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《Track1 イントロダクション》



 この日も、至って平凡な毎日の中の1日が始まるはずだった。



 僕は、新穂翔(にいぼ しょう)。一応、『名桜高等学校』に通う2年生で、街中を散歩するのが趣味の、って言うか無趣味の普通の男だ。まあ散歩して何をしているかって言うと、CDショップに行って最新シングルの棚をのぞいたり、カジュアルショップでいろんな服を手に取ったり、ホームセンターに行って部屋にぴったりなインテリアを物色したり、本屋に行って雑誌の立ち読みついでに文庫、たまに参考書を買う程度だろう。高校では軽音楽部に属しているため、たまに楽器屋で楽譜や消耗品を買い足したりもしている。
 そんな、趣味なんてあってないような僕だけど、一応今の暮らしには満足している。親からの毎月5万の仕送りで気ままな高校1年生ライフを満喫している、どこにでもいる高校生…… の、はずだった。

 ちょっとオンボロのアパート『クロノグラフ』の2階1号室が、僕の今の家だ。その隣である2号室には、同じクラスの女子、青島柳(あおしま やなぎ)が住んでいる。艶やかで長い黒髪を赤いリボンで結い、色白で整った顔を持つ、いわゆる「美少女」に属するだろう彼女は、クラスの中ではあまり目立たず、本ばかり読んでいる。彼女が読む本の種類は、僕には縁のない古き日本文学もあるのだが、ほかには科学図鑑、地図、歴史、子どもが読むような絵本、マンガ、政治経済、美術資料、オーケストラの楽譜…… とまぁ、読むジャンルに一貫性が見つからない。しかし、よく見てみると音楽関係のものが多く、その中ではギターのレッスン本、ビートルズ詩集、いい声の出し方、歌曲ニーベルングの指輪の各楽章案内、コンサルティーナとバンドネオン総合教本などだ。
 そんな、誰もが認める『変わり者』の青島柳は、いつも決まった時間に家を出て、余裕の時間を見積もって登校する。僕はというと高校1年の頃は遅刻寸前で登校したり、かと思えばホームルームまで暇をもてあますくらいの時間に登校したりとバラバラな登校時間だったけど、最近では柳と一緒に登校するようになった。そしてこの日も、僕たちは並んで登校していた。柳は銀色に統一されたシンプルな自転車で、そして僕は1年ちょっと使い古したローラーブレードで。
 いつもどおり、本当にどうでもいいことで会話をしながら、僕らは登校する。とは言っても僕が大体ガーッと言いたいことを言いまくって、柳がたまにうなずく程度だけど、たまに柳のほうから口を開くと本を読んで得た膨大な知識が飛び出すが、僕でもすんなり理解できるように懇切丁寧に締めくくってくれる。あとはまぁ、最近のバラエティやアニメの話題くらいだろう。柳は結構アニメを見るようで、これだけは2人でいろんな意見を言い合える話題だ。
 それと、柳は多少後ろ向きの姿勢のようで、自己評価も過小と言えるほど。テストで学年トップクラスの成績を残しても、「こんなの恥ずかしいから載せないでほしい」と言ってそのプリントを(何故かきれいに折りたたんで)ゴミ箱に捨てる。将来は弁護士か学者かと彼女に期待を寄せる先生にいろいろな大学や専門学校の資料を手渡されるも、「わたしなんかじゃ無理」と言ってそのすべてを断ったり資料を捨てたりしている。

 発端は、6月中旬の登校途中。
 至っていつもどおり通学路。いつものように雑談しながらその道を歩く僕らに、予想し得ない災難が起こったのだった。
 なんと、柳の自転車の前輪の軸が突然折れて、柳はそのままバランスを崩してしまった。何とか立て直そうとしたみたいだけどそれもできず、とうとうハンドルが柳自身と直角になってしまった。
 僕はローラーブレードの踵の部分でブレーキをかけ、何とか柳を支えようとしたけど、惜しくも僕は彼女を受け止めることができず、そのまま2人で絡まるように倒れてしまった。
 その時のことは、僕の記憶にはそれくらいしか残っていなかった。



シ ャ ウ ト !
- D i s c   1 -

作:バレット




《Track2 青島柳》

「……くん。翔くん!」
 誰かに呼ばれている声で、僕は目を覚ました。全身にずきずきと鈍い痛みを感じる。そうだ、僕は倒れかけた柳を支えようとして、助けられずにそろって倒れたんだっけ……
「ううっ……」
「翔くん! ……よかった、気がついたんだね!?」
 男の声だ。僕を心配してくれているのは伝わってくるんだけど、なんだろう、こいつの口調といい声色といい、ちょっとオカマっぽいぞ。
「きみは? それに、ここはどこなんだ……?」
「ここは高校の保健室。ねぇ、翔くんだよね?」
「そうだけど…… って、えっ!?」
 ピントがぼやけていた目がやっと焦点を定めた途端、僕は驚いた。と言うより驚いたなんてもんじゃない、心臓が飛び出るくらい飛び跳ねた。なんと、横たわる僕を心配して僕を見下ろしている人物、それはほかならぬ僕自身だったのだから!
「なっ、ちょっ、まっ…… な、なんで!? 何で僕がそこにいるんだよ!?」
「落ち着いて、翔くん! でも、よかったよ。別の人だったり記憶をなくしたり、ずっと目が覚めないんじゃないかって思ったらもう、心臓が止まりそうなくらい心配で…… わたし、青島柳。その、翔くんと入れ替わっちゃったみたい、今、翔くんがいるその体は」
 ありえないことに、目の前にいる『僕』は、自分を青島柳だと名乗った。しかしそんなことに驚く暇も与えられず、続けざまにショッキングな出来事が僕を襲う。……つまり、入れ替わったってことは。
「その、翔くんはわたしの体に……」
 だよな。
 さっきから感じる、この体のあちこちから伝わる感覚。なんだか胸の辺りに圧迫感があり、首や肩に邪魔なものがまとわりついている感じがあり、両足が空気にさらされているような感覚を覚える。それに、一番の違和感は…… そこは口に出して言いたくないし。
 僕が柳の、今は自分の右手のひらを眺めながら戸惑っていると、柳は続けた。
「多分、あの時だよ。わたしが、わたしが翔くんを巻き込んで転んじゃったから……」
 すると、柳は僕の隣のベッドに乱暴に座り、そしてうずくまって頭を抱え、うろたえだした。手を大きく広げ、両側のこめかみを抑えて頭を揺さぶり、恐怖と困惑が入り混じったような表情をしている。分からなくもないけど、それを僕の姿でやらないでくれ。
「わたしが、わたしが巻き込んだんだ……!」
「ちが…… 違うぞ、柳。あれは事故だ、どっちが悪いなんてことはないぜ。分かるよな?」
『僕』の姿でおろおろするばかりの柳を、僕は肩を揺さぶって平常心に戻した。まったく、さっきまで動揺していたのはこっちなのに、何で今になってその立場逆転してんだよ。
 ……体のほうがとっくに逆転してっけど。

 その時だ。
「新穂くん、お待たせしました。おや、青島さんも目を覚ましたのですね」
 保健室の扉を、ノックもせずに1人の女性の先生が入ってきた。
 その人は、英語を担当する西邊佳子(にしべ よしこ)先生。僕だけじゃない、多くの生徒があまり好印象を持たないという。会話はマニュアルの棒読みみたいで、校則にうるさく例外なんて言葉は彼女の頭にないのではなかろうかか。生徒ばかりか教職員にも煙たがられているという噂まで聞いている。そんな彼女が校内で目の敵にしている人物の1人が、この僕だ。
 説明していなかったけど、僕は長い髪を金髪に染め、制服をわざと乱し、たまにアクセサリーとかもはめている。だが決して耳に穴を開けてピアスを飾るなんてことはしない。この格好をしている理由として、無理やりに近い形で軽音楽部に引きずり込まれたため、一応「バンドマンっぽく」しているからというのもあるし、僕自身が何か個性のようなものを身につけたからというのもある。何にしても、僕のこの格好が西邊先生には、タバコの煙のように疎ましいのだろう。
「今日はもう帰ってよろしい。授業内容はクラスメイトに届けさせるので、自宅で自習でもしていなさい。この学校の生徒として、遅刻をし、校内外問わずトラブルに巻き込まれるのは非常に好ましくないことですが、負傷しながらも青島さんを背負ってこの学校に登校したその努力に免じ、咎めは無しとします。分かったならさっさと帰りなさい。
 ……青島さんも、あなたは品行方正、成績優秀な素晴らしい学童なのですから、こんな不良の代名詞みたいな男と付き合うものではありません。あなたも全身に怪我をしているのですから、今日の下校を認めます」
 ち、誰が不良の代名詞だ。僕だってこれでも『自称』無害な男だ。外見だけで判別してほしくないね。外見だけでものを言うんだったら、あんたは口さえ開かなければとても上品な女性だと思うんだけど。
「……はい、失礼します」
 いつもだったら軽く捨て台詞を吐く僕だけど、今は『僕』の中には柳がいる。柳は至って静かに返事をするだけだった。
「珍しいこともあるものね、私に口答えをしないなんて。その調子で、あんな軽音楽部などやめ、入学当初の純粋なあなたに戻ってほしいものだわ」
 まったく、まるで軽音楽部が悪者で、僕がそれに悪化されたみたいじゃないか。こいつに一発毒を吐いてやりたいけど、柳の面子のためにも僕はじっと耐えなければ。僕ら2人は西邊先生に反撃することなく、そろって下校することにした。
 ……実際、僕自身も軽音楽部に迷惑しているところがあるから、少しなら分からなくもないけど

「これから、どうしようか」
 ポツリと、柳がこぼす。僕は柳の体のまま、彼女の自転車を押し、僕の所持品であるローラーブレードをその籠に入れて、両手で押す。
「家が隣同士ってのがせめてもの救いだけどさ、ずっとこのままってわけにも行かないだろ。それに、軽音楽部の活動だって3ヵ月後の文化祭に向けて活動開始している状態だし、柳にギターなんてムリだろ」
「ごめん、力になれなくて……」
「おい、そこで責任感じなくていいから! それに、柳は僕と違って、しょっちゅう親が来るんだろ? 僕のほうが悪いよ、柳の親を騙すみたいだし、柳は僕の姿で会うわけには行かないだろ」
 僕が言うと、柳はふと歩くことをやめた。どうしたのだろう、さっきから困惑と不安に満ちた表情をしていたのは分かるのだけど、その中に怒りと悲しみが混ざっているような気がするのは。
「……2人とも、嫌いなんだよ」
「えっ?」
「お父さんもお母さんも、わたしのことが嫌いなんだ。わたしが、私立の受験に失敗したから。だから、遠くの高校を選んで、わたしにたった1人でここに住まわせてるんだよ。わたしが、どれだけ悔しかったか、そして今どれほど寂しいか、分かってないんだよ!」
 悲痛な声で叫ぶ柳。僕は、そんな彼女を見たのは初めてだった。僕の体で癇癪を起こすのはなんとも気持ち悪いものがあるのだが、柳はこれだけ叫ぶほどに、ツラかったんだ。
「柳……」
「ごめん、迷惑だよね。いきなり体を入れ替えられて、翔くんの軽音楽活動まで台無しにして、その上文句まで聞かされて。わたしなんて、いないほうが」
「違う!」
 僕は左手のハンドルだけで自転車を支え、右手で柳の、つまり『僕』の制服のブレザーをつかみ、引き寄せた。体が本来のものだったら、まるで僕がか弱い女の子に対して乱暴を働いているみたいだろう。
「そんなに、自分を責めるなよ! いまさら下を向いたって仕方がないんだ! ……だから、帰ろうよ。ここで立ち止まっていたって何も始まらないんだからさ!」
「うっ、うん…… 翔くん、苦しいよ」
「あっ!? 悪い。だから、いいな? もう暗いこと考えんじゃねぇ」





《Track3 何もしてこなかっただけ》

 今、僕らは『新穂翔』の家にいる。
 無趣味な男の部屋は、まあ結構散らかってはいるものの、すぐに片付くものだ。柳にコーヒーを差し出すと、僕は適当に部屋を片付ける。窓を拭いたり念入りにカーペットの埃を粘着テープで取ったりなんてことはしないけど、しばらくはここが柳の生活場所になる。だから、いつも以上に片付けなければならない。
 いつも使っているちゃぶ台の脚を立たせ、僕らがそのちゃぶ台をはさむように座ると、僕はコーヒーを一口すすってから言う。
「特に見られて困るものはないから、好きに使ってくれて構わない。あえて言うなら、まあ洗濯機にかけていない衣類くらいなもんじゃね?」
「うん。ありがとう、翔くん。……それでさ、これからどうしよう。2人とも、生活がめちゃくちゃになっちゃうよね?」
「あまり悪いほうに考えるなっていつも言ってるし、さっきも言っただろ、それがあれから極端だからマジで心配だよ。分からなくもないけどさ。……で、いくつか考えたんだけど、ちょっと挙げてみるぞ」
 僕はそう言い、使い慣れているメモとペンを持ち、次の項目をささっと書いた。このメモ帳はたいてい電話の受け答えや、晩飯の買い出しリストなんかとして使っている。だから、破り捨てた一番上の1枚は、やっぱり自治会の集金のメモが書いてあった。


1:プライベート以外のときはそれぞれの体に見合った言葉を使う。
2:軽音楽部には、柳が新穂翔として参加すること。ギターは教える。
3:夕飯はこの家で一緒に食べること。食費節約ついでに食事をしながら不足しているデータを交換しよう。


「まずはこんなものじゃない? ……あ、書き忘れたけど、友達に関するデータも交換しとこう。僕のコミュニティは軽音楽の連中くらいなもんだから、すぐに覚えられると思うけど」
 僕が言うと、柳はメモ帳の一番上を1枚めくり、そしてペンを取った。
「うん。でも、わたしに友達なんていないから、交換するデータも少ないと思う。両親は毎月最初の土曜日に来るから、そのときに外食に付き合うくらいでいいよ」
「…………」
 なんだかなぁ、一緒に登校するようになってから思っていたことなんだけど、柳って相当暗いよ。友達と話しているところはもちろん、笑っているところも、ホント勉強以外のものに集中しているところも、僕は見たことがない。せっかくの美人が台無しだ、そう常々思うよ。
 そして、柳が僕のメモ帳に書き加えたのは、次のこと。


各月のものは10日
道具の使い方は説明書を参照


 それを書くのに何の抵抗もなし?
 まあ、身も蓋もない表現を使わなかっただけまだいいか。

 その次の日から、僕と柳の入れ替わり生活が始まった。
 柳は最初、ローラーブレードの履き方もわからず、履いてもおぼつかない足取りだった。最初の頃だけ新たに買いなおした自転車で2人乗りをしながら登校していた(自転車のタイヤが外れたことによる転倒の直後ってこともあり、言い訳は成立した)。
 僕は柳のトップクラスの成績を下げるまいと必死に勉強をし、そんな僕の傍らで柳はギターの練習に打ち込む。楽譜の読み方を理解するまでは時間が必要だったが、それさえ覚えてしまえば、手がギターの弾き方を勝手に導いてくれるようだ。
 学校での態度も、『僕』はクラスメイトであり軽音楽の仲間としかしゃべらない。とは言っても、楽器の知識ではなく軽音楽部の活動については、柳にはついていけないことばかりだし、今まで人とろくにしゃべったこともない柳だから発言しようとすると言葉が喉で詰まってしまうらしい。そんな時は事故を理由にするのだが、それにも限界がある。それに、たまにオネェ言葉になってしまうのは僕のイメージ崩壊にもつながるからいやだ。
 悲しいことに、僕は何もしゃべることができない。柳の『本の虫』イメージを保つことは、簡単でもあり同時に音楽仲間とバンドのことについて語れない苦しさともどかしさその他諸々に苛まれるものでもある。
 文化祭まであと2ヶ月をきった7月上旬の第1土曜日、僕は柳の両親とともにバイキングに出かけた。事前に食事制限をしているのかと柳に聞いたところ、そんなものはまったく興味がないと返されたもんだから、もう遠慮なくいろんな食べ物を盛ってすべて平らげてやった。両親にこの食欲を驚かれたが、「いやなことがあったからその腹いせで食べている」と言い、軽く注意された。

 ここ1ヶ月間、僕は青島柳として生活してきたのだが、とにかくそれは戸惑いの毎日だった。
 それはトイレとお風呂のことからはじまり、洋服の着方、化粧(青島はそんなにコスメを持っていないので肌を整える程度でしかない)、金銭や家計簿の管理、下着の洗い方についての注意などだ。ただ生活するだけで、女の子はこんなに疲れるのか。僕は毎日猫背になりながらパジャマを着ている。
 だが、一番驚かされたのは、柳の両親、青島夫妻のことだ。柳は「お父さんもお母さんも、わたしのことが嫌いなんだ」と言ったが、僕にはそうは思えない。僕が山盛りの料理を食い尽くしたときに注意してくれたことからはじまり、柳の健康、金銭面、友達付き合い、女性としての保身など、ありとあらゆることを心配してくれていた。どうしてこれほどまでに自分を心配してくれている親が、柳は「わたしのことが嫌い」と言うのだろう? それとも、親が疎ましいだけなのだろうか? 直接的にではなく、遠まわしな虐待でも受けていたのだろうか? いずれにしろ、この夫妻には驚かされた(もっとも、今の僕にとっての両親ではあるのだが)。
 ……ちなみに僕の母親は、常軌を逸した天然ボケだ。カビの生えた食材をカビ滅殺液で洗ってそれを調理したり、掃除機で庭まで掃除したり、万能電子レンジなんて商品を買ってきてはなべの中にカレーの材料をすべてぶち込み『あたため』ボタンを1つ押してそれをテーブルのど真ん中に置くなんてことまでやらかしている。それで何故か東京大学卒、今はただの専業主婦だなんて考えられない。僕はまともに大学に合格しないんじゃないかって気がしていた。今思えば、それが僕の家事上達の秘訣だったのかも……
 そして、7月の下旬、夏休み前の定期テストが返されたこの日も、僕は『僕』の家で料理を作り、そして2人で食べていた。食事のときにテレビをつけるのは柳も同じみたいだが、それが小学生、あるいは幼児&母親向けのテレビ番組だから驚いた。しかも、小さな子どもと一緒になって人形とジャンケンをしている。勝ったら本当に小さなガッツポーズを取り、引き分けたり負けたりしたら軽く怒ってその後無言になる。無表情なこいつにもこれほど感情の起伏ってあるものなんだなぁと感心させられたのだが、それがよりによってこんな場面だとは。
 テレビ番組が終わり、僕が切り出した。ちなみに、この日のご飯は親子丼だった。卵と鶏肉がダブルで安かったから、だったりする。
「柳さ、ギターがずいぶん上達したよ。もう文化祭に出せるレベルじゃない? 僕だって、1曲ノーミスで弾けるようになるまでは相当時間かけたのに」
「そんな。軽音楽部のみんなや翔くんがいたからだよ。それに、わたしは翔くんに比べたらまだまだだよ」
 そんなことはない、柳は自分をそう過小評価けれど、結構ギターを覚えるのが早いのだ。元から予備知識があったのもあるのだろう。ギターのテクニックももう僕と寸分変わらないほどに上達しており、こんな短期間での成長には正直驚かされている。畜生、ジェラしい衝動が僕の中でくすぶっているぜ。
 僕がそんな嫉妬心を抱いていると、柳はポツリと言い出した。
「……わたしね、翔くんの演奏がどれだけすごいか、知ってるんだよ。去年の文化祭、4人の1年生だけで組んだバンドがステージを盛り上げたのを、すごくよく覚えてる。わたしはロックのことなんて分からないけど、環境のせいか音が乱雑だったし歌詞もよく聞こえなかったけど、翔くんのギターと歌声からは、会場のみんなに向けられた強い想いが感じ取れた。
 わたし、あんなに感動したのはものすごく久しぶりで、翔くんがそばでやさしく微笑んでいるような気がして、騒音のような音楽がものすごく心地よくて…… ものすごく感動した。どんな名作文学を読むより、すごくよかったんだ。
 だから、今年の春に翔くんや軽音楽のみんなと同じクラスになれて、うれしかった。話す勇気がなかったけど、そばにいてくれる、それだけがとてもうれしくて、何度言葉をかけたくなったか分からないけど、そのたびにどんな言葉からはじまればいいか分からなくて」
 柳がそんな風に僕らを想っていてくれていたなんて、これっぽっちも気付かなかった。僕は、もう1ヶ月も経ったし入れ替わる前も今までも結構話していたから、柳のことはずいぶん知っているような気でいたけど、とても重要なことを僕は知らなかったなんて。
「そうだったんだ……」
 でも、うれしかった。僕の歌とギターが、柳の心を揺さぶり、涙を誘うことができたなんて。そうだよ、魂を揺さぶる、それがロックじゃないか。ニーベルングの指環のような名作なんかよりも、名もないバンドの名もない歌のほうが、いいことだってあるんじゃん。
「じゃあ、柳!」
 僕はまだ半分残っているどんぶりに箸をたたきつけ、柳に言った。しかも僕の口からご飯粒が結構飛んでいるから行儀が悪い。
「それを今度は、柳がやるんだ。僕が柳の心に訴えかけたように、柳も自分の想いを歌に乗せるんだ。お前にだってあるだろ、訴えたい想いが。いつもマイナス思考に取り付かれているお前だけど、その全部を木っ端微塵にしてやるって強い想いがあれば、絶対に歌える。会場全員の心を揺さぶることだってできんだよ!」
「そんな! ……わたしにそんなこと、できるわけが」
 こいつのダメなところは、過小評価するばかりか最初からすべて「無理だ」と決め付け、弱気になってしまうところだ。自分で自分に『ダメ人間』のレッテルを貼り付けてしまうことだ。
 そして僕は、そんな後ろ向きの姿勢しかできない柳を、どうやってでも矯正してやると、このとき決意した。それは、柳が僕の体の中にいるからじゃない、柳の将来のためを思うからでもあり、僕はそんな柳を見ていて軽くイラついてくるからでもある。
「できる。いや、僕がさせてやる。1人なら心細くても、バンドのみんなが柳を支える」
「そんなの、無理だよ!」
「そう言っても信じられないなら、こっち見ろよ!」
 僕は柳の前に顔を持ってきて、柳の頭を引っつかんで僕を向かせてやる。
「これって誰の顔だ? お前の顔だ! 普段から暗いことばっかり言って本ばっかり読んで何もしゃべらないで暗い顔ばっかしてるけど、お前だってこんな顔できるんだ! この顔は今どんな風だ? 目の前の相手に必死に訴えかけている顔だろ! 他にも、笑ったり困ったりあせったりできるんだ。お前は、お前が持てるすべての持ち味を、マイナス思考っていう世界で最もマズイ調味料ぶっかけて台無しにしてんだよ!
 分かるか? お前はなんだってできる、ただ何もしてこなかっただけだ! 行動だけでも起こしてみろ、諦めるのは、すべてが終わったそのときだ。お前は何もはじめていないだろ。そのうちに弱音吐くなよ。諦めるには早すぎるんだよ!」
 僕は一気にまくし立てる。そのうちにだんだん、柳は背骨を逆に曲げて引きつった顔をしている。柳が怒ったり笑ったりできるって言ったばかりだけど、僕もこんな泣きそうな顔ってできるんだなぁ。ホント、こいつ今にも泣き出しそうだ。
「………… ……ホント? 本当にわたし、笑うことができるの?」
 柳のその問いに、僕は強引なキスをもって返した。更に仰け反ってそろそろコケそうになった柳だけど、僕は右手で柳の頭を引き寄せ、何とかそれを防ぐことができた。
 僕らの中で絡みつく親子丼の味。味付けは最高だけど、これではすべてが台無しだ。僕の左手は柳の丼に突っ込んでもう食えないし、僕のは蹴飛ばして床にぶちまけてしまった。でも、まあいいか。この状況そのものが味付け以上に甘いし、お夜食なら簡単に作れるし。





《Track4 想いをつなぐ》

 柳と強引かつ甘いキスを交わした翌日。
 この日から、僕は軽音楽部に復帰した。それは柳が僕の姿で『軽音楽部員・新穂翔』を演じているわけではなく、僕が『軽音楽部新入部員・青島柳』としてということ。またこれを機に、1ヶ月前に僕たちが入れ替わってしまったことを告げ、その上で『柳』を受け入れてもらおうとした。
 僕らの入れ替わりに軽音楽部員は驚きを隠せなかったが、そのうちの1人が「最近の翔を見ているとずいぶん変だから、それで納得がいった」と言うのだ。ちょっと複雑な気分だけど、まあいいか。つかお前ら、簡単に受け入れすぎだろ、少しは驚きまくれよ。

 ここで、軽音楽部全員について紹介しておこうと思う。
 この部からなるバンドはただ1つ、僕をギターとヴォーカルに置く(結構迷惑な話)4人組、現在は5人の、『シャウト』だ。
 まずは、僕の隣でいつもギターを掻き鳴らしているリズムギター(サイドギター)担当、城嶋七雄(じょうしま ななお)。背は高校2年にしては平均より少し高い程度で、アイドルグループにスカウトされてもおかしくないくらいの、いわゆるイケメンだ。しかしこいつは柳以上に何もしゃべらないが、微妙な表情の変化が面白い。
 次にベースにしてこのバンドのリーダー、楠森樹生(くすもり じゅお)。黒い髪を女性以上に伸ばしてゴムでくくり、小柄だが細く筋肉質な体を常にさらしている。ちょっとハジけた性格のお調子者だ。しかし年の割にしっかりしたやつで、リーダーとしての自覚もあってちゃんとバンドをまとめてくれている。
 ドラム担当なのは、このバンドの中で唯一のトラブルメーカー、橋本駈(はしもとかける)。大雑把な性格の持ち主で、後先を考えない行動が多い。ちなみに、僕をこの軽音楽部にアリジゴクがごとく引きずり込みやがったのもこいつだ。口を開けばまぁ下品な言葉ばかりが繰り出されるため、始末に苦労する。
 軽音楽部唯一の女子1年生、長野舞(ながの まい)。そして唯一の3年生で部長を務める金城優(かねしろ ゆう)先輩。長野は小柄だがドイツ生まれの楽器バンドネオンを得意とし、そのギャップがここの部員の人気をつかんでいる。金城部長は過激なロックが好きなのだが、その趣味についていける人がいないためにさびしい毎日を送っている。

 ……ところで。
 食事や勉強、ギター練習の合間に、柳から話は聞いていたのだが、文化祭の出し物としてリストアップしている曲のうち、どうしてもラストプログラムにおあつらえ向きの曲が見つからないらしい。オリジナル曲はどうだろうという意見があったが、短期間で新曲1つを作るには時間がない。エルヴィスやツェッペリンの名曲をカバーするのもありだが、それらは敷居が高すぎるし、知らない人も多かろう。かといって最近の流行曲から選ぼうとしても部員の意見がまとまらない。
 どうせカバーするなら、誰もが親しみやすい曲がいいだろう。しかし、ビートルズの作品は年配層には人気がありそうだが、現在の同年代にはどうだろうということで、惜しくも彼らの作品群は見送った。また、KISSやラムシュタイン、マキジマムザホルモン、聖飢魔Uのような過激・悪魔サウンドでは全員が引くだろう(コアなファンなら話は別だが)。それに、そんなものは高校の文化祭で出すには過激すぎる。
 そこで、だ。
「みんな、わたしから1つ提案があるんだけど、いいかなぁ?」
 僕の発言だ。もちろん、ここは学校なのでいつどこで誰が僕の言葉を聞いているか分からない。カミングアウト時以外はもちろん、僕は徹底して『青島柳』を演じている。これでも、最初は「わたし」という一人称を口にするのに寒気を覚えたほどだ。
「名案待ってるぜ、新穂」
 そう言うのは、ベースの楠森だ。ギターの城嶋も口元にうっすら笑みを浮かべて、しかしソワソワした雰囲気をたっぷり感じさせながら待っている。何か言いたければ口を開けばいいのに。
「期待に沿えるかどうか分からないけど。……小学校か中学校のときに歌ったことないかな、この曲」
 僕は城嶋の所持品であるギター、フェンダー・ムスタングと、城島がピック代わりに使っているオリンピックの記念硬貨を取り出し、サビの一部だけ演奏してみる。城島がコインをピックにしている理由は、アメリカのロックバンド『クイーン』のギタリスト『ブライアン・メイ』の演奏を参考にしているため。ブライアンのように淵に溝のあるコインをピックとして使うと、ハードな音を出したり、ピックでは出せない不思議で独特な音を出したりすることができる。「お前にも教えてやる」って叩き込まれたっけ。
 部員たちは僕の演奏を聞くなり、「懐かしい!」と叫ぶが、金城部長とドラムの橋本はちょっと納得が行かない様子。部長のリアクションは最初から予測できてたんだけどね。
「……その選曲、子どもっぽいんじゃね?」
 それが、ドラムの橋本の意見。
「ううん、わたしはそれを通したい。今回は同時にテーマも掲げようと思うんだ。それは、 『音楽というジャンルを通じて、多くの人の想いをつなぐ』。分かると思うよ、みんななら。ステージの上で音楽を掻き鳴らし、観客が沸き立ち、その瞬間だけみんなの心が1つになる、その心地よさを。今回はそれをもっと大きいものにしたいんだよ。
 これは、今のわたしたちに必要なことだと思う。子どもっぽくても何でもいい、みんなが知っていて、なじみやすくて、そして歌詞がストレートなこの歌なら、きっとライブは盛り上がる。敷居が高すぎる名曲や、ポップだけど中には知らない人もいるかもしれない曲や、何度も歌ってきた自分たちのオリジナル曲じゃない、世界中に訴えられる曲だからこそ、どんな曲よりメッセージ性がある曲だからこそ、わたしは歌ってみたいんだ。それにね、このバンド本来のヴォーカルである翔くんと、タッグを組むわたしが歌うから、特別な意味があるんだよ」
 そう、僕はこの曲を歌いたい。柳の部屋で見つけた、古い音楽の教科書、それを開いた途端に見つけた、あまりに懐かしく、心に沁みる名曲を。
 これを歌うことはとても意味があることなんだ。無趣味で軽音楽にも引きずられながら参加していた僕が、抱いたこともない『目標』に向かって歩き出すためにも、そして何事にもマイナス思考だった柳が一歩踏み出す勇気を引き出すためにも。
 そんな、僕の訴えに。
 バンドリーダーでもある楠森が、ベース『カール・ヘフナー 500−1 レフティタイプ』の絃1本をボォーンと鳴らして、答えた。楠森はマッカートニーの熱狂的ファンであり、このベースを扱いたいがためにわざわざ左に利き手を矯正したほどだ。
「………… ……いいんじゃね? 橋本がどこから発掘してきたんだか分からない中古ギターのようなお前が珍しくまともな意見を出してきたんだ。まとまらなかったし、一丁それでやってみるか。なぁ?」
 なんと、通してもらえたのだった!
 まるで僕がジャンク品みたいなことを言うのは、まあ彼なりの友情表現とでも捉えておこう。
 楠森が他のメンバーに聞くと、橋本も城嶋も渋そうな顔1つせずうなずいてくれた。少しは反発されることも予想していたのだけれど、まさかこんなにすんなり受け入れてもらえるとは思わなかった。いや、彼らは彼らなりにいろいろな主張は繰り返したのだから、多少の不満くらいはあるはず。でも、うなずいてくれたのならその意見よりも僕の意見のほうを重視してくれたと言うことだろう。
「そういうシンプルな曲もいいかもしれないよな。いいぜ新…… じゃ無くて青島! さすが、このオレが見込んだ人材あけあるぜ♪」
 調子いいこと言うよ、橋本のやつ。
 けれど、メンバーの言葉が僕にとってどれほどの励みになるだろう。もう、これは何が何でもこの曲を目玉とし、文化祭を盛り上げていかなきゃなんない。
「うん。それじゃあ、練習はじめようよ。わたしと翔くん、2人で歌うこの曲なら、軽音楽部バンドの出し物を最高に盛り上げることだってできるはずなんだ!」
 これは、終わりのための出し物だが、同時に始まりを合図するものでもある。そう、柳が新しい自分になるために、マイナス思考を振り切って未来を見据えることのできる自分になるために、必要な合図なんだ。

 夏休みを迎え、宿題を片付けながらも、僕らはともに遊び、バンドの練習に明け暮れた。柳=『調子がおかしくなった新穂翔』の声もだいぶ出るようになり、歌としての完成度も上がってきた。僕=『新入部員・青島柳』はと言うと、唯一の女子部員である長野から女性の声の出し方のレッスンを受け、何とか形になっている。夏休みが終わるころには「あとはノビノビ歌うだけですよ」という彼女からの免許皆伝も言い渡された。
 毎日バンド練習ばかりってのも相当疲れる。だから、たまにバンドの5人+長野とともにプールに行ったりして羽を伸ばしている。僕の(というより『柳』の)水着を探しに行くときは全力で拒否したが、橋本が「じゃあお前だけメイド服にエプロンでステージ上ってもらうぞ」なんて言うもんだから、今度は柳のほうが拒否した。仕方なく、あまり目立たないコバルトブルーのセパレートを選び、それで精一杯プールを満喫した。それにしても、柳は水着を来た『自分』の姿を見ては鼻血を噴出して気絶していた。大丈夫か、それで自分の体に戻れるのか?

 そして……

 いたって何の問題もなく、9月の中旬に文化祭を向かえた。
 まあ、相変わらず僕と柳は、互いが入れ替わったままだけど。
 夏休みの間にクラスの出し物の準備をしていたのだろう、多くのところが、文化祭1週間前に下準備を完成させていた。それは僕ら軽音楽部も同じで、消耗品は本番用のものをすべて新調した。
 僕らのクラスでは、バザールをやることになった。クラスメイトが使わなくなったものでもまだ使えるものを持ち寄り、その売り上げをみんなで山分けにするというものだ。
 僕は、実家に電話をして(柳がやってくれた)10年以上前に流行った4輪駆動のおもちゃとその改造パーツのすべてを送ってもらい、その中から使えそうなシャーシ、ギアをはじめとした細かいパーツを選別し、おもちゃ屋で新しいシール付きのボディを購入することで、僕の出し物とした。一方柳は、自治会からもらったティーセットと茶葉の缶、それぞれ1セットと3つだった。……コメントもない、悪いけど。
 ほかには昆虫標本やプラモデル、Tシャツ、着せ替え人形、マンガ本などがあった。変なものでは水晶玉にお経、数珠、その他の法具などがバラバラで売られているが、こんなものが売れるのだろうか。コアなものではマムシ酒なんてものもあったが…… 待て、これを持ち込んだのはクラスメイトだよな。学生だよな?
 僕と柳は一緒に、午前中の早い時間帯に店番を名乗り出た。これは店番が終わったと同時に一緒にほかの模擬店や出し物を見て回り、午後からバンドの最終調整をするためだ。

 僕らは店番が終わると、ほかのクラスが出しているたこ焼きや大判焼きなどを食べたり、お化け迷路、スタンプラリー、シューティングゲームなどのコーナーを見て回ったりした。午前中に楽しめる出し物の最後ということで、ブラスバンド部がやっているメイド喫茶(なぜブラスバンドがそんなのやってんだよ。女子率高いからか?)に行こうとしたところ、ドアの前で柳が僕の服の袖をつまんで、無言の入店拒否をした。少し顔が赤くなっているけど、ヤキモチでも焼いているんだろうか。
「どうしたんだよ、柳。最後にお茶を飲むだけだろ?」
「お茶だったらほかの場所でも買える…… なんだか、その、恥ずかしいよ」
「恥ずかしいわけあるか、どんなカッコしてたってここの学生だぜ? 大体そんなのは、雑貨店で売られているような本当に安っぽいメイド、服……」
 そう言いかけて、僕は絶句した。
 見てみると、ブラスバンド部員の格好は酷いものだった。ベースは紺色、スカートは極端に短く袖はなく、ネコの耳のようなものをあしらった髪留めを飾り、ももの半分あたりまであるサイハイソックス、黒いエナメル素材の靴と言う、高校生が出す喫茶店にしてはコスプレの節度をオーバーしているような気がする。しかも、全員恥ずかしそうに酷く赤面しながら働いている。
 そして思う。
「長野があんな趣味の持ち主でなかったことに感謝だぜ」
「うん、きっとステージ衣装にされてた……」
 その長野だが。
 なぜお前、カウンター前でケーキなんざおいしそうにほおばってんだよ。

 さて、やってきた軽音楽部のステージ。
『風音祭・野外ステージ』というのが、野外で代わる代わる出し物を行うグループのための特設ステージ。控え室には大きなコールドドリンク用ポットに紙コップ、折りたたみ式のベンチを完備している。そこでは、僕ら軽音楽部のほかにも、演劇部、創作ダンス部、または部に属さない生徒たちからなるグループや同好会もいる。僕たち軽音楽部は、ラストプログラムを飾るブラスバンドからなる6人グループの前、つまり最後から2番目が出番であり、準備を万全に整えるには充分すぎる時間を持っていた。ここまで来て何かが足りないなどと言うことはまずありえない。2度3度確認したし、まず問題はないだろう。
 ちなみに、僕らオリジナルメンバーのステージ衣装は70年代パンクロッカーの衣装をちょこっと意識したものだ。黒地にベルト装飾のジャケット、そして色を落としたり破ったり縫い合わせたりなどの装飾を施したジーンズに、革のエンジニアブーツ。ジャケットの内側やその他の装飾品は自由だが、必ず複数個のドクロがあしらわれていることが共通だ。そんな中で僕=『柳』の衣装だけがなかったため、衣装はリーダーの楠森、1年女子の長野とともに調達することになった(唯一のバンド内女子なんだからって理由で、パンクロリータファッションに決定した。まさかステージの上でまでスカートを履く破目になるなんて)。
「みんな、準備の最終チェックはOKだよな!?」
 橋本が左手を腰に当て、僕ら4人に確認する。すべての準備は整え、不安に不安を塗り重ねるほどに確認したんだからもう大丈夫だ。けど、不安なんて大声に乗せてぶっ飛ばしてしまえばいい。
 柳=『僕』、城嶋、楠森、橋本の4人は、ギターやドラムスティックなど自分たちの楽器を構え、僕も右肩にマイクスタンドを背負っている。スタンドの先に取り付けられているマイクは、多くの音楽シーンで活躍する、無骨なデザインのマイク。「ガイコツマイク」の名で親しまれている、『シュアー・55SH・シリーズ2』だ。
「特にお前ら。空気に『ノッ』て自分らが入れ替わっちまってること、暴露(ゲ○)すんじゃねぇぞ?」
「言葉汚い」
 柳が短く鋭く注意を促したのだが、こいつにはまったく効果がないようで、橋本はケタケタと笑って文句を受け流してしまう。いつものことだ。
 そして、楠森が2回手を叩き、そして右手で作った拳を前に突き出す。
「さぁて、行くぜみんな! ……合言葉は!」
 楠森の言葉とともに、僕、城嶋、橋本は円になり、それぞれの前に右拳を突き出す。だが、その円にはまだ1人分のスペースが開いている。そう、柳が入る場所だ。そしてこの円陣には、当然『僕』もいなければならない。そして、それをするのは、今は柳なのだ。
 僕の姿でおどおどしながら、円陣に入ることに戸惑う柳。でも、ここで気持ちを1つにしなければ、ステージは成功しない。僕たち4人は視線で、柳を円陣にいざなう。
 ゆっくりと足を踏み出し、軽く指を曲げた右手を差し出した柳。そして、一度だけ右手をぱっと開き、そしてグッと力をこめて握ったのだった。その手に決意を確かめるように、あるいはこのステージを成功させることをその想いに誓うかのように。
 そして、合言葉を叫ぶ。最後に全員の心を1つにする、魔法の言葉を。

「シャウト!」





《Track5 想い、すれ違って……》

 そして、演劇部の出番が終わり、僕たちの出番がやってきた。ステージの上では、文化祭実行委員の女子が、僕たちの紹介をしてくれている。
「続きまして、わが名桜高校軽音楽部からなる4人組バンド、『シャウト』です。今回は有志の青島柳さんを第2ヴォーカルに迎え、合わせて5人でのステージとなります。シャウトと青島さんによる華麗なる演奏と歌声を、ぜひともご堪能くださいませッ!」
 ワイルドだかダンガードだかみたいな口調(じまく)で紹介してくれたけど、そんなネタに誰も気づかず、会場は盛り上がってゆく。しかし、軽音楽部と聞いてさっさと立ち去る人たちもいるようで、僕たちはその人たちが逃げてしまう前に、早くステージの上に飛び出したい気持ちでいっぱいだ。
 だけど、僕はこのほかにもう1つ、気がかりなことがある。それは今回のライブにとても重要な意味を持つ、青島柳の両親、青島夫妻の存在だ。

 9月、つまり今月最初の土曜日、僕はあらかじめ1つのファミリーレストランを予約し、夫妻が来る前に席を取っていた。
 父親は青島直哉、母親は翡翠と言う。2人ともとてもいいところで仕事をしているのだろう、スーツでびしっと決め、父親のほうはとても上品なメガネをかけているが、決していやみな雰囲気はない。だけど、なんとなくうちの両親に似ているところがある。
「……今日は、あなたたちに重要なお話があります」
 運ばれてきた花巻(中国の蒸しパン)やドリンクバーのお茶、コーヒーを前に、僕は切り出した。これから和やかに話でもしようと思ったのだろう、青島夫妻は僕の唐突な切り出し、そして言葉に、大変驚いた様子だった。
「どっ、どうしたんだ柳。まるで他人行儀のような……」
 直哉さんの反応はもっともだ。それでも、僕は続けなければならない。
「お父さん、どうか驚かないでください。僕は、僕は…… あなた方の娘さん、青島柳さんのクラスメイト、新穂翔といいます。これまでの経緯、そして僕からのお願いを、ぜひ聞いていただきたいんです」
 そして僕は、自転車の前輪が壊れたことで柳が倒れ、僕が巻き込まれて入れ替わったことからはじまり、互いになりきってこれまで生活してきたこと、この事実は僕らと軽音楽部部員しか知らないこと、そして今僕は『青島柳』として軽音楽部に属していることを告げた。
 ここで一旦、間を置く。まずはこの夫妻に、僕と柳が入れ替わってしまった事実を、ちゃんと受け止めてもらわなければならない。もっとも、受け入れてもらえなければそれまでだけど。
「……そういうことか」
「申し訳ありません、隠していて。僕が柳さんを守れなかったのも、いけなかったんです。そればかりか、柳さんの体をこうして奪うようなまねをして…… 本当にすみません」
 青島夫妻は、心底驚いていたようだ。僕が告げた事実に完全に言葉を失い、ただ花巻とお茶が冷めてゆくのを見つめているだけだった。そして、重苦しい空気の中、ゆっくりと翡翠さんが言った。
「あの子は…… 柳は、今はどうしているの?」
「僕の家で、僕として暮らし、ギターの練習をしていると思います。柳さんには、僕の役目であるリードギターとヴォーカルをお願いしているんです」
「大丈夫かしら。あの子、人前に出るのって結構苦手だから、歌なんてまともに務まるかどうか。軽音楽ってあれでしょう? 部員同士でバットを組んで、学校や街中で品評会のようなものを行うんでしょう?」
「翡翠、それはダイブじゃないのか?」
「そうそう、ダイブ」
 新手のボケか? それを言うなら「バンド」と「ライブ」じゃないだろうか。それに今論ずるところはそこか?
 この夫妻が僕の両親と似ているところ、そこは、マイペースにして天然ボケ、そして目の前の出来事にあんまり動じない、というところだ。この人たちが調理器具を取ったらどんな料理が出てくるんだろうとも想像してしまった。うちの親がカビ滅殺液を取り出すのに対し、あなたたちは食器洗浄器で野菜を洗うんじゃないだろうな。
「そのことで、もう1つお話があります」
 どうやらこうして夫婦漫才をかましてくれているあたり、僕と柳が入れ替わったことは、騒ぎ立てるほど驚いてはいないようだ。
 そう、カミングアウトは本題ではない。むしろここからが重要なのだ。
「ええ。でも、あとで柳に会わせて。あの子が、クラスメイトとはいえど他人と入れ替わって正気でいられるかどうか、心配なのよ。あとでお邪魔してもいいかしら?」
「分かりました、あとで柳さんに電話します。
 ……来たる今月の第3土曜日と翌日曜日、僕らが通う名桜高校の文化祭、『風音祭』の初日に、野外ステージで軽音楽部バンド『シャウト』が出演します。シャウトの本来のヴォーカルである僕は、『青島柳』としてゲスト出演する予定で。
 僕らシャウトのライブを見に、次の文化祭にぜひ来ていただきたいんです。柳さんは、未来に向けて1歩踏み出したんです。今回のライブで、その成果が出るはずなんです。その姿を、ぜひ見ていただきたいんです。姿かたちは僕のものですけど、確かにそこに柳さんはいます。どうか、よろしくお願いします……!」
 僕は閉じた足の上に両手を置き、そして頭を下げて懇願した。
 さすがに、夫妻を説得できる自信は半分くらい、いやそれにも満たなかった。考えてみれば、普通はいやだろう。自分の娘の体に見ず知らずの男に奪われ、3ヶ月間も騙され、挙句の果てにわけの分からないことを言い出したのだから。
「……すべて承知したよ、翔くん」
 低く太い声で、直哉さんは言った。どうなるのだろう、僕は何を言われるんだろう。さっさと娘の体と娘の精神を返し、二度と近づくなとでも言うのだろうか、ぬるくなったコーヒーを僕に浴びせて、そのまま帰るのだろうか。
 どんなに酷いことを言われるかもしれない覚悟を決め、僕は目をぎゅっとつむって、夫妻からの言葉を待った。ことっ、と言う、おそらくは直哉さんだろう、マグカップを持つ音が聞こえた。ああ、やっぱコーヒーぶちまけられるんだろうな、そう思っていたら。
「……ふぅ」
 ただ、飲んだだけだった。
 そしてマグカップが置かれる音が鳴ると、直哉さんは言った。
「柳に、会わせてくれないか。いや、遠くから眺めるだけでかまわない、あの子が酷く動揺すると、きみたちの舞台にも支障が出るのだろう?」
「えっ……!?」
 その言葉は、僕にとって「意外」としか、言い表しようのないものだった。そして続けた。
「確かめるだけでいいんだ。きみと入れ替わってしまった事実には確かに驚かされたが、柳が元気なら、俺たちはそれでいいんだよ」

 その後、僕は柳を夜の公園に、ギターを持ってくるようにと呼び出した。
 公園は、滑り台に鉄棒、ブランコ、シーソーなどの遊具がある、子どもたちが遊んで楽しめる程度の、それほど小さくもない公園。ただし、『衛生上の配慮』と言うことで、砂場はない。橋本曰く、「それぞシッ○」らしい。
 僕はブランコに座って待っている。小学生の頃はよくこれで、ロープが地面と平行になるくらいまで高く漕いでいて楽しんでいたものだが、今そんなことをしていたらどこからどう見たって変人だろう。ちなみに、僕の知り合いがそのまま高く飛ばされて頭を数針縫う怪我をしたことがあり、そいつはとうとうブランコおよび高所恐怖症にまでなってしまった。いたわしい。僕はそれ以降、直角から60度のところまででやめていた。
 そんなことを思い出していると、ブランコの周辺にあるフェンスに、僕の体で僕のギターを背負ってきた柳が、上品に座った。風呂にでも入っていたのだろう、金色に染めた髪はワックスで固められておらず、やわらかいまま夜風になびいていた。
「早かったな」
 僕の声に、
「うん」
 短く返すだけだった。
「どうしたの、ギターを持ってこいなんて言ってさ?」
「たまには、こういうのもいいかなって思って。……弾いてくれないかな、僕だけのためにさ。空には満月、風も温かくも冷たくもない、とってもいいライブ日和じゃんか」
「まったく、何をたくらんでいるのやら。今度ライブでやるやつでもいい?」
「ああ」
 僕が柳の問いにうなずくと、柳はギターケースからギターを取り出し、そしてスピーカーのスイッチを入れた。僕がいくつか持っているエレキギターのうち、これはフェルナンデス社の『ZO−3(ゾーサン)』。スピーカーが内蔵されてあるため機材がなくとも大音量の演奏が可能で、小型で軽いため、携帯性、利便性などに優れている。とてもいい選択だと思うけど、音量は自重しなければならない、時間を考えると。
 そして柳は、しばらく使っていないそれを軽くチューニングすると、チューナーを上着のポケットにしまい、そして曲を弾きはじめた。その曲は今度のライブのオープニングでもあり、成功すれば一気に会場を興奮の渦に導くことのできる曲。2曲続けてのメロディーとなる、リードギターパートを弾く。
 弾いているうちに座っているのがもどかしくなったのか、柳は僕の目の前に降り立って両足でしっかり立ち、絃を弾くピックの力加減、そしてテンポが、ともに高まってきた。やがて柳の表情は、いつものような無気力無表情のものから、熱く燃えるような想いをにじませているものになってきた。
 この姿を、隠れて遠くから眺めている青島夫妻はどう思うだろう。娘が娘でなくなっていくことに落胆するだろうか、それとも前に歩き出そうとしている柳を見て応援してくれているだろうか。

 そして。
 その曲がはじまろうとしていた。
 文化祭実行委員の少女の声が、会場全体に響き渡る。

「それでは登場していただきましょう、軽音楽部バンド『シャウト』の皆さんです!」



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《Bonustrack ゆけむり》

 アパート『クロノグラフ』。
 僕の、と言うか『青島柳』の家、202号室の風呂が、壊れた。
 ガスのパイプか、あるいは沸かし返す機能がイカレていたのか、湯船が変形するほど異常な状態になってしまった。僕はあわてて、耐熱ゴム手袋を嵌めて風呂の機能をすべてストップさせたが、この家が、と言うよりアパートが火事にならなくて本当によかった。
 ……しかし、何故この家にこれほど都合よく耐熱手袋があったんだ?

 僕は、柳のたんすを開き、着替え一式と洗面用具を調えると、メッセンジャーバッグに詰め込んで、家を出た。
 そして、家の鍵をかけたところで、ちょうど柳=『僕』が帰ってきて、僕の家のドアを開けようとしていた。バイトの帰りだ。
「お疲れ、柳。バイト、慣れた?」
「……翔くん。うん、なんとなく。こんな時間にどこへ?」
「ああ。風呂が壊れてさ、これから銭湯に行こうと思うんだ。アパートのオーナーに電話したら、業者に修理を頼んでくれたから大丈夫さ」
「そう。……じゃあ、3分待って。わたしも用意するから」
「何の?」
「お風呂」

 そんなわけで、歩いて10分のところにある小さな銭湯に、僕たちはやってきた。
 ……それにしても、今時それはないと思う。
「な、柳」
「ん?」
「何で、たらいなんだ?」
「銭湯と言ったら、たらいじゃない。違うの?」

 さて、僕たちは今、分かれ道に立っている。
 至極簡単な二択問題。しかしその一歩はなかなか踏み出せない。
「翔くん、わたしはやっぱり、こっちだよね?」
「僕はこっちなんだよな。ドキドキする反面殺されそう」
 そう、男湯と女湯の分かれ道。番台の人にお金を払ったら、あとはそのうしろのドアを開けるだけなんだけど。
「男湯ってさ、どうせ変なオヤジとかがすっぽんぽんで如何わしい物をふらふらさせているんでしょ?」
「そんなんばっかじゃねぇよ。女湯はどうなんだ、同姓同士だろうとちゃんと隠してんだろうな?」
 10分ほど言い合っていると、とうとう番台のおばあさんに言われた。
「混浴希望かい? うちはそういうのはやってないよ」
「希望しません!」
 それをきっかけにしたのはよかったのかまずかったのか、僕は勢いだけで女湯のドアを開けた。
「やな…… 翔くん、とにかく入ってきなよ。何なら帰ってもいいし」
「はっ、入る……」

 さて、幸いなことに、女湯の更衣室にはあまり人がいなかった。僕は誰もお風呂から上がらないうちに、そして誰も更衣室に入ってこないうちに、すべての衣類をかごに突っ込み、持参のバスタオルを体に巻いた。お風呂には長く浸からず、体と髪、顔を洗ったらすぐに出よう。寝るまでに湯冷めしなければいいんだ。
「さて、覚悟の一瞬。この先は、踏み入れたら後戻りができないフロンティア、じゃなくて…… まあいいや。いち、にの、さ」
 そしてドアを開けようとした次の瞬間、僕がドアに手を触れる前に勝手に開いたのだった。そして、僕の目の前にいたのは……
「あら、おどろかせたかしら?」
 ぐらまらすなおねぃさん。
 あの、あのメロン2つと巨大なヒョウタンは、破壊的だった……!

 湯船で軽く心を落ち着かせて、鏡が設置された蛇口の前に腰を下ろす。
「ふぅ…… 洗うとすっか」
 やわらかめのスポンジで泡を作り、体を丹念に洗ってゆく。肩のあたりの関節がやわらかいのか、あかこすりを使わなくても手を背中に回して洗うことができる。これが女性の体かと思っていたら、やってきた中学生の女の子に「わー、あの人、体柔らかい!」と言われた。女性はみんなこんな骨の構造ってわけじゃないみたいだ。……だから前隠せ! きみらの年頃も僕にはドキドキするものなんだよ!
 それにしても、体を洗う以上は女性特有の場所も洗わなければいけない。それがあまりにも恥ずかしく、しかも柳のものだ。こればかりは毎日やってもドキドキする。そのうち心臓発作で死ぬんじゃないかな。

 そんなわけで、シャンプーとリンス、洗顔を丹念にやり、最後に再び温まる。こうするのは、今日一日何が起こったかを軽く思い出したり、曲の歌詞を考えたり、ギターなんかの反省点をチェックしたり、いろいろと情報整理などをするためだ。柳になる前から、ずっとやっていることだ。軽音楽部に引きずり込まれてからは、音楽のことをよく考えるようになった。
「さて、上がろう。いつまでもここにいたらのぼせちゃうよ」
 再びシャワーからお湯を出して湯船のお湯を洗い流すと、バスタオルで体を拭き、更衣室では足も拭いて新しい下着を手に取る。改めて見てみると、本当に柳の持っている下着は地味だ。だから助かる。クラスメイトの女子が、どんな際どいパンツを持っているとか、たんすの何番目に何を隠しているとか会話をしているのを聞いてしまったことがあるが(もちろん聞くつもりはなかったんだよ)、柳がそんなことをしていなくて本当によかった!
「しょ…… 柳、上がったの?」
 更衣室の壁の向こうから、柳の声が聞こえた。男湯も、本日はあまりにぎわっていなさそうで、人の気配をあまり感じない。柳のほかに確認できるのは、走り回る子どもと、それを追い回して暴れるなとたしなめる父親くらいだ。
「今ね。ちょっと待ってて」

 帰り道の、暗い夜道。
 街頭には蛾などの虫が飛び交っている。今度、僕らの文化祭に行こうか行くまいかと話し合ってくれているのだろうか。むしろ見に来い。
 すると、柳がいつもどおりの静かな口調で切り出してきた。
「顔、赤いね」
 街灯に照らされたときにでも、僕の顔でも見たのだろうか。
「まーね。ちょっと湯船に浸かりすぎたよ。おかげで少し暑い」
「どうせ女の人をチラチラ見てたんでしょ」
「んなことしねーよ!」
「どうだか……」
 静かな口調でとんでもないことを言うものだ。……実際、見たよ。ええ、見ましたよ見させていただきましたとも目の保養とでも思ってね。特にお前のをな。見たくて見たわけじゃねーよ!
「柳は? 男たちに囲まれて平気だったのか?」
 僕がそう問うと、柳は突然立ち止まり、青い顔をした。何か、あったんだろうか?
「………… ……翔くん」
「何?」
「なんでもない」
 とうとう柳は、うなだれて無言になってしまった。

 ……分かった。何も聞かないよ。