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ヒーロー誕生!?
〜GOD SONG LOVE〜
作:高居空


「ほほっ、わひわびとったぞわひたくん!」
「……オーナー、とりあえず口の中の物を飲み込んでから喋った方が良いっすよ」
  その日、バイト先である廃工場の中に作られた研究室の扉を開けた俺を出迎えたのはどうやら食事の途中であったらしいオーナーだった。
  いつもながらのヨレヨレの白衣を身に纏った俺の雇い主は、普段ならライフワークである発明品の製作で部品や工具以外の物を置くスペースなどほとんど無いはずの作業台に置かれていた食べかけのカップラーメンの容器を手に取ると、俺を待たすのは良くないとでも思ったのかそのまま箸も使わずに一気に中身を胃袋へと流しこもうとしている。そのいかにも食欲が失せそうな光景から目を逸らすように机の上へと視線を向けると、そこにはオーナーが手に取った容器とは別の既に空となった味噌味のカップラーメンの容器が転がっていた。
  むっ、この作業台にこれだけのスペースができているということは……また何かオーナーの新しい発明品が完成したってことか?
  しかしながら作業机の上にはそのカップラーメンの容器といつもながらの見慣れた工具があるだけで、肝心の発明品らしき物はどこにも見あたらない。発明品がどこにあるのかと室内を見渡した俺は、そこで研究室の中をブンブンと高速で飛び回っている何かがいることに気がついた。
  何だ、ハエでも飛んでるのか? いかにもハエが好んでたかりそうな雰囲気を漂わせるオーナーの周囲をグルグルと飛行するソレへと目を向けた俺は、次の瞬間身体からガクッと力が抜けるのを感じた。
「こ、これってゼクター……。なるほど……こいつが今回の発明品ってことっすね……。しかしまた、なんでよりにもよって“蜂”なんっすか…………?」
  そう、部屋の中を飛び回っていたのはハエではなく、手の平に収まる位のサイズの蜂の形を模した金属製のメカだった。その名は“ゼクター”。これまでのオーナーの発明品でたびたびモチーフとなってきた仮面のヒーローが登場する特撮番組シリーズの中の一つ、“カブト”に登場する変身用ユニットである。隕石に乗って宇宙から飛来し自らが殺した人間へと擬態して社会に潜りこんでいる宇宙昆虫と闘うこの作品では、ヒーロー達はそれぞれ昆虫の形を模したメカで仮面のヒーローへと変身する。俺の目の前を飛んでいるこの“蜂”もそのうちの一つ、なのだが……。
  ちなみに、オーナーは研究室と称したこの廃工場で日夜アニメや特撮番組に登場するメカをモチーフにした発明品を作り続けているマッドサイテンティストである。オーナーの作り出す機械は一見するとそこらのデパートで売っている子供の玩具と同じようにも見えるが、玩具がオリジナルの形状を真似ているだけなのに対し、オーナーの発明品はその機能までをほぼ完全に再現している。つまり、フィクションの中でしか機能しないはずの数々の現実離れしたメカのシステムをオーナーの作り出す機械では実際に使用することができるのだ。だが、これがあの作品の“蜂”だとすると……。
「まさかこれを使うと副作用で俺の社会的地位がガタガタに崩れたりする、なんてことはないっすよね、オーナー?」
  作品内でこの機械を使用していたキャラクター達の末路を思い浮かべながら念のためオーナーに確認する俺。劇中では蜂の変身ツールを愛用するキャラクターとして対宇宙昆虫用部隊のエリート部隊長が2名登場するが、その両名ともが物語の途中で失脚し、話の終盤では闇の住人を自称するドロップアウトしたヤサグレキャラと化していた。言うまでもない事だが俺は人生をドロップアウトするつもりなんてさらさらない。 ……まあ、最近はこのオーナーと付き合っている時点で少々道を踏み外しているんじゃないかと感じることもあったりなかったりするのだが……。
  そんな俺の問いかけに対しラーメンを食べ終わったオーナーは鼻をフンと鳴らしながら答える。
「何を言っとるのかね脇田君! 確かにワシの発明は原作準拠じゃが、そのような機能などどこにも組み込んではおらんぞ! むしろこいつで変身すれば蜂の世界においても頂点に立てる事うけあいじゃわい!」
「……ホントっすか〜?」
  その返答にジト目で疑いの声をあげる俺。
  オーナーの発明品はほぼ元になったメカと同等の機能を有しているのは確かだが、困ったことにオーナーは“改良”と称してその機械に余計な機能を追加したり怪しげな改造を施していたりする。そのため、実際に起動してみると原作とは全く異なる想定外の結果となる事も多いのだ。
  ……とついちょっと前までの俺は思っていたわけだが、何十回と実験を繰り返していればさすがに薄々気が付いてくる。実際にはその結果を想定外だと思っているのは俺だけで、制作者であるオーナーからすればそれは予定通りの結果にすぎないのだということを。つまり、オーナーは発明品に意図的に怪しげな機能を組み込んで、機械の実証試験役である俺を色々とイジッては楽しんでいるのだ。具体的には俺を女の子にしたり、女の娘にしたり、オンナノコにしたりして!
  ……まあ、そうと知りつつも結局は腐れ縁プラス高いバイト代目当てで実験に付き合ってしまっている俺も俺だったりするわけだが……。べっ、別に段々それが楽しみになってきてる訳じゃないんだからね! っともとい、ないんだからな。うん、そこは間違えないように。
  そんな俺の疑いの声を受けたオーナーは、これだから若いモンはといったような風に肩をすくませるとわざとらしく大きなため息をつく。
「なんじゃ、このワシが信じられんというのかね脇田君。まったく情けないもんじゃ。ほれ、昔お婆ちゃんなんかがよく言っておったじゃろ、“信じる者は救われる”ってな」
「いや、それってそもそも信じる対象が全然違うと思うんすが?」
「そうか? 天の道を往くワシは太陽、いや世界そのものなんじゃから別にそれほど大差はないと思うがのう。まあ良いわ。ともかく、既に未来を手にしているワシに任せておけば万事において間違いなど起こることはありえんのじゃ。もっとワシを信用したまえ、脇田君!」
「……まあ、少なくともオーナーの発明品がとてつもなく未来かつ異界の法則によって動いている事は確かっすね」
「うむ、そうじゃろ、そうじゃろ。さて、それじゃあ納得してもらったところでさっそく実証試験に入ってもらおうかの」
  俺が何をどう納得したと思ったのか良く分からないが、オーナーはそう言って白衣のポケットからブレスレットのような物体を取り出すと俺に手渡してくる。それは蜂のゼクターと対となる装置で、劇中で蜂のゼクターを使うヒーローはまずこれを装着することで変身シークエンスへと入っていた。元々発明品の実証試験役として雇われている俺としては、こうなったらやることは一つしかない。
「しかたないっすね……」
  ぼやきながらも手渡されたブレスレットを左手首へと装着する俺。このメカの元になった作品では仮面のヒーローシリーズの伝統ともいえるベルトでの変身以外の方法で変身を行うヒーローが何人か登場する。今回の蜂のゼクターで変身するヒーローもその中の一人である。もっとも、主人公クラスはやはりベルトで変身するため、ベルトを使わない時点でそのヒーローは脇役か敵役のどちらかだということを証明しているとも言えるのだが……。
  ブレスレットを着け終わった俺は次に右腕を空へとかざす。開いた右手に自ら飛び込んできた蜂のゼクターを掴みとると、俺はそれを左手首のブレスレットへと押し当てた。
「変身!」
  シリーズ共通の変身キーワードを口にすると、呼応したゼクターが『HENSHIN』と音声を発する。同時にゼクターを中心としていくつもの六角形状のヘックスが広がっていき、それは俺の全身を包み込んでいった。原作ではこの後、鎧を連想させる銀色のメタリックな装甲を身に纏った仮面のヒーローになるはずなのだが…………。

「…………」

  予想通りと言えば予想通り、俺の身体は銀色の装甲には包まれてはいなかった。それどころかやけに体がスースーするような気がする。見ると、長袖に包まれていたはずの俺の両腕はいつの間にか外気へと露出していた。その腕は細く柔らかそうで、記憶にある俺の腕の面影はどこにも見あたらない。体を見下ろすと俺の身体は蜂のイメージカラーである黄色というよりはクリーム色に近い色をしたフリフリの装飾のされた服に包まれていた。その胸の部分は心持ちなだらかに盛り上がっているようにも見える。さらに視線を下ろすとそこにはやはりフリフリの装飾が施されたオレンジ色のスカートが傘のように大きく広がっていた。少し頭が重いと感じた俺が試しに顔を左右に振ってみると、緑色をした髪のような物が視界へと入ってくる。
「やっぱり……」
  そうつぶやいた声もおそらくはこの身体によく似合っているであろう可愛らしい女の子のものだ。
  そんな俺の前で手を叩いて喜びを露わにするオーナー。
「おお! やったぞ、実験は大成功じゃ!」
「……まあ大体予想はしてたっすけど、一応説明をしてくれますか、オーナー」
「ん? なんじゃ脇田君、やけに不服そうな顔をして? ほれ、ワシはさっきこのメカで変身すれば蜂の頂点に立てると説明したじゃろ? 蜂の頂点といったら当然“女王”! このくらい子供でも知っとる常識じゃぞ?」
「……いや、おそらくはそういうオチだろうなとは思ってたっすけど、それにしてはこの身体、なんか女王っぽくないというか……」
  そう、今の俺の身体は一般的に“女王”と聞いてイメージするような女性とは少々かけ離れているように見えた。胸の大きさはどうみても控えめだし、服も露出度はそこそこ高いものの全体的に可愛らしさを前面に押し出したようなデザインだ。どうも色々な意味で“女王”もしくは“女王様”と呼ばれるには貫禄が足らなすぎるような気がする。……いや、別にそれを期待してたってわけじゃないんだが……。
  そんな俺の声にオーナーはやれやれといった表情を浮かべる。
「なんじゃ、脇田君知らんのか? “リトルクイーン”じゃよ“リトルクイーン”!」
「リトルクイーン?」
  原作の中に登場しないその言葉にオウム返しに聞き返した俺に向かってうむと頷くオーナー。
「そうじゃ。ほれ、いつもの特撮ではなくてアニメの超時空で三角関係がウリな長寿シリーズの中の一作にリトルクイーンというのが出とったじゃろ。あれじゃよあれ。あの作品の中でも敵として宇宙昆虫が登場しとるが、あれの生態系って実に蜂と似ておると思わんか? あれぞまさに宇宙蜂! ならばある意味その宇宙蜂の頂点に立つリトルクイーンをモデルにしたって別に問題はないじゃろ?」
「…………って、それってもしかしてF!? アイドル!? 何とかシンデレラっ!?」
「うむ、その通りじゃ脇田君!」
  その回答にまるで雷に打たれたかのような衝撃を受ける俺。
  な…………ま、まさか仮面のヒーローシリーズとは全く関係のない他の映像作品のネタを強引に引っ張ってくるとは…………!!
  半ば反則的な展開に唖然とするしかない俺を前にしてオーナーは満面の笑みを浮かべている。
「さあ、とりあえず変身は成功したことじゃし、次は“キャストオフ”を試してもらおうかの、脇田君」
「って“キャストオフ”!? オーナー、この状態って既にライダーフォームじゃないんすか!?」
  オーナーの発したその“キャストオフ”という言葉に再度衝撃を受ける俺。今回の元ネタである作品……超時空な歌姫が登場する方ではなくて仮面のヒーローの方……では、ヒーローは重装甲を纏ったマスクドフォームと装甲を外して高速戦闘を主体に闘うライダーフォームの2つの形態を用途によって使い分けていた。このうち、マスクドフォームからライダーフォームへと形態を変化させる際に特種な動作で身に纏った装甲を瞬時にはじき飛ばすのが“キャストオフ”と呼ばれる行為だ。だが、今俺が着ている超時空なシンデレラのステージ衣装はどう見たって紙と同等の防御力しかない。これがマスクドフォームだと言われても到底納得できるものではないが……。
「やれやれ、何を言っとるのかね脇田君。あの作品でのヒーローの変身後の最初の姿は皆マスクドフォームで統一されとったじゃろ?」
「いや、確かにそう言われればそうなんっすが、でもやっぱりこの格好ってどう見たってマスクドフォームには見えないっすよ。それに、これが本当にマスクドフォームだとすると、キャストオフして装甲を跳ね飛ばした後の俺の格好は一体どうなるんすか?」
「うむ、それは当然ながらマッパじゃな! なに、別に問題はないはずじゃぞ? モデルになったあの子もテレビ版の最終話で実際に見事にキャストオフしとったからのう! そんな事より、キャストオフせんと必殺技やクロックアップが試せん方がワシにとっては問題じゃ。マスクドフォームは防御力は高いが必殺技や特種技は一切使えんからのう。これも全ては研究の為。さあ、早くキャストオフするんじゃ、脇田君!」
「…………って、そう言いながらなんでそんなに鼻息を荒くして食いつくような目で俺の事を見つめてるんすか、オーナー…………?」
「ん、どうしたんじゃ脇田君? そんなにわなわなと身体を震わせながら目をギラッと光らせたりして? それもそれで悪くはないが、ちとワシが思い描くリトルクイーンとはイメージが違うかのう。やはりリトルクイーンといったら“ギラッ!”ではなくて……」
「いいから…………とりあえず豆腐でも買いに行ってこい! 銀河の、果てまで!!」
  次の瞬間、俺の放った渾身のアッパーによって打ち上げられたオーナーは、研究室の屋根を突き破るとそのまま夜空を急上昇して天に輝く星の一つとなったのだった。
  …………キラッ☆


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