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 都内某所。そこに、荒れ果てた校舎があった。
 窓ガラスは大半が割れている。グラウンドも荒れ放題。花壇の花は枯れ、雑草だけが無造作に生い茂る、まるで廃墟のような「学校」だった。

「ここに先生として戻ってくるなんて──なんだか不思議ね」

 彼女は誰言うことなく、澄みきった綺麗な声で一人そうつぶやくと、校門から感慨深げにその校舎を見上げた。
 そして表情を引き締め、ハイヒールさばきも優雅に足を運び、ゆっくりとその中へと入っていった。



 そこは周辺でも噂の、「手の付けられない札付きの不良たちが巣くう」と言われている高校だった──





ゴッドファーザー乙女

Lesson1 「GFO 〜 God Father Otome 〜」

作:城弾





「あなたの噂はいろいろと聞いています。ですが悪いことは言いません。やめた方がいい……あなたには通常のクラスを受け持っていただきたい」
 校長室で、彼女はひとりの男性の面談を受けていた。
 髪が半分抜けた、痩身の初老の男性──「校長先生」と言われてイメージする典型的な姿だ。
 実際、ここの校長先生なのだが。
「ここの学校の大半は健全な生徒たちです。ですがあそこにいる連中だけで、こんなにも荒れ果てているのです」
 苦渋に顔を歪ませ、それでも校長は、彼女の目をひたと見据えた。
「もし、女性であるあなたに何かあったら──」
「大丈夫です。私、そういう生徒たちがいるからこそ、ここに来ましたの」
 止めようとする校長に、彼女はそう答えた。
 自信満々なその口調。「実績」はある。だが、ここに来たのはそれだけが理由ではない。
「ここは私の母校ですし……やっと、『恩返し』ができるんですね」
「ですが……」
「お任せください。かつて同じように道を踏みはずしていた私なら、彼らの気持ちもわかりますし、きっと心を開いてくれます」
 彼女の決意は固い。結局、校長が折れた。
「そうですか……そこまでおっしゃるのであれば、お任せします」
 そこでふと、その口元から笑みが漏れる。「しかし変われば変わるものですね……あの、端にも棒にもかからず、手のつけられなかったあなたが──」
「やだ先生っ。昔のことは言わないでください……」
 彼女は顔を赤らめ、頬に手を当てて身をくねらせた。
「…………」
 その緊迫感のなさに、校長はどっと疲れをおぼえた。それでも管理職としての責務を全うしようと立ち上がる。
「……で、では、教室まで案内を──」
「あ、それも大丈夫ですわ。昔と位置が変わってないですよね?」
 彼女はそれにも笑顔で答えた。
 秋なのに、それは春の花が咲いたような笑顔だった。



 そこに誰も近寄ろうとしない教室があった。通称もストレートに「不良クラス」。
 正式にはZ組。不良生徒専門の教室だ。
 「Z」はアルファベット最後の文字……すなわち、これ以上行きつくところはないという意味でつけられている。そこには各クラスから「はじかれた」連中がまとめられている。それだけに手のつけられないワルばかり揃っているのだ。
 人殺し以外の犯罪を、全部やってきた──と言っても過言ではない。

「っておいごらあぁぁっ!! それじゃまるでデバガメ(のぞき)やチカンまでやったみてーじゃねーかっ!!」

 不良生徒の一人が、天井を見上げていちゃもんをつけた。ヘアスタイルが今どきリーゼントだった。
 「天の声」にまで食ってかかるほどなのだから、どれほどの不良だか知れるというものだ。
「あ、チカンなら俺やったし」
 小柄な男がへらへらと混ぜ返した。サルを思わせる短躯の持ち主──髪も短い上に茶色だから、余計にサルを彷彿とさせる。
「や、やってたのかよ? 尾藤」
「ひひひ、電車が揺れた弾みということにして、触りまくり──」
「けっ、チキンが……」
 とんだ邪魔が入ったが、とにかくこのクラスはワルの中のワルどもで構成されていた。
 それゆえ通常のクラスよりも若干少ない人数だった。
 ちなみに全員男子。なぜなら……

 そんなZ組の扉が、音を立てて開けられた。

 いつもなら、別に誰も注目しない。だが、入ってきたのが若い女性となると話は別だ。
「「「お……おおおおっ!!」」」
 まずあり得ない事態である。狼の群れに羊を放つようなものだ。
 好き勝手にだべっていた面々が、思わず注目した美女──それは、校長室で校長と話をしていた彼女だった。
 身長は普通よりやや低め。顔立ちは美人というより「可愛い」と称したほうがしっくりくる。桜色のルージュを塗った唇が大人の女性であることを印象付けるが、それがないと高校生でも通用しそうな幼な顔だ。
 大きな丸いメガネと、先がくるくるとカールしているセミロングの栗色の髪が、そんな顔立ちと相まって愛らしい印象がある。
 しかし彼女は、それに不釣合いなグラマラスボディ──明らかにDカップよりあるであろうバストに折れそうに細いウエスト、蜂を連想させるほど立派なヒップを濃紺のレディスーツに包み、不躾な視線を浴びせられる中を、ハイヒールの音を響かせ、まるでファッションショーのモデルのように教壇へとまっすぐ歩いていく。
 黒いパンティストッキングの補正がなくとも、その細い足が美しいであろうことは想像に難くない。まるでこの世のものとは思えない、想像の世界の美女のようだった。
 そして彼女は教壇の前で立ち止まると、不良生徒たちにくるりと向き直り、にっこりと微笑んだ。
「「「…………」」」
 教師など見向きもしない連中もその笑顔に、思わず彼女の顔を見入ってしまう。
 周囲の注目を確認すると、彼女はよどみなく自己紹介を始めた。

「はじめまして。今日からこのクラスの担任になる、大原乙女(おおはら・おとめ)です。教科は英語です」

 一瞬おいて、Z組の教室中が沸きあがった。
「ひょぉ〜ぅっ!」
「姉ちゃん可愛いじゃ〜んっ」
「なあなあ、こっち来て酌してくれよぉ〜」
 本当に缶ビールを飲んでいる奴らもいる。まさに無法地帯だった。
 しかし、そんな下卑た「喝采」にも、彼女──乙女は微笑みを崩さない。
「けっ。とろくさそーな声した女だ。ロースペックがっ」
 先程のリーゼント頭が、吐き捨てるようにつぶやいた。
「い、いや……何か知らないけど、あの声は怒らせるとスコップでぶん殴られて、きっちりしてないとまずい気がする……」
「ああ、天元突破されないように気をつけないと」
「なんだそりゃ?」
 もっとも、乙女を無視して再びだべりだした連中もいたが。
 ……しかし、そんな彼らをも注目させる発言が、彼女の口から飛び出した。
「赴任期間は、本日11月15日から三学期の終了まで……それまでに、みんなを真人間にしちゃいまーす♪」




















間゛っ。




















「ぎゃはははは……おいおい、何のジョークだよそれ?」
「オレたちゃ泣く子も笑う不良なんだぜ〜っ」
「そーそー、んでよ、このクラスにゃそん中でも特にアブね〜奴らがそろってんだからよ〜っ」
 「間をおいて」、文字通り大爆笑が起きた。ところが、
「知ってるわよ。この教室、あの頃のまんまなのね……懐かしい」
「あん?」
 いきなり遠い日々に思いを寄せるような瞳になった乙女。それを訝るリーゼント頭。
(このアマ、前にもこの学校で先公だったのか?)
 その程度にしか考えられなかったが、
「あのころの私、やんちゃだったからなぁ……先生ともよくケンカしてたしなぁ……」
「「「……へ?」」」
 笑い声がぴたっと止まる。それは聞き逃せない一言だった。
「おいおいせんせー、ここ男子校だぜぇ」
「それでいいのよ」
 乙女の謎のリアクションに、不良たちはますます「?」となる。
 そして……爆弾発言。

「あのころの私、男の子だったし」

「「「…………」」」
 今度は笑いが起きなかった。
 ある者は「じゃあ、その顔と身体と声でオカマ?」と引いてしまう。
 ある者はジョークだと取って、本気にしなかった。
 そしてある者は、

「ざっけんなぁっ!! 人をバカにするのも大概にしやがれっ!」

 ……怒っていた。リーゼント頭だった。
 机の上に投げ出していた足を下ろし、席から立つとかなりの身長だ。180cmは超えないまでも、近いのは想像に難くない。
 そしてよくよく見ればなかなかの好男子なのだが、その好戦的な態度からか、近寄りがたい雰囲気があった。
「えーとあなた、阿久津……宏海クンだったかしら?」
「秋津明義(あきつ・あきよし)だ。……それじゃ商業作品のキャラだろうがよ」
「でも、突っ込みポジションなのは同じなのね」
「うっせえよ」
「それだけツッコミがうまいところみると、もしかして実は心理士?」
「こんななりしたどっからみてもコーコーセーの俺が、大学を出たお医者さんに見えるのかよ?」
 しかし乙女はいわゆる「どや顔」を浮かべてリーゼント頭──秋津を見つめると、人差し指を天(井)に向け、自信たっぷりに言い放った。

「おばあちゃんは言っていた。『人は見かけで判断してはいけない』」
「限度ってもんがあんだろうがっ!!」

 かみ合わない会話に、秋津はめまいをおぼえた。「……で、百歩譲ってあんたがここの『OB』だったとしてもだ。その顔はなんだっ? その声はっ? その胸はっ? 詰めもんが入ってんじゃねーのか?」
「なんだ見たいんだ? もうっ、それならそうと言ってくれたらいいのに……照・れ・屋・さん」
「はあぁ?」
 もはやついていけない秋津。対してあくまでマイペースの乙女。

「はーいみんな〜っ、ちゅーもーく。それじゃ今から私が女であることを証明をしちゃいま〜す。……上と下、どっちがいい?」

 さらなる爆弾発言だった。
 バカでも……否、むしろバカだからこそ、言葉の意味を瞬時に理解した。
 歓声が起こった。
「「しーたっ! しーたっ!」」
 と、スカートの中身を見たがる、どストレートな連中もいれば……
「UEEEEEEEEEE〜っ!!」
 と、奇妙なポーズをとりながら叫ぶ者もいた。
「うーん、どっちにしようかな〜? 簡単だから下にする?」
「上にしとけっ! バカ野郎っ!」
 およそ女性とは思えないその発言に、秋津は思わず突っ込んだ。
「なに勝手なこと言ってんだよ秋津ぅっ。女体の神秘があぁ……」
「うぜーから泣くな尾藤っ。どうせスカートの下にゃ俺らと同じモノがついてるってオチだろっ。んなの見たくねえぞっ」
 最低最悪の結末を想定する。確かにそれは見たくない。
 秋津は目の前の女性教師になぜだか自分と同じものを感じ、彼女?を「ここのOB」だと信じる気になっていた。
 つまり、これは女装だと。
「そう、それじゃ上にしまぁす♪ みんなぁ、よ〜く見ててねっ」
 よく通る明るい声で、乙女はあっけらかんと宣言した。
 それが「はったり」だと思っていた不良たちも、実際に彼女がジャケットをキャストオフしたことで、ガン見せざるを得なくなった。
 さらにスカーフをはずし、彼らの視線を完全に独占する乙女。
 そして、まるでじらすようにオフホワイトのブラウスのボタンをはずしていく。エロ本で興奮する段階はとうに過ぎ去ったはずの不良生徒たちも、目の前で美人教師に服を脱いでいかれては、いやでも高まっていく。
 教室で女性教師がストリップ──まるでどこぞのAVみたいな(頭悪そうな)シチュエーションが現実になって、興奮するなという方が無理だ。
「お、おい……まさか本気で脱ぐつもりか?」
 さすがの秋津も、思わずそうつぶやいてしまう。
 だが、乙女は二番目のボタンをはずそうとして手を止めた。さすがに躊躇したか……と、秋津は奇妙にも安堵をおぼえた。が、
「安心して。三番目のボタンをはずしても、水爆が爆発したりはしないから」
「なんだそりゃ?」
 上目遣いで恥らう乙女に突っ込む秋津。世代的には知らないネタだった。
 その反応に満足したのか、乙女はまたボタンに手をかけた。じらしながらも全てのボタンをはずし、ブラウスを脱ぐ。

「「「ぬぉおおおおおおおおおっ!!」」」

 キャミソールもブラジャーも、「大人の黒」であった。
 生徒たちはガキ丸出しで騒ぎ出す。ここら辺はワルでも高校生だった。
 硬派を気取る秋津だけが、唯一まともに見ようとしない。だが、それでもその立派な胸が目に入ってくる。
「……どう? 先生が女だってわかってくれたかしら?」
「わ、わかったから早く服を着ろっ」
 秋津は横を向いたまま、赤くなって吐き捨てた。
「あら? 照れているの?」
「…………」
 実はそうだった。女性は苦手な秋津だった。
(……ちっ、「元は男」ってのはでまかせかよっ。まっ、そりゃそーだ……けど、なんでそれを信じる気になった? 見た目も性格も女そのものじゃねーか……)
 逡巡する秋津。それを余所に他の生徒たちは、乙女に向かって「全部見せろ」コールを繰り返していた。
 特にサル顔の尾藤 蛮(びとう・ばん)は、興奮MAXで騒ぎまくっている。
「うーん。さすがにこれ以上は先生ちょっと恥ずかしいな」
「だったら最初から脱ぐんじゃねぇっ!」
 あくまでも目をそらす秋津。
「え〜っ、せんせーっ、もっともっとよく見せてくれよ〜っ」
 そんな秋津を押し退けて、乙女にがぶり寄る尾藤。鼻息が荒い。
「あらっ、そんなに先生の胸が気に入ってくれたの?」
 まるで誘惑するかのような声音で問いかけられ、尾藤は何も考えず、己がリビドーに導かれるまま何度もうなずいた。

「それじゃ大サービス。……えいっ♪」

 その細い腕で尾藤の頭を抱き寄せ、自分の豊満な胸にその顔を埋めさせた。
 意外と強い力だった。

「「「おおおおおおおお〜っ!!」」」

 他の生徒たちが狂喜乱舞する中、乙女の胸に抱きすくめられた当の尾藤はさっきまでの興奮はどこへやら、逆に母親に抱かれる赤ん坊のような安らぎを感じていた。
「ああ……いいなぁ、このおっぱい」
 その豊満な弾力に身をゆだね、もう何も考えられない。

「欲しい……?」

 淫靡なようにも清らかにも聞こえる不思議な声が、尾藤の耳朶をくすぐった。

「ああ、欲しいっす……こんなおっぱい、自分にあったら好きなだけ……………………えっ!?」

 尾藤はその瞬間、すさまじい違和感をおぼえて、乙女から身を離した。
 そして間髪入れず、自分の胸元に手をやった。
「こ、この感触……なんだ? そんな──」
 尾藤はあわてて学生服──ガクランのボタンを(詰襟と第一ボタンは留めてなかったが)はずすと、顎を引いて自分の胸元を覗き込んだ。
 そして、

「な……っ、なんじゃこりゃあああっ!?」

 まるで助けようとした相手から拳銃で撃たれたような悲鳴を上げた。
「おいどうした〜? ナニがおっ立ったんなら脱ぐのは上じゃなくて下だろーが」
 そばにいた髪をオールバックにした巨漢、近田忠一(ちかだ・ちゅういち)が、にやにや笑いを浮かべて尾藤にそう声をかけた。
「あ、あ、あああ……」
 しかし尾藤は泣きそうな顔で振り向くと、自分のその胸を他の生徒たちに見せた。
「「ぶぶ──っ!!」」
 ビールを飲んでた奴らが、揃って盛大に吹き出した。
「お、お前……そっ、その胸──」
 不良たちの視線の中、尾藤の胸がどんどんと膨らんでいく……後ろに立つ乙女と遜色ない大きさにまで。
 よく見ると、そのウエストもだぶついている。ボンタン(ダボダボで幅広の学生ズボン)の上から尻を押さえると、ヒップも丸く張り出してくる。

「お──俺、女…… ……なっ!?!?」

 両手で口をふさぐ尾藤。声まで甲高くなっていた。
 そしてサルをイメージさせる短い茶髪が、ぐんぐん伸び始める。
 肩の当たりまで伸びると、右サイドへと髪が勝手にまとまって、どこからともなく現れたボンボンで留められる。
 それは、ショートサイドポニーという髪型だった。

「ここは男子校だから、女子制服はないわよね……じゃあ、折角の胸を強調できるように──」

 乙女がそう言うと、尾藤の学生服が黒から明るい色に変わりだした。
 だぶだぶだったボンタンも、脚の部分がひとつに合わさりながら短くなっていき、そのまま赤いチェックのプリーツスカートに変化した。
 むき出しになったその脛も太股も、無駄毛ひとつないすべすべした綺麗なものになっている。もちろんその付け根には、何も(ナニも)なかった。
 下に着ていたTシャツがブラウスに変化し、どこからともなくベストが出現、羽織っていたガクランはアイボリーのブレザーに変わった。
「蒼空学園の女子制服をモデルにしてみました♪」
 あっけらかんとした口調で、乙女がそう締めくくった。
「せ、せんせぇーっ、お、俺に何をしたんだよぉ……」
「「「うっ……」」」
 半泣きのはずなのだが、女の子の顔と声のせいか、それは不良たちの心に響いた……かなり。
 そう、元のサル顔はどこへやら、尾藤の顔つきはすっかり少女のものへと変わっていた。
「ま、マジかよ? 尾藤が……女に?」
「う、嘘だろ……」
「いったい何が──」
 秋津だけでなく、全員が驚いている。そりゃそうだろう。
「おおお落ちつけ俺っ、あわてるなっ、こういう時は……こういう時は素数を数えるんだっ」
 どこかの神父のような対処で、心の平穏を維持しようとする奴もいたが。
「「「…………」」」
 尾藤を襲った?この怪現象で、乙女がここのOBで、元は男だったという話が一気に信憑性を増した。
 その時、

「き、き──きっさまああっ!! 尾藤にっ、何をしたあああぁーっ!!」

 いきなり近田が力任せに拳を振り回した。それは怒りか、それとも恐怖からか。
 相手が「女」だろうと容赦なしだ。
「きゃっ!?」
 反射的に身をすくめてかわす乙女。背後の黒板に、近田の拳がめり込んだ。
「ふふっ、すっごい力ねぇ……でも、当たらなければどうということはないわ」
 乙女はいつの間にかちゃっかりとブラウスを手にし、しかもそれを着て半分くらいボタンを留めていた。
 恐るべき早着替えであった。
「ぬ、ぬかせえええっ!!」
 一撃をかわされて逆上した近田は、乙女の顔面めがけて全体重の乗ったストレートを繰り出した。しかし乙女は素早く身を屈めてそれを避けると、前のめりになった近田の腕を取り、さらに前方へと送り出す。
 そして体勢を崩したところに、さらに巻き込むように腕を導く。そう、乙女は近田の力まかせの攻撃をそのまま受け流し、その力を使って彼を投げ飛ばしたのだ。
 近田は教室の床に仰向けに叩きつけられて、「ぐえっ」とカエルが潰されたような悲鳴を上げた。
「ごめんね〜。すごい力だったからちょっと手加減できなくて」
「あ、ああ……」
 あろうことか、床に倒され、華奢な女に上から見下ろされている。
 近田は自身のその有様をにわかには信じられず、ぴくりとも動けなかった。
「おい! 見ろよ!」「ヘビー級の近田が手玉だぜ」
「……わかったでしょ? 無駄な力は要らないの。当たるときだけこめればいいのよ。そうすれば、先生のこの細い腕で、あなたのような大きな男の子を投げ飛ばしたりもできるのよ」
「…………」

(た、確かに細い……こんな腕で俺の体を……こんな無様に倒されては、負けを認めざるを──)

 そう思った次の瞬間、近田は自身の腕に違和感をおぼえた。
 がばっと半身を起こしてガクランを脱ぐと、たくましかった二の腕が、まるで風船がしぼむように細くなっていく。
「ちっ、近田っ!?」
「お前もかっ!?」
「お……俺までっ、女にっ!? ……ひぃっ!?」
 既に声が高くなっていた。
 オールバックの髪が爆発的に伸びて、腰まで達したら、見えない手にたぐりよせられるように動き、勝手にポニーテールにまとまった。
 いかつく険しかった顔が優しげに変わっていく。
 肩幅も狭く、身体全体も華奢になった。
 そして、胸も尾藤と同じように膨らんでいた。ただ、身長に対して少しさびしげな盛り上がりだったが。
 服の方も同じように変わっていく……ズボンがプリーツスカートに。ただし今度は青いスカートだ。
 トップスもブレザーではなく、セーラー服だった。胸元の大きなリボンが特徴的だ。
「近田さんは福真高校女子のセーラー服にしてみました。どうせ女子制服は指定されてないし、色々あったほうが楽しいわよ、きっと」
 明るい声でそう言った乙女の足元で、女子に生まれ変わってしまった二人は、床に呆然と座り込んでいた。
「おいっ、これはどういうことだっ? 二人に何しやがったっ!?」
 しばしの驚愕から立ち直り、秋津が声を荒らげた。それは、その場の全員が聞きたかったことだ。

「おばあちゃんは言っていた。『この世は自分が中心に回っていると思えば楽しい』と」
「……お前のばあさん、絶対孫の教育方針間違ってるぞ。……ん? 自分が中心に? つまり──」

 目を剥く秋津に、乙女はふわりと笑みを浮かべた。「そう、この娘たちが望んだ結果がこれなのよ」
「…………」
 言われてみると、尾藤は乙女の胸を「欲しい」とつぶやいたら自分が巨乳になった。そして近田は信じていた力任せを乙女の細腕で破られた。すなわちその「細腕」に負けを認めた。
 どちらも乙女を「認めた」結果だ。
「……それでどうして女になんだよ? 名刺も受け取ってねぇだろうがっ」
「若いっていいわね。無限の可能性を秘めているわ。信じれば男が女になることもできるのね」
「限度があるだろーよっ。……そんなもんで男が女になるんなら、この世にオカマは存在しねーだろがっ」
 答えになっていない答えをしれっと言い放つ乙女に、秋津は頭痛をおぼえた。
 騒然とするZ組。あっという間に男子二人が美少女に変えられたのだ。無理もない。
 もっともこの時点で、やがてもっと複雑な状況に陥ることには誰も気がついていない。
 尾藤と近田──この元男の美少女たちに、自分たちがときめいてしまうことに。
 何しろここは男子校……男しかいないのだ。そんな中に(元は男といえど)美少女が二人。ときめきのひとつやふたつ、抱いても不思議はない。
「落ちついた? 尾藤さん」
「せ、先生……」
 ロリ巨乳美少女と化した尾藤は、泣き腫らした目で、乙女の顔を上目遣いで見上げた。
 それは不良たちの何人かの、下半身に直撃した(笑)。
「あらあら、折角可愛いのに泣き顔では台無しよ。そうね、私がゴッドファーザー(名付け親)になって、あなたに新しい名前を付けてあげる。可愛い名前をあげるから、泣きやんで」
「あんた女だろうが……それでファーザーかよ?」
「元は男の子だからいいんです」
 律儀に突っ込んでくる秋津に、乙女は毅然として答えた。都合よく性別をスイッチしていた。

「尾藤さんはね……美しく優しくって書いて美優(びゆう)ね。どう?」
「びゆう……それが俺の、新しい名前? ……か、カワイイかも──」
「おいっ!」

 突っ込む秋津を余所に、尾藤 蛮だった巨乳美少女尾藤美優は、胸に手を当てて自分の新しい名前をつぶやいていた。
 乙女はその隣に座り込むの背の高い女子──かつての近田忠一に向き直った。

「あなたは千鶴(ちずる)……近田千鶴でどうかしら?」
「素敵な名前……ありがとうございます、乙女先生」

 近田忠一改め近田千鶴はそう言って居ずまいを正し、頭を下げた。
 秋津は頭を抱えた。
(近田の奴、パワーファイターの分だけ単純なところがあるからな……まさか女にされたってのに、あっさりこのアマに心髄しちまうとは思わなかったぜ……)

「さてと……自己紹介がちょっと長引いちゃったけど、それじゃさっそく授業を始めま〜す」
「「「…………」」」

 秋津をはじめ、不良たちは互いに目配せし合うと、黙ってのろのろと自分の席についた。
 誰も乙女に逆らう気になれなかった。
 逆らって、女にされたくはなかった。


ゴッドファーザー大原乙女
(illust by MONDO)



 次の日。かつての尾藤と近田──美優と千鶴は駆け込むように教室へ飛び込んできた。
「全くっ……いくらこの学校で女子が珍しいからと、じろじろと──」
「でも、ちょっと気持ちよかったかも。そう思わない? 千鶴」
「確かにな。『女は見られて磨かれる』とはこういうことなのか? 美優」
 男子校での女子はあまりにも目立つ。それで逃げてきたらしい。
 それにしても、二人とも思考がだいぶ女性的になっているようだ。よく見ると、髪も綺麗にブラッシングされていた。
「おい尾藤、近田、お前ら昨日は家で騒がれたんじゃないのか?」
 教室にいた秋津が、そんな美優と千鶴に声をかけてきた。不良のくせにホームルーム前に登校しているなんて、言語道断?である。
 だが、その疑問はしごく真っ当だ。朝、学校に行った息子が女子高生になって帰ってきたら、家で騒がれないはずがない。
「それが不思議なことに、あるがままを受け入れられた。まるで元から女だったかのようにな」
 男口調ではあるが、千鶴のそれはかなり女性的な柔らかいものになっていた。
「それどころか、たんすにあったあたしの服、み〜んな女物になっていたの」
「あ……あたし?」
 さらっと女性の一人称を使う美優に、面食らう秋津。よく見ると昨日女子になったばかりなのに、仕草が既に女性的だ。
「やはり美優もか。私もだ」
「お部屋は? あたしのお部屋は女の子らしくなっていたけど。ぬいぐるみもいっぱい」
「ぬいぐるみはなかったが、その代わりというか、ドレッサーや化粧道具まであった。ちょっと興味があったので口紅だけつけてみたが」
「あーいいなぁ。ねぇ千鶴、それ持ってきてない? あたしも口紅塗ってみたい」
「…………」
 美優と千鶴のやりとりはいつの間にか、ガールズトークめいたものになってきていた。
(こ、コイツら、まさか頭の中まで……)
 昨日の頭痛がぶり返そうな秋津であった。
 その時、教室の扉が開いて、諸悪の根源──もとい、昨日から担任になった乙女が笑みを浮かべて入ってきた。

「は〜い、みんなおはよう。ではでは、朝のホームルームを始めま〜す」
「「「…………」」」

 触らぬ神に祟りなし。君子危うきに近寄らず。
 そんな格言など知らないまでも、とりあえず逆らわずに着席する不良たち。
 だが、千鶴と美優は乙女に駆け寄ると、
「先生、私は女になって、自分がいかに愚かな振る舞いをしていたか思い知りました。力があるゆえに、逆に何も見えてなかったのですね」
「あたしもあたしもっ。女の子になって、初めて女の子に嫌な思いをさせていたことに気がついたの」
「二人ともえらいわ。よく一日でそれがわかったわね」
 まるで小さな子どもにするように、二人の頭をなでる乙女。美優は猫のように気持ちよさそうな表情を浮かべ、千鶴は頬を赤らめはにかんでいるが、悪い気はしていないようだ。
 二人とも完全に乙女の軍門に下っていた。その証拠の台詞が続く。

「私なんかまだまだです。どうか先生、一日も早く先生のような立派な女性になれるように御指導ください」
「あたしも可愛い女の子になりたいっ」
「任せて。二人とも、私についてらっしゃい」
「「はいっ♪」」

 まだ男子である不良たちは、そんな二人の様子に恐怖した。性別どころか精神的にも、目の前の女性?教師に「屈服」してしまうことに。
 それが嫌なら恥も外聞もなくこの場を逃げ出すか、それとも「ふり」だけでも更生して、女子にされるのを逃れるか。
 どちらにせよ屈辱的だが、二人のように女子にされた上、精神まで侵食されて別人みたいになり、乙女の取り巻きになってしまうよりは、はるかにましだろう。
 そんな不良たちの思いを知ってか知らずか。乙女はにこやかにこう言った。

「皆さんもこの二人を見習ってくださいね。私がみんなを『可愛い乙女』に変えてあげますから♪」
「「「…………」」」

(ぜっっっっったいになるもんか……っ!!)
 たとえ一人になっても、絶対女になんかにされるものか。男のままでいてやるぜ。
 そう心の中で、固く誓う秋津であった。



 そしてこの瞬間、彼の孤独な戦いが始まった。



 この物語、果たして最後に果てしなく長い男坂を登り、「未完」となってしまうのか?
 それとも、秋津もまた「少女」になってしまうのか。
 それはまた、続くお話で。






あとがき

 まずはじめにこの作品は手塚治虫先生の『ブラックジャック』第200話。『話しあい』
 そして椎名孝志先生の四コマ『Dr椎名の教育的指導』の『桜井先生シリーズ』にインスパイアされたことを明言しておきます。

 今作は僕には珍しい不条理系で。
 なんで乙女に心酔すると女になってしまうのかは明らかにはなってません。
 そのあたりは次回で予定してます。
 またこちらは珍しくはないけど久しぶりにパロディを大量に投下しています。
 これは逢空万太先生「這いよれ! ニャル子さん」シリーズに触発されて。

 とりあえず何も考えない話です(笑)

 登場人物のネーミングはちょっと法則性が。
 秋津から見ていくとわかりやすいかと。

 登場人物。
 主人公の大原乙女。上はその法則性で。下の名はサブタイトルを考えていて上手く合わせやすくて『O』で始まる名前に。
 秋津は当初は『阿久津』でした。

 では次回。Lesson2「魔法先生オトめ」でお会いしましょう。










−おまけ「パロティ原典集」−

「GFO 〜 God Father Otome 〜」

 今回のサブタイトルは人気コミック「GTO」から。こちらも教師もの。

「天の声」
 アニメ版「ハヤテのごとく!」でのナレーターのこと。担当は若本紀夫氏。

「ロースペックが」
 スーパー戦隊シリーズ「天装戦隊ゴセイジャー」に出てきた敵組織マトリンティス帝国のメタルA(アリス)が、首魁のロボゴーグから罵られるときに使われる言葉。

「スコップでぶん殴られて、きっちりしてないと」
 「さよなら絶望先生」の木津千里。

「天元突破されないように」
 ロボットアニメ「天元突破グレンラガン」より。ちなみに「天元」とは万物の源のこと。

 ※ ちなみに上記三つ(アリス、木津千里、「グレンラガン」のヨーコ)は、いずれも声優の井上麻里奈さんが担当したキャラクター。

「間゛っ」
 「ジャイアントロボ」で、大作くんの指示を受けたロボの応答音?から。

「阿久津宏海」
 「大臓もて王サーガ」の登場人物。不良生徒だが突っ込み担当。

「それだけツッコミがうまいところを見ると、もしかして実は心理士?」
 「マンガでわかる心療内科」より。

「こんななりしたどっからみてもコーコーセーの俺が大学を出たお医者さんに見えるのかよ?」
 「ジョジョの奇妙な冒険(第四部)」で、主人公の東方仗助がラスボスである吉良と初遭遇したときに、トラップに引っかかった吉良に対して言い放った台詞。

「おばあちゃんは言っていた」
 「仮面ライダーカブト」の主人公、天道総司の決め台詞。このあとに続くのが、かの「天道語録」。

「その顔はなんだ? その声は? その胸は?」
 「ウルトラマンレオ」で、ダンがゲンに対して言った台詞(実は未見)と、後年「ウルトラマンメビウス」に登場したゲンがミライに対して言った台詞(師匠の受け売り?)から。原典は「その目はなんだ? その顔はなんだ? その涙はなんだ?」

「UEEEEEEEEEE〜っ!!」
 「ジョジョの奇妙な冒険」一部や二部で敵が叫ぶ台詞から。

「安心して。別に三番目のボタンをはずしても、水爆が爆発したりはしないから」
 「キカイダー01」に登場した女戦士ビジンダーの人間体マリは、ブラウスの上から三番目のボタンをはずすと体内の爆弾が起爆する。

「なんじゃこりゃあああっ!?」
 刑事ドラマ「太陽にほえろ」で、ジーパン刑事が殉職するときに叫んだ有名な台詞。

「蒼空学園の女子制服」
 拙作「PLS」の舞台となる架空の高校。

「こういう時は素数を数えるんだ」
 「ジョジョの奇妙な冒険第六部『ストーンオーシャン』」でのラスボス、プッチ神父の精神安定法。

「当たらなければどうということはない」
 「機動戦士ガンダム」の登場人物、「赤い彗星」シャア・アズナブルの台詞。

「おい! 見ろよ!」「ヘビー級の近田が手玉だぜ」
 「仮面ライダーSPIRITS」の中で、滝 和也が巨漢戦士ゴードンをあっさり組み伏せるシーンの台詞より。

「福真高校女子のセーラー服」
 拙作「戦乙女セーラ」の主人公の通う架空の高校。

「名刺も受け取ってねぇ」
 いうまでもなくこの界隈で有名なセールスレディー、真城 悠さんの作ったキャラクター「華代ちゃん」のこと。
 なお、これはいくつもある話の中から性転換がらみのものだけが物語になっているという「設定」で、実際にはもっと多くの「お悩み解決」事例があるとのこと。

「果たして最後に果てしなく長い男坂を登り、「未完」となってしまうのか?」
 車田正美先生の「男坂」より。人気が伸び悩み打ち切りになったが、最終回で伝説を作った(笑)。

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