古い学校、それも旧校舎というものには、「七不思議」とか「怪談」といわれるような伝説がよくある……らしい。
僕の学校でも、今度の春休みに新校舎の完成と同時に取り壊される予定の旧校舎に、そういった伝説がいくつかある。中でも有名なのが「13階段の合わせ鏡」だ。
一階と二階をつなぐ西側の階段は14段上ると踊り場で折り返し、さらに12段上って二階へと上がる。そして踊り場の両側には二枚の古い鏡が向きあわせで取り付けられている。
ところがこの階段を上り下りすると、たまに13段で踊り場に着いてしまうことがあるらしい。すると合わせ鏡に写った自分自身が、その人を鏡の中へと連れ去ってしまう……というものだった。
校内では知らない人はほとんどいないという有名な話だ。もっとも僕を含め、信じている人間なんてのもほとんどいないだろう。
僕にとってそれは旧校舎とともに消えていく伝説……のはずだった。
13階段の合わせ鏡
作:ライターマン
僕は今居裕巳(いまい・ひろみ)。中学一年生。
三月生まれなのでまだ12歳であり、成長も遅く、女子を含めてクラスの中で一番背が低いのが最大の悩みである。
二月になったばかりのその日、昼休みを終えて授業を受けていた僕は、急にお腹が痛くなった。
(うっ……やっぱあの牛乳、悪くなってたのかな?)
少しでも早く成長するように……と、いつものように給食で余ってた牛乳をもらって飲んだんだけど、そのうちの一本が、ちょっと変な味がしていたのだ。
「先生……すいません……」
腹痛がだんだんひどくなってきたので、僕は先生に申し出て保健室へ行くことにした。
「大丈夫か? 一緒に行こうか?」
すぐ後ろの席から、幼馴染の長原飛鳥(ながはら・あすか)が心配そうに声をかけてきた。だけど、具合は悪くても一人で歩けないほどじゃないので、彼に迷惑はかけたくなかった。
僕は苦笑いを浮かべながら首を横に振り、後ろの扉を開いて教室を出た。
「1、2、3、4……」
旧校舎の一階西端にある保健室に行くには、例の階段を使わないといけない。
信じてはいない、とはいえやっぱり伝説のことは気になるんだよね。だからここを上り下りするときは、段数を数えるのが習慣になってしまっている。
「9、10、11、12……ええっ!?」
いつものように気軽に段数を数えていた僕は、思わず驚きの声を上げた。いつもなら二階から12段降りれば踊り場に着くはず……なのに僕の目の前にはもう一段の段差があったのだ。
「これって……あの13階段?」
下りで勢いのついていた身体はそのまま踊り場へと踏み出していた。はっと鏡に目を向けた僕は、そこで思わず息を呑んだ。
「えっ? ……これが、僕?」
合わせ鏡に映っていたのは、僕であって僕じゃなかった。
その顔は確かに僕だった……だけど、合わせ鏡に映ったたくさんの僕が着ていたのは、詰襟の学生服ではなく……女の子が着ているセーラー服だったんだ。
「……!?」
次の瞬間、天地がひっくり返ったような感覚とともに僕は鏡に向かって「落ちて」いった。
セーラー服姿の僕の顔がアップになり、鏡に激突した僕はその場で気を失った。
目が覚めたのは保健室のベッドの上だった。
「大丈夫?」
ベッドの横には女の子が座っていて、僕が目を覚ましたのに気づいて声をかけてきた。「……踊り場で倒れたって聞いてびっくりしちゃって。気分はどう? 痛いとこない?」
「あ、え、ええっと……君、誰? ……あ、あれ?」
僕は戸惑いつつ、目の前にいる女の子にそう返事した。
彼女は僕を知っているみたいだけど、僕はその子の名前を思い出せなかった。
でも……なんとなく見覚えがあるような、気がする?
それに僕の声……二、三ヶ月前に声変わりしたんだけど、今聞こえてきた自分の声は、なんだか声変わり前に戻ったような声だった。
女の子は吹き出しながら、僕に言った。
「何言ってんの? 倒れたショックで生まれたときからの付き合いのあたしを忘れたの? ……それよりどう? 起きられる?」
どうしても彼女の名前が思い出せず、首をかしげながら僕は問いかけに応えてベッドから身を起こした。
幸い痛いところはなく、気分も悪くない。僕は布団をのけてベッドから出て立ち上がった……けど、
「ええっ!? な……何これっ!?」
僕は思わず叫んでしまった。「……何で僕が、セーラー服を着ているんだよっ!?」
僕の身体を包んでいたもの、それはさっきまでの学生服ではなく……目の前の女の子と同じ紺色のセーラー服だった。
胸の部分にスカーフが結ばれていて、腰から下は襞つきのスカート。僕の両脚の太もも部分が、直接触れ合っている。
「あのねえ裕美(ひろみ)、いくら自分のことを『僕』って言っても、あなたは女の子なんだから、セーラー服を着ているのは当然じゃない」
女の子は僕に向かって、呆れたような口調でそう言った。
「えええっ!! 僕が……お、女の子?」
僕は思わずそう叫ぶと、膝を合わせたまま呆然となって、床にぺたんと座り込んだ。
「……はい、残り三分。書き漏れがないか、しっかり確認しておけよ」
先生の言葉に、僕は答案用紙に書き込んだ答えが間違っていないか見直しを始めた。
三学期の学年末試験。今日のテストが終われば、春休みまでの授業はおまけみたいなもんだ。
しばらくは気兼ねなく遊べるので、楽しくてしょうがない……はずなんだろうけど。
答案用紙の一番上、自分の氏名の欄を見て、僕は大きく溜息をつく。
(昨日、テストの後に先生に呼び出されて、「自分の名前を書き間違えるな」って注意されたんだよな……でもこっちの方が本当の僕の名前なんだけど……)
そう思いつつ、僕は名前の「裕巳」の部分を消し、「裕美」と書き直した。
ひと月前のあの日、保健室で目が覚めたときから、僕は今居裕巳から今井裕美(いまい・ひろみ)になっていた。
まるで女の子のような名前。そしてそれは名前だけじゃなかった。
あの時の僕はセーラー服を着ていた。気絶している間に誰かが悪戯で着せたのかとも思ったけど、そうじゃなかった。
セーラー服を脱ぐと、身体のほとんどは前と変わっていなかった。だけど、肝心な部分……両脚の間に男ならあるべきものがなかった。
しかも喉仏も消えて、声まで女の子になっていた。
驚く僕に教師やクラスメイト、それに家に帰ると両親までもが、「裕美は生まれたときから女の子だったじゃない」と言った。
最初はとても信じられなかったけど……それでも僕の身体が女の子なのは、否定しようがない事実だった。
そしてその日から、僕の「女の子としての日々」が始まった。
どうやら僕は、「13階段の合わせ鏡」のあの場所から、別の世界へと飛ばされたらしい。
身体が女の子なのは意識だけ移動したからなのだろうか? SFとか怪奇小説のような話だが、そうとでも考えないと説明がつかない。
ただ左右が逆になってないので、単純に鏡写しの世界というわけではなさそうだった。
僕から見たこの世界は、それ以前とほとんど変わらなかった。家や学校の場所も形も、ほとんどの友達の顔もまったく同じだ。ただ……
「お疲れさま。……テスト、どうだった?」
学年末試験が全部終わってざわめく教室で、僕は不意に背後から肩を叩かれた。
以前なら、いつもこんな感じで気軽に声をかけてくるのは、家が隣同士で幼馴染の飛鳥のはずだった。
男同士で時々お互いの家に泊まり、最近会話にちょっとエッチな話題が増えてきた僕の親友。なのに今は……
「……あ、う、うん、まあまあ……かな?」
僕が振り返ると、そこには飛鳥に似た女の子がにこやかに微笑んでいた。
長原明日香(ながはら・あすか)、前の世界とこの世界が違う点は、僕と飛鳥の二人の男子が、ここでは「裕美」と「明日香」という女の子になっていることだった。
そして明日香ちゃんは、突然女の子になって戸惑う僕の様子に時々首をかしげながらも、いろいろと手助けをしてくれている。
……ちょっと余計なお世話って時もあるけど。
女の子になって変わったことといったら……やっぱりなんといってもトイレだった。だって……あるべきものがないんだから、立ったままできないんだよ。
それになんだか男の頃に比べて、我慢しづらくなったし。この前、廊下で漏れそうになって、慌てて近くの男子トイレに入ったら……大騒ぎになっちゃって……
あのあと明日香ちゃんにこっぴどく怒られて、それ以来、学校の内外にかかわらず、ずっと彼女の監視の目が光るようになってしまった。
だけどさあ……家はともかく学校じゃ女子トイレだよ女子トイレ。しかも(自分の)スカートめくり上げてパンツ下ろして……なんで自分のトイレで、思いっきり後ろめたさを感じなきゃならないんだっ?
……そう、女の子になった僕を最も戸惑わせているのが、腰から下を覆っているひらひらしたスカート、というか身を包んでいるセーラー服。
家の中とか部屋の中の家具とかは、ほとんど変わりなしだったけど、制服は詰襟の学生服じゃなくてセーラー服になっていた。
それにタンスの中には見慣れた服もあったけど、いろんな色のスカートとかワンピースってやつがいっぱい入っていた。母さんが「これからは少しくらい女の子らしくなりなさい」って、先週の買い物もスカートばっかりでズボンを買ってくれなかったのだ。
明日香ちゃんや母さんの話によると、女の子の僕、つまり裕美ちゃんはかなり「お転婆」だったらしい。
あちこち走り回ってスカートなんかほとんど穿かず、自分のことを「僕」と言っていたらしい。
おかげで入れ替わってもぜんぜん怪しまれなかったけど、母さんはそんな裕美ちゃんを女の子らしくしようと、何とかスカートを穿かせようとしているのだ。
もちろんそんな物を自分から穿くつもりなんかない。休みの日は今までどおりお古のズボンを穿いてるんだけど……最近、腰のあたりがかなり窮屈になってきてるんだよね……
二人で試験の内容とか出来具合なんかを話しているうちに終礼も終わり、僕と明日香ちゃんは一緒に帰ることになった。
「1、2、3、4……」
急ぎ足で階段を下りながら段数を数える僕の後ろで、「あの伝説、まだ信じてるの?」と明日香ちゃんが笑った。だけど、この場所で女の子になってしまった僕は、それがまったくのでたらめでないことを知っている。
僕はかまわずに階段を数えながら降りる。
「9、10、11、12…………ふうっ」
今日もまた12段で踊り場へたどり着いた。13階段だったら、合わせ鏡の向こう側の、僕が男である……本来の世界とつながってるかもしれないのに……
あの時ぶつかった鏡に手を触れようとした僕は後ろから明日香ちゃんに肩をつかまれて止められた。
「だめよ、そこひびが入ってるから触ると怪我するよ」
言われて鏡を見てみると、うっすらだけど確かに一本の筋が入っていて、横に「触るな」と書いた紙が張ってあった。うーん、いつの間にこんなひびが?
合わせ鏡の間に立つと、セーラー服姿の僕が大勢映っていた。……うーん、なんだか恥ずかしい。それに元に戻る気配もまったくない。
溜息をついて、僕はその場を離れた。
校門を出た僕たちは、家に向かって歩いていた。
「それにしても、裕美って最近なんかよそよそしくない?」
「えっ? そ、そんなことないよ」
明日香ちゃんの言葉に内心ドキッとしながら、僕はそう答えた。
確かにぎこちないところはあると思うけど、それは仕方ないじゃないか……だって明日香ちゃんは飛鳥とそっくりだけど……別人で女の子なのだから。
明日香ちゃんは、どきどきする心臓を押さえながら角を曲がろうとしていた僕の肩をつかんで引き止めると、商店街に向かう道を指差した。
「裕美、今日はこっちに行くんでしょ?」
「……ううっ、そうだった」
僕たちが向かった場所、それはこのあたりで一番大きな洋服屋で、学校の制服とかも売っている。
「すいません、体操服はどこにありますか?」
店員さんに教えてもらって、僕たちは制服が展示してあるコーナーへと向かった。
明日香ちゃんが並んでいた体操服をいくつか選び出して、僕の身体に合わせた。「……うーん、こっちかな? でもこれから背が伸びることを考えれば、もう少し大きい方がいいかな?」
どうもこっちの世界に来てから、僕の身体はようやく成長期に入ったらしい。それもかなり急激に。
身長は2センチ以上伸びた。それ自体は嬉しいんだけど、今使っている体操服が身体に合わなくなってきていた。
試験明けの翌日にさっそく体育の授業があるので、「試験が終わったら帰りに新しいのを買ってきなさい」と、母さんにお金を渡されていたのだ。
以前は好きだった体育だけど、今は最も避けたい授業だった。
だって体育の授業で着るのは女子用の赤いラインの入ったシャツとブルマ……しかも、着替えは女子として女の子に見られつつしないといけないのだ。
もう恥ずかしくって恥ずかしくって……ああっ、早く男に戻りたいっ!!
「ほら、試着してどっちにするか決めなさい」
明日香ちゃんに試着室に押し込められ、僕は仕方なくセーラー服を脱いで、体操服を試着してみる。
うーん、ちょっとゆるいけど、成長することを考えればこっちの方がいいかな? ……できるなら、そこまで成長する前に元の世界に戻りたいけど。
「どう、決めた?」
「う、うん、こっちにするよ」
カーテンの隙間から覗き込んできた飛鳥ちゃんにドキッとなり、僕はモジモジしながら今着ている体操服をつまんでそう答えた。
すると明日香ちゃんは、僕の胸元をじっと見ながら言った。
「やっぱりブラジャーがいるわね……」
「ええっ!?」
明日香ちゃんのその言葉に、僕はびっくり仰天した。「ど、どうして? 背が伸びて、胸もその……太った気がするけど……そ、その……ブ、ブ……ブラジャー!? 必要ない、ぜんぜん必要ないよっ!!」
「なに言ってるの? 前の体育の授業でかなり目立ってたの気がつかなかったの? そのサイズでも動けば膨らんでるのが判っちゃうし、絶対ブラジャーが必要よ」
ぶんぶんと首を横に振る僕に、明日香ちゃんが鋭く指摘する。
「で、でも……そうだ、今日はブラジャー買うお金がないから、また今度――」
「うそ言ってもだめよ。今日は余分にお金を渡されたでしょ? おばさまに聞いてちゃんと知ってるんだから」
ええっ!? ……そ、そうか、どうして明日香ちゃんが、僕が今日体操服を買いにいくのを知ってたのか疑問だったけど……母さんとグルだったのか!?
「すいません、この子のブラジャーも選びたいんですけど、初めてなんでサイズ測ってもらえますか?」
僕はあわててその場を逃げ出そうとした。だけど体操服を脱いだそのとき、カーテンが開いて女の店員さんが入ってきた。
「じゃあ、さっそく測りましょうね」
そう言って、店員さんはにこやかに微笑みながら、手に持っていたメジャーを伸ばして僕に迫ってきた。
「い……いやあぁぁ―――っ!!」
僕は……両手で胸を隠して、女の子のような悲鳴を上げていた。
「……ううっ」
「なに恥ずかしがってんのよ? しゃんとしなさい」
顔を赤くしてうつむきながら歩く僕の背中を、明日香ちゃんがぽんと叩く。……ああっ、その場所はホックの真上だからやめてっ!
セーラー服の内側、僕の胸の部分にはさっき店員さんや明日香ちゃんが選んだ……ブラジャーのひとつが着けられていて、軽く締めつけられる感触が、その存在を嫌というほど主張していた。
この僕が……ブラジャー? ああっ、セーラー服だけでも恥ずかしいのに、ブラジャーなんてっ。
「よかったじゃない、これで大人の女性への階段を、また一歩上ったことになるんだから」
よくない、絶対よくないっ!! そんな階段なんか上りたくないっ!!
やがて家に着くと、僕は明日香ちゃんと別れて家の中に入った。
スカートを下ろしてセーラー服を脱ぐ。壁の姿見(前の世界ではなかったものだ)に、下着姿の自分が映る。
「…………」
今朝までは胸の部分が太っていると思っていた……思おうとしていた。だけどこうしてブラジャーを着けてしまうと、それが女の子特有の膨らみであることがはっきり判る。
「僕……どうなるんだろう?」
この世界に来たとき、僕の身体は股間と喉以外は男だったときと変わらなかった。だけど今は背が伸びると同時に胸が……身体が変わり始めていた。
このままだと、僕は……
僕はカーテンを少し開けて、隣の家の窓をのぞいてみた。
以前、そこは飛鳥の部屋であり、僕が窓を開けて呼びかければ、向こう側の窓も開いて飛鳥の笑顔を見ることができた。
だけど今、その部屋はピンクのカーテンが閉められていて……
「戻りたい……元の世界に戻って……飛鳥に会いたい」
呟く僕の頬を、一筋の涙が流れ落ちていた。
「えー、ここは……だから……」
午後の授業、先生の言葉が頭の上を通り過ぎていく。
(うー、やっぱり風邪だったのかな? 気分が悪い……)
朝起きたとき、布団や毛布がはだけてて、かなり寒い状態だった。
そのときは大丈夫と思ったんだけど、学校に着いたあたりから具合が悪くなった。
おかげで体育の授業は見学。まあこれはラッキーだったかな? 明日香ちゃんが、着替えのときに僕がブラジャーしてるか確かめようとしてたみたいだったから。
何とか昼休みまでは持ちこたえていたけど……どうやら早めに保健室へ行った方がよさそうだ。
「先生……すいません」
僕は先生に申し出て、席を立った。
「大丈夫? 一緒に行こうか?」
すぐ後ろの席の明日香ちゃんが心配そうに声をかけてきけど、僕は首を横に振って申し出を断り、後ろの扉を開いて教室を出た。
「1、2、3、4……」
いつもの階段を、いつものように数えながら降りていく。
(そういえば……僕が女の子になったときも、こんな感じだったかな?)
あの時も午後の授業でほぼ同じ時間、具合が悪くてこの階段を下りていたのだった。
「9、10、11、12……ああっ!?」
僕は思わず声を上げた。なぜなら12まで数えた僕の目の前に、もう一段の段差があったからだ。
つまり……あのときと同じ状況だった!!
急いで13段目を降りて合わせ鏡の前に立った。するとそこには……詰襟の学生服を着た、少し背が伸びた男の僕の姿が映っていた!!
「戻れる……戻れるんだ……」
興奮した僕の口から思わず呟きが漏れる。
そして天地がひっくり返るような感覚……僕は鏡に向かって「落ちて」いった。
目が覚めたのは保健室のベッドの上だった。
「大丈夫か?」
ベッドの横から聞いたことのある声がした。
「突然ガラスが割れる音がしたから教室を飛び出したら、踊り場でお前が倒れてて……びっくりしたよ」
首を動かして声のする方を見れば……そこにいたのは懐かしい顔、幼馴染の……男の飛鳥がそこにいた!!
(やった……成功したんだ……)
「大変だったな。後で先生がちょっと話を聞きたいらしいけど、それまではゆっくり休んでろよ」
飛鳥の言葉に、僕は笑顔になって頷いた。
(戻ってきた……僕は戻ってきたんだ)
僕は嬉しくなって涙が溢れてきた。まわりの視界が涙でにじみつつ、僕はそのまま眠りについた。

目が覚めたのは、自宅のベッドの上だった。
「…………夢……かあ――」
呟きながら、僕はベッドから起き上がった。
中学生の僕が別の世界へ飛んで、そこでは僕は女の子で……といった夢。
ずいぶんリアルだったな……
時計を見ると10時過ぎ、平日だけど、今日は前もって会社に休みを申請していたのでゆっくりと寝ていたのだ。
着替えのためにタンスへと移動する。壁の姿見に自分の姿が映っているのが目に入った
あれから10年以上の時が過ぎた。当時はクラスで一番低かった身長も、その後は順調に成長して今では平均よりちょっと上といった感じだ。
パジャマを脱いで引き出しを開ける。……なんかさっき見た夢のせいか、中のものが少し眩しく見える。
心臓がドキドキするのを感じながら、中から一つを選んで取り出した。あの時……Aだったブラジャーのサイズも、今ではEカップ。こっちの方は平均よりかなり成長した、といった感じである。
僕が中学一年の頃、旧校舎階段の合わせ鏡の踊り場から、僕は別の世界へと飛ばされた。
信じられないような話だが本当のことだ。そこでは僕は女の子として存在し、身体も男から女へと変わっていた。
そのまましばらく僕は女の子としてその世界で過ごしていたが、偶然にも同じ合わせ鏡の踊り場から、僕は元の世界へと戻ることができた。
戻ってきたとき、僕は踊り場で気を失っていた。そして鏡の一つが砕けて破片が周囲に散らばっていたとか。
ちょっとした騒ぎの中、鏡の破片が慎重に取り除かれ、倒れていた僕は保健室へと運ばれた……というのは、あとで飛鳥から聞いた話だ。
元の世界へ戻ったことで安心していた僕。だけど再び目が覚めてベッドから起き上がった僕の身を包んでいたのは……あの世界と同じセーラー服だった!!
まさか!? 僕は慌てて自分の身体を確かめた。胸に感じるブラジャーと膨らみの感触。そして股間にはこの世界の僕にあるべきものが……やっぱりなかった。
推測だけど……あの時、鏡にはひびが入っていた。その状態で僕が元の世界の戻ろうとしたために、鏡が砕けたのではないだろうか。そのため僕は意識だけでなく、身体ごとこの世界へと戻ってきた……
そう、僕の身体は女の子のままだった。
発見されたときセーラー服を着ていたことを尋ねようとした先生は、僕が服だけでなく、身体まで女の子になっていたことにびっくり仰天していた。
そして病院に運ばれて検査を受けようとしたそのとき、さらなる異変が起こった。
僕の身体に……初潮が訪れたのだ。とうとう生理まで……ショックで僕は呆然となり、周囲は騒然となった。
そのまま入院させられて、両親が呼ばれて検査や問診の日々。
僕は別の世界へ飛ばされた話をしたけど、大人はだれも信じてくれなかった。
そして僕が入院しているうちに3学期が終わり、休みに入ると同時に旧校舎は取り壊された。
結局長い間入院させた末に病院が出した結論は、僕の身体が肉体的には完全に女性である――ということだけだった。
旧校舎が取り壊されたことで、僕は元に戻るための方法を失った。
そして春休みの間に戸籍が変更されることになって、衣類やら日用品やらがそろえられた。
実は女の子が欲しかったらしい母さんは、退院と同時に僕の手を引いて、「向こうの世界」で明日香ちゃんと入った洋服屋を訪れた。
しかも応対したのはあの時の店員さんで……僕は「初めてのブラジャー選び」を二回もやることになった。
新学期、中学二年生から僕の新しい生活が始まった。名前は「裕美」に、性別は女性に、ブラジャーを着けてセーラー服に身を包んで……
しばらくぶりに訪れた母校。校舎や校庭から生徒たちの声が聞こえてくる。
昼休み終了5分前の予鈴の音ともに、校庭にいた生徒たちが駆け足で校舎へと向かう。
その姿を見て昔を思い出し、僕は思わず微笑んだ。
今では少し汚れの見えるこの校舎も、僕が中学二年生になったときは出来たてのピカピカだった。
そして新しくなった校舎と突然女の子になってしまった僕は、当時の生徒たちの注目の的だった。
最初の頃は同級生の男子たちから、「いつ手術したんだ?」とか「触らせろ」などと言われ、女子からは「その胸本物?」とか「触らせて」とか言われ……って、どっちも言ってることは同じ?
僕はそんな好奇の視線にさらされながらもセーラー服を着て登校し、体育ではブルマを穿いて……水泳で女の子用の水着を着せられたときは、顔から火が出そうだった。
それでも夏休みが過ぎ、秋になる頃には慣れてきたのか飽きてきたのか……周囲は少しずつ静けさを取り戻していった。
そして僕は女の子のまま中学、高校を経て、大学卒業と同時に地元の企業に就職した。
「よっ、時間通りだな」
校門を通り過ぎて玄関に着くと、そこには飛鳥が待っていた。昔からこいつだけは変わらず、いや変わらないように気軽に僕に接してくれている。
「授業の方はいいのか?」
僕は苦笑いを浮かべながら言った。
「今の時間はちょうど受け持ちがないんだよ」
「で、なんだよ? 見せたい物があるって」
「まあね……ついてこいよ」
飛鳥は大学で中学校の教員免許を取って、母校の教師として採用された。その飛鳥から連絡を受けて、僕はここまでやってきたのだ。
歩き始めた飛鳥の後をついて、僕も歩き始めた。
「それにしても……ずいぶんとその……女らしくなったよな。……いや、中学のときと比べてさ」
「そりゃそうだよ。一年のときは男だったしね」
「そ、そうじゃなくって!! なんというか……その――」
顔を赤くして慌てる飛鳥に、僕は思わず吹き出した。
そういえば、髪を伸ばし始めたのはいつからだったかな?
高校に入学した時、よりにもよってその年から制服が変わり、僕はカラフルで真っ赤なリボン、しかもミニスカートのブレザーを着る羽目になってしまった。
せめてもの抵抗で、髪をばっさりと切ったら「凛々しい」なんて女子に人気が出ちゃって……ははっ、ちょっと恥ずかしい青春の思い出ってやつ?
「ここだよ」
そう言って飛鳥が指し示したのは、一階の端にある資料倉庫の扉だった。
飛鳥が鍵を開けて中に入ると、そこには教材やらパネルやらがいっぱいあった。
「古い物を整理することになってね。俺が担当になって調べていたら……ほら、あれ見ろよ」
「ああっ!!」
資料倉庫の一番奥にある大きな鏡に、僕は思わず驚きの声を上げた。
「これって……あの階段の鏡?」
「ああ、あの時の先生の誰かが、取り外された鏡をここに保管したらしい。もう一つの方はあの時砕けたから、一枚だけなんだけど」
僕は近寄って鏡を見つめた。確かにあの階段の踊り場にあった、合わせ鏡の一枚だ。
「……あれ?」
鏡に映る僕と飛鳥の姿が少しぼやけてる。鏡が古いせいかとも思ったけど、背後の景色ははっきり映っている。
そのままじっと見ていると、今度は鏡に二人の人物が映った。
飛鳥が映っているはずの場所には一人の女性が立っていた。あれは……明日香ちゃんだ。
その隣、僕が映っているはずの場所には、昔の僕が大きくなったような男性の姿があった。
鏡の中に映ったその二人の姿はすぐにぼやけ始めた。僕たち二人は……いや四人は笑みを浮かべて互いに手を振った。
そして鏡の中の二人は……消えていった。
「……ふうっ」
しばらくして僕は溜息を吐いた。まさか明日香ちゃんや……もう一人の僕に再び会うことができるなんて。
ピシッという小さな音がして、鏡が急に黒ずみ、映りが悪くなっていった。
おそらく一枚だけではあれが精いっぱいで、それも最後の力だったかもしれない。
「あの時、お前が倒れたのは二回とも同じ時間だった。その時間になら、もしかして……とは思ったんだけど――」
飛鳥が呆然とつぶやいた。確かにそのとおりだった。言われて僕は思い出した。
「信じて……くれてたんだ」
「言っただろ、『俺はお前の言うことなら信じる』って」
僕の胸が熱くなる。そうだ、髪を伸ばしたのって飛鳥が少し離れた場所の大学に通うために下宿を始めて、しばらく会えなかったら、なんだか気になって……で、夏休みに帰ってきたときにびっくりさせてやろうとしたのがきっかけだったんだっけ。
飛鳥はすごく喜んで、「可愛い」と何度も言ってくれたのが嬉しかった。
その後は月に一度は帰ってくるようになった。それで僕はそのまま髪を伸ばし続け……
「…………」
飛鳥の顔が近づいてくる。僕は何も言わずに自分の目を閉じる。
唇が触れ合う……暖かい。僕たちは自分の手を、お互いの背中に回して抱き合った。
(おわり)
おことわり
この物語はフィクションです。劇中に出てくる人物、団体は全て架空の物で実在の物とは何の関係もありません。
あとがき
どうも、ライターマンです。
学校の階段……もとい怪談を元ネタにしてみたんですが、ぜんぜん怪談じゃないですね(笑)。
似たような作品は結構あったと思いますけどね。たとえば……あれ?(爆)
できるだけイベントは入れたつもりなんですが、半分くらいが思い出話になってしまいました。今後の検討課題ってところでしょうか?
みなさんがこの作品を読んで楽しんでいただければ幸いです。
それではまた。
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