえ込んだ人体模型の腕を肩口から引きちぎった。

 ぎゃああああああああっ――!!

 閉鎖空間に、耳障りな金切り声が響いた。
 セバスチャンはそのまま横倒しに倒れ伏し、頭を床に落とし、目を閉じて動かなくなった。

「う……う……う――うぁああああああああ〜っ!!」

 智子は髪をふり乱して絶叫し、床に落ちた二丁の拳銃――クラリックガンを拾い上げると、片腕を失って怨嗟の唸り声を上げる人体模型に突っ込んでいった。
 腕を伸ばして銃を床と平行に構え、フルオートで一斉射。そのまま一気に間を詰めて、右手の銃身を横なぎに振るう。
 人体模型は首を背中側にがくっと倒してその一撃をかわし、残った右腕で突きを繰り出す。
 智子は左手の銃身でその攻撃を斜めに払いのけ、右手の銃のトリガーを弾く。
 大きく身体をのけぞらせて弾丸をやり過ごし、そのまま脚を振り上げる人体模型。
 跳び上がりながら脚を振って身体を捻り、その蹴りを見切る智子。

「くくく……くひヒヒヒ……ッ――!」

 人体模型は机をとび越えて間合いをとると、両手の銃を乱射しながら追いすがる智子をたくみに翻弄し、いきなりくるりと向き直って、その体(たい)を大きく開いた。
「……!!」
 その身体の中に詰め込まれた内臓模型が、弾丸と化して一斉に飛び出し、智子を襲う。
「うわっ…………きゃああああっ!!」
 思わずたたらを踏み、腕を顔の前にクロスさせる。
 だが射出された「内臓」の勢いは凄まじく、智子は大きく吹き飛ばされ、机の列に叩きつけられた。
「く……っ!」
 全身の痛みを意志でねじ伏せて身を起こし、智子は素早く左へ転がった。
 その顔が赤いのは、つい女の子らしい悲鳴を上げてしまったためか? そのまま腕を伸ばし、彼女が倒れていた床を拳で突き破った姿勢のままこちらを向く人体模型に、銃弾のシャワーを浴びせる。
 人体模型は頭を撃ち抜かれ、がらんどうになった胴体にいくつも風穴を開けられながらもぎくしゃくと立ち上がり、奇声を上げて智子にとびかかる。
 脳天に振り下ろされた手刀の軌道を右手の銃の一撃でそらし、智子はスカートがめくり上がるのも構わず(見ているのは机の影でがたがた震えている絵里奈だけだが)にハイキック。
 同時に空になったマガジン(弾倉)を排出し、グリップを持った手首を捻る。
 ブレザーの袖の内側に仕込んだギミックが作動し、予備のマガジンが袖口からとび出してリロード(再装填)……すかさず銃撃。
 プラスチックの破片をとび散らせてもんどりうつ人体模型だったが、片腕だけですかさず身を起こし、全身穴だらけになっているにもかかわらず、なおもとびかかってきた。
「くそっ、まだ動くのかよっ……」
 二丁の銃身をクロスさせて手刀を受け止め、右へと捻る。
 上半身を泳がせた人体模型の側頭部に、左手の銃の銃身――打撃用の突起を叩き込む。

 ガッ――!!

 手応えがあった。
 間合いを取ってさらに銃撃するが、人体模型はかすかによろめいただけで、また一直線に襲いかかってくる。
 腹の中身がなくなり、穴が空いて軽くなったせいか、動きがやたらと速くなっている。
 机から机に移動し、それを楯にして防戦一方になる智子。
 さすがに息が上がってくる。
 ふと、頭の隅を疑問がかすめた。こいつ、さっきまで「よけて」いたはずなのに……

 そうかっ!

 そして、智子と人体模型の戦いを固唾を呑んで見つめていた絵里奈も、同じことに気づいた。

「智子っ! 魔女は心臓を別の場所にっ――!!」
「……そういうことかああっ!!」

 智子は腕を振り上げてとびかかってくる人体模型に背を向け、床の上にぶちまけられた「内蔵」に向かって引き金を弾いた。
 フルオートで発射された銃弾が、肺を、胃を、腸を、肝臓を、腎臓を――全ての内臓模型を粉々にしていく。

 うぎゃああああああああっ……!!

 断末魔の絶叫が、閉鎖空間にこだました。
 智子の背中に貫き手を繰り出そうとしていた人体模型は、次の瞬間糸の切れたマリオネットのように床に崩れ落ちた。
 そのままぴくりとも動かなくなった「それ」を一瞥し、智子は両手の銃を下ろして「内臓」に近寄った。

 くくくっ……いい気になるナヨ。怪器物はボクだけジャ――

「…………」
 皆まで言わさず、智子は無言でボロボロになった心臓の模型を踏み砕いた。




















 放課後の屋上。
 金網越しに夕焼けを見つめる智子の背後に、絵里奈がそっと近寄ってきた。
「智子……」
「…………」
 小声でその背中に呼びかけるが、智子は振り向かなかった。
「あ、あのね――」
「…………」
「…………」
 絵里奈はそこで、言葉を途切れさせた。


 人体模型の怪器物を倒し、智子と絵里奈は閉鎖空間――結界を脱出した。
 銃をブレザーの内側に隠して教室に戻ると、一時間目は自習になっていた。
 担当教師だった大野木が突然その姿を消し、廊下で手の空いた教師たちが右往左往していた。
 騒然とした教室の中、絵理奈はぶるぶる震えて智子にしがみついたままになり、智子も自分の席に座って茫然自失となった。

 セバスチャンが死んだ以上、元の姿(生活)に戻ることは絶望的だからだ……


 ふたりの少女の間に沈黙が続き、先に口を開いたのはやっぱり絵里奈だった。
「あのね……たった一日しか経ってないけど……智子がどう思ってるか知らないけど…………あたしは智子の友だちのつもりだからねっ」
「…………」
 かすかに、肩が震えた。
「だから……だから何でもかんでも一人で背負い込まないでっ! バケモノ退治は無理だけどっ、それ以外なら何だって手伝ってあげるからっ!!」
 半泣きになりながら訴えかけてくる絵里奈の声に、智子は背中を向けたまま、おずおずと口を開いた。
「お――わ、わたしは、ここにいて……いい、の――?」
 言いかけた「か」を飲み込み、語尾を修正する。
「あったりまえじゃないっ……」
「…………」
 怒ったようなつっけんとんな、でもどことなく嬉しそうな絵里奈の声に、智子はブレザーの袖であふれかけた涙をぬぐった。
 もう、元の自分には戻れない。でも、ここに自分の「居場所」はあった。
「あ……ありがとう、宮――」
 一瞬言葉を途切れさせ、顔を赤らめうつむくと……
「じゃなくて、え……絵里奈っ」
 照れくさそうにそう言って、くるりと彼女の方へ振り向き――

「……ね〜、セバスチャンさん」
「はい。絵里奈さまの言う通りでございます」

 ……盛大にすっ転んで屋上とキスをした。
「なっ、ななななななななななな……っ!?」
 間髪入れずにがばっと起き上がり、智子は絵里奈と仲良さげに並ぶセバスチャンをわなわなと指差した。「……なんでここにいるっ!?」
「何言ってんのよ? 智子のそばにセバスチャンさんがいるのはデフォじゃない」
「申し上げたはずですぞ。わたくしめは、お嬢さまをいつまでも見守っておりますと――」
「…………」
 糊のきいた染みひとつない白いドレスシャツに濃紺の蝶ネクタイ、ぴしっと折り目のついたグレーのスラックスと仕立てのよい黒のモーニングをりゅうと着こなし、両手に白手袋をはめ、ロマンスグレーの髪をオールバックになでつけ、鼻の下に豊かな口髭をたくわえて……胸をぶち抜かれたことなどなかったかのように悠然と佇むセバスチャンに、絶句する智子。
「しっ、死んだんじゃなかったのかお前っ!?」
「これは異なことを。わたくしめはこうしてぴんぴんしておりますぞ」
 何か見間違えたのでは? といった調子で首をかしげてそう答えると、彼は智子に向き直り、胸に手を当てて優雅に一礼した。

「では、明日もこの調子でがんばってくださいませ……お嬢さま」
「…………」

 智子は半笑いの表情を浮かべ、脱力してその場にへなへなと崩れ落ちた。
 がんばれ智子。負けるなセバスチャン。学園の闇に潜む怪器物との戦いは、まだ始まったばかりなのだっ!



















「――という感じでまとめてみましたが、いささか手垢のついた代物ですな……」
「おいっ……」

(おしまい)

戻る


□ 感想はこちらに □