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父から子へ――
世代を越えて引き継がれていくものがある。
それは物であり、技であり、知恵であり、想いである。
だが、その責務を嫌い、束縛を厭(いと)うものもいるだろう。
それでも、継承は続く。先代たちが託した願いとともに。


−セバスチャン いの一番−

「二代目は赤ずきん」  CREATED BY よっすぃー

※『二代目は○○』シリーズの詳細については、以下の公式ページを参照してください。
http://minafumi.aki.gs/kikaku/secondgeneration_rule.html


 就職をした。
 職種は訪問介護。高齢者など要介護者のお宅に訪問して、入浴、排せつ、食事等の介護など日常生活上の世話をする仕事だ。
 聞いているだけで分かるとおり、所謂複合K職種(「きつい」「臭い」「汚い」「帰れない」「給料が安い」「休暇が取れない」etc、etc)の代表格で、できれば選択したくない職種だったけど、この不況下で贅沢は言ってられないだろう。面接を受けること53回目にして、やっと手に入れた定職なんだから。
 とにもかくにも今日が出勤初日。けじめだからと一応スーツ姿で出社して、ここの所長さんから就業に当たっての基本的なレクチャーを受けることになった。
 ここの所長さん。といっても、それほど年上ではない。離れていても、せいぜい5歳くらいかな? 管理職というよりも、どちらかというと部活のセンパイというか、ごついアニキ的な印象。名前は憶えてないけどね。
「いよいよ、今日からだね。赤堤クン」
 見た目同様に体育会系の大きな声をだしながら、所長が僕の肩を掴んで歓迎の意を表してきた。暑苦しいから勘弁してもらいたいけど、第一印象を悪くすると後々に響いてくるので、黙ってなすがままにされる。長年のフリーター生活で憶えた経験則だ。
 それよりも――
「ええ、ちょっと緊張しています」
 相手の期待通りに、模範的な解答をする。
 この手のタイプはテンプレ回答に弱いはずだ。
 予想にたがわず、所長は「うん、うん」と大仰に頷いて、外向けに作った僕の言葉を真に受けた。
「面接でも言ったと思うけど、正直キツイ仕事だから。生半可な気持ちでは勤まらないよ」
 うわっ。返ってきた言葉もきっちりテンプレ、半ば脅すような口調で覚悟のほどを訊いてくる。やる前から相手をビビらせてどうするの? 内容が内容だけに、すすんでやりたいとは思わないけど、お金を貰うんだから給料分くらいはきちんとやるつもりだっちゅうに。
 背に腹は返られないから、このときの答えは、もちろん「ハイっ」。少し大きな声をだすのがここでのポイント。同じ仕事をするのだったら、上司に気に入られているほうが得ってもの。それが証拠に、所長の口から「良い返事だ」と満足そうな声が返ってくる。
「ウチの相手はお年寄りが多いから、元気な返事は大事だよ」
「独居老人宅への訪問介護が多かったんですよね?」
「そう。まずは依頼主のオーダーに即しながら、御用聞きみたいなことをしてくれたらいいんだ。入浴介助や通院補助みたいな難しい仕事は追々指導するから」
 ここで一連の仕事の流れをざっとレクチャーしてもらう。基本的な仕事内容はさして難しくないけど、K内容がてんこ盛りなのと、細やかな気遣いと臨機応変さが必要なことを強調された。
「細かいことは都度指導するから、分からないことがあったらどんどん質問してくれよな」
 どうやら所長自ら僕に同行するみたい。若干ウザイけど、考えようによっては中途な先輩社員より良いかも知れない。それに、
「頑張れば出世も早い職場だから、頑張ってくれよな」
 てのにも有利だろう。出世が早いってのは、離職率の高さと裏返しだけれど、我慢して経験を積めば可能性が高いのもまた事実。学閥や経歴がものを言う大手企業と違い、僕のようなフリーター上がりでも、管理職になれる可能性もあるってことだ。
 チャンスとリスクは表裏一体。ならば、ここはチャンスと思うべきか。
 だとしたら――
「ハイ!」
 と、ひときわ大きく返事をしておく。
 この覚悟は就職したみんなに聞いているのかもしれない。今日一番いい返事をした僕に、所長は満足そうに目を細める。どうやらお眼鏡に叶ったよう。
「そう、その意気だ」
 もう一度大きな手で背中を叩かれると、いよいよ初仕事。「早速だけど、よろしく頼むよ」と言われ、仕事着に着替えるために更衣室に入った。
 年代もののくたびれたスチールロッカーに、僕の名前を印字した真新しいテプラが貼られていた。裏に何枚も同じようなテプラが貼ってあるところを見ると、離職率が高いのはどうやら本当のようだ。試しにめくってみると、いろんな名前が出てくる、出てくる。給料の割りに仕事がキツイのは伊達ではなさそうだ。
 だからこそ、頑張れば出世が早いのもある意味真理か。こういう場合、前向きなならないとやってられないよな。支給されたジャージを取り出すためにロッカーを開けると、中には予想外の衣服が入っていた。
「おいおい。なにをトチ狂って、こんなものを入れてるんだ?」
 サイズ違いのジャージなら笑って許せる。でも、これはちょっと悪質だろう。ロッカーの中に仕舞ってあったのは、中世ヨーロッパの町娘……それも小学生くらいの女の子が着るようなワンピースと、真っ赤なフード。それはまるで、グリム童話でてくるような、
「赤ずきんの衣装でございます」
 ずばりと言い切った声のほうに振り返ると、仕立てのよい黒いタキシードに身を包んだ初老の男性が、慇懃にお辞儀をしながら立っていた。
「これは先代様より受け継がれた、あなた様の衣装です」
「そんな訳ないだろ!」
 冗談にしても性質が悪すぎる。サイズ違いならばありえても、当然のごとく僕は怒鳴ったが、老紳士は僕の怒りを「いいえ」と斬って捨てる。
「あなた様の衣装で間違いございません」
 優雅に、だが強引と言えるほどきっぱりと肯定する。
「申し遅れましたが、わたくしはセバスチャンと申し、先代様にお使いしていた者です」
 恭しく一礼する。ここが海外の豪邸ならば、老紳士の振る舞いも執事然として様になっているが、いかんせんここは年代物のスチールロッカーが並ぶ介護センターの更衣室。汗臭い部屋の中で、老紳士の存在はものの見事に浮いている。
 しかし、セバスチャンと名乗った老紳士は場違いな雰囲気など一向に気にする気配もない。しかも右手には、いつの間にロッカーから取り出したのか、テーブルクロスでも持つかのような優雅さで、さっきの赤ずきんの衣装を携えているときている。
「これまで隠しておりましたが、あなた様のお父上は赤ずきんだったのでございます」
「ちょっと待て、赤ずきんの話しは童話だろう。そもそも子供で、しかも女の子だぞ。オヤジはまだ生きているし、歳だってアンタと同じくらいのおっさんだし。だいいち男だぞ!」
 猛然と突っ込みを入れるが、セバスチャンは「プロですから」で一蹴。
「先代様は、それは立派な赤ずきんでした」
 理由になってない……
 それどころか、遠くを見つめたきり、僕の話など聞いちゃいない。
「志半ばで倒れられたお父上は、いつの日にか貴女様がご自身の遺志を継いで下さると願っておられました。わたくしめもこの日が来ることを楽しみに待っておりました」
 それどころか懐から白いハンカチを取り出して、目頭を押さえて涙ぐむ始末。
「いや、オヤジ。ピンシャンしているし」
「先代様は二度とその衣装を着ることが出来ない身」
「だから、サイズからして無理」
「その無念さは幾ばく程か。このセバスチャン、胸が締め付けられる思いでした」
「話を聞け!」
 って言ってるのに、全然聞く気配すらない。
「歳をとりますと少々感傷的になりますな。思い出話はこれくらいにして。ささ、お召し替えを」
 言うや否や僕のスーツを引っぺがえそうとする。
「僕が何で、そんな服を着ないといけないんだ?」
「赤ずきんですから、この衣装を着るのは当然でございます」
「だから、僕がこれを着る理由になってない」
「貴女様は先代様を受け継ぎ、ここにこられたのです」
「ちが〜う!」
 大声で叫ぶ。
「僕は介護関係の仕事に就職したんだぞ」
「存じております。ですが、赤ずきんとて独居老人のお宅に訪問するのが使命ですから、些かの問題もございません」
「ある、ある。おおあり!」
 叫んだけど、僕の声はセバスチャンには届いていない。サイズ違いも何のその。あれよあれよという間にセバスチャンによって下着から何から一切合切着替えさせられ、仕上げとばかりにトレードマークの真っ赤なずきんを頭に被せられた。
「血は争えませぬな。亡きお父上のお若いお頃に瓜二つでございます。このセバスチャン、先代様と過ごした日々の思い出が走馬灯のように蘇ってまいります」
 だから、オヤジは生きてるって。
「こんな格好じゃ、仕事どころか社会から抹殺されるだろう」
 いい年をした男なのに、仕事場でロリータファッションの女装をしてるのだ。
 うぅっ、穴があったら入りたい。
 就職がままならなかったから、フリーター稼業こそしていたが、僕は自堕落なニート生活はしていなかったんだ。一応常識は持っているし。でも、この姿を見られたら引き篭もってしまうかもしれない。
 と――
 ガチャリ。と、ドアノブが開く音。
「着替え。終わったかい?」
 半開きのドアから所長が覗き込む。出きる出来ない以前に変態のレッテルを貼られるのかと思いきや。
「さすが先輩の娘さん。完璧な赤ずきんだよね」
 目を細めて回顧する。てか、何なんだ、この展開。
「赤ずきんのサラブレッドでございますから」
 呆気に取られる僕をよそに、セバスチャンが太鼓判を押す。押さなくて良いって。
「先輩の赤ずきんは、介護業界にこの人ありと噂されたくらいだったからね」
「わたくしの自慢でございます。ですが、お嬢様もきっと期待に応えてくれますとも」
 そんな期待は要らない! けど、僕の叫びは完全にスルーされる。
「準備も出来たみたいだし。さあ、行こうか」
 いつの間に用意したのか。籐のバスケットを手にした所長が、女装・コスプレと怪しさ満点な僕の腕を掴むと、そのまま何の違和感もなく引っ張っていく。
 気がつけば僕の身体は所長より2回り以上も小さく、漏らす声も細く甲高く、赤い頭巾が良く似合う小柄な赤ずきんそのものになっていた。
「行ってらっしゃいませお嬢様」
 ちょっと待っての声も虚しく、セバスチャンが恭しく一礼して僕を見送った。
「さあ、急いで。一人暮らしのお婆さんがキミを待っているんだからね。ちゃんとお世話してあげてね」
 やめてくれ。こんな独居介護なんてやりたくないって。
 僕の心の声はものの見事にスルーされ、車はお婆さんの住む森の中へと入っていった。

 その後、赤ずきんとなった僕が、訪問先のお婆さんの話し相手をしてみたり。話し相手がお婆さんだと思っていたら、実は腹を空かした狼が成りすましていて、不意に食べられてしまったり。絶体絶命危機一髪のピンチを、カービンライフルを持ったまたぎ姿の所長に助けてもらったりするのは、また別の話。
「介護の道は険しゅうございますから」
「いや、それ。違うだろ!」

(おしまい)

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