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ヒーロー誕生!?
完結編/EPISODE FAINAL
作:高居空


「おおおおっ、待っておったぞ脇田君!」
「……ってオーナー、どうしたんすかそんな格好して? 風邪でもひいたんっすか?」
  その日、いつものごとくバイト先である廃校場内の研究室へとやってきた俺を出迎えたのは、これまでに見たことのない格好をしたオーナーだった。長い付き合いの中でこれまで一度として脱いだところを見たことのなかったオーナーのトレードマークともいえるヨレヨレの白衣。それを何故か今日のオーナーは着用せずに、代わりに丈の長いコートを羽織っている。これまでまったく洗濯などしていなかったであろう白衣を脱いだ事については、まあ衛生的な観点で見るならば実に喜ばしい事なのだが、いつも決まって同じ服装だった者が突然違う格好をしているというのはそれはそれで不気味である。しかも室内なのにコート着用。これで何でもないなんてことはないだろう。
「何じゃ、ワシが風邪などひくと思っておるのか? 甘いのう脇田君。ワシは生まれてこの方一度も風邪をひいたことがないんじゃ。何といってもワシは天才じゃからな!」
「まあ、天才と何とかは紙一重って言いますから、風邪ひかないのも分かりますけどね」
「そうじゃろそうじゃろ。それじゃあ納得して貰ったところでさっそく今回の発明品の実証試験に入って貰おうかの」
「って、まだ何でオーナーがコートを着てるのかさっぱり分かってないんすっけど。というか、今回はやけに展開早いっすね」
  いつものグダグダとした掛け合いもそこそこに早くも実証試験に入ろうとするオーナーに少々面食らう俺。何だ? 試作品を作成してる時に何か悪い物でも食べたのか?  そう思いながら室内を見渡した俺は、そこでいつもの作業台の前にこれまで研究室には無かったはずのある物が置かれていることに気が付いた。
「鏡……?」
  そう、そこにあったのは全身がしっかりと映るサイズをした大きな姿見だった。どうしてこんな物が外見にまったく無頓着なはずのオーナーの研究室に置かれてるんだ?  鏡……コートを羽織ったオーナー……そしてそのオーナーが作った発明品……ってまさか!?
「さあ、これが今回実証試験を行って貰う発明品じゃ。受け取りたまえ、脇田君!」
  そんな俺の目の前でオーナーがコートのポケットから取り出したのは、思った通りカードゲーム用のカードを収納できるようなサイズをした長方形のケースだった。その右側面からは実際にケースに収納されたカードが顔を覗かせている。いわゆるカードゲーマーが言うところのデッキケース。だが、それがオーナーの発明品ならば、それの意味するところは……
「なるほど、今回の発明品は“龍騎”ってことっすね……」
  そう、オーナーが手に持つそれはただのデッキケースではなく、もはやオーナーの発明品のモチーフとしてお馴染みの仮面のヒーローが登場する特撮番組シリーズのうちの一つ、“龍騎”に登場するヒーローが用いるデッキケースを模した物だった。
  原作でのデッキケースは“龍騎”に登場するヒーローの力の源である鏡の中に棲むモンスターとの契約の証であり、ヒーローへの変身に用いられる他、戦闘の際はヒーローはその中にある契約したモンスターの力を借りるための様々なカードを用いて戦う事になる。デッキは全部で13個存在し、その制作者であるコートの男に選ばれた13人のヒーロー達はそのデッキを使い、各々の願いを叶えるために他のヒーロー達と最後の一人になるまで戦い合う宿命を背負わされていた。ちなみにこの“龍騎”という作品、ヒーロー同士が殺し合うという内容、悪人であってもヒーローに選ばれるという選定基準、TVシリーズが中盤から終盤にかかるかという所での完結編と銘打った映画の公開、さらには最終回より前に主人公が死亡する等、放送時に様々な意味で話題となったことでも知られている。
  そのデッキケースを元にしている以上、オーナーの作った発明品はやはり変身用のアイテムと見て間違いないだろう。オーナーの作る発明品は、元になったアイテムが劇中で発揮する性能をほぼ完全に再現することができる。今回もあのデッキを使えばまず間違いなく変身することはできるんだろう、が……
「しかしオーナー、なんでそのデッキケース、色が白いんすか?」
  そう、オーナーの持つそのデッキはどこをどう見ても色が白かった。確かに元になった作品でも白色のデッキを使うヒーローは登場する。だが、問題なのはそのヒーローの正体だ。白色デッキの使い手は仮面のヒーローシリーズ初となる女性のヒーローなのだ。
  そして、もはや疑いようのない事だが、オーナーは俺を『女の子に変身』させることに対して異常なまでに執念を燃やしている。実際の所、オーナーの腕ならばモチーフになったメカの機能をそのまま発明品で再現する事など容易いはずだ。しかしながらオーナーは、元になった作品をあえて曲解したり、改良と称して本来その機械には搭載されていない機能を追加したりして、俺をたびたび女の子へと変身させてきた。まあ、その際に屁理屈とはいえ俺が女の子に変身してしまう理由を毎回考えてくるのはある意味感心する所ではあるのだが、しかしさすがに今回はあまりにもあからさますぎる。これでほいほい実験に付き合うようでは、俺がまるで女の子に変身するのを楽しみにしてるように見えてしまうじゃないか。いや、ホントに楽しみになんかしてないんだからね。ほんとにホント。
「う〜む、痛いところを突いてくるのう脇田君。じゃが、このデッキケースの本来の色は元々は黒なんじゃ。それが開発の途中で何故かは分からんが白く変色してしまってのう。ほれ、このデッキケースが黒色だったという証拠に、刻まれとる紋章は『白鳥』ではなく『コウモリ』になっておるじゃろ?」
「…………確かにそうっすね」
  オーナーの言うとおり、そのデッキケースの中央部分には原作の黒色のデッキと同じようにコウモリを意匠化した金色の紋章が浮かび上がっていた。デッキケースの紋章はそれぞれのヒーローが契約を交わしたモンスターの姿が現れるようになっており、コウモリは作品内で主人公の“龍騎”と対をなすもう一人の主人公“ナイト”の契約モンスターだった。問題の女性ヒーローが契約を結んでいるのは白鳥型モンスター。確かにこの点だけ見ればこのデッキで変身しても女性ヒーローになることはないということになるが……。
  半信半疑ながらも俺はオーナーから件のデッキケースを受け取ると、それを鏡の前へとかざしてみる。まあ、ここで色々と考えていたって仕方がない。そもそも、俺の仕事はオーナーの作り上げた発明品の実証試験役なのだ。それに対する対価を事前に受け取っている以上、オーナーの発明品がどのような物であれ俺にはそれを試す義務がある。それに、もしもオーナーがこの発明品に何か仕込んでいるようなら、いつものごとく全力で痛みを伴うツッコミを入れてやればいいのだ。このオーナーが吹っ飛んでいくのを見るのがまた快感なんだよね……って、ちょっと色々な意味でヤバいか、俺?
  そんな事を頭の中で考えている間にも、俺の腰には手にしたデッキケースを装着するためのバックルの付いた変身ベルトが装着されていた。そのまま俺はナイトに変身するヒーローよろしく右腕をやや折り曲げ気味に左肩方向へと振りかぶる。
「変身!」
  シリーズ共通の変身キーワードを発するとともにデッキケースをバックルへと装填する俺。同時に鏡に映る俺の左右に人の輪郭のような物が現れ、それが俺のシルエットへと重なっていく。
  次の瞬間、俺は元の姿とは全く違う姿へと変身を遂げていた。
「…………」
  やはりというか何というか、鏡に映った俺の姿はどこからどう見ても女の子にしか見えなかった。白いドレスのような服を着た長髪の美少女。いかにも清楚といった印象のドレスとその腰に巻かれた太いメタリック調のベルトとが何とも言えない違和感を醸し出している。ベルトにはコウモリの姿を模したような鍔をした細身の剣が提げられており、どうやらこの剣についてだけは元になったヒーローとほぼ同一の物のようだが……。
  剣を抜きその構造を確かめようとする俺を前に、いつものごとく手を叩きながら喜びの声をあげるオーナー。
「おお! やったぞ、今回も実験は大成功じゃ!」
「まあ、こんな事だとは思ってたっすけど、今回は一体どんなオチなんすか、オーナー?」
「むう、何だか大分スレてきおったのう脇田君。少しはパニクってくれんと面白くないんじゃが……」
「……で?」
「いや、そんな剣を青眼に構えんでもちゃんと説明するぞい脇田君。というか、ワシが口で説明するよりもその剣にカードを装填した方がより分かりやすいと思うんじゃが」
「これに?」
  オーナーに言われ手にした剣のコウモリを模した鍔の部分へと目を向ける俺。元になった作品では、ヒーロー達はデッキケースの他にデッキから引き抜いたカードを装填するための装置をそれぞれ所有していた。それらの装置にカードを読み取らせることにより、ヒーロー達はカードに秘められた力を現出させることができるのである。そして“ナイト”のカード装填のための装置は剣の鍔の部分に設定されていた。こいつに原作と同じようにカードを装填すれば今回のオチが分かるっていうのか?
  物は試しとばかりに俺はデッキケースからカードを一枚引き抜いてみる。引いたカードは“アドベント”。元になった作品では契約したモンスターをヒーローの側へと召喚する力を持ったカードである。これを剣の鍔の所定部分へと挿入して……
『アドベント』
  剣から機械的な男性の声が響くと共に、俺は自分の背後に突如風が巻き起こるのを感じていた。振り返る俺。そこで目にしたのは、確かにこれまでテレビで見た事のあるコウモリに似たモンスターの姿だった。
「…………」
  そのモンスターを前に思わず言葉を無くしてしまう俺。俺はこのコウモリ型モンスターを知っている。知ってはいるが…………


「こ、こいつは……『ダークウイング』じゃなくて『キバーラ』!?」


  そう、そこにいたのはナイトが契約していたモンスター“ダークウイング”ではなく、極端にデフォルメ化された愛嬌ある姿の銀色に輝く小さなコウモリ型モンスターだった。その名は“キバーラ”。“龍騎”と同じく仮面のヒーローシリーズの中の一作である“ディケイド”に登場した、マスコット風の外見と妖艶な口調のアンバランスさが印象的なメスのモンスターである。“アドベント”でこいつが召喚されたということは……まさか、このデッキの契約モンスターはキバーラってことなのか!?
「は〜い、オーナー、お・ひ・さ♪」
  思わぬ事態に唖然とする俺のことなど目に入っていないかのように、後ろに立つオーナーに向かってパチッとウインクをするキバーラ。オーナーもそれに笑顔で答えているということは……この二人、もしかして昔からの知り合いだったりするのか?
「ど、どういうことっすか、オーナー!?」
  予想外の展開に思わず声を上げた俺に対し、オーナーは珍しく申し訳なさそうな表情を浮かべながら頭をかいた。
「いやあ、すまんのう脇田君。実はの、今回の発明品であるデッキケース、作ってみたは良いものの、デッキの要となる肝心のミラーモンスターが一匹も捕まらなくてのう。まあ、ここは原作でデッキケースを作ったシスコン兄ちゃんが存在しない世界なんじゃからミラーモンスターがいないのも当然なんじゃが……。ともかく、そのミラーモンスターの代わりに今回は旧知のキバーラちゃんに一肌脱いで貰ったというわけじゃ。まあ、別に大きな問題はないじゃろ? キバーラちゃんとダークウイングは同じコウモリ型モンスターなわけじゃし、しかも“龍騎”と“ディケイド”は“最終話を劇場版で公開”繋がりでもあるからの。ついでに言えば放映時に何かと物議を……もとい、話題を振りまいた点についても両作品は似とるしの」
「さらに言うなら、作中にコートを着たイケメンが登場するっていう点でも同じよね、オーナー♪」
「………………」
  まあ、何となく屁理屈ながらも経緯は理解できた気もするが……ディケイドに登場するコートの男が果たしてイケメンと呼べるのかどうかは別として……残念ながらオーナーの答えは俺が本当に聞きたいことへの回答にはなっていなかった。俺が聞きたいのは何で契約モンスターにキバーラを使ったのかではなく、それがどうして俺が女の子になる事に繋がるのかということなのだ。
「あら、そんなの決まってるじゃない。アタシの“鎧”は女の子専用だ・か・ら・よ♪」
  その俺の問いに答えたのはオーナーではなくキバーラだった。
  むう、確かに原作ではキバーラには彼女の同族達と同じく特殊な鎧を対象者に纏わせてヒーローへと変身させる力があり、ディケイドのヒロインを仮面のヒーローへと変身させていた。だが、それならば俺をこんなドレス姿の女の子に……おそらくはディケイドのヒロインの夢の中での姿をモデルにしているんだろう……しないで、一気に仮面のヒーローへと変身させてくれれば良いじゃないか。
「あ〜ら、最初からナイトのベルトでそこまで変身させちゃったら、アタシの見せ場がなくなっちゃうじゃない♪」
「……………………そう言えばそんなこと言いそうなキャラだったっすよね、キバーラって」
  羽根を愛らしく動かしながら答えるキバーラに対し、大きくため息をつくしかない俺。
「しかしオーナー、毎回毎回俺にこんな事をして、一体オーナーの萌え分補充以外に何の意味があるっていうんすか?」
  一気に体から力が抜けたのに合わせてそんな禁句めいた問いまで発してしまう。だが、それに対しオーナーの見せた反応は、俺の予想していた物とは大きく異なるものだった。
「ふむ、どうやら脇田君にもワシの発明の真の目的を伝える時が来たようじゃの」
  そう言いながらこれまで見せた事も無いような真剣な眼差しとなるオーナー。そのただならぬ雰囲気に、俺は反射的に背筋を伸ばす。
  何だ? これまでオーナーが行ってきた悪ふざけとしか思えない所行の数々、それに萌え以外の隠された目的があったっていうのか?
「実はの脇田君……。この世界は今、崩壊の瀬戸際に立たされておるのじゃよ!」
「…………は?」
「数々のTS世界を渡り歩いては、訪れた世界を破壊していくという悪魔! その忌まわしき破壊者が今、ワシらの住むこの世界へと近づきつつあるのじゃ! その事に気付いたワシは、奴がここへ辿り着く前に悪魔を倒す手段を手にすべく様々な研究を行ってきた! そしてその結果選ばれたのが脇田君、君なんじゃ! 奴を倒せるのは特別な力を持った選ばれしTS少女のみ! さあ脇田君、今こそ悪魔を倒すTS少女となって、この世界を救うのじゃ!!」
「…………って、何かそれ、どこかの作品でコートを着た誰かさんが話してた内容とやけに似てるように思うんすけど…………」
「ん、どうしたんじゃ脇田君? 急にデッキからカードを引き抜いたりして?」
「いや、俺って原作のヒーローシリーズを見ていたときから、コートを着た人達にどうしても一言言いたい事があったんすよね……」
  そう呟きながら引き抜いたカードを剣の鍔へとセットする俺。
『ファイナルベント』
  カードを認識した装置が室内に機械的な音声を響かせる。ファイナルベント……それは“龍騎”での必殺技発動を意味するカード。
「あ、あら〜!?」
  同時に引き寄せられるようにしてキバーラがベルトのバックル部分に装着されるのを確認した俺は、研究室の床を蹴り、元が工場なだけにかなりの高さがある天井のスレスレまで飛び上がる。
「例え何か大切な目的があるんだとしても! 他人を巻き込まずにまずは自分で何とかしろーっ!!」
  そんな俺の魂の叫びとともに放たれた渾身のキリモミ式キックは、次の瞬間物の見事にオーナーの土手っ腹へとヒットした。
「し、しろぅー!!」
  そんな意味不明の言葉を残して……まあ、キリモミ式キックのせいで大きくスカートが捲り上がってたから大体の想像はつくが……研究室の外へと吹っ飛んでいくオーナー。それを尻目に俺は派手なアクションで乱れた服を直しながら小さくため息をつくのだった。
  これでホントに完結……なのよね? じゃない、なんだろうな?


  ……その後、結局俺とオーナーとの漫才コンビはまだまだ継続することとなるのだが、まあ、それはそれで別のお話。


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