戻る

change2
作:koro

───微かな心は記憶を閉ざす。
全てがそうといえば、違う。
ただ、不遇が重なっただけ。
でも、それになったのは必然だよ。
だって、君は正真正銘本物の『変化』が欲しかったんだろう?



 後に悪魔とわかる子供と、その後何度も会い、いつの間にか遊ぶようになった。単に遊べればどんな奴でも良かったようだ。
そしてあちらも、こちらの性格を嫌うどころか、
「その性格、良いね」 と褒めているのか貶しているのかわからない言い草をしたのだから気が合う、というのもあったようだ。  帰る間際にはいつも同じ言葉。
「変化、欲しくない?」
 自分もいつもと同じ様にいらないと返す。
 ある日、悪魔は言った。
「また今度も遊ぼうよ。きっと楽しいよ。色々とさ、変わるだろうし」
この言葉をそのまま受け止めれば、周りの環境とか自分とか。でも、そんな型に嵌った考えで通れないのが悪魔で、通らないのが自分だったのかもしれない。
 それっきり悪魔は姿を現さなかった。何時に公園へ行っても、こちらが来るのを計ったのごとく居たあの悪魔が。
 内心どうだったかは分からない。悲しさもあったのかもしれない。反面、会えないなら会えないで良いや、と冷めた所もあったのかもしれない。
つまり、自分にとってどうでもよかったんだろう。あちらがどう思っていたかは判りかねないが。



 遊んでいる夢。いつの記憶かはわからないし、本当に在った記憶かも分からない、曖昧な感じ。
 「───────」
 意識は先ほどまで夢の中にあった。勿論、夢から覚めるときにはちゃんと持ってきた。
 ・・・・・・ここも、どこだろうか。まだ夢の中、は無いだろう。目の前にある物は色々と現実味を帯びて
自分の視界に入ってきたから。
 目だけを動かし、右を見る。窓があり、その横に点滴やナースコール等。病室のようだ。
左を見る。ここの部屋の出入りに使われていると思われるトビラがあった。でも、そんな些細な事を断ち切るように、人が居た。
ソレは見る所、この病院に勤めている人の様だ。イスに腰掛け、何か書類のような物に目を通していた。
あちらは、視線に気付いたみたいで、イスを回してこちらを向いて話しかけてきた。
「起きたんだね。」
「・・・・・・」
「返事は出来る?」
「・・・・・・はい」
掠れた声しか出ない。
「起きてすぐに変な事聞くけど、名前は分かるかい?」
「・・・・・・初対面なので」
 逢った事は無いはずだ。それなのに名前を知るはずが無い。
「ん?あぁ。違う違う、自分の名前だよ」
 何を言うんだろう、この人は。自分の名前は、自分が一番知っておかなくちゃならない物だ。
それを憶えているかなんて。自分の名前は────・・・・・・? 自分の名前は・・・・・・名前?
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
 長い沈黙。部屋には何ともいえない空気が漂う。
「いや、すまない。起きたすぐにこういうのはいけないね」
 そういうと、逃げるようにして扉の奥に向かって行った。
 不快感。
話しかけられて不快になったとか、そんなものじゃない。
何かもやもやした気分が血液を渡って全身に広がる。
 名前を思い出せるか、と問われたときに自分の名前が答えられなかった。どうしてだろう。
 名前を知らなくても不思議じゃない自分が居る。
 でも知らなければまどろっこしくて、何か自分は大切な物を失っているのに、それに
気付かないみたいで悔しいのだ。誰か、この悔しさを拭ってくれる人は居ないだろうか。
・・・・・・それは今、誰もこの部屋に居ない状況で解決出来る問題じゃない。他に考える事がある。
 どうして、こんな所で寝ているのか。この病院に入る前、何があったんだろうか。記憶をさかのぼる。さかのぼればさかのぼろうとする程、結果は出ないのにもやもやだけが募っていく。
 どうやら自分は、名前も自分の過去も思い出せない、十分に絶望して良い状況の様だ。いや、何も知らないのに絶望、と言うのは違うか。
 
しばらくするとさっきの白衣の人が、誰か人を連れてこの部屋に戻ってきた。
その人から、疲労の色が見て取れる。物腰も何もかも、優しいけれど何処かおぼつかない感じ。
「自分は、出ているのでごゆっくりしてくださいね。」
そういうとそそくさとその人は部屋を出た。残された二人。あちらから声をかけてきた。
「こんな事、聞きたくないんだけど・・・・・・私の名前、覚えてる?」
 顔を見られる。こちらも見る。知らない顔がある。誰なんだろうか・・・・・・。
「すいません、憶えてない、というより逢った事さえあるのか疑わしくて・・・・・・」
 申し訳ない気持ちと、もやもやした物が湧き上がる。
「じゃあ、昔の事は・・・・・・」
「・・・・・・」
  「ごめんね、いつも仕事で忙くて構ってやれなくて・・・・・・。ごめんね。ごめんね」
謝られる。

ごめんね。

その言葉は深く自分に突き刺さってくる。まるで、ナイフの様に。やめてくれ。もう、忘れたことじゃないか。新しく始めてもいいじゃないか。
「・・・・・・謝られるのは、嫌いです」
 いつの間にか口にしていた。この言葉に意味を持たせるとしたら────
あぁ、そうか。嫌なら拒絶すればいいんだ。今みたいにハッキリと、明確に。何か、自分を見つけた気がして嬉しかった。
 ・・・・・・自分の名前を教えて貰わないと。そうすれば、もっと。
「教えてください、自分の名前、憶えて無くて」
 この言葉にハッとしたのか、
「・・・・・・そうよね、自分の名前もわかんなくなっちゃったのよね・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」
「あなたの名前は、圭吾。高田圭吾よ」
 高田 圭吾。
「高田圭吾ですね。有難うございます」
 これでまた、自分が少し分かった気がする。それが真実じゃなくても今の自分は何も無いんだ。疑う余地ナシ。
「圭吾・・・・・・貴方、大丈夫? もし不安になる事があったら相談してね。」
 記憶喪失・・・・・・か。
 大丈夫、と答えておく。
「圭吾、強いから、余計な心配は要らないよね・・・・・・。圭吾、お腹減ってるよね。私、林檎買ってくるね」
 そういってその人は、少しはお母さんらしい事しなきゃね、と付け加えて部屋を出ていった。あ、なんて名前か聞いてないな。
 外で待っていたのだろうか、白衣を着た人が入って来た。
「そういえば自己紹介はまだだったかな?僕は斉藤雄二だよ、圭吾さん」
 唐突な自己紹介。まぁ、名前を知ることは嫌じゃない。
「さっきの人、分かる?お母さんだよ。名前は、えっと・・・・・・そう。高田恵さん」
 高田 恵。憶えておく。
「記憶障害がみられるので、思い出せないことは無理に思い出さないこと。自然に思い出せばいいよ」
 そう、さっぱりといってくれた。でも、自分の事だけでも、必死になって作ってもいいよね?
「後、もうカラダ動かせるなら、一人でトイレとかも出来るよね?」
「問題ないです」
「それじゃあ、お母さんが帰ってくる前に退散するかな。三人で話すこともないしね。」
 そういって出て行く雄二さんを見送った後、一人になった。

 何も思い出せないんだろうか。本当に、全く憶えてないんだろうか?
これから思い出す事は出来るのだろうか。何も思い出さずに生きていかなければならなくなった時に、大丈夫だろうか。
こういう事を考えるのは・・・・・・自分に合わないな。
そして、こんな不安を恵さんは聞いてくれるといった。
 ・・・・・・だけど、どうしてだろう。この、心に残る嫌な感じ。ひたすら自分に追い込みを掛けていく様な。
この感じは後に回してもいいのだろうか。・・・まぁ、どうにでもなれ。
 



 『記憶』はオマケだね。混ざらないけど関わるからね。
 でもさ、オマケがそんなちっぽけな物じゃあ楽しくないな。
 オマケの付属品があったら愉快で面白いかも、ね─────。




 果物が買える所はここから遠いのか、幾分遅めに恵さんは帰ってきた。
右手には果物。カゴに入っている林檎が窓から入る光に反射して眩しい。
「ごめんね、遅くなっちゃって」
「いえ、こちらこそすいません。恵さんに迷惑かけっぱなしで」
あ、もしかして母さんは恵さんって呼ばないのかな?
「恵・・・・・・さん? って圭吾、私の名前思い出したの?」
不思議そうな顔。
「雄二さんに教えて貰ったんです」
「そう、よね・・・・・・」
見るからに寂しそうな顔だった。
「あ、ごめん。今剥いてあげるからね、ちょっと待ってて」
そういうと壁際にあるイスに座り、カゴから───


 耳鳴りがする。
 耳から入ってくる音がだんだん聞こえなくなってくる。背筋が冷たい。
体がソレを根から拒絶する為に、目を塞ぐ。
なんだろう、この感覚。
 殺される。と、現実味の無い情報は五感から伝う事無く直接脳に飛び込んでくる。
 殺される? なら先に殺せ。人間が持つ防衛反応がそう結論をだす。
 頭の中にある何かが吹き飛んだ。不快感は掻き消えた。じゃあ、何が吹き飛んだのだろう。
 そこで意識は夢の中、へ。


「・・・・・・起きたのかい?」
意識が戻ると、いきなり目の前に居る雄二さんに飛びかかりそうになる。
でも、その行動を実行する為に必要な手足が動かない。
それと、たまらなく気だるい。それがこの衝動を抑える壁にはならないが。
「大丈夫だよ。安心して」
そう言い、自分が落ち着くのを待ってくれた。
落ち着いたところで、先程沸き起こっていた衝動に意味を持たせるために質問した。
「あの、すいません。自分、あの後何したんでしょうか」
雄二さんはしばらくして、首を横に振りながら何も無いよ、と呟いた。
 何も無かった筈が無い。だって雄二さんの顔、怖ばってるじゃないか。
「教えて下さい」
「だから、」
「教えて下さい・・・・・!」
雄二さんは覚悟を決めて、諦めたように、話し始めた。
「君は、刃物を見ると錯乱状態に陥る。錯乱状態と言っても君の場合は、必死に自分を守ろうとする。だけど性質の悪いことに、目の前にある危険物から逃げる訳じゃない。排除しようとするんだ」
「それで、自分は」
不明瞭な、つかめない何かが怖い。
「君は、不安定で崩れそうだ。元から記憶を失って、何も無くなった所にトラウマと言う拭えない障害まで持ち合わせてしまった」
違う。何も無いのに不安定? 積み重ねてきたものがあるから崩れるんじゃないか。
「あれは、事故だ。どうやっても回避できない事故だ」
「・・・・・・事故?」
あ。
「・・・・・・錯乱状態の君がお母さんから果物ナイフを奪い、そのナイフでお母さんのわき腹辺りを数箇所刺し、現在お母さんは意識不明の重体だ」
「・・・・・・え」
耳より先に頭が理解した。目の焦点が合わない。
「自分が、刺した・・・・・・? 母、を・・・・・・」
物凄く濃い、ドロドロとした罪悪感。
「いや、先ほど言った様に事故として処理される。錯乱状態での『事故』なんだ。君が背負うことじゃない。僕は君を助けたい。 故意じゃないにも関わらず母を傷つけてしまって、挙句の果てに罪を償わなくちゃいけないなんてそんなの、見ていられない」
 痛い。その言葉が痛い。頭の中に芽生えた罪の意識は、『事故』と言う檻で償うことも出来ない。
 自分ではその消化することが出来ない罪の意識が肥大化していくのを止めることも出来ない。
 もう、いいか。利益の無い不幸を重ねたって、自分が生きる糧にはならない。それならなおの事、




  もう一度やり直そう。お願い、悪魔でもいい。自分に1からやり直せる変化をくれ。

それがたとえ、偽者でもいいから─────・・・・・・







 やっと自分から求めてくれたね。嬉しいよ。
全ては、この時。いや、この後の為に? 最初と最後の為に?
キミはどうかな。どうなればいいのかな。
それとも、どうなってもいいのかな・・・・・?








 ふっと頭に記憶がよぎる。でも、よぎるだけで闇の彼方へ消えていく。今まであった罪悪感も、一緒に闇へ。
 随分経って、目の前に子供が居るのに気づいた。
どうだろうか。子供を目の前に自分は初対面なのに、今までに会ったことがあるような感覚。この感覚はどこから来ているんだろう。多分あちらから。こっちは知らない。
「君は良いね。自分が嫌で嫌で、逃げたくて、それでも相手を握り潰したいと感じてしまうその心」
何を言っているんだろう、この子は。こちらはそっちの事、何も知らないのに。
「私、あなたと会ったことがある?」
会った事がある気がする。そんな根拠も無いけど実感はある質問にこの子供はどう答えるんだろう。
「君にしてみても僕にしてみても会ったことはあるけど、今、この時この環境で会うのは初めてだ」
つまり、会った事はあるけど自分は忘れてるだけ、か。そう解釈する。
「そうだよね。そんな気がしたんだ。あるような、ないような」
「僕はハッキリと君の事を覚えてるよ。今までの事も、これからの事も。君よりハッキリと、鮮明に。消えちゃうくらい」 それってどういう事なんだろう。この子は、わからない。けど、相手は私をよく知ってる。
「それじゃあ私、不利だよね。あなたの事を教えてよ」
知りたい。この子を知りたい。
「僕? 僕の事は教えてあげても良いけれど。でも、君はどうなんだい? 君の事は知りたくないの?」
・・・・・・確かに。自分が分からないな。名前はどうだろう・・・・・・?
「じゃあ、最初に私の名前を教えて」
「うん。君の名前は高田 蛍だ。タカダ ケイ。どう、分かった?」
高田 蛍か。うん、理解。
「それじゃ、今度はあなたの番だよ。教えてくれる?」
「僕は、君の友達」
む、それだけかい。自己紹介が少ないと嫌われちゃうよ。
「名前とかさ、もっとありふれた紹介をしてよ」
「名前・・・。僕に名前は無いからなぁ。じゃあ、ケイゴって呼んでよ」
おいおい。無いって訳が分からんぞ。
「名前が無いってのはかろうじて分かったよ。じゃあそのケイゴってのは何?」
「その人に興味を持ってね。今でも自分の中では最高の人物だよ」
へぇ。つまり好きな人の名前を取ったわけか。可愛らしいなぁ。
「そういや、何で私、自分の名前とか分からないの? 記憶喪失?」
「いいや、君は記憶喪失なんかじゃない。元から無いものに『された』物は喪失しない。今生まれたんだよ。君はさ」
あれれ、本格的に意味が分からない。どういうわけかこの子は、自分を困らせたいみたいだ。
「後、聞きたい事が。ここは何処なの? こんなに何も無い所は初めてだよ」
今までが思い出せないのに初めてなのは当たり前だけど。
「難しい質問だね・・・。えーっと・・・・・・どう説明すればいいのやら・・・う〜ん」
その考える仕草、可愛いんですが。
「あ、じゃあこうだ。言うなれば、記憶がすり替わったり入れ替わったり、無くなったりするところだ。具体的で分かりやすいでしょ?」
全然。
「・・・まぁいいか。これからどうすればいいの?何をすればいいかもわかんないから」
「何をすれば、か。それは後のことだし、君が良いなら僕がこれから案内したりと、一緒に居てあげようか?」
「む、それはアイノコクハクとかいう奴ですか?」
「いや、訳が分からない。僕は君とまた友達になりたいだけ。それだけさ」
こっちは友達になった事すら忘れていた酷い奴なのに、この子は優しいなぁ。
「こちらからお願いします。愛の告白でもなんでも受けてあげる」
「・・・・・・。まぁ、そうだね。愛の告白でもいいかもね・・・フフ・・・」
何か呟いているみたいだ。それはそうと、本当に今、何をすれば良いのか。
「君が生きるには申し分ない環境になったよ。じゃあ用も済んだし。僕は戻るね、じゃ」
そう言うと、暗闇から姿を消した。
 戻るって・・・・・・。どこに? つか、此処はホントに何処なんだろう。何処から出ればいいんだろう?
 暗闇から一点の光。その光は此方を導いているようだった。
「・・・あれかな?」
自分から近づかずとも光は此方に迫ってきて、蛍の体を覆い去った。





 先程の暗闇と違い、これは自然な暗さ。月明かりに照らされる部屋は、何か物悲しさを連想させるような、面白くも何もない空間。
ここは病室のようだ。暗くて良く見えない床には、何か落ちている。なんだろう。
ベッドから出て、床を覗いてみる。服だった。自分にサイズが合いそうな、質素だけどちゃんとした作りの服。
何故こんな所に? 人の服ならなおさらどうして。
考えていても仕方が無いので、その服を椅子に掛けた。
「あの夢、なんだったんだろう・・・・・・」
先程見た夢は、実にリアルだった。まるで本当にそこに居たかのような不思議な感じ。
そしてケイゴ。名前は無いと言ったあの子。本当に居るのだろうか。
『一緒に居てあげようか?』
あの言葉がリフレイン。
「か、可愛い奴だーっ!」
こんな所で騒ぐ女の子一人。変な奴と思われはしないだろうか。


戻る

□ 感想はこちらに □