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「愛美子さん……なんかあった?」
「……!」
 連休明け初日の木曜日。
 彼女の様子がいつもと違うことに、『Twinkle ☆ Star』の常連客の一人――週に三回は通いつめている大学生が気づいた。
「……べっ、べ、別に――」
 あからさまに動揺してしまう。ウソのつけないタイプである。
「ほんとに〜?」
「あん? 何よっ? 失恋したとでも思ってんのっ!?」
 図々しげな口調で尋ねてくるそのお客――どうやら愛美子に気があるようだ――に、心中で舌打ちし、ことさら強い調子で否定する。
 この前の変態騒ぎの影響はなくなっていたと思っていたが、どうやら何処かで態度に出ていたらしい。
「……冗談じゃないわっ。あたしは自分より弱い男にときめいたりしないわよっ」
「へ〜っ、だったら俺の方が強かったらときめいてくれるわけ?」
「う……」
 軽く揚げ足を取られ、愛美子は言葉に詰まってしまう。
 そこに、店長でもあるかなめが歩み寄ってきた。「……ではご主人様、ここで愛美子と腕相撲などいかがですか?」
「ち、ちょっと、勝手にそんな?」
「いいよ別に。この子相手に腕相撲で勝っても自慢にならないしさ」
「……!!」
 その言葉に愛美子はカチンときた。それもそうだ。前身の瀬能金太郎は柔道の猛者だったのだから。
 見れば相手はひょろっとした、スポーツに縁のなさそうなタイプだ。
「いいわよっ。あたしに勝てるつもりなら、かかってらっしゃいっ」
 久しぶりに得意のジャンルで火がついた。ミニスカートなのにもかかわらず、大股を開き、闘志をむき出しにして構える愛美子。
 お客の大学生はしばし戸惑ったが、やがてにやっと笑ってテーブルに肘を突いた。
 たとえ負けたとても、愛美子の手を握れる。やって損はない。





アンテナショップ

−後編−

作:城弾


 

【メイド喫茶『Twinkle ☆ Star』のメイドたち】

 瀬能愛美子 『Twinkle ☆ Star』の看板メイド。本人にその気はない?が、「天然ツンデレメイド」として有名。
平日の昼間から店に入り浸る学生やリーマンたちがお気に召さないらしい(笑)。
 三ツ木かなめ 『Twinkle ☆ Star』の店長兼メイド長(爆)。個性豊かなスタッフをとりまとめる才媛。
最近では五人を優しく見守る母親的存在になりつつある。ちなみに眼鏡は伊達。
 上末良美(ラビ) 『Twinkle ☆ Star』のマスコットメイド。彼女だけはお客を「お兄ちゃん(お姉ちゃん)」と呼ぶ。
年齢を尋ねると「13歳で〜す♪」と答えてくれるのだが、お客は誰も本気にはしていない。
 火浦沙羅 『Twinkle ☆ Star』のお姉さまメイド。副店長的なポジション。
男性客だけでなく、女性客からの人気も高い。最近「彼氏」ができたという噂があったりなかったり。
 牧野麻耶 『Twinkle ☆ Star』の元気っ娘メイド。下着には一家言(いっかげん)がある。
当初は明るくエッチっぽいのが「売り」だった彼女だが、最近では――
 工藤ナツメ 『Twinkle ☆ Star』の厨房担当。彼女も最近ではいろいろ思うところがあるらしい。
カウンター越しに黙々と料理を作るその姿に、隠れファンがいるとかいないとか。




 がっちりと手を合わせる両者。他の客たちは興味深げにその様子を見ている。
(うっわぁ柔らけ〜っ、小せぇ〜っ。それに顔が間近……いい匂いもするし〜)
 「対戦相手」の大学生は鼻の下を伸ばし、相好を崩す。平たく言うと “萌え” ていた。
 一方、愛美子の方は――
(こうして握ってみると大きい手……逞しいなぁ……優男っぽく見えるけど、やっぱり男の子なのね…………ステキ……)
「……はっ!?」
 相手にときめきかけていた自分に気がつき、あわてて頭を振った。
 そして勝負に集中しようと口元を引き締める。相手はその真剣な表情に息を呑み、思わずつぶやいた。
「綺麗だ……」
「え?」
 一瞬、愛美子の表情が崩れる。きょとんとした顔――それはそれで可愛らしい。

「Ready? Go!!」「……あっ!?」

 かなめの掛け声に我に返るが、時すでに遅し。
 ぎりぎり残っていた男としての闘争本能でスイッチが入るが、しっかり出遅れてしまう。
「うっ……、く……っ!」
 速攻でねじ伏せられるのはかろうじて避けたが、そこからいくら力を入れても押し返せない。
「あ……」
 腕はジリジリと傾いていき……手の甲がテーブルに着く。
「う……嘘――」
 愕然としてその手を見つめる愛美子。
 こんな弱そうな奴に負けるなんて……それも単純な力勝負で。
 相手はほっとした様子だが、勝ったというより「力勝負で女の子に負けなくてよかった」といった感じだ。
 そして可愛い女の子の手を長く握って、ころころ変わるその表情を拝めたからか、いつしかにやけた表情を浮かべる。
「これでわかったでしょう? 今の貴女は『か弱い女の子』なんだって。……もう無茶はしないでね」
「まっ、まだまだっ!!」
 愛美子に「自分は女の子」だと思い知らせようとしたかなめの策略は、どうやら逆効果――かえって彼女の闘争心に火をつけてしまったようだ。
 そう、女性にだってファイターはいるのだ。まして本来は男の上に格闘家、負けたままではいられない。
「よっし、それじゃ今度は俺が相手だ」
 メイド喫茶『Twinkle ☆ Star』は、「元男性のTSっ娘がメイドとして働く」という “設定” の店である。愛美子の態度も、かなめとのやりとりも、その設定に基づいたものとしてお客には理解される。
 別の常連客がそれに「乗って」挑戦してきた。さっきの相手より少し大柄だ。
「いいわよっ」
 相手にとって不足なし。むしろ力の強い相手なら望むところだ。
 愛美子は相手の手を取ると、テーブルに肘を突き、「よっしゃああっ」と気合を入れて上半身をぐっと落とした。
(おおっ……!)
 知らず知らずにお尻を突き出すポーズ――男性客の視線が彼女のヒップに集中する。
 ただでさえ短めのスカート……下着が見えそうだ。
「……!!」
 さすがの愛美子も、自分の下半身に男たちの視線が集まっていることを察した。
 あわてて手を離して、スカートを押さえる。
「みっ、見た……でしょう!?」
 頬を赤らめ、上目遣い。
 後ろめたい男たちは、一斉にぶるぶると首を振り、過剰に否定する。
 もちろん、愛美子は信じない。

「う〜っ、・・・スケベ! 変態っ!!」

 もちろんこの一言は、彼女の「ツンデレ」キャラに合っていたから、特にトラブルにはならなかった。
 だが、愛美子は今の一言を発した自分が、精神的にも女性になっていると思い知った。
 認めたくないが、自分は肉体的にもか弱い女性……そして、男にとっての性の対象であることも。



 仕事を終えて、マンションに帰宅。
 愛美子はメイクを落として、風呂場に入った。
「ふうっ……」
 今ではすっかり見慣れてしまった、少女の裸身が姿見に映る。
 きめ細かな白い肌、ブロンドのロングヘア、たわわに実る二つのふくらみ。
 かつての自分の太もも程度まで細くなったウエスト。
 そして、男性を受け入れるための股間。
(自分はもう完全に女の子……力は男にかなわない――)
 愛美子は昼間の出来事を思い出す。(男として生まれて生きてきた今までは、なんだったんスかね…………でも……)
 そう、今は女性なのである。
 鏡の向こうの自分が、それを雄弁に物語る。
(可愛く着飾り、男性に大切にされて……そしてなにより、この優しい気持ち――これは紛れもなく「女の子」だからなの、ね……)
 「あたし」は本当に女なんだなぁ……本来の口調はまだ残っているが、頭の中の言葉遣いも、女性のものにシフトしている。女性として過ごし、女性としてまわりに認められる日々によって、愛美子の男の部分が少しずつ書き換えられていく。
(……どうせこれも三月までだし、それなら長い人生の少しの間、徹底して女性として振舞うのもいいかもスね……)
 ここに来てようやく「腹をくくった」愛美子。ここから彼女の女らしさが増していった。
 ぞんざいにしていたメイクを、きちんとするようになり、服装にも手を抜かなくなってきた。そして夜道を一人で歩くことも減った。
 それが呼び水になったわけでもあるまいが、この頃には他の面々も女性化が顕著になっていった。
 女になって半年が過ぎ、体を駆け巡る女性ホルモンが考え方にまで影響してきたのかもしれない。特に肉体的に「思春期」のラビは、もともとそういう傾向もあり、ますます女の子らしくなっていった。
 他の面々はというと、例えば麻耶は少し「おとなしく」なった。それまでは仮の肉体ということもあって奔放に「女性」をアピールしてきたのだが、馴染むにつれて彼女にも恥じらいが生まれてきたようだ。
 「臨床実験」の監督役であるかなめは、元々全体を見回すポジションだったが、最近では全員の姉か母親のような立場になっていた。
 厨房担当のナツメだけは接客にかかわることがなかった分、そんなに大きく変わらない……かに見えた。

 だが、ある日、ちょっとした事件がおきた。



 『Twinkle ☆ Star』のカラフルで可愛い店の外観は、小さな子どもたちにも受けがよく、ときどき親子連れがメイド喫茶とは知らずに来店することもある。
 もっとも、ここではちゃんとした料理や飲み物が出てくるので、そんなお客でも満足してもらえる。
 今日は若い母親と幼稚園くらいの女の子という親子連れから、ケーキセットの注文が入った。
「おい瀬能っ、ぐずぐずしないで早く持ってけ」
 接客でいっぱいいっぱいとはいえど、置きっぱなしのジュースとケーキに気がつかない愛美子に、ナツメはカウンターの奥からつい怒鳴りつけてしまった。
「す……すいませんっス、ナツメさん」
 昨日生理が終わったばかりでまだ本調子ではなかったが、平謝りの愛美子。その時――

「ママ、あのお姉ちゃん……恐い――」
「……!!」

 小さな子どものストレートな一言が、ナツメの心を直撃した。
「はぁいっ、ケーキセットお持ちいたしましたわっ、お嬢さまっ」
 子ども好きな愛美子はすかさず可愛いメイドさんを演じて、その場を取り繕うとする。
「わぁっ」
 アニメから抜け出てきたような愛美子に給仕されて、幼い女の子はすぐに機嫌を直したのだが……



「……やっぱ、態度を改めないとダメなのか?」
 その夜の「反省会」で、ナツメは愛美子たちに自分のよくないところを尋ねた。
「ちっちゃい子の言ったことだから、そんなに気にしなくてもいいと思うっス」
「でも、お客さんに『恐い』なんて思われるのはマイナスよね。客を選ぶような渋めの店ならともかく……」
「いくら厨房にいるとはいえ、ナツメも少しくらいお化粧してもいいんじゃないかしら?」
「うんうん、それと長い髪が調理の邪魔だったら、肩口くらいで切り揃えれば清潔感もあっていいと思うよ」
「それと、やっぱり言葉遣いが大事だとラビも思う」
「最後はやっぱ笑顔っスよ、ナツメさん」
 五人の(言いたい放題な?)意見を甘んじて受けていたナツメだったが、やがてぽつりとつぶやいた。
「そうか、オレは覚悟が足りなかったんだな……こんなんじゃ、女性に対する味付けを極められるはずがない……」
「大丈夫ですよ、まだ半年ありますから。今からでも充分間に合いますよ」
 そんなナツメの肩に、かなめはそっと手を置いた。
「かなめ……」
「まずは言葉遣い、それとメイクだけでも変えてみましょう」
「う――」
 いざとなるとしり込みしてしまうが、それでも今の自分を変えたいと思ったナツメは、アドバイスに耳を傾けた。



 次の日からナツメは私服のボトムをスカートに変えた。やるなら徹底的である。
 脚捌きを覚え、男の視線を浴び、どんどん女性的になっていく。特に子どもに対しての笑顔は、絶対に忘れなくなった。
 そしてそれは、料理に対する意識の変化にも繋がった。
 それまでは、ただただ「女性が喜ぶ味」だけを追求していたのだが、いつしか食べる相手の気持ちを思うようになり、「優しい」味付けができるようになってきた。
 ナツメの真摯な取り組みは、自身の言葉遣いにも影響を与え、そのぶっきらぼうな態度はいつしか影を潜めていった。



 八月下旬の月曜日の夜。いつものように千藤が愛美子を訪ねてきた。
 千藤は毎週こうして六人の元を訪れ、『Twinkle ☆ Star』の近況を尋ねていく。もうすっかりおなじみになっていたが、最近、彼は愛美子たちの変化に驚いていた。
「それにしても、オメーも随分と女らしくなったなあ」
「そうスか?」
 店でお客を相手にする時は、女言葉が自然に使えるようになっていた愛美子だが、それでもプライベートな場では元の口調が出る。
 しかし、その服装はかなり変わった。店以外ではラフな格好をしていたのに、いつしかオシャレに気を配るようになっていた。脚のラインに自信を持ったのか、最近ではミニスカートをよく履いている。
 他の五人も程度の差こそあれ、明らかに態度が柔らかく、そして女性的になっている。
「どうぞ」
 キッチンから出てきたナツメがつまみを差し出し、柔らかく微笑んだ。
「あ……あ、どうも――」
 そんな彼女の態度の変化に驚く千藤。あんなに仏頂面だったのに……半年でこうも変わるのか、と。

「……きゃっ!?」

 ナツメと一緒に皿を運んでいた麻耶が、スカートの裾を椅子に引っ掛けて、短く悲鳴を上げた。
(おいおい……「きゃっ!?」かよ……)
 「悲鳴」というものは、別に誰かに教わるものではない。
 男の子は「うわー」と叫べ、女の子は「きゃあ」と叫べ――などとは誰も言わない。それは生活習慣とは関係ない、いわば「本能的」なものである。
 変化した身体に馴染んだゆえか、麻耶は自然に女性の悲鳴を上げていた。
「……じゃあ、そろそろ帰るわ」
「あ、それじゃ」
 愛美子はマンションの玄関まで千藤を見送った。
 女の一人歩きは危険だから――と、千藤はそれ以上の見送りを制止した。
 以前の変態騒ぎで怖さが身に染みしている愛美子は、素直にそれを受け入れた。そして彼女も「自分は男だから」などと反発しなくなっていた。
(う〜ん、想像以上に頭の中身まで変わっちまうようだな……)
 千藤はマンションから少し離れた路上で立ち止まると、タバコに火をつけた。「……アイツ、ちゃんと元に戻れるといいんだがな」
 後輩のことも考えてないわけではない。千藤は深く煙を吸い込み、そしてゆっくりと吐き出した。
 紫煙が夏の夜空に漂っていく。
「さて、今日の分も書いとかないとな……来年の五月からは本格始動だし、のんびりしてらんねえしな……」
 彼は急ぎ足で家路を急いだ。



 九月中旬。かなめ、ナツメ、沙羅たち「年長組」の私服は既に秋物になっていた。
 特に沙羅のシックな装いは、本当に元は男かと疑いたくなるほどしっくり似合っていた。
「沙羅さん、綺麗」
 店の更衣室で、ラビは憧れに目を輝かせた。
「本当……ね、もしかして男でもできた?」
 麻耶がふざけてそう尋ねる。まあ、ありもしないことだと思っている、が……
「うふふふっ。さあ――ね」
「…………」
 否定も肯定もしない沙羅。
 皆、これを単なる悪ふざけと受け取った――だが、かなめだけは沙羅の態度が芝居に思えなかった。



 火曜日の夜。沙羅はホテルのラウンジバーで、拓也と逢っていた。
 あれから交際は順調に続き、いつしか二人は下の名前で呼び合う間柄になっていた。
「……沙羅」
「なぁに? 拓也」
「この後なんだけど……予定、ある?」
「ううん、何もないけど」
「そうか……あ、あのさ……今日、上に部屋をとってるんだ……」
「…………」
 ホテルに部屋をとっている――それが何を意味するか分からない沙羅ではなかった。
 女としての自分は拓也に対して本気になりかけている……そろそろここらあたりが別れる潮時か?
 頭の片隅では警告音が鳴っている。しかし、拓也の誘いに不思議と抗う気持ちになれなかった。
「そう、それなら――」
 沙羅はスツールから立ち上がると、拓也の腕に自分の腕を自然に絡めた。「……続きはそのお部屋で」

 その夜、沙羅はマンションに帰らなかった。



 十月。「スポーツの秋」ということで、『Twinkle ☆ Star』もスポーツフェアというイベントを開いた。
 通常のメイド服ではなく、いろいろなスポーツウェアを着て接客しようというものである。
「押忍っ、ご注文は何になさいますかっ?」
 男っぽい口調で注文を取る愛美子はもちろん柔道着。
 Tシャツではなくさらしで胸を隠しているが、それでも久しぶりに本来の姿に近くなれて上機嫌だ。
「張り切ってるね、あみちゃん」
 そういうラビも負けていない。彼女は体操着とブルマ姿――本人の希望で「体育の授業みたい」と喜んでいるが、まかり間違えばフーゾクすれすれである。
「はぁーい、ご主人様のお帰り。こんな格好で失礼しますねっ♪」
 麻耶に至ってはスクール水着(もちろん寒いので脚は肌色のストッキング)……こっちも違う意味でアブナいかもしれない。
「あらあら、みんな若いから似合ってていいわね」
 などと呑気なことを言う沙羅はテニスウェア姿。ご丁寧に下着もアンダースコートである。
「私もテニスウエアにすればよかったかな……色気がない……」
 珍しく落ち込んでいるかなめは、タンクトップと短パンという陸上選手スタイルだった。
「よかった……厨房で本当によかったわ……」
 すっかり女言葉と化粧が板についたナツメが、厨房からそんなコスプレ?集団の様子を見やって、安堵のため息をついた。



「研究しましょう。研究するのは得意ですから」
(illust by MONDO)



 11月。寒い季節になってきたが、愛美子はミニスカートを履き続けていた。
 もちろん素足ではない。ストッキングに “はまった” のである。暖かく、そして脚を細く見せて飾ってくれる優れもの。
「これいいなあ……男がスカート穿かないからって、ないのは不公平っスよね」
「穿いたら? 男に戻っても」
 愛美子のつぶやきに麻耶がまぜっかえした。実際、高所での作業に従事する人は、防寒のためにつけることがあるらしい。
 かく言う麻耶も下着できっちり防寒している。上はあくまで見た目重視だ。



 沙羅は幾度も拓也と肌を重ねていた。
 そのたびに、自分の心の中から「男」が消えていき、「女性」に置き換わっていくのを感じていた……



 12月。サンタガール姿で、「ご主人様」たちへささやかなプレゼントを配る六人。
 その際に、手を取ったり顔を近づけたり……男として「女の子にどうされたらときめくか」を知っていたし、女として男を見ていたこともあって、効果絶大であった。



 そしてクリスマスが過ぎて暮れも押し迫ると、一気にカウントダウンムードになる。
「いろんなことのあった一年だったっスね……」
 最後のお客が帰り、今は閉店後の掃除を始める前のちょっとした時間。
 女言葉がデフォルトになりつつある愛美子も、知った顔ばかりだと本来の言葉遣いに戻る。かなめとしても、仕事ができるようになってきていたので、そこまで締め付けるつもりはない。
「そうだよね。まさかこうして女の子として毎日を過ごせるなんて、去年の今頃は夢にも思わなかったもんね」
 感慨深げにラビがつぶやいた。
「でも、もうそれもあと三ヶ月か」
 と、麻耶。もうひと踏ん張り――と言わんばかりの口調である。
「そうか、もう残り三ヶ月なのね……嫌だ嫌だと思ってたけど、夢中でやっていたらもうそんなになるんだ」
 すっかり女性的な口調になったナツメが答えた。
「……春がきたらみんなとはお別れなのね」
 芝居か本気か、沙羅は目尻を押さえた。
「そうね、ちょっとだけ名残惜しいかもね……」
 かなめにしては珍しく感傷的なコメントだった。
「そうっスね……ずっと一緒でしたし……」
 なんと愛美子までもが同調する。この中で、一番男に戻りたいはずだった彼女が。
「なになに? あみちゃんも女の子のままでいたいの?」
「そ、そんなわけないでしょラビちゃんさん。でも、ここがすっかり自分の居場所になっちゃったのも本当っス……」
 その言葉は誰も茶化さない。思いはみんな同じなのだ。
 ともに同じ苦労をしてきた仲間たち。男から女へと変わっての日々……これまでの人生観が変わっても不思議ではない。
「さあさあ、お掃除始めるわよっ」
 湿っぽい空気を振り切ったのは、やはりかなめだった。
 彼女の号令で、いつもどおりの後片付けが始まった。



 大晦日。六人は美容院で髪をセットし、晴れ着を着て、神社に二年参りに出かけた。
 もはや女性の服にまったく抵抗がなくなっていた。
 散々並んで、やっと拝殿にたどり着くと、賽銭を入れて柏手を打ち、願い事をする。
「愛美子は何、お願いした?」
「へへっ、来年もこうしてみんなで一緒にいられたらいいなって願ったんスよ」
 麻耶に尋ねられ、愛美子はまったく屈託のない笑顔で答えた。
「三月までだけどね……」
 だが、続く麻耶の言葉にはっとなる。「……そ、そうだったッス。自分たち、春には元の姿に――」
 あれほど待ち望んだはずなのに、何か心が晴れない。
 それほどまでに、女性としてともに歩んできたこれまでの日々が大きかった。愛美子にとって、みんなはかけがえのない女友だち……だけどこの関係は、元の姿に戻ったら泡のように消えてしまう、まぼろしの日々。
(……だからこんな願い事をしたっスかね?)
 期間限定ゆえに、大事に大事にしてきた日々。それがいつしか大切な日々になっていた。
 誰もそれを笑わない。
「そうね愛美子ちゃん。いつまでもみんな一緒にいられるといいね……」
 沙羅が優しく、そうつぶやいた。でも、それはかなわぬ願い。
 それでもこの場はそれでいいと、六人はみんな思っていた。
「…………」
 だが、かなめだけは沙羅の様子が気になっていた。
 沙羅は晴れ着の帯のあたり――腹部をしきりに押さえている。腹痛という感じではない。むしろ――
(まさか、ね……)



 正月明け、かなめに研究所の国近所長から連絡があった。
 伝えられたその衝撃の事実に、冷静なかなめもさすがに愕然とした……



 仕事初め。始業前のミーティング。
 あと少しで男に戻れると信じていた愛美子の気分を吹っ飛ばす出来事があった。

「え〜っと、その……沙羅、なんだけど……その、あ、その――し、正月明けの定期検査で、に……妊娠、二ヶ月ということが、判明しました……」
「…………」

 頬を染めてうつむき加減に立つ沙羅の隣で、かなめはそれを言いにくそうに伝えた。
 皆、一瞬何を言われたかわからなかった。
 やっと言葉の意味を理解して、最初にしたのは――

「・・・えぇ〜っ!?!?」

 ……大声で驚くことだった。
「あ、赤ちゃんできたの? 沙羅さん、お母さんになるの?」
「なんて軽率な……」
 祝福するかのようなラビとは対称的に、この頃にはかなり女性化が進行していたもかかわらず渋い表情のナツメ。
「でも、自分たち三月には男に戻るっスよ。産めるわけが――」
「それじゃこの子を殺せって言うのっ!?」
 一貫して「優しいお姉さん」であり続けた沙羅がおなかに手を当て、初めて激昂した。
 その表情は、子どもを守ろうとする母親のそれだった。
「だ……だってしょうがないよ。あたしたち、本当は男なんだし――」
 口ごもる麻耶。自分が本来は男であることに自信がもてなくなってきたらしい。
「あなたたちもわかるわ。もしも誰かに抱いてもらったら、それが本気かウソか……そして、本気の思いは心を動かすものよ」
 沙羅は静かに言うと、皆の顔を見渡した。「……私、覚悟を決めました。このまま『沙羅』として――女性として生きていきます」
「…………」
 拓也に体を許した時、既に沙羅は女だったのかもしれない。
 しんと静まり返る一同。それを打ち破ったのは、ラビだった。
「だったら……ラビも……ラビもこのままでいたいっ! 男になりたくないっ!!」
「ラビちゃんさんまで何言ってるんスか?」
 その悲痛な叫びに戸惑う愛美子。だが、
「わかったもん……気の迷いかと思ってたけど、ずっとずっと女の子でいたいって」
「しっかりしてくださいっス、ラビちゃんさんっ。それじゃ、今まで男として生きてきた日々はなんだったんスか?」
「でも……今思ったの。沙羅さんがとってもキレイだって、女の人としてとてもキレイだって……きっとお母さんになるからだと思う。だからラビも……男になんてなりたくないっ!!」
「お、落ち着いて、ラビちゃん」
 感極まって泣き出したラビの背中を、優しくさすって落ち着かせようとするかなめ。
 「戻りたくない」ではなく「なりたくない」。ラビの自意識は、完全に女性が基準になっていた。
(もともとそういうところはあったけど、何でここまで……)
 かなめは何気なくラビに目をやり、そして気付いた。
 子どもだったその体つきが、いつしか丸みを帯び、女らしくなっている。胸元も僅かだが膨らんできていた。
(そうか、ラビちゃんは思春期……女性ホルモンが大量に出ているはずだわ。心からすっかり変えられてしまったのね……沙羅も男の人とベッドをともにしていたから、やっぱり――)
 かなめは気づいていなかった。自分が「男」ではなく、「男の人」と表現していたことに。
 彼女もまた男性を異性と見なして……つまりどっぷりと女性化していることに気がついていなかった。
「実は三月で解散したあと、私と沙羅はここを普通の喫茶店として営業するつもりなの」
「なんで、かなめちゃんまで残るの?」
 麻耶が怪訝な表情を浮かべた。
「プライベートとはいえ、みんなを管理しきれなかった責任のつもりです。少なくとも沙羅の出産が終わるまで、男に戻らず付き合うつもりよ。それに二人だけで実験を継続するなら、地味な普通の喫茶店がいいかなって」
「それならラビもお手伝いしまーすっ」
「……じゃあ、わたしも手伝うわ」
「ナツメさん!?」
 意外な人物から意外な申し出が出た。肩口まで伸びた髪をいじりながら、ナツメは恥ずかしそうに頬を染めた。
「もうちょっと女として料理を続けてみたかったの……この優しい気持ちは、これから絶対プラスになるはず。実験を継続するんだったら、わたしも参加するわ」
「そんならあたしももうちょっと続けようかな? なんだかんだ言って新鮮な体験続きだし……あ、でもあたしは男に惚れる前に、元に戻るよ」
 ナツメに続いて、麻耶も「延長」を願い出た。
「いつでも勝負下着なのに?」
「もうっ、ラビったらおませさんっ」
 一転、妙に和やかな空気が店の中を包んだ。
「……はいはい。とりあえずお店も実験も継続ね」
 女性に変身して上手く社会に対応できるかを調べるのが目的なのだ。妊娠までしてくれるとは願ってもないし、こんな貴重なデータを取るチャンスを逃すはずもない。
 国近に連絡すると、二つ返事で実験の継続を了承してくれた。
 三月が過ぎたら新しい被験者で第二期の実験を実施する予定だったのだが、今の面々で実験を継続してくれるなら、スポンサーも大助かりだ。
「それで……愛美子はどうする?」
 麻耶が明るく朗らかに尋ねた。まるで「遊園地に行くけど一緒に来る?」とでも聞いているかのようだ。
「あ、あたし?」
 急に振られて返事に詰まる愛美子。だが意思は固まっていた。「あ……あたし……自分は嫌っス、男に戻りたいっス」
「そうね。それならいいわ。でも約束した期間の三月末まではお願いよ」
「え……?」
 かなめの返事は、意外なほどあっさりしていた。自分だけさっさと戻る気か……と、冷たい目を覚悟していたのに。
「あー、あみちゃんは男に戻っちゃうんだ」
 残念そうではあるが、非難する意図はまるで見えない。
「あ、あの……」
「何気にしてるの? みんな勝手に期間を延長しただけだし、愛美子は何も契約違反してないんだから、誰も文句は言わないわよ」
 麻耶がそう答えて、肩をすくめた。
「あっ、いけない。ミーティングが長すぎたわ。そろそろ開店の準備をしないと」
「はーい」
 かなめの一言で、いつもどおりの仕事が始まった。沙羅は皆にやたら気を遣われて、苦笑している。
「…………」
 そして愛美子は、元に戻ることを咎められてないのに、何故か心が重かった。



「……可愛いのもクールなのも、より取りみどり♪」
(illust by MONDO)



「ふーん、とうとうそんな決心までなあ……」
「みんなおかしいっスよ。ナツメさんまであんなに女らしくなっちゃって」
 その夜、愛美子は千藤と、マンションの外で話し込んでいた。二人きりで。
「……まあ、一年も女やってりゃ馴染むよなぁ」
「そもそもなんで自分が女にならないといけなかったんスか? もう業務命令だけじゃやってられないっス」
「…………」
 愛美子の言葉に、千藤はぽりぽりと頭を掻いた。「……仕方ねーなぁ。お前にゃ先入観持たせたくなかったから事情伏せてたんだが……まあ期間もあとちょいだし、この際だから話してやるか」
 愛美子は自販機でビールを買おうとしたが、千藤はやんわりと押し止めた。素面で話したいらしい。
 代わりに買ったコーヒーで口を湿らせると、「愛美子、俺たちが勤めてる会社が何やってるか知ってるよな?」
「出版社じゃないスか……先輩は編集部だけど、自分は雑用で――」
 記者の千藤の口利きで入社したが、愛美子――いや、金太郎は雑用ばかりをさせられていた。
「何年か前から……いや、かなり前からネット上で『TS小説』ってのが書かれていてな」
「はぁ……今の自分たちみたいなもんスか?」
「まさにそうだよ。お前らはリアルな実例ってわけだ。……でな、ウチの会社でもTS作品中心の雑誌の創刊が三年前くらいから企画されてたんだ」
「……はぁ」
「しかしこれが一過性のブームだとたまらん。確かに最近はやたらにこういうジャンルのマンガや小説が商業誌でも出ているが、一部マニア向けなのかもしれない。……でな、別の取材をしていたら国近所長の話を小耳に挟んでよ」
 それから執拗な調査を始め、性転換システムの完成をつきとめるに至ったのだ。
「既にアンテナショップの話が出ていて、ウチからも資金と人材を出そうということになったんだ。つまり、この店が流行るようなら雑誌の創刊に踏み切るつもりだったんだよ。市場はできてると踏んでな」
 答えは聞いてなかった。店が流行っていたのは愛美子の方がよく知っている。
「つまり……自分はそのために雇われていたと」
「待て待て、決してそういうわけじゃねえ……仕方ねぇ、白状するか」
 後ろめたいのか少し目を伏せる千藤。だが、改めて愛美子の瞳を真っ直ぐに見据える。「……実はな、本当は俺がアンテナショップの被験者になるはずだったんだ。けど、お前がリストラ対象になっていると知ってな」
「つまり……自分を被験者に推すことで、それを防いだ」
 さすがに愛美子にも理解できた。
「雑誌を創刊するにあたってはアドバイザーが必要だ……実際に女になって、男に戻ったなんて人間、そんな最高の人材をフリーにしとく道理もない。ウチの社員のままなら、その点うまくやれるだろ」
 TS雑誌を出すために市場調査。そして作家へ経験を語るアドバイザーとして、リストラ寸前の金太郎が選出された。そういうことであった。
 金太郎の推薦を会社が認めたのは、嫌がって自主退職するよう仕向ける「嫌がらせ」の側面もあったが、千藤もそこだけは口にしなかった。
「……それももう少しの辛抱だ。元に戻ったら雑用係じゃなくて作家さまだな」
 ウソはついてないようだ。だけど愛美子はいまいち釈然としなかった。



 もやもやしたまま、三月になった。
 店の継続は決定。愛美子の退職も決定し、三月だけに「卒業」イベントが開かれた。
 客も同僚も、みんな暖かかった。だけどそれに溺れまいと、愛美子はことさらツンツンした態度でそれに臨んだ。



 そして31日。
 閉店してからお別れパーティーが開かれた。
 別れの言葉と花束を贈られ、愛美子は不覚にも泣き出してしまった。



 翌日、再び性転換システムのカプセルに入る。「愛美子」から「金太郎」に。
 一週間をかけて元の肉体に戻る。そしてリハビリ。
 金太郎は五月には会社に復帰していた。
 しかし、その表情は冴えなかった。



 千藤の言った通り、五月からは新雑誌の作家たちとの面談が仕事になった。
 金太郎は女性として過ごした日々の記憶を辿り、作家たちと話を作り続けた。
 だからいつまでたっても、忘れることが出来ない。あの同じ境遇の仲間たちと過ごした日々を。



 六月。梅雨の頃。
 雨だとというのに、千藤と金太郎は屋台のおでん屋で酒を酌み交わしていた。
「どうだ作家先生、調子は?」
「やめて欲しいっス。そんなガラじゃ――」
「だから屋台にしたんだよ」
「はぁ……確かに自分もこういう店の方が気楽なんスけど……」
 そうつぶやいて黙りこむ。まるで大事な何かを忘れてきたような昏い表情だった。
「センパイ」
「なんだ?」
「女だったとき考えたんスけどね、このまま男じゃなくなったら、それまで男として生きてきた日々はなんだったんだろうなって――」
「ノーキンにしちゃ哲学的なことを考えたな。それで?」
「今は逆なんスよ……女として過ごしたあの日々はなんだったんだろうって。かなめさんやラビちゃんさん、沙羅さん、麻耶ちゃん、ナツメさんと過ごした日々は……」
「なんだ? あっちに戻りたいのか?」
「そ……そんなことあるわけないじゃないスか」
「ああ、それならいいんだけどよ。それにどの道、あいつらの中の三人はいずれ男に戻るだろう。そうなったらそれっきりだしよ」
「な、何でですか?」
「考えても見ろ。お前、あの連中の元の顔知っているのか?」
「あ……」
 一年前のあの日、五つのカプセルは既に起動していて、金太郎が最後にカプセルに入った。
 だから金太郎は皆の男の時の姿は知らないし、逆に五人にも金太郎の本当の顔はわからない。
「でも、そんなの国近所長にでも教えてもらえば」
「プライバシー保護で教えちゃくんねえよ……それに、男に戻った奴らは『黒歴史』ってことで当時のかかわりを捨てたがるかもしれないし」
「じゃあ、もう二度と逢えないんスか?」
「バカヤロウ、店に行けばいつだって逢えるだろ」
 言われてみれば……とりあえず安堵の表情を浮かべる金太郎。「……ところで先輩、今日は何の用だったんです?」
「ん……またにするわ。今日は飲め」
 涙のように雨が降り続けた……



 ある作家との懇談を終えて、後はフリーになった。
 この場所から秋葉原が……そして『Twinkle ☆ Star』が近い。
 僅かな時間しかたってないのに、はるか昔のように感じる。メイド喫茶でみんなで店を切り盛りした日々――

『店に行けばいつだって逢えるだろ』

 千藤の言葉が脳裏に響く。
 金太郎は、かつて歩きなれた道を歩いていった……



「お帰りなさいませ、ご主人さまぁ」
 『Twinkle ☆ Star』のドアを開けると、ピンクの髪の麻耶が出迎えた。
 相変わらず元気な、その立ち振るまい。
「あ……ひ、一人」
「こちらにどうぞ、ご主人さま」
 考えて見れば「従業員」としてはいつもいた場所だが、客として初めてだ。
 だけど麻耶は金太郎の顔を見ても、表情ひとつ変えなかった。まったくの新規の客を扱う表情だ。
「…………」
 自分が彼女たちとはもう違う場所にいることを、痛烈に思い知らせた笑顔だった。
 コーヒーを注文して、店内をじっくり見渡す。
 かなめは相変わらずメガネを光らせて店内の様子に気を配っている。
 沙羅はどうやらナツメの補佐に専念しているらしい。心なしか顔がふっくらと、そして優しげになっていた。もう、お腹が目立つようになったのではないだろうか。
 ナツメは厨房では厳しい表情だが、料理を渡す時は可愛い笑顔を見せるようになっていた。
 ラビはあい変わらす愛くるしい笑顔で働いていた。
(みんな元気なんスね……でも、自分はもう、ここには――)
 金太郎は疎外感で無性に寂しさが募ってきた。



 いつしか店内には、金太郎以外の客がいなくなっていた。
「お兄ちゃん、お水飲む?」
 ラビがお冷やを運んできて、金太郎は真正面からその笑顔を見た。
「…………」
 「愛美子」に向けていたのとは違う、その笑顔――自分がもう、彼女たちの仲間でないと思い知らせる微笑み。
 金太郎は、ぽろりと涙をこぼした。
「わっ? お客さ……お兄ちゃん、どうしたの?」
 いきなり客が泣き出せば、さすがに動揺するというものだ。
「ラビちゃんさん、そんな他人行儀にしないで欲しいっす……寂しいっスよ……」
「ラビちゃんさん? その言い方って……もしかして?」
 金太郎はその場で立ち上がり、かなめに深々と頭を下げて懇願する。「かなめさん、お願いっス。自分をここで雇ってください。便所掃除でも警備員でも何でもしますから……ここにおいてくださいっス」
「あ、あの……ご主人様、当店は男手は必要としておりません。何しろ女だけの職場ですので、殿方は逆に――」
 突然の求職にもあくまで冷静に応対するかなめだったが、その口調が引っかかりはじめていた。「もしかして……愛美子なの?」
「はい、愛美子っスよ、かなめさん」
 驚く一同。目の前の男性客の口調が、かつてのツンデレメイドとよく似ていたのが引っかかっていた。
 しかし、本人とは思わなかった。
「そう……こんな顔だったのね……」
「でも愛美子……じゃなくて瀬能くん、あなたは男で、私たちは女なのよ。その意味わかるかしら?」
「…………」
 半分は打ち解けた。もう半分はどうしても超えられない。それはわかっていた。やはりこの面々に交じるには、「異性」ではまずい。
 この姿では居場所がないと思い知らされ、金太郎はまた泣きたくなった。

「やっぱりここか、このタコ……ケータイ忘れてんじゃねぇ。先方から電話あって、俺が出向く羽目になったじゃねぇか」
「えっ?」

 ドアが開いて、千藤の怒鳴り声が聞こえてきた。
 金太郎は慌てて自分の携帯を確認する。どうやらさっき、忘れてきたらしい。
 打ち合わせをしていた作家が気づき、職場である編集部に連絡して、千藤が飛んできたのである。
 そして近場で一番いそうな場所としてこの店に来て見たら大当たりだったというわけだ。
「おい、ノーキン」
「先輩、その呼び名は前からやめて欲しいと――」
「だったら『愛美子』ならいいのか?」

「……え?」

 その場の全員が同時に口走った。
 千藤は金太郎のテーブルの向かいに腰掛ける。そしてラビが差し出した水を飲み干し、おもむろに切り出した。
「実はよ、オメーにもう一度『女にならないか』と打診するように上から言われてな」
「はぁ!?」
 この前の屋台の話はそれだったのか。一度は男に戻ったのに、また「女になれ」とは確かに言いにくかろう。
「……と言うのもな、確かにお前の話はリアリティがあるし、実体験ならではの『迫力』もある。だが単なる作り話ではないかとも思えるらしいんだよ、作家様連中には」
「そんな……確かに自分は話が下手ですし、頭悪いんで上手く言えてないかもしれないっスけど、でも全部ほんとのことっスから――」
「わかってるよそんなことは。でな、『変身後』が見たいと言う声もあってな……それでなんだよ。実際のとこ、実験継続で『愛美子』の後釜に誰を――という話なんだが、余りおおっぴらに探せないんでな。どうせなら同じ奴の方がいいという判断だよ」
 筋は通る。ウソではないようだ。
「でも、そんなこっちの都合で――」
「国近の爺さん……たまきさんか、『いつでもいい』って言ってたらしいぜ。予想の範疇だとよ」
「……あっ」
 これに反応したのは金太郎ではなく、助手であるかなめだ。
(もしかして国近先生ご自身も、女に戻りたい衝動が抑えられなくて……それで愛美子がこうなるのを読んでいたのかも――)

「じゃあ……それじゃあ……」

 言葉が続かない。しかし、溢れる涙と笑顔が金太郎の心中を語っていた。
「あみちゃん、ここに帰ってくるの?」
 ラビが期待に満ちた瞳で、その顔を見上げている。
「いいね、ツンデレ接客はあたしにはできないから」
 麻耶も笑顔を向けてきた。
「お帰りなさい、愛美子ちゃん」
 やっぱりお腹が目立ってきている沙羅。もう、「愛美子」が戻ってきたかのような、その言葉。
「わたしがこうなったくらいだもの。恥ずかしくなんてないわよ」
 すっかり女言葉が板についたナツメが、ボブカットをいじりながらそう言った。
「さあ、どうするのかしら? 沙羅が調理補佐に専念してるから、フロア担当がもう一人欲しいところなんだけど……」
 かなめがちょっぴり意地の悪い笑顔を浮かべて問いかけた。
 みんな、歓迎してくれている。自分の居場所がまだ残っていた。金太郎は喜びを表しかけるが、なんか見透かされていて癪だった。
 だから……思わず大声で叫んだ。

「か……勘違いしないでよっ。業務命令に従うだけよ。仕事よ仕事。べ……別に寂しくなんてなかったんだからねっ」

「わあっ、心はもうあみちゃんなんだね」
 朗らかな笑い声が、『Twinkle ☆ Star』の店内に湧き上がった。










 そして夏真っ盛り。
 『Twinkle ☆ Star』に、金髪ツインテールのツンデレメイドが帰ってきた。
 今日も彼女は甲高い声で客を罵倒し、最後に甘えた口調で「また来い」と言う。
 常連客たちは皆、口をそろえて言う。「彼女は前よりも数段楽しそうにやっている」と。
 そして、まるで赤ん坊のように無垢で素直な笑顔だったとも。

 愛美子は今、女性として二度目の夏を謳歌していた。




















アンテナショップ

Fin




 発想の大元は2006年夏にあったコミケ後のTSオフ会です。
 そこで出た「TSカフェ」
 従業員の女の子が「元・男」という設定という馬鹿話で。
 ちなみに愛美子が本名呼ばれてやっと呼びかけに応じるのはこのとき出た話です。

 愛美子がああまで頭の悪い設定なのはキャラ付けで。
 あとマンガすら読まないというところを受けて。
 サブカルに疎い設定はツンデレを演じていることにしたくなかったから。
 他は女性を演じてましたが、愛美子のツンデレは本物で。

 ネーミングですが本名の瀬能金太郎は「脳筋」という言葉から。
 金太郎にしたのはやはり力自慢のそれで。
 愛美子というのは劇中と同じ理由。
 むしろ実際の理由を千藤に語らせたというか。

 かなめは監視役で。あとまとめるポジション。
 イメージとしては「ぼくのご主人様!?」の千尋(千広)で。
 城弾作品のキャラにはあ段で始まる名前が割りと多く、愛美子にあわせてあ段で統一しました。
 それでまとめ役から「要」という意味で名づけました。
 ひらがなにしたのは女性的な柔らかい印象を狙い。

 ラビは妹タイプで。実年齢は六人でも上のほうですが。
 GIDと取れる設定は躊躇したのですが、実験延長の後押しで女性化固定を望むもう一人がほしかった。
 らで始まる名前は「らん」がありますけど、ちょっと突き抜けた感じのものでラビと。

 姉タイプの沙羅。実は妊娠は麻耶の予定でした。
 けど彼女がのめりこむ方が違和感ないのと、姉タイプから母親タイプへのチェンジならさほどギャップもないし。
 沙羅という名前には特に深い意味はありません。

 麻耶は下着メーカー開発社員ということで、やたらに露出の高い設定で。
 男の反応をみていて、そのためベッドにまで行って孕む羽目になるはずでした。
 とりあえずは元気でエッチな女の子と言う設定で。

 ナツメは極端な話、いるだけでよかったのです。
 素人ばかりのメイド喫茶。
 誰でも最初は素人といえど、接客はまだしも調理は無理。
 当初は名前も出ないコックというつもりでしたが、一人でも男がいると随分変わりそうで。
 それでこちらもTS娘に。

 国近は踏み切る前の被験者。そして実験の責任者としての登場。
 これまたいればいいキャラで。

 実はこの作品。純粋な女性キャラが一人もいません(笑)

 余談ですが金太郎のネーミングから隠し要素が生まれて。

 みつき ゆうや ……
 ひうら いっせい ……
 かみずえ よういち ……
 まの しんぺい ……
 せのう きんたろう ……
 くう ゆきお ……
 くにちか げんじろう ……

 一週間で統一してました。
 だから千藤も修一(週一)でした。

 六人も出てきたのは最初は休日がローテーションという設定ゆえに。
 しかしどうせ検査で一日使うだろうし、それなら一斉休日にしようと。

 金太郎の本職が最初は明かされていないのは、ラストで落ちとしてTSファンの市場調査というのをばらすため。
 だから最初は元に戻って、客として訪れて後釜の後輩メイドに
「こらーっ。もっとしゃきっとしなさい。あたしがやった頃はねぇ」と、言わせて締めるつもりでした。
 後輩出そうかなと思ったんですが、それで続きを書くとなるとキチン終わらせた意味がないのでやめました(笑)

 裏設定では沙羅はこの後で出産。それが決め手で戸籍変更。そして婚姻。
 ラビも女性としての戸籍を手にして、人生をやり直すという展開。
 後の面々は元に戻り、十年後のラビが嫁に行く結婚式で再会というのも考えて。

 長いお話。お読みいただきましてありがとうございました。


城弾

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