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世にも奇妙で不幸な物語・11
『ダーク・ゾーン』


作:大原野山城守武里




 今年もこの日が近づいてきた。そうクリスマス。私のお爺ちゃんはサンタクロース。遠い親戚にサタンクロスがいて家の紋章はサザンクロスよ。長年、子供たちにプ レゼントを配ってきたお爺ちゃんも老齢のためにそろそろ引退を考えているみたい。そうなると私が後を継ぐことになる。本当はパパが跡継ぎだったんだけど、冬戦争 で死んじゃった。大好きなお爺ちゃんのためにも死んだパパのためにも立派なサンタクロースになってみせる。そのためには練習しないとね。


 いつからだろう。クリスマスが嫌になったのって。街を歩くカップルを見るたびに心の中で吐き捨てる。サバイバルナイフでこいつらを切りつけて忘れられない思い 出を刻み込んでやりたいという衝動を必死に抑えながら俺は家路を急いだ。俺には生まれてこの方彼女というものができたことが無い。おまけに大学入試に3回失敗し て、今年は就職に切り替えたものの未だ浪人の身だ。兄貴夫婦の家に居候しているが、兄嫁には露骨に厄介者扱いされている。くそっ面白くねぇ。あーあ、人生をリセ ットできたらなーっ。そんで今度は女の子で人生を送りたいな。それも、めっちゃかわいい子で。実は俺は義務教育の頃から女性化願望があった。別に性同一性障害な わけではない。きっかけはほんの出来心で姉の制服を着てみた時だった。それ以来、女装が病み付きになりいつしか本当の女の子になりたいと思うようになったわけ。 女性化への渇望は受験にも就職にも見放された今年になってますます強くなっていった。だって、このまま男でいても良いことなさそうだしよ。あーあ、女になりたい な。


 サンタクロースの修行と言っても私にはまだプレゼントの仕入れは無理。だから、初めは欲しい物をあげるんじゃなくて、その人の願いを叶えてあげることから始め ようと思う。でも、私の力ではその人の願いを叶えてあげるには、その願いに込めた思いの強さに左右されてしまう。つまり、その人が本当の本当に願いを叶えたいと 思わないと駄目なわけ。だからって、あいつを殺したいみたいな恨みを晴らす願い事は勘弁ね。どうせなら叶えるのはロマンティックな夢にしたいよね。


 周囲には俺が女装している事は秘密にしてある。もし、あの兄嫁に知られたらそれを口実に家を追い出されかねないからな。あの女、俺の事が心底邪魔みたいで寮付 きの求人を見つけて来ては面接に行くように強要するのだ。とにかく寮付きであれば内容とか給料も関係なしで、そりゃ贅沢ばっか言ってられないのもわかるけど、や ろうと思えばできるって言葉にも限度がある。今日も兄嫁が探してきた求人の会社に面接に行ったが、あの感触だと期待薄だな。また、兄嫁にネチネチと言われるんだ ろうな。


 うーん、願いを叶えてあげたくなるような人ってなかなか見つかんないわね。まあ、何を基準にして決めたらいいか自分でもわかんないんだけどね。


 案の定、兄嫁がネチネチ言ってきたので俺は家を出て高校時代のクラスメートだった奴の親父が管理人をやっているアパートに行った。親父さんの好意で空き家を使 わせてもらっている。水道もガスも電気も無いが女装道具を置いておくのに使っている。仕事先が決まればここに引っ越そうと思っている。女装を終えた俺はドアをそ っと開けて外に誰もいないのを確認してから外出した。女装していると自分が別人になったかのような錯覚に襲われる。女の格好しているだけなのにまるで生まれ変わ ったような気分になれる。誰も俺が女装しているとは思っていないだろう。何度も鏡で確認した。少しでも女装とバレてしまいそうな箇所は訂正してある。皆、俺を女 性として扱ってくれている。昔はそれで俺の欲求は満たされていた。でも、最近はそれで満足できないようになっていた。どんだけバレない女装したとしても所詮は紛 い物にすぎない。俺は本当の女になりたいんだ。こんな何をやっても報われないしがない野郎よりもかわいい女の子になった方が人生楽しいに決まっている。でも、男 が女になるなんて不可能に近い。だったら……。


 とりあえずアンケートを取ってみたんだけど、“彼氏ほしい”だの“ダイエット成功したい”だの“あのバッグほしい”だのそんなのばっか。そういうのは自分の力 で何とかしてほしいわね。もっと、こうなんていうか切実な願いとかって無いものかしらね。


 現世に期待できないなら来世で……。もうこの世には俺の居場所なんてない。前に女装趣味の連中が集まる催しとかに参加したことがあったが、連中は女装しただけ で満足してしまっていた。俺はただの女装趣味じゃない女性化願望を少しでも満たすために女装してるんだ。でも、それもただの気休めにすぎない。どんだけ女らしく 見せるように女装してもそれは女装の域を超えない。もう、現世では俺の願望を成就することはできそうにない。だったら、来世に賭けるしか……。


 今日はもう疲れちゃった。続きは明日にして家に帰ろうかな。あれ? あの人なにやってんだろ……。えっ?ちょっとぉっ!?


 もう、この世には未練はない。川に飛び込んで人生を水に流してやる! 俺は川にダイブしようとした。


 待ってぇ! 私は川に飛び込もうとした女の人を抱きとめた。多分、この人は自殺しようとしていた。何があったか知らないけど死のうとしている人を黙って見過ご すわけにはいかない。


 だ、誰だ!? 俺は見知らぬ女に抱きつかれた。は、放せ!


 やだ! 放さない! 絶対に放さないから!


 ったく、何だってンだ? この女。


 私は間一髪女の人を助けることができた。どうして川に飛び込もうとしたのか、私は訊いてみた。


 俺を助けた女はなぜ飛び込もうとしたか訊いてきた。俺はそっぽを向いた。何も言う事は無いという意思表示だ。言ったところで理解されるとは思わないしバカにさ れるだけだ。それに下手な同情をされても嬉しくは無い。気が削がれた。俺は女を無視して立ち去ることにした。


 えっ? ちょっと待って。私は女の人にしがみついた。……あれ?


 わっ!?


 私は彼女の腰にしがみついた。んで、たまたま手が彼女の股間に。なに、これ? なんか、もっこりしてる……。って、ええっ!? もしかして、これって……。


 いきなりの事で俺は言葉がでなかった。初めて会った女に股間のイチモツを触られたらそりゃリアクションに困るだろ。


 この人…男? 嘘…全然そうは見えない……。


 俺が男だったことに彼女は戸惑いを隠せないでいるようだ。気まずい空気が流れる。ちっ、俺は開き直ることにした。笑いたきゃ笑え。


 いや、全然笑えないんだけど……。女の人が川に飛び込もうとしているのを止めたら実は男の人だったって意味がわかんない。もし、良かったら事情聞かせてくれな い? これも何かの縁だ思うし。


 縁って…。まあ、いいか。俺は彼女に大学入試にも就職にも失敗した事、兄貴の家に居候しているが兄嫁に厄介者扱いされている事、女体化願望があって女装趣味に 走っているが女体化できない現状にうんざりしている事を話した。意外と彼女は真剣に耳を傾けていた。


 彼からいろいろ事情を聞いたら、要するに何もかもうまくいかない上に居場所も無くて世の中が嫌になっている事がわかった。なんで女の子になりたいかはちょっと 理解しかねるけど、願い事を叶えてあげるのってこの人にしようかな。私は彼に提案した。あなたの願い事を私が叶えてあげようか?


 はっ?


 私、こう見えてもサンタクロースの孫なの。なんでもいいわ。ひとつだけあなたの願いを叶えてあげる。そうすればあなたが死ぬ理由はなくなるでしょ?


 サンタの孫? 一笑ものの冗談だが彼女の言う通りこれも何かの縁だ。俺は彼女に合わせる事にした。願い事はやっぱし、かわいい女の子になる事だな。


 女の子? 就職とか、彼女ほしいじゃなくて? うーん、参ったな。まあ、いいや。えい!


 彼女が「えいっ」と俺を指さした瞬間、ボンッと俺は白い煙に包まれた。なんだ? この煙は。目と口をガードする。しばらくして、俺は恐る恐る目を開けた。パッ と見ではそんなに変わっていない様に見える。試しに胸を触ってみるとムニッとした感触が。えっ? モミモミ。決して大きいとは言えないが確かに胸の感触だ。次に 股間を確認すると…無い。きれいさっぱり無くなっている。マジ? マジで俺、女の子になってる? 夢みたいだ。確認するため頬をつねる。痛い。夢じゃない。本当 にサンタの孫だったんだ。やったぁ!


 彼は完璧に女装していた。だから、その見た目のままに彼を女性にした。彼の喜び様と言ったらさっきまで自ら人生を終えようとしていた人とは思えないくらいだっ た。こんなにも喜んでくれたら私も嬉しいんだけど…ちょっと本当の事は言いにくいな。でも、後で知って絶望してファントムになられても困るから今のうちに言っと こ。あのね、女の子になれるのは一晩だけなの。


 ……。長年の悲願が叶って喜びを爆発させていた俺は彼女の告白に体がフリーズした。一晩だけ…? え、じゃあ夜が明けたら男に戻るの? 女は黙って頷 いた。俺は再び固まった。


 よっぽどショックだったのか彼(彼女?)は固まったまま動かない。おーい、大丈夫? 大丈夫じゃないみたいね。やっぱり、先に言っておくべきだったかも。もう 詮無きことなんだけどね。じゃ、明朝にまた会いましょ。私は逃げるようにその場を去った。これ以上、あそこには居づらかったのだ。


 せっかく女になれたのに一晩経てば男に戻るなんて……。一晩って短すぎだろ。俺がフリーズしている間に女はいなくなっていた。一晩……。駄目だ。 ショックが大きくて限られた時間で女体化を楽しもうという思考が働かない。限られた時間で女の子を満喫しなければと思うのだが、どうせ明日には元に戻るんだし、 と思うとやる気が失せてしまう。だって、夜が明けるまでって言うけど、睡眠時間を入れたらあと数時間しかないじゃないか! 畜生! 俺は落ちていた空き缶を思い っきり蹴とばした。空き缶は勢いよく壁に跳ね返り俺の頭に直撃した。ヨロッとなった俺は街灯に頭をぶつけて気を失った。


 夜明け前になって私は彼を探した。あと一時間もしないうちに彼は元に戻る。その時にちゃんとフォローしてあげないと落ち込むどころかファントムを生み出しかね ない。えーと、どこにいるのかな。あ、いた。あんなところで寝てる。おーい、起きて。


 体を揺さぶられているのを感じて俺は目を覚ました。目の前にはあの女の顔があった。寝起きでボーっとなっていたが、すぐにハッと覚醒した。こいつがまた現れた って事は……。やはり、そうだ。向こうの空が少し明るくなっている。もう、夜が明けようとしていた。それはつまり俺の女体化が終わることを意味していた。気絶し ていたせいでほとんど女体化を満喫していない。やだよ! 俺は女にすがりついた。頼む、俺を男に戻さないでくれぇ!


 彼は涙をいっぱい流して私に哀願した。しかし、私にはどうすることもできない。お爺ちゃんが言っていた。「プレゼントちゅう物はただ闇雲に渡せばそれでええっ てわけじゃねえぞ。ちゃんと考えてあげんと却ってその子を不幸にする事もあるんじゃ。よぉ覚えておくんじゃぞ」私はもっと考えてあげるべきだった。人を幸せにし てあげるどころか逆に不幸にしてしまった。彼はずっと私の脚にしがみついて泣き続けている。しかし、時は冷酷に針を進める。もう夜が明ける。それと同時に彼の体 から白い煙が上がってくる。この煙が消えると彼は元の姿にもどる。


 俺の体から白い煙が。女になった時と一緒だ。ってことは、この煙が消えると俺は男に戻る? 嫌だ。もうあんな冴えない男にもどるなんて絶対に嫌だ! 嫌だ、嫌 だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ、嫌だ! 俺は何度も繰り返した。


 白い煙はそろそろ消えて彼は元の姿にもどる…はずだった。えっ? これってどういう事? 彼の体が男の人と女の人に交互に入れ替わっているのだ。男になったと 思ったらすぐに女に。それを0.2、3秒ごとに繰り返しているのだ。彼の女でいたいという意思が男に戻るのを妨げているというの? そんなの有り得ない。想定外 の事態に私は怖くなってきた。やがて、彼を覆っていた煙が白から黒に変わり、彼の口や鼻や耳から大量の黒い煙が噴き出した。彼はよろよろと立ち上がり、私は彼の 目を見てギョッとなった。彼の白目が黒に瞳が赤くなっていたのだ。これって、まさか…暴走!? 私は叫んだ。もう止めて! あなたはヒトの域を越えようとしてい るわ。それ以上いくとヒトにもどれなくなるっ!

 俺がどうなったっていい。世界がどうなったっていい。だけど、せっかく手に入れたこの体だけは! うおおおおおおおっ!!


 彼は顎が外れるんじゃないかってぐらい口を大きく開けて咆哮した。黒と赤だった目も完全な白目になっている。ブライト艦長と逆ね。なんて呑気な事を言っている 場合じゃないわ。彼が噴き出る膨大な量の黒い煙はすっかり辺りを覆い尽くしてしまった。まるで故星を人類に破壊されて復讐しにやってきた宇宙大怪獣がまき散らし た黒煙みたいな私の周囲は闇に包まれた。一体、何が起きているのか。ただ、彼がヒトの枠から外れようとしている事はわかる。バチバチと彼の全身から電気が走り、 次の瞬間彼の体はドロドロになって崩れ落ちた。彼は自ら自分という個体を形成する自我境界を壊してしまって己が肉体を維持できなくなったのだ。私はものすごく後 悔した。彼がどれだけ女の子になりたかったかを考慮することなく安易に彼を女体化させてしまった。その結果、彼は人としての自分さえも失ってしまったのだ。ごめ んなさい…。私は彼に詫びた。だが、私は足元の異変に驚愕した。さっきまで固い地面だったのが、まるで沼みたいにドロドロになっていたのだ。これって? ハッと 気づく。ドロドロになった彼が周囲に広がったのだ。私は急いで足を抜こうとした。しかし、抜けない。どんどん私の体は沼に引きずり込まれていく。誰かぁ!! 私 は助けを呼んだ。しかし、辺りの闇が音を遮断しているのか、それとも既に別の世界に引き込まれているのか、返事は返ってこなかった。そうしているうちに私の体は 沈んでいき、腰のところまで埋まってしまった。私は両手を突いて這い上がろうとしたが、その両手さえも沼に埋まってしまった。こんなことって……。一人の人間が ここまでできるというの? 人間の力がここまでになるなんて……。その力の源は…夢?いえ、違うわね。欲望。人の欲は果てしないって聞いた事あるけど、まさかこ こまでだなんて……。天と地と万物を紡ぎ、相補性の巨大なうねりの中で、自らをエネルギーの凝縮体に変身させているんだわ。自分の願いをかなえる。ただそれだけ のために。はっきりと理解した。私は自分が彼の欲望に取り込まれようとしていると冷静に分析した。自分でも驚くぐらい冷静に。もう、わかっているのだ。自分がこ のダーク・ゾーンから脱出できないことを。とうとう私は首だけが出ている状態になった。体の感触がなくなってきた…。神経がマヒしているんじゃない。体が溶けだ しているんだ。彼は女から男になる瞬間のどちらでもない状態、わずか0.5秒という極めて限られた時間に欲望を爆発させた。それが、彼に人としての限界を越えさ せてダーク・ゾーンを生み出したのだろう。これが意図してなのか、それとも偶然の産物かは私にはわからない。しかし、確実なのはこの世界の理(ことわり)を越え た新たなる生命が誕生するという事。その代償として私は……。ごめんね、お爺ちゃん……。


 気が付いたら俺は一人だった。もうすっかり空が明るくなっていた。さっきまでのは夢だったのか? えーと、どうなったんだっけ? よく覚えていない。って、あ れ? 服が違う……? これは…あの女の服だ。俺はトイレに駆け込んで鏡で自分の姿を確認した。驚いたことにあの女にそっくりではないか。どうなってんだ? そ うか、あの女はサンタクロースの孫って言ってたな。多分、これはあの女サンタからのプレゼントなんだ。なんで、自分の姿に似せたかわからないが。でも、かわいい からいいか。とびっきりのクリスマスプレゼントだ。俺は小さく呟いた。“メリークリスマス”と。









 次回、世にも奇妙で不幸な物語第12話【遊星より愛をこめて】
 若い女性が相次いで不審の死を遂げる事件が発生する。被害者の共通点は皆、同じ腕時計をしている事となぜか下着まで男物を着用しているという事と、そして全員 が身元不明だという事だ。目撃証言も無く手がかりは被害者全員が身に着けていた腕時計のみ。しかし、その腕時計を製造しているメーカーは世界のどこにもなかった。 さらに、調査を進めるうちに思いがけない事実が判明する。この腕時計に使われている素材は地球には存在していないのだ。実は、この事件の裏には宇宙人の恐るべき 陰謀が秘められていた。お互いの星の命運をかけて人類と宇宙人の死闘が始まる。





あとがき
 今回は本人が不幸になるのではなく、他人を不幸にしてしまう話にしました。急遽、思いついて執筆したため時間をかけることが出来ず、女性化したい思いの強さが 表現しきれなかったと思います。次はもっと時間をかけてやりたいと思います。
 作中、仮面ライダーを元ネタにしている箇所があるんですが、お気づきになられますかね?

 ※サンタクロースには愛人に産ませた隠し子がいるという設定なのでサンタさんの家系は途絶えませんのでご安心ください。





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