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 ※お詫び 第12話『遊星より愛をこめて』は内容に不適切な表現が含まれているとのご指摘があり欠番となりました。





世にも奇妙で不幸な物語・13
『円盤が来た』


作:東讃岐小守護代池田中務少輔輝里




 人間には二つのタイプがある。日向を行くタイプと日陰で埋くまっているタイプ。人種や民族は言うに及ばず家族の間でもタイプが分かれる。そう、同じ両親から生 まれた兄妹であっても。現在、俺は大学にも就職にも失敗した駄目な兄貴、かたや妹は成績もスポーツもルックスも抜群の現役女子高生。しかも、よそ様や両親には 愛想が良いときている。俺だけがこいつの本性を知っている。俺と二人だけになった時の、妹の俺を見る目は庶民を蔑む傲慢な貴族の娘そのものだ。妹にとって俺は兄 として敬う対象ではなく、馬鹿にし蔑む対象でしかないらしい。第三者の目がある時は兄思いの健気な妹を演じるのだから誰もこいつの正体を知らない。だからいつだ って周りは妹の味方だ。ある日、珍しく妹が俺の部屋を訪れたと思ったら一枚の紙を渡してきた。見ると“誓約書”と書いてある。

「なんだよ、これ」
「いいから読みなさいよ」
 それが兄貴に対する口の訊き方かと思いつつも読んでみる。紙には1.私に話しかけない事、2.私に触らない事、3.私の視界に入らない事と書いてあった。

「なんだよ、これ」
「見てわかんないの? 誓約書よ」
 誓約書って…。

「いいからサインして」
「なんでそんな事しなきゃいけないんだよ」
「はっきし言って目障りなのよ。大学に失敗してまともに働きもしないごくつぶしが身内にいるなんて恥ずかしいったらありゃしない」
「俺だって好き好んでこうなったわけじゃない。一生懸命努力した結果だ」
「努力? 大学の一つも受からないくせに何を努力したって言うのよ」
「それは……」
「努力なんて誰にだってできるわよ。問題はそれが結果に結びつくかどうかよ。努力を誇るなら結果を出してからにしてもらいたいわね」
 うぐぐ…痛いところをついてくる。

「だ、だからってな、この誓約書はひどすぎるだろ」
「ひどい? 私からしたら部屋にアニメキャラのフィギュアやメカの模型を飾っているオタクが自分の兄だっていう方がよっぽどひどいわよ」
「べ、別にいいだろ。お前に迷惑かけたわけでもなし」
「迷惑よ。あんたの存在そのものがね」
 ムカッ。さすがに頭にきた。怒った俺は妹と口げんかをした。すると、両親が止めに来た。親父とお袋に妹を叱ってもらおうと思ったら、両親はまったく事情も聞か ずに一方的に俺が悪いと決めつけてきたではないか。俺が事情を説明しようとしてもまったく聞く耳を持たない。俺には叱る、妹には宥める、この扱いの差は何なんだ?  最後には何も悪くない俺に謝罪を要求してきたではないか。なんで俺が妹に謝らなきゃならないんだ? 俺は断固として拒否した。しかし、3対1では劣勢は否めずつ いに俺は泣く泣く敗北を認めるしかなかった。屈辱の言葉を口にした俺に妹は容赦なく追い打ちをかける。

「こんなのが隣の部屋にいるなんて我慢できないわ」
 はっ?

「そうだな、こいつの部屋は屋根裏にするか」
 ひっ?

「でも、屋根裏は狭いわよ。入りきらない物は捨てるしかないわね」
 ふっ?

「全部捨てちゃいなよ。どうせガラクタばっかなんだから」
 へっ?

「よし、いまから片付けよう」
 ほっ? 俺の抵抗も空しく部屋に飾ってあった力作たちが情け容赦なくゴミ袋に入れられていく。

「待て、それだけは駄目だ!」
 それは俺が連日の徹夜でやっと作り上げた空母“信濃”だ。完成してまだ10日しか経っていない。

「頼む、それだけはやめてくれ!」
 俺は土下座して頼み込んだ。あれだけ妹に謝るのを拒否した俺だが、信濃は苦労の末に作り上げた我が子も同然の存在だ。全長2メートルの信濃なんてそう滅多に無 いよ!?

「ふーん、これがそんなに大事なんだ」
 妹は俺の頭を踏みつけた。

「こんなもののために土下座までするなんてね。あんたにはプライドってもんがないの?」
 いまにも殴ってやりたい衝動に駆られるが信濃の安全が最優先だ。俺は必死に頼み込んだ。すると、妹が俺の頭の上から足をどかせた。

「そんなに言うならわかったわ。これだけは勘弁してあげる」
「本当かっ!?」
 パッと顔を輝かせて妹を見上げた俺は、妹が残忍な笑みを浮かべてバットを振り上げているのを目の当たりにした。そして次の瞬間、妹は信濃めがけてバットを思い っきり振り下ろした。無残にも船体を真っ二つにされる信濃に俺は茫然自失となった。こうして俺は屋根裏へと追いやられてしまった。忍者ハットリくんか俺は。屋根 裏には窓しかなく、俺は自費でランプとガスコンロ、鍋、ミネラルウォーターなどを買い込んだ。家への出入りは禁止されているので外へは窓からロープで降りるしか ない。トイレは近くの公園でするしかなく風呂も銭湯に通うしかない。去年の年越しは一人薄暗い屋根裏でどん兵衛をすすっていた。そんな救いようのない生活だが、 僅かながら楽しみもある。一つはロープで下に下りたところのすぐ横が風呂場で妹の入浴が覗ける事だ。グラビアの仕事もしているだけあって体つきは悪くない。たま たま下に下りた時に鼻歌が聞こえたので覗いてみたのが始まりだ。もう一つは窓から夜空の星を鑑賞する事だ。満天の星空が俺の傷ついた心を慰めてくれる。そんなあ る日、俺は望遠鏡を購入した。成人の日を迎えた自分へのご褒美だ。ちなみに家族からは祝いの言葉すらなかった。もう、俺は奴らからしたら天井裏を走り回る鼠同等 の存在でしかなかったのだ。
 それは望遠鏡で夜空を観測するようになって幾日か経過した夜だった。この日も俺は望遠鏡で空を見ていた。すると、昨日までなかった星があるではないか。新星?  心が躍る。だが、星はだんだん大きくなり、しかも動いているではないか。そして、光だけが見えていたその物体は大きくなるにつれその形を現した。その形に俺は自 分の目を疑った。

「UFO?」
 それはまさしくUFOだった。どうしよう、本物のUFOだよ。こんなに興奮したのは何年ぶりだろう。俺は雑誌に載っていた宇宙人と交信する方法を試してみた。 “ア・ナ・タ・ヲ・カ・ン・ゲ・イ・シ・マ・ス”通じるかな? 返事が来た。“ア・リ・ガ・ト・ウ”やった、通じた。俺はしばらく宇宙人と交信した。そして、宇 宙人は去って行った。また、明日会うことを約束して。次の日、俺は夜食を買い込んでいつものようにロープで上に上がろうとした。すると、風呂場から妹の鼻歌が聞 こえてきた。久しぶりに覗いてやろうと、この時点ではこれが最後の覗きになろうとは露にも思わずそっと窓を開ける。窓は妹の視線よりも上にあるのでそうそうバレ る恐れはない。兄貴を屋根裏に追いやった張本人は気持ちよさそうにシャワーを浴びていた。頭脳明晰、眉目秀麗、スポーツ万能と性格以外はほぼ完璧ともいえる妹は 全身から自信が満ち溢れていた。それに比べて俺は……。あーあ、妹と入れ替われたらなあ。そんな有り得ない事を言っててもしょうがない。俺はコンビニで仕入れた 夜食とあっちこっちで集めたガラス片を持って上に上がった。なんで、ガラス片なんか集めてるんだって? 昨日来た宇宙人がガラスが欲しいって言うからだよ。その 宇宙人の星はこれまで宇宙戦争に一度も負けた事が無いそうだが、ガラスも無いとの事で向こうでは宝石よりも価値があるらしい。だから、旅行先でガラスを仕入れた ら高値で取引されるそうだ。地球と異星との友好のために俺はガラスを進呈することにしたのだ。可能な限りあつめたガラスを渡すと宇宙人が大層喜んで何かお礼がし たいと言ってきた。友達ができただけで十分と断ったが、どうしてもと言うのでこれまでの身の上を話して妹と人生を入れ替えたいと言った。妹みたいな人生だったら いいのになと何回思ったことか。すると、宇宙人は銃らしき物を取り出して俺に向けた。

「えっ?」
 次の瞬間、銃口から俺に光線が浴びせられた。痛くは無い。だが、俺は瞬く間に体が変異していってワームみたいな怪物になってしまった。

「Д‖☆Иш¶£!!?」
 悲鳴を上げるも日本語を発することが出来ない。どうしたらいいかわからずジタバタしていると下から妹の怒鳴り声がしてきた。

「なに、どんどんしてんのよ! 静かにしなさいよ! お情けでこの家に置いてやっているんだからちょっとは遠慮しなさいよね!」
 もう風呂から上がったのか。兄貴が大変なことになっていると言うのに…。もう堪忍袋の緒が切れた。俺はもう人間じゃなくなった。怪物は怪物らしく人間を食って やる。


《妹視点》
 なにをドンドンしてんのかしら。私はもう一度静かにしろと怒鳴った。しかし、静かになるどころか余計ドンドンが強くなっている。いままでこんなことなかったの に。

「もしかして何かあった?」
 発作か何かあって苦しんでいる? 大変だ。私は急いで梯子を持ってきて天井の板を外して梯子をかけようとした。どうしよう、父さんも母さんも今日は帰ってこな いっていうのに。とにかく、上の様子を確認しなきゃ。

「待っててよ、おにい……、きゃああああああっ!?」
 一刻も早く兄を助けようと天井を見上げた私は気持ちの悪い怪物を見て悲鳴を上げた。

「な、ななななんなのよこれ」
 蛇みたいに胴の長い怪物だけど、頭らしきものは確認されない。目も鼻も無い。胴回りと同じくらいの大きさの口には歯が無かった。

「はっ、お兄ちゃんは?」
 茫然と見上げていた私はハッと我に返ると兄に声をかけてみた。……返事が無い。食べられたんだ。私の中で急速に恐怖よりも怒りと憎しみがこみ上げてきた。

「よくも、お兄ちゃんを…!」
 絶対にやっつけてやる。何か武器は…。カッターナイフでいいか。台所まで包丁を持ってくる余裕は無いし、棒とかだったら叩いてもあんまし効果が無さそうだし。 とにかく手元に武器が無いと女の非力では到底太刀打ちできない。大丈夫、見たところそんなに動きが敏捷で……

「えっ?」
 怪物がちょっと動いたと思ったら、次の瞬間には私の視界いっぱいに大きな口が迫っていた。そして、気づいたら私は怪物に呑み込まれていた。

「ちょっ…」
 食べられるという恐怖に私は半狂乱になって何とか口から脱出しようとした。だけど、口の中が案外狭くて思うように動けない。せめて両手が使えたらまだなんとか やりようがあるんだけど。そうこうしているうちにも私はどんどんと呑み込まれていく。私は死に物狂いに足掻いた。

「誰か助けて! 誰かぁ!!」
 出せる限りの大声で助けを呼んだりもした。このまま消化されちゃうと思うととても正気を保てない。現に怪物の体内から分泌物が出てきている。動物のましてや怪 物の体の構造なんてまったく知らない私でも、これが私の体を溶かしていくものであろう事ぐらいは容易に推測できる。現に私の服が溶けて無くなっていっている。じ わじわと体を溶かされる苦痛がどのくらいのものか想像するのも恐ろしい。それならいっそ噛み砕いてくれた方がマシだ。

「誰でもいいから助けてよぉ!!」
 自力での脱出は不可能だ。助かるには誰かに来てもらうしかない。でも、この家にはもう私しかいないし、隣家も留守だったり空き家だったり空地だったり耳が遠い おばあさんしかいなかったりして私の声が届くわけもなかった。それでも私は叫び続けるしかなかった。まだ死にたくはなかった。いくらなんでもこんな死に方は惨た らしすぎる。
 ……。一時間ぐらいが経過しただろうか。私は疲れ果てて声も出せなくなっていた。もうどうでもよくなっていた。このままただ消化されていくのを待つだけ。服も 下着も靴下も全部溶けてなくなっている。でも、不思議なことに私の体はなんともない。痛くもなんともないのだ。服だけを溶かす分泌物なんて…。この怪物はどうや って獲物を消化するのだろう。この怪物の栄養になるのが私の逃れない運命だとしたら、せめて苦しまずに死なせてほしい。

「ごめんね、お兄ちゃん……」
 私はお兄ちゃんに立ち直ってもらいたかった。それなのに、お兄ちゃんは自分で現状を打開しようともせずに現実から逃避するばかり。見るに見かねて私は古来より 伝わる『獅子は我が子を谷底に突き落とす』『かわいい子には旅をさせよ』を実践することにしたのだ。でも、それはもう水泡に帰した。

「眠たくなってきた……」
 もう夜も深い。疲れ切った私はそのまま寝ることにした。寝ている間に私は消化されているだろう。他の生物に食べられて苦しまずに死ねるとしたら、それはある意 味幸せな最期かもしれない。だが、世の中そんなに甘くはなかった。さっきまで動きを止めていた怪物が急に体内を締め付けてきたのだ。ものすごい力だ。体中がミシ ミシいっている。

「ちょ…やだ…つぶれ……」
《妹視点・END》


 妹を呑みこんだ俺はしばらくそのまま放っておいたが、いつまで経っても消化される気配が無い。最初暴れていた妹も疲れたのか動きが鈍っている。俺の腹から妹が 逃げ出すのは無理だ。だが、いつまでも腹ん中を動かれるのは気持ち悪くてしょうがない。別に痛くは無いのでそのうち消化されるだろうと放置していた。ところが、 いつまでたっても消化されない。業を煮やした俺は腹に力を入れて妹を押し潰す事にした。さすがに人間を潰すのは容易ではなかったが、しばらくしてボキボキボキッ と骨が砕かれる音がした。もうそれ以上は潰せないと思った俺はあとは自然に消化されるのを待つことにした。全身の骨が砕かれたというのに妹は時々ピクッピクッと 痙攣程度だが動いている。まだ生きているのだろうか。まあいい。ゆっくり待つさ。満腹になった俺は眠たくなってきたのでそのまま寝た。
 翌朝、目が覚めた俺は体の異変にすぐに気づいた。人間に戻っているのだ。しかし、俺自身にではない。なぜか女になっているのだ。起きてすぐに気づいた。素っ裸 なので一目で自分の体ではないのがわかった。急いで洗面所に行ってみると鏡に映っていたのは妹だった。

「これは一体……」
 俺は宇宙人にワームにされ、動物の本能に従って妹を捕食した。それがどうして妹になってるんだ?

「あ、ひょっとして」
 思い当るのは宇宙人に妹と人生を入れ替えたいと言った事だ。宇宙人はそれを体を入れ替えたいと勘違いしたのだろう。だとしたら妹はどこに? あの怪物になって どこに行ったというんだ? いや、あんな化け物が外に出たりしたら今頃騒ぎになっているはずだ。いろいろ考えた挙句に妹と体を入れ替えたのではなく妹の体を乗っ 取ったのだという結論に達した。思いもかけない事に茫然となっていた俺だが、状況を理解するにつれ笑いを堪えることができなくなった。もう、日陰で生きることは ないのだ。これからは日の当たる場所で生きられるんだ。だとしたら妹に感謝しないとな。あいつが俺を屋根裏に押し込めなかったらあの宇宙人に会う事も無かったし、 これからも妹の陰に隠れて日の当たる事も無く終わっていただろう。

「ありがとうよ。これからはお前の分まで楽しんでやるからな」
 カーテンを開けて朝日を体に浴びる。朝日がこんなに心地良いなんて初めて知ったよ。ふと窓の外を見下ろすと男子中学生3人組がポカンと口を開けてこっちを見上 げて固まっていた。





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