戻る

 一月。とある会社の会議室で、二人の男が膝を突き合わせていた。

「……調子はどうだ? ノーキン」

 浅黒い肌をした大柄な男が、もうひとりにそう呼びかけた。
 筋骨隆々――プロレスラーとは言わないまでも、「格闘技をやっている」と紹介されたら頷けるだけの体格の持ち主である。
 事実、学生時代は柔道の選手だった。顔つきはまずまず普通なのだが、いささか表情が恐い……というか、威圧的。
「まぁまぁっスけど……『ノーキン』は勘弁してほしいっス、千藤センパイ」
 「ノーキン」と呼ばれた青年は、大柄な男――千藤の大学時代からの後輩である。
 千藤を一回り小さくしたような体格だが、先輩同様鍛えられているのは筋肉のつき方で素人目にもわかる。
 顔立ちはやや童顔。髪を短く刈り込んでいるから、余計に体育会系の印象があった。
「悪い悪い、それにこれは仕事の話……ちゃんと『瀬能』と呼ぶか。それとも『金太郎』がいいか?」
「好きなほうでいいっス。……ノーキンよりゃ」

 瀬能金太郎――せ「のう きん」たろう。それゆえに「ノーキン」と呼ばれているが、当人はその呼び名をいたく嫌っていた。

「……それで、仕事の話ってなんスか? センパイ」
「ああ、結構言いにくいことなんだがな……だから上のほうも辞令交付じゃなく、俺から声をかけるようにって頼んできたくらいだし」
「勿体つけるなんて、センパイらしくないっスね」
「ちげぇねぇ……んじゃストレートに言うか――」
 とは言うものの、それでも言いにくそうな口調で千藤は話を続けた。「金太郎、お前に出向辞令が出てる。三月から一年間――」
「出向……ええっ!? じゃあ、く、クビってことっスかっ!?」
「バカヤロウっ。出向はクビじゃねぇ……んなこともわかんねぇから『ノーキン』なんて言われるんだっ」
「…………」
 呼び名の本当の由来は「脳筋」。すなわち、「脳まで筋肉(でできている)」。
 金太郎の卒業した大学は、決して三流というわけではない。ただ、柔道の選手として「推薦入学」したためか、体の鍛練に比べて頭の鍛錬がちょっと?おろそかになったのである。
 で、卒業後の就職先もままならず、柔道部の先輩でもある千藤の口利きで、なんとか今の会社に就職できたのだ。
 だから金太郎にとって、「上司」「先輩」「恩義」と三つそろった千藤は、まったく頭の上がらない存在なのである。

「話を戻すか――金太郎、お前…………女になれ」





アンテナショップ

−前編−

作:城弾





「はぁ?」
 この反応も無理はない。あまりに唐突、かつ妙ちくりんな話だからだ。「あ、あの……ど、どういうことっスか? センパイ」
「……言葉どおりだよ」
「はぁ……」
 普通、それで納得がいくはずはないが、深く考えるのが苦手な金太郎は、それ以上追求しなかった。
 ひょっとして、「宴会で女装しろ」とかいうことっスかね? ……そんな程度の発想が浮かぶ。
(まぁ、大学の時に余興でセーラー服を着たことあったけど――)
「……で、とりあえずこれ読んどけ」
 金太郎のその思考は、千藤が差し出した書類の束で遮られた。「な……なんスか? これ?」
「読めばわかる。読んで納得したら、はんこ押しとけ」
「はぁ……わかったっス」


 その日の夜。千藤と金太郎は、酒を呑みに出かけた。
 高級クラブ――千藤の奢りだ。
「いいんスかセンパイ? 高そうっスよ」
「いいんだよ……奢らせろ。ちょっとした『罪滅ぼし』だ」
「は?」
 何か今、聞きなれない単語が……しかし、それは店内の喧騒にかき消される。
「……払いは大丈夫なんっスか?」
「大丈夫だ。経費で落ちるから」
「あはは……悪い人っスね」
 差しつ差されつ呑んでいるうちに、いつしか金太郎は饒舌になってきた。ホステスたちが持ち上げるものだから、なお調子に乗る。
「センパ〜イ……この店、女の子が可愛いっスね〜」
「ほぉ〜っ、……で、どの娘がタイプだ?」
「う〜っ。ドンピシャはいないっスね〜」
「それじゃあ、お前、どんなのがタイプなんだ?」
「そ〜っスね……色白で、ボン、キュッ、バッで〜」
 金太郎は両手を動かし、空中に女性のプロポーションをなぞった。
「お〜っ、胸は大きい方が好みか」
「もぉ最高っスよ。……あ、でも背はそれほど高くないほうが可愛いっスね。んで、金髪だと言うことないっスよ〜」
「そーかそーか。『リクエスト』は訊いたぞ」
「……はい?」


〇●〇


 一月下旬。とある研究施設。
 まるで病院のようなその一室で、金太郎は拘束されてもがいていた。
「こらっ、はんこまで押したんだから納得したんだろうがっ」
 押さえつけているのは、もちろん先輩である千藤。
「するわけないっスよ〜っ。本当に女になるなんてっ」
「さてはテメー、あの書類読まなかったな」
「だ……だって、あんなに細かい字がいっぱい書いてあったら、ジンマシンが出るっスよ。それにウチの家族も、なんかやたらに『平気平気』って言うもんだから、安心してついはんこ押しちゃったんっスよ〜」
 ややこしい書類読むのは苦手、パソコンもダメ、携帯電話も通話以外で使ったこともない。
 先輩の言うことには逆らえないからと、とりあえず捺印したのだが。

「どうしたの? ずいぶん騒がしいけど……」

 大人びた柔らかい印象の声がして、白衣姿の女性が実験室に入ってきた。
 身長は高め。モデルのようなスリムな体型の持ち主だった。細面の顔にめがねをかけて、長い髪は後頭部にまとめている。
「あ、所長。……実は被験者の一人が怖気づいてしまって」
「あらそう……無理もないわね。怖いでしょうし」
「怖いに決まってるっス!! 元に戻れなかったらどうするんスか!? 一生女でいろと!?」
「大丈夫よ。元には戻れます……それはあたしが保証します」
 そう言うと、白衣姿の女性は自信満々な笑みを浮かべた。
「何を根拠にそんなこと言えるっスか?」
「まあ、国近の爺さんは生き証人だからなぁ……」
 代わってそう答えたのは千藤だ。
「爺さん?」
 この会話のどこに、「爺さん」が?
「はい」
 白衣姿の女性は一枚の写真を金太郎に差し出した。彼女と同じ白衣を着た、頭の禿げ上がった老人が写っている。
「こ……これがどうかしたんスか? あんたのお父さんか、おじいさんっスか?」
「ううん……これ、あ・た・し」
「え?」
 金太郎は、写真の人物と目の前の美女を何度も見比べた。
 どう見ても父と娘……もしくは祖父と孫。

「――ってことは……えええっ? もしかして、この爺さんが……今はあんたっスかっ?」

 頭の悪い金太郎でも、やっと話の流れで理解できた。
「正解。それがあたしの本来の姿です。『説得』用に持っておいた写真が役に立ったわね」
 若干照れが混じった声で、彼女は口元に手を当てた。
「紹介しとこうか。国近源次郎……ここの研究所の所長さんで、自ら人体実験の被験者になったというツワモノだ」
「臨床実験と言いなさい千藤クン。……それから今の名前は『国近たまき』ですっ」
 とても年老いた男性が出す声ではない。二十代後半くらいの、艶っぽい女性の声だ。
「そ、それを信じるとして……じゃあやっぱり元に戻れなかったんじゃないっスか〜〜〜〜っ!!」
「違うのよ。一度は元に戻ったの……でも、その途端に所員みんなのモチベーションが下がっちゃって――」
「…………」
 それも理解できる。枯れたジジイと妙齢の美女では、男ばかりの職場でどちらがやる気が出るか明白である。
「仕方ないから、またこの姿になったのよ。……まあ、そのおかげでみんながんばってくれて、予定より早く第二次実験に取り掛かれるってわけなの」
 第二次実験――多様な実験サンプルの採取である。
 そもそもこのシステムは、現在の姿(肉体)をデータとして保存し、新たに設定した姿に変化させるものだ。
 開発の目的は、自分の性別に違和感を持つ人たち――性転換を希望する人たちのためのものなのだが、性別だけでなく、現段階でもプロポーションや顔立ち、年齢までも変化させることができるのだという。
 今回は被験者として、六人の男性が集められたのだが、もちろん誰でもいいというわけではなかった。
 当初は、実際に女性化願望のある男性を公募で集めればよいのでは――とも提案されたが、まだ実用化のめども立っていない研究(悪用防止の見地から、実用化の際には長期にわたる審査を受けることになるだろう)でもあるし、また人選に漏れた人たちの心情を考慮して、今回は見送られた。
 もちろん、出資者の思惑も絡んでいる。
 そんなスポンサーのひとつが金太郎の勤める会社であり……社内で “選ばれた” のが、金太郎だったのだ。
「い……一応元に戻れるのはわかったっスけど……ど、どうしたら、そんなに変わっちゃうんスか?」
 どう見ても「女性」にしか見えない国近所長に、おそるおそる尋ねる。
「う〜ん、女らしく振舞っていると自然にこうなるわね。言葉遣いなんかは意識しないとたまに男の地が出ちゃうけど、そのたびにみんなに嫌な顔されるから矯正されていくわ。仕草とかは体につられて変わっていくわよ。特にスカートを穿き続けていると、足さばきなんか――」
(そ……そしたら、この実験に参加すると、自分もオカマになっちゃうんスかっ!?)
「……センパイ〜っ、やっぱ勘弁して欲しいっス〜っ!!」
 金太郎は、恥も外聞もなく千藤に泣きついた。柔道で鍛えに鍛えた男の自分が、こんな風になっちゃうなんて――
「そうか……惜しいなぁ、月給百万なんだが……」
「ひゃ……百万?」
「ああ、何しろ人体実験だ。それだけの価値はあるぜ。そうなりゃ完了時の報酬の一億も頷ける」
「ええええっ!?」
「……ったくこのタコ、ほんとに全然書類読んでねぇな……ちょっと見てみろ」
 千藤はくだんの書類を引っつかみ、金太郎の鼻先に突きつけた。「……ほれここっ、参加報酬のところだ」
 言われた金太郎は、目を凝らして書類を見つめた。
「ほ、ほんとに書いてある……そ、そんなに貰えるっスか?」
 それほど生活に余裕のあるほうじゃない金太郎。目の色が変わるのも無理はない。
「千藤クンの言う通りよ。体を張った実験ですもの……それだけの代償は当然。会社の方も快諾してくれたわ」
「実験内容を考えても見ろ。年俸一億一千二百万も納得だろ。プロ野球選手やJリーガーと比べても負けねぇハードさだ」
 確かに、一年と数ヶ月をずっと逆の性別で生活するのだ。ある意味ハードだろう。
「……どうだ?」「やるっス! やらせて欲しいっス!」
 犬だったら尻尾を振っていそうな勢いで、千藤に飛びつく金太郎。既に頭の中は、年俸一億一千二百万円でいっぱいだ。
「よかった……ありがとう」
 笑顔を浮かべて、千藤は金太郎の両手をつかんで握手した。
「じゃ、気が変わらないうちに」
 金太郎は浮かれた状態で、国近所長に手を引かれ、全裸にされてカプセルの中へ入れられた。
 実験室には同じ形のカプセルが六つ並んでいて、既に五つがふさがっている。透明なカバーが閉じると、液体が注入され始めた。
「じゃあな……いい女に生まれ変われよ」
「……!!」
 カバー越しに千藤の声が聞こえて、金太郎は自分が「女性になる」と思い出した。

「ぅわああああああああっ!!」

 カプセルの中で暴れるが、あとの祭り。
 中が液体で満たされると、「彼」は気が遠くなり、眠りに落ちた……


〇●〇


 一週間が経過し、二月になった。
 金太郎――いや、金太郎 “だった” 少女は病室にいた。
 体を作り変えた上に、カプセルの中で寝たきりだったで、筋肉が萎えていてリハビリが必要だからである。

「いようっ。……どうだ? 調子は」
「…………」

 見舞いに来た千藤の顔を、少女は無言で睨みつけた。
 華奢な体躯に白い肌。とても元のマッチョな青年を素体にしたとは思えない変わりようだった。
 特に目を引くのが金色の長い髪――当の本人が酒の席で語っていた「好みのタイプ」を元に作り上げられたものである。
「おいおい、そんなキツイ表情すんじゃねーっつ〜のっ。せっかくお前好みの美人になれたのに、勿体ねーだろうが」
「……自分がなっても意味がないっス」
 甲高い声が病室に響く。元・金太郎の彼女は、思わず口を押さえた。
「うーん、声もゆかりんかくぎみーって感じで可愛いな」
「だ、誰っスか? それ」
 彼女?はサブカルチャーに疎かった。小説は論外、マンガやアニメすら見たことがない。ネットなども無縁の存在だ。
「説明してわかるか?」
「いや……そりゃそーなんすけど――」
 まあ、きっと可愛い(本物の)女の子なんだろうな……と思う。
 そのままボーっとしていたら、いつの間にか横に来た千藤に髪をいじられていた。
「……な、なにしてんスか?」
「あ、いや……それにしても見事な金髪じゃねぇか。それにそんな高くて可愛い声なら、髪型はやっぱこうでねーとな――」
 病室のサイドテーブルにおいてあったブラシで、長い金髪を左右に分け、髪ゴムを使って高めの位置で留める。
「……ほれ、もっと可愛くなったぞ」
「や、やめてくださいっ。自分の顔見たくなくて、鏡見ないようにしてたんスから……」
 「聞きたくない声」を張り上げて抗議する。やや子どもっぽい高い声……ますます女の子としての印象が強くなった。
「そう言わずに、まあ見てみろや」
 強制されて、渡された手鏡を渋々見る……
「!?!?」
 鏡の中には、いわゆるツインテールの美少女がいた。
 白い肌に、やや青みがかったツリ目の瞳。若干ハーフっぽい。
「こ、これが……自分っスか……?」
 目覚めてからずっと見るのを拒絶し続けていただけに、インパクトは強烈だった。
 おまけに、自分の好みに直球ど真ん中。
「せ、センパイ…………すっ、すごいっスっ!!」
 甲高い声でそう叫ぶと、何故か千藤は巨体をくねらせ身悶えしていた。
「せ……センパイ?」
「いいっ、その顔と声で『センパイ♪』って呼ばれると……思わず逝っちまいそうになるほどいいっ!!」
「……センパイ? な……なんか変なお兄ちゃんになっているっスよ……」
がはぁあっ!!
 今度はまるで吐血したかのように奇声を上げると、その場に蹲る。
「……???」
「ふ……ふふふ……や、やるじゃねぇか金太郎。『お兄ちゃん♪』、か……その声でそんな攻撃までしてくるたぁ大したもんだ……」
 打たれ続けたボクサーの如くゆらりと立ち上がりながら、千藤はうわ言のようにつぶやいた。
「さ、さっきから……いったい何を……?」
 “そっち” の方面にてんで疎い「ツインテール美少女」には、何が何やらさっぱりだった。
「知らないならいい……とにかく金太郎、これからはその髪型で通せ。いいなっ」
「う……」
 こんな女の子そのものな髪型、嫌なのだが先輩には逆らえない。それに、鏡で見た自分を不覚にも「可愛い」と思ってしまっていた。
 結局そのままなし崩し的に、ツインテールが定着してしまう。
「……そういや金太郎、お前の新しい名前はなんて言うんだ?」
「そんなの考えてないっスよ」
「それも読んでねぇのか? ……ったく、テメーよりサルの方が本を読むんじゃねーのか? ちったぁ学習しろ」
 そこで千藤は、ふと思いついた。「……ふむ、考えてねぇなら俺が名前をつけてやる……『まなび』ってのはどーだ?」
「ええっ?」
 思わず抗議の声を上げるが、千藤は腕を組んだままうんうんと頷く。
「『愛』に『美』でまなびだ……いや待て、女らしい漢字をもう一つくらい足さないと、おめーのがさつさは消せそうにねぇな……」
「…………」
「よし、ストレートに『子』をつけるか。そうすると……『あみこ』って読めるな」
 千藤はそう言うと、金太郎だった少女にびしっと指を突きつけた。「……よーし、お前は今から元に戻るまで、『愛美子』だっ」
「そ、そんな名前は……」
「ん? なんか文句でもあるのか?」
「い、いえ……ないっス……」
 大学の先輩後輩……特に体育会系は絶対だった。


 こうして金太郎変じた金髪少女は、「愛美子」という名前になった。


 臨床実験が目的であるから、入院中はうんざりするほどチェックを受けた。
 その合間のリハビリで普通に動けるまで回復したが、本来格闘家である金太郎――愛美子にしてみれば、およそ満足のいく体力ではなかった。
(ああ……あんなに苦労して作った筋肉がこんなにか細くなったっス……これじゃあ、箸より重いものは持てないっス……)
 リハビリが終わった頃から、今度はレクチャーが始まった。
 まずは女物の着用法から。一人で着替えられないようではおぼつかない。
 スカートをウエストで留めるというのは、ここで初めて知識として得た愛美子であった。


〇●〇


 退院を間近に控えたある日、六人の被験者が改めて顔を合わせた。
 同じ病室だったが、プライバシーの尊重を理由に「元の姿」では対面していない。
 皆お互い、男性だったと言われても、ぴんとこないようだ。

「きちんと自己紹介しましょうか? 私たちはこの先一年以上、一緒に過ごす仲間なんですから」

 見た目二十代半ばの、黒髪ロングの眼鏡をかけた女性が落ち着いた声でそう言った。
 背は高く、170に届くかもしれない。胸もやや大きめ。もちろんこの実験に参加しているので、彼女も元は男性である。
 丁寧な言葉遣いなので、顔や声と違和感がない。
「まずは私から。三ツ木裕也改め、三ツ木かなめです。国近先生の助手を務めてました」
「それじゃ俺たちをテストする側じゃないっスか。それが何で?」
「先生と同じですよ。自分自身がその立場にならないと。実際に体験すれば、より理解できますから」
 ちなみに眼鏡は伊達である。男の時は近視だったが、作りかえられた肉体では必要ない。かけると気分が引き締まるのだそうだ。
「僭越ながら、私がまとめ役を勤めさせていただきます」
 被験者であり、試験者でもあるというわけだ。

「次はラビね」

 栗色ショートカットの、ひときわ子どもっぽい少女が、どことなくふわふわした声を上げた。
 背は六人の中で一番低い。胸もまっ平ら。
「本名は上末(かみずえ)陽一です。でも『ラビ』って呼んでねっ」
「なんで子どもまで参加してんスか?」
「うん、ラビね、13歳の時に気がついたんだ。男でいるのがつらいなって――」
(うわぁ……)
 天真爛漫な童女に見える、彼女?の重い告白。
 今回の臨床試験、この手の人は選ばないはずだったが……どうやら「紛れ込んで」しまったようだ。
「こんな夢のような話があるっていうから、この気持ちが本当かはっきりしないけど、試しに女の子になってみようと思って」
「浮ついた気持ちじゃまずいっス。わかってんスかっ? これだからお子様は――」
「そうだよね……歳なら半分くらいに見えるよね。ラビ、やり直すならこの歳からって思ってたの。二倍の年月を生きていたけど」
「え……? じゃああんた……いえ……ラビちゃんさんは本当は26歳?」
「えへへへ」
「ス……スンマセンでしたっスっ! 知らないとはいえ……」
 体育会系である。歳の差は絶対だ。
「いいよぉ。今はあみちゃんの方がお姉さんに見えるし」
 本人のリクエストで、見た目の年齢も決められる。ラビは13歳、愛美子は(千藤が勝手に決めて)17歳、そしてかなめは21歳(本来は25歳)という設定になっている。
「ところで『ラビ』って変わった名前っスね?」
「ウサちゃん、好きなの」
 こちらは、あまり深い意味はなかったようだ。

「それでは次は、私ですね」

 ニコニコと穏やかな笑みを浮かべて、三人目が口を開いた。柔らかい口調――まるで演技をしているかのようだ。
「火浦沙羅です。男の時の名は、一星(いっせい)」
 ラビと同じ茶髪だが、こちらはロングヘア。背も高く、胸も大きい。
「本名も変わってるっスね」
「芸名なんです、舞台の上の。本名は一正(かずまさ)で、読みを変えて漢字を当てたんです」
 役者と分かり、この演技じみた態度も納得できた。
「劇団の経営が苦しくて、この実験に参加したお金で何とかしようと……それに本物の女になれるなんてチャンス、滅多にありませんですし」
「もしかして火浦さんも、ラビちゃんさんと同じっスか?」
 その質問に、沙羅はゆっくりと首を横に振った。
「私は男の自分に不満はありません。ですが、本物の女性になる経験は、絶対に役作りのプラスになるはずです。ましてや24時間……そして一年の間の長期の芝居と思えば」
 なるほど、確かにこの実験内容は一種の「芝居」である。
「……今の私は『女優』です。このロングランを演じきって見せますわ」
「手始めに、『優しくて人当たりのいい女性役』というわけですね」
 かなめの問いかけに、沙羅は微笑みで答えた。

「牧野真平……ああ、もう牧野麻耶か」

 まだ「新しい名前」に馴染んでないのか、言いなおす四人目の被験者。
 ピンクのウェービーロングはかなり目立つが、不思議と違和感のない整った顔立ち。沙羅は22歳という「設定」だが、こちらはもう少し下に見える。
「下着メーカーの開発部に勤めています。やはり実際に着用してみないと、どうしてもお客様の立場には立てません」
 それで志願したのだという。
「さしあたって見たところ……かなめさんはC、沙羅さんはD、愛美子ちゃんはE、ラビちゃんはAA、あちらの彼女はA――」
「あらあら」
 演技なのか、出来てしまった性格なのか、おっとりと驚く沙羅。
「プライバシーの侵害になりますよ。あまりいい趣味とは言えませんね」
 人為的に作られたバストだからか、さほど思うところはないかなめ。それでも苦言は呈した。
「ラビちゃんさん、さっきから何の話してるんス?」
「お胸の話。ラビももうちょっと大きめにしたらよかったかなぁ……肉体年齢は13歳だけど」
「胸?」
 言われて改めて自分の胸を見下ろす愛美子。極力自分の肉体を見ないようにしているのだが……
「もしかしてEって、かなりデカいっスか?」
「そうね、立派なものよ」
 と、沙羅。
「しかしぱっと見た感じハーフに見えるから、そんなに違和感はないな」
 と、かなめ。
「うーっ、知ってたらもうちょっと小さくしといたっス。もう肩が凝って肩が凝って……ブラジャーのヒモも食い込んでるし」
「それならちゃんと合ったブラをつけないとね」
「そういえば、胸のサイズは好きにできるはずなのに、なんでそのくらいにしたんスか?」
「日本人女性はそんなに大きい人はいないから、俺――いや、あたしは平均的なサイズにしたんですよ。19歳ということになっているから、こんなものかな?」
 麻耶はそう言うと、Bカップの胸に手を当てた。

「工藤幸雄。調理人だ」

 それまでずっと無言だった、五人目の被験者が口を開いた。
 短い黒髪、薄い胸。この中では一番男っぽさを残していた。
「あー、コックさんスか……」
 それなら短い髪は納得できる。料理に入らないようにする配慮だ。胸が薄いのも、調理の際に邪魔にならないようにだろう。
「応じた動機も言わなきゃならんのか?」
 ぶっきらぼうなのは元々の性格だろう。よくない意味で職人気質。「……女性向けの味付けがどうしてもわからなくてな。実際に女性になって試すことにした。これも修行の一環だ」
「でも工藤さん……今は工藤ナツメさんね。彼女の存在は大きいわ。調理担当はお願いしますね」
「ああ。この姿で接客なんざまっぴらだからな。厨房から出ないよ」
「ううっ、自分も裏方がいいっス。こんな姿でお客の前に出るなんて――」
「店長と事務は私がします。調理補佐はラビちゃんと沙羅さんが交代で。だから愛美子さんはフロア専任です」
「確かに働かざる者食うべからずっスけど、ウェイトレスなんて……」
「これだけ綺麗な女の子を裏方になんてもったいない。看板娘になってもらいますよ」
 六人の被験者は、ただ単にモルモットになっているだけではない。実際に社会に出て生活し、その上での心身の変化をモニターする……それも実験のひとつだった。その中には、第三者との接触も含まれるのだ。


 彼女たちが働くのは、ビルの一室にオープンした喫茶店。
 だが、愛美子は知らなかった。これがどういう「喫茶店」なのか――


「さて、最後は自分っスね」
 すっかり新歓コンパのノリで、愛美子は自己紹介しようとした。
「うん。でもみんな知ってるよ、あみちゃん」
「え? なんでっスか?」
「そりゃあ……あれだけ連日漫才してたら、ねぇ」
 おっとりお姉さんになりきっている沙羅が答えた。病室での千藤とのやり取りを言っているらしい。
「もうすっかり覚えてしまったよ。それにその目立つ風貌、忘れる方が難しい」
 金髪、白い肌、大きな胸――欲張って女性に要求したものが、全部「自分」に跳ね返っている。
「ううっ、自分も工藤さんみたいにしとけばよかったっス……」
「愛美子さん、これからは出来るだけ女言葉を使うようにしましょう」
 リーダー格のかなめがやんわりとたしなめた。
「へ? なんで」
「あなたみたいな可愛いお嬢さんが、男丸出しでは違和感あり過ぎですよ」
 実際、生まれついての女性もそんなに「女言葉」を使ってなかったりするものだ。しかしそこは元男。「女らしく」するには言葉から変えていくのが手っとり早い。
「はい……気をつけるっス」
「言ったそばから」
「う……」
 不満ではあるが、年上には逆らえない。渋々従い言い直す。
「き、気を……つけます――わ……」
 愛美子の背中を怖気が走った。


〇●〇


 退院の日。
「えーっ、こんなの着るんスか?」
 愛美子に用意された服は、花柄のワンピースだった。
「それなら一枚で済むから、コーディネートもしなくていいでしょ」
 オフホワイトのブラウスに濃紺のタイトスカート、クリーム色のジャケットを着たかなめがそう言った。
 基本的に寝ていることが多い入院生活で、もてあました暇を女性の研究に費やしていたらしい。
 ちなみにこれら女物の衣類は、この研究に出資している会社から提供されたものだ(もっとも下着だけは、麻耶の勤める会社からモニターを兼ねて支給されている)。
 渋りながらも、愛美子はワンピースを着用する。
 もくもくと着替えているナツメは、白いブラウスと黒いレディースパンツ。割と男物に近いので選んだようだが、男物シャツとあわせが逆で、着るのに苦戦している。
 肉体年齢13歳のラビは、セーラー服を用意してもらった。
 自分が本当に女の子として生まれていたら、これを着て学校に行っていたのかなぁ……そんな思いからである。
 沙羅はセーターとロングスカート、さらにカーディガンを羽織って、「優しい女の人」という演出をしていた。舞台衣装と割り切っているので、さほど抵抗はないようだ。
 一方、麻耶はきつめのブラウスとマイクロミニスカート――ボディラインのはっきり出るような服装をチョイスした。
 もちろん自社の下着が、どれだけプロポーション補正に役立つかチェックするのが狙いである。Bカップのはずの胸が、もっと大きく見えた。
 ……と言った具合に各自事前に衣服を用意してもらっていたのだが、愛美子だけは「ジャージの上下」などという要求をしたため、独断でワンピースに変えられてしまったのだ。


 さすがに靴は、全員ローファーだった。


 研究所の玄関を出ると、千藤が待っていた。
「あれ? センパイ……仕事は?」
「これもそのうちだよ。さぁ、案内するぜ」
 大して歩かないうちに、近くの高級マンションに案内される。かなめ以外は皆、目を見張った。
「ここがみんなの新しい家というわけだ」
「え? 引越しはどうするんスか?」
「男物しかないのに持ち込んでも仕方ねーだろ。必要なものは中に全部用意してあるはずだから安心しろ金太郎……じゃねえ、愛美子。元のアパートはちゃんと会社が家賃払ってくれているからよ。掃除もご両親が定期的にするってさ」
 実家の両親は、息子が「娘」になったのを知っている。
 元に戻れる保証を聞かされたら、二つ返事で了承した――女性としてちょっとは細やかさを身につけろ。そういうつもりなのだろう。
(あ、あのゴミだらけの部屋を親に見られるっスか……)
 恥ずかしくなってうつむく愛美子。白い肌に朱が散ると、なんとも色っぽい。


 セキュリティの充実した高級マンションの六階。できたばかりで入居者がいなかったこともあり、被験者一人一人の部屋を確保することができた。
 ここがいわば、被験者たちの『女子寮』なのである。
 白い壁の3LDK。揃えられた家具は上品ではあるが、それほど女の子女の子したものでもなく、愛美子もとりあえずは安堵した。
 ただ、大きなクローゼットが備えつけられているのが、いかにも女性の部屋らしい。
「はぁー、至れり尽くせりっスね〜」
 そうつぶやきながらクローゼットを開けると、女物の服がいっぱい吊るされていた。それも誰のシュミなのか、やたらひらひらふりふりしたものが。
「……うげ」
 確かに今の、「お人形さん」のような容姿の愛美子には似合うだろうが……男時代は素っ気無いシャツやズボンで過ごしていただけに、さすがについていけない。
 念のために引き出しも開けてみる。
「…………」
 覚悟はしていたが、色とりどりの可愛らしいランジェリーがあるのを見ると、眩暈がしてきた。
「ううう、これから毎日これを着なきゃならないっスか……」
 暗鬱とした気分になってきた。


「きゃーっ! 可愛いーっ!」
 愛美子と違い、ラビが大喜びしていたのはいうまでもない。
 こちらはやや子どもっぽい調度品ではあるが、その分ファンシーなものになっていた。
 病院で体形はチェックされつくしている。用意された衣服のサイズは問題なかった。


「縫製が甘い……報告しとかないとな……」
 麻耶は引き出しに入っていたブラジャーを手に、ぶつぶつつぶやいていた。
 真っ先に下着のチェックをしたのは、職業柄か?


(カラか……)
 こちらは料理人の性か、冷蔵庫の中身のチェックをしていたナツメである。
 衣類は準備されていたが、食材は自分で揃えろということらしい。まあ、ヘタなものを用意されるよりも、自分で揃えておきたい。
(……この姿で買い物か)
 スカートこそ穿いてないものの、パンツルックは女性の体型を浮き彫りにする。
 しかし、恥ずかしがっていても空腹には勝てない。
 ナツメは買い物に出かけた。料理人のこだわりで、コンビニやスーパーではなく、八百屋や魚屋、専門店を回る。
 それ自体は苦でもないが、買い物をするとなると会話する必要がある。
 自分で望んで女になったとはいえ、いざとなると声に違和感(「できるだけ低めに」とリクエストしていたら、ハスキーで妙に色気のある声にされた)を覚えてしまう。
 とはいえ食材はきちんと購入したいので、やむなく声を出す。その際に店の人から「美人さん」とか言われるのが、酷く苦痛だった。


「……ふう」
 ソファに座り、リラックスする沙羅。
 女性を「演じ続け」るのも楽じゃない……一人になれて緊張が緩み、ほっとする。
 それでも知らないうちに、脚が内股気味なっていた。


「さて、ここまではよし。……これからが問題ですわね」
 かなめは自分に言い聞かせるように声を出した。
「とりあえず明日は落ち着いてもらうために休ませるとして、……明後日からの研修がひと悶着だな」
 そう言って、彼女は気がつく。「……ひと悶着、ね」
 一人の時でも女になりきるべく、男言葉を訂正する徹底振りだった。


〇●〇


 一日明けて、「職場」となる場所に被験者一同が集まっていた。
 場所は秋葉原。「オタクの聖地」と異名のある土地だ。
 そこに建つ、とあるビルの一室。

「『Twinkle ☆ Star』……悪くない名前ですね」

 あいかわらず「優しいお姉さん」を演じ続けている沙羅が、ドアに書かれた店名を見てそう言った。
「あ、それ国近先生が名付けてくれたんです」
 かなめが妙に得意げに答えた。
「それ、どういう意味っスか?」
「『きらきら星』っていう意味だよ。歌、知らないの?」
 にこにこ笑みを浮かべて、ラビが教えてくれる。年下の女の子が得意ぶっているようで、微笑ましい。
 愛美子が色々と「ものを知らない」のが、残りの五人にもだんだん分かってきた。
 生粋の女性同士だとうっとおしがられたり、馬鹿にされたりするかもしれないが、見た目が美少女である愛美子には、どうしても甘くなってしまう。
 そんなわけで皆、邪険にせずに教えてくれる。彼等の中に、まだまだ「男」としての部分が残っているようだ。


 中に入って、店の内装を確認する六人。
「なんか、上品な感じっスね」
 愛美子の言う通り、シックで落ち着いた印象だった。
「フロアはここ。当面は挨拶とお運びが出来ればいいわ」
 かなめが愛美子にそう説明した。特殊なスキルは必要ないと。
「それじゃあ次は、『衣装合わせ』ですわね」
 沙羅がそう言って、ぽんと手を合わせた。この言い方は、いかにも役者らしい。
 しかし――
「え〜〜〜〜っ!? なんっスかこれぇっ?」
 用意された衣装を渡され、愛美子が真っ先に文句をたれた。
「喫茶店なら別にズボンとシャツでいいんじゃないっスか? エプロンくらいならつけますけど、さすがにこれは――」
 衣装は真っ赤なメイド服……しかもスカートが短くて胸元の大きく開いた、いわゆる「アメリカンタイプ」だった。
 足元は、縞のハイソックス。
「ちゃんと書類にあったでしょう? 勤務地はメイド喫茶だって」
 そう答えるかなめは、濃紺のワンピースにエプロン、ロングスカートに長袖という、正統派のブリティッシュタイプメイド服だった。
(よかった……厨房担当で本当によかった……)
 白い上下の調理人スタイルに着替えたナツメが、心底ほっとしたような表情を見せた。
「これ着てお仕事するの? 嬉しい〜っ」
 はしゃぐラビは、愛美子と同じミニスカメイド服を着ている。色は茶色で、足元はニーソックス。
 他のフロア係はヘッドドレスをつけているが、ラビだけはウサギ耳のカチューシャ――野うさぎのイメージだ。
「麻耶さん、それ下着が見えてしまいそうですわね……」
 沙羅はお姉さんキャラらしく、かなめと同じロングスカートで、色は青。
「ぜひ見てほしいですね。で、そんな時の反応を知りたいです」
 そういう狙いで麻耶は、あえて露出の高い方を着用している。
 色は髪に合わせてピンク。足元はガーダーベルトでストッキングを履く。


 実験の場をわざわざ「メイド喫茶」にしたのには、ちゃんと意味がある。
 他者との接触が被験者に及ぼす影響を見るため、「接客業」にしたかったのである。特に「見られる」ということに関しては、メイド喫茶は絶好の場だった。
 そしてここ秋葉原はメイド喫茶発祥の地であり、最大の激戦区だ。
 逆に言えば、一店くらい増えても目立たないだろう。
 女性としての日々の浅い彼女?たちには、やや暇なくらいの方がちょうどよいのだが……実はそうもいかない仕掛けがあった。


「ちょっと愛美子、そこで歩いてみて」
 かなめにそう言われて、素直に歩く愛美子。スカートが短く、下着が見えそうだ。
 だけどそれより、太ももを露出している方が気になった。
(ううっ、本当にスースーするっス……)
 いまさらながらに「女装」しているのが恥ずかしくなってきた。自然と動きが小さくなる。
 その分、金髪のツインテールが流れるように揺れた。
「思った通りね……愛美子は足がきれいだし、意外に内股で歩くから、やはりミニスカートの方が客受けがよさそうね」
「…………」
 間違いなく褒められているのだが、全然そんな気がしない。
「でもほんと、ガニ股で歩くんじゃないかって思ってた――」
「それ偏見っスよ。わざわざ仕掛けやすくしてどうするんスか?」
 柔道の話である。
 ガニ股――つまり、外側に膝を向けているということは、片足を払えば簡単に体勢を崩せる。逆に内股だと、もう片方の足で支えるから倒れにくいし、そもそも内側に足を入れにくい。それゆえ愛美子(というより金太郎)は、内股が癖になっていた。
(まさか、それが女になったときに褒められる材料になるなんて……)
 男らしさを目指してやってきた柔道が、逆に女性的な印象に繋がったので複雑な気分。
「さて、それじゃメイクだけど――」
 かなめがそう切り出し、愛美子がギクッと顔色を変えた。そ……そこまでやらなきゃならないっスか?
「ラビと愛美子は要らないわね。二人とも未成年だし」
「オレ……あたしも一応19歳なんだけど」
 麻耶がそう言って肩をすくめた。
 設定した年齢が自然に受け入れられているし、いつの間にか互いに下の名前を呼び捨てにしていた。
「俺も御免だぞ」
 と、ナツメ。低くて色っぽい声が迫力だ。
「まぁ、厨房のナツメさんはノーメイクでも問題ないでしょう」
「私と店長、麻耶ちゃんはメイクした方がいいですね。でも……」
 沙羅はそう言うと、ちょっと考え込むような素振りを見せた。「……舞台メイクはしたことあるんですけど……それも男性としてですし、女性のメイクはまた違うと思うんです――」
「研究しましょう。研究するのは得意ですから」
 変なことを言うかなめであった。
「ラビもお化粧したい」
「うーん、まぁ軽くならいいかもしれないですね」


「……これ着てお仕事するの? 嬉しい〜っ」
(illust by MONDO)



 マンションに戻ると、かなめはやにわに愛美子の両肩をつかんだ。
「……やっぱり愛美子もメイクしましょうっ」
「え〜っ!?」
 いきなり前言を翻されて、愛美子は不満の声を上げた。
「ためしよ、ためし。愛美子はノーメイクでも充分美人だけど、口紅だけでもつければ鬼に金棒よ」
「金棒っスか……」
 体育会系の愛美子をノセせるには、こういう表現がちょうどよい。
「じ、じゃあ、ち……ちょっとくらい、なら――」
「はい、じっとしててね」
 紅筆でピンクの唇を彩っていくかなめ。白い肌に、まるで花が咲いたように鮮やかになる愛美子の唇。
「……いいですよ」
 そう言われて、愛美子は肩の力を抜いて、大きく息をついだ。そして鏡を見る。
「うわぁ……」
 本当に口紅だけ――だけど、それが透き通るような白い肌に恐ろしく映えている。
 白さゆえに際立つ頬の赤みが、生命力を感じさせる。
「どう? 気に入った?」
「う――」
 認めてしまった。否定できない。
「……こ、これも仕事っスからね。実験のうち……やれと言うなら仕方ないっス」
 顔を赤らめそっぽを向く愛美子。「仕方ない」という口調ではなかった。


 綺麗になる――女性なら本能的に求めるそれ。
 既に彼女たちも、内面が少しずつ変わりはじめていた……


〇●〇


 六人の被験者たちも、女性としての生活にだいぶ馴染んできた。
 最後までブラジャーに手こずっていた愛美子も、このごろはずいぶん手慣れてきた(下着のつけ方については、女性下着メーカーの開発部員が本来の仕事である麻耶のレクチャーで、全員がひととおりマスターしている)。
 懸案だった女性としてのメイクの研究も着々と進んでいる。いざやって見ると、メイク次第で自分の顔がガラッと変わるのがなかなか面白い。
 六人で互いに教え合うことも、いい効果を生み出していた。
 それと平行して、お店の準備も進行していた。必要な食材の手配は、ナツメの指示で行われている。
 愛美子たちウェイトレスの面々は、接客の練習。講師などは呼ばずに、自分がお客――それも男として来客した場合、どういった態度や受け答えが望ましいかを考えていく。
 店の営業時間は11:00〜19:00。実験が最優先だけに、定休日も二日ある。週末や土日、祝日や振り替え休日の多い月曜は営業日、その次の火曜と水曜が定休日と定められた。
 火曜日は研究所で肉体面と精神面のチェックを行う。この拘束は半日程度で、以後、水曜の休みを含めて完全にオフ。
 それと、今後は女性特有の「休暇」も必要になってくるだろう。
 ここにいるのは女性としては三ヶ月も経っていない面々である。そして未だに初潮を迎えたものがいない……国近所長の話では、自身もかなり経ってから「始まった」そうだ。
 どうやら女性としての生命リズムが完全になるまでは、休眠状態になっているらしい。
 その時に被験者がパニックになることも考慮して、一人抜けても大丈夫なように、基本的に毎日全員出勤、そして一斉に休むシフトを取っているのだ。

「いよいよあと三日で開店です。私たちの、『女性』としての第一歩です」

 開店を間近に控えた『Twinkle ☆ Star』のフロア。リーダー格のかなめが、五人にそう訓示した。
「この店は実験場であり、いわば『アンテナショップ』です。営利は重視してません。しかし儲かるに越したことはありません」
 目的はあくまでも「被験者が女性として社会生活できるか?」を、いろいろな角度から調べることにある。
 儲けは二の次。しかし接客が多ければ多いほど……つまり他者との接触が多いほど、さまざまなデータが集められるはず。
 だから客寄せのために、食材もいいものを使っている。仏頂面の多い厨房担当のナツメだが、いい素材を惜しみなく使えるとなると、さすがに笑顔を浮かべる。
 笑うと意外に可愛かったりするのだ。
 お店全体のことやメニューについては、そんなナツメとかなめが検討する。
 残りの四人も、もちろん遊んでいるわけにはいかない……


 秋葉原駅国際通り口。
 沙羅と麻耶がお店の宣伝チラシを配っていた。

「近日開店のメイドカフェ『Twinkle ☆ Star』です。どうぞいらしてくださいね」
「よろしくお願いしま〜すっ」

 秋葉原でチラシ配りをするメイドは、もはや珍しくはない。むしろ風物詩といえる。
 それでも目立つ二人だった。
 シックな佇まいの沙羅。プロポーションを強調した元気娘(若干照れ隠しもあるのだが)の麻耶。
 好対照であり、それが互いを引き立て合っていた。
(女って、いつも男の視線にさらされているんだなぁ……)
 だいぶ慣れたといえど、道行く男たちが自分たちをじろじろと見るのである。
 見られることが仕事のようなものとはいえ、これはいささかきつかった。
(あたしも男だったときは、不躾に見ていたのかもしれないわね……)
 ほんの少しだが、女性の気持ちが理解できた麻耶だった。
「はい、明々後日の木曜日にオープンします。お待ちしていますわ」
 一方の沙羅は、すっかり女性になりきっていた。
 さすがは舞台俳優、人の目に臆していては話にならない。
 柔らかな微笑みも浮かべている。道行く人もそれが「演技」とは思うが、まさか中身が「男」とは思わないだろう。


「お、おい……こんなこと載せていいのか?」
 『Twinkle ☆ Star』店内では、お店のホームページに載せるメニューを確認していたナツメが、珍しくうろたえていた。
「……まずくないか? これ」
「むしろぼろが出ても、『設定』だと解釈されますよ」
 パソコンに向かっていたかなめが、軽い口調で答えた。
「それとブログも作りますから、ナツメさんも週に一度くらいは日記を書いてくださいね。もしパソコンが苦手でしたら、代わりに私が書きますから」
「…………」
 ナツメは観念することにした。自分は厨房担当だし、そんなに影響はないか……と。


 秋葉原駅電気街口。バス乗り場のある方。
 そこは様々なショップが立ち並び、オタク向けに特化した店も多い。
 それゆえ、ここは多くのメイド喫茶から宣伝に来たメイドたちがいっぱいいる。そんな激戦区でも、愛美子とラビの二人は目立ちまくっていた。
 まずはどう見ても子どもにしか見えないラビ。
 チラシを受け取る時に、興味本位で何人かが彼女に年齢を尋ねるが、それに対して「13歳でーす」と屈託のない返事をしても、逆に誰も信じない。
 童顔と低い身長、華奢な体つきを『ネタ』にしていると解釈されたようだ。本当は17〜8歳くらいじゃないかと。
 もっとも実年齢――本来の姿は26歳だから、年齢だけなら就労に問題はない。
 そして彼女は、まわりから「女の子」として扱われるのが嬉しくてたまらなかった。
(やっぱりラビは、男でいるより……)
 好奇の視線すら、自分が女の子だから見られている……と思えてくる。
 それとは対照的に、まったく仕事になってない愛美子。
 ひらひらしたミニスカメイド服。太ももを惜しげもなくさらして男性の視線を浴びている。
 今までそんな経験があろうはずもない。ただただひたすら羞恥心に耐えるばかり。

「おっ、新しい店か?」

 マニアの街秋葉原の “通” を自称する者も多い。「アキバのメイドカフェは全店制覇、把握している」と豪語する者も存在する。
 見覚えのないメイドと制服……新しい店の宣伝と見るのももっともだ。
 そして目を引く愛美子の容姿――白い肌、つり目、長いロングのツインテール。まさに絵に描いたような「ツンデレ娘」が、そのビジュアルと裏腹に、もじもじと恥じ入っている。
 こっちはまったく演技抜きだ。それだけに男の心を捉えた。かえって注目を集めていたのである。
「チラシくれる?」
 そう声をかけられて、愛美子は黙って一枚差し出す。
 近くで見ると、さらに美少女だとわかる――マッチ棒が乗りそうなほどまつげが長い。そして大きく見えるアーモンド型の目。
「ねえ、君も勤めているんだよね。……今度行くよ。店はどこ?」
「…………」
 強制的な「女装」の羞恥心、不躾な男の視線、女性化してのストレス……
 そしてこのナンパ野郎。チラシの地図を見ればすむことなのに、しつこくアプローチをかけてくる不届き者。
 愛美子はとうとうキレた。

「き……来て欲しくないっ! あんたなんかに来て欲しくないんだからっ!!」
「「おおおっ!!」」

 次の瞬間、周囲がざわめいた……
「……??」
 愛美子自身、気がつかなかった。自然と女言葉が口をついて出たことに。
 何も考えられなかった故に、逆にストレートに気持ちが現れた。
 そしてインパクトは強烈だった。神に逆らって作られた美しさ、それに反してまったくウソ偽りない本心からの恥じらい。
 これが見事にマッチして、その場にいた男たちの心をがっちりと虜にした。


 愛美子にとって皮肉にも、これがとんでもない宣伝効果になった。
 「本物のツンデレメイドがいる」と――


〇●〇


 明けて木曜日。『Twinkle ☆ Star』開店日。
 扉の前には、営業開始から長蛇の列ができていた。
 たいして広くない店内に五人もメイドがいるのだが、朝からずっと忙しい。
「な……なんでこんなにお客が? 今日は平日っスよね?」
 厨房に食器を下げにきた愛美子が、思わずそうぼやいた。
 あまり乗り気でなく、またもの覚えの悪さもあって、今のところは接客からははずされている。
 厨房担当はもちろんナツメ。その補佐をしつつ、かなめが店全体に目を光らせている。
 フロアは沙羅、麻耶、ラビ、愛美子の四人で対応している。出迎え、レジ対応、もちろん注文を聞いたり料理を運んだりもする。

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 「優しげなお姉さん」という雰囲気を醸し出す沙羅に、ボーっとなるお客――「ご主人様」たち。
 女性としての日は浅くても、演技をしてきた日々はこの面々の誰よりも長い。そして本来男である彼女?は、男性が女性にどうされたら喜ぶか、よくわかっている。
 男心のツボをクリティカルヒットすることなど、造作もない。

「はーいご主人様っ。お食事ですか? お飲み物ですか?」

 下着の効果でBカップが美しく見える、メイド姿の麻耶。プロポーションを強調したその服装に、メニューより彼女?の胸元に目が行ってしまう「ご主人様」たちだった。
(ふーん、自分でも感じたけど、そんなに大きくない胸でも下着次第で魅力が出せるようね……)

「お兄ちゃん、ジュース飲む?」

 ウサギ耳のカチューシャをつけた可愛いメイド――ラビが、天真爛漫な笑顔でジュースを運んでくる。
 キワモノに思えたウサミミだが、この限定された空間では「そういうもの」として受け入れられていた。
 問題なのは彼女?の見た目。 どう見ても中学生……働かせていいのか?
 そう思ったとしても、「妹」そのものの無邪気な応対で接されると、なんだかどうでもよくなってしまう。
 本人が嫌でないなら、それも別にいいかと。
 実のところ、ラビ(上末陽一)には妹はいない。兄ばかりいる。自分が一番「妹」のような「弟」だった。
 だから理想とする「可愛い妹」を演じることができたのだ……いや、既に身についている。

「三ツ木、ちょっと味を見てくれないか?」

 厨房で料理の味を見ていたナツメが、しかめっ面を浮かべた。
「いいですよ」
 小皿を差し出されたかなめは、一口味見をしてみた。
「ちょっと味が濃くありません?」
「そう思うよな。けどレシピ通りの分量だし、客もうまそうに食べてる。……俺たちの味覚が変わったということか?」
「そうみたいですね……私たち、今は女ですから」
 男女の味覚の差に戸惑うナツメ。普段作る食事も、いつの間にか女性的な味付けになっていた。
 改めてレシピ通りに作ると、久しぶりに味わう「男性的な味」に違和感を覚えてしまうのだ。


 グループ客が多い間はよかったが、午後からは一人で来る客が増えてきた。
 つまりそれだけ、挨拶とか接客に掛かる時間が長くなり、必然的に手が回らなくなる。
「愛美子、皿洗いは機械でやるから、あなたもフロアに出て」
「……わかったっス」
 さすがにこの場では文句は言えない。愛美子は不承不承従った。
 ブリーチではなく自然な色の、鮮やかな金髪のロングヘアを左右に分けたツインテール。ラビが面白がって着けた派手なりボンが、むしろバランスをとっていた。
 透き通るような白い肌、ネコのようにつりあがった目。真紅のミニスカメイド服に、ホーダーのニーソックス。
 そんな愛美子がフロアに出ると、一斉に注目が集まった。
(な……なにじろじろ見てんスかっ!? だいたいコイツら、平日なのにこんなところに来て、仕事はどうしたっスか? ……それとも大学生なんスかね?)
 自分より年下……そう思ったら、なんとなく「上から目線」な態度になる。
 お冷をぞんざいにテーブルに置くと、
「……で、注文は?」
 体育会系である。歳の差は絶対だ。
「あ……まだ決まってなくて」
 申し訳なさそうでいて、それでいてどこかへらへらとニヤついた表情。それが愛美子の癇に障った。

「ちょっとっ! 自分が何食べたいかくらい、すぐ決められないのっ!?」

 甲高い声が、店内に響き渡った。水を打ったように静まりかえる。
(しまったっス……つい言葉がきつく――)
 ところが次の瞬間、なんと拍手が鳴り響き、歓声が沸き起こった。

「ツンデレだ
……」「リアルツンデレだ……」「天然のツンデレなんているんだ……

 明らかに絶賛されている。
 そう、まさにツンデレそのものを「再現」していたからだ。
 しかもサブカルチャーに疎い愛美子は、なにがなんだか全くわかってない。
(……え? 何? なんなんスかっ? なんで今ので褒められて……ツンドラとかシンデレラって?)
 まさに「天然」だったというわけである。彼女?にサブカルは、未知の領域だった。


 客を見送るというのも、メイドの仕事。
 先ほど怒鳴りつけたお客が帰るとなり、愛美子は失敗を取り戻そうと駆け寄った。
 レジ打ちはこの時、かなめの担当だった。
「…………」
 視線が痛い。とりあえず女言葉を意識する……が、いざとなると気恥ずかしい。
 白い頬を赤くすると、なんとも可愛く色っぽい愛美子だった。
(えっと、えっと…………「二度と来るか」なんて言われたら、嫌っスから……)

「ま、また……来てくれないと、その、い、嫌、なんだから……
……!!」

 ……直撃だった。
 金髪の美少女が自分に向かって恥じらいの表情を浮かべて、「また来い」と――
 彼はアキバ巡回の予定を変更して、再び行列の最後尾に並ぶのであった。


「ま、また……来てくれないと、嫌なんだから……」
(illust by MONDO)



 そして、てんてこ舞いの内に、『Twinkle ☆ Star』は初日の閉店を迎えた。
「はぁーっ、疲れたっスよ……」
 愛美子はどさっと店の椅子にへたり込んだ。
 あれからずっとフロアで接客を続けていたが、気を使っていても年下相手にはつい尊大な態度をとってしまい、そのたびにあとから甘えた口調(本人に自覚なし)でフォローしていたので、それが結果的にリピーター増産に繋がったのだ。
「何とか初日が終わりましたね」
 立ったまま皆をねぎらう沙羅。彼女の「芝居」は幕が上がったばかりだ。
「男の視線って本当に突き刺さるんだな……うーん、『色気を抑える下着』というのも考えた方がいいかも」
 Bカップのプロポーションを美しく見せていた麻耶が、モニターの結果をそう分析した。
「楽しかったですぅ」
 肉体的には最年少。さすがにタフなラビだった。その言葉がウソでない証拠に、満面の笑みを浮かべている。
「皆さんお疲れさま。さあ、あとは掃除をして引き上げましょう」
「はーい」
 かなめの号令で、もうひと踏ん張り。
「瀬能、皿洗いを手伝ってくれ」
「うぃっス。任せてくださいっス、ナツメさん」
 愛美子の疲労は「女性として接客した」気疲れである。単純な皿洗いとかなら問題ない……むしろ喜んでやっていた。


 こうして第一日目は終わった。


〇●〇


 帰路の電車の中。美女と美少女六人はあまりに目立つが、それは仕方ない。
「それにしてもいくらオープンしたてといっても、今日は半端じゃなくお客がきましたね」
「宣伝の効果かな」
「宣伝?」
 メイド喫茶って、チラシ配りだけでこんなに客が来るものなんスか? と、首をかしげる愛美子。
「家についたら教えてあげるわ」
 かなめはそう言うと、意味ありげな微笑みを浮かべた。
 電車の中である。会話は極力女らしくしようと、全員心がけていた。もっとも、本当の女性以上にきちんとする傾向があったが。


 愛美子は一糸まとわぬ姿でバスルームにいた。
 ツインテールをほどき、豊かな金髪をタオルでまとめて巻いていた。
 誰に教わったわけではなく、濡れて重くなったロングヘアが体にまとわりつかないようにしていたら、これにたどり着いたわけである。
 それならいっそ短くすればよさそうなものだが、周囲に「もったいない」と説得されて断念した。自分で理想の姿を口にしたのが跳ね返ってきているだけに、鏡を見ると切りたくなくなるのも本音だった。
「はぁ……大変だったっス。じろじろ見られて――」
 生粋の女性ではないので、男にじろじろと見られた経験などありはしない。それもあって、初日からかなり疲れている。
「あいつら、スカートの中まで見てたんじゃないっスかね?」
 誰もいない自分だけのはずの浴室なのに、思わず膝をそろえて、ギュッと足を固く閉じる愛美子だった。


 女の肉体になじみ、女性の服装になじみ、仕草や態度が段々に女性化していた被験者たちだが、男性客の視線を浴びるようになって、それが加速されていくことになる……


 風呂から上がって部屋着に着替える。ジャージの上下だ。
 体育会系だけにこの格好がなじみだったし、楽だった。外出着ならともかく、部屋着としてならさすがに咎められなかった。
 そして髪をタオルで丁寧に拭き、水気を取る。長いだけにちゃんとやっておかないと大変なことになると身を持って理解できたので、風呂上りでの習慣となっている。
 その際の仕草も段々に女らしくなっているのだが、それが「当たり前」になっている愛美子には自覚はない。
 ふと携帯電話を見ると、メッセージが入っていた。
 機械音痴の愛美子でも、さすがに留守電機能くらいは使える。メッセージはかなめからで、「反省会をしよう」というものであった。


 ジャージ姿でかなめの部屋へ行くと、既に全員揃っていた。
 部屋の主であるかなめはバスローブ姿。「同性」だからと安心しているようだ。
 沙羅はゆったりとしたマタニティドレスっぽいものを着ていた。
 メイクも落としていない……というか、わざわざし直している。彼女なりの「女性」のイメージだった。
 麻耶はTシャツにスパッツというラフな格好。プロポーション浮き彫りだが、きちっと下着を着けているらしく、問題はない。
 ラビはジャンバースカート。締め付けがない分、楽ということらしいが、充分女の子らしかった。
 ナツメは男物のワイシャツとズボン。短い髪や無口なイメージであるものの、実は結構スタイルがいい。
 男物で逆にそれが際立っていた。胸はあまりないのだが、モデルのようだ。
「みんな集まったわね。それじゃ初日の反省会」
 実験で女性化しているのに、メイド喫茶での反省会がいるのか? そう思う愛美子だったが、このシステムが実用化され、将来的に女性として職に就くことを考えると、それをまっとうできるかが大いなる観点である。
 わざわざ男性の視線を浴びる職業にしたのは、そういう目的もある。もちろん女性ならではのスキルを持つものがいないのも理由だが。
「…………」
 反省会と言いつつ、結局はお菓子とジュースでのおしゃべりだった。
 麻耶と愛美子、ラビは肉体的に未成年。他の面々は成人女性だったが、アルコールがどういう影響を与えるか恐くて用意できなかった。
「あのう……今日はすいませんっス、かなめさん」
「何が?」
 心底わからないという表情のかなめ。
「いえ、お客に対してあんな態度して――」
「ああ、あれね。そうね……確かに余所じゃまずいわね。でも……」
「でも?」
「ウチの店でならいいわ。たぶん受けているから」
「はぁ? 受ける? あんな態度のウェイトレスがいたら、女でもぶん殴りたくなるっスよ」
「本当にあなた、サブカルに疎いのね……でもいいわ。ウチの店限定で認めてあげます。ほどほどにああいう態度で接客するように」
「!?!?」
 愛美子はわけがわからなかった。なんであんな態度で怒られないんだ?
 その時、ジャージのポケットに入れていた携帯が鳴った。
「はい、もしもし……」
 電話の相手は千藤だった。愛美子は電話を手で塞ぎ、かなめたちの方に向き直った。
「あの……これからセンパイが来たいって言うんで、抜けていいっスか?」
「千藤さんが? じゃあ、たぶん今日の感想を訊きたいんだと思うわ。ここに来てもらったら?」


 数分後――
「お邪魔しま……うひゃ、こりゃすげぇ」
 部屋に入った千藤は、開口一番そうつぶやいた。
 なにしろ美女と美少女たちが無防備な服装で自分を迎え入れたからだ。
 千藤からすると後輩の愛美子も美女の一人だが、彼女たちからしたら千藤は「同性」である。男同士ゆえの無防備だ。
「いらっしゃい。千藤のお兄ちゃん」
 実は本来の年齢は大差ないのだが、すんなりと千藤を「お兄ちゃん」と呼ぶラビ。
「よう、ラビちゃん。相変わらず地球を防衛できそうな声だなぁ」
 属性のないものには意味不明の一言である。
 ちなみに千藤に言わせると、かなめは「いかにもコスプレ好きそうな声」で、沙羅は「街中で巴投げをしそうな声」なのだそうだ。
 「浪人をパンチ一発でふっとばしそうな声」が麻耶で、ナツメは「ゲッターで居合い切りをしそうな声」だとか。
「さて、さっそく今日のことを聞きたいんだが」
「いやもう大変だったっスよ。平日なのにめちゃ混みで……そう言えばかなめさん、あとでその理由を教えてくれるって言ってたっスね?」
「そうだったわね」
 かなめはそばにあったモバイルパソコンを引き寄せ、愛美子たちの前でネットに繋いだ。
 『Twinkle ☆ Star』のサイト――ホームページが表示された。
「な……」
 しかもトップページには、店のメイドたちが実は男性で、さまざまな理由で女性の姿になっているのだ――と書かれていた。
「な……何考えてるんっスかっ!? ばらしてどうするんっスよ〜っ!!」
「なるほど、そういうことか……」
 激昂する愛美子だが、千藤は理解したらしい。
「へ? どういうことっスか? センパイ」
「お前みてーのがぼろ出してもいいように、そういう『設定』にしてあるんだろ」
 つまり『Twinkle ☆ Star』のメイドたちは本来は男性で、わけありで少女の姿に変わっている。だから時々男としての地が出てしまう……
「だから愛美子がいくらがさつでも、クレームつかなかったってわけか」
 麻耶が納得したように頷き、肩をすくめた。
「なにしろ店名からして、略すと『TS』ですしね」
「て、ティー……エス? なんスか? それ?」


 TS――TransSexual。和製英語で「(空想上の)性転換」のこと。
 「少年少女文庫」の読者でもない限り、知らなくてもさほど恥ではない言葉(笑)だ。


 愛美子のことだけを考えたわけではない。当のかなめからして、ずっと人前で女性として振る舞えるか自信がなかったのだ。
 だからそれを逆手にとって、「元男性の少女たち」という設定の店にしてしまったのである。ウェイトレスは生粋の女の子――しかしお店の設定として、「元は男性」という役柄を演じている。そういうことなのだ。
「それはわかったっスけど、それでどうしてあんなに繁盛したんスか?」
「あー……まぁ、世の中にはそういうのが好きな人間も多いってこった」
 千藤の目つきが、そこでハンターのように鋭くなった。「こいつはいいデータだ……収穫だったな」
「…………」


 こうしてメイド喫茶『Twinkle ☆ Star』の初日は、何とか無事?に終わった。
 しかし、愛美子たち六人の被験者は、まだ「女性」として「メイド」として駆け出したばかりにすぎない。


to be continued...

戻る


□ 感想はこちらに □