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スーパー風呂敷〜眼鏡君の逆襲〜

(第二章)

作:ゴマぎら






チュンチュン、チュン

小鳥がさえずる鳴き声が聞こえてくる。
清々しい朝を告げる太陽の朝日は些鴎家の屋敷の窓にさしこみ、真璃の部屋を明るく照らしだす。
真璃は自室のベッドの上で布団に包まり眠っていた。

チュン、チュン

「ん、うるさい……。」

真璃は小鳥の鳴き声を鬱陶しく感じて頭を布団の中へ引っ込ませた。鳴き声が聞こえないようにするためである。

チュンチュンチュン

しかし布団越しでも小鳥の声は聞こえてくる。

「うるさい……。」

チュンチュン

「うる……。」

チュンチュンチュン

「ええぃ黙れ目覚まし時計!」

ガシャン!

真璃は左側にある棚の上の目覚まし時計を左手で掴み取り、思い切り床に叩き落とした。
小鳥の鳴き声を出す目覚まし時計は鈍い音がして砕け散り、バラバラになった。

「おはようございます真璃様」

ようやく目覚めた真璃。側にはすでに赤髪のメイドが立って待機していた。
起きたばかりで頭が回らない真璃だが、徐々に脳が目覚めてきた。

「ん、君か……アイツはどうした?」

いつも朝になったら葵が真璃を起こすのが日課だったが、今日は葵の姿が見当たらないため疑問に思ったのだ。

「もうお忘れですか? チビ君は昨日……。」

赤髪のメイドが言いかけた時、ようやく真璃は思い出した。たしか変な風呂敷で葵の奴、女の子になったんだよな。

「今思い出した、悪いが朝の準備を頼む。僕はとある策を練る必要があるから。」

真璃は左にある棚の引き出しを開けた。中にはいくつも眼鏡が入っており、真璃はその中から1つだけ眼鏡を取り出し掛けた。

「はい、ですがお時間の方はよろしいのですか?」
「時間? 何を言っている、時間ならたっぷりと……あれ?」

よく目を凝らして正面にある柱時計の時刻を見ると8時10分を回っていた。あともう少しで朝のホームルームが始まるではないか!
真璃の顔がサーッと青ざめる。

「何故だ!? 何故僕は起きれなかった!?」
「申し訳御座いません、あまりにも気持ちよさそうに寝ていたものですから起こすのが気の毒かと思いまして。」

そういえば今日の夢は山埜をぶっ飛ばした夢だったな……そのせいか!!
真璃は唇を噛み締め自分の失態を悔やむが、そうしている間にも時間は刻々と過ぎてゆく。

「ええいこんな事考えている暇は無い、早く僕を学校へ! でないと成績に悪影響が!」
「あの、今の真璃様の成績なら多少遅刻しても特に問題は無いと思いますが?」

真璃は首を横に振る。

「それはナンセンスなんだよ、すぐに学校へ向かう。いや、このままでは間に合わないな……仕方がない、例のアレに乗って学校へ行く。」
「アレで御座いますか?」

赤髪のメイドは少し表情が曇った。

「しかしアレは危険過ぎます。真璃様にもしもの事があったらご主人様に申し訳が立ちません。」
「致し方あるまい、多少の危険は承知の上だ。遅刻するよりマシだからな。」

赤髪のメイドは冗談かと思ったのだが、真璃は本気でそれで行く気であった。
あんまり長引かすのも真璃に申し訳ないと思い彼女は折れる事にした。

「わかりました、すぐに係りの者に用意させます。」
「すまない……もしもの事があったら父上によろしく頼む」

真璃はベットから起き上がって部屋にあるクローゼットに移動した。
その中にあるクリーニングされハンガーに掛けてある制服に手を伸ばし着替え始めた。
クローゼットの側にある椅子の上に例の風呂敷が折り畳まれて置いてあった。
昨日の内に忘れないよう真璃は自分で置いていたのだ。
制服を着用後、折りたたんである風呂敷を制服の内ポケットに入れ準備を整えた。

「真璃様は変に真面目なんですから……。」

赤髪メイドの呟いた声は急いで部屋を出た真璃に聞こえていなかった。
彼女は携帯してある無線機を使い、何人かの者にアレの出動の為に指示をしてから真璃の後を追った。
その後すぐに何人かの彼女の指示を受けた使用人達は、今している仕事を一旦止め皆集まりだした。

「ついにあの恐怖のマシンを動かす事になったか。」
「真璃様のご命令だ、すぐにとりかかるぞ!」

彼らは庭の一角にあるガレージへ向かい中へ入っていった。
あまり大きく無いガレージに一台だけシートを被せてある車があった。
彼らはそのシートを外すと中から埃を被った車が姿を現した。だが周りが暗くて外見がどんな形かは今の所見えない。
指示を受けた人達は人力で車をガレージから外へ出してから素早く洗浄し、キレイになったところで庭の中央までもう一度人力で車を押した。

「ハローもしもし! ……はい、はい。アイムアンダースタンド!」

廊下を掃除をしていた黄色髪のメイドも赤髪のメイドの指示を受け、掃除を中断し、急いで庭に駆けつけた。
走っている最中、彼女は着ていたメイド服を脱ぎ捨てた。すると、彼女の服は個人で持っている私服に早変わり。
上は皮ジャンで下はGパンといった男らしい服装である。
彼女が庭に着いた時には車は庭の中央に配置されていた。
そこまで人力で押した人達は息を切らし倒れている者もいた。
黄色髪のメイドは彼らを見てニコっと笑った。

「どうもお疲れ様です! ネクストマイターン、後は任せてください!」

それを聞き、車を押した男達は彼女にグットサインを送って去って行った。
ちょうどその時、焼きたてのパンを食べながら玄関を飛び出す真璃が現れた。

「真璃さま〜、お車の用意はオールオーケーでーす!」

庭の中央に少し型の古い黒色の車が止まっており、真璃はそれを確認すると足を止めてゴクリと唾を飲み込んだ。

「真璃様、早くしなければ遅刻しますよ?」

パンが入っているバスケットを持ちながら、赤髪のメイドは真璃の背後から言った。

「わかっている……が、いざアレに乗ると思うと怖くてな。」

真璃の背中は汗でグッショリになり、心なしか手足が震えているように感じた。

「……やはり止めておきますか?」
「いや、ここまで来て引き下がったら男じゃないからな。」

真璃はそう言うものの、眼鏡がずれていた。

「話しは変わりますが、チビ君はどうします?」
「後で携帯を使って指令を送る。それまで学校付近で待機させておいてくれ。」
「それでしたら他の者にやらせます。」
「頼んだぞ。」

赤髪のメイドの見送りを受け、真璃は恐る恐る車に近寄る。黄色髪のメイドは運転席に座り、真璃は後部座席に座った。
車内の後部座席のシートの上に先ほど車を押した人が残した、フルフェイスのヘルメットが置いてあった。
真璃はすぐにそれを被りシートベルトもしっかりと締めた。

「よし、行ってくれ!」

真璃の指示を聞き、黄色髪のメイドは車のエンジンを掛けた。

「イエスサー! では〜、レッツドライブ!」

ブゥイイイイイィイィイイイイイン!!

いきなりアクセル全開で真正面に走り出す車。
突然の加速に真璃は背中のシートに押され、初期速度にしたらあり得ない加速の仕方に舌を噛みそうになった。

「ギャアアアアアア! いきなり事故るぅ!!」

真璃を乗せた車は壁に激突する寸前に右折し、無茶苦茶な方向に進んでから屋敷の門をくぐった。

「テゥデイの“グランドオメガ”はご機嫌ですね〜真璃さま」
「いや、ずっと汚いガレージに置いていたから不機嫌かもしれない!」

グランドオメガ、それがアレと言われたこの車の名であった。
この車は真璃の父親が友人から譲り受けた貴重な物らしいが、ほとんど人の運転を受け付けず勝手に動くひねくれたような車である。
ただ最高時速はレーシングカー並にあり、瞬時に加速減速が可能とかで大変危険。
それに加え感情があるのか、機嫌が悪いと車に乗っている人を酷い目に合わせるらしい。
ただ、特定の人とだけ心(?)を開くそうだ。

「ネクストはカーブです。真璃さま〜舌噛まない様にベリーキャーホーしてくださいね。」

グゥオォン!

グランドオメガはドリフトならぬ、直角曲がりを何気なくこなした。
そのせいで真璃はシートベルトをしているにも関わらず、上下逆の逆立ち状態になってしまった。
もちろん眼鏡もずれている。

「おい今直角に曲がったぞ! 全然生きた心地しないから普通に曲がってくれ!」

一体このマシンはどうなってるんだか。黄色髪のメイドすらそれを知らない。
グランドオメガに乗って数分と立たぬうちに見覚えのある道に出た。

「もうすぐスクールに着きますよ真璃さま〜!」

気がつくと、もう学校が見える所まで来ていたのだ。今ぞ! っと言わんばかりに真璃は黄色髪のメイドの肩を叩いて呼びかける。

「そうか! もういい、降ろしてくれ!」

「えー、でもグランドオメガがもうちょっと走りたいって言ってますよ……久しぶりに走ったからもう少し走りたいみたいです。」

今以上にはしゃいだら絶対に警察に捕まる! 残念そうな顔をしている黄色髪のメイドだが強くそう心に思った。

「いいか、僕が降りたら真っ直ぐに家に帰るんだぞ! グランドオメガも君も!」
「アイムアンダースタンド、でもグランドオメガは聞くかわかりませんよ?」

真璃は数秒考えてからある提案をした。

「意地でも帰らせるんだ、帰ったら洗浄してワックスがけしてやると言ってくれ。」

“洗浄”とか“ワックス”と聞こえた途端、車内のコンピューターみたいな物がピコピコと反応した。

「あ、それならノープログレムだと言ってます。では行ってらっしゃいませ真璃さま!」

真璃が車から降りるとすぐさまグランドオメガは急発進して帰路についた。しかもバックで……。

「あの車にはもう二度と乗らない! 誓ったぞ!」

グランドオメガを見送り、真璃は自分に言い聞かせて学校へと向かった。
時刻は8時20分、遅刻しなかったのはグランドオメガの脅威的スピードが成せる技である。




なんとか時間内に学校へ着き、真璃は遅刻を間逃れた。
真璃が自分のクラスの教室に入り席に座ると、数秒と立たぬうちに担任の杉山が現れた。
担任が来ても中々落ち着かないクラスを、適当になだめて朝のホームルームが始まった。
だがいつも通り特に何の連絡もなくすぐに終わった。
それから数分経つとチャイムが鳴り一時間目の授業が始まった。
一時間目は数学で数学担当の先生が黒板に数式を書いている。
数式ばかりで授業を退屈そうに受けている生徒が数名いた。
その中の一人がノートをとらず大あくびしていると、何気なく彼は隣の席に座っている真璃を見てみた。
真璃は教科書を机の上に立たせ背中を丸くし、なにやらコソコソとしている。
それに微かだが、奇妙な音が聞こえる。

カチカチカチカチカチカチ

なんの音だ? もう一度よーく耳をかっぽじって彼は聞いてみた。

ピピッ、カチカチピッ、カチカチカチ

耳だけでなく目もよくして見ると、真璃は机の下で携帯をいじくっていたのだ。

『山埜のデータと行動を予測すると裏でこういう対策が必要だ』

なんと授業中携帯で葵達に送る作戦を製作していたのだ。
目撃者の生徒はその様子を目を丸くして見ていると、視線を感じた真璃が横を向いたため目があってしまった。
その時の真璃の目は野望に燃える者の目をしていた。

『今見た事は全て忘れろ、さもなくば全力を持って貴様を潰す!』

真璃がそう言ったかの様に感じた彼は、真璃の行動を見なかった事にして授業を真面目に受けて気を紛らわす事にした。
授業が終わり十分休憩の数分間、真璃は出来上がったメールを素早く見直していた。

『作戦は完璧だな。よし、後はこれを葵と、あの三人に送信すれば完了だ。』

真璃は携帯の送信ボタンを押し、授業中に立てた作戦を四人に送った。
メール送信完了の音がなり終わると真璃は携帯をポケットの中にしまい込んだ。
隣のクラスから、やかましい山埜の笑い声が聞こえてきた。

「もうすぐだぞ山埜、お前の笑い声もこれまでだ!」

誰も聞こえない声で真璃は小さく呟いたのだ。
一方、学校付近の喫茶店……。
学生がよく学校の帰りに利用する事が多いのだが、朝の時間帯に学生はいるはずもなく、数名の客がいるだけであった。
そこに青髪のメイド(私服を着ている)ともう一人、肩の下辺りまで髪が伸びた身長の低い少女が、窓際にあるテーブルに向かい合わせで座っていた。
その少女の服は水色のワンピースを着ており、その上に白色で長袖の薄い上着を着用してる。
小さな少女は葵であった。
葵は顔を下に向け、恥ずかしそうにモジモジし、目の前に置かれた紅茶を一滴すら飲んでいなかった。

「あのー、ちょっと……恥ずかしいよ。」

ようやく葵は言葉を話した。着ている服に慣れていないのか、何度も服を見ながら青髪のメイドの方を向く。

「別に恥ずかしがる事ないと思うわよチビ君。」
「どうして?」

紅茶を片手に持った青髪のメイドは葵の姿をジッと見た。どこから見ても小さな可愛い女の子にしか見えない。

「うん、大丈夫。とっても可愛い女の子にしか見えないわ。」
「女の子……うぅ、なんで僕はこんな目にあうんだろ〜。」

葵は自分の悲運を呪いたくなった。

「そう悲観しないでチビ君。紅茶、早く飲まないと冷めるわよ。」
「うん。……うぅ、女の子の下着を僕が着るのって、なんだか変態みたいだよ〜。」

今度は着用している下着が気になって仕方がない様だ。
体が女性化しても胸はさほど大きくなっていないのでブラジャーはよくても、下に履くパンティーが気持ち悪いほどフィットした為、葵は自分が嫌になりそうであった。

「大丈夫大丈夫、チビ君も立派な女の子なんだから!」
「今のは喜んだらいいのやら、悲しんだらいいのやら……、分からないよ〜!」

ピロピロリン♪

葵の持っている携帯がメールが受信された事を音で知らせた。
葵は青髪のメイドから借りたバックを開けて携帯を取り出しメールを見てみた。

「真璃様からだ! えっと、今日の午後3時50分に作戦を開始する……。」

メールの内容は山埜を罠にはめる為の作戦であったが、“学校の体育館裏の目立つ木にて待機せよ”としか書かれていなかった。

「一体真璃様は何を考えているんだろう?」

ずっとメールの下の方を見ていると追伸がある事に気がついた。

“今回は校内に入ることを許可する。ただし誰にも見られぬよう警戒せよ”

それは真璃が自分で立てた約束を破る事であった。
葵は真璃がそこまでするほど決心しているのだと思い、わけがわからなくても精一杯やろうと心に誓った。

「ところでチビ君、3時50分からなら時間に余裕があるわね。」
「うん、でもどうしてです?」

彼女が何を考えていいるのか葵は察する事ができなかった。

「作戦時間まで一緒に買い物しない?」
「え、何をですか?」

今なにか真璃様の家で足りない物なんてあったのかな?と葵は疑問を感じた。
たまに真璃にパシリをされた事があったが、青髪のメイドから買い物をしないかと言われるのは初めてであったからだ。
葵は必死に今足りない物は何か考えたが、該当する物が思い当たらなかった。

「一体何を買うのです?」
「うふふ、決まってるじゃない。チビ君の新しい服をよ。」
「え、えっ? でぇえええええ?!」

葵は思わず席を立ち、顔を真っ赤にして身構えてしまった。
青髪のメイドはニコニコして座ったまんまである。

「チビ君、いつ元に戻れるかわからないし。何着か服が無いと困ると思うから。」
「そ、それはそうかもしれないど……どっちみち外に出る気ありません!」
「うーん、それじゃあ私とお揃いの仕事着を着てみない?」

葵は自分が彼女の仕事着であるメイド服を想像で自分に着せてみた。
朝に真璃を起すメイド服の自分。真璃に褒められ赤面する自分。可愛い仕草をし真璃にアピールする自分。段々と普通の女の子になっていく自分。
葵はゾッとして頭を振り想像を払った。

「じ、自分は自分のジャージでガマンできますから!」
「そう? せっかくチビ君を着せ替えできると思ったのに残念だわ……。」

青髪のメイドは残念そうにため息をした。

「着せ替えって、僕をですか!?」
「そうよ。チビ君って本当にお人形さんみたいに可愛いんだもん!」

そういえばこの人、極度の可愛い物好きだったな〜。
青髪のメイドは頭の中で勝手に葵を様々な服を着せたり脱がせたりしていたが、葵はそれを知るよしはなかった。

「でもいつか絶対に服を買いにいきましょうね、チビ君」
「あ、はい……。」

ピリリリ、ピリリ

どこからかシンプルな携帯着信音が鳴った。

「あら? 私もメールだわ。」

青髪のメイドは携帯を取り出しメールを読んだ。すると彼女の顔が不安そうになった。

「……チビ君ごめんだけど私、行くわね。」
「あれ、どこか行くのですか?」

葵は一人になるのが怖いのか、席を立つ青髪のメイドに反応して体の向きを変えた。
青髪のメイドも葵を一人にするのは心配であった。彼女は葵の手を両手で包み、優しく微笑んだ。

「大丈夫よ、何かあったらすぐに戻ってくるからね。」

そう言うと青髪のメイドは代金をテーブルに置き、店から外に出た。葵はその後ろ姿を窓越しで寂しく見送った。

「……、早く帰りたい。」




午後3時半になった頃の事、山埜と二人の友人は授業が終わると、すぐに帰宅するべく素早く教室を飛び出した。
彼らは学校の一階の靴箱のある玄関へ行き、上靴と下靴を履き替えようとしているところであった。

「今日はゲーセンでも行こうぜ!」

山埜は先に靴を履き替えている二人に言った。

「お、いいね〜最近ストレス溜まってるから丁度いいぜ!」

友人Aの宮野はそれに了解した。友人Bの渡部はズボンのポケットをまさくって所持金を確認していた。

「……俺、金ねーからパスするわ。」

渡部はポケットを裏返しにしてみせたが、ゴミしか出てこなかった。

「け、ノリが悪いなー……んあ?」
「どうした、山埜?」

山埜が自分の靴箱のロッカーを開けると、靴の上にピンク色の封筒が置いてあったのだ。

「なんだこりゃ?」

封筒を靴箱から取り出して見ると誰の名前も書かれてなく、ハート型のシールで封をしているだけであった。
下靴に履き替えた宮野が山埜が封筒を出したところを見て、ハッとある事に気がついた。

「おいそれってひょっとしたら……、ラブレターってモンじゃねーの!?」
「ラ、ラ、ラ、ラ、ラ? ラ、ラララ? ラララララァブゥレェタァァだと!?」
「ラブレター!?」

一人先に帰ろうとしていた渡部も、事態に気がつき二人の所へ戻ってきた。
生まれてこのかた女とは縁の無い山埜の顔が真っ赤になる。

「ま、まさか〜靴箱を1つ間違えただけだろう!」

棒読みでそう言うが、山埜の体はガチガチになり心拍数も上がっている。
山埜はちょっと期待して封筒の封を破り、中身を確認した。中から二つ折りの白い紙が出てきた。
なにやら文章がかかれてあったので、山埜は一番上になっている紙を口に出して読んでみた。

「拝啓、山埜様……。」

山埜は完全に硬直した。その手紙には自分の名前が書かれてあった。
つまり自分宛のラブレターだと確信できたのだ。

「きた……。」
「はっ?」
「来たぞ俺の思春期時代が!」
「いや普通、青春だろ!? 青春時代!」

興奮の余り靴箱のロッカーに何度も頭突きをする山埜。

ガツン! ガツン! ガツン!

額がヒリヒリして痛い……って事は、これは夢じゃない!
やや痛々しい気もするが、本人は幸せそうであった。

「よかったな山埜! ところでよ、続きにはなんて書いてあるんだ?」

渡部に言われ山埜は再び手紙に目を向けた。

「えっとよ……、私は山埜君の事が前から好きで好きで仕方ありません。もしよければ今日の放課後、体育館裏に来てください、待ってます。」
「ははーん、体育館裏と来たか。あそこは人気が無いからな、告白後にチュウなんかするかもよ!」

渡部はワザと誰もいないが抱きしめあってキスをするフリをした。

「ば、バカかお前! 変なこと想像すんじゃねーよ!」

山埜のドツキパンチが渡部の頭部にヒットした。渡部は痛そうに頭部を押さえている。

「まぁ俺達は邪魔だし先帰るわ。」
「ああ、すまねぇな。」
「いいってことよ、んじゃ頑張れよ。」

宮野は山埜に別れを告げ厄介な渡部を連れて帰っていった。残された山埜は自分の顔をパンパンと二回叩いて気合を入れ直した。

「うっし行くぜ!」

浮かれっぱなしの山埜はなんの疑いも無く、体育館裏に向かうべく下駄箱の玄関から飛び出した。
山埜達がいたロッカーの後ろ側では真璃がその様子をずっと見ていた。

「よし、まんまと誘いに乗ってくれた。山埜、これがお前の最後の時だ!」

まずは作戦成功、真璃は次の作戦に移ろうと、この場から移動しようとした時、青髪のメイドが真璃の目の前にやってきた。

「いたのか?」
「今来たところです、真璃様の言われた通りに罠を仕掛けました。」
「そうか、カメラもセットしたか?」
「はい、最後に真璃様の担任の先生に会えば私の役目は終わりですね?」
「そうだ。後は葵の事を頼んだ。」
「かしこまりました。」

青髪のメイドの人は頭を真璃に下げてからすぐに行動を開始した。
その頃の山埜は滅多に人がいない体育館裏へ走ってやってきた。
案の定、体育館裏の辺りは植木に覆われて、外からこちらの様子を確認できない。
その上、校舎の端っこにあるため、ほとんど人が入ってこないのだ。

「どこだ、手紙をくれた彼女は?」

山埜はキョロキョロと辺りを見渡すと、木の影から不信な行動をする少女がいた。

「確か真璃様はここで待っとけとメールで言ってたけど、ここであってるのかな?」

その少女は喫茶店にいた少女、紛れも無く葵であった。
山埜は葵を見てラブレターの子はあの子か! っと思い込み、彼女(彼?)に近寄った。

「あ、あのあのあのあのあの!」
「はい?」

異性の人とほとんど話しをした事の無い山埜は、緊張のあまり口をかんでばかりいた。
かなり怪しい男だったので葵は反射的に一歩後ずさりした。

「もし、もしかして君が俺に……俺にラブレターを書いてくれたのは!」
「らぶれたー?!」

すかさず山埜はポケットに入れていたラブレターを葵に見せた。
何のことやらさっぱりの葵は、そのラブレターの中身を見せてもらうよう頼んで中身を見た。

「拝啓、山埜様……」

内容を読むとベタな告白の手紙だった。
葵は適当に手紙を読むとなんでこんな状況になったか考えた。書いた人の名前が無い……もしかして勘違いされた?

「あの、僕じゃ……あっ、まさか?!」

そう言えば、真璃様のメールの追伸で意味不明な箇所があったような〜。確か内容は……

“ラブレターを持ったバカが来たら待ち合わせ場所の木の下まで誘導せよ”

だったっけ? って事はこのラブレター書いたのって真璃さま?!

「おい、大丈夫か! 目が上向いてるぞ!」

山埜の声でハッと我に返った葵。
そうだ、真璃様の為にもここは作戦どうりに動かないと! 葵は腹をくくり、男というプライドを一旦捨てる事にした。

「大丈夫です。あの、この手紙書いたの……私、です……。」

葵の顔は真っ赤になり声もだんだん小さくなっていく。
本当は違うのだが、葵の様子を見て山埜は自分に惚れていると勘違いした。

「うわ、やっぱり君か! 俺って結構モテるかも、んじゃ早速デートしようぜ!」

調子に乗った山埜は葵の細い腕を掴み、別の場所へ行こうとする。

「えっ? ちょっとまって!」

ここを離れると真璃の作戦が失敗してしまう上に、誰かに見られたら真璃の命令違反になってしまう。
葵は山埜が引っ張る手を無理やり振り払った。

「なにすんだよ! 俺に惚れたんなら黙ってついて来いよ!」
「それはこっちのセリフです! お付き合いする前に、お願いがあります!」
「お願いだ? 何言ってるんだよ、お前は俺の事好きなんだろ? だったら俺の言うことだけ聞けよ!」
「もし聞いてくださらないなら。この話、無かった事にします!」

珍しく強気な葵、真璃以外ならハッキリした発言ができるようだ。
これで山埜は自分の言うことを聞いてくれる。葵はそう思っていたが、山埜の様子が少し変だ。
なんというか……怒っている?

「何俺に指図してんだよ? お前のような弱い女が俺に勝てるとでも思ってんのか? そんな貧弱な体でよ!」

山埜は片手で葵の胸座を掴み、前へ突き飛ばした。
葵はなんの抵抗も出来ず、待ち合わせ場所にしていた木の根元付近まで飛ばされた。

「きゃあ!」

葵が倒れている間に山埜は彼女の上に乗りかかった。

「俺は自分より弱い奴に指図するのが大嫌いなんだよ! わかるか?」
「えっ?」

山埜の頭は血が上りきって目が充血していた。

「俺に逆らった事、ここで後悔させてやる!」

この瞬間葵の脳裏に嫌な予感が過ぎった。山埜は葵の前で手をグウにした。殴る気満々のようだ。

「ぎゃぁぁぁぁああ!た、助け……もごぉ!?」

葵は大声で叫ぼうとしたが、口の中にハンカチを入れられ声が出せなかった。

「大声だすんじゃねーよ! 声さえ出さなかったら誰もこねー。お前のような女は力で捻じ伏せるのが一番いいんだよ!」

山埜の拳が葵に襲いかかる! そう思われた瞬間、糸が切れる音がして上から何かが降りてくる。

ヒラヒラヒラ、パサ

「な、なんだ何が起きた?!」

突然上から風呂敷のようなものが覆いかぶさり、視界を遮られた山埜は吃驚していた。
山埜は風呂敷を振り払おうとするが、うまく払う事ができなかった。
風呂敷の中でもがいていると山埜は変な感覚に襲われた。
急に体が熱くなり目眩がする。体中がアチコチ痛み出し胸の辺りがムズムズする。
しばらくすると体の痛みが引いて体が楽になった。それと同時に風呂敷が自然に払い取れた。

『うう、まだ気持ち悪いぜ……。ん、彼女はどこに行ったんだ?』

もがいている間に葵はどこかへ逃げてしまい見失ってしまった。

「ちぇ、せっかく彼女が出来ると思ったのにヘマしちまったぜ……はっ?!」

あれ、俺ってこんなに声高かったっけ? まるで女みたいな声じゃないか!
試しに発声練習する山埜だが、高い声はいくらでもでるが低い声がでない事に気がついた。

「っかしいな……風邪でも引いたか? ん、そういやなんだこの糸?」

さっきから自分の目の前に伸びている物がある。試しにこれを引っ張った。

「イタッ!……ってちょっと待て俺!」

今の感覚からしてこの糸は確実に自分の髪の毛であった。
山埜は嫌な予感がした。もしかしたら、もしかするかも……。
なぜか数メートル先に大き目の鏡が壁にもたれかかっているのが目に入った。もし自分の考えが正しければ……考えたくない!
山埜は鏡を覗くか覗かないか数十秒程迷ったが、勇気を出し鏡を覗くことにした。

「ええい、どうにでもなれ!」

山埜は目をつぶったまま鏡の前に立ち、恐る恐る目を開いた。
鏡には褐色の長い髪をした気の強そうな可愛い少女が写っていた。
男子生徒の制服を着ているがサイズが合わないためブカブカであった。
身長が何センチか縮んで約160センチ程になっていた。
手足は細くなり、胸の辺りが膨らんでいるのが目で確認できた。
手で胸を触ると柔らかく、胸を触れている感覚がしたため本物だとわかった。

「そんなバカな!? 俺、女になっちまったのかよ……。」

山埜がうろたえる様を真璃は木々の影でニヤリと笑っていた。
真璃は山埜が女性になったのを確認すると携帯を取り出し、青髪のメイドに電話をかけた。

「僕だ。第二作戦成功した、次の作戦に移ってくれ。」
「かしこまりました。」

彼女は学校の放送室におり、側に杉山先生がいた。

「それではお願いします。」
「この紙に書いてある通りに喋ったらいいんだな?」
「はい、あとで最高級の牛肉をお送りしますわ。」

杉山先生は頭をポリポリとかいて校内放送のスイッチを押した。

「あ、あーマイクテスト中。」

マイクテストをする杉山先生の放送に、放課後残っている多くの学生達は何事かと耳を傾けた。

「あー、校内にいる暇で彼女のいない男子生徒の諸君。今体育館裏で面白い物があるそうだ。興味がある人は行って見てくるように、以上。」

ガチャ、ピンポンパンポン

「これでいいんかね?」
「はい、どうもありがとうございました。」

この放送を聞いた山埜はいったい何の事やら理解できずにいた。
今俺のいるところは体育館裏だ、辺りを見ても自分以外は何も見当たらない。
自分以外? あれ、俺って今変なんだよな?
もう一度鏡を覗く山埜。そこには可愛い少女がいる、というより自分がそれであった。

「おい、まさかこれって……。」

ガソゴソ

茂みから人気を感じる。

「おいあれじゃねーの?」
「なんで男子の制服着てるんだ? でも可愛いな!」

気がつくと数人の男子学生がすでに体育館裏に到着していた。

「そうか、放送で言ってたのはこのことなんだ!」
「っで、俺達どうしたらいいんだ?」

時間が経つにつれ、男子生徒の数は増えていった。男子生徒達は皆、女性になった山埜をジロジロと見ている。

「く、こっち見るなヤロー共!」

しかし見るなと言って見ない人は誰もいなかった。
冗談じゃない! 山埜はサイズが合わなくなった制服のズボンの裾を少しまくり上げ、靴を脱ぎ捨て男子生徒から遠ざかるべく逃げ出した。

「あ、逃げた!」
「よくわからないけど追いかけっか?」
「そうだな!」

走っている山埜は後ろを振り返ると、数十人の男子が追いかけてくる事に気がついた。

「なんで追いかけて来るんだ!?」

山埜は男子生徒達から振り切ろうとスピードを上げて走った。
自分では全力に近い状態で走っていたが、いつも通りのスピードが出せず、男子生徒から振り切るどころか距離が少し狭まっていた。
校内で逃げても無駄と思い、山埜は正門から学校の外に出ようとした。ところが門の前にもモテない男子生徒が立ち塞がっていた。
仕方なく方向転換し、下駄箱のある玄関まで山埜は逃げ出した。

「くそ、なんで俺があんな弱い奴らから逃げないといけないんだ!」

山埜がぼやいていると通りがかった教室の扉がガラリと開き、中からホラーゲームに出てくるゾンビの如く太っている男子生徒が数人現れた。

「モ、モエ〜。」
「ぎゃあああああああ!!」

相手の動きが遅かったので簡単に相手をかわして横を通り過ぎる事ができたが、今のはトラウマになりそうである。
真璃は変身した山埜が逃げ回る様子を設置しているカメラの映像から見ていた。

「体力的、精神的、心理的に相手を追い詰める。これがお前に科せられた罰だ山埜! せいぜい逃げ回るがいい!」
「真璃様にしたら少々陰湿なやり口ですね……。」

青髪のメイドが真璃に反論した。

「陰湿?まぁ、このままだと嫌がらせだな。心配するな、ちゃんと後を考えている。ところで……。」
「はい、なんでしょう?」
「あの教室から出てきた気持ち悪い集団は何者だ?」

「あの方達ですか?彼らは“男卓部“です。部員8名、クラブの活動内容はあまりわかっていませんが、入部には数十ある条約を承諾しなければならないそうです。」
「オタク部? 聞いた事ないな……。」
「いえ、“オタク”ではなく“男卓”です。現在女性部員を募集しているそうですので、彼女はそのターゲットにされたようですね。」
「そ、そうか……。」

世の中理解しがたい集団があることを真璃は理解した。
高みの見物の真璃と違って山埜はずっと逃げ回っている。

「ちくしょう! ぶん殴りてぇ!」

口でそう言うもケンカでないのに相手を殴るのはいただけない。
とにかく逃げるしか出来ないのだが、少しずつ少しずつと追い込まれていき、とうとう学校の最上階まで追い詰められてしまった。

「彼女ぉ〜、いいかげん逃げるのやめてくれないかな?」
「その先は屋上だ、もう逃げ道はないよ!」

男子生徒はじりじりと山埜に近寄ってくる。

「やめろ……それ以上近寄るな、ぶっ殺すぞ!」

以前の山埜が言えば大勢いる男子生徒でも怯むが、今の彼が言ってもあまり効果は無かった。

「別に君に危害を加える気は無いけど……ほら、僕たち彼女いないからその……。」
「断る!」

山埜は隠れてある男子生徒のやましい気を感じたのか断固たる態度をとり、無駄とわかっておきながら屋上に上がった。

「だいぶ山埜の奴は参っているようだな」

視聴覚室にいた真璃は頃合を見計らっていた。

「そのようです。真璃様の言われた通り、いたる所に隠しカメラを設置し男子生徒をうまく配備して、屋上へ彼を誘導させました。ですが屋上には何も仕掛けはしていません、何か屋上にあるのですか?」

青髪のメイドは椅子に座ってモニターを眺めている真璃に質問した。真璃は眼鏡を右の中指で軽く押し上げてから応えた。

「もちろんだ、今はまだ序章でしかない。第三作戦は成功した。次のフェイズに移行する。」
「かしこまりました。」

真璃は席を立ち、視聴覚室から出て行った。
一方、屋上にいる山埜は男子生徒達に囲まれピンチであった。

「いい加減鬼ごっこは終わりにしようよ。」
「うるさい! お前らに捕まるぐらいなら舌を噛んで死んだほうがマシだ!」
「いやだから君の想像している事はしないって……。」
「信用できるか!」

どうしても彼らに捕まりたくない山埜は最後の頼み、神に助けを被り空を仰ぎ見た。
頼む、俺を助けてくれ!
何も起きる訳がない……、っと思われたが、向こうの空から何かが学校に向かってくるのが見えた。

ブロロロロロロロ

「なんだあれは?」
「ヘリだ、ヘリコプターだよ!」

学校めがけてヘリコプターは全速力で近寄ってきた。
屋上の頭上辺りにヘリが到着するとスライド式の扉が開き、赤髪のメイドがヘリの中から手を伸ばした。

「君、はやく!」

山埜はワケがわからなかったが天の助けには間違いないと思い、すがる思いでヘリに乗り込んだ。

「回収完了したわよ!」
「オーイェ〜ス、今すぐにバックホームしますね!」

ヘリの操縦士は黄色髪のメイドである。
山埜を乗せたヘリは他の男子生徒を置き去りにし、そのまま真璃の家に帰還した。

「まって彼女ぉ〜!」
「行ってしまわれた、月の国へ……。」
「ヘリじゃ月に行けないって!」

こうして山埜はこの学校にしばしの間、かぐや姫伝説を作ったのだ。




山埜を乗せたヘリは真璃の屋敷の前に着陸した。山埜はヘリから降ろしてもらうと屋敷を見て驚いた。

「で、でかい……。」

山埜は屋敷を見上げた後、辺りも見回した。広い庭があり噴水がある。入り口の門は大きくて頑丈そうだ。
召使らしき人が何人か庭の手入れをしており、門には警備員が警備をしてる。
見るからに豪邸だと山埜は感じた。

「どうぞ、中へお上がり下さい。」

赤髪のメイドは周りに見惚れている山埜を引っ張って屋敷に入れた。
山埜の有無を無視し屋敷の玄関で彼にスリッパを履かせ、屋敷の中へと進んでいく。
山埜は連れられるがまま、二階の客間の1つに入れられた。
赤髪のメイドはここで待つように言ったので、山埜はここでしばらく待つことになった。
赤髪のメイドが客間から出て数分としない間に、メイドの服に着替えた状態で入ってきた。

「どうぞ。」

客室のソファーの上に座っている山埜の前に赤髪のメイドが紅茶を差し出した。

「ど、どうも……。」

赤髪のメイドは山埜に一礼してまた部屋を出た。
山埜は紅茶を少し飲んでみた。
高級感が漂ういい香りがした。
少々落ち着いてきてから山埜は辺りを見渡した。
ヘリから降りた時からすごい家とは思っていたが、高そうな大きい硝子の窓や綺麗な照明、今自分が座っているソファーもそうだし、前に出された紅茶のカップも高級品だろう。
山埜はなんで自分がこんなところにいるかワケがわからなかった。

「天の助けだとは思ったが、なんでこんな所に俺を連れてきたんだろう?」

山野が悩んでいる間に客室の扉が開き、制服を着たままの真璃が現れた。

「おま……、なんでお前がこんな所にいるんだ!」

山埜は真璃がここの屋敷にいる理由がわからないでいた。

「お前って……僕の事知ってるのかい? 君は誰だい?」

真璃はワザとらしく考えるフリをした。まだ状況がさっぱりな山埜は頭に血が上り出す。

「てめー! 人の質問無視すんじゃねーよ! それに俺の顔忘れたのか!」

「君の顔? ……すまないが初めて見るよ、鏡を見るかい?」

真璃は部屋に飾ってある小さめの鏡を山埜の前に置いた。
山埜はその鏡を覗くと、いつも見慣れている顔はそこに無く、少女の顔が映っていた。

「あ、忘れてた……俺、女になっちまったんだ……。」

短時間でよく忘れられるなと真璃は変に感心した。
作戦通り、風呂敷の力で女性に変身した山埜は、ショックを受けて精神的にダメージを受けている。
今の山埜は精神不安定、本気で無いなら勝てるやもしれない!

「おや、顔色がよくないね? 悩みでもあるのかい?」

真璃は下向きになっている山埜の顔を覗くように問いかけた。
山埜は恥ずかしくなり顔を上げて両腕で隠した。

「な、なんでもねーよ! こっち見んなメガネヤロー!」
「どうして気分が悪いかはわからないけど少し運動でもしてみないか?」
「運動だ?」

真璃のメガネがキラリと光って続けて言った。

「そう、人は物思いにふけっていたり考え事がある時に運動をする事で脳の活性を促すことができるんだよ。だからどう?」

山埜はしばらく考えてから首を縦に振った。

「よし、すぐに準備が整うからそこで待ってろ。」

バタン

客室から出た真璃の表情はにやけだし、次第に笑い出した。

「ははははは! 山埜の奴、うまい具合に話しに乗りやがった! ……っとここで笑っていてもしょうがない。」

真璃は復讐を完了させるため一旦自分の部屋へと戻り準備を進めた。
その十分後……。地下のシミュレーションルームに山埜を連れやってきた。
真璃は体育で使う自分の体操服を着用している。山埜はと言うと、今の姿のサイズに合った女子の体操服を着用していた。
実は無理やり赤髪と黄色髪のメイドに着させられたのだ。

「なんで俺がこんな恥ずかしい格好しないといけねーんだよ!」

山埜の髪型は後ろ髪を一まとめにしたポニーテールをし、着ている体操服は半袖にブルマであった。
当然、着慣れてないのと女性の服を着ている事で恥ずかしがっていた。

「君は女だから当然だろ?」

真璃は当然の事を当然と言ったが、山埜は納得できないでいた。

「こんな格好で運動ができるかよ! しかも何にも無い地下の部屋で!」

「その点は心配無用だよ。」

真璃は呼んでおいた黄色髪のメイドに合図を送ると、彼女はシミュレーションルームをコントロールするコンソールを操作した。
すると部屋全体の様子が変わり、真璃や山埜がいつも通っている学校のグラウンドに変化した。

「うわ、なんだ?!」

山埜は突然の事に驚き、面白そうに地面を触り出した。床だったところは砂の地面のようにざらざらしていた。

「すげぇ! これってなんなんだ?」

「ははは、この部屋は仮想空間を作り出し体を張ったシミュレートが出来るんだよ。後は……。」

真璃が言うとグラウンドからハードルが地面からニョキニョキと現れた。

「おぉースゲェ!!」
「っとまあ出来るわけだ、さぁそろそろ運動でもするか。ハードル飛びだ。」
「よし来た! って、この場面どこかであったような?」
「ヨーイ、スタート!」

真璃は自分の口でそう言って走り出した。

「ちょっと待て、卑怯だぞ!」

慌てて山埜が走りだす。もう勝負が始まっていたのだ。
最初はスタートダッシュの差で真璃が勝っていた(オイオイ)。真璃と山埜はハードルを飛び越え、前へ前へと進んでいく。
たとえ女性化しても山埜は山埜だ。上手い具合にハードルを飛び越え少しずつ真璃に近づいてくる。
しばらく走っていると、山埜はなかなか真璃との距離が詰まらないのにイライラしだした。

「おい、些鴎! 俺に勝てると思うなよ!」

山埜はペースを上げ一気に真璃を追い抜かそうとした。
しかし、いくら、スピードを上げても真璃を追い抜く事ができず、逆にペースを上げたせいでバテてしまい速度が落ちてしまった。
息切れする山埜は真璃を見ると、彼は10メートル以上も先に進んでいた。そして遂に真璃は山埜に抜かれることなくゴールした。

「よっし! 僕の勝ちだ!」
「真璃様、ナイスファイトです!」

山埜に勝つことが出来て真璃は大いに喜んだ。

「くそ、なんで真璃なんかに……。」

山埜は悔しさの余り思い切り地面を殴った。

ボコン!

砂地の地面と思って殴ったのはシミュレーションルームの床であった。硬い床を殴ったせいで山埜は右手を強打してしまった。

「痛っ!」

痛さのあまり山埜の目から涙が零れ落ちた。
山埜は自分が泣いている事に気がつき、より一層自分が情けなくなり涙が止まらなくなってしまった。

「う、うぅう……うぅぅぅ……。」
「真璃様、少々やり過ぎではないでしょうか?」

赤髪のメイドが真璃に尋ねた。
真璃は顔の汗をタオルで拭いており、その後メガネを掛けた。

「ふむ、どうやらあの風呂敷、心まで女にするそうだな。」
「と言いましても、人格はそのままですので彼は相当ショックでしょう。」
「葵と一緒か……仕方ないな。」

真璃は赤髪のメイドからハンカチを貸してもらい、山埜に近寄った。
手を押さえて泣いている山埜は真璃が近寄ったことに気がつかないでいた。
真璃はそっとハンカチで山埜の目の涙を拭いてあげた。

「泣くなよ、お前の泣く姿は似合わないぞ。」
「だって今の俺、俺じゃねーんだもん!」
「だからどうしたって言うんだ。今の自分が以前と違うのなら新しい自分になればいいじゃないか!」
「簡単に言うな!」

山埜は平手で真璃の顔を叩こうとした。

カチャン

真璃の眼鏡が弾かれて床に落ちた。

「お前はお前のままだろ!」
「えっ?」

真璃は山埜の手首を掴み眼鏡をかけてない状態でジッと見つめた。その姿は自分より背の低かった真璃と思えない程に凛々しく見えた。

「僕は僕であるように君は君だ。どんな姿でもそれに違いは無い。」
「俺は俺……。こんな姿になってでもか?!」

真璃は立ち上がり落ちた眼鏡を拾って掛け直した。

「もちろんだ、自分を見失うな。何が起きても君は君のままであり続ける。そうだろ?」
「……ありがとう些鴎、俺今の自分が弱くて情け無くて嫌だった。でも、お前の言葉を聞いたら、なんか大丈夫な気がしてきた。」

山埜は着ている体操服で顔をゴシゴシと拭いて立ち上がった。

「なんだかスッキリしたぜ。だが些鴎、俺はお前を認めないからな。いずれこの体でお前に勝ってやる! 首を洗って待ってろ!」

すっかり立ち直った山埜は、手を振りながらシミュレーションルームから出て行った。

「……あいつ立ち直り早いな。」

その後、山埜は体操服のまま自宅に帰った事を知った真璃。
よくその姿で平気に帰れたなと思ったのだった。




その晩、山埜への復讐を終わらせた真璃は一階の広間で食事をとっていた。

「ようやく僕は山埜に勝てた。これで僕に危害を加える者はいなくなった。」

独り言を楽しげに喋っている真璃の姿は変人に見えてしかたがないが、誰も変とは言わない。
なぜなら今ここには真璃以外誰もいないからだ。

「さぁ勝利の宴だ真璃。アルコールは無理だがグレープジュースを大いに飲んでくれ!」

独り言です。一人で盛り上がっていると広間に葵が入ってきた。
何故か葵の着ている服はボロボロで本人も息を切らしている。

「真璃様のばかぁ!!」
「どうしたんだ葵? 君のおかげで作戦は成功したんだ。共に喜ぼうぞ!」

真璃の言葉使いが変になっていたが葵は気にする事ができない程怒っていた。

「作戦の話しは聞きました! でもなんで終わったことを教えてくれなかったんですか! そのおかげで僕は今の今までずっと学校に潜伏してたんですよ!」

葵は泣きそうな顔であった。
大勢やってくる男子生徒から身を隠すのに必死に隠れていたせいで、青髪のメイドにすら見つからず夜が更けてようやく出られた所であった。

「そういえばお前にだけキチンとした説明を言うのを忘れていた。」
「うぅ……真璃様って僕の事嫌いなんですね? だからいじめるんですね?!」
「違う、本当の事言ったらお前は必ず失敗すると思ったからな。ワザと言わなかったんだ。今日の詫びに給料の事考えておく。」
「ほ、本当ですか!? やったー!」

給料の言葉で葵は嫌の事を全て忘れ喜んだ。羨ましい性格の持ち主です。

「あ、それよりセンパ……、真璃様これ忘れてましたよ。」
「ん? 何をだ?」

葵は忘れた物を渡そうと真璃に近寄り二人の距離が2メートル程になった時。
葵は足を挫いて途中で転んでしまった。転んだ拍子に手に持っていた物が真璃に向かってヒラヒラと飛んでいく。
そして事件は起きた。

パサ

「な、なんだ!? 何が起きた!」

突然目の前が頭に覆いかぶさってきた物によって見えなくなり真璃はもがいた。
しかし覆いかぶさってきた物は一行に排除できず、真璃は立ち上がった。
しばらくすると真璃は変な感覚に襲われた。体中が熱くなり、頭がボーっとしてきたのだ。
またしばらくすると熱が引いて、意識もハッキリしてきた。
すると覆いかぶさった物が自然にずれ落ちた。

「くっ……なにをやってるんだ葵!」

真璃の怒りはすぐに葵に向かっていった。

「すみませんセンパ……真璃様! っあれ、真璃様ぁ!?」
「どうした?」
「いつ、髪を伸ばしたんですか? 後、そんな服を着ていましたっけ?」

何のことだ? と言おうとしたが、
真璃は手に持っている風呂敷を見てハッとした。

「まさか、まさかまさかまさかまさかって事は無いだろうな!」

気がつくと自分の声が高くなっていた。手首は以前より細くキレイに見える。
真璃はすぐに鏡を持ってくるよう葵に言いつけた。飾ってある鏡を葵が持ってくると真璃はそれをふんだくり覗いた。
その鏡に映っていたのは……女性の服を着て、髪は腰まで伸びたロングヘアーをしている、どう見ても可愛らしい顔をした少女であった。
もともと顔は美少年の部位にいたのが、これで完全に女の子となった。
無かった胸は大きく膨らんでいる。身長は前とあまり変わっていないのが救いか?
変わり果てた自分の姿に愕然とする真璃。掛けている眼鏡だけが変化していない。

「まさか、恐れていた事態になってしまったのか……。」
「し、真璃様ごめんなさい!!」

頭を地面に擦るようにして土下座をする葵。真璃はもう気が気でいられなくなり周りに当たるしかなかった。

「ま〜も〜る〜、どう責任とるんだ君は?」

姿が変わっても人格はそのままなので葵は恐怖を感じた。

「す、すいません! どうかお許しを!」

「今回はもう許さないからな! 覚悟はできてるか?」

真璃の指がパキポキと音を出し葵に近寄る。これは昼間起きた惨事の再来、葵に逃げる術は無かった。

「ぎゃぁああああ、ゴメンなさい!!」

だが丁度そこへ黄色髪のメイドが現れた。葵が知らない女性に襲われている様に見て取れる。

「真璃さま、トゥデェイはエクセレントな一日でしたね……誰? フーワーユー!?」

彼女は女性化した真璃を別人と思い込み不法侵入者と勘違いした。

「オウノー! この屋敷に侵入を許すなんてアンビリーバボー! 仕方ありません、私が真璃様に代わってデリートします!」

黄色髪のメイドはどこからかバズーカを取り出し照準を真璃に向けた。

「ちょっと待て! えーっと、君やめたまえ! ……そういえば君の名前なんだっけ?」
「あのー、この方は先輩なんです!」
「センパイ?……戦敗!? 落武者なんですねチビ君!」
「違う、僕は真璃だ!」

急いで自分である事を彼女に伝えようとするが、彼女は全く話を聞かず狙いを定めた。

「問答ナッシング! 危険パーソン即キル! 3…2…1…ファイア!」

黄色髪のメイドはトリガーを引いた。バズーカーから煙と共に大きな弾丸が二人めがけて飛んでいく。

「ギャアアアアアアアアアアアア!」

ズガァァァァン!

その後、真璃がいない事に気がついた屋敷の者は、真璃の捜索のため大規模な活動を始めた。
真璃と葵は彼らから散々逃げ回った後、赤髪のメイドが黄色髪のメイドがバズーカーをぶちかました付近に、例の風呂敷があるのに気がつき謎を解き誤解が晴れた。
真璃が女に変身してしまった事が皆に理解してもらえたのは、事件発生から約二時間後の事であった。


終わり

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