二月十四日、バレンタインデー。
この日、秋津の通う高校では、本来男子校ならありえないはずの光景が、あちこちで展開されていた。
チョコにたくした、少女から少年への愛の告白。……だが、その少女たちは皆、元男──かつては「不良」男子だったのだ。
「か……勘違いしないでよねっ! これは義理……義理なんだからっ! ……そう、あんたのことなんて、好きでもなんでもないんだからっ!」
パステルピンクの髪をツインテールにした、ファニーフェイスの堂島だりあが頬を染めてそっぽを向きつつ、かわいらしくラッピングされた包みを男子生徒に差し出した。
「…………」
相手の男子生徒は戸惑っていた。
好き嫌いとかいう問題以前に、目の前でツンデレな態度をとる彼女──だりあは、元々自分と同じオタク入った男子だったのだから。
それが今や、アニメキャラ風の美少女。正体を知らなければ、嬉々としてチョコレートを受け取るところだ。
別の場所では、さらにありえない光景が展開されていた。
「はい、斉藤のお兄ちゃん。チョコあげるね♪」
食い意地が祟って童女の姿になった江原栄介は、エリという名の少女として、無垢な微笑でチョコを突き出している。
高校の敷地内で小学生の女児が高校生の男子にチョコを渡すなど、まさにシュール。
「あ、ありがとうな──」
相手が(見た目)子どもだということで恋愛対象から外れるからか、「お兄ちゃん」と呼ばれたその男子生徒は素直にチョコを受け取った。
さらに別の場所では──
「あ……あの……」

トレードマークのポニーテールが揺れるほど、もじもじしているセーラー服の少女がいた。
近田千鶴、彼女も生まれて初めて男子にチョコを贈ろうとしていた。
相手は、千鶴のかつての姿を彷彿とさせる巨漢だった。
「た、タケルさん……好きですっ!!」
顔を真っ赤にして、精一杯の勇気で告白する。
「わ、我輩にかっ!?」
周囲から「キン肉ダルマン」と揶揄されるマッチョな巨漢も、チョコをもらうのは生まれて初めてだった。
手渡されたハート型の箱を穴の開くほど見つめ、そして……
「我が生涯にっ、一片の悔いなしであぁぁぁぁぁぁぁるっ!!」
それを持つ右手を天高く掲げて喜びを表す。
「そ、そうか……よかった」
ほっとした表情を浮かべる千鶴。
「うむっ。……それにしても、お前からこんなことを言われるとは。もう、身も心もすっかり女だな」
「ば……」
そう言われて、千鶴は恥ずかしさに身をよじった。
「ば、ばかぁっ!」
照れ隠しから、つい一撃を繰り出してしまう……平手ではなく拳で。
それが相手の胸板にクリーンヒットする。が、
「いいパンチだ。女だてらに鍛えているようだな」
彼はそれを平然と受け止めた。
かつての男の自分だったら、一撃が通じなかったら、屈辱で怒り狂っていただろう。しかし、今の千鶴は逆に恍惚の表情を浮かべた。
(ああ……なんて逞しい筋肉。まさに理想の男──)
それは、完全に恋する少女の表情だった。
「……ったく、世も末だな」
一部始終を見ていた秋津が、醒めた口調でつぶやいた。
トレードマークだったリーゼントを止め、制服も通常のものだ。彼以外の男子は髪型こそばらばらだが、いわゆる長ランで「不良」をアピールしている。
放課後の校庭。あちこちで『告白』を目撃してきた五人の男子。それは20人の不良生徒たちをひとまとめにしたZ組の中で、女性化を免れた「生き残り」たちだった。
他の連中は全て新任教師、大原乙女が原因で少女と化した。Z組の男子は女性化することを……強いられているんだ!(集中線)
男女の比率は、5:15。肩身の狭いことこの上ない。しかもこれまでの様子を見てわかる通り、15人は精神も完全に女性化している。恋愛の対象が男子というのは、その確固たる証拠だった。
「俺たちはなんとしてでも生き延びてやる……三月まで凌げば、大原は任期切れでこの学校から消える」
ライオンのたてがみのようなぼさぼさ頭をした財津全次郎が、その場をしきる。
「ちょっと消極的じゃないのか?」
丸坊主の渡辺 亘(わたる)が言い返した。
「……生き延びりゃいいのさ」
まさにそのために、秋津はこだわり続けた「不良スタイル」を捨てたのだ。
「けどよ、『攻撃は最大の防御』ってよく言うだろ?」
顔の右半分を髪で隠した植田右京が、右手でコインを弄びながら言った。そのまま手の中のコインを高く飛ばし、左手の甲と右の手のひらで受け止める。
「表か。運はこちらに向いているぜ」
それが幸運のしるしらしい。にやりと笑う。
「むっ、ならば任せていいか? 五家宝連ナンバーワンの博徒であるお前に」
「ああ、任せろ」
二人で話を進めるが、秋津が黙っているはずがない。
「おい、なんだその『五家宝連』ってのは?」
不良スタイルはやめても、彼の突っ込み気質は変わらない。
「ふふふ、オレたち五人のことだ。何しろオレの名は『全次郎』だしな」
「『全次郎』が『五家宝連』に加わってどうするよ……だいたい、そんなメンツで大丈夫か?」
「大丈夫だ、問題ない」
「……まぁ好きにしな。オレは関係ない」
呆れたように言い返す秋津。だが事態は変わらない。
いよいよ最後の抵抗が始まった──
ゴッドファーザー乙女
Lesson4「さよなら乙女先生」
作:城弾
「大原、放課後に麻雀で勝負だっ」
次の日。一時間目のロングホームルームで、植田は教室に入ってきた乙女にいきなり勝負を申し込んだ。
今まで女子になった者たちは、何らかの形で乙女に「負け」を認めているケースが多い。ならば逆に乙女に勝てば、少なくとも自分は助かるのではないか?
そう考えた生き残りの男子五名……財津言うところの『五家宝連』は、「攻撃は最大の防御」を地で行くことにした。
つまり、それぞれの得意技で乙女に「勝負」をしかけるというわけだ。
「さすがだな……伊達に自宅に全自動麻雀卓を設置して、連日卓を囲んで、しまいにゃ奴の家が『雀荘・植田』とまで言われるほどの麻雀好きじゃねぇな」
(さぁどうだ? これで勝負を避ける──つまり逃げれば、それはすなわちこの植田右京の勝利ということ。奴に屈服しなければ、女にはならずに済む)
そう言う計算であったのだが、
「ごめんなさい。先生、麻雀はルールよく知らないから出来ないの」
乙女は相変わらずのスーツ姿。一体、何着もっているのだろうか?
「で、出来ない……だと?」
出来ることを避ければ「逃げ」である。だが、最初から出来ないのであれば、敗北感などあろうはずがない。
プロレスラーがリングという共通点はあれどボクサーに破れても、マラソンランナーが100メートル走でスプリンターに破れても、敗北感はない。
「あ、でもトランプなら少しは出来るわよ。ポーカーとか」
申し訳なく思ったのか、乙女が明るい声で代替案を出す。
状況が変わった。植田の表情も変わる。
「面白い。ポーカーは私のもっとも得意とするゲームだよ」
何故か口調も変わった。
「よし、近場の雀荘でやるつもりだったから放課後って言ったが、トランプなら今でも出来る。……誰か持ってないか」
しかし、誰も持っていなかった。学校に来ているのだから、当然と言えば当然だが。
「それなら植田様、わたくしが買ってまいりますぅ」
学校には場違いな、胸元の大きく開いたアメリカンタイプのメイド服(しかもピンク色)を着た、ボブカットの小柄な少女が名乗り出た。
「あ、ああ、それじゃ頼むぞ……松田」
「はいですぅ」
このメイドは前回「乙女襲撃計画」を首謀した、松田元紀の変貌した松田桃子であった。
元紀としての支配欲が反転して、他人に尽くす存在になってしまった。だから “メイド”
である。
掃除等は嫌がるどころか、喜んで率先してやる。もっとも大半が『理想の女子』と変貌したこのクラス、掃除当番をサボるものは少女たちの中にはいないが。
桃子は正門から堂々と、近所のコンビニへとトランプを買いに出た。
机を向かい合わせにして、乙女と植田は席に座った。
「学び舎でこのような博打など、望ましくないと思いますが……」
和服姿の文乃が乙女に進言する。和風だからなのか、表現も古風に「学び舎」ときた。
「これもコミュニケーションの形のひとつよ、福本さん。ふれあいが更生につながるのよ」
「なるほどな。けど、勝敗なしの遊びとはいかないぜ……俺が勝ったらこいつら全員、元の姿に戻してもらおうか」
「うーん、先生がわざとやってるんじゃないんだけどなぁ……」
とぼけているわけではない。乙女の女性化能力は、条件が揃うと勝手に発動するのである。何しろ本人からして、その能力の
“被害者”
なのだ。
ただし、ここにいる女子の中で、ただの一人も男に戻りたいとは言わない。まるで、最初から女性として生を受けたかのように、自然に振舞っている。
同時に、アウトローの殻を脱ぎ捨て、新しい姿でやりなおしてる。だからか全員、とにかく明るい。
「……だとしたら、先生が勝ったら、あなたも女の子になるの?」
今までの流れから行けば、当然の疑問だ。むしろ「確認」。
「なってやるさ。負けないけどな」
双方の手元に積まれた十円玉十枚。チップの代わりだ。
それが全てなくなった方が負けである。
ポーカーは配られた五枚のカードで「役」を作り、その強弱で勝敗をきそうゲームである。
役は弱い順に、何も揃ってない「ノーペア」(通称「ブタ」)、同じ数字が二枚の「ワンペア」、それが二組揃った「ツーペア」、三枚揃った「スリーカード」
、数字のつながった「ストレート」は、ハートやスペードの「スート」がばらばらでもOKだ。
逆に数字はばらばらでもスートが五枚同じ「フラッシュ」、同じ数字二枚と別の数字三枚の組み合わせ「フルハウス」、同じ数字四枚の「フォーカード」、スートが同じで数字のつながった「ストレートフラッシュ」。
そして10とJ A K Q ジャッカー!! ……じゃなくて、とにかくこの五枚でスートが同じだと「ロイヤルストレートフラッシュ」
。基本的にはこれが最上位だが、あらゆるカードの代役が出来るジョーカー…ワイルドカードが加わると「ファイブカード」が成立して、さらに上になる。
スートの強弱は上からスペード、ダイヤ、ハート、クラブの順。同じ役なら、これで強さをジャッジする。
そしてポーカーは、「駆け引き」がものを言う。
基本は「ポーカーフェイス」の由来ともなった無表情で相手に自分の手を悟らせないが、それ逆手にとり、良い手なのに自信のないそぶりで相手に強気に出させてチップを大量に掛けさせ、それを奪ったり、逆に弱い、それどころか「役」が成立すらしてないのに、いかにも強そうに振る舞い、相手に勝負から降りさせることが出来る。
運だけでなく頭脳で勝負を左右出来る。ゆえに植田は自信をもっていた。
「それでは配らせていただきます」
やはり前回の襲撃のさいに女子化した沼田夏樹が、ディーラーを務めることになった。彼女も青いメイド服──ただし桃子のものと違って、露出の少ない英国タイプ姿だ。
彼女も「尽くすタイプ」になったので、乙女と植田、どちらの命令にも従順に従う。言い換えればどちらの味方でもなく、公平な存在であるといえる。
「始めるか」
参加料として植田はチップを一枚出し、それでカードをもらう。乙女も同じようにした。
植田は机に伏せられたカードを拾い、確認する。
「二枚変えてくれ」
チップを出して交換を要求する。ひと勝負につき交換は一度だけ。
二枚のカードを受け取る。思わずにやりとし掛かって、あわてて表情を消す。
(いい手だ。クラブ、ダイヤ、ハート様のK──キング・オブ・ハートだな。後はクラブ・エース、ダイヤジャックか。これだと向こうのロイヤルストレートフラッシュの確率はかなり低くなる)
もちろんスリーカードより強い手には、そこまで行かなくともある。
だが、イカサマ抜きでそんなに簡単に揃うものか。植田はそう多寡をくくっていた。
「先生、交換は?」
長い髪をまとめ上げた、ディーラーの夏樹が尋ねた。
「いいわ。これで勝負よ」
「なにぃっ!?」
植田が驚くのも当然。カードは伏せられたままで、乙女はそれを見てもいない。
強いのか弱いのかも知らずに、それで勝負だと?
ざわ・・
ざわ・・
周囲もざわめく……乙女のその大胆さに。
「ふざけてんのか?」
最初に「怒り」がきた。
「こんなの運任せでしょ? だったら見ないほうがいいわ。表情でばれちゃうし」
乙女は笑顔で言うと、チップを植田と同じ数だけ場に出した。
なるほど自分のカードを知らないなら、表情に出るはずもない。
「負けたらどうする気だ?」
心配なんかしていない。揺さぶりをかける植田。
「私が負けを認めたら、みんな男の子になるのかしら?」
「そんなっ」
ギャラリーから悲痛な声が上がった。十文字樹里だ。
「このみが……このみが男になるなんて、わたし耐えられませんっ」
「あたしもよ樹里。あなたが男になってしまうなんて、我慢出来ないっ」
自分ではなく、互いに相手の心配をしていた。
「お前らな……二重の意味でどっちかだけでも、戻ったほうが正常なんじゃないのか?」
不良ファッションはやめても、もって生まれた突っ込み気質は変わらない秋津。
樹里とこのみも、元々は男子。そして現在の二人の関係は「女同士」で「恋人」だ。どちらかが男になれば、ノーマルカップリングというわけだ。
「秋津、わたしは女になったことを、後悔なんてしてないわ」
どこか上から目線。秋津の指摘に、樹里がお嬢さま口調で答える。
「あたしもよ、樹里。あなたがいてくれるなら──」
「このみ……」「樹里……」
瞳を潤ませて見つめ逢い、顔を寄せる美少女二人。
二人だけの世界。ほっとくと「おっ始めそう」だった。
「みんな勘違いしているみたいだけど、私の目的はあなたたちの更生です。別に女の子にしたいわけじゃないのよ」
そう言って、ちらり──と意味ありげに秋津を見る乙女。
(……何だ今のは? 更生しているからオレは対象外ということか? だとしたら見かけでだまされやがるぜ)
そう、秋津は格好を変えても、生き方──ポリシーは変えていない。
「更生の結果として、女の子になっちゃうみたいなのよね」
乙女はそう言うと、周囲を見渡した。まわりの少女たちは不安そうな顔つきだ。
「……だから植田クン、私としては、この子たちがたとえ男の子のままでもいいの。ただ、女の子に生まれ変わったのを、受け入れてあげてるだけ。それは男の子だったとしても同じよ」
その発言で少女たちは皆、安堵の表情を浮かべた。
「よかったぁ」
「例え男になっても、乙女先生はあたしたちのこと、見捨てたりしないのね」
「それを聞いて安心したわ」
(なんだコイツら? 男に戻るのがイヤなのか? それに、どうしてここまでこのオカマを慕う?)
秋津にはわからなかった。
「ようするに……失うものは何もないと?」
それで納得した植田。負けたところで、単にまわりの連中が元に戻るだけ。
だが、自分は違う。この勝負に負けると、恐らくは自分も、あの軍団に加わってしまう。
それではプレッシャーにも違いが出て当然だ。
(……勝ってやる。勝てばいいんだろっ。なら……っ!)
気を取り直すと、植田はチップをさらに置いた。双方一度だけ認められる権利、「上乗せ(レイズ)」だ。
「二枚レイズだ」
まさに運試しだった。負けてもまだチップは半分残る。リスクは少ない。
「二枚ね」
乙女は軽い調子で、チップ代わりの十円玉を場に出した。「じゃあ、先生も上乗せしちゃおうかな」
そう言うと、彼女は残りのチップを全部出した。
「ぜ……全部だと!?」
「どうせ後一枚出したら、次の勝負でレイズに対応できなくなるわ。それならこれで勝負よ」
まだ二月の中旬。汗ばむ季節ではない……だが、植田は背中に冷や汗をかいた。
(な……なんて女だ。伏せたカードが何かも判らないのに……そうだ、あのカードが何かはわからない。そんなのにビビッてられるか──)
自らを鼓舞する。そうしないと平静でいられない。
(だが……ブタかも知れないし、ロイヤルストレートフラッシュかもしれない。大原のことだ、下手したらキングとジャックの絵札を、全部クイーンにしたファイブカードとも考えておいた方がいいのか?)
クイーン一枚、残りがジャックとキング。それだと最高でスリーカード。
だがジャックとキングがクイーンに変わってしまえば、一転して最高位になる。本来ならありえない役だが、相手は15人の男子を女子にしてしまった乙女である。トランプの絵柄くらい変えてきそうだ。
まさに「疑心暗鬼」。こうなると千早──もといマイナススパイラルだった。どんどん悪いほうに考えてしまう。
「さぁ? コール(勝負)orドロップ(降りる)?」
乙女の性格からして挑発ではない。単純に意志を確認しているだけ。
だが、植田にはそれさえもプレッシャーになった。逃れようと、半ばやけくそで応じかける。
(……勝負してやる……負けたら女になる……勝負しかない。コールと言うぞ。コール。コール。コール。コール。コール)
だが、緊張で口が渇き、声が出せない。
そして彼は……倒れた。
そこにはカジノのディーラーを思わせる衣装の美少女がいた。襟足までの長さの髪が、切れ者をイメージさせる。
「こいつ……変身するのまで博打がらみかよ──」
既に勝負は見えていた……そう言わんばかしに、秋津は醒めた口調でつぶやいた。
|
植田右京 …
再起不能(リタイア) |
そして彼──彼女は、植田生美(うえだ・うみ)として新生した。
「「「…………」」」
落胆する生き残り男子。
だが、財津は気持ちを切り替えて薄く笑った。「……ふん、植田はしょせん、俺たちの中で一番の小物」
「お前、ひでー奴だな」
敗北した一番手をばっさり切って捨てた財津に、律儀に突っ込みをいれる秋津だった。
「次はお前に任せていいか? 我ら四天王の中で一番の体育会系のお前に」
「おい……『五家宝連』じゃなかったのかよ?」
秋津の突っ込みに妥協はない。
「ふっ、四人だからな」
意味不明だった。
「勝てばいいんだろ。勝てば」
吐き捨てるようにそう言うと、次の刺客──渡辺亘は、トレードマークの坊主頭をなでた。
「よし行ってこい」
「……今すぐは無理だろが」
次の週、これまたホームルームの時間で勝負となった。
タンクトップと短パン姿の渡辺と乙女が、体育館で向かい合う。
乙女は髪をまとめ上げていた。
「こらーっ! 汚いぞナベツネっ!!」
亘が「ツネ」とも読めて、そして苗字が「渡辺」だからついたあだ名だ。
「さすがにごり押しが得意よね。ナベツネだけに」
「この前なんか、意見したら袋叩きにされた後輩がいたって聞いたわよ」
『女子』はもちろん、乙女の味方だ。
「オレをその名で呼ぶなぁぁぁぁっ!!」
渡辺自身、そのあだ名を快く思っていない。
「うっさいナベツネっ。体力勝負なんて、女の子が不利に決まってるじゃない!」
声優並みのやたら通る綺麗な声で響く、堀江ほのかのきつい言い回しが女子の総意だった。
「あほかっ、こいつにまともに勝たないと女になっちまうだろ。イヤでも正々堂々やるしかないだろがっ。だから体力差の関係がないこれで決着つけるんだっ!」
渡辺の持ちかけた対決は、フリースロー勝負。十球投げて、ゴールに入った数が多いほうが勝ちだ。
同点だった場合、投げ続けて差のついた時点で決着のサドンデスとなる。
「さぁさぁこの勝負、どちらが勝つと思う?」
あっという間にTS娘クラスタになった植田生美が、横で賭場を開いた。
「ちょっと、賭け事はダメよ」
さすがに教師として見過ごせない。乙女が注意する。
「お金はかけてないでーす。食券でーす」
言うまでもなく学食の、である。
「バスコ……じゃなくてビスコっていうのも考えたけどね」
「ビスコがだめなら、かわらせんべいで」
「でも食べちゃいそうで」
ぴーちくぱーちく、きゃぴきゃぴが止まらない。
「……さっさと始めろよ」
男たちの味方とも思えないような口調で、秋津が促した。
勝負は意外な形でついた。
まず最初の十球は、両者ともに完全に決めた。ここからサドンデスに入る。
これも、ともに五球連続で成功……だが、二人とも少々疲れが出てきた。
(へっへっへ、実はこうなりゃ体力勝負なんだよな……女じゃそろそろきついだろ。ましてやそのムダにでかいおっぱい、ボールを投げるのに邪魔だろうしよ。オレはまだまだ元気だぜ)
渡辺は勝利を確信した……そして気の緩みが出た。そうしたら、それまで意識しなかったものが気になりはじめた。
(本当にでけー胸だな。あー失敗した……この勝負に勝てば、胸を揉み放題とでもすりゃよかった)
「やりたいさかり」の男子高校生である。一度、火が着いたら止まらない。別の意味でも「元気」になってしまう。
(……ま、まずい、こう突っ張ってちゃあ、まともに歩けもしねぇ。気を逸らさないと──)
乙女からいったん目を外そうと、首を巡らせる。
しかしそこには美少女たちが……しかもほとんどがスカートなので、白い健康そうな太ももがいくつも目に入る。
普段なら特に意識しないのだが、別のところが「元気」な現状では、それがすごく気になってしまう。
「「「きゃーっ♪」」」
少女たちが歓声を上げた。
渡辺が振り返ると、ゴールのリングからボールがまっすぐ落ちていくのが見えた。乙女がシュートを決めたのだ。
「さぁ、あなたの番よ、渡辺クン」
「うっ……」
乙女の声に、その唇へと目がいく。
もう何を見ても、“男ならでは”
の「性欲」に直結してしまう。
なんとか平常心を取り戻そうとしたが、「元気過ぎて」正確にシュートできない。
外した途端に自分もまた、“男性に愛でられる”
存在となっていた。男としての欲望が彼を彼女にしたのだから、なかなか皮肉である。
「アホでいらっしゃいますか……だな」
秋津はそう言うと、やれやれと溜め息をついた。
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渡辺 亘 …
再起不能(リタイア) |
「勝負アリね。それじゃあなたは若葉ちゃんで」
「あ〜でも、これでもう『ナベツネ』とか言われないですね〜」
坊主頭から一転、黒いロングヘアの渡辺若葉が投げやりに答える。
醒めた様子でそれを見つめる秋津。その横で一心不乱にスケッチをするオールバックの少年、山中芳郎。
そして、財津は何故か恍惚の表情を浮かべる。
「う……美しい」
「あ? 何か言ったか?」
「な……なんでもないっ」
だが、その視線は若葉の黒髪に注がれていた。
「……で、まだやるのか?」
秋津に突っ込まれて、財津は我に返った。「……ふっ、当然よ。渡辺など、わが四天王一の小物」
「お前、それしか言えないのか……?」
「だが、我ら三巨頭には、まだ山中がいるっ」
「ああ、博打でダメ、バスケでダメなら……マンガで勝負だっ」
「はぁ?」
山中が差し出したスケッチには、乙女や少女たちの姿がキャラクターとして描かれていた。
「一週間待ってくれ。俺が本物のマンガって奴を見せてやる」
「マンガだぁ? それでどんな勝負になるんだよ?」
「いや、そうとばかりは言えんぞ」
財津が自信満々に答えた。「……山中の腕はなんでもプロ級らしい。聞いた話じゃ、どこかの暴力団が警察に目をつけられない資金調達源として、奴にエロマンガとホモマンガを描かせて即売会で売りさばいたとか」
「う、嘘だろ?」
「まぁ、都市伝説だと思うがな……」

「漫画を描く」という特殊技能での対決では、勝負にならないと女子たちは主張したが、なんと乙女は絵も上手かったと判明。
それにより、一週間後の勝負が決まった。それまでに、互いにマンガ作品を仕上げる。
ページ数は無制限。1ページ、ひとコマでもいいし、100ページの大作でもいい。アシスタント使用も自由だが、必ず本人がストーリーを考えること。
そしてマンガのテーマだが、技量に長けているからと、山中は乙女にそれを合わせた。
テーマはずばり、「TSもの」。……なるほど既に17人を女性化させ、本人もTS娘。
題材には困らないからと、乙女に心酔する元・少年──現・少女たちも納得した。
しかし、これも罠。
(くくくっ……なまじ知りすぎていると、生々しくて描けないものだ。その点、おれは単なる題材としてしか捉えてない……クールに作業できるぜ)
知りすぎる弊害。山中はそれを計算していた。
(「TS」か。最近よく聞くあのあたりだろ……楽勝だ)
しかし、彼はこの時点で既に間違いを犯していた。
乙女は文乃やだりあたちを助っ人にして、18ページの漫画を作成した。
対する山中は、たった一人で12ページを描いた。それを投稿サイトなどで披露し、三日間で、反応のよかったほうが勝者になる。
もちろん、投稿先はTS系サイト。だが、
「なっ……何でだっ? どうして俺のマンガが、
こんなぼろくそに叩かれているっ?」
授業で使うパソコンが整然と並ぶ情報処理室。
山中は、ディスプレイの前で愕然となった。
投稿した彼の作品はプロ並のものだった。ただし、作画に関してはであるが。
批評はストーリー面を中心に、完膚なきまでクソミソに叩かれていた。
対して乙女の作品は、マンガ製作に慣れてない分、コマ割りや構図等、決して上手くはなかった。
だがそこからは、ある日突然男から女へと性転換した戸惑いや葛藤、そして、主人公の「女として生きていく」覚悟がひしひしと伝わってきた。
「何故だ? どうして俺のより、こんなへたくその描いたほうが受けている?」
勝負の場となったサイトを閲覧しながら、山中はまわりに問いかけた。
(TSものはよく知らねーが、ひいき目抜きにしても、どう見たって山中の方が上手い。それが負けるとは……わかんねーな)
その疑問に、秋津も答えられなかった。
「……ううむ」
財津も首をひねっていた。ぼさぼさ頭をかきむしり、考えても見るが全くわからない。
傍らに立つ乙女は勝ち誇るでもなく、三人を静かに見ていた。
しかし意外なところから、答えがきた。
ドスドスドスドス──
凄まじい迫力の足音が、情報処理室に近づいてきた。
そして、ドアが大きな音とともに開けられ、壮年の男性がづかづかと入ってきた。
和服姿の、無駄に貫禄のある男性だ。
「あら? 戒祓(かいばら)先生」
しかし乙女に挨拶も返さず、美術教師の戒祓憂懴は、いきなり手にした紙の束をデスクに叩きつけた。
「このマンガを描いたのは、きさまかぁっ?」
「そ、それは……俺の漫画!?」
そう、山中のマンガをプリントアウトしたものだった。
「貴様か? 貴様は失格だぁっ。馬鹿者っ」
「ええっ? な、何を根拠にっ!?」
いかにツッパリとは言えど、相手が悪い。人間の格が違いすぎた。
それでも不良の端くれ。抵抗を試みる。
「言いがかりはやめろやおっさんっ。どう見ても俺の方が上手いだろうがっ」
「技巧自慢に走るとは愚かものめっ。貴様は本質をわかってないっ」
「わかっているっ! TSとは、男が女になるのを指すのだろうっ!?」
「ふふふ、まだ判らないか? いかに外見を女性的に見せ、社会的に女として扱われようが、あくまでそれは『女装』に過ぎん。だが、TSというのは、肉体変化が伴ってこそだっ」
(そうかっ!? このサイトではその趣旨に外れていたから、それで叩かれていたんだ……)
あまり自信がないので、心に思うだけにとどめる秋津であった。
「ば、バカな……大手出版者が出した『TSアンソロ』というのを読んだことがあるが、14作品中2作品だけが肉体変化で、あとは大半が女装だったぞっ。だから俺は、女装でTSになると考えたんだ……」
「ふっ、あの本にも困ったものだ……おかげで読者の大半が誤認識を起こした。その結果、勝負どころか──」
見る見るうちに山中の姿が変わっていく。彼は敗北を悟ったのだ。
そして、テーマを正確に理解していた乙女に対して敬意を抱いた。その結果として、彼は「TS」のなんたるかを身をもって知ることになった。
「そう。それが性転換よ。山中クン」
「ふん、勝負どころか男まで捨てる羽目になりおったわ。愚か者めっ。わぁっはっはっはぁっ」
言いたい放題いったので満足したのか、戒祓は新たな少女の誕生も見届けず、高笑いとともにその場を去っていった。
|
山中芳郎 …
再起不能(リタイア) |
「それじゃ、あなたはイニシャルY・Yで……山中優子さんね」
山中はブラウスに吊りスカート、メガネという、ひと昔前の女性漫画家をイメージさせる姿になった。
オールバックでさらしていた額は、前髪で隠され、長い黒髪が腰に達する。
「う……美しい」
その有様を見つめる財津が、惚けたようにつぶやく。
「……これでもうオレとお前の二人だけだぞ。どうすんだ?」
「いや、どうやらお前だけのようだ……」
「何っ? ざ、財津……お前もまさか?」
秋津の目の前で財津全次郎もまた、少女へと変貌していく。
性別だけではなく、もっとも変わったのは、長く美しいその黒髪。「……ああ、これよっ、これだわっ、この美しい髪こそ、あたしのあこがれ続けてきたものっ」
「お、お前っ、……まさかさらさら髪のためだけに『男』を捨てたのか!?」
「そ、それもあるけど…………なんか、こっち(少女)の方が楽しそうで──」
「…………」
核心だった。
不良としてZ組の中で「淀んで」いた彼らは、新しい姿を得て文字通り生まれ変わった。
そこには、微塵も暗さはない。明るくポジティブに生きる少女たちがいる。それだけだ。
しかし、最後までそれをずっと見続けてきた財津の心を変えるには、充分だった。
|
財津全次郎 …
再起不能(リタイア) |
「いらっしゃい財津さん。それじゃ、あなたはZ・Zで……『ざくろ』さんでどう?」
「はい、ありがとうございます先生。……ところであたしの髪、どうですか?」
ぼさぼさ頭は、彼──彼女にとってかなりのコンプレックスだったらしい。一転して美しい髪の主になったざくろは、乙女の前でくるっと回ってみせた。
「うふふ、とっても綺麗よ」
「ありがとうございますぅ」
和服姿のざくろは、ころころとかわいらしい笑みを見せた。
優子、ざくろ、そして乙女はZ組へと戻っていく。情報処理室に一人残る秋津は、ポツリとつぶやいた。
「とうとう、オレ一人か……」
それからの秋津は、本当に孤独な存在となった。
それまでは喧嘩もしていたものの、同じような相手がいた。しかし、彼のまわりは全てそれまでの姿を捨てた。
バレンタインの時を見てもわかるように、彼女たちには、既に自分が男だったということにこだわりはない。
彼らはもう、ただの女子である。そんな中の、唯一の男子。
秋津は、学校ではほとんど口を開かなくなった……
ほとんど女子クラスとなったZ組。不良の集まりが、逆に模範クラスへと変わり、そして元・少年とはいえ女子の存在は、他のクラスの男子生徒にも好影響を与えた。
そして、新年度から学校の共学化が決まった。
三学期終了まで残り一週間となった三月中旬。
期末テストも終わり、翌日から試験休みに突入する。
マジメな女生徒と化した面々はもちろん、女性化を回避すべく、秋津も必死に勉強したので、赤点にはならず、補習に出る事は避けられた。
「…………」
寒さも幾分和らいだが、まだまだ冷える屋上に秋津はいた。
学制服姿で寝転がり、ぼんやりと雲を眺める。
(完全勝利だな、あいつのよ……)
「あいつ」とは、もちろん乙女のことだ。
(さぞかしいい気分だろうぜ……不良を片っ端から可愛い女に変えちまってよ。そんなことして何の得かは知らないが──)
そこで秋津は、はたと気付いた。
「……女に、変える?」
「みんな勘違いしているけど、私の目的はあなたたちの更生です。別に女の子にしたいわけじゃないのよ」
ポーカー勝負の時、乙女が言ったことを思い出す。
(──なんて言ってたよな? 更生させるというのは仕事だからわかるんだが、なんで、こんな面倒なことをしているんだ?)
秋津は上半身を起こした。そして考え続ける。乙女の行動を。
(奴自身、女になったことに対しては全て受け入れていたよな。だったら別に、男相手に結婚して、家庭の主婦なんて生き方もあったはずだ)
目つきが真剣味を帯びてくる。(……それなのになんで、それもよりによって教師だ? しかも、慣れない女の姿で? 突っ張るにも程が……ああっ!?)
秋津は、ようやくたどり着いた。
「そ、そうか。あいつは……あの人はまだ──」
一週間後の、三学期終業式。いよいよ乙女の任期が切れる日がきた。
彼女はZ組の教壇で、最後の出席をとっていた。
「女子」は全員出席している。乙女との別れを名残惜しく思い、既に泣いている者もいる。
だが、椅子が一つだけぽつんと空いていた。秋津の席だ。
「秋津クンはお休みね。残念だわ……お別れの挨拶が出来なくて」
乙女は残念そうに、沈んだ表情を浮かべる。
なんだかんだで、もっともふれあいの多かった生徒──それに別れを告げられないのは、少し未練が残る。
「せ、先生──」
「お別れ」という言葉で感傷的になり、さらに泣く者が増えた。乙女は笑顔を作ると、一同に向けて話を切り出した。
「みんな、よくがんばってマジメになったわ。偉いわね」
「先生──」
「この先、つらいことがあっても、このがんばりを思い出せば、乗り越えられるわ」
「先生のおかけです。乙女先生がこうして導いてくれなかったら、私たちはずっとくすぶったままでした──」
千鶴は泣いてしまい、言葉が続かない。
「あのままだったら、ゴミみたいになっていたところを、乙女先生が救ってくれました──」
美優も涙を堪えながら言った。乙女はゆっくりと首を横に振る。
「先生は手伝っただけ。立ち直ったのはみんな、あなたたち自身の力なの」
そして生徒たちの顔を、一人一人見つめる。「……あなたたちはもう大丈夫。私の仕事もここまで。あとは──」
「そうはいかねえぜっ」
教室の後方の扉が乱暴に開けられた。
そこには欠席だと思われていた秋津がいた。
「あ、秋津クン? その格好は?」
下ろしていた前髪は、前方へと突き出されてリーゼントになっていた。
普通の学生服ではなく、懐かしさすら覚える長ラン、スボンもダボダボしたボンタンと、不良ファッション復活である。
「まだオレが更生してねえぞっ! だからてめーの仕事は……終わってなんざいねえっ!!」
まるでケンカの啖呵だった。それほどの必死な叫びだった。
「消えるなら……消えるなら、オレを更生させてからにしやがれっ!!」
「「「……!!」」」
一同、これには驚いた。乙女を疎んでいたはずの秋津が、「残れ」と言うのだから驚いて当然。
乙女も一瞬驚いたが、それはすぐに微笑みへと変わった。
そして目を閉じ、ゆっくりと否定の意味で首を振る。
「その必要はないわ。あなたは最初から大丈夫だったもの……ただ、まっすぐ過ぎただけ──」
「そんなこと言うなっ」
涙声で秋津が言い返す。「頼む……頼むからここに……ここにいてくれ!? ……!?!?」
「「「……!?」」」
騒然とする教室。突然、その声が甲高いものに変わったように聞こえたからだ。
「だ、誰? 今しゃべったの?」
「秋津の声が聞こえなかったじゃない」
「でも今の声、聞き覚えがないわ」
「まるで、生徒会役員でお嬢さまなのに、重度の下ネタ好きという感じ。上品なんだか、下品なんだか」
「それよりは、街のケーキ屋さんの看板娘のお姉ちゃんって感じね。困っている人を見捨てられない」
「もうちょっと元気よければ、軽音楽部でドラム叩いたている女子と言う感じなんだけどなぁ」
そう、秋津の声が突如として、きれいなソプラノになったのだ。
(ああ、やっぱりな……)
秋津は一抹の寂しさを覚えた。そして、自分の首から下を見た。
(見納めか……いいさ、一度は捨てた格好だ。それにツッパリってのはファッションじゃねぇ……生き方だ)
秋津は覚悟を決めて、乙女をまっすぐに見据えた。
乙女は、目を見開いて驚いている。
秋津のまわりに集まった少女たちも驚いていた。
固めたはずのリーゼントが崩れ落ち、前髪が柔らかく、はらりと額に掛かる。
後ろ髪が爆発的に伸びていく。
顔も優しげに変わっていく。肌も白く、柔らかく──
「行くな……行かないでください……先生……」
今度ははっきりと聞こえた。秋津の声が、少女のそれに変わっている。
秋津は乙女に向かって駆けだした。その体が縮み、反対に胸がせり出していく。
腹部はくびれ、臀部は広がる。
ボンタンのすそが上へと上がっていく。
ベルトの部分から面積が広がり、胸を、そして肩を覆う。
足を通していた二本のトンネルは融合して、黒のボンタンが青いジャンパースカートになった。
上に着ていた長ランも縮み、ボレロのようなブレザーに。
その内側──見えないところではトランクスがショーツに、何もないところからブラジャーが出現して、秋津の「乳房」を優しく包み込む。
そして男のシンボルは消失し、代わりに男を受け入れる部分──時がくれば新しい命を世に送り出す箇所が形作られた。
「乙女先生ぇっ!!」
完全に少女になった秋津が、乙女の胸に泣きながら飛び込んだ。
身に纏う制服も、乙女が変身したときに着ていた無限塾のものに似ている。違いとしてはウエスト部分にベルトがあることと、ボレロの背中に大きなリボン状の装飾があることか。
そして秋津は……
「お、乙女先生が二人?」
服とメガネ、それ以外は乙女と瓜二つな存在になった。
「あ、秋津クンどうして? なんであなたまで女の子に?」
「気がついちゃったんです。先生は、姿こそ変わっても、私の憧れたあの人だと」
秋津明義の憧れた「英雄」は、「伝説の不良」とまで言われた男。
しかし、その後「物腰柔らかな女教師」となってしまい、姿だけならまるで似ていない。それでも、もっと別の部分が同じだった……いや、変わっていなかったのだ。
「先生はずっと『突っ張って』いたんですね。楽な道を選ばす、女の人になっても、それを言い訳にせず、常に厳しい道を歩み続け、自分の信念を貫き……そしてあの日、私を助けてくれたように優しいままで」
「秋津……さん?」
「私、初めてあったあの時から、ずっと憧れてました。そしてやっとわかったんです……あなたが、あの憧れの存在のままだと」
(だからなのか……秋津自身が言う「憧れた存在への転身」。まさにあいつは、追い続けた乙女先生と同じ姿に──)
千鶴は涙を拭いながら、そう考えた。
「もう泣きやんで秋津さん。可愛い顔が台無しよ」
「先生……」
そこに突っ張り続けた不良男子はもういない。一人の少女がいるだけだ。
「嬉しいわ。そんなに慕ってくれるなんて」
「それじゃ先生、ここに残ってくれるんですか?」
明るさを取り戻す新たな少女。教師はその期待を裏切るのがつらそうに首を振った。
「残念だけどそれは出来ないわ。まだまだ私が導かないといけない子たちが、一杯いるんですもの」
「そう、ですか……」
また泣きそうになる秋津。だが、それを堪えて、新たなる覚悟を告げる。
「だったら私、教師になりますっ。乙女先生のようにみんなを導きます。そして、先生をどこまでも追いかけていきます」
その言葉を聞くと、乙女は満足そうに微笑んだ。
「ついてきてね。楽しみにしているわ」
まだ話は終わらない。
いつもの「儀式」が……新しい「少女」が生まれた時のそれがまだだ。
「それじゃあなたには、先生に一番必要なものを、新しい名前として贈るわ」
「はい」
「『愛』よ。あなたはこれから、秋津 愛と名乗ってね」
「……半分、予知夢だったのね、あれ」
「何のこと?」
「ああ、なんでもないです……はい。秋津 愛、教師を目指します」
期せずして、教室から拍手が沸きおこった。新しい少女の誕生を祝い、その覚悟を鼓舞し、そして恩師への感謝の拍手だった。
校門前で去っていく乙女を見送った、Z組改め女子クラスの面々。
「んー、明日っからがんばるぞーっ」
乙女並の立派な胸をはり、大きく伸びをする秋津 愛。
「おー、気合入っているわねー『愛』ちゃん」
「当然よざくろ。これから私は死ぬまで女として生きるんだから、生半可な覚悟じゃ挫折するわ」
「おやおや、この前まで突っ張っていた人の言葉とも思えませんわねぇ」
長い黒髪を弄びながら、ざくろがからかう。
「過去形じゃないわ。一生、突っ張り続けるわよ」
その言葉は本気の重みをもっていた。
「そっか」
なんとなく嬉しくなったざくろは、後ろを振り向き、勢いのまま大声で叫ぶ。
「それじゃみんな、今日は愛ちゃんの誕生祝いで、ケーキバイキングに行こっか!」
「「「おーっ!」」」
「「「さんせ〜い!」」」
少女たちはひたすら明るい。多少へこたれても、その明るさで乗り越えるであろう。
彼女たちを「吹き溜まり」から救い上げた乙女は、新たな救いをすべく、この地を去った。
(見ててください乙女先生。私もきっと先生のようになります)
夕日に向かって、彼女は誓った。
「愛ーっ! なにしてんのー!? おいてくよーっ!!」
「あ! 待ってよっ、ざくろー!」
愛は手を振りながら、仲間たちの元へ走りだした……
−ゴッドファーザー乙女 完結−
数年後の三月。
不良の巣窟として名を馳せた高校の校門で、一人の女性が、セーラー服の一団に囲まれていた。
否、一見すると女生徒なのだが──
「愛先生、本当にありがとうございました」
「よくがんばったわね。おめでとう」
優しく微笑むその女性は、あの秋津 愛だった。
恩師である乙女に形まで合わせているのか、スーツにメガネという格好である。
「はい。まさか『やんきぃ兄ちゃん』だった私たちが、名門女子大に合格できるなんて」
「人間、やればなんでも出来るもの
なんですね」
愛には乙女のような能力はなかった。だが、乙女同様に不良に体当たりで接していたら、全員精神的に女性化。
そして、それはファッションにも影響を与え、ものの見事に『男の娘』化したのだ。
そう、このセーラー服の一団、全員身体は男のままである。
「先生もまた、別の高校に行くんですね」
「でも、どうしてあそこに? あそこはうちと戦争するほどの、不良学校なのに」
わからないと言わんばかしの「少女」たちに、愛は優しく微笑んだ。
「だからなの。私も昔はやんちゃだったから……それを、こうして導いてくれた先生を尊敬しているから、どこまでやれるか『突っ張り続ける』つもりよ」
愛は空を見上げた。
(乙女先生、見てますか? 私は先生の後を追って、こうして教師になりました。乙女先生もまだ、どこかでこうして、みんなを導き続けているのでしょうね。いつか、今の私の姿を見て欲しいです)
遠い場所の乙女に思いを馳せる、愛であった。
そして四月。四国のとある高校で、乙女は今も教壇に立っていた。
超常現象で変身した姿のせいか、未だに妙齢の女性の姿のままだ。
そして彼女の前で、一人の男子生徒が床にうずくまっていた。
「ば、坂東……お前、女になっているぞっ!!」
不良仲間に指摘され、坂東と呼ばれた男子は胸板を叩いた。
柔らかい感触が手のひらに返ってくる。未知の感触が。
「え? エエーっ!?」
驚いているうちに女性化が進む。
「てっ、てめえっ! なにしやがったっ!?」
リーゼントの不良少年が、乙女に食って掛かった。
「もちろんみんなを真人間にするためよ、阿久津クン」
「ふ、ふざけんなぁ!!」
「うふふっ、名前といい反応といい、懐かしいわ」
「な、なにを言ってやがる?」
「昔の教え子よ。なんだか思い出して」
だが、懐かしがっている場合ではない。気を引きしめて、乙女は目の前で驚いている不良たちに宣言する。
「一学期の内に、皆さんを真人間にします」
乙女もまた、突っ張り続ける。
それは、生涯をかけた戦いだった。
(おまけのおわり)
あとがき
これで「ゴッドファーザー乙女」は完結です。
起承転結の『結』は、いかがだったでしょうか?
秋津が女の子になるのは、実は最初からの予定でした。
三話の『夢』は、ああいうのをやると、実際にはその通りにならないと言う『お約束』を逆手にとったミスリードで。
一話の後書きで語ったように『ブラックジャック』第200話『話し合い』にインスパイアされてます。
こちらも教師に反抗し続けた不良学生が、最後には同じ教師になって、やはり不良の巣窟ばかりに赴任すると言う結末。
そのままなぞりました。
また、後日談の方はもう一つのインスパイア元。「Dr椎名の教育的指導」での桜井先生シリーズのラストを踏襲しました。
本当はZ組の面々それぞれの後日談を書くつもりでしたが、冗長になると判断して秋津だけに。
財津が勝負もせず女性化したのは、裏切った形にしたくて。
そのほうが秋津の孤独感が良く出ると思い。
ただ逆に孤独さに負けて、女性化に走ったとならないようにするから矛盾ですが。
あくまで乙女が憧れの存在と同一と認識したことでああなったと。
序盤で千鶴がチョコを渡した相手。タケルはMONDOさんの出した名キャラクター。
筋肉ダルマこと女美川タケルその人のイメージ。
イメージを借りることを快諾してくださったMONDOさんに感謝です。
また『おまけ』のパターンを許可してくださった、ライターマンさんにも感謝です。
そしてこのシリーズを読んでくださった皆様にも、大いなる感謝の気持ちをささげます。
城弾
−パロディ原典集−
サブタイトル・「さよなら乙女先生」 … 久米田康治先生の「さよなら絶望先生」より。余談だが「さよなら」とつくことから、最初から最終話のタイトルにするつもりだった。そしてこれで四作全て少年マガジン掲載の「教師を主人公とした作品」でサブタイトルを統一した。
「キン肉ダルマン」 … あとがきの中でふれているが、「ロボTRYシリーズ」に登場する女美川タケルの通称「筋肉ダルマ」と、ゆでたまご先生原作の「キン肉マン」をかけ合わせたあだ名。
「我が生涯にっ、一片の悔いなし」 … 「北斗の拳」、ラオウ様辞世の言葉。
「強いられているんだ!(集中線)」 … 「機動戦士ガンダムAGE」に登場したイワーク・ブライアが、主人公フリットに居住コロニーの歪んだ現状について吐き出した台詞。イワークのマンガチックな体型と脈絡のない集中線のおかげで、シリアスな場面のはずなのに屈指のネタ台詞として定着している。
「表か。運はこちらに向いているぜ」 … 「炎神戦隊ゴーオンジャー」のゴーオンレッドこと江角走輔のコイン占い。
「五家宝連」 … 「男組」において主人公を慕う腕利きたち五人の総称。
「『全次郎』が『五家宝連』に加わってどうするよ」 … 上記「男組」の主人公の名前は流 全次郎。彼は五家宝連の一員ではない。
「大丈夫だ、問題ない」 … ゲーム「エルシャダイ」のPVで、堕天使たちと戦う主人公イーノックとルシフェルの会話から。「そんな装備で大丈夫か?」と問いかけられ、どや顔で上記の台詞をのたまったイーノックは颯爽と戦いの場に赴き……フルボッコにされてしまう。つまり、全然大丈夫ではなかった(笑)。
「雀荘・植田」 … 声優の植田佳奈さんは自宅に全自動の麻雀卓を持ち、声優仲間と卓を囲んでいたことから、彼女の家がそう言われていたこともあったとか。お察しの通り、「植田右京」の苗字の元ネタはこの人。
「面白い。ポーカーは私のもっとも得意とするゲームだよ」 … 「ジョジョの奇妙な冒険(以下JOJO)」に現れた敵、ダニエル・J・ダービーがポーカー勝負を挑まれたときに言い放った台詞。
「J A K Q ジャッカー!!」 … スーパー戦隊シリーズ二作目「ジャッカー電撃隊」のこと。「JAKQ」でジャッカーと読ませる。
「ハート様のK」 … 「北斗の拳」の序盤に登場するシンの配下。異常な肥満体で、脂肪で阻まれ攻撃が本体に届かない。ちなみに彼だけ何故か「様」がデフォルト。
「キング・オブ・ハート」「クラブ・エース」 … いずれも「機動武闘伝Gガンダム」に登場する、シャッフル同盟の称号。残りは「ブラック・ジョーカー」「クイーン・ザ・スペード」「ジャック・イン・ダイヤ」。
「ダイヤジャックか」 … 前述の「ジャッカー電撃隊」戦士の一人。ブルーに相当する。
「ざわ・・ ざわ・・」 … 漫画家の福本信行先生が「賭博黙示録カイジ」等で使うざわめきの表現。二点リードなのがポイント。
「こうなると千早──もとい、マイナススパイラル」 … 「THE iDOLM@STER(アニメ版ではなくゲーム)」のキャラクター、如月千早は上級者向けでコミュニケーションが取りづらい。悪いほうに行きだすと、歯止めが利かなくなり落ちていくのを「千早スパイラル」と表現される。
「コールと言うぞ。コール。コール。コール。コール。コール」 … 前述のJOJOでのポーカー勝負で、主人公の空条丞太郎が放つプレッシャーで極度の緊張に陥ったダービーが、なんとか勝負をしようとしている様子。
「再起不能(リタイア)」 … JOJO三部以降において、敵を完膚なきまでに撃退したときに〆に現れる一文。
「よし行ってこい」 … 「P4 Persona4 the ANIMATION」の主人公、鳴上 悠が、ホモ疑惑をかけられた後輩の「じゃあ、今から(林間学校の)女子のテントに夜這いかけるっす!」という宣言?に答えた台詞。「P4」はシリアスなストーリー展開の中に、時たま落差の激しいベタなギャグを放り込んでくる。
「ナベツネ」 … 巨人軍・渡邉恒夫球団会長のあだ名。とにかく空気読まない発言が多すぎる人物。恐らく彼を一番憎悪しているのは、当の巨人ファン。
「お金はかけてないでーす。食券でーす」 … 「魔法先生ネギま」でトトカルチョが開かれるとき、金の代わりにかけるもの。
「バスコ……じゃなくてビスコ」 … バスコは「海賊戦隊ゴーカイジャー」に登場する、ゴーカイジャーと敵対する宇宙海賊バスコ・タ・ジョロキアのこと。ビスコはお菓子の銘柄で、「じゃりん子チエ」において賭博のチップ代わりにされたことがある。警察の強制捜査があった時、「単なるお菓子」と言い張るため。
「ビスコがだめなら、かわらせんべいで」 … 上記「じゃりん子チエ」のビスコは、アニメ化されたときには諸般の事情(笑)で「かわらせんべい」に変更された。
「アホでいらっしゃいますか」 … 東川篤哉先生のユーモア・ミステリー「謎解きはディナーのあとで」に登場する毒舌執事・影山のキメ台詞(のひとつ)。ちなみにドラマ版で櫻井 翔が演じた影山は、原作以上にマイペースでフリーダムでドSである(笑)。
「山中芳郎」 … 「美味しんぼ」主人公・山岡士郎をもじった名前。オールバックというのも共通点。
「一週間待ってくれ」 … 「美味しんぼ」の初期では、主人公の山岡士郎が相手を納得させる料理を用意するために、一週間の期間を要求することが多かった。
「いや。そうとばかしは言えんぞ」 … ドラマ「太陽にほえろ」で、刑事たちの推理が偏った方向に行きかけたとき、このセリフとともに山さんこと山村精一警部が部屋に入ってくるケースが多かった。
ドスドスドスドス … 「美味しんぼ」海原雄山の足音。
「美術教師の戒祓憂懴」 … もちろん海原雄山の字ずらを変えたもの。もっともこうして解説しては意味がないのだが(笑)。情報処理室のシーンはほとんど海原雄山のセリフを意識してのもの。
「このマンガを描いたのは、きさまかぁっ?」 … 海原雄山と言えばのこのパロディ。「この○○を作ったのはお前か!?」
「大手出版者が出した『TSアンソロ』と言うのを読んだことがあるが──」 … 「チェンジH pink」のこと。本文どおりTSアンソロと銘打ちながら、ほとんどが肉体変化の伴わない女装の話だった。よほど叩かれたのか、二冊目の「チェンジH Blue」からは比率が少しずつちゃんとTSになって行った。ちなみにほとんどが変身もので、入れ替わりは少なく、憑依に至っては皆無。
「そう。それが性転換よ。山中クン」 … 劇場版「仮面ライダーW AtoZ/運命のガイアメモリ」のクライマックス。必殺技の決まった直後にフィリップが言い放ったセリフ「そう。それが死だ。大道克己」より。
「山中優子さんね」 … 「美味しんぼ」の山岡士郎とともに「究極のメニュー」を作成するパートナーにして、中盤から妻となる女性記者の名前が栗田ゆう子。夫婦別姓をとってなければ「山岡ゆう子」だったかと。
「まるで、生徒会役員でお嬢さまなのに──」 … 「生徒会役員共」の登場人物。七条アリアのこと。
「それよりは、街のケーキ屋さんの看板娘のお姉ちゃん──」 … 「迷い猫オーバーラン」の都筑乙女のこと。
「もうちょっと元気よければ、軽音楽部で──」 … 「けいおん!」の田井中律のこと。説明どおりドラム担当。
※ ちなみに上記三つ(七条アリア、都筑乙女、田井中律)は、いずれも声優の佐藤聡美さんが担当したキャラクター。
「違いとしてはウエスト部分にベルトがあることと、ボレロの背中に大きなリボン状の装飾があること」 … 拙作『PanicPanic』の舞台、無限塾の制服。ただし、主人公たちの子ども世代の女子の制服で、マイナーチェンジがなされている。
「おまけ」 … ライターマンさんの定番パターン。一度物語が締めくくられてから、主人公のその後が描かれる。
「はい。まさか『やんきぃ兄ちゃん』だった私たちが、名門女子大に合格できるなんて」 … 「Dr椎名の教育的指導」の「桜井先生シリーズ」の最終回で、桜井に反発していた不良生徒たちは、ことごとく桜井と同じ存在に変貌していた。
「どこまでやれるか『突っ張り続ける』つもりよ」 … 「ブラックジャック」第200話「話し合い」で、劇中の不良生徒は自分に接していた教師の考えに打たれて同じ教師になり、そして不良生徒の更生に挑むようになる。
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