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 オレンジモスキートとパープルカメレオンを倒した蜜樹は、囚われた桜井幸を奪還した。だが閉じ込められた教室から脱出しようとする蜜樹の前に、『ネオ虎の爪』の怪人達が立ち塞がる。
 その数およそ100体。
 
「くそう、多勢に無勢か、数が多すぎる」
(先生、どうしたら……)
「ハニィ、君の命、俺に預けてくれるか?」
(ふふっ、もうとっくに預けていますよ)
「え? あ、ああ、そうだったな。よし、決戦だ。幸、あなたはここでじっとしているのよ」

 振り向いた蜜樹は、幸がこくりと頷くのを見届けると、シャキンとプラチナフルーレを抜いた。

「ハニィ、あんなにたくさん化け物が……」
「心配しないで。あたしはあいつらなんかに負けやしない」

 幸に向かってにっこりと微笑んだ蜜樹は、怪人たちをキッと睨みつけ、その群れの中に飛び込んでいった。


「でやぁ〜〜〜」





戦え! スウィートハニィU

第11話「旧校舎の決戦(その3:攻防100対1)」

作:toshi9






 気迫を全面に出して一陣の風のようなスピードで突っ込み、怪人の群れの中を駆ける蜜樹。彼女がプラチナフルーレを左右に振るう度に1体、また1体と怪人が断末魔の声を上げて倒れ伏し、塵となって消えていく。
 その勢いに気圧されて徐々に怪人で埋め尽くされた広間の中に空間が切り開かれる。だがあまりに多い怪人の数は一向に減る様子はない。

「みんな何やってるのよ。取り囲んで一斉にやりなさい! 必ずスウィートハニィ抹殺計画を完了させるんだから」

 蜜樹の気迫の前に足の止まっていた怪人たちだが、シスター・ミクの命令によって再び周りから押し包み始めた。

「女の子の、未久ちゃんの声……怪人たちの向こうにあいつがいるのか?」
(どうやらそのようですね。そしてこの怪人の壁を突破しないと、出口にもあいつにもたどり着けないんでしょう。今のあたしたちは、まさに袋のネズミですね)

 蜜樹の目の前に再び怪人の群れが迫ってくる。

「くっそ〜、まだまだぁ。ハニィ、シンクロするぞ」
(はい、先生!)
「うぉ〜〜〜」

 今まで以上のスピードで剣を振るう蜜樹。怪人が次々に塵と消えていく。
 だが、怪人数はなかなか減らない。

「はぁはぁ、はぁはぁ、全く何体いるんだ」
(先生、しっかり……はぁはぁ、はぁはぁ)
「ハニィ、どうした?」
(何だか疲れて……あたしが疲れを感じるなんて、こんなこと初めて。どうしたんだろう)
「指輪をつけないで何度もシンクロしているせいなのか? もう少しだ、がんばってくれハニィ。はぁはぁはぁ」
(はい。はぁはぁ)
「よし、いっけ〜」

 左手にプラチナフルーレを持ち替えた蜜樹は、右手にハリセンを出して二刀流の構えになると、取り囲む輪を縮めてくる怪人の中に再び飛び込んだ。
 塵になっていく怪人達の数がさらに増えていく。

 既に30体は倒したのだろうか、怪人の数はようやく三分の二ほどに減っていた。
 だが、蜜樹はぜいぜいと肩で息をし始めていた。

「もお、いつまで抵抗するのよ。でもだいぶ疲れてきたようね。マザー・アイ、スウィートハニィの動きを止めなさい」
「かしこまりました、シスター・ミク」

 シスター・ミクの命令に、体が無数の目玉でできた怪人が蜜樹の前に現れた。あの目玉の怪人レディ・アイ(キャラクター事典参照)が数百の固まりになったような怪人だ。

「誰が来ても同じだ。でやぁ!」

 右手のハリセンで怪人をぶっ叩こうとする蜜樹。だがハリセンがその体にヒットする寸前、怪人は何百個もの目玉に分離してしまった。そして空中を浮遊する目玉が一斉に蜜樹の体にくっついていく。

「な、なんだ、こいつ、気持ち悪い」

 手で引っぺがそうとしても、目玉は体にぺたりとくっついて離れない。

「ふふふ、気持ち悪い? 『マザー・アイ』の目玉があなたに全部くっついたら、あなた自身がその気持ち悪い目玉の怪人になっちゃうのよ。良かったね、きゃはは」
「な、なにを! やられるか!!」

 ハリセンで体にくっついた目玉を潰し、向かってくる目玉をプラチナフルーレで次々に叩き落とす蜜樹。べちゃりと潰れた目玉は床に落ち、そして消えていく。

「はぁはぁはぁ。こんなものいくらでも……あうっ」

 そう言いながら、がくりと膝をつく蜜樹。

「ふふふ、あと少しね。もうじきスウィートハニィのエネルギーが尽きる」
「な、何を! そんなことは……はぁはぁ」
「やせ我慢はよしなさい。足元がふらついているわよ。ほんとこの数の怪人を相手にたった一人でよくがんばったわ。でもいつまでがんばっても誰もあなたを助けに来ないのよ。だってここには誰も入って来れないようになっているもの。
 うふふふ、スウィートハニィ、あなたはもうすぐ身動きさえできなくなる。あたしの前ではいつくばって死ぬの。どお、今から命乞いでもしてみる? きゃはははは」

 椅子に座ってモニターを眺めるシスター・ミクは、疲労の色の濃い蜜樹を見て、悦に入って笑い出していた。

「くっ、くっそ〜、負けるか〜!」

 なおもハリセンを振り上げようとする蜜樹。だが突然右手のハリセンは消えてしまった。

「あ、あれ? 消えた。どうして……」
(先生、これ以上ハリセンを使い続けるのは危険です。先生の精神力に相当負担をかけているみたい。ここで体力も精神力も消耗し尽くしたら……いけません)
「くっ、それならプラチナフルーレだけでも……あうっ」

 前に出ようとして足がもつれる蜜樹。

「それ! 今よ、ハニィを捕まえちゃいなさい!」

 シスター・ミクの声と共に、とり囲んだ怪人が一斉に蜜樹に飛び掛かった。

「うわっぷ」

 腕に取り付く怪人、正面からタックルする怪人、よろめく蜜樹の背中に馬乗りになる怪人、頭から覆いかぶさる怪人……。

 左手のプラチナフルーレが弾き飛ばされる。
 そして彼女の上に折り重なった十数体もの怪人によって、蜜樹は遂に組み敷かれてしまった。

「ハニィ、ハニィ!!!」

 壁際にぺたんと座り込んだ幸が、涙目で小さく叫ぶ。

「く、くそう」

 怪人たちの下から抜け出ようとする蜜樹。だが体がいうことをきかない。
 体力の尽きた今、もはやどうすることもできなかった。

 やがて取り囲む怪人たちの群れが、さっと左右に別れた。
 そしてその間からから白いドレス姿のシスター・ミクがゆっくりと歩み出てくる。
 彼女は蜜樹の前に立つと、嘲り笑うような表情で見下ろした。

「観念しなさい、スウィートハニィ。今まであなたに散々煮え湯を飲まされてきたけど、いよいよ年貢の納め時ね。さてと、どう料理してやりましょうか。ミクとっても楽しみ、きゃはははは」

 高らかに笑うシスター・ミク。

「くっ、くそう、貴様、未久ちゃんの姿で何をしようというんだ。一体何を考えている」
「この国は子供に甘いもんね、このかわいい姿は計画を実行するのにいい隠れ蓑よ。まさかこんな女の子がこの怪人たちを率いる『ネオ虎の爪』の首領だなんて誰も思わないよね。それにいざとなったら本物さんとすり替わっちゃったらいいし。その時はよろしくね、ハニィお姉ちゃん」
「そんな陰謀、このスウィートハニィが打ち砕いてみせ……か、かはっ」
「うふふふ、そんな様ではどうにもできないでしょう。大人しくあたしの前にひれ伏しちゃいなさい」
「何を! このスウィートハニィは簡単にやられは……げ、げほっ」

 折り重なる怪人の間から必死に上半身を抜き出そうとする蜜樹だが、さらに数体の怪人が彼女の上に圧し掛かる。

「負け惜しみを言っちゃって。でも今度こそあなたのその顔を、恐怖と屈辱に歪めさせてみせるから。ふふっ、さあ、あたしに『ごめんなさい』って言ってみなさい。そして『ネオ虎の爪』に忠誠を誓うのよ」
「い、いやだ!」
「全く強情ね。あ〜あ、やっぱり一度死んでもらうしかないか。その後であたしの忠実な怪人に改造してもらいましょう。ということで、よろしくねDr.シマムラ」
「こっちはいつでもOKよ♪ お望みのまま、どんな怪人にでも改造してあげる」

 蜜樹からその姿は見えないが、怪人の群れの向こうで若い女性の声が答える。

(Dr.シマムラ? 改造手術? ハニィ、知ってるか?)
(あたしも初めて聞く名前です。どうやら『ネオ虎の爪』の改造怪人は彼女によって生み出されているようですね)
(ああ、恭四郎が直接怪人を生み出している訳じゃないってことだ。ん? ということは、あれ?)

 ふと強烈な違和感を感じる蜜樹。だがその違和感の正体が何なのかを理解する前に、シスター・ミクは再び取り囲む怪人の一人に命令した。

「さてと、今からあなたに恐怖と屈辱を味あわせてあげる。マタンゴレディ、やりなさい」
「ギギッ」

 シスター・ミクの命令の答えて頭に毒々しい大きなキノコの傘をつけた怪人が前に出ると、自分の体についている小さなキノコのひとつをもぎ、それを蜜樹の口に押し込もうとする。

「食べろ」

 ぐっと口を閉じてそれを拒む蜜樹。
 その様子を見ていたシスター・ミクは、しゃがみ込むといきなり蜜樹の鼻をぎゅっとつまんだ。

「ハニィお姉ちゃん、このキノコおいしいんだよ」
「な、なにを……ん、うぐっ」

 思わず開けた蜜樹の口の中に、マタンゴレディがキノコを突っ込んだ。

「うふふ、食べたわね。早く飲み込みなさい」 

 シスター・ミクがかわいい手で蜜樹の口を押さえる。

 ごくり

 蜜樹の喉が動く。

「た、食べちゃった」
「うふふ、食べたわね、マタンゴレディのキノコを食べたわね。ね、おいしいでしょう」
「こんなものおいしくなんか……あ、あれ? おいしい」
「ね、そうでしょう。でも面白いのはこれからなんだよ」
「面白い?」
「うふふふ、みんなもういいわ、どきなさい」

 シスター・ミクの言葉に呼応して蜜樹体の上に折り重なった怪人が一斉に離れる。不思議そうにふらふらと立ち上がる蜜樹。
 その目の前に突然パンツァーレディが現れた。
 光の剣を振り上げるパンツァーレディ。

「ハニィ、死になさい」
「え? 奈津樹姉さん!? どうしてパンツァーレディに」
「問答無用、死ね!」

 パンツァーレディの光の剣を避ける蜜樹。だがはっと目をこらすとその姿は消えていた。

「シュルシュル、スウィートハニィ、お前の美しい体と私の醜い体を交換するんだ」

 今度はヤツメウナギのような黒いぬめぬめした肌の怪人・ランプリーレディが近づく。さらにはコウモリ怪人・ゴールデンバットが、エビ怪人・レッドバクスターが現れ、蜜樹に迫ってくる。

「こ、こいつら、みんな以前倒した奴らじゃないか」 (キャラクター事典参照)

 ふらつく足で必死で避けようとする蜜樹。だがどの怪人も現れては消え、そして再び現れる。

「どうしたんだ、きりがない、はぁはぁはぁ」
(先生、どうしたんですか、そこには何もいません。しっかりしてください)

 必死に何かを避けようとしている蜜樹を、シスター・ミクはにやにやと笑いながら見ている。

「いいものが見えているようね。それにしてもがんばる。でもそろそろ……うふふ」
「くそう、きりが無い、あうっ」
(先生どうしたんです!?)
「体が、体が痺れる」
「うふふふ、ようやく効いてきたみたいね。マタンゴレディのキノコを食べるといろんな幻覚が現れるの。そして体も精神もいうことをきかなくなっていく。五感も、感情も自分でコントロールできなくなっていくのよ。きっと楽しいわよ」

 蜜樹は体をブルブルと震わし、膝をがくりと落としていた。

(どうしたんです? 先生)
「寒い、く、くそう、体が動かない」
「ふふふ、さてと、それじゃこんな余興はどお?」

 にやにやと蜜樹を見詰めるシスター・ミクがパチンと指を鳴らす。
 すると怪人の間から謙二が現れた。
 足取りはふらつき、その目はどこか焦点が合っていない。

「ほら、お兄ちゃんの大好きなスウィートハニィがお兄ちゃんを呼んでいるよ」
「委員長、どうしてここに!?」
「あたしが連れてきたの。そしてお兄ちゃんにもマタンゴレディのキノコを食べてもらったのよ。だってあたしのお兄ちゃんなんだから一緒に楽しんでもらわないとね」
「ハ、ハニィ―――」

 搾り出すように低い声を出しながら、謙二は蜜樹に近寄ってくる

「い、委員長、しっかりして」
「ハニィ、好きだあ!」

 蜜樹の言葉を無視して動けない蜜樹に抱きつく謙二。腕に力の入らない蜜樹はもうそれを振り解くことができない。

「い、委員長、やめて。今はそんなことをしている場合じゃ」

 だが聞く耳を持たない謙二は蜜樹を抱き締めると唇を尖らせ、蜜樹にキスしようとする。

「ハニィ、好きなんだ。なあ、いいだろう」
「委員長、やめて、お願い!」
「うふふ、お兄ちゃんはハニィお姉ちゃんのことが好きだったんだよね。いつまでも我慢しているのは体に良くないよ。ここなら誰も邪魔しないから、ハニィお姉ちゃんを抱いてあげて。大丈夫、ハニィお姉ちゃんだってきっとお兄ちゃんを受け入れてくれるよ、きゃははは」
「そ、そんなこと、いや、駄目、委員長」
(先生、がんばってください。負けないで)

 蜜樹を励ますハニィ。だが蜜樹にとってはそれどころではない。自分を抱き締めた謙二の唇が目の前に迫ってくるのだ。

「いやだ! そんな」

 自由に動かせる顔だけを何とか動かして、必死に避けようとする蜜樹。

「みんな見なさい、こんなかわいい姿をしていてもスウィートハニィの正体は男。こいつら男同士でキスしようとしているのよ。笑ってやりなさい、きゃはははは」
「「ぐぇぐぇぐぇ」」

 鬱憤を晴らすかのように、さもおもしろそうに笑うシスター・ミク。
 周りの怪人たちもそれに合わせてげらげらと笑う。

 幸は毒々しいマタンゴレディの姿を見た時点で既に気絶していた。

 スウィートハニィ貞操の危機!

 遂に捕われてしまった蜜樹はこのままシスター・ミクに弄ばれてしまうのだろうか……。




 ところで、彼女を助ける為に旧校舎に向かったはずのシャドウレディ、シャドウガール、そしてマリアは一体どうしているのだろう。
 その頃シャドウガールとマリアは旧校舎の前にいた。だがいち早く到着していたシャドウガールと遅れて来たマリアは口論していたのだ。やれやれ。

「こんなところで何ぐずぐずしてるですかっ!? 『あたしがハニィを助けるんだニャ』が聞いてあきれるんだですっ!」
「言いがかりだニャ! こっちはいろいろと調べていたんだニャア!」
「言い訳無用だですっ。……待ってろですハニィ、今あたしが助けに行くですっ!」

 旧校舎の中に飛び込もうとするマリアだが、それをシャドウガールが制止する。

「待つんだニャ、入っても無駄なんだニャ」
「シャドウガールって言ったわね……無駄ってどういうことだですっ?」
「中には誰もいないんだニャ」
「誰もいない?」
「怪人の気配がするし灯かりもついているのに、いくら探しても誰もいないんだニャ」
「??? どういうことなんだです?」
「うーん、とにかく中をくまなく探しても誰もいなかったんだニャ」
「それじゃハニィはどこに行ったです?」
「うーん、わからないんだニャア」
「わからないっ!? この役立た……いえ、とにかくあたしが探すんだですっ」
「わかったニャ。あたしももう一度行くニャ。手分けしてハニィを探すんだニャ」

 シャドウガールの言葉に頷くマリア。
 だが二人が旧校舎へ入ろうとしたその時、「待て」と呼び止める声がした。

「シャドウガール、無事だったのか!?」
「「え?」」

 声のする方向を向いた二人の前に、建物の影の中から黒いシルエットが現れる。

「私だ」
「姉さん、来てくれたんだニャ!」

 シルエットは実体化して、黒猫の姿になっていた。

「ああ、パンツァーレディからハニィの助っ人を頼まれて、この場所を教えてもらったのさ。おかげで真っすぐここに来れたよ」
「あ、あの……あなた誰だです?」

 怪訝な表情で、マリアが黒猫に声をかける。

「お初にお目にかかる。私はシャドウレディ。シャドウガールの姉だ」
「はあ……はじめましてだです」
「で、ハニィと同じ格好をしているお主は誰だ?」
「あたしは桜塚マリア。ハニィの一番の大親友なんだです」
「ほう、ハニィの大親友か」
「違う! ハニィの一番の友達はあたしなんだニャ!」
「まだ言うかですっ!」

 シャドウガールに向かってハリセンを振り上げるマリア。
 一方背中の毛を逆立て、マリアを威嚇するシャドウガール。
 二人の間に火花が散る。

「やめんか二人とも! お前たち、ハニィを助けるんだろうが!!」
「「ご、ごめんなさいだです(ニャ)」」

 シャドウレディの一喝にしゅんとなる二人。

「でも姉さん、中には誰もいなかったんだニャ。ハニィはどこにいったのかニャア」
「この建物のからくりの調べは既につけた。どうやらここには侵入者の感覚を狂わせる目くらましが仕掛けてあるようだな。結界みたいなものだ」
「結界!?」
「ああ、怪人どもの気配を感じても姿は見えんというわけだ。中に入った人間は幽霊でもいるように思うだろう……だから怖がった人間はますます近寄らなくなる。空き家のようにみせかけてあるが、ここは既に『虎の爪』のアジトに改造してある」
「ほんとかニャ?」
「そうだ。そして私と共に離脱した怪人を除く全ての『虎の爪』の生き残りが集結している」
「全てのって……いったいどれくらいなんだです!?」
「幹部から下っ端まで海外に派遣されていた全ての怪人が戻っているとすると100体は下らんだろう。下手に中に入ったら、それこそ生きて出てこられんぞ。いくらハニィでも無事ではすまん」
「それじゃ、ハニィを助けられないのかニャ」
「まあ結論を急ぐな、策は打ってある。もう少しだけ時を待つことだ」
「待てないんだです!」

 シャドウレディの言葉にマリアが涙目で抗議する。

「そんなにたくさんの怪人がいる場所に一人で飛び込んだなんて……ぐずぐずしていられないですっ。早く助けにいかないとですっ!」
「待てんのか?」
「当然だです!」
「姉さん、あたしもじっとなんてしてられないんだニャ」
「……お前たち、本当にハニィのことが好きなんだな。仕方ない」

 小さくため息をつくと、シャドウレディは黒猫の姿から女性体に変身した。
 その足元には月の光に照らされて黒い影が映し出されている。その影はどんどん広がっていた。
 そしてその中にシャドウレディの体が足から沈みこんでいく。

「ここから結界の中に移動する。二人ともついてこい」
「「ラジャーですっ(ニャ)!!」」

 シャドウレディの消えた影の中に向かってシャドウガールが、続いてマリアがジャンプすると、二人とも影の中に沈みこんでいく。そして三人を飲み込んだ影は、やがて静かに消えていった。

 それにしても、マリアとシャドウガール、なかなか息の合った二人である。




 さて、その頃生田生体研究所では、桜塚教授が持ち込んだ幸枝の父親・生田教授を団長とした遺跡発掘調査団の記録、幸枝が生田教授の書庫の中からようやく見つけ出した発掘品の研究資料の一部、『虎の爪』のアジトとして使われた研究所に残されていた記録や計画書、それに賢造がまとめた『虎の爪』に関するデーター、そして宝田が警視庁から入手した最近発生した『ネオ虎の爪』の怪人と係わりがあると思われる事件のデーター等が次々にスーパーコンピューターにインプットされていた。

「副所長、これで現在入手可能な全てのデーターが入りました」
「よし、それではこの電子計算機が導き出す解析結果を見ようじゃないか。『虎の爪』の正体が何なのかを」
「はい」

 宝田がキーボードのエンターキーを叩く。
 するとコンピューターの導いた解析結果と、ポイントとなる資料がひとつひとつスクリーンに映し出される。 
 それを食い入るように見詰める一同。

 そこには、『虎の爪』の怪人と古代バビロニアの遺跡や発掘品の資料に残る彼らの痕跡の関連性が指摘されていた。
 遺跡のレリーフや粘土板に怪人を思わせる記述や絵が描かれていたのだ。
 その中には女神のような姿の女性が異形の物を封じ込めようとしている絵を撮った写真も含まれていた。
 彼女の頭にはマリアの髪飾りそっくりな髪飾りが飾られ、そして怪物に向けられた指にはあの指輪がはめられている。

「やはり全ては父が行った古代バビロニア遺跡の発掘調査から始まった、ということですね」

 幸枝がため息混じりに言う。

「そういうことのようだな」
「だが最後の調査団には私もいたんだぞ。あの遺跡で何が起きたんだ。まだ若造だったとは言え私も科学者の端くれ、全く気づかんかったとは」

 桜塚教授がくやしそうに話す。

「桜塚、以前お前は調査団のメンバーの中に恭四郎そっくりの男がいたと言っていたな」
「ああ。私も参加した12年前の最終調査団の中にいたんだ」
「それは恭四郎本人だと思うか?」
「井荻恭四郎は20歳そこそこだろう。12年前はまだ8歳の少年のはずだ。名前が偽名だったとしても年齢が違いすぎる。だが……」
「どうした」
「例えば、遺跡から発掘された遺物の力で若さを保ち続けられるようになったとしたらどうだ? 或いはそんな力を持つモノに取り憑かれたとか」
「取り憑かれたですって?」

 幸枝が聞き返す。

「的外れな推理かもしれんが、広大な砂漠や岩山の中から遺跡を発掘してきた人間の勘とでも言っておこう。幸枝さんに取り憑いてシスターと称した奴は井荻恭四郎の体から幸枝さんの体に乗り移ったというが、乗り移ったのは奴本人ではないのかもしれんぞ。それに見ろ、この碑文を」

 桜塚教授が指差したスクリーンに、古代バビロニア文字が書かれた粘土板が映し出される。

「何と書いてあるんだ?」
「『封印せし邪なモノ復活する時、我もまた復活せん。我を助けよ』とある」
「どういう意味だ?」
「ふむ……幸枝さんはこの言葉、どう感じる?」

 桜塚教授の問いかけに、幸枝が答える。

「封じ込められていた何かが復活すると、同時にそれを封印していた存在も復活する。もし父の発掘調査の時に『虎の爪』の怪人が復活したのだとしたら、古代バビロニアで彼らを封印していた存在も同時に復活した可能性があるということかしら」
「その通りだ。そしてその手がかりになるのがさっきの女神の絵なのではないか?」
「あの絵の女神は指輪と髪飾りを……」
「宝田君、もう一度さっきの写真を映してみてくれないか」
「はい、副所長」

 宝田の操作で、スクリーンに再び怪物を封印しようとしている女神の姿が描かれた絵が映し出される。

「やはり髪飾りも指輪もそっくりだな。『虎の爪』の怪人に絶大な効果を発揮する蜜樹の指輪とマリアちゃんの髪飾りがこれと同じものだとすると……」
「生田教授の発掘目録によると、あの指輪と髪飾りは同じ場所から一緒に発掘されたようだ。王妃のような高貴な人物か、或いは神に仕える巫女が神器として使ったのではないかと考察してある」
「なるほど、となると『虎の爪』が指輪を狙う真の目的とは」
「あ!」

 幸枝が何かを閃いたように声を上げる。

「ふむ。今まで組織の活動資金を生み出す為に狙っていると思っていたが、どうやら無から有を生み出す『空中元素固定化装置』として使おうとしていたわけではなさそうだな」

 賢造が腕組みしたまま目を閉じる。

「そうだ。再び封印されることのないよう、封印に必要なアイテムを自らの手中に置こうとしていたということだ」
「なるほど、奴らが指輪を狙う理由として筋は通りますね」

 宝田もこくりとうなずく。

「幸枝さん、生田教授は発掘調査を終えた後、考古学とは全くかけ離れたこの生田生体研究所を設立したんですよね」
「ええ。そして父は生物学、物理学、電子工学といったジャンルのエキスパートをこの研究所に集めたんです。ただ、父の遺言で当時の研究資料は全部父の墓に一緒に……あ、そうだった」
「なるほど、生田教授の研究資料は先生の墓の中に隠したと」
「隠した訳ではなくて遺言に従っただけなんだけど、すっかり忘れてたわ」
「墓の中の資料をどうするかは後で考えるとして、とにかく生田教授は研究所を設立した時に既に何かに気がついていた。或いは『虎の爪』が指輪を狙ってここに現れることを予想していた」
「ふむ。そうかもしれん。だが、義父はどうして髪飾りをお前に?」
「それはわからん。大切な二つのアイテムを同じ場所に置いて同時に『虎の爪』に奪われるリスクを避ける為に、別々に保管しようとしたのかもしれん」
「ふむ。普段はちゃらんぽらんでも、やる時はやる。それだけお前が義父に信頼されていたのかもしれんな」
「なるほど……って、何だそれは」
「ははは、褒めているんだ」
「貴様、褒め言葉に聞こえんぞ」

 桜塚教授と賢造の掛け合いにも似た会話は続く。

「とにかくだ、『虎の爪』の怪人が古代バビロニアの遺跡から蘇った魔物たちだとすると、発掘現場で奴らの封印を解いた人物がいる」
「井荻恭四郎!?」
「いや、それはわからん。或いは不可抗力だったのかもしれん」
「貴様、この解析結果からそこまで推理を働かせるとは、さすがだな。この山師め」
「なんの、推理は推理にすぎん。真実は全く別のところにあるかもしれんぞ。解析の前提となる資料は完全ではないからな。まだ見落としや欠落した情報があるかもしれんのだ。残された鍵は生田教授の墓の中の資料だな」
「だが、これで奴らへの対応策も見えてきたのではないか?」
「うむ。結局の所、全ては蜜樹ちゃんたちにかかっているわけだが」
「あなた、蜜樹とマリアちゃんは大丈夫でしょうか?」
「蜜樹を信じようじゃないか」

 賢造が右手でポンポンと幸枝の肩を叩く。

「でも宝田君のデーターによると、このポイント……南高校の旧校舎に集結した怪人の数は約100体に上ります。いくらマリアちゃんが無事に蜜樹に指輪を渡すことができたとしても、あまりに数が多すぎます!」
「だが指輪さえ無事に届けば、蜜樹、いやスウィートハニィは奴らに対して無敵だ。その力、数では計れんぞ。むしろこれは奴らを殲滅するチャンスかもしれん。これだけの数を揃えたということは、『ネオ虎の爪』の怪人のほぼ全部が集結しているはず。奴らを一網打尽にできるかもしれんぞ」
「確かにそうかもしれん。だが賢造、それは少々楽観すぎるのではないのか?」

 今まで明快だった桜塚教授の言葉の歯切れが悪くなる。

「何が言いたいんだ、桜塚」
「奴らは単に数を揃えただけではあるまい。用意周到に罠を仕掛けて蜜樹ちゃんをおびき寄せたからには、それなりの策を準備をしているだろう。それにもうひとつ不安な点があるんだ」
「不安な点だと? 何だそれは」
「言っただろう、接合部を完全に修復する為に、あと1週間は寝かせたいんだと」
「それがどうした」
「状況がわからんが、指輪が割れたのは戦いの最中に力を開放させたからだろう。蜜樹ちゃんが指輪の力を極限まで開放しようとすると、再び指輪に無理が出るのではないか? 接合は完全じゃないんだ。今度は粉々に砕けかねんぞ」
「なにい!?」
「あなた!」
「うーむ、そうか、迂闊だった」

 一同を重苦しい雰囲気が包む。

「だが、ひとつ希望はある。蜜樹ちゃんにマリアの髪飾りをつけさせたことだ。もしあの絵の女神が二つのアイテムを対で使っていたとしたら、二つを同時に使うことでさらに凄まじい力を発揮するのではないか? であれば指輪だけに負担がかからんかもしれん」
「蜜樹に髪飾りも指輪も両方つけさせろと」
「そういうことだ」
「それでは蜜樹にそのことを知らせてやらないと」
「その役、あたしがやります」

 奈津樹が手を上げる。

「もう一度シャドウレディに連絡して、蜜樹に伝えてもらうようにするわ」
「だが桜塚、そうすると指輪も髪飾りも持たないマリアちゃんに危険が及ぶかもしれんぞ」
「心配するな。私の娘だ、きっと何とかするさ」

 賢造に向かってにっと笑う桜塚教授。

「だがぐずぐずしてはいられん。……宝田君」

 賢造が宝田に目配せをする。

「はい、旧校舎を封鎖しましょう。警視庁に特別機動隊の出動を要請します」

(我々は我々ができることをやる。お前もがんばるんだぞ、蜜樹)

 暗くなった窓の外を眺めながら、賢造は心の中で蜜樹にそう呼びかけていた。

(続く)


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